リタジーサークル「東北への祈り」 冊子

東北への祈り
2013
2012 年 10 月
岩手県釜石市
片岸海岸
神様、私たちに東北へ沈黙する心をお与えください
行動の前に
言葉の前に
震災で亡くなったすべての方と
未だ苦しむすべての方へ
沈黙のうちに寄り添う心をお与えください
月日が経ち
人々はなんとか新しい生活を手に入れました
この震災で
私たちは何を学んだのでしょうか
そしてこの先の未来に向けて
何をすべきなのでしょうか
2012 年 10 月
岩手県釜石市
カリタス釜石
虎舞の虎
もう一度
あらためて思い出してみて下さい
今
草花がその場所を覆っています
海に流され
地面がむき出しになってしまった場所は
緑の命が覆っています
2012 年 8 月
宮城県石巻市
今
人々は行き場のない感情の渦の中にいます
やっと悲しみから這い上がり
まわりを見渡せど
やるせない気持ちに飲み込まれてしまいそうです
2013 年 3 月
岩手県釜石市唐丹町
2013 年 3 月
岩手県上閉伊郡
大槌町旧役場庁舎
震災発生後すぐに庁舎前の広場にテントを
張り、震災対策本部を立てたところへ大津
波が押し寄せた。津波はテントで陣頭指揮
を執っていた町長や職員を飲み込み、大槌
の行政は大破。大槌の復興が他の地域より
遅れる原因となった。
旧吉浜小学校
二〇一二年八月
宮城県石巻市
津 波が 屋 上 ま で 押 し 寄 せ たこ
の 小学 校は 、す べ て の 教 室 か ら
海が見えた。
2013 年 3 月
岩手県釜石市
鵜住居防災センター
この建物は海から近い上に2階までし
かなく、津波警報発生時の避難所に指
定されていないことは住民の多くが知
っていた。それでもこの「防災」
「避難
所」の名前に向かって多くの人が集ま
り、一気に津波に呑まれた。
悩んでいる時
苦しんでいる時は
あなたが前進している時です
壁にぶつかるのは
いつだって歩いている時ですから
2013 年 3 月
岩手県上閉伊郡大槌町
城山公園から望む大槌町一帯。
2012 年
岩手県上閉伊郡大槌町
土台だけが残った家。
2012 年 8 月
宮城県石巻市
多くの建物が流され、野原となった道路
沿いに建つ力強さ。
2013 年 3 月
宮城県気仙沼市
2011 年 12 月
宮城県石巻市
災害拾得物預かり所にて。
2013 年 3 月
岩手県陸前高田市
保存加工を終えて戻ってきた奇跡の一本松
看板を造れば終わりでしょうか
募金をすれば終わりでしょうか
いつの日か私たちも同じように災害に遭った時
本当にそれだけですませることができるでしょうか
されるばかりのつらさも知らないで
「何かしたい」はエゴなのでしょうか
与えているつもりで
与えられているのはいつも自分たちです
心寄り添うとは何なのでしょう
2011 年 9 月 11 日
岩手県釜石市
カトリック釜石教会聖堂
震災から半年。宗教を超えて祈る。
復興に向けて前を向いている人
まだ後ろの道を振り返っている人と
様々な道があります
その人たち一人一人に寄り添うことのできる
暖かい心をお与えください
復興が叫ばれ続けたこの二年
前ばかりを見続けたこの二年
今、少し立ち止まる時間をください
今こそ、うつむいて後ろを振り返る
なにも変わってないと嘆く前に
歩いた年月を振り返る
すべて
すぐ元通りになるほど簡単じゃない
焦る気持ちを抑え
また前を向くことができますように
2013 年 3 月
岩手県石巻市
鵜住居防災センター
たくさんのお供え物から月日を見る。
2013 年 3 月
宮城県気仙沼市
浜から 700m以上も内陸に打ち上げられた
大型船。
多くの人の中で最早オブジェと化し、
忘れ去られつつある被災地東北の姿。
2013 年 3 月
岩手県釜石市
旧橋野小学校
震災直後からここで写真など
思い出の品の洗浄作業が行われた。
2013 年 3 月
岩手県釜石市唐丹町
あんなに沢山あったがれきの多くは片付けられ、
街には新たな建物が建てられている。
しかし 2 年が経って、やっと片付けられる場所もある。
復興というのはみんながみんな同じペースではない。
苦痛は、誰でも避けたいものです
悲しむことも、誰もが望んだことではありません
ですが
長く険しい道程を乗り越えた先の景色が素晴らしいように
苦しみや悲しみを乗り越えたからこそ
日々の中の幸せに気付くのです
2012 年 8 月
宮城県石巻市
2011 年 9 月
岩手県上閉伊郡大槌町
あなたが与えたすべてと共に生きていくため
一人一人に責任があったことを思い出させてください
そして互いにそれを受け入れ、またひとつになれますように
終わりに
東日本大震災から 2 年が経ちました。東北は少しずつ変わっていきます。こ
の 2 年、私たちはどのように過ごしてきたでしょうか。
まず、この冊子を作るに至った経緯をご説明しなければと思います。去る
2013 年 4 月 28 日に聖心女子大学聖堂にて「祈りのコンサート」が開催されま
した。これは震災復興を目的としたチャリティイベントで、私たちリタジーサ
ークルもスタッフとして聖歌隊や FSC と共催させていただきました。その時、
聖歌隊や FSC が歌で祈るならば、私たちは何で祈るかという話になり、それ
では文章によるお祈りを捧げよう、被災地の写真をつけてはどうか、と様々な
方からのご助言をいただきながら決まったのがこの冊子の内容でした。
リタジーサークルの部員の中に直接被災した学生はいませんでしたが、東北
に親戚がいる学生やボランティアに行った学生の話を聞き、話し合いを重ね、
そして何十枚もの写真を見ながら、一人ひとりが思いを込めて書き連ねまし
た。
こうしてはじめられたお祈りづくりでしたが、話し合いが重ねられていくう
ちに、いかに自分たちの中から被災地東北への意識がなくなっているかに気づ
かされました。毎日忙しく変わって行く社会の中、やりたいこと、やるべきこ
との多い普段の生活を生きるだけで必死な私たちがいました。それはきっと悪
いことではないと思うのです。しかし、常日頃から東北へ心を向けているわけ
ではない私たちが、突然お祈りをつくっても大丈夫なのだろうかという葛藤に
苛まれました。この時から、何気なしに作り始めた「東北への祈り」にひとつ
の方向性が見出されました。それは、この言葉たちが本当の祈りになった瞬間
でもあったように思います。
祈りは、それ自身を通して祈りの対象に心を向け、また共に祈る人の心を一
つにする「手段」であると思います。ですから、いくらよい言葉をならべても
それは美しい文章であって、祈りではないのです。そして、いくら祈ったとし
ても被災者の方々の悲しみそのものを感じることは出来ません。悲しみをすべ
て理解することは出来ませんが共有しようと葛藤するその心も祈りであると
思います。
私たちの作った文章は決して美しい文章ではありません。東北で今を生きる
人々の言葉を代弁しているわけでもなく、ともすると、ここに書かれている言
葉は東北へ寄り添いきれていないものかもしれません。すべて、ここ東京で平
和な毎日を生きる一学生が書いたものに過ぎないのです。それでも私たちはお
祈りをつくることを通して、いかに自分のことだけに生きているかを痛感し、
あるいはいくら考えても祈ってもわからない被災者の気持ちを知り、寄り添う
ことの難しさに悩みました。その時は、次々湧き上がる複雑な気持ちを言葉に
していくことで必死でしたが、いま振り返ると、これは確かに祈りの体験であ
ったと思います。
この体験のあと、全員が生活を改めたわけではありません。相変わらず忙し
く日常を生きています。それでも、この言葉と写真を見ると、ふとあの時味わ
った葛藤や悩みを思い起こします。言葉と写真を通して東北に心を向ける時間
を持つのです。私たちにとってこの冊子は、忙しさの中で忘れかねない東北へ
の思いと、自分と東北との繋がりを思い起こすきっかけ、あるいは手段となっ
たのです。
東日本大震災から 2 年が経ちました。
今、東北は様々な変化を迎えています。復興に向けて前を見据えている人、
未だ苦しみの中にいる人、と一人一人の復興に差が生まれています。
今、東北が被災地であるという事が忘れさられつつあります。オブジェ化し
ていく人々の生活があります。
今、私たちの中から震災の記憶が薄れ始めていることを感じます。「被災地
を忘れないでほしい」は被災地の人を忘れないでほしいという事であり、ここ
が被災地だと忘れないでほしいという事です。
どうぞ今一度、ご自分と東北との繋がりに目を向けてください。そして、今
日から新しい繋がりを築いていただければと思います。
被災地へ行くことや募金をするだけが心を向けることではないと思います。
もちろんそれらは大切なことですが、忙しさの中でも少しの時間をつくって心
を向け、祈ることからすべての繋がりは始まると思います。そして、自分ので
きる最大限を越えて、何か一つでも祈りを行動に移してみてください。
この冊子が、手に取った方の中に東北への心を芽生えさせるきっかけとなれ
ば幸いです。
2013 年 6 月
聖心女子大学リタジーサークル
小平寧々
川野真由子
松戸美穂
吉川麻美
【撮影地】
岩手県釜石市
大只越
片岸
陸前高田市
上閉伊郡
大槌
宮城県気仙沼市
石巻市
北上
【撮影期間】
2011 年 9 月~2013 年 3 月
【写真提供】
NPO 法人 カリタス釜石
他
唐丹
平田
鵜住居
東日本大震災被災者のための祈り
あわれみ深い神さま、
あなたはどんな時にも私たちから離れることなく、
喜びや悲しみを共にして下さいます。
今回の大震災によって苦しむ人々のために
あなたの助けと励ましを与えて下さい。
私たちもその人たちのために犠牲をささげ、祈り続けます。
そして、一日も早く、安心して暮らせる日が来ますように。
また、この震災で亡くなられたすべての人々が
あなたのもとで安らかに憩うことができますように。
主キリストによって。
アーメン。
母であるマリアさま、
どうか私たちのためにお祈りください。
アーメン。