nas nus 第 1 話 -私の看護観-

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▼第 1 話 -私の看護観中田さえさん(仮名)が亡くなられました。76
歳でした。
たくさんの家族に見守られひとすじの涙を流さ
れました。
私の母と同じように大きな癌がお腹をむしば
んで苦しい日々を過ごしておられました。入れか
わり、立ちかわり、たくさんの家の人たちが毎
日毎日お見舞いに来ておられました。
娘さんが私に言いました。
「苦しむ母に何もしてあげることができない。何
をしてあげたらいいんですか。」
私はいいました。
「ただそばにいてあげてください。手を握ってお
母さんって話しかけてあげて下さい。最期の最
期まで耳は聞こえてますから。目は閉じていて
もずっと声が聞こえ手の温かさを感じていま
す」と。
娘さんも親戚の人もみんなそのとおりにしまし
た。
さえさんは最期の時に手を伸ばして涙を流さ
れました。家の人もみんな泣いていました。私も
一緒に泣きました。
その後に、私はさえさんの体を綺麗にさせても
らいました。上司の M さんと一緒でした。M さん
は私の手際の悪さと、作業の遅さに怒ってい
ました。
「はやくしないと!一時間しかないんだから!」
さえさんの体を拭く M さんの手が私には業務
をこなしているというふうにしか感じられません
でした。その後、当直の総師長が M さんと交
代して私と一緒にさえさんを綺麗にしてくれま
した。
―あの日、夜のラウンドでさえさんが下顎呼
吸をしていました。
私はさえさんの肛門にアンペック座薬を入れる
ために訪室しました。
さえさんのおむつを開くとさえさんはたくさん便
をしていました。
私はさえさんを綺麗にするために、一人では座
薬を入れられないと判断し同期の Y さんを呼
びました。
Y さんに簡単に状況を説明しました。部屋に
入るなり Y さんは言いました。
「家の人みんな外に出てください!」
大きな声でした。
娘さんが・・・
「私も手伝わせてください。いつも一緒にいま
す」と言いました。
私がお尻拭きを取りに行っている間に Y さん
は言いました。
「私達、二人いるし大丈夫ですから出てもら
えません?」
娘さんは、納得のいかない顔をして外に出まし
た。
「何かが違う」と私は思いました。
オムツを交換し座薬を入れた私は、Y さんが
部屋を出てから娘さんに謝りました。場の雰
囲気をつかみ、その場に応じた言動をすること
はとても難しいと思いました。
さえさんが息をひきとられたのはその後でした。
私はさえさんの部屋で10分ほどご家族の人た
ちと話しました。そして、私は自分の母の話を
しました。
娘さんはじっと私の話を聞きながら、さえさんが
元気な時どのように過ごされたのかを、私に話
して下さいました。
さえさんが病院を出る時がきました。
私はお見送りに行きました。
母が亡くなった夜と同じように雨が降っていま
した。
涙雨のようにシトシトと雨がみんなを濡らして
いました。
歩いていると、娘さんが私の体をがっしりと抱
きました。
「ありがとう!頑張ってね!ほんとにありがとう!
私なんかよりいっぱいつらい思いしてると思う。
お父さんのこと大事にしてあげてね。母は幸せ
だった。やさしくしてくれてありがとう。ほんとに
頑張って・・・」
娘さんはそう言って泣きました。私の体を抱い
て娘さんは泣きました。
私は「ありがとう」と言いました。
それが精一杯でした。
さえさんを乗せた車が雨の中を帰っていきまし
た。
私は深く頭を下げながら思いました。
「さえさんありがとう・・・」
総師長さんが
「お疲れ様。大きな仕事をしたね。」
と言ってくれました。
すべてが終わってから今日のことを考えました。
M さんに言われたこと。Y さんの行動。
伝票の処理・亡くなられた時の葬儀屋さんの
紹介・ドクターへの報告・迅速なバイタル測定
など…。
私は仕事を覚えなければならないことが多くあ
る立場だったので、M さんが言ったことも最もだ
と感じました。
でも、それよりも大事なことを、私はないがしろ
にはできませんでした。
部屋を出て、いち早くバイタルの報告をするこ
とよりも、娘さんへ「一緒にいてあげて。ここに
いて下さい。」と伝えることの方が、私には大
切でした。
考えてみればここ半年こんなふうに疑問に思っ
たことが大小様々たくさんありました。
理想と現実は違う、と人は言います。
でも、私はそんなものかと割り切ることができま
せん。
さえさんを看取らせてもらえたのは私が看護
師であったからです。
私は看護師でよかったと思いました。でもこう
いう気持ちを共有できる仲間がいないことが
悲しいと思いました。
「私はこれからどうしたらいいのか」「何をしたい
のか」「何をするべきなのか」を本当に悩んでし
まいます。
今日、母の闘病日記を久しぶりに読み返しま
した。いつ読んでも声をあげて泣いてしまいま
す。
「お母さん、私にできることはなんだろう」
「私は今、何をするべきだろう」
「仕事だからいちいちこんな気持ちになってたら
つとまらないのかなあ…」
お母さんと今、いちばん話がしたい。
五年前、私がまだ新人ナースだった時の出来
事。
まだまだ青いようで、でも大切な初心です。
あれから何十人もの患者様を看取り、何十
人もの患者様が元気になられるのを看てきま
した。母が亡くなり一時的に記憶を失い、苦
しい思いをした私の傷を癒してくれたのも他で
もない患者様でした。
人の死に立ち会うとき、どんな看護ができるの
か。
それは、人間として大きい器を作っていって、成
長していかなければできません。
患者様とその家族にとっては、もう二度とその
場に立つことはない一時で、ずっとずっと、生
涯心に残る瞬間になるのだから。
そのとき発する自分の言葉に、しぐさや態度
に、本当に間違いがないかどうか、それは、患
者さんと家族にしかわからないのです。
終わり
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