「終わらないアートを始める。―人類史とその他の時間のために」 『ポストインターネット』という用語が強烈な勢いで消費されて久しい。『ポストインターネット』とはデータと物質、情報空間と物 理空間という裂け目が曖昧になった社会状況、あるいはそれらを表象した一連のアート作品を指す。データや情報という言葉は 日常的にも頻繁に使用される慣れ親しんだ用語であるにも関わらず、他方では、金融市場の取引の大部分が、人間が介入しない まま、様々なアルゴリズムの競争として行われているように、自然、社会に次ぐ、第三の自然としての地位を獲得している。それ は時折リーマン・ショックなどの形で僕達を脅かすかのように現前化することで、部分的に可視化される怪物として不気味に表象 される。このことは、人間的な決断よりもアルゴリズミックな演算結果が私たちの生活自体を変容させ、情報と物質の間の区別 をつけることが難しくなってきていることを意味している。近代の前提である自然と文化の仮想的な区分けすら困難にする、ハイ ブリッドの全面化なのである。 ハイブリッドの全面化は哲学が伝統的に行ってきた差異、五感によって知覚できる領域 ( 現象 ) と知覚出来ない領域 ( モノ自体 ) という分類をより強く認識させることになる。何故なら、アルゴリズム自体は、人間が作ったにせよ、それが出力する結果につ いては、もはや予測できないという意味で、知覚出来ないものである。そして、それが生活世界を構成する重要な要因になって いるからである。人間は情報を物理世界に出力する為の、より小さな媒介の一つ、あるいはパラメータの一つになってしまった。 もはや、僕たちが知覚できる現象の記述は世界を記述する言語であると言い切ることが出来ない。 人間が自律的な自己から分散的なネットワークの一つのパラメータへと、その権威的なポジションを縮減されたように、芸術や 建築の分野でも同様の流れが生じている。芸術では、 「自律的かつ自己批判による純化というプロセス」を称揚 したモダニズム から、鑑賞者が作品空間の一部として関わることで生じる「身体と作品の関係性」や「論理的な観念と 経験的な現象との間の 差異」を問うミニマリズムやインスタレーション、 「人と人、人と社会との関係性」を問うリ レーショナル・アートへと主要な方法 論は変容していく。また建築においても、モダニズム以降、住民の意見をワーク ショップで拾い上げることで、各々の地域に根 ざした建築を立てる、所謂コミュニティ設計型の手法や、様々なニーズ に合わせてパラメーターを変化させることで 3D モデリ ング上でのみ多様なプロセスを生成するコンピュテーショナ ル・デザインが大手を振るっている。つまり、作品や建築の自律性 は失われ、空間や関係性、あるいは複数のプロセス の一つの結果へとその役割を縮約されているのである。僕達は芸術や建築 などの分野においても「主体と客体」「自然 と文化」を明白に分類出来ないし、自律性は近代的な過去の産物として忌避されて いる。 しかし、このような現代において、私は 3 つの重要な問題提起をしようと思う。 ①自律性の別の仕方での回帰 : 関係性や多様なプロセスの内の一つへと作品が還元されてしまう現状において、モダニ ズムと は違う形での自律性は如何にして構築されるのか ? 自律的かつ魅惑的な、象徴的に汲み尽くすことの出来ない何 かを作り出す ことを現代において志向しうるのか ? グリーンバーグは媒体固有性を重視する中で絵画の平面性を追求す ることから、彫刻的イ リュージョンではなく「浅い奥行き」を称揚したが、同様に現代におけるオブジェクトの自律的 な魅惑を歴史の中でどのように定 義づけるべきか ? ②すべてのモノたちの為の芸術 : 人間や作品が世界を記述する特権的な地位を剥奪され、多様かつ自律的な複数のパラ メーター の内の一つへと縮約される時、相関メディアとしての人間はサルやイルカだけでなく、犬や植物、無機物と同 様に、フラットな 存在論的な役割が与えられる。そこでは各々のモノたちが各々のモノたちと接触し、スレ違いだけが 生じる。よって、人間の身 体の写像としての作品や建築に対して、批判的な視点が開かれるであろう。つまり人間の為 の芸術から人間を含めたすべてのモ ノたちの為の芸術が宣言される。 ③理論と実践の自律的かつ代替因果的関係の構築 : 自律的かつ並列的な世界において理論と制作は上位、下位といった ポジ ション争いを終える。ジャンルにおいても、哲学、芸術、建築、情報科学も自律的かつ関係的な状態を産み出すだ さなければ ならいであろう。ワーグナーにニーチェが批評を捧げるように、ゲーテに対してベートーヴェンが音楽を捧 げるように、異なるジャ ンルが自律性を持続しながら、直接的ではなく歪めた仕方で干渉し合うあいだの空間を再度立 ち上げる必要がある。 上妻世海
© Copyright 2024 Paperzz