環境を考える経済人の会 21 2002 年度早稲田大学寄付講座 「森は海の恋人」 畠山重篤氏(牡蠣の森を慕う会会長) 藁谷 2002.11.6 おはようございます。今日は畠山重篤さんをお呼びして「森は海の恋人」とい うテーマでお話いただきます。畠山さんは現在宮城県の気仙沼で牡蠣、帆立貝の養殖 をされています。漁師の観点から海と森と川というお互いの関係がいかに大切かとい うことで、1989 年に「牡蠣の森を慕う会」を立ち上げられて植林活動を続けていらっ しゃいます。非常に有名な話ではありますが、しかし、なぜ漁師が山に木を植えるの かという疑問をわれわれは率直に持つので、そのお話を実際の体験、実際の経験の中 からお話いただけると思います。それでは畠山さんよろしくお願い致します。 猟師は海のドロボー? 畠山 みなさんおはようございます。ただ今ご紹介いただきました畠山と申します。 私は宮城県の北端にある気仙沼湾というところで主に牡蠣と帆立貝の養殖業をしてい ます。この仕事は私の父の代から始めて、私が二代目です。今は三代目の私の長男が 後を継いでいて、男の子の孫も生まれたので四代目も後を継いでくれるのではないか と期待していますし、またその自信もあります。というのは、養殖という仕事をイメ ージされたときに、みなさんは魚の養殖というイメージをお持ちだと思いますが、魚 やカニの養殖は毎日エサをやらなければいけませんが、牡蠣や帆立貝の養殖はエサや 肥料をやる必要は全くありません。なぜかというと、牡蠣、帆立貝、アサリ、シジミ などはみなそうですが、そのような二枚貝は植物プランクトンをエサにして成長して います。だからといって、植物プランクトンを海に撒くというわけにはいきません。 そういうものは自然界で発生するものですので、われわれ人間が人為的に発生させる ためにエサをやったり、肥料をやったりということはできないのです。あくまでも自 然がよくなければ、そのような仕事はできないのです。 わたしは今漁師という立場ですが、約 15 年前から気仙沼湾に流れ込んでいる大川と いう川の上流に木を植えるということを始めています。海で働いている人間がなぜ山 に行くのかということを、みなさんも不思議に思われるかもしれませんが、牡蠣のエ サになる植物プランクトンの発生と川の流域の森林が非常に重要な関わりを持ってい るということがだんだんわかってきました。そういう目で見てみると、世界中の牡蠣 の産地は全部川が流れ込んでいる河口でなければ牡蠣の養殖は育っていないというこ とがわかってきました。 なぜそのようなことをやるようになったかというきっかけは、私が今から 40 年近く 前に父親から漁場を受け継いだときには、わが気仙沼湾もほとんど手付かずのような 自然が残っていて、海は非常に豊かでした。牡蠣の種というものがあり、それは何か というと、牡蠣は真夏に産卵します。メスの牡蠣1個が1億個の卵を出します。オス は精子を 10 億出します。ですから海の中が白っぽくなります。それで受精して牡蠣の © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 1 赤ちゃんができるのですが、2∼3週間して 300 ミクロン程度の大きさになると、牡 蠣の赤ちゃんが物に付きたくなる性質があります。そのときに北上川という日本で4 番目の河川が盛岡から石巻湾に流れています。そこに牡蠣の種を採る種牡蠣屋を商売 にしている人が多くいて、付着寸前の状態にある 300 ミクロン程度の牡蠣の赤ちゃん が泳いでいるところに、帆立貝の殻に穴を開けて針金でつないだものをドボンと入れ てやります。そうすると、待ってました、とばかりにその帆立貝の殻に付きます。そ うやって牡蠣の種を採ります。その種を今度は、針金につないだりロープの間に帆立 貝の殻をはさんだりして、海にぶら下げておけばいいのです。われわれ漁師は牡蠣に エサ、肥料をやらなくてもただ海にぶら下げておけばひとりでに育って、1年もすれ ば十分食べられるような大きさになっているのです。 ですから、農家の方はお米を作るにしても、野菜を作るにしても、果物を作るにし ても、肥料をやったり、薬をかけたり、虫を取ったり、袋をかけたりとさまざまなこ とをやらなければいけないのですが、私たち牡蠣の養殖業者は牡蠣の種を海にぶら下 げさえすれば後はひとりでに大きくなってくれるので、コストはあまりかかりません。 我が家に体験学習で小中学生がしょっちゅう来ていますが、そのような話をすると、 特に農家の子供などは「海の人は泥棒みたいですね」と言います。確かに私たちは海 の泥棒みたいな立場にあります。しかし、それはあくまで自然が汚れのない自然であ ればそういうことなのです。 赤潮プランクトンを吸った血の色の牡蠣 ところが、昭和 40 年代、50 年代の頃から海が非常におかしくなってきて、1年で 育つ牡蠣が1年半、2年かかるなど、牡蠣の成長が非常に悪くなってきました。成長 が悪くなってきただけではなく、赤潮がありました。目で見て海が赤っぽくなるので 「赤潮」という名前が付いていますが、とにかくプランクトンの世界はものすごく、 海が汚れてくると赤潮や青潮などと呼ばれるプランクトンの発生が起こります。最も 汚い海で発生する赤潮プランクトンの中にプロロセントラルミカンスというプランク トンがいるのですが、これが大発生しました。 牡蠣は人間と同じように呼吸をしています。水を吸って吐いています。人間は空気 を吸って吐いていますが、牡蠣は水と一緒にプランクトンを吸って食べています。呼 吸と食事を一緒にしているのです。1個の牡蠣が1日に 200 リットルの水を吸い込み、 出しているのです。小さなアサリでも 50 リットルの水を吸い込んで吐いているのです。 アサリも、シジミも赤貝も、いろいろな二枚貝が日向の砂の中にもぐっていて、いか に海の中で浄化作用しているかということです。 いずれにしても、このプロロセントラルミカンスという最も汚い海で発生する赤い プランクトンが大発生したせいで、1日に 200 リットルも牡蠣は水を吸いますので、 牡蠣がたちまち赤くなってきます。それを築地の魚市場に出荷しましたら、何と悲し いことに、その色がきれいな赤で人間の血の色をしているので血ガキという名前が付 けられてしまいました。毒はないのですが、とても食べるのには耐えられないという ことで全部廃棄処分になりました。 そういう時代がずっと続きました。それで「この仕事は自分の代で終わりだ」とい © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 2 う感覚を持っていたのですが、私は生き物が好きで、そういう仕事が好きなので、何 とか海をもう一度取り戻して、次の世代にも良い海を引き渡す義務があるのではない かと考えていました。私の漁師仲間もみんなそのようなことを考えていました。当時、 気仙沼湾だけではなく、日本が高度成長時代、一言で言えば石油文明の時代がきたた めに、東京湾が一番のお手本なのですが、沿岸域は全部埋め立てられ、工場が建ち、 そこからさまざまな廃液が流れていました。つまり公害ということが言われた時代で す。ですから、そのような高度成長の波は、日本の中心からずっと離れた三陸リアス 式海岸のような不便なところにも押し寄せてきていました。 牡蠣の養殖の歴史が一番古い国はフランスです。例えば、今パリに行くとパリの街 角で牡蠣売りが牡蠣を開けて食べさせている風景が見られますが、牡蠣はご存知のよ うに昔から海のミルクと言われていて栄養分が優れています。日本の牡蠣の養殖のル ーツはアメリカのシアトルから始まっているので、先日、私はそのルーツを訪ねてシ アトルに行ってきました。日本では牡蠣に関する諺は少ないのですが、英語の世界で は牡蠣に関する諺が多くあります。一番有名なものは「牡蠣のごとく口を閉ざす」と いう諺です。牡蠣は開けるのが大変です。口を閉めてしまうとめったなことでは開け られません。1ヵ所、貝柱というところがあり、そこさえ切れば開くのですが、 “He is as close as an oyster”「彼は牡蠣のように口が堅い」ということわざが有名です。口が 堅いということは秘密を守るという意味もあるのです。ですから、牡蠣は英語圏の方々 にとりましては秘密厳守の象徴でもあるのです。 牡蠣を手にすることは世界を手にすること 世界のいろいろな牡蠣養殖をやっている人が我が家を訪れることがあるのですが、 先日牡蠣の養殖で非常に有名なタスマニアの牡蠣養殖業者が、我が家に来て名刺をく れました。その名刺には“the world is my oyster”と書いてありました。何のことだろ うと思いましたら、これはシェークスピアの“The Merry Wives of Windsor”(「ウィン ザーの陽気な女房たち」)の有名な一説で、“the world is a person’s oyster”という言葉 だったのです。つまり、英語圏の人にとっては、牡蠣を手に入れることは世界を手に 入れることと同じだというくらい、牡蠣に対する欲求が強いのです。 「 牡蠣を食べたい」 とみんなが思っているのです。ですから、フランス料理でも、この時期に出てくるオ ードブルは牡蠣を出さなければ話になりません。例えば、世界のお金持ちのステータ スは、牡蠣の養殖場を持っているか持っていないかということらしいです。かの有名 なロックフェラー財団は自己の牡蠣養殖場を持っていて、いつでも牡蠣を食べられる ようにしているそうです。アメリカの牡蠣料理の中に“Oyster à la Rockefeller”という ものがあります。牡蠣のフタを開け、そこに刻んだパセリとバターを練ったものを乗 せて、オーブンで焼いたものです。日本では「焼肉を一緒に食べる仲というのはそう いう仲だ」という話がありますが、アメリカでは牡蠣を一緒に食べる仲というのはそ ういう仲なのだそうです。 牡蠣の養分の中で一番有名な栄養分はグリコーゲンです。グリコというキャラメル のメーカーがありますが、そのグリコという名前は牡蠣の中に含まれるグリコーゲン のエキスをキャラメルの中に入れたことからできた名前です。パッケージにある「一 © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 3 粒 300m」の文字は、そのキャラメルを一粒食べると 300m 走るだけのエネルギーが得 られるという意味で、非常に有名な話です。牡蠣の栄養の中で非常に重要な栄養は、 亜鉛分というものです。亜鉛はどのような働きをするかというと、たんぱく質の生合 成には亜鉛は不可欠な成分です。人間の器官の中で一番磨耗の激しいところは舌です。 あらゆる物を食べるので舌は消耗します。ここに味蕾(みらい)という器官がありま す。亜鉛が不足してくると、これはたんぱく質でできているので、細胞を復活させる 力が弱くなって、亜鉛不足になると味の感覚が鈍ってきます。みなさんもインスタン ト食品ばかり食べていると、味覚が鈍ってきます。これは有名な話です。ですから、 秋になったら牡蠣を食べなければいけないのです。 今、みなさんくらいの男性の精子数が年々少なくなってきています。男の力が弱く なってきているのです。精子も突き詰めていけばたんぱく質ですので、これの生合成 に亜鉛が不可欠なのです。ですから、亜鉛不足になってくると良い子供ができないと いうことにもなります。いずれ結婚するときには、女性の方々もこれから子供をつく ろうというときには、亭主に牡蠣を食べさせなければいけないということになります。 そのような意味で、牡蠣は世界的に人類を救う食べ物というポジションにあります。 ですから、全世界の人が牡蠣というものに対して非常に関心が強いのです。 フランスの牡蠣もアメリカの牡蠣も宮城県産 フランスやアメリカなどは、今行けば牡蠣を出していますが、例えばフランスで養 殖されている牡蠣の9割が宮城県から行った宮城種だということをご存知でしょうか。 北上川の河口で採れる牡蠣は味が良く、病気に強く、成長が早いという3拍子揃った 非常に優れた性質の牡蠣なのです。大正年代に、当時は移民の時代ですので、沖縄か ら移民の方をアメリカに連れて行って世話をする方で、沖縄出身の宮城新昌(みやぎ しんしょう)という方がいたのですが、その方がアメリカへ行っていたときに、ルー ズベルトが「これからの漁業はつくる漁業をしなければいけない」ということをおっ しゃったそうです。今から 100 年も前です。宮城新昌さんはそれに触発されて、シア トル(Seattle)の近くのオリンピア(Olympia)で牡蠣の養殖場に勤めて修業して日本 に帰ってきて、アメリカのシアトル周辺には日本のような大きな牡蠣がないので、そ の種をアメリカに輸出しました。このような理由で、牡蠣養殖のルーツはシアトルに あるわけです。シアトルではイチローや“大魔人”佐々木が活躍していますが、ワシ ントン州の州都はシアトルではなくオリンピアというところです。オリンピアに行く と国会議事堂のようなものが建っています。そのようなことで、アメリカにまず 100 年前に宮城県の北上川で採れる宮城種が渡りました。 昭和 40 年代に、フランスではそれまでポルトガルからポルトゲーゼという種類の牡 蠣を輸入していたのですが、ウイルス性の病気が発生して全滅しました。そのため宮 城県の種に目をつけて、輸入しました。ですから、今フランスで養殖している牡蠣も 我が宮城種です。みなさんがパリに行かれて牡蠣を食べてきても、それは日本の宮城 種がルーツなのです。宮城種はチリのほうにも行きましたし、世界中に行っています。 牡蠣というと広島が有名ですが、今、太田川水系にダムを 40 も造ってしまった弊害か ら大問題が起きていて、牡蠣の種がだんだん採れなくなってきています。広島で養殖 © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 4 している牡蠣の 60∼70%は宮城の種が行っています。ですから、北上川河口の我が宮 城県はそのようなポジションにあり、牡蠣の歴史の中で、宮城県の置かれている立場 は非常に大事な立場に立っています。それは北上川という川がそこに流れ込んでいる からです。 私はフランスに行きました。フランスのブルターニュ(Bretagne)は牡蠣が非常に 採れるところで、そこにロアール川(Loire)というフランス最大の川が流れ込んでい ます。日本の場合はいかだに牡蠣をぶら下げて養殖していますが、フランスの場合は 地撒き式といって牡蠣を全部干潟にばら撒いて養殖しています。ですから、ロアール 川の河口の干潟に行って牡蠣を見ると、牡蠣が全部砂の上に立っていて、先端が真っ 白い花を咲かせていました。牡蠣を開けてみると本当に真っ白い良い牡蠣でした。海 の健康度はどこでわかるかというと、牡蠣の殻を開けた内側です。殻の内側を真珠層 といいます。日本では、御木本幸吉がアコヤ貝で真珠を養殖したことはご存知だと思 いますが、アコヤ貝を開けるとキラキラしています。そこを真珠層といいます。そこ にイケチョウ貝などを丸く削った貝殻の玉を中に手術して入れて、真珠層でグルッと 巻かせたものが養殖真珠です。中まであのようにキラキラしていません。 ロアール川のシラスウ ナギのパイ皮包み 貝の内側の真珠層を指で突っついてみると、海が健康ならば金属音がします。キン キンと硬いのです。海が不健全ならば指をさすと指がズブッと刺さります。そのよう に海の健康度を私たちは経験から試しています。当然、フランスの牡蠣の真珠層は硬 かったです。そして、干潟ですので水溜り(タイドプール)ができます。そこを見る と、小さな生き物(カニ、エビ、イソギンチャク、タツノオトシゴ、カレイの子供な ど)が本当にたくさんいます。それは私が子供の頃に、三陸のリアス式海岸の目の前 の海で生き物を相手に遊びましたので、非常に懐かしい生き物でした。私も結婚して 子供が生まれてから、子供にもそのような遊びをさせようと連れていきましたら、三 陸リアス式海岸の干潟にはそのような生き物は姿を消していました。ですから、何十 年ぶりかにそのような光景を見て非常に驚きました。 「この海はなぜいいのだろう」と 思いました。それは、ロアール川という川がいいのだといことにすぐに気が付きまし た。ちょうどその旅はロアール川の河口のところで半分だったので、お祝いをしまし ょうということでロアール川河口のレストランへ行きました。フランスですから当然 フランス料理なのですが、そこで名物料理を出して下さいと注文して出てきたものは 何かというと、シラスウナギのパイ皮包みなのです。シラスウナギというのはうなぎ の子供です。日本人はウナギが非常に好きです。世界のウナギは約 20 万t採れると言 いますが、その約半分は日本で食べています。世界中からウナギを輸入しています。 もともとウナギというのはどのような生活をしているかというと、5∼10 年川で育っ て、親が秋口の台風の時期に海へ降りてきます。ここで真水から塩水になるので体を 調整してエサを食べて、それからなんと 2,000km 離れたフィリピンの近くまで行って 産卵します。親は死んで子供がまた川に戻ってきて川で育つということを繰り返して います。ヨーロッパのウナギは 6,000km 旅をします。アメリカのフロリダの近くに、 藻の海として有名なサルガッソーシーというところがあり、そこで産卵するというこ © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 5 とを、今から約 80 年前にデンマークの科学者のシュミット博士が発見した話は非常に 有名です。 ウナギは森と海をつないでいる重要な生き物なのです。私は気仙沼の水産高校を卒 業しましたが、高校時代には目の前の海にウナギがたくさんいました。それを採って 売って高校の学費を払うという生活をしていましたので、ウナギは非常に身近なもの でした。ところが、そのウナギも昭和 40 年代から 50 年代にかけて家の目の前には1 匹もいなくなりました。フランスのロアール川へ行ったら、貴重なシラスウナギがた くさんいるのです。今マグロさえも人工的に子供を採ることができるのですが、ウナ ギはそのような生活をしているので、ウナギは人工的に卵を孵化させて子供が採れな いのです。ですから、シラスウナギというのは春先に川から上がってくるのを1匹、 1匹すくってそれを集めてエサをやって養殖しているのです。ですから、シラスウナ ギが採れなくなると、1kg が 100 万円もするのです。1kg が 100 万円というのは金の 値段と同じです。そのような貴重なものなのです。それがロアール川の河口に行くと、 シラスウナギのパイ皮包みといって名物料理として食べているのです。私は非常にシ ョックを受けました。「あ、これは川がいいのだ」ということに改めて気づきました。 フランスで知った“森と川は一つ” 海の縁だけ旅をしていたのですが、これは川を見なければいけないということで次 の日からロアール川を溯っていきました。そこはトゥール(Tours)地方というのです が、ブロワの森(Blois)、アンボワーズの森(Amboise)、シノンの森(Chinon)など と名前が付いていて、落葉広葉樹(ブナ、クリ、ナラなど)の大森林が広がっていま した。川も当然いいのです。川の魚も非常に豊富です。 そこで気が付いたのですが、フランス人はジビエ料理といって野生の鳥、動物(シ カ、クマ、イノシシ)の料理が大好きなのです。そのようなものは杉山では育ちませ ん。動物が育つにはエサがいります。ということは、実のなる木がなければいけない。 私は環境という見地から落葉広葉樹の森をきちんと保全してあるのかと思っていたら そうではなく、フランスはどうも「食欲」の方面から、海の背景の落葉広葉樹の森を 保全しているのです。もちろん、昔から王侯貴族は犬を飼って狩をして楽しんでいま したが、それはつまり実のなる木がなければいけないということです。そこで私はハ ッとしました。漁師ですので今までは太平洋の方ばかり見ていたのですが、森と川と 海を一つのものとして考えるということは、つまり森の動物や鳥を食べたい。そこが しっかりしていれば川の魚もしっかりしているし、最終的には海の牡蠣もしっかりお いしいものが採れる。なるほどフランス人は賢い。そういうところにちゃんとワイン もあるではないですか。ワイン用のブドウ畑にはエスカルゴもいるではないですか。 ですから、ものの見方は食べ物から考えていくということの非常に重要だと思いまし た。 ロアール川の河口の町はナント(Nantes)というところです。そのナントという町 がなぜ栄えたかというと、毛皮の集散地で栄えたということがわかりました。つまり、 クマ、ウサギ、シカなどの動物を獲ってその毛皮が集まって栄えるくらい森林がきち んとしていたということが、逆から見てわかってきます。私は今までそういうことで © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 6 太平洋ばかり見てきたのですが、反対側を見なければいけないという視点をそこで得 ました。 我が気仙沼湾は三陸リアス式海岸といいます。私たちは学校で、リアス式海岸とは ノコギリ型のギザギザな海岸をリアス式だと習ってきました。 「リアス式」ということ に疑問を感じずに、地元ではあらゆることにリアスという言葉が付いています。今高 速道路を通してほしいという運動をしていますが、 「リアス・ハイウェイを通せ」など と言っています。そして、船の航路のことを「リアス・ブルーライン」と言っていま すし、ゴミを回収する会社で株式会社リアスという会社もあります。あるいは、リア ス丼、あるいは、リアスアーク美術館というものもあります。リアスというのは三陸 海岸の代名詞のようなことで私たちは受け止めていたのです。リアスという言葉が何 語かということを、全く疑問に思っていませんでした。 スペイン語の「リアス」の意味 ところが、あるときこれがスペイン語であることに気がつきました。スペイン語で は Ria でリアという言葉で、スは複数の S です。本来は Rias という言葉でした。これ を調べていくと、リアは日本の辞書には「潮入り川」と書いてあります。なぜ海なの に川が出てくるのかと思いましたら、日本には三重県、愛媛県の宇和島、大分県の臼 杵(うすき)、若狭湾などリアス式海岸は多くありますが、このような海岸は初めから 海の波が削ってできたのではなく、もともとは「川が削った谷」という意味なのです。 Ria の語源は Rio で、スペイン語で「川」という意味です。Rio の派生語が Ria だった のです。ですから、それがたくさんあるので Rias になった。 日本で教科書を作るときに、この海岸のことをなぜ日本語にしなかったのかという と、いい訳がなかなかなかったのではないかと思います。日本ではこれを何と言って いるかというと、「溺れ谷」と言っています。溺れ谷海岸では字面もよくないですし、 めんどうくさいのでスペイン語の Rias で付けてしまえということでそうしたのだと 思いますが、このギザギザの海岸は、先ほど言いましたようにもともとは川が削った 谷だったのです。 今から1万 8000 年くらい前までは地球は小氷河期という時代で、南極と北極の氷が まだ固まっていましたので、海の水位が、今の水位よりも 150∼200m 退いていました。 今、温暖化の問題が環境問題で一番の問題になっていますが、そのときの気温によっ て海の水位は氷との関係で上がったり下がったりしているのです。ですから、今から 1万 8000 年前から2万年前までは海は退いていました。東京湾もほとんど川の谷底で した。地殻変動などもあり、少し落ち込んだりしましたが、川の流れ込んでいる谷底 でした。縄文時代がきて、縄文海進の時代がきて地球が暖かくなり、両極の氷が溶け て海の水位が上がってきて、これが川の削った谷にずっと入り込んできたのです。こ れが「溺れ谷」という意味です。 学校の先生は、ギザギザの複雑に入り組んでいる海岸なので、沖から波が入らない ので海が静かでいかだを浮かべられるので、真珠の養殖や牡蠣の養殖が盛んだと教え ているのですが、これは3分の1程度しか当たっていません。問題は、文字通りリア スだからなのです。つまり、このギザギザの海岸をよく見ると、どのような海岸でも © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 7 必ず湾の奥から川が流れ込んでいるということです。川の上流には必ず森がある。つ まり、森と川と海との融合したものがリアスということです。それはなぜかというと、 森林の腐葉土の中に海の生物生産の一番のベースとなっている植物プランクトンを増 やす養分が含まれているのです。ですから、必ずリアス式海岸のギザギザの海岸には 森から流れてきた川が流れてきているので、ですから植物プランクトンが湧いて魚貝 類が育つのです。 牡蠣の問題は人間が何に価値観を持って生きるかの問題 みなさんはきれいな海、汚い海などと海の評価をどのようにしているでしょうか。 たいてい我が家にやってくる体験学習の子供たちは、真っ青な海を見てきれいだと言 いますが、一番わかりやすいのは、東京湾と鹿児島湾を比べればわかりやすいと思い ます。東京湾と鹿児島湾は湾の面積が同じです。鹿児島湾へ行く途中飛行機から見る と、桜島があって真っ青なきれいに澄んだ海が見えます。その真っ青な海と東京湾の 海を比べて、今の時点でどちらが魚や貝が採れていると思いますか。東京湾のほうが 鹿児島湾よりも魚介類が 30 倍も多く採れているのです。なぜかというと、鹿児島湾は 霧島や桜島の爆発でできた湾ですので、大きな川が流れ込んでいないのです。東京湾 はどれくらいの水量の川が流れているかというと、この巨大な東京湾が2年で全部真 水でいっぱいになるほどの量です。ですから、江戸前の寿司やてんぷらと昔から言い ますが、江戸前の魚介類を育てたのは東京湾に流れ込んでいる川で、川の上流は昔は 武蔵野の雑木林です。 つまり、ロアール川の森と川と海と共通しているのです。そういう眼で見れば、真 ん中に日本を置いて上から見ると、国の中央に山脈があって森があって、日本海と太 平洋に川が落ちています。どのくらいの川が流れ落ちているのかというと、約5万本 流れ落ちているそうです。そうすると、日本の国の縁はどこへ行っても川の水が流れ 込んでいるわけです。つまり、森の養分が流れ込んでいるのです。日本という国は、 つい先日まで川の流域、沖積平野で米を作って、そして海へ行って魚介類、海藻など を取って暮らしていました。今は新幹線と高速道路、インターネットの、横の関係だ けが重きをおかれ、縦の関係を非常にないがしろにしてしまっていたのです。私たち のように、川が流れ込んでいる河口で牡蠣の養殖をしているという縦の関係で生きて いますので、この関係がよく見えるのです。気仙沼湾は、大川という川が岩手県の室 根村から削った谷なのです。しかし、海にいて海のことしか見ていなかったのですが、 フランスのロアール川へ行ってこのことに気づいて、反対側から上流まで約 25km 歩 いてみました。 そこで、さまざまな問題がそこに横たわっているということがわかったのです。オ ーバーに言えば、それは牡蠣だけの問題ではなく、最終的に言えば人間が何に価値観 を持ってどう生きるかということまで、そのようなことの中から見出しました。まず 河口に行ってきました。昔はその河口は干潟が広がっていて、そこで海苔の養殖をし ていました。東京湾も浅草海苔で有名な日本一の産地です。川の河口で海苔を取って いるのです。それはどこも同じように埋め立てられてコンクリートで固まっています。 気仙沼は漁港ですので、例えばカツオの水揚げが日本一です。サンマも日本一になり © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 8 ます。マグロも揚がります。そして、サメは日本の生産量の7割が気仙沼港で揚がり ます。サメのヒレはフカヒレといって、中華料理の材料になります。横浜の中華街で 売っているのは、全て気仙沼から来ているサメです。サメの肉はかまぼこを作るとき のつなぎにもなっています。今、かまぼこはスケトウダラという白身の魚をすり身に していますが、これだけではパサパサしているので、そこにサメの肉をすり身にした ものを加えると、プリンプリンしたものになるのです。東京の方がお好きなはんぺん は、全部サメの肉が入ってプリンとしたものになっているのです。そのようなものも 水揚げされています。 雨が降ると元気がなくなる海の生き物 そのようなことで、水産の加工業は盛んです。加工業が盛んであれば加工場から排 出される排水があるのですが、当時はそのようなものは規制がなく、川から海にバン バン流れてきていましたので、本当にひどい状況でした。そして、各家庭から流れ込 む家庭排水も側溝からからひどい臭いがしていました。私は都会へ来てあの臭いを嗅 ぐと頭が痛くなります。そのようなひどい状況で、河口のほうの石垣は本当に脂ぎっ ていますし、見てはいられない状況にがっかりして、 「これでは最終的にプロロセント ラルミカンスも湧くはずだ、どうしようもない」と思ったのですが、上流へ行くにし たがって、だんだん川がきれいになりました。リアス式海岸、 (川が削った谷)ですの で、いきなり山が両側にそそり立ってきます。そうすると、川が狭まってきます。川 が狭まっているところを見れば、今度はダムを造るダム屋にとっては堰き止めるのに 絶好の場所なのです。そして今から 20 年前、河口からたった8km の、大川が狭まっ た地点で新月(にいつき)ダム計画があることがわかりました。ここが止められてし まったら大変なことになると思い、心配しましたが、それを造る側の方々は、当時、 海のことは全く視野に入れていませんでした。ダムを造ることはとにかくいいことだ という時代でした。 私は先日、天竜川を溯って佐久間ダムを見てきましたが、佐久間ダムの資料館に行 くと、当時ダムがいかに世の中からすばらしいものかを称えられた新聞記事があり驚 きましたが、当時はそうでした。石原裕次郎が「黒部の太陽」という映画の主役にな り、黒部ダムを造る映画もありました。ダムを造るということは、日本の近代技術の 象徴だという考えの時代がありました。しかし、そのような視点を持って、ここにダ ムを造られては大変なことになると感じました。 大川をもう少し上流に行くと、今度は水田地帯になります。私の母親の実家は農家 ですので、私は子供の時代から魚をお土産に持って田植えを手伝いに行っていました。 私が子供の頃に行った田んぼは、非常ににぎやかな田んぼでした。バッタやカマキリ、 トンボ、ヤゴ、ドジョウ、フナ、時々アオダイショウがいたりしましたが、そのよう な生き物がたくさんいました。それが、久しぶりに田んぼへ行ってみると、何か田ん ぼがシンとしているのです。レイチェル・カーソンが「沈黙の春」という本を書いて いるけれども、このような光景かと思いました。草を刈っているおじいさんにそのこ とを聞いてみると、除草剤を撒く前はいるのだけれども、これを撒いてしまうと生き 物は死んでしまう。しかし、今さら手で草を取るわけにもいかないということを言っ © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 9 ていました。これは日本の農業にも大問題があると改めてそこで気付いたのです。 私はひと昔前、雨や雪が降ると海の生き物が生き生きした時代をよく見ています。 ところがある時代から、なぜかわかりませんが、雨や雪が降って川の水が流れ込んで くると海の生き物の元気がなくなる、という逆のことを感じていました。しかし、そ れが農業の農薬や除草剤が原因だということまで、当時は思いが至っていませんでし た。先日、東京農業大学の学生たちにこのような話をする機会があったのですが、今、 東北の山形にはラ・フランスというおいしい洋梨があります。それに許可されていな い農薬を使ったといことで大騒ぎになり、何十億円分のおいしい梨を焼却処分にした ことがありました。青森リンゴもそういう問題がありますし、宮城県でもそのような 問題があり、いろいろな農産物をずいぶん焼却炉の中に燃やしてしまったようです。 やはり農業という問題も何とかしなければいけない。私の場合は牡蠣や帆立貝を育て るのにエサをやったり、薬を撒いたりするということは全くありません。陸上のもろ もろの仕事はこのような問題がそこに横たわっているということを感じました。 日本の山で進む緑の砂漠化 そしてさらに上流に行き、山へ行きます。今、日本の川を溯って上流へ行くと、昔 は雑木林が多かったのです。ご飯を焚くときに使う薪や、暖房の炭にナラ、クリ、ク ヌギを使ったので、昔は山は雑木林が多かったのです。ですから、森、川、海の関係 が非常にスムースにいっていた。日本の沿岸はどこへ行ってもおいしい魚介類が採れ ていたのです。ところが日本の燃料革命が昭和 30 年代、40 年代に起こり、石油と石 炭が入ってきて炭や薪の時代が終わりました。林業をされている方は燃料としてはお 金にならないが収入を得なければならないし、やはりお金になることをやれという国 の指導もあり、雑木林がどんどん伐られ、これがスギ、マツ、ヒノキといった針葉樹 に変わってきたのです。何もスギ、マツ、ヒノキが悪いということではありません。 みなさんはドイツ林学の考え方はご存知でしょうか。ドイツ林学というのは、私の 従兄弟が東北大学農学部で教授をやっていて、彼から聞いているのですが、端的に言 えば、単位面積あたりからどれだけ材木を取るかということがドイツ林学の基本的な 考え方だそうです。つまり、森林というのは「材木を生産する土地」という意味です。 ですから、スギの植林方法は約1ha に苗木を 3,000 本植えます。 「 草刈十字軍」などと、 富山県のどこかの大学の先生が草刈りを学生にやらせた時代がありましたが、小さい うちは草がどんどん生えてくるので、草刈りをしなければいけません。そこで下草を 刈らなければいけない。そして、20 年経つとまっすぐな木になるので、間伐材として 売って今までの経費を取ってきたのです。その間伐材はどこに行ったのかというと、 工事現場の足場丸太として売れました。ところが、これが鉄管に変わってしまって全 く売れなくなりました。さらに、日本の経済力がだんだん強くなってきて、為替の問 題も出てきました。つまり、円がどんどん強くなってきたので、1ドル 360 円の時代 は外国から輸入するものは非常に高いものでしたが、それが 200 円になって、100 円 台になってくると、外国から材木を買ったほうが安い。国の政策もあり、どんどんそ のようなものが輸入されるようになり、今日本で使っている材木の7∼8割が輸入も のです。せっかく日本に国の政策で植えろといった木があるのに、それは価格的に立 © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 10 ち行かなくなり、結局、間伐材も売れない。20 年生の立派な間伐材が今 200 円なので す。タバコ一つ買えない金額です。 われわれは牡蠣の筏(いかだ)にスギを使います。しかし、切って運ぶのに運賃が 千何百円かかります。そうすると、そんなバカなことをやっていられないということ で、林業の方々は山を放置しておきます。そうすると、間伐するという前提で間隔を 狭くして植えているので、枝と枝が混んできて山が真っ暗になって下草が全く生えま せん。ですから、飛行機から日本を見ると非常に緑で、日本は緑が豊かだと言われて いますが、実は今、日本の山を自分の足で歩いてみれば、緑の砂漠化が広がっている のがわかります。そのような問題があるのです。 猟師ぐらい物事が見えるポジションはない ですから、漁師が下流から上流まで歩いていくと、本当に昭和史を見るようなショ ックを受けます。これは自分たちの良い牡蠣をつくりたいということもあるけれども、 漁師が海から山を見てそのことに発言するということは、非常に意味があるというこ とに気づきました。ですから、 「単においしい牡蠣をつくりたいために山に木を植えた めずらしいやつだ」ということであれば、私は今日ここには来ていないと思います。 そこで、どうしようかと思って県に相談をしてみました。私たちは宮城県の県境に近 いのですが、大川は岩手県です。そうすると、例えば大川の上流域の田んぼのこと、 山のことに何か海の人間が口を出すということになった時に、宮城県の行政マンが岩 手県の行政マンに県をまたいで口を出すということはまずできません。私はそれまで ほとんど海のことばかりやっていたので、国の行政の仕組みをほとんどわからないで きたのですが、改めて見てみると縦割り行政になっていて、海は海の行政の管轄、川 は川、田んぼは田んぼ、山は山、全部これがバラバラなことを知りました。統一的に 見るという視点が全くないのです。ですから、ダムを計画している人たちは「そんな ところにダムを造られては、われわれ海の人間に栄養分が流れてこなくなって困るじ ゃないですか」と言いましたら、 「俺たちにそんなことを言われても困る」というわけ です。困ると言われても現実にそうなのですが、押し問答になるのです。しかも、ダ ムを造るということは、国道が川のそばを走っているので、それも付け替えなければ いけない。JR の一ノ関から気仙沼に来る大船渡線も川の近くを通っていて、向かい側 の山に 5,000m のトンネルを通っているので、これも付け替えなければいけない。そ んなこんなで約 2,000 億円のお金が動くのです。これは公共事業ですので、これがあ るとないでは地域の活性化がどうだという話があり、15 年前ですのでどちらかという とそのような人たちの声が非常に強く、私たちのような漁民が声を出しても、 「何を漁 民が…」ということで、昔は士農工商という身分制度がありましたが、士農工商まで はありますが漁師はないのです。漁師は社会の仕組みの中では番外の立場かもしれま せん。しかし、海の側から見てみると、漁師くらい物事が見えるポジションにいる人 間も少ないということがわかったのです。そして、これはえらいことだということも わかってきました。 それで仲間といろいろと試行錯誤をして、何かそのようなことをアピールできない かと思ったときに、たまたま大川上流の室根村という村に室根神社のお祭りがありま © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 11 した。これは和歌山県の室郡から勧進した神社なのですが、4年に一度お祭りがある のです。1200 年も続いているお祭りで、そのときにいろいろな役目があって行列を作 るのですが、その中に「神役」といって祭の世話をする人たちがたくさんいます。ほ とんどは農家の方なのですが、その中に私たち海の民もそこに参加することが許され ています。 室根山という山があり、低い山が邪魔して見えないのですが、海岸から沖へずっと 行くと、低い山の間からひょっと見えるところがあるのです。そこまで船で行って潮 (海水)を汲んで、その潮で神社のご神体を清めてお祭りが始まる、ということを私 たちは歴史的にやっているのです。昔の人たちは、このようなかたちで森と海を結び 付けていたのかと思い、室根村と私たち下流の海の民とは昔から付き合いがありまし た。そこは大川の源流でもあるのです。 落葉広葉樹の森をつくる「森は海の恋人」運動 漁師にとっては落葉樹の腐葉土を通ってくる川の水が大事なので、では、そこに落 葉広葉樹の森をつくろうということを考えました。森、川、海というものが全部つな がっていて、それは行政の縦割りを越えたかたちのものでなければいけない。そのよ うなかたちで日本の5万本の川を考えていかなければ、最終的には日本という国がお かしくなるということもアピールできるのではないかということで、「森は海の恋人」 というタイトルを掲げて 15 年前に植林を始めました。 以来、今までブナ、ナラ、クヌギ、クリなど、実のなる木を約3万本、毎年植えて きました。今、それを「牡蠣の森」と名付けて、その森がどんどん膨らんでいます。 そのようなことをアピールしたことにより、思っているよりも世の中の方がそのこと に関心が向いてきて、去年も、私たちが6月の第一日曜日にやっている植林には全国 から 1,000 人の人が集まってくるようになりました。全国どこでも川のそばに住んで いる人たちが、 「日本という国はもう一度見直さなければいけない」という考えにもな ってきたのです。 今日は環境問題ということでもありますので、そちらのほうにも話を向けますが、 今世界の環境問題で一番の問題は CO 2 の問題です。CO 2 の問題を議論するときに、私 たちが毎日排出しているものを削減すると同時に、やはり森林をきちんと保全して、 緑(植物)の光合成の力で CO 2 を減らすことが大切かと思います。光合成によって人 類が生きられるような環境になったのですが、植物の持っている光合成の力をもっと 強めようということで、森林を保全しようということを進めています。アマゾンの熱 帯雨林など、陸の森林にだけ目が向いていますが、 「海の森林」には私たちはほとんど 目が向いていません。実は、川の水が流れ込む汽水域(淡水と海水が交じり合う海域) には植物プランクトン、海藻の大森林があるのです。私たちは陸上のことばかり思っ ていますが、みなさんも、海のことをもう少し視野に入れなければいけないと思いま す。大気中に含まれる CO 2 の 50 倍の CO 2 が、海の中に溶け込んでいるということは ご存知だと思います。この CO2 を酸素に変えてくれているものが植物プランクトン、 海藻なのです。今いろいろな研究が進み、陸上の植物の CO 2 を酸素に変える力と海中 の植物プランクトン、海藻の CO2 を酸素に変える力が、ほぼ同じだそうです。 © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 12 海のへり(汽水域)は海の大森林 海中に大森林があるのです。それはどこにあるのかというと、太平洋の真ん中には ありません。太平洋の真ん中には植物プランクトンも海藻も非常に少なく、砂漠のよ うになっています。そうではなく、川が流れ込んでいる海の縁(へり)です。ですか ら、東京湾は大森林なのです。全世界で採られている魚介類の約 70%は、大陸の縁(汽 水域)で採れています。全体の 0.02%の海域で 70%の魚介類が採れているのです。 ということは、それはいきなり魚が採れたり、貝が採れたりということではないの です。例えば、ここに1kg のサバがいたとします。サバは主に何を食べているかとい うと、自分より小さな魚を食べていて、主にイワシを食べています。イワシは漢字で 魚に弱いと書きますし、別名、海の米と言われています。海の中では 10 倍食べなけれ ばいけないので、1kg のサバは 10kg のイワシを食べなければいけません。そうする と、今度は 10kg のイワシが何を食べているのかというと、オキアミのようなものを食 べています。これは通称、動物プランクトンといいます。これを何 kg 食べなければい けないかというと、10 倍ですから 100kg 食べなければいけない。それでは、動物プラ ンクトンは何を食べているのかというと植物プランクトンなのです。ここで初めて植 物プランクトンが出てきます。これも 10 倍ですので 1,000kg(1t)食べなければい けない。海の中の食物連鎖はこのようになっているのです。 ですから、最初の植物プランクトンは光合成をしているので、炭酸ガスを酸素に変 えてくれているのです。これがなぜ増えるのか。これをどうやって増やせるのかとい うことに心を砕かなければいけないのです。ということは、お気づきかと思いますが、 海の縁(汽水域)の植物プランクトンというのは、沖から来る潮で育つと私たちは思 っています。湧昇(upwelling)といって海の底から湧いてくる深層水に含まれる窒素 やリンも大事なのですが、森林の腐葉土を通ってくる川の水の中に、実は海の大森林 の元となっている植物プランクトンを増やす養分が含まれているのです。 鉄の話をします。私たちは鉄分が不足すると貧血になります。血液中のヘモグロビ ンの主要元素は鉄です。鉄は栄養、酸素などあらゆるものを付けて体の中で運搬して いるので、われわれ人間にとって不可欠な成分です。では、植物にとって鉄はどのよ うな役目をしているのか。植物プランクトンや海藻は陸の植物と同じように窒素、リ ンなどの養分が必要です。窒素は硝酸塩というかたちで海水に溶け込んでいます。リ ンはリン酸塩というかたちで溶け込んでいます。これを植物が吸収します。吸収する と、これを還元しなければいけない。還元作用がよく働くには還元酵素が働かなけれ ばいけないのですが、この還元酵素が円滑に働くにはさらに鉄分が絶対に必要なので す。平たく言えば、鉄分をまず体の中に入れておかなければ窒素、リンを海の中の植 物プランクトン、海藻は吸収できないということです。 ところが、海の中では鉄分が極端に不足しています。地球は 46 億年前にできたと言 われています。地球ができて、雨が降って海ができました。しかし、地球というのは 鉄分が非常に多く含まれていて、マグマはほとんど鉄だと言われていますので、海水 に溶け込んでいた成分の中で一番多い成分は鉄でした。鉄は酸素と合うと酸化鉄にな って固まってしまい、錆びるのと同じことになります。しかし当時は酸素がなかった © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 13 ので、鉄は海水にイオンというかたちで溶け込んでいたのです。そこへ光合成生物が 誕生したのです。 光合成は C と O 2 を分断するという意味です。C(炭素)を自分の体にして O 2 を出 します。無酸素だった地球に、ここで水中に酸素が出たのです。そこで待ってました とばかりに、水中に溶け込んでいた鉄イオンと酸素がぶつかって酸化鉄になって大き な塊になり、これは重いので海の底にどんどん落ちていきました。約 15 億年かかって、 これが取り除かれたと言われています。その3分の1の鉄の塊が、オーストラリア西 部のハマーズリー鉱山(Hamersley)というところにあります。ですから、海水は極端 に鉄が不足しているのです。 植物プランクトンに欠かせない鉄分 今アメリカの航空宇宙局は何を考えているか、ご存知でしょうか。地球があり、北 極、南極があります。北極で冬に寒くなるとだんだん真水分が凍ってきますので、水 の比重が重くなって、水がどんどん海底に沈んできます。アジア大陸とアメリカ大陸 の間はベーリング海峡で狭いので、ここを通過することはできない。そこで、水は大 西洋の底を這ってずっと降りてきます。南極のほうでも水が沈んでいるので、これが 合体して、いろいろなところに行くのですが、大多分の勢力は太平洋の底を這って北 緯 50 度(オホーツク海・ベーリング海あたり)のところから湧き上がってきます。こ れが「深層大循環」です。2000 年の周期で海は大きな流れがあり、ここの中に窒素、 リンが多く含まれています。これが、太平洋の海底、ガラパゴス、南極海のあたりに ある山脈にぶつかって窒素、リンが湧き上がってくるのです。しかし、鉄はないので す。鉄がなければ植物プランクトンは発生できません。そこで、NASA ではここに鉄 を撒いて植物プランクトンを発生させて、地球の炭酸ガスをどれだけ固定化できるか という研究をしています。 北洋漁場でサケ、マス、スケトウダラなどがなぜ採れるかというと、その栄養塩(プ ランクトンの栄養になる塩類)が上がってくる最終的なところだからです。ここで、 鉄がどこから来ているかというと、アジア大陸では揚子江の次に大きな川、黒龍江・ アムール川(Amur)から水が流れてきています。そして、アラスカのほうからはユー コン川(Yukon)が来ています。この河川水に鉄が含まれています。そして、もう一 つ中国大陸で春先になると黄砂現象が起こります。その黄砂の中に鉄があるのです。 これが巻き上がってジェット気流に乗ってアラスカのほうへ行きます。深層水が湧き 上がって空の上から鉄が下りてきて、ここに春先の光が当たって光合成が起きて植物 プランクトンの大爆発が起き、水中の CO 2 を酸素に変えているという役目があるので す。 ですから、今温暖化ということを耳にしたときに、太平洋の小さな島々が水没する ことが恐れられています。しかし、気温が高くなるということは海水温も高くなると いうことですので、水温が高くなると深層水のもぐり方が鈍ります。深層水は人間の 血液のような働きをしているのですが、何が恐いのかというと、この循環が鈍るとい うことなのです。これが環境問題最大のキーワードです。私たちは陸のことばかりに 目を向けていますが、海のことに目を向けなければいけないですし、このような大き © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 14 なことはわれわれ個人では解決できないのですが、せめて海の縁、日本を取り巻く汽 水域に、森の腐葉土から流れ込んだ川の水が流れてくる、この関係を少しでも正常な かたちにしておく。つまり、そうするとダムの問題、河口堰の問題、人間が何に価値 観を持ってどう生きるかということに、これが全部関わってきます。私たち個人個人 の生活に関わってくるのです。 人間の意識が変われば自然も変わる 体験学習で上流の室根村の子供を海に呼んでこのような話をしたり、プランクトン を見せたりしていると、彼らから作文が届きます。そのことは中学3年生の国語の教 科書に紹介されています。そのようなことを知った室根村の小学生の子供たちは、体 験学習に来た次の日から「朝シャンで使うシャンプーの量を半分にした」というので す。つまり、われわれが水と一緒に流しているもの、人間が陸上で使っているような ものは、残念ながら海の中の植物プランクトンにとっていいものは一つもないのです。 女の子は台所の排水口にストッキングをはめて、お母さんと相談して「なるべくゴミ を流さないようにしよう」、「洗剤をもっと自然に優しいものを使おう」など、そして お父さんには農薬のことを少し話して、「少しでもいいので除草剤などの農薬を減ら す」ように頼む、あるいは「スギばかり植えてきたけれども山に目を向けよう」、その ようなことが子供たちから大人に伝わって、大人から行政にも伝わっていって、たっ た人口 6,000 人の室根村は農業のあり方も「環境保全型農業に切り替えていきましょ う」というようにリンクしていくのです。 そのようなことであればコストがかかるので、 「 そのようにやってできた米を私たち が買いましょう」ということで、室根村から今私たちは米を買っています。やはり村 の生活が成り立つようにしなければいけないし、そのようなことがずっと続いて 15 年経ちました。我が宮城県の大川はたった 25km の小河川ですが、宮城県で一番きれ いな川です。絶滅種と思っているような魚も多くいます。そして、石をひっくり返す と水中昆虫がいますので、ここにヘビ、トンボという虫がいれば、これは食物連鎖の 親分ですので、これがいれば水がきれいだということです。ヘビ、トンボもどんどん 増えています。海はお陰様でエビ、カニのような小さな生き物がこの4∼5年前から どんどん増えてきています。そして、ウナギが顔を出しました。私は涙を流さんばか りにウナギを見て喜びました。 つまり、人の意識が変われば自然も少しは変わるのではないかという希望を、私た ちは見出しているのです。そのようなことに人間の意識が変わらなければ、これは先 が見えているということは、深層大循環を考えればすぐにわかることです。ですから、 みなさんはこれから勉強をされたり、いろいろなセクションに旅立っていかれると思 いますが、インターネットと新幹線と高速道路にばかり目をとらわれていないで、自 分の前を流れている川がどのような川になっているかをよく見る。人の尺度を民度と 言いますが、つまりそこを流れている川がどのような川かということによって、民度 が示されるということではないでしょうか。いくら近代的な立派な建物があっても、 早稲田大学の前を流れている川があのように臭っているのでは、都の西北もたいした ことはないと思うこともあります。ですから、私たちにとっての価値観、何が大事な © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 15 のかということを、もう一度立ち止って考える機会があればということを申し上げて、 今日の私の話に変えさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。 藁谷 われわれはいつも陸のほうからしか海を眺めていないのですが、海から眺めた ときに人間の営み、生活、そして文化、社会のあり方が見えてくる。あるいはそのよ うなことをわれわれは問われているという、まさに現場経験、そうしたものに裏付け られたお話をいただきました。質問があればどうぞ。 学生 法学部4年の加藤と申します。植林をなさっているということですが、植林を している森について、川の上流にある森とレジュメに書かれていますが、具体的には 国有林に植えているのか、どのような状況の森に植えているのか、私有地なのか、そ の辺のところをお聞かせください。 畠山 今植えているところは室根村の村有林です。もともと、そこにはアカマツが生 えていて、そのアカマツを全部伐採して、伐採後に放っておかれていてササばかりが 生えていたところです。もちろん日本は放っておけば雑木林に戻っていきますが、人 が手伝ってやれば早く森に復活しますので、そのようなところに植えています。それ は海の漁民だけではなく、その地域の農家で田んぼに引く水も、スギ山から引いた水 と雑木林から引いた水とでは、米の味がまた違うということにも気付き、農家の方々 も一緒にやっています。 学生 先ほどの話の中で、陸の森林の二酸化炭素の固定量と同じくらい海の森林は力 を持っているというお話がありましたが、そのあたりをもう少し具体的に伺いたいと 思います。そして今、例えば京都議定書等の対策の中で森林の話が出ているのですが、 国と国の間ではその辺の議論はどのようになっているのかをお聞きできればと思いま す。 畠山 海の森林の CO 2 固定量が陸の森林と同じだということは、複数の学者がそのよ うなことを言って、時々新聞にも出ています。その程度の知識なのですが、北海道大 学大学院で資源環境科学を研究されている松永勝彦教授は植物プランクトン、珪藻類、 鉄の研究者でもあり、そのような数字をある程度はじき出せるような立場にいらっし ゃいます。 「森林の持っている公益的機能」という言葉が行政言葉であります。ですから、今 までは森林は材木を供給する、酸素を出す、水を蓄える、がけ崩れを防ぐ、景観を保 全するということで、林野庁が数字をはじき出しています。しかし、せっかく5万本 © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 16 の川が流れ落ちる、汽水域を要する海のことは、今まで全く議論の的になっていない のです。学者も、その辺の研究をされている方がほとんどいないのです。これは境界 学問だと思います。ですから、北大の松永教授はもともと化学の先生なのですが、北 大に行って生物をやらなければいけなくなり、化学者が生物を見るということでその 関係のメカニズムを解明されたのです。ですから、是非そのようなことを研究あるい はアピールされる学者の方がこれから登場して、それを計算に入れれば京都議定書の 数字はガラッと変わります。 そして、日本という国を将来どのようにデザインすればいいかというところまでい く話になるのではないかと思っています。私は来年、是非アマゾンの河口を見てみた いと思っています。アマゾンを見るときには、みなさん熱帯雨林のほうばかりを見て いますが、大西洋の海は見ていません。ここがどのようなところかということを見て みたいという夢を持っています。是非みなさんも、これからそのような視点で海の縁 をお歩きいただければ、新しい観点が見えてくると思っています。 学生 縦割り行政が問題だといことを言っておられましたが、結局行政は何かしてく れたのでしょうか。 畠山 私たちのこのような活動をどのようにしようかと考えたときに、これは行政は 当てにならないと感じ、そこで覚悟しました。行政からは一切金銭的に、人的に支援 を受けずに自分たちの身銭でやろうということを決意して、それをずっと続けていま す。木を植えていることだけがものめずらしいので取り上げられていますが、それは 大したことではなく、私たちの活動の中で一番のメインは、大学生も時々来ますが、 小中学校の子供たちを海に呼んで、海の養殖業などを体験させながら、このようなメ カニズムを子供たちに教えるという教室をやっていることです。これは 12 年間続いて います。 これまで約 6,000 人の子供が来ていて、最初に来た子供は大学生になっています。 そのようなことも、行政がお膳立てをしてやると、子供たちはあまり心を揺り動かさ れないということも感じましたので、これもやはり漁師の身銭でやらなければ人の心 は揺り動かせないと思いました。最終的には、人の魂をどう揺り動かすかだというこ とを感じましたので、今そのようなことも全部自分たちの身銭でやっています。ただ、 お金はかかりますので、ヒモがつかないお金は、一般企業や新聞社から支援をいただ くということはしています。このような機会に早稲田大学の学生の方にもわが気仙沼 に来ていただければ、牡蠣を食べながら、また実際にプランクトンを見ながらそのよ うな体験をすれば、もっとリアルにこのようなことがわかりますので、もし企画があ ればご相談ください。 藁谷 森と海の関わり方というものについて考え、あるいは問われているのですが、 © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 17 今日は、人の意識が変われば自然が変わる、あるいはそれがまさにわれわれの文化、 社会のあり方の問題であるという強烈なメッセージをいただいたと思います。それと 同時に、この秋は牡蠣を食べるたびに畠山さんのお顔を思い出すと思います。今日は どうもありがとうございました。 © B-LIFE 21 2002 早稲田大学寄付講座 18
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