日本の 2030 年温室効果ガス排出削減目標の評価

Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 37, No. 1
日本の 2030 年温室効果ガス排出削減目標の評価
Evaluations on the Japan’s Greenhouse Gas Emission Reduction Target for 2030
佐 野 史 典 *・ 秋 元 圭 吾 *・ 本 間 隆 嗣 *・ 徳 重 功 子
Fuminori Sano
Keigo Akimoto
Takashi Homma
*
Kohko Tokushige
(原稿受付日 2015 年 8 月 18 日,受理日 2015 年 12 月 11 日)
The Japanese government decided the greenhouse gas emission reduction target for 2030 as an Intended Nationally
Determined Contributions (INDCs). This study evaluated the target in terms of ambitions, international comparability, and
long-term goals for climate change mitigation. Comparing with the historical data analyses on electricity elasticity of GDP
not only in Japan but also in major EU countries, the assumed electricity demands in the INDCs are small, and consequently
the emission reduction costs are estimated large. The marginal abatement cost for achieving the target is about 260-380
$/tCO2. The emission reduction target of Japan is very ambitious in terms of several indicators measuring emission reduction
efforts, such as CO2 emission per GDP, marginal abatement cost, emission reduction cost per GDP, among those of major
countries who have already submitted their INDCs. In addition, in order to evaluate a consistency of emission reduction
efforts in 2030 with a long-term emission reduction, the emission reduction cost per GDP for 2030 was compared with that
for 2050 for halving global emissions in 2050 with equal marginal abatement costs among all countries. The cost of INDCs in
2030 was evaluated to be almost the same as that in 2050.
技術的制約,コスト面の課題などを十分に考慮した裏付け
1.はじめに
2020 年以降の国際的な温室効果ガス排出削減の枠組
のある対策・施策や技術の積み上げによる実現可能な削減
み・各国目標について,2015 年 12 月のパリで開催の国連
目標として,国内の排出削減・吸収量の確保により,2030
気候変動枠組条約(UNFCCC)締約国会合(COP21)での合意
年度に 2013 年度比▲26.0%(2005 年度比▲25.4%)の水準(約
を目指した取り組みが行われている.そのような中,2015
10 億 4,200 万 t-CO2)にすることとするとされた.
年 3 月末には欧州,米国等が,6 月末には中国も,自国の
表 1 には,排出源別の 2030 年の排出削減目標を示す.な
排出削減目標(約束草案,Intended Nationally Determined
お,表中の数値は基準年(2013 年および 2005 年)の温室効果
Contributions (INDCs))を UNFCCC 事務局に提出した.一方,
ガス全体に対する削減比率を示している(本論文における
1)
日本政府は,審議会等の議論を経た後 ,2015 年 6 月 2 日
削減率は,特記が無い限り,同じ定義としている).主要な
に地球温暖化推進本部において,2030 年の自国の温室効果
貢献はエネルギー起源 CO2 排出の削減であり,26%減の内
2)
の 21.9%減分を占めている.
ガス排出削減目標(約束草案)の原案を決定した .そして,
パブリックコメントを経て,2015 年 7 月 17 日に UNFCCC
事務局に提出した.また,政府は,これに先立ち,排出削
表1
日本の約束草案:2030 年の排出削減目標
減目標の主要な算定根拠となるエネルギーミックスの見通
2013 年比
(2005 年比)
しである「長期エネルギー需給見通し」を 7 月 16 日に決定
エネルギー起源 CO2
▲21.9%
(▲20.9%)
した.
その他温室効果ガス
▲1.5%
(▲1.8%)
▲2.6%
(▲2.6%)
▲26.0%
(▲25.4%)
吸収源対策
本論文では,この日本の排出削減目標が,過去の実績と
温室効果ガス計
の比較や,本研究で推計した排出削減費用から見て,達成
の困難性がどの程度であると評価されるのか,また,他国
の排出削減目標と比較してどのように位置づけられるのか,
2.2 エネルギーミックス
政府はボトムアップ的に具体的な対策を積み上げて,約
更には世界の長期目標との関係からどのように位置づけら
束草案の排出削減目標を決定した.エネルギー起源 CO2 排
れるのかについて分析し,評価を行った.
出については,
「長期エネルギー需給見通し」に基づいてお
2.日本政府の約束草案
り,表 2 のようなエネルギーミックスが想定され,部門別
2.1 温室効果ガス排出削減目標
CO2 排出量は表 3 のようにされている.
2020 年以降の温室効果ガス削減に向けた我が国の約束
策定にあたっての大きな方針は,安全性を大前提としつ
草案は,エネルギーミックスと整合的なものとなるよう,
つ,3E+S(安定供給,経済効率性の向上,環境への適合と安
全性)の政策目標を達成することとし,具体的には,1)エネ
*
(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE) システム研究グループ
〒619-0292 京都府木津川市木津川台 9-2
e-mail: [email protected]
ルギー自給率は震災前を上回る水準(概ね 25%程度)まで改
51
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善,2)電力コストを現状よりも引き下げる,3)欧米に遜色
接評価せず,大きなエネルギー消費量の低減が見込まれて
ない温室効果ガス削減目標を掲げる,を政策目標としてい
いる電力のみに焦点を当てて,政府見通しの評価を行うこ
る.そして,徹底した省エネルギー・再生可能エネルギー
ととする.
政府のエネルギーミックスにおいては,GDP 成長率を
導入を進め,原発依存度は可能な限り低減させるものとし
1.7%/年(2013~30 年の間の平均)と高い成長を見込んでい
て,エネルギーミックスが決定された.
省エネ・温暖化対策前の基準ケースと比較して,最終エ
る.これを基に計算すると,省エネ対策前の電力需要(2030
ネルギー全体では 13%の低減,電力では 17%の低減を見込
年 11769 億 kWh 程度.2013 年からの成長率は 1.2%/年程度)
んだ.部門別にみると,とりわけ,業務,家庭部門におい
については,GDP 弾性値 0.7 程度と見込んで推計がなされ
て,大きな省エネルギーおよび排出削減が見込まれている.
ている.一方,省エネ対策後の電力需要(2030 年 9808 億 kWh
程度で対策前比▲17%.2013 年からの成長率は 0.09%/年程
表2
度)は GDP 弾性値 0.05 程度と相当小さく見込んでいること
政府の長期エネルギー需給見通しにおける
となる.政府見通しでは,具体的に対策技術をリストアッ
エネルギーミックス
一次エネルギー
電力需要
最終エネルギー
プし,積み上げ評価によって削減ポテンシャルを推計し,
2013 年度 542 百万
2013 年度 9666 億
2013 年度 361 百万
省エネルギー,省電力量を見積もっているため,一見,推
kL → 2030 年度 489
kWh → 2030 年度
kL → 2030 年度 326
計の確度が高いようにも見られやすい.しかし,省エネル
百万 kL
9808 億 kWh
百万 kL
燃料種別シェア
発電電力量の
部門別消費量(2013
(2030 年度比率)
燃料種別シェア
→2030 年度)
石油 32%
石油 3%
産業 160 → 170
石炭 25%
石炭 26%
業務 65 → 56
弾性値と価格弾性値を重回帰分析によって推計した結果を
天然ガス 18%
天然ガス 27%
家庭 52 → 38
示す.これまで日本,欧州等は,温暖化対策を強力に進め
原子力 11-10%
原子力 22-20%
運輸 84 → 62
再エネ 13-14%
再エネ 22-24%
(単位: 百万 kL)
ギーは多くの様々な実施主体によってなされるため,積み
上げたポテンシャルが全体として,過去の実績と比較して
達成見込みについて検討を行っておくことが重要である.
(2030 年度比率)
表3
表 4 には,日本,イタリア,英国,ドイツについて,GDP
てきたと考えられるが,日本における東日本大震災後や東
西ドイツ統合後など,特殊と考えられる一時期やごく一部
の国以外においては,電力需要の GDP 弾性は正である.一
日本の約束草案:2030 年のエネルギー起源 CO2 の
方で,近年,ドイツなどの欧州諸国において電力料金の大
部門別排出量見通し(単位:MtCO2)
2005 年度
2013 年度
2030 年度
産業部門
457
429
401
業務その他部門
239
279
168
家庭部門
180
201
122
運輸部門
240
225
163
エネルギー転換部門
104
101
73
エネルギー起源 CO2 計
1219
1235
927
幅な上昇となっているが(家庭部門については,2000~13
年の間にドイツは 2.2 倍,英国は 2.1 倍,イタリアは 1.6 倍
となっている),価格弾性については小さいことがわかる.
京都議定書目標達成に向けて多くの削減努力がなされて
きたがそれでも主要先進国における電力需要の GDP 弾性
表 4 日本および欧州諸国の電力需要の GDP 弾性値と
価格弾性値
GDP 弾性値
価格弾性値
自由度調整
済決定係数
日本
(2000-2010)
0.54** (2.87)
-0.17 (-1.26)
0.76
(1990-2010)
1.19** (4.36)
-0.14 (-0.96)
0.88
イタリア
(2000-2012)
1.09** (6.92)
0.07** (4.22)
0.90
英国
(2000-2012)
0.52** (3.22)
-0.10** (-3.69)
0.49
(1990-2012)
0.45** (16.7)
-0.10** (-6.72)
0.93
ドイツ
(2000-2012)
0.39 (1.12)
0.006 (0.11)
0.35
(1995-2012)
0.86** (8.33)
-0.049 (-1.93)
0.84
注 1) 文献 3),4)のデータに基づき分析した.重回帰式は,
log(電力需要) = log(GDP) + log(電力価格) + C
注 2) 括弧は t 値.**は 1%水準で有意.2000 年以降で,日本につ
いては震災の影響を除いた 2010 年まで,欧州諸国については 2012
年までのデータによる.決定係数が小さい場合や有意な結果が得
られなかった場合は期間を変更した場合についても提示した.
3.政府の温室効果ガス排出削減目標の野心度に関する評
価
3.1 省エネ見通しに関する評価
前章で記載したように,
「長期エネルギー需給見通し」で
は,大きな省エネルギー,省電力を見込んでいる.最終エ
ネルギー消費量は,同じ最終エネルギー需要総量に対して,
化石燃料から電力への代替が進み電力比率が高まれば必然
的に低下する.また,世界経済の低迷による産業部門での
消費量低下や運輸部門での自動車の効率向上や利用の低減
傾向もあって,最終エネルギー消費量は 21 世紀に入ってか
ら日本においても低下傾向にある.最終エネルギー消費量
全体については様々な要素が混在するため,本論文では直
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値は正であり,表 4 に示した検討から有意な値としては 0.5
炭素価格は 2030 年~2040 年の成長率を用いて想定した
~1.0 強あたりが多いと言える.とりわけ製造業のシェアが
(2050 年における価格は 2030 年の約 2 倍).そのため,2030
大きい国では比較的高い弾性値が観測されている.これと
年以外の時点における排出量はケースによって異なる結果
比較すると,政府目標の対策後の GDP 弾性値の 0.05 は相
となっている.
当小さい数字であり,容易ならざる目標と考えられる.価
表 5,図 1 は,各ケースにおける CO2 限界削減費用と GDP
格弾性値は有意な値は少ないが,価格弾性は大きくなく,
比排出削減費用,電源構成をそれぞれ示している.電源構
電力価格を上げることによって省電力を実現しようとして
成比率を政府案に固定するケースでは,限界削減費用,GDP
も大きな省電力を期待することは難しいと推察される.一
比排出削減費用は GHG 目標▲26%で 380$/tCO2,0.7%,エ
方,政府の目標においては,電力コストは現状よりも引き
ネルギー起源 CO2▲22%で 260$/tCO2,0.4%程度と推計され
下げを目指して目標が設定されており,価格弾性を踏まえ
た(限界削減費用は,いずれも 2000 年価格で表示).エネル
ると,大きな省電力の達成はより一層容易ならざるものと
ギー起源 CO2 以外の GHG 排出評価モデルにおいては,
考えられる.通常,経済理論的には価格効果を用いること
380$/tCO2 までの対策では現状の排出レベル程度までの削
は最も経済合理的と考えられており,この替わりに規制や
減が可能であると評価される.よって,▲26%という目標
補助金などで実現しようとすれば,より大きな費用がかか
達成のためにはエネルギー起源 CO2 を政府案の▲22%に比
ると考えるべきである.以上議論してきたように,政府決
べてより削減することが必要となり,エネルギー起源 CO2
定のエネルギー需給見通しのような大きな省電力を実現し
のみの評価に比べてより高い限界削減費用,GDP 比排出削
ようとすれば,世界的にもこれまでに例のない革新的な方
減費用が必要になると推計された.例えば,欧州排出量取
策が必要である.
引制度における炭素価格は高いときでも 30€/tCO2 程度,現
在は 10€/tCO2 を下回るような水準であり,これらと比較し
3.2 排出削減費用に関する分析
て考えてもこの限界削減費用は極めて高い水準にあると言
排出削減の困難さを評価するために,世界エネルギー・
える.
5)
温暖化対策評価モデル DNE21+ を用いて排出削減費用の
次に,石炭火力発電と原子力発電の電源構成比率のみを
推計を行った(モデルの概要は付録を参照されたい).推計
政府案に固定するケース(石炭火力比率:26%,原子力発電
においては,排出削減目標は,表 1 における温室効果ガス
比率:20%)では,GDP 排出削減費用は 0.37%と電源構成比
全体の目標を達成するケース(GHG 目標▲26%)と,エネル
率を政府案に固定するケースに比べて安い一方,限界削減
ギー起源 CO2 の目標のみを対象として評価するケース(エ
費用は 298$/tCO2 であり,電源構成比率を政府案に固定す
ネルギー起源 CO2▲22%)を想定した.また,電源構成比率
るケースの 260$/tCO2 と比べて限界削減費用はより高くな
については,まず政府のエネルギーミックス案に固定する
ると評価される.これは,DNE21+モデルによるコスト最
ケースを想定した.ただし,再生可能エネルギーについて
小化の下では費用の高い太陽光発電や風力発電,バイオマ
は,それぞれのエネルギー種の比率を政府案で固定するの
スといった再生可能エネルギーの導入は政府案ほど進まず
ではなく,再生可能エネルギー全体の比率を政府案で固定
(政府案の 24%から 18%に減少),その代替としてガス火力
した上で,その内訳はモデルによるコスト最小化計算によ
発電(政府案の 27%から 36%に増加)が導入され,結果とし
って決定し,評価している.更に,電源構成の影響を評価
て電力由来の排出については政府案よりも増加する分,そ
するため,石炭火力発電と原子力発電のみの比率を政府案
の他のエネルギー種でより多くの排出削減対策を進める必
に固定するケース,原子力発電のみを政府案に固定するケ
要が生じ,その達成のためにより高い価格シグナルが必要
ース,また,原子力発電比率は最大 50%としつつ,モデル
となるためである.政府案の再生可能エネルギー比率は費
によって最適な電源構成を導くケースを想定した.
用効率性の点から過大な見込みだが,限界削減費用で 15%
モデル計算においては,DNE21+モデルのフレームワー
程度高いレベルに留まっており,想定の限界削減費用水準
クに基づき,2000 年から 2050 年までの 50 年間のエネルギ
を前提とするならば許容範囲とも考えられる.
ーシステム総コスト最小化を目的関数とした(本論文にお
一方,原子力発電のみ電源構成比率を政府案に固定する
ける DNE21+モデルによる分析は全て同様に行った).炭素
ケース(原子力発電比率:20%)は,限界削減費用は 190$/tCO2
価格を外生的な制約条件とし,2030 年の排出量が排出削減
と評価され,電源構成比率を政府案に固定するケースの
目標と一致する炭素価格を CO2 限界削減費用としている.
260$/tCO2 に比べて限界削減費用は安い.その電源構成を石
2030 年以外の時点の炭素価格は,IEA WEO2014 450 シナリ
炭火力発電と原子力発電の構成比率のみを政府案に固定す
6)
オにおける EU の炭素価格シナリオ の成長率を用いて想
るケースと比較すると,tCO2 あたり数百ドルといった限界
定した.同シナリオは 2040 年までであるため,2050 年の
削減費用の水準においては電力の排出原単位に劣る石炭火
53
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 37, No. 1
表5
ストとして定量化することは容易ではないため,モデルに
日本の約束草案の限界削減費用および GDP あたり
おけるコスト最小化では考慮していないエネルギーセキュ
排出削減費用推計(2030 年)
限界削減費用
GDP あたり
($/tCO2)
排出削減
380 程度*2
0.7 程度*2
リティの視点も踏まえた評価が必要であることに注意され
たい.
最後に,DNE21+モデルによって最適な電源構成を導い
費用(%)
GHG 目標▲26%(吸収源対策はコス
たケースでは,図 1 に示すように,2030 年における原子力
ト計算で考慮せず,他の対策で達成
発電の比率を 44%(570TWh/yr)と大きく増加させることが
を想定*1.電源構成比率は政府案に
費用効率的と評価される.このとき,限界削減費用は
固定)
エネルギー起源 CO2▲22%(電源構
260 程度
*2
0.4 程度
91$/tCO2,GDP 比削減費用は 0.14%と大きく低下する.し
*2
かしながら,ここまで原子力発電を拡大するためには,運
成比率は政府案に固定)
エネルギー起源 CO2▲22%(電源構
298
0.37
転期間の 60 年への延長のみならず,原子力の新設が必要と
成比率は石炭火力発電,原子力発電
なり,東日本大震災後の原子力の現状を鑑みると,実現は
のみ政府案に固定)
エネルギー起源 CO2▲22%(電源構
190
困難であると考えられる.
0.30
このように,電源構成を費用効率性の観点からモデルで
成比率は原子力発電のみ政府案に
固定)
評価すると,ガス火力や原子力発電を政府案より拡大して
エネルギー起源 CO2▲22%(電源構
91
0.14
電力の CO2 排出原単位を改善し,電力需要側での省電力の
成制約せず(原子力発電比率は最大
50%の制約有))
*1 他国の約束草案において,土地利用起源排出の取り扱いについ
ては,日本のように明確な数値と共に提示しているものは少ない.
そのため,本論文では,全ての国で吸収源対策はコスト計算で考
慮しないこととし,他の対策で達成することとした.なお,吸収
源対策による削減分を除外して評価(GHG▲23.4%)した場合,限界
削減費用および GDP あたり排出削減費用は,それぞれ 300$/tCO2,
0.52%程度と評価される.
*2 政府案では原子力発電,再生可能エネルギーの比率に幅があり,
その比率によって結果は若干異なる.
注) GDP あたり排出削減費用は 2030 年単時点の値.また,エネル
ギー起源 CO2▲22%ケースについては,エネルギー起源 CO2 以外
の GHG 削減費用を含んでいない.
負担を減らすことにより,削減費用を低減することが可能
であると言える.つまり,政府案の電源構成は費用効率的
な構成とはギャップが見られ,このギャップを認識するこ
とは重要と考えられる.しかしながら,エネルギーセキュ
リティや原子力の社会的受容性など,多面的な視点から電
源構成を考える必要があるので,費用効率性のみから評価
を下すべきではない.
3.3 マクロ経済影響の分析
次に排出削減目標のマクロ経済への影響について,エネ
ルギー・経済モデル DEARS7)によって分析を行った(モデル
発電電力量 [TWh/yr]
1400
太陽光
1200
の概要は付録を参照されたい).分析においては,各電源の
風力
1000
バイオマス(CCS有)
800
バイオマス(CCS無)
600
ガス火力(CCS有)
400
ガス火力(CCS無)
200
石油火力(CCS有)
シェアについて,政府エネルギーミックス案で制約した上
で,前節で DNE21+モデルによって評価した,GHG 目標▲
26%(CO2 限界削減費用 380$/tCO2)とエネルギー起源 CO2▲
22%(電源構成比率は政府案に固定.CO2 限界削減費用は
石油火力(CCS無)
エネルギー起源CO2▲22%(電源
構成比率は制約せず(原子力発
電比率は最大50%の制約有))
エネルギー起源CO2▲22%(電源
構成比率は原子力発電のみ政府
案に固定)
エネルギー起源CO2▲22%(電源
構成比率は石炭火力と原子力発
電のみ政府案に固定)
エネルギー起源CO2▲22%(電源
構成比率は政府案に固定)
GHG目標▲26%(電源構成比率は
政府案に固定)
政府エネルギーミックス案
0
石炭火力(CCS有)
260$/tCO2))の 2 ケースについて,2030 年までの炭素価格を
石炭火力(CCS無)
制約条件として想定し,マクロ経済への影響を分析した.
原子力
水力・地熱
目的関数は 2000 年から 2030 年までの 30 年間の消費効用最
大化とした.なお,DEARS モデルは世界モデルであり,日
本の排出削減目標が同じであっても,他国の対策の程度に
図 1 日本の約束草案達成時の電源構成の推計
よって,国内の経済影響は異なってくる.本分析では,他
注) 政府エネルギーミックス案と,電源構成比率を政府案にあわ
せたケースは,原子力 20%,再生可能エネルギー24%の場合を示
している.
国の削減強度については IEA WEO2014 新政策シナリオに
おける EU の炭素価格シナリオ(2030 年 37$/tCO2(2013 年価
格),2000 年価格では 23$/tCO2 相当)6)を想定した.また,
力をガス火力で代替することが費用効率的となるため,ガ
日本の基準ケースは,CO2 排出削減強度について他国と同
ス火力に大きくシフトする結果である.ただし,このよう
じ IEA WEO2014 新政策シナリオレベルとした上で,電源
な電源構成では,価格が比較的安く,かつ安定している石
構成については 2013 年電源構成比率が 2030 年まで継続す
炭から,価格が比較的高く,かつ価格変動リスクが比較的
るとした場合(原子力の再稼働が見込めず,火力発電が 86%
大きいガスに大きく依存することになる.そのリスクをコ
を占める構成 3)が継続する)を想定した.
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2030 年の GDP については,炭素価格 380$/tCO2 の場合に
表 6 主要国の排出削減目標の基準年比別の排出削減率
は▲3.3%(基準ケース比),260$/tCO2 の場合には▲2.4%と推
基準年比排出削減率
計された.また,2030 年の家計消費については,380$/tCO2
日本:2013 年比▲
26%(2030 年)
米国: 2005 年比
▲ 26% ~ ▲ 28%
(2025 年)
EU28: 1990 年比
▲40% (2030 年)
ロシア: 1990 年
比▲25%~▲30%
(2030 年)
中国:2030 年 CO2
排出原単位 2005
年比▲60~65%*
の場合には▲4.1%(基準ケース比),260$/tCO2 の場合には▲
3.1%と推計された.
政府エネルギーミックス案においては,3.1 節で評価した
ように過去の実績に比べて相当大きな省電力が見込まれて
おり,これを実現するためには 3.2 節で分析したように高
い炭素価格と評価される.そのため,過去の対策を踏まえ
た実績をベースに構築されている経済モデルによる評価で
は,その実現には相当な経済コストが必要と推計される.
因みに,CO2 排出削減強度(炭素価格水準)は基準ケースと同
1990 年比
2005 年比
2013 年比
▲18.0%
▲25.4%
▲26.0%
▲14~▲16%
▲26~▲28%
▲18~▲21%
▲40%
▲35%
▲24%
▲25~▲30%
+10~+18%
―
+329~+379%
+105~+129%
―
*中国はこれによって,2030 年に CO2 排出量ピークアウトを目指すとしてい
る.中国は INDCs において GDP 成長率の想定を提示していないため,排出
削減率については,2015-30 年の間に 6.2%/年(実質,為替換算)と想定して,
著者らが推計したもの.
注) 実績値は,文献 9),10),11)に基づく.
じく WEO2014 新政策シナリオレベルとし,電源構成比率
を政府案に固定した場合の 2030 年の GDP は,原子力の再
稼働に伴う電力価格の低減に依って基準ケースに比べて
GDP が増大する(+0.36~+0.38%)と推計され,政府エネルギ
排出削減努力という点ではできるだけ直近での削減率で比
ーミックス案における電源構成自体は,炭素価格が低けれ
較することが比較的適切と考えられる.しかしながら,直
ば,2013 年の状況が今後も続くとした場合に比べて GDP
近の基準年で見た排出削減率であったとしても,将来の人
に好影響を与えると評価される.
口や経済の見通しなどは国によって異なっており,仮に先
進国間のみの比較であったとしても,基準年比の削減率は
4. 国際衡平性に関する評価
適切な指標とは言い難い.
各国間に差異がある中で,すべての国がそれぞれの事情
一人あたりの温室効果ガスの排出量で比較すると(人口
を踏まえながら,できるだけ均等な排出削減努力を行うこ
の想定は付表 1 を参照されたい),日米欧と韓国については
とが重要である.また,COP20 決定においては,「各国の
2010 年からの削減が見込まれている.2030 年における一人
約束草案は現在の目標・取組よりも進んだものとする」こ
あたり排出量は EU28 が最も少ない(6.6tCO2eq/capita)と評
とが合意され,また,
「各国の約束草案が公平・野心的であ
価され,日本についてはそれに次ぐレベル(8.9tCO2eq/capita)
ることの説明」を提出できるとされた.日本の削減目標に
となっている.米国は 2010 年比でより多くの削減が見込ま
ついても,他の主要国と比較して公平かつ野心的なことは
れているものの(2010 年が 22.0tCO2eq/capita であるのに対
一つの視点として重要である.そこで,本章では他の主要
し,2025 年は 14.8tCO2eq/capita~15.2tCO2eq/capita),それで
国との比較から,日本の排出削減目標の評価を行った.
も現状の日本や EU28 より一人あたり排出量が多い水準で
なお,このとき課題はどのような指標を用いて評価すべ
ある.一方,ロシアや中国については,2010 年より一人あ
きかという点がある.Aldy らは,指標によって簡単に計測
たり排出量は増加する見込みである.ただし,一人あたり
できるが排出削減努力の計測からは離れた指標(排出量や
排出量は経済発展段階や産業構造,また地理,気象条件の
明示的な炭素価格など)や,逆に計測は困難だが排出削減努
違いなどにより差異が生じ,排出削減努力の評価指標とし
力に比較的近い評価が可能な指標(ベースラインからの排
て適切な指標とは言い難い面があり,注意が必要である.
出削減量,暗示的な炭素価格(限界削減費用)や削減コスト
表 7 には,主要国の GDP あたり温室効果ガス排出量を示
など)があるとし,評価には複数の指標が必要で,また指標
す.GDP の想定は付表 1 を参照されたい.日本の 2030 年
の意味を適切に理解して,排出削減目標の評価に活用する
ことが重要としている
排出削減目標は,GDP あたり排出量で比較すると,EU28
8)
.本論文では,排出削減努力の評
より優れた数値を維持できると推計される.ただし,この
価に比較的関連が大きいと考えられ,かつ事前評価が可能
指標は産業構造の違いによって削減努力とは関係なく小さ
ないくつかの指標を選び評価を行った.
くなるなどし得るので,その理解の下で評価をすることが
表 6 には,主要国の排出削減目標の基準年比別の排出削
必要である.
減率を示す.基準年の取り方によって,削減率の大きさの
図 2 は,横軸に GDP 変化率を,縦軸に CO2 排出原単位(CO2
国間での相対感は大きく異なってくる.2013 年比で見ると
排出/GDP)の変化率をとったものである.CO2 排出原単位
日米欧の比較では日本の削減率が最も大きくなる.一方,
の改善率が高いことが望ましいが,GDP 成長率が高い場合,
1990 年比で比較すると欧州の削減率は大きい.これからの
55
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 37, No. 1
について,DNE21+モデルにより,2030 年(米国のみ 2025
表 7 主要国の GDP あたり温室効果ガス排出量
年)における限界削減費用および GDP あたり排出削減費用
1990
2005
2010
2020
2030
日本
0.33
0.31
0.27
0.24
0.16
米国
0.76
0.55
0.50
0.34
0.27~0.28
推計される限界削減費用は他国に比べ極めて高いと推計さ
(2025年)
れた.日本は高いエネルギー効率が達成されている 12)にも
を推計した結果を示す.日本の排出削減目標達成において
EU28
0.56
0.37
0.33
0.26
0.18
関わらず 2013 年比で他国よりも大きな削減率となる目標
ロシア
3.99
2.80
2.44
1.81~2.05
0.91~0.97
となっているためである.一方,GDP あたり排出削減費用
中国
6.11
3.29
2.64
1.68~1.80
1.07~1.19
で比較すると,日本と欧州はほぼ同じだが欧州の方がわず
韓国
0.82
0.67
0.64
0.40
0.32
かながら高い費用負担と推計された.ロシアや中国の目標
インド
3.71
2.50
2.23
1.64~1.73
―
は限界削減費用が 0$/tCO2 でもほぼ達成可能と推計され,
注) 単位は,kgCO2eq. per $;2005 年価格.2010 年までの実績値は,文献 9),
10),11)に基づく.2020 年の排出量は,日本以外はカンクン合意における目
標,日本は 3.2 節の GHG 目標▲26%ケースの評価結果に基づく.
Japan
標で評価すると,日本の排出削減目標は,他国の排出削減
Saudi Arabia
Korea
Mexico
-1
Change in CO2 per GDP (%/yr)
ここで評価を行った排出削減努力と関連の比較的深い指
World
0
-2
2030 年時点の削減費用もほぼゼロと評価される.
Germany
EU28
目標との相対的な比較評価から,十分意欲的な排出削減努
India
South Af rica
Italy
China
力と評価される目標と言える.
Canada
Indonesia
Australia
France
Spain
UK
US
EU28(2010-30)
-3
表8
Russia
Japan(2013-30)
-4
国際比較(2030 年,米国のみ 2025 年)
China(2010-30)
US(2010-25)
-5
CO2 限界削減費用および GDP あたり排出削減費用の
CO2 限界削減費用
($/tCO2)
380 程度
(エネルギー起源 CO2▲
22%の場合:260 程度)
GDP あたり排出
削減費用(%)
60~69
0.36~0.42
EU28
166
0.82
ロシア
0~6
~0
中国
~0
~0
Russia(2010-30)
-6
-2
0
2
4
6
8
10
日本
12
Change in GDP (%/yr)
図 2 GDP 変化と CO2 原単位変化:
米国(2025 年)
2002~2012 年の 10 年間の実績値と約束草案
注) 文献 11)のデータに基づき分析した.
0.7 程度
注) GDP あたり排出削減費用は 2030 年(米国のみ 2025 年)単時点の値
CO2 排出原単位の改善率も高くなる傾向があるため 12),CO2
排出原単位の改善率が高いことをもって,排出削減の野心
5.長期目標との整合性の評価
度,努力が大きいと解釈することもできない.日米欧間に
UNFCCC 第 2 条(目的)には具体的な長期の温室効果ガス
おいて大差はないが,その中でも GDP 成長率の見通しが高
排出削減目標水準は記述されていないが,国際政治目標と
い順に CO2 排出原単位改善率が高い傾向が見られる.
して良く議論される,産業革命以前比 2℃を超えないとす
Aldy らも指摘しているが,排出削減努力を評価するには
.また,各
るいわゆる「2℃目標」と約束草案との整合性についても大
国間,とりわけ生産活動が国際競争下にある産業を有する
きな議論がある.COP20 決定においては,
「全ての国に対
各国間において限界削減費用の差が大きい場合,生産にお
し,条約第 2 条に基づく目的達成(温室効果ガス濃度の安定
いてエネルギー効率に優れていたとしても,限界削減費用
化)のための約束草案(削減目標)を提出するよう,改めて要
が高ければ競争力が阻害され,限界削減費用の低い国へと
請する」とされた.そして,約束草案には「条約第 2 条の
生産拠点がシフトする恐れもあり,持続的な対応がとりに
目的達成にいかに貢献するものであるかの説明を提出でき
くくなる.そして,そのとき限界削減費用の低い国のエネ
る」とされた.本章では,5.1 節において,2℃目標達成が
ルギー効率が低ければ,世界全体で見れば却って CO2 排出
期待される世界の長期排出削減経路と,日本を含む世界各
が増大する恐れもある.よって排出削減目標は,限界削減
国の約束草案から推計される世界排出経路と比較を行った.
費用など,国際的なバランスがとれていることが重要であ
また,5.2 節においては,日本について,約束草案の対象時
る.一方で,費用の負担力という点からの評価も重要であ
点である 2030 年と 2℃目標達成が期待される長期の排出削
り,この視点からは,GDP あたり排出削減費用の比較も重
減レベルを考慮した 2050 年の 2 時点について,時点間にお
要と考えられる.
ける排出削減費用負担の大きさの比較を行った.
排出削減費用は関連の深い重要な指標である
8)
そこで,表 8 には,世界主要国の約束草案(排出削減目標)
56
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 37, No. 1
5.1 2℃目標と長期排出削減経路
80
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第 5 次評価報告
70
GHG排出量 (GtCO2-eq./yr)
書(AR5)13)では,平衡気候感度(ECS,温室効果ガス濃度が
倍増し安定化したときの全球平均気温の平衡状態での上昇
幅)は 1.5~4.5℃が,”likely”(66%以上の確率)とされた.こ
れは第 4 次評価報告書(AR4)14)の 2.0~4.5℃という評価より
も幅が広がり,第 3 次評価報告書(TAR)15)以前の評価に戻さ
れた形である.また,最良推計値は AR5 では合意できなか
60
50
30
実績排出量
現状レベルの政策が継続した場合の排出見通し
20
ったとされ,具体的な数値は提示されなかった(最良推計値
AR5
530-580 ppm
(GHG排出は
2010年比
+7 ▲47%)
40
2020年以降の約束草案を踏まえた排出見通し
2℃安定化_気候感度2.5℃(濃度は、一旦、580 ppmを若干超える)
10
は,AR4 では 3.0℃,TAR 以前では 2.5℃とされていた).
2100年に2℃(一旦2℃を超える)_気候感度3.0℃(濃度は、一旦、530 ppmを超える)
2℃安定化_気候感度3.0℃(濃度は、500 ppm以下。2300年頃に450 ppm程度)
0
1990
本論文では,産業革命以前比+2℃以内の目標を想定した
2000
2010
2020
2030
2040
AR5
480-530 ppm
(GHG排出は
2010年比
▲25 ▲57%)
AR5 430-480 ppm
(GHG排出は
2010年比
▲41 ▲72%)
2050
図 3 気候感度の不確実性を含む 2℃目標の排出経路と
上で,ECS が 3.0℃と 2.5℃の 2 ケースについて,また,ECS
約束草案見通し
が 3.0℃のケースについては,気温が+2℃で安定化するケ
注) 「2020 年以降の約束草案を踏まえた排出見通し」は,2015 年
ースと,温室効果ガス濃度が 21 世紀中に一旦オーバーシュ
7 月 17 日までに約束草案の提出がなされた国については,約束草
ートし,気温も+2℃を一旦超えるものの 2100 年に+2℃に
案に基づく排出量(幅をもって目標を提示している国は,排出量の
戻るケースの 2 種類を想定した.ECS が 2.5℃のケースに
下限値を採用),未提出の国については,DNE21+モデルによって
ついては+2℃安定化を想定した.これらの GHG 排出経路
評価した,現状レベルの政策が継続する(約束草案が未提出の国は
は,DNE21+モデルに依って一意に決定するのではなく,
ほとんどが 0$/tCO2~3$/tCO2 程度と推定されている)とした場合の
気温推計に IPCC 報告書でも利用されている簡易気候変動
排出見通しに基づく.
モデル MAGICC16)を用いつつ,上記の気温に関する条件を
5.2 世代間の排出削減費用負担の分析
満たす 2300 年までの超長期シナリオを探索的に作成した.
長期目標との整合性について,2030 年の約束草案と,2℃
図 3 に,このときのそれぞれの世界全体での GHG 排出経
目標達成が期待される 2050 年の長期の排出削減レベルに
路と,DNE21+モデルによって評価した,現状レベルの政
ついて,時点間における排出削減費用負担の分析を
策が継続した場合の排出見通し,更には,日本が約束草案
DNE21+を用いて行った.これによって,時点間の負担の
を提出した時点(2015 年 7 月 17 日)までに提出がなされた約
衡平性についての示唆を得ることとした.
束草案(日本の他,米,EU,カナダ,露,中国,メキシコ,
5.1 節で示したように,2℃目標を前提としても達成を期
韓国など)から推計される世界の GHG 排出量を記載した.
待できる排出経路は幅が広い.しかし,ここでは,まず,
現状レベルの政策は,DNE21+モデルによって 2010 年に取
その中でも代表的かつ厳しいレベルの排出削減目標である,
られたであろう CO2 排出削減策の限界削減費用を推定し,
世界全体で 2050 年に 2005 年比エネルギー起源 CO2 半減
2010 年以降もその限界削減費用以下の CO2 排出削減策を取
(2005 年のエネルギー起源 CO2 排出量に対して 2050 年のエ
り続ける(CO2 に対し,固定の炭素価格シナリオを想定する)
として想定した.主たる国の限界削減費用は,日本 61$/tCO2,
米国 15$/tCO2,英国 28$/tCO2,フランス 6$/tCO2,ドイツ
ネルギー起源 CO2 排出量を▲50%)という長期目標を想定
した.なお,エネルギー起源 CO2 以外の GHG は,同じ限
界削減費用以下の排出削減策をとるとしており,GHG 全体
30$/tCO2 と推定されている.
での世界全体の排出量は 2005 年比▲32%,2010 年比では
日本の約束草案を含む世界の約束草案について,2℃目標
▲37%と評価され,その排出量は図 3 に示した AR5 におけ
との整合性を見ると,ECS が 3.0℃の場合には大きなギャ
る 480~530ppm のカテゴリーに相当する.各国は 2030 年
ップが存在する.一方,ECS が 2.5℃の場合にはかなり整
まではカンクン合意,約束草案に従って排出削減を行い(日
合的とみられる.わずか 0.5℃の ECS の差でも許容される
本については,3.2 節の GHG 目標▲26%ケースと同じ想定),
排出経路に大きな差が生じることがわかる.ECS の評価の
それ以降は世界全体で 2050 年に 2005 年比エネルギー起源
幅が大きい現在の状況においては,2℃目標との整合性につ
CO2 半減を想定し,このとき 2050 年の限界削減費用は世界
いて一概に評価することは難しい.しかし,AR5 での気候
全体で均等化するとした(2030 年時点では各国の限界削減
感度の下方修正を踏まえると,2℃目標と約束草案は全く乖
費用は異なるが,2050 年に向けて限界削減費用の年成長率
離しているということでもないと言える.なお,日本の
を一定として収斂することとした).
GHG 排出量は現状 1.3 GtCO2 程度であり,仮に 26%減から
2050 年に世界全体で 2005 年比エネルギー起源 CO2 半減
更に大きく深堀したとしても,世界全体の排出経路に与え
という目標の下では,2050 年の限界削減費用は 431$/tCO2
る影響は小さい.
57
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 37, No. 1
といった非常に高い水準が必要と見込まれた(表 9).その時
減率,GDP あたりの排出量,限界削減費用といった指標で
の日本の GHG 排出量は 2005 年比でほぼ半減の水準であり,
削減努力が最も大きく,また一人あたり排出量や GDP あた
GDP 比排出削減費用は 0.74%と評価された.すなわち,日
り排出削減費用も EU に次ぐレベルと評価され,世界主要
本の約束草案の下での 2030 年の排出削減費用負担は,世界
国の約束草案よりも優れたものと評価される目標と言える.
全体でエネルギー起源 CO2 排出量半減という目標の下での
しかし,省エネ対策を大きく見込んでいることに起因する
2050 年の排出削減費用負担とほぼ同程度と言える.
意欲的な目標に過ぎるようにも評価され(電源構成比率を
なお,2050 年における世界全体の排出量を 2℃安定化_
踏まえて評価すると,CO2 限界削減費用が他国に比べ極め
気候感度 2.5℃レベルとした場合,世界の限界削減費用均等
て高い目標となっている),産業の国際競争の視点から注意
化を前提とすると,2050 年の限界削減費用は 40$/tCO2 とな
が必要と考えられる.また,これにより CO2 の海外へのリ
り,このとき,日本の GHG 排出量は 2005 年比▲32%とな
ーケージが誘発されやすくなる可能性がある.エネルギー
る.そして,そのとき GDP 比排出削減費用は 0.22%と推計
効率の高い日本から,エネルギー効率の低い国での生産が
される.また,2100 年に 2℃_気候感度 3.0℃レベルとした
増せば,世界全体で見れば,むしろ CO2 排出増となること
場合には,2050 年の限界削減費用は 360$/tCO2 と推計され,
も予想されるので,この点からも注意が必要である.
このとき日本の GHG 排出量は 2005 年比▲48%となり,GDP
長期目標(2℃目標)との関係については,2℃目標達成の
比排出削減費用は 0.65%と推計される.これらと比較した
排出経路は幅が広く,最新の IPCC 報告書の知見を踏まえ,
場合には,2030 年の約束草案(2030 年に 2013 年比 26%,こ
平衡気候感度 2.5℃を想定した場合には,2℃以内を期待で
のとき,限界削減費用 381$/tCO2 ,GDP 比排出削減費用
きる排出経路に沿っていると推計される(ただし,平衡気候
0.72%)は,2050 年時点よりも,より厳しい排出削減目標と
感度 3.0℃を想定した場合には,大きな排出ギャップがあ
評価される.
る).いずれにしても,経済との両立を図りつつ,より大き
な排出削減を進めることは重要であり,そのためには,世
表9
界各国が相互にレビュー,プレッシャーを掛け合いながら,
日本の排出削減費用負担に関する時点間の
継続的に約束草案実施の検証を行っていくことが重要と考
衡平性評価
2030 年
GHG 排出量 (2005 年比)
えられる.また,革新的技術開発を進め,長期的により大
2050 年
(限界削減費用均等
化の下,世界全体で
2005 年比エネルギー
起源 CO2 半減)
きな削減を誘発することが重要と考えられる.
更に 2030 年と 2050 年の排出削減費用負担の視点で日本
の目標を評価した.分析によると,仮に,余裕を持って 2℃
▲25.4%
▲50%
目標達成を期待できる世界全体のエネルギー起源 CO2 排出
限界削減費用 ($/tCO2)
381
431
量を 2005 年比で半減する目標(GHG 全体では 2005 年比▲
GDP あたり排出削減費用 (%)
0.72
0.74
32%,2010 年比▲37%)を想定したとしても,2030 年と 50
注) GDP あたり排出削減費用は 2030 年,2050 年単時点の値.
年の GDP あたり排出削減費用は同レベルであり,費用負担
を先送りするような目標ではなく,十分に世代間の費用負
6.まとめ
担のバランスがとれた目標であると評価された.
本論文では,日本の約束草案である 2030 年温室効果ガス
全体として日本の約束草案は,他国の排出削減目標との
排出目標(2013 年比▲26%)について,過去のエネルギー需
比較,世界の長期目標との関係からみて十分に意欲的な目
要の実績との比較からの分析や,経済モデル等を用いた排
標と位置づけられるが,経済との両立を図りながら,いか
出削減費用やマクロ経済影響等の推計を行い,その位置づ
に実現していくかが,今後の大きな課題と考えられる.
けについて評価を行った.それらの分析からは,日本の約
束は,とりわけ大きな省電力が見込まれており,これによ
参考文献
り大きな排出削減費用が推計され,マクロ経済への影響も
1)
大きいと推計された.GDP の年成長率 1.7%程度を前提と
地球環境小委員会 約束草案検討ワーキンググループ
中央環境審議会 地球環境部会 2020 年以降の地球温
した場合には,この目標の実現性には大きな懸念が生じる.
暖化対策検討小委員会合同会合;http://www.meti.go.jp/
また,各国約束草案との比較から日本の約束草案の位置
committee/gizi_1/30.html#yakusoku_souan_wg(アクセス
づけについても分析を行った.排出削減目標の国際衡平性
日 2015.7.27)
を単一の指標で測ることはできない.本論文では,複数の
2)
指標を用いて排出削減目標の分析を行った.この分析によ
地球温暖化対策推進本部;日本の約束草案(政府原案),
http://www.env.go.jp/press/files/jp/27284.pdf(アクセス日
ると,他の世界主要国と比べ,最新の基準年(2013 年)比削
2015.7.27)
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panese/labo/sysken/about-global-warming/ouyou/powergen
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K. Akimoto, F. Sano, T. Homma, J. Oda, M. Nagashi
eration_cost.html(アクセス日 2015.2.13)
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19) UN; World Population Prospects: The 2012 Revision
potential by country, sector, and cost, Energy Policy,
(2012).
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6)
IEA; World Energy Outlook (2014).
7)
T. Homma and K. Akimoto; Analysis of Japan's Energ
20) UN; World Population Prospects: The 2008 Revision
(2008).
y and Environment Strategy After the Fukushima Nucl
付録
ear Plant Accident, Energy Policy, 62 (2013), 1216–12
DNE21+モデルの概要
25.
8)
9)
エネルギー・温暖化対策評価モデル DNE21+(Dynamic N
J. Aldy, B. Pizer, K. Akimoto, Comparing Emission M
ew Earth 21+)5)は,1)エネルギー起源 CO2 評価モデル,2)
itigation Effort, Working Paper Series of Duke Univers
非エネルギー起源 CO2 排出評価,3)CO2 以外の 5 種類の温
ity, 2015. http://sites.nicholasinstitute.duke.edu/environme
室効果ガス評価モデルから構成されている.
ntaleconomics/files/2015/06/WP-EE-15-02_FULL-PDF.pdf
エネルギー起源 CO2 評価モデルは,各種部門の活動量(例
温室効果ガスインベントリオフィス;日本の温室効果
えば,鉄鋼部門の粗鋼生産量や運輸部門の輸送サービス需
ガス排出量データ(1990~2013 年度)確報値, http://ww
要など),各種技術の技術特性やそのコストなどを所与とし
w-gio.nies.go.jp/aboutghg/nir/nir-j.html(アクセス日 2015.
た上で,世界全体のエネルギーシステム総コストが最小と
4.27)
なるエネルギーシステムを導出できるモデルであり,線形
10) UNFCCC; GHG Data, http://unfccc.int/ghg_data/ghg_dat
計画モデルとなっている.評価対象期間は 2050 年までとし
a_unfccc/time_series_annex_i/items/3814.php(アクセス日
ており,2030 年までは 5 年間隔,それ以降は 10 年間隔で
2015.7.10)
最適化代表時点をとっている.モデルでは,世界を 54 地域
11) IEA; CO2 emissions from fuel combustion (2014).
分割しており,本論文で分析対象としている日本,米国,
12) 徳重功子,秋元圭吾,小田潤一郎,本間隆嗣;京都議
EU28,ロシアや中国は他の国々と集約されていない独立し
た地域として分析が可能となっている.
定書第一約束期間における日本の温室効果ガス排出削
エネルギーシステムについては,各種発電技術のような
減の取り組みに関する分析・評価,エネルギー・資源,
36-2 (2015).
エネルギー供給部門の技術のみならず,エネルギー需要部
13) IPCC; Climatic Change 2013: The Physical Science Ba
門の様々な技術についても,その技術特性(エネルギー効
sis, Cambridge University Press, Cambridge, United Ki
率)やコストを明示的にモデル化している.具体的には,エ
ngdom and New York, NY, USA. (2013).
ネルギー需要部門では,産業部門:鉄鋼,セメント,紙パ
14) IPCC; Climatic Change 2007: The Physical Science Ba
ルプ,アルミニウム,化学の一部(エチレン,プロピレン,
sis, Cambridge University Press, Cambridge, United Ki
アンモニア),運輸:道路交通(乗用車,バス,トラック),
ngdom and New York, NY, USA. (2007).
民生部門:照明,冷蔵庫,給湯,暖房等,について,こう
15) IPCC; Climatic Change 2001: The Scientific Basis, Ca
したモデル化を行っている.これらの活動量については,
mbridge University Press, Cambridge, United Kingdom
実績値や人口,GDP の将来見通しに基づいて,その将来シ
and New York, NY, USA. (2001).
ナリオを想定している(主要国および世界全体の想定は,付
表 1 に示している).それ以外の部門については,地域によ
16) M. Meinshausen, S.C.B. Raper, T.M.L. Wigley; Emulati
ng coupled atmosphere-ocean and carbon cycle models
って技術特性が様々である,将来の技術が多様であると予
with a simpler model, MAGICC6 – Part 1: Model de
想されるなど,個別に技術を積み上げることが必ずしも的
scription and calibration, Atmospheric Chemistry and P
確な評価につながらないと考えて,最終エネルギー需要を
hysics, 11 (2011), 1417-1456.
マクロ的に区分(固体燃料需要,液体燃料需要(ガソリン,
17) R.C. Hyman, J.M. Reilly, M.H. Babiker, A. De Masin
軽質油,重質油),気体燃料需要,電力需要)してモデル化
and H.D. Jacoby; Modeling non-CO2 greenhouse gas a
batement,
し,全部門を対象とした評価を可能としている.
非エネルギー起源 CO2 排出については,工業プロセス,
Environmental Modeling and Assessment, 8
(2003), 175-186.
廃棄物,燃料からの漏出を対象とし,その実績値及びセメ
59
Journal of Japan Society of Energy and Resources, Vol. 37, No. 1
ント,粗鋼,アルミニウム新地金生産の将来シナリオ等か
一次エネルギーとして,石炭,石油,天然ガス,水力・地
ら将来排出シナリオを策定している.また,CO2 以外の温
熱,風力,太陽光,バイオマス,原子力を扱っている.ま
室効果ガス評価モデルについては,米国の EPA(Environme
た,二次エネルギーとして,固体燃料,液体燃料,気体燃
ntal Protection Agency)の分析,評価モデル
17)
に基づきつつ,
料,電力をモデル化している.エネルギー供給は,発電コ
随時最新の実績値等を反映している.CH4 は 7 部門(農業,
ストや燃料費,発電効率などを明示的に扱えるように,ボ
石油,天然ガス,石炭,民生・運輸,エネルギー多消費産
トムアップ的にモデル化されている.本分析で重要な分析
業,その他産業),N2O は 6 部門(農業,石油,天然ガス,
対象である電源構成のシェアについて,前提条件として与
民生・運輸,エネルギー多消費産業,その他産業),HFCs,
えることが可能である.また,エネルギー需要は,トップ
PFC,SF6 についてはそれぞれ 1 部門を考慮したモデルと
ダウン的にモデル化されている.家計部門では,エネルギ
なっている.
ー価格及び所得の各弾性値,産業及び運輸の各部門では価
格弾性値によってモデル化され,これらはすべて経済モジ
なお,本論文の分析では,2030 年における日本の電源構
ュールとリンクしている.
成比率は,特記が無い限り,政府のエネルギーミックス案
に固定している.ただし,再生可能エネルギーについては,
各モジュールで用いるデータは,国際的に広く認められ
それぞれのエネルギー種の比率を政府案で固定するのでは
ている各種文献に基づいている.経済モジュールで用いる
なく,再生可能エネルギー全体の比率を政府案で固定した
産業連関表は,世界全体をカバーする国際産業連関表とし
上で,その内訳はモデルによるコスト最小化計算によって
て国際的な CGE モデル分析で広く利用されている,GTAP
決定し,評価している.各種電源の発電コストについては,
(Global Trade Analysis Project)に基づいている.これにより,
文献
18)
産業の国際移転を含めた分析が可能である.一方,エネル
に基づいて想定した.
ギー関連のデータやパラメータに関しては,IEA 統計や D
NE21+モデル 5)の想定をベースに想定している.エネルギ
DEARS モデルの概要
マクロ経済への影響分析のために使用したエネルギー・
ー供給,発電部門については,産業連関表の情報では不十
経済モデル DEARS(Dynamic Energy-economic model with
分であるため,前述のような技術別にボトムアップ的なモ
7)
multi-Regions and multi-Sectors) は,世界多地域多部門モデ
デル化を行うとともに,IEA 統計等と整合性をもつように
ルとして定式化された,トップダウン型経済モジュールと
データの調整を行っている.
ボトムアップ型エネルギーシステムモジュールの統合モデ
人口,GDP の想定
ルである.モデルは,消費効用最大化を目的関数とした,
動的非線形最適化型モデルである.割引後の全期間・全地
人口,GDP について,実績値は人口:文献 19),GDP:
域の消費効用の総和が最大となるように,各地域における
文献 3)を用い,その将来は人口については文献 20)の中位
産業別生産額の配分と,それら生産活動および家計消費活
推計を前提とし,GDP については著者らが独自に推計して
動に必要なエネルギーのコスト効率的な供給構造を整合的
いる(付表 1)が,文献 6)など国際機関の想定と大きな差異が
に計算する構造になっている.エネルギー起源 CO2 を対象
ないことを確認している.2030 年においては,世界全体の
としている.最適化時点間隔は 10 年である.モデルでは地
人口は 83 億人(2010 年実績の 69 億人に対して約 1.2 倍),
域及び産業部門を詳細に扱うことにより,地域及び部門の
またその GDP は 94trillion US$(2010 年実績の 52trillion US
差異を,整合的かつ包括的に評価することが可能である.
$に対して約 1.8 倍)になる想定である.
モデルでは,世界を 18 地域分割し,本分析で対象とする日
本はその中の 1 地域に相当する.エネルギー部門を除いた
付表 1 主要国および世界全体の人口,GDP の想定
産業として,18 産業に分類している.
GDP
(Trillion US$ in 2005 price)
人口
(億人)
各期・各地域におけるエネルギー・経済の活動は,産業
連関モデルをベースとする多部門経済モジュールと,エネ
ルギーフローを記述したボトムアップエネルギーシステム
モジュールとがハードリンクされているのが特徴である.
消費効用最大化のもとで,産業連関構造の中で仮定された
2010
2020
2030
2050
2010
2020
2030
2050
日本
1.27
1.24
1.18
1.02
4.65
5.34
6.43
6.53
米国
3.12
3.40
3.64
3.97
13.60
17.56
21.35
29.44
EU28
5.07
5.15
5.15
5.03
14.43
16.25
18.51
23.12
ロシア
1.44
1.39
1.32
1.19
0.91
1.39
2.60
4.98
生産関数のもとで,各部門における生産効率の優れた地域
中国
13.67
14.45
14.77
14.32
4.06
8.77
15.36
28.50
で生産・輸出がされる構造となっている.
韓国
0.48
0.49
0.49
0.44
1.02
1.37
1.66
2.13
エネルギーモジュールでは,エネルギー産業として,一
インド
12.06
13.57
14.74
16.02
1.24
2.38
4.30
10.07
次エネルギー8 種,二次エネルギー4 種をモデル化している.
世界計
69.16
76.79
83.08
91.39
51.86
70.08
93.66
146.27
60