配布資料

FASID 国際開発援助動向研究会
日本の役割の再発見:国際援助潮流の「影の部分」への「対抗力」
下村恭民(法政大学)
I
基本的問題意識
1.すべての政策行動がプラスとマイナスの影響を生む
どのように有意義な理念、戦略、政策であっても、必ずプラスとマイナスの両面を持つ。
正と負のバランスシートを総合的に考えなければならない。
2.ドナーと途上国の力関係は、著しく非対称である
とくに援助協調を通じてドナーの姿勢の収斂が図られる中で、途上国の交渉力は一段と低
下している。
3.権力は腐敗する ⇒
チェック・アンド・バランスが不可欠
米国の連邦憲法を起草した人々は、「人間が天使でなく」「人間が人間の上に立って政治を
行うこと・・・の最大の難点」を克服する必要があるとの認識の下に、「対立し敵視する利
害を組み合わせて、よりよい動機の欠如を補完する」「抑制均衡」を主張した。
(A.ハミルトン、J.ジェイ、J.マディソン(斎藤・中野訳)『ザ・フェデラリスト』岩波文
庫、48 および 51 篇)
4.強大な国際援助社会の「影の部分」への「対抗力」が不在
国際援助社会ではチェック・アンド・バランスが充分に機能していない
6.日本が「空席」を埋めるのが望ましいが・・・
II
国際援助潮流の二つの「影の部分」:ドナーの視点の優越、現場からの遊離
1.「影の部分」その1:ドナーの視点の優越
1-1
「選択的援助」の潮流
1)背景要因:新公共管理と援助疲れ
①1980 年代に OECD 諸国で公的部門改革の基本理論として導入された「新公共管理」(New
Public Management)の下での目標設定と成果重視の流れ
②主要国の苦しい財政事情の下での援助継続への批判と援助効果への懐疑的な見方
2)「G8 アフリカ行動計画」と「ミレニアム挑戦会計」に見る「選択と集中」の論理
「選択と集中」の下での途上国選別基準としてのガバナンス(統治)重視:「統治に問題の
ある途上国に対する援助の効果は、他の途上国に対する援助の場合に比較して劣後する」
との前提(この前提への批判と代替案の提示については、下村編『アジアのガバナンス』
(近
刊予定)参照)
①「G8アフリカ行動計画」
:
「我々は、良い統治及び法の支配、国民への投資、経済成長に
拍車をかけ貧困を軽減する政策の追求に対して政治的財政的なコミットメントを示してい
る国に努力を傾注する」
②「ミレニアム挑戦会計」:良いパフォーマンスを示す途上国に対して“報酬“を提示する
仕組み
3)「選択的援助」のもたらす私的便益と社会的費用
①援助対象国の限定による援助効果の増加はドナーの私的便益
②援助対象国の限定による「人間の危機」(if any)は、地球規模の社会的費用(表1参照)
③私的便益と社会的費用の深刻なジレンマの、どこに均衡点を見出すかについて、苦悶に
満ちた再検討が必要。
2-2
「真のオーナーシップ」の欠如
1)オーナーシップ重視の国際潮流
「ドナーではなく途上国政府が操縦席に座って操縦桿を握る」との基本認識
援助協調の下で「途上国政府がドナーを指揮(direct)する」という前提:援助協調を通じて
オーナーシップを高める発想
2)オーナーシップの確認テスト
①途上国と国際援助コミュニティの国際関係の現実において、「途上国政府が操縦桿を握
る」状況がどの程度認められるだろうか。
②この点を確認するための質問:
「途上国政府の指向する選択肢が、国際援助コミュニティの助言や、国際的なベスト・プ
ラクティスに沿っていない場合に、途上国の意思は受容されるのか」
イエス
⇒
操縦席に座っている途上国政府が「真のオーナーシップ」を持っている
ノー
⇒
途上国政府が操縦桿を握っていても、飛行経路は外部から制御されている
3)「真のオーナーシップ」を求めて
①途上国の「真のオーナーシップ」
:国際援助コミュニティの助言や、国際的なベスト・プ
ラクティスを十分に勘案したうえで、自分たちが最適と考える政策を選択する自由
②途上国のガバナンス水準への懸念:「真のオーナーシップ」が望ましいとしても、一部の
途上国のガバナンスの状況では“操縦桿”を任せられないという批判。
理解できるが、そのような判断であれば、安易に「オーナーシップ」尊重を謳う姿勢を再
検討するべき。
③援助効果と「失敗から学習する自由」の間のジレンマを、掘り下げて再検討したい。
2.「影の部分」その2:支援アプローチの現場ばなれ
2-1
事例としての「貧困削減戦略文書」(PRSP)
1)巨大で包括的な文書とアップストリーム業務の偏重のもたらすもの(別添注および回
覧資料を参照)
①これだけの巨大さと包括性が本当に必要なのか
<オシムに聞いてみよう>
②PRSP が途上国の文書作成能力に見合っているか
③途上国側の中心アクターとなるのはだれか:テクノクラート
アップストリームの政策テーマについてドナー社会と調整し、統計数字を揃え、英文資料
を準備できるのはテクノクラートで、現業官庁や地方の責任者ではない。
④どのような業務がクラウド・アウトされるか:ダウンストリーム業務
ダウンストリーム業務のクラウド・アウト
⇒
現場ばなれ
2)実質的に文書を作成しているのはだれか:オーナーシップの問題でもある
PRSP や CDF の求める巨大さや包括性で最大の恩恵を受けるのはだれか
結果的に国際開発人材のための「ケインズ政策」ではないか
2-2
形式的な制度の偏重
1)問題の所在:ふたたび PRSP を例として
①主たる関心の対象:「途上国にどのような欠点、弱点があるか」「途上国にどのような制
度が不在または不備であるか」
②改革メニューの焦点としての「新しい制度の導入、制度の手直し」
多くの国で、法案、組織、規則などの導入が融資条件となっている。
2)求められる代替的な視点:制度より実質的な機能が重要
①優れたパフォーマンスを示している途上国の教訓
かりに制度が不備であっても、社会システムの中に、求められる制度の機能をある程度、
果している仕組みがある。表面的に見ると制度が不十分であっても、その制度に求められ
る機能が、現実に確保されている。
②経路依存性・制度的補完性に留意した制度設計
「現存する制度の下で機能している仕組」を掘り起こし、その基礎にあるメカニズムを活
用することによって当面の目的を達成し、じっくり時間をかけて相手国の固有の経済社会
システムの特性に合致した制度を設計する選択肢を考えるべき。
III.提言
1.日本の役割の再構成
新しい潮流の推進に積極的に貢献するだけでなく、さまざまな機会に「影の部分」を問題
提起して対応策を提言する
「世銀では」
「DFID では」の「出羽守」ではなく、
「国際潮流というけど本当にそうカイナ」
の「甲斐守」でありたい。
2.発信したい基本メッセージ:弱点の指摘より強みの育成
国際援助コミュニティの標準的なアプローチ:「うまくいかない原因が途上国の制度・政策
にあるとの診断」「弱点を是正するための処方箋」
国際的に発信したい代替的視点:
「途上国の経済社会システムに内在する強みを掘り起こし
て活用する」
「弱点の指摘より強みの育成」
10 歳のジャック・ニクラウスへのレッスン・プロの唯一の言葉:
「いいぞ坊や、その調子だ。
振りまくれ」
(ジャック・ニクラウス「私の履歴書」第 5 回、
『日本経済新聞』2006 年 2 月
5日
(表
1)ガバナンス指標下位国*の貧困比率と人間開発指標
(*「人間開発報告 2002」の①法の支配、②政府の有効性、③汚職のいずれかの項目で最下
位5カ国と評価された 12 カ国を指す)
タジキスタン
該当するガバナンス
購買力 1 日1ドル以
人間開発指標順位
指標
下の人口の比率(%)
(177 カ国中)
①
n.a.
122
ミヤンマー
③
n.a.
129
パプア・ニューギニ
③
n.a.
137
③
n.a.
141
n.a.
142
ア
スーダン
コンゴ
②
ハイチ
①
n.a.
153
アンゴラ
①
n.a.
160
コンゴ民主主義共和
①
③
n.a.
167
③
58.4
169
②
n.a.
172
マリ
②
72.8
174
シエラ・レオネ
②
57.0
176
②
国
ブルンジ
ギニア・ビサウ
①
(出所)UNDP, Human Development Report, 2002 and 2004
別添注
ラオスの PRSP の事例
a)ラオスの PRSP の政策手段のリスト
a-1)「マクロ経済とガバナンス」(Macro-Economic and Governance Environment)
①国家開発フレームワーク(National Development Framework)(37 項目の目標と 47 項目
のパフォーマンス・インディケーターを含む)
②歳入増加のためのポリシー・マトリクス(Policy Matrix for Revenue Collection)
③公共支出マネジメント改善のためのポリシー・プログラム・マトリクス
(Policy/Programme Matrix for Public Expenditure Management)
④金融部門のポリシー・プログラム・マトリクス(Policy/Programme Matrix for the
Financial Sector)
⑤ガバナンス改善のための手段(Governance Initiatives)
a-2)
セクターとクロス・カッティング・イシューに関する国家プログラムのマトリクス
(Sector/Cross-sector and National Programmes Matrices)
下記の 10 領域に、詳細で厖大な目標、政策手段、モニタリング・インディケーターが示さ
れている。
①農業・林業
②教育
③保健
④交通
⑤ジェンダー
⑥環境保全
⑦麻薬コントロール(Drug Control)
⑧「非爆発性軍事物資」汚染(UXO Contamination)
⑨HIV/エイズ予防
⑩貿易