2006 年 5 月 30 日 FASID ジュニア・プログラムオフィサー 坂本寿太郎 開発援助の新しい潮流:文献紹介 No.59 David Bloom, David Canning, and Kevin Chan (2006), Higher Education and Economic Development in Africa, World Bank (AFTHD).1 本稿は世界銀行の AFTHD(Human Development Sector, Africa Region)の委託を受け、 ハーバード大学公衆衛生大学院の David Bloom 教授、David Canning 教授および博士課程 学生である Kevin Chan らによって研究・執筆されたものである。本論文は、サハラ以南 のアフリカ諸国(以下アフリカと記述)の経済発展に対して高等教育が果たす役割・貢献 を明確にし、開発分野で高等教育を軽視してきた国際社会に警鐘を鳴らしている。 I. 背景 教育分野における国際協力の始まりはユネスコによって主導された。実際ユネスコは、 1960 年代にアジア、アフリカ、ラテンアメリカそれぞれの地域の教育発展に向けた地域国 際会議を開催した。1970 年代になり開発における教育の役割が重視され始めると、世界銀 行、国連開発計画(UNDP)、ユニセフなどその他の国際機関も教育分野へ参入し、その担 い手は多様化した。 この約半世紀にわたる教育援助の歴史を特徴づけるのは、基礎教育重視への流れである。 70 年代のベーシック・ヒューマン・ニーズの強調、90 年代前半の UNDP による人間開発 指標の導入、90 年代後半の貧困削減アプローチなど、開発の視点が経済開発から社会開発 へ移行するにつれ、基礎教育はその重要性を増してきた。また、90 年には「万人のための 教育(EFA: Education for All)世界会議」が開催され、公平性の面からも基礎教育が優先 されることになった。さらに 2000 年には初等教育の完全普及を掲げたミレニアム開発目標 (MDGs: Millennium Development Goals)が発表され、基礎教育への集中は世界的な動 きとなった。 一方、基礎教育を優先する国際社会の姿勢は、高等教育を軽視する風潮を作り出した。 実際、援助機関では高等教育に対する支援が見直され、被援助国も高等教育への予算配分 を削減し初等教育への支出を増加するように推奨された。高等教育の投資を抑制する主な 理由は、(1)ユニットコストが高い点、(2)経済発展に対する投資効率が悪い点、(3)一 部の受益者だけを対象とした公的支出に付随する公平性の問題に求められた2。 1 本論文は<http://www.worldbank.org/afr/teia/pdfs/Higher_Education_Econ_Dev.pdf>より ダウンロード可。 2 澤田康幸・黒田一雄・結城貴子(2004) 「教育開発-現状と展望」秋山孝允・近藤正規編『開 発動向シリーズ3 開発アプローチと変容するセクター課題』FASID、108 ページ。 1 しかし、過熱する基礎教育重視の流れの中で、高等教育が本来与えられるべき関心・役 割を失っているのならば、それは経済発展への潜在性を活かしきれていないことを意味す る。そこで本論文は、経済発展のために高等教育が果たす多様な役割を整理すると共に、 その科学的根拠を過去の研究および本論文の筆者自身の研究によって示し、特に近年開発 援助の焦点となっているアフリカにおいて高等教育が経済成長および貧困削減に与えるイ ンパクトを検証している。それは、高等教育の過度の軽視を警告し、高等教育に対する国 際社会の関心を喚起するという点において意義のある試みである。 また、高等教育分野における開発援助のあり方を模索することは日本にとっても大きな 意味を持つ。というのも、日本の教育協力は職業訓練等の技術教育や高等教育への支援が 多かったからである3。つまり高等教育は日本の比較優位であり、そのプレゼンスを今後の 国際教育協力の流れの中でどう発揮していくのか、その示唆を与えてくれる論文でもある。 II. 内容 1. アフリカにおける高等教育の現状 現在、アフリカの高等教育就学率は約 5%と、世界で最も低い水準にある。その普及速度 は他の開発途上地域と比べても極めて遅く、高等教育という分野でアフリカは取り残され つつある4。しかしこの悲観すべき状況は、アフリカ諸国政府に対して高等教育の軽視を助 長してきた国際社会によって作り出されたともいえる。 実際、基礎教育に比べ高等教育の収益率は低いとする研究が盛んに発表され、貧困削減 のアプローチとして高等教育への支出削減が推奨された。また 90 年の「EFA 世界会議」を 契機に、公平性の面からも基礎教育重視が叫ばれるようになった。こうした潮流を反映す るように、1980 年代後半から 1990 年代後半にかけて、世界銀行の教育セクターにおける 高等教育への支出の割合は、17%から 7%に減少している。しかし最も危惧すべきことは、 予算の減少と共に、高等教育への関心も失われつつあるという現実である。 高等教育を統制する法律 実際に高等教育への関心がそがれるにつれ、高等教育システムの維持にも問題が生じは じめている。その傾向を顕著に表すのが、高等教育を統制する法律の整備の遅れである。 例えば、政府による大学支配が法制化されているマダガスカルのような国では、大学が知 識・経済成長・労働市場の変化に対応できないため、経済発展のために高等教育が本来担 3 国際協力銀行・開発金融研究所(2003) 「補論 高等教育分野への日本の支援実績と方向性(イ ンハウス調査)」 『高等教育支援のあり方―大学間・産学連携―』 、補論 8/10 ページによると、95 ~99 年の 5 年間における JICA によるプロジェクト方式技術協力(件数)の教育セクター内訳 は、高等教育が毎年 30%~40%を維持している。また 76~02 年 4 月までに承諾された JBIC による教育分野の円借款支援においても、高等教育分野の支援が全 51 件中 37 件を占めている。 4 本論文 5 ページにおいて、1960 年代にアフリカと同じ程度の就学率を記録していた発展途上 地域も、現在に至っては東アジア・太平洋地域、南アジアでは 10%、ラテンアメリカ・カリブ 海地域、中東・北アフリカでは 20%を超えていることを示すデータを掲載。 2 うべき役割を果たせずにいるという。他方、法整備の遅れによって大学に過度の裁量権が 与えられているアンゴラのような国では、高コストである一方で教育の質が低下するなど、 高等教育への投資に対する収益が最小化しているという。この法整備の例が示すように、 高等教育への関心が薄れるにつれて、高等教育の存在意義も見失われつつある。 貧困削減戦略文書(PRSP)にみる高等教育 また、世界銀行による高等教育への関心の低下は、PRSP に如実に反映されている。実際、 暫定的なものも含め取得可能な 31 全ての PRSP を見ても、高等教育は開発戦略の小さな要 素としか捉えられていない。例えば、高等教育を貧困削減の手段と捉えている国はカメル ーン、マラウィ、ザンビアの 3 カ国だけである。また 2 カ国が高等教育への支出増加を明 記しているのに対し、歳出削減を計画する国は 6 カ国にのぼる。こうした状況は、高等教 育がアフリカの発展に対して成し得る貢献を PRSP が認識していないことを示している。 しかしその一方で、頭脳流出など PRSP が高等教育を積極的に取り扱うことができない 理由があることにも留意したい。70 年代前半には年間 1,800 人程度だったアフリカからの 頭脳流出も、80 年代前半には 4,400 人、87 年には約 23,000 人に急騰するなど、その問題 は深刻化している5。その結果、現在では大学教育を受けたアフリカ人の約 30%がアフリカ 外に居住しており6、その人的資源の喪失を国外の専門家によって補うために年間 40 億ドル のコストが生じているという7。アフリカ諸国の高等教育投資に対する消極的な姿勢の理由 のひとつがここにあるといえよう。 グローバルシフト しかしながらここ数年、世界銀行を含めた主要ドナーが、高等教育が経済発展に与える 肯定的な影響を認め始めている。その理由のひとつには、多面的な開発戦略において、全 ての教育レベルに配慮することの重要性が認識されるようになったことが挙げられる。 1999 年、世界銀行は高等教育の中でも数学、科学、エンジニアリング分野の重要性に言 及したレポート8を発表し、2000 年のユネスコとのタスクフォース9では、高等教育は途上 国の経済発展に不可欠であると述べられた。2002 年のレポート10では、高等教育の役割は 専門的能力の構築の他に、初等・中等教育の発展を促進する点にあると明記し、高等教育 InterAcademy Council (2004), Realizing the Promise and Potential of African Agriculture, InterAcademy Council, p.180. 6 Ibid. p.180. 7 Ainalem Tebeje, “Brain Drain and Capacity Building in Africa,” The article on February 22, 2005, The International Development Research Centre (IDRC). この記事は IDRC ウェブペ ージ<http://www.idrc.ca>の IDRC Publications>Reports magazines>Features より閲覧可。 8 World Bank (1999), World Development Report: Knowledge for Development, World Bank. 9 The Task Force on Higher Education and Society (2000), Higher Education in Developing Countries: Peril and Promise, TFHE. 10 World Bank (2002), Constructing Knowledge Societies: New Challenges for Tertiary Education, World Bank. 5 3 発展のための枠組み作りを各国政府に推奨した。また教育の収益率だけでなく、高等教育 がもたらす外部便益にも配慮すべきだとの提言がなされた。さらに世界銀行は高等教育の 生み出す知識の潜在性に注目し、蓄積された知識を経済発展に結びつける各国の能力・環 境をモニターするために、知識経済指数(KEI:Knowledge Economy Index)を開発した11 。 いくつかの国は、こうした高等教育を見直す流れに応え始めている。エチオピアでは、 2003 年に議会が高等教育改革を宣言した。大学の裁量権の拡大、私立大学の推奨、経済的 需要に基づいた学位の導入、予算配分の増加などに加え、学生の負担を軽減するための税 制度を導入するなど、セクターを超えた改革が行われた。またモザンビークでは高等教育 科学技術省が新設され、高等教育 10 ヵ年戦略が実施されている。 2. 高等教育と経済成長の概念的関連 こうした動きの中で、本論文は経済成長および貧困削減に対して高等教育が果たす役割 を、パブリックとプライベートの2つに分けて整理している。プライベート(個人)の面 では、高等教育は労働者の生産性向上、起業の増加、専門性の向上を通じて、就職率の上 昇・収入の増加を促し、経済的な恩恵をもたらす。また、生活水準の向上は労働者の寿命 を延ばし、長期的な収入増加につながる。 パブリック(社会)の面では、まず個人所得の増加に伴う税収入の増加があげられる。 しかしその他にも、高等教育は経済発展を促進する多様な影響力を持っている。例えば、 質の高い教師の創出は初等・中等教育の質を向上させ、基礎教育卒業者の生産性向上に貢 献する。医師やヘルスワーカーの創出は、国民の健康状態を改善し、長期就労を可能にす る。また専門家によってより良い法律・政治制度が確立されれば、外国直接投資の呼び水 となり得る。さらに学位取得者を増加させることで、技術の活用・普及を促進し、社会全 体の生産性を向上させることもできる。その他、今まで注目されてこなかった要素として、 大学による学術研究の成果が経済発展に与えるインパクトを忘れてはならない12。 3. 高等教育と経済発展の関連を示す証拠 上記で示したように、経済発展に対して高等教育が果たす役割は多様であるため、個人 所得と税収入のみを考慮して収益率を求めてきた伝統的な研究手法では、高等教育が経済 成長にもたらす効果を過小評価する可能性がある。そこで本論文は、高等教育が、起業の 増加、研究開発の活発化、法整備の強化、政治ガバナンスの向上などを通じて、経済発展 11 KEI は、①経済的インセンティブ・制度形態、②教育、③イノベーションシステム、④情報 通信技術の 4 分野からそれぞれ 3 つずつ、合計 12 個の指標を合わせて数値化したものである。 最大値を 10 とし、数値が高いほど知識を経済発展に結びつける能力が高いとされる。最新版の KEI では、世界平均の 5.91 に対してアフリカは 2.34 であり、2.84 を記録した 95 年よりも低下 している。ただし私が調べた限りでは、KEI と高等教育の社会収益率に関連は見受けられず、 KEI と高等教育を関連付けて論じることに違和感がある。詳しくは、世界銀行ホームページ <http://www.worldbank.org> の KAM: Knowledge Assessment Methodology を参照。 12 本論文 19 ページにおいて、 大学による研究開発(R&D)の収益率は 78%とする研究を紹介。 4 に貢献しているとの分析結果を報告している研究を複数紹介している。 また本論文の筆者は、技術進歩・普及はその技術にアクセスできる高い教育訓練を受け た人々によって成し得るとの仮定に立ち、高等教育によって促進される技術面のキャッチ アップが経済成長に与える影響の分析を試みている。その分析結果は以下の 3 点に要約さ れる。(1)現在のアフリカの生産レベルは生産可能曲線の 22.8%下位にあり、他の地域に 比べても現生産レベルと生産可能曲線の格差は最も大きい13。 (2)教育レベルを問わず国民 の平均就学年数が 1 年増加すると、GDP は 0.24%増加する。 (3)その1年の増加分がすべ て高等教育に充当する場合、つまり高等教育の就学年数が1年増加すると、技術面でのキ ャッチアップを通じて GDP がさらに 0.39%増加するので、合計で 0.63%の増加となる。 4. 結論 技術面でのキャッチアップを含め、高等教育は経済発展に対して多様な貢献ができる。 特にアフリカでは現状の生産レベルと成長可能曲線との格差が大きいこともあり、高等教 育は経済成長を最大化するための可能性を引き出すことができるはずである。しかしなが ら、高等教育単独ではアフリカにインパクトを与えるのは難しい。卒業者を労働市場に吸 収するためにはマクロ経済のマネジメントが重要であるし、ガバナンスの向上や、貿易の 自由化も鍵となるであろう。よって、高等教育が生み出す可能性をつかみ取るために必要 な環境を、政府及び民間セクターが作り出していかなければならない。 最後に本論文の筆者は、アフリカの高等教育の発展に向けた今後の研究に対して 7 つの 示唆を行っている。 (1)高等教育拡充のためのコスト算出:高等教育の量的拡充を進めるに当たって、コスト 算出を試みるべきである。また公立大学と私立大学の割合など、コスト算出には各国の状 況を反映させる必要がある。 (2)ニーズに沿ったカリキュラム改革:科学的な知識が普及し、経済状況も変化している のにも関わらず、アフリカの大学は必要なカリキュラム改革に取り組んでいない。まずは 既存のカリキュラムの妥当性を調査・検証し、カリキュラムの在り方を模索すべきである。 (3)データの正確性の追求:高等教育分野においても、途上国のデータの信頼性は総じて 低い。よって、途上国提供のデータと国際機関が収集したデータの適合性を見る必要があ る。信頼できるデータを得られない場合は、その対処方法を考える必要がある14。 (4)各教育レベル間の適切な予算配分の算出:各教育レベルはそれぞれ独自の方法で経済 発展に貢献している。よって、経済成長を最大化するためには、各国の異なる環境を考慮 した上で、各教育レベル間の最も適した予算配分バランスを模索する必要がある。 (5)開発促進に望まれる学問分野の判別:科学やエンジニアリングが経済開発に効果的な 13 本論文の筆者の分析によると、現状の生産レベルと生産可能曲線との格差は、ラテンアメリ カで 19.0%、アジアで 14.0%、北アメリカでは 12.6%となっている。 14 ちなみに本論文の回帰分析では、信頼性の低いデータへの対処として、総就学年数の代わり に識字率を、高等教育の普及を表すデータとして国民一人当たりの医師の人数を用いている。 5 分野だとする研究があるが、その認識がアフリカにも通用するかは定かではない。よって、 当該地域の経済発展にはどの学問分野の発展が望まれるのか、調査・研究すべきである。 (6)地域を限定した分析:高等教育に関する研究の多くは、地域を限定することなく、世 界各国を対象としていた。そこで、アフリカなど途上国地域に限定して体系的な研究を行 うことによって、より的確な結論を導くことができるはずである。 (7)ケースの比較研究:高等教育の発展に成功した国と、依然として様々な問題に直面し 高等教育の発展が遅れている国を比較することで、有意義な示唆を得られる可能性がある。 その試みとして本論文では、モーリシャスとタンザニアの比較研究を行っている。 なお本論文の巻末に、アフリカの高等教育に関連する有益な情報がまとめられているが、 ここではそのタイトルだけ紹介する。 Appendix A: PRSP における高等教育に関する記述のリスト Appendix B/C:高等教育を統制する法律を記載したリスト Appendix D: アフリカ各国の統治者の学歴を記載したリスト III. コメント EFA をはじめとした近年の基礎教育重視の流れは、経済発展のみならず公平性の面にも 大きなインパクトを与えている。しかしながら、ある種ブームとしての EFA が、各国を近 視眼的に初等教育の数値目標に固執させ、教育セクター全体のバランスを失わせている事 実は危惧すべきことである。その典型的な例が高等教育への関心の低下であろう。よって、 経済発展に対して高等教育が果たす役割を明確化し、その影響を正しく認識しようと試み る本論文は、失われかけた高等教育への関心を喚起するという点で重要な意義を持つ。 そもそも教育分野とは、各教育レベル間の需要と供給が互いに影響し合う連動性の高い セクターであり、特定の教育レベルの発展に傾倒することは合理的ではない。教育は労働 者の生産性を向上させるが、その労働者を市場が吸収できなかった場合には、失業率の増 加と共にさらなる教育への需要が着実に高まる。よって基礎教育の拡充が進んでいる今だ からこそ、後に増大する高等教育への需要を見越し、その整備を進めるべきである。特に、 教師の育成をはじめ教育の供給には長期的な計画が必要となることを忘れてはならない。 しかしながら、高等教育の改革には初等・中等教育にはない独自の難しさがある。その ひとつが政治との癒着である。独立後のアフリカ諸国にとって高等教育は国家体制を維 持・発展させるための政治的エリートを育成するための機関であった。その影響もあり、 現在も大学が政治的手段と化している国もめずらしくない。また本論文で指摘されたよう に、高等教育を統制する法整備の遅れや頭脳流出の問題も、アフリカの高等教育の発展の 足かせとなっている。こうした例は、高等教育の改革にはガバナンスや法整備など国のシ ステムに幅広く介入する必要があることを示唆しているが、一部の権力者の既得権益に触 れるため非常に難しい課題である。また、高等教育を取り巻くこの複雑な環境そのものが、 高等教育改革の遅れにつながっているとも考えられる。 6 さらにこの高等教育をとりまく環境の複雑さは、日本の高等教育分野の援助にも影響を 与える。例えば、日本のこれまでの高等教育支援の多くは、特定の教育機関を支援する断 片的なものが多く、長期的・包括的視点を欠いていたという15。よって日本の高等教育支援 を効果的に経済成長につなげるためには、各国の経済発展度に応じた教育と研修分野の判 明、それに基づいた能力開発やカリキュラム開発と共に、大学行政や法律への関与が不可 欠となるであろう。ただし、この包括的かつ複雑な課題に対して日本単独で取り組むこと は現実的に困難であり、他の開発援助機関との協調をベースに、日本の強みを活かしてい くことが重要になると考えられる。また、私立を中心に大学が増加傾向にある一方で、各 大学の貧弱な研究・教育体制が問題となっている現在のアフリカの高等教育環境を考える と、大学間連携によって各大学の弱点を補うといった支援も有効だと思われる。 このように、日本がアフリカの高等教育を効果的に支援するためには、高等教育支援の 新たな形を模索する必要があると考えられる。しかし、日本には優れた高等教育システム が存在しており、そのシステムをアフリカの高等教育にうまく輸出・活用することができ れば、アフリカの高等教育支援に対しても日本のプレゼンスを高めることは可能だと思わ れる。 最後に、本論文はアフリカにおける高等教育の重要性を再認識するための、イントロダ クションとしての意味合いが強い。本論文において筆者は、技術面でのキャッチアップと いう要素に注目して高等教育の経済的影響の算出を試みたが、これは高等教育の役割の一 面を明らかにしたに過ぎない。経済発展に対する高等教育の間接的影響は実に多様であり、 高等教育の経済的貢献を全て考慮することができるのならば、その影響は我々の認識をは るかに上回るものとなるであろう。よって高等教育の経済的貢献を国際社会により効果的 にアピールするためには、各研究者の研究を精査し、どの要素をどのように収益率分析に 含めるべきか、総括的な合意を得たい。 また筆者が言うように、今後はより具体的な研究分析が必要となるだろう。例えば、ア フリカの大学にもコマース、ビジネス、エンジニアリングなど経済に直結するような学部 を持つ大学はかなり増えてきているが、その具体的カリキュラムと市場の需要との適合性 を分析するような研究は少ない。さらに、各教育レベルにおいて今後輩出される労働者の 数、就職率、進学率等の予測に基づいて、適切な予算配分を推量するような試みも重要だ と思われる。よって、本論文を足がかりに、より具体的かつ実践的な研究が行われること に期待したい。 FASID 第 142 回 Brown Bag Lunch、黒田一雄氏の講演からの引用。詳細は FASID 第 142 回 BBL 報告書<http://www.fasid.or.jp/chosa/forum/bbl/bbl_18.html> を参照。 15 7
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