低粘度ペースト塩ビ壁紙グレードの開発

41
●低粘度ペースト塩ビ壁紙グレードの開発
南陽研究所ゴム市場開発チーム 吉田 信一
松本 洋二
1.はじめに
2.ペ一スト塩ビ樹脂の製法
特殊塩ビとして知られるペースト塩ビ樹脂は、可塑
ペースト塩ビ樹脂は、乳化重合、ミクロ懸濁重合、
剤、安定剤等の薬剤とを混合することにより、ペース
これら重合法により得られた粒子を種粒子として更に
ト状(ペースト塩ビゾル)になるという特性から、一
粒子を肥大化するシード乳化重合、シードミクロ懸濁
般の樹脂とは異なり常温で賦形できるという特徴を有
重合によって塩化ビニル樹脂ラテックスを製造し、そ
する。現在では年間約12万トンの国内需要があり、そ
れぞれ単独であるいは各種ラテックスをブレンドして
の4割を越えるのがビニル壁紙用途である 。
噴霧乾燥することにより製造される(表1参照)。
1)
図1にペースト塩ビ樹脂に求められる製品特性とポ
近年、壁紙加工メーカーでは、①収益改善のための
製造コスト削減、②環境問題への対応のためのVOC
リマー制御因子を示す。
このような制御因子を種々組み合わせることで、要
削減という課題を抱えており、①については、高充填
化、薄塗り化、②については、プラスチゾル調製時に
求特性を満足するペースト塩ビ樹脂が得られる。
使用する有機溶媒のノンアロマ化、その使用量削減等、
配合、加工条件の工夫で対応している。しかし、これ
らの対応では十分満足できるものではなく、ペースト
塩ビ樹脂の性能向上、特にペースト塩ビゾルの低粘度
化への要求が年々大きくなってきている。
ゾル特性
(1次,2次)粒子径
(1次,2次)粒子径分布
我々は、この要求に応えるべく開発を行った結果、
このほどペースト塩ビ樹脂を構成する基本粒子径制御
重合用乳化剤種類、量
改質剤(減粘剤等)
技術及び重合制御技術を確立し、上記要求に対応可能
平均重合度
な新しい壁紙用グレードを開発した。
発泡特性
本稿では、ペースト塩ビ樹脂の製法、ペースト塩ビ
1次粒子:ラテックスを構成する基本粒子
2次粒子:噴霧乾燥時の凝集粒子
ゾルの低粘度化について概説し、次に開発グレードの
特徴を紹介する。
図1 要求物性とポリマー制御因子との関係
表1 ペースト塩ビ樹脂の重合法比較
重合法
乳化重合
シード乳化重合
ミクロ懸濁重合
開始剤
水溶性開始剤
水溶性開始剤
油溶性開始剤
粒径制御
乳化剤種類、量
シード仕込み量
乳化剤種類、量
均質化条件
シード仕込み量
平均粒径
0.1∼0.5μm
0.1∼0.5、0.5∼1.5μm
0.5∼1.5μm
0.1∼0.5、0.5∼1.5μm
粒径分布
シャープ、1ピーク
シャープ、多分散
ブロード、1ピーク
ブロード、多分散
粒子形態
( 41 )
シードミクロ懸濁重合
油溶性開始剤
(シード中)
42
TOSOH Research & Technology Review Vol.46(2002)
6
3.ペースト塩ビゾルの低粘度化
5
見掛粘度〔Pa・s〕
汎用壁紙加工に使用されるペースト塩ビゾルは、ゾ
ル調製時のハンドリング性と裏打ち材へのコーティン
グ性から、低剪断速度から高剪断速度まで幅広い範囲
で低粘度であることが必要である。ペースト塩ビゾル
の粘度については、ペースト塩ビ樹脂の粒子径2)や粒
4
3
2
TNP70
当社従来品
他社品
1
子径分布に由来する最密充填構造に影響されることが
0
知られている3)4)。
1
10
100
1000
10000
剪断速度〔sec−1〕
我々は鈴木らの提案したモデル5)6)7)から導かれた
粒子の充填密度が最大となる粒径比と小粒子比率の組
図3 硬質配合における粘度挙動
み合わせ(図2参照)を、重合による粒子径制御技術
の確立によって再現することに成功し、低粘度壁紙用
5
グレードTNP70を開発した。以下、TNP70の品質、特
見掛粘度〔Pa・s〕
徴について紹介する。
0.50
0.45
粒径比
2
0.40
4
TNP70
当社従来品
他社品
4
3
2
1
0
1
10
100
1000
10000
空間率
剪断速度〔sec−1〕
6
図4 高充填配合における粘度挙動
0.35
8
10
0.30
粒径比=2
図5にTNP70、当社従来品及び他社品のペースト塩
粒径比=4
ビゾルの粘度経時変化を示す。
粒径比=6
0.25
粒径比=8
TNP70は、粘度経時変化が小さいことが明らかであ
粒径比=10
る。
0.20
0
0.2
0.4
0.6
小粒子比率
0.8
1
[3]発泡特性
壁紙は、ペースト塩ビゾルを裏打ち材へ塗布して原
図2 二成分粒子混合充填層空間率推定
反を作製した後、印刷を施し、発泡、エンボス(型押
10
4.TNP70の特徴
[1]ペースト塩ビゾル粘度挙動
8
基本粒子径の制御によって広範囲の剪断速度における
低粘度を実現している。図3、4にTNP70、当社従来
品及び他社品の粘度挙動を示す。TNP70は、配合に依
らず、また、いずれの剪断速度においても低い粘度特
性を有することから、配合からコーティングに至るま
粘度〔Pa・s〕
TNP70は、重合度700の壁紙用グレードで、精密な
6
4
TNP70
当社従来品
他社品
2
での加工適性に優れた樹脂であることが分かる。
[2]ペースト塩ビゾル粘度貯蔵安定性
0
TNP70は、重合時の粒子数(重合場)の最適化によ
り、粒子の可塑剤吸収によるゾル粘度の経時変化を抑
制することに成功した。
0
20
40
60
経過時間〔H〕
図5 ペースト塩ビゾル貯蔵安定性
( 42 )
80
東ソー研究・技術報告 第46巻(2002)
43
(3)発泡体の耐パンク性
し)工程を経て製品となる。
(1)発泡倍率変化
エンボス時に発生するセルパンクは、製品外観を損
加工メーカーにおいて生産性向上は重要な課題の一
ねる。そのため耐パンク性は重要な特性である。図8
つである。TNP70は、短時間で高い発泡倍率を示すた
に、再加熱エンボス後、発泡体表面に発生したパンク
め加工速度アップヘの対応が可能である。図6に、
個数を当社従来品、他社品とともに示す。TNP70は、
225℃での発泡時間に対する発泡倍率の変化を当社従
明らかに耐パンク性に優れている。
来品、他社品とともに示す。TNP70は、短時間でも発
泡倍率が高いことが分かる。
パンク個数〔個/100cm2〕
140
8.0
7.8
7.6
発泡倍率
7.4
7.2
7.0
6.8
120
100
80
60
40
20
0
6.6
TNP70
当社従来品
他社品
6.4
TNP70
当社従来品
他社品
図8 エンボス後のパンク個数
6.2
6.0
20
30
40
50
5.おわりに
60
発泡時間〔sec〕
ペースト塩ビ樹脂を構成する基本粒子の制御によ
図6 発泡倍率変化
り、ゾル特性と発泡特性を両立した新しいグレード
TNP70を開発した。TNP70以外にも、重合度850のグ
(2)発泡体の再加熱ヘタリ性
レード(TNP85)、TNP70、TNP85を更に低粘度化し
通常、エンボス工程に至る前に発泡体を再度加熱す
たグレード(TNP70AZ、TNP70BZ、TNP85AZ)の製
るが、その際発泡厚みが変化すると製品の品質低下の
品化にも目処をつけており、様々な市場ニーズに対応
原因となる。図7に230℃で発泡体を加熱した時の厚
できる品揃えを整えつつある。
み変化を当社従来品、他社品とともに示す。TNP70は、
本特性に優れた当社従来品と同等の性能を示す。
今後は、TNP70の開発で培った技術を軸として、壁
紙市場のニーズに迅速に対応できるグレードの提供、
更には壁紙以外の用途への新規グレードの提供も視野
に入れて開発を続ける所存である。
再加熱ヘタリ性〔加熱後厚み/初期厚み〕
1.2
TNP70
当社従来品
他社品
1.1
引用文献
1)塩ビ工業・環境協会ペースト部会,塩ビペースト
樹脂に関する調査報告書,3−4(1999)
2)P.Rangnes,0.Palmgren,J. Polym. Sci. Part
1.0
C, 33,181(1971)
3)R. J. Farris,Trans, Soc, Rheol., 12,281(1968)
0.9
4)A. J. Poslinski, M. E. Ryan, R. K. Gupta, S. G.
Seshadri, F. J. Frechette, J. Rheol,, 32(8),
751−771(1988)
0.8
0
10
20
30
加熱時間〔sec〕
40
5)鈴木道隆,八木 章,渡辺球雄,大島敏男,化学
工学論文集,10,721(1984)
図7 発泡体の再加熱ヘタリ性
6)鈴木道隆,市場久貴,長谷川勇,大島敏男,化学
( 43 )
44
TOSOH Research & Technology Review Vol.46(2002)
工学論文集,11,438−443(1985)
7)鈴木道隆,化学工学,50,366−368(1986)
( 44 )