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科教研報
Vol.24
No. 2
日本科学教育学会
研究会研究報告
2009 年11月28日
鹿児島大学
日本科学教育学会
ISSN 1882-4684
平成21年度日本科学教育学会第2回研究会(鹿児島大会)
[テーマ] 複数領域をつなぐ科学教育研究と実践
[日 時] 平成21年11月28日(土)10:00-16:50
[会 場] 鹿児島大学教育学部第1講義棟2階
[日 程]
9:30-10:00
受付
10:00-10:10
開会
10:15-11:55
研究発表(午前の部)
11:55-13:00
昼休憩・支部総会
13:00-14:40
研究発表(午後の部 前半)
14:40-15:00
休憩
15:00-16:40
研究発表(午後の部 後半)
16:40-16:50
閉会
[A会場]
座長:西野 秀昭(福岡教育大学)・草場 聡宏(佐賀大学)
A01
10:15-10:35
A02
10:35-10:55
A03
10:55-11:15
A04
11:15-11:35
A05
学校の理科学習と地域の科学教育に対する大学生の意識
○海野 桃子(福岡教育大学大学院)・安藤 秀俊(国士舘大学)・森藤 義孝
(福岡教育大学)
教員志望の大学生における科学用語の適用に関する研究
○石川 舞希(福岡教育大学)・廣重 祐介(福岡教育大学大学院)・森藤 義
孝(福岡教育大学)・坂本 憲明(福岡教育大学)
小学校理科教科書での科学用語の取り扱いに関する基礎的研
○廣重 祐介(福岡教育大学大学院)・森藤 義孝(福岡教育大学)・坂本 憲
明(福岡教育大学)
理科授業場面における学習の進捗状況の調整に関する基礎的研究
11:35-11:55
○高田 有紀美(佐賀大学大学院)・佐藤 寛之(佐賀大学)
理科カリキュラムの連続性に注目した授業実践研究4ーつながりを導く理科
の授業要素ー
渡邉 重義(熊本大学教育学部)
11:55-13:00
昼休憩(12:40-12:55:九州沖縄支部総会(204教室))
1
5
9
13
17
座長:森藤 義孝(福岡教育大学)・藤木 卓(長崎大学教育学部)
A06
13:00-13:20
A07
13:20-13:40
「屋上緑化」や「グリーンカーテン」の温度測定とその効果
○軸丸 勇士(元大分大学教育福祉科学部)・黒永 俊弘(中津市教育委員
会)・岩尾 雅広(中津市教育委員会)・木下 和彦(中津市教育委員会)
巻貝(イボニシ)を教材とした環境教育
23
29
島田 秀昭(熊本大学教育学部)
A08
13:40-14:00
小学生を対象とした身近な自然からESDに広がる学習カリキュラムの開発
(1)ーPanasonic製ホームベーカリー(2009)で作った「米粉100%食パン」と
「小麦粉食パン」 の食べ比べを通して考える「食教育」と「ESD」のクロスカ
リキュラム構想(1)ー
東 徹哉(津久見市立青江小学校) 33
A09
14:00-14:20
A10
14:20-14:40
小学校教師の専門性に関する事例研究:植物園を活用した理科授業プログ
ラム開発からの検討
○三宅 志穂(神戸女学院大学人間科学部)・山田 智尋(京都府宇治市立南
部小学校)・野上 智行(神戸大学名誉教授)
定点観測映像の防災・気象教育における利用
39
45
○飯野 直子(熊本大学教育学部)・金柿 主税(熊本県甲佐中学校)
14:40-15:00
休憩
座長:山路 裕昭(長崎大学)・渡邉 重義(熊本大学)
A11
15:00-15:20
A12
15:20-15:40
A13
15:40-16:00
空気の膨張に関する子どもの認識
○都甲 歩未(福岡教育大学大学院)・森藤 義孝(福岡教育大学)
理科学習における言語活動の充実に関する研究ー中学校第1分野「圧力」
単元を中心としてー
○川上 泰司(福岡教育大大学院)・花村 幸次郎(宮若市立若宮中学校)・坂
本 憲明(福岡教育大学)
電磁環境教育のための教材研究と短期大学における実践
49
53
57
○笠置 映寛(別府溝部学園短期大学ライフデザイン総合学科)・蔦岡 孝
則(広島大学大学院教育学研究科)・畠山 憲一(兵庫県立大学大学院工学
研究科)
A14
16:00-16:20
褶曲についてー授業を行う際の留意点ー
63
○田中 均(熊本大学教育学部)・林 智洋(熊本市立長嶺小学校)・本多
栄喜(熊本県立湧心館高等学校)・早川 祐貴(熊本大学教育学研究科)・田
口 清行(熊本市立教育センター)・村本 雄一郎(熊本県立教育センタ−)
A15
16:20-16:40
奄美大島北部及び南西部沿岸より産出する現生有孔虫の特徴
69
○森井 聖(鹿児島大学教育学研究科)・八田 明夫(鹿児島大学教育学部)
[B会場]
B01
10:15-10:35
B02
10:35-10:55
座長:世波 敏嗣(佐賀大学)・八田 明夫(鹿児島大学)
地域の自然を核に化学・生物・地学を総合する学習会の試みー第5回無垢
島自然体験学習会への参加者アンケートからー
○牧野 治敏(大分大学)・高濱 秀樹(大分大学)・田中 均(熊本大学)・島田
秀昭(熊本大学)・土田 理(鹿児島大学)・平井 正則(元福岡教育大学)・中西
史(東京学芸大学)・御代川 貴久夫(一橋大学)
原爆に関するVR教材と携帯端末を用いた授業実践と評価
73
77
○藤木 卓(長崎大学教育学部)・北原 加保里(長崎大学大学院教育学研
究科)・寺嶋 浩介(長崎大学教育学部)・森田 裕介(早稲田大学人間科学
学術院)・竹田 仰(九州大学芸術工学研究院)・相原 玲二(広島大学情報
メディア教育研究センター)・近堂 徹(広島大学情報メディア教育研究セン
ター)・柳生 大輔(長崎大学情報メディア基盤センター)
B03
10:55-11:15
理科実験が苦手な教師を支援するマンガ教材の開発と評価
83
○大黒孝文(同志社女子大学/神戸大学大学院人間発達環境学研究科)・
中村久良(ナリカ株式会社)・竹中真希子(大分大学教育福祉科学部)・稲垣
成哲(神戸大学大学院人間発達環境学研究科)
B04
B05
11:15-11:35
博学連携における教師教育の現状と課題ー科学系博物館を事例としてー
89
11:35-11:55
○新小田 かほり(福岡教育大)・坂本 憲明(福岡教育大学)
理科離れを引き起こす要因に関する研究ー子どもと教師の意識のずれを中
心にー
○石川 智惠(福岡教育大)・坂本 憲明(福岡教育大学)
95
11:55-13:00
昼休憩(12:40-12:55:九州沖縄支部総会(204教室))
座長:坂本 憲明(福岡教育大学)・佐藤 寛之(佐賀大学)
B06
13:00-13:20
喜界島から産出する有孔虫化石を活用した理科教育
101
八田 明夫(鹿児島大学教育学部)
B07
13:20-13:40
ロシアにおける化学の統一国家試験と第9学年修了試験
105
山路 裕昭(長崎大学教育学部)
B08
13:40-14:00
B09
14:00-14:20
B10
14:20-14:40
14:40-15:00
B11
15:00-15:20
B12
15:20-15:40
B13
15:40-16:00
B14
16:00-16:20
科学教育における科学史教育ー佐賀大学における実践例を中心にー
世波 敏嗣(佐賀大学文化教育学部)
明治30年代の鹿児島県における理科授業についてー直観教授・郷土科に
注目してー
○服部 直樹(鹿児島大学教育学研究科)・八田 明夫(鹿児島大学教育学
部)
統計的探究プロセスを取り入れた授業の工夫
○豊田 博司(みやき町立三根中学校)・草場 聡宏(佐賀大学文化教育学
部)
109
115
119
休憩
座長:牧野 治敏(大分大学)
小・中学校理科の生物概念の学習のためにー動物植物共通としての「生き
物と養分」ー
正元 和盛(熊本大学教育学部)・高田 みゆき(熊本大学大学院教育学研究
科)
ファストプランツの小学校における活用法ー生物教材研究,教師による評
価,授業実践までー
○前田 紗綾香(福岡教育大学大学院理科教育専攻)・西野 秀昭(福岡教育
大学)
身近なものを使った消化のしくみを学ぶ実験の工夫ー味覚による体感や視
覚で学ぶー
西野 秀昭(福岡教育大学)
消化の学習における新しい実験法の開発ー特にデンプン溶液の濃度と消化
時間の関係に注目してー
○新井 麻里(霧島市立富隈小学校)・八田 明夫(鹿児島大学教育学部)・土
田 理(鹿児島大学教育学部)
123
127
133
137
科教研報 Vol.24 No.2
学校の理科学習と地域の科学教育に対する大学生の意識
The consciousness of science learning at school
and science education in local community for university students
海野桃子*1
UMINO,Momoko
安藤秀俊*2
森藤義孝*3
ANDOH,Hidetoshi
MORIFUJI,Yoshitaka
福岡教育大学大学院
国士舘大学
福岡教育大学
*1 Graduate School of Education,Fukuoka University of Education
*2 Kokushikan University
*3 Fukuoka University of Education
[要約] 小学校教員志望学生に対して,学校教育の理科と地域の科学教育に対する大学生の意識調査を
行い,学校教育と地域の関わりについて検討した。その結果,学生の持つ理科や科学に対する意識
についての因子分析では「理科・科学に対する積極性」,「理科学習の有用性」,「自然体験・科
学体験の重要性」の 3 つの因子が抽出された。これらの因子は,地域の科学教育への参加態度に影
響を与えており,学校教育の理科と学校教育外の科学教育普及活動との関連性が示唆された。
[キーワード]
学校教育の理科,学校教育外の科学教育,小学校教員志望学生,因子分析
と理科学習の経験,ならびに理科や科学に対する意識
1.はじめに
についての内容で構成した。なお,各項目については,
今日,いくつかの大学で,学校教育に生かせる博物
1)
館の利用をめざして博学連携の取り組み や地域社会
5 段階の尺度で回答させた。
における市民の科学活動に対する大学の支援システム
3.調査結果
2)
アンケート結果より,学校の理科学習や科学に対す
などの事例が報告されてきている。このような動向
3)
は,科学的素養の育成に関する教育の改善 から,学
る大学生の意識に関わる因子の構造を分析するために,
校教育だけでなく,地域社会においても,科学に関す
主因子法による因子分析を行った。手続きとして,ま
る様々な学習機会が求められているためと推察される。
ず,学校の理科学習と地域の科学教育に関する意識調
その結果,科学系博物館が大学の小学校教員養成課程
査 40 項目の平均値,標準偏差を算出した。そして,天
を支援する方策を検討するための大学生の実態調査 4)
井効果が見られた 3 項目を以降の分析から除外した。
などもなされている。しかし,教員を志す大学生の意
次に,残りの 37 項目に対して,主因子法による因子分
5)
識調査の事例は,寺田 に見られる程度でほとんどな
析を行った。固有値の変化(8.61,2.90,2.35,1.66,
されてない。そこで,学校教育の理科と地域の科学教
1.54,…)と因子の解釈可能性を考慮すると,3 因子
育に対する大学生の意識調査を行い,学校教育と地域
構造が妥当であると考えられた。そこで,再度 3 因子
の関わりについて検討することを本研究の目的とした。
を仮定して主因子法・Promax 回転による因子分析を行
2.調査方法
った。その結果,十分な因子負荷量を示さなかった 12
項目を分析から除外し,
残りの 25 項目に対して再度主
学校の理科学習と地域の科学教育に対する大学生の
意識を把握することを目的として,福岡県内の A 大学
因子法・Promax 回転による因子分析を行った。その後,
の小学校教員志望学生 229 名(理科選修の課程 36 名,
各因子の内的整合性を検討したところ,一つの因子で
理科選修以外の課程 193 名)を対象に,2009 年 10 月
修正済み項目合計相関が負の値を示した項目が見られ
上旬に質問紙法によるアンケート調査を行った。ちな
た。このため,その項目を尺度に含めるのは望ましく
みに,理科選修以外の課程には特別支援教育ならびに
ないと判断し,1 項目を分析から除外して,再度主因
幼児教育や教育心理学,音楽,保健体育,美術,家庭
子法・Promax 回転による因子分析を行った。Promax
選修を含む。調査項目は,調査対象者の基礎的データ
回転後の最終的な因子パターンと因子間相関を表 1 に
1
表 1 理科学習と地域の科学教育に対する意識
示した。なお,回転前の 3 因子で 24 項目の全分散を説
における因子分析後の最終的なパターン
明する割合は 48.49%であった。
第 1 因子は 14 項目で構成されており,科学的内容に
項目
番号
項目内容
1
0.77
0.76
因子
2
-0.01
0.08
3
-0.04
-0.01
ついての興味や関心,理科学習に対する積極的な態度
37 身のまわりの物質の性質を調べることに,興味がある。
34 科学技術に関するニュースや話題に関心がある。
を表す内容の項目が高い負荷量を示していたため,
「理
0.75
0.01
-0.10
科・科学に対する積極性(以下,
「積極性」とする)
」
33 うだ。
36 機械の仕組みについて調べることに,興味がある。
32 テレビで,理科に関係するような番組をよく見るほうだ。
0.68
0.67
-0.04
-0.04
-0.12
-0.06
因子と命名した。
第2因子は6項目で構成されており,
27 学校の学習よりも,高度な理科の観察や実験をしたい。
0.64
-0.04
0.10
30
理科について興味があることを自分で調べたり学習した
りしている。
0.62
0.21
-0.26
39
35
1
26
地球や宇宙について調べることに興味がある。
0.60
0.58
0.54
0.52
-0.11
-0.05
-0.02
0.07
0.15
0.19
0.16
0.09
動植物の生き方やその環境について調べることに,興
0.52
-0.15
0.24
地震や火山や台風の被害や環境問題をどう防ぐかに,
興味がある。
0.44
0.04
0.14
31 科学館や博物館などの施設によく行く。
17 理科を学習すると,自分の考えを人に伝える力がつく。
0.44
0.16
0.09
0.75
-0.09
-0.14
理科を学習すると,自然や地球環境を破壊しない人に
-0.08
0.63
0.09
科学やテクノロジーの発展によって,平和な社会は築
かれる。
理科を学習すると,新しいものを作ったり発明したりする
力がつく。
理科を学習すると,予想を確かめたり疑問を解決したり
力がつく。
-0.01
0.57
-0.13
0.06
0.56
0.09
-0.11
0.49
0.25
-0.03
-0.06
0.42
0.00
0.37
0.79
理科の学習には,自然体験や科学的な体験が必要で
0.10
-0.14
0.63
理科を学習すると,自然や科学系のニュースや新聞記
-0.09
0.23
0.50
0.19
1
1.00
0.37
0.37
0.13
2
0.37
1.00
0.40
0.44
3
0.37
0.40
1.00
新聞や雑誌や本で,理科に関係する文章をよく読むほ
理科学習によって身に付く力を表す項目が高い負荷量
を示していたため,
「理科学習の有用性(以下,
「有用
性」とする)
」因子と命名した。第 3 因子は 4 項目で構
じかに科学者や技術者の話を聞いてみたい。
理科の学習は好きだ。
学校の学習よりも,もっとくわしく理科を学習したい。
38 味がある。
成されており,理科学習での自然体験や科学的な体験
40
の必要性,理科学習による自然や科学に対する理解の
深まりを表す項目が高い負荷量を示していたため,
「自
14 なる。
然体験・科学体験の重要性(以下,
「重要性」とする)
」
23
因子と命名した。これらの各因子で高い負荷量を示し
16
た項目の平均値を算出すると,
積極性得点
(平均 2.85,
15
SD 0.76)
,有用性得点(平均 3.23,SD 0.64)
,重
13 理科を学習すると,生活がより便利に,より豊かになる。
11 理科を学習すると,身のまわりの自然や科学がわかる。
要性得点(平均 4.00,SD 0.57)となった。そして,
10 ある。
12 事がわかる。
9 理科の学習は,受験に関係なくても重要である。
因子間相関行列
1
2
3
各因子の内的整合性を検討するためにα係数を算出し
たところ,積極性でα=0.90,有用性でα=0.77,重
要性でα=0.72 と十分な値が得られた。
表 2 理科学習と地域の科学教育の意識と地域の
次に,各因子と参加態度に対して相互相関の検討を
科学教育への参加態度の相互相関(全課程)
行った。その結果について,理科学習と地域の科学教
育に関する意識と参加態度の全課程の相互相関を表 2
理科・科学
への積極性
に,課程別の相互相関を表 3 に示した。全課程では積
理科・科学
への積極性
極性と有用性,積極性と重要性,積極性と参加態度,
―
0.35
理科学習の
有用性
有用性と重要性,有用性と参加態度,重要性と参加態
理科学習の
有用性
**
―
自然体験・
科学体験の
重要性
度の間に正の有意な相関が見られた。しかし,課程別
自然体験・
地域の
科学体験の 科学教育への
重要性
参加態度
0.38
**
0.35
**
0.45
**
0.26
**
0.33
**
―
地域の
科学教育への
参加態度
の相関を見ると,課程でやや相関のパターンが異なっ
ており,理科選修の課程では積極性と有用性,積極性
**
と参加態度,有用性と参加態度,重要性と参加態度で
―
p<0.01
表 3 理科学習と地域の科学教育の意識と地域の
有意な相関が見られないのに対して,理科選修以外の
科学教育への参加態度の相互相関(課程別)
課程では 1%水準で正の有意な相関が見られた。また,
理科・科学
への積極性
理科選修の課程では積極性と重要性,有用性と重要性
において,5%水準で有意な相関が見られたのに対し,
理科・科学
への積極性
―
理科選修以外の課程ではいずれも 1%水準で正の有意
理科学習の
有用性
0.38
な相関が見られた。続いて,理科学習と地域の科学教
自然体験・
科学体験の
重要性
地域の
科学教育への
参加態度
育に関する意識の 3 つの下位尺度得点が参加態度に与
える影響を検討するために,全課程と課程別に重回帰
*
理科学習の
有用性
**
**
0.29
0.36
**
0.32
**
―
0.18
**
0.34
0.27
0.36
**
―
0.38
**
0.46
0.34
**
0.25
p<0.05,**p<0.01
右上:理科専攻課程,左下:理科以外の課程
分析を行った結果を表 4 に示した。また,全課程の重
2
自然体験・
地域の
科学体験の 科学教育への
重要性
参加態度
**
**
**
**
―
表 4 全課程と課程別の重回帰分析結果
回帰分析に基づくパス図を図 1 に示した。なお,図 1
には先ほど算出した表 2 の下位尺度間相関も示した。
全課程
ここでは,全課程において,積極性と重要性から参加
β
理科・科学への積極性
態度に対する標準偏回帰係数は有意であったが,有用
理科学習の有用性
性から参加態度に対する標準偏回帰係数は有意ではな
自然体験・科学体験の重要性
かった。この結果は,課程別での理科選修以外の課程
2
R
**p <0.05,***p <0.001
β:標準回帰係数
においても同様に見られた。その一方,理科選修の課
0.25
***
0.08
***
理科選修 理科選修以外
β
β
0.22
***
0.23***
0.25
***
0.06
***
0.20***
0.01***
0.23***
***
***
0.17***
0.18
0.15
程では,積極性と有用性と重要性から参加態度に対す
理科・科学への
積極性
る標準偏回帰係数はいずれも有意ではなかった。した
がって,小学校教員志望学生全体では,積極性と有用
***
0.26***
0.35
性を持つことが,
参加態度を向上させる傾向にあった。
0.38
しかし,課程別に理科選修の課程のみを見ると,積極
性と有用性ならびに重要性を持つことが,参加態度に
地域の
科学教育への
参加態度
2
(R =0.18)
理科学習の
有用性
***
0.45***
直接的な影響を及ぼさないことが明らかにされた。
0.23***
自然体験・科学
体験の重要性
ちなみに,参加態度ならびに学校教育の理科と学校
***
教育外の科学教育普及活動との関連性についての項目
に対して,課程別に学生の意識が肯定的であるか,否
p <0.001
図 1 全課程のパス解析結果(誤差変数は省略)
定的であるかを検討するために,Fisher の直接確率計
算を行った結果を表 5 に示した。ここでは,いずれの
表 5 学校の理科学習と地域の科学教育との関わりに
項目でも肯定的な回答への偏りが 1%水準で有意に見
対する肯定的な意識と否定的な意識の差
られた。なお,学校教育の理科と学校教育外の科学教
項目
番号
育普及活動の関連性を肯定する理由の回答を求めたと
項目内容
課程
肯定的
否定的
とても当てはまる
全く当てはまらない
あまり当てはまらな
い
p値
有意差
少し当てはまる
ころ,
「博物館や科学館(科学のイベント)での体験が
理科
24
5
0.0005
**
理科以外
97
42
0.0000
**
理科
博物館や科学館は,学校
2 教育の理科と関連してい
る。
理科以外
28
2
0.0000
**
学校教育外の科学教育
1 普及活動は,学校教育の
理科と関連している。
学校の理科の学びに活かせるから」
(128 名)
,
「学校で
学習した理科の知識が活用できるから」
(104 名)
,
「学
113
36
0.0000
**
理科
社会における科学教育普
3 及活動は,学校教育の理
科と関連している。
理科以外
23
3
0.0000
**
98
22
0.0000
**
教師になった際には,学
理科
校教育にとどまらず,学校
4 教育外の科学教育普及
理科以外
活動にも参加したい。
30
0
0.0000
**
123
21
0.0000
**
3
校での理科の学習を好きになるきっかけになったか
ら」
(92 名)があげられた。一方で,科学館や博物館
に行く頻度を問う項目について,課程別に学生の意識
が肯定的であるか,
否定的であるかを検討するために,
**
直接確率計算により :1%水準で有意差ありを示す。
Fisher の直接確率計算を行ったところ,各課程ともに
否定的な回答への偏りが 1%水準で有意に見られた。
これらの項目では,理科選修以外の課程より理科選修
以上の結果から,小学校教員志望学生の中でも,課
の課程の方が,
有意に肯定的な意識への偏りを示した。
程によって学校教育の理科と学校教育外の科学教育普
しかし,理科学習によって身に付く力に関する項目や
及活動との関わりについて,意識の及ぼす影響がやや
科学館や博物館などの施設に行くかといった項目,理
異なっていると判断できた。このため,課程による意
科離れへの印象に対する項目では,有意な意識の課程
識の差をより詳細に調べるために,学生の意識調査の
差は見られなかった。
質問項目に対して,Wilcoxon の順位和検定を行った。
4.考察
その結果,理科の学習が好きという項目,理科の実験
今回,学校教育の理科と学校教育外の地域における
や観察についての項目,理科や科学をもっと学習した
科学教育に対する大学生の意識を調査したが,結果か
いといった項目では,有意に課程差が見られた。
ら,小学校教員志望学生は学校教育の理科と学校教育
3
外の科学教育普及活動との関連性について,概ね関連
の関連性を意識するだけに留まらず,学校教育外の施
があると判断しているようである。これは,両者の関
設の利用頻度を向上させていくことが必要であろう。
連性を検討するための直接確率計算の結果と,因子分
最後に,理科選修の課程と理科選修以外の課程では
析において,大学生の意識の潜在因子が参加態度に強
やや異なる結果が見られたが,理科選修者は学校教育
く影響を及ぼしていることからも明らかである。小林
の中で理科学習をより充実させようと望んでいると思
6)
は,地域の科学教育普及活動に参加した理科教員に
われる。そのため,重回帰分析の結果では地域の科学
行った調査で,活動評価について,
「
「学校での理科学
教育への参加態度に対して,影響を及ぼさない結果が
習との関連付けがあってはじめて意味がある。
」
と答え
見られたのではないかと考える。
た割合は 6.1%と低率であることから,理科教員は学
5.おわりに
校における公式な理科教育と科学の祭典のような非公
今後は,学校の理科学習と地域の科学教育に対する
式の科学教育との関連性をあまり重要視していない傾
大学生の意識について,中等教員志望学生の理科選修
向が見られた」と述べている。これは,今回の大学生
の課程も調査対象に含めて,課程による意識の違いを
の意識調査の結果と異なっている。最近の学校教育の
より詳細に検討していきたいと考えている。
動向の中で,児童の実感を伴った理解を図るために,
6. 参考文献および引用文献
それぞれの地域にある施設や設備の積極的な活用を示
1)小椿清隆(2008)報告 平成 19 年度千葉県立現代
産業科学館「博物館と学校教育」―学校教育に生か
せる博物館の利用をめざして―,
『千葉県立現代産
業科学館研究報告第 14 号』
,1-10.
2)伊藤真之・蛯名邦禎・武田義明・田中成典・橋口典
子・一橋和義・堂囿いくみ・横山恭子・久保田宏
(2009)
地域社会における市民科学活動支援システ
ムの構築,
『日本科学教育学会第 33 回年会論文集』
329-330.
3)文部省 中央教育審議会(1996)21 世紀を展望した
我が国の教育の在り方について 中央審議会 第一
次答申,『文部省 審議会答申』,49-52.
4)亀井修,高橋みどり,永山俊介(2009)小学校教員
養成課程の実態調査∼博物館における小学校教員
の理科指導力の向上を目指して,
『日本科学教育学
会第 33 回年会論文集』329-330.
5)寺田光宏(2009)理科を専門としない小学校教員を
目指す学生の理科学習指導に関する資質の実態,
『日本科学教育学会第 33 回年会論文集』331-332.
6)小林辰至(2001)
「青少年のための科学の祭典」が
科学教育に与えた衝撃と課題,
『日本科学教育学会
年会論文集 25』19.
7)文部科学省(2008)
『小学校学習指導要領解説理科
編』
,大日本図書,69.
8)熱海麻子・熊野善介(2008)理科への興味の低い子
どもと学校外教育との関わりに関する一考察,
『日
本科学教育学会研究報告』Vol.23 No.3,42.
9)入江薫・尾竹良一・小林辰至(2008)小学校新規採
用教員の理科指導に関する実態―理科の有用感・探
究的態度・理科指導の自信等の観点から―,『理科
教育学研究』Vol.48 No.3,20.
していること 7)などが,教員養成系大学のカリキュラ
ム,そして学生の意識へ影響を与えているのではない
かと思われる。
また,このような関連性を肯定する意見として,熱
海
8)
らは「科学教育活動を,
「楽しかった」と感情的
に捉えることで,次回の科学教育活動への期待に繋が
ったり,科学自体への興味に繋がっていったりするの
ではないだろうか」と述べている。また,
「活動の中で
何かしらの子どもの感情に影響を落とすことができる
と,理科への興味につながり,学校での理科の授業へ
の意欲に繋がっていくと考えられる」
とも述べている。
今回の調査の中でも,関連性を肯定する理由に「学校
での理科の学習を好きになるきっかけになったから」
といった意見が多く見られたことから,理科学習の意
欲につなぐ活動としての関連性を意識として持ってい
ると思われる。
しかしながら,科学館や博物館に行く頻度で,否定
的な回答へ有意に偏りが見られたことから,大学生に
とって科学館や博物館が身近な存在とは言い難いよう
である。入江 9)らは,小学校新規採用教員の理科指導
に関する実態調査の中で,
「科学的態度について,博物
館や科学館をよく利用しているのは 3.4%と極めて定
率であった」と報告している。このことから,本調査
の大学生の科学館や博物館の利用頻度は,今後も向上
しないと推察される。学校教育外の施設と学校教育と
4
科教研報 Vol.24 No.2
教員志望の大学生における科学用語の適用に関する研究
A study on the application of scientific words in the teacher training school students
○石川舞希 A,廣重祐介 B,坂本憲明 C,森藤義孝 D
ISHIKAWA,Maki,HIROSHIGE,Yusuke,SAKAMOTO,Noriaki,MORIFUJI,Yoshitaka
福岡教育大学 A,C,D,福岡教育大学大学院 B
Fukuoka University of EducationA,C,D,Graduate School, Fukuoka University of EducationB
[要約]本研究においては,教員志望大学生を対象として,
「物質の三態変化」にかかわる科学用語
の意味理解と適用についての実態解明を試みた。その結果,彼らの多くが,「沸騰と蒸発」,あるい
は「水蒸気と湯気」を明瞭に区別できていないことが明らかにされた。そして,このような混乱の
原因の一つとして,教科書の記述の曖昧さが挙げられることを指摘した。これらを踏まえ,教科書
の記述を改める必要があること,そして,教員養成段階で教員志望大学生の知識・技能を補填する
方策を探る必要があることを指摘した。
[キーワード]科学用語,適用範囲,三態変化,教員志望大学生
1.
はじめに
新たな学習指導要領において指導内容に加えら
近年,国際的な統一テストを始めとする多く
れた事項についての学習を行ってきていない。
の学力調査が実施されてきている。その一つと
このような彼らが,これから教職に就くことで,
して,平成 17 年度に,福岡県,岩手県,宮城県,
自らが学び得なかった事項についての学習指導
および和歌山県の小学校第 5 学年の児童を対象
を行わなければならなくなる。もちろん,教員
として,国語,社会,算数,理科の 4 教科に関
養成段階において,彼らに欠落している知識・
する「4 県統一学力テスト」(1)が実施された。そ
技能が十分に補填されているならば,新学習指
の結果,福岡県の理科については,期待正答率
導要領に基づく理科授業を推進することができ
を下回った問題が多く,理科学習と日常生活と
るが,補填がなされていないとするならば,新
の関連を明確に意識した学習活動に課題がある
学習指導要領が目指している児童・生徒の学力
ことが明らかにされた。とりわけ,
「物質の三態
向上は達成されない恐れがあるといえる。
変化」については,沸騰している水の中の泡と
そこで本研究では,教員志望大学生を対象と
湯気に関する問題の正答率が 14.2%と低く,子
して,
「物質の三態変化」の単元で用いられる科
どもたちが学習上の深刻な問題を抱えているこ
学用語の意味理解とその適用に関する調査を行
とが指摘された。
い,これからの義務教育段階における理科教育
平成 20 年の学習指導要領改訂では,このよう
の課題と教員養成が抱える問題点を明らかにし
てみたい。
な学力低下への対応として,特に,理数教科の
充実が改訂の基本方針として明確に打ち出され
た。そして,平成 21 年 4 月から,小学校および
2.
調査の実際
中学校においては,新たな学習指導要領に基づ
1)
調査の目的
本研究の目的は,これまでに小学校,中学校
く理科授業が行われ,その充実が図られてきて
および高等学校の理科授業を受けてきた教員志
いる。
しかし,現在の教員志望大学生は,旧学習指
望大学生を対象として,
「物質の三態変化」にか
導要領に基づくゆとり教育を受けてきており,
かわる科学用語の意味理解とその適用の実態に
5
ついて明らかにしていくことである。
3.
結果と考察
2)
1)
沸騰と蒸発について
調査内容と方法
①
「沸騰と蒸発」に関しては,それぞれの科学
被験者
被験者は,小学校教諭一種免許状を取得しよ
用語の意味理解を問うものや,複数の写真から
うとしている大学生 323 名である。被験者の大
沸騰事例を選択させるものなど,合計 6 課題を
半はゆとり教育世代であり,本研究で取り上げ
課した。
る「物質の三態変化」については,小学校第 4
図 1 に示すとおり,沸騰については,科学的
学年と中学校第 1 学年の理科で履修してきてい
回答を提出できた者が全被験者の 8%であり,非
る。
科学的回答を提出した者は 42%であった。この
②
ことから,半数近くの被験者が沸騰を正確に理
調査課題
調査は,資料 1 に示すような B4 用紙 3 枚から
解できていないことが指摘できる。非科学的回
なる質問紙を用いて行った。質問紙には,いく
答に分類される者の多くは,沸騰している水の
つかの科学用語の意味を絵と言葉で説明させる
中の泡の正体について適切な回答を提出できな
課題,複数の写真の中から特定の科学用語によ
かった。また,彼らは,65℃,81℃,そして 97℃
って指示される事物・現象が表現されている写
の水の様子を示す写真の中から,沸騰の事例に
真を選ばせる課題,そして,写真に示された事
該当するものを適切に選択できなかった。
本来,沸騰とは,
「液体表面からの蒸発のほか
物・現象を,科学用語を用いて説明させる課題
を含めることとした。
に,液体内部からも気化が起こる」1)現象のこと
③
である。被験者の多くは,沸騰の意味を,
「液体
調査手続き
すでに指摘したとおり,調査は,質問紙形式
が沸点に達して気体になることや,液体内部か
で行われた。質問紙への回答時間は 20 分から
らの気化である」と捉えながらも,沸騰してい
30 分であった。そして,調査実施時期は,2009
る水の中の泡が水蒸気であることを指摘できな
年 4 月と 2009 年 10 月の 2 回である。前者にお
かったり,97℃の事例のみならず,81℃の事例
いては,主として国語,社会,算数,理科を専
までをも沸騰の事例であると判断していたので
門とする小学校教員養成課程の学生を対象とし,
ある。
後者においては,主としてそれ以外の小学校教
蒸発については,図 2 に示すとおり,科学的
員養成課程の学生を対象とした。このように,2
回答を提出できた者が全被験者の 3%であり,非
回の調査を実施することで,小学校教諭一種免
科学的回答を提出した者は 34%であった。本来,
許状を取得しようとしている F 大学の全課程の
蒸発とは,「液体表面だけで起こる気化」2)現象
学生を網羅することとした。
を指しており,温度や加熱に関係なく起こる現
象である。しかし,非科学的回答を提出した者
3%
8%
27%
7%
科学的回答
22%
科学的回答
準科学的回答
準科学的回答
45%
非科学的回答
1%
34%
無回答
解読不能
非科学的回答
無回答
解読不能
42%
11%
図1 沸騰についての回答
図2 蒸発についての回答
6
1%
1%
2%
6%
7%
24%
科学的回答
33%
無記入
準科学的回答
水蒸気
非科学的回答
水
無回答
63%
その他
解読不能
63%
図5 「もや」の科学的名称(水)についての回答
図3 沸騰と蒸発についての回答
9%
13%
5%
6%
5%
10%
科学的回答
無回答
準科学的回答
水蒸気
非科学的回答
19%
水
無回答
53%
その他
解読不能
80%
図4 結露についての回答
図6 「湯気」回答者の科学的名称(水)についての回答
の大半は,蒸発を,沸騰の際に起こる現象とし
図 4 に示すとおり,大部分の被験者が,科学
て捉えており,両者を明確に区別することがで
的回答,もしくは準科学的回答を提出している。
きていなかった。
このことから,結露は,沸騰や蒸発と比べ,意
図 3 は,沸騰と蒸発の回答をまとめたもので
味理解が容易であることが指摘できる。また,
ある。図に示されているとおり,小学校教諭一
結露の発生メカニズムについては,全被験者の
種免許状を取得しようとしている教員志望大学
2%がコップの中の水に由来するものと捉えた
生の大部分は,科学用語としての沸騰と蒸発の
ものの,88%の被験者が,空気を発生源である
意味を適切に理解しておらず,これらの用語の
と指摘することができた。
適用範囲を過度に拡張し,相互に重複させた状
3)
態にあることが指摘できる。
2)
水蒸気と湯気について
「水蒸気と湯気」に関しては,やかんの注ぎ
結露について
口から出ている「もや」の写真を取り上げ,日
「結露」(2)は,本来,科学用語ではない。こ
常的名称と科学的名称の両者についての回答を
求めた。
れに該当する科学用語は「凝縮」である。しか
し,
「結露」は小学校段階や日常生活の中で広く
日常的名称として適切に「湯気」を指摘でき
用いられる用語であるということ,そして,凝
た者は,全被験者の 62%であった。しかし,図
縮は,高等学校の特定の科目の中で初めて指導
5 に示すとおり,科学的名称として適切に「水」
される用語であるということを考慮し,本研究
を指摘できた者は,わずか 7%であった。ここで,
では,
「結露」を科学用語として位置づけ,その
多くの被験者が,
「もや」が直接的に知覚可能で
用語の意味理解と適用に関する実態解明を試み
あるにもかかわらず,科学的名称として,気体
ることとした。
である「水蒸気」を挙げている点が問題である。
「結露」に関しては,当該用語の意味理解を
また,図 6 に示すとおり,
「もや」の日常的名称
問うものや,氷水が入ったコップ周りの結露の
として「湯気」を指摘できた被験者の大部分が,
発生メカニズムを説明させるものなど,合計 3
科学的名称として「水蒸気」を挙げるといった
課題を課すこととした。
点も問題である。
7
これまでに示してきたとおり,小学校教諭一
が必要である。そして,ゆとり世代の教員志望
種免許状を取得しようとしている教員志望大学
大学生が抱える知識・技能の欠陥に対して,教
生の大部分は,科学用語としての水蒸気と湯気
員養成段階でいかなる形態での補填が必要であ
の意味を適切に理解しておらず,これらの用語
るのかを明らかにしていくことが必要である。
の適用範囲を過度に拡張し,相互に重複させた
状態にあることが指摘できる。
引用文献
4)
1) 久保亮五他(1987),
『岩波理化学辞典』第 4 版,
全体的考察
これまでに見てきたとおり,教員志望大学生
岩波書店,p.1108
の多くが,小学校の理科授業で取り上げる重要
2) 久保亮五他(1987),
『岩波理化学辞典』第 4 版,
な科学用語の意味を明確化できておらず,科学
岩波書店,p.614
用語の適用範囲についても最適化できていない
参考文献
実態が明らかである。このような彼らが,教員
(1) 福岡県教育委員会 福岡県学力実態調査・分析
として理科学習指導に当たるとき,教室の中で
部会(2006),『平成 17 年度 統一学力テストに基
いかなる事態が生起することになるかは容易に
づく各教科指導の重点』,pp.28-30
想像できるであろう。
(2) 新村出他(2008),
『広辞苑』第 6 版,岩波書店
p.886
4.
おわりに
(3)廣重祐介他(2009)科学用語の適用に関する基
教員志望大学生においてさえ,三態変化に関
礎的研究―「物質の三態変化」を中心にして―,
『日
する科学用語の意味理解と適用の実態は,必ず
本理科教育学会
しも満足のいくものになり得ていない。このこ
集』,p.124
第 59 回全国大会 宮城大会論文
とは,従来からなされてきている当該領域の学
習に深刻な欠陥が潜んでいることを示唆するも
付記
のである。その原因の一つとして,小学校で使
本研究は,日本理科教育学会第59回全国大会(宮
用されている教科書の記述を挙げることができ
城大会)で廣重らによって報告された調査研究の
る。それらの中には,水蒸気を見出しにして写
被験者をさらに増やし,その内容を加筆修正した
真を掲載しながらも,そこに湯気が写りこんで
ものである。また,本研究は,(財)博報児童教
いるものが見られる。ゆとり世代の教員志望大
育振興会「第4回ことばと教育研究助成事業」に
学生がこれからの理科学習指導を担う事態を考
よる支援を受けて実施されたものである。
えるならば,教科書の記述は,可能な限り曖昧
資料1 質問調査紙
さを排し,誤解を生じさせないものに改めてい
く必要があるであろう。その際に,科学用語相
互の区別が明確になるような定義を心がけたり,
科学用語によって指示されるべき事象が曖昧さ
なく捉えられるような写真や図の掲載を心がけ
たりすることが必要であると考える。
今後の課題としては,
「物質の三態変化」以外
の単元についても,科学用語の意味理解や適用
に関する同様な問題が発生している可能性があ
るため,さらに,調査単元を拡大していくこと
8
科教研報 Vol.24 No.2
小学校理科教科書での科学用語の取り扱いに関する基礎的研究
A basic study regarding handling the scientific words
with the elementary school science textbook
廣重祐介*1
森藤義孝*2
HIROSHIGE,Yusuke
福岡教育大学大学院
MORIFUJI,Yoshitaka
坂本憲明*3
SAKAMOTO,Noriaki
福岡教育大学
福岡教育大学
Graduate School, Fukuoka University of Education*1
Fukuoka University of Education*2,3
〔要約〕平成 20 年に行われた学習指導要領の改訂において,言語活動の充実が打ち出された。当然の
ことながら,言語活動の充実には,個々の科学用語に対する適切な理解の構築が含まれることになる。
そこで,本研究では,クラックストン(G.Claxton)の知識観を基礎に据えながら,現在の小学校理科
で取り上げられる科学用語に注目し,
小学校理科教科書におけるその取り扱いについての分析を試みた。
その結果,いずれの教科書においても,科学用語の意味内容に関する記述が不適切であったり,複数の
科学用語を統括可能な上位の科学用語が示されていなかったり,科学用語の適用範囲が明瞭に示されて
いなかったりといった問題点が見いだされた。
〔キーワード〕小学校理科教科書,適用範囲,典型事例,適用可能事例,境界事例
成する理論を,一つの首尾一貫した理論としてで
はなく,ミニ理論の集合体として捉えている。彼
によれば,ミニ理論は,ある種の経験を理解する
試みとして構成されるものであり,焦点(focus)
と適用範囲(a range of convenience)を有するも
のである。ミニ理論は,一度構成されると,それ
がうまく機能する他の状況を包含するように適用
範囲が拡張される。
このようにして,
ミニ理論は,
適用範囲を拡大・洗練し,それが有効に機能する
領域の境界を明確化させていくことになる。もち
ろん,常に適用範囲の拡大・洗練が成功するわけで
はない。暫定的にミニ理論の適用範囲を拡大した
としても,そこで適切に機能しなければ,適用範
囲の縮小を図らなければならなくなる。
このように,私たちは,焦点と適用範囲によっ
て特徴付けられる無数のミニ理論を構築し,それ
らに科学用語のラベルを貼り付けることになる。
したがって,科学用語を適切に理解するというこ
とは,当該の科学用語によって焦点的に表現され
る典型事例を捉えるとともに,当該用語によって
表現可能な境界事例を明確にし,適用範囲の確定
を実現していくことと捉えられるのである。
これまでに指摘したとおり,
科学用語の理解は,
それが適用される焦点と範囲を明確にしていくこ
1. はじめに
平成 20 年に行われた学習指導要領の改訂では,
その方針として言語活動の充実が打ち出された。
当然のことながら,小学校理科の場合,言語活動
の充実には,個々の科学用語に対する適切な理解
の構築が含まれることになるであろう。
かつて,クラックストン(G.Claxton)は,私
たちが環境との相互作用の中で構成する理論を,
内容的側面からのみならず,運用的側面からも捉
えていくべきであると主張した 1)。つまり,理科
授業で取り上げられる科学用語の意味理解は,そ
のことに加え,当該の科学用語の適用範囲におけ
る最適化の側面からも検討されなければならない
ことを指摘したのである。
そこで,本研究では,小学校理科教科書で取り
扱われている科学用語の意味解説の内容と当該の
科学用語の適用範囲に関する記述を整理し,その
適切性に関する分析を行うこととした。本報では,
教科書分析を通して見いだされた問題点を明らか
にするとともに,いくつかの科学用語について,
取り扱いにかかわる改善策を示してみたい。
2. ミニ理論の観点から見た科学用語の理解
クラックストン(G.Claxton)は,私たちが構
9
表1 第3学年 昆虫と植物
「昆虫」
A社
モンシロチョウのせい虫のからだには,頭・ むね・はらの3 つの部分があります。むねに羽とあしがついていて, はらはいく つかのふしからできていま す。
からだが,頭・むね・はらの3つの部分からできていて, むねに6本のあしがついているなかま をこん虫といいます。
目・口・しょっ角は,頭にあります。目は,食べものをさがしたり,まわりのようすを見てきけんを感じとったり する役目をして いま す。
B社
チョウのからだは,頭,むね,はらからできて いて,あしが6本あります。
このようなからだのつくりをもつなかま を,こん虫といいま す。
C社
バッタやコオロギ,チョウなど,こん虫はどれも,体が頭・ むね・ はらの3つの部分からできていて,むねに6本のあしがついていま す。
(しょっかく,目,口を写真で掲載)
D社
チョウのからだは,頭・ むね・ はらの3つのぶぶんに分けることができま す。 むねにはあしが6本あります。
E社
チョウはこん虫です。こん虫の体は,頭・むね・はらからで きていて, むねに6本のあしがありま す。
頭には,目やしょっ角があり,みの回りのようすをかんじとっていま す。
F社
こん虫のからだは,頭,むね,はらの3 つの部分からできて いて,むねには6本のあしがあります。
「はねのない昆虫もいるんだね」
表2 第4学年 電気の働き
「並列回路」
A社
かん電池2こをへい列つなぎにした回路では,かん電池1 このときと,電流の大きさはかわらない。
電流の大きさがかわらなければ,豆電球の明るさもモーターの回る速さもかわらない。
かん電池をへい列つなぎにして使うと,かん電池1 この場合よりも長い時間豆電球をつけておく ことができる。
B社
かん電池をへい列につないでも,モ ーターの回るはやさや,豆電球の明るさは, かん電池1 このときと,ほとんどかわりません。はたらきの大きさがかわらな
いので,かん電池を多く使う分, もったいないように思えま す。
しかし,へい列につなぐと,かん電池1このときや,直列につないだときよりも,長い時間,モ ーターを回したり,明かりをつけたりすることができま す。かん電
池1このときとはたらきの大きさがかわらない分,長い時間はたらきつづけるのです。
C社
2このかん電池を直列つなぎにすると,かん電池1このときより強い電流が流れ, へい列つなぎ にすると,かん電池1このときと同じ強さの電流が流れま す。
D社
へい列つなぎのときは,かん電池1このときと,速さはほとんど変わりません。
へい列つなぎにしたときの電流の強さは,かん電池1 このときと,ほとんど変わりま せん。
へい列つなぎでは,2このかん電池のうち1 こを取り外しても, もう一方のかん電池の回路がつながっているので,電流が流れま す。また,へい列つなぎは,
直列よりも流れる電流が弱いので,電池が長持ちしま す。
E社
・モーターは,かん電池1このときと同じく らいの速さで回る。
・かん電池1このときと同じくらいの電流が流れる。
F社
へい列つなぎにしたときの電流の強さは,かん電池1 このときと,ほとんど変わりま せん。
とに他ならない。このような立場からすれば,小
学校理科教科書は,科学用語の適用における焦点
と範囲,したがって典型事例と境界事例とを適切
に示すものでなければならないといえる。
がある。また,昆虫の目,触覚,そして口の記述
にも差異が認められる。このように,使用する教
科書によって,児童が構築する昆虫の理解が異な
りうることを指摘できるであろう。
次に,第 4 学年の電気の働きの単元から,「並
列回路」という科学用語の意味内容に関わる記述
について見てみたい。まず,全ての教科書に共通
して,直列回路は,
「電池が一つのときと比べて大
きな電流が流れる」といった記述が見られる。し
かし,表 2 に示されているとおり,並列回路では,
「電池が一つのときと比べて長時間電流を流し続
けることができる」といった記述が見られるもの
は 3 社のみである。つまり,残りの 3 社の記述に
おいては,電池が一つのときと二つの並列回路の
ときの違いは,回路の形が異なっていることだけ
であり,並列回路のメリットが意識されることな
く,小学校の理科学習を終えなければならないよ
うになっているのである。
最後に,第 5 学年の天気の変化の単元から,
「天
気の決め方」の説明について見ていく。3 社の教
科書には,天気と雲量の関係について記述されて
いるのに対して,残りの 3 社では,天気と雲量の
詳しい関係については記述されていない。本単元
での活動として,百葉箱を利用した気温の測定や
天気の記録が想定できるが,天気と雲量の関係が
3. 教科書における科学用語の取り扱い
現行の小学校理科教科書を比較すると,出版社
ごとに,各科学用語の意味内容や適用範囲に関わ
る記述が異なっていることを読み取ることができ
る。ここでは,いくつかの科学用語を取り上げな
がら,この点を例証してみたい。
(1) 教科書における記述の差異
すでに指摘したとおり,教科書によって,科学
用語の意味内容に関わる記述が異なっている。各
社の記述には,科学用語の意味内容を明確化でき
ていないものも散見される。ここでいくつかの例
を示してみよう。
まずは,第 3 学年の昆虫と植物の単元から,
「昆
虫」という科学用語の意味内容に関わる記述につ
いて見てみたい。表 1 に示されているとおり,5
社の教科書には,昆虫の足が胸部から生えている
といった記述が見られるが,B 社の教科書にはそ
のような記述が見あたらない。足の生えている場
所についての記述がなければ,昆虫の体のつくり
にかかわる適切な理解が構築できなくなる可能性
10
表3 第5学年 天気の変化
「天気の決め方」
A社
「空全体の雲の量で晴れとくもりを決めているんだよ。」
(雲がない,雲が多い,雲が少ない写真を準備して,説明しているが,雲量の詳細にはふれていない)
B社
「晴れ」や「くもり」の天気は,空全体を10としたときの,およその雲の量で決める。
雲の量が,0~8のときを「晴れ」とする。(写真付き)
雲の量が,9~10のときを「くもり」とする。(写真付き)
C社
晴れとくもりの区別は,空全体の広さを10としたときの雲の量によって, 次のように決めます。
晴れ(雲の量0~8)(写真付き)
くもり(雲の量9~10)(写真付き)
D社
特に記述なし(晴れと雨の写真が載っている)
E社
空全体の広さを10として,雲が空をおおっている広さが0~8 のときを晴れ,9~10のときをくもり とする。(写真付き)
F社
特に記述なし
表4 第3学年 昆虫と植物
教科書
「昆虫」
典型事例
適用範囲
境界事例
A社
モンシロチョウ
シオカラトンボ,シオカラトンボ,ア ブラゼミ,ショウリョウバッタ,ハナア ブ,ナナフシ,
トモビンオオエダシャク,オオムラサキ
(範囲外)コガネグモ,
ダンゴムシ
B社
モンシロチョウ
(アゲハチョウ)
ベニシジミ,ミツバチ,ショウリョウバッタ, トノサマバッタ,シロスジ カミ キリ,アブラゼミ,
ノコギリクワガタ,カブトムシ,シオカラトンボ,アキア カネ,シャクガ
(範囲外)クモ,ダンゴムシ
C社
モンシロチョウ
アゲハ, カブトムシ, トノサマバッタ,シオカラトンボ, カイコガ,コアオハナムグリ,エ ンマコオロギ,
オオカマキリ,コクワガタ,ア キア カネ,ハナアブ, クロオオアリ,ア ブラゼミ
(範囲外)オカダンゴムシ,
ナガコガネグモ
D社
モンシロチョウ
(アゲハチョウ)
コオロギ,カブトムシ,オオムラサキ,トノサマバッタ,ア キアカネ, コノハチョウ,ガ,ナナフシ,
カマキリ,クワガタ
(範囲外)ダンゴムシ,クモ
E社
モンシロチョウ
(アゲハチョウ)
バッタ,トンボ,アキアカネ,ショウリョウバッタ, カブトムシ,タイコウチ,アブラゼミ,オオカマキリ,
エンマコオロギ,ギンヤンマ
(範囲外)ダンゴムシ
F社
モンシロチョウ
カブトムシ,バッタ,ニジュウホシテントウ, チョウ,アリ,トンボ
(範囲外)ダンゴムシ,クモ
適切に理解されなければ,自分で天気を判断でき
ないままの状態にとどまらざるを得ないことにな
るであろう。
(2) 複数の科学用語を統括する上位の科学用語
現行の教科書を見てみると,複数の科学用語を
統括することができる上位の科学用語が少ないこ
とがわかる。例として,第 6 学年の生命の領域で
取り扱う内容について見てみたい。
植物の養分と水の通り道の単元では,
「植物が日
光に当たるとでんぷんができる」ということを学
習し,生物と環境の単元では,
「植物が日光に当た
ると,二酸化炭素を吸い酸素をはき出す」という
ことを学習する。しかし,この現象を「光合成」
という科学用語を用いて説明している教科書は 1
社のみであった。植物は日光に当たると,二酸化
炭素と水からでんぷんと酸素を作り出す,という
ことを学習するが,これらの科学用語を統括可能
な上位の科学用語,すなわち「光合成」という科
学用語が示されていないため,光合成と他の事象
との関係性について言語的に説明することがきわ
めて困難な状況にあると主張できるであろう。
同様な例として,
「光合成」の他に,第 3 学年
の昆虫と植物の単元の「完全変態と不完全変態」
や,電気の通り道の単元の「回路」と「導体」な
どがあげられる。しかし,この中で,
「回路」とい
う科学用語については,平成 20 年の学習指導要
領の改訂において,第 3 学年の電気の通り道の中
で取り扱うように規定されたため,これからは,
現在の問題が解消されていくことになるであろう。
他の科学用語についても,複数の科学用語を統括
可能な科学用語については積極的に取り上げてい
くべきであると考える。
(3) 典型事例・適用可能事例・境界事例
科学用語の適用範囲を明確化するためには,当
該用語が適用できる範囲かどうかが曖昧な境界事
例を提示し,適用範囲の最適化を実現していくこ
とが必要である。そこで,教科書で取り上げられ
ている科学用語が用いられる事例を,①教科書で
最初に取り上げられる代表的な事例(典型事例)
②その用語が用いられる範囲(適用可能事例)③
適用できるか否かが曖昧な事例(境界事例)とい
った 3 つに分類し,子どもが科学用語の適用範囲
を明確化できるような構成になっているか否かを
検討していくことにした。
まずは,全ての教科書が①~③の事例を取り扱
っている例として,第 3 学年の昆虫と植物の単元
で取り扱われる「昆虫」という科学用語について
見てみたい。表 4 に示されているとおり,昆虫の
典型事例としてはモンシロチョウやアゲハチョウ
が取り上げられている。そして,
「昆虫」という科
学用語が適用可能な範囲を拡大させ,最後に,ク
モやダンゴムシといった境界事例に出会わせ,
「昆
虫」という科学用語の適用範囲を確定できるよう
な配慮がなされている。
11
表5 第5学年 物の溶け方
「水溶液」
表6 第4学年 季節と生物
教科書
典型事例
適用範囲
A社
食塩水,コーヒーシュガー水
ホウ酸水,ミョウバン水
境界事例
「渡り鳥」
教科書
典型事例
適用範囲
事例なし
A社
ツバメ
事例なし
事例なし
境界事例
事例なし
B社
食塩水
ホウ酸水
事例なし
B社
ツバメ
事例なし
C社
食塩水,ミョウバン水
事例なし
事例なし
C社
ツバメ
事例なし
(範囲外)カルガモ,ヒヨドリ,カワセミ
D社
食塩水,ミョウバン水
ホウ酸水,さとう水
事例なし
D社
ツバメ
事例なし
事例なし
E社
食塩水,ミョウバン水
コーヒーシュガー水
(範囲外)すな
F社
食塩水,さとう水,ホウ酸水
ミョウバン水
事例なし
次に,第 5 学年の物の溶け方の単元で取り扱わ
れる「水溶液」という科学用語について見てみた
い。表 5 を見ると,教科書によって取り扱いに差
はあるが,典型事例や適用可能事例として,食塩
水,砂糖水,ミョウバン水などが取り上げられて
いる。さらに,E 社は,境界事例として,砂を入
れた水を取り上げている。砂と水を混ぜたものが
水溶液といえるかどうかを検討させていくことで,
「水溶液」という科学用語の適用範囲をより明確
化しようとしているのである。
最後に,適用範囲が明示されていない例として,
第 4 学年の季節と生物の単元で取り扱われる「渡
り鳥」という科学用語について見てみたい。表 6
を見ると,全ての教科書が典型事例としてツバメ
を取り上げていることがわかる。また,どの教科
書も,典型事例以外の適用可能事例を示しておら
ず,さらに,C 社と E 社のみが境界事例の提示を
行っていることを読み取ることができる。典型事
例のみを取り上げている教科書では,
「渡り鳥」と
いう科学用語はツバメのみを指示する用語として
位置づけられてしまい,その他に渡り鳥が存在す
るのかどうかさえも考えることなく学習を終了す
ることになる。C 社と E 社の教科書では,境界事
例として,日本で 1 年中観測することのできる鳥
を取り上げているが,
「渡り鳥」の適用可能事例を
具体的には何も示していないため,適用範囲を明
確化させるというよりも,
「渡り鳥=ツバメ」とい
った印象を強化する可能性がある。
E社
ツバメ
事例なし
(範囲外)ヒヨドリ,カワセミ
F社
ツバメ
事例なし
事例なし
特に,現行の教科書では,上位の科学用語があま
り取り上げられない傾向にあるため,科学用語の
活用が困難になっていると思われるケースが散見
される。3 つ目は,典型事例,適用可能事例,さ
らに境界事例を明確に提示することである。特に,
現行の教科書では,境界事例を提示している例が
ほとんど見られなかった。この 3 つの改善を行う
ことで,個々の科学用語の意味内容に関する理解
をこれまで以上に適切なものにできるのではない
かと考える。
5. 今後の課題
平成 23 年度から使用される小学校理科教科書
についても同様の視点からの分析を行い,個々の
科学用語の適用範囲を明確化できるような教科書
作りのための基礎資料を提供し,理科授業の改善
に貢献していきたい。
引用文献
1)G.L.Claxton(1993) Minitheories: a preliminary model for
learning science, In P.J.Black and A.M.Lucas(eds),Children’s
informal ideas in science, Routledge, pp.45-61.
参考文献
1)文部科学省(2008)「小学校学習指導要領解説理科編」,大日本図
書
2)教科書については,平成 17 年に小学校理科の教科書を発行し
ている以下の 6 社の全てを分析対象とした。
・三浦登ほか(2005)「新編楽しい理科」,東京書籍
・戸田盛和ほか(2005)「新版たのしい理科」
,大日本図書
4. 全体の考察
今回の教科書比較の結果から,次の 3 つの改善
が必要であると考える。1 つ目は,使用する教科
書によって,科学用語の理解に差が出ないような
適切かつ統一的な記述を目指すことである。各学
年で取り上げる科学用語の意味内容に関する記述
について,国家的に,明確なガイドラインを構築
していくことが必要であるように思われる。2 つ
目は,複数の科学用語を統括可能な上位の科学用
語をこれまで以上に取り上げていくことである。
・日高敏隆ほか(2005)「みんなと学ぶ小学校理科」
,学校図書
・養老孟司ほか(2005)「小学理科」,教育出版
・大隅良典ほか(2005)「わくわく理科」,啓林館
・掛川一夫(2005)「楽しい理科」
,信濃教育会出版部
信濃教育会出版部)の全てを分析対象とした。
付記
本研究は,(財)博報児童教育振興会「第4回ことばと教育研究
助成事業」による支援を受けて実施されたものである。
12
科教研報 Vol.24 No.2
理科授業場面における学習の進捗状況の調整に関する基礎的研究
A Fundamental Study on Learning Science through Use of Self-Regulatory Strategies
高田有紀美
佐藤寛之
TAKADA,Yukimi
SATO,Hiroyuki
佐賀大学大学院
佐賀大学
Graduate School of Education,SAGA University
SAGA University
[要約]
これまでの受け身姿勢の学習形態からの脱却を図り、自らの行動を想起し実際に何かを行う
というような自己制御的に学習するためには、自らの学習を振り返ったり、学習の進捗状況を調整し
たりすることが必要となる。そこで、本研究では学習前の子どもの水溶液に関する理解に関する質問
紙調査を実施し、学習の進捗状況の調整するための要素について検討した。その結果、水溶液の理解
に関しては調査対象の小学生と中学生は共に日常生活で用いる「とかす」という表現と溶解を混同し
ていること、また、理科学習で大切なこととして学習の進捗状況の調整に関することを指摘する子ど
もは認知的方略の使用に関することを指摘する子どもと比較して極めて尐ないことが明らかとなった。
[キーワード]
水溶液,粒子概念,溶解概念,自己制御的学習
習内容の柱の一つとしてあげられる「粒子」を例とす
1.はじめに
ると、その「粒子」概念を子どものなかで醸成させて
平成 20 年 3 月に小学校および中学校の学習指導要
いくために、どのような授業方略が最適なものとなる
領が告示され、今年度から小学校・中学校ともに移行
のかについては、議論の余地が存在している。
措置期間となった。この学習指導要領における改善点
また、
「粒子の存在」に関わる内容としては、小学
として二つのことに注目した。
校では第 5 学年「もののとけかた」
、第 6 学年「水よ
まずは、中学校理科の目標における「自然の事物・
う液の性質」
、
中学校では第 1 学年
「身の回りの物質」
、
現象に進んでかかわり」という点である。これまでの
第 2 学年「物質の成り立ち」
、第 3 学年「化学変化と
受け身姿勢の学習形態からの脱却を図り、自らの行動
イオン」がある。この「粒」
「粒子」という概念をどの
を想起し実際に何かを行うというような自己制御的に
段階で学習における支援の手立てとして提供すべきな
学習するためには、自らの学習を振り返ったり、自分
のかについては、授業実践事例をふまえて検討してい
で学習の進捗状況を調整したりすることが必要となっ
くことが必要であり、課題ともなっている。
てくる。つまり、自分自身に必要なことを見極めるこ
とで課題を見出し、学習の質を高めることが求められ
2.研究の目的
ている。
理科の目標観の変容により求められてきた子ども
次に、小・中学校を通じた内容の一貫性を重視して
の理科学習の質を高めるための視点の一つとして、本
いる点があげられる。小・中学校を通じた理科学習の
研究では自己制御的学習に着目した。そして、自己制
柱としては、
「エネルギー」
・
「粒子」
・
「生命」
・
「地球」
御的学習に関する所論のうち、学習者の目標の生起に
が掲げられているが、これまで以上に学習のつながり
関わるピントッチらの自己制御的学習の所論を援用し、
を意識した”小中連携“による学習の手立てを精査す
子どもが理科学習場面において学習の進捗状況を如何
る必要がある。そして、このことは改訂された学習指
に調整しているかについての知見を得ることを研究の
導要領が完全実施となる時点からではなく、現在の移
目的とした。
行期間中においても同様であると考えることができる。
小学校理科のA 区分や中学校理科1 分野における学
しかしながら、授業実践事例から理科学習における
学習の進捗状況の調整に関する知見を得るためには、
13
表 1「学習を動機付ける信念」と「自己制御的学習のストラティジー」の関係
学習前の子どもの自然事象に関する理解をふまえるこ
学習を動機づける信念
(Motivational Beliefs)
とも必要であると考える。そのため、本発表では学習
前の子どもの水溶液に関する理解に関する調査から学
A:Self-Efficacy(自己効力感)
習の進捗状況の調整するための要素について検討する
学習をうまく進められるという確信
こととする。
B:Intrinsic Value(内発的な価値意識)
学習に対する価値意識の保持
3.研究方法
C:Test Anxiety(テスト不安)
1)本研究における研究方法
ているのかを確認するために、子どもがイメージを想
意味ある成果をもたらせようとする意識
自己制御的学習のストラティジー
(Self-Regulated Learning Strategies)
起しやすく、小・中学校において学習の連続性のある
D:Cognitive Strategy Use(認知的方略の使用)
「粒子」概念がどのように子どもたちの中に存在し
・D1:自分の言葉に言い換える。
単元として「水溶液」に着目した。
・D2:情報を結合しようとする。
具体的には、
小学校理科第 6 学年
「水よう液の性質」
・D3:記憶しやすくするように学習したことを復唱する。
の単元と、中学校理科 1 分野の「身の回りの物質」に
・D4:学習を概括する。
おける「水溶液」の単元の連続性から鑑み、小学校で
E:Self-Regulation(学習の進捗状況の調整)
は学習前における水溶液のイメージについての、そし
・E1:学習課題を自問自答する。
て、中学校では小学校で学習したことをふまえた水溶
・E2:学習課題を遂行するために受容すべき情報の質について考える。
・E3:学習課題を遂行するために必要な情報を吟味する。
液の理解についての質問紙調査を実施し、
「粒子」概念
がどのような表出するかの検討も加えて、その調査結
4.調査概要
果を分析した。
1)調査の目的
また、中学校では学習を理解するときに何が大切な
子どもの「粒子」概念に関する理解の様態について
のかを調査項目に加えることによって、
「学習課題につ
の知見を得るために、小・中学校での「水溶液」の学
いて自問自答する(改めて考える)
」等の学習の進捗状
習に注目し、小学校では「水よう液の性質」の学習前
況の調整に関する子どもの意識についても、同様に分
に「水に溶けたもの」の種類とそのイメージを明らか
析することとした。
にすること、また中学校では「身の回りの物質」にお
ける「水溶液」の学習の前に同様の調査を行い、
「水溶
2)分析の視点
液」を念頭に置きながら「粒子」に関するどのような
水溶液を理解していると判断する基準として、
「溶
イメージや理解を示しているかを明らかにするために
ける」
「透明性」
「濃度の均一性」
「溶解度」といった水
質問紙調査を実施した。
溶液の性質等とそれに関連する記述について分類し、
上記の性質ごとに集計した。その際、
「濃度の均一性」
2)調査内容
の記述や図による説明では、
「粒子」を用いた説明が表
本調査では、小学校では表 2 のような、また中学校
出すること想定したため、
「粒子」概念との関連は「濃
では表 3 のような質問項目で、子どもが文章や描画に
度の均一性」の検討の際に分析を行うこととした。
より自由に自分の考えを表現できるような質問紙を用
また、学習の進捗状況の調整に関する子どもの意識
いて、それぞれ水溶液の単元の学習前に調査した。
については、小野瀬ら が表 1 のようにまとめたピン
1)
なお、学習の進捗状況の調整に関する子どもの意識
トリッチらの「学習を動機づける信念」と「自己制御
についての質問は中学生のみに行った。
的学習のストラティジー」の関係における理科教育に
3)調査対象
関する項目を援用し、中学生にのみ実施した質問④で
・佐賀市立 H 小学校第 6 学年(1 学級、36 名)
の記述内容を分類し、その結果を検討した。
・国立大学附属 S 中学校第 1 学年(3 学級、118 名)
14
表 2 アンケート項目①~④(小学校)
はあるが増加傾向にあることが明らかとなった。
しかし、
「水に溶ける」とはどのようなことか説明す
質問事項
①水溶液って、何ですか?
る際には、実際に溶かす際にかき混ぜる経験の影響等
②「水に溶ける」とはどうなることか、
もあり、
「混ざる」という表現が小学生では約 30%、
中学生では約 13%と増加した。この質問項目に関する
くわしく説明しよう(図でも文章でも OK)。
③液の性質って何のことかわかる?
回答では「透明性」に関する記述が増加した(小学生
④水にとけるものを考えられる分、書こう。
では約50%、
中学生では約40%にそれぞれ増加した)
。
(イ)粒子の表記について
「粒子」の表記については、主に図による説明から
表 3 アンケート項目①~④(中学校)
分析した(図 3 と図 4 は、その代表例をしめしたもの
質問事項
である)
。小学生では、溶けた後も「粒子」があること
①水溶液とは、どのようなものですか?
また、どのような性質をもつものですか?
②「水に溶ける」とはどのようなことか、書いてみて
ください(図でも文章でも OK)。
③水に溶けると自分が考えているものを
できるだけ書いてみてください。
④学習の内容を理解するときには、
どのようなことが大切だと思いますか?
4)調査期間
・佐賀市立 H 小学校
平成 21(2009)年 7 月(
「水よう液の性質」学習前)
・国立大学附属 S 中学校
平成 21(2009)年 10 月(
「水溶液」学習前)
5)調査結果
図 1 子どもの記述の一例(小学校)
質問紙調査における調査結果の概要を以下に示す。
(図 1 と図 2 は、それぞれ小学校と中学校の子どもの
記述の一例を示したものである。
)
(ア)水溶液の理解について
「水溶液」とは、どのようなものかに関する小・中
学生の回答の比較は、小学生は全体の半数以上が「と
ける」と記述していたが、
「混ざる」と記述していた子
どもも約 10%存在した。水溶液の特徴である、
「透明
性」に関しては約 14%、
「濃度の均一性」に関しては
全く記述が見られなかった。一方、中学生は「溶ける」
と記述している子どもは約 70%にのぼり、
「混ざる」
と記述している子どもは約 3%と適切な表現ができて
いる子どもが増加した。
同様に、
「透明性」
に関しては、
約 20%、
「濃度の均一性」に関しては約 7%と若干で
図 2 子どもの記述の一例(中学校)
15
を「点」として記述している子どもは全体の約 10%
させて分析を行った。その結果、
「認知的方略の使用」
であった。残りの子どもは何も書いていないか、斜線
に関しては、調査対象の約 85%の子どもが何らかの方
で表している子どもが多かった。
法で大切であると認識できているが、
「学習の進捗状況
の調整」に関しては、約 10%の子どもしか大切である
中学校でも同様の傾向となったが、溶けた後も「粒
と認識していないことが明らかとなった。
子」があることを「点」として記述している子どもは
約 26%と増加していた。
また、
その子どもたちほど
「見
5. 考察と課題
えないが、なくなってはいない」と理解している。
水溶液の理解に関して、調査対象の小学生と中学生
(ウ)学習で大切な要素について
は共に、
日常経験や小学校第 5 学年
「もののとけかた」
中学生のみに行った質問項目では、
子どもの記述を表
の学習履歴により、水にものを「とかす」ということ
1 の自己制御的学習のストラティジ―の各項目と対応
は理解できている。しかしながら、質問紙調査におけ
る回答からは、日常生活で用いる「とかす」という表
現が含意する「混ぜる」や「解ける」ということを想
起していることも多く、子どもが学習課題を遂行する
ために受容すべき情報を考えていく際には、その違い
について明確にする必要性を認識できた。
また、媒質が溶媒にとけた後も「粒子」として存在
することを想起できた子どもが予想以上に尐ないこと
からも、子ども自身が「見えないが、なくなってはい
ない」という「粒子」で表現する意味を自問自答でき
るように支援していくこと必要であることが調査結果
から理解できた。
そして、学習で大切な要素の意識調査からは、認知
的方略の使用と同時に意識されるべき学習の進捗状況
図 3 質問②における子どもの記述例(小学校)
の調整に関して、今まで以上に教師が積極的にアプロ
ーチしていかなければ、子どもだけでは到達していな
いという現状も明らかとなったといえる。
上述の調査結果を受けて、
「粒子」概念の構築のた
めにも学習の進捗状況の調整を念頭に置いた授業方略
の検討が本研究の今後の課題である。
謝辞
本研究を遂行するにあたり、質問紙調査の実施にご
協力いただいた佐賀市立本庄小学校の山口孝治先生、
佐賀大学文化教育学部附属中学校の筒井浩司先生に心
より感謝申し上げます。
引用・参考文献
1) 小野瀬倫也・森本信也(2005)理科授業における概
念プロフィールの変換に関する一考察、理科教育学
研究 Vol.46 No.1、1-14
図 4 質問②における子どもの記述例(中学校)
16
科教研報 Vol.24 No.2
理科カリキュラムの連続性に注目した授業実践研究4-つながりを導く理科の授業要素-
A study of lessons for realizing the continuance of science curriculum 4
- The elements of science lesson making the linkage between science contents –
渡
邉
重 義
WATANABE, Shigeyoshi
熊本大学教育学部
Faculty of Education, Kumamoto University
[要約]
幼稚園,小・中学校の保育,生活および理科授業を分析した結果,理科カリキュラム
の連続性を保障するための授業要素として,①自然体験活動などにおける体験の言語化,②観
察・実験などに関する体験の共有化,③学習者の活動や発言に対する教師の応答,④観察実験な
どのスキル,⑤用語と表現方法を抽出した。それぞれの要素について,カリキュラム構想,教
材研究,授業構想の観点から考察し,教師の具体的な活動に反映させる方法について検討した
結果,言語化の段階を意識した授業展開,体験の共有化における教師の役割と教具の利用,教
師の応答力を向上させるための教員養成・教員研修の方策,各教育内容で用いられている用語と
表現の整理の必要性を見出すことができた。
[キーワード] 理科カリキュラム,カリキュラムの連続性,授業研究,授業構想,用語・表現
1.はじめに
(1970)などが提示された。しかし,問題解決や
理科教育内容の一貫性の重視は,新学習指導要
探究など学習プロセスに焦点を当てたカリキュ
領(2008)における小・中学校「理科」改訂のポ
ラム研究とは異なり,教育内容の関連づけによる
イントの一つである。理科カリキュラムにおける
理科カリキュラム構造の研究では,授業実践レベ
一貫性の具体化として,小・中学校の学習指導要
ルに焦点を当てて分析されることがほとんどな
領解説理科編(2008)は,科学の基本的な見方や
かった。つまり,理科教育内容の系統化に関する
概念を柱とした表で系統性を重視した内容構成
カリキュラム研究は理科授業実践研究と結び付
を提示した。また,基礎的・基本的な知識・技能
いていなかったと考えられる。
の定着のために,中学校学習指導要領解説の「指
そこで,筆者は教育方法,幼児教育を専門とす
導計画の作成と内容の取り扱い」の「指導計画の
る研究者および附属小・中学校の教員と共同で研
作成」には,「その際,各分野間及び各項目間の
究を行い,幼稚園の保育,小学校生活,小・中学
関連を十分考慮して,各分野の特徴的な見方や考
校理科の保育・授業の分析から,理科カリキュラ
え方が互いに補い合って育成されるようにする
ムの連続性に影響を及ぼす授業要素を抽出する
こと」(p.97)と記述されている。すなわち,つ
ことを試みた(渡邉 2008a,2008b,2009,渡邉
ながりを重視した教材構成が提示され,授業構想
ら 2009)。その結果,①自然体験活動などにおけ
においても内容の関連性を重視するような指示
る体験の言語化,②観察・実験などに関する体験
がなされた訳だが,具体的にどのような理科授業
の共有化,③学習者の活動や発言に対する教師の
実践を行えばよいのであろうか。
応答,④観察実験などのスキル,⑤用語と表現方
理科教育内容の構造化は,1970 年代の理科教育
法が理科カリキュラムにおける連続性を保障す
の現代化運動のときに注目され,小学校理科では
る授業の要素として抽出された。本報告では,そ
スパイラル型の教材配列(木村 1986),中学校理
れぞれの要素をカリキュラム構想,教材研究,授
科では科学的な基本概念を核とした関連図
業構想の観点から考察し,教師の具体的な活動に
17
録を伴う言語化の活動を取り入れたり,児童間の
反映させるための方法について検討した。
伝え合いがうまく行われるような場をコーディ
ネートしたりするような役割が求められる。以上
2.自然体験活動における体験の言語化
のことから,自然体験活動が単なる繰り返しでは
学習者が身の回りの自然環境とかかわり合う
体験活動は,幼稚園の保育,小学校生活・理科で
なく,発達段階に応じた積み重ねになるためには,
繰り返し行われている。活動内容の位置付けは異
保育・学習活動における体験の言語化の段階を重
なるものの,保育・授業を行う教師のレベルでは,
視した実践が鍵になると考えられる。
活動内容が類似していることに注目しがちであ
図1は自然体験活動における言語化の観点が
り,「同じ活動を繰り返しているだけで違いがわ
保育,生活,理科のカリキュラムが進行するにつ
からない」という感想も聞かれる。渡邉ら(2009)
れて,どのように変化するのかを示したものであ
による分析では,昆虫採集と飼育,植物の木の実
る。子どもの発達段階に個人差があるため,学校
を使った活動などで活動の類似性が指摘された。
段階と観点を一致させることは適当ではないが,
その一方で,幼稚園,小学校低学年および中学年
教師が自然体験の言語化を意図したときに,図1
の保育・学習における言語活動に注目すると,自
のような流れを意識すると,カリキュラムの連続
然体験活動における違いや学習の深化が明らか
性が見えてくるのではないかと考えられる。この
になることがわかった。
ような言語化の流れは,理科の観察・実験にも共
言語活動の視点から,自然体験活動における教
通すると考えられるが,身の回りの自然という広
師-子ども-自然の相互作用をみると,幼稚園で
範な対象と子どもが対峙する自然体験活動にお
は,子どもは体験しながら見たこと感じたことを
いて,特に該当するであろう。
言葉にする傾向があり,その場に居合わせた子ど
もの間で体験が共有される。言語の発達には個人
差があり,体験を言葉でうまく表現できない子ど
言語化の段階
言語・表現の種類
教師の指導・支援
自発的な言語化
個性的な言語・表現
言語化の導き
もいる。したがって,幼稚園の教員は,まず体験
言語化による
交流の場の設定
を言語化することを促すことが多い。小学校生活
多様な言語化
的確な言語・表現
では,グループ内で発表したり,クラス全体に対
伝え合いの
コーディネート
して発表したりするような言語表現の機会が多
適切な言語化
くなる。つまり,他者を意識した体験の言語化が
求められる。理科に比べると個人単位の活動が多
図1
科学的な用語・表現
言語・表現の評価
自然体験活動における言語化
く,その点では幼稚園の活動に近いかも知れない
ので,言語の対象となる自然体験は個人レベルの
3.観察・実験などに関する体験の共有化
エピソードが基本になる。学習者間で共通の体験
理科の学習プロセスでは,観察・実験前の仮説
がない場合もあるので,教員は子どもの表現を補
や予想の設定場面,観察・実験の活動中,観察・実
ったり,複数の子どもの表現を集約したりするこ
験後の結果のまとめや考察の場面などにおいて,
とで,個人が言語化した体験をクラスの他者へと
学習者間の話し合いが見られる。このような学習
伝えるような支援を行う必要が出てくる。小学校
者間の交流活動は,授業実践において繰り返し行
理科では,生活に比べると自然体験の対象が絞ら
われるため,カリキュラムの連続性を意識付ける
れ,活動は観察中心になり,言語化に関しては子
場面としてうまく活用できる可能性がある。
どもが互いの気づきや考えをやり取りする話し
グループ実験の場合,同じグループに属する数
合いの機会が増える。したがって,教師には,児
名の学習者が観察・実験を通して共通の体験をす
童間の交流活動を見越したうえで記述などの記
る。しかし,学習者によって先行経験,既有の知
18
識,見方や考え方が同じではないので,体験の捉
きに助言したりする必要が生じる。発表の方法の
え方に違い生じることもある。また,観察するポ
工夫として,実験器具等の提示や操作を伴った発
ジションや観察・実験への携わり方も違うであろ
表が小・中学校の理科学習で見られることもある。
う。さらに観察・実験を通して得た情報,その解
実験器具等の利用は,言語による説明の不十分さ
釈,結果と考察の表現も個人によって異なるはず
を補うだけでなく,説明の言語が示す具体物や現
である。このような個による違いを基本として話
象を明らかにし,他者の体験をより具象的に受け
し合いなどの交流活動が行われるならば,体験の
取ることを可能にする。そこで,実験教具等を利
共有化において個人の体験のすり合わせが行わ
用した発表において,過去の学習を想起させるよ
れ,協同的な学びが生まれる。グループ間での交
うな教具を併せて準備しておけば,学習内容の関
流ならば,同じ材料と方法で実験を行っても操作
連づけを導けるであろう。前述した「電流の働き」
的な違いなどでさらに違いが生じ,その違いは学
の授業では,電磁石と一緒に棒磁石を準備するだ
習者間が意見交換をするきっかけと,違いの原因
けで,過去の学習の想起や類似点と相違点の指摘
や反対に類似点を探そうとするような思考を導
が行われ,それらに関する発表と話し合いが行わ
くであろう。つまり,学習者個人の体験とそれに
れるかも知れない。
関する思考を尊重することが,共有化の鍵になる。
渡邉ら(2009)は,小学校理科5年「電流の働
4.学習者の活動や発言に対する教師の応答
き」の授業を分析し,実験方法を考える場面や実
渡邉ら(2009)は,中学校2年「刺激と反応」
験後の結果の考察における児童の発言中に,小学
の授業プロトコルを調査して,教師が課題に関す
校3年の「磁石」の学習を振り返ったり,比べた
る生徒の予想を中学校1年「音の世界」の学習に
りする表現があったことを指摘した。発言した学
結び付ける発言を抽出した。この事例の優れてい
習者は,学習内容間の関連性に気づいたことで,
る点は,結果的には妥当でない予想を消極的に取
理解を深められるであろうが,その学習者の発言
り扱うのではなく,その予想の根拠となった知識
にスポットを当てて他の児童の体験にフィード
が「音」の学習に由来することを積極的に評価し
バックするような話し合いが実施できれば,学習
ていることである。この事例が示すもう一つの重
者集団が教育内容の関連性を意識化した理科授
要なポイントは,生徒の発言に対して教師が臨機
業になると考えられる。
応変に対応し,その結果,理科カリキュラムの内
協同的な学習が注目されるようになり,理科の
容構成の表(文部科学省 2008)では示されてい
授業実践においても学習者の表現方法に関する
ない分野を越えた内容間のつながりを導いたこ
工夫が多くみられるようになった。渡邉(2009)
とである。
が分析した中学校理科授業では,各グループの生
前述した体験の言語化や共有化においても,学
徒が発表者と聞く側に分かれて,聞く側の生徒は
習者の発言を受けたあとの教師の応答は重要に
他のグループの発表を聞きに回るというローテ
なる。理科カリキュラムの連続性を学習者に意識
ーション方式の話し合いが行われていた。このよ
させるための方策には,教師による発問や教材の
うなタイプの話し合いでは,学習者と学習者が伝
提示として学習指導案に記載可能な場合もある
え合う頻度が高くなり,交換し合う情報量は多く
が,学習者の発言を受けて教師がそれを教育内容
なるが,学習内容の連続性に関連した発言が注目
のつながりへと結び付けるような応答は事前に
されるかどうかは学習者次第である。したがって,
計画することが容易でない。臨機応変な対応には,
交流活動の進行が学習者に委ねられる場合,普段
理科カリキュラムに関する知識や学習者の発言
から教師がカリキュラムの連続性に関連した学
を評価する技術に関する教師の高い力量が要求
習者の発言を意図的に強調したり,机間指導のと
される。したがって,この観点から理科カリキュ
19
ラムの実効性を高めるためには,教師が授業実践
想に焦点を当てて理科カリキュラムの研修を行
の経験を重ねて熟練するのを待つだけでなく,理
う場合は,授業で取り上げるキーワードから単語
科カリキュラムに焦点を当てた教員養成および
連想法で関連する内容・項目を列記したり,それ
教員研修の改善と推進が必要になるであろう。
らの単語間の関連をコンセプト・マップやウェッ
ブ・マップに表したりするとよいであろう。
理科カリキュラムに関した研修を行う場合,幼
稚園から高等学校までの科学教育全体を解釈す
ることから始めるのではなく,教師による具体的
5.観察実験などのスキル
な手立てがイメージしやすい授業計画,単元計画
観察・実験を通した理科学習では,観察・実験か
から,理科カリキュラム全体を見通すようなアプ
ら得られる結果や考察が学習内容の関連づけに
ローチが適していると考えられる。単元構想は従
関係するだけでなく,教材・教具や観察・実験中の
来の授業研究における学習指導要領の作成でも
身体的な操作が媒介となって,内容間の結び付き
行われているが,単元内の学習内容の順序や小単
が生じることもある。教材・教具では,磁石,温
元の枠組みなどが研究の対象になっていて,単元
度計,顕微鏡,石灰水,ヨウ素液などが理科カリ
計画の多くは小単元や教材を列記する方式で学
キュラムの中で繰り返し用いられるので内容を
習展開を表現している。そこで,理科カリキュラ
結び付ける媒介物になる。例えば,ヨウ素液の使
ムの連続性を保障するための授業研究では,図2
用は,小学校理科の「発芽と成長」
「光合成」
「だ
のように学習内容間の関連と,関連づけるための
液によるデンプンの分解」を結び付け,さらに中
要素を図で示すことを提唱したい。このような単
学校理科の「光合成」「だ液によるデンプンの分
元構想を教員養成や教員研修で行うことで,教師
解」「分解者の働き」につながる。試薬を用いた
は内容の関連性に関するイメージを描くことが
検出方法としてヨウ素デンプン反応が認識され
できるようになるのではないだろうか。そして,
れば,石灰水,ベネジクト液,硝酸銀水溶液など
他者の単元構想と比較することで,多様な結び付
を用いた実験と関連づけることもできる。教材・
きがあることを学ぶことができる。このような準
教具の使用に関しては,演示実験で教材・教具を
備があって,授業中の柔軟な応答が可能になるで
見せられるより,実際に学習者が使用した方が体
あろう。
験として記憶に残るであろう。その意味では,身
体的な実験操作が教材の連続性の媒介になり,さ
らに観察・実験そのもののつながりを導くことに
なる。
筆者は,電気回路をつくって実験する授業を複
数回観察し,その一部については分析を行った
(渡邉ら 2009)。分析した授業では,個別実験,
グループ実験のいずれの場合でも,電池と導線の
つなぎ方,プラスとマイナスの極の確認,導線(エ
ナメル線)の取り扱いなど一見すると単純な操作
に戸惑う児童を見かけた。また,回路の応用と言
図2
える小学校4年「電流のはたらき」におけるモー
中学校理科「植物の世界」の単元構想例(渡邉 2006)
ターカーの製作では,授業後に教師から,回路の
単元レベルの内容の構造化は,一方で単元間の
接続などに失敗するだけでなく,タイヤの軸が調
内容の関連づけに展開でき,もう一方で授業構想
整できないなど回路とは直接関係ない部分での
における具体的な方策の立案に結び付く。授業構
ミスもあり,教員に支援を求める児童が多いとい
20
う指摘があった。失敗から学ぶこともあり,試行
の連続性を導くためには,授業中に用いられる用
錯誤的な実験やものづくりも教育的な意味をも
語・表現のレベルで内容を吟味して整理する必要
つが,操作的なミスが原因で実験結果が得らなか
った場合,学習内容間の関連づけを行う前段階で
があることがわかった。用語と表現の問題は,地
...
学の天文領域における「見かけの動き」などにも
学習が終わってしまうことになる。したがって,
見られるため,物理領域に限らずすべての領域で
観察・実験における身体的な操作のスキル・アッ
検証しなければならないであろう。
プは,学習内容の関連づけの基礎として一層重視
<小学校>
されなければないであろう。森川(1973)は,各
主語は「力」を加える重りなど
「もののかさと力」
学習内容に含まれるプロセス・スキルの観点から
押しちぢめられた空気の押しかえす力
生物教育内容の整理を行っている。プロセス・ス
「てこのはたらき」
キルは理科の学習活動と直接結び付くものであ
てこをかたむけるはたらき
り,理科カリキュラムの連続性を保障する授業実
力を加ええる位置
おもりがぼうをかたむけるはたらき
践を行うためには,教育内容の系統的なつながり
<中学校>
と,それらの学習に含まれるプロセス・スキルに
「力」が主語になった表現
「身の回りの物理現象」
「力と運動」
よるつながりを融合させるような構造化が求め
られる。
力がはたらき続けるとき
物体に重力がはたらき続けるために
6.用語と表現方法
図3
「力」の学習に関する教科書の表現例
理科の授業実践事例の分析から,特に物理領域
において,事象を表す用語や表現が教育内容の関
7.おわりに
連づけにおいてポイントになることがわかった。
理科カリキュラムの連続性に影響を及ぼすと
例えば,中学校3年「力と運動」の授業では,
「ボ
考えられる5つの授業要素について,カリキュラ
ールに加えた力は,はたらき続けているだろう
ム研究,教材研究,授業構想等の観点から考察し,
か」という課題が掲げられた。それに対する生徒
教師の具体的な活動に反映させる方法について
の反応をみると,「力がはたらき続ける」という
検討した結果,言語化の段階を意識した授業展開,
部分の解釈において混乱していたようで,「力が
体験の共有化における教師の役割と教具の利用,
加わり続けている」という意味と「最初に加えた
教師の応答力を向上させるための教員養成・教員
力の影響が続いている」という意味の解釈があっ
研修の方策,各教育内容で用いられている用語と
たようである。このような解釈が生まれる原因の
表現の整理の必要性を見出すことができた。
一つとして,渡邉ら(2009)は「力」に関する教
本研究で分析した授業実践の多くが,近年の教
科書の表現が図3のように小学校と中学校で異
育課題である学習者間の交流活動や表現活動を
なっていることを指摘した。「力」の学習におけ
重視していたため,教師-学習者-教材,あるい
る用語・表現の問題は,中学校1年「浮力」の学
は学習者-学習者の相互作用に関連した授業要
習においても確認することができた。ばねばかり
素が,カリキュラムの連続性に影響を及ぼすもの
を使った浮力の実験において,生徒は観察された
として抽出される傾向にあった。しかし,本報で
結果を「浮く」
「沈む」という表現で示し,
「重い」
取り上げた授業要素は,理科カリキュラムの連続
「軽い」という表現でその理由を説明した。すで
性を保障するものの一部でしかないであろう。例
に重力に関する学習を終えていたが,「力」と言
えば,授業の導入における前時の振り返りや学習
う言葉を使った説明は出にくかったようである。
課題の導出の場面,あるいは授業の最後の学習内
このような実践例を踏まえると,物理領域の内容
容のまとめ・応用の場面などは,カリキュラムの
21
連続性との関係が深く,そこから本報で取り上げ
渡邉重義(2008a)理科カリキュラムの連続性に
ていない授業要素を抽出することができるので
注目した授業実践研究,日本理科教育学会全国
はないかと考えている。そこで,今後は学習段階
大会発表論文集,6,189.
や授業スタイルの異なる授業実践の分析事例を
渡邉重義(2008b)理科カリキュラムの連続性に
増やし,理科カリキュラムの連続性に関連した授
注目した授業実践研究2-教師の発問と応答
業要素を抽出し,さらにそれらの要素の整理・分
-,日本理科教育学会四国支部大会会報,26,
析を行って,教師のカリキュラム構想,教材研究,
19-20.
授業構想に生かせるような指針と方策を提示す
渡邉重義(2006)学習指導要領から創造的な理科
ることを試みたい。
教育課程の構築へ,理科の教育,55(11),15-18.
渡邉重義,青井倫子,平松義樹(2009)理科カリ
謝
辞
キュラムの連続性に注目した授業研究,愛媛大
本研究は,愛媛大学教育学部附属幼稚園,小学
学教育学部紀要,56,181-190.
校,中学校の先生方の保育・授業実践を分析対象
にした。ここに感謝の意を表する。
付
記
本研究は,文部科学省科学研究費補助金・平成
19-21 年度基盤研究(C)「幼・小・中の連携で導
く科学教育カリキュラム構築のための授業実践
研究」(研究代表者:渡邉重義)の助成を受けて
行った。
文
献
木村仁泰(1986)第4章 内容の特性と傾向,学
校理科研究会編,現代理科教育講座2巻,明治
図書,169-170.
森川久雄(1973)理科教育要論,東洋館出版,118.
文部科学省(2008)小学校学習指導要領,東京書
籍.
文部科学省(2008)中学校学習指導要領,東山書
房.
文部科学省(2008)小学校学習指導要領解説理科
編,大日本図書.
文部科学省(2008)中学校学習指導要領解説理科
編,大日本図書.
文部省(1970)中学校指導書理科編,大日本図書.
渡邉重義(2009)理科カリキュラムの連続性に注
目した授業実践研究3-学習者の表現活動と
理科カリキュラム-,日本科学教育学会年会論
文集,33,409-410.
22
科教研報 Vol.24 No.2
「屋上緑化」や「グリーン・カーテン」の温度測定とその効果
The Temperature Measurement of "Rooftop Gardening" and
"Green Curtain" and Their Effect
1)
○軸丸勇士 ,
ZIKUMARU,Yushi
1)
黒永
2)
俊弘 ,
KURONAGA,Toshihiro
2)
岩尾
2)
雅広 ,
IWAO, Masahiro
1) 元大分大学教育福祉科学部
2)
木下
和彦
2)
KINOSHITA, Kazuhiko 2)
2) 中津市教育委員会
1) Faculty of Education and Welfare Science, Oita University
2) Nakatsu City Board of Education
[要約] 米苗床用容器に緑色植物を植え,それを校舎の屋上に並べて屋上緑化した所の真下と,それの
ない所の下にある2部屋の温度を測った。同時にその真横に位置する2教室の温度も測定した。その
結果,天候にも依るが真下や真横の室内温度は植物容器がある所はない所に比べて 2 ~ 4 ℃程,外気
温度に比べて数℃低くなっていることが判った。
その一方で昨年に引き続き校舎南側に蔓性植物を植え込み「グリーン・カ-テン」として使用した。
そのカ-テンの有無による室内温度の違いについて,それぞれの学校や事業所毎に測定が行われてい
る。それによると測温箇所にもよるが,カ-テンがある所はない所に比べて 2 ~ 3 ℃,外気温に比べ
て数℃低くなるなどが明らかになってきた。
この屋上緑化やグリーン・カ-テンのための植栽,その後の管理,温度測定などが理科学習,環境学
習,総合学習,食育などに使われ,自然への興味や関心を高めると共に,地域住民と連携した交流に
繋がっている。これらが契機となり県も新たな省エネの普及啓発を県立学校等で始めた。
[キ-ワ-ド]
屋上緑化,グリーン・カ-テン,温度測定,理科教育,環境学習,地域連携
どで行われるようになってきた
1.はじめに
2,3)
。特に GC は
最近は,国内はもとより世界的な地球環境の
日本特有の高温多湿の生活環境の中から,先人
悪化が懸念されている。特にヒ-トアイランド
達が育んできた生活の知恵であり,見た目にも
対策や CO2 放出量削減のため,如何にしてエネ
涼しさが感じられる風情である。
ルギ-消費を少なくし環境に配慮するかが課題
RG の国内での普及は 1990 年頃から始まった。
になっている。その流れの中で 2009 年 9 月 22
特に東京都は 2001 年 4 月より「東京における自
日,ニューヨークで開催された国連気候変動サ
然の保護と回復に関する条例」を設け,一定基
ミットでは,温室効果ガスを 2020 年までに 1990
準以上の新築・増改築の建物に対して,緑化を義
年比で 25 %削減するという日本の中期目標に定
務付けている。また,各自治体によっては屋上
めた首相演説が高く評価され,各国に削減に向
緑化の補助金を出して RG を奨励している。こ
1)
けて一層の努力を呼びかけている 。その様な
れを行うことで,地球環境への配慮と共に建物
環境保護の観点から自然エネルギーの有効活用
の断熱性,耐久性,防音性などの向上を図り,
が図られ各地でその実用化が始まっている。
保水力の増加,大気汚染物質の吸収や吸着,景
観の向上,畑としての利用,企業におけるイメ
その基本理念に基づき手軽にでき比較的費用
ージ向上等の利点がある。
もかからない「グリーン・カ-テン(GC)」,設
計段階から予め準備を行い「屋上緑化(RG)」,
その様な社会情勢の中,大分県中津市は昨年
「壁面緑化」等の方法を用いて建物や室内の温
から市内の 11 幼稚園,小学校 24(現在は 23)
度を下げ,空調機器に頼らない自然環境に配慮
校,中学校 10 校や公民館と市役所等に琉球朝顔
した試みが,公共施設や学校,小さくは家庭な
やニガウリ(ゴウヤ)などの蔓性植物を植え込
23
に実施できるものとして,県立学校を対象に GC
を試験的に普及させることにした。しかし,予
算の成立が6月下旬となったため農業高校で苗
(朝顔とニガウリ)を育て,それを全ての県立
校に配布し,それぞれの学校に応じた植え込み
を奨励した。それを夏の陽光遮蔽と降温効果に
供することにしたが,学校間での認識の違いも
あり,必ずしも GC としての効果が認められな
図 1.
2階部分まで琉球朝顔を這わせて
GC として用いた中津市内の中学校
いところもある。しかし,GC の普及啓発に向け
た試みが県立学校でも始まっている。
4)
み,GC として実用に供している 。その GC に
その様な中,中津市立山国中学校では GC だ
よる降温効果や地域と学校の連携については昨
けでなく,新たな降温の手法として5月に屋上
5)
8)
年 11 月の本学会(長崎大)で報告した 。その
緑化(以下 RG という)を行なった 。その方法
様な効果もあって中津市内の 44 校園や公民館,
は農家で使われる米苗床用容器(トレー)に,
市役所では今年も昨年に引き続いて,GC として
高温や乾燥に強い緑色植物のメキシコマンネン
の植込みを行い(図1),それに関連した特徴の
グサを植え込み,校舎の屋上に並べることによ
ある授業や行事が色々な形で多くの校園で実施
り太陽熱を遮断し,室内の温度を下げるもので
6)
されている 。特に今年からは学校や事業所で
ある(図3)。この効果について,トレーの設置
温度の測定が行なわれ,その観測デ-タは環境
教育や理科教育,総合学習等に使われている。
大分県環境部はこれまで「県政だより」など
の広報誌を使って GC の普及啓発をしてきたが,
一般には広がらなかった。しかし,前述の様な
降温効果が明らかになってきたこともあり,環
境部は県下に普及する引き金とするために特別
予算を計上し,県庁南側のベランダに大型のプ
ランターを置き,朝顔やニガウリを植え込み GC
図3.屋上緑化のために中学校屋上に設
置したメキシコマンネングサの容器
とした(図2)。それと共に GC のコンクール等
を実施し,その普及に努めている。
また,大分県教委は,今年 6 月 16 日に文部科
してある所とない所の真下やその真横にある部
学省の出した「スクール・ニューディール」構
屋の温度を 2009 年 8 月 10 ~ 12 日に測定した。
想の推進に関するお願い
7)
を受けて,最も簡単
本稿ではここで得た測定デ-タを基に RG によ
る降温効果を報告する。また,同時に昨年来の GC
と関連した効用についても述べる。
ここで RG に用いたメキシコマンネングサ(学
名:Sedum
mexicanum, 俗に「セダム」と言
うこともある )は世界に 400 種程あり,5 亜属
に分類される。開花期には黄色や白花が咲く。
この花は集散花序(一部は総状花序)で,花序
には葉状の包がある。これは世界各地に分布し,
図2.県庁舎 3-5F ベランダに設置した GC
岩の隙間のような乾燥かつ高温となる貧栄養且
24
つ塩基性の土壌でも生育可能な丈夫な植物であ
る。それ故,最近は屋上緑化だけでなく,園芸
植物としても利用されるようになってきた。
2.温度測定と方法
今回測定を行った山国中学校は中津市の中心
部から西に 30km の所にあり,1級河川である
山国川に沿うように国道 212 号線が平行に走る
日田市とのほぼ中間点に位置する。学校は体育
図4.温度測定を行った室の位置関係
館やグラウンドと共に斜面を階段状にして2段
に建てられている。そのため,山間部特有の風
温度の測定は図4のように1階屋上にセダム
が吹き天気の変化が比較的大きい特徴がある。
を植え込んだトレーを置いた真下の部屋①,ト
校舎は鉄筋コンクリ-ト3階建で(一部1階ーーー
レーを置いた直横 2 階の教室②。また,対照と
その上に植栽されたトレーを並べた所とない所
してトレーを置かない下側の部屋③,トレーの
を作り観測した),南東から北西向きに建てられ
置いていない直横の 2 階の教室④で行った。そ
ている。校舎の南西側全面にグラウンドが広が
こに前述の測定機器を同一条件になるよう設置
り,そのグラウンドの一部(10m × 30m)には
し,且つ①と③部屋の窓は3方向を解放,②と
高麗芝が植えてある。
④教室の南北の窓は全て開放して測定した。
一般に温度測定は熱電対や赤外線カメラなど
更に,①~④室の温度測定は南の窓側,中央,
の自動観測や記録機器を用いて,連続デ-タを
そして北側の廊下に近い点で,それぞれ床面か
収集するのが主流ではあるが,此処でも今後の
ら 30cm,1.5m,天井下 30cm の点,室の前後の
学校教育の中で生かせるように敢えて温度計を
高さ 1.5m の点,合計 11 点で行った。その他,
使った。しかし,温度計には公差が含まれるた
外温の測定はセダムを植えたトレーの下側と上
5)
め,前報 のように測定に用いる全てを検定し,
側,トレーの 1.5m 上の 3 点,トレーの置いてな
更正した。この更正は標準温度計を用いて行い,
い部屋③の上 1.5m の点とした。
更正した温度計にはラベルを付け,以後の温度
また,同時にグラウンドの地上 1.5m の点やグ
測定の際にそのまま生かせるようにしてある。
ラウンドの芝の中央,高さ 1.5m の所の温度を測
この温度測定と共に湿度,風向,風速の観測を
った。この他には,部屋①③から最も近い距離
同時に行った。この風向と風速は 10 分間の平均
に あ る ( 30m) ス ズ カ ケ ノ キ ( 学 名 : Platanus
である。また,湿度は室の中央部の温度測定を
orientalis, スズカケノキ科 スズカケノキ属,属
した点で,乾湿計を用いて測った値である。室
名でプラタナスと呼ばれる)の高さ 1.5m の所に
外での測定は温度計に太陽光が当たらぬように
温度計を吊し,樹木(木陰)温度として比較に
必ず陰を作り,観測したのは言うまでもない。
用いた。
ここで用いた屋上緑化の方法は縦 30cm, 横
測定に当たっては条件を同じくするために各
60cm,深さ 4cm の米苗床用容器(トレー)に,
室に観測者1名と戸外にも1名を配置し,測定
厚さ 3cm まで土を入れ,その上に高温や乾燥に
時間のずれを防ぐと共に,30 分毎の測定開始は
強い緑色植物のメキシコマンネングサを植え込
合図に基づいて実施するなど役割分担を行い,
み,それを図4の部屋①の屋上に並べることに
3日間に亘り9時~ 17 時まで実施した。
より,太陽熱を遮断するものである。トレーを
屋上に並べる際には床とトレーの間に 15cm の隙
3.結果と考察
屋上緑化による降温効果を見るために 8 月 10
間を作り,排水や換気ができるようにした。
25
~ 12 日に温度測定を行った。この中,晴天であ
自然を活用したものとなるであろう。その為に
った 11 日の戸外温度を図5に示す。ここで横軸
はどんな樹種の木をどう植えれば効果的なのか
は観測した時間で,その下側のアルファベット
などの基礎研究の下に進める必要がある。この
は天候を示す(F は晴れ,C は曇り,R は雨を意
図5で最も日照による影響を受けているのが③
味し,W は風が強い場合で,2文字は両者が共
室の屋上であるのがよく判る。これらの外部条
存するか測定中に変化があったことを意味す
件を考慮に入れ屋上緑化の効果を検討する。
る)。また,草下とはセダムを植栽したトレーの
下側温度を,草上は中央に置いたセダムから垂
36
直に 1.5m の点での温度を指す。また,屋上とは
34
32
セダムを植栽した容器を置いてない③室の中央
30
17:00
16:00
③室
15:00
11:00
この温度変化を大分気象台中津地域気象観測
10:00
9:00
いないため,本稿ではこれを気温として用いた。
②室
芝上
13:00
①室
④室
26
14:00
28
生上 1.5m での温度を指し,気象観測が行われて
12:00
上側 1.5m の点での温度。芝上はグラウンドの芝
F F F F F FC F C C C F C F C C F C
図6.室内温度の時間変化(8 月 11 日)
36
34
図6に 11 日の室内温度の時間変化を示す。こ
32
れを概観すれば何れの室温もほぼ同じような傾
30
草下
樹木
28
屋上
草上
芝上
向をたどりながら 14 時を最高に上昇し,以後気
温の降下に比べてゆっくりと下がる。これは気
17:00
16:00
15:00
14:00
13:00
12:00
11:00
10:00
9:00
26
温が日照の影響しか受けないのに比べ,室内は
F F F F F FC F C C C F C F C C F C
コンクリートのため大きな熱容量を持つうえ,
図5.室外温度の時間変化(8月 11 日)
室の通風が良くないことによる。しかし,屋上
緑化してある①室はしてない③室より約1℃,
所と日田特別地域気象観測所のデータを基に比
気温に比べて 2 ~ 3 ℃低くなる。これ以上に顕
べると,後者に類似している。それは観測点が
著なのが屋上緑化した直横にある②室温度の下
中津市(海岸部)から山間部に 30km 入った所
がり方が,気温より約4℃低くなることである。
であり,盆地構造の地形故に同様な傾向がある
これには緑化をしてない③室の真横にある④室
のも頷ける。
の温度ですら気温より 2 ℃程低いことから RG
図5からセダムを植えた容器下側の温度は朝
による降温効果と共に,外からの風による影響
を除き,10 時以降になると気温の変化に関わら
と考えれば説明がつく。測定を行った晴天また
ずほぼ一定の温度(30 ± 1 ℃)を示す(夜から
は曇りの場合はこの傾向が顕著に観測された。
朝にかけては更に下がる)。従って,その下に位
しかし,雨が降ったり止んだりの場合(8 月 12
置する①の部屋の温度はこの屋上だけからの熱
日)の温度については図7に示すように大きな
の流入であれば上昇しないはずであるが,気温
違いが見られる。
と共に変化することからして,別の影響が大き
それを図7からみるとグラウンドの芝上温度
いことが判る。また樹木(スズカケノキ)の温
より室温の方が何れも高く,前日の熱を保持し
度も気温に比べて低く,その温度変化も小さい
ていると言える。特にこれまでも高く推移して
ことから,光合成や蒸散作用による降温効果が
いた RG をしていない③室の温度が他室に比べ
あり,この活用の使方によっては GC に代わる
て 2 ℃程高い。従って,今後はこの熱をどうし
26
て早く放出させるかが課題となる。例えば(保
せて屋上に流せば,最も簡単な仕組みによる降
安に対する課題を無視すれば)夜間に窓等を解
温効果が得られる。その上,経費も格安にでき
放して昼間の熱を逃がすなどの工夫をすればよ
る。その使った水は元の溝に返せば農家にとっ
い。しかし,雨の日は温度も上がらず 30 ℃以下
ても水がなくなる訳でもないので何ら支障はな
と比較的涼しいことから,案ずる必要もないこ
い。むしろ水の有効利用となり,電気料金の支
とかも知れない。
払いも減り学校経費の削減に繋がる。この方式
を来年度に向けた試案として検討中である。
32
31
30
29
28
27
26
25
4.結び
ここでは中津市立山国中学校の屋上緑化(RG)
に係る降温効果を中心に述べてきたが,トレー
の有るところは真下の部屋や真横の室共に,晴
17:00
16:00
③室
15:00
14:00
②室
芝上
13:00
12:00
11:00
9:00
10:00
①室
④室
天時では 2 ~ 4 ℃程度下がる。しかし,降温効
果は植栽に用いる植物やそれを植え込む土壌の
R C C R CF C RW C C C RW RC FC CF C C C
種類や厚さなどによる違いがある。それはセダ
図7.雨天時の室内温度変化(8 月 12 日)
ムの場合,25 ℃以上では蒸散作用が停止するこ
とが解っており,トレーの下側温度が気温や周
以上の観測結果から屋上緑化による降温効果
囲温度の変化に依らず常にほぼ一定値であるこ
は確実に認められることが判った。特に緑化し
と。更にグラウンドの端に植えられているスズ
た真下の部屋(①室)より,その真横の部屋(②
カケノキでの測温から,グラウンドの温度が大
室)の方が約 4 ℃も温度が下がる。これは GC
きく変化するにも関わらず,低く推移している
を用いるより降温効果が大きく,室内の照度も
ことからも言える。従って,今年は取り敢えず
保てることから好ましいが,経費的には数~ 10
乾燥と高温に耐える植物「セダム」を用いての RG
倍もかかる。それ故,今後降温を行うにはどれ
であったのだが,この測定からデータも得られ
を採用するか,議論の分かれるところであろう。
たことであり最も好ましい植物の種類やその植
成田等
2)
え方など更なる検証を進める必要がある。
が GC 温度の測定から指摘している
ように,前述の RG の値も測定条件(日照時間,
RG だけでなく GC については 2008 年度から
風向,風速)や室環境(2階,3階,屋上等)
大分県内のトップを切って中津市立の全小中学
等により異なるであろう。従って,用いる草の
校と幼稚園,公民館や市役所等で始まっている
種類,それを植える土壌や厚さ,その下の空間
(試行を入れれば 3 年になる)。これは市教委が
の大きさ,散水やその日の気象条件等によって
昨年度から本格的に予算(植物が巻き付くため
も変わることが考えられる。しかし,この屋上
のネット,植えるためのプランタ-,苗代)の
緑化は今後の空調に頼らない,自然を活用する
計上を行い,GC づくりの手引き書を作成するな
試みであり,その資料を得るためのものとして
どして普及に努めた。更に,GC による降温効果
は大きな役割を果たしている。今後は計画的な
の測定データを公開し,積極的な啓発を行った
屋上緑化を行い様々なデーター測定と解析,そ
結果,地域住民も GC を作りエネルギー消費の
の蓄積を続けて,地域や環境に合った最も効果
低下に向けた動きが見られる 。
4)
的な RG の方法を確立する必要がある。
特に学校に限ってみると,初年度は GC につ
例えば,山間部の場合は田畑に必ず水を供給
いて積極的でなかった所も,会議等での情報交
するための通水溝があり,5 ~ 10 月は流れてい
換や昨年の反省に基づいて様々な工夫改良が行
る。その水の一部をパイプを使い,バイパスさ
なわれ,GC の生育や管理の差違は縮小している。
27
それは GC が単に教室の温度を下げるだけでは
とを考慮に入れ特に小学校では,それぞれの学
なく,それに絡んだ多くの収穫が有ることが判
校で特徴ある植物を植え,GC を作っているのも
ったからである。今年度も 44 校園はそれぞれに
納得がいく。
応じた各種の蔓性植物を植え込み,学校毎や市
教委のホームページに掲載する
4)
中津市内の全校園で取り組まれた 2 年目の GC
などして,地
は,植栽から草取りや水管理,更には来年度の
球温暖化防止のための環境学習や総合学習,理
有機堆肥作りに至るまで地域住民と連携したも
6)
科や生活科,食育などに役立てている 。更に
のとなり,一層地域に馴染んだものとなってい
測温したデータを持ちよりその研究発表を行う
る。特にニガウリが多く収穫できた 11 校園では,
などすれば,より今後の展開へとつながり,新
地域の方々を招待して給食を一緒に食べるなど
たな総合学習等の姿や方向が見えてくる。
の行事もできた。
それに遅れてはならずと,大分県環境部や県
この様に中津市の全校園に亘る GC や RG の
教委は今夏から庁舎や県立学校のベランダ,南
試みは単に,エコによる教室内の温度を下げ,
側窓辺に GC を植え込み(7月),電力消費を少
学習環境を良くするだけでなく,様々な学習へ
なくする環境に配慮した試みを始めた。しかし,
の契機となっている。更に,学校によってはこ
予算の成立が遅れたことに伴い植栽も遅延し,
れまで見向きもしなかった雨水を容器に貯留し,
それによる大きな効果を見るまでにはなってい
その水を GC の給水等に利用するなど環境への
ないが,来年に向けた動きが出てきつつある。
関心や配慮がより大きく膨らんできているのも
ただ県立学校の場合,学校間の取り組み姿勢や
見逃せない。また,地域や施設の高齢者と保護
意識が昨年までの中津市のそれに比べてより大
者が植栽,草取り,水管理,施肥を通して交流
きな違いがある。
し,園児や児童生徒の支援や心の教育へと繋が
しかし,この様な先駆的な試みが行われ,降
っている。これらはとかく個人中心の最近の社
温効果が出てくることが人々に理解されてくれ
会状況からみると大変喜ばしいことであると言
ば,新たな動きとして普及していくことになる。
える。
筆者の一人も既に 20 年以上前から夏の間,主に
朝顔を用いて GC を育て(高さ 3m,長さ 12m)
参考文献
活用してきたので,地球環境への幾分かの貢献
1)「25 %削減」国連で宣言:朝日新聞記事
2009.8.23 朝刊 1
2)成田健一:環境情報科学論文集 21(2007)
501-506
3)学ぶ 校舎を覆う「緑のカ-テン」効果の
ほどは:朝日新聞記事 2008.8.3 朝 刊 24
4)中津市教委:http://www.city-nakatsu.jp/
kyouiku/ :http://www.city-nakatsu.jp/kyouiku/
green%20eco2009/green1.html
5)軸丸勇士他:日本科学教育学会研究会研究
を自負しているところでもある。
ここで GC として用いる植物だが,大分の場
合 7 月~ 9 月までは 30 ℃を超える日が続くこと
もあり,植栽する植物を何にするかで降温効果
が違ってくる。ウリ科やマメ科植物は 9 月にな
ると葉が枯れたり落ちたりするからである。そ
の点,琉球朝顔は 2 年目からは 6 ~ 11 月まで(霜
が降り始まるまで)緑を絶やさないので効果は
報告
大きい。ただ繁殖力が大きいので適当に芽摘等
23(2) (2008) 45-48
6)グリーンカ-テンを調理する:大分合同新
を行わないと,成長し過ぎて照明を必要とする
聞記事
事態にもなる。その上,種子が殆どできないの
2009.9.8.朝刊
12
7 ) 文 部 科 学 省 : http://www.mext.go.jp/b_menu/
で,朝顔のように種まきなどの行事ができない
houdou/21/06/attach/1270335.htm
のが欠点である。それを考えれば,教育的観点
から朝顔が好ましい。しかし,ウリやマメ類の
ように給食や食育に利用できない。これらのこ
28
8)室温下げて CO2 削減
中津山国中が屋上緑
化:朝日新聞記事
朝刊
2009.5.20
27
科教研報 Vol.24 No.2
巻貝(イボニシ)を教材とした環境教育
Environmental Education Using Rock Shells as a Teaching Material
島田秀昭
SHIMADA, Hideaki
熊本大学教育学部
Faculty of Education, Kumamoto University
[要約]中学生の環境保全に対する意識を向上させることを目的として,巻貝(イボニシ)
を用いた環境教育を試みた。授業実践に先立って,実験に用いるイボニシの採取時期およ
び場所について把握するため,熊本県沿岸においてイボニシの調査を行った。次に,採取
したイボニシを用いて授業実践を行った。その結果,イボニシの生殖異常を調べる実験は,
試料採取が容易なことや異常が肉眼で観察できること,また高度な技術や特殊な器具を必
要としないことなどから環境教育教材として有用であると考えられた。
「キーワード」イボニシ,教材,環境教育
たイボニシは調査された 97 地点のうち 94 地点
1.はじめに
で観察され,深刻な汚染の実態が明らかになっ
中学校理科第 2 分野における「自然と人間」
ている 2)。
の学習では,
「自然環境を調べ,自然界における
生物相互の関係や自然界のつり合いについて理
これまで本研究室では,熊本県沿岸における
解させるとともに,自然と人間のかかわり方に
イボニシの生殖異常の調査を行うと共に,小中
ついて認識を深め,自然環境の保全と科学技術
学生を対象とした環境教育教材としてのイボニ
の利用の在り方について科学的に考察し判断す
シの有用性についても検討してきた。そこで今
1)
。この
回は,これまで蓄積したデータをもとに,中学
目的を達成させるためには,身近な自然を学習
校理科の教師がイボニシを用いた環境教育を実
材料とする探求的な調査や実験等を行い,生徒
践する上で必要となる情報,すなわちイボニシ
の自然に対する興味・関心を高めることが重要
の採取に関する情報や実験の進め方,授業の展
であると考えられ,これにより環境保全に対す
開などについて報告する。
る態度を養う」ことを目的としている
る知力および行動力を育成できるものと思われ
る。
2.イボニシの採取
環境汚染物質の一つである有機スズ化合物は,
1)採取時期
海洋に生息するイボニシなどの巻貝に作用し,
イボニシは,アクキガイ科に属する肉食性の
雌に雄の生殖器が形成されるインポセックスと
巻貝である(図1)
。本巻貝は,カキやフジツボ
呼ばれる生殖異常を引き起こすことが知られて
類が付着する岩場,船着場およびコンクリート
2)
いる 。本化合物は,1960 年代の半ばから船底
製の護岸などで一年を通して容易に採取できる。
防汚塗料や魚網防汚剤などとして広く世界中で
しかし,実験に用いるイボニシは,雌雄の判別
使用されてきたが,海洋環境への負荷が大きい
が容易となる産卵期に採取しておく必要がある。
ことから,現在では多くの国でその製造および
この理由として,産卵期を迎えた雌のイボニシ
使用が規制されている。しかし,1990 年から
は,生殖腺の色が鮮やかな黄色を示し,中学生
1996 年にかけて日本各地の沿岸において行われ
でも簡単に雌雄を判別することが可能なためで
た調査結果によると,インポセックスを発現し
ある。
29
3月 6日 0%
3月20日 0%
4月 3日
4月16日
5月 1日
5月15日
5月29日
6月12日
6月27日
7月10日
7月26日
8月16日
9月 4日
図1 イボニシ
9月17日
10月 2日
10月19日
2006 年から 2008 年にかけてイボニシの採取
10月30日
に適した時期を把握するため,熊本港に生息す
11月13日
る雌イボニシの卵巣成熟の割合を経時的に調べ
11月28日
た(図2)
。その結果,5 月の中旬から下旬にか
0
けて卵巣が成熟した雌のイボニシの割合は
20
40
60
80
100
雌の総数に占める成熟雌の割合(%)
100%に達し,この高い割合は 9 月の中旬まで継
続することがわかった。したがって,熊本県に
図2 雌イボニシの卵巣成熟の経時変化
おいてイボニシを用いた授業を行う場合には,
試料採取を 5 月下旬から 9 月上旬にかけて行う
を見出す目的で,2003 年から 2008 年にかけて
必要がある。また,採取したイボニシは,授業
熊本県内の港や海岸においてイボニシの生息
に用いるまでの間-20℃で保存しておくとよい。
状況および生殖異常調査を行ってきた
3‐6)
。一
般に,インポセックスを発現したイボニシは,
船舶数が多く,海水の環流の良くない港におい
2)採取場所
て観察され,正常なイボニシは,港から離れた
これまで行ってきた授業実践における生徒の
海岸などにおいて多く観察される。
様子や,実験終了後に行ったアンケート調査の
結果から,イボニシを用いた実験を行う場合,
正常な個体のみで行うよりも,正常な個体とイ
3.実験方法
ンポセックスを発現した異常な個体の両方を用
1)雌雄の判別
いて行った方が,生徒に与えるインパクトは大
イボニシの雌雄の判別は,殻を割り生殖腺の
きく,環境保全の重要性を認識させる上でより
色の違いを調べることで行う。産卵期の雌のイ
効果があるものと考えられた。したがって,イ
ボニシは,卵巣が成熟を示す鮮やかな黄色を呈
ボニシを採取する場所の条件としては,まず短
するのに対し,雄の精巣はこげ茶色もしくは暗
時間で必要個体数を確保できる数のイボニシが
褐色を呈しているので容易に判別できる。ただ
生息していること,次に正常な個体のみを採取
し,産卵を終えた雌では,卵巣の黄色い部分が
できること,インポセックスを発現した個体を
小さくなり,殻の先端にわずかに黄色い部分が
多く採取できることである。本研究室では,授
残っているだけの個体もあるので,必ず殻の先
業に用いるイボニシを採取するのに適した場所
端まで割ってから判別する必要がある。
30
2)インポセックスの確認
軟体部を取り出し雌雄の判別を終えたら,次
に雌のイボニシについてペニスの有無の確認を
はい
行う。生殖腺が黄色を示し,雌と判定された個
いいえ
体にペニスが見られた場合,その個体はインポ
セックスと判定する。
回答なし
0
20
40
60
80
100 人
4.授業の展開
授業の展開を表1に示す。授業の導入部とし
図4 環境を守るために何か行ってみたいか
て,生徒に環境問題について知っていることを
挙げさせた。次に、環境ホルモンについて簡単
に説明し,インポセックスを発現した雌のイボ
生徒の実験に対する感想を表2に示す。環境
ニシの写真を見せながら,この現象は環境ホル
ホルモンの影響によりイボニシの雌に雄の生殖
モンが原因で起こることを教え,本実験への意
器が形成されてしまうことへの驚きの声が聞か
欲・関心を高めた。イボニシの殻の割り方につ
れた。また,環境ホルモンを理解し,環境保全
いて説明した後,各班に分かれて観察実験を行
に対する意識の高まった様子が見られた。
わせた。実験終了後,班ごとに実験結果を発表
させ,全体のデータを集計し,結果について考
表2 授業の感想
察させた。
・実際にイボニシを観察してみて異常を起こ
5.アンケート結果
しているものが本当にあったので驚いた
「今回の授業は理解できましたか?」という
・環境ホルモンというものの存在や,それに
問いに対しては,すべての生徒が「よく理解で
よって引き起こされる生体異常について
きた」または「理解できた」と回答し,授業内
今日はじめて知った.私たちも地球に棲む
容については全員が理解できていることがわか
生物としてもっと環境について考えて
った(図3)
。
「今日の授業を受けて,環境を守
いかなければならないと思った
るために何か自分で行ったみたいと思います
・人間の目では見られない変化でも小さな
か?」という問いに対しては,92%の生徒が「行
生物に影響を与えていることなど普段の
ってみたい」と回答し,生徒はイボニシを用い
授業では学べないことを学ぶことができ
た環境学習を通して環境保全に対する意識が高
たのでよかった
まった様子が見られた(図4)
。
・自分たちの身近にある環境問題について
知ることができたのでよかった
よく理解できた
6.まとめ
身近に存在するイボニシの生殖異常を調べる
理解できた
実験は,環境ホルモンの影響を実際に目で見て
あまりできなかった
確認することができるため,生徒は実験に興
味・関心を持って取り組むことができるものと
まったくできなかった
0
20
40
60
思われる。また,イボニシは生徒に環境問題に
80 人
ついて直接認識させることのできる教材として
有効であると考えられる。
図3 授業の理解度
31
表1 授業の展開
過
時
程
間
導
3
入
学習内容
教師の支援
1. 知っている環境問題を発 ・ 身近な環境問題にはどのような
表する.
5
備考
ものがあるか聞く.
2.1. 環境ホルモンやイボニ ・環境ホルモンやイボニシについて
シについて知る.
説明する.
2.2. 生殖異常のイボニシの ・生殖異常のイボニシを見せ,環境
存在を知る.
ホルモンが原因であることを説
明する.
展
4
3. 実験方法を聞く.
・殻の割り方を説明する.
・プライヤー
・ピンセット
・シャーレ
23
4.1. 実際にイボニシの殻を ・道具を取りに来させる.
割り,異常な個体がない ・机間支援を行う.
開
か観察実験を行う.
・異常な個体がない班には,他の班
4.2. 片づけを行う
の結果を見に行くように促す.
・結果を発表させる.
5
ま
と
め
10
5. 結果を発表する.
6.1. 結果をふまえて,環境保 ・得られた結果をもとに,なぜ自然
全の重要性を考える.
を守らなければならないのかを
6.2. 自然と人間とのかかわ
りについて考える.
考えさせる.
・今後我々は,自然とどのように向
き合っていくべきかをそれぞれ
考えさせる.
して用いるイボニシの採取時期について-.
参考文献
熊本大学教育学部紀要 自然科学 55, 15-18
1) 文部科学省.中学校学習指導要領解説 理
科編, 大日本図書, pp. 90-96 (2008).
(2006).
5) 島田秀昭, 松田幸喜,今村順茂,中田晴彦.
2) 堀口敏宏. 有機スズ化合物と海産巻貝類の
熊本県沿岸域の巻貝における環境ホルモン
生殖異常. 科学 68, 546-551 (1998).
の影響評価(第 4 報)-教材に適したイボ
3) 島田秀昭, 吉本真紀,中田晴彦,楠本功一,
今村順茂. 熊本県沿岸域の巻貝における環
ニシの採取時期と場所-. 熊本大学教育学
境ホルモンの影響評価(第 2 報)-環境教
部紀要 自然科学 56, 47-51 (2007).
6) 島田秀昭, 田中智文,今村順茂,中田晴彦.
育教材としての情報収集-. 熊本大学教育
熊本県沿岸域の巻貝における環境ホルモン
学部紀要 自然科学 54, 99-102 (2005).
4) 島田秀昭, 上村 彩,今村順茂,中田晴彦.
の影響評価(第 5 報)-教材に適したイボ
熊本県沿岸域の巻貝における環境ホルモン
ニシの採取時期と場所(2)-. 熊本大学教
の影響評価(第 3 報)-環境教育の教材と
育学部紀要 自然科学 57, 27-32 (2008).
32
科教研報 Vol.24 No.2
小学生を対象とした身近な自然からESDに広がる学習カリキュラムの開発(1)
Development of study curriculum that extends from neighboring nature intended for grade-schooler to ESD (1)
-Panasonic製ホームベーカリー(2009)で作った「米粉100%食パン」と「小麦粉食パン」
の食べ比べを通して考える「食教育」と「ESD」のクロスカリキュラム構想(1)-
Plan of crossing curriculum of "Food education" that "Rice powder 100% bread" made from home made of
Panasonic bakery (2009) and "Flour bread" think about through eating and comparison and "ESD" ( 1)
東
徹哉
HIGASHI , Tetsuya
津久見市立青江小学校
Tsukumi City Aoe Elementary School
[要約]パン作りの楽しい学習活動に着想を得てから,小麦食パンと米粉食パンを作って食べて比
較するワークショップ型の体験活動を仕組むことを考案してみた。この学習活動によって子ども
は身近な自然を見直し,身近な自然を見直し,「食問題」「ESD」に広がる学習活動をつないで考
えていくことだろう。今回の報告は,本実践の序章部分となる。
[キーワード]小学生,米,身近な自然,ホームベーカリー,米粉,食パン,食教育,ESD
知った。これは,魅力ある「食教育」「ESD 学
1.はじめに
本研究のターゲットは,そのサブタイトルが
習」として成り立ちそうだという思いが浮かん
示すように,2009 年秋に新発売された Panasonic
だ。家庭用ホームベーカリーは,手頃な価格と
製の「ホームベーカリー(米粉パンコース付き)」
なり,児童の母親も所有している。保護者の協
と(株)グリコの「米粉 100 %の食材による」コ
力が得られる見通しもその場でつけられた。
このアイディア自体は,斬新なものとは言え
ラボレート・ヒット商品を生かしたクロスカリ
ないかもしれないが,「身近な自然から ESD に
キュラム構想の試みである。
本構想にあたっては,2009 年 7 月,所属校
広がる学習活動」を目指していくにあたり,
「小
における学期末 PTA 懇談後,筆者が担任をす
麦粉」と「米粉」の比較を行う学習を仕掛ける
る学級と交流学級の関係にある児童(10 才)
ことができれば,大きな質的転換を図ることが
の母親との談話が,そもそものきっかけとなっ
できる,つまり,単に「食パンを作る,作り方
ている。簡単に説明すると,児童の母は,現在
の学習」では終わらない,新しい意味での「食
の学校生活に不安や心配は無いが,高校卒業後
教育」と「ESD 学習」とのクロスカリキュラ
の就職を心配していた。教諭3人と保護者1名
ム構想に到達すると思ったのである。
の懇談の中で,先輩教諭が,
「クレオンの森(知
的障害者によるパン製作と販売)ああいう所に
2.なぜ「米粉100%食パン」なのか
就職ができたらいいね」と投げかけた。児童の
近年,「わたしたちの健康 」「食生活を考え
母も大きく頷いた様子から,筆者が,2学期に
よう 」などと言った小冊子が,公立小学校に
な っ た ら ,「 パ ン を 作 る 授 業 を す るの は ど う
無償配布されている。こうした動きは,食育基
か?」と提案し,大きな賛同を得られた。
本法が,2005 年に制定されて以来,
「食育」は,
*1
*2
その当時,筆者は,妻のホームベーカリー選
時代のキーワードとなってきていることが関係
びの情報収集を積極的に行っていた。すると,
している。平成 23 年から完全実施されるよう
一般社会ではホットな話題となっていることを
になる小学校学習指導要領においても,「食教
33
育」に関する学習内容は,1つの目玉となって
れている。
いると言えるだろう。「食」をめぐる安全性の
筆者は,こんな身近な自然を保持すること,
問題や「食料」に対する世界的な関心の高まり
また,そうした身近な自然に囲まれた環境に生
は,「持続可能な社会のための教育」,いわゆ
まれ育ったことを誇りに思うだけでなく,東ア
る「ESD」にとっても看過することのできない
ジア地域における「原風景」として,持続可能
学習内容と考えている。
な社会を考えることはできないかと考えた。
2008 年度に刊行された「子ども白書 」の中
ところが,農業を専業する農村としての機能
*3
で,朝岡幸彦(東京農工大学)氏は,「そもそ
は,臼津地区に充分あるとは言えない現状の中,
も食育・食農教育は,1990 年代から農水省や
水田は「身近な自然」と言い切れない。九州地
農山漁村文化協会(農文協)を中心に展開され
方の人口4,5万足らずの小さな町においても,
た農業政策や文化運動をもとにしており,それ
昭和時代の終わりに見られた「身近な自然」は,
以前からある「食教育」「農業体験学習」「勤
まさに失われつつある。これが,「東アジア」
労体験学習」「食生活改善」「生活改良」など
の姿なのか?と思う。そこで,「身近な自然」
の流れをふまえたものとして総合的に理解され
として,この地域コミュニティーが,今もなお,
なければならないと指摘されています(野村卓,
日々,食料の中心としている「米」に焦点を当
2005)」と引用し,その上で,食育や食農教育
てた授業を考えてみようと思った。
は,食と農のそれぞれのアプローチから農業・
人々の生活スタイルは,大きく代わり,「パ
農村の意義や現状を理解することを基盤とし
ン食」が,「米飯」と同じ程度まで,身近な食
て,生活習慣や人間力を回復するところに共通
料品となっていることを鑑みて,「米粉 100 %
点がある,と説明している。
食パン」という教材開発の焦点を当てた学習を
一方で,世界でもかなり食料自給率の低い国
考えてみようと思った。この「米粉 100 %食パ
に入るわが国の食糧政策・農業政策の現状を知
ン」作りには,いくつかの困難も想定されてい
る報告書
るが,Panasonic 製の新型ホームベーカリーの
*4
を見ると,驚くべき実態にあること
を見
登場とグリコ社製の改良版米粉を使えば,心も
ても,わが国における主食や副食の変化とその
とない状況を一変させる活路が見いだせると思
ロスに関する実態に目を疑ってしまうばかりで
う。
がわかる。また食品ロス統計調査報告書
*5
石窯を使った「パン焼き体験」や,小麦を製
ある。このような実態を改善しようとする動き
として,新しい学習指導要領における「食教育」
粉して「手作りパン」を作る総合的な学習活動
の動きや,地域コミュニティーの人々の危機感
はこれまでもあるのだが,誰もが簡単に取り組
が,市民感覚として,少しずつシンクロ(同期)
める教育活動として,研究開発されているとは
しようとする広がりを感じてならない。
言えない。そこに,学齢に対応した学習内容を
私の生まれ育った臼津地域(臼杵市・津久見
検討し,誰でも気軽に実践し,なおかつ,子ど
市)では,茶摘みが終われば,田んぼに早苗を
もが学習を楽しいと感じ,交流学級の児童をは
植え,秋の収穫を終えれば,小麦を育てるとい
じめ,クラスの友達関係の充実,また,自尊感
う風土が,今も残る地域である。総合的な学習
情の高まりへとつながるのではないか,という
においては,「水耕栽培の体験」までできない
期待のもと,本教材のクロスカリキュラム開発
としても,「バケツ稲」を育て,その生長を学
に着手する。
小麦アレルギー,アトピーにも安心な100
習の対象としてきた。残念ながら,小麦を育て
る農家は,わずか1戸にまで減ってしまったが,
%米粉パンの登場について,製品を開発したパ
「麦秋」と呼ばれる初夏の風景は,今なお残さ
ナソニックへ問い合わせてみた。健康食ブーム,
34
米粉,玄米,雑穀米等「お米」に関してのブー
ック製の新型ホームベーカリーは,「小麦グル
ムが2,3年前からあって,
「強力粉」以外に,
テン入りコース」「小麦グルテン無し」の2コ
「米粉」でパンを焼きたいという消費者からの
ースが準備されており,小麦グルテンを含まな
声が大きくなってきた。そこで,パナソニック
い専用の米粉パン用ミックス「こめの香」
からグリコへ新商品(小麦粉パンの製品は発売
開発を,グリコ栄養食品との連携で行っている。
済み)の開発に動いていったそうである。
実際に,うるち米 100 %の米粉のみで焼いてみ
*10
の
たところ,思うように焼き上がらない。むしろ,
3.東アジア地域アイデンティティの
小麦パンの方が,美味しいし,パンに向いてい
象徴としての米と米粉パン
るという印象を受けた。ただし,小麦グルテン
筆者が研究をはじめるにあたって抱く問題意
を含まない米粉 100 %で焼いたパンの「もっち
識は,「アジア地域(日本,臼杵市・津久見市
り」とした味わいは,まるで和菓子(かるかん)
地域)の自然・風土・歴史・文化など,すべて
のような日本人のアイデンティティを感じさせ
の要素を含んだ総合的な学習(ESD学習)を
る「懐かしい」印象も合わせ持っていた。上手
構想するにはどうすればいいだろうか 。また,
く表現できないが,お米の香りが広がる,しっ
理科学習の発展型としての総合的な学習の可能
とり,もちもちとした食感を感じた。筆者は,
性
お米のこのような活用方法を再発見することが
*6
*7
を,具体的に,どのような活動の中から見
できたのである。
いだしていけばいいのだろうか」ということで
その後,グリコ栄養食品によって試供された
あった。それに対する具体的なアイディアは,
地域アイデンティティの象徴を食料である「米」
商品「こめの香」で,米粉 100 %パンを食べた
に決めて,更に「米粉パン」に特化した学習活
時の感動を忘れられない。
動をテイン会することであった。そのために,
4.「作って,食べて,考えさせる総合的な学
筆者が事例として取り上げたのが,パナソニッ
ク製の新型ホームベーカリー(米粉パンコース)
習(食教育とESD学習)」の構想
を活用した食パン作りである。
昭和 28 年の文部省検定済みの小学校理科6
小麦グルテンを使った「小麦パン作り」の実
年の教科書(下巻)を紐解くと,「食品を加工
践事例はあるものの,アジア地域の象徴として,
してどんなものをつくっているか」という単元
「米」を製粉して作る「米粉 100 %パン」を設
の中に,「パンやビスケットはどのようにして
定することは,これまで学校教育における先行
つくるか」という学習内容がある 。その中で,
実践例が確認されていない。昨今の健康食ブー
次のような実験が示されている。
*11
ムにのって ,米粉パンを家庭において簡単に
実験
*8
試験管にじゅうそうを少し入れ,ア
作ることができる民生品が 2009 年9月 20 日
ルコールランプの火で熱する。そうして,マ
(7月7日発表)に販売開始された 。
ッチの火を試験管の口に入れてみる。
*9
つぎに,せっかい水をガラス棒につけて,
実は,「米粉 100 %パン」は,「小麦パン」と
試験管の口に近づける。
比べて,パン作りとして困難である。なぜなら,
食パン特有の「弾力性」や「ねばり」を出すた
この実験で,重曹を加熱すると,炭酸ガスが
めには,
「小麦グルテン」が必要だからである。
発生することを確かめることができる。そして,
「米粉パン」の多くは,小麦グルテンを混ぜた
その後,重曹の中に酢を入れて調べさせ,炭酸
ものが多く,米粉 100 %パンではない。つまり,
ガスが発生することを確かめさせる。そして,
小麦アレルギーに悩む子どもや保護者のニーズ
これらの実験から,重曹に酸(酢)を入れても
に応えているとは言えない。そこで,パナソニ
炭酸ガスが出ることから,重曹やふくらし粉(イ
35
ースト)は,まんじゅうやビスケットを作る時
ずにはいられない。無論,当時の学校教育を復
に使うことを,教える内容となっている。
活・復古させようという安易な発想ではなく,
教科書の中では,当時,恵まれた家庭に生ま
現代学校教育において重要な位置付けがなされ
れた「よし子」さんのお母さんがつくるパンの
ている ESD 学習をより充実したものにしてい
作り方が,6段階に分かれてイラストで示され
くための「温故知新」な発想のアイディアを求
ているが,昭和 33 年代の公立小学校で,実際
めるものであることを忘れてはならない。
に,パンやビスケットを作っていたかどうかは,
5.情報をどう提示するか?ESD教育につなげ
わからない。しかし,生活単元学習として,検
るか?
討がなされていたであろう「教育課程改革試案
」の中でも,(3)家庭,地域の中でおこった
これまでに得られたさまざまな情報の利用に
問題という小見出しの中で,①小麦粉をひいて
関しては,大きな問題点がある。それは,それ
だんごをつくるという教育方法が示されてい
らの諸情報をどのように提示することが,9歳
る。その中では,「”つくりたい”,”食べたい
~ 10 歳という学齢期の児童にとって,自分た
”という要求を引き出して,串団子を作る活動
ちと自分たちが暮らす日本(狭く地域-広くア
である。石臼で小麦粉を粉にひき,むして焼く
ジア地域)の象徴としての「米」(自然環境・
のだから子どもの眼は生き生きと輝く」とある。
稲作文化・農業の歴史)とのかかわり,今後,
これが,総合学習の第一段階として示され,第
余ることが予測される米粉の行方 *13,そして,
二段階では,「食費調べ」へと発展する。第一
持続可能な社会の担い手としてのつながりを自
段階の団子作りでは,「母親の応援はもちろん
覚してもらえることになるのかという本研究の
だが,その昔,だんごづくりに腕をふるったお
中心課題である。このことを考えるなかで,
「米
ばあちゃんを先生に迎えたい」と締めくくられ
粉パン」作りの活動に着想を得た。
*12
ている。
たとえば,下の表1-1を見ると,昭和 40
まさしく,「教育の現代化」が叫ばれた昭和
年度と平成 19 年度を比較するだけで,いわゆ
中期と平成初期において,学校教育における総
る「コメ」の消費量は,およそ半減したことが
合的な学習の登場の必然性と重なるものを感じ
わかる。小麦の消費量の増加は少ない。
<表1-1>
年度
小麦などの消費量の推移(年間1人あたり供給潤食料)
穀類
うちコメ
うち小麦
肉類
(キログラム)
牛乳・乳製品 魚介類
油脂類
昭和40
145.0
111.7
29.0
9.2
37.5
28.1
6.3
昭和45
128.2
95.1
30.8
13.4
50.1
31.6
9.0
昭和50
121.5
88.0
31.5
17.9
53.6
34.9
10.9
昭和55
112.9
78.9
32.2
22.5
62.1
34.8
12.6
昭和60
107.9
74.6
31.7
25.1
70.6
35.8
14.0
平成2年
103.5
70.0
31.7
28.5
83.2
37.1
14.2
平成7年
102.0
67.8
32.8
31.3
91.2
38.2
14.6
平成12
98.5
64.6
32.6
28.8
94.2
37.2
15.1
平成13
97.1
63.6
32.1
27.7
93.0
38.7
15.1
平成14
96.0
62.7
31.9
28.4
92.9
37.6
15.0
平成15
96.0
61.9
32.6
28.2
93.0
35.7
15.0
36
平成16
95.2
61.5
32.3
27.8
93.9
34.6
14.4
平成17
94.6
61.4
31.7
28.5
92.0
34.4
14.6
平成18
94.2
61.0
31.8
28.1
92.2
32.8
14.5
平成19
95.0
61.4
32.3
28.3
93.0
31.9
14.4
(注)平成 19 年度は概算値
資料:農林水産省「食料需給表」
*14
こうした表をもとに思考する力は,PISA 型
ていること,工業用は昭和 55 年をピークに減
学力と言われるものの1つであるかもしれない
少していることがわかる表がある。しかし,
「生
が,小学校3年生の児童にとっては,表データ
産量」や「工業用」などの言葉の理解は,小学
を読み取ることは難しいことが予想される。も
校5年生の「社会科」の学習とパラレルに行わ
っと,コメと小麦の比較に限定をし,昭和 40
れることが最も望ましい。また,重さの単位も,
年度と平成2年度,平成 19 年度を比較できる
「トン」が出てくるのもその時期と重なること
「棒グラフ」等を作成すれば,表データをもと
から,実感を伴った理解を図ることができると
に考えを述べたり,議論を深めることは可能と
は,とても言えそうにない。
なる。なぜなら,小学校3年生では,「棒グラ
そのような他教科との関連を考えるべき総合
フ」の学習が行われ,理科で栽培したオクラや
的な学習の時間における教材提示には,学齢に
ホウセンカ等の観察記録を「棒グラフ化」する
応じた工夫や配慮が必要となるであろう。
等しているからである。しかし,農林水産省の
4.おわりに
「食料需給表」の細かいデータを,そのまま提
示することは出来ない。我々が得た情報は,学
本構想を実践は,2010 年2月に予定してい
習者に対して教材提示を行う際,なんらかの意
る。2010 年2月に授業を行い,仮説の生みだ
図をもって,計画的に提示することが肝要だか
し,2010 年5月以降,実践報告を行いたい。
らである。
[附記]
この他にも,農林水産省から刊行されている
「製粉工場実態調査」をみると,昭和 40 年に
本研究は,平成 21 年度科学研究費補助金・
比べ,パン用の小麦粉の生産量が,約2倍にな
奨励研究(課題研究番号:21908027,
っていること,めん用,菓子用の生産も増加し
研究代
表者:東徹哉)の支援を受けている。
*1 勝野眞吾他「小学生・わたしの健康」,文部科学省,2008
*2 文部科学省「食生活学習教材・『食生活を考えよう』-体も心も元気な毎日のために-
(学習ノート型のワークシートとなっている)
*3 日本子どもを守る会編「子ども白書 2008 -子どもの希望を育むアイディアの結晶 Part.2”いのち
の格差”が広がる中で-」2009,草土文化.
*4 農林水産省「平成 19 年度・食料需給表・大臣官房食料安全補償課」,2009.
*5 農林水産省「平成 19 年度・食品ロス統計調査報告・大臣官房統計部」,2009.
*6 小川正賢研究代表(平成 12 年)『「地域」の教育力を活かす総合的学習-河川流域の自然
・風土
・文化の野外博物館化-』平成9~ 11 年度文部科学省研究補助金・基盤研究(A)研究成果報告書,
pp.3-5.
37
-
*7 小川正賢(2001)「科学と教育のはざまで-科学教育の現代的諸問題-」,東洋館出版社,pp.31-36.
*8 陣田靖子(2009)『アトピーにも安心 100 %米粉のやさしいおやつ』社団法人家の光協会
陣田靖子(2008)『アトピーにも安心 100 %米粉のパン&お菓子』社団法人家の光協会
陣田靖子(2006)『アトピーにも安心 100 %米粉のパン&お菓子』社団法人家の光協会
多森サクミ(2009)『炊飯器で超かんたん
*9 パナソニック製ホームベーカリー
ふんわり米粉パン』社団法人家の光協会
http://panasonic.jp/bakery/
左記URL参照
*10http://store.shopping.yahoo.co.jp/glicofoods/2177.html
アレルギー情報(特定原材料 7 品目):使用していません。
原材料名:米粉、もち粉、グァーガム、乳化剤、酵素(原材料の一部に大豆を含む)
*11 服部静夫他(昭和 29 年初版-昭和 33 年改訂再版)『たのしい理科〔改版〕小学校理科』「1.パ
ンやビスケットはどのようにしてつくるか」大日本図書,PP.5-8.
*12 中央教育課程検討委員会・梅根悟委員会会長(1976)『教育課程改革試案~わかる授業楽しい授業
を創る』一ツ橋書房,pp.249-255.
*13 不確かな記憶であるが,2009 年9月に,大分県立図書館の書架にて紐解いた「農業白書 2008」よ
り知った内容である。小麦の生産は下がりながらも,余ると予測される「米粉」を使って食パンを
作ることはできないものか?というヒントを得た。ここが,「米粉パン」授業の着想となった。
*14 長尾精一・奥村哲夫・久保田肇・佐久間潤・清水弘和・柘植宣孝・長尾精一(2008 改
麦粉の魅力~豊かで健康な食生活を演出~』財団法人製粉振興会,資料提供
:農林水産省等,P.2
の〔表 1-1〕より転載
大臣官房食料安全補償課(2009)『平成 19 年度・食料需給表』農林水産省.(入手済)
■説明資料■
「食教育」と「ESD学習」をめぐるステークホルダーとの相乗学習的作用に期待
小売り・
スーパー
マスコミ
(農文協他)
製造メーカー(パナ
ソニック他)
(市・県)農
林水産(省)
社会
行政
工業
製粉メーカー(グ
リコ・日清他)
科学教育
市場・農協
教育委員会
市民レベルの科学文化振興
農家
農業
文部科学省
ESD
研究者
料理家
大学研究者
教科書
学校
子ども・
保護者
教師・実践者
図1-1
小川正賢氏「ステークホルダー図」参考
38
東徹哉(2009)改
訂版)『小
科教研報 Vol.24 No.2
小学校教師の専門性に関する事例研究:
植物園を活用した理科授業プログラム開発からの検討
Professional Skills in a Primary School Teacher:
A Case Study of Designing Usage of a Local Botanical Garden in a Science Program
三宅志穂 1,山田智尋 2,野上智行 3
MIYAKE, Shiho.1, YAMDA, Chihiro.2, NOGAMI, Tomoyuki.3
1
神戸女学院大学人間科学部,2 京都府宇治市立南部小学校,3 神戸大学名誉教授
1
School of Human Sciences, Kobe College., 2Nanbu Primary School, Uji City, Kyoto.,
3
Emeritus Professor, Kobe University.
[要約] 本研究では,地域にある植物園を理科で活用する授業プログラム開発した事例に基づいて,担
当教師が発揮した専門性について報告する。教師と著者らは博物館を活用した理科授業プログ
ラム開発を協同で行った。教師の PPK(Personal Pedagogical Knowledge)に着目し,本プロ
グラム開発実施後に行った教師へのインタビューなどを資料として,博物館等学校以外の場を
フォーマル教育の場で活用しようとする時に,教師が発揮したと考えられる専門性を抽出した。
その結果,理科カリキュラムに精通していることから生じる専門性,児童に長年接してきた経
験に基づく専門性,その地域に詳しい教師の経験から表れる専門性が見出された。
[キーワード]教師の専門性,博物館活用,小学校理科
1.研究の目的
は総合的な学習の時間に対応するもの
3)
であり,
理科ではあまりない。実際,中山ら 4),里岡ら 5)
本研究では,博物館等を活用した児童向け理科
学習プログラムを開発,実施する際に,小学校教
や寺田ら 6)によって報告されてきたような,理科
師が発揮する専門性について,実践事例に基づい
で博物館を活用した事例は中学校と高等学校に
て報告する。
おいて取り組まれたものである。さらに言えば,
近年,小学校の学習指導要領において,理科で
博物館職員による,児童向けの博物館活用に関す
博物館等を積極的に活用して,児童へ体験的な活
る提案はあるものの 7),小学校教師の主導による
動を提供することが推奨されている 1)2)。このこ
博物館活用を報告した事例はほとんどない。小学
とにより,小学校教師の博物館活用に対する力量
校教師の博物館活用に対する力量が今後問われ
が問われることになった。いわば,教師のもつ専
ることを踏まえれば,博物館等の活用事例に基づ
門性を活かした博物館活用とは何かということ
いて,現段階で発揮される小学校教師の専門性に
が問われているのである。
関する知見を蓄積していくことは不可欠と考え
しかし,これまで小学校教師が主導して理科で
られる。
博物館等を活用した事例に基づいて,教師によっ
そこで,本研究では,地域にある植物園を理科
て発揮された専門性についての検討は見られな
で活用する授業プログラムの開発事例に基づい
い。例えば,これまでに博物館等を活用した児童
て,担当教師が発揮した専門性について考察する
向け学習プログラムとして紹介されている事例
ことを目的とする。
39
2.研究の方法
ム開発の際に教師が発揮した専門性について,
1)調査
PPK という観点から整理する。
著者らは高知大学附属小学校教師の中城満氏
と協同して,植物園活用による理科授業プログラ
3.結果
ムの開発を行った。中城氏は,理科を専門分野と
プログラム開発において,教師が著者らと協同
し,勤続経験を 20 年もっているベテラン教師で
で実施したことは表1の(1)~(5)であった。
ある。また,高知県に在職する現職教師らで構成
表1.博物館を活用した理科学習プログラム開発
される高知県科学教育研究会の研究部長を務め
ており,地域で理科教育を牽引する立場にある。
過程
(1)活用する博物館等の選定
本研究では,理科授業プログラム開発を 2007
年 4 月から 2008 年 2 月にかけて行った。また,
(2)教科単元の選択とプログラム内容の検討
本プログラム開発で発揮される担当教師の専門
(3)教材の検討と準備
性について調査するために,期間中,著者らと中
(4)プログラム実施
城氏とで行ったミーティングなどで述べられた
(5)プログラム評価
内容を筆者らの一人はノートに記述し記録した。
さらに,植物園でのプログラム実施後,本プログ
まず,「(1)活用する博物館等の選定」と「(2)
ラム開発について,教師のもっていた意図や工夫
教科単元の選択と学習プログラム内容の検討」に
をインタビューした。インタビュー調査の日程は
ついて,教師が述べていたことをまとめると次の
2008 年 2 月 15 日で,約 60 分間にわたって実施し
ようになる。
「高知県立牧野植物園を理科授業で活用する場
た。インタビュー内容はボイスレコーダに記録さ
れた。
としたい。なぜなら,理科の単元に直接関わって
2)教師の専門性に関する検討に用いたフレーム
いる展示があるからである。特に 5 年生『受粉と
ワーク
結実』で扱いたい展示や資料(図書,ビデオ)が
Shulman8)によれば,教師がその職を通して獲得
あるので,単元計画に組み込みやすい。小学校か
する知識を PCK(Pedagogical Content Knowledge)
らの距離が近いので,学習プログラム開発のため
と位 置づける ことがで きる。ま た,
の調査がしやすい。児童を連れてくる交通の手段
Morine-Deshimer & Kent9)は,「(教師の個人的
が比較的容易に準備しやすい。市内,県内小学校
経 験 , 信 念 や 認 識 か ら 成 る ) PPK ( Personal
で認知度が高い 10)。」
Pedagogical Knowledge)は PCK の重要な構成要
なお,教師は本期間中,5 年生の担任であった。
「(3)教材の検討と準備」にあたって,教師か
素である」と指摘している。
教師が博物館といった学校以外の場をフォー
ら,活動時間の調整をしやすくするために,植物
マル教育の場として活用しようとする時に,反映
園にある展示解説パネル文章を穴抜きにしたワ
させる意図や工夫は,それまでに経験したことや
ークシート作成が提案された(表 2-a 下線部)。
獲得した信念に大きく依存する可能性がある。こ
著者らは小学校教師とともに植物園の下見に行
のことから,博物館を活用した理科授業プログラ
き,ワークシートに反映させたい展示,内容など
40
表2.プログラム開発における小学校教師の意図(インタビュープロトコルの抜粋)
a.
括弧抜きの言葉を順番に埋めていく活動がメインだったから,(中略)子どもにとっての活動
の量とか時間的なものとかを考えるとちょうどくらいだったかなという風に思っています。
b.
バインダーもね,便利ではありますけど,まぁ言い方が悪いけど,ガサツな子らはこうゆう紙
(普通紙)の状態にバインダーやっても,落としたりね,破ったりね,こうクシャクシャにした
りするんですよ,意外と。でもこうゆう(画用紙)形だったら,少々ガサツに扱っても耐久性も
あるし。
c.
意外とね,子どもってね,細かいところ見るんですよ。(中略)だからその辺はあまり忠実に
なりすぎて,ここ(ワークシートに記載された問い)で表したい内容がわかりにくくなってもい
けないし。でもまぁ子どももそうゆう細かいところもこだわって言うので。その兼ね合いという
のかそれが難しいんですけどね。非常に。(中略)実際にですよ,足が変とかって言うんですよ。
(ハチの足の節が)3本に折れちょかんといかん(折れているべき)とかね,物凄い詳しい奴が
おって。
d.
(ア)遠足とタイアップしてない活動というのは初めてなんですよ,実際のところ。だから,位
置的にも近いのであんなもんだと思いますけど,これまたちょっと佐川(地名。佐川地質館とい
う博物館がある)とかになってくるとたぶん終日かかると思いますよ。だからなんか(他の活動)
と抱き合わせとかでいかないとちょっとしんどくなってくると思うんですけど,(イ)まぁあの行き
帰りで授業時間の1時間で2時間が見学的な時間というのが一番一般的でしょうね。
e.
(インタビュワー:「今回の活動はしてみてよかったですか。」)
よかったですよ。だからやっぱり,時期的なものがあったのは残念は残念ですけど,すごい私
のクラスは活動自体は反応はよかったし,内容的にも僕は(理科単元の)発展的な学習として十分
位置づけることができる内容だったと思いますけどね。
fffffff
f.
一番惜しいなと思ったのは時期のことなんですよ。この(ワークシートに記載されている)キ
バナアキギリの本物が見えるのが6月~10月までって言ってましたかね。(中略)本来(「受粉と
結実」は)9月の単元なんで,10月くらいに実施するのがたぶん一番ベストだろうと思いますし,
そうなると,実際ワークシートに書き込んで、実際どうなのか見に行きましょうみたいになった
ときに,こうゆうようなスペースがあればですよね、キバナアキギリを実物を見て描いてみまし
ょうっていうページがあって,勉強したことと実際観察したことがリンクしてくるっていうワー
クシートが出来上がるかなぁって思いますけどね。
41
を話し合った。この際,植物園職員から展示物の
「(5)プログラム評価」については,児童へ植物
紹介や使い方,植物園にある教材などの情報が提
園での活動について著者らの作成したアンケー
供された。
ト調査を行った。なお,アンケート結果から,本
ワークシートは著者のひとりによって原案が
プログラムにおいて児童は概ね理科と結びつけ
作成され,プログラム実施の前日に教師によって
て植物園活動をできたという評価が得られてい
印刷と,児童への配布が行われた。ワークシート
る
原案は A4 版サイズで 3 枚あったが,児童に配布
れまで植物園を遠足で利用したことはあったも
されたワークシートは,B4 版サイズの画用紙の両
のの,理科で活用するのは初めてということを述
面に原案 3 枚が印刷され,児童のメモを記入する
べている(表 2-d 下線部(ア))。初めての経験で
箇所が設けられた(表 2-b)。なお,ワークシート
あったものの今回のプログラム開発によって,植
に関連して,教師はインタビューの中で,挿絵を
物園学習活動は理科単元の発展的な内容として
例にしながら,児童のこだわりについて著者らに
充分活用できると評価していた(表 2-e 下線部)。
助言した(表 2-c 下線部)。
その一方,教師は植物園での活動時期について,
11)
。また,インタビューにおいて,教師はこ
「(4)プログラム実施」は表 3 のスケジュールで
本調査を行った 2 月ではなく,ワークシートに記
展開された。表 3-(a)のビデオ教材は,下見の際
載され,展示パネルに解説のある「キバナアキギ
に植物園担当者から紹介されたもので,およそ 5
リ」という植物の咲いている時期である 10 月ご
分ほどの内容であった。教師は児童へ,ワークシ
ろにしたいという考えを表していた(表 2-f)。
ートのメモ欄箇所(半ページ)に,ビデオ教材か
ら学んだことを自由に記述させた(写真 1)。ま
た,展示館の自由見学時(表 3-b)にワークシー
トの穴埋式回答欄が使用された(写真 2)。植物
園での学習活動におけるスケジュールについて,
教師は,1 時間から 2 時間くらいで活動できると
都合がつきやすいという趣旨を述べていた(表
2-d 下線部(イ))。
表3.植物園での活動スケジュール
9:00 小学校から植物園へ移動
9:30 植物園到着
9:45 (a)ビデオ教材の視聴と植物園担当者
の紹介
10:00 展示館に移動
10:15 (b)展示館の自由見学
11:10 見学終了
11:30 植物園から小学校へ移動
12:00 小学校到着
42
4.考察および結論
註および引用文献
上記 3 で記述してきたことから,植物園を活用
1)文部省:小学校学習指導要領解説理科編平成
した理科授業プログラム開発の際に教師が発揮
11 年 5 月,2005,東洋館出版.
した専門性について,PPK という観点から抽出し
2)文部科学省:小学校学習指導要領解説理科編
整理してみると次のようになる。
平成 20 年 8 月,2008,大日本図書.
まず,植物園活動を単元の発展的内容ととらえ
3)例えば,以下のような報告がある。
ることや,開花した実物のある時期にあわせたい
村橋正実・宮脇亮介:学校と科学系博物館を
という教師の意識は,理科のカリキュラムに精通
つなぐ学習活動のあり方~総合的な学習の時間
した教師経験から生じる専門性と読み取れる。一
による児童の意識・行動の変容について~,第
方,児童の扱いやすいワークシート素材を適切に
56 回全国大会発表論文集,341,2006,日本理
選んだり,ワークシート上の挿絵に,特定の児童
科教育学会.
のもつ高い知識を満たすように反映すべきと指
4)中山迅・山口悦司・里岡亜紀:フィールド学
摘することなどは,児童に長年接してきた経験に
習を通して進める中学校と博物館の連携に関す
基づく PPK としてあげることができるだろう。
る事例的研究-宮崎県総合博物館の場合-,科学
この他,学校からの移動手段と時間,活動の場
教育研究,27(1),71-81,2003,日本科学教
としてふさわしい博物館の選定と活動時間の目
育学会.
安などは,その地域に詳しい教師の経験から表れ
5)里岡亜紀・中山迅・山口悦司・伊東嘉宏・串
る調整力という専門性にあてはまると解釈でき
間研之・末吉豊文・永井 秀樹:宮崎県総合博物
た。
館と連携した中学校における干潟の理科学習,
今後,さらに詳細な検討を重ねて,インフォー
科学教育研究,28(2),122-131,2004,日本
マルな場を活用する際に教師が発揮する専門性
科学教育学会.
について示唆を得ていきたい。
6)寺田安孝:博物館との連携による授業の実践
と課題,第 30 回年会論文集,495− 496,2006,
謝辞
日本科学教育学会.
本研究において,高知大学附属小学校の中条満
7)例えば,以下のような報告がある。
教諭,同校の児童,先生方には多大なご協力を得
松本朱実・小川博久:動物園の観察学習に向
た。ここに感謝の意を表す。また,本研究は,平
けた鳥の描画による動機づけ,第 56 回全国大会
成 20・21 年度文部科学省科学研究費補助金・基
発表論文集,164,2006,日本理科教育学会.
盤研究(A)「持続可能な社会のための科学教育を
小川義和・下条隆嗣:科学系博物館の単発的
具現化する教師教育プログラムの開発」(課題番
な学習活動の特性-国立科学博物館の学校団体
号 20240068,代表・野上智行)の援助を受けてい
利用を事例として-,科学教育研究,27(1),
る。
42-49,2003,日本科学教育学会.
43
8)Shulman, L.S.(1987) Knowledge and Teaching:
Foundations of the New Reform, Harvard
Education Review, 57(1),1-22,1987.
9)Morine-Dershimer, G.
& Kent, T.(1999) The
Complex Nature and Sources of Teachers'
Pedagogical Knowledge, Gess-Newsome, J.&
Lederman, N.G. (Eds.) Examining Pedagogical
Knowledge, Kluwer Academic Publishers,
21-50.
10)このことは,当教師が 20 年以上にわたる経
験をもっていたことから認識していたことであ
った。ただ,本研究を始めるに当たり,高知県
理科部会の教師に調査したところ,県内博物館
で教師の認知度が最も高かったのは高知県立牧
野植物園であると確認できた。
11)山田智尋,三宅志穂,中城満(2008)博学連
携による評価− ,第 26 回日本理科教育学会四国
支部大会発表論文集,11-12.
44
科教研報 Vol.24 No.2
定点観測映像の防災・気象教育における利用
Utilization of Fixed Observation Images for Disaster Prevention and
Meteorological Education
飯野直子,金柿主税
IINO, Naoko,KANAGAKI, Chikara
熊本大学,熊本県甲佐町立甲佐中学校/鹿児島大学
Kumamoto University, Kosa Junior High School/Kagoshima University
[要約]
「実感を伴った理解」や「探究的な学習」などのために身近な自然現象や地域素材の教材化が
必要であると考える.ここでは,熊本県内 5 ヵ所と鹿児島県桜島周辺 3 か所における簡便な定点映像観
測の方法と得られた映像データの概要や素材としての公開状況を示し,気象や天体の動き,火山活動・
防災などの教材としての利用可能性について検討した.
[キーワード]
阿蘇
桜島
噴煙
火山ガス
気象
1.はじめに
動画
アーカイブ
各観測地点における観測期間,映像の種類,シ
平成 20 年に小・中学校の学習指導要領,翌年
ステム,データ公開状況などを表1に示す.映像
に高等学校の学習指導要領が公示された.小学校
の種類は,VIS:可視画像,NIR:近赤外画像を
については目標に「実感を伴った理解」が加わり,
表す.システムは,A:デスクトップパソコンに
中学校については「活用」という視点及び「社会
USB カメラを接続,B:ノートパソコンに USB
との関連付け」がより明瞭になっている.高等学
カメラを接続,C:デジタルカメラ,D:ネット
校については「探究的な学習」を重視する改善が
ワークカメラである.公開状況は,mpeg:動画,
なされている.また,環境教育の充実を図る方向
A:1 時間 1 枚のアーカイブ画像公開,R:リアル
で改善されている[1-3].身近な自然現象や地域素
タイム公開,空欄:データ未公開を表す.地点
材の教材化が必要であると考える.
Ks の T/RH/P は気温/湿度/気圧を意味する.
ここでは,熊本県内と鹿児島県桜島周辺におい
て実施している定点映像観測の方法と得られて
いる映像データの概要および公開状況を示し,継
続的な観察が必要となる気象や天体の動き,火山
活動・防災などの教材としての利用可能性につい
て検討した.
2.観測方法とデータ処理
桜島周辺の3ヵ所と熊本県内5ヵ所の地上映
像観測システムの設置位置を図1に示す.図中の
地点名は,B:鹿児島市鴨池港付近,K:鹿児島
市錦江台,T;鹿児島県垂水市,As:阿蘇草千里,
Ku:熊本市黒髪,Hg:熊本市東町,Ks:熊本県
甲佐,Gs:天草市御所浦町横浦島を表す.
図1
45
システム設置位置
表1
地
点
B
観測およびデータ公開状況
期間
映像
シス
公開状況
テム
など
2007.8.262007.2.18-5.30
2008.8.3-
NIR
A
mpeg
VIS
B
mpeg,A,R
2007.2.18-(不定期)
NIR
B
mpeg
T
2007.12.42005.2.21-2006.6.12
VIS
B
mpeg,A
As
(断続的)
VIS
C
A
VIS
VIS
VIS
VIS
NIR
VIS
VIS
D
C
D
B
B
A
A
A,R
K
Ku
Hg
Ks
Gs
2009.5.52007.12.302007.12.302008.1.12008.1.272007.42004.4-2007.3
R
図2
R,T/RH/P
R(end)
桜島昭和火口付近のトップページ
3)鹿児島県垂水
1)鹿児島市鴨池港付近
垂水市役所の屋上階段 5 階踊り場(地点 T)に
地点 B では,デスクトップパソコンに 30 万画
は,地点 K と同様の観測システムを設置し,可視
素 CMOS センサ搭載の Web カメラ(Creative
映像を記録している.また,上述した 2 地点と同
VideoBlaster WEBCAM Plus)を接続し,原則
30 秒ごとに撮影した映像を外付けハードディス
様に,数カ月に一度データを回収し,噴煙活動の
クに記録している.撮影および記録は ListCam[4]
動画編集を行い,Web 公開するとともに,1 時間
に 1 枚の画像をアーカイブして公開している.
を使用して行っている.近赤外画像を得るために
IR-84 フィルタを装着している.数カ月に一度デ
4)阿蘇草千里
ータを回収し,気象庁の火山活動解説資料の桜島
阿蘇火山博物館(地点 As)では,2005 年~2006
の噴火活動に記載されている噴煙活動を中心に
動画編集を行い,Web 公開している[5](図2).
なお,観測システムや動画編集の詳細については
年に断続的に屋上にインターバル撮影機能付き
のデジタルカメラ(Casio G4wide)と外付け大容
量バッテリーを組み合わせたパッケージを設置
文献[6]に述べている.
し,1 時間に 1 枚の可視画像を撮影した.このパ
ッケージは AC 電源が不要なため,場所を選ばず
2)鹿児島市錦江台
地点 K の観測では,ノートパソコンに 130 万
屋外にも設置可能であるが,結露防止対策が肝要
画素の USB カメラ(Logicool QVX-13N)を接続
である.9;00,12;00,15:00 の画像をアーカイブ
し,可視映像をリアルタイム公開(図2の右の画
して Web 公開している[7](図3).なお,このシ
像)するとともに,10 秒ごとの映像をハードディ
ステムは離島火山の火口観測や真夏の炎天下で
スクに記録している.撮影や記録,ファイル転送
の運用実績もあり,数週間~1 カ月程度の稼働が
には ListCam を使用している.近赤外観測は不
確認されている.
2009 年 5 月から博物館展望スペースにネット
定期に行っている.地点 B と同様に,数カ月に一
度データを回収し,噴煙活動の動画編集を行い,
ワークカメラ(Panasonic BB-HCM515)を設置
Web 公開している.また,7:00~18:00 の 1 時間
して可視の映像観測を行っている.5 分毎の映像
ごとの可視画像をアーカイブしており,熊本大学
を収集し,そのうち 7:00~18:00 の 1 時間毎の画
の es サーバ上でデータ検索・閲覧が可能である.
像を検索・閲覧できる[8](図4)。
46
録している.システムは地点 K や T と同様であ
る.可視映像(Logocool QVX-13N)は 5:30~19:30
の 5 分ごとに,近赤外映像(Creative VideoBlaster
WEBCAM Plus に IR-76 フィルタを装着)は 5:30
~19:00 の 10 分ごとにハードディスクに保存し
ている.
7)熊本県甲佐
甲佐中学校(地点 Ks)では,ノートパソコン
に 35 万画素 USB カメラ(IO データ USB-CCD
CHAT)を接続し,リアルタイム公開するととも
図3
に,可視の映像を 10 分ごとに記録している.シ
デジカメパッケージによる阿蘇観測
ステムは地点 K などと同様である.ストロベリー
リナックス社 USB温度・湿度測定モジュール
USB-RH を用いて 10 分ごとに気温と湿度を測定
し,フリーソフトウェアと簡単な自作バッチ処理
によりリアルタイム公開とデータベース化を行
っ て い る [9] . 加 え て , お ん ど と り ( T&D 社
TR-73U)を用いて温湿度と大気圧データを 10 分
ごとに記録している.
8)天草市御所浦町横浦島
2004 年 4 月から 2007 年 3 月まで,御所浦北中
学校(Gs)では,デスクトップパソコンに USB
カメラ(IO データ USB-CCD CHAT)を接続し,
図4
阿蘇噴煙映像のデータベース
可視映像を 10 分毎に記録していた.システムは
地点 B と同様である.期間内は外部に向けてリア
5)熊本市黒髪
ルタイム公開するとともに,選択理科などでは,
熊本大学教育学部理科棟 3 階(地点 Ku)より,
校内 LAN を使用して,生徒がアーカイブされた
南の空の可視映像を記録している.デジタルカメ
撮影映像を使った授業が行われた.
ラ(2008 年 3 月 20 日までは Ricoh Caplio G4wide,
それ以降は Ricoh R8)は 30 分もしくは 1 時間ご
3.教材化の検討
とのインターバル撮影を行い,画像を蓄積してい
1)桜島観測映像の利用
る.ネットワークカメラ(AXIS 2120)映像はリ
噴煙は大気の動きを可視化している.その挙動
アルタイム公開するとともに,5 分ごとにアーカ
や周辺の大気環境は,風や大気状態に大きな影響
イブをしている.
を受けている.そこで,桜島噴煙動画や気象庁の
ホームページで公開されている鹿児島地方気象
6)熊本市東町
台による高層気象観測データ,環境省のホームペ
地点 Hg では,ノートパソコンに USB カメラ
ージで公開されている鹿児島市内の大気環境デ
を接続し,阿蘇方向の空の可視と近赤外映像を記
ータを用いて,気象や火山防災,大気環境に関す
47
る学習のための教材化が行えそうな事例を検討
した.その結果,2009 年 8 月 8 日は強風時の噴
煙・火山ガスの吹き降ろしによる高濃度 SO2 事象
の事例として,2009 年 6 月 17 日は並風時の噴煙
上昇と地表面火山ガス濃度の関係性,高層風の鉛
直シヤーによる噴煙の移流方向の高度による違
いを調べる教材として利用できそうであること
がわかった.その他,2009 年 4 月 9 日 15:31 の
桜島昭和火口の爆発的噴火に伴う噴煙の挙動は,
図 6 季節による日の出の違い
並風であったものの,2000m と 3000m 付近に逆
転層があったために噴煙の上昇が抑制され,低高
阿蘇草千里における 2009 年 5 月から 10 月まで
度の風の鉛直シヤーによって,噴煙が大きくねじ
の各月下旬(23 日もしくは 24 日)の 7:00 の可
れるように拡がって鹿児島市内を覆っていった
視画像を図 6 に示す.同一時刻における太陽の位
様子がよくわかった.境界層内における大気汚染
置を比べることによって,季節によって日の出の
物質の拡散の教材としても利用できると思われ
時刻などが変化することを視覚的に捉えること
る.なお,2009 年 4 月 9 日の鹿児島市内の大気
が可能である.
状況の詳細については文献[10]で述べている.
4.おわりに
今後は観測を継続して映像の蓄積を進めると
2)熊本における観測映像
ともに,観測地点や観測要素の追加や教材開発を
熊本県内で得られた観測映像は,阿蘇草千里に
行っていく予定である.
おける映像を除いて噴煙の影響がないため,気象
や大気の様子がよくわかる.また,デジタルカメ
謝辞
桜島映像観測システムの設置について,垂水市役
所と木下紀正鹿児島大学名誉教授に感謝いたします.
阿蘇火山映像観測は,熊本大学・阿蘇火山博物館・
包括的連携協定事業の一環として行っています.阿
蘇火山博物館のご協力に感謝いたします.本研究の
一部は文部科学省科学研究補助金若手(B)21700791
の助成を受けて行っています.
ラのインターバル撮影機能を使って撮影した画
像には夜間の画像も含まれるため,月が写ってい
る場合があった.熊本市黒髪における 2008 年 12
月 2 日の 30 分毎の南の空の時系列可視画像を図 5
に示す.12 時以降の画像に太陽が沈んでいく様子
が捉えられており,17 時過ぎからは月齢 4 の月が
沈んでいく様子が捉えられていた.小学校第 6 学
参考文献(URL は 2009 年 10 月現在)
[1] 文部科学省(2008)「小学校学習指導要領解
説理科編」.大日本図書.105. [2]文部科学省(2008)
「中学校学習指導要領解説理科編」.大日本図
書 .149. [3] 高 等 学 校 学 習 指 導 要 領 解 説 理 科 編
(2009).http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/
[4]http://www.clavis.ne.jp/~listcam/index_j.ssi.
[5]http://es.educ.kumamoto-u.ac.jp/volc/sakushowa/
[6]飯野・金柿(2008)桜島火山デジタルコンテンツ
の作成.「熊本大学教育学部紀要」. 自然科学 57.
33-41.[7]http://arist.edu.kagoshima-u.ac.jp/volc/aso/.
[8]http://es.educ. kumamoto-u.ac.jp/volc/aso/.
[9]http://es.educ.kumamoto-u.ac.jp/museum/midorika
wa/. [10]飯野・金柿(2009)桜島昭和火口噴火の噴煙
拡散-2009 年 4 月 9 日鹿児島市の大気状況-.「第 50
回大気環境学会年会講演要旨集」.331.
年に新設された「月と太陽」の教材として利用で
きると思われる.
図 5 2008 年 12 月 2 日の 30 分毎の画像
48
科教研報 Vol.24 No.2
空気の膨張に関する子どもの認識
Children’s cognition on the expansion of the air
都甲歩未
森藤義孝
TOKO, Ayumi
MORIFUJI ,Yoshitaka
福岡教育大学大学院
福岡教育大学
Graduate School, Fukuoka University of Education
Fukuoka University of Education
[要約]個々の事物・事象は特定の解釈や行動を喚起するアフォーダンスを持つ。そのため,適切な理科
授業を実践していくには,教師が意図する科学概念を容易にアフォードしてくれる実験道具や実験状況
の見極めが必要となる。そこで,本研究では,アフォーダンスのアイデアを基礎に据え,小学校第4学
年の学習内容である「温度と空気の体積変化」を取り上げ,「空気の膨張」を適切にアフォードする可
能性がある3種類の実験道具を用い,それぞれの実験道具によって実際にいかなる解釈がアフォードさ
れるのかを明らかにするよう試みた。
[キーワード]アフォーダンス,解釈,小学生,膨張,空気
1.はじめに
とができる実験道具や実験状況を明らかにした
学習者を取り巻く環境の中のあらゆるものは
いと考えた。
アフォーダンス(affordance)を持ち,あらゆる
ところで,平成 20 年告示の小学校学習指導要
道具は何か特定のことをアフォード(afford)す
領解説理科編によると,当該単元における学習の
るように作られている。道具について,D. A.
ねらいは,「空気を温めると,空気の体積が膨張
Norman は,どのような行為を行うことができる
すること」を捉えさせることであると規定されて
のかが「わかるように」デザインしておくことや,
いる。小学校理科の教科書を発行している6社は,
何をアフォードしているのかがよく「見えるよう
温度上昇に伴う空気の膨張を捉えさせるための
に」しておくことの重要性を指摘している。この
実験道具として,へこんだピンポン玉,へこませ
ことは,理科授業の中で取り上げる実験道具や実
たマヨネーズやペットボトルの容器,試験管に石
験状況についても当てはまる。すなわち,提示さ
鹸水の膜をつけたものやゴム栓をつけたもの,注
れる道具や状況の種類によって,適切な解釈や行
射器の先にゴム栓をつけてピンチコックで閉じ
動がアフォードされることがあるし,不適切な解
たもの,あるいは,フラスコに栓や風船をつけた
釈や行動がアフォードされることもあると考え
ものなどを取り上げている。この中で,比較的多
られるのである。このように,アフォーダンスの
く取り上げられている実験道具は試験管であり,
アイデアを踏まえるならば,効果的な理科学習を
試験管の口に石鹸水の膜をつけて温めるといっ
成立させる前提として,教師が導入を意図する科
た実験状況が標準的に用いられている。しかし,
学概念を容易にアフォードしてくれる実験道具
試験管を用いる状況は,子ども達に対して,空気
や実験状況を見極めていくことが必要不可欠で
の膨張ではなく,空気の上昇をアフォードする傾
あると言えるであろう。
向にある。これは,試験管が高さを強調する道具
そこで本研究では,アフォーダンスのアイデア
であること,そして通常,試験管の底の部分が温
を基礎に据えながら,第4学年の学習内容である
められ,その反対に位置する口につけた石鹸水の
「温度と空気の体積変化」を取り上げ,温度上昇
膜の部分の変化のみが可視化されてしまうため,
に伴う「空気の膨張」を容易にアフォードするこ
試験管の底から口への移動,すなわち,空気の上
49
調査時期は 2009 年 9 月 10 日であり,調査対象
昇という解釈がアフォードされやすいからであ
は,福岡県内の小学校第3学年 6 クラス 207 名と
る。
そこで,理科授業においては,試験管を取り上
第5学年 6 クラス 223 名の児童である。第3学年
げる前に,温度上昇を伴う空気の膨張を容易にア
の児童は,当該単元を履修する前であり,第5学
フォードさせることができる実験状況を提示し,
年の児童は,履修した後であった。
膨張といった解釈を確実に成立させておくこと
2)調査方法
が必要不可欠であると考えた。温度上昇に伴う空
調査では,各学年の児童を3グループに分け,
気の膨張という解釈をアフォードしやすい実験
それぞれのグループに対して,
「ビニール袋」,
「ピ
道具の候補としては,空気を閉じ込めることがで
ンポン玉」,
「マヨネーズの容器」のいずれか1つ
き,なおかつ均一な材質でできており,しかも長
の実験状況に関わる課題を課すこととした。調査
さや高さが強調されないものが考えられる。本研
では,後に掲載している資料のような質問紙を配
究においては,空気を閉じ込め,一部分をへこま
布し,質問紙に示されている実験状況を撮影した
せた「ビニール袋」,
「ピンポン玉」
,
「マヨネーズ
動画を提示しながら回答を求めることとした。
の容器」を取り上げることとした。
例えば,「ビニール袋」のグループには,しぼ
んだビニール袋をお湯で温める前の状況を動画
2.研究の目的
で観察させ,これからお湯につけると,しぼんだ
本研究では,「しぼんだビニール袋を温める」,
ビニール袋がどうなるのかを考えさせ,そこでの
「へこませたピンポン玉を温める」
,
「へこませた
予想を質問紙に記入させた(以下,ビニール袋の
マヨネーズの容器を温める」の3種類の実験状況
予想と呼ぶ)。その後,しぼんだビニール袋がふ
を設定し,それぞれの場合にどのような解釈がア
くらむという状況の変化を動画で確認させ,なぜ
フォードされるのかを明らかにすることとした。
そのようになったのかについての説明を質問紙
また,これらの実験状況についての解釈を提出
に記入させた(以下,ビニール袋の説明と呼ぶ)
。
させた後に,試験管の口に石鹸水の膜をつけて温
その上で,全グループの共通課題である試験管の
める実験状況についての解釈を引き出し,解釈の
状況について考えさせた。ここでは,ビニール袋
一貫性がどの程度まで認められるのかを明らか
の時と同じように,試験管の口に石鹸水の膜をつ
にすることとした。例えば,ビニール袋と試験管
けてお湯で温める前の状況を動画で観察させ,温
の各状況での解釈が同じであれば,一貫した解釈
めると石けん水の膜がどうなるのかを考えさせ,
を行っているということになる。その解釈が適切
そこでの予想を質問紙に記入させた(以下,試験
な解釈であるか否かは別とし,一貫した解釈がみ
管の予想と呼ぶ)。その後,石鹸水の膜がふくら
られるのであれば,上昇をアフォードしやすい試
むという状況の変化を動画で確認させ,なぜその
験管の前に別の実験状況を提示し,妥当な解釈を
ようになったのかについての説明を質問紙に記
喚起しておくことで,試験管を取り上げた際にも
。同様に,
入させた(以下,試験管の説明と呼ぶ)
妥当な解釈が可能になると考えたのである。
「ピンポン玉」グループもへこんだピンポン玉を
使った状況について考えさせた後,試験管を使っ
最後に,試験管を用いた際にも膨張の解釈をア
フォードしやすくするためには,3種類の中のど
た状況について考えさせた。
「マヨネーズの容器」
の実験状況を試験管の前に提示するとよいのか
グループもへこませたマヨネーズの容器を使っ
を明らかにすることとした。
た状況について考えさせた後,試験管を使った状
況について考えさせた。
このように,本研究においては,グループ別課
3.研究の方法
題の予想→説明→試験管課題の予想→説明とい
1)調査対象および調査時期
50
う流れで調査を行った。
表1
予想段階の着目点(第5学年)
ビニール袋
ピンポン玉
マヨネーズの容器
n=74
n=75
n=72
内側
44
56
53
4.結果と考察
まず,実験状況のどこに着目し,何がアフォー
ドされているのかについての結果を表1および
出入り
16
7
8
表2に示した。予想段階に実験状況のどこに着目
外側
6
8
10
しているのかについては,内側,出入り,外側,
解読不能
2
2
0
解読不能,無回答の5つに分類することとした。
無解答
6
2
1
たとえば,空気の膨張,空気の移動など実験道具
表2
の内側に着目している子どもの解釈は内側に分
予想段階の着目点(第3学年)
ビニール袋
ピンポン玉
マヨネーズの容器
n=68
n=69
n=68
内側
9
15
19
出入り
21
15
16
外側
17
9
17
解読不能
2
3
1
無解答
19
27
15
類した。空気の外側から内側へ,内側から外側へ
の浸入など実験道具を通した出入りに着目して
いる子どもの解釈は出入りに分類した。お湯など
実験道具の外側に着目している子どもの解釈は
外側に分類した。
調査の結果,履修後である第5学年では,どの
実験道具に対しても,内側に着目している子ども
が多く見られた。履修前である第3学年では,ど
表3 予想段階のアフォーダンス(第5学年)
の実験道具についても,特定の着目点が多いとい
ビニール袋
ピンポン玉
マヨネーズの容器
うことは言えず,着目点を絞り込めない状況にあ
n=44
n=55
n=53
ることが明らかにされた。では,予想段階で実験
膨張
30
28
39
道具の内側に着目した子ども達は,どのような解
移動
8
18
8
釈をアフォードされているのかについて指摘し
解読不能
6
10
6
たい。表3および表4に示すとおり,子ども達の
表4 予想段階のアフォーダンス(第3学年)
解釈は,空気の膨張,空気の移動,解読不能の3
ビニール袋
ピンポン玉
マヨネーズの容器
n=9
n=15
n=19
膨張
1
1
4
移動
3
6
3
解読不能
5
8
12
つに分類された。たとえば,空気の移動の解釈に
は,上方向への空気の上昇やあらゆる方向への空
気の移動が含まれている。
履修後である第5学年では,3種類のどの実験
道具でも膨張の解釈が多く見られた。第3学年で
は,どの実験道具についても,相対的に,膨張の
いう解釈がアフォードされにくい傾向にあると
解釈がアフォードされにくい傾向にある。第3学
推察される。
年の児童は,空気についての公的な学習経験がな
次に,解釈の一貫性がどの程度まで認められる
く,空気との関わりが日常生活での経験しかない
のかについて指摘したい。ここで,
「ビニール袋」,
ため,空気についての明確な概念が構成されてい
「ピンポン玉」,
「マヨネーズの容器」の実験状況
ないのかもしれない。表2において出入りに分類
の説明段階における解釈が「試験管」の実験状況
される子ども達が比較的多く見られることから
の予想段階で適用されていれば,一貫した解釈を
すれば,子ども達は,空気とは目に見えないもの
行っていると見なすことができる。表5から,履
であり,動くものであるというイメージを持って
修後である第5学年では,解釈の一貫性が半数以
いると考えられる。そのため,空気が膨張すると
上に認められる。また,履修前である第3学年で
51
も,ある程度は一貫性が認められるようである。
した解釈がある程度認められたが,試験管につい
つまり,第3学年からでも連続する場面で一貫し
ては,空気の膨張がアフォードされにくいことが
た解釈を適用し続ける子どもがある程度は存在
示唆された。試験管についても空気の膨張がアフ
すると考えられるのである。したがって,適切な
ォードされやすくなるように,実験道具や実験状
解釈をアフォードしやすい実験状況を試験管の
況のさらなる工夫を図っていく必要があると考
実験状況を取り上げるよりも前に提示しておく
える。
ことは,有効であると考えられる。
最後に,試験管で膨張の解釈をアフォードしや
引用文献
すくするために,3種類の中のどの実験状況を試
(1) 佐々木正人(1995)『アフォーダンス―新し
験管の前に提示するとよいのかについて指摘し
い認知の理論』岩波書店
たい。試験管の予想の段階で「膨張」の解釈をし
(2) D. A.ノーマン 野島久雄訳(1990)『誰のた
ている子ども達の割合を表6に整理した。履修前
めのデザイン?-認知科学者のデザイン原論』新
である第3学年では,どの実験状況についても,
曜社
試験管の予想の段階で,膨張の解釈は多くは見ら
(3) 文部科学省(2008)『小学校学習指導要領解説
れない。履修後である第5学年でも,膨張の解釈
理科編』大日本図書
が多く見られるとは言い難い状況にある。試験管
の前の状況まで膨張の解釈は維持されているが,
試験管を用いる実験状況に出会うと,膨張の解釈
試験管では,膨張という解釈がアフォードされに
くい傾向にあると考えられるのである。
5.おわりに
学習者は,無意識的に環境の中の特定の情報に
着目してしまう。そこで,すべての学習者に適切
な解釈をアフォードさせることができるように
実験道具や実験状況を見極めていくことが教師
に求められている。今回,二つの実験状況で一貫
解釈の一貫率
第3学年
第5学年
ビニール袋
→試験管
34%
64%
ピンポン玉
→試験管
32%
57%
43%
51%
マヨネーズの容器→試験管
表6 試験管予想段階における膨張の解釈の割合
第3学年
第5学年
ビニール袋
→試験管
4%
32%
ピンポン玉
→試験管
1%
44%
3%
44%
マヨネーズの容器→試験管
予想段階と説明段階で使用した質問紙
の例
を維持しきれなくなっているようである。つまり,
表5
資料
52
科教研報 Vol.24 No.2
理科学習における言語活動の充実に関する研究
―中学校第 1 分野「圧力」単元を中心として―
A study about the substantiality of the language in the science learning
-Mainly on a field of the first junior high school "pressure" unit-
川上泰司
花村幸次郎
(A)
KAWAKAMI, Taiji
福岡教育大学・院
坂本憲明
(B)
HANAMURA,Kojiro
SAKAMOTO,Noriaki(C)
宮若市立若宮中学校
福岡教育大学
Graduate School of Education,Fukuoka University of Education(A)
Wakamiya junior high school(B),Fukuoka University of Education(C)
[要約]本研究では,理科授業で使用する科学用語に対する子どもの認識を深化・拡充するための授業
方略として,Hashweh,M.Z.の概念変容モデルを具体的な単元に当てはめた授業の計画・実践を
行う。そして授業における子どもの概念がどのように変容するかを調査することを目的とする。
子どもの概念の変容についての調査として,授業前後の子どもの概念を質問紙法によって明ら
かにし,それらを比較・分析する。さらに,子どもの学習に対する意欲を,運勢ライン法を用
いて明らかにし,提示事例が子どもの概念の変容にどのような効果を与えるかについての検証
を行う。この結果から,子どもの科学用語に対する認識の変容に対する Hashweh のモデルを適
用した理科授業について検証する。
[キーワード]言語活動の充実,概念の適用範囲,境界事例,授業研究
Hashweh,M.Z(1986)2)は,学習者の概念変容を
1.はじめに
現在,日本の理科に関わる学力として,OECD
図るためのモデルを提示している。ここで,概念
による PISA 調査の結果等により,思考力・判断
変容を有意味に図るためには,概念の適用範囲の
力・表現力,及び,知識・技能を活用する問題に
境界にあたる事象の提示によって生じた認知的
課題があることが指摘されている。
葛藤を解消することが必要とされ,さらに新たな
この結果を受けて,平成 20 年に改訂された学
概念が適用範囲を明確化することで,統合的に説
習指導要領では,基礎的・基本的な知識・技能を
明可能になることが重要とされている。
活用して課題を解決する上で必要な思考力,表現
そして,概念の境界を画定(demarcation)して
力,判断力を育むために,観察・実験,レポート
いくプロセスによって知識の再構造化が図られ
の作成,論述などの学習活動の充実が述べられて
るとして,学習場面における知識の適用範囲をよ
1)
いる。 また,その基盤となるのは,言語に関す
り明確にする必要性があると指摘している。
る能力であり,各教科において言語活動の充実が
このように,子ども自身が認知的葛藤から,概
必要であると指摘されている。その中でも,理科
念の妥当性を再認識させる機会を与えることに
学習における「ことば」を重視した教育として,
よって,より科学的な概念を獲得していくといっ
授業で使用する科学用語に対する子どもの認識
た学習のアプローチは,学習指導要領の基本方針
の実態を探りながら,ことば(概念)に含まれる
のひとつである「科学的な概念を使用して考えた
意味の共通性(内包)と事例への適用範囲(外延)
り説明したりする学習活動」の充実を図る上でも,
を定めていく学習を構想することは重要である。
意義深いものであると考えられる。
53
2.Hashweh の認知的再構造化モデル
4.Hashweh のモデルの授業への適用
これまで理科教育研究において,構成主義的な
(1)「花」における具体的な事例
アプローチによる様々な先行研究が行われてき
これまでの研究で,中学校第 2 分野「花」単元
た。本研究では,その 1 つである Hashweh が提
に Hashweh のモデルを適用した授業(図 2)を実
唱したモデルを中心に取り扱う。
践し,境界事例の提示が概念の変容に及ぼす効果
について検証を行った。
Preconception
Conflict(2)
Scientific Conception
(C1)
C1
(C2)
World
C2
Conflict2
花のつくり(順序性)
花には必ずめしべ、おしべがある
めしべ、おしべ、花弁、がく
(花は植物体の生殖器官)
of
world
ideas
of
Conflict1
ideas
Real
world
R1
R2
real
R3
world
アブラナ
ドクダミ
野菜・果物
R2
R3
ツツジ
図1
Hashwehの認知的再構造化のモデル
R1
Hashweh(1986)によれば,学習者は,自身が
図2 「花」単元におけるHashwehのモデルの適用例
ある特定の領域であるプロトタイプ(R1)に対し
図 3 は「花」単元において実践された授業の学
て作り上げた概念(Preconception:C1)を学習前に
習の展開を示している。
予め所持している。この概念の適用範囲をゆさぶ
花のつくりを共通了解とし,その境界事例とし
るような事例(R2)を提示することで,C1 と R2
の間に,葛藤(Conflict(1)
)を引き起こす。さら
(1)学習前の実態・既習知識等の確認
に,R2 を説明可能な科学的な概念 (Scientific
〈焦点化1〉
(2)花の典型事例の共通理解(H.21.7.6)
Conception:C2)の提示により,学習者の所持して
〈焦点化2〉
いる C1 と新概念である C2 との間に葛藤(Conflict
(3)境界事例(ドクダミ)の提示(H.21.7.8)
(2)
)を引き起こす。この 2 つの葛藤が解消され
ることで,新たな概念が獲得され,その適用範囲
(4)花のはたらき・植物の分類(H.21.7.9)
が拡大(R3)し,より統合的なものになる。この
図3 「花」における授業展開
ような学習の展開によって学習者の概念の適用
てドクダミを提示することにより,花には必ずめ
範囲を画定(demarcation)していくプロセスこそ
しべとおしべがあることを強調し,「花は植物体
が知識の再構造化を促す要因であり,学習者の概
の生殖器官である」ということに焦点化すること
念の適用範囲を明確化し,学習者の概念の境界事
をねらいとした。
例として適切な もの を提示 する必要があ ると
図 4 は,ある生徒の授業前後のコンセプトマッ
Hashweh は述べている。
プの変容の様子である。
授業前
授業後
3.研究の目的
たね
本研究では,中学校理科第 2 分野「花」単元及
茎
び第 1 分野「圧力」単元において,Hashweh の認
花びら
知的再構造化モ デルを適用 した 授業展開 の計
がく
画・実践を行い提示事例が子どもの概念の変容に
及ぼす効果について検討することを目的とする。
54
たね
花
根 茎 葉
花
柱頭 めしべ
根 葉
めしべ おしべ
種子 実
受粉
おしべ
花びら がく
子房
胚珠 受粉
種子
実
花粉
虫 風
図4 コンセプトマップによる花の概念(内包)の変容
この事例から生徒の概念が科学的なものへと
C1
C2
空気があれば、大気圧が
はたらく
変容し,より統合的な概念が構造化されているこ
空気があれば、大気圧が
はたらく
Conflict2
world 真空は物体を引き付ける
力がはたらく
of
とが示唆される。
空気がなければ,大気圧
ははたらかない
ideas
図 5 は,生徒の花の認識の調査結果である。
Conflict1
授業前後で花と認識する割合の変容
real
真空
サクラ
world
ストロー
真空
オオオナモミ
学習前
吸盤
真空状態
R1
学習後
R2
R3
図6「圧力」単元におけるHashwehのモデルの適用例
オオバコ
まず,大気圧によってつぶれたアルミ缶の実験
マツ
から,空気があれば大気圧がはたらくことを実感
0%
20%
40%
60%
80%
100%
する。しかし,それと同時に,真空になれば物体
図5 花の適用範囲の拡大
を引き付けるといった概念(C1)を所持している
授業前に比べて授業後では,生徒が「花である」
と考えられる。次に,ピストンにはたらく力を調
と認識する割合が増加している。このことから,
べる実験を行う。真空の場合,ピストンを引く量
生徒の概念の適用範囲の拡大がみられる。
に関わらず,内部の大気圧は 0 であるため,ピス
トンを引く量にかかわらず,戻ろうとする力は一
(2)圧力における具体的な事例
定である(R2)
。ここで,R2 の説明において,C1
3)
進藤,麻柄,伏見(2006) は誤概念の修正に
の限界が生じる(Conflict1)。ここで,ピストンに
有効な反証事例の使用方略として「融合法」を用
内部に引き寄せられる力がはたらいているので
い,大学生を対象とした大気圧に関する誤概念
はなく,外からの大気圧を受けていることに焦点
(真空が物を吸い寄せる力を持つという概念)の
化することにより,「空気があれば必ず大気圧が
修正に関する調査を行っている。そのような誤概
はたらく」
,また,
「真空では大気圧がはたらかな
念を修正するために,有効であるとされる融合法
い」という科学的な見方(C2)による説明を図る。
の学習プロセスの特徴は,学習の初期段階に誤概
(但し C1 と C2 間に Conflict2)。さらに C2 を日
念を持っていることを学習者が自覚させること
常生活において大気圧がはたらく事例(R3)に適
で,解決すべき問題を明確化することで,適切な
用範囲を広げていくことで,概念の定着を図る。
属性への着目がしやすく,解決すべき問題と後続
ここで,「花」における授業をもとに計画した
の学習が結びつきやすくなり,理解がされやすい
「圧力」での授業展開を図 7 に示す。
といったことが挙げられる。ここで,誤概念の自
学習前の大気圧に対する知識等の確認
覚を促す発問や解説,あるいは提示する事例にお
質問紙1
いて適切なものを選択することは,Hashweh のい
大気圧の存在に焦点化
う概念の境界の画定(demarcation)における境界
ピストンによる大気圧の実験(希薄状態)
事例の設定につながるといえる。
この進藤(2007)での研究における発問や提示
ピストンによる大気圧の実験(真空状態)
事例,
および,
これまでの
「花」
単元にける Hashweh
日常における事例への適用範囲の拡大
のモデルの適用例をもとに,本研究では中学校第
質問紙2
1 分野「圧力」単元での Hashweh のモデルの適用
運勢ライン法
図7 「圧力」における授業展開
。
を試みた(図 6)
55
①大気圧に関する既習知識の調査
な学習のプロセスは子どもの科学的なことばの
授業前の生徒の大気圧に関する概念を質問紙
深化・拡充を図るための有効な方略であると仮定
によって調査する。また,日常生活における大気
できる。また,学習者の実態,認知的葛藤を引き
圧に関係する事例を選択させ,どのように大気圧
起こし概念の変容を促すことに適した提示事例
がはたらいているかを説明させる。
の選択,学習者自身に概念の変容を自覚させるこ
②大気圧の存在に焦点化する実験
とは,科学的な概念の獲得に大きく寄与する要因
大気圧でアルミ缶をつぶす実験を行い,空気が
の 1 つであると示唆できる。授業計画において,
あれば大気圧がはたらくこと,逆に空気がなけれ
中学校理科第 2 分野における事例は可視的なもの
ば大気圧がはたらかないことに焦点化する。
が多く,境界事例を具体的に設定することが比較
③ピストンによる大気圧の実験1(希薄状態)
的容易である。一方第 1 分野における多くの事例
ピストンの内部に空気を入れた状態でピスト
は,実物を可視することができないものであるた
ンを引く実験を行う。その結果から,ピストンに
め,提示事例の設定が困難である。従って,授業
はたらく力を考察させ,生徒の概念を調査する。
展開の冒頭にプロトタイプ(R1)を設定し,事例
④ピストンによる大気圧の実験2(真空状態)
を説明させることによって C1 を作り上げる必要
ピストンの内部を真空にした状態でピストン
があると考えられる。今後の課題として,子ども
を引く実験を行う。その結果から,ピストンには
の概念の変容のようす,あるいは提示事例が子ど
たらく力を考察させるとともに,空気があれば大
もの概念の変容に与える影響を判断するための
気圧がはたらくこと,また真空では,大気圧がは
調査・評価方法の検討,他単元における境界事例
たらかないことを再度説明し,理解の定着を図る。
や発問系列の考案といったことが挙げられる。
⑤概念の適用事例の拡大
なお,本研究で計画した授業は 2009 年 11 月上
日常生活において大気圧に関係する事例に対
旬に福岡県 T 中学校 1 年生 164 名を対象に実践,
してどのように大気圧がはたらくかを説明させ,
調査を行う予定である。調査方法としては,生徒
生徒のことばの広がりを調査し,授業前との比較
のことばの変容をとらえるため,質問紙を用いて
を行うことで,大気圧の学習を通しての概念の変
授業前後で大気圧に関する概念の調査を行い,
容を生徒自ら実感できる機会を提供する。
R.T.White( 1)による知識の構成要素を用いて分類
し,比較する。また,提示事例が生徒の学習に与
5.おわりに
える効果について,境界事例を提示したときに,
理科の学習においては,単に教科書通りの展開
生徒の学習意欲がどのように促進されるかを,運
に終始するのではなく,子どものもつ日常的な概
勢ライン法を用いての分析を行っていきたい。
念の適用範囲の境界に位置する事例の提示を行
うことで,子どもの概念をゆさぶり,そこからよ
り科学的な概念に迫るといった学習展開が重要
である。これは,知識の再構造をより促すことに
寄与し,科学に対することばの充実に対して有効
であると考えられる。今回の授業では,子どもの
もつ真空の概念をゆさぶるような境界事例を提
示することで,子どもが自らの概念を再認識し,
認知的葛藤の解決の過程で大気圧に関する知識
の再構造化を図ることがねらいである。このよう
56
引用文献
1)文部科学省中学校学習指導要領解説総則編,大日本図書 pp.1-8
2)Maher Z.Hashweh(1986)
『Toward an explanation of conceptual
change』European Journal of Science Education,vol.8,No.3,pp.229-249
3)進藤聡彦,麻柄啓一,伏見陽児(2006)『誤概念の修正に有効な
反証事例の使用方略 ―「融合法」の効果―』教育心理学研究,
第 54 巻,pp.162-173
参考文献
(1)R.T.White(1990)『子どもたちは理科をいかに学習し教師は
いかに教えるか』東洋館出版社.
(2)Richard White,Richard Gunstone 中山迅・稲垣成哲(1995)『子
どもの学びを探る』東洋館出版社
<付記>
本研究は,
(財)博報児童教育振興会「第 4 回 ことばと教育 研
究助成事業」による支援を受けて実施されたものである。
科教研報 Vol.24 No.2
電磁環境教育のための教材研究と短期大学における実践
A study of teaching materials for electromagnetic environmental education
and a practice in a junior college
笠置 映寛*
蔦岡 孝則**
畠山 憲一***
TSUTAOKA, Takanori**
KENICHI, Hatakeyama***
KASAGI, Teruhiro*
*
別府溝部学園短期大学ライフデザイン総合学科
*
Department of Life Design, Beppu Mizobe Gakuen College
**
広島大学大学院教育学研究科
**
Graduate School of Education, Hiroshima University
***
兵庫県立大学大学院工学研究科
***
Graduate School of Engineering, University of Hyogo
[要約] 電磁波および身の回りの電磁環境に対する認識を高めるための実験教材として、電波
吸収体を利用した電磁波実験と IH クッキングヒーターから輻射される電磁波の測定実験に
ついて検討を行った。電磁波実験は、教育用電波実験機および電波吸収体を使用した電磁波
の透過、反射実験を通して、材料によって電磁波を遮蔽するものと透過するもの、さらには
吸収するものがあることを学ぶものである。電磁波の測定実験は、卓上型 IH クッキングヒ
ーターからの電磁波をスペクトラムアナライザで測定することにより、身の回りに電磁波が
存在することを認識させることを目的としている。さらに、検討を行った実験教材を用いて
短期大学生に対し授業実践を行った。その結果、電磁波に関する実験に興味を持つことがで
き、身の回りの電磁環境を認識することに寄与することがわかった。
[キーワード] 電磁環境教育, 電波吸収体, 電磁波測定
1. はじめに
の理解を促すための実験教材の検討を行ってき
身の回りには、自然現象、人工システムを発生
た
4, 5)
。その中で、電磁遮蔽技術の一つである電
源とする様々な種類の電磁波が存在しており、そ
波吸収体を利用した実験教材の検討、そして、身
れらが電磁環境を構成している 1)。近年、携帯電
の回りに存在する電磁波の測定実験に関する基
話やデジタル電気通信機器などの急速な普及に
礎的な検討を行ってきた。本研究では、上記実験
より、電磁環境が大きく変化しており、電磁干渉
教材について、授業実践に向けさらなる検討を行
による機器の誤動作や、電磁波の人体への影響な
うとともに、それらを用いて短期大学生を対象に
どが懸念されている。このような背景から、電磁
授業実践を行ったので報告する。
環境問題に対して様々な研究が行われ、それらの
結果から電磁遮蔽技術や健康リスク評価、曝露制
2. 電磁環境教育用実験教材の検討
限についてのガイドラインの検討が行われてい
1) 電波吸収体を用いた電磁波実験
る 2)。その中において、世界保健機関は、全ての
電波吸収体は、電磁エネルギーを熱エネルギー
人が電磁環境に対する正しい知識と技術を持つ
に変換することで電磁波の反射および透過を軽
ことが必要であるとしている 3)。これは電磁環境
減する材料である。実際にビルの外壁や橋梁、電
に対する教育の重要性を示唆しており、学校教育
波暗室等で使用されている。この電波吸収体を利
の果たす役割は大きいと考える。
用し、電磁環境に対する認識を高めるための電磁
我々はこれまで、一般教育、中・高等教育を対
波実験の検討を行った。
象とした、電磁波の物理的性質に加え、電磁環境
実験は、電波吸収体に加え、絶縁体としてダン
57
ボール、金属としてアルミ板を使用し、それぞれ
の材料について電磁波の透過および吸収実験を
行い、電磁波が透過する材料と反射する材料、そ
して電磁波を吸収し軽減させる材料があること
を学ばせ、電磁波の遮蔽、吸収といった不要電磁
波対策に関連する技術、また電磁波が飛び交う環
境に興味を持たせることを目的とする。
透過実験
電波吸収体
反射実験
0
吸収量 (dB)
-5
図 2 実験装置の配置
-10
-15
図 2 に電磁波の透過および反射実験における実
-20
験装置の配置を示す。透過実験では、送信機、材
10.5GHz
-25
-30
8000
9000
10000
11000
料、受信機を直線状に 30cm 間隔で配置し、送信
12000
機からの電磁波の強度を受信機の指示メーター
13000
周波数 (MHz)
と音の変化により観察した。一方、反射実験では、
吸収特性
図に示すように材料に対し、送信機と受信機を
図 1 電波吸収体とその吸収特性
90°の角度で配置し、それぞれ間隔を 30cm とし
図 1 に使用した電波吸収体とその吸収特性を示
す。電波吸収体は、クロロブレンゴムにフェライ
ト粉末を分散させ、10.5GHz で整合するように調
整されたフェライト複合材料(東北化工(株)製
RS-10.5、縦 300mm×横 300mm×厚さ 2.3mm)と、
厚さ 1mm のアルミ板を張り合わせることで構成し
た。その他の材料として、
厚さ 6mm のダンボール、
厚さ 1mm のアルミ板を使用した。
送信機および受信機は、授業で使用することを
視野に入れ、市販の教育用電波実験機((株)内
田洋行製 TE-4)を使用した。発信機の発信周波
数は 10.67GHz、1kHz 方形波で変調されている。
受信機は、受信強度をメーターによる指示とスピ
透過実験
ーカーからの復調音で確認することができる。
反射実験
図 3 電磁波受信時の強度指示メーター
58
た。
図 3 に、透過実験および吸収実験における、送
信機からの信号を受信した際の受信機の指示メ
ーターを示す。材料を配置しない場合、透過実験
の結果は、メーターの針が約 6 を示し、反射実験
では 0 を示している。この反射実験の結果は、受
信機が 90°で配置した送信機からの直接波を受
信していないことを示している。
ダンボールを配置した場合は、透過実験におい
て強度が僅かに減衰するものの、材料が無い場合
図4
と同様の結果を示している。この結果よりダンボ
ールでは電磁波が透過することが分かる。
アルミ板はダンボールとは逆に、透過実験にお
IH クッキングヒーターから輻射される
電磁波の測定
の輪の面を固定し測定した。測定では、IH クッキ
いては受信時の強度が 0 となり、反射実験におけ
ングヒーターに水の入ったステンレス製の鍋を
る強度が約 6 を示している。このことから、アル
載せ、火力は最大とした。また、放射電磁界の距
ミ板をはじめとする金属は、電磁波を遮蔽し、反
離による変化がわかるようメジャーを配置し、上
射する効果があることが理解できる。
部に印字された鍋の配置位置の印を基準にした。
電波吸収体の場合は、透過実験、反射実験とも
に強度が約 0 を示し、電波吸収体により電磁波が
吸収されていることが確認できる。今回使用した
23 kHz
送信機の発信周波数 10.67GHz と電波吸収体の吸
距離:1 cm
収特性が最小を示す周波数 10.5GHz との間に僅か
なずれはあるが、充分に電磁波の吸収を観察でき
ることが明らかとなった。
2) IH クッキングヒーターから輻射される電磁波
の測定実験
身の回りの電磁波の測定実験として、卓上型 IH
距離:6 cm
クッキングヒーターから輻射される電磁波の定
性的な測定について検討を行った。測定には、ス
ペクトラムアナライザ(ADVANTEST U3751)を使
用した。スペクトラムアナライザは、発生電磁界
の強度と周波数成分の測定ができることから、電
磁界強度のみを示す電磁界測定器に比べ、興味を
高め、周波数の概念を養うことにつながるものと
距離:12 cm
考える。
図 4 に、電磁波の測定実験における各装置の配
置を示す。アンテナには直径 15mm のループアン
テナを使用した。ループアンテナは指向性がある
図5
ことから、最も強く信号を受信する向きにループ
59
IH クッキングヒーターから輻射される
電磁波の周波数スペクトル
図 5 に IH クッキングヒーターから輻射される電
参加させた。授業の様子を図 6 に示す。
磁波の周波数スペクトルを示す。ループアンテナ
今回の授業では、電磁環境に対する認識を高め
を距離 1cm に配置し、測定した結果では、23kHz
ることを目的としているが、電磁波が人体に強く
付近に最大のピークが見られ、さらにその整数倍
影響を与えるといった、必要以上に危険性をあお
の周波数にピークが見られた。これは 23kHz を基
るようなことがないよう留意した。
準周波数とする高調波成分であると考えられる。
次にループアンテナの距離を遠ざけ 6cm で受信
3.2 授業の概要
すると、強度が弱くなっていることが分かる。さ
はじめに、身の回りに電磁波が存在することの
らに遠ざけ、12cm では、ほぼピークが見られなく
認識を高めるために、IH クッキングヒーターから
なっている。以前の検討より、この波源からの距
輻射される電磁波の測定実験を行った。スペクト
離に対する電磁波強度の変化は、近傍界のそれに
ラムアナライザの使い方、測定の対象となる物理
5)
近いと考えられる 。
量を確認するために、まず、約 2GHz の周波数を
使用する携帯電話の電磁波を測定した。次に、IH
3. 授業の実践と考察
クッキングヒーターが物を温める仕組みについ
3.1 授業の目的と方法
て解説を行い、その後、IH クッキングヒーターか
短期大学において、身近な科学について学ぶ授
らの電磁波を測定した。また、距離が遠ざかるこ
業(生活科学、90 分)を担当している。この授業
とで強度が弱くなる様子も観察させた。
では、毎回、簡単な実験や測定を行い、体験を通
二つ目の実験として、電磁波を遮蔽したり軽減
して様々な機器の仕組みや、エネルギー、身近な
する技術について学ぶために、ダンボール、アル
物理現象について学ぶことを目標としている。そ
ミ板、電波吸収体を用いた電磁波の透過、反射実
の中で、今回検討を行った実験教材を利用し、電
験を行った。また、電磁波実験機に付属されてい
磁環境に対する認識と電磁波障害に対する関心
るスチール製金属すだれを使用し、電磁波の偏り
を高めることを目的とし授業を行った。受講者は
に関する実験も行った。最後に、ラジオをアルミ
25 名で、当該授業実施以前に、身近な電磁波とし
箔で包むことで、電波が遮蔽され、ラジオ放送が
て、光、紫外線について学び、その中で反射や透
聞けなくなる実験を行った。
過等、電磁波の基礎的な性質に関する内容を取り
扱った。授業では検討した電磁波に関する実験教
3.3 授業の考察
材を、演示実験として利用したが、受講者にも装
授業の前後でアンケート調査を行った。授業前
置の操作や測定の補助など、適宜、実験、測定に
のアンケート調査は、受講者の電磁波及び電磁環
境に対する認識と興味を調べることを目的とし、
授業後のアンケート調査は、電磁波および電磁環
境に対する認識の変化を知るとともに、今回検討
を行った実験教材の有効性を検証することを目
的とした。
図 7 に授業前アンケートの結果を示す。Q1 は「病
院や電車内等、電子機器の使用が制限されている
場所での携帯電話の使用について気をつけてい
るか?」という質問に対する結果である。回答者
21 名中、76%の 16 名が気をつける傾向にあり、気
図 6 授業風景
をつけていないと答えた者はいなかった。Q2 の
60
0%
0%
14%
19%
24%
気をつけている
10%
理解できた
少し理解できた
どちらともいえない
あまり理解できなかった
理解できなかった
少し気をつけている
どちらともいえない
あまり気をつけていない
気をつけていない
76%
57%
Q1 身の回りの電磁波の存在について
Q1 制限された場所での携帯電話の使用につ
いて
0%
16%
8%
12%
12%
思う
少し思う
どちらともいえない
興味がある
少し興味がある
あまり思わない
思わない
どちらともいえない
あまり興味がない
28%
40%
興味がない
84%
Q2 制限された場所での携帯電話の使用について
Q2 電磁波障害について
図 7 授業前アンケートの結果
8%
4%
0%
興味が持てた
「電磁波障害について興味があるか?」という質
少し興味が持てた
どちらともいえない
28%
問に対しては、25 名中約半数の 13 名(52%)が、
60%
あまり興味が持てなかった
興味が持てなかった
興味があるもしくは少し興味があると答えた。こ
の二つの質問に対する結果は、以前、高校生、短
Q3 電磁波の反射、透過実験について
期大学生合わせて約 100 名に対し実施した同様の
アンケート調査の結果とほぼ同じ結果となって
いる 6)。
12%
0%
授業後アンケートの結果を図 8 に示す。Q1、Q2
興味が持てた
少し興味が持てた
は電磁環境および電磁波障害に対する認識につ
どちらともいえない
32%
いて問うものである。Q1 の「身の回りに電磁波が
56%
あまり興味が持てなかった
興味が持てなかった
飛び交っていることが理解できたか?」という質
問に対し、理解できたが 76%(19 名)、少し理解
Q4 電磁波の測定実験について
できたが 24%(6 名)という結果となった。Q2 の
「制限された場所での携帯電話などの機器の使
用について気をつけようと思うか?」に対しては、
図 8 授業後アンケートの結果
思うが 84%(21 名)、少し思うが 16%(4 名)とな
られる。また、
「実験を通して、
(電磁波を)目で
り、Q1、Q2 ともに肯定的意見が 100%となった。
見て確認できた」「気づかないが身の回りに電磁
授業直後に行った調査で印象が強く残っている
波が存在することが分かった」といった意見が述
ために高めの数字となっているように思われる
べられていることからも電磁環境の認識に寄与
が、授業前のアンケート結果からの変化を考慮す
するものと考えられる。
ると、実施した授業は、電磁環境および電磁障害
授業後アンケートの Q3、Q4 は、今回検討を行っ
に対する認識を高めることに効果があると考え
た実験教材に関する質問である。Q3 の「電磁波の
61
反射および透過実験に興味が持てたか?」という
定する実験の検討を行った。
質問に対し、持てた、少し持てたと答えたのは 25
これらの教材を使用し、短期大学の学生に対し、
人中 22 人(88%)であり、あまり興味が持てなか
電磁波および電磁環境に対する認識を高めるこ
ったと答えた者が 1 名いた。Q4 の「電磁波の測定
とを目的とした授業を行った。授業内容、使用し
実験に興味が持てたか?」については、Q3 同様に、
た教材を評価するために実施したアンケート調
肯定的に答えたものが 22 人(88%)であった。何
査からは、今回実施した授業が目的を達成するこ
れの教材も多くの者が興味を示す傾向にあった
とに寄与し、教材そのものにも興味が示されるこ
が、それは目に見えない電磁波を測定器等により
とが分かった。一方で、電磁波の物理的性質を理
観察できたこと、普段目にすることのない材料や
解させるためには、さらなる検討が必要であるこ
測定器を使ったことが要因の一つであると考え
とも明らかとなった。
る。その中で、教育用電波実験機の受信機に備え
られている、受信強度を復調音で確認できる機能
本研究の一部は文部科学省科学研究費補助金若
は、受講者たちから分かりやすいとの意見が多く
手研究(B)および平成 21 年度大分県私立大学・短
聞かれた。また、電磁波測定実験において、IH ク
期大学協会教育・学術研究活動補助金の援助を受
ッキングヒーターそのものに興味を持つ者も多
けて行われた。
数おり、それを測定の対象にしたことも興味を高
めることに寄与したのではないかと考える。
参考文献
しかし一方で、
「電磁波吸収の原理を理解するこ
1) 赤尾保男 (1993) 『環境電磁工学の基礎』 コ
とは難しい」「金属でなぜ電磁波が遮蔽できるの
ロナ社.
か分からない」といった意見が聞かれた。今回の
2) International Commission on Non-Ionizing
授業では、興味や認識を高めることを目的とし、
Radiation Protection (1998) Guidelines for
電磁波の物理的性質を詳しく扱う内容ではなか
Limiting Exposure to Time-Varying Electric,
ったためにこのような意見が示されたと考える
Magnetic, and Electromagnetic Fields (up to
が、より具体的に電磁波の物理的性質を取り扱う
300 GHz)『Health Physics』 74(4) 494.
ためには、実験教材、授業内容ともにさらなる工
3)
夫する必要である。
Department
Radiation
of
and
Environmental
Projection
of
the
Health
Human
Environment (2002) ESTABLISHING A DAILOGUE ON
4. まとめ
RISKS FROM ELECTROMAGNETIC FIELDS World Health
電磁波および電磁環境に対する認識を高めるた
Organization.
めの教材研究として、これまで検討を行ってきた
4) 笠置 映寛,蔦岡 孝則,前原 俊信,畠山 賢
電波吸収体を用いた電磁波実験、スペクトラムア
一 (2004) フェライト複合材料を用いた電磁環境
ナライザを用いた電磁波測定実験について、授業
教育用教材の検討 『応用物理教育』28(2) 15.
実践のためにさらなる検討を行い、それらを利用
5) 笠置映寛, 末永翔一,蔦岡孝則,畠山 賢一
して短期大学において授業実践を行った。電波吸
(2007) 電磁環境教育における電磁波測定実験の
収体を用いた電磁波実験では、教育用に市販され
検討 『応用物理教育』31(2) 43.
ている電波実験機を使用した電磁波の透過実験、
6) 笠置映寛, 山下雅文, 福田秀孝, 藤本直樹,
吸収実験の検討を行い、材料により電磁波の透過、
蔦岡孝則, 前原俊信 (2006) 電磁遮蔽技術を利
反射、吸収が実際に観察できることが分かった。
用した電磁環境教育の検討 『別府溝部学園短期
電磁波測定実験では、卓上 IH クッキングヒータ
大学紀要』26 39.
ーからの電磁波をスペクトラムアナライザで測
62
科教研報 Vol.24 No.2
褶曲について —授業を行う際の留意点On the Folding -Some Consideration in Conducting Classes田中 均・林 智洋・本多栄喜・早川祐貴・田口清行・村本雄一郎
TANAKA,Hitoshi・HAYASHI, Tomohiro・HONDA, Eiki
HAYAKAWA Yuuki, TAGUCHI , Kiyoyuki and MURAMOTO ,Yuichiro
熊本大学教育学部・熊本市立長嶺小学校・熊本県立湧心館高等学校・
熊本大学教育学研究科・熊本市立教育センター・熊本県立教育センタ
Kumamoto University・Nagamine Elementary School・Yushinkan High School
Kumamoto University・Kumamoto City Education Center and Kumamoto Prefecture Education Center
【要約】 褶曲,断層について平成 20 年度までの学習指導要領では,断層のみ地層と関連づけて取
り扱ってきた.今回の改訂で地層の重なりと過去の様子を考えさせるときに褶曲も取り扱うことが
示されている.そして,断層と褶曲の違いを岩石の物性の違いにあることを理解させることや断層
のずれが瞬間的起こり,長い間にそれが繰り返されるが,褶曲は海底地すべりによるもの以外は,
連続的にゆっくりと進行するものとして扱っている.また,どの教科書も横からの圧縮で理解させ
るようになっている.しかしながら,断層も褶曲も,顕微鏡サイズ,岩石サンプルサイズ,露頭サ
イズおよび地質図に現せるサイズまで多様であり,その成因も一元的でないことを理解する必要が
ある.ここでは,熊本県内の曲げ褶曲の事例と褶曲構造と地形の関係について説明している.
【キーワード】曲げ褶曲,褶曲構造と地形,人吉地域,天草地域,熊本県
1. はじめに
褶曲は一般的に層状の地層が波状に変形した形態を
いう. この褶曲構造は様々な基準により数多くの分類
がなされているが,基本的には形態的
(幾何学的)
分類,
褶曲機構に基づく分類, 地質環境に基づく分類(垣
見・加藤:1994)に分けられている.
今回の褶曲の研究では褶曲機構に基づく分類に従っ
ている.褶曲機構に基づく分類では,力の作用方向が層
理と平行な力(水平方向の圧縮力)による分類のバッ
クリング(座屈褶曲)と層理と直行する力(鉛直方向
の圧縮力)による分類のベンディング(曲げ褶曲)の
二つに分けられている.
図 2 熊本大学教育学部理科学生 60 名を対象
とした褶曲構造についてのアンケート調査結果
図1.褶曲構造(高校地学 IB, 数研出版)
63
しかしながら,教科書や資料集の中には図 1 に示す
ように「褶曲とは水平方向から圧縮力が加わり地層が
波状に変形する現象」とされているものが多く, 鉛直
方向の圧縮力による褶曲を取り扱っている事例は乏し
い.このため,褶曲構造と聞くとその成因が,図 2 に
示すように水平方向からの圧縮力で形成されると思っ
ている学生が非常に多い.また,
鉛直方向の力で褶曲が
生じると答えた学生でも地質事象の具体的な内容につ
いて漠然としているようである.
ここでは,鉛直方向の力の作用で形成された曲げ褶
曲の 2 つの事例を取り上げる.事例 1 として熊本県の
人吉盆地鹿目町で見られる人吉層の摺曲構造と事例 2
として相良村の高原台地で見られる扇状地堆積物の褶
曲構造をそれぞれ取り上げる.
であり,複式地の鹿目の滝において柱状節理の発達が
とくに著しい.肉眼では特徴的な優黒色を呈し,
黒色な
いし青黒色の石基中に微小な斜長石・かんらん石およ
び輝石の斑晶がわずかに散在している.
層位関係は鹿目の滝の滝壷において人吉層上部のシ
ルト岩を不整合に覆い,南方の赤仁田付近においては
鵜川安山岩・雨吹山流紋岩に不整合関係で覆われてい
る.
2-3.火山体の上載荷重による褶曲
人吉層は地質調査の結果,全体として南東に傾斜す
る単斜構造を呈しているにも関わらず,塚脇ほか
(1986)の人吉盆地西部の地質図では鏡山東部草津川
の人吉層上部において人吉層の一般走行・傾斜とは逆
のもの(図 3 の A:走向 N-S, 傾斜 20W)が見られた.
2.事例 1 人吉層の曲げ褶曲
2-1. 鹿目町の地形・地質概要
調査位置は熊本県人吉市西部に位置する鹿目町の鏡
山周辺部である.この鏡山は人吉盆地南西部に分布す
る肥薩火山群の一つである鹿目川玄武岩によって構成
されている.その分布は,東限を草津川,西限を鹿目
町,北限を小柿付近までの地域に及び,一つの円錐状
の山塊(標高 589.7 m)をなしている.
鹿目川玄武岩は約 250〜300 万年前に堆積した人吉
層(鳥井ほか,1999)の上に不整合関係に重なってい
る.
人吉層は盆地内の西部および北西部に分布している
ものの鹿目町では断続的で,連続して追跡できるとこ
ろは少ない.しかしながら鹿目町鏡山北西部を東北東
に流下する鹿目川と鏡山東側を北方に流れる草津川沿
いの川岸の露頭では人吉層上部層が観察される.
2-2. 地質各論
(1)人吉層
人吉層は,新生代第三紀の鮮新世後期
(約 250 万年前
(鳥居ほか:1994)
)に人吉盆地内に形成された半〜未
固結の湖成層である.人吉層は上部層と下部層に分類
されており,下部層は礫岩・砂岩・シルト岩などの砕屑
性堆積岩類を主体とし,火山砕屑岩類を多く挟在して
いる.上部層は主にシルト岩優勢の砂岩互層からなっ
ている.
人吉盆地北西部の人吉層の一般的な走向・傾斜は,
ほぼ NE-SW・15~20°SE である. 北西側の基盤に近い
ほど傾斜は急となり基盤を離れると緩やかとなる.な
お,盆地の東部に関しては人吉層が沖積層の下に没す
るために詳細は不明である(田村ほか:1962).
図 3 球磨川以南の調査位置の地質図
(塚脇ほか(1986)一部改)
そこで,現地に赴き周辺の地形を観察すると,標高
589.7 m の円錐形をした鏡山が位置しており(図 5),こ
の火山体の荷重によって半固結の人吉層が沈下し,地
質構造が乱されたため逆方向の傾斜を生じたのではな
いかと予測した.このことを検証するために,鏡山周
辺の鹿目川,草津川の川岸に沿った人吉層上部層の露
頭の走向・傾斜を詳細に測定した.測定結果は,図 4 に
示すように, おおよそ鏡山西部で東傾斜,東部の草津
川で西傾斜,鏡山の中央から北部の鹿目川でほぼ水平
であった.人吉層の一般的な走向は NE-SW,傾斜は SE
(走向-北東-南西, 傾斜-南東)
であることから鏡山周
(2)鹿目川玄武岩
鹿目川玄武岩は人吉層堆積後の新生代第四紀の更新
世に形成されたものである.
鹿目川玄武岩は緻密・堅硬で柱状節理の発達が顕著
64
辺の人吉層が褶曲していることが確認できた.
地質調査の結果,鏡山周辺部の人吉層の上部層はほ
ぼ鏡山を取り巻くように傾斜していることが明らかに
なった.
体の上載荷重であったりする.このため指導する際に
は地形,地質,地史および地質構造等を十分に把握す
る必要がある.
① 人吉層の形成(湖成層)
未固結湖成層(人吉層)
② 火山体の形成(鏡山)
③ 火山体の上載荷重
火山体(鏡山)
褶曲した未固結湖成層(人吉層)
図 6 火山体の上載荷重による曲げ褶曲の事例
3.事例 2 高原台地に分布する扇状地堆積物
の曲げ褶曲
3-1.地形・地質概要
調査位置は人吉市の北東に位置し,川辺川が人吉盆
図 4 鹿目川玄武岩の分布と人吉層の走向・傾斜
地に流入する地点を基点にほぼ扇型に広がる扇状地で
形成される高原台地である(図 1)
図 5 鹿目川玄武岩からなる鏡山(EL:589.7 m)
2-4. まとめ
褶曲機構に基づく分類では,力の作用方向が層理と
平行な力による分類のバックリング(座屈褶曲)と層
理と直行する力による分類のベンディング
(曲げ褶曲)
の二つに分けられる.
ここでは,「曲げの褶曲」の例として鹿目町での褶曲
構造を挙げた.この地域に見られる「曲げの褶曲」は図
6 に示すように,未〜半固結の堆積層(人吉層)の上
に火山体が形成されることによって,その荷重により
鉛直方向の応力で下位の堆積物が変形した.このよう
な応力場で曲げ褶曲が形成されたと思われる.
一般的に褶曲構造は単純に水平方向による圧縮と思
われがちだが,その成因はここで紹介したように火山
図 7 調査位置図(基図は国土地理院発行,5万分の 1
地形図「人吉」に加筆)
65
この高原台地には,約 34 万年前に噴出・堆積した加
cm のチャートや砂岩の円礫を主体とする淘汰不良の
久藤火砕流堆積物が分布している.この加久藤火砕流
砂混じり礫岩からなる.原田(1993)は,この礫岩層を
堆積物は,下半部の灰~暗灰色で,やや不規則な柱状
実礫層として記載している.砂岩礫は風化が進行して
節理がよく認められる強溶結部と上半部の軽石質の非
もろくなっているが,チャートは風化に強く目立った
溶結部とが認められる.その上位には,川辺川から供
存在である.この礫岩層は,あさぎり町新深田南方の
給された秩父累帯や四万十帯を構成する様々な堆積岩
露頭では厚さに変化が認められ,褶曲構造の向斜部で
類の礫岩層や砂岩層からなる扇状地堆積物および新期
厚く,背斜部で薄い傾向が認められる(図 10)
.
の火山灰や軽石層が分布している(図 8)
図 9 非~弱溶結部の軽石を多く含む火砕流堆積物の
様子(図 7 の地点 2)
図 8 高原台地の地質柱状図
3-2. 地質各論
(1) 加久藤火砕流堆積物
加久藤火砕流堆積物下半部:強溶結した下半部は灰
色でガラス状光沢を呈する石基中に短柱状の斜長石斑
晶・輝石斑晶および異質岩片が散在しており,軽石は
ほとんど認められない.この強溶結部には,
図 10 褶曲した二次シラス堆積物と扇状地堆積物(八
0.8~1m幅の柱状節理が発達している.
千代エンジニヤリン株式会社から提供)
(図7の地点3)
加久藤火砕流堆積物上半部:主に弱溶結部辛なる上
半部では紫色がかった灰色の基質中に最大径 18cm,多
3-3. 不等沈下による褶曲モデル
くはこぶし大の大きさで,多少横方向に伸長した黄色
一般に火砕流堆積物は,凹凸のある旧地形を覆って
軽石が散在しているのが特徴である(図 9)
.また,安
平坦化する働きがある.このような平坦化した堆積物
山岩起源の異質岩片を多量に含む傾向がある.
さらに,
の上に主に土石流堆積物から成る扇状地堆積物が重な
上半部最上部には,風化した層状を呈する黄褐色凝灰
ると凹部のチャネルと凸部の舌状の形態(ローブ)を
岩層と二次シラス堆積物が分布している.
呈する地形が形成される.その結果,場所によって加
(2) 扇状地堆積物
久藤火砕流堆積物の上に重なる扇状地堆積物の厚さに
高原台地に分布する扇状地堆積物は,長径約 10~5
66
差異,すなわち上載荷重に不均一性が生じてきたと考
凝灰岩層)や 2 次シラス堆積物や扇状地堆積物中に褶
えられる.
曲構造が形成されることになる.
非〜弱溶結の加久藤火砕流堆積物中には,多くの軽
石が含まれており,
上載荷重が大きいところの軽石は,
3-4. まとめ
潰され粘土化(体積縮小)が進行するとともに,それが
褶曲は,水平方向から圧縮力が加わり,地層が波状
小さいところではいろいろなサイズの未風化核(軽石
に変形する現象として,とり扱われることが多いが,
を含む新鮮な岩体)を残し,
そこでは体積縮小が小さい
火砕流堆積物など軽石を多く含む地質体はそれを覆う
ことが確認された.すなわち,未風化核が残っている
堆積物の荷重の相違によって不等沈下(体積収縮)を
ところは,褶曲構造の背斜を示し,粘土化が進行して
起こし,その結果上位の堆積物が褶曲を呈する場合が
いるところは向斜を示している.
(図 11,12)
.その不
あることに留意する必要がある.
等沈下モデルを図 13 に示す.
図 11 白い未風化核が残っている部分が背斜軸
形成している(原田正史 撮影)
(図 7 の地点 4)
図 12 向斜軸部の状況(原田正史 撮影)
図 13 上載荷重の差異による軽石を含む加久藤火砕
(図 7 の地点 5)
流堆積物の不等沈下モデル
以上のように,褶曲は水平的な圧縮力で形成される
のではなく,鹿児島県や熊本県のように火砕流堆積物
4.事例 3 天草地域の座屈褶曲構造と地形
等が広く分布しているところでは,それを覆う被服層
4.1 地形・地質概要
の厚さの相違によって形成される場合があるので注意
天草諸島上島は,白亜紀後期の姫浦層群,古第三紀
を要する.これは扇状地堆積物等の上載荷重の違いに
始新世(約 50.0〜35.4Ma)の弥勒層群,本渡層群,坂
よって,下位の軽石を多量に含む加久藤火砕流堆積物
瀬川層群(
「天草の地質」解説書,2001)から構成され
の粘土化に伴う堆積収縮率の違いを引き起こし,その
ている.これらの地質体は,新第三紀の地殻変動で向
結果,
加久藤火砕流上半部の最上部層(風化した層状の
斜,背斜を繰り返す座屈褶曲構造を形成し,その後の
67
図 14 ケスタ地形と褶曲構造
浸食作用を経て,現在では顕著なケスタ地形をなし
くの引張亀裂が背斜軸部に平行に形成された.一方,
ている.この事例は,地質図に現せる規模の褶曲構造
向斜軸部付近は圧縮力および引張力が働くものの,引
を取り扱ったもので,地質構造が現在の地形と深く関
張力引張力は地圧あるいは封圧のために顕在化せずに,
連しているという内容のものである(図 14)
.
ここではむしろ圧縮力のために岩盤がより堅硬になる.
第三段階:背斜部の多くの引張亀裂にそって雨水など
が浸透するとともに浸食作用が激しくなり谷状の地形
をなすようになる.一方,向斜部は堅岩であるため,
浸食作用はあまり進行せずに,結果的にそこが高くな
り山や凸地形を形成するようになる.
謝辞 露頭写真のいくつかは,原田正史氏および八千
代エンジニヤリング株式会社九州支店から提供して頂
いたものを使用している.ここに厚くお礼申し上げる
引用文献
「天草の地質図」および解説書(2001)
:御所浦白亜紀
資料館友の会,p.1-24.
原田正史(1998)
:相良村誌,第1章 地勢と地質,17
−59.
田村実・徳山康浩・田上公輔(1962): 人吉盆地西
図 15 褶曲構造と地形の発達史
部の地質概報,熊本大学教育学部紀要,No.31.,
p.93-104.
4.2 褶曲構造と地形の発達史
鳥井真之・池田和則・板谷徹丸(1999): 熊本県人
地形発達史は以下のように考えられる(図 15)
.
吉盆地に分布する人吉層中の凝灰岩の K−Ar 年代.
第一段階:姫浦層群,弥勒層群,本渡層群,坂瀬川層
地質学雑誌,Vol.105,No.8,p.585−588.
群が同一堆積盆地に堆積した後,水平方向から圧縮力
塚脇真二・倉富健治・金田俊郎・大木公彦・早坂祥三
が働き,
波長約 1〜1.5km の波長の褶曲構造が形成され
(1986)
:人吉盆地西部における上部新生界の鹿児
た.
島大学理学部紀要(地学・生物),No19,p.87-106
第二段階:褶曲構造の背斜部には引張の力が働き,多
68
科教研報 Vol.24 No.2
奄美大島北部及び南西部沿岸より産出する現生有孔虫の特徴
The characteristic recent foraminifera from the north coast and the southwest coast of
Amami-Oshima
森井聖 A・八田明夫 B
MORII,SatoshiA・HATTA,AkioB
鹿児島大学教育学研究科 A・鹿児島大学教育学部 B
Education research course kagoshima Univ.A・Factory of Education Kagoshima Univ.
B
〔要約〕本論は自然科学教育の中で教材として有孔虫を用いるための基礎的研究を目的としている。興
味・関心を引きやすい学習教材の1つとして,身近な自然環境に生息する生物がある。有孔虫は日本中
どの海でも誰でも容易に採集でき,身近な生物教材として挙げられる。そこで,奄美大島北部及び南西
部沿岸より産出する有孔虫を調べ,どのような種の有孔虫が身近な砂浜に生息しているか,どのような
種構成の特徴があるかを調べた。その結果,Baculogypsina 属(和名:ホシズナ)など多種多様な有孔
虫が産出された。また,産出した有孔虫の種数はあまり違いがなかったが,採集場所によってそれぞれ
の種の個体数には違いが見られた。
【キーワード】 有孔虫、教材、奄美大島
1.はじめに
2.有孔虫について
住んでいる地域で採集することができる生物
有孔虫は原生生物界-有毛根足虫門-根足虫綱-
教材は,身近な物であるため,興味・関心を引き
有孔虫目に属する。現生有孔虫は1㎜以下のサイ
やすい。そのため,海が近くにあればどこでも採
ズが普通である。しかし,鹿児島県の種子島や屋
集することができる有孔虫は,学習教材として用
久島以南の浅海には,星砂などの大型有孔虫と呼
いやすい。採集自体も大潮の干潮時に,腰程度の
ばれている有孔虫が多く,1㎜以上の大きさの個
深さまで海に入り,砂をすくうだけでよいため,
体が産出する。1)
非常に簡単である。奄美などの地域で採取できる
よく知られている大型の有孔虫をあげると星
有孔虫はサイズが大きいものが多く,より採取・
砂とよばれている Baculogypsina 属(図1)や銭
観察が容易にできるため扱いやすい。また,有孔
石とよばれている Marginopora 属(図2)
,太陽
虫の詳細な観察をする際には,顕微鏡などの実験
砂とよばれている Calcalina 属(図3)などがあ
器具を用いる必要がある。このような実験器具を
る。
用いることは,科学にふれる機会にもなる。
教材として有孔虫を用いるには,実際に採取し
てきた砂の中に,どのような種名の有孔虫が存在
しているかを知っておくことが望ましい。そのた
め,本論では大型有孔虫が生息するために比較的,
観察がしやすい奄美大島の北部及び南西部沿岸
(図1)
で採取してきた現生有孔虫を紹介する。本論は有
(図2)
(図3)
図1
図1
※ 図1
図の下の線は1㎜を示している
孔虫を教材化するための基礎的研究である。
69
3.研究の方法
形や水温などの違い)が考えられる。また,採取
1) 試料の採取
方法の違いや,採取時期の違いも関係してくると
本論で用いた有孔虫は,鹿児島県の奄美大島北
思われる。
部及び南西部の海岸で採取をした。試料の採取は
詳しい産出状況は表1のようになっている。
奄美大島で平成 21 年 3 月 26~28 日と9月6日に
行った。採取方法は約 50~150 ㎝程の水深の海底
5.おわりに
で礫などをこする,海藻からふるい落とす,海底
今回は,奄美大島のみで種構成の違いをみたが
表面深さ1㎝程の砂をすくい取るという方法で
今後は鹿児島本土にも注目し,どのような種が棲
行った。採集した試料は,ローズベンガル法によ
息しているのかどのように違いがあるのかを調
る処理をすぐにほどこした。今回は 99%エタノー
べ,どのように教材へと活かしていくかを考えて
ル溶液にローズベンガルを加えた溶液を用い,試
いきたい。
料の固定と染色を行った。
2) 有孔虫の摘出
○ 参考文献
1)Martin R.Langer & Lukas Hottinger
乾燥させた試料は,簡易分割器を用いて二分法
(2000):
で分け,双眼実体顕微鏡で検鏡・摘出を行った。摘
Biogeography of selected “larger”
出は 200 個体法(江藤,1978)2)に基づいて摘出し
Micropaleontology,vol.46 supple- ment no.1 pp.105-
た。双眼実体顕微鏡で検鏡し,細筆の筆先に水を
126
つけたものを用い,摘出を行った。
2)江藤哲人(1978)
:地学の調べ方,8.小型有孔
3) 有孔虫の保存
虫化石の調べ方 pp.117-134.
foraminifera,
3 ) Johann Hohenegger : Coenoclines of larger
摘出した有孔虫はフォーナルスライド上に,生
体・遺骸を判断した後に同じ種ごとに分け,タラ
foraminifera , Micropaleontology,vol.46
カントゴムで接着固定した。
Quinqueloculina 属 , Peneroplis planatus ,
ment no.1 pp.127-151
4 ) AKIO HATTA and HIROSHI UJIIE(1992 ):
Benthic Foraminifera from Coral Seas between
Ishigaki and Iriomote Islands, Southern Ryukyu Island
Arc, Northwestern Pacific. Bulletin of the College
of Science University of the Ryukyus, No.53 March;
No.54 October,1992
5 ) R. WRIGHT BAKER(1960) : TAXONOMIC
NOTES ・ BRADY
FORAHINIFERA ・
CHALLENGER EXPE-DITION , Society of
Economic Paleontologists and Mineralogists,
SPECIAL PUBRICATION NO.9
6 ) ALFRED R.LOEBLICH,JR. and HELEN
Amphistegina lobifera が多く産出されている。
TAPPAN(1994):FORAMINIFERA OF THE SHAUL
また,どの場所でも産出した有孔虫の種数はあま
SHELF AND TIMOR SEA , CUSH-
り違いがなかったが,採集場所によりそれぞれの
FOUNDATION FORAMINIFERAL RESEARCH,
種の個体数には違いがあった。上に挙げた種以外
SPECIAL PUBLI CATION NO.31
を挙げると Cymbaloporetta bradyi,Neorotalia
7)W.Renema(2003):Larger foraminifera on reefs
calcar(Calcarina calcar)などが個体数に大きく
around Bali(Indonesia),Renema.Foraminifera from
差があった。
(図4~10 参照)
Bali.Zool.Verh. Lei den345
4) 有孔虫の属の判定
顕微鏡で観察や顕微鏡撮影した写真を文献3)4)
5)6)7)
と比較・照合することにより,種又は属
のレベルで判定を行った。
4.産出状況
産出状況をみると,全体では Baculogypsina
sphaerulate , Calcarina
gaudichaudii ,
この違いは採集場所の違い(例えば,海岸の地
70
supple-
MAN
0%
0%
0%
0%
%0%
2%2%11%1%0%
2%2%
2%
3%
3%
3%
3%
笠利屋仁
神ノ子 西 500m
0%
%0%
11%%00%
1%1%1%
2%1%
2%
Peneroplis planatus
Quinqueloculina sp.
26%
Calcarina gaudichaudii
22%
Baculogypsina
sphaerulata
Peneroplis planatus
4%
Amphistegina lobifera
5%
Calcarina defrancii
4%
4%
Amphistegina lobifera
(Larsen,1976)
Quinqueloculina sp.
5%
Calcarina gaudichaudii
Elphidium crispum(LINNAEUS)
4%
5%
22%
5%
5%
15%
11%
Amphistegina radiata
Neorotalia calcar
Neorotalia calcar
Cymbaloporetta plana
Cymbaloporetta bradyi
13%
Trioculina tricarinata
14%
Miliolinella circulalis
Calcarina defrancii
Dendritina sp.
Amphistegina radiata
Calcarina spengleri
図4
図5
Cymbaloporetta plana
Cibicides sp.
0%
0%
0%
0%
11%
%1%
1%1%
2%
3%2%
3%
3%
3%
4%
0%
0%
%0%
11%0%
2%2%1%
5%
Elphidium subgranulosum
12%
4%
Elphidium subgranulosum
笠利崎 北東100m
Peneroplis pertusus
Baculogypsina sphaerulata
Quinqueloculina
sp.
19%
Amphistegina
Textularia sp
lobifera
Globigerinoides ruber
(Larsen,1976)
Cymbaloporetta
Parasorites orbitolitoides
bradyi
(Hofker)
Baculogypsinoides
Calcarina
gaudichaudii
Miliolinella circulalis
5%
42%
6%
Planorbulina sp.
7%
7%
11%
Parasoritesplanatus
orbitolitoides
Peneroplis
(Hofker)
Planorbulina sp.
Wiesnerella auriculate
Amphistegina
radiata
Amphistegina sp.
8%
7%
Quinqueloculina sp.
Vertebralina striata
21%
Neorotalia
calcar
Baculogypsinoides
Wiesnerella auriculate
Amphistegina
radiata
Trioculina tricarinata
図7
Amphistegina sp.
Baculogypsina
Reussella aculeata
sphaerulata
図8
Heterostegina depressa
Elphidium
Rugobolivinella elegans
crispum(LINNAEUS)
35%
8%
Globigerinoides
ruber
0%
22%
4%
0%
Calcarina gaudichaudii
Vertebralina striata
Baculogypsina
sphaerulata
Calcarina
Amphistegina lobifera
gaudichaudii
(Larsen,1976)
Calcarina spengleri
Planorbulina sp.
Amphistegina radiata
1%
12%
3%
0%
1%
1% 3% 2%1% 4% 1%
Dendritina
sp.
Quinqueloculina
sp.
Amphistegina sp.
Miliolinella circulalis
Peneroplis planatus
図9
Baculogypsinoides
Cymbaloporetta
plana
Calcarina defrancii
図 10
Textularia
Cibicidessp
sp.
Peneroplis
pertusus
Heterostegina
depressa
Marginopora vertebralis
Marginopora
Heterostegina
vertebralis
depressa
Marginopora
Elphidium
vertebralis
subgranulosum
Miliolinella circulalis
Globigerinoides
ruber
Neorotalia calcar
Cymbaloporetta bradyi
その他
Cymbaloporetta plana
Elphidium
Elphidium
subgranulosum
subgranulosum
Globigerinoides ruber
Baculogypsina
Cibicides
sp.
sphaerulata
Baculogypsinoides
Textularia sp
Calcarina defrancii
0% Calcarina gaudichaudii
Calcarina defrancii
2%
Cibicides sp.
Miliolinella circulalis
Cymbaloporetta
bradyi
Cymbaloporetta
plana
16% Dendritina
sp.
Dendritina sp.
Calcarina
spengleri
Elphidium
crispum(LINNAEUS)
Elphidium
Cymbaloporetta
subgranulosum
plana
Globigerinoides ruber
18%
Elphidium
Spiroloculina
crispum(LINNAEUS)
corrugata
Dendritina sp.
18%
Sorites orbicularis
Spiroloculina
(Forskal)
corrugata
Spiroloculina
corrugata
Amphistegina
radiata
Cymbaloporetta
Amphistegina sp.
bradyi
合計
Calcarina spengleri
Neorotalia calcar
5%
Heterostegina depressa
Rugobolivinella elegans
Spiroloculina corrugata
0%
0%
0%
2%1%1%
4%2%
Elphidium
Reussella aculeata
crispum(LINNAEUS)
Peneroplis pertusus
Sorites orbicularis
Calcarina
defrancii(Forskal)
奄美 船越海岸
Amphistegina
Calcarina spengleri
lobifera
(Larsen,1976)
Cibicides sp.
Neorotalia calcar
Textularia sp
Vertebralina striata
6%
Dendritina sp.
Baculogypsina
Globigerinoides ruber
sphaerulata
Peneroplis planatus
5%
Elphidium
crispum(LINNAEUS)
Marginopora vertebralis
Peneroplis pertusus
Marginopora vertebralis
奄美空港北端
Cymbaloporetta bradyi
71
Parasorites
Parasorites
orbitolitoides (Hofker)
Peneroplis pertusus
orbitolitoides
(Hofker)
Peneroplis
Planorbulina
sp.planatus
Planorbulina sp.
Vertebralina striata
Quinqueloculina sp.
表1
種名
試料採取地
採取地 a
b
c
d
e
Amphistegina lobifera
13
28
31
25
19
Amphistegina radiata
9
3
18
5
4
Baculogypsina sphaerulata
2
34
15
91
38
Baculogypsinoides
0
1
0
0
0
Calcarina defrancii
12
3
9
0
0
Calcarina gaudichaudii
12
48
7
47
48
Calcarina spengleri
6
0
8
0
11
Cibicides sp.
4
0
0
1
0
Cymbaloporetta bradyi
7
11
21
1
0
Cymbaloporetta plana
5
4
3
0
0
Dendritina sp.
7
1
4
0
3
Elphidium crispum
11
2
13
3
4
Elphidium subgranulosum
2
2
2
0
0
Globigerinoides ruber
1
1
9
0
0
Marginopora vertebralis
4
2
0
0
0
Miliolinella circulalis
7
0
3
0
0
Neorotalia calcar
7
8
17
13
75
Parasorites orbitolitoides
1
0
1
0
0
Peneroplis pertusus
4
2
1
3
0
Peneroplis planatus
64
31
18
12
1
Planorbulina sp.
1
0
7
0
0
Quinqueloculina sp.
54
24
48
5
2
Reussella aculeata
0
0
1
0
0
Spiroloculina corrugata
0
0
5
2
0
Textularia sp
2
0
3
1
0
Trioculina tricarinata
0
4
0
0
0
Vertebralina striata
1
0
8
0
0
Wiesnerella auriculate
1
0
0
0
0
その他
10
11
3
11
9
Total
247
220
255
220
214
採取地 a:奄美大島 神ノ子 西 500m,b:奄美大島 笠利屋仁,c:奄美空港北端,d:奄美大島北東 笠
利崎,e:奄美大島 船越海岸
72
科教研報 Vol.24 No.2
地域の自然を核に化学・生物・地学を総合する学習会の試み
̶第 5 回無垢島自然体験学習会への参加者アンケートから̶
A Trial of the Learning Meeting to Integrate Chemistry , Biology and Earth Science by Local
Nature
th
̶The 5 Natural Experience Learning Meeting In Oita MUKUSHIMA Island̶
牧野治敏,高濱秀樹,田中均,島田秀昭,土田理,平井正則
中西史,御代川貴久夫
A
MAKINO Harutoshi , TAKAHAMA HidekiA, TANAKA HitoshiB, SHIMADA HideakiB, TSUCHIDA SatoshiC
HIRAI MasanoriD, NAKANISHI FumiE, MIYOKAWA KikuoF
大分大学,熊本大学,鹿児島大学,元福岡教育大学,東京学芸大学,一橋大学
Oita UniversityA, Kumamoto UniversityB, Kagoshima UniversityC
Fukuoka Kyoiku UniversityD, Tokyo Gakugei UniversityE, Hitotsubashi UniversityF
[要約] 豊かな自然が残された大分県津久見市無垢島を会場として,自然体験学習会を継続
的に実施している。この学習会では,豊富な自然を教材とし,地域の自治体,NPO 法人,複
数大学の教員らの共同により企画・実施されている。本報告では,自然体験学習会の改善の
ために,自然科学の諸分野,ここでは化学,生物,地学にかかわる学習内容が,学習者にど
のように理解,把握されるのかを,アンケート調査より検討した。
子どもたちは,海での活動と化石採集を印象深く捉えていた。大学生は化石,地層につい
て子どもたちと同様に捉えているが,海については異なり,環境という大きな枠組みで把握
していることが読み取れた。体験学習会では,化石採集と環境(海)というキーワードで活動
を関連づけることで,学習内容の総合化が可能であることを示唆した。
[キーワード]自然体験学習,大分県津久見市無垢島,科学の総合化
こと 1)。また,運営方法については,小学生に
1.はじめに
子どもたちの学習にとって自然と関わる体
先だって大学生が島に入り,会場設営,事前
験は重要であることは言うまでもなく,学校
研修を実施することで,学習会全体の時間的
教育,社会教育などさまざまな場面で,多く
節約と大学生への研修効果が高まることを報
の実践が行われている。本報告で取り上げる
告した 2)。
大分県津久見市無垢島での自然体験学習会は
また,自然体験学習会の実施形態に加えて
平成 17 年より小中学校の夏休み後半に 2 泊 3
学習内容の検討も必要である。学習内容は,
日の日程で実施している(平成 16 年度は台風
大学教員の専門性を最大限に生かした教材で
により中止)。これまでの実践により,学習内
あるので,ここでは,別の観点として,それ
容と運営についていくつかの知見が得られて
らの教材が学習者にとってどの様に統合され,
いる。学習内容については,自然科学や理科
総合的な理解が進むのかの検討に焦点を当て
教育を専門とする大学教員が複数でかかわり,
た。そこで,参加者へのアンケート調査を実
各自の専門領域を生かすことで,多様な自然
施し,その結果を分析したところ有意味な知
に対応した理解しやすい学習会が実施できる
見が得られたので報告する。
73
2.自然体験学習会の概要
学習会のスケジュールは表 1 に示すように全
本年度の自然体験学習会は,例年どおり大分
日程は 2 泊 3 日である。子ども達の日程は昨年
県津久見市無垢島を会場として,8 月 22 日から
度より,第 2 日目からの 1 泊 2 日としている。
24 日の 2 泊 3 日で実施した。企画と運営も例年
大学生は第 1 日目から 2 泊 3 日の日程であり,
どおり,九州 4 大学(鹿児島大学,熊本大学,
子どもたちに先行して島に入り,会場の設営
福岡教育大学,大分大学)の自然科学,理科教
や,子どもを指導するための研修を実施した。
育に関係する教員,津久見市役所の有志,津久
見市教育委員会,NPO 法人「きらり☆つくみ」
3.アンケートの分析について
により「海の学校実行委員会」を組織し実施し
1)小中学生の回答より
た。また,学習会当日には講師として,一橋大
参加した小中学生に対してのアナケート調
学,東京学芸大学の教員が加わった。
査は,全日程の終了時である第 3 日の昼食後に
参加者は募集に応じた小中学生(40 人),大
実施した。アンケートの項目は,自然体験学習
学生(20 人),一般市民(数人),及び上記「海
会の印象を問う内容とした。以下に,その結果
の学校実行委員会」構成員(約 40 人)である。
を列挙した
74
参加者の学年構成は以下のとおりである。小
次の設問「無垢島にきて良かったこと」への
学校 6 年生を主とした集団であった。
回答も同様の結果であった。
子どもたちからの回答からは,例年どおり
化石採集と海での活動が良い印象を与えてい
ることが読み取れる。泳いだり,海に飛び込
んだりという活動と直接結びつく学習内容は
今のところ準備ができていないが,今後の自
然体験学習会の改善に向けて配慮すべき点で
今回の参加者が過去の学習会に参加した状
あると考えている。
況は以下のとおりである。
2)大学生へのアンケート調査と結果
大学生への調査は,事前と事後の 2 回実施
した。事前調査としては第 1 日目の磯の生物
過去の自然体験学習会に参加したことが,
観察後の休憩時間に,事後調査は体験学習終
その後の生活や学習にどの様な影響を与えて
了後,調査用紙を配布し回答後に回収した。
いるのかを問う設問の回答は以下のとおりで
今回の分析対象は事前・事後の両方の回答が
ある。
得られた 13 名とした。アンケートの項目は,
①自然体験学習と教室での学習との相違,②自
然体験学習会で子どもたちに何を伝えたいか,③
自然体験学習会で扱いたい学習内容は,の 3 点
について自 由 記 述 させた。分 析 は,記 述 さ れ た
文面の文字数,キーワードの出現頻度を測定
することで,回答の傾向を探った。
回答者の総数が少なく,また,選択肢によ
る回答という条件付きの解釈ではあるが,過
・記述された文字数
去の学習会での経験が,学校の学習や生活態
上記 3 項目について文字の総数,回答の件
度に影響を及ぼしていると考えられる。
数(回答人数),1 件あたりの平均文字数を数
次の設問は自然体験学習会の活動全般と,
えた。また,②と③については,文面から地
会場である無垢島の印象を聞くために設定し
理,化学,生物,地学の分野に分け,それぞ
た。
れの数値を数えた。
記述された文字の総数は以下のとおりであ
る。自然体験学習と教室での学習との違いに
ほぼ例年通りの回答が得られ,化石採集,
海のきれいさ,生き物が豊富であること,自
由時間も含めて海に関する回答が多かった。
75
ついては,事後のアンケートで記述量が多く
4.まとめ
なった。また,伝えたいこと,内容について,
自然体験学習に期待される学習内容として,
物理,化学に関連する記述も増えていた。
子どもたちからは化石採集,海での活動があ
・記述に出現する単語の頻度より
げられ,学生からは化石,地層,環境がキー
3 項目の回答として記述された単語につい
ワードとしてあげられた。化石については子
て,学習内容との関連が深いと考えられるも
どもたちと学生の観点は合致しているので,
のについて,その出現頻度を計測した。
今後もこの学習を重点的に扱うことが有効で
あろう。一方,子どもたちと学生の間で違い
のあった「海」と「環境」については,学習
の場として「海」を設定し,その内容として
は「環境」を扱うことで両者の期待が一致さ
せることができ,効果的な自然体験学習会が
実施できるのではないかと考えられる。現在
のところ,自然体験学習会の内容は,化学,
生物,地学の分野で多様な内容で実施されて
いるが,それらの学習内容を集約する概念の
その結果,子どもたちに伝えたいこと,扱
抽出は今後の学習会のカリキュラムを構想す
いたい内容ともに同様の傾向が見られた。
るための有効な指針となる。また,総合的に
把握する際の方向性が定められることにより,
今までは取り入れられなかった,物理分野の
内容についても導入の可能性が考えられる。
今後,アンケートの吟味と分析方法の精度の
向上が必要である。
5.おわりに
ここで検討した事項は,無垢島を会場とす
る自然体験学習会という特殊なものであるが,
「身近」「環境」「化石」「地層」の出現頻度
この実践から,自然体験学習会を成功させる
が大きく,特に,「身近」「環境」は事後調査
手法や内容の一般化を図ることができるので
で増加した。また,「化石」「地層」は総数と
はないかと考えている。そのためには参加者
しては多いが事後調査では減少していた。こ
の観点からの考察も重要であろう。
れらのことから,学習内容を総合的に扱うた
めには,「環境」「地層」「化石」「身近」をキ
参考文献
ーワードとしてカリキュラムをまとめること
1)牧野治敏,自然体験学習プログラムの実証的研究
が有効ではないかと考えている。また,
「化石」
̶第 3 回無垢島自然体験学習会での実践から̶,大分大
「地層」が扱いたい内容の項目で出現頻度が
学教育福祉科学部研究紀要,第 31 巻第 1 号(2009)
減少したことは,学生たちがそれらを学習す
2)牧野治敏,高濱秀樹,田中均,島田秀昭,土田理,
べき目的として考えていたものが,「化石」や
自然体験学習会の効果的な実施について‐大学,地域,
「地層」を題材として何かを教えたいと考え
学校の協働による大分県津久見市無垢島での実 践 か
るようになったのではないかと推察している。
ら‐,科教研報 Vol.23,No.2,41-44,2008
76
科教研報 Vol.24 No.2
原爆に関する VR 教材と携帯端末を用いた授業実践と評価
Practice and Evaluation of Classes Using PDA and Educational Materials about Atomic Bomb
Made by VR
藤木卓*
北原加保里**
寺嶋浩介*
森田裕介***
FUJIKI, Takashi
KITAHARA, Kahori
TERASHIMA, Kosuke MORITA, Yusuke
竹田仰****
相原玲二*****
近堂徹*****
柳生大輔******
TAKEDA, Takashi
AIBARA, Reiji
KONDO, Toru
YAGYU, Daisuke
*長崎大学教育学部,**長崎大学大学院教育学研究科
***早稲田大学人間科学学術院,****九州大学芸術工学研究院
*****広島大学情報メディア教育研究センター,******長崎大学情報メディア基盤センター
*Faculty of Education, Nagasaki University, **Graduate School of Nagasaki University,
***Faculty of Human Sciences, Waseda University, ****Graduate School of Design, Kyushu University,
*****Information Media Center, Hiroshima University,
****** Information Media Center, Nagasaki University
[要約]原爆に関する VR 教材と,携帯端末の連携による学習環境を開発し,授業実践を行うと
ともにシステム的な側面から主観評価にもとづく評価を行った。その結果,次のことが明らかと
なった。●VR 教材については,被爆直後の「瓶」と現在の「平和祈念像」で,改善の効果が見
られた。●VR や携帯端末の操作に関しては,それほど説明を必要としなかった。●探索モード
と対象物の見易さに関する,検討を必要とする。●VR 用 PC のスペックとファイルサイズの関
係を考慮しつつ,3DCG の質の向上について検討する必要がある。
[キーワード]VR,原爆,携帯端末,学習環境,実践,評価,システム
筆者らは,可搬型 VR 装置の学習利用を進めて
1.はじめに
VR(Virtual Reality)の教育への活用が広がり
おり,グループ学習での活用策を検討している。
を見せている。森田らは持ち運び可能な VR 装置
グループでの探索学習時に,限りのある VR での
の効果的な活用について,スクリーン形状の違い
提示情報を補足する方策が必要となる。そこで,
が没入感の差を生じることを明らかにした(森田
仮想空間の探索行動と連動する携帯端末での学
ら 2005)。それを発展させた U 字形状のスクリー
習環境を開発した。
ンを用いて,瀬戸崎らは月の満ち欠けや日食等に
本研究では,開発した学習環境とそれを用いた
関する天体学習のために,太陽系の多視点型 VR
授業実践について,システム部分の評価を中心に
教材を開発し,授業実践を行っている(瀬戸崎ら
検討した。すなわち,本研究の目的は,開発した
2006)。スクリーンサイズの影響については,瀬
原爆に関する VR 教材と携帯端末用学習システム
戸崎らが明らかにしている(瀬戸崎ら 2007)。ま
を用いた授業実践についてシステム部分の主観
た,VR と実写映像の合成に関しては,藤木らが
評価を行い,今後の改善点を得ることである。
主観評価により明らかにしている(藤木ら 2008)。
一方,携帯端末の教育利用については,多人数
2.研究の方法
講義支援のための携帯電話対応の写真データベ
2.1.VR 学習環境
ースを開発し,その評価を行った研究(宮田 2007)
本研究では,3DCG により開発した探索可能な
や,プランクトンの観察学習を支援する PDA に
仮想空間教材を VR 教材と呼び,VR 教材での探
対応した動画コンテンツの活用に関する研究(宮
索と連動して携帯端末に情報提示が可能な Web
田ら 2005)が行われている。
教材を携帯端末用学習システムと呼ぶ。そして,
77
3D 用透過型スクリーン
VR 用 PC
VR サーバ
VR クライアント
(L) と (R)
無線 LAN
1024×768 ピクセル,
ルータ
アナログ RGB
Dsub15 ピン接続
R
偏光
メガネ
携帯端末
学習者
L
偏光
フィルタ
DLP
プロジェクタ
コントローラ
授業者
Web サーバ
VR 用 PC
VR サーバ:キューブタイプ PC Pentium Dual Core 2.6GHz CPU,2GB メモリ,Windows XP Pro Service Pack 3
VR クライアント:キューブタイプ PC Pentium4 3GHz CPU,2GB メモリ,Windows XP Pro Service Pack 2
Web サーバ:ノート PC,Linux,Samba
無線 LAN ルータ:バッファロー WHR-G54
DLP プロジェクタ:三菱 LVP-XD350,2500lm
3D 用スクリーン
3D 用透過型スクリーン(被爆直後):Stewart 2m x 5m(半分使用)
3D 用反射型スクリーン(現在):KIKUCHI KGL-100HDS,100 インチ HD タイプ
携帯端末:Apple, iPod touch(8G)
コントローラ:ゲーム用,無線タイプ:Logicool Cordless Controller
図1
VR 学習環境の基本構成
これら VR 教材と携帯端末用学習システムを合わ
報を携帯端末へ提示するようにした。この携帯端
せて VR 学習環境と呼ぶ。
末用学習システムでは,VR の仮想空間における
本研究で開発した VR 学習環境の基本構成を図
位置情報を利用した。探索者の位置情報は,コン
1に示す。
トローラでの探索中,時々刻々と変化する探索者
図中の VR 用 PC で生成された左右眼用の
の位置と,予め設定した対象物との位置情報の比
3DCG 映像は,DLP プロジェクタにより偏光フ
較により判定した。そして,事前に構築した Web
ィルタを介して 3D 用スクリーンへ投影されるよ
サーバのコンテンツを,無線 LAN 環境を介して
うにした。被爆直後の CG は,専用の VR 用 PC
携 帯 端 末 へ配 信 し た 。そ れ に よ り, 探 索 中 に
で生成した映像を 2m×5m のスクリーン半面に
PUSH 型の情報提示を可能とした。なお,原稿執
投影した。また現在の街並み CG は,専用の VR
筆時点では,探索行動と連動した携帯端末への情
用 PC で生成した映像を 100 インチの反射型 3D
報提示は被爆直後の 3DCG だけで実現した。
スクリーンに投影した。どちらの CG も,投影に
学習者は,偏光メガネを装着してスクリーンを
は DLP タイプのプロジェクタ(2500lm)を用い,
見ることで,没入感や飛び出し感のある 3DCG を
XGA(1024×768)の解像度でそれぞれのスクリ
見ることができた。
ーンに投影した。図1は,被爆直後の CG 投影時
授業実践に際しては,被爆直後と現在の 2 つの
街並みに関する VR 学習環境を,カーテンで仕切
における基本構成のイメージ図である。
投影した 3DCG による仮想空間の探索は,操作
ることができる大教室内に構築した。
性を考慮して無線型のコントローラを使用した。
また,コントローラで探索中に,爆心地や溶けた
ガラスビン,浦上天主堂等の対象物に近づくと,
予め作成したそれぞれの対象物に関する詳細情
78
表1
回
目標等
授業の構成
学習者の活動
<座学>
1
◎発電のしくみを説明することが
2 時間続き
●生活と電気,発電のしくみを知る。
できる。
◎日本のエネルギ事情について論
●発電に必要な原料,エネルギ自給率,輸入依存度等を知り,
述できる。
日本のエネルギ事情について考える。
◎火力発電の問題点,原子力発電
●環境問題から見た火力発電の問題点,原子力発電の利点を
の利点を説明できる。
知る。
2
<VR 探索,携帯端末利用>
◎原子力の抱える問題について説
●被爆直後の長崎の爆心地,溶けたガラスビン,浦上天主堂
明できる。
を探索し,爆心地からの距離や方角,被害の様子を観察する。
●現在の長崎の爆心地,平和祈念像,浦上天主堂を探索し,
被爆後との街並みの変化や復興の様子を観察するとともに平
和への願いを感じ取る。
<調べ学習>
3
◎原子力の抱える問題について説
2 時間続き
●原子爆弾の原理や構造(広島型,長崎型),爆発のメカニズ
明できる。
ム,原子力発電と原子爆弾の違いについて知り,原子力の正
負の利用について考える。
4
<グループ討議,発表>
◎原子力の科学と技術と社会,平
●原子力を安全に,平和的に利用するにはどうしたら良いか
和との関わりについて,各自が理
グループで話し合い,まとめる。
解を深め,意見を述べることがで
●発表を行うとともに,他の発表を聞き,科学と技術と社会,
きる。
平和との関わりについて,考える。
2.2.学習の概要
術と社会」で特別に編成された2,3年生混合の
VR 教材を用いた授業では,原爆に関する学習
4クラスを用いて行った。ただし,用いた VR 教
を通して科学と技術,社会,そして平和に関する
材は,それぞれの授業時点で開発中のものであり,
認識を総合的に育てることを意図している。その
実施期日が新しくなるほど完成度は上がってい
ため,以下の教材を準備した。
た。また,VR を設置する教室の確保の問題で,
1)探索可能な被爆直後の街並み(VR)
2時間目(VR 探索,携帯端末利用)と3時間目
2)探索可能な現在の街並み(VR)
(調べ学習)を入れ替えて授業を実施したクラス
3)携帯端末による被爆関連情報(Web 情報)
もあった。クラス1(2 年生 19 名,3 年生 4 名,
4)調べ学習用エネルギ教育関連,原爆関連資料
計 23 名)の授業は 2009 年 9 月 9 日,11 日(VR)
(印刷物)
に,クラス2(2 年生 21 名,3 年生 11 名,計 32
名)の授業は 2009 年 9 月 16 日(VR),18 日に,
クラス3(2 年生 27 名,3 年生 15 名,計 42 名)
授業の最終的な目標は,「原子力の科学と技術
と社会,平和との関わりについて,各自が理解を
の授業は 2009 年 9 月 25 日,10 月 7 日(VR)に
深め,意見を述べることができる」とし,50 分×
行った。なお,クラス4の授業は 2009 年 10 月
4 回の授業で構成した。授業の構成を表1に示す。
26 日(VR),28 日に実施予定であり,原稿執筆
授業は,長崎大学教育学部附属中学校の学問探
時点では人数の把握ができなかった。
求(総合的な学習の時間)で,講座名「科学と技
学習の際には,前述の教材の他に,表1の学習
79
者の活動に沿って必要な情報を配置した書き込
3.結果と考察
み用のワークシートを用いた。
3.1.VR 学習環境に関する評価結果
VR 教材での学習は 10 名程度に限られるため,
既に,授業実践が終了したクラス1~3のうち,
VR 教材での学習では各クラスともに 10 名程度の
クラス3は 40 名を超える人数であったため,表
グループに分けて学習を進めることとした。
1で予定した全ての内容が実施できず,検討の対
象から外した。そこで,残ったクラス1と2につ
2.3.評価の方法
いての主観評価結果を図2に示す。図中の*印は,
VR 学習環境についての評価は,VR 探索及び携
t 検定において 5%水準で有意な差を示したこと
帯端末利用の学習を行った時間の終了直後に質
を意味する。処理対象者数は,完全回答を行った
問紙により回答を求めた。質問紙の項目は,被爆
クラス1の 16 名と,クラス2の 26 名であった。
後の VR に関する臨場感や浮き出し感,CG の印
図から,被爆直後の VR で探索して学習した
象,移動の速さ,疲労感等の 9 項目,携帯端末と
「瓶」に関して,クラス2はクラス1より 5%水
の連携や端末画面での見やすさ等に関する 5 項目,
準で有意に高い評価を得たことが分かる。クラス
そして現在の VR に関する臨場感や浮き出し感,
1と2のでは 5 日間の開きがあり,その間に瓶の
CG の印象,移動の速さ,疲労感等の 9 項目の,
高さや見え方に関する改善を図った結果が左右
計 23 項目であった。質問紙の最後には,全体的
したものと考えられる。また,携帯端末の「情報
な感想を聞く,自由記述の設問を設けた。これら
量」に関して,クラス2はクラス1より 5%水準
の VR 学習環境についての設問には,4 件法(4:
で有意に高い評価を得たことが分かる。この設問
感じた,3:まあまあ感じた,2:あまり感じな
は,携帯端末の Web ページに記載されている熱
かった,1:感じなかった)での回答を求めた。
や爆風等に関する情報量が十分だったかを問う
4件法での評価語は,設問により,「4:高い,
ものであった。この点については,クラス1の授
3:やや高い,2:やや低い,1:低い」「4:
業時に携帯端末で閲覧する対象に関する指示の
早い,3:やや早い,2:やや遅い,1:遅い」
不十分さで学習者に混乱が見られたことから,ク
を使い分けた。
ラス2の授業では閲覧対象に関する指示を適切
に与えたこと,VR 探索時に支援スタッフが積極
4
*
*
*
評価点
3
2
クラス1
クラス2
*:5%で差あり
図2
携帯端末
VR 学習環境の主観評価結果
80
現在
眼疲労
具合の悪さ
天主堂
平和記念像
奥行感
没入感
効果的
情報量
ページ移動
文字の大きさ
表示タイミング
被爆直後
眼疲労
具合の悪さ
瓶
天主堂
奥行感
没入感
1
的な支援を行ったこと等で,評価が高くなったも
のと考えられる。さらに,現在の VR で探索して
学習した「平和祈念像」に関して,クラス2はク
ラス1より 5%水準で有意に高い評価を得たこと
が分かる。この点については,平和祈念像は高さ
があるため接近するにつれて逆に視界に入らな
くなったことが原因であると考えられる。そこで,
クラス2では,平和祈念像に接近した際,探索モ
ードを地上走行から飛行モードに変更した。それ
により,近づいても祈念像全体を見上げることが
図3
でき,評価が高くなったものと考えることができ
被爆直後の街探索の例
る。この点は,今後,探索モードと対象物の見易
さに関して,入念な検討が必要である。
3.2.授業の様子
図3に被爆直後の街並み探索の例を,図4には
被爆直後の街並み探索と連動した携帯端末によ
る調べ学習の例を示す。
VR の操作に関しては,学習者の戸惑いはほと
んど感じられなかった。これは,使用したコント
ローラが一般的なゲームで用いるものであった
ため,それほど説明を必要としなかったことが挙
図4
携帯端末での調べ学習の例
げられる。
携帯端末の操作に関しては,ごく一般的な注意
をしただけで,学習者はすぐに操作を覚えるとと
もに,瞬く間に使いこなしていた。この点は,今
回の携帯端末は人気商品であり,恐らく,当初か
ら学習者の興味・関心を引いていたためと考えて
いる。それにしても,新しい携帯情報機器に対す
る興味と使いこなしの早さには目を見張るもの
がある。
次に,図5には現在の街並み探索の例を示す。
VR での学習の際には,眼が疲れたり気分が悪
図5
現在の街探索の例
くなることがあるので,その場合には偏光メガネ
・いろいろなもの・資料を使って調べることが
を外したり視線をそらせるように伝えておいた
出来てよかった。
ため,特に混乱は起きなかった。
・実際に歩いているように感じた。もっと立体
3.3.自由記述
的にみることが出来ればさらにいいと思っ
質問紙に設けた自由記述欄への記述から,代表
た。
的なものを紹介する。
・被爆地へ行ったような感覚になった。touch
・バーチャルを使うことで立体的に感じられ,
写真とは違う感じがする。
に表示される内容がもう少し詳しかったら
よかった。
81
・科学と平和について今までよりも多くの知識
簡易式没入型提示システムの効果的な利用に関
する一検討.
『日本教育工学会論文誌』29(Suppl..),
を得ることができた。
73-76
・奥行き感があってよかった。段差などから降
りるときのゆれでちょっと具合が悪くなっ
(2)瀬戸崎,森田裕介,竹田仰(2006)ニーズ調
た。
査に基づいた多視点型 VR 教材の開発と授業実践.
・もう少し画があったほうがいいと思う。いか
『日本バーチャルリアリティ学界論文誌』11(4),
537-544
にもコンピュータぽい絵だった。
・現在の方の建物がリアリティが少し足りなか
(3)瀬戸崎典夫,森田裕介,竹田仰(2007)多視
った。立体的だったので物の場所が分かりや
点型太陽系 VR 教材におけるスクリーンサイズの
すかった。
検討.
『教育システム情報学会誌』24(4),429-435
(4)藤木卓,左座智弘,寺嶋浩介(2008)遠隔学
このように,VR 教材及び携帯端末での学習に
習のための VR と実写の合成映像に関する主観評
は肯定的な記述が多く見られた。また,3DCG の
価.
『日本教育工学会論文誌』32(Suppl..),157-160
質については,ゲームに慣れている中学生には物
(5)宮田仁(2007)知識共有をめざした多人数講
足りなかったものと考えられる。CG の質の向上
義をサポートする携帯電話対応写真データベー
は,そのままファイル容量の拡大につながるため,
スシステムの開発とその評価.『日本教育工学会
VR 用 PC のスペックとも併せて検討する必要が
論文誌』31(Suppl..),173-176
ある。
(6)宮田仁,石上三雄,佐野正博(2005)船上で
のプランクトン観察学習を支援する PDA 対応動
4.おわりに
画コンテンツ活用実践の効果.『日本教育工学会
原爆に関する VR 教材と,携帯端末の連携によ
論文誌』29(Suppl..),89-92
る学習環境を開発し,授業実践を行うとともにシ
ステム的な側面から主観評価にもとづく評価を
行った。その結果,次のことが明らかとなった。
●VR 教材については,被爆直後の「瓶」と現
在の「平和祈念像」で,改善の効果が見られ
た。
●VR や携帯端末の操作に関しては,それほど
説明を必要としなかった。
●探索モードと対象物の見易さに関する,検討
を必要とする。
●VR 用 PC のスペックとファイルサイズの関
係を考慮しつつ,3DCG の質の向上について
検討する必要がある。
今後の課題としては,本研究の VR 学習環境に
よる授業において育成された,科学技術的認識の
変容について検討することが挙げられる。
参考文献
(1)森田裕介,岩崎勤,竹田仰,藤木卓(2005)
82
科教研報 Vol.24 No.2
理科実験が苦手な教師を支援するマンガ教材の開発と評価
Development and Evaluation of Sience Teachers’ Educational Materials Using Manga
大黒孝文*,
中村久良**,
竹中真希子***,
稲垣成哲****,
Daikoku Takafumi, Nakamura Hisayoshi, Takenaka Makiko, Inagaki Shigenori
*
同志社女子大学/神戸大学大学院人間発達環境学研究科,**ナリカ株式会社
***
大分大学教育福祉科学部, ****神戸大学大学院人間発達環境学研究科
【要約】本研究の目的は,理科の苦手な教師を支援するマンガを用いた教師教育のための教材を開
発し,その有効性について検討することであった。教材としてマンガを利用することは,内容がわかりや
すい,興味・関心や親近感の喚起,ふり返りが容易,意図的な情報操作,解釈の多義性を生かせるなど
の利点を挙げることができる。具体的には,理科教材の使用場面での教師の指導技術向上に関わるマ
ンガ教材を開発した。このマンガ教材について,小学校教員志望の女子大学2年生83名を対象に実践
的な評価を試みた結果,マンガの読みやすさは良好であり,マンガと理科教材活用の関係を表現する
ことにおいても有効であるという評価を得た。さらに,従来の解説書よりもマンガ教材の方がわかりやすく
効果的であることがわかった。
【キーワード】教師教育 ナラティブアプローチ マンガ
1.はじめに
理科教材 実験技能
るように,すぐれた教師の実践から学ぶ実用的なプ
近年,教師教育の主要な課題として,新しい世代
ログラムとして,全国でビデオ収録された理科授業
の教員を養成し,その専門性や資質・能力を育成す
の優れた部分を抽出し, 指導案とともにビデオ教材
ることは重要な課題とされている。日本学術会議
化したものが開発され,全国の教育施設に貸し出さ
(2007)は,これからの教師の科学的教養と教員養
れている。同じく大黒ら(2006)は,この課題に迫ること
成のあり方において「知識社会に対応する教育を行
を目的として,Web ブラウザー上で起動する協同学習
うためには,高度で複合的な科学的教養を生徒に獲
の理論と方法を習得するための教師教育プログラムを
得させる教師の養成及びその資質を持った教師の採
開発し評価を行ってきた。しかし,これらのプログラムは,
用と,さらなる資質と能力の向上を導く研修制度の
実際の授業をビデオで視聴することから,視聴すること
構築が不可欠である」としている。
自体に相当の時間が必要となる。また,ビデオによる情
また,平成20年度小学校理科教員実態調査及び中
報提供は,臨場感の高さや,その情報量の豊富さから
学校理科教師実態調査では,教員の理科に対する意
極めて効果的な方法であるがその反面,情報量が多過
識の問題や研修の実態について報告されている。こ
ぎて視聴すべき点が曖昧になるなどの問題点を指摘す
の報告をもとに花上ら(2009)は,小学校で理科を
ることできる。また,松本ら(2009)の報告にもあるよ
教える教員の意識として,特に理科の指導が苦手で
うに,小・中学校で理科を担当する教師が,すぐに
あり,領域では物理分野の内容に苦手意識があると
使えるすぐれた教材情報を求めていることからも,
指摘している。この傾向は年齢の若い教員ほど高い。
こうした課題を克服するために,ビデオを代替するもの
さらに松本ら(2009)は,小学校の学級担任が期待
が必要と考える。そこで,マンガの利用に着目する。
している理科の情報・情報源について,すぐに使え
マンガの有効性は,学習者にとって,比較的短時間
る優れた教材情報や優れた指導法に関する情報を挙
でストーリーを読み解くことが可能であり,さらには,作
げている。
画やセリフによって授業の文脈の中で,学習者に読み
取ってほしい部分に焦点化された情報を提供できる点
2.教師教育教材の伝達媒体
にあると考えられる。このようなマンガの特性を活用
こうした状況の中で,小倉ら(2007)に代表され
した教材としては ,吉川(2005,2007)が,経営
83
学の分野におけるMBAなどの研修用プログラムにお
この手回し発電機は1981年から学校現場に導入が
いて,知識やスキルの文脈適応力や状況判断力を養
可能となったもので,現在では数種類の手まわし発
成するためにマンガ教材を活用し有効な効果を挙げ
電機が理科室に存在する。そこで性能の異なる発電
ている。また,大黒ら(2009)も,吉川らの理論を
機の性能と活用方法の違いを実際の授業場面と関連
応用し,理科教育において協同学習の授業力を養う
付けて,マンガを用いてナラティブに表現する。こ
ためにマンガ教材を開発しており,その有効性の確
れにより単なる操作方法や指導技術を学ぶのではな
認を行っている。
く,授業中に発生する予期せぬトラブルや実験機器
吉川(2005,2007)は,マンガの特性を踏まえな
の構造上の特性に対応できる力を文脈から読み取り,
がら,マンガを新たな知識獲得を効果的に促進する
状況を判断する力を養うことができる。
学習ツールとして位置づけ,それをナラティブアプ
図1では,手回し発電機を回すことによって電気が
ローチを用いるための媒体として初めて実用化して
発生し豆球が光った現象よりも,他のグループとの
いる。ナラティブアプローチとは,単に知識を得る
光り方の違いを意識する男子児童の姿が描かれてい
ための解説ではなく,まさに物語の中に自分が入り
る。そして次のシーンでは,手回し発電機を強く回
込み,その場面において自分がどのように行動する
しすぎたため,豆球が高電圧に耐えきれず切れてし
かを個人が保有する知識を活用することで主体的に
まう場面が描かれている。
考えさせる手法である。
これには2つの原因を読み取ることができる。まず
そこで本研究では,吉川(2005,2007)の提唱するナ
1つは,手回し発電機の性能が豆球の耐電圧を越え
ラティブアプローチを教師教育のための教材開発に適
てしまっていること。事実,旧式の手回し発電機は
用し,具体的な教材を開発するとともに,その評価を小
学校教員志望の学生を対象に実施し,教師教育として
のマンガ教材の可能性を検討する。
3.
マンガ教材の概要
本研究では,小学校で理科を教える教員や小学校の
教員を目指す大学生を対象に,マンガを用いた教師教
育の教材を開発した。具体的な学習内容としては,小
学校理科の新学習指導要領において新しく導入された,
エネルギーの単元の手回し発電機の指導方法を扱う。
これは花上ら(2009)の報告にもあるように,小学校で理
科を教える教員の意識として,特に理科の指導が苦
手であり,領域では物理分野の内容に苦手意識を
持っている。また,松本ら(2009)の報告で,小学
校における物理分野の実験機器等の整備状況で70%
を超える学校に手まわし発電機がなく,教師にとっ
て授業での使用経験が尐ないと考えられるためであ
る。さらに,これから小学校教師を希望する大学生
は,小中高等学校とゆとり教育によって大幅に理科
の授業内容が削減されており,手回し発電機を用い
た実験経験がほとんどないためである。実際,京都
府内の女子大学で小学校教員を希望する大学2年生
83名を対象にした調査では,86%の学生が手回し発
図1
電機による実験経験がないという結果であった。
84
マンガ教材の一部
約12V程度まで出力が可能である。そして,もう1つ
る学校現場においては,児童に対して適切な指導が
は,教師がその性能を把握して,適切な実験指導が
できる教師が必要となってくる。
できていないことである。
また,このマンガ教材には,理科を指導する教師
続いて豆球が切れたことに対する教師の対応が描
の経験やスキルの違いによって読み取ることのでき
かれている。「あなたたちも」という発話から,豆
る深さが異なる設計が施されている。
球が切れたグループが1つではないこと,そして
例えば,
図2の理科室で物思いにふける教師が描か
「困ったわね」という発話と表情から,豆球が切れ
れている場面である。ここでは背景に実験教材を整
たときの準備が十分ではなかった様子が伺える。
理する戸棚が描かれている。普通にはよく整理され
これは,教師があらかじめ豆球が切れることを予
た戸棚に見えるのだが,理科室を使用する教師の立
測していなかったこと,すなわち手回し発電機の性
場から見れば,化学実験教材と電気実験教材が同じ
能と本実験の関係を把握せずに使用していた。そし
戸棚に管理されるようなことはまずないことである。
て,電球が切れるという不測の事態に対して十分な
さらに,図3の実験の様子からは,児童が実験を行う
予備電球を準備していなかったことが原因と考えら
様子に着目しがちであるが,経験を積んだ教師から
れる。
見れば,豆電球のような微弱な光を扱う実験で,カー
以上のトラブルを防ぐため,マンガ教材では,手
テンを開けたまま直射日光が入るような教室環境は
ありえないことである。
回し発電機を速く回しても,発電電圧が豆球が切れ
ることのない電圧(約3V程度)にまで改良された製
このようにマンガを用いることによって読み取っ
品情報として描かれている。しかし,一連のシーン
てほしい部分を焦点化し,それが教師の経験や知識
でもう1つ読み取らせたいのは,教師の児童に対する
量,またスキルの違いによって読み取ることのでき
事前の適切な指導と実験中の配慮があれば,このよ
る内容が異なってくるのである。これにより,理科
うなトラブルは防ぐことができるということである。
の指導が苦手な教員やこれから教員を目指す学生に
教師の指導力の問題とは別に,児童はとかく現象
対して,マンガ教材は文脈適応力や状況判断力を養
変化のおもしろさや,他者が行う実験との違いに興
成するのに効果的な学習教材と考える。
味が引かれ,学習指導内容や手順を無視する場合が
ある。そのため実験を行う児童の特性や操作のしや
4.マンガ教材の評価
すさに配慮した実験教材の開発改良は必要不可欠で
調査の対象は,京都府内の私立女子大学において
ある。しかし,これは教師の指導力不足を補うため
小学校の教員を志望する大学 2 年生 83 名で,時期
のものではない。まして,新旧の実験教材が混在す
は 2009 年 10 月 19 日であった。
調査の実施にあたっては,初めに学生に対して手
回し発電機の従来のパンフレット,旧型用と改良型
用を読ませ,改良された理由に気づいたかどうかを
口頭により尋ねた。続いてマンガ教材を読ませた後,
図2
マンガ教材の一部
図3
85
マンガ教材の一部
同様に改良された理由を尋ねた。次にマンガ教材に
続いて表1の質問項目を以下の5つのカテゴリー別
描かれている教師の指導上の問題点を中心に討議
に分析したところ,次の結果を得た。
を行い,検討の後にマンガ教材の有効性を評価する
(1)マンガの読みやすさや表現力に対する1~8の質
ための質問紙調査と自由記述による調査を実施し
問項目では,すべての項目に有意差が見られたが
た。所要時間は約 30 分であった。ただし,マンガ
(p<.01),項目7のみが有意差(p<.05)であった。
教材は図 1,2,3 からもわかるように,作品の完成
特にマンガのキャラクターの親しみやすさや文章量
が間に合わずラフスケッチの状態であった。
に関してはほぼ全員の学生が適切と認めていた。
質問紙調査の内容は,表 1 の結果にあるように 25
(2)マンガ教材と理科教材の性能や使用方法に関係
項目の質問から構成されており,4 段階評定法で回
する9~15の質問項目では,すべての項目において有
答させた。分析の方法は,4 段階評定法の回答を,
意差が見られた(p<.01)。特に実験教材がなぜ改良
項目ごとに「肯定的」「否定的」に分類し,回答人
されたかに関する問いでは,口頭による質問とほぼ
数の偏りを直接確率計算(両側)で検討した。
同等の結果を得ることができた。
(3)マンガ教材と従来の文章による解説との比較を
5.
結果
みる16~19の質問項目では,すべての項目において
初めに手回し発電機の改良点に気付いたかどうか
マンガ教材の方が有効であるという評価を得た
に関しては,従来のパンフレットを読んだ直後に気
(p<.01)。
付いた学生が17名(20.5%)であったのに対して,
(4)理科教材の性能や使用方法を表現するマンガ教
マンガを読んだ直後では83名(100%)に達した。
材の効果に関する20~23の質問項目においても,す
表1 マンガ教材に関するアンケート
No
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
設 問
マンガ教材のキャラクターデザインは親しみやすい
マンガ教材のキャラクターは魅力的だ
マンガ教材は容易に読み進めることができる
マンガ教材のコマ送りはわかりやすい
マンガ教材の文章は読みやすい
マンガ教材の文章量は適当である
マンガ教材は実験教材や理科室の備品等を的確に表している
マンガ教材は実際の授業の様子を的確に表している
マンガ教材は実験教材の性能の理解に役立つ
マンガ教材は実験教材の使用方法をわかりやすく表している
マンガ教材は実験教材の使用上の問題点をわかりやすく表している
マンガ教材は実験教材の開発コンセプトをわかりやすく表している
マンガ教材を読んで,児童に実験教材の使用方法を教えても,実験教材の特性によっては思っ
たような実験結果が得られないこともあることがわかる
マンガ教材を読んで,実験教材がなぜ改良されたかがわかる
マンガ教材を読んで,実験教材が改良された理由がわかったことから,旧式の実験教材であって
も何に気をつけて実験指導すればよいかがわかる
マンガ教材の方が文章だけの説明よりも実験教材の性能の理解に役立つ
マンガ教材の方が文章だけの説明よりも実験教材の使用方法をわかりやすく表している
マンガ教材の方が文章だけの説明よりも実験教材の使用上の問題点をわかりやすく表している
マンガ教材の方が文章だけの説明よりも実験教材の開発コンセプトをわかりやすく表している
実験教材の性能を説明するために,マンガ教材を用いることは効果的だと思う
実験教材の使用方法をわかりやすく説明するために,マンガ教材を用いることは効果的だと思う
実験教材の使用上の問題点をわかりやすく表すためにマンガ教材を用いることは効果的だと思う
実験教材の開発コンセプトをわかりやすく表すために,マンガ教材を用いることは効果的だと思う
理科実験が苦手な教師に対して,マンガ教材を用いることは効果的だと思う
この他の実験教材を紹介するマンガ教材があれば読んでみたい
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
**
p<.01
*
p<.05
肯定的
否定的
**
82
66
73
71
73
83
53
71
71
60
62
65
1
17
10
12
10
0
30
12
12
23
21
18
**
68
15
**
80
3
**
67
16
80
76
78
74
79
81
83
78
81
80
3
7
5
9
4
2
0
5
2
3
**
**
**
**
**
**
*
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
**
実施日 2009 年 10 月 19 日京都府下の私立女子大学の小学校教員志望大学生 90 名で実施
86
べての項目においてマンガ教材を用いることが有効
なっていた。
であるという評価を得た(p<.01)。これらの質問項
(4)理科教材の性能や使用方法を表現するマンガ教
目に対しては,ほぼ全員の生徒がマンガ教材の効果
材の効果について
を認める結果となった。
G:マンガ教材は,文章より親しみやすく,
興味を持っ
(5)最後に理科の指導が苦手な教師に対する,マンガ
てみることができます。また,マンガ教材は何度も
教材の効果と期待に関する24,25の質問項目につい
何度も繰り返し読むことができるので魅力的だと思
てもほぼ全員からマンガ教材は理科が苦手な教師に
いました。今後もこのようなマンガ教材を読みたい
対して有効であり,この他にも実験教材を紹介する
です。
マンガ教材を読んでみたいという評価を得た
H:文章と違ってマンガの場合は内容を理解しやすく
(p<.01)。
楽しみながら学べました。ですが,一見楽しいマン
最後に自由記述の主観的評価を質問紙調査の 5 つ
ガでもたくさんトラップが仕掛けられていて,見つ
の項目と関連付けたところ次のような結果を得た。
けることがとても難しかったです。まだ,完成版で
(1)マンガの読みやすさや表現力について
はないということですが,完成版はもう尐しトラッ
A:印刷の関係もあるのかもしれませんが細かい部分
プに気づきやすい工夫(細かいところまで正確に描
(整理棚の中の様子や豆電球が見えにくいので手を
く)などがあればよいと思います。
かざしている女の子の様子など)をもうちょっと丁
(5)理科の指導が苦手な教師に対する,マンガ教材の
寧にすればよりわかりやすい内容になるのではと思
効果と期待について
いました。個人的に吹き出しの文字は手書きではな
I:文章だけで説明されても理解しがたい部分も多々
くパソコンで打った方がいいなぁと感じました。
あるから,マンガ教材はとても役立つと思います。
B:今回のマンガは下書きのコピーだったので見にく
実際,現場でもすごく役立つと思うし,私自身すご
い場面がいくつかあった。そのため的確な判断はで
く読んでみたいです。
きないが,手回し発電機が改良された理由は分かり
J:すごくわかりやすかったです。私は理科が苦手で
やすかった。
子どもたちにちゃんと指導できるのか不安なので,
(2)マンガ教材と理科教材の性能や使用方法との関
教師になったらマンガを読んでみたいと思います。
係について
マンガの中にしかけてあるトラップの解説を最後に
C:実際にありそうな授業の様子で,違和感なく読む
分かりやすく載せて欲しいです。
ことができました。手回し発電機の特徴については,
マンガなら分かりやすいと思いました。
6.
D:どこに気をつけて実験を進めたらいいのか,改良
考察と今後の課題
考察については質問紙調査の 5 つのカテゴリーに
したところがどこなのかすごくわかりやすかったで
沿って行う。
す。でも,どう使うのかは尐しわかりづらかったで
(1)マンガ教材の読みやすさや表現力に関わる,マン
す。
ガのキャラクターや文章等については,質問紙調査
(3)マンガ教材と従来の文章による解説との比較に
の結果より親しみやすく読みやすいという評価を得
ついて
た。これは読者の対象を小学校教師の多数を占める
E:説明文だけでは理解できなかった部分も,マンガ
女性教員に置き,作画に配慮した結果と捉えること
で表すことでわかりやすくなった。子どもが回しす
ができる。ただ,自由記述にあるマンガの不明瞭さ
ぎて豆電球が切れた時,最初は手回し発電機が壊れ
や荒さに対する指摘は,使用したマンガがラフス
たのかと思ったけど,読み進めていくうちに電圧が
ケッチであったためと考えられ,清書するによって
大きくなりすぎたということがわかった。
改善できるものと捉えている。
F:初めに見たパンフレット(説明書)はあまり読む
(2)マンガ教材と理科教材の性能や使用方法との関
気がしなかったし,手回し発電機の新旧の違いがわ
係については,質問紙調査の結果,分かりやすいと
かりにくかったけど,マンガではよくわかるように
いう評価を得た。特に,実験教材が改良された理由
87
に関しては,ほぼ全員の学生が読み取れており,本
引用文献
教材のねらいの1つである,実験教材の開発理由を
大黒孝文・竹中真希子・上田浩司・東徹哉・牧野治敏:
理解したものと捉えることができる。また,自由記
協同学習の理論と方法を習得するための教師教育プ
述の多くに実験教材と使用法,及び指導法にかかわ
ログラムの開発協同学習の理論と方法を習得するた
る記述が見られることから,学生は教材と授業との
めの教師教育プログラムの開発,日本科学教育学会
関連を意識して読み進めることができたと捉えるこ
研究会研究報告,21(1),67-72,2006.
とができる。
大黒孝文(2009)「教師教育におけるマンガ教材」
(3)マンガ教材と従来の文章による解説との比較に
『日本科学教育学会第 33 回年会論文集』,日本科
ついては,いずれの評価においてもマンガ教材の有
学教育学会,pp.189-192.
効性を示す結果となった。この理由は,マンガ教材
花上和己,松本誠ら(2009)小・中学校理科教育実態調
の方が,内容がわかりやすく,ふり返ることで前後
査報告 I―理科に対する教員の意識等について―,
の文脈を比較し,発生する問題の因果関係を容易に
日本科学教育学会年会論文集,33,pp.443-444
読み取ることができた結果と捉えることができる。
松本誠,花上和己ら(2009)小・中学校理科教育実態調
(4)理科教材の性能や使用方法を表現するマンガ教
査報告 II ―教員研修及び観察実験に必要な費用に
材の効果については,質問紙調査の結果より,すべ
ついて―,日本科学 教育学会年会論 文集, 33,
ての項目で高い評価を得た。特に実験教材の使用上
pp.445-446
の問題点がわかりやすいかという問いに関しては,
日本学術会議:これからの教師の科学的教養と教員養
全員の学生が肯定的に捉えている。これは,マンガ
成の在り方について,2007.
のストーリーを読み取ることで問題点に気付かせる
http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-20-y1.
ナラティブアプローチの手法が有効に作用した結果
pdf#search='これからの教師の科学的教養と教員養
と考えられる。またこれは,自由記述にあるトラッ
成の在り方について'(2009 年 10 月 12 日現在)
プを探すという表現からも読み取ることができる。
小倉康・熊野善介・猿田祐嗣・清水誠・隅田学・中山迅・
さらに繰り返し読むことができるという評価もマン
鳩貝太郎・人見久城・益子典文・松原靜郎・松原道
ガ教材の特徴が表れた結果とみることができる。
男・吉田淳:「授業ビデオを活用した優れた小中学校
(5)最後に理科の指導が苦手な教師に対する,マンガ
理科指導に関する教師教育用教材(インタラクティブ
教材の効果と期待については,ほぼすべての学生が
セッション,転換期の科学教育)」年会論文集,
効果を認め期待感を表している。自由記述からもわ
339-340,2007.
かるように,理科の指導を苦手とする学生にとって,
吉川厚:「ナラティブアプローチを使った教材開発」,日
マンガ教材は有効な情報伝達手段であることがうか
本科学教育学会研究会研究報告,20,2,7-10,
がえる。
2005.
以上の考察を総括すると,マンガ教材は理科の苦
吉川厚:「獲得した知識を活用するトレーニング・
手な教師にとって,実験教材の特徴や指導の方法を
Situated Intelligence Training」,システム制御情報学
伝える有効な手段といえる。
会誌, 51,2,102-108,2007.
今後の課題としては,マンガ教材のねらいである,
ナラティブアプローチによって,読者が物語の中に
入り込み,自ら課題を解決する力や状況を判断する
力を養成することを支援するための,ティーチャー
ズマニュアルの作成や,ナラティブアプローチの手
法をより効果的に取り入れることで,ケースメソッ
ド・プログラムとしての開発を進めていきたい。
88
科教研報 Vol.24 No.2
博学連携における教師教育の現状と課題 -科学系博物館を事例として-
Current status and issues of the teacher’s education about cooperation between schools
and museums : A case study on the science museums
新小田かほり
坂本憲明
SHINKODA, Kahori
SAKAMOTO, Noriaki
福岡教育大学
福岡教育大学
Fukuoka University of Education
[要約]近年,我が国では,子どもの理科離れが叫ばれ,その改善策の一つとして,博学
連携が注目されている。しかし,理科離れの問題は子どもだけの問題ではなく,理科を教
える教師の理科離れにもあることが指摘され始めている。そこで,本研究では,教師教育
の視点から博学連携を捉え,科学系博物館が行っている教師教育の現状と課題を明らかに
することを目的とし,全国科学博物館協議会の加盟館から抽出した博物館に質問紙調査を
行った。結果として,教員研修等の教員に対する教育活動を行っている館は多数見られた
が,教員をサポートするための資料や取り組みを用意している博物館が尐ないことがわか
った。また,科学系博物館における教師教育の実態(概要)が明らかになり,これらの事
例は,今後の博物館における教師教育の参考資料として有効であると考える。
[キーワード]博学連携,科学系博物館,教師教育
年告示の小学校学習指導要領3)では,第 4 章指導
1. はじめに
近年,我が国では,各種の調査結果等により,
計画の作成と内容の取り扱いにおいて「指導にあ
理科の面白さ,理科を学習する意義や有用性を感
たっては,博物館や科学学習センター等を積極的
じている子どもが尐ないことが指摘され,子ども
に活用するよう配慮すること」と明記したりする
の理科離れが問題視されている。また,教える側
など,博学連携を理科離れの改善策の一つとして
である教師においても理科離れが危惧されてい
取り上げてきた.。平成 20 年告示の小学校新学習
る。
科学技術振興機構の平成 20 年度の調査では,
指導要領ではさらに“連携,協力”という文言が
理科の指導を「苦手」または「やや苦手」だと答
加えられ,学校側が一方的に博物館を活用するの
えた小学校教諭が約 5 割を占め,さらに,約 7 割
でなく,博物館と学校とが互いに連携,協力する
が理科の指導方法について自身の知識・技能が
ことが強調されている。こうした動きから,今日
「低い」または「やや低い」と感じていることが
では多くの博物館で学校教育と連携した学習プ
報告されている1)。このことから,教師の理科離
ログラムが開発・実行されており,小川・下條
れが子どもの理科離れに影響を与えている可能
(2003)による調査では,博物館の体験的な学習は,
性も十分に考えられるであろう。文部科学省は,
子どもの記憶に残りやすいことや科学や科学系
これまで平成 8 年の中央教育審議会答申 により,
博物館に対する好意的態度を高める結果も報告
科学教育の改善のために学校教育と博物館等の
されるなど,様々な研究によって子どもに対して
社会教育施設との連携の重要性を指摘し,平成 10
の博学連携の取り組みの現状は明らかとなって
2)
89
きている4)。しかし,一方で,博学連携における
行うものや,博物館職員が学校に出向く移動博物
教員に対しての取り組み,つまり,博学連携にお
館等の単発的学習活動,及び,ある一定期間を通
ける教師教育の取り組みの現状については未知
して博物館で実験・観察等を行うアフタースクー
な部分が多く,全国でどのような取り組みが行わ
ルなどの継続的学習がある。国立科学博物館が平
れているのか十分に明らかにされていない。そこ
成 20 年に全国の博物館に行ったアンケート調査
で,本研究では,博学連携の一環として科学系博
7)
物館の教師教育について着眼し,博学連携におけ
利用したと回答した博物館が,約 80%に及ぶこと
る教師教育の現状と課題について明らかにする
から,直接的サービスは積極的に行われていると
こととした。
考えられる。一方,間接的サービスとしては,国
によると,こういった直接的サービスを学校が
立科学博物館が行っている教員に対する研修の
2. 博学連携について
ティーチャーズ・センター等が該当するが,この
(1) 博物館とは
ような教員に対してのサポートを行っている博
博物館法第1章総則(定義)第2条によると,
物館は全国にも尐なく,同アンケート調査により,
博物館は,「調査し研究する機能」,
「資料を収集
「教員をサポートするための事業を特に設けて
し保管する機能」
,
「資料を公開し教育する機能」
いない」と答えた博物館が 56%と高い割合を示し
の三つの機能を有する機関であると言える5)。従
ている。このように,我が国の博物館における学
来,博物館活動の主体は資料の収集・保管,調査・
校に対する教育サービスは直接的サービスに偏
研究等の内なる博物館活動の分野であったが,今
っており,教員に対してのサポートが不十分であ
日では,教育を中心とした機能が重要視され始め
ることが推察される。
ている。その結果,学校をはじめ他の博物館又は
地域と連携を深め,より教育力のある生涯学習機
3.研究の目的と方法
関としての期待がされている。
(1) 研究目的
(2) 科学系博物館の教育サービスの分類
質問紙調査及び電話調査等により,全国の科学
小川(2003)は,博物館の教育サービスを,
「直接
系博物館(主に国立,県立,市立)で行われてい
的サービス」と「間接的サービス」の二つに区分
る教師教育の現状を明らかにし,今後の活用資料
した。「直接的サービス」とは,博物館職員等や
とする。また,福岡県内の科学系博物館と他県の
教員が直接,児童・生徒を指導するタイプの活動
取り組みとを比較し,福岡県の現状と課題を明ら
を示し,
「間接的サービス」とは,教員研修の実
かにする。
施や児童・生徒用の教材を提供し,間接的に学校
(2) 研究方法
6)
の博物館利用を支援する方法である 。本研究で
まず,全国の科学系博物館の教師教育の現状を
は,間接的サービスのうち教員に対するサービス
つかむため,質問紙調査を実施した。調査概要は
を研究対象として進めていくものとする。
以下の通りである。
(3) 日本の博学連携の動向
調査方法:郵送による配布・回収の自記入式質問
近年,我が国では,博物館の教育的価値が見直
紙調査
され始め,博学連携の教育プログラムの開発が盛
調査対象:全国科学博物館協議会の加盟館より
抽出(計 87 館)
んに行われてきている。我が国の博物館が行って
いる学校に対しての直接的サービスの例として
調査時期:2009 年 10 月
は,体験活動として,博物館にきた学校団体に対
調査項目:12 問(A4版用紙計4枚)
調査項目の詳細については表 1 に示す。
して博物館職員が実験・観察や展示見学の指導を
90
調査項目一覧
た」との意見もあった。問 9 では,教員をサポー
問1 館が設置されている都道府県
問2 館の所在地
問3 館の施設名
問4 館の設置主体
問5 館種
問6 館の来場者数
問7 学校との連携担当者がいるか
問8 学校教員に対する教育活動を行っているか
副問ⅰ 行っている場合
① 参加対象の教員の校種
② いつから取り組んでいるか
③ 参加人数(平成 20 年度)
④ 年に何回行われているか
⑤ 研修内容を具体的に
副問ⅱ 行っていない場合
① 行っていない理由
② 今後行っていきたいか
③ 今後行う場合の問題や不安要因
問9 教員研修の他に教員をサポートするために用意
している資料や取り組み(選択制)
問10 問9を実際に教員が利用したもの(選択制)
問11 小中学校が授業の一環で利用したことがあるか
問12 教師教育についての意見(自由記述)
トするために用意している資料や取り組みにつ
表1
いて,複数回答可の選択制で尋ねた。それぞれの
結果を表 2-1 に示す。
(それぞれの結果は全 39
館のうち,行っている館の館数と全体に対する割
合を示したものである。)一番多くの館で行われ
ている「収蔵資料・標本の貸出」においても 54%
に留まり,他はすべて半数以下であり,サポート
体制があまり充実していないことがわかる。「博
物館を活用した学習指導案等の事例紹介」及び
「ティーチャーズセンター等の窓口施設」に関し
ては,行っている館は全体の1割程度で,ほとん
どの館で行われていなかった。「その他」として
は「出前授業」を行っているとの記述が多数あっ
た。問 10 では,問 9 で「用意している」と回答
したサポートのうち,実際に教員によって利用さ
れたものを尋ねたところ,表 2-2 の結果が得ら
れた。問 9 の結果と同様に,
「博物館を活用した
4.調査結果
学習指導案等の事例紹介」及び「ティーチャーズ
郵送による質問紙の回収率は,2009 年 10 月 19
センター等の窓口施設」が 60%と,他のサポート
日現在で 87 館中 39 館(約 45%)である。今後も
体制に比べ低い値を示した。
回収が予想されるが,今回の分析は現時点で回収
された 39 館のみで行った。分析対象館 39 館の内
表 2-1 教員に対してのサポート体制
訳については,館種別では,総合博物館が 18%,
自然史系博物館が 18%,理工系博物館が 41%,
歴史系博物館が 5%,その他が 18%であった。ま
収蔵資料・標本等の貸出
館内見学を自由化
ワークシート等の教員向け資料
博物館を活用した学習指導案等の事例紹介
教員が館内の説明を行う際の補助ツール
た,設置者別では,県立が 33%,市立が 57%,
ティーチャーズセンター等の窓口的施設
財団法人が 5%,民間企業が 5%であった。
その他
以下,問 7 から問 11 までの回答結果を示す。
表 2-2 教員による利用率
収蔵資料・標本等の貸出
館内見学を自由化
ワークシート等の教員向け資料
問 7 の学校連携担当者の有無については,39 館中
31 館(79%)が学校連携担当者がいると回答し
た。問 8 の教員に対する教育活動の有無について
博物館を活用した学習指導案等の事例紹介
は,39 館中 30 館(77%)が教員に対する教育活
教員が館内の説明を行う際の補助ツール
動を行っていると回答した。それぞれの館が行っ
その他
ティーチャーズセンター等の窓口的施設
21 館
16 館
18 館
15 館
9館
5館
7館
54%
41%
46%
15%
23%
13%
18%
18 館
15 館
17 館
9館
8館
3館
5館
86%
94%
94%
60%
89%
60%
71%
ている教育活動の詳細は,いくつかの事例を抜粋
し表 3 に示す。「行っていない」と回答した館の
問 11 の小・中学校が授業の一環として館を利用
理由としては,「人手不足」
,「要請がないため」,
したことがあるかについては,39 館中 38 館
「教育施設ではないため」等があげられた。ある
(97%)とほぼ全ての館が,「利用したことがあ
館では,
「実施したが効果が低かったため中止し
る」と回答した。
91
表 3 教員に対する教育活動(抜粋)
栃木(F館)
平成 5 年から毎年開催され,年に 2~4 回実施。
平成 20 年度の参加者は,のべ 49 名。
○教員のための博物館研修
平成 20 年度は年 2 回実施。
(博物館主催 1 回,教育センターと共催1回)
・博物館紹介,貸出資料紹介,貸出資料体験
○地学分野の教員研修会
SPP(サイエンス・パートナーシップ・プロジェクト)の一環
として平成 20 年度は年に2回実施。(教育委員会と連携)
・小,中学校での地学単元の学習指導法や地域教材の紹介
秋田 (A館)
○科学ウォッチング
平成 18 年から年に 2 回実施され, 平成 20 年度は 10 名参加。
科学振興委員会を設置し,市内の小・中学校の理科担当教諭が
その委員となって事業を展開。
・磁石を使った実験,液体窒素を使った実験
○10 年経験者研修の受け入れ
・実習研修
岩手(B館)
○教育研究所理科教育講座
市内の小中学校の理科教員を対象に,具体的な実験・観察方法
の指導,発展的な学習に対応する実験等の指導を行う。
○市教研理科部会の研修会
市内の中学校理科部会主催の研修会への対応。内容は生徒の興
味・関心に合った題材等についての紹介等
神奈川(G館)
平成 17 年から毎年開催され,年に 12 回実施。
平成 20 年度の参加者は,のべ 337 人。
○教員研修科学講座
授業にすぐに役立つ科学工作や実験・観察の研修会。
・化学実験・・・準備片付けが楽で廃液が尐ない環境に優しい
実験
・科学工作・・・材料費がかからない科学工作等。
・天文研修・・・天体望遠鏡の扱い方,星空教室の持ち方等。
宮城 (C館)
○理科教室実験講座
昭和 43 年の開設以来 454 回実施され,平成 19 年度は 12 回の申
し込みがあり,のべ 185 名が参加。
小学校教員を対象として,実験や観察実習を中心とした科学館
独自の研修講座。決められたメニューから学校単位で行う。
・液体窒素の教材化 参加者 23 名
・化学実験の基礎・科学クラブの実験と支援 参加者 19 名
・科学実験の基礎・薬品の取り扱い 18 名
○理数系教員指導力向上研修(SPP)
JST 主催事業で,市の教育センターと共催。3日間の研修。
教育委員会等と大学・科学館等の連携により,科学技術,理科・
数学に関して,観察・実験の体験など問題解決的な活動に係る
理数系教員の実践的指導力の育成を図る。
大阪(H館)
○総合学習研修プログラム
平成 12 年から毎年開催。平成 19 年度は計 13 回実施され,
のべ 242 名が参加。参加者は申し込み後抽選により決定。
テーマは総合的な学習の時間に応用できるもの(下記参照)
・「セミの抜け殻で環境学習」参加者 36 名
・「無脊椎動物の解剖」参加者 26 名
・「どんぐりをたべる」参加者 18 名
・「電子顕微鏡を使った観察・教材作成」参加者 9 名
・「変形菌」参加者 30 名
等,平成 19 年度は,計 13 テーマを実施。
岐阜(D館)
○エコサイエンス講座
・「身近な環境,水と大気」
・「環境とエネルギー」
○先端科学講座
・「初めてでも分かるDNA鑑定入門」
・「不思議なチタン」
・「遺伝子組み換えで光る大腸菌」
・「地震波でみる地球内部」
○小学校理科教員向け実験講座
滋賀 (I館)
平成8年から毎年開催。平成 20 年は年に 34 回実施され,
のべ 1096 名が参加。
・博物館の活用法
・学芸による講義
・プランクトンの観察
・外来魚の解剖(調理)
・生き物の飼い方
・植物図鑑の読み方講座
・コリオリの力の体感
・咽頭歯標本の作製
静岡(E館)
平成 16 年から年に8回実施。平成 20 年度はのべ 200 名が参加。
○理科系教員指導力向上研修講座
改訂された新しい学習指導要領に沿った理科教育のあり方を体
験的に学べる講座。演習やワークショップを通じて,指導力や
授業力を高める。
・学習指導要領改訂の主旨と要点について講話,ワークショップ
・小学校(理科)各学年の新内容とその指導法,ワークショップ
・中学校(理科)各学年の新内容とその指導法,ワークショップ
・アメリカの科学学習プログラムの授業への活用法(3日間)
・文部科学省国立教育政策研究所の教育課程調査官を迎えての
パネルディスカッション
○理数系教員指導力向上研修(SPP)
○小学校実験,観察実技講座
○中学校理科授業力向上研修
○理科支援員研修会(小学校)
○Gens リーダー講習会
※開館時より,教師による科学館ボランティアグループを結成
し(本年度で6年目)
,科学館を拠点とした教師教育を行って
おり,大学や教育委員会と連携して教員研修を実施。
92
兵庫 (J館)
小学校教員を対象に,毎月開催。毎回 10~20 名が参加。
○ソニー教育財団(SSTA)主催の研修
理科の実験や観察について,具体的に指導方法を学ぶ研修。
○教員(初任者,10 年,15 年)研修の受け入れ
・社会体験研修
※移動博物館・移動天文教室として小学校で授業や観察会を
実施。
※毎月教員向けに「科学の眼」という印刷物を発行し,科学
の魅力を伝えている。
香川 (K館)
昭和 45 年から年に 3 回実施。平成 20 年度はのべ 60 人参加。
○教員のための長期研修
小・中学校教員対象に、年間 3 人を 1 年にわたり研修する。
○初任者研修での指導
○10 年経験者研修における選択研修の一つとして
福岡 (L館)
○リフレッシュ理科教室
応用物理学会主催で毎年,年に1回(2日間)実施。
一日目:大学教授や外部講師による研究発表,実験工作の紹
介及びワークショップ
二日目:一日目の学びの実践として実験工作を子どもに指導
やはり,そうした教員の為にも,教員の実情に合
福岡 (M館)
○指導者支援教室
平成 15 年から開催されており,申し込みにより実施される。
平成 20 年度は年に 8 回実施され,のべ 65 名参加。
・実験工作・天体観測についての講習・実習
・科学実験(サイエンスショー)についての講習・実習
・館内施設・設備の利用
・展示場及びプラネタリウムの見学
わせて,教員が必要な時に必要なサポートを支援
していけるよう,サポート体制を充実させておく
必要があると考える。
次に,問 8 及び問 9 の設問において,福岡県と
全国の調査結果の比較分析を行うと,以下の結果
熊本 (N 館)
○市小理夏季巡検会
小学校教員対象に、年に1回実施。平成 20 年度は 25 名参加。
○教育委員会やその他の団体主催の教員研修講師
○授業研究会参加
が得られた。対象とする福岡県内の科学系博物館
は計6館で,調査結果は計6館を分母とする割合
を示している。問 8 の教員に対する教育活動を行
っているかの有無については,行っている館が全
国 77%に対し,福岡県は 83%と,全国とほぼ同
5.考察
学校との連携担当者を配置している館,並びに,
様の実施状況であることがわかった(図 1-1)。
教員研修などの教員に対しての教育活動をおこ
図 1-1 福岡県と全国の調査結果比較Ⅰ
なっている館が,全体の約8割近くを占めること
から,博物館において,博学連携や学校教育に対
する意識が高くなっていることが伺える。また,
教員に対する教育活動の事例(表 3)を見ると,
授業に使える教材・教具を紹介する館や実験・観
察の実技研修を行う館,新しく学習指導要領に入
また,問 9 の教員をサポートするために用意し
ってきた内容の指導方法について指導する館や
ている資料や取り組みの6項目においては,どの
博物館が行っているサービスについて紹介する
項目においても,福岡県が全国の割合を上回って
館など,それぞれの館ごとに,教員のスキルアッ
おり,「収蔵資料・標本等の貸出」においては全
プや博学連携のさらなる促進のために研修内容
国が 54%に対し福岡県は 83%,
「館内見学を自由
を工夫していることがわかる。学校教員は非常に
化」においては全国が 41%に対し福岡県は 67%,
多忙であり,学校現場では対応しなくてはならな
「ワークシート等の教員向け資料」においては,
い問題が多数存在する。そのような目まぐるしい
全国が 46%に対し 83%,
「教員が館内説明を行う
環境の中にいる教員に,いかに,博物館が行って
際の補助ツール」においては,全国が 23%に対し
いる取り組みに目を向けさせ,科学や科学教育に
50%と,
以上4項目において福岡県が全国を 25%
関心を持たせるかと,日々奮闘している博物館も
以上も上回っていた。
(図 1-2)
多数みられることが分かる。しかし,それ以上に,
図 1-2 福岡県と全国の調査結果比較Ⅱ
教員の多忙さは日々増しており,なかなか上手く
いっていないのが現状であるとの意見も数多く
教員へのサポート体制の比較
(%)
100
見られた。問 9 の教員へのサポート体制の 6 項目
については,問 8 の教員研修に比べ,いずれの項
80
60
目においても行っている館が尐なく,全国的に教
40
20
83
83
67
54
50
38
46
41
50
23
1 31 7
設
口
窓
の
等
セ
ン
タ
ー
ズ
明
ー
説
チ
ャ
内
テ
ィ
ー
館
が
員
教
的
ツ
ー
助
補
の
際
う
行
を
指
の
用
利
内
館
施
ル
介
紹
の
等
案
導
等
ト
シ
ー
ク
ー
ワ
93
事
向
員
教
の
内
館
収
るものの,参加できない教員も多いと思われる。
例
け
由
自
を
学
見
本
・標
料
資
蔵
め日程が指定されている取り組みには,興味はあ
資
化
出
貸
の
等
かる。教員の多忙さを考えると,教員研修等の予
料
0
員へのサポート体制が充実していないことが分
全国
福岡
以上のことから,福岡県内の科学系博物館におけ
7.謝辞
る教師教育は全国的に見ると積極的に行われて
本研究を実施するにあたり,全国科学博物館協
おり,教員に対するサポート体制も整っていると
議会加盟館(計 87 館)の館長および担当者の皆
考えられる。しかし,全国の傾向と同様に,教員
様には,公務御多忙の中,本調査の協力のために
へのサポート体制として,「館内利用の指導案等
質問紙への回答及び貴重なご意見を頂いた。また,
の事例紹介」
,
「教員が館内説明を行う際の補助ツ
国立科学博物館学習課長の小川義和先生には,博
ール」や「ティーチャーズセンター等の窓口施設」
学連携に関する多くの文献資料や貴重な示唆を
を行っている館が尐なく,今後これらのサポート
頂き大変お世話になった。ここに記して深く感謝
を充実させる必要がある。これらのサポートは,
の意を表す。
博物館と学校とが連携し,博物館を活用した授業
を行う際等に,非常に有効となってくる機能であ
る。そのため,今後これらのサポートを用意して
いる館が増えれば,教員も博物館を利用しやすく,
博学連携の更なる促進が期待できるであろう。
6.今後の課題
今回の調査結果は,現時点で回収している質問
紙(39 館)のみの分析であっため,今後も継続し
て質問紙の回収を行い,さらに詳細な調査分析を
行っていく。また,本調査により,全国の博物館
で行われている教師教育についての概要が明ら
かになったが,その取り組みの詳細やそれらが十
分に機能しているのか等の分析にまでは至らな
かった。そのため,今後は,先進的に教師教育に
取り組んでいる科学系博物館に,電話調査等を行
い,取り組みの現状や課題について明らかにし,
今後の科学系博物館における教師教育の展望を
示す。さらに,福岡県の博物館に関しては,実際
に館への訪問調査を行い,博物館の様子や館職員
の話など,様々な視点からの分析を行い,福岡県
内の科学系博物館における教師教育の現状と課
題を明らかにしたい。また,今回の調査は,科学
系博物館から見た教師教育の実態であったが,科
学系博物館と教員の双方にとって充実した教師
教育を行うためには,教員に対しての調査を行い,
教員が博物館に求めていることや教師教育に対
しての教員の考え等,教員から見た教師教育の実
態を明らかにすることも必要である。
94
引用文献
1)科学技術振興機構 理科教育支援センター(2009)
小学校理科教育実態調査及び中学校理科教師実
態調査に関する報告書,pp.35-39
2)中央教育審議会答申(1996) 21 世紀を展望した
我が国の教育の在り方について
3)文部科学省(1999) 小学校学習指導要領解説理
科編,東洋館出版社,p.73
4)小川義和・下條隆嗣(2004) 科学系博物館の学習
資源と学習活動における児童の態度の変容との
関連性,『科学教育研究』
,Vol.28 ,No.3,p.158
5)高橋雄造(2008)
『博物館の歴史』,法政大学出
版, pp.16-17
6)小川義和・下條隆嗣(2003) 科学系博物館の単発
的な学習活動の特性-国立科学博物館の学校団
体利用を事例として-,『科学教育研究,Vol.27,
No.1,pp.42-43
7)独立行政法人国立科学博物館(2009) 科学的体
験学習プログラムの体系的開発に関する調査研
究,文部科学省委託事業,pp.5-15
参考文献
(1)小川義和(2003) 学校と科学系博物館をつなぐ
学習活動の現状と課題,
『科学教育研究』,
Vol.27,No.1,pp.24-32
(2)文部科学省(2008) 小学校学習指導要領解説理
科編,大日本図書株式会社,p.69
(3)小川義和(2004) 科学系博物館における継続的
な学習活動の特性,『科研費研究成果報告書
(平成 13-15 年度)』, pp.12-13
(4)平賀伸夫・三ツ川章・齊藤仁志(2007) 教師支
援を目的とした学校と博物館との連携に関す
る研究-国語学習で科学的な内容を扱う場
合-,
『科学教育研究』
,Vol.31,No.2,pp.103
-113
科教研報 Vol.24 No.2
理科離れを引き起こす要因に関する研究
―子どもと教師の意識のずれを中心に―
A study on some factors to cause keeping away from science
-Mainly on a gap of the consciousness of children and teachers-
石川智惠
坂本憲明
ISHIKAWA, Chie
SAKAMOTO,Noriaki
福岡教育大学
福岡教育大学
Fukuoka University of Education
[要約]TIMSS(国際数学・理科教育動向調査)2007 等の結果では,理科学習に対する肯定的な意
識が未だ国際的に低いものとされ,特に中学校を境にその割合が減尐することが指摘されている。
そこで,本研究では“理科離れ”といわれる原因の一つを,小学校から中学校へ移行する段階で
の子どもの理科に対する肯定的意識の減尐としてとらえ,特に子どもと教師の意識の実態に焦点を
あて,平成 15 年度小・中学校教育課程実施状況調査の結果を再分析した。その結果,子どもと教
師の意識のずれが大きい単元は,小学校6年生の「水溶液の性質」,「物の燃え方と空気」,中学校
,中学校2年生の「動物の体のつくりとはたらき」であった。
1年生の「光と音」
,
「生物の観察」
さらに,これらの単元に着目し,今回は小学校の子どもと教師の理科学習に対する意識の現状につ
いて調査を行い,以下の結果が得られた。
・小学校教師の理科が好きな割合は多いが,理科の授業に苦手意識をもったことがある割合も多い。
・
「水溶液の性質」では,
“水溶液の区別”の実験と“金属を溶かす水溶液”の実験で教師が思って
いる以上に子どもが否定的意識をもっている。
・
「ものの燃え方と空気」では,同じ単元の他の実験に比べて“ものが燃えるときに起こる変化”
の実験で,子どもと教師の両方の否定的意識が高い。
[キーワード]理科離れ,小中接続,子どもと教師の意識のずれ
るが,中2では 20%と国際平均より 41 ポイント
1.はじめに
近年,我が国は子どもの学力・学習意欲の低下
も低い数値を示している。また,「理科は楽しい
など教育に関する様々な課題を抱えている。最近
か」という質問に肯定的な回答をした割合は,小
では,OECD-PISA 調査,IEA-TIMSS 調査及
4で 87%と今回の調査で国際平均より多尐は高
び全国学力・学習状況調査などが行われ,これら
くなったが,中2では 58%と国際平均より 20 ポ
の結果から,我が国の理科学習に対する様々な課
イントも低い。さらに,文部科学省の科学技術指
題が挙げられている。その中でも,「理科離れ」
標(2004 年版)3)からも,高学年になるにつれて
という言葉がマスコミなどでも頻繁に取り上げ
理科に対する意識が低くなっていることが指摘
られるようになった。また,科学技術振興機構の
されている。そこで,本研究では,学年進行に伴
2005 年調査や入江らの調査1)からは,
「教師の理
って理科に対する意識が低くなっていることを
科離れ」についても指摘されている。
課題としてとらえ,子どもと教師の理科学習に対
TIMSS2007 の結果によると,理科学習に対す
する意識の実態に視点をあてて,小・中学校の接
る肯定的な意識が未だ国際的に低い数値である
続において「理科離れ」を生じさせる原因を追究
ことがわかる2)。例えば,理科の勉強に対する自
してみたい。
信で「高レベル」を示す割合は,小4で 53%であ
95
2.先行研究及び予備的分析
興味面と理解面でそれぞれ分析した。図1は,例
2-1.平成 15 年度小・中学校教育課程実施状
として中学校1年生の興味面の結果である。表2
況調査の結果と分析
は,子どもの否定的意識が教師の否定的意識の割
2003 年に小学校5年生~中学校3年生までを
合より 10 ポイント以上ある単元の個数を示す。
対象とした小・中学校教育課程実施状況調査が行
分析の結果から,興味面・理解面ともに中学校の
われた4)。各単元毎に子どもと教師の意識調査が
方が小学校より単元数が多くなっている。このこ
行われ,調査項目は,興味面と指導内容の理解面
とから,高学年になるにつれて教師が思っている
の二つであった。子どもに対しては,その単元が
よりも子どもが嫌いとしている単元や理解して
「好きだった・嫌いだった」と指導内容が「よく
いない単元が増加していることがわかる。
分かった・よく分からなかった」の選択肢で調査
された。一方,教師に対しては,その単元が子ど
もにとって興味を「持ちやすい・持ちにくい」と,
理解「しやすい・しにくい」の選択肢で意識調査
が行われた。結果は,小学校においては,すべて
の内容項目において「好きだった」
,
「よく分か
った」と回答した子どもの割合が「嫌いだった」,
「よく分からなかった」と回答した割合を上回
っていた。これは,前回調査に比べて改善傾向
にある。一方,中学校では「嫌いだった」とい
(表2)子どもの否定的意識の割合が教師の否定的
意識より大きい単元数
う回答や「よく分からなかった」という回答が
上回った単元が散見される(表1)
。しかしな
がら,子どもと教師それぞれの単元ごとの意識
調査は行われているものの,このような両者の
意識を比較した分析は行われていない。そこで,
学年
(全単元数)
小5
(9)
小6
(8)
中1
(9)
中2
(8)
中3
(9)
興味面
1
4
5
4
4
理解面
0
0
4
3
4
さらに子どもと教師の意識について詳細な分
(2-1-B)子どもの否定的意識と教師の肯定
析を行っていくこととした。
的意識の比較
(表1)中学校における意識調査で子どもの否定的意識が
上回った単元名
子どもは「嫌いだった・よく分からなかった」
★「嫌いだった」という回答が上回った単元名
中1:力と圧力,光と音
中2:電流,電流の利用
中3:科学技術と人間
★「よく分からなかった」という回答が上回った単元名
中1:力と圧力
中2:電流,電流の利用
中3:科学技術と人間
と答えているが,教師は「子どもが興味を持ちや
すい・理解しやすい」と答えている単元を分析し
た。ここでは,子どもと教師の意識のずれが特に
大きく生じていた単元が明らかになり,これを下
の表3に示す。
(表3)子どもの否定的意識と教師の肯定的意識のずれが特
に大きい単元名
(2-1-A)子どもの否定的意識と教師の否定
(小5)なし
(小6)水溶液の性質,物の燃え方と空気
(中1)光と音,生物の観察
(中2)動物の体のつくりとはたらき
(中3)なし
的意識の比較
各単元で子どもが「嫌いだった・よく分からな
かった」と回答した割合と教師が「子どもは興味
を持ちにくい・理解しにくい」と回答した割合を
96
3.研究の目的
(調査方法及び対象など)
本研究では,教師と子どもの意識のずれが最も
大きかった小学校第6年生の単元に絞って詳し
調査方法:質問紙調査と面接調査(表4参照)
く調査を行っていく。また,教師と子どもの意識
質問紙調査対象:福岡県内の A 小学校第6学年
児童 164 名と教師 20 名
の実態把握及び,両者の意識のずれが実際にどの
面接調査対象:福岡県内の A 小学校第6学年 1
程度あり,子どもの「理科離れ」にどのように影
クラス 34 名
響しているのかを追究していく。
調査時期:2009 年 10 月
4.研究の方法
調査項目:児童質問紙3問,児童面接調査5問,
小・中学生と教師の意識の実態についてより詳
教師質問紙調査7問
しく調べるために,まずは,最も意識のずれが大
きかった小学校 6 年生の「水溶液の性質」,
「もの
の燃え方と空気」に単元を絞って調査を行った。
(表4)質問紙,面接調査の主な内容
5.調査結果
5-1.理科に対する意識(設問1~3)
【設問1】
子ども:
「理科が好きですか。
」
教師 :
「理科が好きですか。
」
【児童質問紙】
問1 理科は好きですか。
問2 理科のどんなところが好きですか。
問3 理科のどんなところが嫌いですか。
【児童面接調査】
問1 理科は好きですか。
問2 水溶液の性質の実験①~④やその学習内容に
それぞれ興味をもつことができましたか。
問3 全体的に水溶液の性質の学習に興味をもてま
したか。また理解できましたか。
問4 ものの燃え方と空気の実験①~④やその学習
内容にそれぞれ興味をもつことができました
か。
問5 全体的にものの燃え方と空気の学習に興味を
もてましたか。また理解できましたか。
【教師質問紙】
問1 理科が好きですか。
問2 理科の授業に苦手意識をもったことはありま
すか。
問3 あなたの勤務する小学校の子どもたち(6年
生)のうち理科が好き,またはどちらかという
と好きと答える子どもはどの程度いると思い
ますか。
問4 水溶液の性質の実験①~④やその学習内容は
それぞれ子どもにとって興味をもちやすいと
思いますか。
問5 全体的に水溶液の性質の学習は子どもにとっ
て興味をもちやすい,または理解しやすいと思
いますか。
問6 ものの燃え方と空気の実験①~④やその学習
内容はそれぞれ子どもにとって興味をもちや
すいと思いますか。
問7 全体的にものの燃え方と空気の学習は子ども
にとって興味をもちやすい,または理解しやす
いと思いますか。
(子ども)
(教師)
【設問2】
子ども:
「理科のどんなところが好きですか。
」
教師 :
「理科の授業に苦手意識をもったことはありま
すか。
」
(子ども)
97
(教師)
実験①~③は教師の肯定的意識が子どもより上
回っており,実験④では子どもの肯定的意識が教
師より高くなっている。
【設問3】
子ども:
「理科のどんなところが嫌いですか。
」
教師 :
「あなたの勤務する小学校の子どもたち(6年
生)のうち理科が好き,またはどちらかとい
うと好きと答える子どもはどの程度いると思
いますか。
」
(子ども)
実験①~③では教師の否定的意識が全くないの
に対して子どもの否定的意識は 10%以上ある。ま
た,実験④はその逆で子どもの否定的意識はない
(教師)
ものの,教師のほうは約 10%あることがわかる。
【設問5】
子ども:
「全体的に水溶液の性質の学習に興味をもてた
か。また理解できたか。
」
教師 :
「全体的に水溶液の性質の学習は子どもにとっ
て興味をもちやすい,または理解しやすいと思い
ますか。
」
5-2.水溶液の性質について(設問4~5)
【設問4】
子ども:
「実験①~④やその学習内容にそれぞれ興味を
もつことができましたか。
」
教師 :
「実験①~④やその学習内容はそれぞれ子ども
にとって興味をもちやすいと思いますか。
」
図 11,12 より,
「水溶液の性質」単元に関しては,
興味面,理解面ともに子どもと教師の意識の差は
あまりないことがわかる。
98
5-3.ものの燃え方と空気について
(設問6~7)
子どもと教師の意識の差は,興味面と比べて理解
面では差が大きくなっている。また,教師が思う
より子どもは全体的には肯定的意識をもってい
ることもわかる。
【設問6】
子ども:
「実験①~④やその学習内容にそれぞれ興味を
もつことができましたか。
」
教師 :
「実験①~④やその学習内容はそれぞれ子ども
にとって興味をもちやすいと思いますか。
」
教師より子どもの否定的意識の割合が尐ないこ
とから,教師が思うほど否定的な意識をもってい
ない子どもがいることがわかる。
実験①~②は子どもの肯定的意識が教師より上
回っており,実験③~④では教師の肯定的意識が
子どもより高くなっている。
6.考察
1)A小学校の子どもと教師の実態
調査結果の設問1~3より,A小学校の子ども
たちは,全体的に理科の学習に対して肯定的意識
を持っている子どもの割合が多いことが読み取
れる。教師も子どもと同様に理科に対して肯定的
意識をもっている割合が高いことが分かる。しか
実験④は他の3つの実験に比べて子どもと教師
の両方の否定的意識の割合が多いことが分かる。
また,実験③~④では子どもの否定的意識が教師
より高くなっている。
し,授業に対しては苦手意識をもったことがある
教師が多いこともうかがわれる。また,実際は教
師が予想している割合よりも多くの子どもたち
が「理科が好き,どちらかといえば好き」と示し
ていることも読み取れる。
【設問7】
2)単元ごとの意識の比較
子ども:
「全体的にものの燃え方と空気の学習に興味を
もてたか。また理解できたか。
」
教師 :
「全体的にものの燃え方と空気の学習は子ども
にとって興味をもちやすい,または理解しやすい
と思いますか。
」
設問5,7から A 小学校においては,全国的な
調査結果に比べて「水溶液の性質」と「ものの燃
え方と空気」の単元について,全体的に興味面,
理解面の両方で意識のずれがあまりみられない
ことが読み取れる。しかし,設問4,6のように
99
上記の2つの単元をそれぞれの実験ごとに分析
識がどのように変わっていくのかを調べ,中学校
したところ,各実験で子どもと教師の意識の割合
段階で子どもの理科に対する肯定的意識が下が
が大きく違うところがいくつかみられた。「水溶
る原因について追究してみたい。
液の性質」の 単元においては,
“気体が溶けてい
る水溶液”の実験で教師が思うほど子どもは否定
引用文献
的意識を示していないが,“水溶液の区別”の実
1)例えば,入江薫:「小学校新規採用教員の理科指導に関する
実態」,『理科教育学研究』, Vol.48, No.3, pp13-21, 2008
:
「国際数学・理科教育動向
2)IEA(国際教育到達度評価学会)
調査(TIMSS 調査)
」, 2007
(http://www.nier.go.jp/timss/2007/index.html)
3)文部科学省:
「科学技術指標」, 2004
4)国立教育政策研究所教育課程研究センター:「平成 15 年度
小・中学校教育課程実施状況調査 質問紙調査集計結果-理科
-」
,2005
験と“金属を溶かす水溶液”の実験では,教師の
想定以上に子どもは否定的意識を示しているこ
とが明らかになった。ここでは,子どもの否定的
意識の割合が教師の否定的意識より上回ってい
る。これは,教師が思っている以上に子どもが興
参考文献
味を示していないことが分かる。興味を持てなか
(1)滝川洋二,吉田安規良:
「“理科離れ”に至った戦後 60 年
の歩み・原因は何か」,『楽しい理科授業』, No.10, pp7-8, 20
(2)国立教育政策研究所:
「特定の課題に関する調査(理科)
」,
p135, 2006
(3)中村日出夫:
「『理科離れ』の本質を解消する理科教育の充
実に期待」,『理科の教育』, No.4, pp20-21, 2008
(4)松原静郎:「学力調査からみた子どもの実態と理科指導に
おける問題点」,『理科の教育』, No.10, pp10-12, 2004
(5)田代直幸:「我が国の児童・生徒の理科学力」,『理科の教
育』, No.1, pp4-7, 2007
(6)大日本図書:「新版 たのしい理科 6年上」,2004
(7)大日本図書:「新版 たのしい理科 6年下」,2004
った理由を面接調査で質問したところ,実験①で
は,
「分からなかった」,
「覚えるのが苦手だから」
という理由が挙げられた。実験②では「蒸発させ
るところが分からなかった」などの理由が挙がっ
た。実験③では「変化の違いがよく分からなかっ
た(実験結果が曖昧だった)
」,
「ただ入れるだけ
ではつまらなかった」という理由であった。
一方,ものの燃え方と空気の単元では,実験④
が他の3つの実験に比べて両者とも否定的意識
の割合が高いことが分かる。興味がもてなかった
理由としては,
「気体検知管の使い方がよく分か
らなかった」などが挙げられた。気体検知管の使
い方の中でも目盛りの読み方が分からなかった
子どもは 34 名中 11 人もいた。他にも,
「カバー
ゴムの付け方」や「棒を折るところ」が分からな
いと答えた子どももいた。実験器具の取扱いの徹
底という側面もあるが,教師の否定的意識も多く,
教師の回答結果も他の実験に比べて「やや教えに
くい」という割合が高かったことからこの実験内
容は教師と子どものどちらにおいても困難性を
有するものであると考えられる。
7.今後の課題
今後は,今回の結果をもとに継続して小学生に
対する面接調査を進めていく。さらに,中学生や
中学校の教師を対象とした調査の内容を考え,小
学校と中学校で子どもと教師の理科に対する意
100
科教研報 Vol.24 No.2
喜界島から産出する有孔虫化石を活用した理科教育
Science education about foraminifer fossils
:With foraminifer fossils included in strata of Kikaijima Island
八田
明夫
HATTA, Akio
鹿児島大学教育学部
Kagoshima Univ., Faculty of Education
【要約】本報告では,第三系から第四系が広く分布する鹿児島県喜界島の地層に注目し,その
地層に含まれる有孔虫化石の教材化について述べる。喜界島の基盤となる地質は,鮮新世から
洪積世にかけて形成された島尻層群で,その上位を洪積世の琉球層群が不整合に覆っている。
標高 200mの百之台には洪積世の琉球石灰岩が分布している。島尻層群,琉球石灰岩のいずれか
らも保存の良い有孔虫化石が産出する。有孔虫化石の教材化の第一歩は,露頭の発見である。
喜界島の露頭と有孔虫を紹介する。
【キーワード】 喜界島、直接体験、有孔虫化石
1.
2.
はじめに
喜界島の地質に関する先人の研究
喜界島の地質は,1935 年の半沢正四郎の研
地学教育において地史を学ぶ時,
学校の近く
に露頭があれば,児童・生徒が地層の学習や化
究でその概要が明かとなっている(中川,1966)。
石の採集を直接体験しながら学ぶことができ
基盤となる地質は,鮮新世から洪積世にかけて
る。直接体験は実物を見ながら学び,そのプロ
形成された島尻層群で,その上位を洪積世の琉
セスにさまざまなエピソードを織り込みなが
球層群が不整合に覆っている。標高 200mの百
ら学ぶので,記憶を取り出す時の糸口が沢山で
之台には洪積世の琉球石灰岩が分布している。
きる。
喜界島の琉球石灰岩は,珊瑚,石灰藻,有孔虫
などからなる。琉球石灰岩の中の有孔虫化石は,
自然は複雑な様子をそのままの姿で見せて
くる。野外観察では,学ぶべき事柄に注目させ
石灰化して岩石に同化しており,単体で取り出
るなどの留意点が必要であるが,そのような留
すことは困難であるが,島の各地で採取するこ
意点を差し引いても野外で直接体験すること
とができる(風化の進んだ部分から単離が可能
は,教室の中で図や写真からイメージするより,
である)。
島尻層群は砂泥互層からなり,有孔虫化石を
多くのことを学ぶことができる。
多産する。島尻層群の有孔虫化石については,
本報告では,霧島・桜島・開聞岳などの火山
や姶良カルデラ・鬼界カルデラの噴出物で広く
浮遊性有孔虫について Huang(1969)が報告して
覆われる鹿児島県の中で,第三系から第四系が
おり,地質時代は鮮新世であるとしていたが,
広く分布する鹿児島県喜界島の地層に注目し,
Globororalia truncatulinoides の産出を報告
その地層に含まれる有孔虫化石の教材化につ
しているので,その試料の産出地点に関しては
いて述べる。
洪積世である。
101
中川(1966)によれば,島尻層群の構造は伊砂
底生有孔虫は浅海から深海にわたって,あらゆ
地区を通るほぼ東西の背斜軸を中心に,北に向
る深度の環境に生息している。一方,浮遊性有
かうとより上位の地層が出現する単斜構造と,
孔虫は水深 200m以浅の環境には少なく, 200
南に向かうとより上位の地層が出現する単斜
mよりも深い海洋の表層近くの海水中を浮遊
構造からなる。島尻層群が浸食された面にサン
して生息している。表層から 50m付近に多いが,
ゴ礁が発達し,琉球石灰岩となり島尻層群を不
100,200,300mの深度の海中からも生きてい
整合に覆っている。台地は南部の百之台が最も
る浮遊性有孔虫を採取できる。深度ごとの採取
高く北に向かって標高が低くなっている。
データから「日周運動」をしていることも知ら
れている。
島の南東から北北東に向かう崖錐は,島の北
砂泥互層の泥層には,底質に生息していた底
東部の断層に続いているので,断層崖錐である
と推測できる。
生有孔虫とその上層の海面近くに生息してい
3.
た浮遊性有孔虫が遺骸となって,深海に堆積す
喜界島の地質とその堆積環境
1) 砂泥互層
る。必然的に半深海から深海にかけての堆積物
喜界島の砂泥互層は,その岩相から沖縄県に
には,浮遊性有孔虫化石の割合が多くなる。こ
広く分布する島尻層群に対比されている。喜界
の割合を「planktonic ratio」と呼び,堆積環
島南東部の急崖は植生に被われており,所々に
境が内湾的であったか,外洋であったかの判断
点在する露頭は単斜構造であることから,異な
に役立つ。喜界島の島尻層群の砂泥互層の泥層
った地質時代の堆積物である。
から産出する有孔虫化石の planktonic ratio
は 70%から 90%である。明らかに外洋の堆積
最も下位の地層が露出している伊砂(いさご )
物であると言える。
地区東部には喜界島の西側を周回する道路沿
いに露頭がある。本地点の地質は,砂泥互層を
2) 石灰岩
形成する砂層と泥層である。早町地区,川嶺地
喜界島に産出する石灰岩は,その岩相から,
沖縄県に広く発達する「琉球石灰岩」に対比さ
区の露頭にも砂泥互層が観察される。
れている。この石灰岩は,珊瑚・石灰藻・二枚
砂泥互層の成因は,
泥層の堆積する環境に砂
層が堆積したものであることが知られている。
貝・巻き貝・有孔虫などからなり,数mの層を
泥質砕屑物が堆積を続けている大陸棚以深の
なしている。
基盤となる島尻層群の地層が堆積したのち,
半深海に,タービダイト(乱泥流)が浅海から流
入し,その中の砂質な部分が堆積することによ
伊砂・早町を中心とした隆起が起こり,浅海で
って砂泥互層は形成される(外洋の場合,乱泥
地層が浸食されて,平らな面が形成されたもの
流中の泥質な部分は海流で運ばれてしまうと
と思われる。一般的な波浪限界の深度が 20mと
考えられる)。
言われているので,本地域でも 20m以浅の環境
そのため,砂泥互層の砂層からは大陸棚以浅
で浸食が行われた後,浅海性の珊瑚がサンゴ礁
に生息する有孔虫化石が産出する。また,泥層
を形成し,有孔虫などが生息していたものと思
からは半深海の有孔虫化石が産出する。現生の
われる。
底生有孔虫の分布に関する情報をもとに,産出
島での最高地点がある百之台の標高は 200
する底生有孔虫化石の堆積した環境(深度や緯
mに達している。Inagaki & Omura(2006)によ
度)を推定することができる。
ると,その石灰岩の絶対年代は,10 万年前と推
堆積環境を推定する方法は,他にもある。有
定されている。10 万年前の海面は現在より 14
孔虫化石中の浮遊性有孔虫と底生有孔虫の割
m低かったと言われているから,珊瑚は形成さ
合をもとに,堆積環境を推定する方法である。
れてから 10 万年で約 200m隆起したことにな
102
り,1 年で 2.1mm の隆起が起こったと推定され
れた時に削り出された面である。厚さ数mの露
る。段丘面の段の数から,隆起は毎年徐々に起
頭であり,風化が激しいが有孔虫化石を取り出
こるのではなく,数千年に一度の割で起こって
すことができる。
3) 湾地区東方の露頭
いると推定される。千数百年前の隆起以来,喜
湾の集落から台地に向かって南西方向に
界島は安定している。
3) 段丘面堆積物(砂丘堆積物)
100mほど進んだ所にあり,この石灰岩から
琉球石灰岩層を形成するサンゴ礁が隆起し
Nummulites の化石を取り出すことができる。
畑の周辺に 1m程度の厚さで露出している。
た後も,前述のように喜界島の隆起は続いてい
る。古い海岸段丘は,上位段丘面となっている。
4) 中里・荒木間の低位段丘面堆積物
湾集落南方,中里・荒木間の段丘面堆積物で,
絶対年代の明かな段丘面もあり,その隆起量が
Amphistegina 属などの有孔虫化石を含んだ未
定量的に研究されている。
固結の砂である。
この段丘堆積物の中に有孔虫化石が多数ふ
5) 川嶺地区東方の露頭
くまれている。現在は上位の段丘面となり海岸
百之台の南に位置する川嶺地区の東方には,
から離れているが,海岸段丘の時期に砂丘とし
て堆積したものと考えられる。
堆積構造上,島尻層群の地層の中で最上部と思
4.
われる地層が分布している。ここの露頭も植生
教材化に適した喜界島の露頭
で覆われているが樹木の間にある泥岩から浮
有孔虫化石の教材化の第一歩は,
露頭の発見
遊性有孔虫の多い有孔虫群集を採取すること
である。喜界島の露頭を紹介する。
ができる。風化が激しいが,新鮮な所から有孔
1) 伊砂地区東方の道路際の露頭
虫化石を採取できる。
前述のように島尻層群の地層は,
喜界島全域
6) 白水地区西の台地上の露頭
に分布しているが,伊砂地区から最も古い地質
白水地区の台地上に圃場整備のため切り開
のサンプルを採取することができる。
浮遊性有孔虫の割合が多いが,底生有孔虫で
かれた崖に島尻層群の地層が分布している。泥
は,0.5mm 以上の大きい Pyrgo 属の化石を採取
層の部分が多く,有孔虫化石の含まれるサンプ
することができる。道路際の露頭で,肉眼で白
ルを容易に採取できる。
い粒として認識でき,ルーペでその存在を確か
7) 早町地区の露頭
早町中学校の周辺の崖には島尻層群の露頭
めることができる。
浮 遊 性有 孔虫 の中 に Globorotalia tosa-
がよく分布している。圃場整備のため切り開か
ensis と Globorotalia truncatulinoides が含
れた所や,道路沿いの露頭から新鮮な有孔虫化
まれている。Globorotalia tosaensis は鮮新世
石を採取できる。
この付近から次のような種類の有孔虫化石
後期から洪積世初期に産出する有孔虫である
が見られる。
ことが,知られている。
浮遊性有孔虫では,前述の2種の他に
また, Globorotalia truncatulinoides は
洪積世から産出する種であるということが分
Globorotalia tumida, G. menardii, G. inflate,
かっている。そのためこの二つの浮遊性有孔虫
Neogloboquadrina eggei, Globi- gerinoides
が産出することから,この付近は第三紀と第四
rubber, Globigerina bulloi- des, Orbulina
紀の境付近であると推定できる。
universa, などの種類が,
底 生 有 孔 虫 で は , 前 述 の Pyrgo の 他 に
2) 坂嶺地区の露頭
Stilostomella lepidula, Elphidium cri- spum,
坂嶺地区の露頭は,
島周回の幹線道路から東
Amphistegina
側に 100mほど入った所にあり,圃場に整備さ
103
radiata,
Bolivinita
教室全体での観察は,顕微鏡ビデオカメラを使
quadrilatera などの種類が産出する。
用することが望ましい。
8) 白水地区の露頭
6.
白水地区の露頭は,
白水から台地に上がる道
今後の課題
路の途中にある。道路の道沿いの藪をかき分け
顕微鏡観察をすると有孔虫の名前をつけた
ると露頭が見える。ここも風化が激しいが,少
くなる。夏休みの自由研究でも岩石や植物の標
し削ると新鮮な面もでてくる。道路に面した崖
本を持参して「名付け」の会に参加する児童・
だけでなく,道路の下側の畑の周辺にも露頭が
生徒は多い。こうした期待に応えるためには,
ある。
有孔虫のカタログが必要である。
有孔虫の名前は,研究者以外では手に入れに
この付近の露頭からも肉眼で確認できる大
くい雑誌や紀要に記載されただけの種類も多
きな有孔虫化石が産出する。
く,また,有孔虫のモノグラフも一般的になっ
9) 佐手久地区の露頭
ていない。筆者も含めて,一般的で平易なカタ
早町北方の佐手久地区にはやや固結した砂
ログを作る必要がある。
質堆積物がある。砂の中に有孔虫化石が入って
喜界島の露頭を例に有孔虫化石の教材化に
いる。
5.
ついて述べたが,同様な手法で各地域の有孔虫
教材化について
喜界島を形成している地質は,堆積岩である。
化石の教材化の研究が可能である。
基本的に島のどこでも堆積岩を採取すること
7.
文献
ができる。しかし,露頭が限られるのは,地質
八田明夫(1998): 喜界島の有孔虫化石産地の保
が植生で覆われていたり,圃場や建物などで覆
護について. 自然愛護(鹿児島県)No.24,
われているからである。そのため教材化の第一
p.14-19.
歩として,露頭探しが必要となる。前述のよう
平井卓也・八田明夫(1997):喜界島に産する有
に,小さな露頭を含めれば島のどこの小学校・
孔虫化石の教材化に関する基礎的研究. 鹿
中学校・高校からでも,20 分以内で露頭に達す
児島県地学会,No.76, p.1-8.
ることができる。2 時間続きの授業を組めば,
Inagaki, M. & Omura, A.(2006): Uranium-
試料の採取ができる。バスなどで幾つかの特徴
series ages of the highest marine
的な露頭に直接行くことが望ましい。
terrace of the upper Pleistocene on
Kikai Island, central Ryukyus, Japan. 第
試料の採取後,堆積物から有孔虫化石を分離
四紀研究,No.45,p.41-48.
することになるが,琉球石灰岩の場合は薄片で
観察すると良い。岩石薄片作りは中学校や高校
中川久夫(1966): 奄美群島徳之島・沖永良部
での学習に適している。島尻層群の場合は,水
島・与論島・喜界島の地質(1),(2),東北
に入れておくだけで泥状なるが,なかなか崩れ
大 学 地 質 古 生 物 研 究 邦 文 報 告 , No.63,
ない場合は,数%の濃さの過酸化水素水に浸け
p.1-39, No.68, p.1-17.
ておくと緩くなる。酸素の泡が多数出るがその
Huang, Tunyow(1969): Planktonic Forami-
泡にも有孔虫が付着しているので,泡も含めて
nifera from the Somachi Formation,
篩を通す必要がある。
Kikai-jima, Kagoshima Prefecture, Japan.
Trans. Proc. Palaeont. Soc. Japan, N.S.,
泥状になったら,目が 0.1mm 程度の篩で細か
No.62, p.217-233, pls.27-28.
い砕屑物を除いてから乾燥させる。
有孔虫の観察や拾い出しは双眼実体顕微鏡
を使うことが望ましい。双眼実体顕微鏡の数が
ない場合,解剖顕微鏡でも充分に観察できる。
104
科教研報 Vol.24 No.2
ロシアにおける化学の統一国家試験と第 9 学年修了試験
The Unified State Examination and the State (Total) Certification of
Graduates of the Basic School for Chemistry in Russia
山 路 裕 昭
YAMAJI, Hiroaki
長崎大学教育学部
Faculty of Education, Nagasaki University
[要約] ロシアにおいては,2009 年より中等学校卒業試験と大学入学試験とを兼ねた統一国
家試験が正式に実施され,また第 9 学年修了試験は 2008 年より統一国家試験と同一形式で
実施されている。これらの統一的な試験の導入・実施は,化学教育の質の保障と向上,地域
格差の縮小等を狙ったものであり,一定の成果を上げていくであろう。しかし同時に,第 9
学年修了試験では従来含まれていた実験課題が出題されないこと,化学が統一国家試験の必
修科目ではないこと等,さまざまな課題も残されている。
[キーワード]
Ⅰ
ロシア
化学教育
中等教育
統一国家試験
修了試験
が,志望大学の指定科目に応じて選択受験する。
はじめに
統一国家試験(ЕГЭ:Единый Государственный
ЕГЭ の試験問題は,基本的に,国家教育スタン
Экзамен)の導入は,ロシアにおける教育改革の
ダード等に基づいて連邦教育評価研究所
一つであり,2001 年より試験的に実施され,今年
(ФИПИ)が作成しており,文学と外国語を除く
から正式に実施されている。
各試験科目では 3 タイプの問題が含まれ,マーク
シート形式の解答と論述形式の解答が要求され
また第 9 学年の終了時には,2008 年より,この
ЕГЭ と同形式で修了試験が実施されている。
る。実際に使われた試験問題は公表されていない
が,試験問題のデモ版が公開されている。
ここでは,2009 年のものを中心として,化学の
ЕГЭ と第 9 学年修了試験について,それらの概要
試験の結果,必修科目の 2 科目について合格点
を明らかにするとともに,ロシアの化学教育に対
以上であれば卒業証明書が与えられる。必修科目
する影響について考察する。
と 選 択 科 目の 合 格 点 は, 連 邦 教 育科 学 監 督 庁
( Рособрнадзор )によって決められている。
Ⅱ
化学の ЕГЭ
(1) ЕГЭ の概要
ЕГЭ は,中等学校第 11 学年の卒業予定者を対
象として行われる中等教育修了試験と大学入試
との双方を兼ねて,毎年 5~6 月にロシアの各地
域で実施される試験であり,その狙いは,卒業試
験や大学入試の客観化,教育の質的向上,地方と
都市の格差の縮小などとされている 1)。
ЕГЭ における必修科目は,ロシア語と数学の 2
科目であり,その他に選択科目が 9 科目(文学,
物理,化学, 生物,地理,歴史,社会,外国語,
図 1 統一国家試験(ЕГЭ)ポータルサイト
情報)ある。選択科目は,大学を志望する受験者
105
なお,ЕГЭ に関しては,現在,インターネット
C タイプ:5 問(C1~C5 ):完全(詳細)な答
上に公式サイト(図1)が開設されており,さま
を記述する。
(C1:3 点,C2:4 点,C3:5 点,
ざまな情報が提供されている。
C4:4 点,C5:2 点)
問題例:C2
(2) 化学の試験問題
硫化ナトリウム,硫化水素,塩化アルミニ
2009 年の化学の試験は,8 月 11 日に実施され
ウム,塩素の間で可能な 4 つの反応式を記せ。
た。ФИПИ によって公開されているデモ版によれ
ば,2009 年の化学の試験は 180 分間で 3 タイプ,
合計 45 問が出題されている。
デモ版の試験問題については,例えば図 2 に示
すような解答と採点基準等が公開されている。ま
た,これら化学の試験問題の出題分野と配点は,
各タイプの問題は,次のようなものである。
表 1 に示す通りである。
A タイプ:30 問(A1~A30)
:4 つの選択肢から
正解を選択する。(各 1 点)
問題例:A1
アルゴン原子と電子配列が一致するのは,
1) Ca0
2) K+ 3) Cl+ 4) Sc0
問題例:A13
次の物質変化の図で,最終生成物《X3》は,
図 2 問題 C2 の解答と配点
1) チッ素
表 1
2) アンモニア
3) アンモニア水化物
ЕГЭ(2009)化学の内容分野と配点
内容分野
4) 酸化チッ素(Ⅱ)
B タイプ:10 問(B1~B10)
:数字や記号の記入
や選択により解答する。
(B1~B8:各 2 点,B9・
問題数
配点
配点割合
1
化 学 元 素
2
2点
3.0%
2
物
質
20
24 点
36.4%
3
化 学 反 応
16
28 点
42.4%
7
12 点
18.2%
45
66 点
100%
物質と化学反
10:各 1 点)
4
問題例:B6
応に関する知
識と応用
プロペンと塩化水素との反応は,
計
1) ラディカルの連鎖反応
2) 中間生成物CH3– CH+ – CH3を伴う
(3) 化学の試験結果
3) 触媒なし
ЕГЭ 受験者数は,表 2 に示す通りであった。2009
4) プロペン分子のπ結合の切断を伴う
年の化学受験者は,2008 年に比べて増加している
5) ジクロロプロパンの生成を伴う
が,それでも物理や生物の受験者の半分以下であ
6) 1-クロロプロパンの優先的な生成を伴
り,また全受験者の 1 割にも達していない。
う
2009 年の化学の平均点は,100 点満点換算で
問題例:B9
52.68 点であり,試験得点の分布は図 3 に示すよ
質量パーセント濃度4%の塩化カルシウム
うなものであった。また,合格点は 100 点満点換
水溶液50gに,この塩1gと水10gを加えた。得
算で 33 点,合格者は受験者の 88.2%,不合格者
られた水溶液の質量パーセント濃度はいく
らか?(小数第1位まで示せ)
は 11.8%であった。
(4.9%)
106
表 2
<化学標準問題(2005/06 学年度)2)>
ЕГЭ 受験者数
2009 年
問題 1
2008 年
① メンデレーフの周期律と周期表。原子番号
試験科目
人数(人)
割合(%)
人数(人)
割合(%)
(卒業生)
(1034735)
(100.00)
(1063829)
(100.00)
ロシア語
1030236
99.57
1139376
107.10
数学
976486
94.37
975901
91.73
物理
239037
23.10
85426
8.03
化学
84854
8.20
45629
4.29
① 酸化還元反応。酸化剤と還元剤。
生物
183792
17.76
105847
9.95
② 課題:一定の質量パーセント濃度の出発物
による元素の性質の変化の規則性。
② 実験:二酸化炭素の発生と捕集。その特徴
的な性質を示すための反応の実行。
問題 9
質の溶液が与えられたときの反応生成物
の質量の計算。
Плотность распределения учащихся, набравших с
оответствующий тестовый балл (в %)
3
2.5
これに対して,ФИПИ によって公開されている
2
ЕГЭ 形式の試験問題(デモ版)には,実験課題は
含まれていない。
1.5
1
(2) 化学の試験問題
0.5
0
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
Тестовый балл
図 3
2009 年のデモ版によれば,試験時間 120 分で合
計 25 問,ЕГЭ と同じように 3 タイプの問題で構
ЕГЭ 化学(2009)の得点分布
成されている。
各タイプの問題は,次のようなものである。
さらに,2008 年の場合,各問題についての平均
点や 5 段階評点毎の正答率の情報とともに,生徒
A タイプ:19 問(A1~A19)
:4 つの選択肢から
の解答の分析結果等が公開されており,学校にお
正解を選択する。(各 1 点)
ける化学教育への勧告も出されている。
問題例:A1
原子核の電荷は,次の数と等しい
Ⅲ
化学の第 9 学年修了試験
1)陽子 2) 電子 3) 中性子
(1) 第 9 学年修了試験(化学)の概要
4) エネルギーレベル
第 11 学年生を対象とした ЕГЭ とは別に,従来
B タイプ:4 問(B1~B4)
:数字や記号の記入や
から第 9 学年生を対象とした修了試験が行われて
おり,2008 年からこの試験が ЕГЭ と同一形式で
選択により解答する。(各 2 点)
行われている。この第 9 学年修了試験の問題(デ
問題例:B3
モ版)等の情報も,ФИПИ によってインターネッ
炭素が酸化剤である反応方程式を選べ。
ト上に公開されている。
1) C + 2H2 = CH4
2) 2C + O2 = 2CO2
従来,この第 9 学年修了試験は口述並びに筆記
試験を含んでいた。例えば口述試験については,
3) CO2 + 2Mg = 2MgO + C
Рособрнадзор より標準的な問題が公表されてお
4) CH4 + 2O2 = CO2 + 2H2O
り,それを教師が適宜修正して使用することがで
5) C + 2H2SO4 = CO2 + 2H2O + 2SO2
きた。Рособрнадзор より公表されていた口述試験
C タイプ:2 問(C1~C2 ):完全(詳細)な答
問題は,例えば次のように,各問題が理論課題と
を記述する。
(各 3 点)
実験課題或いは応用課題を含んでいた。
問題例:C2
107
質量パーセント濃度 10%の塩化銅(Ⅱ)水
実施や地域格差の縮小に役立っているようであ
溶液 27g に硫化ナトリウム水溶液を過剰に加
る。同時に,ЕГЭ 結果の分析に基づいて公表され
えた。生じる沈殿の質量を決定せよ。
(1.9g)
る化学教育への勧告は,化学教育の改善に一定の
貢献をするであろう。
これらの問題についても,ЕГЭ 同様に解答と採
しかしながら,ЕГЭ 形式の新しい第 9 学年修了
点基準等が公開されている。2008 年のデモ版につ
いては,具体的な採点例も公開されていた(図 4)。
試験では,従来の修了試験に含まれていた実験課
題がなくなっており,化学学習における実験が軽
視されていくことも考えられる。また化学が ЕГЭ
の必修科目でないことや,ЕГЭ が大学入試を兼ね
ることによって,特に後期中等教育における化学
教育が一部の大学志望者を対象とする試験準備
教育に変質していく可能性も否定できない。
すなわち,ЕГЭ や ЕГЭ 形式の第9学年修了試
験は,ロシアの化学教育の発達に一定の貢献をす
図 4 第9学年修了試験採点例
ることが予想されるが,同時にさまざまな課題も
(3 点満点の 2 点の例)
残されているように思われる。
なお,2009 年の化学の試験問題の出題分野と配
Ⅴ
点は,表 3 に示す通りである。
表 3
ЕГЭ や ЕГЭ 形式の第 9 学年修了試験について
第 9 学年修了試験(2009)
は,その本格的な実施が始まったばかりである
化学の内容分野と配点
内容分野
おわりに
が,今後のロシアの化学教育に対してさまざまな
問題数
配点
配点割合
影響を及ぼしていくものと思われる。それらの影
1
物
質
7
8点
24.2%
響を明らかにすることは,このような統一的な試
2
化 学 反 応
6
7点
21.2%
験制度の持つさまざまな側面を考える上で貴重
な情報をもたらすものであろう。
無機化学の基
3
礎。有機物質に
9
13 点
39.4%
文献
関する知識
物質と化学現
4
象の認識方法
計
1) 松永裕二(2008),ロシア連邦における第 7 回
3
5点
15.2%
25
33 点
100%
(2007 年)統一国家試験の結果について,『西
南学院大学人間科学論集』第 2 号,pp.35-55.
2) Примерные экзаменационные билеты для
Ⅳ
проведения устной итоговой аттестации
統一国家試験,第 9 学年修了試験と化学教育
выпускников IX классов общеобразовательных
ЕГЭ や第 9 学年修了試験に関しては,実際の試
験問題は公開されていないが,インターネット上
учреждений в 2005/06 учебном году, Химия,
にデモ版試験問題やその採点基準と採点方法に
Вестник образования, № 5, 2006, стр.71-75.
関する情報,さらにかなり詳細な試験結果と試験
3) その他,本研究では次のウェブサイトから入
準備のための情報等が公開されている。これらに
手した資料を使用した。
よって,基本的に居住地等に関係なく,誰でも試
http://www.ege.edu.ru/(ЕГЭ 関係)
験について知ることができ,より客観的な試験の
http://www.fipi.ru/view(ФИПИ 関係)
108
科教研報 Vol.24 No.2
科学教育における科学史教育 -佐賀大学における実践例を中心に-
Science History Education in Science Education: Focussing on Practices in Saga University
世
波
敏
嗣
YONAMI, Toshitsugu
佐 賀 大 学
Saga University
[要約]
科学史教育は2006年よりの「博物館法の改正」の流れにより2008年に着目され
たが、この改正は現在頓挫している。科学史教育は、飼育・栽培や工作等の活動とは関
連しにくいが、応用科学諸領域や歴史学、哲学等にも関連しており、複数領域をつなぐ
教育・研究領域であると言える。そこでは、総論的・各論的資料は少なくなってきてい
るが、トピックス的資料等は豊富である。佐賀大学での生物学史教育の実践例から、教
養を広めつつ単位を取得したいとの受講者がいるが、担当者の数は減少しており、内容
項目の精選が必要であり、受講者の生物学に関しての予備知識等に問題があると言える。
[キーワード]科学教育、科学史教育、高等教育、実践例、佐賀大学、生物学史教育
博物館法施行規則(昭和30(1955)年)3)があり、
1.はじめに
同施行規則では次とされている。
昨今科学史教育はあまり取り沙汰されてはいな
いが、2008年、「博物館法の改正」が話題となった。
「第六条
試験認定は、大学卒業の程度において、筆記
及び口述の方法により行う。
2
試験科目及び各試験科目についての試験の方法は、
次表第一欄及び第二欄に定めるとおりとする。」
しかし現在同改正は頓挫した形となっている 1)。
そこで、今年度で20年目を迎える筆者の実践に
関わり、科学教育における科学史教育の位置づけ
や法的背景を探り、高等教育における生物学史教
この試験科目の内、選択科目に「自然科学史、
育に焦点を当てつつ、基本資料、シラバス、内容
物理、化学、生物、地学」が含まれる。
項目、評価方法などについての検討を試みる。
加えて、同施行規則第7条(試験科目の免除)
により、大学で単位取得した科目は試験を免除さ
2.法的背景
れることとなっている。
博物館法(昭和26(1951)年)2)では次とされてい
そして2008年に「博物館法の改正」が話題となっ
る。
た経緯としては、生涯学習政策の一つとして「こ
「(この法律の目的)
第1条 …国民の教育、学術及び文化の発展に寄与する
ことを目的とする。
(定義)
第2条 …「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自
然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。
以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公
衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエー
ション等に資するために必要な事業を行い、あわせ
てこれらの資料に関する調査研究をすることを目的
とする機関…」 (_線:筆者による)
れからの博物館の在り方に関する検討協力者会
議」4)が第1回(平成18(2006)年10月11日)~第18回
(平成20(2008)年10月30日)として開催され、「平
成19(2007)年6月 新しい時代の博物館制度の在り
方について(報告)」と「平成19(2007)年3月 新しい
時代の博物館制度の在り方について(中間まと
め)」が公開された。
特に、平成18(2006)年11月1日「これからの博物
館の在り方に関する検討協力者会議」(第2回)配付
さらに、博物館法施行令(昭和27(1952)年)、
109
資料として、「資料5 国家資格の概要について」 5)
そのほとんどが科学史教育と重なると考えられる。
があり、ここにおいて学芸員の資格は、「1)国が
しかし、例えば飼育・栽培や機器の取り扱い、安
行う試験」の「 C)設置義務資格」とされている。
全教育、また理科工作(もの作り)については、科
また同会議の「資料6 学芸員資格の改正につい
6)
学史教育の内容と言えないかまたは言いにくい内
7)
て(案)」 では次のような特徴 がみられる。
容と考えられる。このことは社会教育施設として
の動物園・植物園・水族館等にも言えよう。
また関連の教育・研究領域として、最も関わり
①現行の学芸員の『学芸員補』への格下げ
②新制度による学芸員の資格
1) 登録博物館における5年以上の学芸員補の経験
2) 学芸員補+博物館に関する専門的科目の取得+修
士
3) 国家試験
③上級学芸員
1) 登録博物館において10年以上の学芸員の経験+実
績+研修+国家試験、及び取得後定期的に研修
等を受講
の深いものは理学を中心とした自然科学系の諸領
域であり、このことはもちろんのことと言える。
つまり、純粋科学としての理学のみでなく、理学
から見ての応用科学諸領域にも深く関わっている
と言える。さらにこれらに加え、人文科学系の歴
史学での科学史、哲学での科学哲学などとの関連
も重要と考えられる。
その後審議が重ねられはしたが、前述のごとく、
4.基本資料
現在、同改正は頓挫した形となっている。
筆者の実践に関わって、収集及び使用している
科学史関連の資料について検討することとする。
3.位置づけ
次に、科学教育と科学史教育及び関連の教育・
まず、科学史全般に関わるものとしては以下が
研究領域の相関関係を読み取るために作成した科
上げられる。(列記の順は筆者の授業に関わりの
学史教育の位置づけの概要を示す図を以下に示す。 深い順である。)
教育学
科学教育
関係領域
社
博
社 物
科
自
会 会 館
然 歴 哲
教 ・
学
科 史 学
生 教 育 科
学 学
施 学
史
系
科
育 設 館
科 学
涯
等
教
理 学 論
高 大
・ 史 ・
等 学
育
医
科
教 学
等
・
学
高
農
哲
校 中 校
・
学
育
等 中
理
工
教
学
等
初 小
科
育 等 学
校 生活
就 幼 環
学 稚 境
e.t.c.
前 園
図 科学史教育の位置づけの概要
【科学史全般】(総論的)
1. 八杉龍一著「図解 科学の歴史」東京教学社、1988年.
2. 安田徳太郎訳編「新訳 ダンネマン大自然科学史」(第
(
1~12巻・別巻)三省堂、1977~80年.
(
3. 湯浅光朝編著「コンサイス科学年表」三省堂、1988年.
(
4. バナール,J.D.著、鎮目恭夫訳「歴史における科学」
(第1~4巻)みすず書房、1967年.
)
5. 朝日新聞社編「朝日ジュニアブック(AJB) 科学者・探
検家120人物語-世界と日本の人物科学史-」朝日新
聞社、1989年.
)
6. 磯直道著「科学思想史入門」東京教学社、1993年.
7. 矢田浩著「科学技術概論-科学技術への13の扉-」東
)
京教学社、1996年.
8. 八杉龍一著「新版
科学とは何か」東京教学社、199
1年.
9. 平田寛著「図説
科学技術の歴史=ピラミッドから進
化論まで=」(上・下)朝倉書店、1985年.
10. 大沼正則著「青木教養選書
科学の歴史」青木書店、1
978年.
科学史教育は科学教育にほぼ含まれていると言
11. 平田寛編著「岩波ジュニア新書
えると考える。また学校教育における教科理科は
歴史を動かした発明
-小さな技術史事典-」岩波書店、1983年.
12. 藤村淳ほか著「科学 その歩み」東京教学社、1988年.
110
13. 橋本浩著「早わかり科学史」日本実業出版社、2004年.
など
これらの資料は、昨今多数見られ、専門家向け
や学生向け、一般向けするものが各種見られる。
テーマや内容も多岐に渡り、テーマに沿って詳細
総論的な資料については、近年、あまり新しい
に述べるものだけでなく、オムニバス的なものや
ものがなく、個別的なテーマを中心とした各論的
事典・辞書的なもの、果てには漫画やイラスト的
資料の方が多いい状況と言える。また、「1.図解
なものさえ見られる状況である。
科学の歴史」のように絵や写真、イラスト等の視覚
総論的な授業はもとより、例えば生物学史に焦
的データの多いものも少ないと言える。
点化した授業のためにでも、これらの多様な資料
次に、生物学史に焦点化された資料としては以
を揃えることは物理的・予算的等の困難性がある
下が上げられる。
と考えられる。
現在では、むしろインターネット資源を活用し
【生物学史】(各論的)
た方が、写真や動画を含めた視覚的情報が加えら
1. 八杉龍一著「NHKブックス 生物学の歴史」(上・下)
れているため、多元的に教育しやすい場合や実感
日本放送出版協会、1984年.
を持って理解しやすい場合もあると言える。
2. 鈴木善次著「生物学のあゆみ-理科教育のための科学
史 3-」第一法規、1970年.
3. 中村禎里著「新装版
生物学の歴史」河出書房新社、1
5.高等教育での実践例
983年.
ここで、佐賀大学における文化教育学部と教養
4. 沼田真著「新しい生物学史」地人書館、1973年.
教育での科学史教育の実践例を取り上げることと
5. 八杉龍一著「歴史をたどる生物学」東京教学社、1985
年.
する。
6. サトクリッフ,A. & サトクリッフ,A.P.D.著、市
場泰男訳「」現代教養文庫
エピソード科学史」(Ⅰ~
1)生物学史教育
Ⅳ)社会思想社、1971~2年.
筆者はここ20年間、以下のように生物学史に焦
など
点をあてつつ科学史教育を行っている。
こちらも近年新しい資料があまり見られない状
表
況と言える。
そして「その他」として、博物館に関わるもの
やトピックス的な各論の資料などを以下に上げる。
【その他】(トピックス的)
1. 木村英夫著「ミュージアムの見方・歩き方」七賢出版、
1994年.
2. PHP研究所編「博物館徹底ガイドハンドブック」P
HP研究所、1993年.
3. 大阪科学読物研究会編「親子で楽しむ博物館ガイド
関西版」大月書店、1994年.
4. 合田周平著「サイバネテックスの考え方」講談社、196
9年.
5. 木村陽二郎著「朝日選書
江戸期のナチュラリスト」
朝日新聞社、1988年.
6. チュイリエ,P.著、小出昭一郎監訳「反=科学史」新
評論、1984年.
など多数
平成
元
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
佐賀大学における生物学史教育実践例
年度
西暦
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
自然科学史 Ⅰ
開講 受講数
前期 89
前期 93
前期 35
前期 20
前期 15
前期 10
前期 22
前期 12
前期 12
前期 12
前期 20
-
科学者 と歴史
開講 受講数
前期 19
前期
9
前期
8
前期 14
前期 15
前期 10
後期 25
後期 21
後期 21
後期 21
後期 15
生物学の歴史
受講数 (注 )
後期 156 全学
後期 117 全学
後期 70 全学
後期 62 教養
後期 117 教養
後期 82 教養
後期 113 教養
後期 127 教養
後期 95 教養
後期 135 教養
開講
学部では学芸員用の選択科目、かつ、教科教育
111
選修理科教育分野の必修科目として、教養教育で
「生物学の歴史」(教養教育)シラバス
は主題科目ではなく、個別授業として開設してい
講義概要: 自然科学における生命観の変遷に焦点
を当て、古代ギリシアの医学、バビロニアの医
学、エジプトの医学、ローマ時代の医学、アラビ
ア医学、ギリシアの自然哲学、古代の進化論、本
草学、ルネサンスの科学、科学革命期の解剖学、
実験生理学の台頭、顕微鏡の発明などを取り上
げ、生物学の成立へ向けた過程について講義す
る。
履修上の注意: 受講者数は使用教室の試験時設定
数を上限とする。授業中に配布する出席票に、質
問や意見、授業への要望等を記入することによ
り、次回の講義の際、回答するなど適宜対応す
る。その他は講義中に適宜告知する。
授業計画: 主な項目は次の通り。1.古代ギリシ
アの医学、2.バビロニアの医学、3.エジプト
の医学、4.ローマ時代の医学、5.アラビア医
学、6.ギリシアの自然哲学、7.古代の進化
論、8.本草学、9.ルネサンスの科学、10.科
学革命期の解剖学、11.実験生理学の台頭、12.
顕微鏡の発明、など
成績評価の方法と基準: 主に、出席と受講態度、
及び、試験により評価する。試験問題の解説、及
び、解答例や配点等の開示を行うので、希望者は
試験日後2週間以内に、オフィスアワーの時間帯
に担当教員の研究室まで来ること。その他の留意
点については、授業の際に指示する。
教科書: 八杉龍一著「図解 科学の歴史」、東京教学
社、1991、ISBN 48082004X.
注)2004年度前期及び2005~9年度後期
る。
学部科目では20名前後の受講者があり、教養教
育科目では、使用教室の座席数の都合がありはす
るが、100名前後の受講者がある。
しかしどちらの科目においても、受講目的とし
ては、教養を広めつつ単位を取得したいとの意図
を持つ受講生が多いように思われる。
ちなみに本学では、以前は科学史の授業を持つ
教員が3名いたが、現在では1名(筆者)のみで
ある。
2)シラバス
次に、前述の各授業のシラバスを取り上げる。
20年前はシラバスは無く、担当教員のノートの
みであったが、1993年前期の当該授業のシラバス
が最初のものとなる。その概要は以下である。
「自然科学史Ⅰ」(2年次)講義概要
講義内容: 生命観の歴史的変遷と生物学の成立・
発展に関して、小・中・高等学校の理科や博物館
の教材などとして、以下を取り上げ、講義する。
古代ギリシアの医学、バビロニア・エジプトの医
学、ローマ時代の医学、イスラム圏の医学、ギリ
シアの自然哲学、古代の進化論、本草学、ルネサ
ンスの科学、科学革命期の解剖学、実験生理学の
台頭、顕微鏡の発明、近代分類学の成立、生命機
械論、生理学と細胞学説、伝染病、進化論、遺伝
学、発生学、生命の起源、分子生物学の発展、サ
イバネティックスからコンピュータへ、現代の進
化論、わが国の生物学、など。
教科書: 八杉龍一著「図解 科学の歴史」東京教学
社、1991年.
注)1993年度前期「自然科学史Ⅰ」~1999年度前期「科学
者と歴史」
「科学者と歴史」(2年次)講義概要
講義概要: 人間を取り巻く自然の認識や、初等・
中等理科教育及び博物館教育等のため、近代以降
の自然観、特に生命観の変遷について、近代分類
学、生命機械論、生理学と細胞学説、伝染病研
究、進化論、遺伝学、発生学、生命の起源、分子
生物学、サイバネティックス、及び、我が国の生
物学などを取り上げ、生物学の発展における科学
者の活動などについて論述する。
履修上の注意: 博物館学芸員の資格取得を目指す
学生、及び、初等・中等理科教育での科学史教材
に興味を持つ学生のための選択科目である。
必要があれば適宜指示する。
授業計画: 1.近代分類学の成立、2.生命機械
論、3.生理学と細胞学説、4.伝染病研究、
5.進化論、6.遺伝学、7.発生学、8.生命
の起源、9.分子生物学、10.サイバネティック
ス、11.我が国の生物学、など
成績評価方法: 出席などの受講態度と、試験また
はレポートを総合して評価する。発表による評価
を加える場合がある。試験問題またはレポート課
題等の解説、及び、解答例や配点等の開示を行う
ので、希望者は試験日またはレポート提出締切等
の後2週間以内に、オフィスアワーの時間帯に担
2000年度には、前期「科学者と歴史」、後期(全
学教育)「科学史(生物学の歴史)」とした。
また、2001~3年度は、前期「科学者と歴史」で
進化論に焦点を当て、ピーター・J・ボウラー著
「朝日選書335 進化思想の歴史 上・下」朝日新聞社
(1987年)を教科書として講義した。
現在のシラバス(2件)は以下である。
112
7.発生学(フォン・ベア、ドリーシュ、シュペーマン)
8.生命の起源(リービヒ、ヴェーラー、オパーリン、ミラー)
9.分子生物学(スタンリー、ワトソン、クリック)
10.サイバネティックス(チャールズ・バベジ、ウィーナー、)
11.我が国の生物学(李時珍、貝原益軒 、山脇東洋 、吉益東洞 、杉田玄白 、前野良沢 、平賀源
内、華岡青州 、小野蘭山 、宇田川榕菴 、伊藤圭介 、シーボルト、高峰譲吉 、鈴木梅太郎 、モース、石川千
代松、丘浅次郎 、平瀬作五郎 、池野成一郎 、木村均 、利根川進 )
当教員の研究室まで来ること。
教科書: 八杉龍一著「図解 科学の歴史」東京教学
社、1991、ISBN 48082004X
注)2004年度前期及び2005~9年度後期
(2009年からは1年次の科目)
このように、かつては学部の1科目のみで古代
から現代までの生物学史を講義していたが、現在
基本的に、テキストの「図解 科学の歴史」(八杉
では教養教育科目で古代からルネサンス前後まで、
学部科目で近代から現代までを講義している。
龍一,1988年)の章立てに沿いつつ、関連の科学
者や出来事、さらに歴史的流れや時代背景などを
ただし詳細に講義するとシラバス通り進行でき
加えつつ授業を行っている。
なくなるので、教養教育では「興味・関心を引き立
テキストが総論資料であるため、生物学史に関
てるように」、学部では「学校教育や博物館・科学
わるページは約25ページであるが、講義用ノート
館等を念頭において」講義することとしている。
は現在約50ページになり、年々増え続けるだけで
なく、資格情報資料としての動画等も収集してい
3)内容項目
る状況である。このため、内容項目の精選が必要
現在、学部・教養教育の両科目で取り上げてい
となろう。
る内容項目は以下である。
4)評価方法
【「生物学の歴史」(教養教育)の内容項目】
最後に、現在の両科目の評価方法を取り上げる。
0.科学の分類・生物学の起源
1.古代ギリシアの医学(アルクマイオン、エンペドクレス、ヒポクラテス)
2.バビロニアの医学(バビロニアのハンムラビ王)
3.エジプトの医学(イムホテプ、エーベルスパピルス)
4.ローマ時代の医学(ガレノス)
5.アラビア医学(アル・ラーズィー、イブン・スィーナー、イブン・ルシド、イブ
ン・アン・ナフィース)
6.ギリシアの自然哲学(ソクラテス、プラトン、アリストテレス、テオフラスト
ス)
7.古代の進化論(アナクシマンドロス、エンペドクレス、スペウシッポス、ルクレ
ティウス)
8.本草学(プリニウス、ディオスコリデス)
9.ルネサンスの科学(ドナテーロ、ポライウォーロ、ヴェロッキョ、ミケランジ
ェロ、ディツィアーノ、カルカール、レオナルド・ダ・ヴィンチ)
10.科学革命期の解剖学(ヴェサリウス)
11.実験生理学の台頭(ファロピウス、ファブリキウス、ハーヴィ、ヘールズ)
12.顕微鏡の発明(レーウェンフック、マルピーギ、ロバート・フック、スワンメルダ
ム)
かつて1科目のみの時期には、試験による評価
を行っていたが、内容が広範であり全てを記憶し
て試験に臨むことの困難性から受講者が減少した。
このため、現在は以下の評価方法を取っている。
【「生物学の歴史」(教養教育)の評価方法】
本科目は出席と受講態度及び試験により評価し
ているが、受講生が多いため「出席カード」によっ
て出席確認をしている。そして集計の都合上から
試験を100満点とし、欠席分(2点/回)を減点し
ている。
また試験については、教養教育科目であること、
科学史(生物学史)が内容範囲が広いことなどから、
【「科学者と歴史」(1年次)の内容項目】
次の説明を授業中に幾度か行って周知し、規定の
0.科学の分類・生物学の起源
1.近代分類学の成立(ジョン・レー、リンネ、ビュフォン)
2.生命機械論(デカルト、ラメトリ)
3.生理学と細胞学説(ラボアジェ、シュライデン、シュワン、ベルナール、デ
ュ・ボア-レモン、ヘルムホルツ)
4.伝染病研究(ジェンナー、パストゥール、コッホ、北里柴三郎、志賀潔 、秦佐八郎 、野口
英世)
5.進化論(エラズマス・ダーウィン、ラマルク、スペンサー、チャールズ・ダーウィン、
ウォレス、ハクスリ)
6.遺伝学(メンデル、ド・フリース、コレンス、チェルマク、モーガン)
試験期間中に実施している。
「生物学に関わる人(科学者・博物学者・哲学者など)
やもの・出来事(発明・発見・論争・理論構築・実験方法
や機器の改良など)から『自分のテーマ』を一つ決
める。そのテーマについて試験までに調べて『手書
きのノート』を作成する。試験時は、このノートと
教科書のみ持ち込み可とする。」
113
科学館等を念頭において」講義されている。
【「科学者と歴史」(1年次)の評価方法】
本科目は出席と受講態度及びレポートにより評
加えて内容項目は広範に渡っており、内容項目
価している。そして集計の都合上からレポートを
の精選が必要であり、評価方法として試験よりレ
100満点とし、欠席分(2点/回)を減点している。 ポートが適切であろうが、遅刻者・欠席者及び放
棄の学生、また、受講者の生物学に関しての予備
またレポートについては、学芸員の資格取得の
知識等に問題があると言える。
選択科目であること、科学史(生物学史)が内容
範囲が広いことなどから、次の説明を授業中に幾
引用・参考文献
度か行って周知し、レポートを提出させている。
1) asahi.com、「博物館法改正、期待外れ」2008年8月30
日(http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY2008
08300050.html)2009年10月23日.
2) 法庫(houko.com)「博物館法」(http://www. houko.com/
00/FS_ON.HTM)2009年10月23日.
3) 法令データ提供システム(e-Gov)「博物館法施行規則」
( http://law. e-gov. go. jp/cgi-bin/idxselect. cgi?IDX_OPT=
1 &H_NAME=%9 4 %8 e%9 5 %a8 %8 a%d9 %9 6 %4 0
&H_NAME_YOMI=%8 2 %a0 &H_NO_GENGO=H&H_
NO_YEAR=&H_NO_TYPE=2 &H_NO_NO=&H_FILE_
NAME=S30 F03501000024 &H_RYAKU=1 &H_CTG=1
&H_YOMI_GUN=1 &H_CTG_GUN=1)2009年10月23日.
4) 文部科学省「 これからの博物館の在り方に関す
る 検 討 協 力 者 会 議 」 ( http://www. mext. go.
「生物学に関わる人(科学者・博物学者・哲学者な
ど)やもの・出来事(発明・発見・論争・理論構築・実験
方法や機器の改良など)から『自分のテーマ』を一
つ決める。そのテーマについて書籍や雑誌、インタ
ーネット資源などのを調べ、資料を集めて作成・提
出する。」
教養教育科目では、遅刻者・欠席者及び放棄の
学生の数について問題があること、また、試験回
答に科学史的ではない回答が時として見られるこ
となどの問題点が指摘される。
jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/0 1 4 /old_index.
htm)2009年10月23日.
5) 文部科学省「 資料5 国家資格の概要について 」
(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/
shougai/014/shiryo/07012608/003.htm) 2009年10月
また学部科目では、例えば農学部などの他学部
からの受講者がある場合もあるが、高校で生物を
選択していない受講者もある。このため、受講者
数が少なめであるにも関わらず、生物学に関して
23日.
6) 文部科学省「資料6 学芸員資格の改正について
の予備知識等にかなりの幅があると言える。
(案)」(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/
chousa/shougai/014/shiryo/07012608/004.htm)2
6.結果と考察
009年10月23日.
7) フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』、
「学芸員」2009年10月22日( http://ja. wikipedia. org/wiki/
%E5%AD%A6%E8%8 A%B8%E5%93%A1)2009年10月
23日.
昨今科学史教育はあまり取り沙汰されてはいな
いが、2006年よりの「博物館法の改正」の流れによ
り2008年に着目された。しかし、この改正は現在
頓挫している。
科学史教育は、飼育・栽培や工作等の活動とは
関連しにくいと言えるが、応用科学諸領域や歴史
学・哲学等に関連しており、複数領域をつなぐ教
育・研究領域であると言える。また、総論的・各
論的資料が少なくなり、トピックス的資料が豊富
で、ネット資源の活用も大いに見込まれる。
そうした中で高等教育における生物学史教育の
実践例から、教養を広めつつ単位を取得したいと
の受講者はいるが、担当者の数は減少していると
言える。そこでは、教養教育では「興味・関心を引
き立てるように」、学部では「学校教育や博物館・
114
科教研報 Vol.24 No.2
明治30年代の鹿児島における理科授業について
~直観教授・郷土科に注目して~
A science study of Kagoshima in 30s of Meiji
-Focus on intuitive instruction and kyodo-ka(local studies)-
服部直樹 A,八田明夫 B
Naoki,HATTORIA,Akio, HATTAB
鹿児島大学教育学研究科 A,鹿児島大学教育学部 B
Graduate school of education Kagoshima university,Faculty of education Kagoshima university
【要約】明治 30 年代に日本では低学年理科の先駆的な取り組みとして直観教授や郷土科という教科が
行われていた。本稿では雑誌「鹿児島教育」で直観教授と郷土科について取り扱った山下義正の「尋常
小学校に於ける実科初歩教授法」と南溟生著「直観教授の方法」について紹介をする。山下義正の「尋
常小学校に於ける実科初歩主義」は棚橋源太郎の講義内容について取り扱われており章ごとに順をおっ
て紹介した。南溟生の「直観教授の方法」は直観教授の授業例が中心であったため,その一例をここで
は取り上げる。
【キーワード】
Ⅰ
理科教育史 直観教授
郷土科 実科初歩 棚橋源太郎
はじめに
中で尋常小1~2年向けのものが直観教授であ
学校現場では授業に関してさまざまな取り組
り,尋常小3~4年向けのものが郷土科である。
みが行われている。そのような取り組みが全国的
Ⅲ
に取り上げられ,今日では広く知られているもの
雑誌「鹿児島教育」について
雑誌「鹿児島教育」は,鹿児島県知事(創刊号
がある。
当時は渡辺千秋)が会長を務めていた私立鹿児島
今 回取 り上 げる 低学年 理科 に関 する 直観 教
県教育研究会の出版事業の一つとしてだされて
授・郷土科は,明治 30 年ごろから高等師範学校
いたものである。創刊は,私立鹿児島県教育研究
を中心として研究されていた。直観教授・郷土科
会創立と同年の 1887 年(明治二十年)10 月であ
は,その後の低学年理科特設運動につながってい
る。そこから隔月ごとに発刊されていたが,1899
き,昭和に入ると「自然の観察」という教科とし
(明治三十二年)10 月からは月刊雑誌となった。
て成立する。
その後,1944 年(昭和十九年)八月,第 699 号を
本原稿は明治 30 年ごろに鹿児島県で低学年理
最後に休刊している。
科すなわち直観科・郷土科を含めた実科がどのよ
この雑誌は基本的に教育関係者から実践の報
うに当時の教育で考えられていたかを知ること
告や当時の教育についての批評などを募集し掲
のできる二つの資料の紹介を行う。
載している。当然この中には理科に関係すること
Ⅱ
も多く書かれている。
直観教授・郷土科について
直観教授・郷土科という科目について書かれて
今回はこの雑誌の中の 106 号,109 号,110 号
いる当時の文献として,現在よく知られているも
に掲載されている,山下義正の「尋常小学校に於
のは棚橋源太郎著「尋常小学校に於ける実科教授
ける実科初歩教授法」と第 103 号,110 号の南溟
法」がある。この棚橋源太郎は当時尋常小学校1
生著「直観教授の方法」を取り上げる。
~4年では独立した教科として扱われていなか
Ⅳ
「尋常小学校に於ける実科初歩教授法」
った歴史・地理・理科の内容を取り扱う実科の構
「尋常小学校に於ける実科初歩教授法」の著者
想を明らかにしている。この資料を見ると実科の
である,山下義正は夏季休暇中に文部省で行われ
115
た中等教員の講習会に参加した。その講習会の内
さらにこの章では当時の日本の高等師範学校
容を雑誌編集員から会員に伝えてほしいという
附属小学校において行われていた尋常一,二年で
要請を受けて雑誌に投稿している。この講習会の
直観教授と尋常三,四年は郷土科について説明し
小学校理科講習会の部は,棚橋源太郎が講義者だ
ている。章の最後には,日本の実科初歩教授につ
ったため,当時棚橋が研究していた実科について
いてのまとめを図1のような形で行っている。
山下が講義を受け,その内容を紹介している。
(理 科 の 初 歩 を 主 と し 他 の
直観教授…尋一、二年
山下の資料の項目は,第一 実科教授の意義,
第二 実科初歩教授の必要,第三 直観教授の沿革,
実 科 は こ れ に 付 加 す)
実科初歩主義
(地 理 を 中 心 と し て 歴 理 及 国
郷土科…尋三、四年
第四 直観教授の目的及其教育価値,第五 直観教
民 教 科 を 授 く)
授の教科案上に於ける位置の5つである。山下は
106 号の時点では直観教授が独立した教科として
図1日本の高等師範学校の実科初歩主義のまとめの
必要であると述べているが,110 号の時点では法
抜粋
令上の問題などを挙げて国語科の中に直観教授
2 実科初歩教授の必要
を含むことが妥当であると主張が変化していっ
実科初歩教授の必要の中では,当時日本の実科
ている。
初歩教授というのは小学校令の教則を見ると「国
1 実科教授の意義
語科の材料は修身歴史地理理科其生活に必須な
る事項に取り趣味に富むものたるべし」とある。
実科教授の意義の中では実科とは何かという
説明から始まっている。この中で実科とは,理科
このことから国語科の中で実科教授を施すべき
地理歴史という材料を統合して,相互に連携して
であるのに,実際は実科に関する事柄は高等科に
一教科として取り扱うものだと述べている。その
入ってから始めるものだと誤解があることや国
後欧米では実科というものが様々な形で行われ
語科が形式的教授の方面に偏っていることなど
ていることを国ごとに少しずつだが紹介してい
があり,実科教授が効果的に行われていない現実
る。表1に記述されているものを紹介する。この
を指摘している。
表は文章で記述されているものを表に直したも
さらにこの章の中では,実科は当時日本のおか
のである。
れていた時勢の要求と国家の希望を有する学科
欧米の実科初歩教授のまとめ
のため軽視すべきものではなく,また欧米各国の
国名
名称及び内容
義務教育を行っている国は独立した教科として
アメリカ
一年から理科 三年から別に郷土史
実科を行っている状況を鑑みたとき,日本も実科
※ドイツ
自然科 直観教授 実物教授 郷土科
を行うべきであると主張している。このように棚
博物科 理学初歩 地理科 歴史科 実
橋からの影響を受けた著者は鹿児島においても
科
実科について研究を活発に行う必要があるので
表1
はないかという考えをこの章の最後に書いてい
ドイツ
(ザクセン州) 二年までは直観教授 三年では郷土科
ドイツ(フレセント
と博物科
る。
初めから直観教授
3 直観教授の沿革
この中では著者は実科初歩主義の正史を述べ
州)
イギリス
理科地理歴史の初歩教授
フランス
全国統一して実科初歩教授
るためには直観教授と郷土科の沿革を述べる必
要があると考えているが,今回は直観教授の沿革
※ドイツでは地区ごとに異なっていたためこのような記述の
形をとった。
116
のみ主として紹介している。以下ここに出てくる
直観教授の沿革は人物史中心でまとめられてい
二 其の価値
る。表2に取り上げられている人物と内容を記述
ここでは直観教授の価値について3つの知的,
した。
表2
情的,意的の3つの観点から構成されていること
を紹介している。図3のようにまとめられている。
直観教授の沿革で紹介された人物(表記
1、知的=観念の習得矯正観察思考の修練
は原著通り表記した)
※
フランシスベーコ
帰納的研究法 教授上に直観主義
価値
2、情的=各種興味の喚起
ン
3、意的=注意の修練
アモス コメニアス
教授上直観主義の必要
ジョン ロック
教授上直観主義の必要
ルーソー
教授上直観主義の必要
ヘルマン フランク
教授上直観主義の必要
フォン ロッホー
直観主義を初めて小学校に適用
ヨハン ハインリッ
直観主義の必要を唱え其の応用
図3
直観教授の価値(縦書きを横書きに修正)
5 直観教授の教科案上に於ける位置
ここでは直観教授には「直観教授は,独立の教
科として教授すべしと」「尋常科一,二学年に配
当して国語教授に結合すべし」という二つの説が
ヒペスタロッチ
あると述べられている。山下は4つの観点から後
フォン チュルク
形式的方面の陶冶
グラスマン
実質的主義を主張
チーステルウェッ
直観材料を以て諸教授主観の教
ヒ
授とした
グラーゼル
言語練習を直観教授の最終目的
グルトマン
直観教授の実質的及形式的目標
者に賛成であると述べている。その4つの観点と
は,「実験上実際に於いて分離せしめ能はざるな
り」「諸外国との比較研究上」「教授学上」「現制
の法令上」である。そして実際には,どのように
して国語科の中で直観教授を実践するかの具体
例を挙げ紹介している。彼は直観教授を地理科と
4 直観教授の目的,及其教育的価値
名づけて事物教授を行うべきと考えていた。しか
一 其の目的
し当時はそれに該当するような学科は,高等師範
ここでは直感教授の目的を「事物の直観と,談
学校附属校のような法令の制限を受けないよう
話の能とを興へ,総への教授のたらしむ」という
な学校しか行うことができない現状があった。こ
文章で表現している。この説明として,直観教授
のことより山下は実際にある国語科の時間内で
とは五感を通じて経験を行い,その現象や事物に
直観教授を行うことが妥当であると述べている。
ついて生徒どうし談話を行うことによって,より
彼は国語読本を見れば地理歴史理科に関係する
正確な学びを得ることができるということを述
ものが多くあるのだからその教材を活用するべ
べている。図2のように原著ではまとめられてい
きだと主張している。
る。
Ⅴ 南溟生著「直観教授の方法」について
あらゆる教科
イ 直観せしむ
1 、正 し く 直 観 せ し
目的
の基礎教授
ロ 談話の能を養う
この「直観教授の方法」の中で南溟生は直観教
授が必要なことは当たり前であるが,その方法に
むる方法
ついては研究中であると述べている。この資料は
2 、豊 富 な る 経 験
鹿児島教育に 2 号に渡って紹介されており,内容
の中心は附属学校の主事による講演で紹介され
図2
直観教授の目的(原著より抜粋)
た直観教授の授業の実践例を記載している。実践
例については,授業で扱う教材,準備するもの,
117
授業の展開,板書計画を細かく紹介している。実
て充分に溶か
際に扱われている授業例は「棒砂糖と白墨」「赤
した水を一滴
た,或いは溶解
色煉瓦と黄色煉瓦」
「煉瓦」
「如何に植物生長する
味合わせる。
した。
か」である。その中の「棒砂糖と白墨」の例を資
(7)粉白墨を水
白墨は見えな
白墨は水に溶
料に載っているものを現代語訳したものを以下
に入れて撹拌
くならない。
けない。
紹介する。
させる。
く感じる。
表3 尋常 1 年棒砂糖と白墨
(教具)
砂
糖
各児童に砂糖と白墨とを持たしむ
コップ
全体に広がっ
白
墨
水 さじ
観察及実験
結果
推定
(1)子供に白墨
二つのものが
棒砂糖と白墨
と砂糖をみせ
同じ白色であ
は白色である。
てその色に注
る。
水
に
溶
解
す
る
一方は味があ
甘い味がする
二つを味合わ
るが一方はな
ものは砂糖で
せる。
し。
ある。
(ロ)砂糖と白
一方は書ける
黒板にかける
墨で黒板に書
が一方は書け
のは白墨であ
かせる。
ない。
る。
(3)子供に二つ
一つは疎で一
砂糖はあらく
のものを触ら
つは滑らか。
白墨は滑らか。
粗
雑
溶
解
せ
ぬ
容
易
に
砕
か
る
意させる。
(2)(イ)子供に
白
色
白
色
滑
ら
か
な
り
容
易
に
砕
か
れ
る
図 4 板書計画
Ⅵ
まとめ
この二つの資料を見ると直観教授や郷土科に
せる。
(4)(イ)子供に
砂糖も白墨も
砂糖と白墨は
ついて鹿児島でも広く知られていたことがわか
棒砂糖の角と
容易に砕くこ
容易に砕かれ
った。鹿児島では,直観教授そのものを独立した
白墨を壊させ
とができるが
る。その粉は白
教科として設置しようとする考えと国語科の中
て粉にする。そ
砂糖の粉末が
墨は光らず砂
で実科教授も行おうとする二つの考えがあった。
してその粉を
光るが白墨は
糖は光る。
後者の考えについては法律上の問題などを踏ま
よく観察させ
光らない。
えた上で現場の苦肉の策であったのではないか
と考えられる。今回は原著の全文紹介を行うこと
る。
(5)(イ)一さじ
砂糖は見えな
水の中の砂糖
ができなかったが,次の機会に原著の全文紹介を
の粉砂糖を水
くなる。
は見えないも
行い,今後鹿児島県において低学年理科設置運動
の中に入れて
砂糖のあると
がどのように行われていたかを明らかにしてい
よく混ぜる。
いうことは確
きたい。
実である。
Ⅶ参考文献
(ロ)数人の児
水甘し。
板倉聖宜(1986)
:理科教育史資料
童に其の水を
第3巻
飲ませる。
(6)砂糖を入れ
第1巻
一滴の水も甘
鹿児島県教育委員会編(1976):鹿児島県教育史
砂糖は其の水
118
科教研報 Vol.24 No.2
A report of a science-class with the Statistical Research Process.
TOYOTA,Hiroshi
KUSABA,Tokihiro
Miyaki Municipal Mine Junior High School Faculty of Culture and Education,Saga University
)
)
)
PISA
3
2
PISA
2000
2003
2006
2008
OECD
)
PISA
2007
3
2008)
5)
PISA
)
)
2006)
1)
6)
2008
PISA
9
2008)
1989)2)
1998
12
7)
1998)
3)
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PISA
4)
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PISA
2005)9)
1
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5
1
1
2
1)
2
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)
1
6
1
6
)
1/6 2/6)
6
2
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4)
5)
)
1
46
2008)
10)
1
)
2
CO2
2
)
120
10
)
)
21
2008)
31
42
121
2007
1
2009
・等時線はほぼ並行に引ける。
・等時線の間隔はほぼ等しい。
・季節によって日の出の時間帯が変わる。
・夏至と冬至では等時線の傾きが逆になっている。
・春分の日と秋分の日の等時線は似ている。
・夏至の日は太陽が北東から出てくる。
・冬至の日は太陽が南東から出てくる。
1)
・春分の日,秋分の日は太陽が東から出てくる。
2006)
p1
2)
1989)
p62
3)
1998)
p1
4)
1998)
p58
2
5)
2008)
p15
・南中高度が季節によって違うから。
6)
・夏至の日は,日の出の位置が北東にあるから,北東
2008)
p72
から早く見える。
7)
・冬至の日は日の出の位置が南東にあるから,南東
2008)
p17
から早く見える。
8)
2008)
p49
9)
2005)
,p13
・地軸が傾いているから。
10)
・地球が振り子のように動いているから。
2008)
pp
・地軸が傾いたまま,太陽の周りを回転しているから。
31
1)
20
2009)
42
2004)
2)
2009)
21
3)
2009)
21
20
122
21
科教研報 Vol.24 No.2
小・中学校理科の生物概念の学習のためにー動物植物共通としての「生き物と養分」ー Lesson Plan and Teaching Materials for Biological Concept in Primary and Lower Secondary
Schools – “Nutrition, Transportation and Digestion” as common points in Plants and Animals
正元和盛,高田みゆき MASAMOTO, Kazumori, TAKADA, Miyuki
熊本大学・教育学部・理科・生物,熊本大学大学院・教育学研究科 Faculty of Education, Kumamoto University: Master's Course in Education, Kumamoto University
[要約]「B 生命・地球」の「生物の構造と機能」における生物概念の学習ため,植物動物共
通としての「生き物と養分」に視点を当てた指導構想を立て,そのための教材開発を行
った。植物動物は共に,デンプンを糖に変えて摂取する養分摂取システムとその輸送の
ための構造を持っているが,小・中学校では,その共通性については学習しない。しかし,
この共通性を理解することは,生物概念の学習のために有意義だと考える。そこで,光
合成によるデンプン生成の理解のために「改良たたき染め法」を,植物体内の糖の存在と
輸送のための構造理解のために植物体内の糖検出実験法を行う。さらに,だ液によるデ
ンプン分解で糖ができることを,代用デンプンと糖発色試薬を用いた実験を用いて確認
する。これらの実感を伴った事実確認により,植物動物共通の「生き物と養分」のしくみに
気づき,生物を多面的で総合的にとらえようとする姿が見られた。
[キ ー ワ ー ド ] 植物,動物,養分,生物概念,理科,小学校,中学校 1 . は じ め に ふれられていない。けれども,植物動物共通の「生
「生き物と養分」の関係において,植物動物は共
き物と養分」の視点を持った学習は,植物も動物
に,デンプンを糖に変えて摂取するシステムと輸
も基本的に同じしくみで生きているという生物
送のための構造を持っている。
概念を育てることにつながると考える。
学習指導要領の「B 生命・地球」の「生物の構造と
そこで,本研究では,植物動物共通としての「生
機能」で,「生き物と養分」の関係の学習は次のよ
き物と養分」に視点を当てた指導について構想し,
1) 2)
。小学校第6学年は,
「人と体
そのための実験を提案する。葉のデンプンを検出
のつくりと働き」でだ液によるデンプン分解の学
する「改良たたき染め法」や,葉のデンプンが糖で
習を行い,「植物の養分と水の通り道」で光合成に
輸送され,実や種に貯蔵されることを実感する
よるデンプン生成の学習をする。しかし,デンプ
「葉脈の糖の検出実験法」,だ液でデンプンが糖に
ンが糖に分解・吸収され,運ばれることは学習し
分解されることを検証する「クラスターデキスト
うになっている
3)
。中学校では,第1学年の「葉・茎・根のつ
リン(以下代用デンプンと略)と糖発色試薬を用
くりと働き」で光合成のしくみや維管束の働きに
いた実験法」である。この一連の実験により,植物
ついて学習する。しかし,教科書には葉のデンプ
動物共通した「生き物と養分」の関係を,実感を伴
ンは水に溶けやすい物質に変えられて運ばれる
って理解することが可能となると考える(図 1) 5)。 とあるが,糖とは書かれていない。第2学年では
「生命を維持する働き」でだ液によりデンプンが
2.デンプン検出と糖の検出法 ない
4)
糖に変えられることを学習する 。 1). 改良たたき染め法 このように小・中学校において,植物と動物の
葉をポリエチレン製のお茶パックに入れて煮
学習は別の単元で行われ,その共通性については
る改良を加えた,「お茶パックを利用したたたき
123
動物 植物 図 1 「生き物と養分」に視点を当てた指導構想図
染め法」 6)で行う。本方法では,葉をたたいた後
1)。また葉脈を使うことは,維管束を取り出す
の葉肉がこびりつくことなく取り去ることがで
ことにもなり,糖の輸送のための構造の理解にも
きるため,葉脈までくっきり表れた葉のプリント
有効である。 が簡単にきれいにとれる。 また,小・中学校の段階では,ショ糖とブドウ糖
2). 植物の糖の検出方法 の区別を明確にして実験の意義を理解させる必
糖の検出には,ショ糖をインベルターゼで分解
要はなく,デンプンが糖に分解されて運ばれるこ
してブドウ糖を生成させ,そのブドウ糖をグルコ
とを実験で実感し理解できればよい。そこで,葉
ース CⅡ-テストワコー試薬(糖発色試薬と略)を
脈を試料としA測定だけ簡略して行い,糖発色試
用いて検出する方法を使う 6)。 薬による色の変化でショ糖の検出を示すことも
基本測定法は次の通りである。a)A測定:試料
簡便法としては可能である。 33μl,インベルターゼ (3 ㎎/ml20%グリセロー
3). だ液によるデンプン分解後の糖検出方法7) ル)20μl,0.1M 酢酸 20μl, 蒸留水 27μl,をマイ
A) デンプンの分解 クロチューブに入れる(ショ糖+ブドウ糖測定)。
a)代用デンプン溶液(1%)0.5ml を入れたマイク
B 測定:試料 33μl,0.1M 酢酸 20μl,蒸留水 47μl
ロチューブに,1/10 ヨウ素液を 50μl(醤油差1滴
をマイクロチューブに入れる(ブドウ糖測定)。b)
分)入れる。b)1 分間口にくわえてだ液で湿らせた
37℃で 15 分間保温。c)糖発色試薬 900μl を入
綿棒で攪拌すると,ヨウ素デンプン反応が消える。 れ,37℃で 10 分間保温。d)10 分後,吸光度を測定
B) デンプン分解後の糖の検出 し,検量線を使って糖濃度を計算する。 a)マイクロチューブ(ア)に入った代用デンプン
葉脈と葉のショ糖濃度を比べると,葉脈の方が
溶液(1%)1ml を,1分間口にくわえてだ液で湿
とても高いことより,葉脈のショ糖を検出するこ
らせた綿棒で3分間攪拌する。b)空のマイクロチ
とでより確かな転流糖の証明になると考える(表
ューブ(イ)に半分取り分ける。c)(ア)にヨウ素液
表 1 葉脈(ヒメジョオン)を使ったショ糖の検出(A505) 種類 重さg A 測定 B 測定 葉脈 0.0022 0.259 葉 A-B 0.020 0.239 2分間手で握って温める。 △A/g 109
0.0360 0.484 0.377 0.107 3
を 50μl 入れる。d)(イ)に糖発色試薬 0.5ml 加え,
10 (ア)と(イ)の反応の違いから,デンプンがだ液に
0.8 より糖に分解されたことが実感できる。 124
3.授業実践例 という課題で学習を進めた。実験後,だ液により
植物動物共通の「生き物と養分」のしくみに気
デンプンが糖に変わることを確認できた。 づかせ,生物を多面的に捉えようと取り組んだ授
d)生物の養分のとり方のまとめ(8 時間目) 業例を紹介する。 最後に,まとめとして「生き物と養分」について
1). 小学校の実践
5) 考える授業を行っている。植物や動物の養分のと
「生き物と養分(1)」と「からだのつくりとはた
り方について気づきを話し合わせることで,「デ
らき」3)単元を関連させた取り組み。
ンプンが糖に変わる。」「糖を運ぶ管が似ている。」
A) 指導計画(植木町立○○小学校 6 年生児童対象) などの共通のしくみに気づき,今までと違う視点
2つの単元を関連させ,発展・補充的な学習と
で生物をとらえることができた。 して取り扱う。この実践では,前述の実験方法を
C)授業の考察 使うことで,実感を伴った生物概念が実証的に構
まとめの学習後の感想を見ると,植物と動物の
築できる学習計画を立てる(表2)。 共通点が多いことや,糖がエネルギー源になって
B) 学習の様子 いることをあげている。これまでと違う多面的な
a) 身近な植物のデンプン反応(1,2,3 時間目) 見方で生物全体を見ていることがわかる(表3)。 「ジャガイモ以外の植物もデンプンを作るのだ
ろうか。」という児童の疑問を学習課題とし,校
内に生えている植物の葉のたたき染めを行った。
発展・補充 学習活動 時数 自分たちが集めた葉が青紫に呈色する様子や,教
師が提示した他の植物のたたき染めの資料によ
発展・補充 ○身近な植物も光合成をしているこ
とを確かめる。 り,植物は葉に日光があたってデンプンを作ると
表2 学習の指導計画 「生き物と養分」 ○植物の葉の付き方や茎ののび方と
日光の関係を考える。 ○葉でできた養分の行方を糖の検出
発展 実験結果から推測する。 「からだのつくりとはたらき」 発展
・
補充 ○だ液のはたらきを理解する。 発展 ○生物の養分のとり方をまとめる。 いう学習内容を一般化して認識できた。 b) 植物の糖の検出実験(4,5 時間目) 学習課題を「新しいいもの養分はどのようにし
てできたのだろう。」と設定した。デンプンは水
発展 2 1 2 2 1 に溶けないことや茎断面の顕微鏡写真の小さな
穴(細胞)をデンプンが通りそうにないことを示
・植物も動物もやっぱり生き物だから同じことはたく
し,デンプンが他の物に変わったのではないかと
いう予想をたて,植物の糖の検出実験を行った。
から人間と同じで命を大切にしようと思います。 ・植物や動物の同じ所が意外とあることがわかった。 この授業での実験は次の通りである。a)糖発色試
・植物と動物には命があって二つともデンプンが糖に
薬1ml に対してインベルターゼを 0.02ml の割合
なりエネルギー源になっているんだなと思った。 で加えた検出液(以下糖発色試薬Ⅰと略)を作る。
・植物と動物見た目はちがうけど,養分のとり方などの
b) ジャガイモの茎をすりつぶして絞った試料5
ml に,糖発色試薬Ⅰ0.5ml を加えて糖を検出する。
また,葉柄やジャガイモにつながる地下茎に関し
表3 まとめの学習後の児童の学習感想 さんあるんだなと思いました。生き物には一生がある
・植物や動物に共通点があったのでびっくりしました。 しくみは同じなんだなと分かりました。 表4 小学校授業後のアンケート調査結果 c) 「だ液のはたらき」の学習の様子(6,7 時間目) 児童の回答*1 デンプンを糖に変える 養分を成長に使う 糖はからだのエネルギー(源) 水が必要 養分を送るとき脈(管)を通る その他 ご飯を何度もかむと甘くなるという体験の後,
*1:「植物も動物も生き物として同じようなことをしています。そ
「だ液はどんなはたらきをしているのだろうか。」
回答(自由記述,複数回答) ては,切り口に糖試験紙をつけ,反応を調べた。
学習シートには,デンプンが糖に変わり,土中の
ジャガイモに運ばれる様子などが描かれている。 125
人数 47 8 5 4 1 2 れは,どんなことですか。」に対する 6 年生 51 名のアンケート
2). 中学校の実践 8)
れ,成長や貯蔵(果実や種や地下部)に使われるこ
菊池市の6つの中学校(25クラス)で,単元
とを実感を伴って理解することができた。 「動物のくらしとなかま,3章生命を維持する働
糖発色試薬を用いた糖検出実験は,安全で視覚
き」9)で,だ液のはたらきを調べる実験を行った。 的にわかるので,小・中学校で取り扱うことがで
A) 授業の流れ きる。また,だ液によるデンプン分解と糖の検出
まず,小学校の復習として,ヨウ素デンプン反
の実験法は,だ液を人前で出すことに関して児
応の色やデンプンはだ液により他の物質に変わ
童・生徒が感じる抵抗感をやわらげてくれる。し
るという既習学習を確認する。 かも,短時間で実験を行えることより,観察,実験
次に,だ液によるデンプン分解と分解後のショ
の結果を分析して解釈したり,導き出した自らの
糖の検出実験を行う。 考えを表現したりする学習活動を充実させ,理科
その後,わかったこと,考えたことをまとめ,話
における言語力の育成をめざす授業計画が立て
し合いにより確かめる。 られた。また,その実験を通して植物動物共通の
B) 授業の考察 デンプンを糖に分解する養分摂取システムや輸
実験に要する時間が25分程度であるので,実
送の構造に気づくことができ,多面的で総合的に
験後の活動に時間をかけることができる。実験の
捉える生物概念を持つことができた(表4)。 反応に対して誤答があっても,その時間内に演示
これらのことより,小・中学校理科の生物概念
による確認を行うこともできる。また,観察・実
の学習のために,植物動物共通としての「生き物
験の結果を整理し考察する学習活動,科学的な概
と養分」という視点を持ち学習を進めることは有
念を使用して考えたり説明したりする学習活動
意義であると考える。
など理科における言語力の育成のための時間と
謝辞 本研究は,文部科学省科学研究費補助金(基礎研究
して有意義に使うことができる。授業実践後の教
師の意見にも,「時間的な余裕があった。」「個人実
(C),課題番号 19500749,研究代表者正元和盛)により
行われた。 験で簡単に取り組むことができ,生徒の関心も高
かった。」という肯定的な意見があった。 参考文献 また,この実験法は,だ液を人前で出すことに
対しての抵抗感も薄らぐことが,生徒へのアンケ
ートの回答からもわかった。 4.まとめ たたき染め法によるデンプン検出実験によっ
て,身近な植物の葉のヨウ素デンプン反応が簡単
に美しい仕上がりでプリントできる。このことは,
児童の活動意欲の向上へとつながっている。また,
ジャガイモだけでなく身近な植物も,葉に日光が
あたってデンプンを作るという基本的な学習内
容を一般化して認識でき,身の回りの植物を科学
的に見ることができるようになる。また,糖の検
出実験により,植物体の中に糖があることを確認
し,その結果について考察する時間を十分にとる
ことで,デンプンが糖に変わり,植物体内を運ば
126
1)文部科学省:「小学校学習指導要領解説 理科編」,
平成 20 年, 大日本図書 2)文部科学省:「中学校学習指導要領解説 理科編」,
平成 20 年, 大日本図書 3)戸田盛和ほか:「たのしい理科6年上」,2005,大日本
図書 4)戸田盛和ほか:「中学校理科2分野上」,2005,大日本
図書 5) 福島恵美子,正元和盛:「小学校における「生き物と
養分」の理解を深める光合成と消化の授業構成」,理
科教育学研究,48(2), pp.149-157, 2007 6) 福島恵美子,正元和盛:「デンプン検出のたたき染め
法 と 糖 の 検 出 法 の 改 良 」 , 理 科 の 教 育 , 56(9) , pp.62-65, 2007 7)村﨑翔太,福島恵美子,正元和盛:「だ液によるデンプ
ン 分 解 で の 糖 の 検 出 法 の 改 良 」 , 理 科 の 教 育 , 57(11), pp.64-66,2008 8)正元和盛,星子泰通;
「代用デンプンを用いた消化に
関する授業デザイン」,理科教育学研究, 印刷中,
2009 9)吉川弘之ほか:「未来へ広がるサイエンス 2 分野上」
2005,啓林館 科教研報 Vol.24 No.2
ファストプランツの小学校における活用法
‐生物教材研究,教師による評価,授業実践まで‐
Multiple Applications of Fast Plants in Elementary School
‐Study as Biological Teaching Material, Evaluation by Teachers, and Teaching Practice‐
前田紗綾香* 西野秀昭**
MAEDA , Sayaka* NISHINO, Hideaki **
福岡教育大学大学院理科教育専攻* 福岡教育大学理科教育講座**
Fukuoka University of Education Graduate School of Education*, Fukuoka University of Education**
[要約] 本研究では,米国産生物教材であるファストプランツの生活環が一ヶ月半と短く,室内
での栽培が簡易なことに注目し,日本の小学校理科での植物に関する観察・実験教材としての有用性
を検討し,小学校教師への情報提供を行うことを目的とした.まず,日本の小学校理科の植物を扱
う観察・実験,「植物のそだち方」(小 3),「植物の発芽,成長,受粉・結実」(小 5),「生き物と養分」
(小 6),において,ファストプランツを利用することでの利点や留意点を明らかにした.次に,小
学校教師にファストプランツを用いた観察・実験を行ってもらい,ファストプランツの教材利用に
関するアンケート調査を実施した.
最後に,
授業実践として小学校の授業「植物の実や種子のでき方」
でファストプランツを用いてもらった.本研究によって,生活環が短いファストプランツは,一つ
の教材でありながら,
複数の観察・実験に利用できる
「マルチ生物教材」
であることが明確になった.
即ち,ファストプランツを用いることで,授業効率が改善し,児童は意欲を持続して学習できると
ともに,観察・実験を実施する教師の負担も軽減されると考えられた.
[キーワード] ファストプランツ,生活環,小学校教師,観察・実験,発芽・成長,受粉・結実,授業
実践,マルチ生物教材
1.はじめに
2.研究の目的
理科は,自然の事物・現象の観察・実験を通し
そこで本研究では,これらの問題を解決するた
て,科学的見方や考え方を深めることができる教
めの一つの方策として,生活環が短く,栽培が簡
科である.しかし,理科授業に観察・実験を導入す
易で,様々な観察・実験に応用の可能性が考えら
る事は,教師にとっても難しい課題で(JST, 2008a)
,
れる「Fast Plants(ファストプランツ)
」を取り上
中学校理科教員の半数ほどは生物分野の観察・実
げた.米国でのファストプランツを使った観察・
験を行っていない(安藤,2004).また,多くの小
実験の実績を踏まえ,日本の学校で活用できるよ
学校教師,特に文系出身の教師が観察・実験の実施
う観察・実験の方法を整理することを本研究の主
に困難を感じている(平田・福地・下條,1995;JST,
題とし,小学校における観察・実験への適用可能
2008b).このような実態を裏打ちするように,小
性を検討し,生物教材としての有効性を判断する
学校・中学校の教員,教育実習生を対象としたア
ための情報を提示するとともに,1 種類の植物で
ンケート調査結果(西野・前田・前田,2009)によ
様々な観察・実験を行える教材,つまりマルチ生物
ると,
「生物教材の利用においてどのような苦労が
教材として使える活用性も検討した.さらに,小学
ありますか?」という問いに対して,「栽培が難し
校教師を対象に,ファストプランツを用いた各種
い」,
「教科書通りの適切な教材を入手できない」
,
観察・実験を紹介する研修会を行い,アンケート
「植物の成長状況と授業の進行状況があわない」
,
調査による有用性の検証をおこなうとともに,生
「実験結果が出るまでに時間がかかる」など回答
物教材を使う予定がなかった小学校での授業に,
されている.
提案してファストプランツを使っていただいた.
127
3.研究の方法
まず,福岡県内公立の小学校の大多数で使用さ
1)生物教材研究
れている大日本図書の理科教科書の植物を用いた
ファストプランツは,学名 Brassica rapa という
観察・実験のリストアップを行った(表1).本研
アブラナ科植物の矮小化した一変種である(佐
究では,リスト中で「発芽の条件実験」,「成長の条
藤・石澤・吉岡,2006).当初は,アブラナ科植物
件実験」,「受粉・結実の実験」,「葉のデンプンを
の遺伝学研究のためのモデル植物として株化され
調べる実験」を以下に取り扱う.
たものだが,生活環が 35~45 日と短く,植物体が
小さいので学校の教室内でも取り扱いが容易であ
「植物の発芽,成長,受粉・結実」(小5)
る.栽培は 24 時間蛍光灯照射,18℃~23℃ほどで
a. 発芽の条件実験(いづれも光存在下)
:発芽の
の温度管理が必要とされているが,4 月に種子を
条件である,水,温度,空気の環境条件を変えて,
播いたファストプランツは温度管理を行わずに 7
ファストプランツの発芽を観察した.いずれの環
月までは栽培できた.ただし,光源から植物体ま
境条件でも,シャーレに脱脂綿を平たく敷き,水
での距離は 10 ㎝以下程度を保つようにした(図 1).
をたっぷり含ませてから種子を撒いた.ただし水
の条件では,水を与える場合と与えない場合,温
度の条件は,常温(24℃)と冷蔵庫(5℃)で管理した
場合,空気なしの条件では,密閉のためのチャッ
ク付きポリ袋に脱酸素剤(三菱ガス化学社製,
「Anaero Pouch・ケンキ」
)を入れて密閉し,酸素
を取り除いた(60 分で 0.1%以下へ)
.
b. 成長の条件実験:成長の条件である,肥料,光
の環境条件を変えて,ファストプランツの成長を
観察した.いずれの環境条件でも,土壌にバーミ
図1 蛍光灯照射による栽培の様子
キュライトを用いた.肥料の条件では,ハイポネ
表1 小学校・中学校で行われる生物領域の観察・実
ックスを 2000 倍に希釈した水を与えた場合と,水
験の一覧(大日本図書の小学校の植物を教材とした
道水を与えた場合,光の条件下では,光を照射し
単元を参照した)
た場合とダンボールで光を遮った場合を比較した.
学
年
小
3
小
5
小
6
内 容
c.受粉・結実の実験:めしべの柱頭に花粉を人為的
観察・実験
につけ,さやや種子の大きさや色の変化の様子を,
植物の成長と体のつくり
の観察
発芽の条件実験
生命のつながり 成長の条件実験
(植物の発芽,成 花のつくり(おしべ,めし
長,受粉・結実)
べ,花粉)の観察
受粉・結実の実験
葉のデンプンを調べる実
験
光合成と気体に関する実
生き物と養分
験(気体検知管)
水の通り道(根・茎・葉)
の観察
蒸散の実験
植物のそだち方
受粉なしと比較・観察した(ファストプランツは自
家不和合性の為,他家受粉が必要である)
.
「葉のデンプンを調べる実験」(小6)
お茶パックを利用した改良型たたき染め法(福
島・正元, 2007)を利用した.終日蛍光灯照射に加
え,窓越し日光に4~5時間当てたファストプラ
ンツの葉も煮出し用のポリエチレン製のパックに
入れ2~3分間煮て,
水分をとり,
ろ紙にはさみ,
木槌でたたいた.その後,お茶パックごと葉は取
り去った.ろ紙は脱色のため薄い漂白剤に浸した.
水洗した後,ヨウ素液につけて観察を行った.
128
2009).しかし,ファストプランツでは播種後1日
2)教師による評価
学校での有用性について客観的に捉えるために,
目に実験結果を得られるため,児童に持続した観
平成 21 年 8 月 24 日(月)に実施した福岡教育大学
察意欲を持たせる点で有効な植物教材と考えられ
「小学校教師のための理科実験大好きスクール公
る.ただし,種子が小さいこと,小学5年生で空
開講座」において,ファストプランツを使った観
気の成分として酸素を取り扱うことに課題がある.
察・実験(表1)を紹介し,小学校理科授業での
b.成長の条件実験
活用性に関してアンケート調査を実施し,効果を
実験を開始後,1週間で茎の伸長に違いがみら
分析した.
れた(表3).光なしの植物は徒長するが,光あり
3)授業実践
福岡市立 M 小学校の小学校5年生「植物の種子と
の葉は濃い緑色で茎も太かった.肥料でも,肥料
実のでき方」の授業へ,開花から結実までの各成
ありの葉は大きく葉数も多かったが,肥料なしで
長段階のファストプランツを提供した.
は葉は小さく葉数も少なかった.2週間後では明
らかな差が見られた(図3).
表2 発芽の割合
条件
水
温度
空気
あり
なし
24℃
5℃
脱酸素剤無
脱酸素剤有
図2 発芽の様子
発芽率(%)
24H 後
48H 後
56.7
83.3
0.0
0.0
53.3
73.3
0.0
0.0
43.3
83.3
0.0
46.7
表3 成長の条件実験
条件
肥料
日光
あり
なし
あり
なし
茎の伸長(cm)
1w 後
2w 後
3.7
18.6
1.7
5.1
3.2
8.7
3.1
3.3
※1 週間後の日光なしでは,茎が徒長伸長していた.
左は 24 時間後で発根している
(長軸 2 ㎜ほど)
.右は 48 時間後で,双葉が出てい
る(子葉の長軸 10 ㎜ほど)
.
図3 成長の様子
4.結果と考察
実験開始2週間後の肥料あり(左
トレイ)肥料なし(右トレイ).
「植物の発芽,成長,受粉・結実」(小5)
a. 発芽の条件実験
c.受粉・結実の実験
正の対照実験では,種子を播いてから 24 時間後
受粉させた子房ではさや(実)が成長し種子が
に半数ほどが発芽し,条件なしではいずれも発芽
とれ,未受粉では,さやは成長せず種子もとれな
は見られなかった(表2,図2)
.48 時間後では,
かった(図4)
.受粉後3日目から,さやが成長し
約8割の種子が発芽し,双葉を観察することがで
ている様子が観察でき,受粉1週間後まで,さや
きたが,空気なしでも半数近くが発芽したので実
は伸長した.また,さやの外側からでも種子がふ
験は 24 時間で終わる必要があると考えられる.
くらんでくる様子を観察できた(図5)
.受粉後1
発芽条件の実験で一般的に使われるインゲンで
ヶ月にはさやの中の種子を採取できた(図6)
.
は,
発芽に4~8日ほどかかる(西野・前田・前田,
129
窓越しで日光に当てた葉も,蛍光灯を人工照射
させた葉も,ヨウ素デンプン反応で青紫色を検出
できた(図7).たたき染め後,家庭用漂白剤で脱
色させてからヨウ素液をかけると,真っ白なろ紙
から青紫色の葉の形に呈色され,鮮やかな色を観
察することが出来た.
図4 受粉3日目のさや(実)の形状
窓越しで日光を当てた葉も,蛍光灯の光を当て
左は受粉
したもの(長さ 3.5~4.0cm ほど)
.右は未受粉のもの.
た葉も,デンプンを検出することができた(図7).
蛍光灯の光でも葉でデンプンが作られていること
を確認できることから,天気に左右されずに実験
が行える.授業での観察・実験のときに,曇りや
雨の場合があり,思うような結果が得られないこ
とがある(西野・前田・前田,2009)が,そういっ
た問題の改善になると考えられる.
0日目
3日目
5日目
7日目
図5 受粉・結実実験の時間経過(さやの成長)
図7 改良型たたき染めによるヨウ素デンプン反応
左:蛍光灯照射のみ;右:蛍光灯照射に加え,窓越
しに室内で日光照射.
2)教師による評価
図6 受粉8日目の種(長軸 2 ㎜ほど)
ファストプランツの理科授業での活用性に関し
一週間以内という比較的短い日数で,受粉させ
て小学校教師 21 名へアンケート調査(質問紙法)
た「さや」が大きくなっていくことから,結実の
を行った.その結果,ファストプランツは無名で
観察・実験に適していると考えられる.受粉後継続
あった(図8)が,本公開講座での観察・実験の
してさやの中の種子を観察することで,さらに結
紹介によって全員が興味・関心を示していた(図
実の理解を深めることができる.また従来,アサ
9)
.また,ほぼ全員が実際に授業で利用してみた
ガオやツルレイシを使用する場合が多いが,これ
いと答え(図 10)
,自由記述では 2 学期から取り
らの植物では,同じ成長時期の花を用意するのに
入れたいとの意見も見られた.さらに,紹介した
苦労してしまう.しかし,ファストプランツでは
全ての実験でファストプランツを利用してみたい
一つの植物個体に 10 前後の花が咲く上,栽培に必
との回答で(表4)
,特に植物の発芽,成長,でん
要な鉢は最も小さい場合はフィルムケースでも良
ぷん実験での希望が顕著であった.
い.この事から栽培個体数も簡単に増やせ,花を
利用してみたい理由としては,生活環が短いこ
容易に手に入れることができる.
とに関する利点が挙げられていた.植物教材にお
ける栽培準備にかける時間や結果を得るまでの時
間が限られるという問題点は,ファストプランツ
「葉のデンプンを調べる実験」(小6)
130
を利用すれば解消できると考えられたようだった.
表4 どの観察・実験でファストプランツを利用し
また,様々な観察・実験でマルチに使えることは,
たいですか?(複数回答可)
観察・実験名
植物の一生(小 3)
発芽の条件実験(小 5)
成長の条件実験(小 5)
花のつくりの観察(小 5)
受粉・結実の実験(小 5)
葉のでんぷんを調べる実験(小 6)
植物を観察・実験ごとに手に入れる手間をかけな
くて済む.そのことが,利便性が高く,利用価値が
高いと評価された.このように,ファストプランツ
を授業で活用したいという意見が多く,これまで
の教材より素早く,確実に実験結果を得られると
いう植物教材として活用できると捉えられたと言
(%)
43%
81%
76%
43%
62%
76%
えるだろう.しかし,ファストプランツを使う上で
3)授業実践
の不安な声もあがった.子ども達に身近な植物で
福岡市立 M 小学校での授業では,運動会準備が,
はないこと,植物体が小さいこと,などである.
ファストプランツは決して特殊な植物ではなく,
「植物の実や種子のでき方」の授業の途中に入っ
菜の花と同じアブラナ科であることを理解してい
てしまいビデオ教材で終わらなければならないと
ただき,不安な点を解消できるよう的確な情報提
ころに,各種の成長段階にあるファストプランツ
供を行っていく必要がある.
を提供した(図 11)
.
いいえ
100%
図 11 植物の実や種子のできる様子(左写真:左か
ら右へ成熟している)とファストプランツを使った
図8 ファストプランツについて知っていますか?
「植物の実や種子のでき方」の授業の様子(右写真)
少し持った
19%
「植物の実や種子のでき方」では,受粉した実と
受粉しない実を比較させるだけでなく,植物の実
ができるまでの段階を追ったファストプランツを
たいへん
持った
81%
一度に子ども達の眼前に準備し,観察を行っても
らった
(図 11).子どもたちは,実際に時間の経過に
図9 生物教材としてのファストプランツに興味を
従って実が大きくなる様子を同時に比較しながら
持たれましたか?
観察することができるので,受粉を行うとどう変
化するのかということをより理解しやすくなった
あまり利用
したくない
5%
機会があ
れば利用
したい
59%
ようだった.また,実施した学校でのように多忙な
時期でも,時間の調整が効き,栽培が容易なファ
ぜひ利用
したい
36%
ストプランツは利用価値が高いと言えるだろう.
教材が手に入りにくい,あるいは時間が限られて
いる場合に,ファストプランツがあることで,本研
究で紹介した様々な観察・実験を実施可能である.
図 10 今後,生物教材としてファストプランツを利用
子どもたちは実際に観察・実験できるので,実感
してみたいと思われましたか?
を伴った理解に導きやすくなると考えられる.
131
は,野外の植物のように季節や天候に左右されず,
5.おわりに
ファストプランツの利用を実際に検討した観
様々な時期に観察・実験が計画的に行えるので,
察・実験は表5の通りである.様々な観察・実験
授業の年次進行に支障がなくなり,また柔軟に指
で利用可能だと言える.
導計画に対応し変更することも可能となる.
表5 小学校・中学校で行われる生物領域の観察・実
4)マルチ生物教材として使える
本研究で紹介したように,ファストプランツは
験結果の一覧
学
年
小
3
小
5
小
6
内 容
小学校の様々な観察・実験に応用できる.1つの
観察・実験
教材でマルチに使用できることから,単元や観
植物のそだち方
植物の成長と体の
つくりの観察
発芽の条件実験
生命のつながり 成長の条件実験
(植物の発芽,成 花のつくり(おしべ,
長,受粉・結実)
めしべ,花粉)の観察
受粉・結実の実験
葉のデンプンを調
べる実験
光合成と気体に関
する実験(気体検知
生き物と養分
管)
水の通り道(根・茎・
葉)の観察
蒸散の実験
察・実験ごとに生物教材を変える頻度が少なくな
◎
るため,生物教材の入手の負担を軽減できる.
○
◎
今後は,別の観察・実験への活用方法も検討
○
し,それらの観察・実験の方法を,小学校で活
◎
用できるよう更なる具体化・普遍化を検討して,
◎
小学校教師への情報提供を行っていきたい.
○
参考文献
科学技術振興機構(JST):理数大好きモデル地域
○
事業事前アンケート調査結果, 2008.
○
http://rikai.jst.go.jp/zoshin/about/h17enq.
(◎:ファストプランツが適切な教材である観察・実
pdf
験; ○:ファストプランツを利用できる観察・実験)
安藤秀俊:中学校理科教科書に掲載されている
観察・実験の実施状況, 理科教育学研究,
ファストプランツの生物教材としての特徴とし
44(3), 35-42, 2004.
て,以下の4点を整理しておく.
平田昭雄・福地照輝・下條隆嗣:小学校教師の理科
1)植物体が比較的小さい
学習指導に関する資質の実態, 科学教育研究,
栽培場所は小スペースで済み,簡易な照明装置
19 (1), 52-58, 1995.
を使って教室内で容易に栽培できる.従って児童
科学技術振興機構(JST): 平成 20 年度小学校理科
が植物の変化に気づきやすい環境を作れる.
教育実態調査【集計結果(抜粋)】
,2008.
2)生活環が比較的短い
西野秀昭・前田紗綾香・前田美穂:生物教材バンク
生活環が一ヶ月半ほどで,成長が早く,観察・
と教育実習生による実践的理科授業構成への援
実験の結果を従来よりも早く得ることができる.
助基盤の確立, 科学教育研究, 33(2), 148-158,
例えば,「植物の発芽,成長,受粉・結実」(小 5)
2009.
のインゲンを使った授業とは違い,ファストプラ
佐藤茂・石澤公明・吉岡俊人訳:ファストプランツ
ンツでは別の単元を挟まず継続して約1ヶ月半で
で学ぶ植物の世界 日本語版テキスト,In The
単元を終えるので,児童は継続して学習でき,観
Woods Group, 小林孝太郎, 1, 2006.
察・実験を実施する教師負担も軽減される.
福島恵美子・正元和盛:でんぷん検出のたたき染め
3)栽培しやすい
法と糖の検出方法, 理科の教育, 56 (622), 62-65,
室内で一年中栽培を行うことが可能であること
2007.
132
科教研報 Vol.24 No.2
身近なものを使った消化のしくみを学ぶ実験の工夫
-味覚による体感や視覚で学ぶ-
Improvement of Experiments for Learning of Digestion Mechanism
Using Very Available Materials
-Learning by Sense of Taste and Vision西野秀昭
NISHINO, Hideaki
福岡教育大学
Fukuoka University of Education
[要約] 中学校理科「生命を維持するはたらき」の教員研修において,消化のしくみを呈色反応で確
かめる以外に,視覚的に捉える実験方法はないか,という要望が教師から出されていた.そこで,視
覚に加え味覚にも着目し,食品として販売されている,デンプンとブドウ糖の味の違いを事前に確認
することから実験を始め,デンプンとブドウ糖を混ぜた混液をろ過すると,デンプンはろ紙に残りブ
ドウ糖はろ液に出てしまうことを味で確かめ,デンプンは大きな分子であり,ブドウ糖は小さな分子
であることを実感する実験や,デンプンをホットプレートで温めながらアミラーゼを加えてデンプン
を水飴状に変えて味をみる実験,焼き芋はアミラーゼを働かせるために低温で長い時間焼く方が甘く
なること,水や加熱しただ液,未処理のだ液のうち,馬鈴薯デンプンでできた袋状のオブラートが最
初に溶けて漏れてくるのは未処理のだ液であることから考察する実験など紹介した.事後アンケート
の結果,授業で取り入れたいとの回答が参加者全員から得られた.
(431 文字)
[キーワード] 消化,視覚,味覚,だ液,デンプン,ブドウ糖,アミラーゼ,オブラート
いた.また,だ液の成分の中には,ヨウ素デン
1.はじめに
中学校理科における消化の実験に関しては,
プン反応を拮抗的に阻害する可能性がある,熱
福岡県の大多数の中学校で使われている大日本
でも変性しない物質が含まれており,デンプン
図書の教科書によると,
「食物は消化液によって
がまだ残っているのにヨウ素デンプン反応が消
どのように変化するだろうか?」というめあて
えてしまう現象が知られていることから,ヨウ
の下,
「デンプンに対するだ液の実験」が掲載さ
素デンプン反応が消えたからと言って消化が進
れている.しかし,この実験は,いくつかの点
んだとは言えないのが現状である(1).高度分岐
で問題がある.平成 18 年度から 3 年間実施され
環状デキストリンを代用デンプンとした実験の
た福岡教育大学連携融合事業「学校現場が求め
応用も報告されているが(2),呈色反応に頼る点
る実験・観察・実習及び技術の体験型実践教科
では中学校教師の要望に沿うことができない.
プログラムの開発」で行った中学校理科教員研
2.研究の目的
修において,教師側から研修内容への要望を提
出して頂いたところ,ヨウ素デンプン反応やベ
そこで本研究では,中学校教師から要望があ
ネジクト反応などの呈色反応では生徒の消化の
った視覚による実験に加え,味覚にもよる消化
しくみの理解が進まないとのことであった.そ
のしくみの理解のための実験を複数準備し,教
こで視覚的に捉える実験方法はないか,だ液の
員研修で紹介した.事後に,授業でのそれらの
はたらき以外に,この単元に則した実験の提示
実験の活用性について質問紙によるアンケート
はできないか,という要望が教師から出されて
調査を行い,視覚・味覚による消化のしくみの
133
理解促進の有効性について検証した.また,公
体感する.
立中学校における選択理科の授業で,いくつか
実験2 「小よく大を制す」
(ろ過によって大き
の実験を実施した.
な分子と小さな分子を分けることでデンプンと
ブドウ糖の大きさを区別する実験)
デンプンとブドウ糖を混ぜたものをろ紙でろ
3.研究の方法
本研究で利用した教員研修は,平成 19 年度福
過する.ろ紙にたまったものは蒸留水でよくす
岡教育大学連携融合事業理科部会・北九州教育
すぐ.ろ紙にのこったものは甘くない.ろ液は
事務所管内中学校理科教育検討会「基礎と基本
甘い.甘い物,この場合はブドウ糖のみ,ろ紙
技術を見直す理科教育指導者講習会」の第 3 回
を通過.小さい分子はろ紙を通過.大きい分子
(平成 19 年 7 月 27 日実施)の「動物の体とつ
はろ紙に残るので,ブドウ糖はデンプンより小
くり:消化,感覚,循環など」である.参加者
さい(図1)
.
は中学校理科教師 13 名で,会場は福岡教育大
ろ紙の拡大写真
学・生物教室の学生実験室を使用した.
[(株)アドバンテック東洋HPより]
デンプン,ブドウ糖は市販の馬鈴薯デンプン
大きな
(北海道産ばれいしょ澱粉 100% 片栗粉)
,ブ
つぶ
ドウ糖(PURE GluCose エネルギー補給にぶどう
糖 100,(株)上野砂糖)を用いた.ホットプレ
ートは家庭用を用いた.ろ過はコーヒーのドリ
小さなつぶ
ッパーを,ろ液の回収は紙コップなどに行った.
図1 大きな分子と小さな分子のろ過の概念図
ろ紙は未開封の実験用(ADVANTEC No.1)を用い
た.α-アミラーゼは Bacillus subtilis 由来の
もの(和光純薬,カタログ#013-03732),β-
実験3 「小はこれを大よりとりて大より甘し」
アミラーゼは大麦由来のもの(和光純薬,カタ
(デンプンがアミラーゼによって小さくされ,
ログ#010-18551)を用いた.
ブドウ糖に似た甘い分子になることを味覚で区
別する実験)
次の各実験を上記研修会で紹介した.実験情
報のソースはネット検索でヒットした,研究報
ホットプレートで温めたデンプン(片栗粉)の
告や論文にはなっていない実践報告なども参考
りに,α-アミラーゼ,β-アミラーゼを加えて
に,予備実験など総合して組み立てた.実験の
状態を変化させ,濃縮してなめてみる(だいた
タイトルは,生徒の興味を少しでも引けるよう
い 30 分ほど)
.
にと考え,
「どうゆうことだろう?」との疑問か
〈手順〉
ら興味を引きつけるためにつけたものである.
1.50~60℃ほどの温湯を準備
本来は客観性のある科学的なタイトルとすべき
2.デンプン 1.5gを耐熱コップの水 8.5ml に
かもしれないが,理科離れを防ぐためには殻を
溶かす.ホットプレート上で攪拌し,のり状
破らなければならないとの考えから敢えてこの
にする.
3.ホットプレートからおろし,α-アミラーゼ
タイトルで教員研修を実施した.括弧内は本来
0.1gを加え攪拌.さらさらになる(液化)
.
のタイトルと思われるものである.
4.1.の温湯に浸して温めながらβ-アミラー
実験1「タンメーター」
(味覚でデンプンやブド
ゼ 0.1gを加え攪拌(糖化)
.
ウ糖を区別する実験)
5.4 個のアルミカップへ分け,ホットプレー
食品のデンプン(片栗粉,
つまり馬鈴薯デンプ
ト上で濃縮(泡を吹く程度に)
.なめてみる.
ン)やブドウ糖を実際になめてみる.味の違いを
134
落としたものを 2 枚予め準備しておく.一枚の
ブドウ糖の甘味がするか確認する.
墨染みの中心にキウイなどの絞り汁をのせる.
実験4 「焼き芋屋さんの企業秘密」
(比較的低
一定時間後,両者を石鹸で洗ってみる.キウイ
い温度でサツマイモをふかすと,高い温度でふ
をのせたほうは墨が比較的落ちている.墨は,
かすより甘くなることを味覚で確認する実験)
疎水コロイドのススにゼラチンを保護コロイ
さつま芋 100gを電子レンジ強 600Wで2分
ドとして加えたもの.保護コロイドが分解され
るとススは石鹸で洗い流しやすくなる.
(1,200W分),電子レンジ弱 200Wで6分(1,200
W分).
どちらが甘いか?これも食べ比べてみる.
弱で加熱すると芋の中のアミラーゼがよく働い
実験7「カプセルからの脱出」
(ゼラチンカプセ
て芋のデンプンからマルト-スやブドウ糖がで
ルにタンパク質消化酵素を入れ,溶けて破れて
きて甘くなる.強だとアミラーゼが変性してし
くる時間を比較する実験)
薬用のカプセル(ゼラチン製)にタンパク質
まい,柔らかくはなるが甘くならない.
分解酵素を入れ,つるす.破れて中身が出てく
実験5 「オブラートに包まれて」
(馬鈴薯デン
る時間を比べる.水,キウイ,パイン,トリプ
プンでできているオブラート袋にだ液を入れ,
シンなどで比較する.
消化による液漏れを視覚で確認する実験)
4.結果と考察
「温水」
,温めた「だ液」
,加熱処理して温め
た「だ液」のうち,一番早く「オブラート袋」
研修会にて実験1~7を順次紹介した後,事
からもれてくるのはどれかを視認する.オブラ
後アンケートをとった(3).質問は,問1.
「研修
ート袋は馬鈴薯デンプンでできている.温めた
,問2.
の趣旨はご理解いただけたでしょうか?」
「だ液」が一番早い理由を考察する.
「中学校の理科授業で取り入れてみようと思わ
れた内容はありましたか?」
,問3.
「研修内容
実験6 「透けたフィルム」
(感光させた写真フ
は理解できましたか?」
,である.最後に自由に
ィルム表面のゼラチンをタンパク質分解酵素で
感想など記述していただいた.
消化させ,その箇所が透明に抜けるのを視認す
る実験)
果物でフィルム表面を溶かす.キウイのタン
とても
パク質分解酵素によってフィルム表面のゼラチ
まあまあ
ンが溶けて透明になる.同じタンパク質の皮で
あまり
も,
湯葉や玉子の卵殻膜は丈夫すぎて使えない.
100%
口頭で紹介のみの他の実験 2 例:
まったく
「禿げた青膜」
:ニトロセルロース膜や PVDF 膜
にタンパク質を吸着させ,染色する.青く染ま
っているのはタンパク質があるから.そこへキ
図2 研修の趣旨はご理解できましたか?
ウイの絞り汁などのタンパク質分解酵素を置
く.保温して一定時間後,水道水で洗うと酵素
最初に,研修の趣旨の理解を問うたところ,
を置いていたところだけ白くなっている.タン
参加教師全員が趣旨を理解していた(図2)
.こ
パク質が分解されて小さくなり,水洗で除去さ
れは,事前に要望が出されており,それに沿っ
れた.
た内容を提示した結果によると考えられる.
「墨で汚れても大丈夫」:木綿布に墨汁を一滴
135
場で活用したいと思います.
」
「
,学校で手軽に取
り組める実験を色々と提示していただき,あり
15%
がとうございました.
」
,
「消化の実験では,教科
とても
書に載っている実験しか知らなかったので,レ
まあまあ
パートリーが広がりました.
」
「費用がかからな
,
あまり
85%
い実験が多くあり,すぐにでも実践できる内容
まったく
で,2 学期に使おうと思っています.
」
,
「これま
で,私は聞いたことがない実験方法で,充分現
場で活用できると思いました.
」
「消化の仕組み
,
図3 中学校の理科授業で取り入れてみたい内
を視覚的にとらえる実験で,授業で取り入れら
容はありましたか?
れるもので,大変参考になりました.ありがと
うございました.
」などである.これらの意見か
次に,授業で取りいれようと思う内容でした
ら,本研修で紹介した実験は,教師の知見を広
か?と質問したところ,参加教師全員が肯定的
げるとともに,授業へ即,取り入れられる内容
に答えた(図3)
.研修中の教師の意見では,実
であったことが伺われる.福岡県K市立KN中
験の中では,オブラートを用いた消化の実験が
学校で本研究のいくつかの実験を選択理科の授
最も興味を持たれたようだった.袋状のオブラ
業でも紹介した.生徒は楽しみながら実験に取
ートなどは初めて見るという教員がほとんどだ
り組んでいるようだった.
った.このことから,ホームセンターや 100 円
5.おわりに
均一ショップ,薬局などは教材の宝庫であるこ
本研究が対象とした研修会で紹介した実験で
とを講師として強調した.
検討し残っているのが,呈色反応を用いた実験
が何故,生徒理解につながらないのか,教科書
8%
の実験をどのように工夫すればよりスムーズに
とても
理解できるようになるのか,だ液の実験を科学
まあまあ
的に正しく組み直すにはどのような工夫が必要
あまり
なのか等,正面から取り組んでいくことが今後
まったく
の課題である.
92%
参考文献
(1)森田保久の高校生物関係の部屋
図4 研修内容は理解できましたか?
http://
morita.la.coocan.jp/a/original9.htm
西野秀昭 消化の予備実験
次に,研修の内容を理解できましたか?とい
2007
う質問には,92%の教師が理解できたと答えた
(2)正元和盛・川元信人:新規デキストリンを用
(図4)
.これはいずれの実験も,呈色反応など
いた「だ液のはたらきを調べる」実験開発,
用いずに,ダイレクトに消化の現象を実感でき
理科教育学研究,49(2),129-133,2008
(3)平成 18 年~20 年 福岡教育大学連携融合事
ることに由来していると考えられた.
自由記述では,次のような意見が出されてい
業理科部会 北九州教育事務所管内中学校理
た.
「大変理解しやすく,シンプルで身近な素材
科教育検討会「基礎と基本技術を見直す理科
を用いながら工夫された実験内容で,早速,現
教育指導者講習会」事業報告
136
科教研報 Vol.24 No.2
消化の学習における新しい実験法の開発
~デンプン溶液の濃度と消化時間の関係に注目して~
Development of a new experiment in learning of the digestion
― Focus on relation between the density of starch solution and digestion time―
新井 麻里
ARAI, Mari
霧島市立富隈小学校
八田 明夫
土田 理
HATTA, Akio TSUCHIDA, Satoshi
鹿児島大学教育学部 鹿児島大学教育学部
Tomikuma elementary school, Faculty of Education Kagoshima University, Faculty of Education
Kagoshima University
【要約】小学校におけるデンプンの消化実験は,昭和 40 年代から現在までさまざまな工夫がなさ
れてきた。本稿では,だ液の働きを理解しやすくするために,児童に身近で体温ほどの低温でもだ
液による分解が行われるご飯粒溶液を用いて,ヨウ素液の青紫色が無色になる色の変化が見やすい
ろ紙を用いた実験方法を紹介する。そして,授業実践の結果から,開発した実験教材に有用性があ
ることを明らかにした。
【キーワード】だ液,ろ紙,デジタルカロリーメータ
1 はじめに
3.先行研究
だ液アミラーゼがデンプンを分解する働き
大正 13 年~平成 16 年検定の小学校理科教科
は,消化の第 1 段階として重要な役割を担って
書において,デンプンの消化実験の内容を調査
いる。小学校第 6 学年で扱われる「デンプンの
し,特徴的な結果を示す。
消化実験」は,唯一採取可能な消化液であるだ
まず,素材は,デンプンのりが最も用いられ
液を用いて行われる実験であり,長い間実践や
ていた。しかし,ご飯粒は児童にとって最も身
工夫がなされている。しかし,保温時間がかか
近なデンプンであり,実験の利用価値が高いと
ることやヨウ素デンプン反応の発色が一定で
考えられる。つぎに,だ液の採取方法は,口に
ないことから実験結果に差が生じることがあ
水を含みだ液を希釈する方法が最も使用され
る。
ていた。現在では,ストローが使用されている
そこで本研究では,デンプンの消化実験にお
が,だ液への抵抗感を減らす効果があるのか調
ける新しい実験教材を開発し,授業実践の結果
査が必要である。そして,保温方法だが,どれ
から,開発した実験教材の有用性について検討
も湯を使用している。そのため,記述されてい
する。
る保温時間は「しばらく」や 10 分,30 分であり,
2.研究の目的
時間が経つと湯の温度が低下するので温度を
だ液による分解性が高いデンプンの素材と,
一定に保持する困難さがある。温度が変化する
呈色の観察に適した実験条件を明らかにする。
ということは,ヨウ素溶液による呈色の結果に
そしてこの結果をもとにして,デンプンの消化
影響を及ぼす。よって,温度を一定に保つ工夫
実験における新しい実験教材を開発する。また,
や,保温時間の短縮が必要である。このことか
それを用いた指導案を提言実践し,授業実践の
ら,観察に適した実験条件を明らかにする必要
分析から,実験教材の有用性について明らかに
があると考えられる。
する。
137
2)測定方法
4.児童の実態調査
デジタルカロリーメータにつないだ比色計
1)対象 鹿児島県日置市立住吉小学校
対象者:5,6 年生複式学級男子 3 名女子 6 名
を使用した吸光光度法を用いて,だ液により分
2)調査内容
解されなかったデンプン溶液の吸光度を算出
デンプンの消化実験における新しい実験教
材を開発するために,事前に行なった教科書に
し定量的に分析した。また,呈色変化も調べた。
3)基本条件
紹介されている実験内容について質問紙調査
1.0%の各デンプン水溶液 1.0ml を用意し,だ
を実施した。特に,ストローによるだ液の採取
液溶液(水 2.0ml を 2 分間口に含み採取した)
方法,ヨウ素溶液による呈色の観察について調
を 0.1ml 加え,38℃の湯の中で保温し,1N 塩
査を行なった。
酸 2 滴(約 0.08ml)で反応を止めヨウ素溶液(30
3)結果と考察
倍に希釈した)を 1 滴(約 0.04ml)加えること
ストローを使用しただ液の採取方法では,口
を基本条件とした。
に水を含まずにだ液を採取したため,だ液がス
4)結果と考察
トロー内を通過しにくくなり採取が困難であ
(1)デンプンのり溶液
ったという意見が挙げられた。そして,ヨウ素
まず,「だ液の温度依存性」において,40℃時
デンプン反応の呈色の観察では,青紫色の発色
に吸光度が 0%を示し,呈色は無色であった。
の濃さや色味に幅があり見にくかったという
よって,デンプンのりは,だ液によって分解さ
意見が挙げられた。
れやすいといえる。つぎに,「だ液量依存性」に
5.実験について
おいて,だ液量が 0.56ml 以上の時に吸光度が
1)目的
0%を示し,呈色はほぼ無色であった。だ液量
デンプンのり溶液,ご飯粒溶液,小麦粉溶液
0ml と比較した時,最も呈色の比較が容易であ
における「だ液の温度依存性」,「だ液量依存性」,
る。よって,デンプンのりは,尐ない量のだ液
「だ液の保温時間依存性」を調べ,だ液と反応性
で分解され,無色になるため呈色の比較が分か
が高いデンプンの素材を検討する。また,各依
りすいと示唆される。そして,「保温時間依存
存性結果より,呈色を観察するのに適した実験
性」において,15 分後に吸光度が 0%を示し,
条件を明らかにする。
呈色は 2 分後には無色になった。よって,視覚
による観察と定量的な数値から,実験に適した
表 1 小学校教科書におけるデンプンの消化実験の内容の変遷
発 行 年 度
大 正 13年 朝 鮮
素 材
だ 液 の 採 取 方
保 温 温 度
保 温 時 間
な し
な法し
な し
な し
昭 和 17年 文 部 省
な し
な し
な し
な し
昭 和 45年 東 書
ご 飯 粒
口 に 水 を 含 む
体 温
30分
オ ブ ラ ー ト
口 に 水 を 含 む
体 温
30分
デ ン プ ン の り
な し
36~ 40℃
な し
教 出
ご 飯 粒
な し
体 温
な し
大 日 本
デ ン プ ン の り
な し
約 40℃
し ば ら く し
東 書
学 図
啓 林
デ ン プ ン の り
な し
体 温
て
10分
昭 和 48年 信 濃
デ ン プ ン の り
な し
35~ 40℃
し ば ら く し
東 書
パ ン
口 に 水 を 含 む
体 温
て
30分
学 図
デ ン プ ン の り
な し
体 温
な し
啓 林
デ ン プ ン の り
な し
体 温
10分
昭 和 51年 大 日 本
デ ン プ ン の り
な し
40℃
し ば ら く し
大 日 本
デ ン プ ン の り
な し
体 温
なてし
昭 和 54年 大 日 本
デ ン プ ン の り
口 腔 内 に 含 む
体 温
な し
東 書
パ ン
口 に 水 を 含 む
体 温
10分
オ ブ ラ ー ト
な し
な し
な し
昭 和 60年 学 図
東 書
パ ン
な し
36℃
し ば ら く
平 成 11年 東 書
ご 飯 粒
脱 脂 綿
約 40℃
10分
平 成 16年 教 出
ご 飯 粒
ス ト ロ ー
体 温
10分
東 書
ご 飯 粒
ス ト ロ ー
約 40℃
10分
デンプンであると示唆される。
(2)ご飯粒溶液
まず,「だ液の温度依存性」において,最も低
い吸光度は 0.2%を示した 40℃で,呈色は薄い
紫色であった。よって,デンプンは完全に分解
されにくいといえる。しかし,デンプンのり溶
液に比べ 40℃以下の温度でも多く分解された。
つぎに,「だ液量依存性」において,だ液を 0.8ml
加えたが吸光度 0%を示さず,呈色は紫色の濃
淡の変化を示した。そして,「保温時間依存性」
において,20 分に吸光度が 0.2%を示し,呈色
は 3 分後に薄く発色した。よって,定量的な数
138
値からは,ご飯のデンプンが完全に分解される
7.教材開発
ためには 20 分以上かかるが,呈色の観察では 3
実験結果から,ろ紙
分後に色の薄さを確認できるのではないかと
にご飯粒溶液を染み込
示唆される。
ませ乾燥させた「ご飯
(3)小麦粉溶液
粒溶液ろ紙」と,切手の
図 1 ろ紙同士の接触
まず,「だ液の温度依存性」において,最も低
様にろ紙にだ液を染み
い吸光度は 0.5%を示した 40℃であり,呈色は
込ませた「だ液ろ紙」を
初期色に比べて色味が変化した。よって,デン
接触させる実験教材を
プンは分解されにくく,呈色の観察において発
開発した。反応した箇
色の比較が困難であるといえる。つぎに,「だ
所を分かりやすくし,
液量依存性」において,だ液を 0. 8ml 加えると
だ液を吸収しやすくす
吸光度が 0%になり,呈色は無色を示した。そ
るために,ろ紙を曲線
して,「保温時間依存性」において,20 分後吸光
部分が尐ないカタカナ
度は 0.3%を示し,呈色は紫色のままであった。
に切った(図-1)。この
よって,定量的な数値からは,小麦粉のデンプ
方法は,児童1人1人
ンは 20 分で完全に分解されるが,呈色の観察
が自らのだ液を簡単に採取できる方法として
では色の濃淡の確認が困難であると示唆され
有効だと考える。
図 2 ろ紙を両手で挟む
図3
呈色の変化
る。また,条件によって呈色の色味に幅が生じ
つぎに,保温方法は,ろ紙をチャック付き透
るため,観察には向かないのではないかと考え
明袋に入れ両手で挟み温める方法にし,体温の
られる。
必要性を体感することで実感を伴う消化実験
6.実験のまとめ
になるよう工夫した(図-2)
。
定量的実験及び呈色の観察において適した
そして,ヨウ素デンプン反応の呈色方法は,
デンプンの素材は,デンプンのりであるといえ
色を青紫色と白色だけの変化のみに固定し,そ
る。しかし,児童にとって,身近なデンプンは
の 2 色を比較する方法を採用した。
この方法は,
白米である。また,ご飯粒溶液は,低温でも分
ご飯粒溶液ろ紙をあらかじめヨウ素溶液に浸
解されやすかったため,児童の手からの体温を
し青紫色に発色させておく。そこに,だ液を含
用いた場合でも,短時間で反応が起こるのでは
ませたろ紙を接触させ青紫色が消え,ろ紙の白
ないかと考えられる。さらに,呈色の観察にお
地が見えるというものである。これは,だ液の
いて,ご飯粒溶液は色の濃淡の変化が確認でき
はたらきにより,デンプンが分解され違うもの
た。このことから,ご飯粒溶液を使用した新し
に変化したことに気付かせるための工夫であ
い実験教材の開発を行い,有効性があるか検討
る(図-3)
。
する。
8.授業実践
1)対象 鹿児島県日置市立住吉小学校
表 2 各デンプン溶液における実験結果
デンプンの り溶 液
のまとめ
ご飯粒溶液
対象者:5,6 年生複式学級男子 3 名女子 6 名
小麦粉溶液
吸光度
1 .0 % → 0 % ( 4 0 ℃ )
0 .7 5 % → 0 .2 ( 4 0 ℃ )
1 .5 % → 0 .5 % ( 4 0 ℃ )
呈色
青色→無色
紫色→薄紫色
黒紫色→桃色
吸光度
0 % ( 0 .5 6 m l)
0 .1 ( 0 .8 m l)
0 % ( 0 .8 m l)
呈色
青色→無色
紫色→薄紫色
黒紫色→無色
0%(15分 )
0 .2 % ( 2 0 分 )
0 .3 % ( 2 0 分 )
撮影日:平成 20 年 12 月 17 日(水)(1 時間)
1 だ 液 の 温 度 依 存 性
授業者:新井
2 だ 液 量 依 存 性
吸光度
2)記録方法
2 台のビデオカメラで,授業のすべてと実験
3 だ 液 の 保 温 時 間 依 存 性
呈色
麻里
青 色 → 無 色 (2 分 後 ) 紫 色 → 薄 紫 色 ( 3 分 後 ) 色 の 変 化 な し ( 2 0 分 後 )
活動を記録し,以下の観点から分析を行なった。
139
(1)だ液の採取方法に対する児童の反応と実
「教材の役立ち」については,呈色の変化が分
験結果への影響
かりやすかったという意見が多く,呈色の比較
(2)両手でろ紙を挟み保温する方法に対する
が容易にできた時に役に立つと考えているこ
児童の反応と実験結果への影響
とが分かった。
(3)呈色の変化の観察に対する児童の反応と
一方,「教材の難しさ」については,凹凸のあ
実験結果
るろ紙を口に入れる行為に嫌悪感を抱いたこ
3)プロトコル分析の結果と考察
とが分かった。以上のことから,児童は体験を
(1)小さいろ紙を口に含みだ液を採取するこ
通して学ぶろ紙を利用した実験に好意的であ
とは,児童にとって困難であり,ろ紙に十分だ
り,ヨウ素デンプン反応の呈色を比較しやすい
液が含まれだ液まみれになるので嫌悪感を抱
と考えていることが分かった。しかし,ろ紙を
きやすい。よって,ろ紙の形と摂取時間の改善
用いただ液の採取方法や,約 3 分間の保温時間
が必要である。
で結果に差が生じにくくするような工夫や検
(2)保温時間 1 分以内で袋とろ紙を通じ,体
討が必要であると考える。
温を感じたことが分かった。また,呈色の変化
表 4
相 対的に 困難な 理由( 複数回 答)
を 3 分間以上で確認できた。これは,教科書で
理 由
人 数
紹介されている 10 分間より短い。以上のこと
ピ ンセッ トでつ かむ作 業
7
凹 凸があ るろ紙 を口に 入れる 過程
4
手 で 4 分 間以上 温める 作業
3
ろ 紙に記 入した 文字が 消えた
2
凹 凸があ るろ紙 の扱い
1
から,だ液とデンプンの反応には体温が必要で
あることを体感でき,消化のスムーズな理解に
つながると示唆される。
表 3
相 対的に 役に立 った理 由(複 数回答 )
9.結論
理 由
人 数
色 の変化
4
ご飯粒溶液ろ紙とだ液ろ紙を接触させ,呈色
だ 液や水 に付け たろ紙 を扱う 作業
3
の変化を観察する実験教材を開発した。この実
文 字をは がす作 業
2
験教材を用いて,小学校において授業実践をし
だ 液の働 きが分 かった
1
た結果,実感を通してだ液の働きを学ぶろ紙教
ろ 紙にだ 液を含 ませる 作業
1
材は,児童がだ液の働きをスムーズに理解する
手 で温め る
1
効果が実証された。よって,本実験教材は,ヨ
(3)事前にろ紙に染み込ませたデンプンを青
ウ素デンプン反応の呈色の変化を観察する実
紫色に呈色させ,だ液と反応させることで青紫
験教材として有用性があると考えられる。
色が消えてろ紙の白色が現れる方法は,2 色の
10.参考・引用文献
みに着目し観察できていた。これは,呈色の濃
正元和盛・木村知祐(2003)
:
「だ液アミラーゼ
さや色味に幅が出るという実験結果の差をな
の簡易比色計を用いた測定」熊本大学教育学部
くすことにつながったため,児童が観察しやす
紀要,自然科学第 52 号,pp.97-102
くなったからではないかと示唆される。
4)自由記述調査の結果と考察
授業終了後に,自作の教材の有用性を調べる
ために,「教材の役立ち」と「教材の難しさ」
の状況についての調査及びその理由について
の自由記述調査を実施した。
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日本科学教育学会研究会研究報告
科教研報
Vol. 24 No..2
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