断層映像研究会雑誌第28巻第2号 5 0 ( 4 ) 巻頭言 インドでの出来事 田中良明 国際学会などで外国に出かけると時々思わぬ経験 それはさておき、私はこの某氏の入院付き 添い の をするが、今回も思 っ ても見ない出来事に遭遇し、 聞に 、 思いがけず院内である光景を見て、はたと心 また 一 つ新たな人生経験 をした 。 に打たれるものがあった 。 それはたまたま通 り がか それは、今年の2月にある仕事で某氏と 一緒にイ っ た病院のエレベータホールで、エレベータを待 っ ンドのマドラス (チェンナイ ) に出かけたときの事 ていたときのことである 。 ホールの壁際に飾られて である 。 予定していた現地調査や研究打ち合わせ、 いた小さな仏像の前で、勤務交代のときだと 思 うの それに依頼されていた講演なども無事終えて、空港 だが、出勤してくる 看護婦 たちがしばし立ち止 ま っ から 帰路に付こうとした ところ、機内に 乗り込んで ては次々と仏像に手を 合せたり触れたり していくの からその某氏が急 に体調を崩して動停や胸苦し さを で ある 。 今日も 一 日無事でありますようにと、お祈 訴えたため、急、謹そのまま飛行機を降りることにな りしているのであろうか。 またそ の他 にも見舞い客 っ た 。 そのとき実は、予定の使の出発が折り返し機 と思われる中年の夫婦が丁寧 に履物を脱いだ上 で、 の都合で2時間近く遅れてしま っ たこともあり、時 持 って きたショールのような布をその仏像に掛けて 刻は既に夜中の午前 O 時を回っていたのだが、我々 や った りするのである 。 これらの光景 は、 私の目 に はい っ たん出国手続きをした順路を逆戻り してイン は彼らがごく自然な 振舞いで、行 って い るように 映 っ ドに 再入国することにな っ た 。 そ し て手配された救 ただけに、日頃忘れて いた物事 に感謝する気持ちの 急車に乗って彼はそのまま入院することになり 、 私 大切さや 、 信仰心の原点を思い起 こさせる のに充分 も 一緒に病院へ付いていくことにな っ た 。 の出 来事であ っ た 。 よ く日本人には信仰心がないと その後 、 2 日間の入 院の聞に、某氏もすっかり体 か、 無宗教信者であると か言 われた りするが、 普段 調が回復 し 退院可能となり 、無事帰国することがで の生活の中で、果たしてこのような感謝の気持 ちを きたのだが、 その問の救急室での対応や一般病室に 抱いて行動 し ている人が一体どれ位いるだろうか 移ってからの医療スタッフの患者への接し方、処置 と 、 その 時ふと思 っ たりもした 。 のやり方を間近に見て、インドにおける 医療 の現状 感謝の念 は、 今、日 本人に一番欠けているものの と、そのレベルの 高 さを垣間見ることができた 。 退 一 つである と 言っ てもよいかもしれない。 こ の よう 院の際には、救急患者で入院した彼のもとには数日 な心情の足りなさが、 昨今問題にな っている医療事 分の薬の他、 退院時サマ リ ー や 主な検査デー 夕、胸 故や 医 療訴訟などとも無縁ではないように思われ 部レン ト ゲン写真、 医療費 明細書のほか、 今後 の生 る 。 よく 言 われていることではあるが、日本は今や 活指導書や飛行機での旅行許可証なども渡され、 そ 米国に次 ぐ世界 第 二 の経済大国にな って はいるが、 の手際 よ さ にも改めて感心させられた 。 またこの 果たして心の中までどれほど豊かであると自 信 を持 問、 医 師、 看護婦、栄養士 などのスタ ッフが訪室 し って言 い切れるだ ろうか。 教育や診療の現場で多く てきで は 、そ れぞれ引 率 してきた 若 い研修生た ちを の 人達 と接する機会の多い者 にと って 、 今回の イン ベッ ドサイド で指導 して いくのだが、 その実際 のやり ド旅行 はいろい ろな意味で貴重な贈り物を与えてく 方を見て 、 日ごろ教育や研修の現場を担 当 している れた 。 私にも、いろいろと参考にさせられるものがあった 。 (日本大学医学部放射線医学教室教授)
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