なぜ、自治基本条例が必要か

資料5
なぜ、自治基本条例が必要か
高橋
秀行(岩手県立大学総合政策学部)
1.自治基本条例とは?
「自治の基本原則、市民の権利、市民や議会、首長、行政職員等の役割や責務、
市政運営の基本原則、参加や協働のための原則などを定めた自治体の最高法
規(まちの憲法)」
2000 年 12 月に制定された(2001 年 4 月施行)北海道ニセコ町まちづくり基
本条例(2005 年 12 月改正)が第 1 号。以後、各地に広がった。当初「まちづ
くり基本条例」という名称が一般的。しかし、最近では「自治基本条例」の名
称を採用する自治体が多い。
2.全国の取り組み状況と岩手県内市町村の取り組み状況
(全国)2007 年 2 月現在、約 60 の自治体で制定済み。さらに、100 近い自治
体で検討中
(岩手県内)
○宮古市が最も早く制定作業に着手。
・旧宮古市において、2002 年 10 月、公募市民を含む 12 人により、「宮古市自
治基本条例(仮称)検討市民懇談会」を設置。条例に盛り込む事項を白紙か
ら検討。
・2004 年 2 月:市民懇談会、市長に最終報告書を提出
・これをふまえ、旧宮古市役所庁内ワーキンググループが条例試案を作成
(以後、合併により作業が中断)
・2006 年 1 月:新・宮古市市民憲章等検討会(自治あり方部会)第 1 回会議を
開催
・2006 年 12 月:同検討会が、宮古市自治基本条例検討報告書(宮古市自治基
本条例案)を宮古市長に提出
・2007 年 1 月:条例案に関するパブリック・コメント手続きを実施
制定されれば、岩手県内初の自治基本条例
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○花巻市→現市長がマニフェストで、まちづくり基本条例・市民参加条例の制
定を公約。2006 年 12 月に「花巻市まちづくり基本条例検討市民会議」(20
人:一般公募、各種団体推薦等)を設置。以後、月 2 回のペースで検討を重
ね、2007 年 2 月 9 日に第 4 回目の会議を開催。同会議の提言をふまえ、2007
年度中の制定をめざす。
○紫波町→紫波町は「市民参加条例」。2006 年 6 月に「紫波町に参加条例をつ
くろう委員会」を設置(一般公募 6 人、自治公民館 2 人、行政区長 2 人、町
民団体 2 人)。庁内のワーキンググループとキャッチボールを行いながら提言
書に盛り込む条例要綱案の検討を重ね、2007 年 1 月で会議は 8 回を数えた。
つくろう委員会の提言(3 月末予定)をふまえ、6 月ないし 9 月の議会に条例
案を上程予定。
3.では、なぜ「自治基本条例」が必要なのか?
○地方分権の進展→具体的には 2000 年の「地方分権一括法」の施行→自治体
(とくに市町村)に「地方政府」としての自立が求められるようになった→
地域のことは地域で決めるという「自己決定・自己責任」のもとで、地域実
情にあった独自の政策をつくる必要性が増大→自立した自治体運営の根拠と
なる(自治体のいろいろな条例や施策のよりどころとなる)ルール(自治体
の憲法)が必要
→「地方政府」である自治体が「憲法」をもち、市政に関する様々な条例や
規則、要綱等は、この憲法(最高規範)の内容を最大限尊重して作成しな
ければならない!
○行政への市民参加や NPO と行政との協働、コミュニティ活動などの必要性が
ますます高まるなか、参加や協働によるまちづくりの仕組みを定める必要性
が増大
→条例で仕組みを定めないと、参加や協働が継続しない(首長や担当者がか
わって参加や協働の取り組みが後退しないように)
→ただし、自治基本条例で定めるのは基本的な原則にとどめ、手続や仕組み
の詳細は別途条例にゆだねる(市民参加条例・市民協働推進条例・コミュ
ニティ条例・住民投票条例等)
○行政の限界→これまで行政が独占してきた「公共」を、市民・NPO・コミュ
ニティ組織・民間の企業などが行政と協働して一緒に担う時代が到来(行政
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による画一的なサービスの限界+財政難)→こうした「新しい公共」の時代
における各主体の役割分担や責務などを規定する必要性
○市町村合併によりできた奥州市に対する市民の一体性や帰属感を高める役
割
4.最近の自治基本条例の構成(宮古市・日進市・豊中市)
(1)宮古市自治基本条例(案)
前文
第1章
総則
第1条
目的
第2条
最高規範性
第3条
用語の定義(市民・市の執行機関・参画・協働・コミュニティ)
第2章
まちづくりの基本原則
第4条
参画と協働の原則
第5条
共生のまちづくりの実現
第3章
市民の権利と責務
第6条
市民の権利(まちづくりに参加する権利・知る権利・行政サービ
スを受ける権利・生涯にわたり学ぶ権利
第7条
市民の責務
第8条
コミュニティ
第4章
市長等の責務
第9条
市長の責務
第10条 市職員の責務
第 5 章 市議会等の責務
第11条 市議会の責務
第12条 市議会議員の責務
第6章
市政運営の原則
第13条 運営原則(第 4 項で、市民の参画について必要な事項は、別に条
例で定めると明記)
第14条 情報公開
第15条 個人情報の保護
第16条 説明責任等
第17条 行政評価
第18条 財政運営
第7章
住民投票
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第19条
第20条
住民投票
住民投票の請求(永住外国人を含む 18 歳以上の住民の 5 分の 1
の署名で市長に住民投票の実施を請求→議会の議決なしに住民
投票を実施→常設型住民投票制度の創設)
第8章
その他
第21条 連携及び有効
第22条 市民自治推進委員会
第23条 改正
附則
(2)日進市自治基本条例案
前文
第1章
総則
第1条
目的
第2条
条例の位置づけ(最高規範性)
第3条
定義(市民、協働、コミュニティ、市民自治活動)
第2章
自治の基本原則
第4条
自治の基本原則(平等な社会・市民主体の自治の推進・自立した
自治体・協働の原則・市民の信託による市政・男女共同参画の原
則・情報共有の原則)
第3章
市民の権利
第5条
個人の尊厳
第6条
平和的生存権
第7条
環境権
第8条
知る権利
第9条
個人情報の保護
第10条 権利の尊重
第4章
市民、市議会及び市長等の役割と責務
第11条 市民の役割の責務
第12条 市議会の役割と責務
第13条 市長の役割と責務
第14条 市職員の役割と責務
第5章
参加と協働
第15条 市民参加(第 5 項で、市民参加に関して必要な事項は、別に条例
で定めると明記)
第16条 市民自治活動(第 5 項で、市民自治活動の支援に関して必要な事
項は、別に条例で定めると明記)
第17条 連携
第6章
市政の組織及び運営
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第18条 柔軟な組織の形成
第19条 市民目線の市政運営
第20条 計画的な市政運営
第21条 開かれた市政運営
第22条 個人情報の適切な扱い
第23条 適切な行政手続
第24条 財政
第25条 行政評価
第7章
住民投票
第26条 住民投票
第8章
条例の遵守等
第27条 条例の遵守
第28条 条例の見直し
第29条 委任
附則
(3)豊中市自治基本条例案
前文
第1章
目的
第1条
目的
第2条
自治の基本原則(情報の共有、補完性の原則、参画の原則、連携
の原則)
第2章
自治の主体
第3条
市民の権利(市政への参画権・参画権の行使に当たり、公共の視
点に立つ・参画または参画しないことを理由に不利益を受けな
い)
第4条
市民の責務
第5条
事業者の責務
第6条
市議会の権限
第7条
市議会の責務
第8条
議員の責務
第9条
市長の権限
第10条 市長の責務
第11条 職員の責務
第3章
自治の運営
第12条 地域自治
第13条 市政運営の基本原則(効率性・透明性・公正な市政運営)
第14条 総合計画
第15条 行政組織
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第16条 行政手続
第17条 法務行政
第18条 情報公開及び個人情報の保護
第19条 行政評価
第20条 人材育成
第21条 財政運営
第22条 危機管理
第4章
参画と協働
第23条 参画の原則
第24条 意見公募手続
第25条 附属機関等の委員の選任
第26条 協働の原則
第27条 パートナーシップ協定
第5章
市民投票
第28条 市民投票(永住外国人を含む 18 歳以上の住民の 6 分の 1 以上の
署名で、市長に市民投票の実施を請求→請求があったとき、市長
は議会の議決なしに市民投票を実施しなければならない→常設
型住民投票制度)
第6章
国及び他の地方公共団体との連携
第29条 国及び他の地方公共団体との連携
第7章
この条例の位置づけ
第30条 この条例の位置づけ(最高規範性)
附則 この条例の運用状況の検討
5.自治基本条例にどのような事項を盛り込むべきか?
(1)最高規範性の規定
(例)「この条例は、市が定める最高規範であり、市は、他の条例等の制定及
び改廃に当たっては、この条例の内容を尊重し、この条例に適合させ
なければならない」)(大和市自治基本条例第 2 条)
(2)自治の基本原則
(例)情報共有の原則、参加の原則、協働の原則、多様性尊重の原則(以上
は、豊島区自治の推進に関する基本条例第 4 条)
自治の基本原則は必須だが、まちづくりの基本理念はオプション
まちづくりの基本理念を盛り込んだ自治基本条例として、埼玉県鳩山町まちつ
づくり基本条例
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同条例第 3 条(まちづくりの基本理念→基本的人権の尊重、町民相互、町民
とまちの信頼関係を基調、環境との共生、地域の自然や歴史文化、町民の知
識経験などの資源を生かす、総合的な視点と自立的な姿勢)
(3)市民の権利
(例)「人権の尊重」「安心して暮らす権利の保障」「自己実現の権利」「選挙
権・被選挙権・解職請求権・市議会の解散請求権・条例の制定改廃請求権・
監査請求権」「市政に関する情報を知る権利」「政策を作り、実施し、評価す
る過程に参加する権利」「市政について意見を表明し、提言する権利」(以上
は、我孫子市自治基本条例案第 5 条)
「未成年者は、その年齢に応じた市政に参画する権利を有する」(善通寺市自
治基本条例第 4 条第 2 項)のように、子どもの市政への参加権を入れる自治
体もある。八戸市協働のまちづくり基本条例第 5 条第 1 項、川西町まちづく
り基本条例第 10 条にも同様の規定あり。
(4)市民の責務
(5)市議会の役割と責務
(例)多摩市自治基本条例第 8 条∼第 11 条
第 8 条(市議会の設置)住民の直接選挙による議員で構成された、市の意思決
定機関として市議会を設置します。
第 9 条(市議会の権限)市議会は、市の重要事項を議決する権限並びに市の執
行機関に対し、監視及びけん制をする権限を有します。
2 市議会は、法令の定めるところにより、条例の制定改廃、予算、決算の認
定等を議決する権限並びに執行機関に関する検査及び監査の請求等の権限
並びに市政に関する調査及び国又は関係機関に意見書を提出する等の権限
をもちます。
第 10 条(市議会の責務)市議会は、その権限を行使することにより、私たちの
まちの自治の発展及び市民の福祉の向上に努めなければなりません。
2 市議会は、情報を公開し、市民に開かれた議会運営に努めなければなりま
せん。
第 11 条(市議会議員の責務)市議会議員は、市民の代表者としての品位と名誉
を保持し、常に市民全体の利益を行動の指針とします。
2 市議会議員は、市議会の責務を遂行するため、自己研鑽に努めなければな
りません。
・最近は、北海道栗山町のように、議員立法で「議会基本条例」(全 21 条:
2006 年 5 月 18 日公布)を制定したところもある。
(6)市長の役割と責務、市職員の役割と責務
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(7)市民参加と協働
市政への参加や市民活動(NPO 活動・コミュニティ活動等)への支援につい
て、自治基本条例でどこまで書くか?
・参加の仕組みについて詳細まで書く条例→フルセット型
ニセコ町まちづくり基本条例、多摩市自治基本条例、伊賀市自治基本条例、
(仮称)近江八幡市協働のまちづくり基本条例(素案)等
伊賀市自治基本条例→計画策定における市民参加の原則、審議会等への市
民参加、条例制定における市民参加の手続などの規定を置く
・自治基本条例では、参加や協働、コミュニティ活動の支援などに関する基本
的な原則の提示にとどめ、詳細な手続き、規定は、別途「市民参加条例」「市
民協働推進条例」「コミュニティ条例」等で定める→コンポーネント型
「市は、市民参加を進めるために必要な条例等を整備するものとする」(札幌
市自治基本条例第 21 条第 7 項)→同様のコンポーネント型条例として、大和
市、久喜市、苫小牧市、宮古市、日進市などの条例や条例案
(8)市政(行政)運営のルール・原則
どこまで詳しく書くかどうかは検討すべき
この部分にもっとも多くの条文を割いているのが、三鷹市自治基本条例(全
38 条中 17 条)→市の率先行動の基本原則、基本構想及び基本計画の位置づ
け、情報公開等、個人情報の保護、パブリックコメント、説明責任、要望・
苦情等への対応、オンブツマン、職員及び組織、適法・公正な市政運営、政
策法務、行政サービス提供の基本原則、自治体経営、行政評価、監査、出資
団体等、危機管理など。逆に宮古市条例では、6 条。
(9)住民投票→盛り込まない訳にはいかない(ただし、盛り込んでいない自
治基本条例もある→「長井市まちづくり基本条例」「川西町まちづくり基本条
例」など)
・盛り込む場合、①「住民投票規定を盛り込むが、事実上は何ら新しい制度を
創設しないかたち」、②「地方自治法の定める直接請求制度を確認するのみの
場合(せいぜい投票資格要件を緩和」、③「常設型住民投票制度の創設」にま
で踏み込むかたちの 3 パターンがある。
①の例(帯広市まちづくり基本条例第 11 条第 1 項、第 2 項)
・市長は、市政の重要事項について、住民の意思を確認するため、必要に応じ
て住民投票を実施できるものとし、その結果について尊重しなければならな
い。
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・住民投票を行う場合はその事案ごとに、必要な事項を規定した条例を別に定
めるものとする。
②の例(三鷹市自治基本条例第 35 条)
・市内に住所を有する年齢満 18 歳以上の者で別に定める者は、市の権限に属す
る市政の重要事項について、その総数の 50 分の 1 以上の者の連署をもって、
条例案を添え、その代表者から市長に対して住民投票の実施を請求すること
ができる。
・前項の条例案において、投票に付すべき事項、投票の手続、投票資格要件 ASO
の他住民投票の実施し関し必要な事項を定めるものとする。
・市長は、第 1 項の請求を受理した日から 20 日以内に市議会を招集し、意見を
付けてこれを市議会に付議し、その結果を同項の代表者に通知するとともに、
公表しなければならない。
③の例(豊中市自治基本条例案第 28 条)
・市に住所を有する満 18 歳以上の者(外国人を含む)は、将来にわたって市に
重大な影響を及ぼすと考えられる事項に関し、その 6 分の 1 以上の者の連署
をもって、市長に対し市民投票の実施を請求できる。
・市長は、前項の請求があったときは、市民投票を実施しなければならない。
(10)条例の見直し→「市は、この条例の施行後 4 年以内に実施状況を勘案し、
検討の上、その結果に基づいて必要な措置を講じるものとする」(伊賀市自治
基本条例第 58 条)
6.自治基本条例をつくるうえでの留意点
(1) フルセット型にするか、コンポーネント型にするか?
コンポーネント型の場合、自治基本条例のみでは実効性は薄く、関連条
例(市民参加条例、市民協働推進条例、常設型住民投票条例等)や指針
等を順次整備しなければならない
→フルセット型とコンポーネント型のメリット・デメリットをきちん
とおさえるべき
フルセット型→コンポーネント型にくらべ即効性はある
その反面、すべて盛り込もうとすると条文数が膨大に
逆に 20 条程度でフルセットにすると、実効性を欠いた
名ばかりの条例に
コンポーネント型→自治基本条例は OS。関連条例はアプリケーション。
OS では基本原則の提示にとどめ、詳細は関連条例に譲
る→関連条例が整備されなければ、自治基本条例は有名
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無実化
(例)久喜市自治基本条例→久喜市市民参加条例、久喜市市民活動推
進条例
大和市自治基本条例→大和市住民投票条例、大和市市民参加推
進条例
(2)盛り込むべき事項を満遍なく押さえるべきか、とくに重点的に取り組む
べき分野について、分厚く定めるべきか?
(例えば)
伊賀市自治基本条例→合併後の自治体内分権の仕組みについて、17 条を割
いている(住民自治協議会+地域振興委員会+住民自治地区連合会)
草加市みんなでまちづくり自治基本条例→まちづくりの環境整備(人材の
育成、組織づくり、基金などの設置、拠点・ネットワークづくりなど)、
まちづくりの参画手続(まちづくりの相談、まちづくり活動の登録、ま
ちづくり計画の提案、みんなでまちづくり会議等)に 9 条を割く。
(3)市議会に関する規定をどうつくるか?内容をどうするか?
(4)住民投票制度をどのようなかたちで盛り込むか?
7.検討委員会、ワーキンググループ以外の市民をどう巻き込むか?
(1)最低限すべきこと
・市広報紙で、自治基本条例の制定開始を大きく特集。以後、随時掲載
・市 HP のトップからすぐに自治基本条例のページに行けるようにする。さらに
HP では、各会議の会議資料を即時アップ。会議録もなるべく早くアップする。
(2) 市民が参加するのを待つのではなく、積極的に出ていく姿勢を!
・WG 内で「自治基本条例はどのようなものか」「なぜ、つくるのか」「つくった
結果、市民生活がどのように変わるのか」「奥州市ではどのような自治基本条
例をめざしているのか」などについて共通認識ができた段階で、積極的に地
域や主要な団体などに出向き、説明を行うとともに、意見を伺い、対話を重
ねながら、市民の総意として自治基本条例に盛り込むべき事項をまとめてい
く作業(PI:パブリック・インボルブメント)を可能は範囲で行う。
・ 以上の PI については、先進例である大和市や流山市の例が参考になる。しか
し、農山村部が多く、市域も広大であり、市民の関心も非常に低い奥州市の
場合、前記の都市部のようにはいかない。現実的で実現可能な(WG のメンバ
ーの負担にならない)PI の手法を考えるべき。
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