ヒト大腸上皮細胞膜に存在するチアミンピロリン酸トランスポーター

9 号(9 月)2015〕
トピックス
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ヒト大腸上皮細胞膜に存在するチアミンピロリン酸トランスポーター
+uman colonic thiamin pyrophosphate transporter
ほ乳動物はビタミン B(チアミン)
を生合成できない
1
ため外界から取り入れる必要がある.チアミンの主要
結腸細胞膜には TPP をリン酸化型のまま直接取り込む
輸送担体が存在し 10),それが SLC44A4 遺伝子にコー
な供給源はもちろん日常摂取している食物である.食
ドされている 11)ことを明らかにしたので紹介したい.
物から得られるチアミンの大部分は補酵素型のチアミ
先ず,結腸上皮培養細胞 NCM460 における[3H]TPP
ンピロリン酸(thiamin pyrophosphate, TPP)であり,摂取
(0.23μM)の取り込みを検討したところ,TPP を添加
された TPP は小腸で分泌される豊富なアルカリホス
してから 10 分まで時間に比例して細胞内への放射活
ファターゼによって加水分解される .脱リン酸された
性の取り込みが確認され,比活性は 8.57 pmol min−1
遊離型チアミンは,小腸上皮細胞の頂端膜(apical mem-
mg proten−1 であった.なお,測定時には小腸アルカリ
brane)に存在するチアミン特異的高親和性輸送担体で
ホスファターゼの阻害剤であるフェニルアラニンを添
ある THTR-1 および THTR-2 によって吸収される.なお,
加しており,NCM460 細胞と TPP をインキュベートし
THTR-1 と THTR-2 は 共 に 促 進 拡 散 型 の solute carrier
transporter 群(SLC family)に 属し,そ れ ぞ れ SLC19A2
ても TPP のリン酸エステルは加水分解されないことを
および SLC19A3 遺伝子にコードされている 2).
おける[3H]TPP の取り込みは,pH 5.5 から 8.0 の間で
一方,ヒトにおけるチアミンの供給源として,摂取
はほとんど活性に差がなく,Na+イオン依存性も認め
1)
薄層クロマトグラフィーで確認している.本測定系に
される食物以外に大腸の腸内細菌叢(microÀora)が考
られなかった.しかし,脱共役剤の 2,4-ジニトロフェ
えられる.腸内細菌により合成されるビタミンとして
ノールの前処理によって 40% ほど活性が阻害されたこ
は,ビタミン K,ビオチン,ピリドキシンなどがよく
とから,TPP の取り込みはエネルギー依存性であるこ
知られているが,チアミンも合成されておりリン酸化
.便
とが示唆された.また,その取り込み活性は基質濃度
に対して飽和曲線(見かけの Km 値は 0.157μM)を示
から解読されたメタゲノムデータから,腸内細菌叢は
した.さらに,TPP に対する特異性は高く,
[3H]TPP
3 つのグループに分けられている.それらはエンテロ
(0.23μM)に対して 200μM の非放射性 TPP を同時に
型と遊離型の両者が大腸内腔に存在している
3)-5)
タ イ プ(enterotype)1, 2, 3 と 呼 ば れ,Bacteroides 属,
加えると放射活性の取り込みが 1% 以下に低下したが,
Prevotella 属,Ruminococcus 属がそれぞれ優位に存在し,
チアミンやチアミンリン酸だけでなく,ピリチアミン,
そのうちエンテロタイプ 2 にチアミン生合成に関係す
ベンフォチアミン,オキシチアミン,チアミンジスル
6)
る酵素遺伝子が豊富に認められる .エンテロタイプ
フ ィ ド, ア ン プ ロ リ ウ ム な ど の チ ア ミ ン 誘 導 体 は
は,少なくとも国籍,性別,年齢,BMI などとは無関
[3H]TPP の取り込みにほとんど影響を与えなかった.
係であり,長期の食事内容に影響を受けるとされてい
以上の結果から,TPP の取り込みは膜に存在する特異
る.今後,エンテロタイプのパターンと宿主の代謝や
的なタンパク質によるものであることが示唆された.
疾病との関連があるのか,またあるとすればどのよう
なお,
[3H]TPP の取り込みはドナーから提供された結
に相関するのかを知ることにより,診断や治療への応
腸上皮細胞から調製した頂端膜小胞(vesicle)を用いた
7)
用が期待されている .
実験でも観察されている.
さて,腸内細菌叢で合成されるチアミンも宿主の栄
次に,ヒト結腸上皮細胞に発現している TPP の輸送
担 体 を同 定 するた め,口 腔 スピロヘ ータ Treponema
養となる可能性があるにもかかわらず,ヒトの大腸に
おけるチアミン吸収に関しては未だよく分かっていな
denticola の TPP トランスポーター(TDE0144)と相同性
い.ヒト結腸上皮細胞にも THTR-1 と THTR-2 が発現
しており,遊離型のチアミンが吸収されることが知ら
のある配列を BLASTP でホモロジー検索したところ,
SLC44A4 遺 伝 子 の 翻 訳 産 物 が 候 補 に あ が っ た.
れているが 8),小腸とは異なり,大腸ではアルカリホ
TDE0144 タンパク質の膜貫通領域で形成される推定
スファターゼがほとんど分泌されていないため 9),
TPP 結合部位と SLC44A4 タンパク質の 272–370 アミノ
TPP を利用する系が大腸にあるのか否かは興味ある課
酸領域間で 26% のアミノ酸が一致し,49% の類似性が
題であった.最近,米国の Said らのグループが,ヒト
認められている.なお,SLC44A4 タンパク質の機能は
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〔ビタミン 89 巻
不明であるが,コリントランスポーター様タンパク質
れ,FCCP や CCCP などのプロトノフォアで約 80% 程
ファミリーの一種で CTL4(choline transporter-like pro-
度活性が抑制されたことから,H+との共輸送によって
tein 4)と注釈(annotation)が付けられていた.SLC44A4
TPP が取り込まれることが示唆された.なお,コリン
遺伝子には選択的スプライシングによるものと思われ
は全くチアミンの取り込みには影響を与えなかった.
る 3 種類の cDNA がデータベースに登録されていたた
最後に著者らは TPPT-1 の組織および細胞における
め,NCM460 細胞で最も多く発現している cDNA をヒ
局在部位を検討している.その mRNA レベルでは,
ト網膜上皮細胞 ARPE19 に発現させたところ,
[3H]TPP
ヒトの結腸に多く発現し,胃,十二指腸,小腸,直腸
の取り込みが対照に比べて 5 倍に上昇した.この時,
などではわずかに認められる程度であった.前立腺,
SLC44A4 タンパク質の発現上昇もウェスタンブロッ
気管,肺などでは結腸と同程度に TPPT-1 mRNA が発
ティングで確認できたことから,SLC44A4 タンパク質
現していたが,これらの組織における TPPT-1 の生理
は TPP の輸送担体であると結論付け,これに新しい注
的意義は今のところ不明である.ウェスタンブロット
釈 TPPT-1(TPP transporter variant 1)が与えられた.
法でも,結腸の頂端膜で発現が観察され,空腸(小腸)
ヒトの TPPT-1 タンパク質は 710 アミノ酸残基から
の頂端膜(刷子縁膜)では認められなかった.興味深い
なる推定分子量 79,254 のタンパク質で,他のほ乳動物
こ と に, 細 胞 極 性 を 持 つ 腎 臓 上 皮 細 胞 MDCK で
にも保存されており,コリントランスポーター様タン
TPPT-1 を一過性に発現させると,TPPT-1 は頂端膜側
パク質ファミリーの CTL2 や CTL5 とそれぞれ 52% お
に局在し,側底膜には局在しないことが蛍光抗体染色
よび 46% のアミノ酸が一致している.また,SOSUI
法で観察された.
による膜タンパク質構造予測によると,TPPT-1 には
以上のように,TPPT-1 はヒトの結腸において TPP
13 個の膜貫通領域があり,N-グリコシド結合の残基が
を特異的に取り込む輸送タンパク質であることが明ら
一カ所(Asn29)存在している.著者らは,TPPT-1 を発
かとなった.Said らのグループは,結腸の頂端側細胞
現させた ARPE19 細胞について種々の生化学的性質を
膜には THTR-1 と THTR-2 が発現し(前者がより豊富
検討したが,その多くは NCM460 細胞で得られた結果
に発現),側底側細胞膜には THTR-1 のみが発現して
と類似性があった.新たに明らかになった性質として,
いることを報告している 8).そこで,腸内細菌叢によっ
pH 5.0 付近で最も取り込み活性が強いことが認めら
て合成された TPP は TPPT-1 によって結腸上皮細胞に
/XPHQ
733
7KLDPLQ
7+75䠄SLC19A2
733
7KLDPLQ
7+75䠄SLC19A3
7337SLC44A4
07337SLC25A19
7KLDPLQ
䠬䡄RVSKDWDVH
%ORRG
図 1 ヒト結腸上皮細胞における消化管のチアミン利用経路
腸内細菌叢で合成された遊離型チアミンは THTR-1 と THTR-2 によって,TPP は TPPT-1 によってそれぞれ
管腔から上皮細胞内に取り込まれる.TPP は脱リン酸化されてチアミンとなり,THTR-1 を介して血管内へ
排出される.また,一部の TPP は MTPPT-1 によってミトコンドリアマトリックスに取り込まれ,補酵素と
して利用されるものと思われる.ただし,結腸上皮細胞における MTPPT-1 の発現に関する報告は未だない.
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取り込まれ,細胞内でそのまま補酵素として利用され
る か, 脱 リ ン 酸 さ れ て 遊 離 型 の チ ア ミ ン に な り
THTR-1 によって血管側に排出されるものと推論して
11)
いる (図 1).動物では,TPP を補酵素として利用す
る酵素はピルビン酸脱水素酵素,α-ケトグルタル酸脱
水素酵素,分子鎖α-ケト酸脱水素酵素などミトコン
ドリアマトリックスに存在するものが多い.既に,ミ
461
2)Said HM (2011) Intestinal absorption of water-soluble vitamins in
health and disease. Biochem J 437, 357-372
3)Gurerrant NB, Dutcher RA (1932) The assay of vitamins B and G
as inÀuenced by coprophagy. J Biol Chem 98, 225-235
4)Gurerrant NB, Dutcher RA, Brown RA (1937) Further studies
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Nutr 13, 305-315
5)Najjar VA, Holt LE (1943) The biosynthesis of thiamin in man
トコンドリア内膜に存在する TPP の輸送担体として
and its implication in human nutrition. J Am Med Assoct 123, 683-
MTPP-1(SLC25A19)が報告されており,細胞質でチア
684
ミンピロホスホキナーゼによって生じた TPP のミトコ
ンドリアでの利用に関与していると考えられてい
る 12).結腸上皮細胞ではチアミンピロホスホキナーゼ
の発現はほとんど認められない 13)14)が,その代わりに
6)Arumugam M, et al. (2011) Enterotypes of the human gut microbiome. Nature 473, 174-180
7)Holmes E, Li JV, Marchesi JR, Nicholson JK (2012) Gut microbiota composition and activity in relation to host metabolic phenotype and disease risk. Cell Metab 16, 559-564
TPPT-1 が発現しているため,細胞外で合成された TPP
8)Said HM (2013) Recent advances in transport of water-soluble vi-
は直接ミトコンドリアで利用できるものと思われる
tamins in organs of the digestive system: a focus on the colon and
(図 1).この Said らの報告 11)によって,遺伝子が同
the pancreas. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 305, G601-
定されたビタミン B1 分子に特異的な輸送担体は図 1
に示されている 4 種になった.さらに最近,ビグアナ
イド系糖尿病治療薬メトホルミンの輸送担体として知
られていた OCT1(organic cation transporter 1, SLC22A1)
が肝臓においてチアミンの取り込みを担うことが明ら
かとなった 15).今後も新たなチアミンの取り込みに関
与する輸送担体が同定される可能性があり,そのこと
でヒトにおけるチアミン代謝の理解が深まることを期
待したい.
G610
9)Barrow BJ, Ortiz-Reyes R, O'Riordan MA, Pretlow TP (1989) In
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10)Nabokina SM, Said HM (2012) Expression of transketolase
TKTL1 predicts colon and urothelial cancer patient survival: Warburg effect reinterpreted. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol
303, G389-G395
11)Nabokina SM, Inoue K, Subramanian VS, Valle JE, Yuasa H, Said
HM (2014) Molecular identi¿cation and functional characteriza-
(平成 27.7.10 受付)
Key Words : thiamin pyrophosphate, transporter, colonic epLWKHOLDOFHOOVPLFURÀRUDSLC44A4
tion of the human colonic thiamine pyrophosphate transporter. J
Biol Chem 289, 4405-4416
12)Lindhurst MJ, Fiermonte G, Song S, Struys E, De Leonardis F,
Schwartzberg PL, Chen A, Castegna A, Verhoeven N, Mathews
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2
Department of Chemistry, Hyogo College of Medicine
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武庫川女子大学薬学部生化学Ⅱ講座
mine pyrophosphokinase cDNA. Biochim Biophys Acta 1517,
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兵庫医科大学化学
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293-297
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15)Chen L, Shu Y, Liang X, Chen EC, Yee SW, Zur AA, Li S, Xu L,
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文 献
Ostrem J, Younger NS, Kurhanewicz J, Shokat KM, Ashrafi K,
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