2006 マナスル ガイド登山隊 ガイド登山隊 山本篤、 山本篤、角谷道弘、 角谷道弘、加藤慶信がご 加藤慶信がご案内 がご案内するマナスル 案内するマナスル登 するマナスル登 山 プロフィール 最近の 最近の記事 • • • • • • • • • • ブログ保存場所 一つの物語が終わる時〜ラストメッセージ〜 ブログの保存法 白馬に乗った貴公子(?) BC 撤収 BC 撤収準備開始 アタック詳細報告 BC に無事下山 登りました!! 第三キャンプへ移動か 2006 年 10 月 8 日 (日) ブログ保存場所 ブログ保存場所 <留守本部です> 皆さんにこのブログを楽しんでもらい、私もうれしく思います。リアルタイムのドラマに 感動できたのも、情報発信してくれた隊長、隊員の皆様のおかげです。特にブログ係 りを隊長から任命された加藤さんは一週間の特訓で完璧に職務をこなしてくれました。 まだしばらくはこのブログを残しておきますが、以下のアドレスに永久保存版を pdf フ ァイルにして置きましたので、ご自身のパソコンに保存したい場合は「名前を付けて保 存」か「上書き保存」を選んでください。操作法で不明なところがあればコメントでお尋 ねください。では、では、次回のチャレンジでまたお会いしましょう。 http://www.everest.co.jp/sat/manaslu/ 2006 年 10 月 8 日 (日) | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) 2006 年 10 月 7 日 (土) 一つの物語 つの物語が 物語が終わる時 わる時〜ラストメッセージ〜 ラストメッセージ〜 皆さんナマステ! 6日にヘリコプターに乗って、全員無事にカトマンズに帰って着ま した。 カトマンズでは5ツ星ホテルに泊まり、各自優雅に過ごしました。 明日カトマンズを出発し、9日早朝に帰国する予定です。 マナスル登山もこれで終わりになります。 そしてこのブログもいよいよ最終回を迎える事になりました。始め た当初、終わりが来ることが、こんなにも切なく寂しく感じるとは 想像もしませんでした。 毎日のようにたくさんの方々からたくさんの想いと共にたくさんの メッセージを頂きました。それが僕たちにどれだけ勇気と元気、そ して癒しを与えてくれた事でしょう。そんな皆様に「ありがとう」 という言葉でしかこの溢れ出る感謝の気持ちを表現できない自分が もどかしくてたまりません。 僕はガイドアシスタントという立場で、今回の登山に仕事として参 加しました。しかしそれと同時に一つの物語の一番近い読者の一人 でもあったような気がします。 今回参加されたお客様それぞれがそれぞれの場面で下した決断。 行くと決めた人も、行かないを選択した人も、その瞬間瞬間でおそ らく自分の生命をプライドをこの山への熱い想いを懸けたことだと 思います。そこには嘘のない真実のドラマが存在し、その決断の 潔さには美しさがありました。 「挑戦するという精神が滅びない限り、人類は滅びない」 ある探検家の言葉です。 皆さんはこれからの人生においてもきっと何かに挑戦していくのだ と思います。生きる為に、誰かの為に、何かの為に。 そしてまた胸躍る、とびっきりロマンチックな物語を紡いでいくに 違いありません。 叶うならば、その物語をまた一番近くで読んでみたい。 「思いやり」「優しさ」本当に本当に皆さん素敵な方々でした。 共に頂上を目指したこの一ヶ月は僕にとって間違いなく一生の宝物 になると思います。 改めて最後にもう一度全ての方々にありがとうございました。 また会うその日まで 加藤 (株)ウエック・トレック社 貫田宗男様 この度はお忙しい中ブログの管理、留守本部をお引き受け頂き誠に ありがとうございました。また、電気、PC、ブログに関して全くの 素人だった僕に一から(キーボードの打ち方から)、休みの日にま で出てきて頂いて、ご丁寧にご指導頂き誠にありがとうございまし た。お陰様でブログを通じて、たくさんの方々から「生の声」を頂 き、元気をもらい、登山を無事終えることができました。 はっきり言って電気にはまってしまいました。また何かありました らどうぞ宜しくお願い致します。 加藤 皆様これまで40日以上の長い期間、私どもの拙いブログにお付き 合い頂き、また暖かい応援本当にありがとうございました。おかげ さまで何とかこの遠征を無事終えることができそうです。 今季のマナスルは私たちの他、大蔵喜福氏率いる日本山岳会会員 の隊、フランス、チェコ隊がそれぞれ活動していました。 結果は、最も力があると思われていたフランス隊は、過半数の不調 者が出たためか、一人も頂上に達することなく驚くほどあっさりあ きらめて撤退していきました。そしてもう一つの日本隊は、私たち が登頂した翌日、日本人3人、シェルパ5人が頂上に達し面目を施 しました。しかしさらにその翌日10月2日頂上を目指したチェコ 隊は2人が登頂したと主張していますが、その2人がいまだ戻らず 絶望視されています。 以上のようなことから、マナスルは現代の技術、装備をもってして も決して易しい山でないことがわかります。我々の先輩方が今から 半世紀も前に手探りで、そして総力を結集し3次にわたり登山隊を 派遣し、ついに初登頂の快挙を成し遂げられたことに改めて敬意を 表したいと思います。 山本篤 長かったようで短かったマナスル登山、カトマンズに帰って久しぶ りにバスタブに浸かって、ようやくリラックスしました。寒がりの 私としては辛い日々が多かったですが、ご参加いただいた皆様は、 寒さを感じさせないバイタリティでほんとうに頭が下がりました。 はたして私が60歳になったとき、8000mにチャレンジする勇 気、元気があるのか?考えこんでしまいます。今は登山を仕事にし ていますが、視野を広くもって、いろいろなことにチャレンジする ことが大事だなと、ご参加のお客様から勉強させていただきました。 あす、日本に向かいますが、早速新たなチャレンジを見つけて 始めたいと思います。 ちなみに今日10月7日、山本ガイドと私の誕生日です。それぞれ 44,43歳を迎えました。もうほんまもんのおっさんです。ブロ グを見ていただいた方、書き込みを頂いた方、登山の励みになりま した。ありがとうございます。また、日本の、世界のどこかの山で お会いできるのを楽しみにしています。 角谷 帰国日、便名、時刻、場所の御案内 山本、内田、栗原、中島、藤森、山下 9日 成田第一ターミナル 午前7時半 角谷、臼井 9日 関空 午前7時半 加藤 11月末帰国予定 2006 年 10 月 7 日 (土) | 固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0) 2006 年 10 月 6 日 (金) ブログの保存法 ブログの保存法 <留守本部です> 皆様、ご声援ありがとうございました。留守本部もこれで一安心です。今日のカトマン ズは天気が良かったので、ヘリコプターは無事飛んだことと思います。ホテルで一段 落した後、下山報告もあるでしょう。 ブログの保存方法ですが、Acrobatが自分のパソコンにインストールされていれば印 刷で、Adobe PDF を選ぶと PDF ファイルとして自分のパソコンに保存できます。 Acrobat がない方には、コメントやトラックバックを含めての全体は無理ですが、ブロ グ本体と写真は pdf の形で、後日にダウンロードできるようにしてそのアドレスを後で お知らせします。 2006 年 10 月 6 日 (金) | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0) 2006 年 10 月 5 日 (木) 白馬に 白馬に乗った貴公子 った貴公子(?) 貴公子(?) 皆さんナマステ!たくさんのメッセージありがとうございました! こちらだけでなくそちらも涼しく秋らしくなってきたのですね。 今日はヘリコプター待ちでサマで休日でした。中島美南子さんは 宿でゆっくり葉書を書いて過ごしました。他8名はサマよりもさ らに谷を遡り、最奥の集落であるサムドゥーまで往復5時間程の トレッキングを行いました。また馬を2頭チャーターして、皆で 歩いたり、馬に跨ったりしながらヒマラヤ散策を楽しみました。 天気は朝から快晴で、爽やかな風と濃い空気を体いっぱいに感じ ながら、紅葉や放牧されている馬やヤクに癒され、もうすぐお別 れしなければならないこの大自然を満喫しました。 サムドゥーはチベットとの国境に程近く(歩いて一日で国境)、 段々樹木は少なくなり、もう、すぐそこに見えている山は緑の ない、チベットらしい荒涼とした山肌を見せていました。藤森さ んはぜひ国境まで行って、チベットの大地を見てみたいとおっしゃ っていたんですが、時間の関係上無理なことが分かり残念そうで した。(それにしてもエネルギッシュな方です) 明日、余程天気が悪くなければ、ヘリコプターに乗ってカトマン ズに戻ります。 8月末から始まったこのブログですが、次カトマンズから更新す る記事がおそらく最終回になると思います。ヒマラヤだけでなく、 これまでブログを読んで下さって、ご声援を下さった皆様とも お別れしなければならない時が近づいてきました。寂しいですが これもしょうがないことです。最後のその記事まで手を抜かず 頑張りたいと思います。 加藤 今日の写真は下から 1枚目 変わった味のする赤い実とマナスル 2枚目 青い空の下でホット一息 3枚目 最奥の村サムドゥーにて 4、5枚目 白馬に乗った貴公子たち 2006 年 10 月 5 日 (木) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 10 月 4 日 (水) BC 撤収 皆さんナマステ!いつもたくさんのメッセージありがとうございま す! 9月5日に入った BC ですが、無事全ての登山活動を終えて、本日、 撤収となりました。頂上に行けた方、行けなかった方それぞれが それぞれの思いを胸にマナスルに背を向けてサマに向け下り始め ました。皆笑顔で「マナスルありがとう!」 午後二時頃、全員無事サマ村に到着。胸いっぱいに濃い空気を吸っ て一安心。後はヘリコプターと飛行機を乗り継いで、待つ人がい る場所へ母国へ帰るだけです。 サマ村は来た時と違って、花はなくなり、木々は秋の色に染まり 始めていました。目に、心に優しい風景がここにはあります。 ある有名なスイスの登山家の言葉 「8000m の世界から還ってくると、目に入る全ての世界が美し く映る」 今日は昨日紹介できなかったお三方のメッセージを紹介します。 臼井基さん 「1956年5月日本の登山隊がマナスルに初登頂した時には日本 中が沸き、登山に人気が集まった。私もその記録映画を見たが、当 時のヒマラヤ高峰の登山はマナスルに初登頂した日本山岳会が中心 となり、準国家的プロジェクトとして挙行され、又は有力大学山岳 会が大学を挙げて挑むといった様に、確かな組組を背景に遠征隊を 送りだすのが常であった。 従って、当時の私にとっては遠い世界の出来事としか映らなかった。 もっともその夢を持ち続け、大組織ではなく、個人として、後に夢 を実現した人も少なくなかったが。 その私が思いもよらずマナスルに登ることになろうとは、半世紀に 及ぶ時間の経過だけであろうか。 ともあれ、現実にサマ集落を経て、BC 入りをしたのは9月5日。そ れ以来 BC から C1 あるいは C2 間を往復、体を高度順化させ、一旦 BC に 戻り休養、雨雪等の悪天候もあり BC で6日間天候の回復を待ち、9 月30、風の強い日であったが雲は無く晴れ、早朝に C3を出発、 11時20分、ついにマナスルの頂上に立つことができた。 BC から頂上まで途中、クレバス、氷や雪の急斜面等危険な箇所は多 数あったが、その都度ガイド三氏の叱咤激励を受け、また随所で、 その確かな登山技術に支えて頂き、他方、サーダーはじめシェルパ の荷揚げ、ラッセル等にも支えられて登頂できたものである。 BC から C2の間を行き来する間の正直な私の気持ちは、自分の技術 を省みることなく、ここまで来たしまった後悔と、ガイド三氏の励 ましを受け、私にも登れるかもしれないという気持ちの大きな揺れ であった。しかし、C3に着いた時はこの気持ちも落ち着いた。 登頂の喜びは、登頂の時よりも、BC に戻り、全部の方々から祝福を 受けた時が最も強かった。 末筆になりましたが、体調を崩され頂上まで一緒に行けなかった三 氏とは、また別の山での登頂を分かち合いたいと思っております。」 藤森幹仁さん 「下山報告とお礼 ブログを通じ、長い間ご声援下さった皆々様本当にありがとうござ いました。 紀美子へ 9月30日に登頂し、10月1日 BC に下山しました。 日本工業大学、野田弁護士はじめ、お取引先の皆様に(お陰様で無 事登頂し下山した。)とお伝え下さい。 声援下さった(松戸遠足クラブ一年サクラ組)の皆様、鈴木、近藤 さん等皆々様にも宜しくお伝え下さい。なお10月9日帰国予定で す。」 山下進さん 「夢に見たマナスル登頂(断念) 富士山の高さしか登ったことのない私が、公募隊に参加し8千 m 峰 を目指した。 ガイドの指導により、自己管理に努め、調子よく来ましたが、精神 的弱さにより(1、馴染めなかった酸素マスク呼吸2、行動中の温 度変化への対応等)C2 上部7100m 付近で歩行困難となりました。 40日間の山行で見た、準備状況、カトマンズの町、サマの集落、 氷河、高度順化、クレバス歩行、シェルパ・キッチンスタッフの活 躍とピナクル峰を見つめて過ごした20日間の BC での出来事、考え た数々の思いは、今では最良の経験となりました。 今後の登山については、少し時間をかけて考えます。」 ヘリコプターが来るのは、6日なので、明日はサマ周辺でのんびり したいと思います。 加藤以外の8名は8日にカトマンズを後にし、9日早朝に帰国予定 です。 今日の写真は 下から 1枚目は BC での集合写真 2枚目は BC 撤収風景 3枚目は秋色づき始めたサマ 4枚目はサマに下りて笑顔のサーダーとパルデンシェルパ 今宵は魅惑の「シェルパダンス」パーティーです! 2006 年 10 月 4 日 (水) | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (1) 2006 年 10 月 3 日 (火) BC 撤収準備開始 ナマステー、 BC 撤収準備始まりました。長かった では今日は3人の方のメッセージを紹介します。 内田耕治さん 「マナスルBC滞在最後の日 3人のガイドの皆様と13人のネパール人スタッフの皆様に最高の 登頂条件をつくってもらい、文句なしの天候に恵まれたのに、自己 のストレスに負けてしまいました。残念です。今後はこの経験を生 かして、妻や山仲間と身の丈にあった山登りを楽しみたいと思いま す。応援してくれた皆様ありがとうございました。」 栗原篤子さん 「雨季が終わり、秋らしくなった。テントのファスナーを上げると、 真正面に銀色のピナクルが輝いている。満点の星と月明かりで山の 影も幻想的である。早朝下の斜面から11匹のアイベックスがやっ てきた。谷の向こうの高い斜面を2列で戻っていった。こんな体験 ができて、夫に感謝です。」 中島美南子さん 「ついにヒマラヤの神々の住処8000m峰の一つマナスルの頂上 に足跡を残すことができました。頂上へ歩を進めていく途中でふと 目を上げると稜線上に美しく輝く雲がマナスルからピナクル側に流 れていきましたが、あれは神様が一時私たちに座を明け渡してくれ た時だったのでしょうか? 今やいつも見上げていたピナクルも眼下に、西方にはダウラギリ、 アンナプルナⅠ、Ⅱ峰と目の当たりにすることができ、一生忘れら れない光景をまぶたに焼き付けることができました。これもひとえ に、サーダーはじめとした全てのスタッフや遥か日本から声援を送っ て下さった方々のお陰と深く感謝しております。」 「スペシャル寄稿」 マナスルアタック kadoya michihiro 9月30日頂上アタックの日、前夜よりC3(7400m)では一晩 中強風が吹き荒れる。前日夕方で気温マイナス16℃、いまはマ イナス20℃より下がっているだろう。雪がテントに打ち付ける 音を聞きながらうとうとして朝を待つ。何回時計を見た事だろう。 C2の山本ガイドとの打ち合わせの AM2:30起床まで、眠れぬま ま睡眠用酸素の流量、残量を何回も確認する。起床しても当たり前 だが暗く寒い。すでにC2発のシェルパは行動中との無線が入る。 しかしC3を吹き荒れる風は止まず、寒い。これではすぐ凍傷になっ てしまうのでは。アタック延期なら酸素はあるが食料、燃料が不足 する。一度下りると建て直しにすごく日数がかかる。C3で待機も お客様の体調維持は難しいだろう。考えがまとまらないまま、とり あえず朝食を無理やり詰め込む。今日は多分行動食を食べる余裕も ないだろうから、スープ、味噌汁、お茶などとにかく水分を無理に 流し込む。外に出てみると星空が広がっている。風は強いがなんと か行けるかもしれない。行ける所まで行ってみようと決心する!決 めればやることはたくさん。テルモスに暖かい飲料を詰め、狭いテ ントの中でダウンの上下、ヤッケ、ハーネスを身につけ、登山靴、 オーバーシューズを履く。新しい酸素ボンベにレギュレーターをセッ トして流量3リットルを確認しマスクを着け、高所帽、フードを絞っ て外に出る。風雪の中、頼りになるシェルパが上がってきてくれて、 お客様のアイゼン装着を手伝ってくれる。そしていよいよ、お客様 とロープを結び出発する。1段上がると広大なプラトーの遥か彼方 にマナスル山頂が見える。届くか?いや、絶対に届かせて見せる。 そのうち周りが明るくなりはじめ、足下となった山々が朝日に輝き だす。夜から朝への一瞬の変化、私が山で一番好きな瞬間である。 が、見とれている隙はない。幸い、今日も皆さん(臼井さん、中島 さん、藤森さん)順調なペース。不安のない確実な足取りで着いて きてくれる。遅れる人はいない。腕時計の高度計がどんどん高度を 上げていく。もう出発前の迷いはなくなった。後は行くだけ。Go for it!。しかし、次第に雪が深くなり、表面のウインドパック された雪が崩れ、もぐるようになり、場所により膝上ぐらいのラッ セルとなる。さすがに苦しい。シェルパ4名、角谷、加藤で先頭を 交代して行くが、ペースはなかなかあがらない。さすがのシェルパ も、C2深夜2時発では疲れが出てきている。トップに立てば呼吸 は最高潮。立ち止まって荒い呼吸を繰り返しながらも高みを目指す。 幸い、風も少し弱まってきた。みんなで頂上に立つんだ。絶対に! それだけしか頭に無かった。時計はどんどん進むが、高度もどんど ん上がり、BCから毎日見上げていたピナクルも足下になる。C2 (6900m)から追いかけてきた山本ガイド、シェルパも合流する。 そして、AM10:45、ついに強風の吹きすさぶマナスルの肩に到着。 お客様、シェルパの見守る中、加藤と2人で頂上稜線に最後の Fix ロープを張る。ここで落ちれば数千mの滑落間違いなし。今までの 苦労も水の泡となる。Fixロープを固定した上にお客様とロープを 結び合い、目もくらむような高度感を感じながら、頂上へ慎重に、 あと少し。AM11:20、全員で念願のマナスル8163mの頂上に 立つ!とても狭いので、稜線上に並ぶようになる。少し雲がある が、P29、ヒマルチュリ、アンナプルナ、ダウラギリ、ガネッシュ、 茶色いチベット高原、360 度の展望である。お客様の表情は酸素マ スクとゴーグルで分からないが、その姿を見ているだけで私の胸は 熱くなった。 明日 BC を撤収し、サマに下り、6日にヘリコプターでカトマンズに 戻る予定です。 2006 年 10 月 3 日 (火) | 固定リンク | コメント (8) | トラックバック (0) 2006 年 10 月 2 日 (月) アタック詳細報告 アタック詳細報告 皆さんナマステ!昨日はしっかりとした報告ができなくて申し訳あ りませんでした。でもおかげさまでで昨晩はぐっすり眠れて気分爽 快です! では早速アタックステージの詳細を報告させて頂きます。 9月22日から始まった悪天は25日まで4日間続き、26日にやっ と晴れ間が見え、27日にアタックに出発することになりました。 ただこの時点で、登山前般から咳が止まらず、肺に違和感を感じた 内田耕治さんは、隊長、サーダーとも話し合いを持った結果、 「無理だけはしない、と最初から決めていたので」と、ご自身の 判断でアタックを断念することになりました。 そして27日、紺碧の空の下、ガイド2名(山本、角谷)、隊員5 名(臼井さん、栗原さん、中島さん、藤森さん、山下さん)、加藤 の8名で BC を出発しました。 この時にものすごい幸運に遭遇しました。ヒマラヤを越える鶴の 編隊に隊長が気がつき、目撃したのです。話には聞いたことはあ りましたが、皆始めての事で、思わず見惚れてしまいました。 古野淳さんがコメントして下さっていますように、鶴が飛ぶと 雨季が終わり、一週間程のの好天が約束されると、昔から言われて いるのです。鶴は本能で雨季の終わりを察知し、寒い冬が訪れる前 に、北からヒマラヤ8000m を超え、南に向かうのです。その壮 大なる鳥の移動の瞬間を見ることができて、とてもラッキーでした。 ちなみにこの日、カトマンズでは雨季明け宣言が出たそうです。 そんな中気持ちよく汗を流し、全員元気に C1(5800m)に入りました。 28日(快晴) この日は長駆、1100m を登って C2(6900m)を目指しました。 最初の600m はクレバスが多数出現し、梯子を渡ったり、勢いを つけてジャンプしたり、崩壊しそうなセラック、ツララの下を通過 したりと、ひやひやの連続でとても骨が折れました。 そしてこの日、栗原篤子さんが6300m 地点まで登った時点で、 体調不良を訴え、隊長と話をした結果、「今回は次へのステップと して考え、あきらめる」とのご判断で、山本が付き添い BC まで下山 しました。(山本は C1 泊) 29日(快晴) 角谷、加藤、隊員4名で最終キャンプとなる C3(7400m)に 向かいました。さすがに 7000mを超えると気温も低く風も出てきて 寒さが体にしみるようになります。北峰とのコルからほぼ直線的に 頂上プラトーの端を目指すこのルートは、クレバス等の危険はあり ませんが、30度ぐらいの傾斜の雪の斜面を風の中、ひたすら登り 続けなければならないので、体力と忍耐力が必要です。 C2 を出発した時から、呼吸がとてもつらそうで、体調があまりよく なかった山下進さんが、7100m地点でこの日は C3入りをあき らめ、翌日再チャレンジすることになりました。 他5名は無事に C3 入りを果たし、翌日のアタックに備えました。 山本は一人 C1 から他隊の登山者をごぼう抜きし、C2 入り。翌日山下 さんと C3 入り予定。 30日(快晴、風強し) 運命のアタック! C2(6900m)の山本、山下さん、シェルパ6名は午前2時過ぎに 出発。山本、山下さん、ツルさん、パルデンさんは C3(7400m) 入り。シェルパ4名はアタック隊のサポートの予定。 しかし、山下進さんは渾身の気合いで歩き出すも、やはり今日も 調子がすぐれず、無念のアタック断念を決め、C2 へ引き返し、明 るくなってからパルデン・シェルパと下山を開始し、午後無事に BC に帰着する。そして、山本・ツルさんはそのままアタック隊の サポートにあたることになる。 C3(7400m)の日本人5名(角谷・加藤・臼井・中島・藤森) は、午前2時半に起床し、5時20分に C2 からサポートで上がって 来たシェルパ4名と共に頂上へ向けて出発。 暗闇の中、シェルパを先頭に登り出す。雲一つない快晴であるが 風が強く、とにかく寒い。ルートは広大な頂上プラトーをひたすら 進んでいく。始め雪面は適度にクラストしラッセルはなく、いい ペースで進むが、次第に雪が深くなり、場所により膝上ぐらいの ラッセルとなる。シェルパ4名、角谷、加藤で先頭を交代して行く が、ペースはなかなかあがらない。臼井さん、中島さん、藤森さん は非常に調子がよく、しっかりとした足取りで高みを目指していく。 最後の 100mは雪も比較的硬くなり、最強シェルパのハクパ・リタ さんが先頭で一気に頂上肩に出る。 この少し手前で、C2(6900m)から追いかけてきた山本・ツル さんが合流する。 最後の頂上稜線はとても細い上に、風も強く、ロープを2P(100m) 固定するが、慎重についに念願の頂上へ。 今から50年前日本人が初登頂したこの山に今3人の勇者が(臼井 基さん、中島美南子さん、藤森幹仁さん)立ったのです! 頂上があまりにも狭く、時間も押していたため、写真だけとって、 すぐに下り始める。 アンナプルナ、ダウラギリ山群、チベットの山並を眺めながら、C3 に無事到着。そのままテントを撤収して、C2 に午後5時前、全員 帰着。体は極度に疲労しているが、気持ちは実にすがすがしい。 10月1日(快晴) 8月に日本を出発して、気がつけばもう秋10月。 テントに陽があたり始めてからゆっくり下山準備。シェルパさんの 気合いで、全ての荷物を撤収して BC へ向けて下り始める。 さすがに皆疲れがどっと出て、ペースは上がらないが、慎重に危険 箇所を通過。午後4時半、無事に BC 帰着する。 日本人9名全員がここに揃い、怪我なく登山を終えた事を喜び合う。 2日(快晴) シェルパさん5名が C1(5800m)に残った荷物をとりに、朝出発。 僕たちには考えられないようなすごい荷物を担ぎ、昼過ぎには BC に 戻る。 私達登山隊の BC 以上の活動を全て終了する。 日本人9名。ネパール人スタッフ13名。全員元気。 BC に広がる笑顔・笑顔・笑顔 おかげさまをもちまして、本日以上のようにベースキャンプに皆元 気に集結することができました。皆様応援本当にありがとうござい ました。 しかし昨日この上なく危ない出来事があったのです。 キャンプ1からベースキャンプへ下山の途中、加藤がヒドンクレバ スを踏み抜き転落しました。幸い角谷ガイドにより30分後に引き 上げられましたが、十数メートル落ちてなおその下は暗い闇だった といいますから、ロープをつけていなかったら間違いなく命を落と していたことでしょう。 私はその時各方面の連絡のため、シェルパと一緒に先にベースキャ ンプに向かっておりそこにはいませんでしたが、後からそのことを 聞き命の縮む思いがしました。当たり前の事を当たり前に、自分た ちの決めたルールは遵守する(この場合は氷河上では単独行動はせず必ずロープを 結び合う)、このことをマナスルという山に最後に試された気がしました。 また今回ご参加の6名さまは、もとより全員が登頂の可能性を持っ ておられましたが、登山活動前の予想でより可能性が高いと思われ ていた方々が登頂することができませんでした。理由は様々ですが、高所登山の難し さを改めて感じた次第です。 なにはともあれ、シェルパも含め誰一人怪我もなくまたここベース キャンプに集結できたことは本当に幸運でした。ブログでの応援を はじめとしてこの登山にかかわった全ての皆様に心から感謝の気持 ちでいっぱいです。ありがとうございました。 山本篤 今回はアタックステージの写真をアップしました 下から 1、2枚目は BCーC1間 3、4枚目は C1−C2間 5、6枚目は C2−C3間 7,8枚目はアタック、頂上 9枚目は本日驚くべき多くの荷物を下ろしてくれたハクパ・リタさ んです。 明日は皆さんの元気な姿とメッセージをお届けする予定です。 2006 年 10 月 2 日 (月) | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0) 2006 年 10 月 1 日 (日) BC に無事下山 皆さんナマステ! 留守本部からご連絡があったと思いますが、昨日、日本人 6 名、シェ ルパ5名がマナスル(8163m)の登頂の成功しました! そしてネパール時間16時30分、全員が無事 BC に下山しました。 皆、疲れてはいますが、怪我、凍傷等は全くなく、元気です! 登山は登る事が最大の目的ではありますが、何より大事なのは、 全員が無事に還ることです。だからまずは一安心です。ただ、 明日、シェルパさん達によるが C1 に残った荷物の荷下げ活動があ ります。それが無事終わった時点で、BC 以上の全ての登山活動が 終わる事になります。それまでは、まだ気が抜けません。 今日、くたくたになって BC に戻り PC を開いて、受信をしてみたら 本当にたくさんの方々から、応援、お祝い、そして労いのメッセ ージを頂いており、涙ながらに拝読させて頂きました。本当に本 当にありがとうございました! まだまだ書きたいことは山ほどあるんですが、今日はもうダウン 寸前なので、ここまでにさせていただきます。ごめんなさい! その代わり、今日はアタックの一日の写真をとりあえず 7 枚程 アップしてみました。太陽をバックにみんなで並んでいる写真が 頂上の写真です! アタックステージの詳細は明日以降アップします。 それぞれの思いで挑んだマナスル。皆さんの現在の気持ちなども 載せますの楽しみにしていて下さい。 今日はいい夢を見られそうです。おやすみなさい。また明日 2006 年 10 月 1 日 (日) | 固定リンク | コメント (17) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 30 日 (土) 登りました!! りました!! <留守本部です> 待ちに待ったニュースです。標高 7000m 付近を下山中の山本隊長から衛星電話で 連絡が入りました。 本日、ネパール時間11:20(日本時間14:35)にガイド3名、臼井さん、藤森さん、 中島さんの隊員3名がマナスルに登頂成功しました。残念ながら3名は登頂できませ んでしたが、無事下山中とのことです。明日には全員ベースキャンプに降りる予定で すので、詳しくは登山隊から写真付きで報告があるはずです。 とりあえず第一報まで。皆様ご支援ありがとうございました。 2006 年 9 月 30 日 (土) | 固定リンク | コメント (22) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 29 日 (金) 第三キャンプへ 第三キャンプへ移動 キャンプへ移動か 移動か <留守本部より> 今日も連絡はありませんでしたが、第二キャンプから第三キャンプに入ったと思われ ます。まだマナスルが邪魔をして衛星を捕捉できないか、衛星携帯電話の障害では ないでしょうか。ご心配をおかけしておりますが、連絡がありしだい掲載しますので、 いましばらくお待ちください。 2006 年 9 月 29 日 (金) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 28 日 (木) <東京の留守本部からです> 登山隊は今日第一キャンプから第二キャンプに移動したと思われます。左のスラーヤ 衛星携帯電話を携行していますが、ベースキャンプから上部のルートはマナスル山 がアフリカ・ソマリア上空にあがっている衛星の方位にあり、電波を遮断するために電 話が使えないのです。第二キャンプにあがると通じるかもしれません。 "No news is good news" でしばしお待ちください。 以下、ベースキャンプからブログの記事を送っている衛星通信機材を説明します。 50年前に日本山岳会隊が世界で初めてマナスルを登ったときは、ベースキャンプか らメイルランナーが、2日間ほどかけネパール領内にあるインド軍無線基地まで記事 の原稿を持って走り、そこからカトマンズのインド大使館へ無線で送稿。それを日本 の新聞社特派員が受けて日本へ送ったそうです。当時ネパールは電話はおろか無線 の施設も自前ではもっていなかったのです。登頂のニュースも新聞に出るまで1週間 もかかったとか。日本からは NHK が特別に登山隊向けのニュースを短波放送で送っ たり、インドの放送局が気象情報を日本隊向けに流してくれていたそうです。それが いまやこのような簡単な機材で専門家でもない隊員がほぼリアルタイムで写真と記事 を全世界の人が読むことができるインターネットのブログに掲載することができ、日本 からもコメントを書けば即隊員に届くのです。世界のニュースや気象情報もベースキ ャンプでインターネットから入手でき、隔世の感があります。 1)SONY VAIO type U ゼロスピンドル: 高所ではパソコンのハードディスクが壊れるってご存知ですか? ハードディスクはパ ソコンの代表的な記憶装置の一つですが、金属のディスクを高速に回転させて磁気 ヘッドを近づけてデータを読み書きするため、5000m 以上の高地で使うと圧力の違い で壊れてしまうのです。そこで今回は SONY の新製品で超小型のパソコン、ゼロスピ ンドルを持参しました。スピンドルとは「回転軸」の意味で、すなわちハードディスクの ような回転するものがないということです。ハードディスクの代わりに 16G バイトのフラ ッシュメモリを搭載しており、Windows XP も問題なく入ります。ハードディスクがないの で、その分低消費電力になっています。衛星端末とはブルートゥースで接続している ので離れたところでも操作できます。重量 492g。 2)ヒューズ社 リージョナル・ビーギャン・サテライトIPモデム: イラク戦争の報道でも大活躍したB5ノートPCサイズの超小型通信衛星端末。この小 さな装置で、インド洋赤道上空 36,000km に静止しているインマルサット衛星と交信し て、ブログの記事や写真を送り、また皆さんのコメントを受信しているのです。最大 144kbps の高速インターネット・アクセスを誇ります。重量 1.6kg。 3)東洋システム ウインエナジィ・モバイル・エネルギー・パック: もともとは寒冷地におけるプロ用デジカメの電源として開発されました。小型軽量 (590g)ながら 6000mAh という大容量で、パソコンや通信衛星端末に電源を供給して います。 4)サンゼウス折畳式ソーラー充電器: 登山隊用に特別に開発されたソーラー・モジュールです。重量がわずか 1.5kg、折りた たむと週刊誌くらいのサイズで 20W も発電します。 Powered by WEC 2006 年 9 月 28 日 (木) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 27 日 (水) いざ出陣 いざ出陣! 出陣! 皆様ナマステ! マナスル見事に晴れ上がりました!昨夜中見上げた星空は、この宇宙にこれ以上の 星が存在するとは思えないほどのとんでもない数の、僕みたいなちっぽけな人間の 想像限界を遥かに超えたとんでもなくスペクタクルな大自然の show でした。 いよいよ頂上に向けて出発の時がやってきました。何万歩なのか何十万歩なのか分 かりませんが、一歩一歩、頂上に辿り着くまで確実に、冷静に、時に情熱的に、しつこ く登って行くだけです。そして、もちろん安全に元気にこの BC に戻ってきます。 「君の行く道は果てしなく遠い だのになぜ歯をくいしばり 君は行くのかそんなにして まで」 では行ってきます! 2006 年 9 月 27 日 (水) | 固定リンク | コメント (9) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 26 日 (火) やっと天気回復 やっと天気回復 皆様、お待たせしました。やっと青空が見えました。待つのは長かっ たです。寒いし、やることないし、あるお客様は、あまりに暇なの で、テントの中でシュラフに入って上向いて、目開けて寝て、エジ プトのツタンカーメンのミイラになったごっごをしていたと笑ってい ました。それほどやることなし!を乗り越えていよいよいい天気が やって来ました。気圧も上がり、今日、先発のシェルパ3名、C1 に 上がりました。 明日、いよいよ残りのシェルパと日本人メンバー全員上がります。 写真は、体ならしに、氷河末端まで標高差200mほど登って来た ものです。そこで気がついたのですが、お客様6名中、4名が横縞 シャツ! 横縞についての考察 なぜ横縞なのか?横縞は太く見えるような気がするのだが、、、、 しかし、縦じまのシャツはあまり見たことがない。やはり縦より横 のほうが無難なのだろうか?ニュージーランドが好き?(ニュージー ランドに行ったひとは必ず横縞の下着を買ってくるような気がする) ラグビーやっていた?ラグビーが好き?よく考えれば私もラグビー ジャージ持っている。(体重65kgでラグビーには超不向きな体 です)理由は頂いたからです。 あまりのくだらなさに怒られる前に終わります。自然体で登りに行っ てきます。Mr,K(匿名希望) 明日出発すると、30日に登頂、10月1日に BC に戻る予定です。 ブログを見て下さってる皆様の気持ち、想いも一緒に頂上に持って 行きたいと思います。応援宜しくお願いします!行ってきます! 2006 年 9 月 26 日 (火) | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 25 日 (月) 登頂予定、 登頂予定、帰国日程変更変更のお 帰国日程変更変更のお知 のお知らせ 皆さんこんにちわ。日本は気持ちの良い季節を迎えられたことと思 います。 いつもメッセージでの応援本当にありがとうございます。おかげさ までこちらマナスル登山隊のメンバーは全員元気でやっております。 このところ天候が思わしくなく、アタック態勢に入り今日で四日目 の停滞となりました。しかし今日の午前中には日が差すなど、少し 好転のきざしも見え、明日からの行動に希望を持っています。 もしこのまま天候が良い方向に向かうようであれば、明日はシェル パ三人がキャンプ1入り、それを追うようにしてあっさて日本人全 員、残りのシェルパ三人がアタック行動を開始します。したがって 登頂予定は最短で30日となり、荷下ろしやルート回収を行うと、 10月3日カトマンズ帰着の当初の予定は少々難しくなってしまい ました。そこで本日、我々ガイド三名、パルテンバサーダーと協議 の結果、6日ヘリでカトマンズ帰着、それからチケットが取れ次第 各自順次帰国ということに予定を変更し、皆様にもご了解いただき ました。 少しでも早いご無事での帰国をお待ちのご家族の方々には申し訳あ りませんが、あとは登るだけの状況になっておりますし、最終の詰 めで時間をあせり失敗をしないようにするための変更ですので、ど うかご了解ください。(各自の帰国日程は決まり次第お知らせしま す。) 思い出せば9年前の明治大学マナスル登山隊でも、総隊長の誕生 日10月1日にアタックを設定したもののキャンプ1で悪天につかま り一時撤退、今度は私の誕生日10月7日のアタックをもくろみ最 終キャンプ入りしましたが、またしてもそこで悪天のため一日停滞 を余儀なくされました。しかしながら最終的には日本人8名全員、 シェルパ3人が登頂し大成功でおわることができました。ですから 今回も産みの苦しみはあっても、きっと多くの皆さんに頂上に立っ てもらえるものと信じ、また我々も最善を尽くす所存です。 それでは皆様、もうしばらくの暖かい応援を宜しくお願いします。 山本篤 今日は藤森さんのメッセージを紹介します。 「酒井様 なかなか天候が回復せず、出発できません。アタックチャンスは 一回のみになったと思います。大切な時に長期間お会いできずに、 すみません。また、残念にも思います。体だけは無理せずに 大切に!学長、F 部長にも宜しくお伝えください。 優子さん 子供たちの運動会は無事に終わりましたか?ご実家の皆様にも 元気ですとお伝えください。」9−25 藤森幹仁 島田典子様 てるてる坊主宜しくお願いします! 加藤 髭おやじ様 お世話になっています。懸念だった腰痛ですが、おかげさまで かなり回復しました。もう問題ないと思います。いろいろと アドバイス頂き誠にありがとうございました。 山本 熊崎様 ボクシング通信ありがとうございました。またよろしくお願い します。 山本 今日の写真は隊で一番の機械オンチの山本隊長が悪戦苦闘しな がらメールを打っている様子を激写したものです 2006 年 9 月 25 日 (月) | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 24 日 (日) 雪・ 雪・ 雪 皆さんナマステ!いつも応援ありがとうございます!どんな日曜日 をお過ごしですか?こちらは今日も雪・雪・雪で、静かに BC 待機で す。 雪が降るのは当たり前の事で、もし全く雪が降らなくなったら、こ れは大変なことです。もちろん水不足で多くの人が困りますし、山 の雪がなくなったら、岩が剥き出しになり、技術的にとても難しく なってしまうことでしょう。それに「止まない雪」は今のところ地 球上では発見されていません。なので、無問題です。 皆さんも、今ではすでに悟りの境地にあり、精神的な動揺は全くな く、それぞれが有り余る時間を有意義に過ごしているようです。 ある意味僕たちはとても贅沢な時間を過ごしていると言えます。朝、 陽が昇ると同時に起きて朝食を食べ、12時きっかりに昼食をとり、 陽が落ちれば夕食をとり、ぐっすり眠る。やらなければならないこ とは、体調管理と、頂上への思いを募らせ、極限といえるまでに モチベーションを高めること。この恐ろしまでに単純な時間の過ご し方が僕は自分の人生には必要だと思っていますし、とても贅沢に 思えてならないのです。だから山が好きです。 とまあ僕の私的な意見は置いといて、今回の特集です。 ズバリ「心の山、好きな山、思い出の山」 内田耕治さん [三つ峠山] 「初めて先輩に連れていってもらった 山。仕事で三年間通った山だから」 臼井基さん [八経ヶ岳] 「初めて一人で登った雪山だから」 加藤慶信 [櫛形山] 「故郷の山。実家にいたとき、毎日訓練で登 った山」 角谷道弘さん [エルキャプタン] 「自分の汗の臭さに驚嘆したク ライミングだった」 栗原篤子さん [富士山] 「その美しさに惚れています」 中島美南子さん [鹿島槍ヶ岳] 「その姿が好きで、四季を問わず 通った思い出いっぱいの山」 藤森幹仁さん [槍・穂高連峰] 「故郷の諏訪湖畔からいつも眺め ていた山々なので」 山下進さん [九州・高千穂峰] 「初めて一人で登った雪山だから」 山本篤さん [剣岳] 「やはり別格」 とまあ見事に意見が分かれましたが、それぞれに自分の心の中に 大切にしまっておきたい思い入れのある山、山行があるということな のでしょう。今回のマナスル登山が宝物の一つに加わればいいなあ と思います。その為にも、お天気様ー、そろそろ宜しくお願いします! 日本でも台風の被害がないことを心よりお祈りしています。 今回の写真は僕たちの「マナスル文庫」の一部です。 中島美南子さんが持ってきた「亡国のイージス」が一番人気です。 調査の結果内田耕治さんが「速読王」に決定です。 それではまた! 30歳を過ぎて将来について真剣に考えなければならない時期に 差しかかっている加藤より 2006 年 9 月 24 日 (日) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 23 日 (土) 今日も 今日も悪天です 悪天です 皆さんナマステ!そちらの台風は大丈夫でしょうか?こちらは昨晩 の雨が夜中に雪に変わり、朝までに10cm 程積もりました。ただや はり、気温が高いせいか、みぞれっぽい雪なので、ずっと降り続い ているわりには、今のところたいした積雪にはなっていません。9 年前に来た時は、九月もこの時期にはもっと冷え込んで、みぞれと いうよりは完全に雪だったような気がしますが、これも地球温暖化 の影響なのでしょうか。 何はともあれ、今日も BC で待機です。ヒマラヤ登山では、一週間や 10日間の停滞というのはよくあることなので、今は自然に逆らわず ただ待つだけです。 それで今回はちょっとしつこいですが番外編3ということで、僕た ちのキッチンスタッフを紹介したいと思います。 写真の通り6名のスタッフがいます。左からパルデさん、ビムさん ビネッシュさん、ミンマさん、ダワさん、マイラさんです。 パルデさんと、ビムさんが主にネパールスタッフの食事を担当し、 他4人が日本人の食事を担当します。パルデさんとマイラさんがコッ クと言われる、リーダーで、他はキッチンボーイと言われるアシスタ ントです。 彼らは登山隊やトレッキング隊に山の中で食事を提供することを仕 事とし、たいていはシェルパとは違う民族がその職を担っています。 例えば登山隊であれば、一度 BC に入ればずっと同じ場所に留まって の仕事なので、シェルパに比べるといかにも楽そうに見えますが、 いやいや決してそんなことはありません。確かに危険はあまりあり ませんが、まず自分たちとは全く食文化の違う人たちの胃袋を満足 させるために、朝・昼・晩と一ヶ月、長い時は二ヶ月、三ヶ月も舌 を飽きさせないために、いろんなメニューを考えて料理をしなけれ ばなりません。それも酸素が50%ぐらいで、寒くて、雪が降ったり、 雨が降ったりする中、限られた食材と、道具でそれをしなければなら ないのです。そして、三食の食事以外にも、毎朝各テントにモーニン グティーと洗顔用のお湯を運び、おやつだったり、お茶だったり、 行動食だったり、シャワーや洗濯で使うお湯だったりを用意する ために、常に動いていなければならず、気の休まるときは、ほとん どありません。もちろん水が蛇口を捻れば出てくるわけないので、 雨だろうと、雪だろうと離れた水場まで何往復もして、一日に必要 な数百リットルの水を運ぶ仕事も日々あるわけです。要するに とても大変な仕事なのです。 シェルパと同様に僕たちの登山を支えてくれている彼らに感謝、 感謝です。 ちなみに普段家では、愛妻が食事をつくってくれるそうですよ。 はい、では「食べる」話が出たとこで、今回のもう一つの特集です。 ずばり隊員に聞きました!優秀なスタッフのおかげでいつも食欲を 満足させてもらっている僕たちですが、 それでも「日本に帰ったらまず何が食べたいか?」 五十音順に紹介したいと思います。 内田耕治さん「白いご飯、塩酒、味噌汁の朝定食」 臼井基さん「伊勢えび料理」 加藤慶信「甲州ほうとうと納豆ご飯に(羅無櫓)の芋焼酎」 角谷道弘ガイド「さざえのつぼ焼き」 栗原篤子さん「アジの塩焼き大根おろし添え」 中島美南子さん「にぎり寿司に高級日本酒お冷」 藤森幹仁さん「ざるそば」 山下進さん「自分で釣ったアジの塩焼き、刺身」 山本篤ガイド「墨田区押上の(甲州屋)のおそば 無事登山を成功させて、美酒と共に願望を叶えたいものです。 それにはまず、あーした天気(快晴)になーれ! 明日出発すれば登頂予定日は27日です。 今回は誤字脱字がないことをただ願う加藤より 山下紀子様 毎日のメッセージでの応援本当にありがとうございます。 先日の「マナスル」の意味、ありがとうございます。実は実際に 来ている僕たちが誰もその意味を知らず、どういう意味なん だろう?と話をしていたとこなんです。 「霊魂の国」、「心の地」、「飾りの腕輪」。そんな素敵な意味 があったんですね。自分の勉強不足を強く反省しています。 それと御茶ノ水のあの山の本の店。小さいけどいい店ですよね。 僕も学生時代から通っているお店です。 旦那様は絶好調ですよ! これからも宜しくお願いします。 加藤 今回アップした写真ですが、一枚目が「キッチンスタッフ6名」 二枚目が「雪の BC」 三枚目が「空へ続く花の階段」これはサマ集落にあるお寺へ 続く階段なんですが、黄色の花に覆われてあまりにも綺麗 だったので、写真を撮ったんですが、今回あまり意味はありま せんが載せてみました。 2006 年 9 月 23 日 (土) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 22 日 (金) 隊員の 隊員の声番外編 皆さんナマステ!いつも応援ありがとうございます! 本来なら本日アタックに向けて、BC を発つ予定でしたが、あいにく 朝から雨でした。サーダーとも話し合って、もし一度出発して悪天 で戻って来るようなな事になると、無駄な消耗を招くことになるの で、慎重を期してアタック出発を順延することにしました。 それで今回は番外編2ということで、僕たちのクライミングシェル パ6名を写真と共に紹介したいと思います。 そもそもシェルパというのは民族の総称で、もともとはチベット系 の民族と言われています。言葉もシェルパ語というのがあって、こ れもネパール語よりも、チベット語に近いらしです。彼らの生活圏 が標高3千 m 後半から4千m前半の為、高所にとても強く、遥か昔 から、外国人のヒマラヤ登山をサポートしてきました。ヒマラヤ登 山の歴史は彼ら抜きでは到底語ることはできません。 彼らは5千 m 以上で、僕らの3倍の荷物を持ち、3倍の速さで歩き ます。ただ強いだけでなく、とても気のいい人たちで、人情に厚い 誇り高き民族です。僕も昨年チョモランマで一人のシェルパにこの 命を救われました。ただいくら民族的に高所に強いからといって、 山の危険に変わりはありません。酸素が30%、気温マイナス30度、生物が生息し得 ない極限の世界で、重い荷物を背負い、深い雪を掻き分け、烈風の中テントをはり、 雇い主のために、時に自らのの危険も顧みず、責務をまっとうするのです。 それは、もちろん生きる為、家族の為なんでしょうが、だからと いって誰でもできる仕事では絶対にない、世界でも最も過酷で 危険で、そして誇り高き仕事だと僕は彼らを見てて思います。もっ と彼らの事をたくさんの人たちに知ってもらいたいと切実に思いま す。 では写真左から順次紹介したいと思います。 左端 ツルバハドール・タマン 41歳 今回唯一のタマン族で、とてももの静かなジェントルマンです。日 本語がとても得意で通訳としても大活躍です。 左から2番目 ハクパ・リタ・シェルパ 35歳 僕は個人的に彼とローツェとアンナプルナ南壁で共に頂上に立ちま した。「最強」の称号をあたえても遜色ない素晴らしいシェルパで す。山だけでなく、BC で行われている賭博でも圧倒的な強さを見せています。タバコ、 お酒も好きで、ローツェの頂上でも悠々とタバコをふかしていました。 左から3番目 ハクパ・ヌル・シェルパ 42歳 この中で最年長ですが、体力は若いものに負けず劣らずです。ただ 賭博ではその弱さをいかんなく発揮しているようです。気のいいみんなの兄貴分的存 在です。 右から3番目 パルデン・ナムギャ・シェルパ 33歳 リタ同様、ローツェ、アンナプルナで共に頂上に立った、今が旬の 最強シェルパです。上半身とか見ると、筋肉すごいことになってい ます。酒もタバコも賭博もやらないまじめでニヒルなシェルパです。 右から2番目 ツェワン・シェルパ 27歳 この中で一番若いです。はにかんだ笑顔がとてもかわいらしく、若 者らしく普段は一番のお洒落さんです。まだ経験は多くないですが、 これからが楽しみなシェルパです。唯一の独身者で、噂によると村に戻れば、ガール フレンドが5人もいるらしです。うらやましい(?) 右端 フー・タシ・シェルパ 28歳 前述のパルデンの弟です。とても陽気もので、シェルパダンスも一 番激しく踊ります。ただラマ修行も積んでいて、BC 開きのときもお 経を呼んでもらいました。 写真は彼らがカードゲームで賭博を楽しんでいる時に撮影しました。 見ての通り、その笑顔には一点の曇りもありません。自分の腹黒さ がとても恥ずかしくなります。彼らに幸あれ! ということで、天候が回復すれば明日出発して、登頂予定日26日 になります。では行ってきます! 2006 年 9 月 22 日 (金) | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 21 日 (木) 隊員の 隊員の声(番外編 皆さんナマステ!たくさんのメッセージありがとうございました。 今日はアックステージ前の最後の休養です。各々シャワーを浴びた り、装備の点検をしたりしながら、モチベーションを高めています。 で、今回はたくさんのブログ読者の要望に応えて(???)隊員の 声番外編として、ガイド、(アシスタント)、サーダーの写真と声をお届け致します まず我らがサーダー(パルテンバさん、写真右から2番目)の声で す。 「Always try is the best.I hope weather will be good.」 次に私加藤慶信(写真左端、髪なし、30歳、花嫁募集中)です。 「皆さんいつも本当に応援ありがとうございます!マナスルは日本 人が50年前初登頂した山ですが、僕にとっても初めて登った80 00m 峰ということで、とても思い出深い山です。そんな山に今回 のメンバーのようなとても素敵な方々と共にまた挑戦できるなんて とてもラッキーなことです。皆さん、僕みたいな若輩者にも何かと 気を使って頂き、お互いに思いやりを持ち、いつも笑いが絶えず、 とてもいいチームだと思います。このチームみんなが頂上に立てる ように、僕も最善を尽くしたいと思っています。 父、母へ(行く前に、ブログのアドレス教えたけど、ちゃんと見れ てるかな?変わりはない?まあ私は皆さんに助けられ元気にやって ます。帰国したらほうとうつくって下さい。) 勇へ(メールサンキュー。一期一会。いい言葉だな。皆に宜しく。) 瑠南へ(元気?帰ったらまたかわいい服プレゼントするな) おーちゃんへ(メールありがとうございます!たいと君元気ですか? お土産楽しみにしていて下さい。さばカレーまた頼みます。) 奥田じんいちさんへ(お世話になっています。ミンマのテンドック 食べたかったんですが、ここはチベットでなく、ネパールなので。) 石井スポーツ新宿西口店の皆様へ(ご迷惑おかけしています。また 特上シューマイ差し入れしますので勘弁してください)」 次に角谷道弘 42 歳 (写真左から2番目)中年です。 「メッセージたくさん頂いてありがとうございます。ここまで誰も 調子を大きく崩すことなく来れました。これは、ご参加のお客様の チャレンジ精神のたまものだと思います。お客様を見ていて、人間 幾つになっても挑戦する心が必要だとつくづく感じました。挑戦の 対象は様々でしょうが、登山はなかなかいいものです。ゆっくりで も歩き続ければ、必ず頂上に立てます。もちろんマナスルはゆっく り歩いていては登れません。高所、酸素、お天気、低温、風、クレ バス、いろんな危険の中をくぐり抜けて行かなければなりません。 その役目は我々ガイドがします。ですから、ネバーギブアップの精 神で歩き続けて頂ければ、必ずいい結果が出ると確信しています。 パルテンバサーダー、シェルパ、そして我々のチームワークは最強 です。それでは行ってきます。 Mountain Keeps Youngs! まちこ、直人、ゆうゆう、パパはもうすぐ帰ります、待っててね。 「一人でも多くの方が頂上に立てるよう全力を尽くします。」 皆様、好天を祈っていてください。宜しくお願いします。山本篤 明日からアタックに出発します。25日に登頂予定です。 皆さん応援宜しくお願いします。 2006 年 9 月 21 日 (木) | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 20 日 (水) 隊員の 隊員の声3 皆さんこんにちわ。いつもメッセージでの応援ありがとうございます。 昨日二日間の休養を終え日本人全員ベースキャンプに戻ってきまし た。 今日は朝から大変良い天気で、パルテンバサーダーの提案により、 付近の清掃活動を行いました。この春にも野口健さんたちの登山隊 が清掃と登頂を目的に入山されたようですが、そのときはここ一帯 深い雪に覆われ十分な活動ができなかったようです。おびただしい ごみの量で、なぜこんなにごみを放置するのかまったく理解できま せん。幸いなことに日本のものはほとんど見当たらず、多くは欧米 の隊が残したものでした。 先日フランス隊によるテントの無断使用を報告しましたが、我々の 張ったロープについても、他三隊(フランス、チェコ、日本)は、 事前に何の断りもなく、毎日当たり前のようにユマールをかけて危 険箇所を通過しています。 彼らからすれば、先に行ったやつが勝手にロープを張ったのでまあ あるものは使うか、とでもいったところでしょうが、私の感覚から すれば一言事前に何がしかのコミュニケーションがあってしかる べきだと少々憤慨しています。 ひと昔前までは、登山隊は一ルート一隊という決まりがあったので このようなことで頭を悩ませることはなかったのでしょうが、申請 さえあればいくらでも許可を出す現在においてはこれも仕方のない ことなのでしょう。究極は、他隊がどうであれ、自分たちが無事故 で一人でも多くの方に頂上に立っていただければよいのだと、頭を 切り替え自分自身を納得させています。 フランス、チェコ隊共に自身の登山スタイルをアルパインスタイル と称していますが、他隊のテント、ロープをを無断借用し、荷揚げ のシェルパがトレースをつけるまでラッセルすることもなく時間稼 ぎをして、そこに何の価値があるのでしょうか?わたしは今後アル パインスタイルとは、バリエーションルート、もしくは通常ルート においては他隊がいないときのみにその評価が与えられるべきであ ると思います。 私はこれまで十数回にわたりヒマラヤ登山を実践してきました。そ こでたびたび目にしてきたものは、ごみの問題を含め上記のような 欧米隊の傲慢とも言える行いです。 日本国内の山岳ジャーナリズムは、何かにつけて欧米礼賛の傾向がありますが、正 しい現状をご存知なのでしょうか?登山に全てをかけて精進している若い有望な岳人 のためにも、山岳ジャーナリストを自負する方々には実際に行われていることを知る 努力を惜しまず正当な評価をお願いしたいものです。 今日はめずらしく長々と書いてしまいました。それも不満をぶちま けるような内容で申し訳ありません。でもこれで少しすっきりしま した。明日からまた頑張ります。山本篤 ではシリーズ「隊員の声」です。 まずは藤森幹仁さん(写真左)の声です。 「隊の近況は、他の人の情報で十分かと思いますので省略します。 遼くん、正也くん、元気でつうがくしていますか?けんくんはたの しいようちえんですね!おじいちゃんも大変元気です。遼君と 富士山に登ったのが良かったのかな! 紀美子さん約束守ります。安全に確実に登頂します。 正仁、敬夫、誠さん、富美江、近藤さん、サクラ組の赤トンボさん 聖ちゃんからメール頂きました。皆様に元気だとお伝え下さい。 人生無窮・一生青春」 次に山下進さん(写真右)の声です。 「明後日(9月22日)から夢に見てきたマナスルアタックステージです。BC へ来て2週 間、たいしたトラブルもなく、ルート工作、荷揚げ作業と順調に進んできました。私を含 め、隊員全員の体調も完璧です。高度障害、寒さ、体力天候等々の不安を吹き飛ば し(一歩、一歩を確実に全身)させ(必ず山頂に立つぞ)という決意を胸深く、熱く確認 しています。」 明日も BC で休養、準備です。ではまた 2006 年 9 月 20 日 (水) | 固定リンク | コメント (9) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 19 日 (火) 隊員の 隊員の声2 皆さんナマステ!そちらの三連休は台風の影響で大変だったみたい ですね。何も知らずにのんきに「楽しみましたか?」みたいなブロ 記事を出してすみませんでした。内田さんは敬老の日にお孫さんか らメッセージを頂き大変喜んでいるご様子でした。 こちらはサマでの休養を終え、本日全員で BC に戻ってきました。皆 さんの並々ならぬ覚悟を感じます。では今回は昨日に引き続き、 シリーズ「隊員の声」の弟二回で栗原篤子さん(写真左)と、 中島美南子さん(写真右)の声をお届け致します。 まずは栗原篤子さんの声です 「昨日は命をいただきました。朝引かれてきた羊は料理されてしま いました。昼にはハンバーグ、夜には新鮮なレバー料理とカツ丼と なり、いつものおいしい肉料理でした。初めて目にした光景で、脚 の先まで皮が剥がされて干してあり、それをカラスがつついたりし ていました。毎日のように肉を食している自分としては遅すぎる 体験でした。こちらののキッチンスタッフの方々にはいつも感心 しています。」 次に中島美南子さんの声です。 「8月末に咲き競っていたサマの花々はすっかり姿を消してしまっ ていたが、カルカの緑とバッティの幼い子供が遊ぶ姿にほっと心の 安らぐ二日間であった。BC から1300m も下るとさすがに酸素も 濃いせいか、メンバーの体調も皆さん良さそうで何よりであった。 折角5000まで登ってきたのにまた下る?と話を聞いたときは びっくりだったが、最近の高所登山ではこのような方法をとるのが 一般的という山本隊長の説明どうり、9月5日に初めて BC へ向かっ た時は結構しんどいところもあったのに、今日はそれ程苦しくもな く登れたのは、理にかなった休養の取り方だったからだろうと納得 し、無事 BC のマイテントに戻れたが、今週はいよいよアタックへ向 けての本番が始まるかと思うと、身も心も引き締まる思いがする。 私達6人をマナスルに登らせてやろうと日々頑張って下さっている スタッフの皆様のサポートを支えに自分もベストを尽くし、謙虚な 心で神々の座に対し、この身をほんのつかの間おかせていただけま すよう祈る思いです。」 お二人の素敵な笑顔に、いつも皆、なごまさせてもらっています。 明日、明後日と二日間 BC で休養、準備し、22日に頂上に向け、 BC を発つ予定です。隊員、スタッフ総勢22名気持ちは一つです。 今は静かに、出発の時を待ちます。 明日は藤森さん、山下さんの声と写真をお届け致します。楽しみに していて下さい。 ブラインドタッチをマスターしつつある機会オンチの加藤より 2006 年 9 月 19 日 (火) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 18 日 (月) 隊員の 隊員の声 皆さんナマステ!いつもたくさんの暖かいメッセージをありがとう ございます!それぞれ有意義な三連休を過ごされたことと思います。 こちらも、サマでゆったりとした時間を過ごしました。 朝から一人ずつシャワーを浴びて、森林浴も楽しみ、後は各自読書 をしたり、音楽鑑賞をしたり、村の子供たちと戯れたりと。昼食は 羊のハンバーグを食べました。こらから、頂上へ向けた厳しい戦い が待ち受けていますので、皆さんにとっては、本当にリフレッシュ できたいい休養日だった事と思います。 それで今回からシリーズ三回で「隊員の声」を写真と共に皆さんに お届けしたいと思います。まず第一回は臼井基さん(写真左)と内 田耕治さん(写真右)です。 最初に臼井基さんの声です。 「昨日に続いて今日もサマ(3500m)で休養。BC(5000m)に 比べ呼吸が随分楽になり、酸素の濃い空気の有難さが身にしみます。 朝食後サマ集落内を散策、マニ石を見たり、小学校の校舎を眺めた り、驚いたことにビデオショップの看板を見つける。集落内にはロッ ジ新築中の工事数件、観光開発が進んでいることが伺える。 途中で行き交う村人とも笑顔で挨拶を交わす。 半世紀以上前には宗教上の理由で日本の登山隊がマナスル登山を拒 否されたのこと。宗教上の制約が世界各地で緩む傾向にあり、宗教 心も薄くなっている様子。ここサマでも同じか。少なくとも表面上 は50年以上前のことが想像できない。 いよいよ19日にはベースキャンプに戻り、マナスル頂上を目指す。 何とかして頂上に立ちたいが、8000m 峰は甘くない。一歩一歩 着実に頑張るしかない」 次に内田耕治さんから奥様へのメッセージです。 「9月18日、14時。プライベート 幸元気なことと思います。今日は登頂に備えサマでシャワーを浴び、 最高の休養日です。サマはチベット国境に近く、交易のヤク、ゾッ キョが行き交い、緑の多い、人柄の良い村人の住む、水道、電気、 電話の引かれた、美しい山村です。 9月下旬成功したら、(8163)付をプレゼントします。期待し て下さい。仕事が入っている由、忙しいでしょうが、ロッキー、リ オ、テガの世話宜しくお願いします。 帰ったら、百万石のランチ食べに行きましょう」 第二回は明日更新の予定です、楽しみにしていて下さい。 納豆と「ほうとう」と芋焼酎を体が欲している加藤より 2006 年 9 月 18 日 (月) | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 17 日 (日) 今晩はサマです 今晩はサマです 皆さんナマステ! 昨日の段階で、最終キャンプ(C3、7500m)までのルート工作も 無事終了し、いよいよ次は頂上を目指すアタックステージになりま す。その前に疲れた体を回復させるために、緑がいっぱい、酸素が いっぱいのサマ(3500m)まで下りてきました。いやーさすがに この高さまで来ると、暖かいし、体が楽ですよ。あさってまでここ で英気を養いたいと思います。 ところで昨日ちょっと困った事がありました。私加藤、昨日 C3へ のルート工作を終え、くたくたになって C1(5800m)まで下 りてきました。少し休んで BC まで下りようと、シェルパ2人と談笑 していたら、なんと誰もいないはずの我々のテントの中から人の声 が・・。えっ?びっくりして、シェルパと顔を見合わせてしまいま した。とにもかくにも、テントを開けてみたのです。そしたらなん と見知らぬ外国人 2 人が寝袋に入って寝ていました。僕は聞きまし た。「あなた達はなぜ僕たちのテントに寝ているんですか?何か緊 急事態でも発生したんですか?」すると困った顔をして「ソーリー」 と言いました。要はこういう事だったみたいです。彼らはフランス 人で、4 人でテント2つを持って C1 に上がって来ました。一つはテン トを張ったのですが、もう一つのテントは翌日、撤収して C2 に荷揚げ する予定だったので、手間を省くために、その日誰もいなくなった 我々のテントで一晩過ごそうとしたらしいのです。確かに一晩ぐら いテントを使っただけで、僕たちが困ることはありません。ただそ ういう問題ではありません。僕は非常に残念でした。フランスと言 えば、登山先進国で、僕の尊敬する登山家を多数輩出した国です。 なのに、テントを建てるのが面倒臭いというだけで、無断で他人の テントを使うという行為が信じられませんでした。なので抗議した のですが、あまりに僕の英語力がなさ過ぎて、あまり意味をなしま せんでした。やはり登山は自前で済ませないといけないと思う今日 この頃です。 今回は山下進さんのコメントを紹介します。 「雪と岩の BC から緑豊かなサマの部落へ静養の為に下りてきました。 ロッジは快適で、酸素は濃く、急に動いても息切れする事はありま せん。今夜はよく眠れそうです。」 皆さんは三連休中なんですよね。山の中にいると曜日の感覚がなく なります。ではまた明日 松井の復活と活躍の報を聞き狂喜乱舞した加藤より 2006 年 9 月 17 日 (日) | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 16 日 (土) 登山隊からの 登山隊からの写真 からの写真 <留守本部です> 14 日の記事がぬけてしまいました。実は BC から上部では衛星電話が通じなかった のです。普通の携帯電話が地上にある中継アンテナにアクセスするのと違って、登山 隊が携行しているスラーヤ衛星電話はアフリカ、ソマリア上空に静止している衛星ま で電波を飛ばします。衛星はマナスルの南西の方向になり、BC から上部は北東面で 丁度マナスルが邪魔をしているようです。ともあれ BC に戻った角谷さんから写真が 送られてきましたので、ご披露します。 C1直下の岩場 標高5900mの第一キャンプ 。C1からは氷河の崩壊の音が頻繁に聞こえるそうです 。 C1 からのマナスルの朝焼け。 第一キャンプ上のクレバス帯 2006 年 9 月 16 日 (土) | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0) 9月16日 16日 BC より ナマステー、現在、C3 までルート工作中です。今日中には工作完了 してメンバー全員 BC に降りて来る予定です。天候が安定せず、BC で は、朝霙から雪、やっとお昼前から晴れ間が出てきました。C1 から C2 へのルートは氷河の状態悪く、数え切れないぐらいのクレバスを 渡ります。昨日も行きは飛べた所が、帰りは大きく開いてしまい、 アルミの梯子をかけました。また 40〜50m もある懸垂氷河の下をト ラバースしたりたいへんでした。気が抜けませんが、今後も安全第 一で通過したいと思います。昨日の写真は C1 上の氷河です。今日の写真は 6500m 付近のメンバーと、氷河上のルートの様子です。 もうすぐお昼です。にゅうめんです。 by 角谷 2006 年 9 月 16 日 (土) | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 15 日 (金) BC に帰って きました。13日 C1 に入り、14日、酸素なしで6200m付近ま で往復、今日15日は、酸素吸って6600mまで往復し、お客様 6名と角谷は、BC まで降りてきました。本日は12時間行動で少し 疲れました。加藤と2名のシェルパは明日、C3 までルート工作、山 本はC1泊まり、4名のC1 泊まりのシェルパは、またC2まで荷 揚です。ありがとうございます。C1の星空は天の川がピナクルの 横に見え、すごく綺麗でした。今日は疲れたので、詳しくはまた明 日!by角谷 2006 年 9 月 15 日 (金) | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 13 日 (水) 第一キャンプへ 第一キャンプへ移動 キャンプへ移動 <留守本部です> 山本隊長から衛星電話で連絡が入りました。 本日、ガイド2人とシェルパ 3 人にエスコートされ、 隊員全員が標高 5900m の第一キャンプへ移動しました。 明日は第二キャンプ(6300m)を目指して高所馴化トレーニング。 明後日、再度高度馴化した後に ベースキャンプに戻る予定だそうです。 いくら超軽量の衛星端末でも上部キャンプに 荷揚げするのは大変なので、 ベースキャンプに戻るまでは衛星電話の音声で ニュースが伝えられ、それを留守本部でブログに 掲載するシステムをとります。 写真もベースに戻りしだいアップしますので、しばしお待ちください。 2006 年 9 月 13 日 (水) | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 12 日 (火) BC で初雪 皆さんナマステ!山下さん、髭おやじさん、じゅんこさん、宇田さ んメッセージありがとうございました! 今日朝目を覚ましたらびっくり!なんと一面雪景色だったのです。 今までは BC では雨だったのですが、もうやはり夏が終わり、秋とい うことなのでしょう。それで結局今日も全員 BC で停滞となりました。 まあ登山にはこういう事はつき物ですからあせらず好天を待ちたい と思います。 では停滞の時皆さんは何をして過ごしているのか?ほとんどの人が 読書と音楽観賞でゆったりとした時間をお過ごしのようです。読み 終わった本はダイニングの「マナスル文庫」に寄贈し、皆で読みま わしています。その他、写真撮影に精を出す方、角谷ガイドは絵を 書いたりしています。山下さんは持参のネパール辞書で現地スタッ フとの交流を深めています。それから洗濯をする方や体を洗う方と 様々です。皆で集まった時はいろんな話で盛り上がります。今日は 内田さんから「MOVA と FOMA の違い」と「光通信」に関する貴重なご 講義を頂きました。また、宝くじの話では、どこの売り場が当たる か?3億円当たったらどうするか?と夢を語り合いました。 ちなみに今回の写真はキッチンテントで皆でネルドリップコーヒー を飲んでいるところです。一人立っているのが我々の専属コックの 「マイラ」さんです。彼はこれまで何回も日本隊のコックを務めた ことがあって、日本語も話せる上に、日本料理も得意です。カツ丼、 親子丼、天ぷら、コロッケ、そば、うどん、漬物、冷奴、ナスのお浸 し、カレー、とんかつ定食、焼きそば、餃子、チャーハン、ラーメン、 何でも来い!って感じです。今日の昼はお好み焼きをつくってくれ ました。彼のおかげで僕たちの胃袋は常に満足状態なのです。 お酒はビール、ワイン、ウイスキー、焼酎、梅酒と何でも揃ってい ますが、さすがに皆さん登山が終わるまでは控えているようです。 早く皆さんと成功の美酒を飲みたいものです。 それから今シーズマナスルにやって来たのは僕たちが最初ですが、 その後、日本隊がもう一隊にフランス隊に国際隊と計4隊が今 BC に います。今のところ交流はあまりないですが、皆がハッピーで国に 帰ることができれば最高ですね。 明日こそは晴天の中 C1 に上がりたいものです。ではまたお会いま しょう! 加藤 2006 年 9 月 12 日 (火) | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 11 日 (月) 衛星通信 皆さんナマステ!山下さん、ゆうこさん、藤森さん、内田さん、 まるねこさん、じゅんこさん、鈴木さん、山崎さん、藤森さん ジャカランダさん、メッセージありがとうございました! 自民党総裁選どうなるんですかね。こちらでもその話題で持ちき りです。 今日から日本人8名は上部行動を開始する予定でしたが、朝から あいにくの雨模様で、サーダーとも話し合った結果、本日は行動 を取りやめました。もう一日ゆっくりして、明日天気が良ければ C1 に入る予定です。 皆さんに楽しんでもらっているブログの記事や写真は通信衛星を経 由して送っていますが、そのシステムを本日は紹介したいと思いま す。これら機器は全て合わせても 4kg 強と超軽量小型で、辺境地で の通信を得意とするウェック・トレックで用意してもらいました。 2006 年 9 月 11 日 (月) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 10 日 (日) 写真です 写真です すいません。先程更新したものに写真を添付するのを忘れてしまい ました。 2006 年 9 月 10 日 (日) | 固定リンク | コメント (7) | トラックバック (0) 明日から 明日から上部行動 から上部行動です 上部行動です 多くの皆様メッセージでの応援有難うございます。わんわん。いつも家で怒られて反 省わんこしている山本篤です。 昨日は、加藤、シェルパの活躍でキャンプ2予定地(6900メートル)に達しました。上 部行動を始めて三日目で2000メートルを稼いだことになります。ここまで天候にも恵 まれ、また隊員の皆さんも元気できわめて順調です。 明日からはガイド二名、クライアント六名がキャンプ1へ上がり、3日間をかけてキャン プ2を目指します。この行動をクリアできればアタックに参加できるので、何とか皆さん に頑張ってほしいと思います。もちろん我々シェルパも最大限のサポートを惜しまず、 登山成功に向けて尽力します。 ところで九年前に比べて、氷河が大きく後退しており地球規模での温暖化の問題は 本当に人事ではないことをここに来て強く感じました。遅まきながら今後環境問題に ついて関心を深めたいと思った次第です。わん。 では藤森さんのメッセージをお届けいたします。 「あす(11日)からC1入り後C2を目指します。ベースキャンプ下降後は一旦サマに 降りて、2日間の休養の予定です。 まるねこさんへ いつもお便りありがとう!東京が近く感じられます。貴女の思いやりと優しさが伝わっ てきます。責任感と繊細な心配りの山本ガイド。穏やかながら技術バツグン、ユーモ ア一杯の角谷ガイド。何でも瞬時に処理するルート工作の加藤ガイドのおかげで全員 元気です。各ガイドさん、サーダーはじめスタッフ一同に感謝、感謝の毎日です。」ま るねこさんに感謝を込めて 幹さん 今回アップした写真はダイニングテントでの食事風景です。このテントでは、みんなで 食事をしたり、お茶をしながら「日本に帰ったらまず何が食べたい?」みたいな話で盛 りあがったりしています。 昨日はブログの更新ができなくて申し訳ありませんでした。ただ今後もガイドが上部 キャンプに上がってしまうと、更新できない日がでてきてしまいますがご容赦下さいま せ。これからも皆さんからの暖かいメッセージを心からお待ちいたしております。宜しく お願いします。 2006 年 9 月 10 日 (日) | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 8 日 (金) 雪の中の砂漠 標高 5900m ナマステ!9月8日 今日は、真っ白い雪の中で登っているのに、 まるで砂漠にいるような感じでした。暑い!凶暴なぐらい降り注ぐ 太陽、強烈な雪面の照り返し、じっとしているだけで体の中の水分 が蒸発してしまいそうに感じました。本日は3チームの分かれて行 動。C1 上のルート工作チーム、シェルパの荷揚げチーム、C1 までの 高度順化のお客サマチーム、それぞれ予定どうりに行動できました。 ヘリがやってきました。サマに別の登山隊が来たようです。 写真は昨夜の月と雲海とガネッシュヒマールです。 角谷道弘 2006 年 9 月 8 日 (金) | 固定リンク | コメント (11) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 7 日 (木) キャンプ1 キャンプ1に到達! 到達! 皆さんこんにちは!山下さん、まるねこさん、さくら組さん、内田 さんメッセージありがとうございました! 本日は昨日の予定通り加藤及びシェルパ2名がキャンプ1(590 0m)に到達し、同時に行われた荷揚げにより、80kg の物資(酸 素、テントなど)がキャンプ1に上がりました。日本人8名もマナ スル氷河上5500m 地点に到達しました。(ブログの写真はその 時のものです。)幸い日本人、シェルパともに全員元気にやってい ます。明日は加藤とシェルパ2名がキャンプ1入り後上部ルート工 作、シェルパ2名がキャンプ1に荷揚げ、日本人8名がキャンプ1 往復の予定です。本日の行動を見る限りクライアント6名は明日も 問題ないと思われます。加藤は大車輪の活躍ですが、明後日にはキャンプ2(6900 m)までのルートを開いてくれるものと期待しています。ガイド2名は老骨にムチうち明 日も頑張ります。山本篤 今日は栗原篤子さんのコメントを紹介いたします。 「こんなところまで来て、こんな景色を見れるなんて。剣岳も登れ ないと思っていたのに・・・。」 2006 年 9 月 7 日 (木) | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 6 日 (水) BC キャンプ開 キャンプ開き 皆さんナマステ!山下さん、藤森さん、せきちゃんずさん、島田さ ん、松岡さん、神戸さん、板谷さんメッセージ有難うございました! クイズの答えですが、板谷さん、島田さん見事正解です!おめでと うございます!神戸さんおしかったですね。きっと鶏より牛のがほ うがお好きなんですね。加藤 昨日のベースキャンプ入りに引き続き本日ベースキャンプ開きを行 いました。このセレモニーをするにあたっては、日本にも大安や仏 滅があるように、敬虔なラマ教徒であるシェルパの信じているラマ カレンダーに則って今日執り行われました。 ところで、ここまでブログをご覧になった方々にまだこの登山隊の 正確なメンバー構成をお伝えしていませんでしたので以下に記しま す。 ガイド2人(角谷、山本) ガイドアシスタント1名(加藤) クライアント6名(55歳から70歳までの男4名女2名) サーダー1名(シェルパ頭 パルテンバ) クライミングシェルパ6名 キッチンスタッフ6名 計22名 明日は加藤およびシェルパ2名が先行してキャンプ1までの ルート工作、シェルパ4名によるキャンプ1への追いかけ荷揚げ ガイド2名、クライアント6名は5500メートル付近までの 高度順応の予定です。 いよいよ明日から上部行動で皆さん意欲満々です。唯一わたしが 頭が痛いという状況ですが、明日までには直るでしょう。 気をつけて行動したいと思います。山本篤 今日は藤森さんのメッセージをお届けします。 9月5日ベースキャンプ入り報告 昨日は3割原住民気分で青空の下緑に囲まれて、頭から足の先ま でシャボンで一杯。至福のシャワータイムを過ごしました。山本 さんを始め各ガイドさんのお心遣いに感謝感謝の毎日です。夜は 雨でしたが2時頃に一時晴れ、サマに入って初めての星空を見ま した。縁起がいいぞ、明日は晴れるぞ! 5日サマ6時20分出発、B.C.11 時30分到着 昨日から加藤ガイド、サーダー、シェルパ指揮の下、延150人 余りのポーターが荷揚げをし、最高の適地に立派なキャンプが開 かれていました。雲を足元に見、あさがれのマナスルが眼前に迫 ります。青春の血が騒ぎます。 追伸 誠さん、惣ちゃん、聖ちゃんにもブログ教えて 幹さん では皆さんまた明日ー 2006 年 9 月 6 日 (水) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 2006 年 9 月 5 日 (火) BC 到着しました 到着しました 9/5 本日快晴、全員無事ベースキャンプに到着しました。今は午後 4時、テントに西日が当たって、半袖でも暑いぐらいです。標高5 000mとは思えません。サマのポーターさんが重い荷物運んでく れました。有難う! 夕方、酸素ボンベの講習会をしました。皆さん快調です。明日から いちだんと頑張ります。 ネパール語講座 前回のククルは犬です。マルネコさん正解です。 おめでとうございます。今日はククラです。ヒントは動物!食べる 機会も多いのでは 角谷道弘 BC から見るピナクル峰(マナスル前衛峰)8000mはすぐ手が届 きそうです。私は初めての5000m体験で頭の芯が少し痛いです。 深い呼吸を心がけています。カトマンズから続いた腹痛は、昨日治 り、現在快調です。昨日ちょっといただいたロキシー(ネパール焼 酎)は最高!ではまた。 関様、kiko 様へ、ブログ通信有難うございます。 仕事をサボり少し反省している男 山下 2006 年 9 月 5 日 (火) | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 4 日 (月) 君に贈るヒマラヤの花 るヒマラヤの花 皆さんナマステ!山下さん、まるねこさんメッセージありがとうございました!今日は ネパール人スタッフ7名と加藤が先行して BC 予定地(約5000m。酸素は平地の約5 5%です)まで上がってきました。他のメンバーは明日 BC に入る予定です。 サマから BC までは、サマの村民達が約30kg の荷物を1200ルピー(約1900円) で運んでくれます。これがまた小学校の低学年ぐらいの少女からかなり年配の方まで 様々なんですが、とにかく強いです。僕はほとんど荷物を持っていなかったにもかか わらず、ついていくのがやっとでした。育った環境が違いすぎるとは言え、その強さに は嫉妬しますよ。ただ、強いだけでなくヒマラヤの民は心美しく、純粋で、誇り高き民 族なのです。 しばらく緑やお花とお別れなので、今回は僕の一番お気に入りの花をアップしてみま した。ただ本を見ても花の名が分かりません。どなたか教えて頂けませんか?直径1 cm あるかないかの小さな花です。 今回は隊員の中島美南子さんのコメントを紹介します。 「モンスーンも末期になり、サマ周辺の牧草地にはキク科、ナデシ コ科、リンドウ科などの花が咲き競っています。ヒマラヤ・フラワー トレッキングのを持参したので、同じ花を見つけた時は嬉しくなり ますが、学名は全て10字以上のカタカナ文字ときては、頭からは み出し、覚えられないのでメモしています。」 山下紀子様 山下進さんはとてもお元気です。今度ご本人のコメントを載せます ので楽しみにしていてください。 昨日のクイズですが、まるねこさん見事正解です!おめでとうござ います。次回も当てて下さいね。 今日は日本人一人です。昨日までみんなでわいわいやってたのでと ても寂しいです。ではまた明日 加藤 2006 年 9 月 4 日 (月) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 3 日 (日) ヤクのビハール 皆さんナマステ!藤森さん、山下さん、野村さん、内田さん、松岡さん、まるねこさんメ ッセージありがとうございました。嬉しすぎて涙が出てきました(ぐすん)。byシャーク 頭加藤 今日もネパール晴れ!BC 入りの第一段階として4500m 付近まで高度順化に行っ て来ました!途中のお花畑と懸垂氷河の大迫力に疲れも吹っ飛びました。そんな高 いところまでヤクが上がって来ているようです。なぜなら、ヤクのビハールがあちこち にボトボトあるからです。何度も踏んでしまいましたよ。それが何か皆さんもうお分か りですね?象のババールとは違いますよ。まあともかく明日は休養日です。 「今日のネパール語講座」 昨日の夜ククルがやって来てバウバウ鳴いてうるさかったです。 さて(ククル)とは何の事でしょう?回答はブログに書いてね。 BY 角谷道弘 「内田耕治さんが昨日見た夢」 マナスルの登頂に成功し、成田空港からお寿司屋さんに直行する夢 を見たそうです。ただ寿司とビールを注文したところで夢は終わっ てしまい、食べられなかったそうです。ぜひ成功させて正夢にした いですね。 「時差」 ネパールと日本の時差は3時間15分です。なのでこちらが正午の 時、日本は午後3時15分ということになります。 何かご質問等ございます方は気軽にお声おかけ下さいな。ではまた 2006 年 9 月 3 日 (日) | 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 2 日 (土) マナスルがはじめて見 マナスルがはじめて見えました 皆さんナマステ!山下さん、まるねこさん、塚原さんメッセージ受 け取りました。 皆様応援ありがとうございます。サマに来て三日目の今日朝はじめ てマナスルがその姿を現しました。九年前はケルモカルカからでし たが、ここサマからみるマナスルはより急峻で美しいというより厳 しさを感じます。 これからは五日にベースキャンプ入り、七日から上部行動 の予定です。十分に気をつけて頑張ります。機械オンチなのでこの メールを打つのも頑張りました。山本篤 では次に隊員の皆様のメッセージを紹介します。 サクラ組の皆さんお見送りありがとう!今朝朝日に輝くマナスルが 見えました。元気で登頂目指します。サマにて、幹さん 9月2日5時快晴。マナスルを初めて目にした。感動で写した画像 が全てブレていたので撮り直した。天高く、空あくまで青く、マナ スルあくまで白い。登りたい。内田耕治 2006 年 9 月 2 日 (土) | 固定リンク | コメント (6) | トラックバック (0) 2006 年 9 月 1 日 (金) 高度順応 皆さんナマステ!まるねこさん、山下さん、藤森さん、ジャカランダさん、ちょもさんメッ セージありがとうございました!遠い日本からたくさんの激励のお言葉頂き、嬉しい限 りです。これからもどうぞ宜しくお願いします。今日はみんなで高度順応の為、近くの 丘を約4000m ぐらいまで登りました。天気も良く、緑と花と新鮮な空気に包まれて、 とても快適なトレッキングでした。ただ4000m というともう富士山よりも高く、酸素も平 地の65%ぐらいしかありませんので、さすがに息苦しさを感じます。また、酸素が少 ないと体のあらゆる機能が低下するわけですが、当然消化能力も落ちます。なので、 僕も含めて何人かの隊員がお腹の調子が今一です。しかしこういった事は高所登山 にはつきものですので、明日からもあせらずゆっくり高度に順応していきたいと思いま す。ちなみに今日も上の方には雲がかかり、マナスルを見ることはできませんでした。 早く見たい!ということでマナスルの写真楽しみにしていて下さい。ではではまた 加藤 2006 年 9 月 1 日 (金) | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0) 2006 年 8 月 31 日 (木) サマへ到着 サマへ到着! 到着! 皆さんナマステ!藤森さん、山下さんメッセージありがとうございました!僕たちは、 本日予定通りヘリコプターでカトマンズからサマ(3500m)集落まで無事にやってき ました!ここはマナスルの麓にあり、数百人の村民が今でも自給自足に近い生活を 静かに営んでいます。またここは緑のきれいな谷の中にあり、黄色、白、紫と色とりど りの高山植物が足の踏み場もないほどに咲き乱れ、隊員の皆様も観賞を楽しんでい ます。今日からテント生活が始まりますが、ヒマラヤの懐に来て、皆さんの表情も変わ ったように思えます。今日はゆっくりして、明日は4000mぐらいまで高度順行動を予 定しています。まだ目標のマナスルは雲に隠れ、その姿を現してくれませんが、明日 は見られるといいなーと思います。 ではまた 加藤 2006 年 8 月 31 日 (木) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 8 月 30 日 (水) 寺院参拝 皆さんナマステ!島田さん、山下さん、髭おやじさん、ジャカラン ダさんメッセージありがとうございました!今日は朝早くに、シェ ルパ達とラマ教のお寺(ボーダナート)に安全祈願に行きました。 そこではかなり位の高い方にお祈りして頂きました。段々気持ちが 高まってきました。隊員の皆様もみな下痢などに悩まされることも なく、元気そのものです。明日いよいよカトマンズを離れます。ヘ リコプターでマナスルの麓(3700m)まで一気に入るのですが、 歩くと一週間のところを、ヘリだと40分で行ってしまうので楽で す。ついに私たちの登山が始まるのです。宜しくお願いします。 加藤 2006 年 8 月 30 日 (水) | 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0) 2006 年 8 月 29 日 (火) 準備順調 ナマステー、カトマンズは今日も涼しいです。準備順調に進んでいます。荷物もほぼ パッキング終了し、山本隊長は観光省にブリーフィィングに行きました。昼食は優雅に シャングリラホテル(5ツ星)で芝生のきれいな庭園を眺めながら、各自お好みの料理 を堪能しました。午後は激しいスコールがあり、道路は一時的に川のようになり、大渋 滞が起こっていました。まだまだ雨季はあけないようです。 かどや 2006 年 8 月 29 日 (火) | 固定リンク | コメント (5) | トラックバック (0) 2006 年 8 月 28 日 (月) 本隊カトマンズ 本隊カトマンズ到着 カトマンズ到着! 到着! 皆さんナマステ! 本日お昼過ぎ、山本隊長以下8名の本隊が無事にカトマンズに到着いたしました!こ れでネパール人スタッフ含め、今回の登山隊全員が集結しました。皆、その表情には 気合いがみなぎっており、不安よりも期待が勝っているようです。これから、3日間カト マンズに滞在し、8月31日にヘリコプターでマナスルの麓のサマまで行く予定です。 これから、順次隊員の紹介などもさせて頂きますので、楽しみにしていて下さい。では また。 シャーク加藤 角谷です。飛行機乗り継いで疲れました。5年ぶりのカトマンズはあまり変わっていま せんでした。まだ雨季で今日も夕方にはスコールありました。むしむししていています が、大阪よりは涼しいです。明日から、頑張ります! 2006 年 8 月 28 日 (月) | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) タクシー 皆さんナマステ!ちょもさん、岡田さん、山下さんメッセージありがとうございます!本 日昼過ぎ、本隊がカトマンズに到着する予定です。ずっと一人だったので、早く皆さん にお会いしたいです。 今日は交通手段のお話です。カトマンズ市内を移動する時は、電車はありませんの で、タクシー、乗り合いバス、人力車を利用します。ただ、バスは僕ら外国人には乗り こなすのは難しく、人力車は遅い上に意外と高いので、タクシーを利用することが一 般的です。ちなみに、はつ乗り料金は8ルピー(13円ぐらい)。ちょっと前までは交渉 によって料金が決まっていましたが、今はちゃんとメーターがついているので、面倒臭 い交渉をする必要はありません。ただ時々メーターが改造されていて、通常の倍ぐら いのお金をとられることもありますが。それとこちらネパールでもガソリンの価格が高 騰していまして、仕事で車を使う人たちは頭を悩ませています。数日前にはストライキ まで起きました。とまあそんな感じのカトマンズ交通事情です。 ではこれから空港まで本隊8名ののお出迎えに行ってきます! 2006 年 8 月 28 日 (月) | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) 2006 年 8 月 27 日 (日) 梱包作業 皆さんナマステ。ちょもさん、ジャカランダさん早速の書き込みありがとうございます! 前回の更新で私がミスをしてしまい、文章が途中できれてしまいました。すみません。 前回アップした写真は、タメル地区にある登山用品店に買い物に行った時のもので、 写真左は、偶然出会ったエベレスト初登頂者のテンジン・ノルゲイの孫のテンジン・タ シさんです。 写真右は今回の我々登山隊のサーダーを務めるパルテンバさんです。彼は国際的 にも有名なシェルパで、1975年、あのクリス・ボニントン率いる英国隊がエヴェレスト 南西壁を初登攀した時に、サーダーを務め、自らも第3次アタックで登頂した強者で す。マネージメント能力もピカ一で、これまで彼にサーダーを任せてトラブルに見舞わ れたことは一度もありません。もちろん人間性が素晴らしい事は言うまでもなく、要す るに非の打ち所のないスーパーシェルパなのです。 今日は梱包作業の写真をアップしてみました。暑くて大変ですが、これも登山の楽し みの一つです。 ということで明日はいよいよ本隊と合流です! 2006 年 8 月 27 日 (日) | 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0) 2006 年 8 月 25 日 (金) お 買い 物 皆さんナマステ!今日はタメル地区で今回の登山でサーダーを務めパルテンバさん と 2006 年 8 月 25 日 (金) | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0) カトマンズ到着 カトマンズ到着 皆さんナマステ!先発隊加藤がカトマンズに無事に到着しました。 万全の態勢で本隊をを受け入れられるように準備がんばります。 これから随時更新していきますので、どうぞ皆さん宜しくお願いします。 2006 年 8 月 25 日 (金) | 固定リンク | コメント (3) | トラックバック (0) 山岳ガイドのホームページ 山岳ガイドのホームページ • • アルパインガイド山本篤 角谷道弘ガイド事務所 2006 年 10 月 日月火水木金土 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31
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