食品の虚偽表示問題と消費者のイメージに関する地理学的考察 (淡野

地域創成研究年報第9号(2014)
食品の虚偽表示問題と消費者のイメージに関する地理学的考察
淡 野 寧 彦
TANNO Yasuhiko
(愛媛大学法文学部)
1 はじめに
生した際,小売業者らが消費者の買い控えを想定
して山口県産鶏肉・鶏卵の販売中止や他産地への
食品の安全性や表示内容に関する懸念・問題点
切り替えを行ったことを示した。さらにその後,
などが指摘されて久しい。消費者庁がまとめた
消費者の地産池消意識への対応から小売業者らが
2004 年 4 月から 2013 年 10 月までの「食品表示
再び山口県産鶏肉・鶏卵を販売するようになった
に係るこれまでの違反事例一覧(いわゆる『健康食
ことも明らかにした。また荒木(2011)は,2008 年
品』に関するものを除く)」だけをみても,36 例が
に発生した事故米の不正流通問題に際して,事故
示されている(消費者庁 HP)。このようななかで
米とは知らずに購入した中小食品製造企業に対し
2013 年 10 月に発生した,高級ホテルチェーンが
てまで商品の買い控えや非難が起こったことを明
運営するレストランなどにおける食品の虚偽表示
らかにした。このように,一度問題が発生すると,
問題は,あらためて世間が注目するところとなり,
短期集中的,また連鎖的に食をめぐる問題点や対
その後も百貨店等の他社で同様の問題が次々と明
策のあり方が注目される傾向にある。他方では,
らかになった。問題にいたるまでの背景や,当事
表示自体には問題がないものの,牛肉の地域ブラ
者らの意識や立場,食を取り巻く社会的情勢など
ンドに対する消費者のイメージと実際の生産・流
は多岐に渡るだろうが,少なくとも実際に使用さ
通体制には乖離がみられたり (高柳,2007),食料
れた原材料とは異なる記載を表示していた限り,
の産地を想定する際に特定の有名産地や消費者自
その責任を追及されることは免れない。ただし,
身が生活する場所の近辺が集中的にイメージされ
食をめぐる社会的問題が発生するなかでは,どの
たりもする(淡野,2013)。このように,食料の供
ような点が問題であるのかを区別してとらえる必
給体制に関する消費者の知識・認識の性質や,食
要がある。また,単に問題を生じさせた企業等の,
料やその表示に対するイメージ形成のあり方につ
いわば供給サイドの責任ばかりが指摘される場合
いては,今後さらに分析されるべき課題が多いと
が多いが,需要サイドである消費者の意識や行動
考えられる。
の特徴,さらには責任についても合わせて検討さ
そこで本稿では,2013 年 10 月以降に断続的に
れるべきである。言い換えれば,
「食の安全」や「食
発生した食品の虚偽表示問題(以下,虚偽表示問題,
への関心」
,
「地産池消」といった言葉が新聞・雑
とのみ記載)の性質を分析するとともに,食品に対
誌等で頻繁に用いられるなかで(半杭,2009),食
する消費者のイメージに関する分析と合わせて,
に対してどのようなイメージが抱かれ,それが食
食品の表示やイメージをめぐる問題の諸相を地理
の良し悪しをどのように判断する材料となってい
学的に考察することを目的とする。なお今回の虚
るのかなどについても,食品の表示をめぐる問題
偽表示問題については,発生からの期間がまだ短
では重要なテーマであろう。
く,詳細な言及を行った先行研究は管見の限りみ
食品の表示や流通,消費者意識などをめぐる問
られない。そのため本稿においても,この問題に
題に関する地理学的研究として,荒木(2006)は
関する速やかな整理・考察を行うことを主とし,
2004 年に山口県阿東町で鳥インフルエンザが発
週刊誌や新聞,インターネットといった誰もが閲
35
地域創成研究年報第9号(2014)
2 虚偽表示問題をめぐる社会的反応
覧できる情報媒体から得られた内容を中心に検討
する。
1)週刊誌・新聞における報道
以下,2章では,虚偽表示が明らかとなった企
業等やその行動に関して,週刊誌や新聞記事,消
週刊誌 5 誌における虚偽表示問題をめぐる報道
費者庁や該当企業のホームページ情報をもとに整
は,第 1 表のようにまとめられる。発行日は実際
理する。なお今回の虚偽表示問題は様々な情報媒
に雑誌が販売されるよりも1週間程度遅い日付と
体で取り上げられたが,その全てを分析対象とす
なっているため,対象 5 誌の記事が公開されたの
ることは難しい。そのため,週刊誌については発
はおおむね 10 月末~11 月中旬に集中している。
行部数のとくに多い『週刊文春』(文芸春秋,2013
掲載ページ数は 2~3 ページが主であり,この分量
年 10~12 月の 1 回当たり発行部数 703,924 部),
は雑誌中の他の記事の分量とほぼ同じである。
『週刊新潮』(新潮社,同 566,470 部),およびこれ
記事の内容としては,虚偽表示のあったメニュ
らとともに自治体が運営する図書館に配架されて
ー等の詳細を記したものが 3 件(『週刊文春』2013
いた『週刊朝日』(朝日新聞出版,同 184,193 部)
年 11 月 21 日号,
『週刊朝日』
2013 年 11 月 8 日号・
と『サンデー毎日』(毎日新聞社出版局,同 106,847
11 月 22 日号),食品表示の現状やその真偽を見分
部)を対象とした(日本雑誌協会 HP)。また,経済
ける方法などを記したものが 4 件(『週刊新潮』
的・産業的な視点からも検討するために,
『週刊東
2013 年 11 月 14 日号,
『週刊朝日』2013 年 11 月
洋経済』(東洋経済新報社,同 98,000 部)と,新聞
15 日号,
『サンデー毎日』2013 年 11 月 17 日号,
記事として『日本経済新聞』および『日経流通新
『週刊東洋経済』2013 年 11 月 30 日号 pp18-19)
聞』も分析対象に加えた。次に3章で,虚偽表示
と多い。また,とくに消費者の行動や意識に注目
の対象となった食材の特徴について分析するとと
した記事として,虚偽表示の対象食品を食べたと
もに,そのなかから地理的事象に関する内容を抽
する消費者の過大ともとれる返金要求を記したも
出し,その傾向について検討する。一方で,食品
のが 2 件(『週刊新潮』2013 年 11 月 7 日号,
『サ
の原材料やその産地に関して,消費者はどのよう
ンデー毎日』2013 年 11 月 17 日号)と,1 件のみで
なイメージを持つのかについて,4章で検討する。
はあるが消費者の食品に対する認識の低さを指摘
今回の虚偽表示問題の該当食品ではないが,産地
した記事(『週刊東洋経済』2013 年 11 月 30 日号
名や商品名などから,どのような内容がイメージ
p36)がある。
され,それが実際の内容とはどの程度一致または
一方,
『日本経済新聞』では,主に 11 月半ば頃
乖離しているのかを,大学生へのアンケート調査
まで,虚偽表示問題が様々な企業で相次いで発生
から分析した。そして,以上の内容を5章で総括
したことが報じられた。その後,消費者の意識や
した。
行動にも視点が向けられ,
「食のブランド信仰,圧
力に?」(2013 年 11 月 17 日版)や「偽装表示 揺
なお,当問題を示す用語として,
「虚偽」
,
「偽装」
,
「誤」などがみられ,用いる語によって意味合い
れる食卓(上・下)」(2013 年 11 月 26・27 日版)が
にも差異が生じることが予想される。それぞれの
掲載された。このうち前者では,
「ある対象を評価
問題自体についても,意図的な偽りによる表示も
する際,際立った特徴があると,そのイメージで
あれば,予期せぬ誤りによる表示などは混在して
他の面まで評価してしまう」という心理学におけ
いるであろう。ただし,これらを個別に分類した
るハロー効果を示し,ホテルや百貨店などに対す
うえで論じることは極めて煩雑であることから,
る消費者のブランド志向のあり方が指摘された。
本稿では問題全体を総合してとらえることを前提
また後者は,食物アレルギーを持つ人々が虚偽表
に,虚偽表示問題と記すこととする。
示の内容を信じて食品を摂取することで,生命の
危険にさらされるおそれを指摘した。これらの後,
36
地域創成研究年報第9号(2014)
第 1 表 週刊誌 5 誌における虚偽表示問題に関する掲載記事
(各週刊誌より作成)
2013 年 12 月 2 日からの 5 日間連続で,
「偽装ドミ
よび百貨店における料理等の表示に関する法令遵
ノ」(全 5 回)の名称による特集記事が掲載された。
守を関係団体に要請した。さらに 11 月 11 日に第
このなかでは,食品の提供者と消費者の間での意
1回の「食品表示等問題関係府省庁等会議」を開
識のズレや,食材の価格や量をめぐる需給のミス
催し,問題への対応が図られた。第 2 回会議(12
マッチ,あいまいな表示基準,逆に,あまりに詳
月 9 日開催)の結果,
「食品表示等の適正化につい
細な表示を記載した場合の食材の代替困難性や料
て -『日本の食』への国内外の消費者の信頼回復
理が持つムードの低下,そして行政の対応の遅さ
に向けて-」と題した提言がまとめられ,今回の
などが示された。
虚偽表示問題の主な原因・背景として,①事業者
2)消費者庁および虚偽表示問題該当企業のホ
のコンプライアンス意識の欠如,②景品表示法の
ームページ情報
趣旨・内容の不徹底,③行政の監視指導体制の問
今回の虚偽表示問題を受けて,消費者庁では
題の3点が示された。これらのほか,
「メニュー・
2013 年 11 月 6 日にホテル,同月 8 日には旅館お
料理等の食品表示に係る景品表示法上の考え方に
37
地域創成研究年報第9号(2014)
ついて(案)」なども作成され,虚偽表示問題に関わ
問題に関する経過が示されている(第 1 図)。これに
る内容やその具体例が示された。そして,これら
より,例えば同グループの虚偽表示問題について,
の内容を広く周知するために,2013 年 11 月 18 日
第三者委員会がまとめた調査報告書(全 74 ページ)
には「食品表示等問題対策専用ページ」が消費者
をインターネット上で閲覧することが可能である
庁ホームページ内に立ち上げられ,インターネッ
(2014 年 1 月 31 日公開)。
ト上での情報発信が開始された。この専用ページ
3 虚偽表示の対象となった食材の特徴
の冒頭では,
「今般,社会で大きな問題となってい
る食品等の不適切な表示の問題について,この問
題の広がりを断ち切り,消費者の利益を第一とし,
1)虚偽表示食材の種類
消費者の信頼回復を図るために,政府を挙げての
今回の問題で,虚偽表示の対象となった食材に
迅速な対応を採ってまいります。
」と宣言されてい
は,どのようなものが多いのかについて検討する。
る(消費者庁 HP)。
ここでは,虚偽表示によって返金対象となったメ
一方,虚偽表示問題該当企業においても,虚偽
ニュー等を詳細にまとめた『週刊朝日』2013 年 11
表示対象となったメニューやその提供店舗の一覧,
月 22 日号の記事を分析対象とした。これらをまと
問題への対応・改善策,調査報告などがホームペ
めた第 2 図をみると,全 268 件中,エビの虚偽表
ージ上で公開された。問題の発端となった阪急阪
示が圧倒的に多く,
92件(全体の34.3%)存在した。
神第一ホテルグループの場合,トップページの冒
この内訳は,芝エビが 46 件,車エビが 24 件,大
頭に「重要なお知らせ」欄が設けられ,虚偽表示
正エビが 18 件などであった。続いて牛肉が 44 件
第 1 図 阪急阪神第一ホテルズホームページに掲載された虚偽表示問題への対策等報告
(同社ホームページより引用)
注)
「重要なお知らせ」部分の太枠は,筆者が加筆した。
38
地域創成研究年報第9号(2014)
に大別した。すなわち,①は機械で加工したもの
を「手づくり」
,冷凍の魚を「鮮魚」とした場合な
どであり,②はブラックタイガーを「車エビ」の
ように偽装した場合,③は中国産を「国産」など
と偽って提供した場合を指す。なお,食材のなか
には複数の項目に該当するものも含まれるが,そ
の場合はそれぞれ別個にカウントした。
①加工方法によるものに該当する食材は,肉類
において牛肉が 33 件で最も多く,他の肉類の 17
件が続いた。また海産物では,鮮(活)魚の 13 件と
他の海産物で 1 件存在した。牛肉がとくに多い理
由は,ステーキなどと称して成型肉や牛脂注入加
工肉を提供したケースが多いためである。牛肉に
対する日本人の霜降りや肉質のやわらかさを求め
る嗜好に対して,安価にかつ安易に応じるために,
上記のような加工肉が頻繁に使用されたことがう
かがえる。他の肉類についても,大部分がステー
キの虚偽表示によるものであった。
②食材の偽装に該当する食材は,海産物ではエ
ビが 91 件ととくに多く,他の海産物が 6 件であっ
第 2 図 虚偽表示対象となった食材の品目
た。肉類では鶏肉が 9 件,牛肉が 8 件,豚肉が 2
(『週刊朝日』2013 年 11 月 22 日号 pp122-123
件存在した。先述のとおり,エビは輸入されたブ
より作成)
ラックタイガーやバナメイなどが芝エビ,車エビ,
大正エビなどと虚偽表示されたものである。肉類
(同 16.4%)と多く,ビーフステーキやローストビー
については,鶏肉の場合,虚偽表示の大部分がブ
フなどとして提供されたものに虚偽表示があった。
ロイラー肉を地鶏と表示したものであり,牛肉の
より大きな品目でみると,海産物が 125 件で全体
場合は和牛ではない牛肉を和牛と表示したもので
の 46.6%,肉類が 81 件で同 30.2%となり,この2
あった。
つで全体の 76.8%に達した。海産物や肉類は,コ
最後の③産地偽装に該当する食材としては,肉
ース料理やビュッフェ形式での提供においてメイ
類においては豚肉が 9 件で最も多く,
鶏肉が 7 件,
ン料理とされる場合が多いことから,多くの報道
牛肉が 2 件となった。海産物では鮮(活)魚が 2 件,
にあるように,料理を提供した企業がより安価な
他の海産物が 7 件であった。分析対象の豚肉の虚
代替品を用いて経費節減を図ったり,逆に仕入価
偽表示全てが③産地偽装に該当した。また鶏肉は
格の低減を要求された卸売業者らが実際とは異な
地鶏の名称に加えて産地名が表示されたケースが
る食材を納品したりする場合が多かったものとみ
多く(御殿場地鶏,雲仙地鶏など),②食材の偽装と
られる。
③産地偽装の両方に該当する食材が多く存在した。
次に,上記の食材の大多数を占める海産物と肉
2)地理学的視点からみた虚偽表示問題の性質
類に関して,その虚偽表示の性質を,
『週刊東洋経
前節で検討した,虚偽表示された食材を対象に,
済』2013 年 11 月 30 日号を参考にして,①加工方
さらに地理学的視点から分析する。
法によるもの,②食材の偽装,③産地偽装の3つ
まず第1に,フードシステム論を援用した解釈
39
地域創成研究年報第9号(2014)
が可能である。食生活の高級化や外部化が進むに
ナメイなどである。虚偽表示の際にバナメイが用
つれて,食料の生産から料理として提供されるま
いられた芝エビの場合,
「現在は資源量が減少し,
での間には,様々な流通や加工が複雑に絡み合っ
九州産などが生を中心に少量流通しているだけ。
たフードシステムが形成された(高橋,2010)。こ
天然物なので漁も安定せず『大手ホテルが芝エビ
うしたフードシステムは,食料の大量供給,大量
を常時用意するのは無理がある』(東京・築地の卸
消費といった形態を支えている反面,個別の食料
会社)」(『日本経済新聞』2013 年 11 月 7 日版)こ
に関する流れはブラックボックス化しやすく,個
とや,同じようにブラックタイガーが用いられた
別の食料の情報管理には不向きである。そのため,
車エビの場合も「国産は九州や沖縄での養殖が中
意図的あるいは意図しない場合であっても,実際
心で,生きたまま流通する」(同上)ことから,流通
とは異なる食材が提供される場合はつねに起こり
にかかる労力は大きく,供給量も不安定である。
うるといえる。牛肉を例に挙げるならば,①加工
またバナメイと芝エビ,ブラックタイガーと車エ
方法によるもので成型肉がステーキとされたり,
ビの価格も,おおむね 2~3 倍,それぞれ後者が高
②食材の偽装で普通の牛肉が和牛とされたり,③
い。こうした状況を加味すれば,多少価格が高い
産地偽装で異なる産地もしくは産地不明の国産牛
料理であっても,本物の芝エビや車エビを食する
肉が阿波牛などとされるケースは,いずれも今日
ことは容易ではないことが推察されるが,前述の
のフードシステムの脆弱性を突いたものと考えら
第 1 の内容とも相まって,消費者にはこの状況が
れる。また消費者自身も,食料の生産現場を直接
十分に認識されていないと思われる。今日のよう
目にしたり生産方法などについて十分な知識を得
に膨大かつ様々な食料が輸入されるなかでは,食
たりする機会は減っている。すなわち,生産と消
料の生産や流通における空間性を社会全体が認識
費の空間的な乖離によって,多くの消費者は食材
しづらい状態が形成されてしまっているといえる。
表示を最大の情報源として料理の良し悪しを判断
また,様々な料理が数多くの店舗等で提供され
せざるをえない状態にあるといえる。その結果,
るという状況は,消費者にとって非常に恵まれた
一度,虚偽表示問題が取りざたされると,信頼す
ものであると同時に,特定の店舗等で問題が起き
べき情報源を失い,それが社会全体に波及して大
た際に,別の店舗等での代替が可能であるという
きな社会問題となるのであろう。
一面も持っている。関谷(2011)が指摘するように,
このほか,阪急阪神第一ホテルグループを例に
代替要素のある商品が豊富に存在するなかで,少
挙げるなら,ここ 10 年ほどの間における企業同士
しでも不安要素のある商品を買い控えたり否定し
の吸収・合併や他企業との競争激化,されに経営
たりする行動は,消費者にとっては自然なことで
店舗等の全国的拡大などを背景に(『週刊文春』
ある。すなわち,提供される食料は安全で,そこ
2013 年 11 月 7 日号),利益至上の一方で食材の品
に表示される情報も間違いないことが当然とされ
質や情報に関する管理がなおざりにされたという
る「安全社会」や,様々なものが手に入り,別の
経済的,社会的,そして空間的な要因が存在する
ものにも代替可能な「高度流通社会」
,そして様々
と考えられる。
な情報がマスコミだけでなく個人の発信によって
第 2 に,豊富な食料が供給される一方で,こう
も氾濫する「情報過多社会」の全て(関谷,2011)
した食料の多くを海外から輸入する現在の日本社
が,今回の虚偽表示問題を場合によっては必要以
会のあり方への視点が挙げられる。例えば②食材
上に大きな問題とし,様々な不信感をもたらす要
の偽装でとくに目だったエビの場合,日本におけ
因となっている可能性があることも重視されるべ
る自給率は 5%程度に過ぎず,インドネシア,ベト
きであろう。
ナム,タイなどの主に東南アジア諸国から多くを
第 3 に,消費者の国産志向やブランド志向,ま
輸入しており,その品種はブラックタイガーやバ
た,いわゆる地産池消志向との関係性がある。②
40
地域創成研究年報第9号(2014)
食材の偽装に該当した,和牛や黒豚,地鶏のよう
系列のホテルオークラ JR ハウステンボスでは雲
に,一般的な食肉とは異なるとされるブランド食
仙地鶏が,さらに近鉄旅館システムズが運営する
材の名称が表示されることで,高級感が醸成され
奈良万葉若草の宿三笠では大和肉鳥鍋などをはじ
る。農業振興などのために国産食料のブランド化
め野菜や菓子などでも地元産食材が使用されてい
が活発化している今日においては,こうしたブラ
るかのような虚偽表示がなされるなど,合計 21 の
ンド志向は一概に否定されるべきものではない。
店舗等でこうした虚偽表示が存在した。このよう
ただし,ブランドとは「ある売り手あるいは売り
な行為は,その土地ならではの名産食材や地産池
手の製品およびサービスを識別し,競合他社の製
消を期待する消費者を念頭においたものであろう。
品およびサービスと差別化することを意図した名
しかし結果的に,食材調達における価格面や安定
称,言葉,サイン,シンボル,デザイン,あるい
供給面で折り合いがつかず,表示とは異なる料理
はその組み合わせ」であり,
「ブランドと消費者の
を提供してしまえば,料理を提供した店舗やその
間の関係は,ある種の契約や協定とみることがで
運営企業のみならず,食材の生産者や,真っ当に
きる」(Keller,1998)。そのため,ブランドとして
食材を評価し,調達・調理して消費者に提供して
の食材の価値は,元々の作り手である生産者だけ
いる店舗等の「良い供給者」(『日経流通新聞』2013
でなく,中間の流通業者や料理の提供者,そして
年 11 月 18 日版)にまで,悪しき影響をもたらす危
消費者のいずれもが正当に評価してはじめて確立
険性がある。消費者もまた,単に表示のみを判断
するものである。単なる料理の宣伝や,料理の良
材料にするのではなく,表示に掲げられた「良い
し悪しを記号的に判断する材料としてブランド名
供給者」の思いや努力などを汲み取るための意識
が用いられれば,虚偽表示問題が社会的に解決さ
や行動が,真に良質なものを消費するうえでは重
れる見通しは乏しいであろう。
要である。
また,③産地偽装に該当する豚肉 9 件のうち,6
4 食品の原材料および産地に対する
消費者イメージ
件が宮崎県ないし鹿児島県の地名を表示に含めて
いたほか,海産物では北海道,富山県,日本海の
いずれかに関わる地名が 5 件みられた。日本にお
1)食品表示に対するイメージに関するアンケ
ける豚肉の大産地である南九州については,消費
ート調査の概要
者が食材の産地を想定する際にもイメージされや
すい地域であり(淡野,2013),こうした大産地の
前章までのように,虚偽表示問題をめぐる背景
名称を料理名に付与することで,消費者に安心感
には,提供者側の意識の低さや不適切な対応など
をもたらそうとした可能性が考えられる。また海
の存在が主に指摘されてきた。また,食をめぐる
産物についても,食材の品質の良さを想起させる
情勢について,消費者が十分な知識や認識を持ち
ために,北海道や日本海といった地名が付与され
えていない状況も推察された。それでは,食品表
た面もあろう。
示に対して,消費者は具体的にどのようなイメー
これとともに,料理の提供店舗等の所在地と食
ジを持つのであろうか。これについて,市販の食
材の生産場所の近接性を意識させる虚偽表示も存
品 2 種類を例に,筆者が 2012 年 6 月に愛媛大学
在した。例えば,小田急リゾーツ系列が運営する
の大学生 45 名に対して実施したアンケート調査
神奈川県箱根町の3店舗においては,隣接する静
をもとに分析する。なお,ここで挙げる食品は,
岡県の駿河湾産(魚)や御殿場地鶏,神奈川県の銘柄
今回の一連の虚偽表示問題とは全く無関係のもの
豚であるやまゆりポークが虚偽表示の名称に用い
であることをあらかじめ明記しておく。
対象とした食品 2 点は,第 3~5 図に示される。
られた(第 2 表)。ほかにも,東急ホテルズ系列の松
回答者はこれらの写真をみて,「内モンゴルの湖
本東急インでは安曇野酵母豚が,ホテルオークラ
41
地域創成研究年報第9号(2014)
第 2 表 虚偽表示食材の提供店舗等の所在地と,食材表示が正確であった場合の生産地が近接するケース
(『週刊朝日』2013 年 11 月 22 日号 pp122-123 より作成)
塩」1)と「欧州産チーズ 100%」という表示内容か
よび中国国内ではあるが明らかに内モンゴルでは
らその食品に抱く端的なイメージを1行以内で記
ない場所にそれぞれ1名が印を付けた。確かに中
述するとともに,白地図状態の世界地図を用いて,
国内モンゴル自治区とモンゴル国は名称が似てお
それぞれの食品(原材料)の産地と想定される場所
り,かつ隣接しているが,たとえばモンゴルの首
に印を付けた。この際,地図帳を見ないで回答す
都ウランバートルと内モンゴル自治区の首都フフ
ることを指示し,回答が実際の場所等と異なって
ホトは約 900km も離れている。また,後述する該
いても回答者には不利益をもたらさないことを明
当食品のイメージに関する記述の中で,表示を見
言した。
た本人の誤認識によって,
「モンゴルの湖塩」に変
2)産地の場所に関する想定
化してしまっている回答もあった。
まず,
「内モンゴルの湖塩」の場合,地図中で内
次に,
「欧州産チーズ 100%」の場合,オースト
モンゴルを示す場所に印を付けた回答者は,3名
ラリアに 2 名,
カナダに 1 名が印を付けたほかは,
(全体の 6.6%)に過ぎなかった。一方で,回答の大
全員がほぼヨーロッパを示す場所を選択した。し
多数にあたる 33 名(同 73.3%)がモンゴルの場所に
かし,ヨーロッパ内における産地の位置想定には,
印を付けたほか,ロシアに 5 名(同 11.1%),カザフ
大きな差異が見られた(第 6 図)。すなわち,東西方
スタン,ウズベキスタン,アラブ首長国連邦,お
向では,西はスペイン中央部から東はロシア西部,
42
地域創成研究年報第9号(2014)
最北東部の択捉島から最南西部の与那国島までの
距離とほぼ同値である。また,印の付いた場所を
国別にみると,フランスが 8 名と最多であるが,
続いてポーランドが 7 名,ドイツが 5 名,チェコ
が 4 名などとなった。おおむね,地理的にみてヨ
ーロッパの中心部に印が付けられる傾向にあると
いえるが,ポーランドやチェコという国名を意識
して回答したとは考えにくい。
以上のように,
「欧州」から想定される空間的範
囲は回答者によって非常に広範にわたり,かつ具
体的な国などはイメージされがたい状態にあるこ
とがわかった。
第 3 図 アンケートで使用した「内モンゴルの
3)産地名称の入った商品名に対するイメージ
湖塩」商品の画像
商品名から,その商品の性質等についてどのよ
うなイメージが喚起されたのかをまとめたものが
第 3 表である。
「内モンゴルの湖塩」の場合,
「濃
い・からい・しょっぱい」2)といったイメージと,
「天然・自然・素朴」などのイメージを,それぞ
れ 9 名が挙げた。一方で,
「からくない・さっぱり」
などのイメージを 6 名が抱き,上述の「からい」
などと相反するイメージがみられた。同様に「伝
統的・歴史」などのイメージを 4 名,
「高級・希少」
などのイメージを 3 名がそれぞれ持ったのに対し
て,
「安い・大量生産」というイメージを 2 名が持
第 4 図 アンケートで使用した「欧州産チーズ
ち,やはり結果が分かれた。この他,すでに述べ
100%」商品の画像(1)
たように,
「モンゴルにある湖から取れた塩」など
のように,産地自体の認識を誤った回答も 4 名に
みられた。
一方,
「欧州産チーズ 100%」に対するイメージ
としては,
「濃厚・コク・味が強い・香りが良い・
おいしい」といった味わいそのものの良さを想定
した回答数が 20 名と多く,次いで「高級・高い・
本格的・本場・おしゃれ・上品」といった高級感
を想定した回答も 14 名存在した。他にも,
「マイ
ルド・まろやか」が 4 名,
「自然・天然・純粋」が
第 5 図 アンケートで使用した「欧州産チーズ
3 名と,いずれも肯定的なイメージが多かった。ま
100%」商品の画像(2)
た「スイス・アルプス(の少女ハイジ)」といった
南北方向でも,前出のスペイン中央部を南端,ス
地名を 8 名が記した。ところが,地図中のスイス
ウェーデン北部を北端として,それぞれ約
の位置に印を付した回答は1名に過ぎず,アルプ
3,000km もの隔たりが生じていた。これは,日本
ス山脈周辺に印を付けた回答も 3 名であったこと
43
地域創成研究年報第9号(2014)
第 6 図 「欧州産チーズ 100%」に対する消費者の産地想定
(アンケートにより作成)
から,地名の想起と実際の場所の認識には,少な
否定的な印象が,食品に関するイメージを通じて
くとも半数にズレが生じていた。この他にも、ド
示されたと考えられる。ただしヨーロッパに関し
イツのイメージをもってフランスに印を付けてい
ても,日本全体が含まれるほどの広い空間的範囲
る例などもあった。
において「欧州産チーズ 100%」の産地想定がなさ
4)消費者イメージにみられる空間的特徴
れており,ヨーロッパにおける酪農・チーズ生産
2 つの食品に対するイメージ形成について比較
などに関する具体的な知識や認識は,消費者のな
すると,
「欧州産チーズ 100%」には肯定的なイメ
かにほとんど形成されていない可能性が高い。
ージがほとんどであったのに対して,
「内モンゴル
個々の食品表示のみから得られる情報には限り
の湖塩」には肯定的・否定的両方のイメージが挙
がある一方で,その表示から想起される消費者の
げられていた。このことから,具体的な事物が想
イメージは,生産・流通等の食料供給の実態とは
像しやすいヨーロッパに対する消費者の漠然とし
相当のズレが生じている場合が多いと考えられる。
た良い印象と,そうではない内モンゴルに対する
こうしたなかで,虚偽表示問題が明るみに出るこ
44
地域創成研究年報第9号(2014)
といった意識をターゲットとして,提供者が安易
第 3 表 対象食品 2 種類に対する消費者の
にブランド食材や有名産地などの名称を表示に盛
主なイメージ
り込んだこと,さらにその表示を消費者が料理に
対する大きな判断材料としてしまいがちなことも,
問題を拡大させる一因となったといえる。虚偽表
示問題の根底には,このような諸課題が経済的,
社会的,あるいは空間的に複雑に絡み合って存在
しており,今回取り上げた個々の虚偽表示問題へ
の対策のみでは,今後の十分な再発防止策とはな
りえないであろう。
むしろ社会,言い換えれば個々の消費者にとっ
ては,こうした問題がいつでも起こりうることを
前提として日々の生活を過ごし,問題発生時には
それと向き合うといった意識を醸成することこそ
が重要である。本文中で取り上げた,阪急阪神第
一ホテルグループの虚偽表示問題に関する第三者
委員会の調査報告書をみても,問題があるとされ
た表示の全てが悪質な目的で虚偽表示されていた
(アンケートにより作成)
わけではないことが示されている。食に関するあ
注)イメージに関する内容は1行以内の自由記述
りとあらゆる知識を個々の消費者が持つことは不
であったため,共通する項目を筆者が選定・集
可能であるが,自らもまた,最終的には虚偽表示
計した。
問題にいたる諸原因を何らかのかたちで発生させ
ているという認識を消費者の誰もが持つことこそ
とにより,消費者には一層の混乱や不信感が発生
が,虚偽表示問題の抜本的な解決へ向かう第一歩
するのであろう。
ではなかろうか。
なお本稿では,今回の一連の虚偽表示問題につ
5 おわりに
いて,速やかな整理・考察を行うことを主眼とし
たため,当問題に関する幅広い先行研究の検討や,
本稿では,2013 年 10 月以降に断続的に発生し
詳細かつ正確な調査活動および各種データを用い
た食品の虚偽表示問題の性質を分析するとともに,
た分析などにはいたらなかった。これらについて
食品に対する消費者のイメージに関する分析と合
は,今後の課題としたい。
わせて,食品の表示やイメージをめぐる問題の諸
相を地理学的に考察することを目的とした。
謝辞
虚偽表示問題には,提供者側の正確な情報開示
データの集計作業において,愛媛大学大学生の
に対する意識の低さや利益優先の姿勢に加えて,
赤松 翔氏の協力を得た。
現代社会の食料供給体制のなかでは発生しやすい
問題であることや,消費者の食に対する具体的・
注
体験的な知識の低下や断片的な知識をもとにした
1)湖塩とは塩湖からできた塩を指す。また塩湖と
イメージ想起などの背景が存在した。また,そう
は、乾燥した地域で、地殻の変動によって陸に
した消費者が持つ食料の国産志向やブランド志向
とじ込められた海水の水分が蒸発し、濃縮され
45
地域創成研究年報第9号(2014)
てできる塩の湖のことをいう。湖塩には様々な
文芸春秋『週刊文春』(2013 年 11 月 7 日・21 日号)
ミネラル成分が含まれており,モンゴル東部や
毎日新聞社出版局『サンデー毎日』(2013 年 11 月
17 日号)
内モンゴル自治区アラシャー盟などで主に産出
Keller,
される。
2)アンケート回答者の多くは愛媛県をはじめとす
K.L.
1998.
” Strategic
Brand
Management” Prentice-Hall. ケラー,K.L 著.
恩蔵直人・亀井昭宏訳 2000.
『戦略的ブランド
る西日本出身者であるため,イメージとして記
述された「からい(辛い)」とは,しょっぱい(塩
マネジメント』東急エージェンシー.
からい)を意味するとみなされる。
消費者庁ホームページ
(http://www.caa.go.jp/index.html)
参考文献・資料・ウェブページ
日本雑誌協会ホームページ
朝日新聞出版『週刊朝日』(2013 年 11 月 8 日・15
(http://www.j-magazine.or.jp/index.html)
日・22 日号)
阪急阪神第一ホテルグループホームページ
荒木一視 2006.2004 年山口県阿東町で発生した
(http://www.hankyu-hotel.com/index.html)
鳥インフルエンザと鶏肉・鶏卵供給体系 :フード
(※ホームページの最終閲覧日は,いずれも 2014
年 3 月 10 日)
システムにおける食料の安全性とイメージ.経
済地理学年報 52:138-157.
荒木一視 2011.広域食品流通とフードセキュリテ
ィ上の脆弱性-三笠フーズ社の事故米穀不正規
流通を事例として.人文地理 63:130-148.
新潮社『週刊新潮』(2013 年 11 月 7 日・14 日号)
関谷直也 2011.
『風評被害 そのメカニズムを考え
る』光文社,210p.
高橋正郎編 2010.
『食料経済(第 4 版) -フード
システムからみた食料問題-』理工学社.
高柳長直 2007.食品のローカル性と産地振興-虚
構としての牛肉の地域ブランド.経済地理学年
報 52:138-157.
淡野寧彦 2013.消費者の食料産地・流通想定に関
する地理学的考察-家政学部女子大学生に対す
る調査結果をもとに-.地域創成研究年報
8:10--18.
東洋経済新報社『週刊東洋経済』(2013 年 11 月 9
日・30 日・12 月 21 日号)
日本経済新聞社『日経流通新聞』(2013 年 11 月 18
日版)
日本経済新聞社『日本経済新聞』(2013 年 11 月 17
日・26 日・27 日・12 月 2 日・3 日・4 日・5 日・
6 日版)
半杭真一 2009.近年の農産物産地に対する消費者
の選択行動.東北農業研究 62:233-234.
46