ヘモプラズマ感染症 ヘモプラズマ感染症

ヘモプラズマ感染症
ヘモプラズマとは、かつてリケッチア目アナプラズマ科のヘモバルトネラやエペリスロ
ゾーンとして分類されていた赤血球表面寄生性のマイコプラズマの総称で、他のマイコプ
ラズマと同様に細胞壁を欠くグラム陽性の細菌に分類される微生物です。ヘモプラズマは
宿主の赤血球に寄生して増殖するのが特徴で、これにより発熱や溶血性貧血を主徴とする
疾患の原因となります。
ヘモプラズマは種特異性が比較的高く、様々な動物種にそれぞれ固有のヘモプラズマが
報告されていますが、僅かな例外を除いて人間への感染はほとんどなく、獣医領域におい
てのみ問題視されている病原体です。病原性は菌種によってさまざまで、重篤な症状を引
き起こすものからほとんど症状の認められない不顕性のものまで幅広く存在します。ヘモ
プラズマの伝播は宿主動物と病原体によって主たる感染ルートに違いがありますが、ノミ
やマダニなどの吸血昆虫やケンカによる咬傷などの感染した血液を介するものがほとんど
で、家畜では注射針もしくは外科器具などによる機械的な伝播、また感染した動物からの
輸血による医原性感染も生じます。また、詳しいことはわかっていませんが胎盤感染によ
る母子感染も報告されています。
ネコに感染するヘモプラズマにはかつてヘモバルトネラとして分類されていた
Mycoplasma haemofelis(大型ヘモバルトネラ)と、Candidatus1) M. haemominutum(小
型ヘモバルトネラ)
、C. M. turicensis の 3 種、イヌでは Mycoplasma haemocanis と C. M.
haematoparvum の 2 菌種の存在が知られています。
ネコにおける M. haemofelis の急性感染は溶血性貧血を主徴とし、発熱、食欲不振、活力
の低下が認められ、時には致死性の経過をたどります。他の 2 菌種は比較的病原性が低く、
単独感染ではあまり臨床症状を示しませんが、他の病原体との混合感染や免疫抑制の状態
では致死的な貧血を引き起こす場合があります。ヘモプラズマは一度感染を受けると体内
から完全に排除することが難しく、急性感染から回復しても慢性感染期に移行して不顕性
のキャリアーとなり、宿主の免疫が低下したり、事故などで脾臓の摘出をうけたりすると
症状が再発する場合があります。また、FeLV や FIV などのレトロウイルスの感染がある
とヘモプラズマに感染するリスクが高まると言われ、レトロウイルスとの混合感染では比
較的病原性の低い C. M. haemominutum によっても重度の貧血が引き起こされることが報
告され、リンパ腫や白血病、免疫不残症候群の発生率が高まるといわれています。
イヌに感染するヘモプラズマは病原性が比較的低いため、単独感染では不顕性もしくは
急性の症状を示さない慢性経過をたどることがほとんどですが、他の病原体との混合感染
や免疫抑制があったり、交通事故などで脾臓の摘出を受けた場合に重篤な症状を示す場合
があります。
ヘモプラズマの診断は基本的に染色した血液塗抹標本を顕微鏡で観察し、赤血球に寄生
した病原体を確認することによって行われます。この方法はヘモプラズマが増殖した急性
感染期のみに適用できますが、病原体はたとえ急性感染期でも周期的に末梢血から消失す
るため検出感度はあまり高くなく、またハウエルジョリー小体や染色液のアーティファク
ト、バベシアなど他の病原体との鑑別も困難などの問題があります。ヘモプラズマは動物
の赤血球表面に寄生して増殖するために in vitro での培養法が確立されておらず、ELISA な
どの抗体検査法は確立されていないため、検査機関での PCR による診断が必要になる場合
が多いです。病原性の高い M. haemofelis などの急性感染で、溶血性貧血や発熱など臨床症
状が明らかであればそれらの症状からヘモプラズマ感染症を疑うことは可能ですが、慢性
感染からの再発や病原性の低いヘモプラズマ感染症、他の病原体との混合感染がある場合
などでは黄疸や発熱などの典型的な症状が認められず、臨床症状からの判断が非常に難し
い場合もしばしばあります。
ヘモプラズマの治療にはテトラサイクリン系のドキシサイクリンやフルオロキノロンが
有効で、急性感染期だけでなく再発時でも発熱や貧血などの症状を抑えることができます
が、抗生物質の投与によっても体内から完全に排除することは難しく、キャリアー動物は
長期間にわたり病原体を伝播する感染源としての役割を果たすことになります。ヘモプラ
ズマには有効なワクチンも開発されていないため、予防のためにはキャリアー動物の血液
に接する機会を無くすことが必要です。
国内での疫学調査によるとヘモプラズマの保有状況はネコで 15%、イヌで 3%であった
と報告され、さらに貧血や発熱など何らかの臨床症状を呈した個体を対象とした調査では
20 から 40%と高い検出率が示された例もあります。当院で血液検査をうけた外来患畜を対
象としたスクリーニング検査でもネコで 10%(C. M. haemominutum のみ検出)、イヌで
2.5%(M. haemocanis のみ検出)が陽性で、過去の調査報告とほぼ同様の結果が得られ、
福井県嶺南地方においても FeLV や FIV などと同様に比較的身近に存在している状況であ
ることが確認されました。
ヘモプラズマはレトロウイルス感染症とは違い、適切な抗生物質療法で健康への被害を
小さく抑えることが可能であり、普段からヘモプラズマの感染状況を把握しておけば、体
調の変化から発症を予測して速やかに対処することができます。ヘモプラズマの検査は愛
猫の健康管理に有益な情報を提供してくれるでしょう。
1)
Candidatus とは種として認定される前段階にある暫定的な種につけられる言葉で、遺伝情報の決定により新しい
種と考えられるが培養法が確立していない当の理由で公式の分類基準を満たさない細菌などに使用されます。