日本市場における外資系企業の立地選択意思決定からみた経営戦略の比較分析 −神戸と東京の事例研究− 当麻 日野 潤(関西学院大学大学院商学研究科博士課程前期課程商学専攻) 順之(青山学院大学大学院国際マネジメント研究科修士課程国際マネジメント専攻) 1.問題意識 外資系企業の立地に関する既存研究(大和銀 2001、ひょうご投資サポートセンター2002) によれば、外資系企業が立地場所選定にあたって重要視する点は多様である。東京に立地 する外資系企業が重要視するのは、 「ビジネスインフラ(市場規模、公的機関や金融などの 中枢機関との近接性など)」と「交通インフラ(港湾、空港、道路等)」の充実であり、一 方、神戸に立地している外資系企業が重要視するのは、人やモノの日本全国への移動を円 滑に行うことができる「交通インフラ(港湾、空港、道路等)」の充実に加えて、従業員や 家族が安全・快適に生活できる環境、つまり「生活インフラ(学校、宗教施設、医療機関、 商業施設等) 」が整備されていることだと指摘されている。 また、企業が都市に立地するにあたり、企業と都市との関りはその程度の差はあれ、企 業の経済活動や企業関係者の政策決定への参与が、都市形成に寄与しており、都市住民の 生活や意識を規定していることは確かである(丹下 2005)。こうした意味で、企業の社会的 責任(CSR)の観点から外資系企業へアプローチする意味は大きいと考えられる。特に、 神戸地域においては 1995 年1月の阪神大震災を経験して、企業の地域社会に対する関り方 は、パイロットケースに値するほど多様に展開されている。 以上のような問題意識から、 「外資系企業の立地選択行動から当該企業の経営戦略の構築 及び進め方が異なっている」と想定し、実証分析を試みたい。もし、本社立地が外資系企 業の立地戦略、業態・業種、扱う製品特性、企業の社会的責任(CSR)の違いから生まれ、 それにより立地場所選定が神戸と東京で異なっていることが明確化できれば、今後の神戸 市の外資系企業の誘致、地域活性化等の行政施策の指標に有効に働くと考える。ここでは、 外資系企業の「立地戦略」と「企業の社会的責任(CSR)」を中心に質問紙調査を実施した。 調査の概要は、以下の通りである。 目 的:外資系企業の立地戦略と企業の社会的責任に関する調査 期 間:2005 年9月∼10 月 対 象:神戸市と東京に本社を置く外資系企業(神戸:73 社、東京:90 社)を対象とした。 (2005 年度 外資系企業総覧より抽出) 回収率:神戸 34%、東京 28% 方 法:質問紙調査法(自記入、郵送配布・回収) 2.調査結果 (1) 基本属性 まず、「業種」において神戸と東京ともほぼ同様の構成になっている(神戸:製造業= 9、非製造業=8、その他=6 東京:製造業=11、非製造業=8、その他=7)。次に、 日本における「支社・営業所の数」において神戸では、1社または2∼9社が多くなって いる。一方、東京では2∼9社または 10 社以上が多くなっている。このことに関連して当 該地における「従業員の数」において神戸では、1∼10 人が最も多く、従業員数レベルで みても中小規模の企業となっている。一方、東京では中∼大規模な企業であろう 51∼200 人が最も多くなっている。最後に、「社会貢献活動にかける費用」において神戸では 50 万 円以下が大半を占めている。一方、東京では 50 万円以下が最も多くなっているが、300 万 円以上と回答した企業も少なからず存在している。 (2) 立地戦略 神戸と東京に立地している外資系企業に対して企業立地として都市インフラ(ビジネス、 交通、生活、その他(行政のサービス))の中で何を重要視しているかを5点尺度で尋ね、 その回答をもとにして、立地戦略の違いを測定した。神戸に立地している外資系企業と東 京に立地している外資系企業の差をみるために、T 検定を行った。 まず、両地域間で生活インフラにおいて有意水準 10%以下で有意差が見られたのは、 「居 住・生活環境が整っている」、「外国人のための病院・医療」、「自然環境」であった。これ ら「居住・生活環境が整っている」、「外国人のための病院・医療」、「自然環境」において は、東京に立地している外資系企業よりも、神戸に立地している外資系企業が重要だと感 じているようである。また、その他の有意差がでていない生活インフラの項目(「治安がよ い」)においても東京に立地している外資系企業よりも、神戸に立地している外資系企業が 重要だと感じている。つまり、東京に立地している外資系企業よりも、神戸に立地してい る外資系企業の方が生活インフラを重要だと感じているようである。さらに、その他(行 政のサービス)としての項目(「国際都市化している」、 「地価・オフィスの賃貸料が安い」、 「外資系企業への優遇措置」)においても有意差は見られないが、東京に立地している外資 系企業よりも、神戸に立地している外資系企業が重要だと感じているようである。 次に、両地域間でビジネスインフラにおいて有意水準 10%以下で有意差が見られたのは、 「中央政府・官庁への接近」であった。「中央政府・官庁への接近」においては、神戸に立 地している外資系企業よりも、東京に立地している外資系企業が重要だと感じているよう である。また、その他の有意差がでていないビジネスインフラの項目(「有望な市場がある」、 「大手金融・商社」、 「サービス提供会社の存在」)においても神戸に立地している外資系企 業よりも、東京に立地している外資系企業が重要だと感じている。つまり、神戸に立地し ている外資系企業よりも、東京に立地している外資系企業の方がビジネスインフラを重要 だと感じているようである。さらに、交通インフラの項目(「交通(物流・空港・港湾)の 充実」)においても有意差は見られないが、神戸に立地している外資系企業よりも、東京に 立地している外資系企業が重要だと感じているようである。 (3) 企業の社会的責任(CSR) 神戸と東京に立地している外資系企業に対して企業の社会的責任(「内向き=従業員の福 利厚生、女性が働きやすい、障害者採用など」、「外向き=消費者志向、情報公開、環境保 護など」)の中で何を重要視しているかを5点尺度で尋ね、その回答をもとにして企業の社 会的責任(CSR)の捉え方の違いを測定した。神戸に立地している外資系企業と東京に立 地している外資系企業の差をみるために、T 検定を行った。 両地域間において有意水準5%以下で有意差が見られたのは、「女性が働きやすい」の項 目だけにすぎなかったが、その他(有意差がでていない項目)と合わせて見ていくと、神 戸に立地している外資系企業は企業の社会的責任が及ぶ対象として「内向き」を重要視し ており、一方、東京に立地している外資系企業は「外向き」を重要視しているようである。 さらに、この調査結果の頑健性を補完するため神戸、東京それぞれに立地している外資 系企業数社にインタビュー調査を行った。業種や会社の規模に違いはあるが、アンケート 結果に沿う形で神戸に立地している外資系企業は社会的責任として「内向き」を重視し、 一方、東京に立地している外資系企業は社会的責任として「外向き」を重視しているとい う結果になった。 3.総括 本研究により神戸と東京の外資系企業の「立地戦略」と「企業の社会的責任」に差異が 見られたことから、神戸市の行政・地域コミュニティと外資系企業との関係作りの方向性 が示唆できたと考える。 今回の調査で明らかになったこととして、まず、神戸に本社を置く外資系企業は、東京 に本社を置く外資系企業よりも、 「生活インフラ(学校、宗教施設、医療機関、商業施設等)」 が整備されていることを重要視している。一方、東京に本社を置く外資系企業は、神戸に 本社を置く外資系企業よりも、「ビジネスインフラ(市場規模、公的機関や金融などの中枢 機関との近接性など)」が整備されていることを重要視している。 次に、企業の立地選択要因と企業の社会的責任を関連させて研究を進めた結果、神戸に 本社を置く外資系企業は社会的責任の対象として「内向き」のベクトル、つまり従業員の 福利厚生、女性が働きやすい環境、障害者雇用などに取り組み、企業の社会的責任として 社内への効果を重要視している。一方、東京に本社を置く外資系企業は社会的責任の対象 として「外向き」のベクトル、つまり消費者志向、情報公開などに取り組み、企業の社会 的責任として社外への効果を重要視している。 以上のことから、神戸に立地している外資系企業に関しては、「生活インフラ」を重要視 していることと、「内向き」の社会的責任に重点を置いていることが関連しており、一方、 東京に立地している外資系企業に関しては、 「ビジネスインフラ」を重要視していることと、 「外向き」の社会的責任に重点を置いていることが関連していると言うことができよう。
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