SERVICE INNOVATION from KYUSHU □ 実際にやってみました(実証の内容と結果) アプローチすれば 実証の概要と流れ サービスイノベーションに繋がる これまで、「自分を知り顧客を知れば、生産性が向上する」という『実証仮説』と、それを 実証の内容は、先に述べた「仮説」に基づいたものであると同時に、実証フィールド 検証するための『判断基準』を「アプローチが最適設計ループを繰り返す原動力になっている のニーズに合わせたものとしました。その結果、下図に示すように「レストランにおけ こと」とした事について説明してきました。しかしながら、この説明だけで取り組みを突然始 る待ち行列解消」に関する実証と「宿泊者の施設利用促進」に関する実証の2つを行う められる事業者は少ないのではないでしょうか。 ことになりました。また、各々の実証については、取組の改善(「設計」及び「適用」 ) そこで、ここからは実際に実施した“実証”に基づいて、 「アプローチとは具体的にどういっ 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 前後(Before/After)の観測・分析結果を比較して評価しました。 4 たことをすれば良いのか」、本当に「自分を知り顧客を知ることでサービスイノベーションに 4 4 4 4 繋がるか」を見ていきたいと思います。 実証フィールドの紹介 熊本県南阿蘇村にある総合健康テーマパーク『阿蘇ファームランド』は、九州の代 表的な観光資源である阿蘇くじゅう国立公園に位置し、国内からだけでなくアジア各 委員会 実証フィールド 仮説の検証 現場における課題の抽出 「自分を知り顧客を知れば 生産性が向上する」の検証 施設利用に関する 「機会損失※の低減」が課題 (サービスの現場における重要なポイント) 国からの観光客が多数訪問しています。同施設は、宿泊、物販、飲食、癒し、運動、 取組内容の検討 農園等の機能を併せ持っており、周辺地区の特性と合わせて、観光や農畜産業といっ た九州地域の特性を反映させた実証を実施する事が可能であると考えました。 平成 22 年 1 月現在 実証フィールド施設(阿蘇ファームランド)全体図 現場ニーズ① レストランでの問題 現場ニーズ② 施設利用に関する問題 宿泊客が朝食時に利用する バイキング形式のレストランにおいて、 短時間に利用者が集中することによる 慢性的な待ち行列が発生している 個人の宿泊者には施設利用券の綴り (バウチャー)が配付されているが、 施設利用が伸びない 実証① 自分を知るための取組内容 実証② 顧客を知るための取組内容 「レストランにおける待ち行列解消」 に関する実証 《指標:待ち行列の程度》 「宿泊者の施設利用促進」 に関する実証 《指標:施設利用の程度》 観測・分析方法の検討 詳細は次頁以降 実証 詳細は次頁以降 Before 年 間 集 客 数 約 400 万人(平成 20 年度) After 客観的指標による 改善内容の検討 客観的指標による 改善前の観測 改善前の 観測 および実施 改善後の観測 改善後の 観測 (設計・適用) 実証後 次ループへ 年間宿泊者数 約 27 万人 収容可能人数 最大約 1600 人宿泊可能(コテージ式約 450 棟) 総 施 設 数 約 40 施設(飲食 10、温浴 6、体感 6、物販 22) 利 用 Before・After の比較 料 入場料は無料、各施設利用は有料あり 平成 22 年 2 月現在 6 | Service Innovation from Kyushu 分析 分析 従 業 員 数 約 200 人(テナント含め約 400 人) ※ 機会損失 = 利益を得られると分かっていながら、最善の決定・行動を選択しなかった結果、利益を得る機会を逃した場合の損失のこと Service Innovation from Kyushu | 7 実証 レストランにおける待ち行列解消 2 Before:改善前《観測・分析(アプローチ)》 現場ニーズを予め把握したところ、宿泊者の朝食会場となっているバイキング形式のレスト 観測の結果(一部抜粋) 、 全来店者数(受付数)は 641 名で、 ランにおいて、短時間に利用者が集中することによる慢性的な待ち行列が発生しており、その そのうち個人客が 151 名、団体客が 490 名でした。 解決が課題となっていることが明らかになりました。 団体客は開店から午前 8 時までに集中する傾向がある(出 収容可能人数 約 400 名 ここでは「自分を知る」ための実証として、 “製造業で一般的に使われているノウハウ(ムリ、 発が早朝に重なる)ため、レストランが混雑する最大の原因 総テーブル数 150 テーブル ムラ、ムダ削減)”を転用した改善を実施し、改善前後の待ち行列の程度を比較しました。 となっています。実証日も同様の傾向が現れ、開店と同時に 料理ライン 1 ライン 待ち行列が発生し、最長約 23 分待ちとなりました。 セルフ返却台 0 また、未片付けのままのテーブルが全テーブル数の 40% 1 観測方法 観測項目は、基本データとして「受付数(表中①)」 、待ち行列に関するデータとして「待 開 店 6:50am 受付終了 9:30am を超える時間帯が 220 分中の 80 分(36%)続き、最大で オーダーストップ 10:00am 54%のテーブルが未片付けでした。 閉 10:30am 店 ち行列の人数及び料理取得に要する時間(表中②③、下図)」、テーブルの稼働状況に関 するデータとして「未片付けテーブル数(下表④) 」及び後で確認するためのレストラ ン内の状況記録として「現場状況等の撮影(下表⑤)」の5項目を実施しました。 また、観測ツールとしては、出来るだけ何処でも手に入るものとして、カウンターと ストップウォッチ、ビデオカメラを使用することにしました。 開店と同時に長蛇の列が出来た様子 Before のレストラン内の配置・待ち行列の導線 なお、事前に現場を検証した結果、行列変化の傾向、調査効率を考慮して、調査単位 時間を「10 分」としました。実証における観測方法を以下の表に示します。 観 測 項 目 ①受 付 観 測 内 容 数 宿泊者から受け取る朝食券の枚数を計測 3 改善《設計・適用》 観測ツール - ムダを削減するための検討を行い、 以下の 3 つの改善を実施しました。 ②待ち行列の人数 2-1. 料理取得の行列に加わる人数(X)を計測 2-2. 料理を取り終えた人数(Y)を計測 ③ 料理取得に要する時間 3-1. 行列並び始め(A)~料理取始(B)に要した時間を計測 3-2. 料理取始(B)~料理取終(C)に要した時間を計測 ストップウォッチ ④ 未片付けテーブル数 宿泊客が料理を食べ終わって退席しているにも拘わらず食器 が残され利用できないテーブルの数を計測 カウンター ⑤そ レストランが見渡せる場所等から撮影 (英字記号は下図参照) (英字記号は下図参照) の 他 Before 実証時の結果および現場の状況等を踏まえて、ムリ・ムラ・ カウンター 料理配置ラインを 1 ラインから 2 ラインに増設 セルフ返却台を 2 箇所設置 (これまではセルフ返却方式ではなく従業員が各テーブルから回収していた) 顧客行動に基づき料理配置の順番を変更 ビデオカメラ 料理配置ラインの様子: 配置の順番も利用客の行動を踏まえて変更しました 料理配置ラインは中央で二手に分けました 8 | Service Innovation from Kyushu 新規に導入したセルフ返却台 After のレストラン内の配置・待ち行列の導線 (改善部分をオレンジ (改善部分を オレンジに着色) に着色) Service Innovation from Kyushu | 9 4 After:改善後《観測・分析》 5 アプローチモデルの検証 全受付数は 965 名と Before の 1.5 倍の来店者がありま 今回のレストランにおける待ち行列解消に関する実証は、改善効果という点において したが、団体客は 424 名とほぼ同じであったため、混雑ピー は、 非常に高い成果が出たと言えます。 ただし、 アプローチモデルとしての効果の有無は、 ク時(開店~ 8 時)の比較対象となり得る事が分かりました。 収容可能人数 約 400 名 団体客の動向は Before と同様、開店から 1 時間の間に集 総テーブル数 150 テーブル 中しました。しかしながら、待ち行列は最長約 3 分となり、 料理ライン 2 ライン 待ち時間を 20 分短縮できました。なお、経時的な変化を見 セルフ返却台 2 店 6:50am 受付終了 9:30am れたと言えます。 オーダーストップ 10:00am 未片付けのテーブルについても全テーブル数の 40%を超 閉 10:30am ると殆ど待ち行列は出現せず、改善により待ち行列が解消さ 開 店 判断基準(5頁参照)である“最適設計ループを繰り返すための原動力となり得たかどうか” から判断する必要があります。そこで、実証が現場に与えた影響を下表で見てみます。 No. 実証前・実証中の状況 実証後の状況 1 実証前の種々の取り組みについては、現場責任者 一人が対応しているという状況であり、他スタッフ は特に協力的と言う訳ではなかった。 現場とのコミュニケーションが上手く図れるようにな り、スタッフから率先して改善策が出るようになった。 2 セルフ返却案内表示の不足を指摘されていたため、 セルフ返却の案内は食器返却台の上部 2 箇所のみ。 実証後に 10 箇所に増設した。 3 セルフ返却台はレストラン内 2 箇所に設置していた。 座席からセルフ返却台までの距離および、返却台 が見えにくかった場所への配慮として、1箇所を増 設した(計 3 箇所) 。 4 会社に備品類を購入申請する際、具体的な説得材 料が無く、購入に時間を要する事が多かった。 観測結果から“取皿等の不足”の影響(行列)が 明確になったため、 会社側に説明し早急に取皿、 コー ヒーカップ、グラス等を購入し、問題を改善した。 5 混雑状況を的確に他部署に伝達できなかった。 混雑状況の予測が付くようになり、ホテルフロントと連携 して受入客のコントロールが出来るようになった。 例:セルフ返却への協力を促す案内版は当初和文しか無かったが、スタッフ が中国語版、韓国語版を作成し、海外からの宿泊者の協力度が向上した。 える時間帯は解消(0%)され、最大占有率も 36%にとどまりました。 改善で新たに“セルフ返却台”を設置したため、After 時は「セルフ返却協力度」を 把握する目的で、返却台付近にビデオカメラを設置し、 後日録画映像を用いて返却トレー 枚数をカウントしました(下表)。 追加観測項目 ⑥ セルフ返却協力度 観 測 内 容 観測ツール セルフ返却台に返却される食器の数(トレー枚数)を計測 ビデオカメラ その結果、事前準備が十分に実施できず、来店者へのアナウンスが不徹底であったに も拘わらず、使用されたトレー(受付数と同枚数と仮定)の 50%が自主的に返却され たことが明らかになりました。また、従業員が返却台に運んだトレーを含めると 71% が返却されたことが分かりました。これは、効率の向上だけでなく各テーブルから食器 を下げる作業に対する従業員の負荷が軽減された事を意味します。 例:利用者が扱いやすいようにトングを金属製からプラスチック製に変更する、 といった細かい部分に関するアイデアもスタッフから出始めた。 6 - 利用客の動線を踏まえてテーブルやセルフ返却台の 配置を再検討した 7 フロアスタッフの作業の殆どはテーブルに残された 食器の回収作業であった。 セルフ返却実施によりスタッフの負荷が軽減されたた め、レストランの案内を担当できるよう教育を始めた。 8 - 実証期間中に試験的に実施していた“残渣量”調査を、 実証以後も継続している。現場責任者が各種取組との 関係を分析し、更なる改善に向けて活用している。 このように、顧客満足度向上のための動き(No.1、6、7) 、実証時の問題点を改善 する動き(No.2、3) 、社内連携強化の動き(No.4、5) 、など、現場改善に向けた自 発的な動きが出始めたと言えます。また、No.8 のように現場に適した新たな指標を用 いて継続的に《観測・分析》が行われていることが分かります。 以上をまとめると、レストランでは実証後も観測・分析、改善(設計・適用)の取り 行列に並ぶ人にも余裕が感じられる コーヒー等を楽しむ人が増えたため、 逆にカップ類が不足した 組みが発展・継続しており、最適設計ループが繰り返されていると言うことができます。 返却口に集まる食器 改善の効果と潜在的な問題の表面化 他業種のノウハウ(既に常識となって 他業種のノウハウ( いるものも含めて)はサービス産業の現場にも適用 可能であり、簡単なツール・方法で効果を観測することができます。 改善で回転率が速くなったことにより、取皿の洗浄・供給が 間に合わず、一時的に待ち行列が出現しました。また、来店 者が朝食を楽しむ時間が増えたことにより、新たにコーヒー カップ・グラス等の備品が不足する事態も発生しました。 10 | Service Innovation from Kyushu 従来の食器下げ作業は 時間的なロスだけでなく 従業員への負荷が大きかった 実証により、アプローチが“最適設計ループ”を繰り返す原動力 となっていることが検証され、アプローチモデルが「サービスイ ノベーションの実現」に向けて効果的であることが分かりました。 Service Innovation from Kyushu | 11 実証 宿泊客の施設利用促進 2 《観測・分析(アプローチ) 》 阿蘇ファームランドでは、施設の利用促進を目的として、個人宿泊者向けに施設利用券の綴 対象のバウチャーは①夕食、②朝食、③体感施設※、④温浴施設※の り(バウチャー)を配付しています。しかしながら、宿泊者は追加で料金を支払わなくて良い(宿 利用券計 4 枚が付いているものです。延べ 4 日間の観測で 473 グルー 泊料に施設利用料が含まれている)にも拘わらず、施設利用が伸びておらず、利用状況も細か プのデータを収集・分析した結果、以下のような事(一部抜粋)が明らかになりました。 く把握されていないことが明らかになりました。 ※ 対象のバウチャーで利用できる施設は限定されており、体感施設は 1 施設のみ、温浴施設は 2 施設の中から 1 施設を選択する ここでは「顧客を知る」ための実証として、 “今あるモノを活用”してどこまで宿泊客の施 設利用状況を把握できるのかということで、 “バウチャー” を用いた現状把握に取り組みました。 なお、季節的・時間的な要因などの諸事情により、本実証では「観測・分析」の結果から、 “ど a. 温浴施設は年配層にも適しているが実際の利用者は若年層が多い。 b. 従来の施設利用の前提は【チェックイン(IN)~チェックアウト(OUT)間】の 1 回であるが、宿泊客の一連の行動を解析したところ、実際の利用機会は【IN 前】 、 【IN ~ OUT 間】 、 【OUT 後】の 3 回ある。 のような改善が可能なのか”という検討(「設計」 )までを行いました。 3 改善策の検討《設計》 1 観測方法 施設利用を促す低コストな手段として「施設の推薦」があります。 観測には、個人宿泊客向け「バウチャー」 (右図、下表 従来の場合、推薦のターゲットや内容は“経験と勘”に頼らざるを得 ①)に記載されている情報を活用することが決定しました ませんでしたが、上記アプローチ結果からは以下の様なポイントが読み取れます。 が、券面に記載されている情報は限定されます。 〈観測結果 a〉からは、年配層に対象を絞って PR する事も効果的だと読み取れます。 そこで、バウチャー券面に部屋番号(下表 A)が記載さ 〈観測結果 b〉からは宿泊客への推薦機会を更に増やせることが分かります(下図参 下 4 枚は切り取り式 れていることに着目し、宿泊フロントが保持している「宿 (半券は各施設で回収する) 照) 。例えば、 【IN 前】の利用を促すために、旅行会社や Web での予約時、バウチャー 泊データ」(下表②)も使用することにしました。両デー の事前受け渡し時(チェックインよりも前)にも推薦機会があることが分かります。ま タを部屋番号で関連づけ(下表 A と G)することにより、 た、 【OUT 後】の利用を促すためにチェックアウト時の推薦以外にも、朝食会場(前述 幅広い情報を用いた行動解析が可能になりました。 の改善されたレストラン)で施設の PR を行うことなども可能です。 現場担当者が観測当日に行うのは「通常業務+α」の作 ① 各施設利用券面には ・ 部屋番号 ・ 属性(大人・子供等) ・ 宿泊日 が印字される 業で負荷が高いため、“時間毎に受領したバウチャー半券 を分別する”という直感的な作業のみで、他の観測ツール 等は使用しませんでした。ただし、当日のエラーを防止す るため、目的等は予め担当者に伝達する必要があります。 観 測 項 目 バウチャー(施設利用券綴り)のイメージ 観 測 内 容 ① バウチャー利用情報 各施設で時間毎にバウチャー半券を分別し以下の内容を抽出する A. 部屋番号 D. 利用施設 B. 属性(大人 / 子供 / 幼児) E. 施設利用日 C. 宿泊日 F. 施設利用時間 ②宿 泊 者 デ ー タ 宿泊フロントが保持する宿泊者情報の一部を抽出する G. 部屋番号 H. 代表者の居住地(都道府県レベル) I. 年齢層 J. グループ形態(夫婦 / 家族 / カップル) K. グループ構成(大人人数 / 子供人数 / 幼児人数) L. チェックイン時間 / チェックアウト時間 M. 予約方法 等 12 | Service Innovation from Kyushu 観測ツール 従 来 の 推 薦 機 会→ 予約時 到着時 計1回 朝食時 チェックイン チェックアウト 計5回 実証から見えた推薦機会→ ① ② ③ ④ ⑤ ここでは簡単な例を挙げましたが、更に分析を進めると宿泊客の属性に応じて具体的 で細かい対応に結びつけることができます。また、今回の実証では現場担当者の一部が 機転を利かせ、バウチャーに性別を記入していましたが、現場にもう少し余裕があるな ー ら、こうした“ひと手間”で対応策の幅は更に広がります。 データ取得をアナログからデジタルへ 実証では、バウチャーを用いて行動解析用データを取得しました。このようなアナログ的手 ー 法を活用すればイニシャルコストやランニングコストを抑えて解析が可能ですが、解析に時間 が掛かります。データを継続的・効率的に活用するためには、初期投資が大きくなる可能性が ありますが、 二次元コード(QRコード)や RFID(IC カード)等、 デジタルツールの活用も効果的です。 携帯でアクセスしてね Service Innovation from Kyushu | 13
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