中国の対外援助

PHP Policy Review
Vol.3-No.13
2009.2.3
中国の対外援助
ま え だ
ひ ろ こ
前田 宏子
PHP総合研究所 研究員
Talking Points
1.中国の対外援助は 1950 年代から始まっており、その目的・方法は国
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内外の情勢の推移によって変化してきた。改革開放以降は、経済利益
の獲得が重視されるようになったが、政治的影響力拡大のための手段
としても、依然として有効だと考えられている。
2.中国は対外援助について内政不干渉の原則を掲げており、そのこと
は欧米からしばしば批判の対象になる一方、中国国内や受入国からは
評価されることも多い。中国の対外援助は国益重視である。
3.日本は、ODA 削減の流れを止め、日本が実施する援助のアピール
に、もっと力を入れるべきである。中国の援助に対してアドバイスを行
い、ときに協力して他国への援助を実施することが、日中の戦略的互恵
関係の強化にもつながる。また、中国をはじめ、OECD に加盟していな
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い援助供与国を含んだ援助の枠組み作りに取り組んでいくべきである。
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リカにおける中国の存在感を目立たせるこ
なぜ、中国の対外援助が注目されるように
とになった。中国は、すでに 1960 年代から、
なったのか?
第三世界の盟主として、また国際社会での
地位確立をめぐる台湾との競争のため、ア
近年、中国の対外援助が世界から関心を
フリカに対する援助を開始しており、アフ
集めるようになっている。中国は建国直後
リカ諸国と親密な関係を保ってきた。さら
の 1950 年から対外援助を始めていたが、援
に 2000 年頃からは、従来の政治目的のため
助政策に携わる人々や研究者などの間で取
だけではなく、経済的利益の獲得のために、
り上げられるだけで、さほど多くの人々の
中国政府はアフリカ支援により力を入れる
関心を引くことはなかった。それがなぜ最
ようになっている。世界の目があまりアフ
近になって、注目を浴びるようになったの
リカに向けられることがなかったときは、
だろうか。
中国の活動はそれほど意識されなかったが、
まず国際的な背景として、9.11 事件の発
中国が経済的利益の追求を重視し始めた時
生により、アメリカをはじめとする西欧諸
期と、アフリカに対する世界の関心が高ま
国が、途上国の政治・社会情勢に、より注
る時期が重複したことから、中国の対外援
意を払うようになったことが挙げられる。
助がより注目を集めるようになった。ダル
9.11 後、欧米とくにアメリカでは、なぜ自
フール紛争に関して、欧米のメディアや著
分たちがテロリストの標的とされるのかと
名人から、民衆を弾圧しているスーダン政
いう問題意識が広がり、テロの発生には貧
府を中国政府が援助しているとして非難の
困問題が深く関わっているという認識がも
声が上がったことも、中国の対外援助のあ
たれるようになった。その結果、途上国に
り方に対する疑念を強めた。
対する援助が重視されるようになったので
だが、何と言っても、中国の対外援助が
ある i 。
注目されるようになった最大の理由は、中
加えて、途上国、とくにアフリカが、豊
国自身の力の増大にあるといっていいだろ
富なエネルギー資源の埋蔵地として、また
う。中国が台頭するにつれ、中国が国際政
今後の経済成長が期待される新しい市場と
治にどのような影響を及ぼすようになるの
して世界の関心を集めるようになり ii 、アフ
かという議論が盛んに行われるようになっ
た。中国の外交戦略と国際的影響力、外交
2002 年 3 月、ブッシュ大統領は演説で「途
上国開発のための新たな約束(A New
Compact for Development)」として、アメリ
カの援助額を 2004 年から 3 年間で 50 億ドル
増額すると発表した。また、2005 年のグレン
イーグルズサミットでは、
G8 諸国が 2010 年
までにアフリカ支援を 250 億ドル増やして、
2004 年実績から倍増させることで合意した。
ii アフリカは、複数の紛争地域が存在し、政
治安全保障上の観点からも注意が払われるべ
き地域である。かつてアメリカは世界を 5 つ
のブロックに分け、各地域統合軍を配置して
i
2
2
目標を達成するための手段に関する研究が
行われるようになり、その一環として対外
援助が注目を集めるようになったのである。
中国の対外援助については、資料の制約も
あり、先行研究はあまり多くなかったが、
いたが、2007 年にアフリカ統合軍を新設する
ことを決定したことからも、アフリカを重視
するようになった姿勢が伺える。
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中国国内でも研究論文が多く発表されるよ
戦後日本は、60 年代半ばから積極的に他
うになってきており、今後この問題に関す
国に援助を行うようになり、その実績はだ
る研究は増えていくだろうと予測される。
いたいのところ国際的に高い評価を得てき
たといえよう。しかし、昨今は日本のOD
このように、世界的に中国の対外援助が
Aは削減される傾向にあり、90 年代は世界
注視されるようになっているのだが、日本
一であったODA拠出額が、2000 年からは
ではさらに二つの出来事が、この問題への
下降線を辿っていまは世界第 5 位となって
関心を高めさせることになった。ひとつは、
いる。そのような中、中国の対外援助の増
小泉政権期に日中関係が悪化したのに伴い、
加が、日本外交にとって、また援助を受け
対中ODAに対して「他国に援助を行って
る途上国にとって、さらには世界的な開発
いる国に、なぜ援助をする必要があるのか」、
援助の潮流にとって、どのような影響をも
「日本の援助が中国の影響力拡大のために
たらすのかを研究することが重要になって
使われているのではないか」という非難の
きている。
声が上がったことである。もう一つは、日
本の国連常任理事国入りを内容に含んだ国
中国における“対外援助”の概念と歴史
連改革案に対し、アフリカ諸国から期待し
ていたような支持が取り付けられなかった
日本で「対外援助」といえば、一般的に
際、はっきりと述べられることは少なかっ
はODAなどの経済協力や、人道目的の支
たものの、中国のアフリカ諸国に対する影
援活動が想起される。中国でも、最近は同
響力が強まっていることが、日本にとって
様の意味で使われることが多くなっている
不利に働いたのだと捉えられた。
が、日本とは違い、軍事援助も「対外援助」
(出所:日本外務省 HP)
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の中に含まれる。援助の目的は、(1)政治・
国の影響力を高め、アメリカやソ連と対抗
安全保障上の利益、(2)経済的利益、(3)「一
するためにも、アフリカやヨーロッパ、中
つの中国」の実現(台湾との競合)
、を達成
南米に援助の対象を広げていった。
するためであるが、その優先順位と方法は
1964 年、周恩来はアフリカ諸国を訪問し
時代によって変化してきており、大きく4
た際に、援助に関する八つの原則を発表し
つの時期に分類することができる。
たが、その中でも平等互恵の原則と、援助
実施に際して受入国の政治体制や人権状況
に条件をつけない(ただし、「一つの中国」
1.1950-60 年代初め
この時期、中国は向ソ一辺倒政策をとっ
を支持することは除く)内政不干渉の原則
て、ソ連から巨額の援助を受けると同時に、
は、現在も維持されている中国の対外援助
ベトナムや北朝鮮ほか、主として周辺の
の特徴である。
国々に対し援助を行った。その目的は、帝
この時期、中国の対外援助は一気に拡大
国主義と戦う勢力を支援するためであった
し、最大時の 1973 年には財政支出の 7.2%
が、同時に、周辺国を緩衝地帯にすること
を占めるに至った iii 。
によって、アメリカの影響力が自国に迫る
のを防ぐという安全保障上の目的もあった。
3.1970 年代末-90 年代半ば
現在は、中国においても、軍事援助と経
文革が終了し、改革開放路線が採用され
済協力援助の政策決定過程は基本的に異な
ると、対外援助政策も大きく変更されるこ
っており(ただし重要な案件については、
とになった。対外援助が国力に不相応なほ
党中央が決定していると推測される)、その
ど膨らんでしまったこと、また中国にとっ
目的も異なってきているが、当時はそうで
て大口の援助供与国であったベトナムとア
はなかった。対外援助の多くは、帝国主義
iii
この数字は論文によって異なるが、例えば
張郁慧、張効民論文は 7.2%を採用している。
顧林生のデータでは 5.4%になるが、おそらく
顧は軍事援助を含んでいないのではないかと
推定される。
と戦う人民を支援するためだったので、そ
の過程は、階級闘争の支援(軍事援助)→
独立の獲得、建国(国家建設、行政に関す
る顧問団の派遣)→発展のための支援(経
張郁慧「中国対外援助研究」中共中央党校
済援助)という一連の流れとして捉えられ
博士学位論文 2006 年。
ていた。
張効民「中国和平外交戦略視野中的対外援
助」
『国際論壇』2008 年 5 月第 10 巻第 3 期。
2.1960 年代初め-70 年代半ば
顧林生「中国対外援助の素顔と今後の課題」
『IDJ』2007 年 11 月号。
2000 年 9 月に国連で採択されたミレニアム
開発目標(Millennium Development Goals)
では、
(DAC)ドナー諸国の国民総所得(GNI)
に対する ODA 支出純額の割合を 2015 年まで
に 0.7%まで高めることが目標とされている。
中国のデータは GDP 比なので単純比較はで
きないが、70 年代中国の対外援助がいかに常
軌を逸していたかということがわかる。
中ソ関係が悪化し、ソ連から一方的に援
助を打ち切られた中国は、援助を受け入れ
ることは自国の脆弱性を増すことにつなが
ると考えるようになり、他国からの援助を
拒否する方針を採るようになった。他方、
第三世界の盟主として国際社会における自
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ルバニアが、中国と対立するような政策を
府は行政機関や政策決定過程、財源などに
取るようになったことから、それまでの対
関する改革を実施した。
外援助政策に対する反省が起こったためで
現在では、中国の対外援助は、ほとんど
ある。対外援助については、国家の財力・
が中国企業がプロジェクトの主要な部分を
物理的能力に応じて実施することとされ、
担うタイドローン、いわゆるひも付き援助
それまで二国間でのみ実施してきた形態を
であり、かつての日本の三位一体型(貿易・
見直し、多国間援助や、援助国の自己資金
投資・援助)モデルに類似しているとも言
調達、経済貿易などと組み合わせて実施す
われる。経済的利益獲得のためのツールと
る方法も採られるようになった。1982 年末
して、対外援助の効用がますます重視され
から 83 年初めにかけて、趙紫陽がアフリカ
るようになっているのである。
諸国を訪問した際、援助に関する四つの原
同時に、近年では、中国内でもソフトパ
則を表明したが、周恩来の八つの原則と比
ワーと対外援助を関連づけようとする研究
べると、帝国主義に対抗するという政治的
論文が散見されるようになった。対外援助
色彩が大きく後退し、変わりに中国自身も
は、従来どおり政治的利益獲得のための手
経済的利益を得ることを重視するようにな
段としても重要である。それは、
「中国のア
っているのが特徴的である。
フリカへの援助は中国とアフリカの二国間
また、中国の援助にとって、この時期の
経済貿易関係をいっそう密接なものにした
最も大きな変化は、それまでの援助受け入
だけでなく、中国とアフリカの政治的相互
れ拒否方針を転換し、中国自身が、世界最
信頼を促進し、中国とアフリカ諸国の政治
大の援助受入国になったことである。中国
的立場においての意思疎通、外交行動にお
は対外援助を止めてしまったわけではなく、
ける協調を促した。中国は国連人権委員会
引き続き実施はしていたが、受け入れ額の
で西側の中国非難の提案を何度も打ち負か
ほうが圧倒的に大きくなったため、対外援
し、国連総会で幾度となく台湾の国連復帰
助を行う供与国としてより、受入国として
のたくらみを粉砕し、2008 年のオリンピッ
認識されるようになった。
クおよび 2010 年の万国博覧会の招致に成
功したが、これはいずれもアフリカ諸国の
力添えによるものである」という中国人研
4.1990 年代半ば-現在
究者の言葉にも表れている iv 。
改革開放を推進し、目覚しい経済発展を
遂げた中国は、経済成長に必要なエネルギ
ー資源を確保するため、また中国企業の海
中国の対外援助の現状
外進出を促進するための手段として、対外
援助を積極的に活用するようになった。経
政策決定過程について
済発展に伴う対外援助の拡大によって、国
中国で、ある政策がどのような過程を経
内で援助に携わる機関が増え、優遇借款が
iv
徐偉忠「中国のアフリカ援助と直面する新
たな課題」
(2007 年 9 月 10 日開催のアジ研セ
ミナー「成長するアフリカ-日本と中国の視
点」の会議報告書より)
増えるなど援助方法も変化していった。そ
れらの変化に対応するため、95 年に中国政
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い、また債務の減免などに大きく関わる。
て決定されるのかを調べるのは、資料・情
とはいえ、重要な案件や、戦略的なプロ
報の制約から、いまでも困難な作業であり、
援助政策もその例外ではない。そのような
ジェクトについては、やはり党が権限を握
中でも、小林論文 v は多くの資料にあたり、
っているようである。ある中国研究者によ
中国の(経済的)援助政策に関する政策決
れば、対外援助について商務省を中心とし
定過程に関する詳細な解説を行っている。
た機能分担が定められてはいるものの、実
政策決定過程に関心のある方は、そちらを
際には中国共産党の統制が大きな役割を果
参照していただくこととして、ここでは簡
たしているとのことである。事務的には、
単な説明にとどめる。
共産党対外連絡部が、中国共産党中央の立
中国では商務部が援助政策の主管となっ
場から各国への援助政策に責任を負い、意
ており、ほかに外交部、財政部をはじめ 20
思決定においては、国家の重要な対外援助
以上の機関や委員会が対外援助に関わって
政策は、中共中央外事工作領導小組会議で
いる。外交部は、「外交政策から対外貿易、
審議されることになっているという vii 。
経済協力、経済援助、軍事援助などについ
て、商務部、財政部などの関連機関と調整
援助額の推移
を行い、国務院に提案を行う権限を持って
中国の対外援助は 90 年代から一貫して
いる。しかし、外交部は計画作成や具体的
増え続けているが、財政支出に占める割合
な実施部門を持っていないので、対外援助
は 2000 年以降 0.2~0.3%ほどで推移して
政策の具体化は、主に商務部に任せている
vi 」
。財政部は援助政策の財政的裏づけを行
中国の対外援助額推移
8
80
70
対外援助額(億元)
7
60
対外援助/財政支出(%)
6
50
5
40
4
30
3
20
2
10
1
0
1950
60
65
70
75
0
80
85
90
95 2000 2005
(中国統計年鑑、商務部年鑑などより作成)
v小林誉明「中国の援助政策―対外援助改革の
展開―」『開発金融研究所報』No.35、2007
年 10 月。
vi 顧論文 p.10.
vii
6
ibid.
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いる。ただし、中国政府が発表している援
この点について積極的に評価する声のほう
助額は、その内容や内訳が不明瞭な部分が
が大きい(ただし、好意的に受け止めてい
多く、実際の額は発表されているものより
る主体は誰なのかという点は、詳細に吟味
大きいと推定される。たとえば、中国統計
される必要がある。政治指導者や一部エリ
年鑑では、2005 年度の援助額は 9 億 7 千万
ートのみに利益がもたらされるような援助
ドルとなっているが、アメリカのシンクタ
は、先進国から批判の対象ともなり、長い
ンクCenter
Center for Global Developmentのレ
目で見れば中国のソフトパワー向上にもつ
ポートでは、15 億~20 億ドルと見積もられ
ながらない)
。
ている viii 。
また、中国が自国の経済発展(中国企業
の海外進出)と組み合わせて援助を実施し
中国の対外援助の特徴
ていることに対する批判には、中国や日本
中国の対外援助のあり方について、欧米
国内の一部の研究者から、援助を自国の輸
や日本では批判的な論調が多い。問題点と
出振興と結びつける方法は、日本もかつて
し て よ く 挙げ ら れ る のは 、( 1 ) 中 国 は
行ってきたことであり、その方法自体が即
OECD 開発援助委員会(DAC)に加入して
座に否定されるべきものではないという反
おらず、援助の実態や内訳について明らか
論もなされている。
にしていない部分が多い、
(2)中国が援助
に際し、受入国の政治体制や経済政策に条
中国国内における対外援助に関する議論
件をつけない方針を採っているため、援助
胡錦涛国家主席は、2005 年の国連創立
受入国の民主化や人権向上に寄与していな
60 周年首脳会議や、2006 年の中国・アフ
い;独裁政権を助けることにつながってい
リカ協力フォーラム北京サミットにおいて、
る;援助受入国の改革が遅れる;投資が生
対外援助を強化する旨を表明してきている。
産性の低い部分に向けられる、などである。
既に述べたように、中国政府は対外援助に
また、援助活動に携わっている複数の NGO
よって得られる経済利益を重視しているが、
関係者や国際機関の職員へのインタビュー
同時に、ソフトパワー強化のための有効な
によれば、援助が実施される現場において、
手段として、対外援助をいかに活用するべ
中国の援助実施担当者らは他の国や組織の
きかという議論が盛んになっている。中国
援助機関と協議を行わない、あるいは現地
の援助政策に対する外国政府やメディアか
住人との話し合いや説明が不十分なため、
らの批判、また援助実施国で中国人労働者
トラブルが生じることが少なくないという。
が襲撃されるという事件を受け、中国政府
他方で、被援助国からは、援助に際して
内では援助政策に関する検討・見直しが進
められているという ix 。
内政不干渉を掲げる中国の方法は好意的に
他方で、対外援助に関する中国国内の論
受け止められることも多く、中国国内でも
評で、「国益の確保を最重視すべきである」
Carol Lancaster, “The Chinese Aid
System,” Center for Global Development,
Essay, June 2007.
viii
ix
中国人研究者へのインタビューより(2008
年 6 月)
。
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という論調が増えてきているのは注目に値
わけではなく、また国益追求型の中国の援
する。国益を重視すべきだと主張する人々
助に対し、日本は受入国の人々の生活を重
も、
“平等互恵”や“共同発展”の原則を否
視してきたという自負もある。だが、現在
定しているわけではないが、援助受入国だ
の ODA 削減の動きは、結果として、日本
けでなく中国にとっても利益がなければな
が行っている貢献を実際よりも小さく見せ
らないと主張している。このような論調が
てしまうという結果につながっている。
登場してきたのは、外交政策に対する世論
国力に不相応な援助が実施できないのは
の影響力が高まったことと無関係ではない
当然であり、日本経済が停滞するなか、援
だろう。従来、国内に多くの貧困層を抱え
助が縮小されるのはやむを得ない面もある。
る中国政府は、国内に対し、自国が行って
しかし、日本の ODA は支出額が減ってい
いる対外援助を積極的に宣伝することはし
るだけではなく、対 GNI 比(国民総所得比)
なかった。しかし中国の対外援助に対する
でも後退し、先進国 22 か国中 20 位にまで
関心が内外で高まり、中国民衆もインター
下がっている。国際社会における日本の存
ネットで情報を得たり発したりするように
在感の低下を防ぎ、先進国としての責任を
なった状況では、対外援助に向けられる中
果たす意志を示すためにも、これ以上の削
国国民の目にも留意しなければならなくな
減は避けなければならない。また、日本が
ったのだと考えられる。
実施している援助について、
「粛々とやるべ
中国に限らず、どの国の援助政策であっ
きことをする」という日本的奥ゆかしさは
ても、国益が関わっているのは当然だが、
捨て、国内外に広く宣伝する努力が必要だ
先進国においては、援助について「恵まれ
ろう。
た条件にある者が、そうでない者に対して
中国と同じように日本が ODA を増やし
行う義務」という感情が強い上に、国益を
ていくことは現実的ではない。また、援助
強調しすぎることは、強者(先進国)対弱
供与国間の援助競争は、援助政策の非効率
者(途上国)というイメージを生み出す危
を招いて援助受入国の人々にマイナスの影
険があるため、国益を掲げることに躊躇が
響を与える可能性もあり、援助の本来の目
あるという側面がある。それに対し、中国
的ともかけ離れてくる。ありふれた言い方
の場合は途上国から途上国への援助である
だが、日本は量より質の援助を実施し、そ
ため、
“互恵”として国益を掲げることにあ
れをきちんとアピールしなくてはならない。
まり抵抗を感じないのではないかとも考え
そして、中国の援助については、それが受
られる。
入国の人々の発展に役立つよう協力するこ
とが、日中双方にとって、また受入国にと
日本へのインプリケーション
っても利益となる。
現在の中国の援助は、自国の経済的利益
中国の対外援助は増えていく一方なのに
の追求を重視したタイドローン(ひも付き
対し、日本の ODA は削減される傾向にあ
援助)であり、それが国際社会から非難さ
る。援助額だけで貢献の度合いが測られる
れる原因の一つとなっている。これはかつ
8
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て日本も経験したことであり、日本国内で
登場する新興ドナー国は、DAC のルールを
は、
「ひも付き」であることが、即座に非難
そのまま受け入れるとは限らない。DAC メ
されるべき理由にはならないという反論も
ンバーであり、アジアの国でもある日本は、
援助研究者の間で登場していることは前述
援助実施に際して、これまで蓄積してきた
した。ただ、中国の援助が収賄に使われて
経験や知識を新興ドナー国に伝えながら、
いる、あるいは援助が実施される地域住民
より地域の実情に適合した援助のあり方に
の生活向上に役立ってないという指摘があ
ついて研究を進めていくべきである。そし
るのも事実である。かつて同様の批判を受
て、新興ドナー国を取り入れた援助の枠組
けながら援助の改善に取り組み、評価を受
み、たとえば「アジア版 DAC」の形成に向
けるようになった日本は、中国の援助に対
けて、リーダーシップを取っていくべきだ
して有効なアドバイスができるだろう。
ろう。
具体的には、中国の対外援助は、データ
の公開が不十分であること、援助決定の政
策決定過程が不透明でどのような方針や規
則に基づいて決定されているのかが分かり
にくいこと、援助先の住民や他の援助実施
機関などとの調整が不十分であることなど
の問題が見受けられ、それらの点について
改善を求めていくべきである。また、日中
が協力して、防災や環境保全のために効果
的な援助を行うことは、日中の戦略的互恵
関係の強化にもつながる。日本を始め、伝
統的な援助国の間で“援助疲れ”の症状が
広がるなか、中国や、他の新興ドナー国を
国際的な援助システムにうまく取りこみ、
協力しながら援助を行うことが、援助受入
国にとっても望ましい成果を生み出すだろ
う。
また、中国の対外援助について、被援助
国における中国のプレゼンスの高まりとい
ける中国のプレゼンスの高まりとい
う観点から着目されることが多いが、今後
は、中国が他の新興ドナー国と、既存のド
ナー・コミュニティーの規範に変更を加え
ていくという形でソフトパワーを発揮する
可能性があるという点も注意すべきである。
インドやシンガポールをはじめ、これから
ⒸPHP Research Institute, Inc 2009
9
『PHP Policy Review』
Web誌『PHP Policy Review』は、弊社研究員や国内外の研究者の方々の研究成果を、各号ごとに完結し
た政策研究論文のかたちで、ホームページ上で発表する媒体です(http://research.php.co.jp/policyreview/)。
HT
TH
グローバリズムの急展開、BRICS諸国の台頭、エネルギー資源の高騰、金融市場の混乱、絶え間なく
続くテロや地域紛争など、21世紀の世界は混迷を極めています。国内に眼を転じれば、少子高齢化社会、
増え続ける公的債務、東京一極集中、地域の衰退、教育の荒廃など、将来に向けて解決すべき課題が山積で
す。
これらの問題の多くは、従来からの発想だけでは解決できないものです。官民の枠を超え、様々な智恵が
求められています。
『PHP Policy Review』では、「いま重要な課題は何か。問題解決のためには何をすべ
2007 年~既刊テーマ一覧:
きか」を問いながら、政策評価、政策分析、政策提言などを随時発表してまいります。
Date/No
分野
タイトル・著者
2009.1.9(Vol.3-No.12)
外交・安全保障
2025年の世界とパブリック・ディプロマシー
外交・安全保障
防衛大綱をどう見直すか
地域政策
公共施設の有効活用による自治体経営改革
2008.12.10(Vol.2-No.11)
2008.10.08(Vol.2-No.10)
金子将史
金子将史
地域政策
教育
PHP総合研究所
主任研究員
PHP総合研究所
主任研究員
国土形成計画を道州制の練習問題とせよ!
荒田英知
2008.5.9(Vol.2-No.8)
主任研究員
-廃止をタブー視するな-
佐々木陽一
2008.7.22(Vol.2-No.9)
PHP総合研究所
PHP総合研究所
主席研究員
多様な選択肢を認める「教育義務制度」への転換
就学義務の見直しに関する具体的提案
亀田
2008.3.31(Vol.2-No.7)
地域政策
徹
PHP総合研究所
主任研究員
自治体現場業務から展望する道州制
窓口業務改善と指定管理者制度の波及効果
南
2008.2.29(Vol.2-No.6)
外交・安全保障
学
PHP総合研究所
客員研究員
官邸のインテリジェンス機能は強化されるか
鍵となる官邸首脳のコミットメント
金子将史
2008.1.24(Vol.2-No.5)
外交・安全保障
PHP総合研究所
主任研究員
中国の対日政策
-PHP「日本の対中総合戦略」政策提言への中国メディ
アの反応-
前田宏子
2007.12.13(Vol.1-No.4)
地域政策
地域政策
研究員
地方分権改革推進委員会『中間的な取りまとめ』を読む
佐々木陽一
2007.11.28(Vol.1-No.3)
PHP総合研究所
PHP総合研究所
主任研究員
政府の地域活性化策を問う
~真の処方箋は道州制導入にあり~
荒田英知
2007.10.24(Vol.1-No.2)
外交・安全保障
PHP総合研究所
主席研究員
日本のインテリジェンス体制
「改革の本丸」へと導くPHP総合研究所の政策提言
金子将史
2007.9.14(Vol.1-No.1)
地域政策
PHP総合研究所
主任研究員
「地域主権型道州制」は日本全国を活性化させる
江口克彦
PHP総合研究所
『PHP Policy Review』(Vol.3-No.13)2009 年 2 月発行
発行責任者 永久寿夫 制作・編集 PHP 総合研究所
〒102-0075 東京都千代田区三番町 5-7 3F
Tel:03-3239-6222 Fax:03-3239-6273 e-mail:[email protected]
代表取締役社長
PHP総合研究所とは
1946年に設立された独立の民間シンクタンク。創設者の松下幸之助
の願いであるPHP(Peace and Happiness through Prosperity:繁栄に
よって平和と幸福を)の実現に向けた研究活動に取り組んでいる。
これまで「学校教育活性化のための七つの提言」、
「2010年
日本へ
の提言-総合的で重層的な安全保障-」、
「地域主権型道州制」、
「日本の対
中総合戦略」やマニフェスト検証など、多くの研究・提言を発表してきた。
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