華南・アジアビジネスレポート 発行番号: 3号 発行日 - I

華南・アジアビジネスレポート
発行番号: 3号
発行日: 2011年6月
内容: カンボジア人事労務制度
筆者: I-GLOCAL CAMBODIA代表 山崎 / I-GLOCALグループ代表 蕪木
はじめに
海外に進出する企業にとって、現地の人事労務の制度・慣習の理解は重要な課題の一つであ
る。カンボジアも例外ではなく、円滑な事業運営のためにも、進出企業には現地法令や慣習に則
した実務が要求される。特にカンボジア進出予定企業に多い製造業にとって、労務の問題は操業
に直接かかわる重大な問題である。
安価で豊富な労働力を目的としたカンボジア投資が注目されているが、制度・慣習の理解不足
により、実際の進出後にストライキや各種手当の支払い等、想定外のコストや問題が発生することも
考えられる。いまだ日系企業の稼働が限られ参考となる先行事例も多くない現状からも、特に進出
企業には留意が必要な点と言えるだろう。
カンボジアシリーズ第3回の本稿においては、カンボジアにおける人事労務に関する制度概要と
留意点について説明する。
1.
労働関連の法令概要
カンボジアにおける労使関係、雇用条件等の労働に関する事項は、カンボジア王国憲法および
1997 年労働法(Law on Labor)により定められている。2007 年には労働法の一部条項の改正法も
発効し、その他、労働法の各条項を補足する大臣令も複数公布されている。
2.
募集・採用時の留意点
農業、縫製業といった産業が中心であったカンボジアでは近年、工業製品の組立工場等の企業
進出が増加傾向にある。しかしこうした新たな業態の場合、募集当初は思うように人材が集まらず、
実際の作業内容や労働環境が口コミで浸透して初めて、徐々に応募者が増加するといった状況
が見受けられる。
隣国のベトナムやタイでは労働者不足の問題を抱えているが、カンボジアは依然として豊富な労
働力がある。また、親日感情や日系企業の誠実なイメージが浸透しているため、同様の募集条件
でも日系企業への応募が優先される傾向があり、労働者の確保を懸念すべき状況にはない。
また、カンボジアの労働市場においては、ポルポト時代の影響から 30 代の人口割合が低く、管理
職人材が不足している状況にある。そのため管理職には、タイやベトナムの現地法人から人材を登
用するなどの対応をとる企業も見られる。
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3.
雇用に関する基本制度
[労働時間]
労働時間は 1 日8時間、週に 48 時間までとされており、週に1日は 24 時間の連続した休日を設
けなければならない。工場勤務では週 48 時間の勤務、オフィス勤務では、土曜日を午前勤務とし
週 44 時間勤務としている事例が多い。
[時間外労働]
時間外労働は通常1日2時間(1日の勤務時間が 10 時間)までとされている。それ以上の残業に
おいては従業員と雇用主との合意が必要である。時間外労働に対しては、通常の賃金の 50%増し
の賃金を支払う必要がある。また、時間外労働が夜間(午後 10 時~午前5時)や休日に行われる
場合には 100%増しの賃金を支払わなければならない。
[最低賃金]
労働法上、最低賃金は人間の最低限の尊厳を保証する額を支払うことと定められており、具体
的な金額の記述はない。しかし、縫製、製靴、繊維業界(以下、縫製業という)については業界団
体により最低賃金が規定されており、現行は 61 米ドルとされている1。また、皆勤賞2等の手当につ
いても定められており、実質の企業負担は最低賃金額より大きくなる。縫製業以外の業種において
は、縫製業の賃金・手当水準を基準に、各社の労働環境に応じて金額を設定している。
[雇用契約]
労働契約は、有期契約と無期限契約の締結が可能であり、有期契約の場合の契約期間は2年
までとされている。なお、有期契約の更新回数に制限はない。現状1年間の有期契約での雇用が
多いが、今後その期間の長期化、また無期限契約への移行が進められていくことが想定される。
[解雇]
無期限契約の場合でも、事前通知により契約の解除は可能である。事前通知期間は法令に定
められており、勤務期間に応じて事前通知期間は長くなり、10 年以上の勤務に対する3カ月の通
知期間が最長である。事前通知期間なく契約を解除する場合、企業は従業員に対し、規定される
通知期間に相当する賃金を支払わなくてはならない。従業員に重大な法律違反行為等があった
場合には、事前通知期間なしに契約の解除が可能である。
1
最低賃金は、最低給与 55 米ドル/月と COLA(Cost of Living Allwance)6 ドルの合計。直近では 2010 年 10 月に
改訂され、2014 年まで据え置きの予定とされる。
2
2011 年 3 月 1 日より、皆勤手当が 7 米ドル/月に、年功手当が1米ドル/月(1つの工場に 1 年以上就労した場合
に付与され、1 年ごとに$1/月ずつ、最大 11 年まで加算される。例:3 年勤務→年功手当$3/月)に改訂された。
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[退職金]
退職金に関しても労働法で定められている。退職金の金額は労働契約の定めに従うとされている
が、特に定めがない場合には、少なくとも契約期間中の賃金総額の5%を支払うことが規定されて
いる。
[外国人の就労]
外国人の就労には労働許可証の取得が必要となり、労働許可証の取得には長期のビジネスビザ
の取得や指定の病院における健康診断などが要求される。企業の運営に不可欠と考えられる雇用
を除き、カンボジア人従業員に対する外国人従業員の割合は制限されている。
労働許可証については明確な実務や、厳格な運営が確立していない状況にある。日本およびカ
ンボジアの官民合同での投資環境改善の取り組みの中でも議論がなされており、外国人労働者の
増加に伴い、対応が改変されていくことも考えられる。
4.
ストライキ
労働法上、ストライキの行使は、労働者の要求に関して仲裁委員会が法律に定められた期間内
に裁定を下さない場合、また争議の当事者が仲裁決定に従わない場合に認められる。ストライキは
行使の7営業日前に企業および労働省に対し事前通知することが求められ、暴力行為などを伴わ
ない平和的な行使が要求されている。
上記の手続きを踏まないストライキは違法ストライキとなるが、労働裁判所が違法ストライキである
ことを認めた場合、ストライキ参加者は違法の認定から 48 時間以内に職場へ復帰しなくてはならな
い。
カンボジアにおけるストライキの原因事例としては、賃金未払いや残業の強制、賃上げ・手当の
設定の要求などの一般的なものから、不当な解雇や労働法違反などの雇用主の制度の不理解に
起因するもの、宗教的な要求(神棚の設置)などカンボジア特有のものまで多岐にわたる。ストライ
キを未然に防ぐには、適切な制度理解と実務の遂行、現地労働者へ歩み寄った賃金体系や職場
環境の整備が必要であろう。また、ストライキ期間中は労働法上、給与や手当は支払われないとさ
れているため、従業員へのストライキに関する制度の周知も有効と考えられる。
おわりに
カンボジアでは現在、日系企業の新規の投資やその検討の動きが増加しているものの、いまだ
稼働している企業数は多くなく、適切な実務は確立されていない。上述の通り、カンボジアは縫製
業が産業主体であったため、それ以外の業種の進出に関しては特に留意が必要である。例えば、
従業員の採用の際に健康診断を行ったところ、結核等の感染症と診断された従業員が多く見られ
た事例がある。これは現行の健康診断の規定が縫製業を前提とした簡単な診断内容にとどまるな
か、特に衛生管理が重要と考えられる業種において独自に厳密な診断を行った結果によるもので
ある。その他、新規の業種の進出においては、管理職および技術者人材の確保が困難な状況な
どがあり、各企業はカンボジアの実情に即した柔軟な対策が求められることとなる。
今後、日系企業をはじめとしたさまざまな業種の投資の加速に伴い、制度そのものが改正されて
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いく事も十分に考えられる。現在、労働者の意識向上や理工系人材育成の枠組みなど、カンボジ
ア国内において人事労務環境の改善に向けた取り組みが見え始めているところでもある。
現地企業、外資企業ともに法令を尊重しない実務対応も多く見られる現状ではあるが、労働者
の安定的な確保、円滑な事業運営のためにも、カンボジア慣習に則した適切な実務遂行と、人事
労務に関する対策を積極的に講じていくことが進出企業には期待される。
※参考法令・文献
「Law on Labor (1997)」
「Amendment Law to Articles 139 and 144 of the Labor Law (2007)」
カンボジア開発評議会(2010)『カンボジア投資ガイドブック 2010 年 1 月』
財団法人海外職業訓練協会(2008)『カンボジア 雇用労働事情』
http://www.ovta.or.jp/info/asia/cambodia/pdffiles/06labor.pdf <2011 年 5 月アクセス>