第8章特別な病態 5 DIC DICの診断 DICの治療管理 Q:DIC の診断治療は? *)PIH 合併妊婦では常位胎盤早期剥離や HELLP 症候群など播種性血管内凝固症候群 (disseminated intravasucular coagulopathy;DIC)の発症に注意する(グレード A) 。 *)DIC の可能性がある場合には産科 DIC スコアを用いて DIC の臨床診断をおこない、 DIC と判定された場合には、PIH に対する降圧療法とともに速やかに抗 DIC 治療を開始す る(グレード A) 。 *)DIC の診断検査として、凝血隗観察テスト(clot observation test)や血液検査(血小 板数、フィブリノゲン値、FDP あるいは D-dimer 値、アンチトロンビン値など)測定を行 う(グレード A) 。 *)DIC 治療のための凝固因子補充としては、新鮮凍結血漿、アンチトロンビン製剤、血 小板減少に対しては濃厚血小板の輸血を行う(グレード A)。 *)DIC 改善後のフィブリノゲン値に注意し、VTE 発症に注意する(グレード B)。 産科 DIC の病態 DIC の診断と対応には止血機構の理解が不可欠である(第4章血液凝固線溶系の病態評 価参照) 。 種々の原因により凝固機転の亢進が起こり血管内で広範に血液が凝固し全身の細小血管 内に多数の微小血栓が形成され、最終的に凝固因子の欠乏から出血傾向を呈する。トロン ビンの産生亢進は炎症性サイトカインの誘導を引き起こし、組織因子発現からトロンビン 産生を亢進する。さらに二次的線溶能の亢進がすすむと出血傾向をさらに増悪する。 産科 DIC の病態としては常位胎盤早期剥離によく見られる子宮内圧の上昇の結果、脱落 膜、胎盤絨毛細胞の母体血中への流入もしくは母体血との接触が引き金になる形式がある。 脱落膜細胞には活性化マクロファージ、胎盤には絨毛細胞といった組織トロンボプラスチ ンの豊富な細胞が多い。これらの細胞膜は組織因子―フォスファチジルセリン・フォスフ ァチジルコリンミセル体(組織トロンボプラスチン)の形態をとっており、第 VIIa-第 VII 因子の受容体として働く組織因子がフォスファチジルセリン・フォスファチジルコリンを 伴うことで組織因子依存性凝固カスケードの急速な活性化の開始点となり、結果として消 費性凝固障害にいたるもので、少量の胎盤後血腫が全身性の消費性凝固障害を引き起こす 理由である。妊娠後期では妊婦フィブリノゲン値は約 300~600mg/dl あり、止血不良、出 血傾向などの2次血栓形成不良を示す臨床症状はフィブリノゲン値 100mg/dl 以下で発現 1 することが観察されており1)診断治療の目安となる。 循環血液量減少性ショックを伴うような多量出血により引き起こされる DIC とともに、 出血時の大量のコロイド液などの細胞外液輸液は、凝固因子を希釈し、希釈性の凝固障害 を引き起こし出血傾向をさらに増悪する機序が存在する2)。 循環血液量の減少から組織低酸素症、代謝性アシドーシスの結果、血管内皮細胞障害と なり血管内皮細胞膜上への組織因子の発現誘導から、トロンビン産生を亢進し DIC に移行 していく。 産科 DIC の診断: 産科 DIC の特徴は産科的基礎疾患と関連性が大きく、急性で突発的に発生する。 産科的基礎疾患として常位胎盤早期剥離、羊水塞栓症、DIC 型後産期出血(分娩時多量 出血に伴う弛緩出血、前置胎盤、産道裂傷など) 、子癇発作、HELLP 症候群などが挙げら れる。特に PIH 合併妊婦では常位胎盤早期剥離、子癇発作や関連疾患である HELLP 症候 群に合併する DIC 発症に注意する。臨床症状としては 1)止血しにくい出血、凝血塊の乏しいさらさらした出血、2)皮下・鼻・歯肉などの出 血3)縫合した創部や注射孔など出血するはずのない部位からの出血に注意する。 こうした症状の出現は DIC がすでに完成しつつあることを疑わせる。産科 DIC は臨床症 状がすべて完成する前に対応すべきであり、産科 DIC への移行が想定される場合には基礎 疾患や臨床症状を重視した産科 DIC スコア3)(表―1 2009年版ガイドライン表1を 使用する)に基づいて速やかな治療開始を推奨する。国際血栓止血学会の overt DIC 診断 基準は、産科 DIC スコアと比較して検査結果に重点をおいたもので参考とする。 (表-2) 4) 。 血清フィブリノゲン値は簡便で非常に参考となるが、緊急検査が困難な施設ではその結 果を待つことなく15分程度で判定できる簡便なベッドサイド検査を考慮する。(図―1 産科 DIC ベッドサイド検査) 。 産科 DIC の治療管理: 産科 DIC の治療の原則は基礎疾患の除去、抗 DIC 療法、抗ショック療法であることに留 意する。 1)基礎疾患の除去 出血や DIC の原因が子宮内の胎児胎盤にある場合は循環動態が安定している限りは速や かな娩出が基礎疾患の除去となり、経腟的急速遂娩や帝王切開術の適応となる。 常位胎盤早期剥離では(第8章 特殊な病態3.常位胎盤早期剥離参照)DIC を増悪さ せる可能性はあるが、児が生存し胎児機能不全状態の時のみ、帝王切開術は児の神経学的 予後改善につながる可能性がある。しかし、大量の出血があり輸血による十分な凝固因子の 補充が行なえない、もしくは産科的に経腟分娩が行えない場合を除いて既に児が死亡して いる状態では人工破膜をし経腟分娩を行うことを薦める意見もある。十分な循環血漿量を 維持し凝固因子の補充が可能ならば分娩までの時間に制限はないとするものであるが、産 2 科 DIC では腎障害など DIC に伴う臓器障害への進展は急速であり、一般臨床において DIC の程度とその後の臓器障害の予測が十分評価できないことも多い。産科ガイドライン20 14では DIC の評価・治療を行いながら、積極的経腟分娩促進または緊急帝王切開が選択 される5)。 2)抗 DIC 療法 抗DIC療法の主体は薬物療法であるが、新鮮凍結血漿、濃厚血小板、クリオプレシピテー トを別として多くの製剤について安全性と有用性についての大きなRCTはなく、十分なエビ デンスがあるとは言えない6)。病態に応じた治療指針が示されているが、産科領域につい ては乏しい7)。 抗 DIC 治療としては以下の薬物療法を状況に応じて考慮する。 1)新鮮凍結血漿 フィブリノゲンを含む凝固因子の補充に有効で、止血不良などの2次血栓形成不良を示 す臨床症状の発現するフィブリノゲン値 100mg/dl 以下もしくは異常 PT 値 aPTT 値の例 では直ちに投与開始を推奨する。消費性凝固障害、希釈性凝固障害例において用いる。 カルシウムキレート剤による低カルシウム血症に注意する。産科 DIC では治療が奏効した 場合、急速にフィブリノゲンの消費が改善し、フィブリノゲン産生が亢進した状態が継続 するために、高フィブリノゲン血症を示すことが多い。そのため DIC 改善後の輸血に伴う フィブリノゲン値に注意し、VTE 発症に注意する(第4章妊婦管理抗凝固療法参照)。 2)濃厚血小板 1次血栓である血小板血栓形成不良に伴う出血傾向により、さらに凝固因子を消費する ことを回避するために投与する。 外科的治療を要さない患者でも血小板数の急激な1万/μL 以下への低下は出血傾向を示 すことが知られ、補充をおこなうことを推奨する。特に帝王切開術では外科的手技に伴う 出血により凝固因子や血小板の大量消費が予想され、5万/μL 以下では十分な補正を推奨 する。 3)アンチトロンビン(アンスロビン P®、ノイアート®) DIC の原因であるトロンビンの産生によりアンチトロンビンは大量消費されている可能 性が高く、トロンビン産生を抑制するために投与を推奨する。アンチトロンビンによる LPS 刺激単球からの IL-6 の産生抑制や抗サイトカイン療法剤としての側面を持つ。1500~3000 単位/日の点滴静注を行なうが、DIC では消費が亢進しており、半減期も短縮しているため 活性 100%以上を目標に補正する。 保険診療上は血中活性 70%以下での投与とされているが、アンチトロンビン活性の測定 は時間を要することも多く、投与前採血の結果を待たず、DIC と診断された時点での投与 が推奨される。本剤は副作用はほとんどなく有効性が高いので、その使用をためらわずに 行なう。 3 4)未分画ヘパリン(ノボヘパリン®、カプロシン®)低分子ヘパリン(フラグミン®) ヘパラン硫酸(オルガラン®) 未分画ヘパリンはアンチトロンビンと複合体を形成しトロンビンかつ第Xa因子の抑制作 用を示す。低分子ヘパリンはトロンビン阻害作用は小さく第Xa因子を選択的に阻害する。 産科DICといったアンチトロンビン活性の50%以下の低下を伴う可能性のある場合ではア ンチトロンビンの投与が必要である。ただ、過凝固状態から非常に短時間に線溶亢進状態 に至っていると判断される場合にはヘパリンの使用は推奨しない。 線溶亢進型DIC においては、出血症状が特に著しく臨床上の管理が難渋する場合には、 ヘパリン類の併用下にDIC に対して通常禁忌とされている抗線溶療法が適応となりうる場 合がある。ただし、DIC に対するトラネキサム酸(トランサミン®)などの抗線溶療法は、 VTEや臓器障害の合併の報告があり、適応や使用方法を誤ると重大な合併症をきたすこと になり、注意が必要である(表-3)8)。抗線溶療法は専門医コンサルトが推奨される。 未分画ヘパリンでは 10000~15000 単位/日の点滴静注が推奨される。 低分子ヘパリンは 4000~5,000 抗 FXa 国際単位/日の点滴静注が推奨される。 5)多価酵素阻害剤 ウリナスタチン(ミラクリッド®) 、メシル酸ガベキセート(FOY®) ウリナスタチンはトリプシン阻害、白血球エラスターゼ阻害などの作用を有し、抗ショ ック、腎血流改善を図る。100000~300000 単位日静注が推奨される。 メシル酸ガベキセートは抗トロンビン作用、抗第 Xa 因子作用、抗プラスミン作用、抗ト リプシン作用を有する。1000~2000mg/日持続点滴静注が推奨される。ただし抗 DIC 療法 として単独投与は推奨しない。 6)活性化プロテイン C(アナクト C®) トロンビンにより活性化された第 Va 凝固因子、第 VIIIa 凝固因子を補酵素であるプロテ イン S とともに失活させ、凝固抑制する。常位胎盤早期剥離 DIC 例での新たな治療 9)や重 症敗血症においては有効性10)が報告されているが、第1選択としては推奨しない。 7)遺伝子組み換え血液凝固第 VII 因子製剤(ノボセブン®) 本来は第 VIII 因子または 第 IX 因子に対するインヒビターを保有する先天性、後天性血 友病患者に適応のある遺伝子組み換え活性型第 VII 因子製剤である。DIC に対し FFP によ る十分な凝固因子の補充とアンチトロンビンによる過剰なトロンビン産生の抑制が行われ ていると考えられるにもかかわらず、局所の止血が困難な例において効果的に止血が得ら れる例がある 11)。循環動態が不安定である例や子宮全摘出術による再度の DIC の重症化が 予想される例で、塞栓術によっても止血が図れない場合などでの投与が考慮される。ただ し、同剤投与のあと FFP の投与を行うと VTE を惹起する可能性に留意する。 8)遺伝子組み換えヒトトロンボモヂュリン(リコモジュリン®) 活性化プロテイン C 投与と比較して、過剰なトロンビン産生のみを抑制することから出 血の危険度は低下する。救急医学ではその有用性が次第に示されてきているが12) 、妊産褥婦においては十分なデータの蓄積はなく、第1選択としては推奨しない。 13) 4 引用文献: 1. 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