日本におけるアイスホッケー選手の一貫指導について ―ゴールキーパー

日本におけるアイスホッケー選手の一貫指導について
―ゴールキーパー育成プログラムの試案―
宮崎
晃行
北海道教育大学札幌校・岩見沢校大学院
概
教育学研究科
要
本研究は、日本のアイスホッケー界が置かれている現状とアイスホッケーにおけるゴールキーパー(以下
GK とする)の重要性、さらに日本における GK 育成環境に焦点をあて、日本におけるアイスホッケー選手の
一貫指導のための GK 育成プログラムの試案を作成することを目的とした.GK 育成プログラムは、海外のア
イスホッケー選手育成プログラムや欧州サッカーの選手育成プログラムと比較・検討した結果、発育発達段階
に応じたトレーニングについて共通する考え方に基づいている.GK 育成プログラムは、ゲーム状況における
GK の課題との関わりを重要視し、年代ごとに目標とするテーマやトレーニングにおいて取り組むべき技術や
戦術などから構成した.
Ⅰ
序論
1.背景
アイスホッケーの起源については諸説あるが、ルールが定められたのは 1879 年、カナダのモントリオール
にあるマックギル大学の学生らがフィールドホッケーとラグビーを組み合わせた競技ルールを考案したとさ
れる.その後北米大陸で発達したアイスホッケーはヨーロッパへと広がり、1908 年スイスにて国際アイスホ
ッケー連盟(IIHF)が設立された.当初の加盟国はフランス、ボヘミア(現在のチェコ共和国西部)
、イギリ
ス、スイスおよびベルギーであった.冬季オリンピックでは 1924 年シャモニー大会から実施されている.
牧野(1981)によると、日本では 1915 年に平沼亮三氏が初めて防具を輸入し、長野県の諏訪湖スケート会
に寄贈したと云われている.それから 8 年後の 1923 年(大正 12 年)には北海道帝国大学(現在の北海道大
学)の本科と予科が日本国内で初めてアイスホッケーの試合を行ったとされている.
日本国内におけるトップリーグである日本アイスホッケーリーグ(日本リーグ)は 1966 年に 5 チーム(西
武鉄道、王子製紙、古河電工、岩倉組、福徳相互銀行)で発足した.その後、1972 年福徳相互銀行は廃部し
たが、西武鉄道から国土計画(後のコクド)が分割することでチーム数は維持された.1974 年に十條製紙(現
在の日本製紙クレインズ)が加盟し 6 チームになった.1979 年岩倉組が廃部となるが、雪印がチームを引き
1
継ぐことでチーム数は維持されてきた.
しかし、1999 年には古河電工の廃部を受けて、クラブチームの日光アイスバックスが設立、2001 年には雪
印が廃部になるが、クラブチーム札幌ポラリスが引き継いだものの 1 年で休部となり、日本リーグは 5 チーム
体制にかわる.さらに 2003 年には西武鉄道が廃部になりコクドに一本化されることでチーム数は 4 チームへ
と縮小した.このような状況の中、中国、韓国のチームとともにアジアリーグを立ち上げるに至った.しかし、
前身のコクド時代から幾度となく優勝を飾ってきた SEIBU プリンスラビッツが 2008-2009 シーズンを最後に
廃部することになった.
内ヶ崎(1999)はオリンピックと関連付けて日本アイスホッケー史を振り返っている.そこでは、明治から
戦前を「草創期」
、戦後からを「成長期」
、1972 年の札幌オリンピック前後からを「飛躍期」、1984 年のサラ
エボ大会の出場を逃してからを「低迷期」
、長野オリンピックの開催が決定した 1991 年からを「変革期」
、長
野大会以後を「混迷期」としている.
先のトリノ大会での女子カーリングチームの活躍や、北京大会でのフェンシングでの太田選手の銀メダル獲
得でわかるように、日本のマイナースポーツにおけるオリンピック出場の影響は大きく、オリンピック出場は
日本アイスホッケー界にとっても悲願であると云える.しかし、2009 年 2 月 5 日から 8 日にかけてドイツ、
ハノーバーで行われた 2010 年バンクーバーオリンピック最終予選で、
ドイツ(2008 年世界ランキング 10 位)
、
スロベニア(同 15 位)
、オーストリア(同 16 位)と対戦した男子アイスホッケー日本代表(同 22 位)は、
グループリーグの 3 位に終わり、ソルトレイクシティー、トリノに続き 3 大会連続でオリンピック出場を逃し
た.
オリンピックの出場枠は 1988 年のカルガリー大会以来、1998 年の長野大会と 2002 年のソルトレイクシテ
ィー大会(ともに 14 カ国)を除いて 12 カ国であり、国際アイスホッケー連盟(以下、IIHF)が毎年発表し
ている最新の世界ランキングにおいて、21 位の日本はオリンピック出場争いからは一歩後退していると云わ
ざるを得ない(表 1)
.なお、バンクーバー大会の出場国は 12 カ国であるが、2008 年の世界ランキング上位 9
カ国であるカナダ、ロシア、スウェーデン、フィンランド、チェコ共和国、アメリカ、スイス、スロバキア、
ベラルーシが予選免除となっている.
さらに 3 組に分かれて行われた最終予選の各組 1 位チームであるドイツ、
ラトビア、ノルウェーの 3 カ国が本大会出場を決めている.
毎年開催されている世界選手権において、1998 年から 2004 年までの間は極東枠が設けられ、日本代表チー
ムは極東代表としてトップディヴィジョンに参加していたが、36 試合で 32 敗 4 引き分けと 1 つも勝ち星を挙
げることはできなかった.その結果 2005 年からはトップディヴィジョンの一つ下のディヴィジョンⅠにラン
クされている.ディヴィジョンⅠでの 2005 年以降の成績は 25 試合 13 勝 12 敗と、トップディヴィジョンへ
の昇格は悲願であると同時に、越えられない壁となっている.
このように、オリンピック予選や世界選手権での成績、さらに世界ランキングの変遷から日本がオリンピッ
クの本大会を争う国際舞台の中で競争力が低いことは明らかである.
オリンピック出場・メダル獲得を目標として、日本アイスホッケー連盟は“日本アイスホッケーのヴィジョ
ン”を提示している.
(図 1)そこでは、世界選手権 A グループ定着とオリンピック出場のために世界で活躍
する選手の輩出を目指している.
2
④オリンピック出場・メダル獲得
②世界で活躍する選手を排出
③世界選手権Aグループ定着
①コーチレベルを上げる
図 1 日本アイスホッケーのヴィジョン(日本アイスホッケー連盟 HP より抜粋)
海外へ挑戦した日本人選手を見てみると、2002-2003 シーズンに、現日本代表の鈴木貴人選手(現在日光ア
イスバックス)がイーストコーストホッケーリーグ(ECHL)の Charlotte Checkers に所属.レギュラーリ
ーグ 72 試合に出場し、24G、25A、49P の好成績を残した.その翌シーズンの 2003-2004 シーズンには伊藤
賢吾選手(現在日本製紙クレインズ)が同チームに所属し 63 試合に出場.4G、16A、20P であった.両選手
ともにシーズンを通してコンスタントに出場を果たしたが、1 シーズンのみの海外挑戦であった.
2007 年 10 月には、日本製紙クレインズから西脇雅仁が、ECHL の Dayton Bombers と契約.2007-2008
レギュラーシーズン 64 試合、14G、17A 、31P、プレイオフ 2 試合、1A、1P の成績を残した.
高橋一馬選手は 2006-2007 シーズンに SPHL の Richmond Renegades でプレー.2007 年から 2009 年まで
の 2 シーズンを ECHL の Utah Grizzlies でプレーした.Utah では通算、44 試合出場、5A、5P であった.
2008 年 5 月には、河合卓真選手が所属するチームが、カナダ・メジャージュニアのケベックメジャージュ
ニアホッケーリーグ(QMJHL)で優勝を果たした.日本育ちの選手としては、QMJHL でのプレーも、優勝
も史上初の偉業となった.QMJHL はカナダのジュニアリーグの最高峰のうちの一つで、同リーグを経て NHL
にドラフトされる選手が毎年多数いることで知られている.
また、2009 年には、日本代表 FW の田中豪選手がドイツリーグの 2 部 ESV Kaufbeuren と契約している.
このように海外に挑戦した日本人のフィールドプレーヤーは複数いるものの、世界最高峰の舞台であるナシ
ョナルホッケーリーグ(NHL)よりも 2 つ下のマイナーリーグである ECHL での挑戦にとどまっている.
一方日本の GK の中では 2003 年、春名真仁選手(現王子イーグルス)が日光アイスバックスから北米の独
立マイナープロリーグ、UHL の Quad City Mallards へ移籍.1 シーズンのみの挑戦ではあったが、20 試合、
1195 分の出場で、防御率(GAA)3.16、セーブ率(Sv%).895 であった.
2004 年には、福藤豊選手が NHL のドラフトで Los Angels Kings からの指名を受け(全体 238 番目)、NHL
からドラフトを受けた 2 人目の日本人選手となった.その後 2004 年から 2008 年までの 4 シーズンにわたり
主に ECHL とアメリカンホッケーリーグ(AHL)でプレーした.AHL は NHL の 1 つ下のマイナープロリ
ーグである.2007 年 1 月には NHL の Los Angels Kings へ昇格し、4 試合に出場.同リーグでプレーした初
の日本人選手となった.
日本人選手の中で、世界最高峰の NHL やその 1 つ下の AHL でプレーした経験を持つのは GK の福藤選手
ただ一人であることから、現在の日本において GK が世界の舞台に近いポジションであると云えるのではない
だろうか.
3
表 1 世界ランキングの変遷
World Ranking
2003
2004
2005
2006
2007
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
2008
2009
Russia
Canada
Sweden
Finland
USA
CzechRepublic
Switzerland
Belarus
Slovakia
Latvia
Norway
Germany
Denmark
France
Italy
Austria
Slovenia
Kazakhstan
Ukraine
Hungary
Japan
Poland
Lithuania
Netherlands
GreatBritain
Croatia
Estonia
Romania
China
Korea
Australia
Serbia
Belgium
Spain
Bulgaria
Israel
Iceland
Mexico
NewZealand
SouthAfrica
Turkey
Ireland
DPRKorea
Luxembourg
Mongolia
Greece
BosniaandHerzegovina
Armenia
SCG
4
2.GK の重要性
アイスホッケー、サッカー、フットサル、ハンドボール、ラクロス、水球など多くの球技において GK とい
うポジションが存在する.その中でもアイスホッケーの GK の重要性について若林(2004)は、あらゆる集
団ボールゲームの中でもトップクラスのセーブ率(ゴール枠内に飛んできたシュートをセーブした率)を誇っ
ていると述べている.(表 2)他の種目に比べてセーブ率が高い理由としてはゴールマウスの面積が関係して
いると考えられる.
表 2 各球技の GK の比較(若林(2004)より抜粋)
競技
ゴールマウスの面積
トップリーグの平均セーブ率
サッカー
7.32m × 2.44m = 17.86 ㎡
69%
ハンドボール
3.00m × 2.00m = 6.00 ㎡
35%
ラクロス
1.83m × 1.83m = 3.35 ㎡
45%
アイスホッケー
1.83m × 1.54m = 2.82 ㎡
91%
全ての種目の GK に共通していることは、ゴールを直接守っているのは GK しかいないためミスが失点につ
ながることだろう. GK の責任の重さについてウェルッシュ(2005)は「サッカーは GK がミスをするまで
はチームゲームであるが、ミスを犯してからは個人スポーツになる」という言葉を紹介している.このような
プレッシャーと常に闘いながらゴールマウスを守る GK には技術面、身体能力、精神面と様々な要素が求めら
れる重要なポジションであると云える.
1980 年代一人の天才の登場がアイスホッケーに大きな影響を与え、スコアリング優勢の時代を迎えた.1979
年から 1999 年まで NHL でプレーしたウェイン・グレツキーは、通算最多ゴールや通算最多アシスト、通算
最多ポイントなど 61 個にも及ぶ NHL 記録を樹立.オールスター出場 18 回、ハート・トロフィー(リーグ
MVP)獲得 9 回など華々しい活躍を見せ、80 年代のエドモントン・オイラーズなどで黄金時代を築いた.現
在でも「シュートを打ってそのリバウンドをたたく」「ダンプインで放り込んでチェックをしかける」という
直線的でフィジカルに秀でたスタイルが典型的なカナダホッケーのステレオタイプとして語られるが、カナダ
人であるグレツキーはゴール裏のスペースを巧みに利用してそこからラストパスでアシストし、パスで GK を
横に動かしてゴールを量産した.なお、グレツキーの代名詞とも云える背番号 99 は NHL で史上初のリーグ
全体の永久欠番になっている.
得点戦術が発展した時代に、フランソワ・アレール(現 Toronto Maple Leafs GK コーチ)は体系的なゴー
ルテンディングの必要性を痛感し、統計的分析に基づいたゴールテンディングを生み出した.それは、統計的
に最も多いゴール下部へのローショットをセーブするバタフライの技術と、展開の速い現代のホッケーに対応
するための横方向へのスケーティングを重視したものであった.アレールはカナダの名門チーム、モントリオ
ール・カナディアンズの GK コーチに就任.当時、NHL でも GK 専用のコーチを置くことは画期的な出来事
であった.そこでアレールの指導を受けたパトリック・ロワは、3 度のヴェジナ・トロフィー(最優秀 GK)
を受賞するなど NHL 最高峰の GK として活躍した.また、長野オリンピックでチームを金メダルに導いたチ
ェコ代表の GK、ドミニク・ハシェックは NHL のセーブ率ランキング首位を 6 度、2 度のハート・メモリア
ル・トロフィー(リーグ MVP)、6 度のヴェジナ・トロフィー受賞などリーグを代表する GK として活躍した.
このように 80 年代のグレツキーを中心としたスコアリングの時代から、90 年代のロワやハシェックを中心に
5
したゴールテンディングの時代へと NHL における GK に対する認識は大きく変わったと云える.それに伴い
アイスホッケーにおける GK の重要性は近年増している.かつて GK と云えば体が大きくスケーティングの下
手な子どもがさせられるものというイメージがあったが、近年カナダではスケーティングも上手く、運動能力
の高い子どもが GK をやりたがるようになったと云われている.
表 3 Vezina Trophy 受賞者(1982 年以降)の主な成績
Season
Winner
Team
Sv%
GAA
1981-82
1982-83
1983-84
1984-85
1985-86
1986-87
1987-88
1988-89
1989-90
1990-91
1991-92
1992-93
1993-94
1994-95
1995-96
1996-97
1997-98
1998-99
1999-2000
2000-01
2001-02
2002-03
2003-04
2005-06
2006-07
2007-08
2008-09
Billy Smith
Pete Peeters
Tom Barrasso
Pelle Lindbergh
John Vanbiesbrouck
Ron Hextall
Grant Fuhr
Patrick Roy
Patrick Roy
Ed Belfour
Patrick Roy
Ed Belfour
Dominik Hasek
Dominik Hasek
Jim Carey
Dominik Hasek
Dominik Hasek
Dominik Hasek
Olaf Kolzig
Dominik Hasek
Jose Theodore
Martin Brodeur
Martin Brodeur
Mikka Kiprusoff
Martin Brodeur
Martin Brodeur
Tim Thomas
New York Islanders
Boston Bruins
Buffalo Sabres
Philadelphia Flyers
New York Rangers
Philadelphia Flyers
Edmonton Oilers
Montreal Canadiens
Montreal Canadiens
Chicago Blackhawks
Montreal Canadiens
Chicago Blackhawks
Buffalo Sabres
Buffalo Sabres
Washington Capitals
Buffalo Sabres
Buffalo Sabres
Buffalo Sabres
Washington Capitals
Buffalo Sabres
Montreal Canadiens
New Jersey Devils
New Jersey Devils
Calgary Flames
New Jersey Devils
New Jersey Devils
Boston Bruins
記録なし
.904
記録なし
.899
記録なし
.902
.881
.908
.912
.910
.914
.906
.930
.930
.906
.930
.932
.937
.917
.921
.931
.914
.917
.923
.922
.920
.933
2.97
2.36
2.84
3.02
3.32
3.00
3.43
2.47
2.53
2.47
2.36
2.59
1.95
2.11
2.26
2.27
2.09
1.87
2.24
2.11
2.11
2.02
2.03
2.07
2.18
2.17
2.10
表 3 は、1981-82 シーズンから現在に至るまでの歴代 Vezina Trophy(ヴェジナ・トロフィー)受賞者の主
な成績である.Vezina Trophy とは、NHL においてそのシーズンの最優秀 GK に贈られる賞である.1926-27
シーズンから表彰されている同賞は当初シーズン最少失点 GK に与えられていたが、1981-82 シーズンからは
NHL の各チームの監督による投票によって決定されている.80 年代の受賞者の成績は、
セーブ率.881 から.912、
防御率 3.43 から 2.36 の範囲であるが、2000 年代になるとセーブ率.914 から.933、防御率 2.18 から 2.02 の
範囲と 80 年代に比べ受賞者の成績が向上していることがわかる.
表 4 Tim Thomas 選手の 2008-09 シーズンの成績
Player
Tim Thomas
Team
GP
BOS
54
Sv
1580
Sv%
W
L
.933
36
11
OT
7
GA
114
GAA
2.10
SA
1694
SO
G
A
5
0
1
PIM
TOI
6
3,258:49
表 4 は、NHL の 2008-09 シーズンセーブ率ランキングトップの Tim Thomas 選手の成績である.彼は、1
試合当たり約 31.4 本のシュートを受け、その内の約 29.3 本をセーブ、失点は 2.10 点であった.彼から 1 点
6
を取るために約 14.9 本のシュートを打たなければならない計算になる.これが仮に平均的なセーブ率(91%)
だった場合は、1 試合当たり約 31.4 本のシュートで約 28.6 本をセーブ、失点は約 2.8 点にもなり、1 試合当
たり 0.7 点も違いが出ることになる.
このように GK に対する認識の変化は成績の向上にも表れている.現在の GK は以前よりも高いパフォーマ
ンスが要求されていると云えるだろう.日本から世界の舞台で活躍する GK を輩出するためには先進的な取り
組みが必要とされる.
3.日本における GK 育成の現状
アイスホッケーに限らず、これまでの日本のスポーツを支えてきたのは学校スポーツであった.多くの子ど
もが小学校のチームでスポーツをはじめ、中学校、高校、大学と各学校制度の中で競技を続けてきた.
学校スポーツ、主に部活動に関して、スポーツ振興基本計画では、少子化、運動以外の活動への興味・関心
等により運動部活動への参加生徒数は減少していることに加え、指導できる教員がいない等の理由によりチー
ムを編成することや、単独の学校で運動部活動を継続することが困難になってきている種目もあるという現状
について述べている.それに対する今後の具体的な施策として、複数校合同運動部活動等の推進、運営の見直
し、学校体育大会の充実などを挙げている.学校体育大会については、学校外のスポーツ活動の状況を踏まえ、
地域スポーツクラブの参加の道を開くなど参加条件の弾力化を図ることや、様々な競技レベルでも多く試合を
楽しむことができるような大会の開催などが検討課題とされている.
しかし、学校スポーツのシステム自体の問題点を指摘する声もある.関岡(2006)は中学校等の部活動では
指導者や施設、生徒数等といった要因で、選択できる種目が十分に用意されているわけではなく、そのような
中で、競技適性もわからないまま仕方なく部活動を選択する生徒も多いことから、学校制度が他の競技への可
能性の芽を摘んで早期専門化を進めるシステムとして機能していると述べている.また、コーチや指導者は、
例えば中学校の 3 年間のように自分がコーチングする期間での結果を求めようとしがちであり、この結果、発
育・発達にそぐわない技術を求めたり、過度のトレーニングを期待したりすることによる障害等を問題視して
いる.
また、清水(2006)は、受験等によるトレーニング活動の停滞の面から、全国大会は発育・発達の面から、
学校制度ごとのスポーツが競技力向上と一貫指導システム構築の障害となっていると述べている.
アイスホッケーの盛んな苫小牧市において、かつては多くの小学校にアイスホッケーの同好会があった.小
学生の競技人口について、中島ら(2004)の調査によると 2003 年の時点で 13 チーム 295 人いたが、2009
年現在、チーム数は 5 チームにまで減っており、アイスホッケー離れの加速による合同チーム化が大きく進展
している.
2000 年に行われた第 1 回全国中学生アイスホッケークラブ大会に際して、当時の北海道アイスホッケー連
盟片岡専務理事は、「今大会を日本アイスホッケー連盟のジュニア強化の一環と考えている。学校の部単位で
は選手の強化は難しい。小、中、高と一貫した教育体制を確立したいと考えている。」と学校単位の限界と一
貫した長期育成の必要性を訴えている.
スポーツ振興基本計画の中では、国際競技力の向上を推進していくことが謳われている.具体的にはアトラ
ンタオリンピックでのメダル獲得率が 1.7%まで低下していることを踏まえ、早期にメダル獲得率 3.5%に到
達するためにトップレベルの競技者の育成・強化のための施策を推進していくとしている.そのためにジュニ
ア期からトップレベルに至るまでの一貫した理念に基づき最適の指導を行う一貫指導システムの構築を必要
7
不可欠な施策として挙げている.
このように現状では、学校制度という大きな枠組みの中でアイスホッケーが行われているが、その問題点と
して、短期で結果を求めるあまり年代にそぐわない指導を課すことでその選手が最も競技力を発揮するピーク
を最高の高さまで引き上げることができない可能性があることが挙げられる.次にオーバーワークによる障害
や燃え尽き症候群などによってその種目自体を止めてしまうことも大きな問題である.スポーツは競技以外に
もレクリエーションとしての側面や支えるスポーツなど多様な関わりが生涯にわたって続く中で、結果や過度
の競争に直面することで、多くの子どもたちがスポーツ自体から離れてしまうことは非常に残念なことである.
これらの問題点や指摘に対して、長期育成、一貫指導という新しい考え方への関心が高まってきている.
さらに、指導現場で実際に行われている練習について目を向けると、これもアイスホッケーに限られた問題
ではないが、フィールドプレーヤーのシュートを受けるのが GK の練習であるという認識は未だに残り、従っ
て GK の専門練習が時間・空間・内容の面で確立されていないことが大きな問題となっている.
日本代表 GK コーチの Andrew Allen(2009)は GK がセービングを行う時に次の 3 つのステップを踏まな
ければならないと述べている.
ステップ 1. シュート前の準備とポジショニング
ステップ 2. セービング
ステップ 3. リカバリー
ステップ 1 については、ゴールキーパーがシュートを打たれる前にポジションに入ることである.ステップ
2 のセービングは、ステップ 1 を効率よく行うことで、バランスの良い安定したポジションで集中して行うこ
とができる.GK の仕事は、セーブした時点で終わるわけではなく、その後もパックの動きを追い続け、リバ
ウンドに備えてポジションに入るのが、ステップ 3 のリカバリーである.
若林ら(2004)は、準備(セーブ前の仕事)→セーブ→処理(セーブ後の仕事)という 3 つにゴールキー
ピングの流れを分けており、GK も GK コーチもこの仕事の流れをよく理解しておくことが必要であると述べ
ている.
このように、フィールドプレーヤーのシュートを繰り返し受けるだけでは、3 つのステップのうちの 1 つだ
けを行うことになり、シュート練習が必ずしも GK の練習になっていないと云える.よって練習のうちから 3
つのステップを意識して行うことが GK の専門練習には必要である.
JIHF 主催の公認アイスホッケー指導員の資格講習では、GK 専用の練習時間やスペースを確保することを
指導しているが、アイスホッケーでは、多くのチームでまだ GK コーチがいない状態であり、さらに指導者の
GK のプレーに対する知識や GK 専用練習の必要性に対する認識が低く、GK 専用の時間やスペースが確保さ
れていないのが現状であり、早急に改善を要する事態である.
4.目的
このように国内の競技環境の悪化や、国際競技力が低下している中で、世界選手権 A グループ定着やオリン
ピック出場のために、日本アイスホッケー連盟のホームページでは、コーチレベルの向上を目指して GK 指導
のアウトラインやドリルを紹介している.しかし、その中では年代別の指導について具体的に提示されていな
いため、どの年代でどのような指導をするべきなのかは個々の指導者に委ねられている状況である.
また、学校制度に基づく指導や実際の練習場面での GK に対する認識の低さという問題点に着目すると、長
8
期的な視野で専門的、計画的な練習が必要なのは明らかである.そのための新しい GK 指導が確立される必要
がある.
そこで本研究では、世界の舞台に最も近いポジションであると云える GK に焦点をあて、発育発達段階を考
慮した、専門的な一貫指導システムとしての GK 育成プログラムの試案を作成し、それに基づく GK 指導を提
案することを目的としている.育成プログラム試案の作成にあたっては、子どもの発育発達段階に関するこれ
までの知見を取り入れるとともに、海外の先進国の育成プログラムや選手育成の分野で優れた成果をあげてい
る欧州サッカーの育成プログラムとの比較による検討を行った.
9
Ⅱ
方法
本研究では、文献研究により以下について分析を行い、GK 育成プログラムの試案を作成した.
(1)アイスホッケーの競技特性
(2)一貫指導プログラム
(3)海外のアイスホッケーにおける選手育成プログラム
(4)他競技の選手育成プログラム
(1)については、用具や競技場、ルール等競技を規定するものについての検討に加え、これまで先行研究
により明らかになっている運動科学の知見も参考にした.
(2)については、子どもの心的成長や身体的成長に
ついてのこれまでの研究を概観すると同時に、スポーツ振興基本計画でも重要な位置付けをされている一貫指
導について分析を行った.
(3)については、アイスホッケー先進国と云われる強豪国の選手育成法を参考にし
た.特に前回のトリノ大会で金メダルに輝いたスウェーデンと、最も歴史と伝統のあるホッケー大国の一つで
あるカナダのプログラムを分析した.(4)については、GK が存在する他競技の中でも最も競技人口も多く、
選手育成に関して先進的な欧州サッカーのプログラムを分析した.
1.アイスホッケーの競技特性
アイスホッケーは、長さ 56~61m×幅 26~30mのリンク上でそれぞれ 6 名(通常フィールドプレーヤー5 名、
ゴールキーパー1 名)からなる 2 チームが氷上をスケーティングしながら 1 つのパックを奪い合い、得点を競
うゲームである.リンクの周りは氷面からの高さが 1.17m~1.22m の木製あるいはプラスチック製のボード
で囲われている.選手はプレーの途中や中断中、いつでも交代することができるという大きな特徴がある.通
常の試合は正味 20 分間の 3 つのピリオドと 2 回の 15 分間のインターミッションからなる.この 3 つのピリ
オドを通して得点の多かったチームが勝者となる.
アイスホッケーは、グリフィンら(1999)の分類に従うと、得点を取るために相手の陣地に侵入することが
目標となる「侵入型ゲーム」であり、同じ侵入型ゲームであるサッカーやバスケットボールと類似した戦術的
課題を持っている(表 5)
.また、シュティーラーら(1993)の分類(表 6)を見ると、身体的妨害があると
いう特徴もある.これらの分類から、アイスホッケーは身体的妨害がある集団対抗の侵入型ボールゲームであ
るということが云える.
表 5 ゲームの分類システム (グリフィンら(1999)より抜粋)
侵入型
バスケットボール(FT)
ネットボール(FT)
ハンドボール(FT)
水球(FT)、サッカー(FT)
ホッケー(FT)、ラクロス(FT)
スピードボール(FT/OET)
ラグビー(OET)
アメリカンフットボール(OET)
アルティメットフリスビー(OET)
ネット・壁型
守備・走塁型
〈ネット〉
バドミントン(I)
テニス(I)
卓球(I)
ピクルボール(I)
バレーボール(H)
野球
ソフトボール
ラウンダース
クリケット
キックボール
〈壁〉
ラケットボール(I)
スカッシュ(I)
ファイブズ(I)
FT:ゴール OET:ゴールが開かれた空間になっている
I:道具
10
H:手
ターゲット型
ゴルフ
クロケー
ボウリング
ローンボウル
プール
ビリヤード
スヌーカー
また、スピードと激しさを兼ね備えていることから反則については、厳正にジャッジされる必要がある.チ
ャージング、クロス・チェッキング、エルボーイング、ハイ・スティッキング、ホールディング、スラッシン
グ、フッキング、トリッピング、インターフェアランスなどが主な反則であり、反則を犯したチームはその反
則の軽重によって異なるペナルティが科せられ、その時間内は 1 名少ない状態でプレーしなければならない.
リンクがボードによって囲まれているため、サッカーやバスケットボールのようにボール(パック)が外に
出ることが少ない.そのためプレーが途切れることなく続くことが多く、素早い攻守の切り替えが要求される.
さらに、ボードを利用したパスが可能であるためパスコースは無数に存在することになる.
ゲームを特徴づけるものとして様々な用具をあげる必要がある.スケートを用いるため、プレーヤーの移動
速度は他のボールゲームに比べると明らかに速い.このスピードがアイスホッケーの一つの大きな特徴であり、
大きな魅力であると云える.一方、展開の速いゲーム中、刻々と変化する状況に対応するため選手は前だけで
はなく後ろや横へのスケーティングが必要になる.さらに前後の切り替えや急激なストップやターンなどスケ
ーティングには多彩で複雑な技術が要求される.
激しい身体接触を伴うことから各種のプロテクターを装着する.逆の見方をするとこの装備が激しいコンタ
クトプレーを生むとも云える.よって、この装備の重さに耐える体力・筋力が要求される.アイスホッケーを
氷上の格闘技とも形容することからこのぶつかり合いも大きな魅力の一つとなっていると云える.
さらに、160cm 以上にもなるスティックを使って、ボールではなく硬質ゴムでできた扁平な円柱状のパッ
クを用いてゲームが行われる.パックによるパスやシュートの速さもアイスホッケーの大きな魅力となってい
る.
ハンドボールやバスケットボールなどの侵入型ボールゲームでは手でボールを扱うことができる.手は人間
の器官の中でも器用であり細かい動きが可能である.さらに直接手でボールの感触を感じながらコントロール
することができる.それに比べアイスホッケーは大人では 160cm 以上ものスティックの先端でパックをコン
表 6 ボールゲームの分類 (シュティーラーら(1993)より抜粋)
ゴール・ポール型
打ち返し型
あらゆる集団対抗、個人対抗
ゲーム
Ⅰ.身体的妨害あり
Ⅰ.シングルス・ダブルスゲーム
アメリカンフットボール
アイスホッケー
サッカー
ハンドボール(屋内・外)
ハーリング
ラクロス
ラグビー
水球
羽根ボール(バドミントン)
インディアカ
ペロタ
スカッシュ
テニス
卓球
Ⅱ.身体的妨害なし
Ⅱ.集団対抗ゲーム
バンディー
バスケットボール
ホッケー(屋内・外)
コルプボール
ポロ
自転車サッカー
ロールホッケー
ファウストボール
バレーボール
11
投・打球型
球送り・的当て型
集団対抗ゲーム
砲丸状ボールおよび硬質ボール
のゲーム
ベースボール
(ソフトボール)
クリケット
オイネア
パールコヴァナ
ペセパロ
シュラークボール
ビリヤード
ボッチア
カーリング
ゴルフ
ガラトキ
ボウリング
クロッケー
トロールする必要があり高度なコーディネーションを要求される.また、パックは球体ではなく扁平な円柱状
であるためうまくコントロールできなかった時は、バウンドが不規則になり軌道の予測が困難になる.そのた
め、アイスホッケーではパスやシュート、ハンドリングの際にパックに回転を与えて円柱状を維持するように
コントロールする必要がある.スティックを用いてこのような複雑な動作を行うという点で、アイスホッケー
は特殊な技術を要する種目であると云える.
日本におけるアイスホッケーの研究は 1968 年に札幌オリンピック選手強化事業としてトレーニングドクタ
ー制が採用されたのを契機として札幌オリンピック前後急速に進展したとされている.永井ら(1978)は、ア
イスホッケー競技の適性について、筋肉質で大型の形態、すぐれた体力や運動能力、筋量の多さと速い収縮の
筋を多く持つ組織、活動を繰り返すための高い呼吸循環機能と酸素供給系能力などを挙げている.
アイスホッケーはスピードが速く体力の消耗が激しいのが特徴である.マナーズ(2004)は、選手は通常 1
回のプレーで 45 秒間にわたってストップとスタート、方向転換、ボディチェックを繰り返すという競技特性
を持つため、筋力と持久力がパフォーマンスに大きな影響を持つと述べている.また、アイスホッケーに必要
な生理的要求についてポリット(2003)は、
「試合中、選手は約 25 ポンド(約 11.3kg)の重さの防具を身に
つけ、1 シフト当たり 45~60 秒を 18~26 シフト(ディフェンス選手は 20~32 シフト)プレーしなければな
らない。典型的なシフトは 1 ピリオド平均約 150 秒間であり(プレー中の休止時間を含む)
、2 秒間の加速と
その勢いによる惰性の滑り、そして約 2.1 秒間の減速が続くという形であることから、短時間の運動様式であ
ると特徴づけられる。
」と詳細に述べている.
また、日本代表アイスホッケーアスレティックトレーナーの佐保(2009)はアイスホッケーの特殊性につい
て、スケーティングだけでも競技が存在するが、それに加えてスティックを持ってパックを扱うという、上半
身と下半身が全く別の運動を続けるため、地球上でもトップクラスのコーディネーションが求められる競技で
あると述べている.
このようにアイスホッケーの選手には、下肢でのスケートのコントロールする能力、上半身でスティックを
コントロールしてパックを扱う能力.目まぐるしく変わる状況に対する判断力.1 シフト 40~60 秒間の急激
な運動に要する筋力.短い休息時間での回復能力.それを 1 試合 2~3 時間続けるための持久力など多様で複
雑な能力が要求されると云える.
さらに GK は特殊なプレーが要求される.他のプレーヤーよりも重装備でゴール前のエリアを 160km 以上
にもなるシュートを止め続けなければならない.スケーティング技術はフィールドプレーヤーとは異なる専門
的なものが要求されるうえに、他の球技に比べてスピーディなパスや移動などの攻撃に対応して瞬間的なスケ
ーティングやシュートへの反応などが特に重要な能力であると云える.また、ミスをカバーしてくれるプレー
ヤーが後ろにいない状態でプレーするプレッシャーが常につきまとう.1 つの失点を引きずっている時間はな
く、すぐに気持ちを切り替える必要がある.このように独特の精神状態の中で集中力を発揮するため高度な精
神力が要求されるのも大きな特徴であると云える.
2.一貫指導プログラム
2-1
一貫指導について
旧東ドイツは、小国でありながらオリンピックにおいて多くの実績を残してきた.その成果を支えたものの
一つがタレントを発掘し育成するシステムである、「長期パフォーマンス育成システム」であると云われてい
12
る.現在では多くの国で長期パフォーマンス育成システムと同様な、あるいは類似したシステムを取り入れて
競技スポーツで優秀な成績を収めていると云われている.このシステムについてライプチヒ学派のミノー
(2009a)は、パフォーマンスを合理的に発達させることを目的に研究されたものであると述べている.旧東
独では、トップパフォーマンス年齢と、そのトップパフォーマンスに至る期間を基に競技開始の適正年齢を逆
算し、最終目標に向けて長期の計画が立てられトレーニングが行われた.なお、トップパフォーマンスに至る
期間は競技によって異なるがおよそ 8~10 年であると云われている.
加賀谷(1977)は、冬季競技と年齢に関してオリンピックの札幌大会の参加選手の分析を行っている.アイ
スホッケー種目の参加者数は 176 名でありその平均年齢は 24.8 歳であった.札幌大会で優勝したソ連チーム
20 名の平均年齢は 25.9 歳、範囲は 19~32 歳であった.また、オリンピック入賞選手の年齢の調査から導き
出した充実期年齢に関して、団体で行われる球技は 26~28 歳という比較的高い年齢の時期に最盛期が見られ
ると述べている.
世界レベルの GK を育成するためには、このようにトップパフォーマンスを発揮する時期と、そこに至るま
での長期的なトレーニングが必要である.各競技団体では、このような長期的なプログラムとして一貫指導を
取り入れることが求められている.
一貫指導とは日本オリンピック委員会(2003)の定義によると、
「世界クラスの競技能力の開発を目指して、
競技者の成長と発達に対応しながら、その可能性を最高度に開発するために、発掘、育成、強化の全体を通じ
た共通の理念と指導カリキュラムに基づいて、それぞれの時期に最適な指導を行うこと。」とされている.ま
た、一貫指導システムについては、「一貫指導をするために必要な資源・要素・条件の仕組みおよびそれを活
性化し、効果的に運営するための仕組み。
」と定義している.
日本サッカー協会(JFA)では、ユース育成のために長期的視野に立った一貫指導を取り入れている.一貫
指導について日本サッカー協会・技術委員会(2007)は、システムではなくコンセプト(概念)であり、一人
の選手を同じ場所で同じ指導者が指導するというものではなく、子どもの発育発達段階に応じた指導の考え方
を年代別で関わるそれぞれの指導者が共有し、指導していくということであると述べている.
日本サッカー協会(JFA)では、ユース年代の指導に関して 2 歳刻みの指針を提示している.それは、ユー
ス年代は成長途上であり、発育・発達過程においてはさまざまな要素が異なる速度で発達するため年代ごとに
やっておくべきことが異なるからである.
発育・発達は極めて個人差が大きく、暦年齢と生物年齢が大きく異なることもあるため、子どもの発育・発
達段階は、暦年齢ではなく生物年齢から判断するべきである.ミノー(2009b)は、生物年齢を推測するため
の指標として発育・発達上のメルクマール(特徴)を挙げている(表 7).生物学年齢を判断するための大き
な特徴となるのは、身体比率である.成人と幼児は、頭部と胴部、四肢長と胴部の比率が明らかに異なる.児
童・前期の終了時期に初めの形態変化が起こると云われている.頭部の大きさと四肢長の比率を調べるテスト
としては、片方の腕を頭の上を通して反対側の耳を掴ませるものがある.これにより児童・前期と中期を判断
することができる.第 2 次形態変化は、児童期から青少年期に起こる.性的な成熟が判断の材料となる.この
ような生物学年齢と暦年齢は「±2 年」の差があると云われているが、生物学年齢差は 18 歳ごろに埋まるた
め晩熟な選手もその資質を見極めて指導にあたることが指導者に求められる.
GK はチームにおいては少人数であり指導計画も個別に立てやすい.よって発育・発達段階に応じた生物年
齢を指導者が判断し個別に計画を立てるのが理想的である.
13
表 7 運動の発育発達の各段階メルクマール(ミノー(2009b)より抜粋)
段階
年齢(歳)
特徴
新生児期
0.1-0.3
コオーディネートされていない非志向性動作
乳児期
0.4-1
初期コオーディネーション動作の習得
小児期
1.1-3.0
多様な運動形態(基本的技能)の習得
児童・前期
3.1-7.0
多様な運動形態の改善と初歩的な動作連携の習得
児童・中期
7.1-10.0
運動学習における早い進歩
児童・後期
女 10-12
男 10-13
最良の運動学習能力
青少年・早期(第 1 次成長期)
女 12-14
男 13-14.5
運動能力と運動技能の再編成
青少年・後期(第 2 次成長期)
女 14-18
男 14.6-19
性特有の分化、個人化の進行、安定化の増大
青年・早期
18/20-30
運動学習能力と運動パフォーマンス能力の相対的な維持
青年・中期
30-45
運動パフォーマンスの漸次的な低下
青年・壮期
45-70
運動パフォーマンスの強い低下
青年・後期
70↑
運動パフォーマンス低下の顕著化
本研究では一貫指導に関して、①ユース年代育成の目的自体を明確にし、それに対して長期的視野に立った
指導であること、②年代別の特徴を有する発育発達段階に即したものであること、の 2 点が重要であると位置
づけた.
2-2
発育発達について
(1)発育・発達の概観
高石ほか(1988)は、身体発達を論じる場合、第 1 に考えることは、受精から出生を経て、成長し成熟に
達するまでの年齢に伴う身体の変化に関する現象の把握であると述べている.
保健体育学的立場では、
「発育」
(growth)を身体の形態的な変化、
「発達」
(development)を身体の機能的
な変化と捉えられることが多い.水野(1964)によれば「発育」を形態的変化であり、その変化に個人の意志
が直接関与しないもの、あるいはできないものとしてとらえ、「発達」を個人の意志がその機能の発揮に直接
関与するもの、あるいはしうるような場合に用いるとしている.
藤永(1982)は、発達は development の翻訳語であり、development は巻物をひもといて中身を読むとい
うような意味であり、西欧において発達(development)は生得的なものであるという認識があると述べてい
る.
(図 2)
14
合理論
生得説
アラペシュ
中央点
経験論
ブッシュマン
経験説
西欧思想
図 2 生得説と経験説の対比(藤永(1982)29p より抜粋)
表 8 は様々な研究者による発達段階の区分をまとめたものである.
身体発達に関連する多岐にわたる研究は、基礎科学と応用科学に分けられる.さらに基礎科学は解剖学(形
態的側面)と生理学(機能的側面)が体系づけられている.身長の発育曲線によると身長の発育はその特徴か
ら 4 期に分類される.
スキャモンは臓器や器官の発育経過を基に、発育のパターンをリンパ系型、神経型、一般型、生殖型の 4 種
類に分類した.有名なスキャモンの発育曲線(図 3)である.
リンパ系型の臓器・器官の発育は小児期には成人の 2 倍にも達し、その後しだいに減少し成人の大きさに戻
るという大変特徴的な経過を遂げる.
神経型の臓器・器官は乳・幼児期に顕著に発育し、それ以後はゆっくりと発育し成人の水準に達する.
一般型に属する組織は出生後急激な発育の後、ゆるやかに増加して思春期にきわめて急激な発育を示す.
生殖型の器官は非常にゆっくり発育するが思春期を迎えると一般型よりもさらに急激に発育を遂げる.
このように身体の中の様ざまな臓器や器官などが特徴ある発育経過をたどり、身体は全体としてそれぞれの
発育段階に特徴的な形態的変化を経ていく.
GK の指導においては、このように様々な機能が発達する時期が異なることを踏まえ、指導者はそれぞれ最
適な時期に最適なトレーニングを処方して機能の発達に積極的に働きかけることが求められると云える.
図 3 Scammon による臓器別発育曲線(高石昌弘ほか(1988)より抜粋)
15
表8 発達段階の区分(高石ほか(1988)より抜粋)
区分の
観点
年齢(歳)
研究者
0
1
2
3
4
5
6
モイマン,E.
シュプランガー,E.
(1945)
ハーロック,E.B .
(1924)
青木誠四郎
文部省教育心理
(1945)
シュトラッツ,C .H .
身
体
発
達
精
神
構
造
の
変
化
特
定
の
精
神
機
能
(注)
(1922)
9
10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20
少年期
幼児期
新生児
乳児期
児童前期
新生児
乳児期
乳児期
成熟期(男)
(女)
青年期
(女)
児童後期(男)
思春期
青年期
(女)
児童期(男)
幼児期
乳児期
中間期
少年少女期
児童期(男)
幼稚
園期
言語前期
青年期
(女)
幼児期
第 1
充実期
児童期
青年期
シュテルン,E.
(1923)
クロー,O .
(1928)
ビューラー,C H .
(1937)
牛島義友
(1941)
武政太郎
(1955)
松本亦太郎
(用箸運動)
楢崎浅太郎
(握力)
阪本一郎
乳児期
乳児期
(女)
未分化融合期
身辺生活時代
乳児期
幼児期
ピアジェ,J.
(物活論的世界観)
(思考)
感覚運動
シアーズ,R .R .
(動機づけ)
エリクソン,E.H .
(社会化)
マイヤー,N .R .F.
(対人関係)
ノボグロツキ,T.
(唯物論)
基礎的行
動の段階
精神生活時代
青年期
寓話期
青年期
少年期
童話
期
(3)
第3期
具体的操作
直観的思考
期
注(
1) 第2
第1期 期(2)
前概念期
青年
後期
青年前期
物語期
文学期
思想期
第4期(4)
形式操作期
二次的動機づけの壇k内
家族中心の学習
家族外の学習
基本的信頼 自律感の
主導感の
勤勉感の
感の段階
段階
段階
段階
一次的依存 自己看護 意味ある二次的 二次的依存
の確立
の確立
関係の確立
の確立
幼児期
第5期
客観化の時期
児童期
児童期
青年後
期
成熟期
知識生活時代
幼児期
昔話期
青年中期
(女)
分化統一期
児童期
幼児期
青年前 青年中
成熟
前期
第2反
抗期
第4期
主観化の時期
想像生活時代
(読書興味)
児童後期 青年前
(
女) 期(
女)
児童期
第3期
客観化の時期
成熟期
期(
男) 期(
男) 期(男)
分化統一期
第1反
抗期
第1期 第2期
客観の 主観化の
・充実期(男)
(女) 第3・・
児童中期(男)
(女)
児童前期
幼児期
〔注〕・・充実期(女)
第2充実期(男) 第2伸長期(男) 第3・
第 1
伸長期
児童後
コール,L.
(1922)
青年期
少女期 処女期
中間
期
児童期
(1924)
グッドイナフ,F.L.
8
児童期
(1913)
社
会
的
習
慣
7
就学前期
学童期
同一性の段階
親密感
の段階
依存と独立のバランスの達成
成熟期
(1)万物に意識ありとする時期
(3)自力で動く物には意識ありとする時期
(2)動く物すべてに意識ありとする時期
(4)動物だけに意識ありとする時期
青年期
(2)青年期以降の発達
吉田(1988b)は、青年期以降の発達について、「身体の各部分は急激に増大し始め、構造的にも機能的に
も成人に近づいてくる。身長は急に伸び始め、体型も変わる。声変わりや初潮を迎えた少年少女のほとんどは、
自負と当惑の入り混じった感情状態を体験し、いやおうなく自分自身の身体に関心を向けるようになる。
」と、
その急激な変化やそれに伴う感情面の不安定さについて述べている.
青年期以降の発達の特徴として、まず第 2 次スパートがあげられる.これは、乳幼児期に次ぐ著しい速度の
16
発達のことであり、身長・体重・胸囲などは青年期前、中学生頃に急速に増加する.なお、この急激な成長は
骨格・筋肉・内分泌系など様々な面で同時に起こるが、そのそれぞれの発達速度は必ずしも一様ではなく、心
身のアンバランスを招きやすいのもこの年代の特徴である.
発達についてはどの時期でも個人差が見られるが、青年期において特に身長や性的成熟などにおいて個人差
が大きく際立つ.性的成熟については、青年期に生殖器官・生殖機能が急激に充実し、第二次性徴と呼ばれる
現象がみられ、精神状態に大きな影響を持つ.性的成熟について性差が大きく、一般に女子のほうが男子より
も 2~3 年早いと云われている.
この段階になると GK は選手としての完成に近づくための基礎づくりを終える時期である.
(3)様々な面での発達について
我々を取り巻く環境は常に変化し続けている.それはアイスホッケーの場面でも同様である.パックや味
方・相手のプレーヤーは絶えず複雑な動きを繰り返しているし、試合開始時間や季節・会場なども様々である.
そこでは、認知能力が重要な役割を果たす.吉田(1988a)は、「自分のおかれている環境についての適切な
情報処理を行い、その特質を知る過程」を認知と呼んでいる.
認知の過程は、感覚・知覚などの低次の過程と、推理・思考などの高次の情報処理過程に分けて考えられて
いる.知覚(認知)は、幼児期の中ごろに分化し、児童期の中ごろにかけて統合されたものへと発達していく
と云われている.
図 4 は岡本ら(1995)がピアジェの発達段階について概観したものである.外界との関わり、認知活動に
ついて、論理的に思考を操作する段階に達するのが発達の完成段階であるとしている.
7歳
8歳
歳 月
1:6
2:0
歳 月
0:8
0:9
出
生
0:3
0:6
0:1 Ⅲ
Ⅱ
Ⅰ
1:6
1:0
Ⅵ
Ⅴ
Ⅳ
4歳
象徴的
思考
11歳
12歳
概念
群性体
具体的
操作
直観的
思考
前操作的(自己中心的)段階
形式的
操作
操作的段階
表象的(思考)段階
感覚運動的段階
(区分の年齢は概略的な目じるしで幅をもつ)
図 4 ピアジェの発達段階図(岡本ら(1995)より抜粋
言語能力の発達は、思考・認知能力の発達と密接に関係していると云われている.言語の役割について、堤
(1988)は 3 つの機能をあげている.第 1 は、社会的なコミュニケーションの機能、第 2 は、思考の手段と
しての機能、第 3 は、行動の調整機能である.
言語は、スポーツの場面でも重要な役割を果たす、選手同士のコミュニケーション、選手と指導者との間の
コミュニケーション、レフェリーとのコミュニケーションなどはすべて試合中や練習中に必要なものである.
17
さらに、練習メニューの説明、技術の解説など言語による伝達と、メニューや技術の理解など選手の思考手段
としても重要な役割を果たす.
2-3
まとめ
子どもは様々な身体的変化を遂げながら成長し、成熟に至る.乳児期には急激な成長を遂げ、幼児期には神
経系の著しい発達を遂げる.それに伴って認知や言語など運動の学習やチームメイトとのコミュニケーション
において重要な役割を果たす機能も発達していく.その後、呼吸循環系、内分泌系や筋系などの機能の発達が
訪れる.これらの発育発達はそれぞれ異なる時期に現れるのが特徴である.各時期に発達の著しい要素に積極
的に働き掛けることでスポーツにおけるトップパフォーマンスを高めることが可能になる.それが一貫指導に
よる長期育成である.
GK の育成プログラムにおいては、指導者が選手の発育発達段階を把握し、育成の全体における位置付けを
意識しながら指導を行うことが重要であると考えられる.
3.海外のアイスホッケーにおける選手育成プログラム
世界におけるアイスホッケーの強豪国として知られるのは、欧州ではロシア(旧ソ連)、スウェーデン、フ
ィンランド、チェコなどであり、北米大陸のカナダ、アメリカである.これらの伝統と強さを備えた国に続い
てバンクーバー大会で予選を免除されているのが、スイス、スロバキア、ベラルーシである.これらの強豪国
は長い歴史があるだけではなく、それぞれ工夫をこらして選手を育成していることが今日の好成績に結びつい
ていると云えるだろう.
フィンランドの今日の発展について若林(1998a)は、競争の原理と教育の原理をバランスよく取り入れた
成果である述べている.具体的には、詳細なデータ分析に基づくゲーム分析により合理的な練習、戦術を取り
入れ、発育段階に即した適時教育によるプログラムを導入している.
スイス代表の飛躍的発展について宮本(2002)は、長期的視野で構築されたジュニア世代の強化プログラム
がスイス代表の強化につながったとしている.
このように世界レベルで強豪といわれる国は多くの国でジュニアの長期にわたる計画的なプログラムを用
いて選手育成を行っている.多くの国のプログラムを参考にすることは日本における選手育成プログラムの作
成にとって重要である.
3-1
カナダの選手育成プログラム
カナダはアイスホッケー発祥の地と云われている.カナダはアイスホッケーが国技であり、世界最大の競技
人口を抱える.オリンピックのカナダ代表は優勝 6 回、準優勝 4 回、3 位 2 回と輝かしい成績を収めており、
メダルの常連国である.
カナダにおける選手育成については、Hockey Canada が発行した Skill Development Program の分析を行
った.
カナダでは、育成年代の分類は、Initiation(5-6 歳)Novice(7-8 歳)、Atom(9-10 歳)、Peewee(11-12
歳)
、Bantam(13-14 歳)、Midget(15-16 歳)と 2 歳刻みで分けられている.なお、この年齢区分は Hockey
Canada による代表的な例で、地域によって年齢区分が多少違うと云われている.また、カナダにおいては、
18
競技ホッケーとレクリエーションホッケーが明確に分けられておりそれぞれの年代ごとに自分のレベルや志
向に応じて参加するチームやリーグを選択できるという特徴がある.
Hockey Canada は年代ごとに取り組む課題が異なるという見解を持ち、表 9 のように年代別に推奨してい
る練習構成を示している.特徴としては、年代が上がるにつれて個人技の割合が減少し、チーム戦術やチーム
プレーなどの割合が増していることである.
表 9 カナダにおける年代別練習構成
Programs
technical skills
individual tactics
team tactics
team play
strategy
Initiation
85%
15%
Novice
75%
15%
10%
Atom
50%
20%
15%
10%
5%
Peewee
45%
25%
10%
10%
10%
Bantam
40%
15%
20%
15%
10%
Midget
35%
15%
20%
15%
10%
図 5 は Hockey Canada の GK 育成ピラミッドである.
基本的なスケーティングスキルがピラミッドの底辺である.GK に限らずすべてのポジションのすべてのプ
レーが氷上で行われることを考えると当然であると云える.歩けない人がサッカーや野球をプレーできないの
と同じである.次の段階の POSITION-SPECIFIC MOVEMENT SKILLS では、GK 特有のポジションと基
本的な動きの段階である.さらに次の段階では専門的なポジショニングの理解と技術、シュートを止めること
への取り組みの段階である.REBOUND CONTROL/RECOVERY TACTICAL APPROACHES では、リバウ
ンドコントロールやシュートを止めたあとのプレーに焦点があてられる.このような戦術のトレーニングは
Advanced レベルになると重要な役割を占める.TRANSITIONAL PLAY では、セーブ後のプレーへの切り替
えに重点が置かれる.そして最後の段階になると GK はゴールテンディングに対する全体的なアプローチを行
い、独自のスタイルを確立していく.
また、GK 育成ピラミッドでは、Beginner、Intermediate、Advanced の 3 つのプログラムが段階を構成し
ているが、それぞれのプログラムと開始年齢について見てみると、Novice(7-8 歳)、Atom(9-10 歳)は、
Beginner Program、Pee Wee(11-12 歳)は Beginner と Intermediate Program の両方であり、Bantam(13-14
歳)以降は個々の選手を評価したうえでプログラムを適用する.
Hockey Canada の Beginner Program では、75%を動きとポジションのスキルに、20%をセーブスキルに、
5%を戦術のトレーニングにあてることを推奨している.Intermediate Program では、50%を動きとポジシ
ョンのスキルに、20%をセーブスキルに、30%を戦術とプレーの切り替えにあてることを推奨している.
Advanced Program では、35%を動きとポジションのスキルに、10%をセーブ後のプレーに、40%は戦術や
プレーの切り替えに、15%は高度なポジショニングへの取り組みに充てるように勧めている.
19
Program
ADVANCED
POSITIONING
TRANSITIONAL
Advanced
Intermediate
Beginner
PLAY
REBOUND CONTROL/RECOVERY
TACTICAL APPROACHES
POSITIONAL/SAVE-MOVEMENT SKILLS
POSITION-SPECIFIC MOVEMENT SKILLS
BASIC SKATING SKILLS
図 5 Goaltender Development Pyramid
Hockey Canada は、セーブを図 6 のように定義している.もっとも重要なのは初めの構成要素である準備
である.コーチは練習時にはこれら 3 つの要素を考慮に入れるべきであるとされている.シュートが矢継ぎ早
に打たれる状況ではなく、準備をする時間を確保してあげることがコーチには求められる.
Post
Save
Save
Movement
Preparation
図 6 セーブの定義
20
3-2
スウェーデンの選手育成プログラム
オリンピックにおいて、男子スウェーデン代表は、優勝 2 回、準優勝 2 回、3 位 4 回と強豪国の 1 つである
と云える.スウェーデンは地理的な条件から、天然リンクを含め数多くの競技場を抱えるため国内においてア
イスホッケーは大変盛んな競技の一つであり、国民の間では人気のあるスポーツである.コストカ(1975)は、
スウェーデンのアイスホッケーについて、優れたスケーティング能力、FW の高度なテクニック、DF の優れ
たポジション・プレーをあげている.若林(1998b)は、アイスホッケー界の頂点の一角としてのスウェーデ
ンの強さを、技術・戦術面での詳細な指導を挙げている.また、ゲーム分析や戦術理論に基づいた戦術、特に
守備戦術におけるスウェーデンの果たした役割は大きく、国全体をあげての理論的な解析や強化が充実してい
ると云える.
スウェーデンの選手育成プログラムについては、スウェーデンアイスホッケー連盟の作成してい
る”ISHOCKEYNS ABC”という指導者向けのマニュアルの分析を行った.
スウェーデンでは、GK のプレーを、Cover(Täcka)-Move(Förflytta)-Acting(Agera)の 3 つの局面
で捉えている.Cover の局面では、シュート角が重要である.正面からのシュートは、サイドのシュートより
もシュート角が広い.また、GK がパックに近づくことでシュート角を狭めることができる.GK はシュート
角におけるこのような知識を持つ必要があるとされる.次に Move の局面では、GK がパックの正面に常に正
対する必要が述べられている.そのため GK はパックの動きにあわせて常に移動する必要がある.Cover と
Move の局面、特に Move をしっかり行うことでパックを視野に入れることが容易になる.最後の Acting の局
面では、GK は相手が放ったシュートを様々な技術を用いて止めることを指導している.
スウェーデンの選手育成は次のような6段階に分けて考えられている(表 10).育成においては、長期と短
期の計画を考慮してトレーニングを行う必要がある.長期という点で云えばスウェーデンでは、7 歳から 22
歳までの長期にわたって選手の発達を捉えていることがわかる.短期という観点では、指導者は個々の選手に
応じた週毎のトレーニングを計画し、実行する必要がある.
スウェーデンでは、アイスホッケーが極めて複雑な運動であることから、幼いうちからトレーニングを始め
るのが望ましいと云われている.しかしそこで注意しなければならないのは、幼い子のトレーニングは楽しく、
遊び感覚の方法で行うことである.そうすることで、自発的にトレーニングを行う態度を養っていくことが重
表 10 スウェーデンの育成段階(ISHOCKEYENS ABC の内容より著者作成)
年齢
区分
特徴
内容
7 歳 -
Beagle Boys
ゲーム中心のトレーニング
遊びやゲームを通じてアイスホッケーに親しむ
9 歳 -
Golden Age
運動のゴールデンエイジ
スキルやコーディネーションのトレーニングを行う.
13 歳 -
Before puberty
身体の成長
スピードや回数や使う技術を変えてトレーニングを行う.
16 歳 -
Before junior age
パフォーマンスを高める
全体的に発達させる必要がある.他のスポーツを行うこともよい
トレーニングになる.
18 歳 -
Junior
ハイパフォーマンス
様々なスポーツ種目に主体的に取り組むことで全面的にトレーニ
ングすることが重要である.
22 歳 -
Senior
ハイパフォーマンス
発達の限界を迎える.水準が下降を辿りはじめる時期.
21
要である.
長期にわたるトレーニングについてスウェーデンアイスホッケー連盟は、発育発達段階に応じて、子どもた
ちは正しい時期に正しい内容のトレーニングを行う必要があると述べている.
(図 7)
Beagle Boys
Golden Age
Before Puberty
Before Junior
Junior
7-10 歳
10-12 歳
13-14 歳
15-16 歳
17-18 歳
19-20 歳
コーディネーション
・全般
・運動機能
・バランス
・反応
・動作の正確性
可動性
スピード
持久力
筋力
大変有効な時期
有効な時期
効果の少ない時期
図 7 トレーニングに最適な時期(ISHOCKEYNS ABC をもとに筆者作図)
3-3
まとめ
カナダとスウェーデンのアイスホッケー選手育成プログラムでは、長期間にわたって計画的なプログラムで
選手の育成を図っているという共通点が見られた.また、GK のプレーを 3 つの局面に分割して指導を行って
いる点も共通している.しかし、カナダの GK 指導がプレーの習得に焦点が当てられているのに対して、スウ
ェーデンでは、子どもの機能の発達に力点が置かれているという相違点が見られた.
4.他競技の選手育成プログラム
サッカーは世界で最も普及しているスポーツの一つであり、4 年に一度開催されるワールドカップは世界最
大のスポーツイベントである.欧州や南米をはじめ多くの国や地域にプロリーグがあるため選手育成も広く行
われている.また、集団による侵入型ボールゲームに分類され、アイスホッケーとの戦術的課題等共通する部
分が多いと考えられる.
本研究では、ワールドカップ優勝 3 回を数える強豪であるドイツと、選手育成に定評のあるオランダの育成
プログラムを参考にした.両国のプログラムを、育成の目的、概要、年代分けの特徴、年代ごとの指導の特徴
の観点から検討した.また、GK に対する指導についても分析した.
4-1
オランダの育成プログラム
オランダは欧州選手権での優勝をはじめ多くの国際舞台で優れた成績を収めるサッカー強国の一つである.
オランダは九州よりもやや広い国土におよそ 1,600 万人の人口を擁する小国であるが、1974 年のワールドカ
ップ準優勝のチーム以来攻撃的なスタイルのサッカーで世界中を魅了しており、数多くの名選手を輩出してき
22
た.また、オランダ国内のプロチームであるアヤックス・アムステルダムは独特のユース育成組織を作り上げ
数多くの名選手を輩出してきたことで有名である.
オランダにおけるユースチームの多くはプロクラブの下部組織という位置づけである.そのためユース年代
における大きな目的の一つはトップレベルで活躍できる選手の育成と云える.なお、本研究では 6 歳から 18
歳までをユース年代と呼ぶこととする.オランダの国全体のユースサッカーについては、オランダサッカー協
会(以下 KNVB とする)の公式見解である「ザイストのビジョン」を検討することで分析を行った.
表 11 ザイストのビジョンにおけるサッカートレーニングが満たすべき必須条件
1. サッカーに関する意図
■ゴールをする/防ぐ
■ビルドアップ/連係プレー
■ゴールを目指す
■ボールキープしている場合と、そうでない場合での素早い切り替え
勝つためにプレーする
2. 多くの繰り返し
■何回も順番が回ってくる
■長い待ち時間がない
■よい計画と構成
■十分なボール/道具
3. グループについて考慮すること
■年齢
■技能
■経験(トップを目指すのか、レクリエーションか)
練習と休憩とのバランスに注意!
4. 適切な指導(影響力)
■プレーの意図を明らかにする
■選手への影響/考え方:トレーニングを中断して、あるいは練習終了後、指示を与
える/質問する/解決策を引き出させる/例を示す/やってみせる
1.2.3.4.すべて=最適な学習環境
オランダでは、トップチームあるいはオランダ代表で活躍できるような競技力を持った選手の育成と、楽し
みながらサッカーをする経験を重ねることで生涯にわたるサッカーとの関わりを築くことの 2 つがユース育
成の目的であると考えられている.
なお、表 11 はザイストのビジョンにおけるサッカートレーニングが満たすべき必須条件を挙げたものであ
る.オランダのサッカートレーニングはこれらの条件を満たしているかを基に練習メニューが決定される.
1985 年以来、KNVB のテクニカルスタッフが各クラブのユース育成に関わっている.ユースサッカーの指
導は、「実際のサッカーの状況からサッカーを学ぶ」というビジョンを基に、4 対 4 のミニゲームやそのバリ
エーションを用いてトレーニングが行われている.ユースサッカーでは学習過程のどの段階にもコーチングの
目標が設定されている.
KNVB は、サッカーをゲームであると捉え、そのゲームを構成する要素、ゲームの目的に達するための手
段は“TIC の原則”にまとめられるとしている.TIC とは、Technique(技術)
、Insight(洞察力)
、Communication
(コミュニケーション)の略である.テクニックはゲームをプレーするために必要な技能のことであり、どん
23
表 12 オランダのユースサッカーのカテゴリー
ジュニアクラス
F クラス
クラス
Eクラス
7
8
9
シニアクラス
Dクラス
10
11
Cクラス
年齢
6
12
おおまかな
目的
プレーに慣れる
少人数のチームや基本形式で
のプレーによる学習(指導)
ボールを操る
サッカーの基本形式という状
況の中で、特に技術・技能を
発達させる
13
Bクラス
14
実際の試合の要素
をシミュレーショ
ンで学ぶ
15
Aクラス
16
トレーニング
で試合のパフ
ォーマンスを
シミュレーシ
ョンして学ぶ
17
18
トレーニング
と試合で最高
のパフォーマ
ンスにいたる
ボールが最重要の負荷
どの選手もできるだけ多く
ボールに触れるようなゲー
ム形式
プレーにおけるインサイトや
プレーでのコミュニケーショ
ンとともに、なお技術・技能
を主眼とする
ポイント:技術面での熟達、発達
ポイント:インサイト面での熟達、発達
な小さな子でも、程度の高低はあれすべての選手に備わっているものであるとされる.インサイトはゲーム
においてどういったアクションをとるべきか、あるいはとるべきでないかを理解するために必要なものであり、
特に、経験とインテリジェンスにかかわってくる.コミュニケーションとは、サッカーを行う時にかかる全て
の負荷(ボール、ピッチコンディション、味方、相手、審判、観客、天候など)との関わりのことである.サ
ッカーをスポーツとして行う場合は、TIC の全ての技能を向上させるため、体系的・計画的なトレーニングが
必要になる.
子どもにはその年齢特有の行動がみられるため発達段階に応じて指導を行う必要がある.しかし、年齢特有
表 13 オランダにおける育成、指導の目標
年齢
目標
内容
・5-7 歳(いわゆる前段階) ・ボールは丸く、それが難しい
・ボールフィーリング
・ボールを操る
・「ボールと自分」
Tic
・技能主体のミニゲーム形式
=方向性
=スピード
=確実性
・±7-12 歳
・基本的なスピードに熟達する
TIc
・シンプルなサッカーの状況の中で、プレーのインサイトと技術・技
能をプレーさせることを通じて発達させる(いわゆる基本形式)
・12-16 歳
・試合(11 対 11)に熟達する
TIC
・チームとしての役割、ライン・ポジションごとの役割を少人数、あ
るいは大人数の試合形式(および発展形式)を通じて発達させる
・±16-18 歳
・大会に熟達する
〈T〉I C
・試合の指導
=試合に熟達することの成果
=精神面
・±18 歳
・トップレベルのサッカーにおい
て、一番よい形で熟達する
〈T〉
〈I〉
〈C〉
・専門化あるいはマルチ化
T はテクニック、I はインサイト、C はコミュニケーション
TIC は「見る」に基づいている
24
の行動が早い時期に見られる子どもや遅い時期に顕著になる子どもがいるなど、すべての子どもが異なる発達
を遂げることも留意しておく必要がある.そのうえで KNVB では、青少年のユース選手を 6 つの年齢別カテ
ゴリーに分けている.それは、F、E、D のジュニアクラスと C、B、A のシニアクラスである.
(表 12)
ここでは、14 歳か場合によっては 16 歳までの女子についても男子と同様、年齢別の特徴を適用して指導さ
れる.子どもたちの発達段階に即して、各段階それぞれにコーチングポイントを細かく分ける必要がある.コ
ーチングポイントはプレーの熟達に応じて 4 段階に分けることができる.(表 13)
KNVB は、GK が特殊なポジションであるにも関わらずこれまで「キーパーは何をすべきか」について注意
が払われていなかったこととキーパーについてあまり知られていなかったことを指摘している.しかし、キー
パーの役を特別なものと考えないようにしており、ほかの選手と比べてチーム内での重要度に差がないこと、
チーム内で最大限に機能できるように注意がはらわれなければならないこと、キーパーの任務が複雑でありチ
ーム全体から切り離して考えることはできないことなどに言及している.ユースのためのキーパートレーニン
グは、全般的に、ユースサッカートレーニングとしての分類や特色と変わるところはないが、一方、特殊な性
格や専門性があると述べている.
このようにオランダの GK 育成についてまとめると、GK はあくまでもチームの一員として、ゲームにおい
てはチームとしての意図、その中での任務が最も重要であり、GK の育成についてもザイストのビジョンに基
づきサッカー自体を通じて行われる必要があり、子どもたちの発達段階に即した指導が行われるべきであると
云える.
4-2
ドイツの育成プログラム
ドイツサッカー協会(以下 DFB とする)の指導教本では、理想的なプレーヤーというのは競技に向けた、
将来を見通したタレント育成によってのみ育成されうると述べられており、若年層の育成の重要性を説いてい
る.DFB は、ユースコーチにとって育成を進めるうえで貴重な指針、方向付けの手がかりとなるような時代
に合った若年層育成のコンセプトの 4 つの柱を挙げている.
1.
魅力的なサッカーとは
2.
育成の目的とは
3.
年齢に応じた育成とは
4.
時代に合った育成とは
1.について、DFB では、サッカーを常に自由な「ゲーム」として経験させ、まず好きにさせることで生涯
にわたってサッカーが好きでい続ける基盤を作ることをユース年代における基本方針としている.
2.について、DFB は若年層の指導において、コーチはまず第一にサッカーのゲームで子どもの自主性と楽
しみを促進することユース年代の育成は将来のトッププレーヤーを育成することも目標であるため、その将来
についてのトレンドの流れも考慮する必要がある.
ゲームの基本的な概念は、「ゴールを狙い、ゴールを防ぐ」ことであり、そこから導き出されるサッカーに
要求される要素を、若年層育成の目標としている.
3.について、若年層育成をシステマティックに行うためには、
(1)育成における部分目標の順序を決める、
ことと(2)育成の部分目標を子どもたちの発達段階に対応させる必要があるとしている.育成における部分
目標の順序を決めるためには、11 対 11 の「大ゲーム」のための高く多様な要求を細分化した部分目標を立て、
それを、順を追ってシステマティックに習得させる.(2)の発達段階に対応させるためには、「典型的な」身
25
体の発達の進行に応じて発達段階モデルを設定し、それを基本的な指標として指導にあたる.しかし、発達段
階モデルで示される年齢と発達の特徴は大まかな目安でしかなく、個人差を考慮して流動的にトレーニングの
目標、内容、方法、負荷の掛け方を変える必要があるとしている.
DFB の育成段階は、発達段階に応じて 3 つのトレーニングに分けて考えられている.さらに 3 つのトレー
ニングを 6 つの年齢クラスに分けている.そのうち 6~14 歳に相当するクラスのトレーニングをジュニア・ト
レーニング、14~18 歳に相当するクラスのトレーニングをユース・トレーニングと称している.
(表 14)
DFB では、トレーニング期間について、女子は 6 歳から 16 歳まで、男子は 6 歳から 18 歳まで行うのが理
想的であるとしている.このような長期間にわたって勝つだけではなく魅力的なサッカーも段階的に習得され
ていく.途中から始めた子どもについては、最初の育成段階を飛ばして指導することになる.しかし、多くの
子どもがすでに、スポーツやサッカーに関わる予備経験を持ち合わせているため最初に欠けている部分があっ
ても比較的すぐに遅れを解消することができる.
表 14 ドイツサッカー協会の育成段階(ビザンツほか(1999)より抜粋)
ジュニア・トレーニング
ユース・トレーニング
※ジュニア・トレーニングとユース・トレーニングは、
国際的には、単に「ユース・トレーニング」とされ
ています。
パフォーマンス
発展
トレーニング
基礎
トレーニング
▶多面的な基礎の養成
▶運動の習得
▶サッカーのゲーム
競技(専門)
トレーニング
1
▶サッカーの専門的なトレーニ
ング
▶専門化
▶サッカーのゲームの改善
2
▶競技を目指したトレーニング
▶安定化
▶サッカーのゲームのトレーニ
ング
3
F ユース
E ユース
D ユース
C ユース
B ユース
A ユース
(6~8 歳)
(8~10 歳)
(10~12 歳)
(12~14 歳)
(14~16 歳)
(16~18 歳)
⑥⑦⑧⑨⑩⑪⑫⑬⑭⑮⑯⑰⑱
年齢
26
各育成段階の特徴や目標、内容については、以下各表毎にまとめる.
(表 15、16、17)
表 15 F ユースおよび E ユースについて(ビザンツほか(1999)より抜粋)
基礎トレーニング
F ユースおよび E ユース
この育成段階は、6~10 歳までの少年少女のゲームとトレーニングのための
ものです。これは、小学校低~中学年の発達段階に相当します。
発達上の特徴
目
標
内
容
▶第一次体格変化
四肢(腕、脚)が、体幹と脊柱よりも早く成長する。同
時に心臓・循環器系の器官が成長する
▶この発達段階では、男女差はほとんどない。しかし、一
人ひとりで成長や身体の発達には相当な個人差が見られ
る
▶男子、女子に共通の典型的な特徴
・運動を非常に好む
・競争心が強い
・協調性に問題がある
・筋肉はあまり発達していない
・集中力が低い
・感受性が高い
・大人の示す模範に対し無批判にそのまま強く従う
▶学校が始まることにより、子どもたちは根本的にまった
く新しい生活環境に入る。それまでの家での遊びが、学校
とそこでの課題にとって代わる。子どもは、突然に、大勢
の中の一人となり、大きなグループに自分を合わせなくて
はならなくなる
▶様ざまなスポーツの経験をさせる(コーディネーション
とコンディションの基礎を作る)
▶基本的なゲームの考え方「ゴールを狙い、ゴールを防ぐ」
を身につけさせる
▶技術の最も重要な要素を習得させる(大まかな形で)
:ド
リブル、パス、シュート
▶戦術上のルールを身につけさせる
・コンビネーションプレーと個人のプレーでゴールを狙う
・相手がボールを持っているときには、ゴールを防ぎ、ボ
ールを奪い返す
・割り当てられたスペースとポジションを守る(ただし、
トレーニングとゲームで、GK から FW にいたるまで、すべ
てのポジションをやってみるようにしなくてはならない)
▶サッカーのゲームを楽しむ気持ちを高めさせる
▶グループで行動することを学習させ、経験させる(人を
助け、人に助けられる。他者を受け入れる)
▶空き時間には、他のスポーツ活動もするよう奨励する
▶最低限のルールをゲームから覚えさせる(キックオフ、
スローイン、コーナーキック、フリーキック、ペナルティ
ーキック、ゴールキック)
▶ゲーム形式や練習形式によって、ボール扱いを身につけ
させる
・グラウンダー、バウンドするボール、浮き球の扱い
・ボールゲーム
▶ゲーム形式や練習形式によって、身体の使い方を身につ
けさせる(ランニング、ステップ、ジャンプ)
・鬼ごっこ/リレー
・障害物競争
・場合によって様ざまな器具を使いながら反応練習/バラ
ンス練習/リズム練習
▶子どもに合った夢中にさせるようなゲームや練習で、技
術の基本を習得させる(ドリブル、パス、シュート)
▶少人数でゴールを使ってフリーのミニゲーム
・2 対 2
・3 対 3
・4 対 4
▶面白く積極的に学習するような 1 対 1 の課題の設定
・ゴールを 1 つ使った 1 対 1
・ゴールを 2 つ使った 1 対 1
27
表 16 D ユースについて(ビザンツほか(1999)より抜粋)
発展トレーニング
D ユース
この育成段階では、子どもたちは前思春期を経験します。発達に性差が現れ
ます。女子のほうが(11~12 歳)男子よりも早い(12~13 歳)のが特徴です。
発達上の特徴
目
標
内
容
▶D ユースでは、心身の調和が特徴的である。この年齢段階
は、学習の「ゴールデンエイジ」あるいは「ハーモニーエ
イジ(調和のとれた年代)」とも呼ばれる
▶D ユースに見られるポジティブな人格的特徴
・自信
・好奇心
・学習しようという意欲
・観察能力
・集中力の向上
・運動を好み、達成に対する意欲がある
▶ポジティブな身体的特徴
・縦方向、横方向の成長のバランスがとれ、外見上均整の
とれた身体となる
・コーディネーション能力が際立っている
▶これらの特徴は、サッカーのゲームのあらゆる要素を適
切に習得するための優れた基盤となる
▶技術をシステマティックに習得し確実に身につけさせる
・インサイド、アウトサイド、インステップを使ったドリ
ブル(ペースや方向の転換を多用する)
・インサイド、アウトサイドでのプレー(特に確実なパス)
・インステップ、インフロント、アウトフロントでのプレ
ー(特にシュートやクロス)
・グラウンダー、ライナー、浮き球のパスをコントロール
して使い分ける
・ヘディング(スタンディングから、助走から)
▶様ざまなゲームの状況で基本テクニックを様ざまに使い
こなせるようになる(例:相手のプレーヤーからプレッシ
ャーを受けながら)
▶実践に即した目標を持った戦術の基礎を身につける
・相手のマークをはずす動き(ペースの変化、ボディフェ
イントを使って)
・確実なボールキープや、シュートチャンスを作るための
コンビネーションプレー
▶ゲームを通してコンディション面の基礎を作り上げる。
▶サッカーのゲームに対するポジティブな態度を作る
▶やる気を出させるような個人練習によって、ボール扱い
を改善させる
・方向転換の様ざまなフォーム
・フェイント、かわす動き
▶ボールキープの 1 対 1、あるいは 1 対 1 からのシュート
▶技術・戦術上の重点を設定して、それを意識してミニゲ
ームを行う
・ドリブル
・ボールコントロール
・ヘディング
・シュート等
▶やる気を出させるようなゲーム的な方法で走力や柔軟性
を高める
▶ゴールを 2 つ使ってフリーのミニゲーム(例:トーナメ
ント形式)
▶技術の課題と小さなゲーム形式を混合して取り入れた、
ステーション形式の練習
28
表 17 C ユースについて(ビザンツほか(1999)より抜粋)
発展トレーニング
C ユース
この発展トレーニング段階では、D ユースと C ユースとで、トレーニングの
目標や重点に関して大きな違いがあります。C ユースでは通常思春期に入ります。
これがサッカーの養成にも影響を与えます。
発達上の特徴
目
標
内
容
▶大体 12~13 歳頃から、次の発達段階に入り、心身ともに
変化が訪れる
・性的成熟
・縦方向の成長の加速
▶思春期に入ると、心身の発達段階としては、特に、協調
性が損なわれ、感情が不安定になる
▶それでも、この発達段階を、
「危機」あるいは「大目に見
る年代」と見なすべきではない。というのは、思春期の成
長と成熟によって、同時にまったく新たな心身の能力が生
まれるからである(例:筋力の増大、ゲーム理解の向上)。
これが、ここから適切な目標に基づく年齢に応じたトレー
ニングを積んで、その後さらにパフォーマンスを向上させ
ていくための基礎となる。
▶個人の技術・戦術上の能力を、スピードや筋力の向上に
伴わせる
(「動きの中でのテクニック」を向上させ安定させる)
▶各自の発達状態に応じて、個人のスポーツや人格上の発
達を促進する
▶戦術的な要素の要求を高める。
・スペースの配分
・状況に応じてフリーになる動き
・攻撃、守備のグループ戦術
・それぞれのポジション毎の課題
▶コンディションの基礎を、モチベーションを高めるよう
な方法で向上させ安定させていく
・スピード
・基礎的持久力
・多面的な筋力
・柔軟性
▶自主性と責任感を高めさせる
▶目標に向けた規則的なトレーニングに対する意欲を持た
せ、安定させる
▶要求の高いテーマを設定したゲーム形式、練習形式
・様ざまなコンビネーションプレー
・チームの中での各ポジションの課題
▶グループ毎にトレーニングを変える
〔例〕
・様ざまな技術上の課題を取り入れたステーショントレー
ニング
・様ざまなコンディション上の課題を取り入れたステーシ
ョントレーニング
・各ポジション毎の課題を取り入れたステーショントレー
ニング
▶持久障害走、持久ゲーム、長距離ランニング(トレーニ
ングの補充として)
▶筋力トレーニング(2 人組、メディシンボールを使って引
き合い/押し合い等)
▶反応練習、スタート練習
〔例〕
・ルーズボールの 1 対 1 からシュートまで
▶柔軟性を高めるプログラム
▶ゴールを 2 つ使ってフリーのゲーム(トーナメント形式
等)
ドイツサッカーの GK 指導について、グライバーら(2005)は GK の役割や重要性にも関わらず、普段の
トレーニングにおいて GK に特別な配慮がされてこなかったと述べている.しかし GK には部分的に他のフィ
ールドプレーヤーとは全く異なるトレーニングが必要である. GK のプレーに要求される様々な要素につい
て、試合の中で典型的に起こる状況を通じてトレーニングしなければならないとしている.また、一方では個
人戦術やチーム戦術に関するプレーを向上させるためにフィールドプレーヤーと一緒にゲーム形式のトレー
ニングを行うことも重要である.
ユース年代の GK トレーニングについては、筋力、スピード、持久力といったコンディション要素の向上よ
りも、専門的テクニックの習得、運動パターンの習慣化の方により重点を置くことに意味があるとしている.
しかし、テクニックの向上と並行してコーディネーションや運動の基礎の習得をトレーニング組み込むことを
29
勧めている.
運動には、持久力、筋力、スピード、可動性、コーディネーション等の要素が関係するが、これらは発育発
達段階に影響を受けるため、年代よって最適な働きかけを行うために必要とされるトレーニング内容は異なる
と云える.ユース年代のトレーニングは刺激に対して感受性豊かな年代にその刺激を与えるという考え方を枠
組みとする必要がある.
(図 8)なお、グライバーら(2005)は、最適な学習年齢に関する科学的研究のすべ
てが同じ見解を示しているわけではなく、特定のスポーツ能力を発達させるための目安であるとしている.
年
6
7
8
9
10
11
齢
12
13
14
15
16
17
18
運動学習能力
分化能力、コントロール能力
聴覚あるいは視覚刺激に対する反応
空間認知能力
リズム感覚
バランス感覚
情緒―認知性
学習モチベーション
持久力
筋力
スピード
コーディネーション/可動性
図 8 サッカー選手はどの年代で何を習得すべきか? (グライバーら(2005)より筆者作図)
戦術トレーニングについては、ゲーム理解と、ゲームの展開・状況についての予測能力を発展させ改善する
ことが目標とされる.戦術トレーニングの方法としては、フィールドプレーヤーと一緒にゲームに近い状況を
作り出しトレーニングすることが挙げられる.
以下のとおり各年代ごとの特徴やトレーニングがまとめられている.
U-10(8-10 歳)のトレーニングについて
・ 筋内、筋間コーディネーションに優れたトレーナビリティを備えている
・ 柔軟性と反応能力のトレーニングは効果がでる
・ 精密なコーディネーションのとれた動きはまだうまくできない
・ 物事を抽象化したり、あらかじめプランを立てた戦略的な行動をとる能力はまだ十分ではない
・ 集中は短時間しか期待できない
U-12(10-12 歳)のトレーニングについて
・ 負荷、筋力発揮、てこ比が向上、精密な運動を行う前提ができる
・ 自主性や創造性の向上
・ 戦術的な行動のための能力が向上(チームトレーニングに含めて行う)
・ 最優先となる目標は個々の運動能力の正確な習得
・ コーディネーション能力の発達
・ コンディション能力は最優先ではない
・ 無酸素性(強度の高い)持久性負荷、筋力負荷は要求しない
U-14(12-14 歳)のトレーニング
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