PDF版 - 消費者の窓

Ⅶ.英国における消費者教育
1.英国における消費者教育の概要
英国においては、消費者教育を積極的に推進している組織として、公正取引庁(Office of
Fair Trading:OFT)と金融サービス庁(The Financial Services Authority)があり、こ
の2つの組織による活動を中心に英国の消費者教育を概観していくこととする。
英国の学校制度は 11 年間の義務教育(6年間の初等教育(5 歳∼11 歳)、5年間の前期
中等教育(12 歳∼16 歳)が行われる。生徒は義務教育終了段階で GCSE(義務教育修了試験)
を受験し、高等教育を目指す者は 17 歳から 2 年間の Sixth Form と呼ばれる課程で学習を
続け、大学入学資格試験を受験する。就学前教育は3歳∼4歳を対象に行われる92。
(1)公正取引庁(Office of Fair Trading:OFT)による消費者教育
◆目標と制度的フレームワーク
英国においては、公正取引庁(Office of Fair Trading:OFT)が、消費者教育において、
中心的役割を果たしている。OFT は、2004 年に“消費者教育:戦略とフレームワーク”を
発表し、その中で初めて消費者教育に関する法律上の権限を付与された。その根拠法は、
Enterprise Act であり、OFT に教育関連資料の発行、及びその他の教育活動を行うための
権限を付与している。この報告書の中で、OFT の消費者教育の戦略的目的は、“消費者が必
要とするスキルと知識を明確にし、このスキルを如何に開発していくか”であると設定し
ている。
図表 66 公正取引庁の目的
◆
目的1:スキルと知識の欠如が、不利益につながる場合を明確にすること
① スキルと知識のレベルの低さにより、重大な不利益につながる場合を明らかにするため
には、経済的な分析を必要とし、以下のような指標を開発する:
② OFT に対する苦情
③ マーケット調査
◆目的2:最善のスキルの開発の方法の明確化
④ 消費者教育に関わる人のために、その計画、開発、実施、評価のためのフォーラムを開
催することにより、スキル開発の準備を行っていくこととし、その一環として、以下の
事業を実施する:消費者教育活動の計画のためのベンチマーク
⑤ 消費者教育活動のベストプラクティスの収集
⑥ 消費者教育のスタンダードの設定
⑦ 消費者教育のための新しいアプローチの開発
92
外務省ホームページ
諸外国の学校情報
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図表 67 公正取引庁の目的(続き)93
第1部 戦略
“消費者教育とは”
・ 私達は、生活を通じて日々の生活での取引を行うためのスキルを開発し、情報を収集す
る。このようなスキルを、非常に広範な状況の中で学び、活用し、それが更に開発され
て、財及びサービスに関する情報へ適用されるプロセスを消費者教育と呼称することが
できる。
・ 消費者教育は、学校、大学、職場等の様々なレベルで行われ、生涯教育の一部である。
・ 消費者教育により、私達は最善の処理方法を身につけ、最悪の陥穽を回避することが可
能となる。
“基礎的なスキル”
・ 消費者教育が、その開発を目的としている基礎的なスキルは、健全な読み書き及び計算
能力である。2001 年に政府が、着手した“The Skills for Life”は、貧困な読み書き及
び計算能力の問題を根絶するという長期的な目的を持っていた。読み書き及び計算能力
の改善により、消費者はより賢明な選択を行うことが期待されている。
“戦略的目的”
◆ 目的1:消費者が必要とするスキルと知識を明確にすること
消費者は、有効かつ責任持って機能するための、標準的、かつ移転可能なスキルを必要
とし、このようなスキルとは、以下のような能力を含んでいる:
・ 個々の必要に応じて、情報を調査し、吸収し、批判的に分析する能力
・ 資源を有効に管理する能力
・ 責任ある決定をする際の、リスクの評価、及びバランスのとれた判断を行う能力
・ 広範な消費者関連の問題に関して、情報を適切に伝える能力
・ 問題が発生した際の、解決能力
・ 専門的な知識を求める適切なタイミング
(2)金融サービス庁(The Financial Services Authority)による消費者教育
①金融サービス市場法
英国では、1998 年、金融サービス市場法案の公表を契機として、その前年 10 月に設立さ
れた金融サービス庁主導下に、国を挙げての金融に関する消費者教育への取組が始まった。
英国における金融教育の特色は、それが法によって位置づけられている点にあり、それに
より金融サービス庁の金融教育への体系的な取組が可能となっている。
金融サービス市場法は、2000 年 6 月、議会を通過し、成立し、同法の下で金融サービス
庁は、金融サービスに関する唯一の規制・監督機関として明確に位置づけられた。金融サ
ービス庁は、法的には私的な企業であり、その運営費用は認可業者からの手数料によって
充当されている。
金融サービス庁は、金融サービス市場法の規制目的を達成することをその主要なミッシ
ョンとしていることから、同法による規制目的と、これらの規制目的を達成するための金
融サービス庁の権限を以下に示す。
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OFT“消費者教育:戦略とフレームワーク”は、16 頁の小冊子であり、戦略とフレームワーク
の 2 部構成になっている。主要部分を訳出する。
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◆金融サービス市場法の規制目的
市場の信頼性(第 3 条:金融システムに対する信頼の維持)
公衆の啓蒙(第 4 条:金融システムに対する公衆の理解の増進)
消費者の保護(第 5 条:適切な水準の消費者保護の確保)
金融犯罪の削減(第 6 条:規制業者の業務が金融犯罪に利用される可能性の低減)
◆金融サービス庁の権限
規則の制定:業務基準、規制手続き、消費者・業者の救済などに関わる規則及びガ
イダンスの策定
認可:業者が特定の規制業務を遂行することを許可する
監視:調査権限などを行使して、業務が適切な基準に従って遂行されているか監視
する
教育及び訓練:業者の能力・規制業務に関する理解向上、金融市場・商品の性質に
関する消費者意識の向上を促進する
エンフォースメント:介入・制裁・訴追権限を行使することによって、規制の実効
性を確保する
救済:業者への苦情処理、業者の破綻などに伴う損失補償といった、消費者の救済
手段を整備する
②金融サービス庁の役割とその展開
金融サービス市場法により、金融サービス庁は、金融システムに対する公衆の理解増進、
適切な水準の消費者保護の確保という法律上の目的を付与されたのであるが、この新たな
目的を達成するための業務が“消費者教育”として位置づけられたのである。
このような法的な枠組みの中で、金融サービス庁は金融に関わる消費者教育を進めてい
くための優先課題及びそのために果たす役割を諮問文書として取りまとめ、1998 年 7 月に
公開した。その内容は、金融リテラシーが学校教育のカリキュラムの中にどのように取り
入れられるべきかの提案であり、それは関係行政庁の支持を得て、具体的な検討作業へと
結びついている。
1999 年に公表した政策綱領(Consumer Education:A strategy for promoting public
understanding of the financial system)において、金融サービス庁は、“金融リテラシ
ー”及び“消費者への情報提供と助言”を優先課題とし、前者に関しては、金融リテラシ
ーを学校のカリキュラムに組み込むという「学校における金融リテラシー」を最優先とし
た。後者に関しては、情報格差の著しい消費者のニーズを最優先するとして、消費者ウェ
ブサイトの充実、タウンミーティングの開催、消費者向け出版物の提供、消費者向け助言
サービスの充実、比較情報の提供、放送及びメディアとの連携、理解しやすく高品質の情
報提供という7つの具体的な施策を掲げている。
2003 年 11 月には、「金融能力国家戦略に向けて」(Towards a national strategy for
financial capability)という報告書を発表し、この課題に取り組むことを改めて宣言し
ている。金融能力戦略の策定及び実施のために、金融サービス庁は、政府、企業、従業員、
NPO、消費者団体、メディアの代表者から構成される金融能力運営グループ(Financial
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Capability Steering Group)を立ちあげ、具体的内容の検討を進めた。
このような検討の結果、2004 年 5 月には、その検討結果を「英国における金融能力の構
築に向けて」と題する報告書を取りまとめて公表し、この報告書において、今後の活動に
向けて7つの優先課題を特定し、その各々の分野についてプロジェクト方式で活動を開始
するとしている。その7つの優先課題とは、学校、若年成人、職場、家族、借り入れ、助
言、コミュニケーションである。
2004 年 5 月の報告書を受けて、金融サービス庁は7つの優先課題を推進する一方、英国
における金融能力の現状を把握するための包括的な調査に着手し、その調査結果を 2006 年
3 月に、
「英国における金融能力:ベースラインの設定」と題する報告書に取りまとめて公
表した。この調査をもとに、金融サービス庁は、今後 5 年間で達成すべき新たな戦略目標
を設定し、2006 年 3 月に「金融能力プログラム」として公表した。
このプログラムは、長期的に達成すべき長期目標と、より短期的な成果をもたらす短期
目標を組み合わせているところにその特徴があり、以下の7つのプロジェクトを提案して
いる。
学校:金融について学ぶ‐国のカリキュラムに質の高い包括的な金融教育を組み
込む必要があるという政府の意向を、教育現場における変化に結びつける
若年成人:金融の意味を理解することを支援する‐高等教育機関の学生及び教育、
雇用、訓練のいずれも受けていない人々が、金銭の管理に関するガイダンスにアクセ
スできるようにする
職場:個人の資金を最大限に活用できるようにする‐入手可能な資源を使って、
職場で、従業員に一般的な金融教育を実施する。また、金融サービス業界などから派
遣される専門家によって運営されるセミナーを職場で開催する。
消費者コミュニケーション:金融サービス庁の消費者コミュニケーションを魅力
ある、アクセスしやすいものにするために抜本的に改定する。
オンラインツール:人々が、自分の財政状態を評価し、必要な、何らかの行動を
とり、更なる支援を受ける際の手助けをするためのオンライン・ツールを改良し、そ
れをより広く入手可能なものにする
新たに親になる人々:新たに親になる人々のための情報を含んだマネーボックス
を配布し、親になることによって加わる金銭的な責任を引き受けるための能力を高め
る
マネーアドバイス:消費者が、適切で魅力的な、質の高い金融助言を入手できる
ようにする
2.非政府団体の役割
金融サービス企業、信用照会機関、また、多くの NGO のような民間団体も消費者教育の
開発及び実施に関して、重要な役割を担っている。その代表的な団体が Personal Finance
Education Group (Pfeg)であり、政府及び産業界と連携して、金融教育関連の資料を作
成している。その他、多くの中間支援組織が消費者教育に取組んでいる。
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3.消費者教育の実践
消費者教育は、英国の学校においては独立した学科として教えられるわけではなく、
10-11 歳からの市民プログラムの一部として、消費者の権利と義務が教えられる。内容とし
ては、市場及び経済における消費者の役割が中心であり、消費者の行動が地域社会、国家
社会、国際社会に及ぼす影響に関しても焦点があてられている。
近年の政府の政策は、英国の学校のカリキュラムに金融教育を組み込むことを意図して
いる。大規模なプロジェクトが予定されており、そのターゲットは、全ての成人、若者、
学生である。現在、英国には 10 の計画が進められている。
主要なプロジェクトとして、“FSA Financial Capability Initiative”
、“CABx Research”、
“PFEG Quality Mark”、
“Money Advice Trust Gateway”、
“Public Legal Education”が挙
げられる。
“FSA Financial Capability Initiative”は国民が、金融的知識を習得するための計画
であり、主要な対象は、学校、職場、家庭である。
“PFEG Quality Mark”は消費者教育の教材に対する品質保証を行い、50 以上の教材に品質
保証マークが与えられている。
前 述 し た よ う に 、 消 費 者 教 育 は 独 立 し た 1 つ の 科 目 と し て で は な く 、 PSHE
(Personal,Social and Health Education)や公民(Citizenship)の中に含まれる形をと
っている。この PSHE や公民の中で、消費者教育として取り扱うことが望ましい内容に関し
ては、教育雇用省(Department for Education and Employment)がガイドラインを発表し
ている。
図表 68 各ステージにおける消費者教育のガイドライン
Key Stage 1
(5∼7 歳)
お金とは何か、児童の実際の生活で直面するお金の利用、貯蓄に際して意
思決定することを学ぶ。また、お金の出所が様々であること、お金は様々
な目的のために使用できることを学ぶ。お金の重要性、ひいては日常生活
でお金を使うことで発生する社会的、道徳的な問題を学ぶ。
Key Stage 2
(7∼11 歳)
お金の利用について簡単な意思決定をすること、どのようにお金を使うの
か考えることを学ぶ。また、自らが下した意思決定によって、その個人や
社会、環境に対して何らかの影響が出ることを学ぶ。お金の管理の方法を
学んだ上で、将来欲しいもの、必要なものは、貯蓄することで手にするこ
とができることに気づかせる。経済状況や生活の標準はそれぞれ様々であ
ることの理解を深める。お金に対する価値や考え方も人によって異なるこ
とを学ぶ。
Key Stage 3
(11∼14 歳)
お金の使い方や貯蓄の仕方が違うことで、どのような影響が出るのか、
様々な影響のもとで、どうすれば個人のお金をうまく管理することができ
るのか学ぶ。また、中央政府や地方政府がどのようにして資金を調達して
いるのか、保険とリスク、健康的な生活スタイルを続けられるための、安
全な選択をすることを学ぶ。お金を利用することに対する、社会上、道徳
上のジレンマもあわせて学ぶ。
割合、比率などに対する複雑な計算を解く力を身に付けさせる。
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Key Stage 4
(11∼16 歳)
お金の取り扱いに対する意思決定、資産管理、様々な金融商品やサービス
の活用を学ぶ。各種金融に関するアドバイスがどのようなものであるのか
理解し、評価することを学ぶ。経済の機能、消費者の権利と責任、雇用者
と被雇用者の関係がどのようなものであるかを学ぶ。
また、貯蓄や投資に関わってくる様々なリスクとリターンを学ぶ。そして、
個人のお金に関する意思決定が、より広い社会、道徳、倫理、環境上の影
響をもたらすことの理解を深めさせる。
割合、比率などに対する複雑な計算を解く力を引き続き養成する。
◆Personal Finance Education Group(Pfeg)
Pfeg は、若い人に消費者教育に関するスキルと知識を持ってもらうために 2000 年に設
立された英国の教育的チャリティ組織であり、政府及び企業から提供される活動資金に
よって運営されている。現在は、2004 年に FSA によって開始された経済能力に関する国
家的戦略の推進の一翼を担っている。
Pfeg は、英国で消費者教育に関して、最も積極的に活動している NPO 組織である。そ
の主たる活動内容は、学校の教材に品質保証マークを付与することと、各ステージごと
にお金の持つ意義をはじめ、以下に図示しているような様々なリーフレットを作成して
学校に配布している。
図表 69
Pfeg によるクオリティマーク
“What Money Means in primary schools”は、
小学校における消費者教育に関する 5 ヵ年の計
画であり、現在及び将来にわたってお金を管理
するための最善の基礎を小学生に身に付けさせ
ることを目的としている。
そのために、教師が高度な消費者教育に関す
る能力を備えることを意図して編集されている。
現在までに、17,500 の学校と 36 の地方行政機
関に配布され、約 1 万人の HSBC の職員がボラン
ティアで学校の授業に協力を行っている。
具体的には、以下の3点を目的としている。
・ 消費者教育の質及び量の増大
・ 消費者教育の指導能力の向上
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図表 69
Pfeg による消費者教育の教材
・ 教室における授業の魅力を高めるため、銀行職員の授業への協力
また、中学校を対象として“Learning Money Matters-for secondary schools”キャ
ンペーンを実施している。このキャンペーンの目的は、英国における中学校における消
費者教育の推進と改善であり、このキャンペーンの実施により中学校卒業生が卒業後、
成人として生活するに十分な経済的知識、スキル、自信を身につけることが期待されて
いる。
具体的な展開方法としては、各学校のニーズに合わせて、Pfeg が有するコンサルタン
トの国家的ネットワークを活用し、消費者教育を教えている学校、教師に無料のアドバ
イス、支援及び教材を提供することでその目的の達成を図っている。
その他、多くの教材を作成しているが、その一部を示す。
図表
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Pfeg による消費者教育教材
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以上、見てきたように英国の消費者教育は金融サービス市場法という法律に基づいて実
施されているのが大きな特徴であり、行政及び業界団体から支援をうけた組織が消費者教
育の方向性を設定しつつ、NPO 等の各種民間団体がその実行組織として様々な活動を実践し、
国の消費者教育を側面から支援し、一定の成果を挙げ、今日に至っている。
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