創造的な新製品開発のための組織能力

2006・2
創造的な新製品開発のための組織能力
−シャープの事例研究−
陰山 孔貴
専門職学位論文
創造的な新製品開発のための組織能力
-シャープの事例研究-
2006 年 8 月 18 日
神戸大学大学院経営学研究科
原拓志研究室
現代経営学専攻
学籍番号 056B221B
氏名 陰山孔貴
創造的な新製品開発のための組織能力
-シャープの事例研究-
氏名 陰山孔貴
目次
第1章
研究の背景と問題意識 .........................................................................................................1
第2章
先行研究 ...........................................................................................................................4
2.1.
『組織能力』とは...................................................................................................................4
2.2.
イノベーションの性質............................................................................................................5
2.3.
知識の創造 ........................................................................................................................6
2.3.1.
『知識』とは ..................................................................................................................6
2.3.2.
鍵となる個人 ................................................................................................................8
2.3.3.
場作り.........................................................................................................................9
2.4.
小括 ...............................................................................................................................13
第3章
研究の目的と方法 .............................................................................................................15
第4章
シャープの研究開発と組織能力............................................................................................17
4.1.
シャープとは.....................................................................................................................17
4.2.
経営理念 .........................................................................................................................17
4.3.
歴代の経営者の姿勢と組織文化の形成 .................................................................................19
4.4.
研究・開発体制 .................................................................................................................22
4.5.
緊急プロジェクト ................................................................................................................23
4.6.
小括 ...............................................................................................................................24
第5章
ケース・スタディー1-『ヘルシオ』の開発 ................................................................................27
5.1.
『ヘルシオ』とは .................................................................................................................27
5.2.
開発ストーリー...................................................................................................................27
5.3.
小括 ...............................................................................................................................32
第6章
ケース・スタディー2-『除菌イオン』の開発 ..............................................................................34
6.1.
『除菌イオン』とは...............................................................................................................34
6.2.
開発ストーリー...................................................................................................................34
6.3.
小括 ...............................................................................................................................38
第7章
考察と結論.......................................................................................................................40
7.1.
「個人」と「組織」の融合の時代 ..............................................................................................40
7.2.
新たな「ハイパーテキスト型組織」の提示 .................................................................................41
7.3.
組織の『善』を創り育てる......................................................................................................45
7.4.
シャープの開発組織の課題 .................................................................................................46
7.5.
実践的インプリケーション.....................................................................................................46
7.6.
残された研究課題 .............................................................................................................47
参考文献 ......................................................................................................................................49
第1章
研究の背景と問題意識
本 研 究 は 、 創 業 か ら 94 年 間 、 一 貫 し て 創 造 的 な 新 製 品 を 生 み 出 す こ と に こ
だ わ っ て き た シ ャ ープ の 事 例 研 究 を行 うこ とに よ り 、 持 続 的 に イ ノベー シ ョ ン を 起 こ すこ
とを可 能 とする『組 織 能 力 』 がどのようなものであるかを明 らかにしようとするものである。
今 から 30 年 前 、『MADE I N JAPAN』が世 界 を征 服 すると言 われ、日 本 はまさに『も
のづくり大 国 』 であった。しかし、その栄 光 は、儚 くも消 えた。実 質 的 に 1970 年 前 半 をピ
ークに、日 本 の製 造 業 の競 争 力 は低 下 をはじめ、利 益 率 はその後 20 年 間 にわたり低
下 を続 けたのである。1990 年 代 中 盤 に、日 本 の自 動 車 産 業 が奇 跡 の復 活 を遂 げたこ
とによって、日 本 の製 造 業 全 体 の業 績 は一 息 つくことになるが、自 動 車 産 業 と共 に日
本 を牽 引 してきた電 機 産 業 の利 益 率 の低 下 は止 まらず今 日 に至 る 1 (図 1) 。
日 本 でもようやく IT ベンチャーに代 表 されるような新 しい産 業 が勃 興 しつつあるが、い
ま だ 、日 本 経 済 は 自 動 車 産 業 と電 機 産 業 の二 大 基 幹 産 業 に依 存 し てい るのが 現 状 で
ある。両 産 業 は裾 野 が広 く景 気 に与 える影 響 が大 きく、日 本 経 済 が完 全 に復 活 をとげ
るためには、日 本 の電 機 産 業 の復 活 が必 要 となってくる。
12
10
営
業
利
益
率
6
4
(
%
8
2
0
)
-2
1970年
1980年
1990年
2000年
図 1 : 日 本 の電 機 産 業 の売 上 高 営 業 利 益 率 の推 移
出 所 :(財 務 省 法 人 企 業 統 計 年 次 調 査 より筆 者 作 成 )
1
財務省法人企業統計年次調査
1
現 在 の 日 本 の 電 機 産 業 の 状 況 を把 握 す る ために 、 電 機 大 手 各 社 の 2005 年 度 の
売 上 高 営 業 利 益 率 の比 較 を示 す(図 2) 。最 も利 益 率 の高 いシャープが 5.9%、最 も利
益 率 の低 い三 洋 電 機 、パイオニアが- 2.2%と、両 社 の差 は 8.1% と大 きく拡 がっている。
さらに、ビクターもパイオニア、三 洋 電 機 同 様 、赤 字 となっており、これらの 3 社 は、今 後
『守 り』の経 営 が必 要 となる。これに対 し、シャープや松 下 のような『勝 ち組 』の企 業 にとっ
ては 、今 後 は『 攻 め』 の経 営 が大 切 と なる 。現 在 、日 本 の電 機 メー カー 各 社 に とって 、最
大 の脅 威 と言 われる韓 国 のサムスン電 子 は、2005 年 度 の売 上 高 営 業 利 益 率 が 14%
と、日 本 トップのシャープの 2.4 倍 という高 い利 益 率 を誇 る。しかしながら、日 本 の電 機 メ
ーカー各 社 が、このようなサムスン電 子 をはじめとする海 外 勢 との過 酷 な競 争 を勝 ち抜
かねば、当 然 、日 本 の電 機 産 業 自 体 の復 活 はありえない。このような状 況 の中 、日 本 ト
ッ プ の 売 上 高 営 業 利 益 率 を 誇 るシ ャ ー プ は 、 液 晶 テ レビ の 売 上 が 好 調 な の を追 い 風 に 、
2006 年 度 に 売 上 高 3 兆 円 を 達 成 す べ く 、 大 き く 変 貌 し よ う と し て い る 企 業 で あ る 。
2006 年 の日 経 リサーチによる企 業 ブランド調 査 でも、電 機 産 業 内 で、シャープは、ソニ
ー、松 下 電 器 に次 ぐ 3 番 目 に位 置 している 2 。日 本 の電 気 産 業 を復 活 させるために、
6.0%
3.0%
0.0%
-3.0%
シャー 松下
プ
電器
営業利益率 5.9%
4.7%
三菱
電機
東芝
富士
通
日立 ソニー NEC
ビク
ター
4.4%
3.8%
3.8%
2.7%
-0.8% -2.2% -2.2%
2.6%
2.0%
三洋 パイオ
電機 ニア
図 2 : 電 機 大 手 メーカーの売 上 高 営 業 利 益 率 の比 較 (2005 年 度 )
2
「2006 年企業ブランド調査」日本経済新聞 2006 年 6 月 29 日朝刊
2
ソニー、松 下 電 器 、同 様 、シャープの今 後 の躍 進 はかかせないものとなっている。
しかし、シャープが創 業 から 94 年 間 一 貫 して、こだわってきた創 造 的 な新 製 品 を生 み
出 し続 け ると いう ことは、 企 業 が規 模 を 拡 大 する中 で非 常 に 困 難 な こと だ と思 われ る 。例
えば、トランジスタラジオ、ウォークマンなどを生 み出 し、新 製 品 を生 み出 すことを得 意 と
してきたソニーでさえも、規 模 拡 大 の中 で、その実 行 能 力 を低 下 させてしまっている。そ
の結 果 、薄 型 テレビ市 場 でも出 遅 れ、必 死 に挽 回 を試 みている状 態 である。この一 例
を見 ただけでも、創 造 的 な新 製 品 を持 続 的 に生 み出 し続 けることは難 しいことだと思 わ
れる。
しかし、我 々が暮 らす資 源 の少 ない国 、日 本 では、今 後 も、海 外 から手 に入 れた資 源
を、創 造 性 を発 揮 し、新 しいものに変 換 していくことによって、産 業 を発 展 させていかね
ばならない。これは、電 機 産 業 以 外 の製 造 業 、さらには他 の産 業 にも当 てはまることであ
る。この力 無 しに今 後 の日 本 の繁 栄 はないと考 える。そこで、本 研 究 では、創 造 性 を発
揮 し、新 しいものを生 み出 すための企 業 の力 の源 とはいかなるものなのか、企 業 が成 長
する中 で、それを実 行 し続 けるためには、何 を大 切 に守 り続 けなければならないのかに
ついてシャープの事 例 研 究 を通 して考 えていきたいと思 う。
本 稿 の構 成 は、以 下 のようになっている。
第 1 章 では、本 研 究 における背 景 と筆 者 の問 題 意 識 を提 示 した。第 2 章 では、先 行
研 究 のレビューを行 い、第 3 章 では、先 行 研 究 のレビューを受 けての研 究 目 的 を設 定
し、研 究 方 法 を示 す。第 4 章 では本 研 究 の研 究 対 象 企 業 となるシャープについて述 べ
る。第 5 章 、第 6 章 では、シャープにおける具 体 的 な製 品 開 発 のケース・ スタディーを行
い、創 造 的 な新 製 品 を生 み出 すためにシ ャープ が有 している力 について明 ら かにし てい
く。第 7章 では、ケース・ステディに基 づき考 察 を行 い、結 論 を示 す。
3
第2章
先行研究
2.1. 『組織能力』とは
企 業 がとる戦 略 の選 択 は、組 織 内 部 の形 状 に大 きな影 響 を与 える。例 えば、新 しい
ものを生 み出 すことを重 視 する企 業 は、組 織 設 計 に柔 軟 な学 習 のアプローチをとるよう
になる。その結 果 、組 織 の構 造 には柔 軟 性 や強 力 な水 平 方 向 の調 整 が求 められ、組
織 は、効 率 や標 準 化 された手 続 きよりも、研 究 と創 造 性 とイノベーションを重 視 するよう
になっていく。それに対 し、他 社 の模 倣 を重 視 する企 業 は、組 織 設 計 に効 率 性 を追 求
するアプローチをとるようになる。その結 果 、組 織 は、効 率 性 を追 求 するため、強 力 な権
限 と厳 しい統 制 、標 準 的 なオペレーション手 順 をとるようになっていく(ダフ
ト ,2002,pp.38-39) 。つ ま り 、 企 業 は 、自 らが 目 指 す 戦 略 に よ り 、組 織 を かた ちづ く って
い く 。 「 組 織 は 戦 略 に 従 う 」 の で あ る ( チ ャ ン ド ラ ー ,2004) 。 し か し 、 戦 略 に 適 応 し た 組 織
は簡 単 につくられるものではなく、長 い年 月 をかけてつくられていく。そして、それが、そ
の企 業 においての競 争 優 位 の源 泉 となった時 に、それは『組 織 能 力 』と呼 ばれるものと
なる。
『組 織 能 力 』とは、1980年 代 以 降 の「能 力 重 視 の競 争 戦 略 論 」において、企 業 間 の
競 争 力 や 収 益 性 の 差 を 説 明 す る 鍵 概 念 と し て 重 視 さ れ て き た も の で ある 。 藤 本 (2006)
は 、 『 組 織 能 力 』 を 5 つの 特 徴 を 有 し て い る も の だ と 定 義 し て い る 。 ① 各 々 の 企 業 に 特 有
な能 力 、②組 織 の属 性 、③「 競 争 力 」にインパクトを与 え、企 業 間 の競 争 力 に差 をもたら
すもの、④他 社 が真 似 しにくいような組 織 ルーチンの束 、⑤「組 織 学 習 」によって構 築 さ
れるもの、である。
代 表 的 な こ の 『 組 織 能 力 』 の 例 と し て は 、 ト ヨ タ 自 動 車 の 生 産 シ ス テ ム が あげ ら れ る 。 ト
ヨタ自 動 車 の生 産 システムは、多 くの欧 米 企 業 が真 似 ようと徹 底 的 に研 究 してきたが、
完 全 に真 似 できた企 業 はいまだ存 在 しない。このトヨタ生 産 システムは、長 い時 間 の中
で 作 り あ げら れ た も ので あり 、 他 社 に は 模 倣 し づ ら く 、 ま さ に 現 在 のト ヨ タ の 強 さ の 「 源 泉 」
と なって いる。 つ まり 、 この ト ヨ タの例 か らも 明 らか な よ うに 、企 業 が 、厳 し い競 争 社 会 の中
で 生 き 残 って い く た めに 、 そ の 企 業 の 強 さ の 「 源 泉 」 と なる 『 組 織 能 力 』 を 育 成 し て い く 必
要 がある。
4
2.2. イノベーションの性質
企 業 が、新 しいものを生 み出 す時 には、何 らかのイノベーションを引 き起 こすことが必
要 となる。では、イノベーションとは何 なのであろうか。
一 橋 大 学 イ ノ ベ ー シ ョ ン 研 究 セ ン タ ー ( 編 ) (2001) に よ る 定 義 で は 、 イ ノ ベ ー
シ ョ ン とは 、「 何 か 新 しい も の を 取 り 入 れる 、既 存 のも の を 変 え る も の 」 で あ る 。 そ し て 、 こ の
イノベーションは、革 新 性 の程 度 とその革 新 性 が技 術 か市 場 のどちらに与 えられるかと
いう 2 軸 によって、さらに 4 種 類 に分 類 することができる(図 3)。この分 類 では、例 えば、
既 存 のカセットテープ技 術 を使 って、新 しいコンセプトの提 案 を行 ったソニーのウォーク
マンは、「市 場 主 導 型 革 新 製 品 」であり、全 く新 しい技 術 を基 盤 とした DVD プレーヤー
は 、 「 技 術 主 導 型 革 新 製 品 」 と い う よ う に 分 類 が 行 わ れ る ( 延 岡 ,2002) 。 な お 、 本 研
究 の 論 題 と も な っ て い る 「 創 造 的 な新 製 品 」 とは 、 市 場 と 技 術 の 両 面 か ら 革 新 性 が 高 い
「革 新 製 品 」 と定 義 することとする。
ウォークマンが、音 楽 を家 の外 に音 楽 を持 ち込 んだように、イノベーションは、我 々の
生 活 を根 底 から変 えてしまう程 の力 をもっている。鉄 道 、電 灯 、電 信 、自 動 車 、飛 行 機
革新性
革新製品
革新製品
改善性
市場の革新性
市場主導型
改善製品
技術主導型
革新製品
改善的
革新的
技術の革新性
図 3 : 技 術 の革 新 と市 場 の革 新
出 所 : (延 岡 ,2002,pp.38)
5
プラスチック、ラジオ、テレビ、ビデオ、インスタントラーメン、エアコン、電 子 レンジ、ファッ
ク ス 、コ ン ビニ 、 宅 急 便 、 イ ン タ ー ネ ッ ト 、 携 帯 電 話 と 、現 在 の 我 々 の生 活 を支 えて い る イ
ノベーションは、挙 げればきりがない。そして、驚 くことに、これらは、いずれもここ 100 年
余 りの間 に我 々の身 の回 りで登 場 したイノベーションである。
当 然 、イ ノベ ーションは我 々 の生 活 同 様 に、企 業 の浮 沈 も左 右 す る。 イ ノベー ション に
より、既 存 の経 済 ・産 業 システムに対 して創 造 的 破 壊 を行 い、発 展 させるのが企 業 であ
る の と 同 時 に 、 破 壊 さ れ る の も ま た 企 業 と い う わ け で あ る 。 例 え ば 、 ク リ ス テ ン セ ン (2001)
は、「破 壊 的 イノベーションの法 則 」という業 界 のトップ企 業 が、顧 客 の意 見 に耳 を傾 け、
最 新 の 注 意 を 払 い な がら 新 技 術 への 投 資 を 行 っ て い た と して も 、 技 術 や 市 場 構 造 に 破
壊 的 イノベーションが生 じた際 、その企 業 は、市 場 のリーダーシップをいとも簡 単 に失 っ
てしまうという法 則 を提 唱 している。また、中 国 唐 の太 宗 に仕 えた名 宰 相 魏 征 の言 葉 に、
「水 能 載 舟 又 覆 舟 」 (水 は船 を浮 かべることができるが、同 時 に船 を転 覆 させることもで
きる)というのがある。イノベーションもまさしく魏 征 のいう水 のようなものである。凪 いでい
るときには企 業 という船 を浮 かべ、その自 由 な航 海 を支 えるが、時 には烈 風 と大 波 で船
を飲 み込 んでしまう恐 ろしいものである。
2.3. 知識の創造
2.3.1. 『 知 識 』 と は
イノベーションが生 まれる過 程 は、大 きく2つの局 面 に分 けることができる。それは、こ
れまで世 の中 に存 在 しなかったような新 しいアイデアを生 み出 すという「創 造 性 」の局 面
と、抽 象 的 なアイデアを、現 実 世 界 で機 能 する具 体 的 な製 品 やサービスへと結 実 させる
「 も の づ く り 」 の 局 面 で あ る ( 野 中 ,2002) 。 野 中 ・ 竹 内 (1996) は 、 企 業 が 連 続 的 に イ ノ ベ
ーションを起 こすために最 も大 切 な力 とは、組 織 内 の個 人 が創 り出 したイノベーションの
種 と なる 知 識 を 、組 織 全 体 で 製 品 や サ ー ビスある いは 業 務 シス テ ムに 具 現 化 して い く組
織 の力 であるとしている。そして、そのイノベーションの種 となる知 識 を、「信 念 (思 い)を
真 実 に向 かって正 当 化 していく人 間 的 でダイナミックなプロセスそのもの」 と定 義 している
(野 中 ・遠 山 ,2006,pp.4)。
6
伝 統 的 な資 本 主 義 経 済 では、「 ヒト」、「モノ」、「カネ」、つまり労 働 や生 産 財 や資 本 が
価 値 生 産 の中 心 要 素 を構 成 すると考 えられてきた。ところが、我 々がすでに経 験 しつつ
ある「知 識 社 会 」では、知 識 が価 値 創 造 の源 泉 として最 も有 力 な資 源 となり、知 識 の創
造 と活 用 が企 業 の持 続 的 成 長 の決 定 要 因 となると考 えられている (ドラッカー,2000)。
その知 識 という経 営 資 源 は、物 的 な経 営 資 源 とは大 きく異 なる4つの性 質 をもってい
る。
① 同 じ知 識 を多 数 のヒトが使 用 しても価 値 を減 じない。(収 穫 逓 増 資 源 )
② 物 や記 録 や伝 承 のような形 で時 空 間 を越 えて移 動 できる。(非 有 限 的 資 源 )
③ 生 産 と消 費 は区 分 できないので両 者 の相 互 作 用 が同 時 に行 われる。(生 産 と消
費 の不 可 分 性 )
④ 新 しい組 み合 わせや分 類 によって価 値 を生 み出 す。(分 節 による価 値 創 出 )
つまり、資 本 や原 材 料 、製 造 設 備 といった物 的 資 源 は、誰 かが占 有 している間 は他
の 人 は使 用 す る こ とは でき ず 、 ま た消 費 す れ ば減 少 して しま う も の で ある が 、 知 識 は 価 値
を減 らさずに、複 製 や共 有 が可 能 であり、その効 用 を広 く享 受 することができるという性
質 をもっているのである (野 中 ・ 遠 山 ,2006,pp.2)。
また、知 識 は、状 態 によって、「形 式 知 」と「暗 黙 知 」に分 けることができる。「形 式 知 」
とは、文 章 にしたり、図 面 に書 いたりといった、紙 面 上 で表 現 可 能 な知 識 のことである。
たとえば、エンジニアは、製 品 を設 計 したり、スペックに落 とし込 んだりして、自 分 の知 っ
ていることを簡 単 に伝 えることができる。それに対 し、「暗 黙 知 」とは感 覚 、体 の動 かし方
の よ う なス キル 、個 人 の認 識 、 経 験 、 本 能 的 なこ と とい った、 個 人 的 な特 性 から 発 生 し て
いる知 識 のことである。このような知 識 は、表 現 して他 者 に伝 えることが難 しい場 合 が多
い。例 えば、非 常 に精 密 な時 計 の部 品 の組 み立 て方 やゴルフのスイング方 法 を他 者 に
伝 えるのが難 しいのは、このためである。
さらに、知 識 は、組 織 のどのレベルが保 有 するかで、「個 人 知 」と「組 織 知 」に分 けるこ
とができる。新 しい知 識 の発 生 は、いかなる時 も個 人 からはじまるのであるが、その知 識
を、まだ個 人 が有 している段 階 では、知 識 は「個 人 知 」である。それが、グループレベル
においての、対 話 、討 論 、体 験 共 有 、観 察 などによって増 幅 され、そしてさらに上 位 の
組 織 へと移 行 していくことによって「組 織 知 」 となる (クロー他 , 2001)。
7
知 識 をイノベーションに変 換 させていくためには、個 人 レベルで創 られた知 識 を、野
中 ・竹 内 (1996)が提 唱 している SECI モデルの「 連 結 化 」 、「共 同 化 」 、「表 出 化 」 、「内
面 化 」の4つの知 識 変 換 モードを何 度 も繰 り返 し、「形 式 知 」と「暗 黙 知 」への変 換 を行
いながら、「個 人 知 」から「組 織 知 」へと変 化 させていく必 要 がある(図 4) 。
形式知
認識論的次元
連結化
表出化
暗黙知
共同化
個人
グループ
内面化
組織
組織間
存在論的次元
知識のレベル
図 4 : 組 織 的 知 識 創 造 のスパイラル
出 所 : (野 中 ・竹 内 ,1996,pp.108)
2.3.2. 鍵 と な る 個 人
イノベーションの種 となる知 識 は、いずれの場 合 も個 人 から生 まれる。それは、裏 を返
せ ば 、 知 識 を 、 組 織 そ れ 自 体 で 創 る こ と は で き な い と い う こ と で ある 。 テ ィ ッ ド 他 (2004)に
よ る と 、 イ ノ ベ ー シ ョ ン を 生 み 出 す た め に 、 ま ず 、 鍵 と な る の は 卓 越 し た 個 人 の 存 在 で あり 、
その個 人 の重 要 な役 割 には、主 に以 下 の3つの役 割 があるとしている。
①
知 識 の源 泉 としての個 人 の役 割
イ ノ ベー ション を発 生 させ るの はいか な る時 も始 ま りは個 人 で ある。 これ はい か なる 時
も変 わ らない 。 そして 、そ の知 識 をイ ノ ベーション まで高 めて いくのは 、そ の知 識 の生 み
8
の親 自 身 の役 割 であることが多 い。そのプロジェクトのリーダーには、しばしば、開 発
者 が推 薦 されるからである。したがって、彼 等 がイノベーションの背 後 に存 在 する知 識
を深 く理 解 し、研 究 室 や設 計 段 階 からフル・スケールの開 発 に至 る長 い道 のりの途 上
で生 じる数 多 くの開 発 課 題 を解 決 する能 力 を有 していなければならない。それができ
なければ、途 中 で知 識 は、イノベーションに至 る前 に、死 んでしまうこととなる。
②
組 織 内 スポンサーとしての個 人 の役 割
イ ノベーションは、不 確 実 性 、複 雑 性 が高 いため、 その進 展 に関 してはさま ざま な組
織 的 な障 害 が生 じることになる。つまり、イノベーションを生 み出 すためには、それを取
り除 き、組 織 内 において極 力 平 坦 な道 を供 給 する個 人 の存 在 が必 要 となってくる。
例 えば、原 (2004)は、医 薬 品 の開 発 においてこのような強 いコミットメントをもち、抵 抗
を克 服 していく個 人 の存 在 の重 要 性 について明 らかにしている。
③
技 術 のゲートキーパーとしての個 人 の役 割
イノベーションとは、情 報 に関 係 するものであり、良 好 な情 報 の流 れやコミュニケーシ
ョンと不 可 分 の関 係 を持 っている。このようなネットワークは、時 としてゲートキーパーと
して活 動 する鍵 となる人 材 によって、組 織 内 の非 公 式 な構 造 の中 に形 成 される。ゲー
トキーパーは、情 報 をさまざまな情 報 源 から収 集 し、それを最 もうまく活 用 し、それに最
も大 きな興 味 を持 っている適 切 な人 材 へと受 け渡 す役 目 を担 う。ゲートキーパーの役
割 は、ナレッジ・マネジメントの分 野 で次 第 に重 要 性 を増 しつつある。
2.3.3. 場 作 り
個 人 から生 まれた知 識 を組 織 内 に浸 透 させていくためには、鍵 となる個 人 の存 在 と
同 様 に 、 組 織 的 な 要 素 も 重 要 と な っ て く る 。 例 え ば 、 ク ロ ー 他 (2001) は 、 知 識 を 創 造 さ
せ る た め に は 、 知 識 創 造 の 『 場 作 り 』 が 不 可 欠 で ある と し て い る 。 知 識 創 造 の 『 場 』 と は 、
人 々 が 関 係 性 を 築 き 上 げ る 場 で あり 、 そ れ を 育 む 場 の こ とで ある 。 し か し 、 従 来 の身 動 き
のとりにくり多 層 にわたる階 層 や、垂 直 的 に職 務 がこなされる組 織 内 における『場 』では、
知 識 のダイナミックなサイクルが生 じず、組 織 として知 識 を増 幅 することは難 しい。これに
9
市場の知
プロジェクト・チーム・レイヤー
組織ビジョンを共有す
るチームが知をダイ
ナミックに共創する
チーム・メンバーはビ
ジネス・システムから
選ばれる
個人は自由に組織の知にア
クセスできる
ビジネス・システム・レイヤー
知識ベース・レイヤー
ダイナミックな知識スパイラ
ルが、絶え間なく知識を創造
し、蓄積し、活用する
組織ビジョン・組織文化、技
術、データベースなど
図 5 : ハイパーテキスト型 組 織
出 所 : (野 中 ・竹 内 ,1996,pp.253)
対 し、野 中 ・竹 内 (1996)は、この知 識 創 造 に適 した組 織 デザインのひとつとして、「ハイ
パーテキスト型 組 織 」 を提 示 している(図 5) 。
ハイパーテキストとは、いくつかのテキストを重 ね合 わせた複 数 のレイヤーから構 成 され
たテキストのことである。例 えば、我 々は、コンピューター・スクリーン上 で、文 章 、画 像 、
映 像 など複 数 のテキストを表 示 することができる。同 時 に、別 々のファイルに分 けて保 存
することや、テキストを見 たい時 に別 々にテキストを引 き出 すことができる。このように、複
数 のレイヤーに自 由 に出 入 りできる機 能 を、ハイパーテキストというわけである。これと同
じように、「ハイパーテキスト型 組 織 」 は、相 互 に結 びついた 3 層 のレイヤーからなった組
織 である。各 層 は、「知 識 ベース」「ビジネス・システム」「プロジェクト・チーム」と呼 ばれ
る。
①
「知 識 ベース」 レイヤー
この 3 層 の中 で、最 も構 成 するのが難 しい層 が、一 番 下 のレイヤーの「知 識 ベース」
レイヤーである。ここでは上 の二 つのレイヤーで創 られた知 識 が再 分 類 ・再 構 成 される。
このレイヤーは現 実 の組 織 実 体 としては存 在 せず、企 業 ビジョン、組 織 文 化 、あるい
10
は技 術 の中 に含 まれている。
②
「ビジネス・システム」レイヤー
真 ん中 のレイヤーが、「ビジネス・システム」レイヤーで、ここでは通 常 のルーティン業
務 が行 われる。ルーティンの仕 事 を効 率 良 くやるには官 僚 制 的 構 造 が適 しているた
め、このレイヤーは階 層 的 なピラミッドの形 をしている。
③
「プロジェクト・チーム」レイヤー
一 番 上 のレイヤーが、「プロジェクト・チーム」レイヤーである。ここでは、いくつものプ
ロジェクト・チームが製 品 開 発 などの知 識 創 造 活 動 に従 事 している。チーム・メンバー
は 、 「 ビ ジ ネ ス ・ シ ス テ ム」 レ イ ヤ ー の多 く の 様 々な 部 署 か ら 集 め ら れ 、 一 つ の プ ロ ジ ェ ク
トが完 了 するまでそこの専 属 となる。いろいろな知 識 が合 わさることにより、新 しい知 識
の創 造 を目 指 すのである。そして、そのプロジェクトが完 了 した後 に、チーム・メンバー
は、もとの「ビジネス・システム」レイヤーにある部 署 に戻 っていく。「プロジェクト・チー
ム」レイヤーで、チーム・メンバーが共 有 した知 識 が、「ビジネス・システム」レイヤーに持
ち帰 られ、知 識 の融 合 が生 じることになる。
こ の「ハイパー テキスト型 組 織 」 のユ ニークな点 は、 まったく異 なる3つ のレイヤー が同 じ
組 織 の中 に共 存 していることである。知 識 がこのような3つのレイヤーをダイナミックに巡
ることにより、新 たな知 識 が創 造 されるというわけである。
では、製品開発の『場』として、この「ハイパーテキスト型組織」は、どのような位置づけの組織なのであろ
うか。組織構造の分類には多くのタイプがあるが、ここでは、組織構造を分類する時、よく用いられる機能
重視とプロジェクト重視の対比に焦点を当て、組織構造の分類を示すこととする(図6)。この図には、最も機
能を重視した機能別組織から、最もプロジェクトを重視したプロジェクト組織、その中間的なマトリクスが並
んでいる。ただし、実際は、組織の構造がこの 3 タイプに明確に分類されるわけではなく、機能別組織から
プロジェクト組織の間に位置する多様な組織形態が連続的に存在している。以下に、基本となる3タイプに
ついて述べる。
① 機能別組織
機 能 別 組 織 は、部 門 横 断 的 なプロジェクトが存 在 しない組 織 である。各 機 能 部 門
11
はそれぞれの専 門 分 野 の役 割 を担 当 し、その業 務 に専 念 することになる。
② プロジェクト組 織
プ ロ ジ ェク ト組 織 は 、特 定 の製 品 開 発 を目 的 とし て 、様 々な 機 能 部 門 か ら 人 材 を集
め 部 門 横 断 的 な開 発 チー ム が作 られ る 組 織 である 。 メ ンバー は 、そ のプ ロ ジ ェク トに 専
念 することになる。ただし、現 実 的 には、図 に示 すように少 なくとも一 部 は機 能 部 門 と
して残 され、管 理 的 な業 務 や複 数 プロジェクトをまたがった業 務 を担 当 することにな
る。
③ マトリクス組 織
マトリクス組 織 は、機 能 別 組 織 とプロジェクト組 織 のふたつの中 間 的 な要 素 を持 つ
組 織 である。製 品 開 発 を実 施 する組 織 としては、最 も一 般 的 な組 織 と言 える。機 能
別 組 織 と異 なり、部 門 横 断 的 なプロジェクトが設 定 され、プロジェクトマネジャーが任
命 される。しかし、技 術 者 は機 能 部 門 に所 属 したままという中 間 的 な組 織 となる。
機能重視組織
機能別組織
マトリクス組織
プロジェクト組織
プロジェクト重視組織
機能部門長
プロジェクト・マネジャー
図 6 : 製 品 開 発 の組 織 構 造
出 所 : (延 岡 ,2002,pp.125)
12
「ハイパーテキスト型 組 織 」の場 合 、機 能 別 組 織 とプロジェクト組 織 の中 間 のマトリクス
組 織 の色 彩 が強 いように思 われる。しかし、マトリクス組 織 と「ハイパーテキスト型 組 織 」は
5つの点 で異 なると野 中 ・ 竹 内 (1996)は主 張 している。
①
マ ト リ ク ス 組 織 の 場 合 、 組 織 の メ ン バ ー は 二 つ の 部 署 に 所 属 す る か ある い は 報 告
す る義 務 があ るが 、「 ハイ パーテ キス ト型 組 織 」の 場 合 、たった一 つ の部 署 に所 属
し報 告 することになる。したがって、プロジェクトのメンバーは、より自 分 が進 めてい
るプロジェクトだけに集 中 することができる。
②
「ハイパーテキスト型 組 織 」の場 合 、知 識 を創 造 ・蓄 積 し、組 織 的 知 識 創 造 が進
む仕 組 みとなっ ているが 、マ トリクス組 織 は、特 に知 識 変 換 を意 識 して作 られ てい
る組 織 ではない。
③
「ハイパーテキスト型 組 織 」では、レイヤー毎 に異 なる知 識 の内 容 を、時 間 をかけ
てより柔 軟 に組 み合 わせることができる。
④
「ハイパーテキスト型 組 織 」では、プロジェクトに期 限 があるので、プロジェクトの目
標 を達 成 するために、資 源 とエネルギーをその期 限 内 により集 中 的 に使 うことが
できる。
⑤
「 ハイ パ ーテキ ス ト型 組 織 」 の 場 合 、 プ ロ ジ ェクト は トッ プ 直 轄 な ので 、 トッ プ 、 ミドル、
ロ ワーの間 のコミュ ニケーションは 、形 式 的 な階 層 組 織 よ り時 間 的 に圧 縮 さ れ、 そ
の結 果 として階 層 間 で深 く突 っ込 んだ対 話 が徹 底 的 に行 われる。そういう意 味
で、「ハイパーテキスト型 組 織 」は、ミドル・アップダウン・マネジメントを促 進 すると
いえる。
2.4. 小括
ここまで、企 業 が新 製 品 を生 み出 すために必 要 な『組 織 能 力 』について、先 行 研 究
のレビューを通 し、明 らかにしてきた。その要 素 についてまとめる。
企 業 が、新 しいものを生 み出 すためには、何 らかのイノベーションを起 こす必 要 があり、
そのイノベーションの種 となるものは、知 識 である。しかし、イノベーションを達 成 するには
不 確 実 性 、複 雑 性 が伴 い 、 知 識 がイ ノ ベ ー ション へ と変 化 す る まで は膨 大 な エ ネル ギー
13
が 必 要 と な る 。 そ して 、注 意 す べきは 、 そ のイ ノベ ー シ ョ ンの 種 とな る 知 識 は 、いず れ の 場
合 も 個 人 から 生 ま れ る こ と で ある 。 組 織 自 体 が 知 識 を 生 む こと は 決 し て な い の で ある 。 他
方 、イノベーションは組 織 によって実 現 される。したがって、組 織 がイノベーションをおこ
す 過 程 では、 い ず れも「 個 人 」 か ら「 組 織 」へ 知 識 を広 め てい くこ と が必 要 と なる 。つま り 、
個 人 が知 識 を持 つ「暗 黙 知 」の状 態 から「形 式 知 」へと、そしてその逆 の形 式 知 の状 態
か ら暗 黙 知 へ の変 換 を何 度 も繰 り返 し 、組 織 へ伝 え 、「個 人 知 」から「組 織 知 」へと変 換
させていかねばならない。その過 程 において、キーとなるのは『鍵 となる個 人 』の存 在 と、
組 織 内 での『 場 作 り』 であ る。この『 場 』のひとつの答 えとして 、「ハイパーテ キスト型 組 織 」
が、すでに、野 中 ・竹 内 (1996)によって提 唱 されている。
14
第3章
研究の目的と方法
我 々が暮 らす資 源 の少 ない国 である日 本 は、昔 から、海 外 から手 に入 れた資 源 を、
創 造 性 を発 揮 し、新 しいものを生 み出 すことによって発 展 してきた。日 本 が今 後 も発 展
し ていくためには 、創 造 性 を発 揮 し、 イ ノベー ションを起 こす力 を日 本 の各 企 業 が高 め る
ことが必 要 であると筆 者 は考 える。
先 行 研 究 から 、イノ ベーションを起 こすためには、 イノベ ーションの種 と なる知 識 を生 み
出 す『個 人 』と知 識 をイノベーションまで育 てる組 織 の中 の『場 』が重 要 であることが示 さ
れた。しかし、先 行 研 究 においては、具 体 的 な企 業 内 で、『個 人 』がどのような特 性 を持
ち 、 知 識 創 造 に 適 し た 『 場 』 の ひ と つ と し て 、 野 中 ・ 竹 内 (1996) が 提 唱 し て い る 「 ハ イ パ
ーテキスト型 組 織 」という場 の中 で、どのような現 象 が生 まれ、イノベーションが発 生 して
いるかまでは、詳 しく示 されていない。これでは、持 続 的 に創 造 的 な新 製 品 開 発 を行 い
た い企 業 が、 具 体 的 にど の よう な行 動 を と ればよ い の かわか ら ない 。 そこ で 、本 研 究 の目
的 は、創 造 的 な新 製 品 を持 続 的 に生 み出 すことを可 能 とする『組 織 能 力 』がどのような
ものであり、どのように育 まれ、発 揮 されているのか示 し、イノベーションを生 み出 すため
に必 要 な要 素 や枠 組 みについて提 示 を行 うこととする。
研 究 方 法 とし て は 、 ケース ・ス タ ディー を 選 択 する 。 ケー ス・ ス タ デ ィ ーは 、 一 つ 、 また は
一 定 の 限 ら れ た 数 の 複 数 の 事 例 に 焦 点 を あて て 、 よ り 集 中 的 で 詳 細 に デ ー タ や 情 報 を
収 集 し、ある問 題 や現 象 に対 する理 解 を深 める方 法 である。(田 尾 ・若
林 ,2001,pp.31 ) 。 特 に 、 『 ど の よ う に 』 、 『 な ぜ 』 と い う 問 い が 発 せ ら れ て い る と き に は 、 よ
り 効 果 を 発 揮 す る 方 法 で ある ( イ ン ,1996,p.1) 。 本 研 究 に お い て も 『 ど の よ う に 』 と い う 問
いが発 せられており、本 研 究 で、ケース・スタディーという研 究 手 法 をとることが妥 当 と考
えられる。データとしては、公 開 された論 文 、書 物 、雑 誌 、新 聞 などの2次 的 なデータに
加 え、インタビューという 1 次 的 データを収 集 する。
本 研 究 の対 象 企 業 は、シャープとする。シャープは、1912 年 の創 業 以 来 94 年 間 、
一 貫 して創 造 的 な新 製 品 を生 み出 すことにこだわってきた企 業 である。シャープは、か
つて、創 造 的 な新 製 品 を生 み出 すことを重 んじるあまり、旧 社 名 の早 川 電 機 にちなみ、
「 早 か っ た電 機 」 と 揶 揄 さ れ る ほ ど 、 創 造 的 な 新 製 品 開 発 に 徹 底 し て こ だ わ っ て き た 。 シ
ャープは、実 際 、シャープペンシルに始 まり、鉱 石 ラジオ、白 黒 テレビ、電 卓 、液 晶 、太
15
陽 電 池 の実 用 化 など、数 多 くの世 界 初 ・日 本 初 を達 成 してきた企 業 である。
本 研 究 では、 そ の シャ ープ に お ける具 体 的 な製 品 開 発 に おけ る『組 織 能 力 』 を明 ら か
にするために、『 ヘルシオ』 と『 除 菌 イオン』という2つの製 品 開 発 についてケース・スタディ
ーを行 う。この2つの製 品 を選 択 したのは3つの理 由 からである。第 1に、両 製 品 は、比
較 的 、新 しくシャープが生 み出 した製 品 であること、第 2に、シャープは、デバイスから製
品 まで幅 広 く手 がけているエレクトロニクスメーカーであるが、何 らかの事 業 体 に絞 った
方 が 、 生 まれ た 製 品 に対 す る 深 い理 解 が 得 られ る と 考 え 、シ ャ ー プ の 電 化 シス テム 事 業
本 部 から生 まれた2製 品 を対 象 とした。第 3に、この 2 製 品 は、共 に技 術 的 にも市 場 的
にも革 新 性 が高 く、2 章 で示 したイノベーションの 4 種 類 の分 類 の中 で「革 新 的 製 品 」と
分 類 できる製 品 である。本 研 究 では、ただの新 製 品 ではなく、本 研 究 の論 題 ともなって
いる『創 造 的 な新 製 品 開 発 のための組 織 能 力 』について考 えて行 きたい。そのため、4
種 類 の分 類 の中 でも、この技 術 的 にも市 場 的 にも革 新 性 の高 い製 品 を『創 造 的 な新
製 品 』と定 義 して研 究 を行 っていくこととした。
インタビューは、シャープで勤 務 されている 3 人 の方 に行 った。『ヘルシオ』の開 発 者
で あり 、 現 在 、 電 化 商 品 開 発 セ ンタ ー 第 二 開 発 室 室 長 である 井 上 隆 氏 、『 除 菌 イオ ン』
の 開 発 者 で あ り 、 現 在 、 電 化 商 品 開 発 セ ン タ ー 第 一 開 発 室 主 任 研 究 員 で ある 西 川 和
男 氏 、現 在 、電 化 商 品 開 発 センター第 三 開 発 室 室 長 である池 防 泰 裕 氏 に、それぞれ、
準 構 造 型 化 インタビューを行 った。インタビューを実 施 した日 時 は、井 上 氏 は、6 月 12
日 (月 )18:00~20:00 に、西 川 氏 は、6 月 21 日 (水 )19:00~21:30 に、池 防 氏 は、
6 月 13 日 (火 )18:30~20:30 にそれぞれ行 った。なお、ケース中 では、3 人 の方 の敬
称 は略 させて頂 いている。
16
第4章
シャープの研究開発と組織能力
4.1. シャープとは
シャープの事 業 開 始 は、今 から 94 年 前 の 1912 年 である。創 業 者 の早 川 徳 次 氏 と
従 業 員 2人 の計 3 人 で始 めた町 工 場 が始 まりである。1912 年 のシャープの事 業 開 始
は、松 下 電 器 やソ ニーよ りも早 く、日 本 のエレクト ロニクス産 業 を開 いたのはシャー プと 言
える。事 実 、シャープは、社 名 にもなっているシャープペンシルに始 まり、鉱 石 ラジオ、白
黒 テレビ、電 卓 、太 陽 電 池 、カメラ付 き携 帯 電 話 、液 晶 テレビなど、多 くの世 界 初 ・ 日 本
初 の技 術 を生 んできた企 業 である。
2005 年 度 の売 上 高 は、2 兆 7,971 億 円 、営 業 利 益 は、1,637 億 円 となっている。
この売 上 規 模 は、日 本 の大 手 電 機 メーカー11 社 の中 で 8 番 目 であり、電 機 産 業 の中
では決 して大 きい数 字 ではない。しかし、小 さいながらも効 率 よく稼 ぎ、業 界 ナンバーワ
ンの 5.9%という高 い売 上 高 営 業 利 益 率 を誇 っている。
4.2. 経営理念
シャープは、技 術 志 向 の強 い地 味 で堅 実 な社 風 もあり、松 下 電 器 やソニーの影 に隠
れ 、 最 近 ま で 世 間 の 注 目 を そ れ ほ ど 浴 び る 企 業 で は な か っ た 。 し か し 、 「 失 わ れ た 10
年 」と呼 ばれる不 況 期 においても、社 員 に対 し一 人 のリストラも行 わずに、業 績 を伸 ばし
てきた経 営 スタイルや亀 山 工 場 への大 型 投 資 の決 断 が、近 年 、世 間 から高 く評 価 され、
シャープへの注 目 は高 まっている。
そのシャープの経 営 スタイルや大 型 投 資 の決 断 を理 解 する上 で、まず、理 解 せねば
ならないのが、同 社 の経 営 理 念 である。
この経 営 理 念 の中 で、特 に目 を引 くのが、冒 頭 部 分 の「いたずらに規 模 のみを追 わ
ず」である。経 営 理 念 に「規 模 を追 わない」ことを明 確 に宣 言 している企 業 はきわめて稀
である。この「規 模 を追 わない」は、言 い換 えれば、規 模 の拡 大 を犠 牲 にしてでも、たえ
ず企 業 内 部 に技 術 力 や人 材 を蓄 積 していき、社 会 的 な貢 献 をすべきとの戒 めである。
17
ま た、「誠 意 と 独 自 の技 術 をもっ て広 く世 界 の文 化 と福 祉 の 向 上 に貢 献 する」は、ま さ に
シャープの歴 史 を示 した一 文 であり、多 くの世 界 初 ・日 本 初 の技 術 は、この一 文 から生
まれてきている。
〈 シャープ株 式 会 社 経 営 理 念 〉
いたずらに規 模 のみを追 わず、誠 意 と独 自 の技 術 をもって、
広 く世 界 の文 化 と福 祉 の向 上 に貢 献 する。
会 社 に働 く人 々の能 力 開 発 と生 活 福 祉 の向 上 に努 め、
会 社 の発 展 と一 人 一 人 の幸 せとの一 致 をはかる。
株 主 、取 引 先 をはじめ、全 ての協 力 者 との相 互 繁 栄 を期 す。
(シャープ株 式 会 社 , 1992, pp.1)
こ の 94 年 の歴 史 の中 で 、シャー プの経 営 理 念 は、小 さな意 思 決 定 から大 き な意 思
決 定 においてまで、多 くの場 面 で重 要 な役 割 を果 たしてきた。代 表 的 な例 が、1970 年
の天 理 工 場 の建 設 における意 思 決 定 である。1970 年 は、高 度 成 長 期 であり、電 機 産
業 が、いっせいに業 績 を拡 大 した時 期 であった。その 1970 年 には、シャープの本 社 が
ある地 元 大 阪 で 万 博 が開 催 さ れるこ と になっ ていた 。当 初 、 シ ャー プも、 日 立 、三 菱 、松
下 、三 洋 同 様 に 、パビリオン出 展 を行 うこ とにしていた。 しかし 、結 果 として 、シャー プは 、
万 博 へのパビリオン出 展 を断 り、奈 良 県 の天 理 に中 央 研 究 所 や半 導 体 工 場 を擁 する
総 合 開 発 センターの建 設 を行 うことにする。その理 由 は、わずか、半 年 間 で取 り壊 され
るパビリオンに 15 億 円 もの巨 費 を投 じるより、電 卓 用 に輸 入 していた LSI(大 規 模 集 積
回 路 )の自 社 開 発 に投 資 した方 が、シャープの将 来 の発 展 に寄 与 するのではないかと
いう判 断 であった。それまで、シャープは、家 電 メーカーといっても実 態 はアッセンブリー
(組 立 ) メーカ ーでし かな く、テレ ビで中 心 になる ブラ ウン管 や 、 トラ ンジス タ 、チュー ナと い
った部 品 の生 産 は行 っていなかった。このような状 態 では、独 自 の製 品 を作 ることは難 し
く、当 時 の社 長 の佐 伯 氏 は、 LSI を自 製 すること により 、他 社 にない技 術 を開 発 し よう と
考 えたのである。結 果 として、この LSI 工 場 への投 資 が、シャープを家 電 メーカーから総
合 エレクトロニクスメーカーへと開 花 させる大 きなきっかけとなった。電 卓 の開 発 もこの
LSI の 開 発 か ら 始 まり 、 現 在 のシ ャ ー プ の顔 と なっ てい る液 晶 技 術 もこ の 電 卓 に 内 蔵 さ
18
れたことにより始 まったのである。独 自 の技 術 を育 てて将 来 の糧 を得 る。このような経 営
理 念 に立 ち戻 っ ての意 思 決 定 を 、シ ャー プは幾 度 となく行 っ てきたの で ある (柳 原 ・大 久
保 , 2004,pp.25)。
4.3. 歴代の経営者の姿勢と組織文化の形成
シャープは、 94 年 という長 い歴 史 を誇 る企 業 だ が、こ の期 間 で経 営 トッ プについた の
はわずか 4 人 である。当 然 、各 経 営 トップの在 任 期 間 は長 く、創 業 者 早 川 徳 次 氏 が5
8 年 間 、2代 目 佐 伯 旭 氏 が1 6年 間 、 3代 目 辻 晴 雄 氏 が1 2年 間 、4代 目 町 田 勝 彦
氏 が現 在 で8年 目 となっている。社 長 の長 期 政 権 の必 要 性 を示 している三 品 は、著 書
(三 品 ,2005)の中 で以 下 のように述 べている。
「経 営 者 が成 し遂 げる仕 事 の大 きさは、その人 がどれほど大 きなテーマを自 らに
課 す か で 決 ま っ て し ま う 。 そ し て 、 経 営 者 が 自 らに 課 す テ ーマ の 大 き さは 、 そ の 人 が
どこまで先 を見 据 えるかで決 まってしまう。経 営 者 が見 据 える視 界 の奥 行 きは、もち
ろん部 分 的 には人 の器 量 にかかわるが、基 本 的 には自 らの任 期 を何 年 と覚 悟 する
かで決 まってしまう。だから、経 営 者 の期 待 任 期 は何 にも増 して重 要 である。その
必 要 任 期 は10年 である。そして、本 当 に強 固 な企 業 を築 き上 げるには、長 期 政 権
を担 う強 い経 営 者 が、少 なくとも三 代 ほど必 要 となる。」
まさに、シャ ープは、10年 以 上 の任 期 、三 代 以 上 の強 い経 営 者 によって、発 展 して き
た企 業 である。長 期 政 権 の中 で、現 在 、シャープを支 えている液 晶 事 業 も30年 間 の蓄
積 で開 花 させ、次 世 代 のシャープ の柱 になるであろう太 陽 電 池 も40年 間 の蓄 積 で開 花
さ せ よう として いる。現 社 長 の町 田 氏 も「短 期 的 にどう こうや るとい うのは 、メ ーカーに 向 か
ない。これがメーカーの経 営 者 の絶 対 条 件 だと思 う。短 期 で挑 戦 すると、流 行 を追 って
し まう。流 れを追 うと 、必 ずどこ かで負 けてし まう。長 期 的 な視 点 でものを考 えら れる よう に
することが、非 常 に大 事 。」 3 とメーカーの発 展 には、長 期 政 権 が必 要 だと述 べている。
3
「王 国 7つのキーワード シャープ」 『週 刊 東 洋 経 済 』 2004 年 3 月 27 日 号
19
シャープの歴 史 は、創 業 者 の早 川 徳 次 が、1912年 の19歳 の時 、東 京 の下 町 、本
所 で金 属 化 工 業 を起 こした時 から始 まる。早 川 は、両 親 と別 れて育 つ不 遇 で貧 しい幼
少 時 代 を経 て、9歳 から職 人 の見 習 いをしながら、簪 など精 巧 な金 属 製 品 を加 工 する
技 術 を体 得 した。並 外 れた発 明 のセンスを持 ち合 わせていた早 川 は、洋 服 のベルトの
バ ッ ク ル「 徳 尾 錠 」 を皮 切 り に 、 「 水 道 自 在 器 」 「 一 馬 力 モー タ ー 」 な ど を 次 々 に 考 案 ・ 開
発 し、独 立 後 の事 業 を軌 道 にのせる。
その後 、有 名 な「 シャープペンシル(早 川 式 繰 出 鉛 筆 )」 を考 案 、1915年 の発 売 後 に
欧 米 で大 ヒットし、事 業 を一 気 に拡 大 させた。シャープペンシルの事 業 はその後 も順 調
に伸 びていたが、1923年 、関 東 大 震 災 に遭 遇 する。工 場 は全 壊 し、最 愛 の妻 子 も失 う
不 幸 に見 舞 われる。だが、大 阪 西 田 辺 (現 在 の本 社 所 在 地 ) で国 産 第 一 号 のラジオを
開 発 ・製 造 して再 起 する。その後 は国 産 第 一 号 テレビ、洗 濯 機 、冷 蔵 庫 の製 造 ・販 売
などによって総 合 家 電 メーカーへの道 を歩 んでいくのである (平 野 ,2004)。
早 川 は、自 著 (早 川 ,1970,pp.174-175)の中 で、「 模 倣 (まね)される商 品 をつくれ」
と題 して次 のように記 している。
「ひとつの製 品 を開 発 して、商 品 として売 り出 すまでにはいろいろと苦 労 がある。と
ころが、それ がいいとなると他 社 もまた同 じようなものを売 り出 す。日 本 人 は模 倣 がう
まいといわれ、商 業 道 徳 上 からみてこれを非 難 する人 もいる。しかし、私 は会 社 の
研 究 部 あたりには『 他 社 が模 倣 するような商 品 をつくれ』というのである。ということは、
こちらで作 ったものがいいから模 倣 されるので、逆 にそういう商 品 でなければ売 れな
いし発 展 しないと思 うからである。しかも自 分 だけの商 品 では発 展 させるには大 変
な費 用 もかかるし、時 間 もかかる。ところがマネをしてくれる人 があると自 分 のものと
あわせ て宣 伝 し てくれる。 すると自 分 の商 品 も今 まで以 上 に売 れる ように なる。模 倣
となると特 許 が一 応 さまたげになるが、特 許 でおさえたつもりでも、すき間 がいくらで
もあるものだ。どうしても必 要 な部 分 だけ特 許 料 を払 えばたいてい簡 単 にマネられる。
マネが競 争 を生 み、技 術 を上 げ、社 会 の発 展 になっていく。ただ先 発 メーカーは常
にあとから追 いかけられているわけだから、すぐ次 を考 えねばならぬし、勉 強 を怠 っ
てはならない。また一 つが良 いからといって現 状 に満 足 してはならない。私 の方 で
開 発 し た電 子 式 卓 上 計 算 機 が今 ど ん ど ん売 れ て いる が、 こ れ を手 が け る会 社 が 現
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在 二 十 社 近 くもある。そうなるとこちらも元 祖 だからといってじっと構 えておられない。
更 によりすぐれたものを研 究 することになるわけで、模 倣 されることも結 局 は自 分 の
ところの発 展 に役 立 つと私 は考 えるのである。」
早 川 が言 っている「他 社 がまねするような商 品 をつくれ」とは、言 い換 えれば、「まねさ
れ るよ うないい商 品 を最 初 に つく れ」と いう意 味 で ある 。この商 品 開 発 に対 する早 川 の 考
え方 は、シャープの組 織 文 化 として深 く刻 み込 まれている。シャープが数 々の世 界 初 ・
日 本 初 の 技 術 を 生 み 出 し て こ ら れ た の は 、 創 業 以 来 、 製 造 業 を 原 点 にし て 技 術 を極 め
て い く と い う経 営 の 基 本 の も と で 、 他 社 に な い 特 長 商 品 を つく る 組 織 文 化 が 受 け 継 が れ
てきたためである。それは創 業 者 から現 在 の社 長 の町 田 氏 に至 るたまで、歴 代 の経 営
者 の基 本 姿 勢 に端 的 に表 れている。
〈歴 代 の経 営 者 の基 本 姿 勢 〉
創業者 早川徳次氏
「他 社 にまねされる商 品 をつくれ」
2 代目 佐伯旭氏
「独 自 技 術 、特 長 商 品 で、新 たな需 要 を創 造 しよう」
3 代目 辻晴雄氏
「ユーザーの目 線 に立 った商 品 づくり」
4 代目 町田勝彦氏
「オンリーワン商 品 の創 出 」
(舘澤,2003,pp.146-147)
特 に 、 「 オ ン リ ー ワ ン 経 営 」 を 標 榜 す る 現 在 の 社 長 の 町 田 氏 は 、 「 SMAP の ヒ ッ ト 曲 で
ある『世 界 に一 つだけの花 』を第 二 社 歌 にしたいほどです。」とも述 べ、徹 底 的 に「オンリ
ーワン経 営 」 にこだわっている (長 田 ,2004 、pp.72)。
経 営 者 が交 代 しても、一 貫 して過 去 からの理 念 や経 営 姿 勢 が変 わらないという継 続
性 の中 で、年 を重 ねるごとに技 術 やノウハウが社 内 に蓄 積 していく。シャープから世 界
初 ・日 本 初 の新 商 品 が次 々に生 まれるのも、決 して偶 然 ではないだろう。オンリーワンの
商 品 を生 み出 すためにもっとも合 理 的 な風 土 や組 織 とは何 かを追 求 し、発 展 させてきた
結 果 で ある。 企 業 が 永 続 的 に 発 展 し 、 モ ノ づ くり で 社 会 に貢 献 し 、 従 業 員 が 幸 福 に な る
ためには、いったい何 をすべきか。考 え抜 かれたリーダーの言 葉 の一 貫 性 が、優 れた組
織 文 化 と技 術 を育 てているのである。
21
4.4. 研究・開発体制
シャ ープは、基 本 的 な組 織 設 計 として事 業 別 を採 用 している。組 織 を設 計 をするに あ
たり、組 織 の設 計 者 は、大 きく機 能 別 、事 業 別 、地 域 別 という3つのアプローチをとること
が で き る 。 ダ フ ト (2002) に よ る と 、 シ ャ ー プ が 選 択 し て い る 事 業 別 は 、 主 に 3 つ の 点 で 優
れている。①不 安 定 な環 境 のすばやい変 化 に対 応 することに適 している、②各 製 品 がそ
れぞれ事 業 部 毎 に作 られるので、顧 客 はすぐに適 切 な事 業 部 との連 絡 がとれ、顧 客 の
満 足 感 が得 られやすい、③機 能 部 門 間 の調 整 が行 い易 い、である。欠 点 としては主 に
2点 ある。①組 織 が規 模 の経 済 性 を失 う、②技 術 の専 門 性 が欠 けてしまう、である。
シャープは、このような組 織 体 制 の中 で、新 しい技 術 を生 むことをミッションとしている
研 究 ・開 発 体 制 を、大 きく会 社 直 轄 と事 業 本 部 下 の二 つに分 けている(図 7)。基 本 的
な住 み分 けとしては、基 礎 ・応 用 研 究 を会 社 直 轄 の開 発 体 制 が行 い、商 品 化 開 発 を
事 業 本 部 下 の開 発 体 制 が行 うことにしている。
技術本部
会社直轄の開発体制
デバイス技術研究所
先端通信技術研究所
生産技術開発推進本部
プラットフォーム技術研究所
ディスプレイ技術開発本部
生産技術開発センター
エコロジー技術開発センター
ディスプレイ・プロセス研究所
精密技術開発センター
次世代商品開発センター
ディスプレイ材料技術研究所
設計システム開発センター
バイオセンシングシステム
機能デバイス研究所
モノづくり革新センター
研究所
要素技術開発センター
シャープヨーロッパ研究所
基礎・応用研究
事業本部下の開発体制
成果
シャープアメリカ研究所
委託
商品化開発
AV商品開発センター
先端技術開発センター
情報商品開発センター
電子部品開発センター
電化商品開発センター
ソーラーシステム開発センター
ドキュメント商品開発センター
通信商品開発センター
プラットフォーム開発センター
システムソリューション開発センター
Sharp Software Development
India Pvt.Ltd.(SSDI)
Sharp Telecommunications
of Europe,Ltd.(STE)
Sharp Technology
Taiwan Corp.(STT)
図 7 : シャープの研 究 ・ 開 発 体 制
出 所 :(池 防 氏 へのインタビューから筆 者 作 成 )
22
シャープでは、会 社 直 轄 や各 事 業 本 部 に分 けられているこの多 くの研 究 所 や開 発 セ
ンター間 の壁 を低 くするため、さまざまな集 まりや会 議 が開 かれている。それらを通 じて、
研 究 ・開 発 の担 当 者 が各 レベルだけでなく全 レベルを通 して知 識 を共 有 できるようにな
っている。まず、月 一 回 開 かれ、社 長 、副 社 長 、取 締 役 の経 営 陣 、各 開 発 センターが
出 席 する総 合 技 術 会 議 がある。この会 議 では、各 開 発 センターで向 こう 1 年 間 どのよう
な研 究 を行 うべきか議 論 する。そして、年 一 回 、各 開 発 センターは、それぞれ、研 究 状
況 を経 営 陣 へプレゼンテーションする機 会 を与 えられる。製 品 化 を急 スピードで進 めた
い技 術 がある場 合 、各 開 発 センターはその技 術 を経 営 トップに直 にアピールする機 会 を
もてるのである。その結 果 、経 営 トップの目 にとまった技 術 は、トップの後 押 しを得 ること
が で き る よ う に な る 。 次 に 、 開 発 セ ン タ ー の 所 長 会 議 が ある 。 こ の 会 議 で は 、 開 発 日 程 な
どの具 体 的 なことが詳 しく話 される。例 えば、いつごろ、どのように技 術 を事 業 部 に移 転
す る か 、 ある い は 社 外 の 協 力 が 必 要 で あれ ば ど の よ う に 進 め る か が 具 体 的 に 決 定 さ れ る
の で あ る 。 シ ャ ー プ は 、 こ の よ う に 各 組 織 間 で のコ ミ ュ ニ ケー シ ョ ン を 高 め 、 組 織 の 壁 を 低
くしようとしているのである。
4.5. 緊急プロジェクト
シャープの場 合 、通 常 の製 品 開 発 は、先 程 述 べた各 事 業 本 部 の開 発 センター内 で
行 われるが、戦 略 的 に重 要 な商 品 開 発 は「緊 急 プロジェクト」と呼 ばれる組 織 のもとで行
われることとなる。「緊 急 プロジェクト」とは、シャープの独 自 技 術 を駆 使 した特 長 製 品 の
早 期 事 業 化 に向 け、全 社 関 連 部 門 より選 ばれたメンバーにより、編 成 された開 発 チー
ムを指 す。「緊 急 プロジェクト」 の原 型 は、 734 プロジェクトと呼 ばれる 1973 年 に行 われ
た世 界 で始 めて液 晶 表 示 装 置 を使 った電 卓 を開 発 したプロジェクトである。そして、
1977 年 に、スピードを要 する戦 略 製 品 の開 発 にこの方 式 を制 度 化 したのが現 在 の「緊
急 プロジェクト」の始 まりである。運 営 上 の特 長 として、「緊 急 プロジェクト」では、会 社 の
どこからでもチーム・メンバーを招 集 でき、プロジェクト期 間 中 は彼 等 に役 員 と同 じくらい
の権 限 を与 えられたことを象 徴 とする「金 バッジ」が渡 される。社 長 に直 属 して、その予
算 は大 きなものとなる。金 バッジをつけた社 員 と彼 等 のプロジェクトには、会 社 の施 設 ・
器 具 を利 用 したり資 材 を調 達 する際 の最 優 先 権 が与 えられる。その代 わり、「緊 急 プロ
23
ジェクト」のメンバーは、1、2年 の間 に必 要 性 の高 い製 品 や技 術 を開 発 することが至 上
命 令 となる。
今 日 まで、シ ャー プでは、「 緊 急 プ ロ ジェクト」 から数 多 くの ヒット商 品 が生 み出 され て き
た 。 例 え ば 、 電 子 手 帳 『 ザ ウ ル ス 』、 液 晶 テ レ ビ 『 ア ク オ ス』 、 住 宅 用 太 陽 光 発 電 シ ス テ ム
『 SUNVISTA 』 、 薄 型 PC 『 MURAMASA 』 、 携 帯 電 話 『 ア ク オ ス 携 帯 』 な ど 現 在 の シ ャ
ー プ を 支 えて い る 商 品 が こ こ か ら生 み 出 さ れて い る 。現 在 も 、約 2 0 の 「 緊 急 プロ ジ ェ ク ト」
がシャープ内 では行 われ、未 来 のシャープを支 える製 品 の開 発 が日 夜 行 われている。
4.6. 小括
本 章 では、ここまで、シャープの経 営 理 念 、経 営 者 、組 織 文 化 、研 究 ・開 発 体 制 、緊
急 プ ロ ジ ェ ク ト に つ い て そ れ ぞ れ 述 べ て き た が 、 野 中 ・ 竹 内 (1996) は 、 こ れ ら 全 て を 、 シ
ャープが実 現 することにより、知 識 創 造 を生 みだしやすい『場 』である「ハイパーテキスト
型 組 織 」をほぼ完 璧 なレベルまで完 成 しているとしている。 2 章 ですでに述 べたが、「ハイ
パーテキスト型 組 織 」は、相 互 に結 びついた「知 識 ベース」「ビジネス・システム」「プロジ
ェクト・チーム」という3つの異 なるレイヤーからなる組 織 である。
シャープでは、経 営 理 念 をもとにした創 業 者
早 川 徳 次 氏 の「他 社 がまねするような
商 品 をつくれ」 という言 葉 に代 表 される組 織 文 化 が、シャ ープの組 織 の中 で暗 黙 知 的 な
ものとなり、「知 識 ベース」レイヤーを構 築 している。これは、短 期 間 にできたものではなく、
94 年 間 の歴 史 の中 で歴 代 の 4 人 のトップが、言 葉 は異 なれど、同 じ内 容 のことを発 し
続 けたために完 成 したものである。そして、この組 織 文 化 が、シャープに多 くのイノベー シ
ョンを生 ませてきたのである。
さらに、1977 年 には、2 代 目 社 長 の佐 伯 氏 が、「 プロジェクト・チーム」レイヤーとなる
「緊 急 プロジェクト」 の制 度 化 を行 った。以 後 、3 代 目 の辻 氏 、4 代 目 の町 田 氏 もこの制
度 を守 り、30 年 間 この制 度 は続 いている。
この「緊 急 プロジェクト」は、特 長 製 品 の早 期 事 業 化 の実 現 という本 来 の目 的 以 外 の
副 産 物 も 生 ん で き た 。 そ れ は 、 「 ビ ジ ネ ス ・ シ ス テ ム 」 レ イ ヤ ー の 発 展 で ある 。 「 緊 急 プ ロ ジ
ェクト」で集 められたメンバーは、プロジェクト終 了 後 に、もとの「ビジネス・システム」レイヤ
ーに戻 っていく。その「緊 急 プロジェクト」でもまれた個 人 が、「ビジネス・システム」レイヤ
24
ーの中 で成 長 し、組 織 の拡 大 に貢 献 を始 めたのである。例 えば、現 在 のシャープの副
社 長 を務 める中 武 成 夫 氏 も、「緊 急 プロジェクト」への参 画 により、大 きな転 機 と成 長 を
遂 げた一 人 である。
1985 年 、TF T 液 晶
4
の事 業 化 のために、56 人 からなる「A208 緊 急 プロジェクトチ
ーム」が結 成 された。その中 のメンバーに中 武 氏 もいた。このプロジ ェクトは、現 在 の液 晶
テレビ「アクオス」に直 接 つながる液 晶 のシャープの礎 を築 いたビックプロジェクトであった。
中 武 氏 は、そ の当 時 、中 央 研 究 所 で高 密 度 ・高 周 波 実 装 技 術 の研 究 開 発 を行 って い
た生 粋 の研 究 者 であった。このプロジェクトには、多 くの部 署 から 56 人 の人 達 が集 めら
れた。映 像 回 路 の技 術 者 、液 晶 の技 術 者 、マーケティング担 当 者 など、さまざまなバッ
クグランドをもつ人 達 であった。
多 くの困 難 を乗 り越 え、彼 等 は、プロジェクトが始 まった一 年 後 の 1986 年 に、世 界 で
始 めて、TFT 液 晶 テレビの量 産 に成 功 した。その当 時 のテレビは、まだ 3 型 であり、現
在 の 6 5 型 に 比 べ れ ば 雲 泥 の 差 だ が 、 世 界 的 な 進 歩 で あっ た 。 中 武 氏 は 、 そ の プ ロ ジ ェ
クトの解 散 後 、研 究 所 には戻 らずに、自 らが切 り開 いた液 晶 事 業 部 へと配 属 になった。
それまで、研 究 所 畑 を歩 んできた中 武 氏 は、原 価 の仕 組 みや商 売 の進 め方 についてそ
こで一 から学 ぶこととなる。当 時 の事 業 部 長 が、毎 週 土 曜 日 に開 く勉 強 会 で基 本 を徹
底 的 にたたきこんでくれたのである。 1986 年 の液 晶 事 業 部 発 足 当 時 の売 上 は、90 億
円 程 度 だ った が 、中 武 氏 は そ れ以 上 に大 き な経 験 をしたの で ある 。 そし て 、液 晶 事 業 に
配 属 になった時 点 で 課 長 で あった中 武 氏 は 、そ の後 、液 晶 事 業 の発 展 と共 に歩 み 、今
では副 社 長 の立 場 から、シャープ全 体 を動 かすまでになった。この 20 年 間 で液 晶 事 業
は、実 に 100 倍 近 くまで成 長 し、8,500 億 円 の売 上 を上 げるまでになっている 5 。
中 武 氏 の例 は、「ビジネス・システム」レイヤーを発 展 させた例 だが、もちろん、この「ビ
ジネス・システム」レイヤーで、大 きくなった人 材 は、再 び「プロジェクト・チーム」レイヤー
へと召 集 を受 けることも多 々ある。さらに、これが「プロジェクト・チーム」レイヤーも発 展 さ
せ、知 識 の融 合 を可 能 にしていくのである。シャープの場 合 、確 固 たる「知 識 ベース」レ
イヤーをもとにして、「ビジネス・システム」レイヤーと「プロジェクト・チーム」レイヤーを相 互
4
5
TFT 液 晶 :Thin Film Transistor の略 であり、その駆 動 方 式 はアクティブマトリクス方 式 と呼 ばれ
ている。
シャープ社 内 報 『窓 』 2006 年 6 月 号 vol.485
25
に発 展 させる正 の循 環 により、組 織 を発 展 させている。そして、その結 果 として、新 たな
製 品 を創 造 する『 個 人 』と『組 織 』の力 を高 めているのである。
26
第5章
ケース・スタディー1-『ヘルシオ』の開発
5.1. 『ヘルシオ』とは
ウォーターオーブン『 ヘルシオ』は、2004 年 9 月 にシャープの電 化 システム事 業 本 部
内 の調 理 システム事 業 部 より発 売 された製 品 である。この『ヘルシオ』が生 まれた家 庭 用
オーブンレンジ市 場 は、世 帯 普 及 率 95%を超 える典 型 的 な成 熟 市 場 であり、ヘルシオ
は、この市 場 を変 革 すべく、開 発 された製 品 である。この製 品 のコンセプトは、『おいしさ
と 健 康 』で ある 。 シ ャ ー プ が 開 発 し た新 技 術 に より 、 ヘ ル シ オは 300 ℃の 無 色 透 明 の 過
熱 水 蒸 気 を多 量 に食 材 に吹 き付 けることにより、「水 で焼 くこと」を可 能 とした。この水 の
力 を使 い焼 く こ と に よ り、 お い し く調 理 でき る のは もち ろ ん 、脱 油 ・ 減 塩 、 ビ タ ミ ン C の 保
存 という健 康 調 理 が可 能 となった。発 売 後 、この『おいしさと健 康 』というコンセプトが顧
客 の心 を掴 み、メーカー希 望 小 売 価 格 12 万 円 と高 額 な商 品 ながらも、1 年 間 で約 10
万 台 も売 れ、 大 ヒッ ト商 品 と なった 。ま さ に 、技 術 的 に も市 場 的 に も革 新 性 の 高 い「 創 造
的 な新 製 品 」 の誕 生 であった。
5.2. 開発ストーリー
2000 年 の 暮 れ の こ と 、 電 化 商 品 開 発 セ ン タ ー の 井 上 隆 室 長 ( 当 時 ) は 、 過 熱 水 蒸
気 と初 めて山 口 県 の産 業 技 術 センターで出 会 った。名 産 の海 産 物 を過 熱 水 蒸 気 を使
って干 物 にする乾 燥 システムの研 究 を、自 分 の目 と舌 で確 かめにいったのだ。過 熱 水
蒸 気 による加 熱 処 理 済 みのふぐの干 物 の表 面 はパリッと焦 げていた。井 上 は、その干
物 を口 に入 れ、「 うまい」と思 わず声 をあげた。表 面 はサクッと香 ばしく、中 身 はとても柔 ら
かい。「まさか水 でこんなにおいしく焼 きあがるなんて…。」『ヘルシオ』が、世 に誕 生 する
4 年 も前 のことであった 6 。
井 上 は、1973 年 にシャープに入 社 し、白 物 家 電 の基 礎 技 術 の研 究 を30年 行 い、
6
「シャープ ウオーターオーブン『ヘルシオ』② 開 発 秘 話 私 たちの挑 戦 」産 経 新 聞 2004 年 9 月
28 日 夕 刊
27
過 去 、2 回 の「 緊 急 プロ ジェクト」 にも選 抜 されたこ とが ある優 秀 な研 究 者 である。 そ んな
井 上 が山 口 まで足 を運 んだのは大 きな危 機 感 からであった。白 物 家 電 は今 や成 熟 産
業 で あ り 、 景 気 低 迷 に加 え 、 海 外 か ら は 低 価 格 商 品 も 押 し 寄 せ る 。 業 界 を 取 り巻 く 厳 し
い状 況 はシャ ー プも例 外 では なく 、90 年 代 半 ば か ら売 上 、 収 益 ともに 下 降 線 をたどっ た。
このままでは将 来 的 に事 業 として成 り立 たなくなる事 態 さえ予 想 された。さらに、現 在 の
社 長 の町 田 勝 彦 が1998年 に就 任 した直 後 、「マグネトロンを使 わん電 子 レンジを作 ら
れへんかなぁ。」 7 と開 発 センターへ打 診 をおこなっていたのも大 きな原 動 力 となっていた。
白 物 家 電 の営 業 畑 出 身 の町 田 は、成 熟 した電 子 レンジ市 場 においてマグネトロンと呼
ぶ 電 磁 波 を出 す 電 子 レン ジ の 基 幹 部 品 を 外 部 調 達 し ている 現 在 の 状 況 に は限 界 を 感
じていたのであろう。
この井 上 が出 会 った過 熱 水 蒸 気 とはどのような技 術 なのであろうか 。常 識 で考 えると、
水 蒸 気 で 調 理 する と やや 水 っ ぽく仕 上 が ってし ま う と人 々は考 え る 。とこ ろ が 、過 熱 水 蒸
気 で調 理 すると、表 面 がサクッと、中 身 はとても柔 らかく調 理 ができる。水 は、摂 氏
100 ℃まで熱 すると気 化 して水 蒸 気 となる。さらにこの水 蒸 気 を加 熱 すると温 度 がどんど
ん上 昇 していく。そして、無 色 透 明 の気 体 となる。これが、 過 熱 水 蒸 気 である。調 理 に用
い る 場 合 は、 こ の 過 熱 水 蒸 気 温 度 を 300 ℃ く ら い ま で 高 め る 。 こ の過 熱 水 蒸 気 が 食 品
に触 れると温 度 が下 がり、液 化 するときに熱 を食 品 に与 える。これを凝 縮 熱 といい普 通
の 熱 風 の約 8 倍 もの 熱 量 で食 品 を 熱 するこ と ができ る。 既 存 の熱 風 式 オー ブン は、 食
品 内 の水 分 を熱 で奪 いながら、徐 々に加 熱 していくのに対 し、過 熱 水 蒸 気 は食 品 に水
分 を与 えながら、短 時 間 でその温 度 を上 げることができる。さらに、食 品 の温 度 が 100℃
を超 えると、水 蒸 気 は水 に戻 らず、気 体 のまま表 面 を加 熱 するために今 度 は表 面 が乾
燥 して、焼 け目 や焦 げ目 がつく。こうして外 はこんがり、中 はしっとりした仕 上 がりになるの
である。
業 務 用 には、この過 熱 水 蒸 気 の技 術 がすでに利 用 されていた。均 一 に加 熱 できるこ
とから、鯛 の尾 頭 付 きを焼 く時 など、単 体 の食 材 を大 量 に調 理 する目 的 で使 用 されて
いたのである。しかし、家 庭 用 に小 型 化 する発 想 は思 いつかないほど、その装 置 は大 き
なものであった。
7
「シャープ ウォーターオーブン『ヘルシオ』① 開 発 秘 話 私 たちの挑 戦 」産 経 新 聞 2004 年 9 月
27 日 夕 刊
28
2001 年 、井 上 は、この過 熱 水 蒸 気 に関 する開 発 を始 めた。当 初 の電 化 商 品 開 発 セ
ンターの担 当 者 はわずか 2 名 であった。井 上 と担 当 者 たちは、外 部 からの意 見 も積 極
的 に取 り入 れようと、井 上 の母 校 である大 阪 府 立 大 学 との共 同 研 究 も始 めた。そして、
日 々、魚 を焼 き、肉 を焼 き、パンを焼 き、データを集 めた。従 来 の加 熱 とは異 なる温 度 制
御 、水 蒸 気 量 と食 品 の関 係 、食 品 内 部 ・表 面 の水 分 量 の変 化 量 などのデータを集 め
ていった。このデータか ら、新 しい調 理 機 としての可 能 性 が見 えてきた。製 品 化 へ向 けた
次 の課 題 は、調 理 システム事 業 部 が、この新 技 術 を受 け入 れてくれるかであった。
まったく新 しい方 式 の過 熱 水 蒸 気 を使 った技 術 が電 化 商 品 開 発 センターから、調 理
シ ス テ ム 事 業 部 に は じめ て 報 告 され た 時 、 調 理 シ ス テ ム事 業 部 技 術 部 の 長 谷 川 俊 樹
チーフ(当 時 )は、「正 直 いって、われわれは疑 いをもっていたんですね。過 熱 水 蒸 気 が
そ ん な にメリッ トが ある んだ ろ うか と 。 200 ボル トが 必 要 だ し、 電 子 レンジ に比 べ て時 間 が
かかるし。」と素 直 に商 品 化 を進 める気 持 ちはもっていなかった (前 間 ,2005,pp.97)。
事 業 部 側 が簡 単 に、新 たな技 術 に首 を縦 に振 らないのも無 理 はなかった。実 は、シャ
ープの調 理 システム事 業 部 は、1962 年 に電 子 レンジの国 産 第 一 号 を開 発 して以 来 、
電 子 レ ン ジ市 場 に おいて 、 シ ェ ア 1 位 を キ ープ し て い た事 業 部 で あっ た 。 そ のため 、 事
業 部 には自 負 とプライドがあった。さらに、過 熱 水 蒸 気 の技 術 は、過 去 40 年 間 にわた
っ て 蓄 積 した 知 識 ノ ウハ ウ と は異 な る も のが多 く 、 そ れ を製 品 化 す るた め には 、ハ ー ド 、 ソ
フトすべてを新 たに開 発 することになる。硬 直 化 した組 織 の中 で、新 しいことにより組 む
のは至 難 の業 であり、新 たな技 術 を受 け入 れることを拒 否 したくなるのは、当 然 のことで
あった。
シ ャー プ の電 化 システム 事 業 本 部 では 、月 一 回 、電 化 商 品 開 発 センタ ー と各 事 業 部
の 間 で、 新 技 術 の 開 発 状 況 に つ いて の 報 告 会 議 が行 わ れる 。 そ の中 で 、 井 上 らは デ ー
タだけではなく、調 理 を実 演 し、事 業 部 側 へ目 と舌 で実 感 してもらうことを続 けた。シャー
プの調 理 システム事 業 部 には、調 理 ソフトを開 発 するハイクックレディと呼 ばれる専 門 部
隊 がいるのだが、彼 女 達 にアドバイスを求 めて通 い続 けた。そして、会 議 を繰 り返 すうち
に、事 業 部 側 も「ならば今 度 はこんな調 理 ができるかやってみてほしい」「こういう実 験 は
できないか」と次 第 に興 味 を示 すようになってきた 8 。
8
「成 功 の本 質 第 23 回 シャープ ヘルシオ」 『Works』 2005 年 12 月 -2006 年 1 月 号
29
2003 年 、調 理 システム事 業 部 もついに思 い腰 をあげて、原 理 モデルと呼 ぶ 100 ボ
ルトの試 作 機 の開 発 に取 り組 み始 めた。業 務 用 は大 電 力 のため、ちょうどサウナのよう
に過 熱 水 蒸 気 をただ庫 内 に充 満 させて焼 く方 式 でよかったが、家 庭 用 の 100 ボルトで
はそれが不 可 能 である。そこで、過 熱 水 蒸 気 を調 理 する食 材 に直 接 吹 き付 けることで
焼 きの効 果 を高 めることにしたのである。
ハイクックレディによる、多 くの実 験 の結 果 、過 熱 水 蒸 気 による新 たな効 果 もわかって
きた。その効 果 は 3 点 であった。過 熱 水 蒸 気 は、食 品 の内 部 まで高 い熱 量 を与 えること
が で きる ので 、 食 品 に含 ま れ る脂 肪 分 を溶 かし 減 らす こ とが で きる という 「脱 油 効 果 」 、 表
面 に付 着 した凝 縮 水 により余 分 な塩 分 を洗 い流 すという「減 塩 効 果 」、そして、庫 内 が
過 熱 水 蒸 気 で満 たされるため、酸 素 濃 度 が急 激 に低 下 し、ビタミン C の酸 化 分 解 が抑
えられるという「ビタミン C 保 存 効 果 」 であった。従 来 の調 理 機 では行 うことができなかっ
た 新 たな 効 果 を 発 見 でき た の で ある 。 そ し て 、 調 理 機 と して の 必 須 条 件 で ある 調 理 機 能
と味 についても、かなり幅 広 い料 理 が可 能 で、「今 までにないおいしさ」を実 現 できる見
通 しがついてきた。
2003 年 末 、 辻 晴 雄 相 談 役 が 、 開 発 拠 点 の 大 阪 府 八 尾 工 場 を 視 察 し た 。 そ の 時 、
辻 はヘルシオの説 明 を受 け、「20 年 に一 度 の技 術 。必 ず商 品 化 してください。」と激 励
の言 葉 を事 業 部 のメンバーに送 った。相 談 役 の激 励 は、事 業 部 の動 きを加 速 させた 9 。
2004 年 4 月 、ついに、調 理 システム事 業 部 は、技 術 部 、商 品 企 画 部 、ハイクックレ
デ ィ か らなる横 断 的 な ウォ ー ターオー ブ ン プ ロジ ェ ク トチ ーム を 発 足 させ た 。 調 理 シ ス テ ム
事 業 部 として、初 めて事 業 部 内 に「緊 急 プロジェクト」的 な専 従 チームを作 ったのである。
メンバーは、事 業 部 のトップが任 命 し、通 常 業 務 とは切 り離 し、ウォーターオーブンの開
発 だけに専 念 させた
10。
技 術 ス タ ッフ は 、家 庭 用 に コ ン パク ト 化 を 進 め 、 100 ボル ト で 可 能 な 技 術 開 発 を 進 め
た 。40 年 間 の電 子 レン ジ の開 発 で鍛 え ら れた技 術 力 で各 問 題 を解 決 して いった 。 メ ニ
ュー毎 に適 切 な温 度 、水 蒸 気 量 、加 熱 時 間 をプログラミングする調 理 ソフトづくりでは、
ハイクックレディと技 術 スタッフが、約 130 のメニューひとつひとつについて、何 10 回 も
テストを繰 り返 した。鶏 肉 、豚 肉 、さば、パンと朝 から晩 まであらゆる食 材 の調 理 に取 り組
9
10
「シャープ ウオーターオーブン『ヘルシオ』③ 開発秘話 私たちの挑戦」産経新聞 2004 年 9 月 29 日 夕刊
「シャープ 一点実現の集中力」 『日経ビジネス』 2004 年 12 月 13 日号
30
ん だ 。 商 品 企 画 ス タッフは 、電 化 シ ステ ム事 業 本 部 の 基 本 コン セ プトで あった「健 康 と環
境 」に適 した商 品 展 開 を行 うべく、どのような訴 求 を行 うかの検 討 を重 ねた。そして、食
品 のうまみを引 き出 しながら、「脱 油 効 果 」 、「減 塩 効 果 」、「 ビタミン C 保 存 効 果 」 という
「おいしさと健 康 」 の両 立 という商 品 コンセプトを確 立 していったのである。
さらに社 内 の専 門 部 隊 も立 ち上 がった。宣 伝 部 は、シンプルにコンセプトを表 現 でき
る 『 ヘ ル シ オ』 の 商 品 名 を 編 み 出 した 。 実 は 、 「 水 で 焼 く 」 を強 調 す る 他 の ネ ー ミ ン グ で 決
ま り かけて いたの だが 、社 長 の町 田 の「 お客 様 の メリット がわ かり にくい。 健 康 に力 点 を置
いた愛 称 のほ う がえ えんち ゃう か。」 の一 言 に より 、ヘル シーをイ メー ジする商 品 名 に決 め
たのである 1 1 。それは、発 売 まで 3 ヶ月 をきった頃 であった。デザインセンターも、調 理 機
の常 識 を打 ち破 るシンメトリー(左 右 対 称 )な外 観 を完 成 させた。特 に、色 には気 をつか
った。基 本 の銀 色 に加 えて、漆 器 をイメージした光 沢 感 のある真 っ赤 な商 品 に仕 上 げた
のである。営 業 部 も新 調 理 機 を多 くの顧 客 に知 って頂 くために、全 国 1000 店 の家 電
量 販 店 で実 演 して回 るキャラバン隊 を編 成 するなど、前 例 のない大 規 模 な取 り組 みを
企 画 した。全 社 規 模 の商 品 展 開 が行 われた。そして、この過 熱 水 蒸 気 技 術 を見 つけて
き た 井 上 らの 電 化 商 品 開 発 セ ン ター は 、 共 同 先 の 大 阪 府 立 大 学 と の協 力 に よ り 、 精 密
なデータを出 し、健 康 効 果 の信 頼 性 を高 めて、顧 客 に示 す「アカデミック・マーケティン
グ」により、 後 方 支 援 を行 った。井 上 は、「各 部 門 がこれほどこだわりを持 って関 わった商
品 は過 去 にはありませんでした。それは、どの部 門 もこの商 品 のよさに共 感 してくれたか
ら です 。関 係 した人 間 たち が共 感 し た商 品 は、 市 場 に出 た とき 、ユーザ ーも同 じよ う に共
感 してくれる。共 感 の連 鎖 。ヘルシオの開 発 で私 が得 た最 大 の発 見 でした。」と述 べて
いる 8 。
2004 年 9 月 にヘルシオは無 事 発 売 され、大 ヒット商 品 となった。経 済 産 業 省 の『もの
づく り日 本 大 賞 優 秀 賞 』 、『 日 本 電 機 工 業 会 会 長 賞 』など数 多 くの賞 を受 賞 し 、世 間 か
ら高 い評 価 をうけた。一 人 の開 発 者 が、会 社 のまわりの人 を巻 き込 み、動 かし、世 間 を
巻 き込 んだ結 果 であった。
11
「シャープ ウオーターオーブン『ヘルシオ』④ 開発秘話 私たちの挑戦」 産経新聞 2004 年 9 月 30 日 夕刊
31
5.3. 小括
『ヘルシオ』の開 発 の場 合 、『 ヘルシオ』の種 となる知 識 を生 み、育 てたのは、井 上 氏
という個 人 であった。新 しい知 識 を生 むのはいずれも個 人 である。さらに、井 上 氏 は、技
術 のゲートキーパーとしての役 割 も果 たしている。ねばり強 い接 触 を図 り、過 熱 水 蒸 気
技 術 の情 報 についても提 供 をし続 けたのである。
さらに、『ヘルシオ』開 発 の裏 では、シャープがもつ組 織 的 な『場 』が知 識 の創 造 に効
果 を発 揮 している。この『 ヘルシオ』が生 まれる前 、シャープでは、行 き詰 っていた白 物 家
電 事 業 を活 性 化 させるために、「健 康 ・環 境 」に関 連 した新 たな家 電 開 発 を行 い、新 た
な市 場 を開 発 するようにと経 営 トップの指 示 が出 されていた。
電化商品開発センターでは、それを実現するため、1998年の暮れに、従来の開発チームとは別
に、新たな要素技術を見つけるためだけの専任部隊となる技術企画部を発足させていたのである。
そのチームメンバーの中の一人が井上氏であり、井上氏は、その職務の中で、異業種、大学、研究
機関、多くの学会に出向き、新たな技術を探索していたのである。シャープの社員は、基本的に新
たな創造的な新製品を開発するために、同じ業界の他社の製品のベンチマークからヒントを得ようと
はしない。井上氏は、「他社の商品をまねるようなことはこれっぽちも思わなかった。シャープの商品
開発は、基本的にナンバーワンではなく、オンリーワン戦略。それを支えるものづくりの DNA がシャ
ープにはあり、『他社に真似される商品を作れ』という創業者の考えです。」12 と、述べている。ヘルシ
オの製品開発において、シャープがもつ組織文化が大きな原動力となっている。
さらに、この組 織 文 化 は、組 織 の構 造 にも影 響 を与 えている。本 ケースでは、この組
織 文 化 を 背 景 に して 技 術 企 画 部 が発 足 し て いる 。 こ の例 を見 ただ け でも 、 シ ャー プの 開
発 組 織 は、目 的 に応 じて変 化 が行 われる比 較 的 、柔 軟 な組 織 形 態 といえよう。また、
『ヘルシオ』を商 品 化 するために、事 業 部 内 で行 われたプロジェクトは、シャープがもつ
独 自 の制 度 である「緊 急 プロジェクト制 度 」に影 響 を受 けたものである。公 式 的 な、「緊
急 プロジェクト」だけではなく、シャープではこのようなプロジェクトが各 事 業 部 で行 われ、
新 たな製 品 開 発 に貢 献 しているのである。
12
2006 年 6 月 12 日 に 『ヘルシオ』開 発 者 の井 上 隆 氏 へ行 ったインタビューより
32
また、『ヘルシオ』の開 発 において、大 きな役 割 を担 ったのが、経 営 トップの存 在 であ
る。井 上 氏 も、「『ヘルシオ』をトップが気 に入 ってくれて、後 押 ししてくれたのは大 きかっ
た。後 ろ盾 として、社 長 と相 談 役 の二 人 がいたら、ぜんぜん違 う。」12 と、その効 果 につ
いて述 べている。『ヘルシオ』の場 合 、経 営 トップが、組 織 内 スポンサーの役 割 を果 たし
ているのである。
これらの鍵 と なる「 個 人 」の存 在 と『他 社 にまねされるものをつくれ』という組 織 文 化 、柔
軟 な開 発 組 織 、「緊 急 プロジェクト」の影 響 の融 合 により、知 識 創 造 が行 われ、『ヘルシ
オ』はこの世 に誕 生 したのである。
33
第6章
ケース・スタディー2-『除菌イオン』の開発
6.1. 『除菌イオン』とは
カビや、空 気 中 に浮 遊 するウイルスを不 活 性 化 させる効 果 のある『除 菌 イオン』搭 載
空 気 清 浄 機 を、シャープが発 売 したのは 2000 年 10 月 である。『除 菌 イオン』とは、森
林 など空 気 のきれいな場 所 に発 生 する浄 化 、除 菌 作 用 のあるプラスとマイナスのイオン
を、二 つの電 極 の間 で放 電 させて人 工 的 に作 り出 す発 生 装 置 の名 称 である。発 売 以
来 の 売 れ 行 き は 目 を みは る も の があり 、 大 ヒ ッ ト 商 品 と な っ た 。 現 在 で は 、 エ ア コン 、 冷 蔵
庫 、 掃 除 機 、 ト イ レ 、自 動 車 な ど『 除 菌 イ オン』搭 載 し た商 品 は 、シャ ー プ 商 品 以 外 の 搭
載 分 も含 め、累 計 1000 万 台 を突 破 している。
『除 菌 イオン』 の開 発 が始 まった 1998 年 当 時 は、環 境 や健 康 に対 する意 識 が高 ま っ
ていた時 期 であった。しかし、当 時 の空 気 清 浄 機 の市 場 は、年 間 50 万 台 、市 場 価 格
も 1 台 、1 万 5 千 円 までの商 品 がほとんどで、大 手 電 機 メーカーは見 向 きもしなかった
市 場 で あった 。 当 時 の空 気 清 浄 機 は 、 汚 れた 空 気 をファ ン の 力 で 有 害 物 質 ごと 吸 い 込
んでフィルターでろ過 するのが常 識 であった。しかし、空 気 清 浄 機 フィルターの集 塵 能
力 はすでに 99.99%という値 になっており、これ以 上 の能 力 向 上 は意 味 が薄 れてきた時
期 でもあった。さらに、フィルター式 には大 きな問 題 点 がひとつあった。それは、フィルタ
ー式 では、空 気 の吸 い込 みが必 要 であり、吸 い込 み式 では、部 屋 の隅 々の空 気 をきれ
いにするには限 界 があったことである。ファンを大 きくすれば吸 引 量 は増 えるが、騒 音 が
問 題 となる。そこで、吸 引 する前 に浄 化 するという「攻 め」のやり方 に発 想 を転 換 して、
『除 菌 イオン』 の開 発 は始 まった。 そ れは、まさ に、技 術 的 にも市 場 的 にも革 新 性 の高 い
「創 造 的 な新 製 品 」実 現 に向 けた開 発 の始 まりであった。
6.2. 開発ストーリー
大 阪 府 八 尾 市 北 亀 井 町 のシャープ八 尾 工 場 は、民 家 が軒 を並 べる下 町 のど真 ん中
にある。庶 民 の生 活 を肌 で感 じながら、この地 で白 物 の家 電 商 品 が開 発 ・生 産 されてい
34
る。その八 尾 工 場 内 で、『除 菌 イオン』 の研 究 が始 まったのは 1998 年 10 月 のことであ
る。
始 まりは、2 人 だけのスタートであった。その二 人 とは、電 化 商 品 開 発 センターの野 島
秀 雄 技 師 長 補 (当 時 ) と西 川 和 男 主 事 (当 時 ) であった。野 島 は、1981 年 入 社 で、最
初 の配 属 が技 術 本 部 の中 央 研 究 所 であった。半 導 体 の感 光 材 料 の研 究 をスタートに、
1987 年 には超 伝 導 の研 究 を、1995 年 から 1998 年 まではバイオ素 子 を、1998 年 か
ら電 化 商 品 開 発 センターに席 を移 し、『除 菌 イオン』による空 気 清 浄 化 技 術 の開 発 につ
なげた。「半 導 体 、超 伝 導 、バイオの分 野 でより高 感 度 に、低 消 費 電 力 に、小 型 化 にと
究 極 のデバイスを研 究 してきたが、もともと新 しい分 野 での研 究 をやってみたかったことと、
生 活 環 境 で使 う身 近 なもの、役 立 つものを開 発 したいという思 いはあった。」 1 3 と野 島 は
述 べている。
西 川 は、1994 年 に入 社 し、I C 事 業 本 部 フラッシュメモリー開 発 センターに配 属 され
た。翌 年 の 1995 年 9 月 に新 機 能 性 材 料 を用 いた開 発 の社 内 公 募 制 度 があり、西 川
は大 学 院 で培 った物 性 物 理 のスキルと能 力 が、社 会 でどれだけ通 じるものか試 してみた
いと思 い、手 を挙 げて電 化 商 品 開 発 センターに異 動 してきたのである。開 発 テーマの中
に、「光 触 媒 を使 った空 気 浄 化 」という項 目 があり、これが空 気 清 浄 機 との付 き合 いの
始 まりであった。開 発 の結 果 、西 川 は、1998 年 に光 触 媒 を使 った空 気 清 浄 機 の製 品
化 に成 功 した。しかし、先 行 する他 社 に遅 れること 1 年 の製 品 であり、2 番 煎 じの製 品 は、
あまり売 れず、結 果 として失 敗 となってしまった。そこに、野 島 が転 勤 してき、この二 人 で、
究 極 の空 気 清 浄 機 に向 けて開 発 を始 めたのである。二 人 は、話 し合 った結 果 、「既 存
システムの後 追 いではだめだ。」新 たなコンセプトとして、吸 い込 むだけではなく部 屋 の
空 気 に直 接 働 きかけ、アレルギーの原 因 ともなる菌 やカビを除 去 できる仕 組 みをとること
に決 めた
14。
西 川 は研 究 者 と して、 その候 補 物 質 を探 し求 める役 割 を担 った。 とはいえ 、 その ような
物 質 が存 在 するかどうかは、まったく見 当 もつかなかった。まず、オゾンが候 補 に上 がっ
たが、オゾンは人 体 に有 害 であるし、臭 いがあり、生 活 シーンのなかで使 うのは難 しかっ
13
14
「人物スポット」 電波新聞 2001 年 8 月 8 日
「『空気そのものを浄化する』世界初、プラズマクラスターイオン技術」『FUSION』 NTT FACILITIES 2003 年
SUMMER Vol.31
35
た。試 行 錯 誤 してい るうち に、マイ ナスイオンを扱 った商 品 が他 社 から出 始 めた。西 川 は 、
マイナスイオンをすぐさま調 査 したが、リラックス、リフレッシュなどのうたい文 句 を裏 付 ける
ものに乏 しく、効 果 も明 確 ではなかった。しかし、そのような時 に、体 内 のウィルスを殺 菌
す る 白 血 球 は 、 殺 菌 時 に プ ラ ス と マイ ナ ス 、 両 方 の イ オ ンを 発 生 させる こ と を 西 川 は 知 っ
た 。 その メカニ ズ ムを応 用 で きないか 。 プ ラス とマ イナス の イオ ンを同 時 に 出 せ ばいい ので
はないかというアイデアが湧 いた。それが実 質 的 なスタートともなった。
西 川 は 、強 力 な磁 石 で磁 場 を か け空 気 中 の 分 子 を電 離 させ た り 、水 をぶ つ け て電 子
を 放 出 さ せ る 方 法 な どを 試 み た 。 し か し 、 マ イ ナ ス イ オ ン は 発 生 し たが 、 プ ラ ス イ オ ン は 発
生 し なか った 。西 川 は、「 最 初 は光 やマ イクロ 波 、電 子 レン ジなどを使 って実 験 し ました 。
そうこうしながら、あると き大 気 電 気 学 の本 を読 んだのです 。すると自 然 界 にもイオンが微
量 に存 在 することがわかりました。空 気 中 にあるので、人 体 には無 害 です。放 電 でつくれ
る の で は ない か と 思 い ま し た 。 」 (柳 原 ・ 大 久 保 ,2004,pp.142) 西 川 は、 さ っ そ く こ の イ オ
ン の 製 造 に 取 り 組 ん だ 。 こ の 考 え は 見 事 に あた り 、 放 電 で マ イ ナ ス イ オ ン の 他 に 、 そ れ ま
で出 せなかったプラスイオンが発 生 したのである。これで、西 川 は、「いけるのではない
か。」と思 った。1999 年 春 のことであった
14。
しかし、問 題 点 はあった。プラスとマイナスのイオンに付 随 して発 生 するオゾンや硝 酸
イオンなどの有 害 物 質 が発 生 してしまったのである。これらの発 生 を食 い止 めない限 り、
自 然 界 と同 じ効 果 は期 待 できない。工 夫 を重 ね、電 圧 のかけ方 を変 え、電 極 の構 造 に
工 夫 を重 ねることが続 いた。そして、自 然 界 と同 じ水 素 のプラスイオンと酸 素 のマイナス
イオンが同 数 発 生 する装 置 を完 成 したのは、半 年 後 の 1999 年 の秋 のことであった。
2000 年 3 月 、実 証 実 験 に二 人 は動 き出 した。愛 知 県 岡 崎 市 にある国 立 分 子 科 学
研 究 所 の装 置 を使 って無 害 なプラスイオンと酸 素 のマイナスイオンが同 数 発 生 すること
を実 証 した。 さ らに 、生 活 臭 の原 因 で あるカビ菌 を 1 時 間 で 大 半 を除 去 できるこ とも 微
生 物 の専 門 家 がいる公 的 研 究 所 である財 団 法 人 石 川 県 予 防 医 学 協 会 の実 験 で裏 付
けることができた。
そのような結 果 を着 々と得 ていた 2000 年 4 月 、毎 年 行 われる町 田 勝 彦 社 長 の事 業
本 部 訪 問 の機 会 に野 島 がプレゼンテーションを行 ったところ、「おもしろい。幅 広 く応 用
が利 く技 術 。頑 張 るように。」 1 5 との励 ましの言 葉 をかけられた。その言 葉 により、開 発 は
15
「技 術 最 前 線 うちの田 中 さん」 毎 日 新 聞 2003 年 3 月 12 日 夕 刊
36
より加 速 し、2000 年 10 月 、『 除 菌 イオン』技 術 を搭 載 した空 気 清 浄 機 は初 めて発 売 さ
れることとなる。そして、わずか 4 ヵ月 後 の 2001 年 2 月 には、『 除 菌 イオン』 技 術 を搭 載
したエアコンが発 売 されることになる。
その『除 菌 イオン』搭 載 商 品 の発 売 当 時 の状 況 として、「市 場 もそれなりに反 応 してく
れた。」 1 6 と西 川 は述 べている。そのような状 況 をさらに加速させるため、2001 年 6 月から、
ウィルスなど新たな効能を研究テーマとして「緊急プロジェクト」が発足した。メンバーは全社から集め
られ、放電・機構・生物学・知的財産権を専門とする四人のスタッフが新たに加わった。プロジェクト
の目的は、メカニズムのさらなる解明と検証、ウイルスやアレルゲンなどへの新規の効能測定であっ
た。 多くの苦労の末、インフルエンザウイルスについて、2002 年に北里環境科学センターで、ダニ
粉塵のアレルゲンについては 2003 年に広島大との共同研究で効果を実証することができた。
それと並 行 して、企 画 部 門 と技 術 部 門 との相 互 協 力 により、放 電 装 置 の改 良 も進 め
られた。あらゆる商 品 に搭 載 するには、電 流 容 量 を減 らす必 要 があった。その結 果 、イ
オンを発 生 させるデバイスも当 初 の大 きなものより遥 かに小 型 化 することに成 功 した。小
型 化 によって、製 品 にますます応 用 しやすくなった。
現 在 、『除 菌 イオン』を活 用 した製 品 は消 費 者 の間 ですっかり定 着 している。発 売 か
ら 5 年 後 の 2005 年 10 月 には、累 計 1000 万 台 の『除 菌 イオン』 搭 載 製 品 の発 売 が
達 成 されている。
西 川 は、「緊 急 プロジェクト」の役 割 として、「緊 プロになって変 わったのは、仕 事 の自
由 度 が大 きくなったことと、提 案 型 の仕 事 ができるようになったことです。この技 術 でこう
いうことができると自 分 から提 案 が出 せる。これは緊 プロだからできることで、たんなる個
人 の研 究 では、なかなかできるものではありません。」と述 べ、緊 プロでよかったことにつ
いては「社 長 と直 接 、面 談 できたことです。はじめるときは『健 康 というキーワードは非 常
にいいのでどんどんやっていけ!』成 果 が上 がったときは『よくがんばった』と誉 めていた
だいて大 変 うれしかったです。」 と語 っている。(柳 原 ・大 久 保 , 2004,pp.152)
16
2006 年 6 月 21 日に 『除菌イオン』開発者西川和男氏へ行ったインタビューより
37
6.3. 小括
イノベーションの種 となる知 識 は、いずれの場 合 も、個 人 から生 まれる。『除 菌 イオン』
のケースの場 合 、その種 となる知 識 を生 んだのは、当 時 、まだ30歳 になったばかりの西
川 氏 という個 人 であった。 その西 川 氏 は、シャー プへ の入 社 理 由 について 、「シャー プは 、
新 しいものをやるというイメージがあった。一 番 よりも、新 しいものをしたかった。」 1 6 と語 っ
ている。まさに、『他 社 にまねされる商 品 をつくれ』というシャープの組 織 文 化 が、西 川 氏
をシャープへと入 社 させ、『除 菌 イオン』の開 発 へとまい進 させたことになる。知 識 を生 む
の は 組 織 で は な く 、 い ず れ の 場 合 も 個 人 で ある が 、 そ の 個 人 を 集 め た り 、 育 て た り す る の
は、組 織 がもつ文 化 、技 術 といったものなのである。
公 募 制 度 とい う個 人 に新 たな『場 』 を 提 供 する仕 組 みも 『 除 菌 イ オン』 の開 発 には 、大
きな貢 献 をしているのが本 ケースからわかる。西 川 は、入 社 から1年 半 後 に社 内 の公 募
制 度 を利 用 し、広 島 県 の I C 事 業 本 部 から大 阪 の電 化 システム事 業 本 部 へと活 躍 の場
を変 更 させた。入 社 してわずか1年 半 の個 人 にそのようなことを認 める制 度 が、シャープ
にはあるのである。シャープでは、公 募 制 度 にエントリーする資 格 は、入 社 後 一 年 後 に
各 個 人 に与 えられる。そして、公 募 を募 集 している部 門 のニーズにあえば、異 動 が他 の
いかなる業 務 にも優 先 して行 われるのである。
さらに、『除 菌 イオン』の開 発 を加 速 させた「緊 急 プロジェクト」も、忘 れてはいけない
『除 菌 イオン』を成 功 に導 いた『場 』づくりの制 度 である。『除 菌 イオン』の開 発 には、現
在 まで、のべ3回 の「緊 急 プロジェクト」が活 用 されている。主 に、その目 的 は、『除 菌 イオ
ン』の効 果 ・効 能 ・原 理 について、分 析 、解 明 を行 い、現 象 の説 明 方 法 を確 立 すること
であった。この「緊 急 プロジェクト」は、外 部 機 関 との共 同 研 究 の結 果 、実 際 にウイルス
や、アレルギー、花 粉 症 などに対 する『除 菌 イオン』の効 果 を証 明 し、さらにその原 理 に
ついても明 らかにした。このプロジェクトの成 功 がなければ、目 に見 えずに訴 求 が困 難 な
『除 菌 イオン』 が、現 在 ほど、世 間 に認 知 されることはなかったであろう。
組 織 内 スポンサーとしての個 人 の役 割 を担 ったのは、またも、『ヘルシオ』同 様 、経 営
トップであった。本 ケースでも、社 長 の町 田 氏 の一 言 によって、開 発 スピードが加 速 され
て い る 。 シ ャ ー プ の 場 合 、 経 営 ト ッ プ が 技 術 を サポ ー ト す る と 決 め る と 、 「 緊 急 プ ロ ジ ェ ク ト
制 度 」が用 いら れ、組 織 内 の障 害 、 つまり人 的 資 源 の調 達 や金 銭 的 な問 題 などが一 気
に解 消 されることとなる。多 くの企 業 において、経 営 トップが組 織 内 スポンサーの役 割 を
38
しようとしてもそれを実 行 する制 度 がなく、難 しいことが多 いが、シャープの場 合 は、経 営
トップの考 えのまま、集 中 的 に経 営 資 源 を投 入 することが可 能 な「緊 急 プロジェクト制
度 」が確 立 されている。西 川 氏 は『除 菌 イオン』の開 発 を通 して、「上 の人 に恵 まれてい
た。上 の人 が見 て、この技 術 は事 業 となると判 断 した場 合 、一 気 に経 営 資 源 をつぎ込
むんですよ。除 菌 イオンの場 合 、初 めからむちゃくちゃ、僕 等 が常 識 では考 えられないく
らいつぎ込 んでくれた。」 1 6 と語 っている。シャープでは経 営 トップの判 断 が、大 きな意 味
をもち、その意 思 が実 行 へと移 されやすい組 織 体 制 が確 立 されているのである。
39
第7章
考察と結論
7.1. 「個人」と「組織」の融合の時代
我 々が住 む現 代 とはどのような時 代 なのであろうか。現 代 という時 代 を客 観 的 に見 る
ために、少 し、過 去 を振 りかえってみることにする。
現 代 から約 100 年 遡 った20世 紀 初 頭 、世 の中 はいわゆる「個 人 」の時 代 であった。
人 々は、 会 社 や組 織 に属 するこ となく 、個 人 で働 き 、個 人 で お金 を稼 ぐ こと を当 然 とし て
いた。確 かに、丁 稚 奉 公 などで組 織 の中 で働 く人 もいたが、その割 合 はごく小 さなもの
であった。その後 、時 代 は、「個 人 」から「組 織 」の時 代 へと移 り変 わっていく。これを示 す
例 として、今 から約 40 年 前 の 1963 年 にチャーリー・チャップリンが発 表 した「モダン・タ
イムス」という映 画 がある。この映 画 の中 で、チャップリン扮 する主 人 公 は、フォード方 式
のベルトコンベアが動 く工 場 の中 で、文 字 どおり「組 織 の歯 車 」として働 く。この映 画 の
中 でチャップリンはセリフを一 言 も発 しないが、そのメッセージはあまりにも明 らかで、「現
代 人 は組 織 の奴 隷 になっているのではないか」というものであった。(坂
口 ,2002,pp.14-17) 。 シ ュ ン ペ ー タ ー も 、 こ の 時 代 の 流 れ に 対 応 す る か の よ う に 、 彼 の
初 期 の 著 書 の 中 で は 、イ ノ ベ ー ション を起 こ す時 に 、企 業 家 とい う「 個 人 」 の 重 要 性 を強
調 し ていたが 、 後 期 の著 書 では 、「 組 織 」 こ そが イ ノ ベ ーシ ョ ンを担 う存 在 で あると の 指 摘
を行 っている (一 橋 大 学 イ ノ ベ ー シ ョ ン 研 究 セ ン タ ー (編 ),2001,pp.72-73)
そ し て 、時 代 は さら に進 み、 現 代 は 、「個 人 」と 「組 織 」とい う二 つ の相 反 する存 在 の融
合 が 求 め ら れ て い る 時 代 と な っ て い る 。 な ぜ な ら 、 現 代 は 、 ド ラ ッ カ ー (2000) が 言 う 「 知
識 社 会 」となりつつあるからである。「知 識 社 会 」 において最 も重 要 なものは、当 然 、知 識
で ある 。 そ の知 識 は 、知 識 を生 む「 個 人 」 と、 それ を育 て る「組 織 」 が存 在 して初 めて 大 き
く成 長 していく。「知 識 社 会 」では、「個 人 」と「組 織 」という相 反 する二 つの要 素 の融 合
が求 められているのである。
本 研 究 では、創 業 から 94 年 間 、一 貫 して創 造 的 な新 製 品 を生 み出 すことにこだわっ
てきたシャープが有 する『組 織 能 力 』について、『ヘルシオ』と『除 菌 イオン』という2つの
製 品 開 発 におけるケース・スタディーを通 して分 析 を行 ってきた。その結 果 、創 造 的 な
新 製 品 開 発 を実 現 するためには、知 識 を創 造 する個 人 、技 術 のゲートキーパーとして
40
の個 人 、支 援 者 となる個 人 という『鍵 となる個 人 』の存 在 と組 織 内 での『場 作 り』の二 つ
が 必 要 で ある こ と が 示 され た 。 『 ヘルシ オ 』 の 開 発 に お いては 、 井 上 氏 が 、 知 識 を創 造 す
る個 人 の役 割 と技 術 のゲートキーパーとしての役 割 を担 っていた。組 織 内 スポンサーと
しての個 人 の役 割 は、社 長 の町 田 氏 と相 談 役 の辻 氏 が担 っていた。また、『除 菌 イオ
ン』の開 発 においても、西 川 氏 、野 島 氏 という二 人 が知 識 を創 造 する個 人 の役 割 を担
っており、組 織 内 スポンサーとしての個 人 の役 割 は、またも、社 長 の町 田 氏 が担 ってい
た 。 さ ら に 、 組 織 内 で の 『 場 作 り 』 と し て は 、 野 中 ・ 竹 内 (1996) が 提 唱 し て い る 「 ハ イ パ ー
テキスト型 組 織 」 が効 果 を発 揮 していたことも確 認 された。
7.2. 新たな「ハイパーテキスト型組織」の提示
本 研 究 における『 ヘルシオ』 と『 除 菌 イオ ン』という製 品 開 発 の ケース・スタ ディーを通 し
て、野 中 ・竹 内 (1996)が提 唱 している「 ハイパーテキスト型 組 織 」 の存 在 が確 認 された。
野 中 ・ 竹 内 (1996) が 提 唱 し て い る 「 ハ イ パ ー テ キ ス ト 型 組 織 」 は 、 相 互 に 結 び つ い た
3 層 のレイヤーからなった組 織 である。各 層 は、「 知 識 ベース」「 ビジネス・ システム」 「 プロ
ジェクト・チーム」と呼 ばれる 3 層 のレイヤーからなる。この 3 層 の中 で、最 も構 成 するの
が難 しい層 が、一 番 下 のレイヤーの「知 識 ベース」レイヤーである。ここでは上 の二 つの
レイヤーで創 られた知 識 が再 分 類 ・再 構 成 される。このレイヤーは現 実 の組 織 実 体 とし
ては存 在 せず、企 業 ビジョン、組 織 文 化 、あるいは技 術 の中 に含 まれているのである。
次 に、真 ん中 のレイヤーが、「ビジネス・システム」レイヤーで、ここでは通 常 のルーティン
業 務 が行 われる。ルーティンの仕 事 を効 率 良 くやるには官 僚 制 的 構 造 が適 しているた
め、このレイヤーは階 層 的 なピラミッドの形 をしている。一 番 上 のレイヤーが、「プロジェク
ト・チ ー ム」レ イヤーである 。 ここでは 、い くつものプロジェクト・チ ームが製 品 開 発 など の知
識 創 造 活 動 に 従 事 して い る 。 チ ー ム ・ メ ン バ ー は 、 「 ビ ジ ネ ス ・ シ ス テム 」 レ イ ヤ ー の 多 く の
様 々な部 署 から集 められ、一 つのプロジェクトが完 了 するまでそこの専 属 となる。いろい
ろな知 識 が合 わさることにより、新 しい知 識 の創 造 を目 指 すのである。
実 際 に、『ヘルシオ』 と『除 菌 イオン』の開 発 においても、この 3 層 の働 きを見 ることがで
き た 。 ま ず 、 イ ノ ベ ー シ ョ ン の 種 と な る 知 識 を 生 ん だ の は 、 「 ビ ジ ネ ス ・ シ ス テ ム 」 レ イヤ ー に
いた井 上 氏 、西 川 氏 、野 島 氏 であった。そして、これを生 み、育 てたのが、創 業 者 の早
41
川 徳 次 氏 の言 葉 で あ り、 シ ャ ー プの 組 織 文 化 と な って いる『 他 社 に真 似 さ れる 商 品 を作
れ』という「知 識 ベース」レイヤーであった。この「知 識 ベース」レイヤーは、シャープに根
付 いており、『除 菌 イオン』の開 発 者 の西 川 氏 も、「シャープに入 る人 は、一 番 よりも新 し
いものが好 きで、新 しい何 かをやりたいという人 が多 い。」 1 6 と述 べている。この組 織 文 化
に魅 了 され人 が集 まり、新 しい知 識 を生 む個 人 へと成 長 していくのである。また、「プロジ
ェクト・チーム」レイヤーも、大 きな働 きをしている。『 ヘルシオ』 の場 合 、調 理 システム事 業
部 内 に おいて は 、「 緊 急 プ ロ ジ ェク ト」を 模 倣 したプ ロ ジ ェク ト体 制 が 組 まれ 、 製 品 開 発 を
一 気 に 加 速 さ せ る こ と に よ り 、 今 ま で 世 の 中 に 存 在 し な か っ た 「 水 で焼 く 」 調 理 機 を 完 成
させた。また、『除 菌 イオン』では、実 際 に「緊 急 プロジェクト」が組 まれ、これにより、ウイ
ルスに『除 菌 イオン』が効 果 あることが科 学 的 に立 証 され、より顧 客 にわかりやすい訴 求
を行 うことが可 能 となり、大 ヒット商 品 へと成 長 させた。両 製 品 の開 発 において、3 層 の
働 きが見 事 に機 能 している。
ただ、ここで筆 者 が疑 問 に思 うのが、『ヘルシオ』と『除 菌 イオン』の開 発 では、この 3
層 では、うまく説 明 できない役 割 を果 たした「個 人 」の存 在 があることである。それは、組
織 内 の ス ポ ン サ ー の 役 割 を 果 た した 社 長 の 町 田 氏 と 相 談 役 の 辻 氏 の 存 在 で ある 。 ケー
スからもわかるように、『ヘルシオ』と『除 菌 イオン』の開 発 の両 方 において、この経 営 トッ
プが果 たした役 割 は非 常 に大 きい。実 際 、この組 織 内 のスポンサーの後 押 しの結 果 、
両 製 品 の 開 発 は 加 速 し て い る 。 し か し 、 従 来 、 野 中 ・ 竹 内 (1996) が 提 唱 し て い る 「 ハ イ
パー テキスト型 組 織 」 の3層 構 造 では、筆 者 にはそ の役 割 を説 明 することは難 しいと感 じ
る 。 実 際 、 野 中 ・ 竹 内 (1996) も 、 こ の よ う な 人 材 が ど こ の 層 に 属 す る か の 具 体 的 な 提 示
は 行 っ ていな い 。 では 、こ の 社 長 の町 田 氏 と相 談 役 の辻 氏 は 、 どこ の層 に 入 る べき 人 材
と考 えるべきなのであろうか。 3 つのレイヤーについて、それぞれ考 えていく。
ま ず 、 一 番 下 の 「 知 識 ベ ー ス 」 レ イ ヤ ー で ある が 、 そ の レ イ ヤ ー に 彼 等 が 入 る こ と は あ り
えない。なぜなら、このレイヤーは、実 体 のないレイヤーだからである。
次 に、一 番 上 の「プロジェクト・チーム」レイヤーへも、入 ることもないだろう。なぜなら、
社 長 の町 田 氏 と相 談 役 の辻 氏 共 に、「緊 急 プロジェクト」に参 加 しているわけではない
からである。
最 後 に 、 残 さ れ た 真 ん 中 の 「 ビ ジ ネ ス ・ シ ス テ ム 」 レ イ ヤ ー で ある が 、 こ の 層 は 従 来 の 官
僚 制 的 組 織 である。当 然 、町 田 社 長 、辻 相 談 役 は、この中 のトップの位 置 に存 在 し、
基 本 的 には、 こ の層 に入 る べき人 材 と考 えられ る 。し か し、 「創 造 的 な 新 製 品 開 発 」 にお
42
ける両 氏 の役 割 は、この官 僚 制 的 組 織 の中 で行 う働 きとは明 らかに異 なる2つの役 割 を
行 っていると筆 者 は考 える。第 1に、組 織 内 で新 しく生 まれてきたどの知 識 に対 して集
中 的 に 経 営 資 源 を 振 り 分 け る か と い う 知 識 の 見 極 め を 行 う 役 割 で ある 。 第 2 に 、 「 ハ イ パ
ーテキスト型 組 織 」が構 成 する複 雑 な層 からなる構 造 を分 離 させず、一 体 化 させ、連 動
させる触 媒 の役 割 である。
シャープの場 合 、経 営 トップは積 極 的 に各 事 業 本 部 をまわり、自 社 が有 する新 たな
知 識 の把 握 を行 っている。その中 で発 見 した魅 力 的 な知 識 には、経 営 トップの指 示 の
もと集 中 的 な投 資 を行 い、成 功 を収 めている。つまり、経 営 トップの知 識 を選 択 する目
が非 常 に重 要 な役 割 を担 っている。
次 に、複 雑 な層 からなる「ハイパーテキスト型 組 織 」を一 つにまとめ、連 動 させる触 媒
の役 割 である。シャープでは、「知 識 ベース」レイヤーとなっている『他 社 にまねされる商
品 をつくれ』という組 織 文 化 に対 して、歴 代 の4人 の経 営 トップが 94 年 間 、一 貫 して順
ず る 姿 勢 を と っ て い る 。 こ れ が 、 「 プ ロ ジ ェ ク ト ・ チ ー ム 」 レ イヤ ー と 「 ビ ジ ネ ス ・ シ ス テ ム 」 レ イ
ヤーの働 きに、その「知 識 ベース」レイヤーとの乖 離 を生 じさせずに、一 体 化 させる大 き
な役 割 を果 たしている。現 社 長 の町 田 氏 も、「オンリーワン経 営 」を標 榜 し、わかりやすい
言 葉 で、組 織 の方 向 性 を示 そうとしている。例 えば、ある組 織 が、「ハイパーテキスト型 組
織 」を完 成 させようとして、各 レイヤーを構 築 したとしても、その3層 が連 動 せずに機 能 し
ている場 合 、その構 造 は「ハイパーテキスト型 組 織 」とは決 して言 えない。多 くの企 業 に
おいて、創 造 的 な新 製 品 を開 発 しようと「ビジネス・システム」レイヤーから選 んだ人 材 で、
プロジェクトチームを作 り、製 品 開 発 を行 おうとするが、たびたび失 敗 する理 由 はここにあ
ると思 う。ただ、人 材 を集 め、上 辺 だけの『場 』を提 供 しても、それが、連 動 すべき3層 が
ない限 り、それは、知 識 の創 造 を促 す『場 』としての「ハイパーテキスト型 組 織 」には決 し
てならないのである。
つまり、社 長 の町 田 氏 、相 談 役 の辻 氏 には、「ビジネス・システム」レイヤー上 以 外 にも、
存 在 するレイヤーがあり、この 2 層 を往 復 していると筆 者 は考 える。つまり、シャープが有
している「ハイパーテキスト型 組 織 」は、3 層 構 造 ではなく、新 たに1層 を加 えた 4 層 構 造
であると考 える。この 4 層 目 を本 研 究 では、「マネ-ジメント」レイヤーと呼 び、この 4 層 か
らなる組 織 を新 たな「ハイパーテキスト型 組 織 」として示 す(図 8) 。
43
組織文化と経営トップの姿勢の
一致が4層構造を可能に
④マネージメント・レイヤー
・企業が有する
知識資源の把握
・経営トップの意思のもと
開発を加速
③プロジェクト・チーム・ レイヤー
・知識を個人から組織に拡大
・人材の育成の場の提供
・製品開発を通し
知識を組織に拡大
②ビジネス・システム・レイヤー
・知識を生み出す個人の育成
・組織文化の強化
①知識ベース・レイヤー
図 8 : 新 たな「ハイパーテキスト型 組 織 」
出 所 :(筆 者 作 成 )
「ハイパーテキスト型 組 織 」の各 レイヤーは別 個 に存 在 するものではなく、互 いに影 響
し合 っている。「ハイパーテキスト型 組 織 」の、まず根 底 にあるものが、「知 識 ベース」レイ
ヤーである。これが、全 ての源 である。「知 識 ベース」レイヤーは、『除 菌 イオン』を開 発 し
た西 川 氏 や『ヘルシオ』を開 発 した井 上 氏 のようなイノベーションの種 となる知 識 を生 む
個 人 を「ビジネス・システム」レイヤー上 へ発 生 させることも後 押 ししている。さらに、シャー
プの「緊 急 プロジェクト」が生 まれた起 源 も、この「知 識 ベース」レイヤーをもとに、2 代 目
社 長 の佐 伯 氏 が、1977 年 に制 度 化 させたシステムである。また、本 研 究 で提 示 した 4
層 目 の 「マネー ジ メン ト」レ イ ヤー の働 きに も「知 識 ベ ース」レ イ ヤーは 、大 きく影 響 を 及 ぼ
している。これは 4 章 で示 した歴 代 の経 営 者 の基 本 姿 勢 と組 織 文 化 の形 成 からも明 ら
かである。
シャープの場 合 、自 社 で新 しく生 まれた知 識 は、経 営 トップに管 理 され、有 効 な知 識
だ と 経 営 トップ が 判 断 した 場 合 は 、強 力 に 後 押 し さ れ る 。 それ を 行 う 公 式 制 度 で ある 「緊
急 プロジェクト」では、新 たな知 識 を生 んだ個 人 を中 心 にプロジェクトが組 まれ、期 間 を
限 定 した集 中 的 な開 発 体 制 がとられている。この「緊 急 プロジェクト」という特 殊 な環 境
の 中 で 、 人 材 は 大 き く 育 つ 。 一 例 を あげ れ ば 、 液 晶 事 業 を 育 て あげ た 現 副 社 長 の 中 武
44
氏 のような人 材 が、この「 緊 急 プロジェクト」を機 会 に大 きく育 っている。他 にも、現 在 のシ
ャ ー プ の 事 業 部 長 、 本 部 長 ク ラスの 人 材 には、 こ の 「緊 急 プ ロ ジ ェ ク ト」 経 験 者 が非 常 に
多 く、結 果 として、「プロジェクト・チーム」レイヤーの活 発 な活 用 は、「ビジネス・システム」
レイヤーをも発 展 させていることになっている。その結 果 、「知 識 ベース」レイヤーもより強
化 され ている。 これに 、「マネージ メン ト」レイヤー が 3 層 を一 体 化 し、連 動 を促 進 させ る
触 媒 の働 きを行 うことにより、3 層 の各 レイヤーは相 互 に発 展 していくことになる。
7.3. 組織の『善』を創り育てる
本 研 究 で は、 94 年 間 一 貫 し て 、 創 造 的 な 新 製 品 を 開 発 す る こ と に こ だ わ っ て き た シ
ャープが有 する『 組 織 能 力 』 について、『ヘルシオ』と『除 菌 イオン』のケース・スタディーを
通 し明 らかにしてきた。その結 果 、シャープが有 する『組 織 能 力 』は、イノベーションの種
となる知 識 を生 む「 個 人 」 と知 識 をイノベーションへと高 めていく「組 織 」という相 反 する存
在 の融 合 を効 率 よく行 える仕 組 みを有 していることであった。そして、その仕 組 みとは、
新 たに「マネージメント」レイヤーを加 えた 4 層 構 造 からなる「ハイパーテキスト型 組 織 」で
あった。
企 業 の持 続 的 競 争 優 位 性 は、結 局 のところ企 業 がどのような価 値 を生 み出 し続 ける
『組 織 能 力 』をもっているかにかかっている。しかし、その価 値 は単 なる情 報 の結 合 や環
境 の合 理 的 分 析 からは生 まれてこない。「組 織 」に属 する「個 人 」が、何 よりその組 織 独
自 の『善 』という絶 対 価 値 を理 解 し、そこから何 を生 み出 すかが重 要 となる。
シャープの場合は、その「善」の絶対価値を創業者 早川徳次氏の「他社にまねされる商品をつく
れ」とし、歴代の経営トップが、言葉は異なるが、その『善』を貫く姿勢を通している。例えば、現在の
社長の町田氏は、それを「オンリーワン商品」とわかりやすく表現し、巨大化したシャープの社員への
浸透を進めるメッセージを発信し続けている。その意思を各社員、例えば、『ヘルシオ』を開発した井
上氏の場合、「オンリーワンとは、少なくとも社会的に価値があり、一番最初に作られたものであるこ
と。」12 と自分の中に取り込み、その実践活動を行っているのである。その実践活動の『場』として、シ
ャープは「ハイパーテキスト型組織」を完成しており、新たな創造的な新製品を次々と生みだす『組
織能力』を作りあげているのである。
45
7.4. シャープの開発組織の課題
本 研 究 で示 したシャープの「ハイパーテキスト型 組 織 」にも、課 題 はある。それは、あま
りにも少 数 の「マネージメント」レイヤーに属 する人 に負 担 が大 きい仕 組 みとなっているこ
とである。これでは、組 織 がより拡 大 した場 合 、破 綻 する危 険 性 がある。組 織 の規 模 の
拡 大 に対 応 するためには、今 後 、セグメント毎 に、このような人 材 の配 置 を行 う必 要 があ
る 。そ のためには 、従 来 の管 理 職 の延 長 線 ではない「マ ネージ メン ト」レイヤ ーに属 すこ と
ができる人 材 の育 成 を行 うことが求 められており、この人 材 のためのキャリアパスの整 備
が必 要 となる。
7.5. 実践的インプリケーション
本 研 究 で明 らかにしたシャープの『組 織 能 力 』は、持 続 的 に創 造 的 な新 製 品 開 発 を
可 能 と す るた め の 一 つの 答 え で ある 。 当 然 、 こ れ が あら ゆ る 企 業 に 万 能 な 『 組 織 能 力 』 と
は 、 筆 者 も思 っ てい ない 。 企 業 には 、 個 人 がそ う で ある よう に 、 自 分 の 道 を選 び進 ん で い
く必 要 性 がある。これが、シャープでいう「オンリーワン」の考 え方 である。インタビューに
答 えて頂 いた『 ヘルシオ』開 発 者 の井 上 氏 も、
「自 由 競 争 が激 しくなっている。その中 で、自 社 のスタンスを決 める時 に、多 くの
企 業 が他 社 との比 較 だけで行 っているように思 う。自 社 のもつ価 値 観 を他 社 との比
較 でしか、見 つけることができなくなっている。それを解 決 する方 法 は、オンリーワン
しかないのではないかと思 う。他 社 は、他 社 であり、自 社 の持 ち味 はこれだというも
の を も つ 必 要 が ある 。 そ う し て 初 め て 、 他 社 と の 比 較 で は な く 、 自 社 の 価 値 観 、 ア イ
デ ン テ ィ ティー を も て る 。他 社 に勝 たね ば な ら ない と い う のは良 い が 、 その よ う な 価 値
感 をもてないのは悲 しいことだと思 う。」 1 2
と述 べている。
シャープが属 する日 本 の電 機 産 業 は、現 在 、サムスン電 子 をはじめとする強 力 な海
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外 勢 との競 争 を余 儀 なくされている。このような中 、他 社 と同 じことをしても、規 模 に勝 る
企 業 に 勝 つ こ と は 難 し い 。 答 え は 、 他 社 が で き な い 「 オ ン リ ー ワ ン 」 を や る こ と で あろ う と 思
う 。 そのために 、各 日 本 の 企 業 が 、ど のよ うな『組 織 能 力 』を育 て て、戦 って いくか が重 要
となってくる。
本 研 究 では、その『組 織 能 力 』の一 つとして、「個 人 」と「組 織 」という相 反 する存 在 の
融 合 を可 能 としているシャープの『組 織 能 力 』について述 べてきた。しかし、この「個 人 」
と「組 織 」の融 合 という『組 織 能 力 』は、シャープ以 外 の日 本 企 業 においても可 能 な『組
織 能 力 』ではない かと筆 者 は考 える 。なぜな ら、日 本 には、 すでに 、緻 密 さを持 ち合 わ せ
た「個 人 」と、強 い団 結 力 をもった「組 織 」を有 する企 業 が多 く存 在 するためである。もし、
日 本 の各 企 業 が、この「個 人 」と「組 織 」の融 合 を行 う何 らかの仕 組 みを確 立 できれば、
新 たな知 識 を生 み、大 きなイノベーションを起 こすこととなる。
ド ラッ カ ー (2000) が言 う「 知 識 社 会 」 に 、最 も対 応 でき る可 能 性 を もった 国 は 、日 本 な
のではないかと筆 者 は考 えている。
7.6. 残された研究課題
本 研 究 で は 、 野 中 ・ 竹 内 (1996) が 示 し て い る 「 ハ イ パ ー テ キ ス ト 型 組 織 」 に 、 新 た な
「マネージメント」レイヤーの存 在 の可 能 性 について示 すことができた。しかし、現 段 階 で
は、まだ、仮 説 の導 出 レベルであると考 えている。今 後 、より深 い検 証 が必 要 であろう。
具 体 的 に は、 「 マ ネ ー ジ メ ン ト 」 レ イ ヤ ー の 働 き と 、 そ こ に 属 す る 町 田 氏 や 辻 氏 と いう 人 材
が、どのように選 択 され、育 てられたかという検 証 を行 っていきたいと考 えている。
また、本 研 究 では、2 章 で示 した4つのイノベーションの種 類 の中 の1つの「革 新 製
品 」を本 研 究 における「創 造 的 な新 製 品 」 と定 義 したため、他 の 3 種 類 においての議 論
が行 えていない。今 後 、これらのイノベーションについての研 究 も必 要 であると考 えてい
る。
47
謝辞
本 研 究 の 執 筆 に あた り 、 丁 寧 に ご 指 導 頂 き 、 私 に 学 ぶ こ と の 楽 し さ を 改 め て 教 えて 下
さった原 先 生 に深 く感 謝 を致 します。本 当 にありがとうございました。
また、本 研 究 は、多 くの先 生 方 からご教 授 頂 いたベースの上 になりたったものであり、
こ の 1年 間 半 の期 間 を通 し 、ご 指 導 頂 いた 各 先 生 方 に対 し 、 感 謝 を致 し ま す 。特 に 、本
研 究 を行 う動 機 づけとなった講 義 をして下 さった延 岡 先 生 に感 謝 致 します。
また、本 研 究 においては、シャープに関 する情 報 を得 るために、3人 の方 に長 時 間 に
わたりインタ ビューにご協 力 して頂 きました。皆 様 には、大 変 、貴 重 なお話 をして頂 きまし
た。研 究 に参 考 になっただけではなく、社 会 人 として働 く私 個 人 としても、大 変 得 るもの
が多 かったと思 います。井 上 氏 、池 防 氏 、西 川 氏 の3人 の方 に心 から感 謝 致 します。あ
りがとうございました。
また、共 に学 んだ原 ゼミの皆 さん、TA の方 、同 級 生 の皆 さんに感 謝 致 します。どの方
も 、経 験 豊 富 な方 ば かり で、 多 くのこ とを教 えて頂 き ま した。私 が年 下 とい うこ とも あっ て 、
皆 さんには大 変 可 愛 がって頂 きました。
また、職 場 の理 解 もなければ、1 年 間 半 という期 間 で卒 業 することは全 く不 可 能 なこと
でした。その環 境 作 りをして下 さった職 場 の隅 氏 、田 中 氏 、田 原 氏 に深 く感 謝 致 しま
す。
最 後 に、この 1 年 間 半 の間 、平 日 の晩 、週 末 と大 学 に通 っていた私 に文 句 一 つも言
わ ず に 好 き な 勉 強 を さ せ て く れ た 、 11 月 に 私 の 妻 と な る 伊 都 子 に 感 謝 し ま す 。 あ り が と
う。
2006 年 8 月 大 阪 にて
48
参考文献
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50
ワーキングペーパー出版目録
番号
著者
論文名
2005・1
赤阪 朋彦
官僚制組織における個人の自立性支援
大橋 忠司
-大手企業 4 社のアンケート調査から-
出版年
4/2005
北林 明憲
中島 良樹
古谷 賢一
山本 守道
2005・2
手島 英行
人材ポートフォリオにおける人材タイプ別人的資源管理施策の
柳父 孝則
考察-職務満足要因の探求と職務満足次元との関係-
4/2005
山本 哲也
和多田 理恵
2005・3
芦谷 武彦
企業組織における正社員とパートタイマーの価値観、準拠集団、 4/2005
栗岡 住子
成果に関する考察-物品販売会社 A 社のアンケート調査から-
佐藤 和香
村上 秀樹
2005・4
裵 薫
会社分割を利用した事業再生手続モデル
9/2005
2005・5
和多田 理恵
ベンチャー系プロフェッショナル組織におけるコア人材のコミ
10/2005
ットメントに関する研究-伝統的日本企業との比較分析-
2005・6
本郷 晴
特殊鋼の製品開発マネジメント
11/2005
2005・7
高田 壮豊
Comparative Analysis of Organizational Commitment in
11/2005
Medical Professionals
2005・8
松永 好弘
技術のモジュール化と転用の理論
11/2005
2005・9
加藤 正明
地域とモノの間におけるブランド拡張の研究~適合基盤として
11/2005
のライフスタイルについて~
2005・10 桑本 誠
民生用 AV 機器におけるモジュラー型製品の製品開発マネジメ
11/2005
ント
2005・11 五味 嗣夫
中国で活きる日本型経営システム-蘇州進出日本企業の事例か
11/2005
ら-
2005・12 栗岡 住子
職務満足を高めストレスをコーピングする働き方の分析
12/2005
2005・13 北林 明憲
企業における経営理念の浸透策と浸透度についての研究
3/2006
-エレクトロニクスメーカーのドメインカンパニーの比較調査より-
2005・14 古谷 賢一
事業創成期における組織マネジメントの研究
3/2006
番号
2006・1
著者
岡田
論文名
斎
檜山 洋子
中小企業によるCSR推進の現状と課題
出版年
6/2006
~さまざまな障害を超えて~
藤近 雅彦
柳田 浩孝
2006・2
陰山 孔貴
創造的な新製品開発のための組織能力-シャープの事例研究-
9/2006