琉球在来豚アグーの紹介とその再生計画の概要 アグーとは 琉球在来豚アグーは 600 年程前に中国から沖縄に渡来し飼育されていた琉球島豚と、明治以 降に導入された西洋種(バークシャーと考えられる)の交配によって作られた小柄な黒豚です。 アグーの肉は低コレステロールでアミノ酸が多いため食味が良く、脂肪に甘さがあります。第二 次世界大戦の戦禍、ならびに成長の早い西洋種の導入によって、発育が遅く小柄なアグーの頭数 は減少し、1983 年の調査では僅か 30 頭までに激減しました。 貴重な遺伝資源を残そうとする関係者が戻し交配を繰り返した結果、現在は 603 頭に増加し ましたが、近親交配が進んだ結果、発情徴候の微弱化や分娩頭数の減少(平均 4∼5 頭)が見ら れます。沖縄県では、アグーの純粋種の保存と登録のために、アグー全頭の DNA 解析を実施中 で、その結果に基づいた計画交配による近交退化の緩和や効率的増殖手法を確立して、「おきな わブランド豚」を作出する事業に取り組んでいます。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1.アグーとその復元 沖縄の豚の飼育は、伊江島の貝塚の弥生時代後期と推定される地層から豚骨が発見されており 2000 年の歴史がある。現存の琉球島豚は今から 600 年前、琉球王国時代の 1385 年(1392 年説 もある) 、当時の明王朝との交易を介して、あるいは沖縄へ帰化した中国福州の?人が持ち込んだ 複数品種の中国系豚を原型として飼育された小型の豚がルーツと考えられる。1904 年(明治 37 年)に琉球島豚と西洋種のバークシャーとの交配によって改良作出されたものが琉球在来豚アグ ーとされる。アグーの名称については沖縄県粟国(あぐに)島からとったとの説がある。 琉球島豚の飼料としては、残飯や野草、人の排泄物等を利用した飼育がされていたようである。 1605 年、野國總管(役職名)が中国福建省より甘藷の苗を持ち帰り、郷里の野國村(現在の嘉 手納町)で栽培してからは、甘藷の茎葉・非食用の小根茎等も島豚の飼料とされ、食味性が良く なり、正月用の豚として珍重されたようである。 アグーは第二次世界大戦までは沖縄の島々に広く飼養 されていたようであるが、戦禍等による頭数減に加えて、 戦後、産子数が多く発育性や赤肉生産性に優れる西洋種が 導入されたため、小型で産子数が少なく、発育の遅いアグ ーは経済的に不利なことから減少した。1981 年、名護博 物館長の島袋正敏氏が琉球在来豚の存亡に危機感を募ら せ調査した結果、正月の慶事用や愛玩目的で飼養されてい た 30 頭程度のアグーが残されており、その内の 18 頭を 名護博物館に集め保存を開始した(1983 年) 。沖縄県北部 農林高等学校(名護市)の太田朝憲先生や沖縄県畜産試験 場との連携協力や古老の記憶を確認しながら、戻し交配法 を用いて選抜を進め、1995 年、8 代目に至って純血に近 いアグーが復元された(宮城吉通;沖縄在来豚アグーの復 元) 。 写真1 アグー復元の流れ (沖縄県畜産試験場) 2003 年の琉球在来豚の飼養頭数は 121 頭であったが、北部農林高等学校からの民間への配布 等の努力もあって、沖縄県庁の 2006 年の調査(農家の自己申告に基づく)では、沖縄県内の 27 農家・機関で合計 603 頭が飼育されている。 2.アグーの体型や特性 アグーの皮毛は全身黒色(一部に白色が出ることが ある)で、固く長く、雄では縮毛となることがある。 顔には深い八字型の皺があり、鼻は長く目は小さい。 耳は大きく厚く垂れ、顔を覆い、体型は前勝ちで、後 躯の発達は不良で、背は凹み短躯で、腹は垂れ地面に 接触しがちである。肋張りは悪く、四肢は粗大で短く、 繋ぎがゆるいが、体質強健で病気に強く、粗食に耐え る。体型は小格で、発育が遅く産子数は少ない(沖縄 県畜産試験場) 。 写真2 アグーの放牧 (北部農林高等学校) アグーは発育が遅いため肥育効率が悪く、ラードタ イプの体型であるため脂肪が蓄積しやすく、枝肉格 付での評価は低い。しかしながら、食肉としてみた 場合、交雑豚においても、肉の光沢が良く豚肉特有 の臭みが少なく柔らかくて美味しい、低コレステロ ールで旨味成分のグルタミン酸含量が多く、脂肪が 甘い等の優れた特性があるため、ヘルシーな豚肉と して消費者から高い評価がされている。 反面、限られた雄雌の範囲での近親交配で復元さ せてきた結果、産子数減少や雄の精子数低下等の繁 写真3 アグーの成雌 (北部農林高等学校) 殖性への影響や脚部や生殖器の奇形の多発等が指摘 されており、また、繁殖母豚の過肥による繁殖障害 も無視できす、早急に対応策を講ずる必要がある。 沖縄県畜産試験場資料(表1;大城まどか 2003) によれば、成豚は体重が 100kg 前後である。雄は前 勝ちで、脚が強い。雌は背が緩く、お産の時は腹が 地面につくくらい下がる。生時体重は1kg 弱。発育 は、5 ヶ月齢、体重 40kg まで雄、雌とも同じ。10 ヶ月齢で、雄 60kg、雌 70kg となる。20 数ヶ月齢以 写真4 アグーの成雄雌 (北部農林高等学校) 降は体重は増えない。 表1 アグー成豚の体型 ♂ ♀ 体重(kg) 106.0±28.8 115.2±23.5 体長(cm) 112.8± 6.0 108.8± 4.7 体高(cm) 62.2± 5.3 63.7± 3.8 大城:沖縄県畜産試験場資料(2003) 3.沖縄県の豚肉の生産と消費の特徴 沖縄の食材は多種多様であり、畜産物の中では豚肉が最も愛好されており、ロースやバラ肉(三 枚肉)はもとより、内臓や豚足、皮まで余すところなく利用されている。 ロースやヒレ肉、モモ肉はトンカツや焼き肉、しゃぶしゃぶ等に使われるが、沖縄独特の料理 としてソーキ(あばら肉) 、ラフテー(三枚肉) 、テビチ(豚足)、中身(内臓) 、ミミガー(耳) 、 チラガー(顔)などと呼ばれる調理法があり、食材として余すところなく利用され、沖縄の「食 文化」として確立されている。 現在、沖縄県で主として飼育されている豚は西洋種といわれるランドレース、大ヨークシャー、 ハンプシャー、デュロックの4品種が主で、内地同様にこれらの品種を 2 元、もしくは 3 元交 配した交雑豚が食肉用とされている。 平成 16 年度の沖縄県の豚の出荷頭数は 36 万 7,600 頭で、と畜頭数は 36 万 3,900 頭であり、 44%が県外出荷で、県内には枝肉重量で 56%の 15,377 トンが流通している(内閣府沖縄総合 事務局農林水産部「畜産物流通統計」) 。これらの数値のうち、アグー(アグーの二元交雑や三元 交雑を含む)のと畜頭数や枝肉割合がどの程度かは明らかでない。 4.アグーの販売について 食用の豚肉としては、産子頭数や食味、肉量、飼養効率等考慮した結果、前述のように 二元または三元交配が行われ、沖縄県においても多くの銘柄豚肉がブランド豚として販売されて いる。アグーの場合、アグー自体の絶対数が少ないことと増体が悪いため、雑種強勢を活かすた めに食肉用としてはアグーの♂に西洋種の♀を交配した交雑種を肥育に供しており、以下の名称 で販売されている。このうち①と②は同一牧場で生産されたものとなるが、出荷先が異なる。 ①「あぐー豚」 株式会社 グリーンファーム、JA 沖縄経済連 ランドレース♀×アグー♂ ②「沖縄あぐー」 株式会社 沖縄県食肉センター、株式会社 北斗牧場 ランドレース♀×アグー♂ ③「やんばる島豚」 我那覇畜産 デュロック×バークシャーの♀×アグー♂、またはバークシャー♀×アグー♂ ④「チャーグー」 沖縄県立北部農林高校 デュロック♀×アグー♂ ⑤「今帰仁アグー」 有限会社 今帰仁アグー 在来豚の♂×♀ 写真5 ロース肉薄切り 写真6 モモ肉薄切り 写真7 バラ肉薄切り 写真8 ハンバーグ定食 写真5∼9は、我那覇畜産・フレッシュ ミートがなはの好意による 写真9 豚肉の加工品 5.アグー飼育機関の聞き取り調査結果(平成 18 年 3 月実施) 1)沖縄県北部農林高等学校(沖縄県名護市) 大城正也教頭と東江直樹教諭の指導下で、熱 帯農業科の畜産コースの実習の一環として生徒 達がアグーの飼育を習いつつ、プロジェクト学 習も実施している。アグー精液の採取と人工授 精への応用やアグーより体格の大きいデュロッ ク雌との自然交配法を工夫して、雑種強勢を利 用したチャーグーの生産を軌道に乗せている。 毛色はデュロックの茶が入っており、平成 18 年 1 月には「チャーグー」で商標権を取得し、 名護市の道の駅許田にてプレスハムやハンバー 写真 10 肥育中のチャーグー グを販売している。 給与飼料としては配合飼料以外に、ヨモギ等を与えているが、今後は未利用資源の活用を 考え、バガス、シークワーサーやパイナップルの皮、青汁もろみ酢等を飼料に用いて、新た な機能性を豚肉に付与できないか検討したい。 学校ではこれまでも希望する卒業生へアグーの配布を行っており、増頭と遺伝資源の分散 を図りつつ、卒業生の意見も取り入れて改良を進めている。育種改良の方向は黒色にこだわ るが、産子体重が 400∼500gで小さくなってきていること、肥育に時間を要し、濃厚飼料 が多すぎると厚脂になり、格付けでは等外となるのが悩みである。 2)有限会社 今帰仁アグー(今帰仁村) 島豚本来の旨味を求めて琉球在来豚同士の交配にこだわる。子豚の生時体重は 800g で 7 頭の産子数である。アグーの後継豚基準は全身黒色で、体格大の個体を残すようにしている が、アグー♂×アグー♀では産子数が少ない傾向があり、血縁の遠い個体との交配に配慮し ている。出荷体重は 60kg で、月間 25 頭の出荷を計画しているが、現在の格付け基準では 等外の市場評価とされている。 3)フレッシュミートがなは(名護市) 我那覇畜産では「やんばる島豚」や「山原(やんばる)豚」を生産している。山原の自然 水にこだわり、EM(有機微生物群)を使用し、飼料にはヨモギ・にんにく・海藻などを加 えて豚を育てており、フレッシュミートがなはその販売店の一つである。店内では精肉や加 工品が販売され、併設のレストランでは、やんばる島豚のしゃぶしゃぶ、焼き肉、ハンバー グ等を食べることができる。 4)沖縄県畜産試験場(今帰仁村) アグーの復元と今後の増頭を図る中核試験研究機関である。アグーの DNA 鑑定を実施中 で、これまで半数の 300 頭弱の鑑定を終了し、その結果、82%を後継豚として残し、18% は淘汰対象とした。DNA 検査結果はアグーの群間交流や液状精液の利用による育種計画に 反映させ、近交係数の低下を図る。平行して外貌選抜を行うが、毛色は原則黒色、三枚肩は 可、乳頭は片側 5 個以上で巻き尾等を基準とし、個体の能力、特徴、DNA 情報等を基にア グーの特色を強く持つ個体や群を重点化し絞り込みを進める。 また、おきなわブランド豚推進協議会と協力して、基礎豚として仮登録したアグーに、IC チップ入りのイヤータグを装着して個体管理を行うことで、効果的な増頭を推進する計画を 進めている。 写真 11 IC タグと検知用ループアンテナ 写真 13 左右の耳に装着された IC タグ 写真 12 豚の耳介に装着中 写真 14 アグー雌豚 同時に、沖縄県畜産試験場では、農林水産省予算において、「琉球在来豚アグーの近交退化の 緩和および増殖手法の確立(2005 年度∼2009 年度の 5 年間) 」を実施している。その概要は、 以下のようである。 沖縄固有の貴重な遺伝資源である琉球在来豚アグーは,復元や保存の過程において,近親交配 が継続的に行われた。そのため,近交退化による繁殖能力の低下や奇形等の異常形質の出現等が おこっており,集団の維持が困難となっている。 そこで,本事業では,アグーの近交退化の緩和および増殖手法の確立により,アグーの増殖を 図り,今後のアグーを活用した「おきなわブランド豚」作出にむけた基盤確立を行う。具体的に は沖縄県畜産試験場を中核機関とし、琉球大学、独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 畜産草地研究所、独立行政法人農業生物資源研究所の4研究機関が共同して以下の大きく「育種 技術」と「繁殖技術」の 2 課題に分かれたテーマを実施する。 育種技術では、アグーの近交退化を緩和するため DNA 多型情報や血統情報を用いて、アグー の遺伝的多様性を解明し、DNA マーカーを利用したアグーの識別技術を確立する。繁殖性や奇 形等の発生と近交度を抑制するために、DNA 情報を基礎とした育種計画により、アグーの特徴 を強く保持する豚集団を作出する。 効率的繁殖技術では、雄側からアグー精子の凍結保 存技術の確立ならびに体外受精系による精子評価を 行い、雄アグーの遺伝資源の保護と安定した精子(精 液)供給体制の確立を目指す。雌側からは発情徴候 不明∼微弱豚に対する授精適期や排卵時期判定を機 器等を用いて行う技術を開発するとともに、アグー 受精卵の回収ならびに経済豚への胚移植技術につい て検討する。 その成果として、アグーの集団としての継続的維 持が図られ、アグーを活用した「おきなわブランド豚」 写真 15 沖縄県畜産試験場の入り口 が新規開発され、沖縄県の養豚振興と観光産業の活性 化が図られる。 6.今後の方針 アグーは全国区で注目を集め始めている豚で、おきなわブランドの目玉となりうる素材である が、優良種畜が少ないため、消費者ニーズに応えられる数量の生産ができず、観光的面からもリ ピーター対策からも好ましい状況ではない。そこで、おきなわブランド豚推進協議会を軸として、 ①アグーの特徴を持つ群の作出ならびに、②アグーの利用に関する検討を行う必要がある。 ①では主として研究サイドから近交退化の緩和と効率的増殖技術の確立を、②では行政と生産 農家、経済連等が一体となったアグー純粋種の保存・登録、優良種畜の導入・配布を実施する。 その核となるのが、おきなわブランド豚推進協議会であり、協議会には行政、生産者、琉球在来 豚アグー保存会、JA 沖縄経済連等が参画しており、今後のアグーの推進方向を決めていく機関 である。前記の①②の一部については、予算が配分されており、今後の成果が期待されている。 7.参考資料 宮城吉通 沖縄在来豚「アグー」の復元と沖縄の食文化(1)、畜産コンサルタント 34 巻 11 号(1998) 宮城吉通 沖縄在来豚「アグー」の復元と沖縄の食文化(2)、畜産コンサルタント 34 巻 12 号(1998) 大城まどか 「琉球在来豚アグー検討会資料」 、沖縄県畜産試験場(2003) 東江直樹 琉球在来豚の繁殖と利用∼付加価値のある「ブランド豚」を目指して、 畜産の情報(国内編) 、10 月号(2004) 藤野哲也、高島宏子、仁科俊一 「沖縄の銘柄豚とさとうきびとの耕畜連携の取り組み」、 畜産の情報 (国内編)4 月号(2006) 〔報告書執筆者〕 社団法人 畜産技術協会 非常勤参与 假 屋 堯 由
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