解 題 - 日本証券アナリスト協会

日本経済と株式市場
解 題
証券アナリストジャーナル編集委員会 第一小委員会委員長 河 田 剛
CMA
今月の特集「日本経済と株式市場」は、現在の
に大いに参考になる内容であるといえよう。以下
日本株式市場が抱える課題について取り上げた。
にその概要を紹介する。
近年の日本の経済、株式市場の国際的な地位の低
下は著しい。名目GDPは最近20年間でほとんど
座談会「日本経済と株式市場」には菊地正俊氏
増加しておらず、名目GDPの世界シェアは1994
(ストラテジスト)、河野龍太郎氏(エコノミスト)、
年の18 %から2009年には8%強となり、内閣府
松島憲之氏(自動車セクターアナリスト)の実務
は2030年には6%以下に落ち込むと予想してい
家3氏と司会の川北英隆氏(編集委員)が参加し
る。日本株は89年のピークからほぼ下落トレン
ている。議題は1.世界経済における日本の位置
ドが続いており、MSCI世界インデックスにおけ
付け、2.内外の金融市場、3.日本政府の戦略、
る時価総額のウェイトは88年には45 %であった
4.日本企業の戦略、5.日本の株式市場、の5
が、11年11月末時点では8%となっている。90
つであるが、実務家3氏はそれぞれ立脚点が異な
年代以降の日本の株式市場の長期的な不振は、
っており、多様な見解が提供されている。
1929年~ 41年の米国の大恐慌期や、1873年~
「1.世界経済における日本の位置付け」につ
96年の英国の大不況期でも観察されなかった現
いては、菊地氏は、日本が世界に誇れる点として、
象である。このため株式投資家の運用は困難な状
世界最大の純債権国であること、長期低迷の先駆
況が続いており、年金などの社会保障にも大きな
けであること、成長していないにもかかわらず社
影響を及ぼしかねない状況となっている。
会情勢が安定していること、を挙げている。河野
今月号では、このような状況を踏まえつつ、座
氏は物事が決められない状況は民主主義の下では
談会と2本の論文で現状把握と今後の展望を示し
共通で、日本に限ったものではないと主張してい
ている。座談会では、
主に実務家サイドの観点で、
る。松島氏は自動車産業の観点から、日本の自動
マクロ経済、政策、企業戦略等を議論している。
車の質的な優位性は維持されていると指摘してい
論文においては、論点を主に企業に絞り込み、日
る。さらに、1人当たりの生産性を高めることの
本株式市場の活性化に必要な条件を示している。
重要性、海外で稼ぐことの必要性、人口減少に対
座談会・論文においては日本株式市場を取り巻く
応したシステムへの転換の必要性などが各参加者
論点が幅広くカバーされており、今後の株式運用
から示された。
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証券アナリストジャーナル 2012. 1
「2.内外の金融市場」については、日本の株
ディスクロージャー、IRの重要性などが提起され
式市場の地位が低下していること、新興国の株式
た。
との比較で日本株の評価が下がっていることは参
加者の共通の認識となっている。一方で債券市場
井手論文「純投資の条件整う日本の株式市場」
が巨大化していることの問題点も指摘された。国
は、まず、配当や金利など、かなり確実性の高い
内外の資金の流れについては、アジア諸国から日
収入の形で利益を上げること、および長期間保有
本に投資してもらうことの必要性、一方で円高時
して値上がり益を得ることを目的とした投資家を
に日本企業が海外企業を買収することをサポート
インベスター投資家と定義し、そのような投資家
する政策の必要性などが提起されている。
を対象として議論を展開している。
「3.日本政府の戦略」については、3氏とも
次に、PERがほぼ20倍以下(株式益回りが株主
既得権の保護が成長を阻害しているとし、規制緩
資本コスト5%以下)の銘柄をバリュー株とし、
和を進めていくべきであると主張している。これ
その条件に当てはまるアサヒビールの過去11年
に関連してTPPの導入や高齢化社会に対応した供
間のデータから、同社が年平均7%前後のアブノ
給サイドの強化などが主張されている。
ーマルリターンを上げていることを示し、日本株
「4.日本企業の戦略」については、松島氏が
市場はセミストロング型の「非」効率的市場であ
自動車産業を例に、新興国市場へフォーカスすべ
ると論じている。井手氏は株式投資の総リターン
きという点と、電気自動車への政府支援の重要性
を構成する配当利回り、期待成長率がともにROE
を指摘した。河野氏は民間部門の努力を評価する
からもたらされることを示し、企業が価値を創造
一方で、規制が多くの分野で成長を阻害している
しているかどうかを簡便に判断する方法として、
と再度主張している。菊地氏はむしろ民間企業の
ROEが市場平均株主資本コストよりも高い企業は
責任が大きいとし、日本企業のROEや営業利益率
価値創造経営、低い企業を価値破壊企業とみなす
の低さが問題であるとしている。さらに日本企業
考え方を紹介している。
は選択と集中が不十分で、人材のグローバル化も
失われた20年の功罪については、どのタイミ
進める必要があると指摘している。一方でCSV
ングで投資しても日本株の投資家が報われなかっ
(Creating Share Value)という考え方を紹介し、コ
た事実を示す一方で、バリュエーションが一般投
ミュニティー、ステークホルダーとの共存共栄関
資家にとって採算を考えやすい水準となってきた
係においては日本企業が評価される可能性も示し
こと、以前よりは効率性、収益性を重視した経営
ている。
が一般化し、2000年以降ROEも大きく改善した
「5.日本の株式市場」については、まず共通
こと、配当性向主義の広がりによって1株当たり
認識として低迷の大きな要因がバリュエーション
配当金が増加し、自社株買いも頻繁にみられるよ
調整であること、水準としては十分グローバル並
うになったこと、インターネットの普及により、
みになってきていることが指摘されている。その
情報の入手が容易となり、取引コストも低下した
上でバリュエーションが落ち着いてくれば債券イ
こと、などプラスの側面を強調している。
ンカムの代わりに株を買う投資家も増えてくる可
ここで井手氏はインベスター投資家の希望する
能性も指摘された。また、
アクティブ運用の活用、
リターンとして5.0 ~ 6.0 %の水準を示し、無リ
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スク金利1.0 ~ 2.0 %、リスクプレミアム4.0 ~
持ち合い解消などに伴い、それ以前は割高で推移
5.0%、ここから求められる期待ROE5.0 ~ 6.0%
してきたバリュエーションが切り下がり、最近で
の条件下でインデックスファンドを購入して安定
は国際平均に近い水準に収れんしてきていること
保有すれば、今後は年平均5.0 ~ 6.0 %のリター
を指摘している。
ンは十分期待できるとしている。
ROEの向上については、日本企業のROEが国際
さらに、日本の株式市場では高いROEを上げて
比較では依然として低い水準にあることを示し、
いる価値創造企業は依然少数派であるが、そのよ
その理由として利益率と財務レバレッジの低さを
うな価値創造企業ほど市場価値(PER)が低く、
挙げている。これを改善する方策として、固定費
価値破壊企業ほどPERが高いという特異性がある
の重複を削減すること、海外進出で利益率を引き
と指摘し、高いROEを上げているのに市場価値が
上げること、中国、インドの投資機会を捉えるこ
低い優良大企業を選んで保有すれば市場平均を上
と、余剰キャッシュの有効活用を図ることなどを
回る運用実績を上げられると主張している。実際
挙げ、このような方策を導入すれば、ROEを2倍
に高ROEかつ低PERで増益トレンドを維持してい
近くに向上させることも可能だとしている。
る企業に集中投資し、超過収益を上げている例も
コーポレートガバナンスの改善については、多
紹介している。
くの日本企業で独立した取締役や委員会の数が限
当論文は最後に機関投資家の課題についても言
られ、役員の報酬開示に消極的で、インセンティ
及している。アクティブ・マネジャーの成績が市
ブ報酬の導入も低水準にとどまっている事実を指
場平均並みかそれ以下であること、年ごとの成績
摘し、持ち合い解消や業績連動型報酬制度の導入
に一貫性がないこと、運用が長期になるほど成績
を主張している。
が下がっていることを示し、価値創造企業中心の
国内投資家の市場参加拡大については、配当性
運用、過度の分散投資の見直し、長期投資、価値
向の引き上げなどにより、株式がリスクとの見合
創造企業を中心とした指数の採用、ROEを高める
いで十分妙味があると個人投資家に認識させるこ
ガバナンス活動を提案している。なお、当論文は
とが必要であるとしている。
ファイナンス理論の基礎を理解する助けにもなる
ものと思われる。
座談会と論文にほぼ共通する認識としては、過
去の株価低迷がバリュエーション調整によるもの
松井論文「日本株式市場活性化の条件」におい
であり、現在の水準は投資を検討し得る水準にあ
ては、
日本株式を持続的な回復に導く条件として、
る程度はなってきていること、とはいえ規制緩和
①企業のファンダメンタルズを反映したバリュエ
や海外進出などを通じて利益率を向上させること
ーション、②自己資本利益率(ROE)の向上、③
や、ガバナンス、IRの改善が必要であることであ
コーポレートガバナンスの改善、④国内投資家の
ろう。今後の日本の株式市場の復活は、ここで示
市場参加拡大を挙げている。
された課題を企業や政府が実行できるかどうかに
バリュエーションについては、1990年以来、
かかっていると言えるだろう。
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