小児耳 30(1): 2125, 2009 原 著 先天性サイトメガロウイルス感染症における 難聴発症の危険因子 田 中 学1),浜野晋一郎1),安達のどか2),坂 田 英 明2),加 我 君 孝3) 1) 埼玉県立小児医療センター 2) 同 神経科 耳鼻咽喉科 3) 国立病院機構東京医療センター 感覚器センター 先天性サイトメガロウイルス( CMV)感染症では,新生児期にスクリーニング検査で難 聴が発見されるほかに,生後数年の間に遅発性の聴力低下を呈する例が知られている.筆者 らの施設の小児神経科を受診した先天性 CMV 感染症13症例に ABR 検査を施行し,難聴の 危険因子を検討した.これらの症例は,小頭症,てんかんや発達遅滞といった中枢神経系の 症状を主訴に受診し,後方視的に先天性 CMV 感染症の診断が確定したものが含まれてい る.難聴は10例であり,難聴の発生時期は生後 1 年未満が少なくとも 5 例,遅発性は少なく とも 3 例であった.難聴発症の危険率が高かったのは,早期産,脳内石灰化および大脳皮質 形成異常であった.発達遅滞を呈する先天性 CMV 感染症では,早期には聴力の異常には気 付かれにくいことから,原疾患の積極的な検索とともに聴力のフォローが必要である. キーワード先天性サイトメガロウイルス感染症,ABR,感音難聴,危険因子 悪化には気付かれにくいことから,我々は難聴 はじめに の危険因子を検討する意義があると考えた.本 サイトメガロウイルス( CMV )感染は,胎 論文では,過去に我々の小児神経科外来を受診 内感染のなかでもっとも頻度が高く,出生時の した先天性 CMV 感染症の症例リストを用い 内臓障害,網膜炎やその後の発達遅滞といった て,後方視的に検討した. 様々な症状を呈する1) .また,先天性 CMV 感 対象と方法 染症は,乳幼児期の早期に発症または発見され る感音難聴の原因となる代表的な疾患であ 本研究は, 1995 年から 2006 年の間に,埼玉 る2).大部分の症例は出生時に上記のような症 県立小児医療センター神経科を受診し,他院か 状はみられないが,生後数年の間に感音難聴を らの紹介当時または受診経過中に先天性 CMV 発症する例が存在する3).そのため難聴の発見 感染症と診断された症例を対象とした.当科へ が遅れたり,原因の究明が困難となることが以 の受診理由は,発達の問題またはけいれん発作 前から問題とされている4).発達遅滞を伴う先 であった. 天性 CMV 感染症では,早期には聴力の異常や 埼玉県立小児医療センター神経科(〒3398551 各症例の病歴から,周産期の基本情報(在胎 埼玉県さいたま市岩槻区馬込2100) ― 21 ― ( 21 ) 小児耳 30(1), 2009 学,他 4 名 田中 表 自験例のプロファイル 出生時無症候性 症 例 性別 出 生 時 症 候 性 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 F F M M M F F F F M F M F 37 w 4 d 38 w 6 d 34 w 4 d 35 w 1 d 35 w 4 d 37 w 5 d 38 w 1 d 39 w 0 d 39 w 0 d 39 w 2 d 39 w 6 d 40 w 5 d 40 w 6 d 在胎週 出生時体重[g] 出生時頭囲[cm] 出生時症状 2730 2558 1964 1112 1926 1946 1626 2260 2348 3210 2450 2670 31 31 ND 27 30 28.6 ND 30 29 31 30 30 2825 31 なし なし 出血斑 合指症 肝脾腫 なし 肝腫大, 黄疸 なし 出血斑 なし 出血斑 なし なし 眼底所見 なし なし あり ND なし なし なし あり あり なし なし なし ND 頭蓋内石灰化 なし あり なし なし あり あり あり あり なし あり あり あり なし 大脳皮質形成異常 なし あり なし なし あり あり あり なし あり あり なし あり なし 大脳白質信号異常 あり あり あり あり あり あり あり あり あり あり あり あり あり 新生児聴覚 スクリーニング 両側 pass 両側 pass R 20, L 20 R SO, L 100 R 30, L 20 R 60, L 30 R 70, L 70 R 40, L SO R 80, L 20 R 90, L 40 R 40, L 40 R 20, L 20 R SO, L SO R 50, L 20 R 20, L 20 ABR 1 回目[dB] ( 7 y 8 m) (0 y 8 m) (0 y 6 m) (1 y 11 m) (0 y 0 m) (0 y 7 m) (0 y 2 m) (1 y 5 m) (1 y 3 m) (0 y 2 m) (0 y 1 m) (1 y 3 m) (1 y 6 m) ABR 2 回目[dB] R 70, L 30 R 40, L 60 R 30, L 40 R 60, L SO R SO, L 20 R SO, L 20 R SO, L SO R 20, L 40 (1 y 11 m) (3 y 0 m) (0 y 7 m) (1 y 0 m) (0 y 3 m) (1 y 11 m) (6 y 6 m) (1 y 4 m) R 50, L 50 R 20, L 20 (1 y 11 m) (3 y 2 m) ABR 3 回目[dB] R 70, L 30 R 70, L 40 R 20, L SO R SO, L SO R 70, L 20 (2 y 2 m) (3 y 6 m) (3 y 0 m) (1 y 4 m) (0 y 6 m) 難聴 なし 両側 片側 (遅発) 片側 両側 (遅発) 片側 片側 R 20, L 30 (2 y 3 m ) R 60, L 40 (2 y 10 m) 片側 両側 (遅発) なし 両側 片側 なし ND: no data, SO: scale out 週,出生時体重および頭囲),および眼底所見 平均出生時頭囲は30 cm(27 cm~31 cm)であ を後方視的に調査した.また,頭部 MRI およ った. び CT 画像における脳形態,白質信号および脳 ABR 検査の初回実施時期は 0 カ月~ 7 歳時 であり,難聴は 10例(片側 6,両側 4)であっ 内石灰化の所見を検討した. 全例で 聴力を ABR 検査で評価 した. ABR た.難聴の発生時期は,生後 1 年未満が少なく 検査は MEB 2200 (日本光電製)を用い,ト とも 5 例(症例 4~7,11),遅発性は少なくと リクロホスナトリウム内服による鎮静睡眠下で も 3 例(症例 3,6,9)であった.症例12につ 実施した.測定条件は,クリック音刺激で刺激 いて,最新の ABR 検査が最近のものであった 間隔 0.1 msec ,解析時間 1 msec および加算回 ため,本論文投稿の時点では,聴力低下が遅発 数1,000回とした.ABR 検査時には,両側の鼓 性であるのか変動性であるのかは明らかではな 膜所見を評価した.本研究における難聴の定義 かった.全例で ABR 検査時に両側の鼓膜に異 は,少なくとも片側における V 波の閾値が 60 常所見は認められなかった.新生児聴覚スク dB 以上のものとした.ABR 検査のフォローは (症例 3, リーニング検査が施行されたのは 2 例 聴力正常児でも原則として行い,その期間内に 6 )であり,両側ともに pass と表示されてい 少なくとも片側の聴力の低下が明らかであった た.しかし,この 2 例は後に ABR 検査で難聴 が明らかとなった.先天性 CMV 感染症の検査 ものを難聴群とした. 結 が行われた理由として,4 例で出生時期に出血 果(表 1) 斑や重度の黄疸といった顕在的症状が認められ 対象となった症例は, 13 人(女 8,男 5)で た, 4 例で母体の CMV 特異的抗体スクリーニ あった.周産期の基本データについて,平均在 ング検査陽性から胎内感染としてのフォロー検 胎週数は38週 5 日( 34週 4 日~40週 6 日),平 査,5 例で乳児期に発達遅滞やてんかんで受診 均出生時体重は 2,279 g ( 1,112 g ~ 3,210 g ), し先天性 CMV 感染症が疑われた.後者 5 例の ( 22 ) ― 22 ― 小児耳 30(1), 2009 先天性サイトメガロウイルス感染症における難聴発症の危険因子 表 先天性 CMV 感染症における難聴の危険因子 難聴あり(n=10) 難聴なし(n=3) n オッズ比 (95CI) p n 早期産 4 ( 7.7) (15.4) 1.333 (0.08820.11) 0.639 6 (30.1) (46.2) 1 満期産 (53.8) (23.1) 0 3 ( 0) (23.1) (58.3) (25) 2 (16.7) 0 1 0 (46.2) (30.1) 0 ( 0) ( 0) 3 (23.1) (27.3) (54.5) 0 ( 0) (18.2) (53.8) (23.1) 1 ( 7.7) (15.4) 4.667 (0.29773.39) 0.639 (46.2) (30.1) 1 ( 7.7) (15.4) 3 (0.19945.25) 0.879 2 (76.9) ( 0) 3 (23.1) 0 ( 0) IUGR 出生時小頭 出生時症状 眼底異常所見 脳内石灰化 大脳皮質形成異常 大脳白質信号異常 あり 7 なし 3 あり 7 なし 3 あり 6 なし 4 あり 3 なし 6 あり 7 なし 3 あり 6 なし 4 あり 10 なし 0 2 2 2 IUGR子宮内発育遅延 うち 3 例(症例 2,12,13)において,先天性 サイズの異常のほか,肝脾腫,出血斑,重度の 代謝異常スクリーニング検査濾紙(通称ガス 黄疸や網膜炎といった内臓障害を示唆する所見 リー検査紙)から後方視的に PCR 法で CMV が診断の契機となりやすい.日本においては, の DNA が検出され,経過と検査所見とから先 欧米からの報告にみられるような新生児または 天性 CMV 感染症と確定した. 妊婦の胎内感染のスクリーニング制度は確立し 以下の危険因子のそれぞれについて,オッズ 比を算出した(表 2 ).危険因子は, ておらず,生後 3 週間以内に上記のような症状 それぞ に気付かれるかが診断確定の鍵となっている. れ早期産,子宮内発育遅延( IUGR ),出生時 当センターをはじめとする国内の一部の施設に 小頭,出生時臨床症状,眼底異常所見,脳内石 おいては,ガスリー検査紙を用いた PCR 検査 灰化( CT 所見),大脳皮質形成異常,大脳白 で後方視的に本症の診断が可能となっている. 質信号異常( MRI 所見)である. IUGR およ 本研究において後方視的 PCR 検査で本症の診 び出生時小頭は,出生時の体重,頭囲のそれぞ 断が確定した 3 例では,先天性 CMV 感染症の れについて,在胎週ごとの標準偏差の- 2 SD 診断が遅れたことで,初回 ABR 検査が 8 カ月 以下のものを採用した.先天性 CMV 感染症の ~1 歳 6 カ月といったやや遅い時期となった. 特徴的所見のうち,難聴発症のオッズ比が 1 以 3 例のうち 1 例で初回に両側の高度難聴を, 1 上であったのは,早期産(在胎 38週未満),脳 例で遅発性の片側聴力低下が発見されたこと 内石灰化および大脳皮質形成異常であった. で,聴力のフォローアップのために本症の診断 考 を積極的にすすめていくことの重要性が示唆さ 察 れた.自験例で 1 歳以降に初回 ABR 検査が施 先天性 CMV 感染症は,出生時の特徴的臨床 症状から,症候性と無症候性に分類される1). 表在的には,小頭症,IUGR といったボディ 行された症例は 6 例(症例 1 , 4 , 8 , 9 , 12 , 13)であった.そのうち,先天性 CMV 感染症 としての症状が軽度であった症例 13 を除く 5 ― 23 ― ( 23 ) 小児耳 30(1), 2009 田中 学,他 4 名 例は重度の発達遅滞児であり,初回 ABR 検査 い.本邦ではこれ以上の規模の報告が少ないた で難聴が認められた 2 例を含めて,しばらくの め,新生児期からの前方視的な研究が必要であ 間は保護者に聴覚の問題に気付かれていなかっ る. た.先天性 CMV 感染症は,難聴発症のハイリ 脳の先天的異常を示す所見である小頭症と難 スク因子として広く認識されている5)が,無症 聴発症を関連づけた報告は少ないが,自験例の 候性を含めて診断確定は必ずしも容易ではな なかで新生児期に先天性 CMV 感染症としての い.今後は乳幼児期の神経学的異常に対して, 特徴が小頭のみの症例が 3 例(症例 10 , 12 , 積極的に鑑別診断のひとつとして考えていくこ 13 )おり,うち 1 例では遅発性に難聴が発症 とが必要と考えられる. した.自験例のうち 2 例で,母子手帳に出生時 Dahle ら6) による先天性 CMV 感染症の長期 頭囲が記入されていなかった.先天性異常の存 追跡調査によると,無症候性の 7.4 および症 在に気付かれる契機として,このような基本的 候性の40.7が難聴を発症する.自験例では難 な臨床情報への認識を強く持つべきと考えられ 聴発症例が多いが,母集団が小児神経専門外来 た. を受診するような,難聴発症の危険因子を複数 ま もつ症例が大部分であったことが理由と考えら と め 難聴以外を主訴として小児神経科に受診した れる. 先天性 CMV 感染症における感音難聴の大き 先天性 CMV 感染症症例13例の難聴の危険因子 な特徴として,経過中の悪化や遅発性の発症を を検討した.難聴の発生時期は,生後 1 年未満 来す可能性が挙げられる.上記の Dahle らの が少なくとも 5 例,遅発性は少なくとも 3 例 報告6)では,遅発性難聴の発症時期について, であった.2 例の新生児聴覚スクリーニング検 無症候性,症候性それぞれにおける中央値を 査施行例は,両側 pass 判定の後 2 年以内に難 44 カ月, 33 カ月としている.聴覚スクリーニ 聴が進行した.片側,両側を含めた難聴群が ング検査を正常として通過する大部分の新生児 10 例であり,計算上オッズ比が 1 以上になっ のなかに,遅発性に難聴を発症する症例2)が含 たのは,早期産,脳内石灰化および大脳皮質形 まれており,自験例の 2 例は同様の経過をたど 成異常であった.重複障害児の多い本症に対し った.難聴発症の可能性を早期に知ることで, て聴覚の十分なフォローアップを行うために ら7)は症候性 は,早期の診断と中枢神経系を主とする臨床情 早期の対応が可能となる.Rivera 先天性 CMV 感染症における難聴発症の危険因 報の評価が必要である. 財 川野小児医学奨学 本研究は,川野正登記念 子について,ロジスティック回帰分析の結果か ら IUGR と出血斑を挙げている.また, Boppana ら8)は頭部 財団の助成による. CT における異常所見が認めら 参 考 文 献 れた場合に難聴発症の危険率が有意に上昇と報 告した.頭部 CT における異常所見として,脳 内石灰化,白質の異常や大脳形成異常などが挙 げられている.自験例では脳内石灰化および大 脳皮質形成異常において,オッズ比が高く算出 され,Boppana らの報告8)と同様の結果となっ た.脳の器質的異常が検査上あきらかな症例で は,難聴発症のリスクが高いと考えられた.自 験例では 13 例のうち難聴のない群が 3 例しか おらず,上記の報告との単純な比較はできな ( 24 ) 1) Boppana SB, Pass RF, Britt WJ, et al.: Symptomatic congenital cytomegalovirus infection: Neonatal morbidity and mortality. Pediatr Infect Dis J 11: 9399, 1992 2) Stehel EK, Shoup AG, Owen KE, et al.: Newborn hearing loss screening and detection of congenital cytomegalovirus infection. Pediatrics 121: 970975, 2008 3) Iwasaki S, Yamashita M, Maeda M, et al. Audiological outcome of infants with congenital cytomegalovirus infection in a prospective study. Audiol Neurootol 12: 3136, 2006 4 ) 田中学,浜野晋一郎,坂田英明,他先天性サイ ― 24 ― 先天性サイトメガロウイルス感染症における難聴発症の危険因子 トメガロウイルス感染症でみられた ABR 異常.小児 耳鼻咽喉科 25: 67 69, 2004 5) Cunningham M, Cox EO.; the Committee on Practice and Ambulatory Medicine; and the Section on Otolaryngology and Bronchoesophagology. Hearing assessment in infants and children: recommendations beyond neonatal screening. Pediatrics 111: 436440, 2003 6) Dahle AJ, Fowler KB, Wright JD, et al.: Longitudinal investigation of hearing disorders in children with congenital cytomegalovirus. J Am Acad Audiol 11: 283290, 2000 7) Rivera LB, Boppana SB, Fowler KB, et al.: Predictors of hearing loss in children with symptomatic con- 小児耳 30(1), 2009 genital cytomegalovirus infectoin. Pediatrics 110: 762767, 2002 8) Boppana SB, Fowler KB, Vaid Y, et al.: Neuroradiographic ˆndings in the newborn period and long-term outcome in children with symptomatic congenital cytomegalovirus infection. Pediatrics 99: 409414, 1997 原稿受理 2009年 1 月15日 別刷請求先 〒3398551 埼玉県さいたま市岩槻区馬込2100 埼玉県立小児医療センター神経科 田中 学 Risk factors for sensorineural hearing loss in children with congenital cytomegalovirus infection Manabu Tanaka1), Shin-ichiro Hamano1), Nodoka Adachi2), Hideaki Sakata2), Kimitaka Kaga3) 1) Division of Neurology, Saitama Children's Medical Center 2) Division of Otorhinolaryngology, Saitama Children's Medical Center 3) National Institute of Sensory Organs, National Hospital Organization Tokyo Medical Center Congenital cytomegalovirus (CMV) infection is a leading cause of sensorineural hearing loss (SNHL) in children. A signiˆcant proportion of children with congenital CMV infection-related SNHL experience delayed onset of hearing loss and deterioration of hearing during early childhood. Thirteen children with congenital CMV infection as identiˆed by newborn virology test or PCR test using Guthrie cards were retrospectively investigated, and periodic hearing tests using auditory brainstem response were performed. All patients enrolled in this study visited our neurology clinic for the ˆrst time with a chief complaint of microcephaly, seizure, and/or developmental delay. Of 13 patients, 10 had SNHL, at least 5 developed SNHL within the ˆrst year, and at least 2 were late progressive. Odds ratios were calculated, and the analysis revealed that predictors of SNHL were preterm delivery, intracerebral calciˆcations, and cortical dysplasia. Detection of congenital CMV infection in neurologically impaired children and follow-up study of hearing is needed because of a higher probability of progression and late-onset hearing loss. Key words: congenital cytomegalovirus infection, ABR, sensorineural hearing loss, risk factor ― 25 ― ( 25 )
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