【経営学論集第 84 集】自由論題 報告要旨 (10)資源ベース論の変容と 認識論的意義 ――問題移動による理論進化に着目して―― 立正大学 永野 寛子 【キーワード】資源ベース論(resource-based view)、推測と反駁(conjectures and refutations)、問題状況(problem-situation)、硬直化(rigidity)、ケイパビリティ (capability) 1. 資源ベース論の再構成の意義 企業の資源や能力との関係から企業がいかにして競争優位を獲得するかを論じた研究は 数多く生み出されており、さまざまな名称が付されている。とくに「資源ベース論」とい う名称は、1980 年代前半のワーナーフェルトやバーニーの研究に見られるように、競争優 位の源泉を企業の内部要因の分析から明らかにしようとする立場に対して一般に用いられ ている。しかし、ワーナーフェルトやバーニー以降の理論に「資源ベース論」という名称 をどこまで拡大して適用するかは、多くの論者のなかで明確ではない。 たとえば、フォス等やグラントの先行研究は、 「資源ベース論とは何か」について目的や 分析単位、分析方法によって整理し分類しようとすることを意図したものである(Foss, Knudsen, and Montgomery 1995;Grant 2007)。しかしながら、これらの整理や分類は資源 ベース論の理論進化についての説明を行っていないことから不明確なものとなっており、 最終的に悪しき本質主義とも言えるような定義の議論に陥りかねない。したがって、資源 ベース論の性格を明らかにし、学説史的により明確な位置づけを行うためには、より深い 論理的な分析が必要になると考えられる。 本稿は、資源ベース論の分析において問題主義とも言える立場をとることで、先行研究 が有していたこのような弊害を避けることを目的としている。つまり、諸理論における問 題状況を明らかにし、それぞれの理論群が問題を共有しているか否かを検討することで、 資源ベース論に関する諸理論の関係性を明らかにするのである。問題移動という観点から 資源ベース論における理論進化を分析することで、資源ベース論の理論的特質を評価する ことが可能となる。 (10)-1 2. 問題移動による再構成と硬直化 理論群を理解し評価するためには、一連の理論がどのように生成し、進化したかを論理 的に示すことができるメタ科学的枠組みが必要である。その枠組みとして、本稿ではポパ ーの「推測と反駁」の概念を前提とした批判的合理主義に基づく認識進歩のモデルを用い て問題状況を再構成する。このような観点から分析を行うことで、新たな理論がいかにし て生じたかということが明らかになる。 この認識進歩のモデルでは、まず解決すべき問題(P1)が設定されてそれに対する暫定 的解決(TT1 )が示されると、この暫定的解決(TT1)に対し誤り排除(EE1 )がなされる。 そして、それを受けてより新しい問題(P 2)が設定されて新たな暫定的解決(TT2)が示さ れる、というプロセスが続いていく。これは、トライ・アンド・エラーによる理論進化の 過程を意味するものである。つまり、問題に対してそれを解決するための理論が提示され、 それに対する反証が行われると、それを受けて新たな問題の提示がなされ、さらにその問 題を解決するための新たな理論が提示されると考えるのである。 したがって、本稿は単に時系列的に理論の変化に着目するということではなく、あくま で問題移動の視点からの認識論的レベルでの進化という問題を取り扱うことを目的として いる。さらに、当稿の最も大きな特徴として、資源ベース論の理論進化のプロセスにおい ては 「硬直化」が現行理論の主張に対する反証となると捉えているという点が挙げられる。 つまり、理論進化のプロセスを牽引するものが「硬直化」という批判的議論であると考え るのである。 硬直化という概念は、一般的には、努力レベルの低下や非効率性とかかわり企業の衰退 を招くものとしてのみ捉えられがちである。しかし、本稿においては「硬直化」を意図せ ざる結果、逆機能という問題を指示する概念と規定している。硬直化の概念をそのように 拡張することによって、資源ベース論の進化のダイナミズムを明らかにすることが可能に なる。 資源ベース論の各フェーズの理論(暫定的解決)は、企業内部の特定の経営資源に固執 して強化することを示唆するものである。そのため、その理論的主張は経路依存的なもの に陥りやすいという性質を有し、企業において「意図せざる結果」を不可避的に生じさせ る。このように現実の企業において現行の理論(暫定的解決)によっては説明できない「意 図せざる結果」が生じ、現行の理論の誤りが明らかになることを、本稿においては「硬直 化」と称する。つまり、硬直化という現象を、問題解決のための理論(暫定的解決)に対 する反証事例(誤り排除)として位置づけるのである。 (10)-2 3. 問題状況の移動と 3 つのフェーズ 硬直化を巡って問題状況がいかに移動しているかを分析した結果、資源ベース論の理論 進化は以下の 3 つのフェーズに分けることが可能であった。 第 1 フェーズ 問題:企業に優位性をもたらす内部要因とはなにか。 理論:企業特殊的な個別資源の強化が、企業の優位性を高める。 ↓反証(誤り排除):第 1 の硬直化 第 2 フェーズ 問題:第 1 の硬直化を克服するための内部資源とはなにか。 理論:企業特殊的なコア・ケイパビリティの強化が、企業の優位性を高める。 ↓反証(誤り排除):第 2 の硬直化(コア・リジディティ) 第 3 フェーズ 問題:第 2 の硬直化を克服するための内部資源とはなにか。 理論:企業特殊的なダイナミック・ケイパビリティの強化が、企業の優位性を高める。 ポジショニング・アプローチへの批判から生じた「企業に優位性をもたらす内部要因と はなにか」という問題を解決しようとした第 1 フェーズの理論には、Wernerfelt(1984)、 Rumelt(1984)、Barney(1986) 、Peteraf(1993)等が含まれる。とくにバーニーの「経済 価値、稀少性、模倣困難性、代替不可能性を有する個別資源を獲得する程、優位性が獲得 できる」という主張(Barney 1986)をもとに、そのような個別資源の性質についての考察 がルメルトらの研究によってより精緻化されることになった。 この第 1 フェーズの暫定的解決に対する誤り排除(反証)として、 「第 1 の硬直化」がプ ラハラッドとハメルによって指摘された(Prahalad and Hamel 1990;Hamel and Prahalad 1994) 。これは、個別資源を獲得しようとする組織メンバーの努力があまりに狭い範囲に焦 点が絞られ過ぎている場合には、優位性喪失の可能性が生じるという現象である。 第 1 の硬直化の指摘を受け、資源ベース論は「第 1 の硬直化を克服するための内部資源 とはなにか」という新たな問題を設定し、それを解決すべく第 2 フェーズへと移行した。 第 2 フェーズの理論には Grant(1991)、Prahalad and Hamel(1990)、Conner(1991)、Hamel and Prahalad(1994)、Stalk et al.(1992)、Kogut and Zander(1992, 1996)等が含ま れる。これらは、コア・ケイパビリティ(企業内部の個別資源間・活動間の補完性を高め るような企業独自の技術的システム、スキル、および経営システムの集合)を組織内の集 団的学習によって強化することを主張した点で共通する。 (10)-3 これに対する反証が、レオナルド・バートンの指摘したコア・リジディティ概念の研究 である(Leonard-Barton 1992, 1995)。つまり、過去の成功を生み出し競争優位の源泉と なっていたコア・ケイパビリティは、柔軟性を失ってイノベーションを阻害するというダ ウン・サイドを有しているという指摘であり、これが第 2 の硬直化である。 第 2 の硬直化の指摘を受け、資源ベース論はさらに「第 2 の硬直化を克服するための内 部資源とはなにか」という新たな問題を設定し、それを解決すべく第 3 フェーズへと移行 した。第 3 フェーズの理論には Teece, Pisano, and Shuen( 1997)、Zollo and Winter(2002)、 Teece(2007) 、Ander and Helfat(2003)、Helfat et al.(2007)、Teece(2011)等が含 まれる。これらの研究は、進化論を導入し、 「市場変化に対応するためのセンシング(感知)、 シージング(活用)、リコンフィギュアリング(再構成)を行う能力」であるダイナミック・ ケイパビリティの強化を主張するものである。 4. 理論進化の認識論的意義 資源ベース論においては、理論進化に伴い第 2 フェーズでは学習論、第 3 フェーズでは 進化論という新たな視点を導入しながら、 「モノ」から「モノをマネージ(コーディネート) する能力・知識」へと視点を変化させている。そして、これは、明示的な概念だけでなく、 より暗黙的な概念についても考慮することの重要性を示唆するものであるといえるだろう。 さらに、着眼点の変化に伴い、資源ベース論は外部志向性を強めているということも指 摘できる。外部分析を重視するポジショニング論の批判から生じ、企業内部における模倣 困難な独自の資源が競争力の源泉であると主張してきた資源ベース論は、従来、内部志向 的なものであった。しかし、フェーズが移行するについて、企業の優位性を外部環境との 関係から考察するという性格が強くなっていることが伺える。 ここで、資源ベース論の理論進化の認識論的意義を明らかにするために、第 1 フェーズ から第 3 フェーズまでの問題状況の移動と理論の変化について、より詳細な分析を行う。 資源ベース論は、ポジショニング・アプローチへの批判から「企業に優位性をもたらす内 部要因とはなにか」という問題を起点としているが、その後の理論進化においては、硬直 化という反証に対し、それを克服するための内部資源とはなにかを分析することに主眼が 置かれている。このことは何を意味しているのか。 まず、資源ベース論の各フェーズにおいて個々の問題状況は変化しているものの、第 3 フェーズにいたるまで「企業に優位性をもたらす内部要因とはなにか」という本源的な問 題の追及は続いていると考える。そして、この「企業に優位性をもたらす内部要因とはな にか」という本源的な問題に対する解である「企業特殊的な内部資源の強化が、企業の優 位性を高める」という主張自体も変容していない。したがって、本稿で取り上げた第 1 フ ェーズから第 3 フェーズにいたるまでの理論は明らかに「資源ベース論」という 1 つのア (10)-4 プローチとして位置づけて良いと考える。 一方で、資源ベース論の理論進化は「硬直化」という経験的な現象についての解決を図 ったものであったが、そこに理論的なレベルでの正確性や普遍性の向上を見出すことは難 しいということも指摘できる。つまり、資源ベース論は経験的に生じた硬直化という問題 に着目し、政策論的に新しい概念を導入することで「企業特殊的な内部資源の強化が、企 業の優位性を高める」という主張を補強してきた。それによって新しい観点を取り入れて 新たな技術的関係を考えることが可能となり戦略的な意義は高まったようにも見える反面、 この理論進化が理論レベルの問題にどのように還元されるかについては明確ではない。 【主要参考文献】 Barney, J. B. (1986), “Strategic Factor Markets: Expectations, Luck, and Business Strategy,” Management Science, 32(10), pp.1231-1241. Foss, N. J., C. Knudsen, and C. A. Montgomery (1995), “An Exploration of Common Ground : Integrating Evolutionary and Strategic Theories of the Firm,” in Montgomery, C. A.(ed.), Resource-based and Evolutionary Theories of the firm : Towards a Synthesis, Kluwer Academic Publishers, pp.1-17. Grant, R, M. (2007), Contemporary Strategy Analysis: Concepts, Techniques, Applications, 5th ed., Blackwell. Hamel, G. and C. K. Prahalad (1994), Competing For the Future, Boston, Harvard Business School Press. Leonard-Barton, D. (1992), “Core Capabilities and Core Rigidities: A Paradox in Managing New Product Development,” Strategic Management Journal, 13(S1), pp.111-125. Leonard-Barton, D. (1995), Wellsprings of Knowledge, Harvard Business School Press. Popper, K. R. (1963), Conjectures and Refutations: The Growth of Scientific Knowledge, Orion Press. (藤本隆志・石 垣壽郎・森博訳『推論と反駁 ― 科学的知識の発展』法政大学出版局、1980 年) Prahalad, C. K. and G. Hamel (1990), The Core Competence of the Corporation, Harvard Business Review, 68(3), p79-91. Teece,D. J., G. Pisano, and A. Shuen, (1997), “Dynamic Capabilities and Strategic Management,” Strategic Management Journal , 18(7), pp.509-533. Wernerfelt, B. (1984), “A Resource-Based View of the Firm,” Strategic Management Journal, 5(2), pp.171-180. 永野寛子(2008) 「資源ベース理論におけるコア・リジディティ概念の意義」 『立正経営論集』41(1)、pp.93-119. 永野寛子 (2009) 「ダイナミック・ケイパビリティ・アプローチについての資源ベース理論からの一考察―Teece, Pisano, and Shuen (1997) および Teece (2007) に着目して―」 『経営哲学』6(2)、pp.53-66. 渡部直樹編著(2010) 『ケイパビリティの組織論・戦略論』中央経済社 (10)-5
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