アジアのディーセント・ワーク (Decent work in Asia) ILO駐日事務所メール

ILO駐日事務所メールマガジン・トピック解説
(2006年7月31日付第50号)
◆ ◇ アジアのディーセント・ワーク ◇ ◆
◆ ◇ (Decent work in Asia) ◇ ◆
*第14回ILOアジア地域会議
ILOでは、原則4年おきに、アジア太平洋、米州、アフリカ、欧州の順番で、域内ILO諸国政労使が当該地域にお
けるILOの事業計画・活動に関して見解を表明する地域会議を毎年1つずつ開催しています。今年8月29日-9月1
日の日程で釜山(韓国)で開かれる第14回アジア地域会議には、西アジアを含むアジア太平洋の
ILO加盟国及び当該地域の領土に責任を持つ国の計42カ国が出席し、提出される2冊の事務局長報告を元に話し
合いを行います。「Decent work in Asia: Reporting on Results 2001-2005(アジアにおけるディーセント・ワーク:
2001-05年成果報告・英文)」は、前回地域会議が開かれた2001年以降に、ILOが21世紀の活動目標とする人間
らしい、まともな働き方を意味する「ディーセント・ワーク」の推進に向けて、主として国内レベルで見られた取り組みを紹
介します。「Realizing Decent Work in Asia(アジアにおけるディーセント・ワークの実現・英文)」は、地域レベルでデ
ィーセント・ワークを推進していく上で必要な活動について記した報告書で、アジアのグローバル化、地域化、競争力と
いった背景の中でディーセント・ワークに関連する課題や機会について分析し、この地域におけるディーセント・ワークの
実現に向けた主要な政策事項を明らかにし、これに対処するための域内協力と戦略的なパートナーシップについて論
じ、ILO加盟国政労使に対し、ディーセント・ワーク実現に向けた具体的かつ実践的な成果を明らかにし、この成果に
寄与する上でのILO事務局の役割を規定します。
今回のトピックでは、後者の報告書よりアジアにおけるディーセント・ワークに関わる現状を概説します。ここで言うア
ジアには、西アジアのアラブ諸国、南、東、東南アジアの途上国、太平洋島嶼国、そしてオーストラリア、日本、ニュー
ジーランドの先進工業国が含まれます。
*アジアにおけるディーセント・ワーク
去る7月3-5日にジュネーブで開かれた国連経済社会理事会ハイレベル会合で採択された閣僚宣言では、ILOの
ディーセント・ワーク目標を「完全雇用、生産的な雇用、全ての人々のディーセント・ワークの目的を達成するための貴
重な手段」と認めています。このように貧困削減に向けた効果的な目標として、ディーセント・ワークはますます国際的
な場で認知されるようになってきており、世界の労働力の6割以上を擁するこの地域で ディーセント・ワークが実現さ
れれば、世界全体でこの目標を達成する上で大きな前進になると考えられます。
1997-98年の金融危機の影響がまだ残る中で21世紀に突入したアジアは、その後、経済の強い原動力となった中
国とインドの登場もあり、地域全体として驚異的な回復を遂げ、世界経済をリードしています。40億近い人口 を抱え
るこの地域は最近、世界のどこよりも速い経済成長を記録し、産出高の伸びは世界平均の2倍を上回り、既に複数
の国が2015年の期限に先んじて、貧困削減に関するミレニアム開発目標1を達成しています。
しかし、アジア内の多様性と不均衡は大きく、国内でも国家間でもグローバル化と経済成長の利益は不均衡に分
布し、その差は広がりつつあります。また、アジアの経済成長は、それに対応する雇用創出に結びつきませんでした。雇
用弾性値(GDPが1ポイント増加した際に達成される雇用量の増)は低く、最近の失業率は5-7年前よりかなり上昇し、
東・東南アジアでは金融危機前のレベルをはるかに上回っています。西アジアのアラブ諸国では、少なくとも過去10年
間の全体的な失業率が12-14%台に達しています。雇用面の課題は大きく、19億人近くとすでに膨大なアジアの労働
力人口は、今後10年間でさらに成長を続け、最低でも14%、人数にして2億5,600万人増えると予想されています。
若者は職不足の影響を最も強く受けています。2005年に世界全体の無職の若者の48%超に当たる4,160万人がア
ジアに住んでいました。若者が失業するリスクはより年長の人々の少なくとも3倍になります。若い女性の教育水準はま
すます高くなっていますが、労働市場の入り口、そして市場内でも依然として女性の方が不利な状況が続いています。
さらに深刻な問題として、非自発的にフルタイム労働者より短い時間働いている労働者や自らの教育資格や技能を
下回る仕事をしている労働者、あるいは人員が過剰で肥大した国営企業で十分に活用されて いない労働者といっ
た様々な形態の不完全就業の問題があります。
また、近代的な公式部門と伝統的なインフォーマル・セクター(非公式部門)の共存という二元性が多くのアジア諸
国でますます激しくなってきています。ほとんどのアジア諸国でインフォーマル経済は成長していますが、そこでの仕事の
ほとんどが、非生産的で不安定なものです。公式部門の仕事も、特に使用者が熾烈化する世界競争に対応し、労
働者の採用及び解雇におけるより大きな柔軟性を求めている状況において、不安定性や不確実性が高くなってきて
います。
安全健康面も大きな懸念事項であり、アジアでは毎年約100万人の労働者が業務関連の事故や疾病で命を落
としているとILOでは推計しています。HIV/エイズヘの罹患率は比較的低いものの、人数にすると膨大で す。その上、
HIV感染者・エイズ患者の約97%が15-49歳の生産年齢人口集団に属するため、働き盛りの労働力に最も大きな影
響があり、経済や社会に今後深刻な影響を与える可能性があります。
結社の自由と団体交渉権、強制労働、児童労働、差別待遇に関するILOの八つの基本条約の加盟国による批
准数は大きく増加し、労働法制を批准条約に合わせようとの強い取り組みが見られます。しかしながら、結社の 自由
及び団結権保護条約(第87号)と団結権及び団体交渉権条約(第98号)のアジア太平洋における批准率は世界最
低であり、複数の国が依然として、結社の自由と団体交渉権の法的保護の様々な適用除外を許しています。
職を求めて数百万のアジアの人々(そのますます多くの割合が女性)が、農村から都市、そして国境を越えて移動し
ています。過去20年間に、アジア地域全体における総移動労働者数は年6%の割合で増えてきましたが、これは出身
国における労働力の伸びの平均2倍以上に当たります。
効果的な社会的保護制度と社会的安全網なしには、ほとんどの人が失業している余裕がなく、たとえどんなに不
安定で低生産性の仕事でも自分自身と家族を扶養するのに働かなくてはなりません。この「働く貧困層」の問題は大
きく、2005年に南アジアの労働者の約84%、東南アジアの58%、東アジアの47%、そしてアラブ諸国の36%が、自分自身
と家族を1日2ドルの貧困線を上回らせるだけの稼ぎを得ることができなかったとされます。多くの国で所得格差が拡大
し、社会の安定はますます脅かされてきています。
*アジアのグローバル化、地域化、競争力
アジア地域の最近の経済成長は世界最高で、この成長はまれに見る貿易業績と強い国内需要に支えられてお
り、多くの国が恒常的に巨額の経常黒字を記録し、一般的に堅調な所得の伸びは消費者支出と企業投資を押し
上げています。この成長は、中国とインドが主導し、この両国の急成長が他の多くの途上国に波及効果を及ぼし、ア
ジアを世界経済における新たな成長の主軸として確立させました。
過去20年間に、商品及びサービスの輸出は世界全体では3倍に成長しましたが、アジアの輸出は全体として
5.5倍の伸びを示しました。世界のサービス貿易に占めるアジアの割合は1980年に10%未満でしたが、2002年には17%
となり、世界の商品貿易に占めるアジアの割合は2002年に24.2%になっています。輸出の伸びは2004年に世界全体で
は前年比13%、西アジアでは3%だったのに対し、東・南アジアでは22%でした。この拡張を率いているのは中国で、2004
年に商品輸出は前年比33%増となり、地域の関連する生産網に参加している他の諸国もこの恩恵を受けています。
2004年に世界輸出合計に占める中国の割合は商品輸出が9%で世界第3位、商業サービス輸出が2.8%で世界第9
位でした。同年、インドの商品輸出は前年比18%の伸びを示し、現在の輸出は世界第20位になっています。近年、イ
ンドでは商品よりもサービスにおいて輸出が急速に成長し、世界第22位にランクされています。
アジア貿易は地域的側面が強く、世界の他の地域との貿易よりも域内貿易の方がずっと速いペースで伸びており、
過去30年間に6倍以上に増大しています。これは一部にはアジアの消費者の重要性が高まってきていることもあります
が、もう一つの重要な要素は、生産工程が地域生産ネットワークに再編成されつつある点で、工業補給品と中間財
の域内貿易の流れが増大しつつあります。中国は部品を輸入し、組み立てた後に再輸出するといった「世界の工場」
の役割に留まらず、価値の連鎖体系を急速に遡り、国際競争の枠組みにますます統合され、世界の供給体系の姿
を大きく変え、地域の労働市場に重要な影響力を及ぼしてきました。東南アジア諸国連合(ASEAN)の域内貿易の
割合は2000年以降23%内外になっていますが、アジアの他の非ASEAN諸国を含む世界の他の地域との貿易が急速
に伸びてきています。南アジアの経済活動はインドが主に主導してきましたが、GDP成長率で見るとイラン、パキスタン、
スリランカも比較的好調な伸びを示しています。原油生産が外国貿易と投資誘致の主な推進要素であり、アラブ世
界内外からの労働力移動に大きく依存する西アジアのアラブ諸国は世界経済ヘの統合が遅れています。2004年初
頭からの原油価格の急騰は石油輸出国の経済活動強化に寄与し、同時に輸出需要の増大、資本流入、労働者
からの送金を通じ、域内の他の諸国の大半にも間接的な利益をもたらしています。太平洋島嶼国は2,000万平方キ
ロ近い排他的経済水域(EEZ)と巨大な海洋域といった豊かな資源を擁するものの、狭く焦点が絞られた小さな市場
によって、他のアジア諸国よりも経済業績はかなり劣っています。
途上国に対する外国直接投資(FDI)の流入は2004年に前年比40%の急増を示したのに対し、先進国全体として
は14%減になっています。途上国世界では、アジア(アラブ諸国を含む)太平洋がFDIの最大の目的地 で、対途上国
FDI合計に占めるアジア太平洋の割合は2004年に63%となり、中国だけで26%のシェアを占めていました。西アジアヘの
FDIの流入は2004年に50%以上の増加を示し、2003年の65億ドルから2004年には98億ドルと増加しました。アジア途
上国におけるFDIの伸びにはいくつかの要因を挙げることができますが、一つには多くの産業における競争の熾烈化に
伴って、企業が売上増を目指し、急成長新興経済諸国に操業の場を拡大するなど競争力向上に向けた新たな手
段を探求していることが挙げられます。中国、香港、インド、韓国、マレーシア、シンガポール、台湾を中心に、アジアか
らのFDIの流れも拡大し、2004年にこの地域から外に向かうFDIの流れは4倍に増えて690億ドルとなりましたが、これは
途上国経済からの合計流出量の83%を上回っています。急成長の理由には、アジア企業の能力向上、その強い輸出
指向性、そして海外の科学技術、ブランド名、戦略的資産にアクセスする必要性を挙げることができます。例えば、中
南米やアラブ諸国などに対する中国のFDIは、主に天然資源に対する需要の増大に推進されています。
FDIが雇用に与える影響はその種類によって左右され、例えば、M&Aの場合には、企業の再構築・合理化が図ら
れるため、雇用の減少が発生する可能性があります。FDIが製造業に向けられるかサービス業に向けられるかでも違い
があり、サービス業のFDIには一般に、製造業ほどの雇用創出効果はありません。
グローバル化の実現をもたらしたカギに、情報、製品、人々、資本が国境や地域の境界を越えて効率的かつ費用
効果的に流れることを可能にした情報通信技術(ICT)があります。この影響は地球全体にあまねく行き渡り、分断を
生じさせてもいます。アウトソーシング(業務外注)、オフショアリング(海外委託)、サプライ・チェーン(供給網)の形成、イ
ンソーシング(業務内部委託)が驚異的に増加し、製造業においても、もはや関連性のある企業同士が物理的に近
接している必要はなくなりました。ICTはさらに交易可能なサービスにおける輸出指向型FDIヘの道を開きました。ICTに
よって可能になったサービス調達の世界化は、グローバル化の次の大きな波を表すものかもしれないと言われています。
例えば、あなたのX線写真はバンガロールで解析され、あなたの旅行は南アフリカにいる誰かが予約を担当するかもしれ
ません。このように「フラット化する世界」では、あなたの会計士はロンドンやムンバイで働き、カスタマーセンターはマニラ
やソウェトに設置されているかもしれません。海外発注されるサービスの大半がこれまでのところ比較的少数の国に集
中しています。世 界一魅力的な目的地とされるのはインドで、フィリピンも、英語に堪能で、会計、ソフトウェア制作、
建築サービス、電話営業、グラフィックデザインといった技能を備える労働力を有するため、コールセンターや共同サービ
スセンターの魅力的な受入国とされています。マレーシアでは多言語に堪能な労働力を活用し、2000年以降100200%の増加率で第三者向けコールセンター及びコンタクトセンターが成長しています。シンガポールは遠隔ロボット管理、
保健医療、遺伝子診断といった最先端の海外発注機能に標的を定め、地域本社の重要な中枢の一つに成長しま
した。中国も電子製品開発、コールセンター、金融サービスを含む海外発注サービスの主な目的地として急速に成長
しつつあります。しかしながら問題は最貧国を含む全ての国がますますICTを利用するようになってきているのに対し、途
上国の普及率は先進国よりはるかに遅く、「デジタル・デバイド」が拡大しつつあるということです。2002年に地域の人口
1,000人当たりのインターネット利用者数は、上は韓国の552人やアラブ首長国連邦の313人から、下はフィジーの62
人、中国の46人、そしてカンボジアやバングラデシュのわずか
2人といったばらつきを示しています。
ICTは経済競争の条件を均一化し、広範囲にわたる場所から人々を市場に導入しました。今や必要な能力を備
えた者は誰でも、世界のどことでも直接競争できるようになりました。競争は賃金コストのみに左右されず、語学力を
含む適切な技能を備えた労働者の入手可能性がますます重要な要素になってきています。これは明らか に教育、
訓練、生涯学習に対する投資の「掛け金をつり上げ」、知識を生産の重要な要素としました。
世界経済フォーラム(WEF)が発表する成長競争力指数(GCI)と企業競争力指数(BCI)で見ると、アジア諸国の
2005年のGCI順位は、台湾が5位、シンガポールが6位、オーストラリアが前年から順位を四つ上げて10位、そして前年
9位だった日本が12位にランクされています。他のアジアの「虎」に比べると、香港はずっと下の28位に位置し、韓国(29
位→17位)、マレーシア(31位→24位)、パキスタン(91位→83位)のいずれも前年よりいくつか順位を上げたのに対し、
インドネシア(69位→74位)、スリランカ(73位→98位)、ベトナム(77位→81位)の順位はかなり下がっっています。中国
は49位、インドは50位と前年より両国の順位は近づいています。GCIは、1)マクロ経済環境、2)開発プロセスを下支
えする公的機関の質、3)科学技術の即戦力と革新度合いといった持続可能な経済成長にとって決定的に重要と考
えられる三つの柱から構成されている指標です。
西アジアでは交易条件の向上が成長率を押し上げた結果として、湾岸小国がかなり良い成績を示し、アラブ首長
国連邦が18位、カタールが19位にランクされています。ただし、エネルギー部門以外の分野で世界経済で生き残ってい
くためには、アラブ諸国はマクロ経済をより良く管理し、公的機関の機構効率、そして一般的に統治の質を高めるため、
改革を行い、新技術の吸収を促進する必要があります。
BCIとは、ある経済の生産性と競争力に関する現下の持続可能水準決定の基礎となるミクロ経済要素を評価す
るもので、この指標は職場改革の効果、企業の操業と戦略における洗練度合い、そして何よりも大切な、企業が操
業している国内事業環境の質が評価規準になっています。基礎的競争力においては米国が依然としてトップであり、
これにフィンランドが続いています。2005年にアジア諸国の中で順位が一番高かったのはシンガポール(5位)ですが、こ
れは地元の競争力と科学者・技術者の入手可能性の向上を反映しています。前年73位だったパキスタンは63位と大
きく上昇していますが、これは主に労使関係の改善の結果と推測されます。中国(47位→57位)、香港(11位→20
位)、インドネシア(44位→59位)のどれもが順位を大きく落とし、スリランカ(72位)やバングラデシュ(100位)といった他の
南アジア諸国も2005年の成績は良くありませんでした。日本は8位で前年と変わっていません。
*ディーセント・ワークの機会と課題
こういったグローバル化の力に加え、アジアでディーセント・ワークを実現する上での機会と課題は人口動態、「働く貧
困層」の永続性、地域の労働市場と雇用情勢、そして国内及び国境を越えての労働者の移動性の増大に大きく影
響されます。
◎ 人口動態
アジアの総人口は依然増加を続けていますが、今後はこの勢いが衰えると思われます。国連の中位成長予測によ
ると、2005年に37.8億人であったアジアの総人口は2025年には45.7億人、2050年には50.5億人に増えるとされます。
南アジアとアラブ諸国では他の地域ほど出生率が低下せず、2000年から2050年にかけて南アジアの人口は
70%近い伸びを示し、アラブ諸国では驚異的な148%の増加が達成されると予測されています。アラブ諸国における非
常に高い人口の伸び率は、今後15年間に西アジアは世界最大の労働力人口の拡大を経験することを意味します。
数で言うと、増加の多くは南アジアで発生し、2050年までにインド5億7,200万人、パキスタン1億6,200万人、バングラ
デシュ1億1,400万人、アフガニスタン7,400万人が新たに加わると予想されています。
自然増に加え、農村・都市間の人の移動が活発化する結果として、アジアでは人口増加の大半が都市部で発生
すると予想され、今後30年間における世界の都市人口の増加の6割以上がアジアで発生すると予想されていま す。
中心は中国とインドですが、バングラデシュ、パキスタン、フィリピン、ベトナムでも都市部の人口増が予想され、都市化
に関連した問題が悪化すると考えられます。
今世紀に初めて労働力に参入する若者であるミレニアム世代の6割がアジアに住んでいます。2000年にアジアの人
口の約3割が14歳以下で、17.7%が15-24歳の若者でした。0-14歳層の割合は2025年までに22.5%に低下し、若者の
割合は14.8%になると予想されるものの実際の数値は依然として非常に大きく、2025年にもなお、この地域には10億
人を超える子どもと6億7,600万人の若者が住むと考えられます。
2004年に世界人口の6割が住むアジア太平洋におけるHIV感染者・エイズ患者は、世界全体の19%に当たると推
計されます。HIV/エイズの感染率は世界全体では1.1%、サハラ以南アフリカ全体では7.5%であるのに対し、南・東南ア
ジアでは0.6%、東アジアで0.1%、大洋州で0.2%と全体的な感染率は比較的低く、感染は特定の集団と地域に絞られ
ています。しかし、多くのアジア諸国の人口は膨大であるため、低い感染率も相当の人数になり、アジアでは男性520
万人、女性200万人、児童16万8,000人がHIV感染者・エイズ患者であると推計されます。患者・感染者の約97%が
15-49歳の働き盛りの年齢集団に属しているため、HIV/エイズの影響は生産労働力に最も大きく、深刻なものになる
可能性があります。その影響は、最初は限定的なものですが、労働力に占める死亡者数の割合は5年毎に倍増して
いくものと予想され、働く人々の経済的負担は今後10年間で激増し、社会的負担はさらに急激に増加するものと予
想されます。2015年までに社会的及び経済的負担の増加率は
1%近くになると予想されます。
経済活動人口の相対的な割合の増加は、経済成長にとって非常に好ましいものになりますが、この期限付きの機
会を活用するために残された時間はますます短くなってきています。今後50年間に高齢化はますます進展し、
2000年に9%であった60歳以上人口がアジアの人口に占める割合が2050年までに2倍以上の24%になると予想さ
れます。世界全体の高齢者人口(60歳以上人口)に占めるアジアの割合は2000年に既に52%でしたが、2050年まで
に約61%に上昇すると予想されます。
中国の高齢化の速度は史上最速のスピードで進んでおり、先進工業国では高齢者人口の倍増に80-150年間か
かったのに対し、2000年に10%だった中国の60歳以上人口が20%ヘと倍増するのにかかるのはわずか27年で、
2027年には達成されると見込まれます。シンガポールでは2000年の高齢者人口比率が2025年には3倍になると見
込まれます。韓国の60歳以上人口比率は2000年に人口の11%でしたが、2025年に27%、2050年に41%に上昇すると
見込まれます。2050年までにタイの60歳以上人口比率は米国に追いつき、オーストラリアでは28%、ニュージーランドで
は29%になると見込まれます。日本は最も高齢化した社会となり、年齢中央値が53歳になり、人口の42%が60歳以上
になると見込まれます。南アジアではスリランカだけが同じようなペースで高齢化が進んでいますが、インドやインドネシア
といったいくつかの大規模経済諸国の高齢化の速度は依然として緩やかであり、イ ンドの人口は2030年以前に中国
に追いつくと見込まれます。バングラデシュ、マレーシア、パキスタン、フィリピンといった他の諸国もまだ比較的若い人口
が多く、高齢化の速度は遅いか緩やかです。アラブ諸国の人口転換はまだ初期段階にあり、60歳以上年齢集団の
割合は2000年に4%であったものが、2025年に約7%、そして2050 年に15%に上昇すると見込まれます。
女性は一貫して男性よりも長く生きるため、アジアの人口全体に占める60歳以上年齢集団の割合は2050年まで
に男性が11%強と見込まれるのに対し、女性は13%近くに達すると予測されます。80歳以上になると男女差は一層大
きくなり、男性が総人口のわずか1.8%程度を占めると予測されるのに対し、女性は3%近くになると見込まれます。
アジア社会の急速な高齢化の一つの懸念事項は、アジア諸国は同等の高齢化率を示す他の社会で今までに見ら
れたのよりはるかに低い所得水準で、高齢化する人口に対処しなくてはならないという事実です。アジアにおける生産
年齢人口(15-59歳)比率は2000年に61%でしたが、2050年までに58%に下がると予想され、これは多くの国で今後50
年以内に労働供給量が縮小する可能性があることを意味します。日本では人口に占める最も生産的な年齢集団の
割合が2000年には64%でしたが、2025年までに約55%、そして2050年までに約49%に低下する可能性があります。これ
ほどではないにせよ、2025-2050年の間に中国、韓国、シンガポール、スリランカがこれに続く可能性があります。需要
側では高齢者向けのサービス及び製品に向かう変化が予想されていますが、施設、社会、自宅での保健医療サービ
スといった高齢者向けサービスに入る用意がある地元労働者が不足する可能性があります。
◎貧困
アジアでは1日1ドル未満で暮らす人々の数が1990年から2001年にかけて2.5億人近く減少し、1日1ドル未満で暮
らす人々の割合を半減するというミレニアム開発目標1の達成に向け、注目すべき進歩を示しました。この減少に大き
く寄与したのは中国とインドです。人口に占める貧困者の割合は、中国では1990年に33%だったのが、2001年には16%
に下がり、インドでは1993年に42%だったのが、1999年に35%に低下しています。しかしながら、アジアには依然として最
も貧しい人々の10人中6人に当たる6億人以上が暮らしています。貧困線を1日2ドルに上げると、アジアに住む貧困
者の割合は世界全体の約4分の3に当たる約19億人になり、これは貧困者の絶対数がアジアはアフリカよりも相当多
いことを意味します。
この一般的な貧困に加え、「働く貧困層」、つまり、有給労働に従事していながら自分とその家族を貧困から抜け
出させるだけの稼ぎを得ることができない人々の問題も注目する必要があります。アジアでは他の途上地域同様、何
らかの種類の正式な制度を通じた効果的な社会的保護、または家族や地域社会による基礎的な支援以上の何ら
かの安全網に頼れる労働者はほとんどいません。そこで、貧しい人々は自分と家族が生き残るため、たとえ生産性が
低く、低賃金であっても、そしてしばしば安全衛生基準が満たされていない職場であっても、長時間、過酷な労働を行
うことを強いられます。問題は経済活動がないということよりもむしろ、そういった活動の低生産性、一般的に悪い労働
条件、そして低報酬であり、生産性上昇、賃金上昇は貧困削減努力において決定的に重要であり、この点で社会
保障制度は重要な役割を演じることができます。
1日1ドルの貧困線を基準とすると、アジアにおける働く貧困者数は2005年に1990年よりも約1億8,900万人減少し
ています。世界で最も削減率が高かったのは東アジア、主として中国です。東アジア、そして東南アジ ア・太平洋も
2005年までに1日1ドル未満で暮らす働く貧困層の割合を半減以上にするといったミレニアム開発 目標1を達成して
います。しかしながら、アラブ諸国はアジアの他の部分の動向とは逆に、1990年から2005年にかけて絶対数でも相対
的にも働く貧困者数は増加し、2015年まで上昇を経験し続けると予想されます。働く貧困者数が最大で、総就業人
口に占める働く貧困層の割合も最大なのは南アジアです。
2005年にもなお、アジアには、1日2ドル未満で暮らしている世界全体の働く貧困者数の4分の3に相当する
10億人以上の労働者が暮らしています。実際、南アジアでは1日2ドル未満の働く貧困者数が2005年に1990年よりも
1億800万人近く増加し、これに寄与した最大の国はインドでした。貧困線を1日1ドルから1日2ドルに 上げると、働く
貧困者の比率は少なくとも3倍になります。この差はアラブ諸国と東南アジア・太平洋で特に大きくなっています。1日2
ドルの閾値を基準にすると2015年までに働く貧困者比率を半減できるのは東アジアだけと見込まれます。
貧困は都市部よりも農村部で多く発生しています。アジアだけで世界の農村貧困層の3分の2を抱えていますが、こ
れは主として南アジアに集中しています。カンボジアのような小国でさえ、農村における貧困は都市の2 倍以上の高さ
で発生しています。中国やインドネシアといった大国では都市部の貧困は急速に減少していますが、農村部には依然
広く見られます。
1)貧困の発生率は男性よりも女性の間で高く、2)女性の貧困の方が男性よりも深刻で、3)とりわけ女性世帯主比
率の上昇に関連し、女性の間で貧困問題が悪化しているという「貧困の女性化」の傾向があります。多くの女性、特
に農村部の女性が、貿易自由化が生産と消費に与える影響、金融危機や社会的保護及び労働者保護の 削減
の悪影響を男性よりも強く受けています。深く根ざした男女不平等はなかなか変わらず、女性は依然として 介護や育
児といったケア労働の主たる責任を担い、相当の男女収入格差が根強く残っています。
児童労働は貧困のわなの無視されている一要素であり、貧しい人々がある程度の安全保障を即座に得るために 行
うことを余儀なくされている「ファウスト的契約」の一部です。貧困の結果であると同時にそれを永続させる手段ともなっ
ています。経済活動に従事している5-14歳の児童は2004年に世界全体で1億9,070万人と推計されていますが、この
うち1億2,230万人がアジア太平洋に住んでいます。
ほとんどの災厄が貧しい人々に最も激しい打撃を与える傾向があります。2004年12月26日に発生したインド洋地
域の地震と津波災害は貧困問題の継続を強調し、持続可能な貧困削減を達成するには脆弱性の問題に取り組む
ことの重要性に光を当てました。災害直後に主たる生計手段を失った人々はインドネシアのナングル・アチェ・ダルサラム
州とニアス島で最大60万人に達したとILOは推計しています。全体として、既に貧困の縁にいた 人々の生計手段の
喪失に加え、津波災害によって150万人近い人々が新たに貧困層に加わりました。
貧困削減の課題を公平性の課題と分けることはできず、高い度合いの不平等は、経済成長を制約し、貧困削減
の道の障害となります。得られるデータから多くのアジア諸国で所得格差が拡大していることが示されています。西アジ
アでは、石油を通じて外部市場と接合している社会的主体または集団と、縁辺に追いやられた集団との間で最大の
所得格差が示されています。
◎雇用動向
アジアで今後も人口が増加し続けるということは、既に巨大な労働力人口がさらに成長するということを意味します。
西アジアは世界で最も労働力が増大し、2015年の労働力人口は2005年比約39%増の1,500万人増になると予想さ
れます。南アジアの労働力人口の年平均伸び率は、過去10年間は2.3%であったのに対し、2005年からの
10年間では2.1%になると予測されています。過去10年間に年平均2.2%の伸びを示した東南アジア・太平洋の労働力
の伸びは、今後10年間は年1.8%に下がり、労働市場ヘの圧力は幾分緩和されますが、それでもこれは毎年約
560万人が新たに労働力に加わることを意味します。アジア途上国の中で労働力の伸びが最低なのは東アジア
で、2000-05年の年平均伸び率が1.0%、2005年からの10年間の年平均伸び率は0.6%になると予測されています。
アジアの最大の課題は、特に若者と女性向けに十分な数のまともで生産的な雇用を創出することです。しかし、市
場開放と経済成長において驚異的な成績を示したアジアで、それに匹敵する雇用創出は見られませんでした。
1992-2004年の期間におけるGDPの伸びに対する雇用創出量を示す雇用弾性値がアジアで最大だったのは、アラ
ブ諸国で1.13でした。しかし、1より大きい弾性値は実際には労働生産性の低下を示し、産業別で見るとアラブ諸国
では生産性が低下したことが示されます。一方、最低だったのは東アジアでわずか0.12でしたが、この地域のGDPの急
成長は、比較的低い弾性値でもなお、非常に高い生産性の伸びと共に、かなりの雇用成長を示す可能性があること
を意味します。域内先進工業地域では雇用が伸び悩み、日本はマイナス0.08と、雇用の減少が記録されています。
アジア全体では産出高が世界の他の地域のおおよそ2倍の速さで成長しましたが、雇用弾 性値は世界の他の地域
の半分をわずかに上回った程度です。
東アジアの失業率は1992年から2004年にかけて0.3ポイントとわずかに増えていますが、これはおおよそ560万人が新
たに失業者に加わったことに相当します。この増加にも関わらず、2004年に3.7%を記録した東アジアの失業率は依然と
してアジアの中では最低です。同じ期間に、東南アジア・太平洋の失業率は2.8ポイント急増
し、6.1%となり、2004年末の失業者数は1992年より1,000万人近く多くなっています。南アジアでも失業率は
4.6%から5.0%に上昇し、新たに860万人が無職者に加わった計算になります。先進工業地域の失業者数は12年間で
250万人増えていますが、2004年に4.8%であったこの小地域の失業率は世界の多くの先進国経済と比べて依然として
低いままに留まっています。雇用弾性値が非常に高いアラブ諸国でさえ、失業者数は200万人近く増
え、失業率はじわじわ上がり、12.8%になっています。全体としてみると、アジアの小地域のいずれもが失業率と合計失
業者数の両方において増加を経験しています。
アジア途上国では就業者の産業間移転が著しく、中国、インドネシア、マレーシア、パキスタン、フィリピン、韓国、タ
イでは、農業就業人口比率が相当減少していますが、これらの国のいくつか、そして特に低所得アジア諸国においては
労働力の多くの部分が依然として農業に依存しています。韓国、モンゴル、シンガポール、日本といった一部アジア諸
国では工業就業人口比率が低下し、サービス業における雇用は中国、韓国、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タ
イ、日本で増えています。したがってこれらの国における発達のプロセスは工業化それ自体ではなく(工業就業者数は
増大)、相対的な就業比率の農業からサービス業ヘの移行を特徴としています。中国とマレーシアを中心に製造業の
産出高が伸びると共に、サービス業で雇用成長が見られます。
アジア経済における事業再構築はインフォーマル経済の成長を伴っています。国際競争と技術進歩は、多国籍企
業による部品及び投入物の生産のさらなる下請け化・外注化をもたらしました。世界生産体系の下方に位置する供
給業者の多くが、インフォーマル経済の零細企業または自宅を基盤とする企業で営まれています。インフォーマル経済
の測定は複雑で困難な作業ですが、得られるデータからアジアでは農業外就業人口の約65%をインフォーマルな雇用
が占めることが示されています(北アフリカは48%、中南米は51%、サハラ以南アフリカは72%)。国別では、この割合はイン
ド83%、インドネシア78%、フィリピン72%からタイ51%、シリア42%といったように多岐にわたっています。
同時に公式のフォーマル・セクターの雇用の性格も変わりつつあります。フォーマル・セクターの雇用はかつて「正規」
契約と同義語であり、これはとりわけ相当の雇用保障を提供するものでしたが、ますますそうでなくなってきています。例
えば、インドのフォーマル・セクターにおける製造企業のデータから、請負労働の利用が拡大していることが明らかになっ
ており、1984年には延べ労働者数の約7%であったものが1998年には21%に上昇しています。一方、フィリピンでは、総
就業人口に占める非正規労働者の割合が1991年には約20%でしたが、
1997年には約28%に増えています。使用者は最も革新的な競争相手と競合し続けることを目指し、より柔軟な作業
編成を探求するに当たり、正規のフルタイム雇用契約よりも下請け、パートタイム、臨時または不定期ベースで労働者
を雇う方を選択しています。このような柔軟な雇用取り決めは雇用保障も適切な社会保障も提供されません。また、
集団的な労働協約よりも個別契約が増大している現象も見られます。
アジアにおける失業者数の増大は、世界の他の地域同様、若者に強い打撃を与えています。生産年齢人口に占
める若者の割合が最も高い小地域(東南アジア・太平洋、南アジア、アラブ諸国)は、若者の失業の点でも最も 成績
が悪くなっています。若者はますます教育制度に長く留まる傾向があり、その労働力率は低下しているにも関わらず、
雇用創出に対する圧力は増大しています。アジアには世界全体の無職の若者の48%以上が暮らしており、この数は
2005年に4,160万人と推計されます。若者の失業率はアラブ諸国で最も高く、2005年に25.4%を記録しています。
1995年からの10年間で、若者の失業率は東アジアで7.2%→7.8%、南アジアで9.4%→11.3%、先進工業諸国で
7.8%→9.1%とそれぞれ上昇し、とりわけ東南アジア・太平洋では9.7%→16.9%ヘと急上昇を示しました。この上昇はアジ
ア金融危機から開始されていますが、地域の回復にかかわらず、東南アジアでは若 者がますます、まともで生産的な
雇用機会を確保するのが難しくなってきています。太平洋島嶼国の一部では、 毎年、提供される新規求人の最大7
倍の若者が求職しています。
東アジアでは、2005年に若者が失業する危険性はより年長の労働者の2.7倍でした。東南アジアでは1995年に
4.9倍でしたが10年後の2005年には5.6倍に増え、この小地域は今やより年長の人々の失業率に対する若者の失業
率の割合が世界で最も高くなっています。南アジアでは若者が失業する可能性はより年長の人々の3.7倍ですが、こ
の割合は10年前には3.5倍でした。先進工業諸国では若者が無職になる可能性がより年長の人々の約2.4倍で、ア
ラブ諸国では若者の失業率が平均でより年長の人々の失業率の3倍になっています。
東アジアの若者の間では女性の方が男性よりも失業率が低く(2005年に女性6.2%、男性9.2%)、同じことがアジア太
平洋の先進工業諸国でも言えます。しかし、東南アジアと南アジアでは女性が失業する可能性の方が男性より幾分
高くなっています。アラブ諸国では若い女性はまともな雇用を確保する上でかなり不利な状況に直面しており、失業率
は30%を超えています。
しかしながら、公然の失業は若者の雇用における課題の一つの側面に過ぎず、若者の不完全就業、意欲喪失、
頭脳流出、「条件引き下げ」といった問題も発生しています。困難な労働市場の情勢は一部の若者、特に若い女性
が求職をあきらめて労働市場から撤退してしまう事態を招いています。例えば日本では、教育を受けているわ けでも、
就業したり、訓練を受講しているわけでもない「ニート」が、ますます大きな潜在的問題として注目を集めるようになって
きています。
グローバル化の初期には特に輸出生産において、雇用の女性化の傾向があったため、アジアのグローバル化の最大
の恩恵を受けるのは女性であると見られました。1985-97年には急速な工業化とグローバル化を経験しつつある東・東
南アジア諸国で特に、成人女性の労働力率が増大し、少なくとも数字の上では労働市場における男女 格差が縮
小しました。しかしながら、労働の女性化は1990年代初めがピークだったように見え、それ以降は、それほど著しい動き
が見られないだけでなく、1997年の金融危機以前からこの動きは既に実際にはなくなっていた 可能性があります。
男女平等と女性の地位向上に関するミレニアム開発目標3の達成に向けた進歩を測定する公式の指標は農業外
賃金雇用に占める女性の割合ですが、アジア太平洋におけるこの割合は、半分をわずかに超えるカンボジアやベトナ
ム、ほぼ半分のオーストラリア、モンゴル、シンガポール、タイ、約4割の中国、インドネシア、日本、マ レーシア、フィリピン、
韓国、スリランカ、約3分の1の太平洋島嶼国から5分の1未満あるいは10分の1にさえ達しないほど低い南アジアや西
アジアといった具合に多岐にわたっています。しかしながら、農業外雇用の大きな割合をインフォーマルな雇用が占め、
女性のインフォーマルな雇用は主として賃金労働ではなく自営であるため、この公式の指標は女性の実際の就業状
況を反映するには不十分です。自営である農業外雇用に占める女性の割合は男性よりも速い速度で増加しつつあ
り、これが、女性が他の種類の雇用を見つける上でより大きな困難に直面しているため、生き残るために自分自身で
仕事を創出しなくてはならない結果を反映するものであるかどうかはデータからは識別できないからです。
教育面ではより大きな進歩が達成され、女性の識字率が依然として男性よりもはるかに低い南アジアを除き、多く
のアジア諸国が中等学校教育において男女平等を達成し、男子よりも女子の進学率が高くなっています。近年のアラ
ブ諸国における女性の教育に対する投資は注目すべきものがありますが、女性の労働力率増加を阻む障害の存在
(地域の労働力率は依然として世界最低)は、この小地域がこの投資の潜在的な収益から恩恵を得ていないことを強
く推測させます。
労働条件のジェンダー的側面を見ると、課題は依然として非常に大きく、男性よりも女性が採用される場所 は、
女性がより御しやすく、従順で、組合に入る可能性も低く、より低い賃金を受け入れる用意があり、結婚や 出産とい
ったライフサイクル的な規準を用いて解雇しやすいからである場合が依然として多くなっています。賃 金における男女格
差も縮小しておらず、女性はアジアの働く貧困層の3分の2を占め、危機的状況の際には男性よりも職や生計手段を
失う可能性がずっと高くなっています。失業も意欲喪失も男性よりも女性の方が多い傾向があり、アラブ諸国では女
性の失業率が平均して男性の50%近く高くなっています。自営業の女性は生産的な資源や新技術ヘのアクセスを得
るのが男性よりもはるかに難しく、深く根を降ろした男女不平等はなかなか変わら ず、女性は依然として介護や育児
といった無報酬のケア労働の主たる担い手になっています。
◎ 労働力移動
アジアにおける人口動向と不均等な発展のパターンは、労働力移動が続くだけでなく拡大することを推測させます。
過去20年間に、アジア地域全体で総流出労働者数は年6%の割合で増加してきました。
最大の労働力供給国はフィリピンで、年間国外流出者数は国の労働力全体の約1%に達しています。イランもまた
労働者輸出国として新たに登場し、主として欧州と中東に向かって年間約28万5,000人の国外流出が記録されてい
ます。現在、イランの海外出稼ぎ労働者は300万人に達し、そのほとんどが若い男性の熟練及び半熟練労働者です。
例えば、タイはミャンマー、カンボジア、ラオスから移民を受け入れながら、イスラエル、日本、台湾などに自国労働者を
送り出すといったように、アジアの一部の国は移民の送出国であると同時に受入国でもあります。
1995年から2000年の間、外国で働くために自国を後にした年間260万人のアジアの労働者のますます多くの割合
がアジアに吸収されるようになってきています。2000年内外の動きを見ると、湾岸諸国ヘの労働力移動はアジ アの他
の部分ヘの動きに比べて鈍化し、約140万人の外国人労働者が日本、台湾、韓国、香港、シンガポール、
マレー
シアに向かっています。地理的な近接性とこれまでのつながりから、インド亜大陸の労働者は依然としてサウジアラビア、
クウェート、そして他の湾岸協力会議(GCC)諸国に向かう傾向がありますが、マレーシアにおけるバングラデシュからの
農園労働者、シンガポールにおけるスリランカからの家事手伝い、韓国におけるネパール人建設労働者の数が際だっ
た増加を示しています。同時に、一人当たり所得が近隣諸国に比べて目立っ て上昇したタイでは、ミャンマー及びラ
オスとの長い陸続きの国境が活発な移民前線地帯となっています。アジアの外国人労働者はGCC加盟国では労働
力の4-7割を占めていますが、東アジアの主な受入国では、労働力全体の4.2%をわずかに上回る程度です。2004年3
月、日本の厚生労働省は同国の外国人労働者数を最低でも80万人とし、これは日本の労働力の1%をわずかに上
回るとしています。2003年末に韓国の外国人労働者数は38万9,000人と推計されます。例外は外国人労働者が現
在労働力の28%を占めるシンガポールとたぶん12%を占めるとされるマレーシアで、いずれも膨大な数の外国人労働者
が働いています。カナダに向かうフィリピンの介護労働者から米国に向かうインドの情報技術労働者まで、労働協定や
民間契約、または技能ビザ資格でアジア以外の 諸国に向かう労働力移動の流れも大きくなっています。
アジアの外国人労働者の過半数が、商業農業、建設業、労働集約的な製造業、家事サービス、清掃・外食サー
ビスといった、地元民が避け、ひとたび「外国人労働者の仕事」になるとそのまま定着する傾向のある汚く、きつく、危険
な「3K」労働に従事し、雇用階層の最下部に位置しています。他方の端には、専門職や高技能技術者が含まれ、
例えば、フィリピンの看護師や教師は西アジアや工業国に移動し、バングラデシュの医師はマレーシアに向かい、インド
のソフトウェア・エンジニアやデザイナーは米国に向かい、それぞれ出身国に頭脳流出を引き起こしています。頭脳流出
のもう一つの部分は、外国に留学し、そのまま留学先に留まるアジアの若者から構成され、1990-99年に、米国で科
学や工学の博士号を取得した外国人の定着率は、中国87%、インド82%、韓国39%でした。
労働力移動女性化の世界的な傾向はアジアで最も顕著に見られます。2001年にアジアでは全移民労働者の約
47%を女性が占め、フィリピン、インドネシア、スリランカでは全体の6-8割を占めています。タイやミャンマーからも多数の
女性が出稼ぎに出ており、その多くが受入国で非正規の状態で働いています。外国で働くイン ドネシア人の約7割が
女性です。南アジアの女性たちは主として中東、さらにはマレーシアやモルディブにもますます働くために独自に移動する
ようになってきています。アジア女性の労働力移動は伝統的な性別役割に関連した女性が主流を占める非常に限ら
れた数の職業、つまり主として家事労働と「娯楽」産業に集中するといった 強い傾向があり、これらの仕事は虐待と
搾取を招く非常に弱い立場につながる場合が多くなっています。家事労働における女性移民労働者の規模は、2000
年に香港で20万2,900人を超え、マレーシアでは2002年に15万5,000人の登録移民家事労働者、そしてさらに多くの
不法就労者が存在しているとの推計によって判断することができます。
アジアにおける労働力移動の増加は様々な問題を提起しています。
低賃金国から高賃金国ヘと向かう自立的かつ自発的な労働者の移動は、この地域の資源が生産性の低い雇用
から生産性の高い雇用ヘと移転していることを推測させます。この動きは、世界的な生産体系におけるアジア経済 の
地位を高め、一部の高学歴者が給与を理由として外国で低技能職を受け入れている事実を考慮に入れたとしても、
多数の低技能労働者(しばしば自国では小規模な商売や農業において深刻な不完全活用状態にある人々)の移
動は全体の福祉にとって相当の利益を構成すると考えられます。このような地域労働市場における人的資源の補完
性及び技能労働者の移動を円滑化するため、技能資格や職務能力(コンピテンシー)基準を相互認定することが送
出国・受入国双方の関心事項となってきています。
2003年にアジアの労働者送出国が受け取った送金収入は合わせて400億ドルを超えると見られます。送金は出稼
ぎ労働者の家族が生活水準を向上させ、住宅事情を改善し、子どもにより良い教育と保健医療を提供することを可
能にしています。しかしながら、高い送金手数料の再検討など送金を支える金融インフラを強化する決定的に重要な
ニーズが存在します。
外国人の入国、滞在、雇用に対する法的制約が増えるに伴い、ますます多くの移民が不正または非公式な経路
で目的国に入国したり、正式な滞在または就労資格を得ていない不法就労状態になっており、地域全体では、移民
労働者の4人に1人が不法状態にある可能性があります。増加する密入国や人身取引といった問題に対する取り組
みも必要です。
この他にも、地域の移民体系が主に臨時外国人労働者政策を基礎としており、定住化されないよう取られている
措置が、劣悪な雇用条件や社会保障、基本権問題などを生じさせている場合もあります。
*アジアにおけるディーセント・ワークの実現
このようなアジアの現状において、ディーセント・ワーク実現に向けた活動を行う上で重要になる分野は五つあると考
えられます。
1.生産性向上とまともな雇用の創出
1995年からの10年間で、アジア以外の世界における労働生産性の伸びは14%だったのに対し、アジアでは約
40%と驚異的な成長を示しました。しかし、製造業における実質賃金が1990年の2倍以上に伸びた中国や3040%の伸びを記録したその他の輸出指向型東・東南アジア諸国に対し、南アジアや太平洋島嶼国では伸びは見られ
ませんでした。また、生産性の伸びが労働時間の短縮や労働条件の改善につながることもなく、就業者全体に占める
週50時間以上労働従事者の割合は、データが得られる国の中では、カンボジア、韓国、モンゴル、パキスタン、シンガ
ポール、タイで35%以上、バングラデシュ、日本、フィリピン、スリランカ、ベトナムで20-30%になっています。
アジアでは経済成長や生産性の伸びに匹敵した雇用成長が見られませんでした。生産性向上に伴う雇用縮小効
果は避けられない場合もありますが、経済全体としては雇用減少が発生する必要はありません。途上国にとっての大
きな課題は、まともな雇用を犠牲にすることなく、生産性の伸びと競争力を推進することであり、生産性と雇用の両方
を長期的に増す戦略は、力強く成長している経済部門に投資し、労働者の大半が就業している部門における能力
構築を図ることにあり、この二つの間のサプライ・チェーンにつながりを確立することも一つのメカニズムです。豊かで安価
な労働力を基礎とした競争優位は長く続くものではなく、労働者の技能と就業能力を高めることが必要です。
2. 若者のまともな仕事
ディーセント・ワーク達成にはライフサイクル的視点が重要です。子ども時代や青少年期といった人間形成期が後の
人生における成功または失敗を決定する大きな要因になります。子どもが労働市場で競争するのに必要な 教育や
技能を取得するのを妨げるといった点で児童労働は若者の雇用の問題を悪化させます。若者はまた、その経験の欠
如や労働市場ヘの新規参入を阻む要因の存在などで、より年長の労働者より不利な立場に置かれています。
若者の雇用を推進する最も効果的な手段は、集約的な雇用創出を伴う経済成長を刺激するような経済政策環
境 を確保することです。加えて、若者により多くのより良い雇用を創出する積極的な政策や計画を採用することも
できます。これには若者に対する基礎教育の充実に向けた投資、技能のミスマッチを減らし、就業能力を高める よう
職業教育訓練体系を改革すること、学校から就労ヘの円滑な移行を確保する計画、若者に対する労働需要の増
大、若者の起業家精神の育成などが挙げられます。このような活動は労使団体の関与によってより効果を上げること
ができます。
3.労働力移動の管理
アジア諸国はある種の基礎的な労働者保護の保障を与え、受入国と送出国の双方の社会に有益な成果が達成
されるよう労働力移動のプロセスをより秩序だった組織化されたものにしようと試みてきました。しかし、最近の経験から、
1)一時的な出稼ぎ労働者計画の運営やより恒久的な滞在を阻止する措置がますます複雑化し、制約 されている
こと、2)移民労働者条約(改正)(第97号)や移民労働者(補足規定)条約(第143号)といった関連するILO条約に
対応した外国人労働者の処遇が行われるためにはやるべきことがまだ多く残されていること、3)移民政策の策定及び
実行に労使団体を関与させる体制や手続きがまだ欠けていること、4)個々の送出国や受入国、そしてさらには二国
間協定でさえ、ますます不十分になってきており、より地域的な移民枠組みに向かうことにメリットがあるといったことを推
測させます。
例えば、日本と韓国の研修生制度は移民の管理に向けた問題を提起しました。韓国では賃金労働に向けて脱落
する研修生の割合が高いことが非正規移民労働者人口を増加させたとして広く非難された結果、制度が改正され、
所定の研修期間満了後、最低1年間の正規雇用の機会を保障することによって脱落率を下げようとの試みが行われ
ました。不法入国や人身取引といった非正規移民の問題は入国管理だけでは対処できず、より幅広い側面からの取
り組みが必要です。2004年の第92回ILO総会で、全会一致で採択された「世界経済における移民労働者の公正な
処遇に関する決議」は、最善の慣行を基礎に移民を管理する原則を含む拘束力のない、権利をベースとした多国間
枠組みを求めています。アジア地域会議は、アジア地域の多国間枠組みを検討する機会を提供すると考えられます。
4.労働市場統治機構の近代化と調整
現在のようなグローバルな生産体系、競争の熾烈化、労働形態や雇用契約の変化が見られる状況で、ディーセン
ト・ワークを現実のものとするには、労働市場の統治形態を現状に適応させ、近代化することが決定的に重要になり
ます。域内諸国の評価からも経済・社会進歩の最大の障壁として統治機構の弱さが指摘されています。労働市場
改革は困難な作業ですが、ILOの国際労働基準体系を基礎とした統治機構を構築することができると思われます。
課題は柔軟性、安定性、安全保障の効果的なバランスを探すことで、これは労働法改革だけでは見つけることができ
ず、労働市場の統治構造と統治機構も極めて重要です。アジア諸国間の地域統合や地域協力が拡 大しつつあり、
これはディーセント・ワーク実現に向けた強い統治機構構築のための重要な手段にすることができます。
5.社会的保護の拡大
社会的保護とは、保健・社会サービスの利用機会を確保し、生活を脅かす重大な危険に対処する助けになる収
入保障を確保し、貧困を予防または緩和することを主たる目的とする一連の機構、措置、権利、義務、移転を指し
ています。第13回アジア地域会議の参加者は、「社会的保護は国の経済政策を補足すべき」とし、「限定的な社会
的保護はこの地域で最大のディーセント・ワーク不足の一つであり、農村・都市を問わず、インフォーマルな雇用に従事
している労働者の幅広い社会的保護の欠如が特に懸念される」と強調しました。2001年の第89回ILO総会では、既
存の制度で保護の対象となっていない人々に社会保障を与える政策及びイニシアチブが最優先事項であるという点
で合意が達成され、社会保障の適用拡大を推進する大型キャンペーンの開始が提案されました。社会的保護を拡
大し、保護されていない労働者に所得保障と保健医療の利用機会を提供するには、1)インフォーマル経済ヘの既存
の社会保険制度の拡大、2)健全な財務管理、良い統治、十分な制度取り決めを確保す る国の能力の強化、3)
社会的保護と雇用保護、少額融資、小企業及び協同組合の育成、地域経済開発を統合した包括的な対応を基
礎とした貧困削減に向けた新しい手段の設計と試行という三つの補足的な相互に関連した取り組みが可能です。
第14回アジア地域会議では、この五つのテーマに絞った話し合いが行われる予定です。