数学的に考える力を育てる 系統的な指導に関する研究

平成21年度
研 究 紀 要
(第834号)
G3 - 02
数学的に考える力を育てる
系統的な指導に関する研究
-児童の考える力の実態調査とその分析を通して-
本研究では,児童の数学的に考える力の実態を五つの内容項目と四つの
段階でとらえ,実態調査を行った。その調査結果を基に,数学的に考える
力の類型化を行い,児童のつまずきの傾向や思考の特徴を分析し,指導の
手立てを講じた。その結果,児童は授業の中で,数量の関係について考え
たり,新たな課題を見付けたりする姿が見られるようになってきた。さら
に児童の考える力を類型化し,その変容をとらえたことで,児童の考える
力の伸びを明らかにすることができた。
福岡市教育センター
算数科教育
長期研修員
齊藤
啓一
目
次
第Ⅰ章 研究の基本的な考え方
1 主題設定の理由‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
(1)新学習指導要領から‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
(2)算数科研究の動向から‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
(3)「新しいふくおかの教育計画」から‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
2 主題・副主題の意味‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
(1)「数学的に考える力」とは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
(2)「系統的な指導」とは‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
(3)「児童の考える力の実態調査とその分析」とは‥‥‥‥‥‥‥算・長研
3 研究の目標‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
4 研究の仮説‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
5 研究の内容と方法‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
(1)数と計算領域における数学的な考え方の系統モデルの作成‥‥算・長研
(2)児童の実態調査とその分析‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
(3)検証授業について‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研
1
1
1
1
2
2
2
2
3
3
3
3
3
4
第Ⅱ章 研究の実際とその考察
1 考える力の実態調査‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 5
(1)全体的傾向‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 5
(2)各項目の特徴及び傾向‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 5
(3)考える力の類型‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 6
(4)類型別の特徴及び傾向‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 7
2 実践①第3学年単元「大きな数」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 8
(1)単元目標‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 8
(2)本単元における考える力の段階‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 8
(3)実態調査‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 8
(4)単元計画‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研 9
(5)授業の実際‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研10
(6)授業の考察‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研11
(7)考える力の段階の変容‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研13
3 実践②第4学年単元「概数」‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研14
(1)単元目標‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研14
(2)本単元における考える力の段階‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研14
(3)実態調査‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研14
(4)単元計画‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研15
(5)授業の実際‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研16
(6)授業の考察‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研18
(7)考える力の段階の変容‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研19
第Ⅲ章 研究のまとめ
1 研究の成果‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研21
(1)数学的に考える力の育成‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研21
(2)考える力の実態調査とその分析‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研21
(3)数学的な考え方の系統モデル‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研21
2 今後の課題‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研21
参考文献‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥算・長研22
第Ⅰ章
研究の基本的な考え方
指導においても,どのような「数学的な考え
方」をどのようにして身に付けさせていくか
1
主題設定の理由
という実践的な指導法の研究も進められてき
(1) 新学習指導要領から
た。
平成20年3月に新学習指導要領が告示され
そして,近年,PISA型学力への対応が求め
た。算数科においては改訂の基本方針として
られる中,長崎栄三氏らによって,「算数・
次の5項目が打ち出されている。
数学の力」が提唱された。これは,従来の算
○
算数・数学科のねらいについて
数科が目指してきた力をより広い立場から,
○
発達や学年の段階に応じた反復(スパ
「算数・数学を生み出す力」「算数・数学を
イラル)による教育課程の編成について
使う力」「算数・数学で表す力」「算数・数
数学的な思考力・表現力の育成につい
学で考え合う力」の四つにとらえ直したもの
○
て
である。
○
学ぶ意欲を高めることについて
○
算数的活動の一層の充実について
究はこの「算数・数学の力」を参考に「数学
この中でも反復(スパイラル)による教育
的に考える力」を主題に掲げ,考える力に段
課程の編成については,現在,移行措置によ
階を設定し,段階に応じた指導の工夫に関す
る教育課程を実施している小・中学校におい
る研究を行った。その結果,次のような成果
ては考慮を要するところである。反復(スパ
と課題が明らかになった。
昨年度,本市教育センター長期研修員の研
イラル)については,学習指導要領解説,算
○
数学的に考える力の系統を考えて指導
数編において,次のように述べられている。
を行うことで,知識・理解に偏ることな
「数量や図形についての知識・技能の確実な
く,育成する数学的な考え方を明確にし
定着や,数学的な思考力・表現力の育成を図
た学習の展開を図ることができた。
るため,算数としての系統性を重視しつつ,
○
児童の数学的に考える力の実態を基に
学年間で指導内容の一部を重複させる。それ
つまずきを予想し,手立てを講じたこと
によって指導内容をなだらかに発展させたり,
により,児童自らがつまずきを克服する
学び直しの機会を設けたりするなど,発達や
ための手立てが明らかになった。
学年の段階に応じた反復(スパイラル)によ
●
る学習指導を進められるようにする。」
数学的に考える力の実態調査の精度を
高め,考える力の段階に応じた指導をよ
そのために,「算数の系統性を重視するこ
と」「発達や学年の段階に応じること」を十
り効果的なものにしていく。
(3) 「新しいふくおかの教育計画」から
分考慮した学習指導を行っていく必要がある
福岡市教育委員会では平成21年度から,そ
と考える。
の期間を概ね10年間とする,本市の教育改革
(2) 算数科研究の動向から
の指針となる基本計画を示した。それによる
算数科においては,これまで「数学的な考
え方」の指導を通して,思考力の育成を目指
と公教育の「福岡モデル」として次の5点が
掲げてある。
してきた。「数学的な考え方」については,
○
福岡スタンダード
昭和33年に初めて学習指導要領にその名称が
○
言葉を大切にする教育の推進
登場して以来,多くの研究者らによって研究
○
子どもの力を引き出し発揮させる教育
がなされ,精緻化されてきた。また,実際の
算・長研- 1
の推進
○
小中連携教育の推進
○
家庭・地域・企業等と連携した教育活
表-1
数学的に考える力
A:きまりや方法を見付ける力
動の推進
帰納,類比などの考え方や分類・整理などの方
この中で特に「子どもの力を引き出し発揮
させる教育」については,子どもたちのやる
法を通して,数量や図形に関するきまりや方法を
見いだす力
気を引き出し,意欲を高め,子どもが伸びよ
B:筋道立てて考える力
うとする態度を支援することが求められてい
る。これは,日々の授業をより楽しく,魅力
前提を明確にして,見通しをもって考えたり,
根拠をもって説明したりする力
あるものに工夫改善していくとともに,児童
C:多様に考える力
一人一人の学習状況や教育的ニーズに応じた
指導を工夫することで実現するものだと考え
多様な見方や考え方をもったり,多様な方法で
考えたりする力
る。
D:関係付けて考える力
そこで,児童の考える力の実態調査を行い,
その分析を基に指導を工夫する本研究は意義
既習との関連,関数の考え方などを使って数量
や図形を関係付けて考える力
深いと考える。
E:発展的に考える力
発展的,統合的に考えたり,新たな問題をつく
以上のことから,考える力の系統的な指導を
り出したりする力
図り,児童の思考力の育成を目指す本研究主題
(2) 「系統的な指導」とは
既習の学習内容や未習の学習内容との関
を設定した。
連を明らかにし,児童の発達段階や実態に
2
応じた指導ととらえる。ここでいう学習内
主題・副主題の意味
容の関連とは,知識や技能面だけでなく,
(1) 「数学的に考える力」とは
本研究では数学的に考える力を「児童が問
数学的な考え方についての系統性も含むも
題を解決していく過程において,様々な数学
のである。
的な考え方を駆使し算数のきまりや方法を考
(3) 「児童の考える力の実態調査とその分
えたり,発展させたりする力」ととらえる。
析」とは
これは,数学的な考え方をするために必要な
児童の考える力の実態調査とは小学校6
年間で育成する考える力について,四つの
力と言い換えることもできる。
そして,数学的に考える力(以下,数学的
段階を設定し(表-2),事前テストを通
に考える力を考える力と表す)は,次の五つ
して児童一人一人の考える力の段階を測る
の力で構成するものとする(表-1)。
ことである。そして,その分析とは,事前
A
きまりや方法を見付ける力
テストの結果を基に児童のつまずきの傾向
B
筋道立てて考える力
や思考の特徴を明らかにすることである。
C
多様に考える力
D
関係付けて考える力
「算数・数学において育成する諸能力とそ
E
発展的に考える力
の系列に関する研究」(長崎栄三氏)から,
この考える力の段階の区分に関しては,
この五つの力は,長崎栄三氏(前国立政策
研究所教育課程研究センター
総合研究官)
考える力の能力水準の3段階を参考にした。
本研究においては,四つの段階に区分した
のは低学年の実態(生活経験等の違い)を
による算数・数学の力を参考にした。
考慮したためである。
算・長研- 2
表-2
考える力 A:き まり や方法
能力
数と計算領域における考える力の段階
B:筋 道立てて
などを見付け る力
C:多様に
考える力
D:関係付けて
考える力
E:発展的に
考える力
考える力
段階
第
十進位取り記数法 解決の見通しを 自分なりの考 ものと数詞の1 考えていた問題
0
の原理を基に数の もって考えてい えをもつ
対1対応や数の を基にほかの問
段
表し方や計算の仕 ない
合成,分解など 題を見いだすこ
階
方を考えない
の見方をしない とができない
十進位取り記数法 解決の見通しを 数学的な価値 ものと数詞の1 考えていた問題
第
の原理を基に数の もって考えてい を含む考えを 対1対応や数の を基にほかの問
Ⅰ
表し方や計算の仕 る
段
方を見付ける
階
1年,2年
もつ
合成,分解など 題に気付く
の見方をする
1年,2年
1年,2年
1年,2年
1年
整数の計算につい 見通しに沿って 同じ質の考え 基になる大きさ 考えていた問題
第
て成り立つ性質や 考えたことを説 をいくつか出 とそのいくつ分 を基にほかの問
Ⅱ
方法を見付ける
明する
すことができ の見方をする
段
階
3年,4年
3年,4年
題を見いだし解
る
2年,3年,4 決に取り組む
3年,4年
年
3年,4年
小数や分数の計算 根拠を明らかに 違う質の考え 基準量,比較量 考えていた問題
第
について成り立つ して分かりやす をいくつか出 倍,割合などの と見いだした問
Ⅲ
性質や方法を見付 く説明する
すことができ 見方をする
題との関連を考
段
ける
る
える
階
5年,6年
5年,6年
5年,6年
5年,6年
5年,6年
連を矢印で結び,数学的な考え方の系統表
3
研究の目標
のモデルとする。また,新学習指導要領に
考える力の各段階における児童のつまずきの
対応した系統モデルにするために,スパイ
傾向と思考の特徴を分析し,考える力の各段階
ラルに学習する内容を加え,学年間のなだ
における効果的な指導法を究明する。
らかな接続のポイントが一目で分かるよう
にする。この系統モデルは考える力の段階
4
研究の仮説
を単元レベルの段階に具体化する基になる
考える力の各段階における児童のつまずきや
思考の傾向についての調査・分析を基に各段階
の指導の手立てを工夫すれば,児童の考える力
が育つであろう。
ものである。
(2) 児童の実態調査とその分析
本研究では,以下のような手順で児童の
考える力の実態調査と分析を行う。
①
5
研究の内容と方法
段階テストの作成
児童の考える力の実態を把握するため
(1) 数と計算領域における数学的な考え方の
系統モデルの作成
のテストである(図-1)。
②
段階テストの実施
第1学年から第6学年までの学習内容とそ
市内公立小学校12校の第3学年及び第
こで培う数学的な考え方を示し,相互の関
4学年の児童(約1000人)を対象に行う。
算・長研- 3
③
集計
(3) 検証授業について
段階テストの回答分析表を基に,考え
各類型に応じた指導について,検証授業を
る力の段階を0からⅢの四つの段階に区
通してその効果を検証する。検証授業は市内
分する(図-2)。
小学校3校の第3学年及び第4学年,全8学
ただし,本実践においては中学年を対
象とするため,段階の区分を三つにする。
④
級で実施(6学級が研修員,2学級が研究協
力者)する。
分析
・
検証の方法は以下の通りである。
集計結果をレーダーチャートで表
事前事後の段階テストを基に,児童一
し,同形のパターンで類型化し,つま
人一人の考える力の類型の変容及び各類
ずきの傾向を調べる。
型の人数の動向をとらえる。
・
類型化したグループの中から代表
○
代表児童を抽出し,学習ノートやプリ
児童を抽出し,授業中の様相観察を
ントなどの表記から考える力の変容をと
行い,考えの進め方や考えの根拠の
らえる。
傾向を調べる。
⑤
○
○
各類型に応じた指導の手立て
事後の児童の様子について学級担任か
ら聞き取り調査を行い,児童の事前事後
各類型に応じたつまずきや考えの傾向
の様相観察の比較からとらえる。
をまとめ,対応するための手立てを明ら
かにする。
図-1
図-2
段階テスト
算・長研- 4
回答分析表
第Ⅱ章
1
研究の実際とその考察
考える力の実態調査
(1) 全体的傾向
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
E
対象:市内公立小学校
A
第3・4学年児童
B
人数:1145人
A:きまりや方法を見付ける力
図-4
B:筋道立てて考える力
考える力の各項目の比較
C:多様に考える力
D
C
各段階の人数の割合は第0段階が約30%,
D:関係付けて考える力
E:発展的に考える力
図-3
第Ⅰ段階が約40%,第Ⅱ段階が約30%であ
った。第0段階及び第Ⅰ段階児童では,計
第3・4学年の考える力の段階
算の過程についての説明をしようとしてい
まず,五つの項目について,調査した児童
たが,根拠を明らかにしている解答が少な
の段階到達の平均で比較すると,他の項目に
かった。そこで,この問題の結果が第0段
比べ,発展的に考える力が低いことが分かる
階及び第Ⅰ段階児童の中から 100人を抽出
(図-3)。特に,平均が第Ⅰ段階を大きく
してノート分析及び学級担任による聞き取
下回っていることは注目すべき点である。
り調査を行った。その結果,約80%の児童
さらに,各段階の人数の割合では,発展的
に見通しをもつことにつまずきがみられた。
に考える力において,調査児童のおよそ50%
そして,同様に約80%の児童に「書く」こ
が第0段階であった。項目で比較すると,発
とにつまずきがみられた。
展的に考える力の割合は,他の項目の割合と
ウ
は違う様相を呈しており,これは大きな特徴
多様に考える力
各段階の人数の割合は第0段階が約15%,
であると考える(図-4)。
第Ⅰ段階が約45%,第Ⅱ段階が約40%であ
(2) 各項目の特徴及び傾向
った。第0段階の児童の回答については,
事前テストの分析から各項目について次の
自分の考えが一つももてなかったというこ
ようなつまずきの傾向及び思考の特徴が見ら
とだが,この分析に関しては次の二つのこ
れた。
とが考えられる。一つは既習の学習内容の
ア
きまりや方法を見付ける力
理解や定着が十分になされていないという
各段階の人数の割合は第0段階が約20%,
こと。もう一つは表現に関するつまづきで
イ
第Ⅰ段階が約60%,第Ⅱ段階が約20%であ
ある。いずれにしても無回答を分析するに
った。第0段階及び第Ⅰ段階児童の回答分
はその後の追跡調査が必要とであるが,本
析を行ったところ,計算の手順は理解して
研究ではそこまでには至らなかった。
いるが,その手順の意味について考えよう
また,第Ⅰ段階の児童と第Ⅱ段階の児童
とする児童は少ない傾向があることがわか
の分布の比較を行った。その結果,第Ⅱ段
った。さらに,誤答分析の結果,計算のき
階にある児童が多い学級と第Ⅰ段階の児童
まりや数の性質に気付いていないというつ
が多い学級という傾向があることが分かっ
まずきが多く見られた。
た。この結果を受けて,各学級担任に聞き
筋道立てて考える力
取り調査を行ったところ,一つの考えがで
算・長研- 5
きたら,他の考えでもできないか考えさせ
るようにしている学級とそうでない学級と
に明確に分かれた。すなわち,日常の学級
指導の在り方が影響していると考える。
エ
2位 78人
1位 82人
A
2
1
E
0
D
2
B
1
E
C
3位 59人
A
2
A
D
1
E
B
0
B
0
D
C
C
関係付けて考える力
4位 48人
各段階の人数の割合は第0段階が約15%,
2
第Ⅰ段階が約45%,第Ⅱ段階が約40%であ
1
E
1
E
B
D
B
0
0
った。ここで,第0段階及び第Ⅰ段階児童
5位 38人
A
2
1
E
B
0
5位 38人
A
2
A
D
C
D
C
C
に共通して見られたのが,問題構造を明ら
7位 37人
A
2
1
E
B
0
かにするための手段として図や絵に表すこ
とのつまずきである。絵や図を描こうとし
D
ているが,どう表現してよいか分からなか
8位 34人
A
2
1
E
B
0
D
C
9位 33人
2
1
0
E
C
A
D
B
C
ったり,または,図や絵らしきものを描い
10位 30人
A
2
1
E
B
0
てはいるが,適切な表現になっていないか
ったりする回答が多く見られた。このこと
D
C
から数量の関係を整理したり,表現を工夫
したりすることへのつまずきがあると考え
図-5
考える力の型の上位10位
る。
オ
発展的に考える力
この問題は,学んだことを基に身の回り
均衡型
の事象に目を向け,新たな問題をつくり出
2位 78人
1位 82人
A
2
1
E
0
すというものであった。第0段階の児童の
D
2
B
C
A
1
E
B
0
D
C
つまずきとしては,学んだことと新たな問
考える力の五つの項目がバランスよく
題との関係が不明確であることが多かった。
また,第Ⅰ段階の解答からは,学んだこと
広がっている。第Ⅰ段階と第Ⅱ段階の広
を基にはしているが,問題場面や条件など
がりの違いはあるものの,ある項目に突
は既習の問題と同じで数値だけが変わって
出した傾向が見られないことで同一の類
いるという,解答の傾向が見られた。さら
型とした。
に全段階を通して,身の回りの事象を考え
させたとき,子どもたちはまず,目で確か
5位 38人
A
2
D突出型
められる範囲のもの(教室や廊下など)で
考える傾向が強いことが分かった。
1
E
B
0
D
C
5位 38人
A
2
1
E
B
0
D
C
(3) 考える力の類型
考える力の五つの項目について,段階の平
D:関係付けて考える力のみが突出して
均を基に,全体的な様相や各項目の相対的な
高くなっているパターンである。これは他
バランスを見ることができるようにレーダー
の項目が第Ⅰ段階の場合と第0段階の場合
チャートで表した。そして,同型のパターン
とがあったが,Dの項目のみが他の項目に
を整理し,多い型の順に並べ,上位10位まで
比べ突出していることで,同一の類型とし
のパターンの中から類型化を図った(図-5,
た。
図-6)。
算・長研- 6
問題の意味を理解しているということは主
E不足型
3位 59人
A
2
1
E
B
0
D
C
に文章問題において問題文を読み取り問題
7位 37人
A
2
1
E
B
0
D
構造を理解するということである。
イ
C
D突出型
○数と数の関係を絵や図で表そうとする
E:発展的に考える力のみが低くなっ
○数と数の関係を式で表そうとする
ているパターンである。これも第Ⅰ段階
○何度か書き直しをしたり,試行錯誤を
と第Ⅱ段階の広がりの違いはあるが,E
したりすることが多い
の項目だけ第0段階になっていることで
関係を考える際に,その関係構造を明ら
かにするために何らかの方法で表現する傾
同一の類型とした。
向にある。また,明確な見通しをもってい
4位 48人
2
全不足型
1
E
なくても,関係を見付けるために,絵や図
A
で表そうとしたり,計算式を工夫してみた
B
0
D
りするなどの試行錯誤を繰り返すことで関
C
係に気付いていくようである。
全ての項目が第0段階の型である。
ウ
E不足型
○全体のおよそ2割が白紙解答であった
図-6
○日常生活の中で算数の計算を使う経験
考える力の類型化
が少ない
(4) 類型別の特徴及び傾向
ア
○算数に関連した身の回りの事象につい
対象:第3・4学年児童(1145人)
ては自分が目にした範囲にとどまる
方法:事前実態調査解答分析
白紙回答の原因が理解面に依存するのか
事前アンケート分析
回答時間に関連したものなのかは分析でき
学級担任聞き取り調査
ていないが,学級担任への聞き取り調査に
ノート及び学習プリントの分析
よると「問題づくり」のような解答形式に
均衡型
戸惑ったのではないかということであった。
○書く力が身に付いている
日常生活で算数を使う経験や身の回りの算
○絵や図に表そうとしている児童が多い
数的な事象に気付く範囲については,個人
○計算ミスが少ない
差はあるものの,学習内容と自分の生活や
○問題の意味を適切に理解している
身の回りの事象を関連付けて考えることが
書くことに関しては書く内容や表現に差
は見られるものの,自分の考えや方法につ
できていないことが一因だと考える。
エ
全不足型
いて何らかの方法で表そうとしている姿が
○9割が白紙解答
見られた。また,書くことに関連して絵や
○知識・理解や表現処理の面でも学習に
図に表そうとする児童の姿も多く見られた。
数直線やアレイ図など教科書に見られる基
遅れが見られる
○学習意欲の面でも消極的傾向が見られ
本的な図が主だが,中には自分なりに工夫
る
した絵や図での表現も見られた。計算につ
この類型の児童の多くは既習内容の定着
いては基礎的な計算方法が身についている
が十分でなく,特に学習の理解面に遅れが
ために大きなつまずきは見られなかった。
見られた。
算・長研- 7
・
2
実践①
第3学年単元「大きな数」
万までの数の仕組み(十進位取り記数
(1) 単元目標
○
法)から類推して考える。(数学的な考
千万の位までの整数について,その表
え方)
し方や構成を理解し,数の概念について
・
の理解を深める。
○
千万の位までの数を読んだり,書き表
したりすることができる。(表現・処
一億の構成,数の読み方,書き方を理
理)
解する。
・
千万の位までの数の表し方を既習の一
・
千万の位までの大きな数に関心をもち,
千万の位までの数について,その表し
方の仕組みや数の系列,順序,大小など
進んで数をかいたり,読んだりしようと
を理解する。(知識・理解)
する。(関心・意欲・態度)
(2) 本単元における考える力の段階
考える力 a:きまり や方法 な b:筋道 立てて考 c:多様に
段階
d:関係付けて考え e:発展的に考える力
どを見付ける力
える力
考える力
る力
第
十進位取り記数 法
十進位取 り記数
自分なりの 位どうしの関係に
数範囲を拡張して一万の
0
の原理をもとに 数
法の原理 を基に
考えをもつ 着目し,数の構成
位までの数の表し方や構
段
の表し方や数の し
見通しを もち,
について考えない
階
くみを考えない
考えない
第
十進位取り記数 法
十進位取 り記数
数学的な価 位どうしの関係に
数範囲を拡張して一万の
Ⅰ
の原理をもとに 数
法の原理 を基に
値を含む考 着目し,数の構成
位までの数の表し方や構
段
の表し方や数の し
見通しを もち,
えをもつ
成について考える
階
くみを見付ける
考える
十進位取り記数 法
十進位取 り記数
同じ質の考 10倍,100倍,1/1
数範囲を拡張して一億 の
第
の原理をもとに 千
法の原理 を基に
えをいくつ 0,1/100などを基
位までの数の表し方や 構
Ⅱ
万までの数の表 し
数の表し 方や数
かもつ
成について考える
段
方やしくみを見 付
のしくみ につい
きさをとらえ,数
階
ける
て説明す る
の構成について考
成について考えない
について考える
に数の相対的な大
える
不足型の児童が多い学級であると考える。
(3) 実態調査
特に e:発展的に考える力では他の項目に
学級の傾向を学年及び全体との比較でみ
比べ,唯一全体平均より下回っており,E
るとd:関係付けて考える力とe:発展的
不足型の傾向が特に強いと考える。
に考える力に特徴があると概観できる(表
表-3考える力の学級平均と学年及び全体平均
-3)。
a
また,各類型の人数の割合を見ると次の
ようになった。
均衡型……4人
D突出型…7人
E不足型…10人
全不足型…0人
その他……11人
b
c
d
e
きまりや
筋道たて
多様に 関係付
方法を見
て考える
考える けて考
に考え
つける力
力
力
る力
える力
発展的
学級
1.6
1.6
1.6
1.8
0.5
学年
1.6
1.7
1.7
1.7
0.8
全体
1.4
1.3
1.6
1.4
0.7
このことから,本学級はD突出型及びE
算・長研- 8
このことから,本学級はD突出型及びE
不足型傾向にある学級であると考える。特
べ,唯一全体平均より下回っており,E不
足型の傾向が特に強いと考える。
に e:発展的に考える力では他の項目に比
(4) 単元計画(全9時間)
配時
目
標
学習活動
○
一万 の位 までの 数の読み方 ,書き方,構成を理
1
遊園地の入場券を数える活動を通して,
未習の大きな数(一万の位の数)を知り,
解する
その数構成と命数法についてまとめる
aⅡ : 十 進位取 り記 数法の 原理を基に千万までの数
の表し 方やし くみを見 付ける
○
一 2
次
十万 ,百 万,千 万の数の仕 組みと千万の位まで
山梨県と東京都の人口の読み方を調べる
活動を通して,位取りと数の構成について
の数の 読み 方,書 き方,構成 を理解する
考え,一万から千万までの表し方をまとめ
3 aⅡ : 十 進位取 り記 数法の 原理を基に千万までの数
る
の表し 方や仕 組みを見 付ける
○
数の 相対 的な大 きさ,系列 ,順序,大小につい
4
て理解 を深 める
千万の位の数について,数直線上の数を
読んだり,逆に数直線上に表したりする
○
等号の意味を知る
○
広告を基に身の回りにある大きな数に関
式の 相等 につい て考える
5 bⅡ:十進 位取り 記数法の 原理を基に数の表し方
や数の 仕組み について 説明する
cⅡ : 同 じ質の 考え をいく つかもつ
6
検
整数 を10倍し た数の表 し方を 理解する
心をもたせるとともに10倍という表示に気
証 dⅡ : 10倍100倍などを基に数 の相対的な大きさをと
二 ①
付かせ,10倍することの意味や十進位取り
らえ, 数の構 成につい て考える
記数法の原理について考える
次
○
整数 を100倍 した 数,10でわった数の表し方を
7
前時学習を基に十進位取り記数法の原理
を活用し,10倍,100倍,1/10,1/100の意
理解す る
味や表し方や数の構成について考える
dⅡ:1/10,1/100な どを基に数の相 対的な大きさを
とらえ ,数の 構成につ いて考える
○
8
1億 の構 成数の 読み方や書 き方を理解する
数直線や数カードを基に「一億」の単位
を知り,数直線上の数を読む
bⅡ:十進 位取り 記数法の 原理を基に数の表し方や
三
数のし くみに ついて説 明する
次
eⅡ:数範 囲を拡 張して一 億の位までの数の表し方
や構成 につい て考える
9
学習内容の 理解を確認 する
○ 「たしかめよう」の問題に取り組む
算・長研- 9
(5) 授業の実際
試行錯誤することが ・時間の確保をする
ア
本時指導について
考えられるため,計 ・電卓を活用させる
本時は,整数を10倍または100倍したとき
算が複雑になった
・友達との確かめ合い
の数の相対的な大きさをとらえ,数の構成
り,計算間違いをし 活動を仕組む
について考えることができるようにするこ
たりする
とがねらいである。
E不足型
そこで,はじめに,児童の身近にある数
新たな課題意識をも ・身の回りにあるいろ
を基の数として,それを10倍させるように
つことができない
する。そして,基の数と10倍した数の二つ
(10倍をさらに10倍 せる
の量を比較することを通して,整数を10倍
したり,100倍した
・「100倍」という言葉
したときの数表記のきまりや量の変化及び
りするとどうなる
を提示する
位取りの変化を考えさせていくようにした。
か)
そのことで,10倍すると0を1個つけると
いろなの数量を10倍さ
その他
いうことと,位が一つ上がるということを
比較検討をして違い ・比較のための観点を
関係付けて考え,一体的にとらえることが
に気付くことができ 与える(補助プリン
できるようになると考えた。
ない
ト)
題材については児童が自ら身の回りの数
量に目を向け,千の位までの数を探し,そ
れを10倍したものを利用した。そのことで,
ウ
1
前時までの学習の想起
T:これまで大きな数を学習してきました。そこ
より多くの数量を基に数のきまりを確かめ
で,おたずねです。身の回りの数で2けたのも
ることができると考えた。
イ
展開の実際
のはどんなものがありますか?
具体的な手立てについて
C:日にち,時計の数字,出席番号,クラスの人
本学級は実態調査により,D突出型及び
数・・・。
E不足型の児童が多いことが分かった。そ
T:では3けたの数は?
こで,このような実態を基に本時学習の展
C:全校の児童の数,1年の日にち・・・。
開を考え,学級全体と個別に,次のような
T:おやっ少なくなったね。では4けたの数は?
つまずきの予想とそれに対応する手立てを
C:・・・,2009。
講じるようにした(表-4,表-5)。
T:うん,今年の西暦だね。他には?
C:・・・。
T:他には見付からないようですね。実は先生も
表-4
学級全体への手立て
つまずきの予想
探してみたんです。そしたらいいものがありま
対応する手立て
した。
10倍の意味や10倍す かけ算九九の構成の仕
広告の提示
る方法が分からない 方を振り返る
C:あー,知ってる。チラシだ。
身の回りの事象を見 ・考える時間の確保
T:ここにいろいろな数がたくさん書いてあるけ
ど読めるかな?
付け,題材とするこ ・交流活動を仕組む
とができない
C:1万5百円,20万円,3万2千5百円。
・例示する
T:よく読めました。このように広告はいろいろ
な大きな数が書かれてあります。是非見ておい
表-5
つまずきの予想
D突出型
個別の手立て
てくださいね。
対応する手立て
2
算・長研- 10
10倍の意味について話し合う。
T:さて,先生はここで,一つ気になることがあ
・増えている
・長くなっている
りました。それは広告の中に2倍とか,3倍と
かいうことがよくでてきていたんですが,これ
はどういう意味だろう。
C:2倍は2をかけるということ,かけ算。
C:3倍や4倍もかけ算で求めることができる。
T:なるほどじゃ,みんなはかけ算九九を知って
いるから,9倍まではできるんだね。ではこれ
は?
10倍の広告を提示
(2)同じ考えを統合し,特徴をまとめる。
T:「数の書き表し方→0をつける」ということ
C:10倍だから,×10じゃないかな。
と「位があがる」ということにまとめられそう
C:10回たせばいい。
だね。
6
C:9倍の次だから,一つその数をふやす。
本時学習をまとめる。
数を10倍すると,位が1つずつ上がり,もとの
3
数の右に0を1こつけた数になる。
身の回りの数を10倍する。
T:なるほどいろいろなやり方がありそうです
T:これで,みんなはどんな数でも簡単に10倍し
ね。では,先ほど見付けた身の回りのいろいろ
た数を言えるようになったね。では,改めて身
な数を10倍してみよう。数はどうなりますか?
の回りのいろいろな数を10倍してみよう。
C:先生できました。他にもやっていいですか?
C:先生,10倍の10倍したらまた0がふえたよ。
T:たし算をしている人で計算が大変だという人
C:先生100倍したらどうなるのかな?
は電卓を使ってもいいですよ。
C:できました。簡単。0をつければいい。
(6) 授業の考察
T:10倍すると数はどう変わるでしょうか?
今日はそれを問題にしたいと思います。
ア
D突出型児童の反応
まず,自力解決の時間を10分程度確保し
4
学習問題
たことで,身の回りの多くの数を基に考え
数を10倍するとどうなるでしょう。
をつくることができていた。通常,この程
(1)めあてをつかむ。
度の学習活動ならば,5分程度で解決でき
もとの数と比べて考えよう。
ると考える。しかし,それをあえて,時間
(2)見通しを立てる。
C:増えるんじゃない。大きくなる。0がつく。
をかけたことで,計算ミスも少なくなり,
多くの事例を基に帰納的に考え,計算のき
5
身の回りの数をもとに考える。
まりを見付けていくことができた(資料-
(1)2で考えた10倍した数をもとに考える。
1)。
児童の反応
次に,累加の考えで10倍の数を確かめて
身長
135cmの10倍→135×10=1350
体重
25kgの10倍→ 25×10=250
いこうとする児童について,電卓の使用を
35人の10倍→35×10=350
認めたところ,次々に身の回りの数を見つ
学級の人数
けては10倍していく姿がみられた。しかし,
6
気付いたことや分かったことを発表し,話し合
う。
にもかかわらず,授業後の感想では,電卓
(1)気付いたことを短冊に書き,黒板にはる。
・0がついている
その児童は,電卓の便利さを実感していた
の活用よりも計算の仕組みを知ることの便
・0が1の位についている
・位が1つ上がっている
・位が左にずれている
算・長研- 11
利さを感じていた(資料-2)。
また,友達と考えを確かめ合う場を設定
資料-3
D突出型児童の反応③
資料-4
E不足型児童の反応①
することで,考えた題材は違っても結果や
気付いたことが同じだったことを確認でき,
自信をもって全体交流に臨むことができた
ようである(資料-3)。
イ
E不足型児童の反応
身の回りの数量をいくつか例示し,自分
で見付けた数量を題材として考えさせたこ
とで,複数の計算結果を基にして帰納的に
考えることができたと考える(資料-4)。
また,自ら 100倍した数について考えよ
うとする児童は少なかったが,考えるきっ
かけを与えることで新たな課題を考えたり,
実際に 100倍の計算をしたりする児童もい
た。(資料-5,資料-6,資料-7)
ウ
その他児童の反応
考えが進まない児童や数量の関係を整理
して,まとめることができない児童には,
資料-5
E不足型児童の反応②
資料-6
E不足型児童の反応③
ヒントカードを与えた(資料-8)。この
ヒントカードは考えを整理するためのもの
で思考の流れを簡潔に表すようにした。こ
のカードに自分の考えを記入することで,
筋道立てて考え表現することの補助になっ
た。
資料-1
D突出型児童の反応①
資料-7
E不足型児童の反応④
資料-8
資料-2
D突出型児童の反応②
算・長研- 12
その他児童の反応
(7) 考える力の段階の変容
ア
学級平均の事前事後比
表-7
考える力の実態調査を学級平均でみると
均衡型
D突出型
考える力の類型の人数比
E不足型
全不足型
その他
各項目ともに1~3ポイントの伸びが見ら
事前
4
7
10
0
11
れる。中でもE:発展的に考える力では0.
事後
5
2
3
0
21
5 ポイントの伸びが見られ,レーダーチャ
ートの形からも全体としてバランスがとれ
たきたことがわかる。これは本学級の実態
【事前】
【事後】
からE不足型に対応する指導を重点として
行った成果であると考える(図-7,表-
E
6)。
イ
2
1
0
各類型の人数の変容
A
B
D
D突出型及びE不足型の人数が大きく減
C
D突出型
3人
少している(表-7)。この二つの類型の
児童について,考える力の変容をみると,
いずれも段階の伸びを示している。各項目
の段階の伸び方をみると,c:多様に考え
る力に伸びが見られる(図-8)。これは,
2
1
0
E
A
B
D
2
1
0
E
A
B
D
C
7人
C
2人
D突出型に対応した手立て(試行錯誤の時
間の確保と友達との考えの確かめ合いの場
の設定)をとったことで,児童が見方や考
2
1
0
E
え方を広げることができたからであると考
える。
A
B
D
C
2人
その他の型が増えているのは,D突出型
とE不足型から移行してきた児童である。
これらの児童はそれぞれに違った型を示し
ている。これは,一人一人の児童の考える
力の伸び方が違うということを表している
E不足型
E
と考える。
E
B
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
5
→
1
E
2
4
C
図-7
A
2
1
0
事後
A
D
A
D
事前
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
2
1
0
D
C
8人
B
C
10人
3
考える力の様相の変容
2
1
0
E
A
D
考える力の段階の変容
A
B
C
D
E
事前
1.6
1.6
1.6
1.8
0.5
事後
1.8
1.7
1.9
1.9
1.0
図-8
※数値は考える力の段階の学級平均
算・長研- 13
B
C
2人
表-6
B
考える力の類型の変容
考えたり,計算の仕方や結果について適
3
実践②
第4学年単元「概数」
切に判断したりする。(数学的な考え
(1) 単元目標
○
方)
概数について理解し,目的に応じて用
・
いることができるようにする。
・
商を見積もったりすることができる。
概数のよさに気付き,目的に応じて概
(表現・処理)
数を用いようとする。(関心・意欲・態
・
度)
・
四捨五入して概数に表したり,和差積
概数の意味と四捨五入の仕方を理解す
るとともに,目的に応じた概算の仕方を
目的に応じて計算の結果の見積もりを
理解する。(知識・理解)
(2) 本単元における考える力の段階
考える力 a:きまり や方法 な b:筋道 立てて考 c:多様に考える d:関係付けて考
段階
e:発展的に考える
どを見付ける力
える力
力
える力
第
概数の表し方の 特
概数の活 用につ
身近な数量をお
実際の数と概数に 概数を使って表して
0
徴に気付き,概 数
いて,そ の目的
よその数で表す
ついて比べて考え いる身の回りの数量
段
が表す数の範囲 に
が明らか ではな
自分なりの考え
ない
階
ついて考えない
い
をもつ
第
概数の表し方の 特
目的に応 じた概
概数の表し方や
実際の数と概数に 概数を使って表して
Ⅰ
徴に気付き,概 数
数の活用 につい
概算の方法につ
ついて比べて考え いる身の回りの数量
段
が表す数の範囲 に
て説明す る
いて自分の考え
る
階
ついて考える
第
概数で表す方法 や
目的に応 じた概
概数の表し方や
実際の数と概数の 概数を使って,身の
Ⅱ
概数が表す数の 範
数の活用 につい
概算の方法につ
大きさや位につい 回りにある数量を表
段
囲を見付ける
て筋道立 てて説
いて,いくつか
て関係付けて考え したり,整理したり
明する
の考えをもつ
る
階
力
について気付かない
について気付き,活
をもつ
用する
して,活用すること
ができる
(3) 実態調査
とe:発展的に考える力の段階が低い。類
ア
学級全体の傾向
型には反映されてはいないが,傾向として
本学級は考える力の各項目について,全
配慮すべきことだと考える(表-8)。
体と比較すると全項目について,その差が
0.2%以内であることがわかる。このこと
表-8考える力の学級平均と学年及び全体平均
a
から,福岡市内の第4学年児童の考える力
b
c
d
e
とほぼ同様の傾向があると判断する。
きまりや
筋道立て
多様に 関係付
各類型の人数は次の通りである。
方法を見
て考える
考える けて考
に考え
付ける力
力
力
る力
均衡型……7人
D突出型…7人
E不足型…2人
全不足型…2人
その他……11人
える力
発展的
学級
0.8
0.9
0.9
1.1
0.6
学年
1.3
1.0
1.1
1.1
0.8
全体
0.8
0.8
1.1
1.1
0.7
このことから,本学級は均衡型及びD突
出型傾向にある学級であると考える。
しかし,各項目の段階の平均を比較する
算・長研- 14
(4) 単元計画(全8時間)
配時
目 標(数 学的に考え る力)
1
検
証
学習活動・内容
○
概数 に対 する興 味・関心を もつとともに概数の
新聞記事にあるおよその数や身近な統計
資料などを基に自由に話し合いを行い,数
意味を 理解 する
の表し方について,その特徴に気付く
① aⅡ:概数 で表す 方法や概 数が表す数 の範囲を見付
ける
四捨 五入 の意味 と,その方 法を理解する
○
2 aⅡ:概数 で表す 方法や概 数が表す数 の範囲を見付
ける
福岡市の人口を元に概数で約何万人と表
す方法を考える
○
bⅡ:目的 に応じ た概数の 活用につい て筋道立てて
四捨五入,切り上げ,切り捨ての用語を
知る
説明す る
四捨 五入 を使っ た概数の表 し方について考える
○
一 3 cⅡ:概数 の表し 方や概算 の方法につ いて,いくつ
次
日本の小学4年生の人口を基に四捨五入
して概数に表す方法を考える
かの考 えをも つことが できる
dⅡ:実際 の数と 概数を関 係付けて考える
概数 の範 囲につ いて理解す る
○
4 aⅡ:概数 で表す 方法や概 数が表す数 の範囲を見付
ける
四捨五入して370になる数の範囲を考え
る
○
以上,未満,以下の用語を知る
○
日本の小学生から大学生までの人数を棒
dⅡ:実際 の数と 概数を関 係付けて考 える
目的 に応 じて概 数処理して グラフに表すことが
できる こと を理解 する
グラフに表すには,数値をどのように概数
5 bⅡ:目的 に応じ た概数の 活用につい て筋道立てて
処理したらいいか考える
説明す る
eⅡ:概数 を使っ て,身の 回りにある 数量を表した
り,整 理した りする
6
検
概数 を用 いた和 や差の見積 もり方を理解し,目
的に応 じた 見積も りができる
次
実際の買い物場面から目的に応じた代金
の見当の付け方を考える
証 bⅡ:目的 に応じ た概数の 活用につい て筋道立てて
二 ②
○
○
説明す る
目的に応じて概数にする方法を選ぶこと
の意味やよさがわかる
dⅡ:実際 の数と 概数を関 係付けて考える
○
7
概数 を用 いた積 や商の見積 もりができる
cⅡ:概数 の表し 方や概算 の方法について,いくつ
かの考 えをも つ
620×39,38500÷39を概数で見積もる方
法を考える
○
目的に応じて概数にする方法を選ぶこと
ができる
算・長研- 15
○
外的 な活 動を通 して学習内 容の理解を深め,概
三 8
次
身の回りで使われている概数を紹介した
り,概数を用いて自分の学校を紹介したり
数につ いて の興味 を広げる
する
cⅡ:概数 の表し 方や概算 の方法について,いくつ
かの考 えをも つ
eⅡ:概数 を使っ て,身の 回りにある数量を表した
り,整 理した りする
(5) 授業の実際
ア
ていきたい。
本時指導について
イ
本時学習は新学習指導要領の改訂に伴い
具体的な手立てについて
本学級は実態調査により,均衡型及びD
第5学年から移行してきたものである。和
突出型傾向にあることが分かった。そこで,
や差の見積もりを行うことを通して,生活
このような実態を基に本時学習の展開を考
場面における概数の活用を経験し,概数の
え,学級全体と個別に,次のようなつまず
よさを味わうとともに,目的に応じた数の
きの予想とそれに対応する手立てを講じる
表し方について考え,用いることができる
ようにした(表-9,表-10)。
ようにすることをねらいとしている。
そこで,本時では,宅配のピザを注文す
表-9
学級全体への手立て
る場面を想起させ,算数的活動を行うこと
つまずきの予想
を通して,数量を見積もることの便利さを
見積もりの必要性
対応する手立て
知的好奇心に働きか
実感できるような学習の展開を図るように
や生活場面での活用 ける問題の工夫(生活
する。
に関心を示さない
の中で知っているけ
ど,したことはない)
実際にこのような経験をしたことがある
見積もりのしかた
児童は体験と重ね合わせることでより理解
概数の表し方につい
が進むと考えられるし,また,実際の経験
(四捨五入,切り上 て既習を想起するとと
がない児童でも容易に活動に取り組むこと
げ,切り捨て)につ もに,切り上げや切り
ができると考える。
いて見通しをもつこ 捨ての具体例を例示す
この算数的活動では代金を支払うことを
とができない
る
考え,実際に正確な数をだそうと筆算をす
る児童もいるかもしれない。その活動も認
表-10
つまずきの予想
めながら,他の児童にも紹介し,その計算
の困難さを経験することでより見積もりの
個別の手立て
対応する手立て
均衡型
大きなつまずきは
よさが実感できるようにしたい。
机間指導の際に,概
見積もりの方法については大きく三つの
ないと思われるが, 数に表すいくつかの方
場合が考えられる。方法については,本時
それだけに,一つの 法で考えるように助言
の場合が予算以内の買い物場面であること
方法で満足してしま する
から,切り上げによる見積もりが適切であ
う
ることに気付かせていくようにするが,様
D突出型
々な場面を想起させ,目的や状況に応じて
判断することが望ましいことにも気付かせ
調べた結果を整理
実際の数と見当を付
できずに,計算方法 けた数を表にまとめ,
算・長研- 16
の相違点に気付かな その関係を考えさせる
○教師が電卓で確認する。
い
T:みごと超えていませんでしたね。
T:他にも確かめてもらいたい人はいませんか?
その他
C:はい,ぼくは,~を注文しました。
概数に表すことの
実際の数を概数で表
T:はい,ではこれはみんなにも考えてもらいま
意義や目的を明確に すことでどんなよさが
して考えることがで あるのかを考えさせる
C:よくわからないな。
きない
ウ
1
しょう。これは2000円を超えていますか?
C:大丈夫,超えてないよ。
T:では,どうやって2000円超えないようにした
展開の実際
のか教えてください。
(5) どうやって品物を選んだかを発表する。
前時学習を想起する。
・概数の意味,表し方,グラフへの活用など。
C:概数を使って考えました。
2
C:四捨五入を使いました。
情景図の提示する。
(6) 「見当」「見積り」の用語を知る。
今日、帰りがおそくなりそうなの。
わるいけど、ピザをちゅうもんして
おいてくれない。
2000円以内だったら、好きなも
のたのんでいいからね。
T:そうか,概数をつかっておよその数で計算し
たんだね。では,ここでみんなに覚えて欲しい
言葉があるので紹介します。
*「見当を付ける」「見積もる」の言葉の指導。
3
(1) 情景図について話し合う。
めあてをつかむ。
たし算の見積もりのしかたを考えよう
T:こんな経験したことはあるかな?
(1) 見通しを立てる。
C:あるよ。買い物に一緒に行ったとき。
・四捨五入,切り上げ,切り捨て。
C:自分は注文したことはないけど,似たような
4
場面は見たことがあるよ。
本時学習問題を確認する。
T:そうか。では,もし君たちが注文するとした
らどんなことに気を付けたらいいかな?
今日、帰りがおそくなりそうなの。
わるいけど、ピザをちゅうもんして
おいてくれない。
2000円以内だったら、好きなも
のたのんでいいからね。
C:2000円を超えないこと。
C:2000以内だから2000円はいいんだよね。
3
試しの活動をする。
T:では,今日はみんなに実際にピザを注文して
1390円 こんなにたの
525円 んでだいじょ
156円 うぶかな?
もらいます。
といっても実際に電話をかけるんじゃないよ。
注文するつもりでメニューからピザを選んでも
らいます。サイドメニューもいいですよ。
T:今日はみんなで話し合うために共通した問題
(1) メニューを見て選ぶ。
を用意しました。
(2) 選んだ品物をプリントに記録する。
(3) 発表する。
5
見通しに沿って考える。
C:私は○○と□□と△△を選びました。
(1) 考えの根拠を明確にして発表する。
○一の位を処理。
T:そう,おいしそうですね。では,合計金額が
・四捨五入,切り上げ,切り捨て。
2000円をこえていないか確認してみましょう。
○十の位を処理。
・四捨五入,切り上げ,切り捨て。
T:六つの表し方ができたね。
T:では,ここで正確な合計金額を見てみよう。
(2) 実際の合計金額を確かめる。
T:2071円だね。
(3) それぞれの考えを比べて,気付いたことを発
表する。
C:概数に表す位が違う。
C:実際の数に近いものがある。
C:計算(暗算)がしやすいものがある。
算・長研- 17
C:切り捨ての方法では2000円以下の見積もりに
なる場合がある。
(6) 授業の考察
ア
T:そうだね,それだと,見積もりが実際の金額
均衡型児童の反応
この型の児童は概ね大きなつまずきは見
より少なくなると,買い物の場合は困ったこと
られなかった。これは予想とほぼ合致して
がおきるよね。分かるかな?
C:分かります。お金が足りなくて買えません。
いた。均衡型代表のA児は,早々に自力解
T:では買い物などの時は, 四捨五入,切り上げ
決をしてしまい,その後は横の友達のプリ
の二つの方法がいいようだね。では,ここで,
ントをただ眺めていた。そこで,一つの考
他の買い物場面で練習をしてみよう。
6
えにとどまらず,他の方法や考えを使って
類似問題を行う。
問題
解くように助言をした。すると,四捨五入,
543円,241円,332円
(1) 四捨五入,切り上げの方法で見積もる。
切り上げ,切り捨て等の方法を使って計算
(2) 実際の金額を計算して,確認する。
をしたり,概数で表す位を変えたりしなが
C:先生四捨五入をすると1000円になりまし
た。でも,実際は1000円を超えているので,四
ら様々な見積もりの結果を導き出した。そ
捨五入の方法は使えません。
の後,さらに,計算の方法や計算結果など
(3) 予算以内の買い物場面での見積もりについて
を比較するように助言をしたところ,自ら,
まとめる。
考えの共通点や相違点を考えるようになり,
C:買い物などであらかじめ予算が決まっている
7
場合は,少し多めに見積もって計算するといい
目的に応じた概数の表し方への理解へつな
と思います。
がった。このことからA児は多様に考えた
様々な状況や目的における見積もりの方法に
り,関係付けて考えることができたと考え
ついて考える。
る(資料-9)。
T:では買い物場面以外ではどうでしょう?切り
イ
上げが一番いい方法でしょうか?
C:いくら以内じゃなかったら四捨五入でいい。
C:何でもいいのだったら,切り捨てのほうが
D突出型児童の反応
この類型の児童は関係付けて考える力が
高いために,いろいろな方法を試したり,
簡単。
C:暗算が使いやすいのは切り捨てかな。
いろいろな計算をしたりするなど試行錯誤
8
本時学習をまとめる。
を好む傾向がある。そのため,さらにプリ
たし算の答え(和)やひき算の答え(差)
ントの記述が煩雑になることがある。
を見積もる時は概数に表して計算すると簡単
特に,本時の学習では3口のたし算の計
で便利である。→方法は目的やその場によっ
算が必要になるために,学習プリントのあ
てきめる。
ちらこちらに式を書いたり,筆算をかいた
りして,乱雑になり,考えを整理すること
ができないことが多かった。
資料-9
A児の反応
B児は,何度か四捨五入をし直して,た
し算の計算をしていた。答えは導けたもの
の,そこから,計算のしやすさや基の数と
の近似値であることなどには気付くことは
なかった。そこで,元の数と比べるために,
計算結果を表に表すように助言した。そし
て,計算結果の違いだけではなく,計算の
方法の違いに着目させるためにもう一度そ
れぞれのたし算を計算させた。すると概数
で表した数は暗算で簡単に計算できること
算・長研- 18
に気付いた。
資料-10
B児の反応
さらに,そのことを全体で紹介したこと
で,それを見た他の児童も表に整理するこ
とのよさに気付くことができた。表に表す
ということは多くの事象や数量などの関係
を整理し,見やすくすることに有効である。
関係付けて考える力が高い児童にとっては
さらにその力を伸ばす道具として表が活用
資料-11
B児考えを聞いた友達の反応
されたと考える(資料-10,資料-11)。
ウ
その他児童の反応
本時学習のねらいに「目的に応じて概数
を用いる」ということがある。その他の児
①の発問は学級全体への指示として行っ
童について,概数に表すことの意義や目的
た。その後,机間指導を行う中で,考えが
を明確にして考えることができない児童が
進まない児童に②の発問を個別に行った。
多いのではないかという予想をした。実際
さらに2回目の机間指導の中で,考えが進
に概数で表す方法や見積もりの仕方は理解
まない児童に③の発問を行った。このこと
できているが,それがいったい何のために
で,全ての児童が見積もることのよさに気
あるのか,実感をもてない児童がいた。こ
付くことができた。このような児童の考え
の児童は元の数と概数で表した数を比較し
る力の段階に応じた発問の工夫は様々な学
て,その関係を考えようとしていなかった。
習場面で,一般化して活用できるのではな
そこで,この二つの数量を比較して,概数
いかと考える。
に表すことのよさや見積もりをすることの
(7) 考える力の段階の変容
よさについて改めて考えさせることが必要
ア
であると考え,そのための発問を工夫した。
学級平均の事前事後比
全ての項目について考える力の段階がⅠ
この児童の中には,考える力の段階が第0
段階に達しており,段階の伸びが見られる。
段階の児童もいれば,第Ⅰ・Ⅱ段階の児童
D突出型の傾向は事後も変わらないが,事
もいた。そこで,段階に応じた発問の仕方
後のレーダーチャートの形をみると全体の
と内容を工夫した。
バランスがよくなってきたことが分かる。
①
②
第Ⅱ段階…「元の数と概数で表した
(図-9,表-11)これは,本学級の実態
数を比べてごらん。何か気付くことは
調査に基づく考える力の類型に応じた手立
ないですか?」
てが有効にはたらいたものと考える。
第Ⅰ段階…「元の数と概数で表した
事前
数の計算のしかたを比べてごらん。い
いところが二つあるよ。」
⑥
第0段階…「元の数と概数で表した
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
E
数の計算のしかたを比べてごらん。元
の数を計算すると,正確な代金の合計
がわかるよね。それがよさです。でも,
見積もりの計算でもよさがあるんだよ。
それをさがしてごらん。」
算・長研- 19
事後
A
D
B
C
図-9
→
2.0
1.5
1.0
0.5
0.0
5
1
4
考える力の様相の変容
2
3
均衡型の児童7人は事後調査によると,
表-11
考える力の段階の変容
A
B
C
D
E
変容が見られなかった1人を除き四つのパ
事前
0.8
0.9
0.9
1.1
0.6
ターンに分かれた。D突出型の7人も同様
事後
1.0
1.0
1.2
1.4
1.0
に変容が見られなかった2人を除き,4つ
のパターンに分かれた。これらの変容に関
表-12
する規則性は見られないが,二つの類型の
考える力の類型の人数比
均衡型
D突出型
E不足型
全不足型
その他
いずれの変容を見ても,事前のパターンよ
事前
7
7
2
2
11
り形が小さくなることはなかった。その他
事後
3
4
1
0
21
の項目が増加したのは,児童によって伸び
た項目が違うためである。このことは考え
イ
各類型の人数の変容
る力が伸びていく様子について大きな示唆
各類型の人数構成の事前事後を比較する
を与えていると考える。すなわち,考える
とわずかだが,全ての類型に減少傾向が見
力は同心円状に膨らみ伸びていくようなも
られる。そして,その他が増加している
のではなく,少しずつ段階を踏んで伸びて
(表-12)。
いくものであると考える(図-10)。
【事前】
【事後】
2
A
【事後】
D突出型
1
E
【事前】
2
1
E
B
A
2
C
A
D
1
E
均衡型
2
C
2
2
B
0
C
2人
2
A
A
1
E
B
7人
D
2人
6人
2
B
0
D
E
B
0
1人
C
1人
A
2
1
E
A
1
D
C
2
C
2人
A
1
E
B
0
D
A
1
E
B
0
C
D
1人
図- 10
B
0
C
C
2
A
1
E
D
D
2
0
B
0
C
B
0
D
1
E
A
1
E
C
A
D
1人
2人
1
E
C
B
1人
B
0
D
D
1
0
E
1人
2
B
0
0
D
A
C
1人
考える力の類型の変容
算・長研- 20
研究は個の思考に応じた指導である。実態調
第Ⅲ章
研究のまとめ
査から,思考の型を基にして手立てを考える
ことは,個別指導への対応の新たな試みであ
1
研究の成果
るとともに,少人数指導やグループ別学習へ
(1) 数学的に考える力の育成
の活用などへも有効にはたらくことが期待で
本実践を通して,次のような児童の姿が見
きると考える。
られた。
○
(3) 数学的な考え方の系統モデル
学習したことを身の回りの事象に置き
本研究では「数と計算」領域における数学
換えて考えたり,生活場面で活用しよう
的な考え方の系統モデルを作成することがで
とする姿
きた。これは昨年度の「図形」領域に続くも
○
学習したことから,新たな課題を見付
のである。この系統モデルは学習内容の系統
け,進んで追究する姿
○
ではみることができなかった単元間の関連や
自分の考えを整理するために絵や図を
学年間のつながりをつかむことができ,考え
使って表現を工夫したり,表を使って関
る力の系統的な指導において,大いに役に立
係を分かりやすく表そうとしたりする姿
つものであった。
○
いくつかの考えを比べ,共通点や相違
点からきまりや方法を見付けようとする
姿
2
今後の課題
本研究を通して,次のような課題が明らかに
これらの姿は,考える力の五つの項目の中
でも,特にD:関係付けて考える力とE:発
なった。
○
展的に考える力に関わる姿である。
本研究では,児童の考える力の変容を事
前事後の二段階でとらえたが,この変容を
また,児童の考える力の変容を事前事後の
もっと長い期間をかけて,調査をすること
考える力の段階の変容でとらえ,児童一人一
で考える力がどのような過程を経て伸びて
人の考える力の伸びを明らかにすることがで
いくのかを明らかにすることが必要である。
きた。
○
このことから本研究において児童の数学的
考える力の系統的指導を考えた時,中学
校との連携は非常に大きな意味をもってく
に考える力の育成が図られたと考える。
る。小学校で身に付けた考える力が中学校
(2) 考える力の実態調査とその分析
のどこでどのように働くのかを考え指導す
考える力の内容を明確にし,その内容に応
ることは小学校での算数指導のみならず,
じ調査の観点を設定し,調査を行ったことで,
中学校の数学の指導にも役立つと考える。
児童一人一人の考える力の実態が明らかにな
○
った。
思考の類型化について,TTによる少人
数指導や小グループでの活動などにおける
さらに,児童の考える力を五つの項目でと
活用を考える必要がある。考える力に応じ
らえ,その様相から類型化し,つまずきの予
た形態の工夫ができれば,より効果的な指
想や思考の特徴を傾向としてとらえることで,
導の工夫が期待できる。
具体的手立てが立てやすくなった。今までに
○
日常の指導において本研究の実践を生か
も児童の実態を基に,個に応じた指導は行わ
すために,実態調査の精度を高め,集計や
れてきた。しかし,個の何に応じるのかと問
分析をより簡潔にできるようにすることが
われたとき,その多くは知識・理解や表現・
必要である。
処理に応じたものではなかっただろうか。本
算・長研- 21
参考文献
1
文部科学省
小学校学習指導要領
2
文部科学省
小学校学習指導要領解説
3
福岡市教育委員会
授業改善の手引き
文部科学省(平成20年)
算数編
文部科学省(平成20年)
福岡市教育委員会
(平成20年)
4
長崎栄三
「算数・数学において育成する諸能力
とその系列に関する研究」
国立教育政策研究所
(平成19年)
5
片桐重男
数学的な考え方の具体化
明治図書
6
清水美憲
算数・数学教育における思考指導の方法
東洋館出版(平成19年)
7
学教育学会
算数教育指導用語辞典
教育出版株式会社
第三版
(平成元年)
(平成17年)
8
長崎栄三・滝井章
算数の力を育てる③
東洋館出版(平成19年)
9
全国算数授業研究会
考える力が伸びる教材開発
東洋館出版(平成19年)
10
杉山吉茂
初等科数学科教育学序説
東洋館出版(平成20年)
研究指導者
谷
正
博
(研修企画係長)
啓
一
(箱崎小学校教諭)
長期研修員
齊
藤
算・長研- 22