東京工業大学 建築物理研究センター 2008 No.12 砂 上の楼 閣 建築物理研究センター ・ 准教授 山田 哲 今この原稿をノートパソコン、ワードプロセッサー等を用いて作成している。 「等」 としたのは、 ワードプロセッサーはOS上で起動しており、 ノートパソコンは 家庭用電源から電源を供給されるなど、数々の科学技術の恩恵の元でこの駄文 を作成しているからである。科学技術は日常生活を効率的かつ快適にしてくれる ありがたいものであり、我々研究・教育に携わる者は科学技術のさらなる発展と 普及に努めるべく邁進すべきである。 と、 ここまで書いたが、科学技術の進歩が 人類のために全てプラスに作用してきたかどうかが問題視される時代になって いる。産業革命がもたらした近代文明の代償である地球環境問題はその典型で ある。神ならざる人間には能力に限界があり、新しい技術を習得するためには 何かを捨てなければならない。 これに対する反論として、昔の人は努力したが 最近の若者は努力しないことが問題だといういった意見も聞かれる。もちろん いろいろ便利になったおかげで若い世代の「考える力」が低下しているのは事実 であろう。 (考えなくても生きていける環境が整ったおかげである。個人的には とてもありがたいことだが・・・)環境に適応するという生き物としての本能が、 使わない能力を退行させていく。 その一方で、科学技術の進歩に伴い先端に到達 するまでに学ばねばならぬことが加速度的に増加している。所詮は個々の能力の 限界は存在し、その中でどれだけ努力するかというのは各世代の中での競争とし てあるわけなので、 「最近の若者が・ ・ ・」 ということが問題ではない。大切なことは、 限られた能力の範囲において習得する事柄の中で「基本として欠かせざることを 疎かにしていないか?」 ということである。 「イノベーション」の御旗のもとで先端 研究に邁進することは防災技術の発展に資する大切な研究活動であるが、大学人 としてはそれだけで良いとはとても思えない。次代を担う学生を教育しつつ研究 を進めているからであり、基本がしっかりできる前に先端研究のみに接すること になると、知的バランスが崩れてしまうことになる。技術の進歩に伴い習得すべき 事が増大した結果、それに伴い比例的に増大してゆく基礎知識・基礎技術を身に つける機会がどんどん失われていっていることは紛れもない事実であろう。欠か せざる基礎研究と先端研究をどのようにバランスさせて行うか?そのためにはど の様なアクションを起こすべきか?所詮は人間の能力には限界があるわけだか からさらなる細分化をせざるを得ないのか?等、科学技術の空洞化を防ぐために どの様に進むべきか、方向性をしっかり見定めなければならないと痛感している。
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