二酸化炭素排出枠の分配に関するゲーム論的分析

二酸化炭素排出枠の分配に関するゲーム論的分析
山田 蔵人
2008 年 1 月 26 日
卒業研究概要
卒研題目:二酸化炭素排出枠の分配に関するゲーム論的分析
学籍番号:200411062
主専攻:社会経済システム
氏名:山田 蔵人
指導教員:石川 竜一郎先生
1.目的
本論文では、ドイツ国内の二酸化炭素排出枠の分配問題をゲーム理論の解概念である逐次分担法を
用いて考察する。ドイツで既に実施された二酸化炭素排出枠取引制度では、政府が各施設に分配した
排出枠が、実際の排出量と比較すると超過供給ではないかという批判があった。本研究ではこの問題
を解決するために、過去の実際の排出量に基づいた排出枠の分配を可能とする逐次分担法を適応し
た。逐次分担法による排出枠を通じて適切な排出枠を提示し、実際にドイツで分配された排出枠と比
較することで、超過供給の程度を考察する。
2. 特色
本研究の特徴は、過去の排出量に応じた分配を可能にする逐次分担法を用いて考察している点にあ
る。実際の排出枠の分配には、古い排出量データに均一の削減率をかけただけの比例配分方式が用い
られているため、分配の基準が不明確である。明確な公準で規定された解概念を用いることで、適切
な排出枠の分配を掲示している。
3.結論
ドイツが実際に各施設に分配した排出枠と、逐次分担法によって分配された排出枠には差があり、逐
次分担法による分配は実際の分配よりも適切な排出枠を各施設に与えた、ということが示せた。特に
適切で、実際の排出枠より少ない排出枠が分配された業種は紙・パルプ産業とガラス産業であった。
謝辞
本論文の作成にあたって、最後まで丁寧なご指導をしていただいた石川竜一郎先生に、深く感謝い
たします。卒業論文の方向性、分析における提案など、様々な面でご指導をしていただきました。
また、データ作成において協力をしていただいたドイツ排出量取引局 (DEHSt) の Ms.Carola
Diewitz、欧州気候取引所 (European Climate Exchange) の Mr.Henry、そして同研究室の鈴木裕
雄さんに感謝いたします。
最後に、卒業論文にあたって様々な助言をしていただいた父と母に感謝いたします。
目次
1
2
3
4
1
序章
1.1
目的 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
1
1.2
排出枠取引制度とは
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
1
1.3
EU-ETS . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
3
ドイツにおける二酸化炭素排出枠の分配
6
2.1
国別割当計画 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
2.1.1
マクロプラン . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
6
2.1.2
ミクロプラン . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
7
2.2
グランドファザリング . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
9
2.3
問題点 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
10
逐次分担法による排出枠の配分
11
3.1
逐次分担法
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
11
3.2
ドイツ国内における排出枠配分ゲーム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
15
3.3
排出枠の決定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
18
議論
19
1
序章
1.1
目的
本論文では、ドイツ国内の二酸化炭素排出枠の分配問題を、ゲーム理論の解概念である逐次分担法
を用いて考察することを目的とする。排出枠取引制度では、あらかじめ CO2 排出量の上限となる排
出枠 (単位:tCO2 ) を制度参加者に分配し、その後必要に応じて排出枠を自由に売買できる。本論文
の対象とするドイツは EU 加盟国であり、EU-ETS(European Union-Emission Trading Scheme) と
よばれる EU の排出権取引制度に参加している。ドイツで既に実施された二酸化炭素排出枠取引制
度では、政府が各施設に分配した排出枠が、実際の排出量と比較すると過剰供給ではないかという批
判があった。本研究ではこの問題を解決するために、過去の実際の排出量に基づいた排出枠の分配を
可能とする逐次分担法を適応した。逐次分担法による排出枠を通じて適切な排出枠を提示し、実際に
ドイツで分配された排出枠と比較することで、超過供給の程度を考察する。
1.2
排出枠取引制度とは
そもそも排出枠取引制度が生まれたのは、CO2 の稀少性 (scarcity) に変化が生じたからである。稀
少性とは、財の量が有限であることを意味し、過剰性の対になる表現である。稀少性を考慮すると財
は、自由財と経済財に大別される。空気や水は自由財であり、量にほとんど限りがなく、需要に見合
う量が確保できる。一方、量が有限であり、なんらかの代償が必要なものが経済財である。よって、
自由財は稀少性が低く、経済財は稀少性が高い。稀少性の度合いは常に一定とは限らない。自由財
だったものが、量的制限を受けて稀少性が高くなると経済財に変化することもある。そうすると財
に対して所有という概念が生まれ、所有権という権利の獲得や配分が問題となる。CO2 は自由財か
ら経済財に変化したものの一つである。CO2 は人間によって今まで無計画に排出され続けてきたが、
地球温暖化問題が深刻化してくると、CO2 の排出に稀少性が生まれ、排出の権利や配分の問題が新
たに生まれてくる。その問題を解決するのに導入されたのが排出の権利の配分を決定する排出枠取
引制度である。京都議定書が発効され、CO2 削減義務を課された批准国は、削減目標の達成にむけ
て具体的な対策を実施しなければならない。そこで、排出枠取引制度は目標達成の手助けをする制度
となる。制度内には排出枠取引市場があり、目標達成が容易である場合は排出枠を売却、そして目標
達成が困難である場合は排出枠を購入することができる。
排出枠取引の代表的な手法にキャップアンドトレード方式というものがある。
キャップアンドトレード方式は、企業に CO2 排出目標値 (排出枠)を設定し、その値より CO2 排
1
出量が増加する場合には、排出枠を市場から調達しなければならないという義務を課す。
一般的にキャップアンドトレード方式には、次の四段階のプロセスがある。
1. 上限値の決定
各企業に CO2 排出の上限値を決定する。企業はその上限値を目標として、それ以下に CO2 排
出を抑えるよう努力する。この上限値が、CO2 排出枠の上限値となる。このとき、日本は企
業レベルで各企業が上限値を自ら決定できることに対して、EU-ETS は企業の持つ施設レベル
で、原則政府が上限値を決定するという違いがある。
2. 排出量の決定
企業は毎年、CO2 排出量を集計する。事業所ごとに CO2 排出箇所を一個一個特定し、その排
出源の CO2 排出量を測る。
3. 過不足分の取引
排出枠が余った場合は、排出枠を売却するか次期に繰り越す。逆に、排出枠が足りない場合は
排出枠を購入する。
4. 清算
集計した CO2 排出量と同じだけの排出枠を政府に引き渡す。足りなければ罰金を支払う必要
があるため、業績が好調で CO2 排出が増加している場合には注意が必要である。
現在、日本で行われている自主参加型排出枠取引制度は、キャップアンドトレード方式をとってい
る。そして、日本に比べていち早く排出枠取引制度を取り入れた EU-ETS も、同じくキャップアン
ドトレード方式をとっている。ただし EU-ETS では、キャップアンドトレード方式は企業ではなく、
企業の持つ各施設に対して適応される。EU-ETS では初めに加盟国ごとに上限 (キャップ) を割り当
て、次に各国政府はその上限から企業の持つ各施設の排出枠を決める。
排出枠取引のもう一つの代表的な手法に、ベースラインアンドクレジット方式がある。この方式
は、CO2 削減施策を実施し、それによる CO2 排出削減量を計算し、その削減分と同量の排出枠を付
与する方式である。CO2 削減プロジェクトが実施されなかった場合の CO2 排出量をベースラインと
して推計し、測定した実際の CO2 排出量との差分を計算する。この方式の利点は、CO2 排出の削減
努力を排出枠という対価で報いるというシステムを構築し、企業へ CO2 削減のインセンティブを与
えることができることにある。しかし、ベースラインアンドクレジット方式では付与された排出枠を
2
他者が買い上げる制度がないため、排出枠の買い手がいない。よって京都議定書で規定される CDM
制度 (クリーン開発メカニズム) はこの方式を採用している。CDM とは、発展途上国で先進国が実
施する CO2 削減活動に対して、国連が排出枠を先進国に付与する一連の制度のことである。ベース
ラインアンドクレジット方式の最大の問題点は、ベースライン排出量を推計するのがとても難しい点
にある。なぜなら、施設投資などにより現実には撤去してしまう旧施設の CO2 排出量を推計しなけ
ればならないからである。よって、キャップアンドトレード方式のほうが一般的に好まれる。
1.3 EU-ETS
EU-ETS は、京都で開催された「気候変動枠組条約第 3 締結国会議 (COP3)」で採択された京都議
定書によって課せられた、EU 全体の削減目標を達成するために開始された制度である。EU 加盟国も
それぞれ京都削減目標を負担している。各 EU 加盟国の総排出枠は、国が負担する京都削減目標と、
欧州委員会の指令 (2002/358/EC) によって決められる。現在、EU-ETS は第二取引期間 (2008-2012
年) に突入しており、既に第一取引期間 (2005-2007 年) を終了している。取引期間とは、排出枠取引
が行われる一定期間のことであり、その間でなら企業は EU 内で自由に排出枠の売買ができる。本論
文では、第一取引期間を第 1 フェーズ、第二取引期間を第 2 フェーズと呼ぶことにする。第 1 フェー
ズでは EU 加盟の 25ヶ国が対象となった。
各国が政府から与えられる排出枠は、EUA(EU Emission Allowance) とよばれ、EU-ETS 内のみ
で通用する EU 通貨のようなものになっている。EUA の取引形態には、現物、先物、オプションが
あるが、先物取引が最も一般的とされている。また、EU-ETS の取引市場では、制度対象の施設を
もつ企業だけでなく、一般投資家やブローカー、金融機関が EUA の売買を行っている。CO2 排出
量と同じだけの排出枠を政府に引き渡すことができないときの不遵守課徴金は、第 1 フェーズで 40
ユーロ/t-CO2 、第 2 フェーズで 100 ユーロ/t-CO2 と決められている。
排出枠取引市場で売買されている EUA 価格は日々変動している。変動要因としては、電力会社の
EUA 需要が EUA 価格に大きな影響を与えている。EU の電力会社は電力取引が完全自由化されて
おり、電力価格、燃料価格(重油、天然ガス、石炭)、EUA 価格を見ながら最も経済的な発電所の稼
動を行っている。例えば、天然ガス価格が石炭価格に比べて高ければ、電力会社は CO2 排出係数の
高い石炭火力の稼働率を上げたほうが経済的であるので、それに伴って増加する CO2 排出量分の排
出枠への需要が高まり、EUA 価格が上昇する。逆に、天然ガス価格が石炭価格に比べて低くなれば、
石炭発電から天然ガス発電にスイッチし、EUA 価格が下落する。このようなことが日常的に行われ
ているため、EUA 価格も日々変化する。もう一つの大きな変動要因は、世界経済の動向である。米
3
国のサブプライム問題では、株式市場価格の暴落により、経済活動低迷→生産量低下→ CO2 排出量
減→ EUA 需要減というシナリオを予測した投資家が排出枠の売りに走ったことで、EUA 価格が大
暴落した。このように、EUA 価格は EUA への需要だけでなく、世界経済からも影響を受ける。
本論文の問題とする排出枠の過剰供給も、EUA 価格に大きな影響を及ぼした。図1は 2005 年 4 月
から 2006 年 12 月までの 2006 年物 EUA と 2008 年物 EUA の価格推移と、取引量を表している。
図1
図1を見ると分かるように、4 月から 5 月にかけて EUA 価格は急激に下落している。これは、この
時期にいくつかの国や欧州委員会が 2005 年の CO2 排出量データを公示したことにより、EUA の過
剰供給が発覚し、投資家やブローカーが売りに走ったことによる。
本論文は EU 加盟国のドイツに焦点を当てているが、第 1 フェーズの他の加盟国の制度についてい
くつか紹介しておく。
ˆ イギリス
イギリスは、電力会社以外に寛容的な制度をとっている。イギリスの一年間の総排出枠は、排
出量削減対策がとられなかったときの EU-ETS 対象部門の予想排出量 (Business As Usual) の
8 %減に相当する。8 %減は京都議定書の削減目標に関係している削減率である。各部門に対
する分配は、まず電力会社を除くすべての部門に予想排出量と同量の排出枠を与え、それを総
排出枠から差し引いた残りが電力会社への排出枠となる。つまり、排出削減を負担する部門は
電力会社だけとなる。電力会社だけが負担をする理由は、電力会社は EU 域外との販売競争が
ないことと、古い石炭火力の撤退によって CO2 排出減が見込まれるからである。
ˆ オランダ
4
オランダの産業への排出枠分配は、政府と企業や自治体が自主的に締結する自主協定遵守を前
提として計算される。オランダ政府は自主協定以上の介入を企業にしないことを約束している
が、欧州委員会の指令は自主協定以上の権限を持つため、計算によって実際に政府が発表した
総排出枠は、協定を守ったとして予想される排出量よりも少ない。
ˆ マルタ
小さな島国であるマルタは、第 1 フェーズで最も少ない排出枠を分配された国である。排出制
限のある他の EU 国と違って、発展途上国と指定されているため、削減目標や排出制限がない。
しかし、EU の削減目標達成を先導しており、非常に重要な役割を担っている。EU-ETS に参
入しているマルタの施設は2つしかなく、2つとも政府に管理されている発電所である。国の
総排出枠は、この 2 つの施設へ分配される排出枠をもとに決定される。
5
2
ドイツにおける二酸化炭素排出枠の分配
本章では、具体的な排出枠分配方法に着目する。分配方法は国のよって異なるため、本論文では、
第 1 フェーズで最も多い排出枠を与えられ、排出枠分配に関する訴訟が EU の中で最も多かった環境
先進国ドイツを例にとる。まず、EU 各国がそれぞれ作成しなければならない国別割当計画について
説明する。参考とした国別割当計画書は、第 1 フェーズのドイツの計画書である。
2.1
国別割当計画
各国の排出枠、さらに国内の排出枠を決定するにあたって、EU は各国に NAP とよばれる国別割
当計画 (National Allocation Plan) の提出を義務付けている。NAP は、取引期間中に国が発行した
い総排出枠の量、そしてその総排出枠をどのように企業の保持する施設に分配するか、の 2 つについ
て明記する必要がある。
NAP の構成はおおまかに2つに分けられる。国が各施設に排出枠を配分するための総排出枠を決
定するマクロプラン、そして各施設に排出枠を配分するための分配方法・分配量を決定するミクロプ
ランである。マクロプランで決定された総排出枠は、ミクロプランの排出枠の指標となる。よって、
ミクロプランで決定された各施設への総配分量が、マクロプランでの総配分量を超えたり不足しな
いように、ミクロプランで決定された配分量はマクロプランと一致する必要がある。
ドイツ政府は、各施設に排出枠を 100 %無償で配分した。排出枠が与えれる施設の大半は、電力会
社と産業が占めている。
2.1.1
マクロプラン
マクロプランでは、国の温室効果ガス排出枠の各温室効果ガスへの分配方法、そして CO2 排出枠
取引制度に該当する施設への配分量とその他の CO2 排出源への配分量を決定する。用いる式は、
ˆ 温室効果ガス排出枠= CO2 排出枠+他の温室効果ガス
ˆ CO2 排出枠=(電力会社+産業)+(家計+輸送+トレード/商業/サービス)
※単位は 100 万トン
である。決定するにあたって重要な数値は、1990 年での温室効果ガス排出量と、京都約束期間の
2008-2012 年において EU の負担分配協定 (Burden Sharing Agreement) が定めた目標値である。こ
の目標値は、1990 年に比べて温室効果ガスを 21 %削減する、というものであった。EU 負担分配協
6
定は、EU 全体の京都削減目標の 8 %と密接に関係している。しかし、初めに第 1 フェーズの配分計
画を決めなければならない。そこで、欧州委員会によって第 1 フェーズの総排出枠は、京都約束期間
の目標値を達成できるような値に決定された。
2.1.2
ミクロプラン
ミクロプランでは、各施設への具体的な分配方法を明示している。ドイツでは分配方法として、グ
ランドファザリング (施設の基準年における排出量をもとにした分配方法) を用いている。グランド
ファザリングについては次節で詳しく解説する。
ミクロプラン内の重要事項を紹介する。
ˆ 施設の定義
EU-ETS に該当する施設は、熱入力 2 万 kW 以上の燃焼施設である。
ˆ 配分の年次発行
年間で余った排出枠は、同取引期間内であれば翌年に繰り越すことができる。
ˆ 運営の終了または容量の縮小
施設を閉鎖した場合、排出枠を取引機関に引き渡す必要がある。また、大幅に排出量を削減で
きた場合、その年の排出枠も同じ割合だけ減らす。閉鎖などにより余った排出枠も取引期間に
引渡し、制度に新しく参入する新規参入者のために貯蓄される。
ˆ 新規参入者に対する配分ルール
新規参入者は、既存施設と同じように排出枠は無償配分される。グランドファザリングは適用
できないため、BAT(Best Available Technology) を用いたベンチマーク方式によって排出枠が
決まる。
ˆ 貯蓄
新規参入者に排出枠を無償配分するために、国の総予算の一部分を貯蓄しておく必要がある。
ˆ バンキング
余った排出枠を次の取引期間(2008-2012 年)に繰り越すことができる仕組みのこと。しかし、
ドイツはバンキングを許可していない。
7
ˆ 遵守因子 (compliance factor)
遵守因子とは、施設が遵守しなければならない排出削減率のことであり、英語では compliance
factor とよばれている。各施設は、過去の排出量に遵守因子 (以後 CF と呼ぶ) をかけた排出枠
を与えられる。マクロプランの総排出枠とミクロプランの総排出枠が一致するように CF は配
分の調整をすることができるので、非常に重要な因子である。
第 1 フェーズでは、一度決定していた CF の値をフェーズが始まる直前に変更したことで、多
くの企業が政府を提訴したという問題があった。
ˆ 早期行動
排出枠取引制度への参加 (commissioning)が 1996-2002 年の間に行われた場合、近代化された
既存施設と新施設には CF = 1 が適用される。既存施設が CO2 排出量の明確な削減を証明で
きれば、それが施設の解体や生産性の減少によるものでない限り、早期行動施設として認めら
れる。また、1996-2002 年の間に新施設ができた場合、条件の排出削減は最低でもできている
と想定されるので、削減を証明する必要はない。
ˆ プロセス排出
プロセス排出とは、非燃焼、化学工程における排出を指す。プロセツ排出は、生産量を減らさ
ない限り減らせないため、基準年の排出量に対して排出削減義務は負わない。このような施設
に対する CF は 1 である。
8
2.2
グランドファザリング
グランドファザリングによる配分方法では、2000-2002 年を基準年とし、その期間の各施設平均
CO2 排出量、そして CF が計算で用いられる。各施設に対する配分は、基準年排出量に CF をかけ
ることで得られる。CF はすべての施設に共通(例外を除く)であり、第 1 フェーズでは 0.9709 で
あった。
ˆ EA1 = EBP ∗ CFP ∗ tp + EASA
EA1 :第 1 フェーズの各施設排出枠, EBP :各施設基準年平均排出量,
CFP :遵守因子, tp :配分期間年数, EASA :特別配分の合計
上の式は第 1 フェーズでの配分方法である。本研究対象の第 2 フェーズでは、基準年が 2000-2005
年に延ばされ、配分方法も第 1 フェーズとは少し異なり、産業と電力会社に分けられる。
ˆ EAi2 = EBP ∗ CFP ∗ tp + EASA
EAi2 :第 2 フェーズの各施設排出枠 (産業),
EBP :各施設平均基準年排出量,
CFP :遵守因子, tp :配分期間年数, EASA :特別配分の合計
ˆ EAe2 = EBP ∗ BM ∗ tp + EASA
EAe2 :第 2 フェーズの各施設排出枠 (電力会社),
EBP :各施設平均基準年生産量,
BM :業界別ベンチマーク, tp :配分期間年数,
EASA :特別配分の合計
9
2.3
問題点
第 1 フェーズでは制度に参加した施設のうち、7 割もの施設が取引をしないで容易に CO2 排出量
を排出枠におさめることができた。この結果から、第 1 フェーズでは排出枠の過剰配分が問題となっ
た。また、特別配分などの例外ルールが非常に複雑であったために、配分の公平性について企業が政
府を提訴した事例が何百件とあった。
本研究対象の第 2 フェーズのドイツの NAP は、まだ一般公開されていない。しかし、欧州委員会
はドイツ政府が提出した NAP を 2007 年 10 月 26 日に容認済みである。この NAP が容認されるま
での間にもいくつかの問題があった。最初にドイツ政府が欧州委員会に NAP を提出したのは 2006
年 6 月であったが、欧州委員会が NAP を否認したことを、2006 年 11 月にドイツ政府は言い渡され
た。否認の主な理由は、総排出枠が大きすぎたために京都削減目標と調和していなかったこと、部門
間で配分の不公平が生じていたことであった。これを受けてドイツ政府は、電力会社への分配方法を
ベンチマーク方式にする等の改正を NAP に施し、再度欧州委員会に提出したことでようやく承認さ
れたのである。
10
3
逐次分担法による排出枠の配分
本章ではドイツの第 2 フェーズの排出枠配分問題をゲームとして定式化し、費用分担問題の一つ
の解法である逐次分担法で分析する。
3.1
逐次分担法
まず、ゲーム理論の基本事項について説明しておく。
基本事項を説明するにあたって、3つの企業による排出権取引を考える。
ˆ ゲーム
利害を異にする自由な意思決定主体が複数いる社会的状況のことを、ゲームという。複数でな
ければならないのは、1 人ではゲームが成り立たないからである。2 人以上の意思決定主体が
いることではじめてゲームが成り立つ。3 つの企業による排出権取引は、3 人の意思決定主体
がいる状況と考えられるのでゲームである。
ˆ ゲームの解
一般的にゲームの解とは、ある行動原理や公準のもとで成立すると考えられる社会秩序を表現
したものということができる。つまり、すべてのプレイヤーの間に成り立つ安定な行動基準、
すなわち、その状況におけるそれぞれのプレイヤーからなる社会において成立する可能性のあ
る社会秩序、或いは、社会組織、社会習慣などを示すものがゲームの解となる。よって、ゲー
ム理論を現実の社会問題に適応するときは、与えられている公準が成り立っていることを前提
に考える必要がある。
ˆ プレイヤー
自立的で自由な意思決定主体のことをプレイヤーとよぶ。今回の例では、3 つの企業がそれぞ
れプレイヤーとなる。プレイヤーに番号をつけて、プレイヤーの集合を
N = {1, 2, 3}
とする。
ˆ 利得ベクトル
11
プレイヤー i の受け取ると期待する利得を xi とし、その組
x =(x1 , x2 , x3 )
を利得ベクトルとよぶ。利得ベクトルの集合 X は、3 次元ユークリッド空間の部分集合であ
る。3つの企業による排出権取引では、利得ベクトルは政府から分配される排出枠となる。
続いて逐次分担法の説明に移る。逐次分担法は費用分担問題の一つの解法である。費用分担問題と
は、共同事業等にかかる総費用を複数の参加主体の間でどのように分担すればよいか、という問題と
して考察される。幾つかの自治体の協力による広域事業、一つの企業の企業内における複数部門への
配分、競争的関係にある企業間における共同利用施設の費用の分担などの問題は、一般的に費用分担
問題と呼ばれている。最近では、6ヶ国協議合意に基づく北朝鮮の核施設閉鎖と不能化にかかる費用
を、6ヶ国協議参加国でどのように分担するかという費用分担問題も浮上した。
費用分担問題の本質は、総費用をどのように分担するかのルール (費用分担方式) を求め、その費
用分担方式がいかなる基準を満たしているかを明らかにすることである。費用分担方式には、総費用
均等分担方式、総節約額均等配分法、残余均等配分法等あるが、これらは既に総費用が決定してい
て、それをどう分担するかを問題としている。一方、逐次分担法は、参加者の需要量が総費用を決定
する。需要量を排出量と考えれば、実際の排出量に基づいて総排出枠が決定し、各施設に適切な分配
がなされるだろう。よって、逐次分担法を用いるのが本研究として適切と考えた。
まず、逐次分担法を本研究対象であるドイツの第 2 フェーズにおける排出枠分配に置き換えて説明
する。実際の排出枠はドイツ政府から無償配分されたが、この節では前提として、ドイツ政府は排出
枠を有償配分したとし、各施設は排出枠額を負担すると考える。そして、各施設の排出枠に対する需
要量を第 1 フェーズでの平均排出量とする。
n 個のプレイヤー (施設) が、排出枠取引制度に参入しているとする。プレイヤーの集合を
N = {1, 2, · · ·, n}
とする。第 1 フェーズでのプレイヤー i の平均排出量を q¯i とし、プレイヤーの番号を平均排出量 q¯i
の小さい順につける。すなわち、
0 5 q̄1 5 q̄2 5 · · · 5 q̄n
とする。第 2 フェーズに配分される排出枠を x(非負の実数)とする。排出枠 x = 0 を配分するのに
要する費用関数 C(q̄) は、C(0) = 0 で [0, ∞) において、厳密に下に凸な増加関数である。
12
すべてのプレイヤーは、参加者数 n と費用関数 C(q̄) について共通認識をもっているとする。その
とき排出枠分配問題は費用関数 C(q̄) と平均排出量の組(q̄1 , q̄2 , · · ·, q̄n ) との組(C, q̄1 , q̄2 , · · ·, q̄n ) とし
て表すことができる。
排出枠配分ベクトルの集合を X = {x =(x1 , x2 , · · ·, xn )} とし, この排出枠配分問題の解、すなわ
ち、排出枠配分方式を f とすると、
F(C, q̄1 , q̄2 , · · ·, q̄n ) = x ∈ X,
X
ただし、
xi = C(q̄N ), q̄N =
i∈N
X
q̄i
i∈N
である。
. 逐次分担法
そのとき、逐次分担法による排出枠配分は次のように表される。最も排出量の小さいプレイヤーで
あるプレイヤー1の排出枠額は
x1 =
1
C(nq̄1 )
n
(1)
とする。
すなわち、プレイヤー1は、他の全てのプレイヤーが自分と同じ量だけ排出した考えた場合の総排
出枠額を考え、それを均等に分配した額を負担する。ここで必要な情報は、費用関数 C と参加者数
n で、他のプレイヤーの排出量、したがって、総コストについては知らなくてもよい。
次に、2 番目に排出量の小さいプレイヤー 2 は、まず、プレイヤー 1 の排出枠額と同じ額 xi を負
担し、残りは、プレイヤー 3 以下も自分と同じ量だけ排出したと考えた場合の費用を均等に分配した
額を負担する。すなわち、
x2 =
C(nq̄1 ) C(q̄1 + (n − 1)q̄2 ) − C(nq̄1 )
+
n
n−1
(2)
プレイヤー 2 は、自分の排出量の他には、費用関数 C , 参加者数の数 n、プレイヤー 1 の排出量 q̄1 だ
けを知れば、自分の排出量に基づいて、自分の排出枠額を決定することができる。
同様に、プレイヤー 3 は、プレイヤー 1、2 の排出量を知れば、自分の排出量に基づいて、自分の
排出枠額を求めることができる。
任意のプレイヤー i(i > 1) は、自分より前のプレイヤーの排出量とその排出枠額を知れば、次の式
によって、自分の排出量に基づいて、自分の排出枠額を計算することができる。
13
xi = xi − 1 +
1
[C((n + 1 − i)q̄i + q̄i−1 + · · · + q̄1 )
n+1−i
− C((n + 2 − i)q̄i−1 + q̄i−2 + · · · + q̄1 )]
i = 2, 3, · · ·, n
(3)
このように決定された排出枠配分ベクトルを x = (x1 , x2 , · · ·, xn ) とする。そのとき、逐次分担法
は、次の 6 つの公準をみたしている。
(1) 全体合理性
X
xi = C(q̄N ), ただし, q̄N =
i∈N
X
q̄i
i∈N
つまり、各プレイヤーの排出枠額の合計は、総排出枠額に等しい。
(2) 単調性
費用関数 C が下に凸な増加関数ならば、プレイヤー i の排出量 q̄i が増加すれば、プレイヤー i の
排出枠額 xi は増加する。
(3) クロス単調性
費用関数 C が下に凸な増加関数ならば、プレイヤー i の排出量 q̄i が増加すれば、プレイヤー i の
排出枠額は xi は、
)i < j ならば、プレイヤー j の排出量 q̄i が増加しても影響がない。
)i = j ならば、プレイヤー j の排出量 q̄i が増加したとき減少しない。
(4) 順序保存性
q̄i = q̄j ならば、 xi = xj
つまり排出量の多いプレイヤーの方が排出枠額は大きい。
(5) プレイヤーによるインプットのない場合の非負性
∀
xi = 0
i∈N
(6) 最大限度条件
xi 5
1
C(nq̄i )
n
∀
i∈N
この条件は、各プレイヤーの排出枠額は、すぺてのプレイヤーの排出量が自分に等しいと考えたとき
14
の平均排出枠額以下でなければならないことを意味する。
3.2
ドイツ国内における排出枠配分ゲーム
本節では、ドイツ国内の第 2 フェーズにおける排出枠分配問題を解くために、ゲームの枠組みを定
義する。
分析に用いたデータは、
ˆ 施設数(ただし両フェーズに参入している施設に限る)
ˆ 第 1 フェーズの各施設平均 CO2 排出量
ˆ 第 1 フェーズの各年平均排出枠価格
ˆ 2007 年 10 月 26 日∼2008 年 2 月 28 日で公示された第 2 フェーズの各年平均排出枠価格
ˆ 第 2 フェーズの各施設年次排出枠(EUA)
とする。データはドイツ排出量取引局 (DEHSt) と欧州気候取引所 (European Climate Exchange) か
ら収集した。([1][2][3] を参照)
ドイツの NAP によると、マクロプランで決定された国の総排出枠を超えないように、グランド
ファザリングによって各施設の排出枠が決定された。しかし本章では、第 1 フェーズの各施設 CO2
平均排出量をもとに第 2 フェーズの排出枠が決定されることを前提におく。
まず、プレイヤーの数 n は施設数とする。両期間に参入していた施設の数は 1526 であった。ちな
みに、第 1 フェーズは参入していたが第 2 フェーズは参入していなかった施設数は 322 であった。ま
た、第 2 フェーズから参入した新規施設数は 103 であった。両フェーズに参入していた施設内訳は
図2の通りである。
15
図2
プレイヤーの集合を
N = {1, 2, · · ·, 1526}
とする。
プレイヤーの排出枠への需要量は、前節でも述べたように、第 1 フェーズの施設 i の CO2 平均排
出量 q¯i とし、プレイヤーの番号を平均排出量 q¯i の小さい順につける。
次に費用関数を定義する。費用関数は各施設 CO2 平均排出量 q¯i に、各々の年の平均排出枠価格を
かけて、その平均をとったものとする。費用関数に平均排出枠価格を含めたのは、実質費用のもと
でどれほど排出 (需要) したかが分かるからである。2005 年、2006 年、2007 年の平均排出枠価格は
それぞれ、22 ユーロ、18 ユーロ、1 ユーロであった (小数点以下省略)。2007 年の平均価格が低いの
は、第 1 フェーズ中におきた排出枠価格の乱高下によるものである。例えばプレイヤー 1 の排出量
に関する費用関数は、
C(q¯1 ) =
(
p̄05 · q¯1 + p̄06 · q¯1 + p̄07 · q¯1
3
p̄05 , p̄06 , p̄07 :2005 年、2006 年、2007 年の平均排出枠価格
q¯1 : プレイヤー 1 の第 1 フェーズ平均排出量)
よって、プレイヤー 1 の排出枠額を逐次分担法を用いて計算すると、13 ページの式 (1) より
x1 =
1 p̄05 · q̄1 + p̄06 · q̄1 + p̄07 · q̄1
(n
)
n
3
16
となる。同様にプレイヤー 2 の排出枠額は、13 ページの式 (2) より
x2 = x1 +
1
1
· [(p̄05 (q̄1 + (n − 1)q̄2 ) − p̄05 (nq̄1 ))
n−1 3
+ (p̄06 (q̄1 + (n − 1)q̄2 ) − p̄06 (nq̄1 ))
+ (p̄07 (q̄1 + (n − 1)q̄2 ) − p̄07 (nq̄1 )]
そして、任意のプレイヤー i の排出枠額は、14 ページの式 (3) より
xi = xi−1 +
1
1
· {(p̄05 ((n + 1 − i)q̄i + q̄i−1 + · · · + q̄1 )
n+1−i 3
− p̄05 ((n + 2 − i)q̄i−1 − q̄i−2 + · · · + q̄1 )) + (p̄06 ((n + 1 − i)q̄i + q̄i−1 + · · · + q̄1 )
− p̄06 ((n + 2 − i)q̄i−1 − q̄i−2 + · · · + q̄1 )) + (p̄07 ((n + 1 − i)q̄i + q̄i−1 + · · · + q̄1 )
− p̄07 ((n + 2 − i)q̄i−1 − q̄i−2 + · · · + q̄1 ))}
i = 2, 3, · · ·, n
(4)
前節では排出枠は有償配分されたとして説明したが、本節では実際の制度に沿って、排出枠の無償配
分を前提とする。よって、各プレイヤーに配分された排出枠額から価格を取り除き、価格を含まな
い排出枠に直す必要がある。そこで、EU がドイツ国内の総排出枠を決定した 2007 年 10 月 26 日か
ら、ドイツ政府が各施設への排出枠を決定した 2008 年 2 月 28 日までの期間に焦点を当てる。この
期間で既に第 2 フェーズの各年の排出枠の取引が成されているため、ドイツ政府が排出枠価格を考
慮した配分を行ったと仮定すると、この期間の排出枠価格を考慮したと考えられる。2008 年、2009
年、2010 年、2011 年、2012 年の平均排出枠価格はそれぞれ、22 ユーロ、22 ユーロ、23 ユーロ、24
ユーロ、24 ユーロであった (小数点以下省略)。この期間での 2008 年、2009 年、2010 年、2011 年、
2012 年の平均排出枠価格をそれぞれ、p̄08 、p̄09 、p̄10 、p̄11 、p̄12 とし、プレイヤー 1 が配分された各
年の排出枠を z108 、z109 、z110 、z111 、z112 とおくと
z108 =
x1
x1
x1
x1
x1
, z109 =
, z110 =
, z111 =
, z112 =
p̄08
p̄09
p̄10
p̄11
p̄12
と表すことができる。任意のプレイヤー i に配分される各年の排出枠は、
zi08 =
xi
xi
xi
xi
xi
, zi09 =
, zi10 =
, zi11 =
, zi12 =
p̄08
p̄09
p̄10
p̄11
p̄12
i = 2, 3, · · ·, n
となる。
17
(5)
3.3
排出枠の決定
前節で与えられた逐次分担法を用いて、1526 の施設に排出枠を割り振った。与えられた排出枠は、
プレイヤーの番号によって数値が大きく異なったため、底を 10 とした対数をとった。
逐次分担法を用いて与えられた排出枠と、実際にドイツ政府が割り振った排出枠との比較を、散布
図によって表した。2008 年の排出枠比較をした散布図を図3に示す。
図3
図3から読み取れるように、逐次分担法による排出枠は、全体的にみて実際の排出枠よりも少な
かった。つまり、逐次分担法による分配は、ドイツ政府の実際の分配よりも適切な排出枠を与えたこ
とになる。これは 2005-2007 年の平均排出量をもとに逐次分担をしたからと考えられる。全施設で
は 94 %の施設に、実際に分配された排出枠より少ない排出枠を与えることができた。
プレイヤー番号が大きくなると、排出枠の実測値と理論値は同じような増え方をしていることが
分かる。ただ、安定的に排出枠が増えている理論値に対して、実測値はある程度のバラつきがある。
これは、ドイツ特有の複雑な配分ルールに依存するものと考えられる。特に、プレイヤー番号が 0∼
400 と 1100∼1500 の範囲でバラつきが大きいことが分かる。プレイヤー番号が 0∼400 の範囲では、
実測値は理論値よりも上に大きくバラついていた。バラつきが特に大きかった業種は紙・パルプ産業
であった。プレイヤー番号が 1100∼1500 の範囲では、実測値は理論値よりも下に大きくバラついて
いた。バラつきが特に多かった業種は電力会社であった。
2009 年、2010 年、2011 年、2012 年の排出枠比較も同様に行ったが、年による割当量の違いは微
小であったため、散布図はほぼ同じ形をしていた。よって、他の分析結果は割愛する。これは、それ
ぞれの年の平均排出枠価格にそれ程差がなかったからと考えられる。ただし、2008 年から徐々に平
均価格は高くなっているため、分配された排出枠も期間の後半のほうが少なくなっていた。
18
また、特に適切で実際の排出枠より少ない排出枠が分配された業種は、紙・パルプ産業とガラス産
業であった。
4
議論
ドイツが実際に各施設に分配した排出枠と、逐次分担法によって分配された排出枠には明確な差
があり、逐次分担法による分配は実際の分配よりも適切な排出枠を各施設に与えた、ということが示
せた。つまり、逐次分担法による分配は、過剰供給という問題を少なからず解決してくれたといえよ
う。この結果の理由としては、ドイツ政府は、2000-2005 年の排出量データをもとに分配したのに対
して、本研究で用いた逐次分担法はより新しい 2005-2007 年の排出量データをもとに分配したから、
ということが考えられる。つまり、逐次分担法での分配のほうが第 2 フェーズ排出枠への施設の需要
を反映している。また、ドイツ政府は排出枠価格を含めない計算方法で分配したのに対し、逐次分担
法では排出枠価格を費用関数に含めたから、ということも考えられる。第 1 フェーズで下落していた
第 1 フェーズ物の排出枠価格に比べて、第 2 フェーズ物の排出枠価格は不安定ではあるが徐々に上昇
している。よって排出枠価格を排出枠費用として配分方法に含めたことで、実際より少なめの排出枠
を与えることができたと考えられる。
そして、特に適切で実際の排出枠より少ない排出枠が分配された業種は、紙・パルプ産業とガラ
ス産業であった。紙・パルプ産業はなかでも、2005-2007 年の平均排出量に比べて過剰供給の傾向が
あった。ドイツは森の国とよばれているが、森林面積は国土のごくわずかである。そのため、森林保
護活動がさかんであり、ドイツ環境省は企業や国民に再生紙の使用を促している。よって、紙・パル
プ産業は以前ほど供給を必要としないであろう。このような背景があるのにもかかわらず、紙・パル
プ産業に対する排出枠の過剰供給は問題であり、逐次分担法による実際よりも少ない分配は適切であ
ると考えられる。
逐次分担法による分配は、皆が認めるであろう明確な公準を持つため、ドイツのような複雑な規則
や配分方法に比べると分かりやすい。そのため、配分の公平性という問題も逐次分担法が解消して
くれる可能性は高い。しかし逐次分担法の問題は、複雑な規則や配分方法が無い分、各施設の事情
(早期行動やプロセス排出)を考慮することなく分配してしまうところにある。ゆえに、逐次分担法
を CO2 排出枠分配方法として現実に採用するのは難しいかもしれない。だが、逐次分担法によって
与えられた適切な排出枠を目安とすることで、現在のドイツの分配方法を改善することは可能であ
ると考える。
EU-ETS は現在、第 2 フェーズに突入しており、今後も排出枠取引は続いていくだろう。公平かつ
19
適切な排出枠分配がなされるよう、実際の排出量に基づく逐次分担法のような明確な基準を持つ配分
方法が生まれることを期待する。
20
参考文献
[1] German Emissions Trading Authority (DEHSt) at the Federal Environment Agency,
2005-2007
NAP
Table
for
Germany
(http://www.dehst.de/cln _ 090/Shared-
Docs/Downloads/Archiv/Zuteilung _ 2005-2007/Zut2007 _ Anlagenliste _ 28PDF _
29,templateId=raw,property=publicationFile.pdf/Zut2007 _ Anlagenliste _ (PDF).pdf[参照
2008 年 12 月 10 日])
[2] German Emissions Trading Authority (DEHSt) at the Federal Environment Agency, 20082012 NAP Table for Germany (http://www.dehst.de/SharedDocs/Downloads/EN/NAP _
II/Zut2012 _ NAP _ II _ NAP-Table,templateId=raw,property=publicationFile.pdf/Zut2012
_ NAP _ II _ NAP-Table.pdf[参照 2007 年 12 月 10 日])
[3] European Climate Exchange, Price and Volume:ECX EUA Futures Contract(22 April
2005-22
January
2009)
(http://www.europeanclimateexchange.com/uploads/documents/
ECXEUAFuturesContract-22January2009(1).xls)
[4] Commsission of the European Communities "Commission Decision" 2006.
[5] Commsission of the European Communities "Commission Decision" 2007.
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trading-A First Analysis of the Outcome" Fraunhofer Institute for System and Innovation
Research,Karlsruhe,Germany, pp.31-32, 2004.
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2004
[8] Frino,A., Kruk,J., and Dr Lepone,A. "The eects of EUA supply disruptions on market quality
in the European carbon market" University of Sydeny, Australia, pp.5-6, 2008.
[9] 環境省・経済産業省・日本経済団体連合会.「EU 域内排出量取引制度に関する調査報告書」pp.6-9,
2007.
[10] 岡敏弘、山口光恒. 「EU 排出権取引制度 (EU-ETS) の研究」2007.
21
[11] 環 境 省「 諸 外 国 に お け る 排 出 量 取 引 の 実 施・検 討 状 況 」2008 年 12 月 11 日
(http://www.env.go.jp/earth/ondanka/det/os-info/jokyo.pdf)
[12] 鈴木光男. 『新ゲーム理論』. 勁草書房, 1994.
[13] 平湯直子「排出権取引制度の概要 -欧州での先進事例と日本-」KEO Discussion Paper No.111,
pp.3-4, 2007.
[14] 日本スマートエナジー. 『排出権取引の基本と仕組みがよくわかる本』. 秀和システム, 2008.
[15] 朴 勝俊 「2013 年以降の EU の温暖化防止政策の概要」Discussion Paper No.J08-06, pp.6, 2008.
22