地下水の特性とその保全策等について

地下水の特性とその保全策等について
ミネラルウォーター税等導入のための庁内研究会
【目
次】
1.地下水の特性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
2.地下水に関する法制度・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
3.地下水保全対策について・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5
【地下水の循環イメージ】
1.地下水の特性
◆
降雨によりもたらされた水は、蒸発散による大気への還元、
直接流出により河道への流出のほか、土壌中へ浸透して地下水
を形成する。
◆
地下水は地表流と比較して極めてゆっくりと移動(平均滞留
時間は数百~数千年程度)し、再び河川や池沼へ湧出して地表
流となる。
【地下水分類ごとの特性】
◆
その循環の過程においては降水量、地形・地質、採取など人
為的行為等により影響を受ける。
◆
我が国の地下水は、地形・地質等により幾つかに分類できる
①堆積平野の地下水
a)平野・台地
関東平野など主要な地下水盆は、地質年代では新生代新第三紀末から第
四紀の地層が堆積する平野、低平地に分布しており、特に第四紀完新世の
沖積平野のうち、中~上部更新統・完新統の新しい地質が主な帯水層とな
っている。地層が軟弱な沖積平野では、地下水の過剰なくみ上げが地盤沈
下を引き起こしやすい。
が、八ヶ岳・茅ヶ岳の火山性台地、釜無川の沖積平野からなる
北杜市の地下水の特性は右表のとおりと考えられる。
b)盆地
わが国の盆地には、平野と同様に新生代新第三紀末から第四紀の地層が
堆積しており、更新世末から完新世の地質をもつ段丘や扇状地が有力な帯
水層となっている。盆地の帯水層は、豊富な地下水を有していることが多
いが、地下水の過剰なくみ上げによって地下水位の低下や枯渇を起こすこ
とがある。
※ 健全な地下水の保全・利用に向けて(今後の地下水利用のあり方に関する懇談会)抜粋
-1-
【水循環系における地下水の特性】
◆
また、地下水の利用・保全上の特徴としては、滞留時間が長
さと実態把握の困難さがあげられ、地下水障害が生じた場合、
その回復に長期を要する。
◆
このことから、地域における水資源としての位置づけ、地下
水の採取状況等を踏まえつつ、その保全策を早期に講じていく
ことが重要であると考えられる。
水循環 系上 循環の場
の特性
滞留時間
地下(土壌、地層、岩盤)
長い(十数年~数百年)
利用・ 保全 水収支バランス 滞留時間が長いため、気候の影響によ
上の特徴
る賦存量・水位の変化は小さいが、過
剰揚水等により井戸涸れ・塩水化等の
地下水障害が生じると、回復に長期間
を要する。ただし、地下水位は降雨・
揚水等によって比較的早く反応する。
水質汚染
滞留時間が長いため、ひとたび汚染さ
れると、汚染源に対する適切な対策を
行ったとしても、改善に長期間を要す
る。
土地・地下の改 過剰揚水や地下水工事等による地下水
変・利用による の改変・利用は、地盤沈下や湧水枯渇
影響
等の要因となる。
実態把握・社会 地下に存在し、人々の目に触れにくい
的関心
ことから、実態把握が難しく、問題点
や課題が人々に理解されにくい。
※ 健全な地下水の保全・利用に向けて
抜粋
-2-
2.地下水に関する法制度
我が国においては、 EU 水枠組み指令※ のように、地下水に関
◆
する基本法的な枠組みは存在していない。
※ 水政策分野での共同アクション枠組みを構築する2000年10月23日の欧州議会及び評議会指令2000/60/EC
◆
また、地下水の利用については、私権設定が禁止され占用許
【民法における所有権の規定】
第一章 通則
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
第三章 所有権
第一節 所有権の限界
第一款 所有権の内容及び範囲
(土地所有権の範囲)
第二百七条 土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ。
可制度がとられている河川流水とは異なり、「公水」としての法
的位置づけは明確ではない。
◆ このことから、民法を根拠とする「私水論」が法律論として
存在する一方、地下水の大量採取による地盤沈下の発生等を背
景に個別法による制限もとられている。
【地下水利用をめぐる裁判所の判断】
土地所有権が及ぶとされた事例
( 私水論的判断 )
利用権限が制約されるとされた事例
( 公水論的判断 )
土地の所有権はその所有権の効力として そ
の所有地を掘さくして地下水を湧出させて使
用することができ たとえそのために水脈を
同じくする他の土地の湧水に影響をおよぼし
ても その土地の所有者は前者の地下水の使
用を妨げることはできない。
・・・水循環の理念の下では、地下水は一定
の土地に固定的に専属するものでなく、地下
水脈を通じて流動するものであり、その量も
無限ではないことから、このような特質上、
土地所有者に認められる地下水利用権限も合
理的な制約を受ける・・・
※大審昭和13年7月11日民1判 昭和13年(オ)550
号新聞4306号17頁
※名古屋高裁平成12年2月29日 平成9(行コ)21
-3-
【地下水採取・利用に関する法律】
◆
これは民法が「私権は、公共の福祉に適合」することを求め、
法律名
土地所有権の範囲を「法令の制限内」に止めていることを踏ま
えた立法措置であると考えられる。
◆
1956 年 ・政令で定める地域内の井戸により地下水を採取し
てこれを鉱業の用に供しようとする者は、都道
府県知事の許可を得なければならない。
・指定地域の要件としては、地下水採取により水位
の異常低下、地盤が沈下している一定の地域で、
かつ、工業用水道がすでに布設、又は一年以内に
そのされる見込みがある場合に定める。
ビル用水法
1962 年 ・指定地域内で建築物用地下水を採取しようとする
者は、都道府県知事の許可を受けなければならな
い。
・指定地域の要件としては、地下水採取により地盤
が沈下し、これに伴って、高潮、出水等による災
害が生じるおそれがある場合
築物用地下水の採取の規制に関する法律(ビル用水法)があり、
◆
更には、多くの都道府県や市町村において地下水保全に関す
地下水の位置づけ
工業用水法
なお、地下水採取等に関する法律としては、工業用水法、建
指定地域内における規制を行っている。
制定年
る条例・要綱等が制定され、地下水採取の適正化、涵養に関す
る規定を定め、その保全を図っている。
【地方自治体における地下水条例等】
分
類
制定数
都道府県 地下水に関する条例・要綱等の制定数
公害防止条例等において、その一部に規定されているもの
地下水そのものを主たる対象とした条例
市 町 村 地下水に関する条例・要綱等
※
62
50
5
330
公害防止条例等において、その一部に規定されているもの
181
地下水保全等を主たる対象とした条例・要綱
149
健全な地下水の保全・利用に向けて(三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成図表)より整理
-4-
3.地下水保全対策について
【地下水保全のための具体策】
(1)対策の選択肢
水循環系の状態指標
◆
利
地下水の保全を図るためには、幾つかの対策が存在するが、
◆
基本方針
る対策メニューを右表のとおり体系化している。
◆
これを踏まえれば、農山村地域を中心とする北杜市において
は森林・農地の活用、地下水利用の適正化を中心に対策を検討
することが適切であると考えられる。
流域の貯留
浸透・涵養
能力の保全
回復・増進
(水を蓄え
る・水を育
む)
境
地下水
地
下
水
利
用
可
能
量
地
下
水
涵
養
量
地
下
水
流
出
量
・
湧
水
量
各
帯
水
層
の
地
下
水
位
森林の適正管理による水源涵養の
維持・向上
●
●
●
●
農地の適切な保全・整備・利用に
よる自然環境機能の維持増進
●
●
●
●
都市域における緑地の保全・整備
●
●
●
●
●
●
●
●
●
●
対
策
国においては、関係省庁連絡会議を設置して健全な水循環系
の構築に向けた施策の方向等を提示しており、地下水保全に係
環
地下水利
用可能量
地域の自然状況等に応じて適切に選択することが重要であると
考えられる。
水
河川護岸などの再自然化による浸
透能力増進
雨水浸透施設(調整池など)の整
備
水の効率的 節水、水利用の合理化
活用(水を
上 手 に 使
・
う)
・
地下水利用の適正化と代替水源の
確保
●
※健全な水循環系構築のための計画づくりに向けて(健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡
会議)より抜粋
-5-
(2)地下水採取の適正化
【地下水関連条例における規定の状況】
◆
地下水採取規制を定めた条例は全国で数多く制定されており、
井戸の設置規制や採取量報告、義務違反者への罰則等を定めた
ものが一般的となっている。
地下水の採取規制
規制地域
の 指 定
井戸等の設置
届 出
◆
北杜市におても条例による規制を行っているところであるが、
他条例と比較して状況把握や地下水採取者への措置等について
41%
許可等
禁止等
53%
状況の把握
採取量の制限
緊急時
等に制
限
採取者への措置
要請
53%
揚水施
設ごと
設定
立 入
調 査
47%
41%
6%
採取量の
報告義務
88%
その他
措置方法
協力金
罰則
47%
6%
53%
6%
指導・
勧告等
35%
命令等
59%
6%
違反者の
公表等
は十分とは言えない状況にあり、地下水採取量も増加傾向。
※環境省環境計画課HP「知恵の環」より検索した17条例について分析
※網かけ部分は、北杜市条例に無い規定
◆
地下水の適正な保全を図るためには、他事例を参考としつつ、
【市条例見直しの方向性】
採取抑制に効果的な条例見直し等についても検討していくこと
が重要であると考えられる。
条例の強化
地 下水採 取の 適正化 に関する条例
・ 規制地域の指定と井戸設置の禁止
・ 地下水採取者による採取量報告
・ 勧告に従わない場合の氏名公表
等
・ 規制地域外での井戸設置の許可制
・ 許可基準(量水器設置など)
・ 地下水採取者に対する指導・勧告
・ 罰則
地下水採取量の抑制
-6-
(3)地下水位の監視強化
【市内の地下水位観測井戸の設置状況】
◆
地下水の保全を図るためには、条例による採取の適正化と併
せて、地下水位の常時監視を行うことが極めて重要である。
◆
市内の観測井戸の状況を見ると、地下水採取量の多いと考え
られる白州町に重点設置されているものの、現在のところ 5 箇
設置箇所
井戸数
深度
北杜市大泉町谷戸
1
150m
北杜市白州町鳥原、下
教来石、台ヶ原、白須
4
25-72m
地下水位の状況
無し
備 考
県設置
' 0 5 年 度に 1 箇所 対策協議会
で水位低下の傾向 設置
所に止まっている。
【地下水位観測井戸(白州町)の様子】
-7-
【観測点における地下水位の状況】
これらの観測結果を見ると、現在までに顕著な水位低下、経
間を通じた水位低下が発生している。
H7年
H8年
H9年
H10年
H11年
H12年
H13年
H14年
H15年
H16年
H17年
-26.5
0.0
-27.0
-2.0
白州4
-27.5
-4.0
(年平均水位:白州)
年的な水位低下は見受けられないが、平成 17 年度には一部で年
(年平均水位:大泉)
◆
-28.0
-6.0
-28.5
当該箇所における水位低下は、平成 18 年度に入り回復してい
◆
るが、市全体の水収支を考える上で観測井戸の増設による監視
白州2
-29.0
大泉
-8.0
-29.5
-10.0
白州3
-30.0
強化は重要である。
-12.0
-30.5
白州1
-31.0
-14.0
※ 大泉:やまなしの環境
※ 白州:地下水観測井モニタリング業務報告書(北杜市白州町地下水保全・利用対策協議会)
【地下水観測井モニタリング報告書(抜粋)】
5.まとめ
(1) 1 号井戸
・・・(略)
・・・観測開始以降のデータと比較すると,最高水位は
2000 年度に続いて 2 番目に低く,最低水位は 14.09m で,過去最低
であった 2003 年より 1.10m 低い値であった。
観測開始から現在の記録をみる限り,2005 年度は水位低下が起き
たと考えられる。
※ 地下水観測井モニタリング業務報告書(北杜市白州町地下水保全・利用対策協議会)
-8-
(4)森林の整備・保全による水源涵養
◆
【森林における水の動き】
森林は洪水緩和や水資源貯留等の「水源涵養機能」を有して
おり、健全な水環境維持のためには森林の存在は欠かせないも
のとなっている。
◆
森林に降った雨は、林内雨や樹幹流となり地表に達して森林
土壌中へと浸透し河川へ流出、あるいは地下水へ加わっていく。
また、蒸発散により大気へと戻るものもある。
◆
なお、地被状態別の浸透能(土中へ水を浸透させる能力)を
※ 森林環境科学(只木良也)
見ると、草生地等に比べて森林の浸透能が極めて高いことが分
かる。
【地被状態別の浸透能比較】
(mm/hr)
地被状態
浸
透
能
平 均
針葉樹
林 地
広葉樹
林 地
伐 採
跡 地
草生地
山崩れ
跡 地
歩 道
246
272
160
191
99
11
87-395
15-289
22-193
24-281
2-29
範 囲 104-387
※ 佐藤ら1956,1957
-9-
【森林整備と林内の関係】
◆
水源涵養機能が十分に発揮されるためには、団粒構造が発達
した空隙の多い森林土壌や下層植生の存在が極めて重要となる
が、管理不十分な森林では右写真のような状態となる。
◆
しかしながら、管理不十分な森林であっても、適正な整備を
実施することにより林内環境・土壌状態は改善し、浸透能は向
※ 右:適正な管理がなされた森林(下層植生も豊富で森林土壌が発達)
左:管理不十分な森林(下層植生も無く表土が剥き出し)
【間伐実施と浸透能の関係】
3.0
2.5
2.0
浸透能の比
上していく。
1.5
間伐実施人工林
1.0
天然林
0.5
0.0
0
5
10
15
20
25
30
35
40
間伐後の年数
※ 吉野川第十堰の可動堰計画に代わる研究成果報告書
※ 浸透能の比は、不適正間伐人工林の浸透能を1とした場合の相対値
-10-
◆
【降雨の流量配分】
また、林相別に降雨の流量配分を見ると、良好林地において
は地下水流量が多くなっており、水源涵養が大きな効果を有す
( mm )
ると言える。
400
350
300
◆
森林を良好な状態へと維持・誘導するためには、植栽、下刈
250
り、除間伐等の森林整備、森林病虫害防除による森林保全等を
200
適切に行っていくことが重要である。
150
地下水流量
直接流量
初期損失量
100
50
0
裸地
粗悪林地
良好林地
※ 山口伊佐男・森林の認識と山の管理1986
※ 流域面積1,700haに350mmの雨が降った場合
-11-
【水田における水収支のイメージ】
(5)水田による水源涵養
◆
水田は、雨水の一時貯留による洪水防止機能、灌漑用水によ
灌漑 1,800
地表排水 660
降雨 900
る地下水涵養等、地域の水循環に大きな役割を果たしていると
蒸発散 600
言われている。
◆
水田における水収支を見ると、湛水された灌漑用水の多くは
浸透 1,440
地下に浸透し、その一部は地下水として深部に浸透する。(稲作期に
還元 1,080
おける水田では、20mm/日程度減水し、そのうち 15mm/日程度が地下水として浸透するのが平均的 )
深部浸透 360
※ 農業用水の社会的な性格(水谷正一:水資源政策の政策評価に関する検討委員会資料)
※ 灌漑期間120日、単位mm
【水田における地下水浸透量】
減水深
(A)
蒸発散量
(B)
地下水浸透
(A)-(B)
備
考
22.8mm/日
4.9mm/日
17.9mm/日
三菱総合研究所
20mm/日程度
7mm/日程度
13mm/日程度
日本学術会議
※ 上段:地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価に関する調査研究
報告書
※ 下段:地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価について(別表)
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【水田と地下水位の関係】
◆
また、水田と地下水位の関係を見ると、地下水位は湛水が始
まる 4 月下旬から上昇し、湛水を終える 10 月頃から低下してい
ることが分かる。
◆
通常の稲作では稲刈り備え落水し、代掻きまで乾田状態とな
るが、冬期に湛水することで地下水の涵養に貢献することがで
きる。
◆
しかしながら、水源涵養とあわせて国土保全等の効果を有す
る森林の整備・保全と比べれば、環境保全に資する複合的な効
※ 農林水産省HPより(愛知県一宮市での観測)
果は少なく、優先的に実施すべき対策とまでは言えない。
【冬期水田湛水のイメージ】
-13-