第8回中国塾:2015年6月27日:「1-5月期の経済情勢と当面の経済政策」

日中産学官交流機構
第 8 回中国塾
日 時: 2015 年 6 月 27 日
講 師: 田中 修氏(塾頭 日中産学官交流機構特別研究員)
テーマ: 「1-5 月期の経済情勢と当面の経済政策」
I.
1~3 月期 GDP
1-3 月期の GDP は実質 7.0%と年間目標(7.0%前後)をクリア。ところが、前期比では 1.3%増(年率 5.2%程
度)と厳しい。消費者物価は+1.2%と目標(3%)以内、新規就業者増は 324 万人と年間目標 1000 万人の四
分の一はクリア。失業率は 4.05%(目標 4.5%以内)、有効求人倍率は 1.12 倍で、雇用状態は安定していると
みられる。
II. 5 月および 1-5 月期の主要経済指標
1~5 月の消費者物価は 0.8、1.4、1.4、1.5、1.2%とデフレ傾向。工業生産者出荷価格は 3~5 月-4.6%だが、
住宅価格については、価格下落都市 43(4 月 48)、上昇都市 20(4 月 18)と持ち直しの兆しが見られる。特
に、中古市場は 10 月以降、買い替え需要に対する金利、税制の優遇策が出され、北京、上海、広州など大
都市で買い替え需要が出ている。ただ、二線都市では下げ止まり・横ばい状況、地方都市ではゴーストタウ
ンの出現など悪く、市場全体が持ち直しているわけではない。工業については、3 月の 5.6 から 4 月 5.9,5
月 6.1%と少し持ち直しているが、自動車等はまだマイナスである。消費は、3 月から 10.2、10.0、10.1%と横
ばい傾向。昨年 15.7%であった都市固定資産投資は 1-3 月 13.5%、1-4 月 12.0、1-5 月 11.4%と漸減傾向。
なかでも新規着工総投資計画額は同+0.5%、都市プロジェクト資金調達額も同+6%と低調。不動産開発投
資は、2014 年 10.5%が 1-3 月 8.5、1-4 月 6.0、1-5 月 5.1%と低下傾向だが、単月の前年同月比は 4 月+0.5%、
5 月+2.4%と少し持ち直している。1-5 月の販売面積も-0.2%(1-4 月-4.8%)とマイナス幅も縮小。販売額は
1-3 月-3.1%が 1-5 月 3.1%とプラスに転じた。民間固定資産投資は 12.1%増。5 月の輸出は-2.5%とマイナス
が続き、輸入は 3 月-12.7%、4 月-16.2、5 月-17.6%と大きく落ち込み、中国経済・内需の弱さを示した。貿易
総額を国別に見ると、日本は-11.3%とマイナスが続く。外資利用は、3 月 2.2、4 月 10.5、5 月 7.8%とジグザグ
で、日本は-9.4%と減少幅が拡大。目標 12%以内の金融 M2 は 5 月末 10.8%と弱く、中国の利下げ・アメリカ
の利上げ予測の中、不動産投資のホットマネーが国外に流出しており、M2 は収縮傾向。2014 年 8.6%の財
政収入は 5 月 5%で、経済の厳しさが税収の伸びにも悪影響。特に、地方政府は地方政府基金収入が
-40.1%と収入は相当悪く、期限が迫る債務の償還財源が減少し非常に難しい状況。社会電力使用料は
+1.6%(2014 年+3.8%)と経済全体としては芳しくないが、不動産市場・工業は少し持ち直し、消費は横ばい
状況。
III. 人民銀行の利下げ
人民銀行は 5 月 11 日から、金融機関の 1 年もの貸出基準金利を 0.25 下げ 5.1%に、また 1 年物預金基
準金利を 0.25 下げ 2.25%にした。昨年 11 月、今年 3 月に続き 3 回目の利下げ。
重要な点は金融機関の預金金利変動の上限を預金基準金利の 1.3 倍から 1.5 倍までにあげたことで、金融
機関は自己の体力を見ながら預金金利を設定できるようになった。これは預金保険制度とともに預金金利の
自由化への環境整備となる。
IV. 当面の経済政策
李克強総理は 6 月、国務院常務会議を三度開催し景気テコ入れ策を決定。
1.
6 月 10 日 ①未利用で滞留している財政資金を回収し効率的に再利用、②消費者金融を発展させ、
消費の潜在力を発揮させ、消費グレードを向上、③クロスボーダーの電子ビジネスを発展させ、消費拡
大、開放型経済を発展、④出稼ぎ農民等の帰郷起業を支援、郷鎮に多くの業種を興隆、雇用の促進。
そのための手続きを簡素化し、金融・経営を支援。
2.
6 月 17 日 ①PPP など民間投資活用で投資を増やし、農村の電力網、食糧備蓄施設、都市の汚水処
理、工業地区の水利施設、鉄道、新興産業、製造、物流、都市軌道交通に振り向け、経済を支える、②
住宅政策として、各種バラック地区 1800 万戸、農村危険家屋 1060 万戸を 3 カ年で改造、③三機関が
発行していた起業登記証明を工商部門に一括、簡便化、④政府業務サービスにインターネットを導入
し、業務を簡素化・最適化。
3.
6 月 24 日 ①「インターネット+」行動計画を承認し、インターネットと各業種を融合、②社会保険料を引
き下げ、企業負担を軽減、安定成長・雇用促進に資す、③商業保険で集まった資金で 3000 億元規模
の中国保険基金を創り、バラック地区の改造、都市インフラ、水利、交通施設あるいは一帯一路プロジ
ェクトに投入、④商業銀行改正法を承認し、預貸率 75%という行政指導を改め、中小企業への貸出能
力を拡大。
V. 金融・財政の改革
①人民銀行は 6 月 2 日、大口預金金利の自由化を進めることを明らかにした。個人向けは 30 万元以上、機
関投資家向けは 1000 万元以上の預金とし、9 種類の期間の預金について自由化。大口預金は担保に入れ
てもよし、期限前に預金を引き出すことも条項さえ入れておけばできる、②3 月の全人代で 1 兆元の地方債
発行と既存債務の借り換えを認めた。財政部は 6 月 10 日、さらに一兆元を認め、合計 2 兆元の借金借換え
が可能となった。新予算法で地方債発行が認められたのは省レベル政府だが、2013 年 6 月の会計検査に
よれば、問題が深刻なのは、省レベルではなく、その下の県・市あるいは郷鎮レベルで、急速に借金が膨れ
上がっていると指摘、地方政府の借金は 2015 年に 1.8 兆元が返済期限到来。その後も借金は増えている可
能性があり、エコノミストの間では追加枠の必要性が囁かれている。
報
告: 林 千野氏(双日株式会社海外業務部中国デスク リーダー)
テーマ: 「中国におけるビジネスモデルの変遷~商社の視点から」
本日の報告は双日株式会社の公式見解ではなく、当社のビジネスから中国における商社のビジネスモデル
変遷について考察した個人による自由研究的な話となることを予めご理解願いたい。双日株式会社は 2004
年ニチメンと日商岩井が合併して出来た商社。両社とも 19 世紀後半に設立され、早くから中国ビジネスを手
がけた。日中国交回復前、多くの商社がダミー商社を通じて対中取引を行った際、ニチメン、日商は実名で
ビジネスを行ったことが中国側から評価され、当時の大手商社としては極めて早い段階で中国側から友好
商社(ニチメン 1961 年、日商岩井 1962 年)の指定を受けた。現在、中国で 74 社事業会社(含む香港)を保
有し、駐在員数約 50 名、ナショナルスタッフ 280 名を 13 地域・14 拠点に配置し、化学品、機械、金属資源、
食料、木材等の幅広い領域で事業展開している。
1.
1945 年以前の当社の中国ビジネス
軍事力を背景に幅広い分野で貿易、事業会社を通じたビジネスを展開。その経験が戦後、日中貿易再開
時における経験として活き、人材面でも貢献を果たした。
2.
黎明期の当社の中国ビジネス
① 民間貿易協定を主とする取引の時代(1958 年頃まで)
1950 年、中国に対する経済制裁発動により日中貿易は禁じられたが、従前中国から手当していた石炭・鉄
鉱石、大豆、塩などの資源や物資は他国からの輸入に切り替えざるを得ず、中国との貿易再開を望む声が
多かった。その後、民間貿易協定を主とする取引が再開され、1953 年~1954 年、ニチメン、日商とも中国か
らの米の輸入を開始したが、58 年の長崎国旗事件(長崎の中国切手展示会で右翼の青年が中国国旗を引
きずり下ろし逮捕されたが、同日釈放)に中国が激怒、その後2年半に亘って日中貿易は中断した。現在と
同様、その当時から日中貿易は政治情勢に強く影響を受けてきた。
② 政治・貿易三原則を基礎とする友好貿易、L/T 貿易時代(1960~1966 年)
64 年にニチメンは第二号プラント輸出案件となるニチボービニロン・プラントを契約。総額約 100 億円の大型
契約だったが、同年、吉田書簡(吉田元首相が張群台湾秘書長に出した手紙で対中輸出に輸銀資金は使
わない旨表明)が明るみに出た。元首相とはいえ、政府を代表する立場にない一個人の書信に拘束力はな
いにも拘わらず、結局輸銀融資の認可が得られず、痛恨の極みながら翌年、本契約は失効した。
③ 文化大革命~改革開放(1966 年から 1978 年)
文革期は競合社との足の引っ張り合いで、密告が横行した。如何に商売を伸ばすかよりも、如何に失点を
少なくし、取引関係を維持するか腐心・苦心した重苦しい時代であり、従前以上にイデオロギーと政治に翻
弄された時代だった。
3.
日中蜜月時代(1978~1989 年)
78 年に平和条約が締結され、翌 79 年、日中両国は第一次円借款供与に合意、その後 30 年に亘り約 3 兆
円が供与された。各商社とも大型プラント成約が相次いだ。当時のシンボリックな案件として、黒龍江省農墾
総局との三江平原農業開発がある。総額 30 億円の円建て借款を供与し、米国から大型農機具を導入し耕
作を行うもので、代金は大豆で返済するというもの。当時の慢性的な外貨不足を解決した補償貿易のスキー
ムは中国側から高い評価を受けた。一方、日商岩井は 78 年以降 90 年代初めにかけて船舶や電話交換機・
通信設備を大量に納入。この時期は安定した日中関係を背景に中国の近代化に貢献し、中国の外貨不足
を背景に商社がファイナンスを活用したオーガナイザー機能を発揮した時代でもあった。
4.
第二次対中投資ブーム(1992~90 年代半ば)
天安門事件以降、冷えきっていた両国関係は徐々に回復し、90 年代前半以降、第二次対中投資ブームを
迎える。中国は製造基地としての地歩を固めつつあり、多くの日系メーカーが対中進出した。日商岩井は三
洋電機と組んで、大連で冷凍、冷蔵、空調機等 10 社以上の製造会社を設立。当時、商社は人的資源、未
知の市場である中国の水先案内人としての機能をメーカーから評価され、製造工場への出資とともに製造
設備・部品の輸出、新工場で製造された製品の対日輸出取引に介入できた時代であった。
5.
第三次対中投資ブーム(2000~2005 年)
その後、消費者n購買力向上により、中国は「世界の市場」に変貌。日系メーカーがパートナーであった第
二次と比べて、第三次では地場の中国企業とタイアップし、中国の内需を狙う投資が顕著となった。当社は
2003年、大連でマグロの冷凍加工・販売合弁会社(51%出資)したほか、2007年には北京で食品物流会
社を設立(49%出資)。第二次投資ブームの際には、両社とも最多で 100 社以上の合弁企業を保有していた
が、現在では 75 社まで減少した。この中にはもちろん所期の目的を果たし、パートナーに円満に事業譲渡
した事業もあったが、投資事業における経営の難しさから事業が立ち行かず撤退した案件もあることは否め
ない。
6.
中国におけるビジネスモデル変遷
蜜月時代は外貨不足を背景に、ODA 等のファイナンスを利用し、技術的に圧倒的優位性を持つ日本メー
カーと組むことでビジネスが出来た。その後、中国企業は資金調達能力、技術力とも向上し、現在は海外進
出(走出去)も著しい。日系メーカーの水先案内人としての商社の役割はメーカーの対中投資の経験蓄積と
ともに薄れ、内需狙いの商社主導型投資機会は増えているが、独特な商習慣、グローバル企業・民族系企
業との競合、利益の確保の難しさがあることから、中国での内販は厳しい実態に直面。今後どうビジネスを展
開していくかは大きな課題である。
講
師: 渡邉 真理子氏(学習院大学経済学部 教授)
テーマ: 「中国経済とどう向き合うか:国有企業問題など中国の抱える問題から考える」
(国有企業をめぐる制度と政策の変遷)
中国における国有企業の存在は、中国的特殊思想と社会主義の「公有制」に支えられ、共産党政権の公
式文書で公有制堅持という言葉が削られたことは一度もない。
習近平政権成立前の政策提言競争で、世界銀行と DRC(国務院発展研究中心)の『中国 2030』、民間シ
ンクタンク・天則経済研究所など右派は、民間資本への市場開放を提言。一方国有資産管理委員会など左
派は民営化ではなく所有の多様化を提案。結果、三中全会決定第 6 条で混合所有制が採択。また、国有資
本の活動領域には変遷があり、99 年 9 月、朱鎔基は国有企業改革で、“国家の安全に係わる産業、もしくは
自然独占の産業において、公共財、公共サービスを提供し、支柱となる産業、ハイテク産業の中心となる企
業”を国有資本の集中分野とした。しかし、2006 年 12 月に国有資産管理委員会の通達で、“自然独占産業”
が“国家の安全、重要なインフラおよび重要な鉱物資源に係わる産業”となり、鉄道部の投資拡大、レアアー
スの国有化、国有企業による民営の石油・石炭企業買収の動きが加速。次に、2013 年 11 月三中全会で“国
有資本は公益性のある企業に投資し、公共サービスの分野で貢献。第二に、自然独占が発生する分野。し
かし、ネットワーク性の強い産業であっても、可能な限り開放する”と決定。その後、習近平への権力集中、
反腐敗闘争、薄煕来・周永康の逮捕、徐才厚の党籍はく奪、石油関係幹部の逮捕などから、石油、鉄道な
ど独占解体が始まったようにみえた。国有企業改革は、混合所有制の下、石油、鉄道、銀行部門への民間
参入を認めたが、全体的に不徹底である。混合所有制は、民間企業と国有企業の正面衝突を避け、民間資
本を国有企業に出資する枠組みだが、CNPC のような超巨大国有企業に有効な比率の投資ができる民営
企業はない。鉄道と銀行は少し開放的で、100%民間資本の銀行設立が可能。国有企業の問題は本当にフ
ェアな競争になっているかどうかである。
(中国市場と国有企業:3つの類型)
中国の産業は多様で、①石油・鉄道・銀行など行政独占企業は政治と結びつき超法規的存在となり、価
格上昇・高止まり、供給の不安定性、品質低下、環境問題など独占の弊害を起こしている。②国有・民営・
外資企業が競争するが、国有企業優遇策で競争が歪んでいる市場。例えば、カラーTV や鉄鋼など過剰生
産産業では優遇された国有企業が過度な価格競争や品質低下を生んでいる。③混合市場であるが競争自
体は健全な市場および純粋な民間市場。携帯電話、E コマース、ドローンなどは、市場競争や分業の仕組
みで、新しい産業を生むという好循環で動いている。
(国有企業競争中立性規制と通商政策)
国有企業の競争中立性を損なう行為は四つあるといわれる。①優遇措置を利用した略奪的価格の設定、
②競争相手の生産コスト引き上げ、③時代遅れの低コスト技術を採用し、価格を非現実的に下げること、④
市場間補てんである。
中国のある産業では Predatory Pricing(過度な価格競争)が起きていると考えられる。エアコンは品質が高
く便益性が高ければ、消費者は相応の価格で評価する。携帯は外資が便益性の高い商品を出せば高い価
格で売れるが、中国企業が便益性の高い商品を出しても低い価格評価となっている。テレビは国有企業参
入により生じる価格競争に外資さえ巻き込まれる。国有企業の略奪的価格行為が市場を壊すという現象が
起こっている。
(独占禁止法の運用の評価)
中国の独禁法運用は歓迎すべきで、外資いじめと見られる例もあるが、俯瞰的にみると、消費者にメリット
をもたらす判断だといえる。同法の適用に関しての問題は政治が介入することである。国有企業は独禁法の
対象外だと主張していたが、2013 年、中国の二つの国有通信会社がブロードバンド販売に関して、民間業
者の接続料金を引き上げた際、発展改革委員会も独禁法上の支配的地位の濫用行為であると認定。それ
以降、国有企業も独禁法対象とされ、運用が漸次進められた。2014 年にはクアルコムをライセンス料金算定
方法が支配的地位の濫用であると世界で初めて指弾。また、アウディ、クライスラー、ベンツの部品再販価格
の設定が独占的であることを指摘。しかし、一方では、二大鉄道車両メーカーである南車と北車の合併承認
は、30 年間の国有企業改革を全部否定する動きであった。独禁法が適用されず合併が認められるケースで
反対が出来ないことは問題を残す。
(まとめ:中国とどう向き合うか)
今後、競争ルール作りの段階から中国の参加を誘い、中国がフェアな競争にシフトするよう配慮すべきで
ある。TPP、FTA 等の通商交渉で、中国の改革を支援し、中国も一つのルールの中に入ることを目指すべき
である。独禁法の運用も、中国企業の活動が国際的になれば、国際的なフェア競争を中国に要求でき、ア
ンフェアな競争に対しては理由開示、修正を交渉できるはずである。そういう積み重ねで、中国が国内法で
フェアな競争ルールをつくり、法治化を進めることを支援するよう目指せばよいのではないだろうか。