新たな文化を創造できる地域 持続社会形成専攻 鈴木 嘉彦 地域と時代による言語の違い 参考にするのは石田雄「平和の政治学」 。 平和(peace)という言葉は、ヘブライ語、ギリシャ語、ラテン語、サンスクリッド語、中国語で次のように違っ ている。 ヘブライ語の平和「シャローム」 (古代ユダヤ教の時代)は精神の状態としてよりは、経済的、政治的関係と 不可分のものとしてとらえられていた。外的の危険にさらされ、内部にも分解の可能性をはらんでいた砂漠の遊 牧民としてのイスラエルの民の間では、契約による強い団結を維持し、外に対抗することが必要だったからであ る。シャロームは、戦いの中において神との契約によって神意が実現される過程を意味である。 ラテン語の平和「パックス」は状態を意味するという点ではギリシャのエイレーネと同じ類型に属している。 パックス・ロマーナという言葉に象徴されるように、ローマではパックスは征服によって実現された戦争のない 状態と考えられた。パックス・ロマーナは、地の果てまで旅をしても、ローマ人は「そこに故郷を見いだす」よ うな広大な支配を維持することに関心を示していた。パックスがシャロームと区別されるもう一つの点は、それ が静穏や静寂という心の状態と結びつく傾向をもっていたことにある。ローマにおいては、精神の平安が重視さ れているところに、その平和観の一つの特色があったといえる。 サンスクリッド語の平和「シャーンティ」は乱れることのない心の状態を意味していた。シャーンティが他の 平和概念といちじるしく異なる点は、これが政治的な条件とは全く関係ないということである。国内がよく治ま って秩序ある状態を示すためにはシヤマという別の概念がある。心の平安という状態を意味するシャーンティが インドにおいては平和を意味している。 コミュニケーションを理解する ここで示す内容は、正村俊之の「自己組織システム」の考え方と中村雄二郎の「述語的世界と制度」を手がか りとしている。われわれの創造とは何かを、述語的世界という考え方で説明する。 2―1 情報の機能 私 あなた システム 環境 空間的写像 2―2 システムと環境 情報の写像 (1) システムの中の出来事と環境の中の出来事を選択的に接続させること、 (2) システムの内に起こる種々の出来事を選択的に接続させること、 が必要になる。この二つの事項は現実には切り離すことができないが、前者が主に空間的な問題を含んでいるの に対して後者は時間的な問題を含んでいる。 1 現在の私 過去の私 未来の私 時間的写像 空間的な問題と時間的な問題を解決するために、情報は(1)空間的次元、 (2)時間的次元、 (3)意味的次 元という三つの次元で写像機能を備えていなければならないことになる。 現在の私 過去の私 あなた 現在の私への意味的写像 情報の写像による作用 知らなかったことを 知った状態 知らないということが 分かっている状態 解明作用 ある程度知っている状態 あることを気づかせない状態 隠蔽作用 知らないということすら 知らない状態 知らなかったということを 知った状態 開示作用 社会情報システム 情 報 私 あなた システム 環境 社会情報システム 2 情報の生成 私 私(システム)が自己の境界を認識している (システムの閉鎖性) システム 私(システム)が環境に情報を提供し環境から 情報を取得する (システムの開放性) システムの閉鎖性と開放性 出来事の循環的生産 環境 環境からの情報 働きかけ 自己準拠 私 システム あなた 環境 応答 自己制御的情報の循環 対象制御的情報の循環 環境形成的情報の循環 場所的循環 環境 文章 出来事 意味的な循環 存在論的な循環 私 システム 文脈 場所 コンテクスト 出来事の 地平 場所形成論的な情報の循環 3 2―3 情報の生成 場所的自己限定 次に中村雄二郎の「述語的世界と制度」を紹介する。中村が場所の理論を通して明らかにしようとしているの は、私達がものを考えたり、自己の行動を決意したりするその根源領域とそこにおける情報の関係である。中村 の考えの中心的な役割を果たしているのが述語的世界と制度である。 述語的世界 中村が導入した述語的世界を理解するためには、特徴ある述語的推論を知っておく必要がある。ここで述語的 推論とは次のようなものである。たとえば<りんごは丸い、乳房は丸い、ゆえにりんごは乳房である>といったも のである。これは我々が通常利用している、三段論法のような推論の機構ではない。このような推論によって導 かれる結果は、もちろん普遍性や客観性は持ちえない。しかし、この述語的推論は、ある限られた場所や場面に おいて通用する具体的な事項を生み出したり、ある限りられた範囲での共同主観性を導く可能性はあると考えら れる。したがって、このような述語的推論は次のような可能性を開くことになるといえる。 ・ 場所や場面の限定によって、語呂合わせに代表される言葉や発想が可能になる ・ 場所や場面の限定の仕方によって、どの事項とどの事項、どのイメージとどのイメージが結びつくのか、どの ような結びつきが受け入れられ、どのような結びつきが拒まれるかが変る A ならば B,かつ、B ならば C ならば A ならば C (三段論法) りんごは丸い、乳房は丸い よって りんごは乳房 (述語的推論) このような述語的推論によって形づくられる述語的世界は非常に自由度の高い世界である。主語的な同一性に 基づく推論とは違い、組み合わせが無限に考えられるからである。この自由度の高い述語的世界を限定するもの は何であろうか。中村は、述語的世界を限定するものは「制度」であると考えた。ここで制度というのはその働 きから捉えて、拘束条件といいかえても良いといっている。述語的世界と制度を導入した結果、我々にとっては 組み替えが無限に可能な世界とそれに対する制度として位置づけられることになった。ただし、その組みかえや 展開の可能性はいつでも同じようにあるのではない。制度や拘束条件による限定や拘束のあり方、述語的世界の つくられ方によって異なってくるのである。 新しい地域の創出と述語的世界 「地域と情報」のはじめに当たり正村俊之と中村雄二郎の理論を紹介したのは、新しい地域の創造に情報が大 きな役割を果たすと考えているからです。特に、述語的世界と制度は地域における制度が創造作用と深く関わっ ていることを示す重要な指摘と考えたからです。 なお情報と社会に関わる問題には、ここで議論した問題以外にも多くの問題があります。例えば、中村雄二郎 が指摘しているように、内容を失った言語、つまり<考えること>から切り離された<語ること>がいかなる様 相をとるかを知っておくことは重要です。表面的な情報の交換によって「ことば」は不条理になり、意味を剥奪 されて単なる音の表皮となってしまいます。さらに「ことば」は脱臼して、それを担う人間の主体は解体してし まいます。このような現象は、私達の周りに提供される情報が増えれば増えるほど、現実味を帯びる問題といえ ます。 参考にした本: 正村俊之: 「自己組織システム」 、岩波講座「社会科学の方法Ⅹ」 、岩波書店(1994 年) 中村雄二郎: 「述語的世界と制度」 、岩波書店(1998 年) 石田雄: 「平和の政治学」 、岩波新書 4
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