研究発表ポスター

病気における消化管運動機能を探る
島崎ルシア1、岡本理愛2、森北有希菜2、吉村碧海2
福井県立武生高校2年、2福井県立藤島高校2年
1
はじめに
材料および方法
材料および方法発現するKIT分子に対する抗体による免疫染色を行いました。
私たちが健康に生きていくために必要不可欠な消化吸収活動は、消化管を
腸炎マウス作製:本研究ではトリニトロベン
構成する平滑筋細胞の調和のとれた運動により遂行されます。消化管運動は
ゼンスルホン酸(TNBS;右図)直腸投与により
切片をPBSにて洗浄し、PBSで希釈したラット抗KIT抗体(800倍希釈)
自律神経の働きにより調節されますが、近年の研究から、カハール介在細胞
腸炎を作製しました。TNBSは、実験動物の大腸
で4℃、一晩反応させました。PBSにて洗浄後、組織をAlexa Fluor-488
(Interstitial cells of Cajal; ICC)が消化管運動に重要な役割を担うこと
内に投与することにより炎症性腸疾患の一つで
が分かってきました。ICCは消化管平滑筋層に分布する細胞で、消化管運動を調
あるクローン病様の大腸炎を引き起こすことが
節する役割を果たしています。また、ICCはKIT分子を特異的に発現し、抗KIT抗
知られています。7週齢雄BALB/cマウスを材料に、エーテル麻酔下にカテーテ
剤で封入し、Leica TCS SP2共焦点顕微鏡にて観察、撮影を行いました。
体を用いた免疫染色によって観察することができます(下図)。
ルを肛門から4cm近位部に挿入し、100μlの50%エタノール+50%生理食塩水に溶
コントロールとしては、TNBSを除いたvehicle投与マウスを用いました。
解したTNBS 2mgを注入しました(下図)。
画像解析はKIT+α-SMA二重染色画像ファイルを用い、免疫反応陽性部
標識抗ラットIgG抗体(1000倍希釈)、Cy3標識抗α-平滑筋アクチン
2,4,6 トリニトロベンゼンスルホン酸
(SMA)抗体(1000倍希釈)、DAPI混合液で室温、2時間反応させ、封入
位の面積と、α-SMA陽性の筋層の面積を総面積としたときのKIT陽性面積
KIT + PGP 9.5
の面積率を画像解析ソフトウェア(MAC SCOPE)にて解析し、結果につい
てマイクロソフトエクセルを用いて統計処理しました。なお解析には肛門
から4cmの部位を中心に1cmの長さの範囲で無作為に取得した免疫染色像を
マウスへのTNBS注入
用いました。標本数は2日目・7日目ともコントロール、TNBS各三匹ずつ
で、視野としては2日目がコントロール・TNBS腸炎マウスともに各20視野、
左図:ヒト腹部における消化器の全体像。中図:結腸の層構造を示す模式図
TNBS投与後1日~7日の各日、マウスをエーテル深麻酔下に頚椎脱臼により安
右図:筋層全載伸展標本によるカハール介在細胞(緑)と消化管神経(赤)の免疫染色像(モルモット小腸)
楽死させ、開腹して大腸全長を摘出しました。4℃に冷やした0.01 Mリン酸緩衝
腸炎は消化管粘膜に炎症が生じた状態ですが、病気が進行すると炎症は筋層
におよび、運動機能障害が生じ、実際に多くの人が腸炎(特に大腸の炎症)を
患っています。運動機能障害の原因はまだよく分かっていませんが、最近の
研究からICCの減少が報告されています。炎症によりICCが減少することにより
調節機構が破綻し、消化管運動が損なわれることを示唆していますが、そのメ
カニズムは現在不明です。
私たちは、腸炎疾患におけるICCの障害-回復メカニズムの解明のため、マ
ウスで腸炎モデルを作製し、炎症期および回復期におけるICCの分布を調べ、
さらに回復過程における筋層での細胞増殖とICCの関係について検討しました。
7日目がコントロール25視野、TNBS投与群26視野です。
生理食塩水(PBS)中で投与部位の結腸を切り出し、シリコン底シャーレに中等
腸炎回復過程における筋層内の増殖細胞染色:TNBS投与後1日目~7日
度に伸展してピンで留め、0.1M リン酸緩衝液にて緩衝した4%パラフォルムアル
目の各日の切片を用い、筋層内で細胞増殖期にある細胞を増殖マーカー
デヒド固定液で4℃、2時間固定を行いました。冷PBSで十分に洗浄後、組織を
であるKi67に対する抗体で標識し、さらに抗KIT抗体と二重染色すること
30%ショ糖加PBSに4℃、一晩漬けた後、凍結包埋剤(OCTコンパウンド)に包埋
により、増殖細胞がICCに一致するか検討しました。なおコントロールと
して-80℃のディープフリーザー中で凍結させました。クライオスタットを用い
しては、同週齢の未処置マウスを用いました。
て厚さ10μmの凍結切片を作成し、スライドグラス上に貼り付けて30分風乾し、
切片をPBSにて洗浄し、PBSで希釈したウサギ抗Ki67抗体(500倍希釈)
以下の実験に用いました。
とラット抗KIT抗体(800倍希釈)混合液で4℃、一晩反応させました。
炎症時および回復期のICC分布比較:TNBS投与後2日目(炎症時)および7日
目(回復期)の切片を用い、一般組織染色(HE染色)により炎症の有無を調べ
ました。次いで、両時期におけるICCの分布を調べるため、同細胞に特異的に
PBSで洗浄後、組織をAlexa Fluor-488標識抗ウサギIgG抗体、Alexa
Fluor-555標識抗ラットIgG抗体、DAPI混合液(いずれも1000倍希釈)で
室温、2時間反応させ、上述の通り封入、観察、撮影を行いました。
結果と考察
実験1:炎症時および回復期のICC分布比較
Vehicle
TNBS
2Day
7Day
図3.TNBS投与後2日目および7日目の筋層におけるKIT
免疫反応陽性部位の面積率比較
図1.薬剤注入後の結腸の変化
実験2:腸炎回復過程における筋層内の増殖
細胞染色
Muは粘膜、SMは粘膜下層、Mは筋層を示す。ヘマトキシリン・エオシン
染色。
まずHE染色で組織像を調べたところ、TNBS投与2日目では、
vehicle投与群に比べてTNBS腸炎群では粘膜が損傷し、粘膜下層は
拡張しており、粘膜固有層および粘膜下層には多数の球形の細胞
の浸潤が認められました。TNBS投与7日目ではこれらの症状は軽微
で、vehicle投与群に似た組織像を示しました(図1)。このこと
から、TNBS投与2日目では腸炎が起こっており、7日目では回復す
図4.コントロール組織における KIT(赤)と Ki67(緑)
の二重免疫染色像
図5.TNBS投与1~7日目における KIT(赤)と Ki67
(緑)の二重免疫染色像。
ることが分かりました。
左は核染色有り、右は核染色無しの像を示す。
左の列は核染色有り、右列は核染色無しの像を示す。d~f中の矢印は、
矢印は粘膜におけるKi67陽性の核を示す。
KIT陽性細胞の核におけるKi67発現を示す。
Vehicle
TNBS
2Day
コントロール:コントロール群では、細胞増殖を示すKi67陽性細胞
ル群と近いレベルにまで回復していることが確認されました
はおもに粘膜基底部に限局していました(図4)。これらは、上皮
(図5g)。また、今回の観察では、TNBS7日目では筋層内に
細胞の増殖を示すものであると考えられました。
Ki67陽性反応はほとんど観察されませんでした。
一方、筋層内にはKi67陽性細胞は全く認められませんでした。この
7Day
まとめ
ことから、筋層内に分布するKIT陽性細胞であるICCは、正常の状態
では増殖休止期にあることが示されました。
図2.カハール介在細胞の変化(KIT免疫染色)
TNBS投与1日目:TNBS投与1日目の筋層においては、コントロール
KIT:緑 α平滑筋アクチン:赤 DAPI:青
群と比較してKIT発現の減少が観察されました(図5a)。一方、
Ki67陽性反応は筋層内にはほとんど観察されませんでした。
次にKIT免疫染色により、両時期の筋層におけるICCの分布を形
態学的に調べたところ、TNBS投与2日群では、vehicle投与群に比
べてKIT発現細胞が顕著に減少し、TNBS投与7日目ではそれが回復
する傾向が明らかとなりました(図2)。
TNBS投与2-3日目:この時期においては、筋層内のKIT発現細胞
50 μm
は減少したままでした(図5b-c)。また、筋層内にはKi67陽性反
群に対し、TNBS投与群で有意に減少していました。一方TNBS投与
7日目ではvehicle投与群とTNBS投与群の間に有意な差はありませ
んでした。またTNBS投与2日目と7日目の比較では有意差が認めら
れました(図3)。以上の結果から、炎症の起こったTNBS投与2日
目ではICCが減少し、炎症の回復期にあたるTNBS投与7日目ではICC
も回復することが示されました。
け減少し、その後ICCが回復することが明らかとなりました。
ICCの回復する過程では、ICCの増殖が起こっていることが
示され、ICCの回復の少なくとも一部は細胞増殖によること
が示唆されました。
・ICCが回復することは消化管運動の正常化に必要と考えられ
応が出現しましたが、これは主に漿膜下に認められ、KIT発現細胞
ます。今後さらに多くの動物でICC回復を観察するとともに
とは一致しませんでした。
消化管運動がどのように回復するか観察したいと考えます。
TNBS投与4-6日:この時期において(図5d-f)、筋層における
またICC以外の細胞も増殖していることを観察していので、
KIT発現が徐々に回復する様子が観察されました。さらにこの時期
それら細胞の種類も明らかにしたいと考えます。
では、筋層内にKi67陽性反応が観察され、その一部にはKIT陽性細
・腸運動の障害は腸内環境の悪化をきたし、粘膜での炎症はさ
胞に相当する像が確認できました。詳細に観察すると、輪走筋最内
らに悪化することから、腸運動機能の改善は腸炎疾患の治療
層のKIT発現が早期に回復し、筋層間や各筋層内のKIT発現の回復は
に重要であると考えられます。今回は動物実験を行いました
遅れる傾向が見られました。
が、今後機会があれば人の病気でも観察したいと思います。
免疫染色像を画像解析ソフトを用いて調べたところ、筋層全体
に対するKIT発現部位の面積率は、薬剤投与2日目ではvehicle投与
・本研究により、粘膜から広がった炎症によりICCは障害を受
TNBS投与7日目:TNBS投与7日目では筋層内のKIT発現がコントロー