文書館専門職 - 全国歴史資料保存利用機関連絡協議会

全史料協会報
2014.3
N
o
.
95
F 文書館専門職(アーキ ピスト)
尼崎市立地域研究史料館
辻川
敦
はじめに
文書館の業務にあたるスタ ップには固有の
専門性が要求さ れ る。求めら れる専門性につ
いて、文書館事業を管理統括する立場から実
務に即して論じ、合わせて日本ではいまだ制
度化されていない文書館専門職(アーキビス
ト) の資格制度についても言及する。
1 文書館専門職の制度と現状
(
1
)日本 と世界の状況
日本では 1
987年(昭和 6
2
) 公布の公文書
館法付則 2に 「当分の問、地方公共団体が設
置する公文書館には、第 4条第 2項 の専門職
員を置かない ことができる」と ある。専門職
の現状は、 今回全史料協が実施したアンケー
ト結果にも表れてい る。
世界に目を向 ける と、欧米では養成プ ログ
ラムの 多くが大学院レベルの独立学校で、あ
り、日本を除くアジア各国もこ れになら いつ
つある (
国文学研究資料館史料館編 『アーカ
イブズの科学』上 -2003一
、 安藤正人氏執筆
「
世界のアーキピス ト教育J)。文書館先進
国と目される英米豪の場合、各国アーキビス
ト協会のガイドラインや認証によ る専門教育
課程を軸にし た専門職制度が機能して い る
(
森本祥子氏「日本におけ る養成課程と 資格
制度の提案J 日本アーカイブズ学会『アーカ
イブズ学研究~ N
o.9、2
0
0
8
.1
1)。
(
2
)関係機 関 ・団体等の動向
56
(
2014.3
全史料協会報
N
o
.
9
5
日本の現状に対して 、従来全史料協は欧米並
みの大学院教育と資格制度、現職者研修の充
実を訴えてきた。一方国は、公文書管理法に
至る過程で諮問機関から専門職制度全般の指
摘を受けつつも、現実の方策としては国立公
文書館での現職者研修を中 心に実施 してきて
いる 。 また日本アーカイブズ学会は資格制度
または資格認定協会方式を模索 しつつ、当面
は学会独自の資格制度 を運用している 。
日本において、本格的な専門職制度実現の
辻川敦氏
見通しが立たない状況がうかがわれる 。
(
2
)業務内容
2 現在、圏内で実施されている養成カリキ
ュラム
物、地図、写真 ・フィルム類等、尼崎地域の
学習院大学に代表される大学院カリキュラ
文字記録史料類を可能な範囲で網羅的に収集
ム、国立公文書館が実施するアーカイブズ研
し、整理 ・保存 ・公開に努めている 。 またこ
修、国文学研究資料館のアーカイブズ ・カレ
れに付随する編集事業、講座・ボランティア
ッジ等がある 。
等の事業、 Web サイト管理運営・情報発信と
歴史的公文書、古文書 ・近現代文書、刊行
森本祥子氏はアメリカ ・アーキピスト協会
いった業務がある 。
の考え方を引いて、知的枠組みを育む専門職
教育と、技術や実践的知識を修得する研修の
(
3
)業務の具体例から く
1
>ー歴史的公文書の
両者を組み合わせることが重要であり、日本
場合一
の現行研修制度は知識 ・技術を凝縮して伝え
年度ごとに行なう定例作業として、廃棄年
ることに精一杯で、ものの見方を育てる教育
限が来た市の公文書のうち歴史的公文書を評
になりきれていないと指摘して い る ( ~アー
価・選別し、 簿冊目 録を作成して庁内に通知
カイブズ学研究~ N
o.9掲載前掲論文) 。
している 。 また、昭和戦前期以前の文書 を中
心に件名目録を作成しており、その際個人情
3 業務の実例から見た専門性一市立文書
報の有無も把握する 。史料館収集文書以外に、
館・地域文書館としての尼崎の事例からー
現用文書 として本庁書庫に保管される永年文
(1)組織体制
書や、各課が資料として保存するなかにも歴
尼崎市の文書館施設である地域研究史料館
史的公文書としての性格を有するものがあ
は総務局に属しており、正規職員 2人、嘱託
る。 これらの保管状況を調査し把握するのも
員 6人、臨時職員 1人 という組織体制である 。
重要な業務である。
現正規職員は異動実績がなく実質専門職であ
年度ごとの選別や保管状況調査を進めてい
り
、 これの制度化、後任専門職員の正規採用
くと、通常の廃棄 ・選別システムでは把握で
を準備中である 。嘱託員のうち原史料を扱う
きない文書 ・資料の存在という課題が浮かび
4人は史学科大学院修士課程修了以上の経歴
上がる 。阪神・淡路大震災関係などのイレギ
を条件に専門職採用している 。
ュラーな文書がその典型であり、また最重要
の内容の文書は資料として各課に保存され続
57
2
0
1
4
.3
全史料協会報
No
.
95
(
5
)レファレンス、情報発信、講座等
尼崎の史料館は レファレンス ・サービス を
重視してい る。 (
3
)、 (
4
)で述べた史料収集・
整理は、すべて現在と未来の利用者への史料
公開のために行 なっていると言っても 過言で
はない。文書館サービスの最終的ア ウトプッ
トは閲覧公開であり 、利用者の閲覧利用 のう
えで鍵を握るのが、ユーザーサイドに立った
レファレンスである 。史料館は 1
9
9
0年代前半
にレ ファレンス重視 の業務改革を実施し、近
,
8
0
0人程度の相談利用 がある。 個
年は年間 1
研修会会場
人・団体、 官 ・民、庁内外を問わず多 くの利
用者が史料館を有効に閲覧利用しているとい
けるとい う実態も見えて来る 。 これらを把握
し
、 さらに例年の選別 を適切なものとするた
う実績が、史料館への評価を確固たるものと
め、各課との対話による共通認識作りという
してい る。レファ レンスを担うス タッフには、
アプローチを行なっている。
史料と歴史、尼崎地域の歴史と現状、市の施
策等に関す る幅広い知識とコミュニ ケー ショ
ン能力が求められる 。
(
4
)業務の具体例からく 2>一史料の調査・受け
このほか、 Web を通じた情報発信やデータ
入れ一
91
6
日常業務の具体例 を紹介する。写真は、1
ベース管理、講座を実施しボランテ ィアを組
年(大正 5)の尼崎市制施行時に庁舎の前で撮
織する企画 ・立案 ・管理 ・コミ ュニケー ショ
ったと考えられる記念写真である。最近、初
ン能力なども重要である。 これら の点につい
代市収入役の子孫である阪西美知子氏から提
ては、国立公文書館『アーカイ ブズ』第 51
供を受 けた。予告なく来館 ・持参され、寄贈
号 (
2
01
3
.1
0
)に辻川敦 ・久保庭萌 「
市民とと
ではなかったので、急き ょ了解をとってデジ
もに歩む尼崎市立地域研究史料館の取り組
タル複製し、合わせて初代収入役猪俣イ
吉三郎
み
」 と題してレポートしたので参照されたい。
に関する情報、写真の伝来情報や被写体につ
いての情報、その他 メタ情報を聞き取り記録
4 文書館専門職(アーキピスト)に求めら
した。 こう いった情報を機会 を逃さず聞き取
れる専門性
り
、 史料 (
こ の場合は複製デジタルデータ)
以上の具体例に沿 って、最後 に求 められる
とともに記録し保存することが史料調査 ・収
専門性を以下にまとめる。
まず第 1に、記録史料学 ・管理論等、最新
集の基本である。
文書館の目録作成の基本であるところのメ
のアーカイブズ学 に関する幅広く正確な知
タ情報の重要性を理解し、 それを的確に記録
識 ・理解と 実践能力が求めら れる。 これらは
できる ことも 、
重要な専門性のひと つで
、 ある。
専門教育課程で基本的な部分を身に付けたう
経験的に言うと、的確な記録作成は存外にむ
えで、 さらに在職中の自己学習や研修により
ずかしい専門的作業で、これを習得するには
維 持 ・向上 させ続けることが必要で、あ ろ う。
かなりの自己研績と業務への熱意を要する。
第 2に、歴史や社会の現状、属する組織に
関する幅広い知識と理解。 これは一般的知識
58
(
2
0
1
4
.3
全史料協会報
とともに、当該組織や地域、尼崎市 の史料館
の場合であれば尼崎市と尼崎地域 に即 した 知
識と理解が必要である 。 スタッフを専門職 と
して配置し、計画的に育成する必要性の根本
的理由はここにある 。尼崎地域に即した歴史
や現状の 知識
、 これ に対応する史料館所蔵史
料に関する知識を養い得る現場は、史料館以
外には絶対にあり得なし、からである 。
第 3に、コミュニケーション ・ネットワー
キング能力。 これは前記の具体例を思い起こ
せば説明の必要はないであろう 。第 4にデー
タベース等ソフトウェア技能
、 デジタノレ .Web
管理能力。今日の文書館サービス管理運営に
おいては必須能力 と言 って良い。
最後に 、求 められるもっとも重要な資質と
して、ユーザーサイドに 立て る人材が求めら
れる こと を特に強調 しておきたい。適切 な文
書館サービスを実施するうえで、ユ ーザーの
気持ちとニーズがわかることが重要であり、
そのためにはスタッフ自身がユーザーで、あり
リサーチャーである こ とが望ましい。 自ら調
べた経験のない人がユーザーサイドに 立つの
は、ファッションに興味がない人がへアデザ
イナーやブティック庖員になるのと同じでむ
ずかしいと思う。もちろん自らの調査テーマ
を持つ一方で、自らのテーマや関心に対し て
職務上の自己抑制 と謙虚さが 必要であること
は言 うまでもない。
専門性を維持・向上 させていくため、つね
にみずから学び続けるのが専 門職・ アーキビ
ストである 。尼崎のみな らず多くの現場で、
専門職員、あるいは専門職をめざす若い世代
が、主体的 にこの問題を考え実践する ことを
期待したい。
59
N
o
.
9
5