p.685-752 vol.52 no.12 国立国会図書館の遠隔研修

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ONLINE ISSN 1347-1597
昭和33年8月8日第3種郵便物認可 第52巻第12号平成22年3月1日発行(毎月1回1日発行)
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JOHO
KANRI
Journal of Information Processing and Management
3
月号
March
2010
イノベーションと情報循環
病名用語の標準化と臨床医学オントロジーの開発
農業研究情報の検索を支援する
日本農業シソーラスの開発とその活用
国立国会図書館の遠隔研修
その現状と課題について
vol.52 no.12
p.685-752
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2010
vol.52 no.12
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INFOPRO 2009特別講演:
イノベーションと情報循環
685
吉川弘之
701
大江和彦
710
竹﨑あかね
細羽見喬
倉嶋明子
718
日置将之
■2009年10月に開催された第6回情報プロフェッショナルシンポジウム(INFOPRO2009)の特別講演
は,(独)産業技術総合研究所最高顧問の吉川弘之氏に,持続性社会を目指すイノベーションの特徴と,
これを引き起こすための情報循環の重要性についてお話しいただきました。情報が循環するにはイン
フォプロはどのような役割を果たすべきか,大きな視点から考えさせられるご講演を,一挙掲載いた
します。
病名用語の標準化と臨床医学オントロジーの開発
■医療の発展のためには,患者への医療行為とその効果を分析し評価する必要があり,そのためには検
査結果,治療内容,カルテ(診療記録)の解析が重要になります。自然言語で記述されるカルテの解
析に必要な,臨床医学用語の標準化と疾患概念の体系・構造化を進める電子的記述に関するプロジェ
クトの現在の成果を紹介します。
農業研究情報の検索を支援する日本農業シソーラスの
開発とその活用
■農業研究は,生物生産,自然環境,人工環境,バイオテクノロジー,農業経済や社会環境など,基礎
から応用までの広い学問領域にまたがる融合化が進んでいます。各学問領域で利用される専門用語を
体系的に整理しデータベースやWebでの検索効率を上げるために,国際的多言語シソーラスを基礎に
作成された日本農業シソーラスの特徴と活用について報告します。
国立国会図書館の遠隔研修
その現状と課題について
■利用者ニーズの多様化・複雑化に伴い,図書館員には常に幅広い技術・知識が求められている一方,
人員削減や繁忙化,経費削減等により,集合研修への参加が困難になりつつあります。国会図書館が
図書館員向けに平成18年度から提供している遠隔研修(e-ラーニング)について,これまでの成果や
今後の展望を紹介します。
目次
月号
March
リレーエッセー:
730
上野佳恵
732
森田歌子
734
首藤佳子
736
杉田千里
740
名和小太郎
742
末廣恒夫
インフォプロってなんだ?
私の仕事,学び,そして考え 第12回
情報交差点:
地球丸ごとデータベース
地球が滅びても膨大に蓄積されたデータは滅亡しない
日本データベース学会会長 増永良文氏に教えていただいた
集会報告:
第10回情報活動研究会
「企業活動と著作権-日常業務の視点から」
視点:
フランス高等教育機関の図書館事情
3)図書館とラーニング・センター
情報論議 根掘り葉掘り:
互換機論争
この本!〜おすすめします〜:
読んでおきたい「著作権」関連本
745
情報界のトピックス
749
海外文献紹介
752
編集後記
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Contents
March
INFOPRO 2009 special lecture:
685
Standardization of disease names and development
of an advanced clinical ontology
701
OHE Kazuhiko
Development and use of Japan Agricultural
Thesaurus to assist in searching for agriculture
research information
710
TAKEZAKI Akane
HOSOBAMI Takashi
KURASHIMA Akiko
Remote training programs of the National Diet Library
718
HIOKI Masayuki
Relay essay:
730
UENO Yoshie
Information crossroad:
732
MORITA Utako
Meeting:
734
SUTO Yoshiko
Opinion:
736
SUGITA Chisato
In-depth argument on information:
740
NAWA Kotaro
My bookshelf:
742
SUEHIRO Tsuneo
Innovation and Information Cycle
About the present conditions and issues
What I do, study, and think as an information professional (12)
Database: Encoded Workaday World
YOSHIKAWA Hiroyuki
Going for Social Computing
The 10th meeting of INFOMATES
Academic libraries in France
3) Library and learning center
Computer compatibility and copyright issues
Books related to “Copyright” that wants to read
745
Topics of the information community
749
Literature guide
752
Editor's note
イノベーションと情報循環
INFOPRO 2009特別講演
イノベーションと情報循環
Innovation and Information Cycle
独立行政法人産業技術総合研究所 最高顧問
独立行政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センターセンター長
吉川 弘之
YOSHIKAWA Hiroyuki
1.
(情報管理 52(12), 685-700)
はじめに
吉川でございます。よろしくお願いします。
私は情報のプロフェッショナルの分野の人間では
ございません。むしろ科学技術情報のユーザーとい
う立場でいつも隣に接していたという人間でありま
す。今日は主としてイノベーションの角度から情報
という問題を考え,情報循環ということをお話しし
ます。
こんな内容で話そうと思います。イノベーション
とは経済学の中の1つの概念です。従来の1つの仕組
みを壊しながら,新しい経済的価値を生み出すもの
をイノベーションと呼ぶと定義されています。です
が,現在のような環境時代あるいは持続性時代には,
ただ単に経済的な問題として考えるよりは,もっと
大きな仕組みの変更に重点を置いた考え方が必要に
なるのではなかろうかと考えています。そこで,1
つの例として気候変動がどのように社会の仕組みを
吉川 弘之(よしかわ ひろゆき)氏 略歴
独立行政法人産業技術総合研究所 最高顧問,独立行
政法人科学技術振興機構 研究開発戦略センターセン
ター長。
1956年, 東 京 大 学 工 学 部 精 密 工 学 科 を 卒 業 し 三
菱造船入社。1956年,株式会社科学研究所(現 理
化学研究所)入所。1978年,東京大学工学部教授。
1989年,東京大学工学部長,1993年,東京大学長。
日本学術会議会長,日本学術振興会会長,放送大学長
などを歴任し,1999年,国際科学会議(I C S U)会長
就任。
変えたのかという観点で,その中にわれわれがもう
本稿は,2009年10月14日(水)
,日本科学未来館で開催された「第6回情報プロフェッショナルシンポジウム(INFOPRO 2009)
」
での講演内容を,編集事務局で編集したものである。なお,同シンポジウムの開催報告は,
『情報の科学と技術』vol. 60,no. 3
に掲載されている。
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少し小さな意味で言っているイノベーションがたく
もちろん倫理,哲学,科学などに影響を与えますが,
さん出てくるというお話から,現代のイノベーショ
それだけではなく,われわれの現実の行動にも大き
ンの定義をしてみたいと思います。
な変化を求めているのです。
情報循環とは,社会の中に情報が巡っているとい
現実行動としては,技術開発,事業経営,経済活
うことです。これは当たり前といえば当たり前で,
動,国際関係などに及び,それは単なる過去の知識
情報というのは本来巡るもので,死蔵していたら情
の適用ではできない。このことが,例えば気候変動
報ではないわけです。その情報の流れ方が実は一方
という1つの科学の発見が,多くの人々にイノベー
向ではなく,循環しているということが非常に大事
ティブな行動を要請している,というように現代を
です。私はこの情報循環という言葉を発明して盛ん
とらえなければいけないわけです。
に使っているわけです。世の中に情報は循環してい
産業革命以後,現在の持続性時代になるまでの開
る,その循環をどのようにとらえるのか,その中で,
発時代には,社会経済の革新を引き起こすことがイ
情報の循環をどうやって加速し,また正当なものに
ノベーションの本質だとされました。それに対して,
していくのかという大きな課題を負っている方々が
持続性時代の要請にこたえるイノベーションは,も
お集まりだと思いますが,イノベーションに限って
ともと言われていた本質に加えて,持続性向上に貢
も,世の中が進化していくためには情報循環が必要
献するという条件が課せられている。何か新しい仕
だということです。
組みで新しい富を生み出せばいいというだけではな
しかしながら,それは1つのモデルであり,現実
く,方向が決まっているということです。これは過
を見ると非常に不完全です。もちろん情報循環とい
去のイノベーション,シュンペーターのいうイノ
うのは,情報専門家だけではなく,広い意味での科
ベーションとは異質だということを,まず考える必
学者の役割もあります。科学者が持っている社会に
要がある。
おける役割──ただ研究していればいいというので
それは一体どういうことか。気候変動──これは
はなく,大きな情報の担い手でもある科学者の役割
温暖化に限って言っていますが,もともと温室効果
は何なのか。
とは,フーリエ級数で有名なフーリエが19世紀にす
最後に,情報専門家の役割のお話をしますが,こ
でに言っているわけです。空気がなければ気温は零
れは私の専門とするところではないので,むしろこ
下になってしまい,日が当たるとものすごく暑くな
こは皆様に考えていただこうと思っております。
る。空気に守られているから地球は温暖で,生物が
存在している。これは19世紀から非常に大きな話題
2.
最も大きなイノベーション:気候変動
において役割を果たした人々
であったわけです。
しかし,それから次第に,大気の成分が変わると
温度が変わるということに,有名なチンダルやアレ
2.1 持続性時代のイノベーション
最も大きなイノベーションの1つが,気候変動で
す。
昔から気候変動という話題はありましたが,それ
が非常に深刻だということが1950年代,今から50
686
ニウスという学者が気がつきます。しかし,例え
ば,アレニウスはスウェーデン人でストックホルム
に住んでいましたから,温暖化して次第にまきの費
用がかからなくなるので豊かになるだろうと言って
いて,危機感はなかったわけです。
年以上前に言われました。そのため,価値観が非常
それに対して,50年代になって科学者たちが,気
に変化してきたのだと思います。価値観の変化は,
候変動によって,例えば,氷が解けて海面が上がる,
イノベーションと情報循環
生態系を変化させて新しい病気がはやるといった危
険がいっぱいあるということを指摘し始める。しか
があるということです。
皆様も科学者と接する機会が多いと思いますが,
し,この指摘がなかなか社会に届かない。ここに情
科学者はあまり人の言うことを聞きたくない。人と
報の難しさがある。50年代からたくさんの,正確に
違うことを言わないと有名にならないから,みんな
数えたことはないですが,恐らく数千の論文が出て
違うことを言っている。そういったばらばらの発言
います。しかし,その数千の論文には社会が気がつ
は情報としては扱いようがない。そういった問題が
かなかったわけです。気候変動があることはわかり
はっきりしてくるわけです。
ましたが,それによって何をすればいいかというこ
とについて,世の中は動かなかった。
これはその1つのケースです。今お話ししたこと
ですが,基礎研究者が研究して,新しい知見が出て
しかし,1985年に,非常に重要な会議が,オー
きて,それが社会に対する警告になる。そうやって
ストリアのフィラハで開催されました(フィラハ会
初めて情報が科学者の中から外へ出ていこうとする
議)。そこに科学者,政治家,行政関係,マスコミ
わけですが,しかし,実際にそれは出ていかない。
といった人たちが大勢集まって議論しました。必要
50年という時間がかかってしまった。しかしなが
なのは科学者のコンセンサスで,科学者が一致して
ら,サイエンティストの声がそろった声──u n i q u e
物を言わなければいけない。科学者がばらばらにい
voiceになったとき,初めてそれは国際機関等に影響
ろいろなことを言ったのでは,結局,その情報は本
を与えて,政治の世界へくる。こちらは科学者がさ
当に届いてほしい人に届かないのではないか。そう
らに研究を続けるということで,ここに科学者と社
いったことが話し合われました。
会が協力して1つの方向が出てくるわけです。
これがきっかけになって,ブルントラント委員会
科学者が新しい知見を発見して,世の中に警告を
から「我ら共通の未来」(1987年)という有名な本
発して,何かしなければならないということを言う
が出ています。その本で初めて地球温暖化という問
のは,言われてみればわかります。一方で,世の中
題が大きく取り上げられました。それがリオデジャ
から科学者に対して何をしてくれというのもまた情
ネイロの地球サミットにおいて,気候変動枠組条約
報です。これは非常にインピーダンスが大きい。
(F C C C)や,すでに科学者が参加して始まっていた
ジェーン・ルブチェンコという人が──アメリカの
IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)と
海洋気象庁の長官になった女性で,国際科学会議
一体化して,ついに政治的な話題になりました。
(International Council for Science: ICSU)では私の次の
会長で親しくしていましたが,強くこのことを主張
2.2 情報のインピーダンスとは
しました。
あるところで情報が発せられながら,それが詰
科学者の研究はほとんど公的機関の,公的なお金
まってしまう。情報のインピーダンスと私は呼びま
を使っているのです。公的な一般の人々が科学に期
すが,インピーダンスが大きくなってどこかで詰
待しているから,その研究費が出ている。科学者は
まってしまう。あるときにあるきっかけでそれが
そのことを知らなければいけない。ところが科学者
どっと流れる。そういう不思議な構造を世界は持っ
というのは,科研費に当たったと言って,宝くじに
ていて,恐らくそこにインフォプロという方々が大
当たったように「さあ,今年は研究ができるぞ」と
変苦労されている面もあると思います。現代社会に
喜んでいる。それは間違いで,社会から科学者コミュ
なって情報化時代と言われながら,さまざまな問題
ニティーに対する,科学者に対する重要な期待感が
がある。温暖化だけをとってみても,そういうこと
研究費の上に乗ってきているわけです。ですから,
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お金というのは,この場合,極めて重要な情報で,
ここにそもそもこういった1つの情報循環があっ
研究費をもらったというのは,その期待感を突きつ
て,社会の期待が科学者の提言になって,また研究
けられたことに等しいとルブチェンコは言ったので
成果という形になってこちらに流れていって,その
す。したがって,研究費をもらったということは,
結果,また新しい期待が生まれる。これはある種の
「いいことをやりますよ。だから,お金をください」
情報循環です。情報循環という言葉では言いません
と契約し履行することだと,科学者に対して非常に
でしたが,こういった概念はすでにそのころから
はっきり言った。
あったということです(図1)。
2.3 科学的発見からイノベーションへ
新しい社会契約の履行
さて,なぜ気候変動がイノベーションなのかとい
期待(配分機関を通じて研究費)
う話に戻ります(図2)。気候変動をはじめ環境問題
は,あらゆる分野で議論されてきました。例えば,
哲学の分野では,レイチェル・カーソンが『沈黙の
春』を1962年に出しました。今でいえばケミカル
科学者
コミュニティ
社会
リスクという概念がすでに62年に言われている。こ
れは大変重要な本の1つだったと思います。そういっ
た哲学者と言っていい人たちがいろいろなことを論
じて,環境問題は非常に重要で,人類が持続性とい
契約の履行(研究成果と助言)
う概念で事を運ばなければいけないというのは,少
図1
“ 気候変動の発見がイノベーションをもたらした ”
哲学
科学
政治
経済
気候変動研究
沈黙の春
(1950∼)
(Rachel Carson,
1962)
成長の限界
(Club of Rome
1972)
石油危機
(1971, 1979)
人間と環境会議
(UN,1972)
IPCC
地球サミット
(1988∼) (UN 1992)
技術
教育
教育における
領域の完成
(19thcentury)
省エネルギー
知識の
急激な増加
UNFCCC1992∼
再生エネルギー
ファクター 4
IPCC
(Club of Rome,
京都議定書
(1997)
rd
A.Lovins, 1995) (3 2001)
G8- サミット
排出権取引
二酸化炭素
Gleneagles(2005) (2002,UK)
Cool Earth
IPCC
隔離
St.
Petersburg
(
2006)
高度に領域化を
(2007)
(4th2007)
セクトラル
Heiligendamm(2007)
達成した
アプローチ
Tooyako(2008)
教育システム
(2007)
持続性科学研究 L’Aquila(2009)
適応技術,
持続性教育
国連総会(2009.9) Stern 報告
軽減技術
持続性科学の
創出(社会の
ための科学)
資源(負)問題に
おける国際協調
の仕組み
新経済制度:
新エネルギー 持続的開発の
ための教育
排出権取引,
適応技術,
(UNESCO-ESD)
気候変動経済学 軽減技術
図2
688
イノベーションと情報循環
なくとも哲学(思想)の世界ではこの数十年の間に
3.
現代のイノベーション
成立してきたと思います。
科学では,まさに先ほど来言っている気候変動研
3.1 条件付きのイノベーション
究がたくさんあって,多くの研究成果が出されまし
さて,現代のイノベーションの代表的なものは気
た。しかし,多くの研究者が集まって,人類の行動
候変動からくるさまざまな社会的,経済的,技術的
が温度変化をつくっていると結論したのが,この
変化だと言いましたが,ここでもう1回これを振り
IPCCのグループです。
返ってみたいと思います。
政治では,現在,環境問題は大きな話題になって
イノベーションと今盛んに言われている。なぜ今,
しまいました。G8サミットで毎回大きな話題とし
世界的に,一斉に,個人も企業も政府もイノベーショ
て地球温暖化という問題が出てくる。
ンを求めるのか。これは多分いろいろな理由があっ
それを受けて,経済でも排出権取引がいよいよ世
て,個人レベルでは,理由はよくわかりませんが,
界的な経済システムに大きな影響を与えようとして
追い立てられるように何か買わなければいけない,
います。わが国ではセクトラルアプローチというの
という生活をしている。企業も大競争時代と言われ,
を採っています。2007年に英国でスターン報告が
立ち止まったら負ける。国家においても,ベルリン
出て,これはまさに経済の主要問題であり,経済学
の壁が壊れて平和な時代が来ると思ったら,ローカ
は現在の経済学でしかなかったわけですが,スター
ルには次々と難問が出てきてしまってどうしようも
ン報告では未来の人類を巻き込んだ新しい経済学を
ない。だから,今のままでは人類はやっていけない
つくらなければいけないと言っています。
ということがわかってきました。変わらなければい
技術については,省エネルギーというのは日本が
けない,今より良い仕組みがあるはずだ,それを求
始めたわけですが,これは環境問題というよりは石
めようと,個人から国家の水準に至るまでみんなで
油ショック対策で始めた。それが今生きているわけ
考えている。これが,イノベーションという言葉が非
です。最近になって適応技術や軽減技術がたくさん
常に心地よく聞こえ,必要だと考える理由です。
出てきた。
教育でも,最近は持続性教育が重要になってきて
いる。
地球環境というのは,昔は恩恵でした。無限の空
気と無限の資源と無限の空間があって,それを使え
ば豊かになれる。ところが,今やそれは上手に維持
こうして各分野で大きな変化が出てくる。イノ
していかなければならない対象になったわけです。
ベーションというのは伝統的な仕組みを変えて,新
国際関係は,脆弱なものだということがわかってき
しい仕組みで知的な新しい生産物をそこでつくって
た。社会や経済も伝統的につくってきたものだけで
いこうということだと解釈すれば,これはみんなイ
はうまくいかないことがわかってきた。教育もたく
ノベーションです。狭い意味では新しい技術がイノ
さん知識が増えたのに,教育のインピーダンスに
ベーションですが,経済制度の大変化というのも重
よって情報の流通が非常に悪くなって,難しい状況
要なイノベーションであるし,こういった国際協調
に立ち至っている。
の仕方についてもこれほど大きなイノベーションは
これらを解決するためのイノベーションですか
ありません。そういったことで,気候変動という1
ら,何でもいいから新しければいいという,経済学
つの科学的な発見が,非常に大きなイノベーション
者の言ったイノベーションではなくて,イノベー
を引き起こす。それを強く認識しなければいけない
ションの方向が決まっているわけです。環境も良く
と思っています。
なり,開発も進んで豊かになるということが同時的
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サステナブルな社会に向けた産業の重心移動
“産業変革”
伝統的開発
予想可能なフロンティア=適度のリスク
開発
産業変革を必要とする持続性産業
予想不可能なフロンティア=二重リスク
(二重:量および質のリスク)
環境
図3
に動かなければいけないということです(図3)。従
のある人間が結集して,骨身を削って新幹線を作っ
来は,環境を良くしようと思えば,開発は抑えた。
ていくという歴史がある。すばらしい日本全体の知
開発をすると環境は悪くなった。それを環境も開発
を結集する,まさに情報が集まってくる構造が存在
も両方が良くなる方向へ動かす。これがまさにイノ
していたわけです。
ベーションです。私たちは踏み外してはいけない方
現在,日本で優秀な研究が行われていますが,そ
向という中でのイノベーションを考えなければいけ
れも研究者を上手に結集する──結集というのは1
ない。条件付きのイノベーションだということに気
つに集まるというだけではなくて,そこには非常に
がついたのです。
多くの協力,情報交換があって,1つのパワーをつ
くり出してきたという過去があったからです。
3.2 日本のイノベーション:過去の成功と現代
の問題
前世紀,20世紀において最大のイノベーションを
かと思います。失われた10年,15年と言われる90
年代以降の停滞は,おそらく,日本がずっと成長し
行ったのは日本だったのではないかと私は思ってい
てきたやり方,仕組みがうまく通用しなくなった,
ます。それを忘れて外国に範を求めるよりも,もう
あるいは,ある種の意図によってそれが抑えられて
1回,日本で何をやっていたのかということをよく
しまったことが原因です。
考えようというわけです。
一方,96年以降,科学技術基本計画によって基
基礎的な知識,科学というのは,戦後しばらく停
礎研究が多くなり,1950年に比べれば,日本の研
滞していました。しかしながら,日本は先進科学を
究水準は今,非常に上がりました。研究論文という
学ぶことが非常に得意でした。それが産業に対して
点でも,citationという意味でも,いろいろな国際賞
知識として流れるという道筋が1960年から1990年
という意味でも,日本はどんどんいい成績を上げて
の高度経済成長時代には存在していたわけです。知
きた。したがって,大学,研究所など科学コミュニ
識の流れ,これはまさに情報の流れです。
ティーにはたくさんの情報がたまりきっている。と
非常に多くの社会的な仕組みの上に乗って情報は
690
今はどうもそういう流通がなくなったのではない
ころが,それが産業界へどっと流れていって産業の
流れます。例えば国鉄が鉄道研究所を中心に新幹線
世界的な競争力をどんどん増しているかというと,
を作り上げていく歴史を見ると,そこには日本の復
どうもそうではない。この間の情報流通のインピー
興の夢が若者の心をとらえ,そして,志があり能力
ダンスが高くなってしまったのではないか。
イノベーションと情報循環
では,どうすればいいか。私たちの問題点の1つ
ています。1つは,基礎研究が具体的な物として形
として,研究は上手にできたけれども,その研究成
をなしていくための研究です。これは非常にやりに
果が豊かさを生むという形がどうもうまくいってい
くい研究で,研究者がやりたがらない一種の暗黒空
ない。問題は情報流通,知識を流す仕組みでしょう
間がここに存在しています。もう1つは,物になっ
ね。産学連携はなかなかうまくいっていません。こ
ても,それを社会に取り込んでいくというところに
れは一体なぜなのか。日本全体の仕組みも含めた1
第2の障壁がある。今日の言葉で言えば,それは情
つの情報流通の問題があるのではなかろうかという
報のインピーダンスが極めて高いということになる
わけです。
わけですが,情報が流れていかない。
それを解決するために,新しい研究として第二種
3.3 研究と製品化の間の2つの障壁
基礎研究というのを科学者の間で私は提案していま
もう少し話を狭くして,イノベーションに限って
す。科学者というのは,大発見,画期的発明が好き
考えると,イノベーションも1人の人がやるのでは
です。発見・発明をすると,その人は偉い科学者だ
ありません。いろいろな人が関わっています。その
と認められるからです。しかし,自分の大発見がす
間に情報の受け渡しが必要になる。それがうまく
ぐに現実の社会に役立つことにはなりません。発見
いったときにイノベーションは成功する。イノベー
を役立たせるためには非常に時間も労力も新しい種
ションにもいろいろありますが,最近言われている
類の研究もしなければいけないわけですが,あまり
のは,科学技術基礎研究をもとにして革命的な実際
に労力が多いために,科学者の多くは論文を出して
の社会的価値を生み出すイノベーションです(図
しまうと,次のテーマに変えてまた新しい論文に取
4)。科学技術イノベーションに限定すれば,基礎研
り組む。結局,大発見は研究側にとどまっているわ
究がまず存在し,そして,企業による製品化研究が
けです。産業側につながらない。
あり,その製品化によって──製品化というのは決
では,誰が研究側の知を産業側へ流すのかという
して物ばかりではなくて,制度やサービスなどいろ
問題になるわけです。これは私がハンガリー人と2
いろなものがありますが,新しいコンセプトが社会
人でやった研究ですが,統計を取ると,ほとんどの
に入っていって,社会に新しい価値を生み出す。基
新しい技術に対する社会の関心はこういう経過をた
本的には基礎研究があって,製品化研究があって,
どっています(図5)。この谷をnightmare(悪夢)と
イノベーションがあるということになります。
名づけました。
この間に障壁がある。障壁は2つあると私は言っ
これはCAD(computer-aided design)発明の例です。
Sutherland による CAD(computer-aided design)
イノベーションの障壁
障壁が研究者・イノベ―タに悪夢をもたらす
人々の関心
基礎研究に基づくイノベーションの障壁
基礎研究
技術的障壁
(悪夢―Ⅰ)
大学,研究所
製品化
研究
賞賛 *
市場化による受容
失望
社会的障壁
イノベーション
(悪夢―Ⅱ)
企業
社会
ネットワーク・オブ・エクセレンスによるイノベーションの連続性
第一種
基礎研究
第二種
基礎研究
製品化
研究
大学,研究所
特別の研究所
企業
図4
社会的同化 イノベーション
(社会技術)
研究所,企業,
政治行政
社会
1960
1970
非難
1980
1990
*I.E. Sutherland, “Sketchpad –A man machine graphical communication system”
Proc.SJCC,1963,PP329-346
図5
691
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コンピューターの中でいろいろな幾何学的な図形を
壁にぶつかったら,新しい基礎研究をやって知恵を
扱えるということを最初に示したのが,1963年の
つくり出したり,あるいは,考えてもみなかった新
アメリカにおける学会で,サザーランドというM I T
しい分野の知識を持ってこなければならない。昔は
の研究グループの1人が発表しました。これはすば
機械技術者と電気技術者は別々にやっていればよく
らしい。大賞賛です。今まで図面の上で絵を描き,
て,あとは電線で結べばよかったわけですが,それ
自動車の設計図も全部製図板で描いていましたが,
が一体となって物を考えるような全然違う思考形式
そんなものは全部コンピューターの中に入ってしま
が必要になり,そのようにして新しい研究をする。
うと言われた。この発明によって製図板は5年後に
イノベーションというのはそういうものです。イ
社会から姿を消すであろうと言われ,みんな期待感
ノベーションは,新しい知識が出ればできるのでは
が上がった。しかし,5年たっても製図板は一向に
なく,その後に,世の中であまり認められていない
なくならなかったわけです。
大変つらい時期がある。研究者にとってなぜ悪夢か
コンピューターの中で幾何学図形を扱うことは本
というと,この研究をやっていると論文が書けな
質的な無理があった。曲面というのはアナログの世
い。ですから,研究者として認められない。新しい
界ですから,デジタルで扱ったら誤差が出ます。そ
ポストが得られない。これは研究者にとっては致命
の誤差をどう処理するかという大変重要な数学がな
的です。
かったわけです。交点を何回も求めているうちに誤
差が爆発して,ばらばらになってしまうわけです。
692
3.4 構成的な研究の必要性
これでは実用化・製品化にならないということはす
では,この構成的な研究は誰がやるのか。私はた
ぐわかります。そして,失望の時代が来て,逆に,
「あ
またま産業技術総合研究所に8年間いましたが,そ
なた方は詐欺師だ」と非難されて,研究者の1人は
こにいた若い研究者と議論をして,ひとつわれわれ
アル中で亡くなったり,本当につらい悪夢の時代を
がやろうじゃないかと言いました。ルブチェンコが
過ごしてしまう。
言ったように,私たちは研究費を一般の人々から期
し か し, 現 在, 計 算 幾 何 学(c o m p u t a t i o n a l
待としてもらっている。産総研は公的研究機関です
geometry)によって,曲面をコンピューターの中で
から,われわれがそういうものをつくって社会にお
扱うときに,その誤差を発散しないようにうまく制
返しする。もちろん基礎研究も一緒にやりますが,
御していくという基礎数学ができて初めてC A Dが具
その基礎研究の結果を製品にまで持っていくという
体的にできるようになった。この間に何と1960年
研究をやろうじゃないかと言ったところ,産総研の
から1980年代まで,20年という時間が経ってしま
若い研究者たちが一緒にやろうと言ってくれた。そ
いました。
れで,本格研究と名づけて一緒にやって,実際に基
開発から製品化の間には,そういう悪夢の時代が
礎研究──産総研の場合は産業技術ですが,産業に
ある。これはある種の情報変換です。ここで出てき
どのように役に立つかというところまで,実際に自
た基礎的な知恵は,そのままでは製品になりませ
分たちでやろうとしたのです。
ん。現実に存在するものになるためには,ある大発
産総研の研究ユニットというのは,第一種と呼ば
見の知識だけではなく,すでにあった知識や新しい
れる普通の基礎研究の人と,企業で研究をするよう
発見を集めてきて,構成的研究,syntheticな研究を
な応用研究,あるいはベンチャーをつくろうという
する。新発見は分析的な研究ですが,構成的な研究
ような人と,今言った悪夢の研究をする人たち,三
です。そういった研究には平均15年くらいかかる。
者が一体になって研究ユニットをつくります。これ
イノベーションと情報循環
がまさに情報の流通に必要なところで,三者が別の
服するかというと,1つは,一緒にしてしまうとい
ところにいたらだめなわけです。情報というのはな
うことです。そしてもう1つは,情報専門家たちの
かなかタフな存在で,紙にすれば,あるいは媒体に
仕事はそこに待っているわけで,どうやって情報を
すれば伝わるというものではありません。こうやっ
流通したくない人たちの間に流通させるかという仕事
て一緒に危難をともにすることで伝わるという面も
が待っているのでしょうね。これは皆さんの仕事です。
あるのです。
産総研でそうやって50幾つかの研究ユニットを
4.
進化のための情報循環
つくりましたが,1つのユニットに,平均どれくら
いの分野(ディシプリン)の人がいるか(図6)。1
4.1 進化と情報循環
つの研究ユニットの中に非常に多くの種類の研究者
いよいよ情報循環という話になります。
たちが入っていることがわかります。40人いるとこ
情報循環とは何かというと,今日話題にしており
ろでは,こちらのユニットの方でも9種類ぐらいの
ます方向が定められたイノベーションということで
いろいろな人がいる。ごちゃまぜの研究グループに
す。一歩一歩,そのイノベーションによってわれわ
なってしまう。一方,大学は自分で教育した人たち
れがある方向に向かって前進している。ある方向と
がその研究室に入るわけですから,完全均質組織で
は,持続的な社会の,持続的な地球の実現というこ
す。1つ組織があれば,専門分野は1。機械工学科は
とです。地球という,人間が置かれている環境に適
機械工学の出身の人しかいない。こんなのはおかし
応していくことですから,それはまさに進化です。
いわけです。
進化というのは,生き物が自分の環境に適応して生
言い換えれば,異なった研究分野の人の間の情報
きていく。生物はそうやって進化していくわけで
流通のインピーダンスはいかに大きいかということ
す。したがって,われわれもいよいよ進化の構造を
です。異なった研究分野の人がばらばらにいたので
持たないと地球の中で生きていけないということに
はだめで,例えば,大学にあって,機械工学科と電
気がつくわけです。それが開発時代から持続性時代
気工学科というのは仲が悪い,ということでは,情
へということです。
報が流通していない。そういうところではイノベー
そういう時代に情報循環が必要なのです。それは
ションが生まれるはずがない。それをどうやって克
なぜか。私はこういう図をよく描きますが(図7),
研究ユニットあたりの出身ディシプリン数
本格研究:一つの研究ユニット内の研究者の多様なディシプリン
ディシプリン:数学,物理学,化学,生物学,地質学,機械,電気,情報,材料工学,
建築・土木,原子力工学,医学,薬学,農学(14種類)
(237,14)
11 完全不均質組織
ある対象が持続的進化をするための基本ループ
各ブロックは自治的な存在であり,自然と人間(個人,組織,社会)を含む
10
9
選択
8
7
行動者
行動
助言
6
同化
5
4
構成者
3
2
1
0
完全均質組織
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
120
生命科学
情報通信電子
ナノテク材料製造
環境エネルギー
地球科学
計測標準
研究ユニットあたりの研究者数
産業技術総合研究所
100 110
研究センター
図6
130 140
対象
聴取
状態
警告
観察者
抽出
“情報循環”
研究部門
図7
693
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情報循環というのはこういう構造を持っている。あ
がまさに対等に参加しているわけです。こちらから
る対象が持続的な進化,e v o l u t i o nをするためには,
一方的だったら絶対に進化しません。その結果,登
こういう構造を持っていなければできないというこ
録されたことを前提にして同じ言葉を使うから,言
とです。
語が進化する。進化というのはこういうループの構
まず進化する対象がある。進化する対象がどうい
造を持っているわけです。
う状態にあるかを観察する人がいて,観察の結果を
産業で,製品が進化すると言いますが,これもあ
警告する。先ほどの気候変動でいえば,大気を観察
る種の情報循環です。実際に新しい設計をして,製
している人は,危ないぞと警告する。それを受け
品を世の中に出す。よく売れた。どういうふうに使
て,それでは炭酸ガスを減らす低炭素化社会をつく
われたかという情報をもとにして新しい製品を作
ろう,それにはこういう技術が必要だというような,
る。ですから,こういった情報循環があって,工業
具体的にどうすればいいかを提案するのが構成者で
製品は上手に進化しているわけです。
す。その提案を受けていろいろな行動をする人が社
会にはいて,その行動の結果,対象が変化していく。
その変化をまた観察する人が見つけて,いい方向に
さて,先ほどの気候変動も一種の情報循環だった
提案していく。これがうまく回転しているときに,
と解釈されます。それは,観察者というのは気象学
存在しているものは進化していくということです。
者であり,大気の科学者でしたが,その人たちが実
具体的にそういう例はたくさんあります。一番基
際に観察してそれに警告を発し,その警告を受け止
本的なのは言語です。ソシュールという偉大なスイ
めたのが,政治の世界だったわけですが,政治の世
スの言語学者がいます。言語というのはどうしてで
界に今度は産業も入ってきて,グリーン・インダス
きたのか。誰かが人工的につくったものではありま
トリーと言っていますが,そういった実際の行動者
せん。誰かからもらったわけでもないです。人類が
が行動し始める。そういう形で何かをすると社会が
ある1つの社会をつくったときに,その中のある1人
変わってきます。いいように変わったのかどうかと
が,ある別の人に何かを伝えようと思う。例えば,
いうのを今の科学者,IPCCは常時観察して,いい方
何か恐ろしい猛獣が来たとき,仲間に危険だと伝え
向に行っている,悪い方向に行っていると言いま
ますが,言葉はないわけですから,何か言ったわけ
す。それは政治的な合意で,(2009年)12月に行わ
です。何か言って,それが危険だという意味が通じ,
れる気候変動枠組条約締約国会議(COP15)で議論
みんながさっとどこかへ隠れる。そうすると,通じ
して人間の行動を決めようということですから,よ
た言葉が社会的に残る。そういうことをソシュール
は言ったわけです。すなわち,発話者がいて──彼
はp a r o l eと言いますが,発話したものが社会で受け
入れられたとき,それは社会的に登録され,言語系
をつくる。それを彼は社会的結晶あるいは同意配列
的能力と言いました。何回も使っているうちに,理
解されなかったものはだんだん捨てられ,理解され
たものだけが生き残っていく。その結果できたのが
言語です。これが言語の進化だと言ったわけです。
そのためには,話し手と聞き手が両方いて,それ
694
4.2 気候変動と情報循環
イノベーションと情報循環
うやくこういう循環が回り始めたのです。その中に
川で実験しているわけではありません。そうではな
数々のイノベーションがある。仕組み自身もイノ
くて,実験室で実験しています。現実を切り出して
ベーションでしたが,グリーン・イノベーション,
いるわけです。切り出した中で法則をつくりやすい
すなわち,新しい産業が起こるぞと言われているの
ような条件をつくって,法則をつくり出している。
は,このサイクルを加速するためのイノベーション
その科学者に本当の自然のことはわからないのでは
がたくさん必要になっていることがわかってきたと
ないか。それは科学者が反省しなければいけないこ
いうことです。今やイノベーションもこういう情報
とです。本当に持続的な社会を実現するために何が
循環の中で位置づけることができるのではないかと
必要なのかということを考えながら自分の分野を決
いうわけです。
めている人は非常に少ない。これは大問題です。
ところが,これは皆様もお感じになっていること
そういった意味で,われわれ科学者が十分に観察
ですが,その情報循環は非常に不十分なのではない
しているとは思いません。したがって,そこから出
かというわけです。
てくる科学論文も必ずしも十分ではないですが,さ
情報循環は,大きく分けて4つの主体から成り立っ
らに科学者は,自分で関心のあること,知的好奇心
ています。社会,自然という対象があって,観察型
という非常に美しい好奇心によって研究して,その
の科学者がいて,構成型の科学者がいて,行動者が
研究した結果を論文として社会に出しますが,それ
いる。行動者というのは,社会のあらゆる人はみん
が何に使われるかには関心を持っていないわけで
な行動者です。ですから,行動者に本当の意味でい
す。科学論文を使う人は使う人で,使えるものを使っ
い情報が伝わっているかどうかが大事です。この行
ているということになる。したがって,この間には
動の結果が社会を変えてしまうわけですから。
非常に厚い壁があって,ルブチェンコの言ったよう
な意味での循環はここには起こっていない。そうい
5.
情報循環の不完全性
う意味では,ここに情報技術,情報専門技術が一体
何をすればいいかという大きな課題があるのではな
さて,社会や自然がどう変化しているのかを,現
いかという気がいたします。
在の観察型科学者が本当に上手にとらえているのか
また,仮に科学論文が出てきたとしても,この科
というと,どうもとらえていない。物理学者であれ
学論文はどんどん放出しただけですぐ使える形に
ば,個別に物質はどうなっているかといったことを
なっていないので,科学論文がこんなに積もっても
研究していますが,実際に植物,動物の種類が減っ
世の中は豊かになりません(図8)。世の中を変えて
ているということは,素粒子のことを研究している
人にはまったく無関係です。現実に起こっているこ
とは,ごく一部の科学者しか見ていません。それは
8WLOL]DWLRQRI.QRZOHGJHLVSXWLQWR+DQGVRI
³([WUDPXUDO´3HRSOH
Knowledge through scientific papers
それでいいのですが,一部の科学者が見たことがほ
かの科学者に伝わっているかというと,伝わってい
ません。
むしろ科学者は実験室に独特な環境や状況をつく
り,ある刺激を与えて,ある反応を見る。そこに大
法則が見つかる。そういうことをやっているわけで
すから,現実の社会で,あるいは現実の自然,山や
6FLHQWLILF&RPPXQLW\
'LVFLSOLQDULO\6HSDUDWHG
5HVHDUFKHUV
6RFLHW\
.QRZOHGJH8VHUV
ZLWKRXWELUGH\HYLHZV
Thick Wall
図8
695
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いくのは,行動の根拠をつくる工学系,応用系の科
う影響を与えていくか。もちろん科学的知識そのも
学者です。しかし,この人たちの方法論は極めて弱
のもありますが,もう少し意図的な情報伝達という
いわけです。分析に関する方法論は持っています。
ことを考えると,科学者が社会に助言をする。先ほ
仮説を立て,実験をし,そしてそれを検証する。そ
どの気候変動はその典型だったわけです。ここに大
うやって人類は科学的知識を公共財としてずっと増
きなインピーダンスがあって50年かかってしまっ
やしてきたわけです。しかし,工学の方法,すなわ
たわけです。これをどうやってうまくやっていくの
ち,構成に関する方法論を私たちは持っていない。
かというのが,科学者にとっても,社会の側にとっ
さてその後,出てきた構成型科学者の結論が伝
ても非常に大事です。
わって行動者が行動するのですが,この行動者に本
次に,助言というのはどういうものがあるかとい
当に必要な科学的な知識が伝わっているかという
うと,大きく分けると2つあります。政策のための
と,これまた不十分です。行動者というのは政治家,
科学「Science for Policy」と科学のための政策「Policy
政策立案者,行政者,事業家,技術者,教育者,作
for Science」です。
家,芸術家などの専門家です。この人たちは,最近,
政策のための科学は,いろいろな政策を決めるの
多くの科学技術の知識を使いますが,正しい知識が
に科学的知識が非常に大事になった結果重要になっ
届いているかというと,ランダムで,思いつきのよ
てきた。今話題になっているダムの建設の問題も,
うにして使っているように思われます。
あれは技術的な成果ですが,その結果,生態系に何
実際はこの人たちが行った個別行動が社会や自然
が起こるのか,農業にどういう影響があるのか,自
のありようを決めてしまうわけです。それが本当に
然環境にどういう影響があるのか,それらを理解す
うまくいくのか。例えば,言語のような上手な進化
るには科学的知識が必要なわけです。ですから,科
形式を科学技術知識でつくっているのだろうか。科
学的知識という客観的な条件によって,このダムは
学の中ではできているのかもしれない。しかし,全
造ってはいけない,このダムはいいという結論が出
体としてそれを応用して社会全体が科学によって良
れば,みんなも「そうか」と納得しますが,結論が
くなり,持続性社会に向かっていくのかということ
出なければそこで対立が起こってしまう。一体なぜ
については,非常に不十分な状況しかないのではな
なのか。私たちの知識,科学というのは,対立はあ
いだろうか。
りますが,いずれ結論が出てきます。ニュートンか
6.
科学者の役割
持続的進化のための科学者の役割
6.1 持続的進化のための科学者の役割
今言ったような問題について科学者も責任を持た
なければいけない。情報循環の中には科学者が2か
一員なわけです。これ以外にもループはいっぱいあ
りますが,科学者という立場,あるいは科学技術情
報のループと考えた場合には,これが非常に大事に
なります。
科学者が,行動者を含む社会,地球環境にどうい
696
教育者
報道者
作家
芸術家
技術者
経営者
管理者
政治家
政策立案者
行政者
司法官
科学者
等
知識提供
行動者
(科学的助言
技術的助言)
構成型
科学者
の
中
の
会 )
社 者
( 学
科
所に入っています(図9)。実際にこのループの中の
行動
社会の中の行動者
観察型
科学者
評価
(個々の行動が現象全体
に及ぼす影響についての
分析にもとづく評価)
図9
(専門知識に
裏付けられた行動)
社会,
地球環境
現象
(行動者の行動結果
として生じる現象)
イノベーションと情報循環
ら量子力学に至るいろいろな議論がありますが,私
たちはずっと一直線で科学的知識を増やしているわ
中立的助言 ⇔ 一致した科学者の声
けです。そのような,調和的に知識を増やすといっ
たことが現実の社会ではなかなか起きない。争いば
いくつかの
対立する理論
社会における
政策の対立
いくつかの
対立する理論
社会における
政策の対立
かり起こってしまう。最初に申し上げたように,気
候変動というのはどうやら争いを避けて協調の場面
に行きましたが,ダムはそうはいきません。なぜな
一致した声
のか。そういう意味で科学的な助言はもっと必要だ
ろうと思います。
ばらばらな声
科学者の一致した声による中立的助言は
社会における政策決定の対立を緩和する
個々の科学者によるばらばらな助言は
社会における対立を激化させる
政策のための科学というのは,いろいろな社会的
図10
な問題に対する助言ですが,中立性が大事になりま
す。中立性と一貫性が必要であるわけです。
科学論文は中立です。ですが,ある科学者の意見
ですから,情報は非常に大きな力を持っていて,無
は本当に中立かどうか,よくわからないわけです。
色透明ではないわけです。情報がどういう形で提案
ある種の情報として社会的に伝えていかなければな
されるのか。もちろんその情報をどう使うかは使う
らないというときに,中立的助言の水準がありま
側の責任ですが,しかし,提供された情報自身が持っ
す。先ほど合意,コンセンサスという話をしました
ている性格によって紛争になったり,うまい協力に
が,科学者の合意に基づく間違いのない予測がほし
なったりするということです。科学者の声を一致さ
い。ですが,100%正しいということはあり得ない
せるのは,科学者コミュニティーの問題ですが,そ
ので,不確実なところもあるという内容を持つ情報
の情報が一致した声なのか,ばらばらなのかという
を入れたものを示した助言が,一番中立性が高いと
ことは,今度は情報専門家にとっての1つの問題に
言われています。GMO(遺伝子組み換え体)問題は,
なります(図10)。
まさにこれに近い形で国際合意を取りつけようとし
もう1つは,科学のための政策というのがありま
ているわけです。しかし,イデオロギーや特定集団
す。これは科学が正しく発展していくためにはどの
の利益のために提言,勧告するというケースもあり
ような政策を立てればよいかという点についての
ます。科学的な助言が社会的な紛争を激化させてし
助言をするものです。私のいたICSUという国際会議
まうことは,たくさん経験しているわけです。科学
で,時代ごとに問題を指摘してきましたが,現在で
者にとっても,あるいは情報専門家にとっても重要
は研究倫理を中心に,科学の研究の自由と社会への
なことは,社会の中で悪い助言は抑えていかなけれ
貢献を考えた科学政策との本質的な関係を考えてい
ばならないということです。
ます。これは科学者の社会的責任ということであり,
科学者の間で合意の取れたunique voiceを助言すれ
今日の話題で言えば,科学者の情報的側面の責任で
ば,社会の立場の違う人の間の紛争も最小化でき
す。自分で研究していればそれでよいというのでは
る。しかし,ばらばらな助言をすると,ある人にとっ
なく,その研究成果をどうやって社会に伝えていく
て有利な,ダムを造りたいという人は,ダムを造っ
かという責任も,広い意味で科学の政策として考え
てもいいという科学的な助言を採用し,反対者は,
るべきでしょう。
ダムを造ったら危険だという科学者の助言を採用す
る。ばらばらな声は紛争を激化させてしまいます。
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6.2 科学者の二重の使命
多くの場合,お金として行きますが,それを受け取
科学者は2つの側面を持っています(図11)。
る。ここにも情報の循環,ループがあるわけです。
1つは,研究者,大学,研究機関に属して研究して,
これがうまく回っているのかどうかは科学者として
自分の研究が世界で一番いいと思っている研究者で
考えなければいけない。
す。自分の研究がつまらないと思っている人はいま
私は日本学術会議に6年間いましたが,学術会議
せん。全部,自分の研究が一番いいと思っている。
の人の意見をまとめるのは大変です。学術会議は,
大体において,科学政策を決める人たちに陳情とい
文科系もいるし,法律・経済もいるし,もちろん理学,
う形で持っていきます。よく政治家も「科学者とい
工学,薬学,医学,農学,全部いるわけです。その
うのはお金を欲しがる人種ですね」と言うことがあ
人たちがみんな違うことを考えてお互いにそっぽを
りますが,それはそれで正しいわけです。自分の研
向いている。しかも,おもしろいことに,同じ法律
究が正しいから,
これは絶対強くしたいと考えます。
の分野の中でも別のことを考えている人がいる。そ
しかし,それだけではありません。例えば日本学
の二重のそっぽをどうやってまとめてunique voiceを
術会議のメンバーになったら,自分の専門的能力は
つくるかというわけです。私はこういうところに情
フルに使いますが,自分の専門を離れて,日本にとっ
報専門家の方々がもっと入り込んできて,一体どう
て一体何が必要なのか,そのためには自分の専門以
いう情報が必要なのかということを,この科学者た
外の分野に力を注がなければならない。ある意味で
ちに教育するということも必要になるだろうと思い
はつらい立場に立つわけです。そういう形での提言,
ます。
中立的な助言,あるいは科学の自治的な政策提言を
科学というのは今や社会の中にどっぷりつかって
する助言者として科学者は日本学術会議に入ってい
いて,決して科学者だけが決めている話ではないと
くわけです。
いうことです。
総合科学技術会議というのがあって,ここは大学,
研究機関からの陳情と,日本学術会議からの助言や
6.3 教育における情報流通
政策提言の2つを聞いて科学技術政策を出す。具体
教育も非常に大きな情報の流通です(図12)。こ
的にはお金を出す。先ほど言ったように,お金とい
れは水平ではなくて,世代間の情報の流通です。こ
うのはメッセージが乗っているわけです。政策は,
れに失敗したら,その国は滅びます。情報は正当に
科学者の二重の使命
好奇心格差による教育抵抗
ー世代間知識伝達ー
総合科学技術会議
日本学術会議
中立的助言
科学自治政策提言
陳情
過去:エリート教育
共通の好奇心を持つことによって
教師と生徒は同じ価値観を持つ
大学,研究機関
専門に特徴
付けられた
さまざまな意見
専門別学会
共通の価値観は知識を効率的に運ぶ車である
科学者
科学技術
政策
現在:大量教育
好奇心格差によって
価値観は別々の物となってしまった
教師の労働しか知識を運ぶ車がない
図11
698
図12
イノベーションと情報循環
伝わっていかなくてはいけない。しかし,教育が今
ける極めて大きな主役なのではないかということを
非常に難しくなっています。
申し上げたいわけです。
昔は教育というのは易しかった。学生たちは教授
科学技術だけに限って言っても,決して研究者だ
にあこがれ,後々は教授のようになりたいと思って
けが主役ではありません。社会がそれを支持し,社
いた。価値観を共有していますから,教授が何か一
会がそれを享受し,その結果,どういう研究が必要
言,言うと,学生はさっとそれを吸収する。そこに
かということを科学者に伝えるという大きな情報循
価値観を共有するvehicle,台車が存在しました。で
環を誰が回すのかということです。先ほど申し上げ
すから,知識がよく流れていた。ところが,最近は
たように,科学者自身の責任も存在していますが,
違います。最近の学生は先生に向かって,
「あなたの
そこに情報専門家というのが必要で,私はここに集
ようにはなりたくない」と言うわけです。そういう
合的知性(collective intelligence)というコンセプト
人に向かって情報を流していかなくてはいけない。
を出したいと思います。知性というのは1人1人の
ですから今,教育のインピーダンスは非常に大きい
ものであって,collectivismというと,何か変なこと
です。初等教育から含めて教師は非常に苦しんでい
を言っているのではないかと思いますが,あらゆる
ます。要するに,運ぶ車がなくなってしまった。し
分野の専門の人が情報流通を媒体にしつつ,協力し
かし,情報を伝えなければ日本は滅びますから,ど
合う。そうしなければ,現在の持続性問題は解けま
うにかして世代間の情報伝達をやっているわけです。
せん。したがって,ループをなすネットワークが持
基本的には好奇心の格差,curiosity divideが存在し
続性に必要な知識を創出するという図式が現代社会
ています。昔は一般の人も星を見て,美しいなと思
にはできているわけで,こういう中で情報専門家と
い,科学者も星を見て,あれはどういう原理で動い
いう方々がどのように活躍するのかというのを考え
ているんだと思って,同じように星をじっと見つめ
ていただきたい(図13)。恐らくこの情報流通にお
ていたわけです。ところが,今の人は違います。若
いて,1つのブロックの中に限らずすべてに必要で
者は,テレビやパソコンの画面を見て,その中で起
す。これをうまく回そうとすると,その人たちが情
こっていることがおもしろいと思っている。科学者
報専門家という1つの大きな固まり──社会的なセ
はわけのわからない加速器の中の結論を見ている。
クターとして存在しているということを認識せざる
この2つは共通性を持つはずがない。好奇心の方向
を得ない。
が全然違う方へ向かってしまっているわけです。こ
実はこのループは欠点だらけです。四角で囲った
れを変えなければいけない。情報の構造が狂ってし
のが欠点です。例えば,交流の不足,ここは方法が
まったのでしょうね。ですから,今や情報専門家が
未成熟である,ここは連携が不十分である,それか
どうやって関心の格差をなくすかという非常に大き
ら,この変化を全体的に見ている人が科学者にはい
な仕事,ビジネスが存在しています。それが必ずし
ない。ですから,それは誰かが見なければいけない
もうまくいっていない。
わけです。ここにも恐らく観察者,科学者でない観
察者が必要だということになります。そういったさ
7.
情報専門家の役割
まざまなものが一種の情報化社会,情報化時代の科
学技術において必要でしょう。仕事はいくらでもあ
最後に,情報専門家の役割です。最初に予告しま
るということです。
したように,私はここでは何も言いませんが,情報
これは1つの例ですが,1つの製品をある企業が
専門家は,今お話ししましたように,現代社会にお
作って売る。それを需用者,消費者が選択して買う。
699
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ループ流の不完全性と情報専門家の役割
助言(根拠情報)を選択した専門家の行動
専門家:政治家,政策立案者,行政者,事業家,
技術者,教育者,作家,芸術制作家,
報道者,など
個別行動
交流の不足
知識使用の研究
構成研究
設計
プロトタイプ
工学分析
標準
試験
行動者
行動間の関係性不問
行動の
根拠情報
方法の未成熟
社会の顕在要求への過度の従属
計画された入力
構成型
科学者
社会,自然
入力に対応する出力
連携の不十分性 科学論文
観察:入出力関係による
対象の同定
社会,自然の
行動受容に
よる変化
変化の全体性の視点欠如
観察型
科学者
質問−答え(教育学) 物質科学:物質現象の観察
刺激−反応(心理学) 精神科学:精神現象の観察
社会科学:社会現象の観察
場−現象(物理学)
伝達関数(工学)
研究課題選択の恣意性
図13
この1つのやり取りの背後にいろいろな情報のやり
と目立ってほしいということです。情報専門家の
取りが存在している。1つ製品を出すためには,申
方々がこういうところで実際に仕事をしているとい
請をして許可をもらわなければいけない。そういう
うことを認識することが大事です。科学技術の研究
情報を行政でつくれば,それは需用者に対して開示
においても同じことが必要だということです。
しなければならない。1つの人間の行動は社会の中
今日は情報専門家の方へひとつの期待感を述べて
でさまざまな情報にがんじがらめになっているわけ
話を終えさせていただきます。ご清聴,ありがとう
です。しかしながら,私たちは十分これを認識して
ございました。
いない。情報専門家の責任だとは言いませんが,もっ
700
病名用語の標準化と臨床医学オントロジーの開発
病名用語の標準化と臨床医学オントロジー
の開発
Standardization of disease names and development of an advanced clinical ontology
大江 和彦1
OHE Kazuhiko1
1 東京大学大学院医学系研究科医療情報経済学分野(〒113-8655 東京都文京区本郷7-3-1東大病院管理研究棟4F)
Tel : 03-5800-6427
1 Department of Medical Informatics and Economics, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo (Department of
Planning, Information and Management, University of Tokyo Hospital 4F 7-3-1 Hongo Bunkyo-ku Tokyo, 113-8655)
原稿受理(2010-01-25)
(情報管理 52(12), 701-709)
著者抄録
電子カルテの導入が進みつつあり,診療記録が電子化されてきた。診療記録は診療にだけ使用されるのではなく医学上
の新しい知見を得るための重要な情報の蓄積である。これを計算機処理により最大限活用するには,電子カルテで記
録される病名情報の標準化が重要であり,そのために筆者らは 2002年より標準病名マスターを開発し提供してきた。
標準病名マスターでは,疾患概念ごとに病名用語が標準化されデータベースとなっているが,その意味的な処理を可
能とするため,疾患の概念定義を計算機上で記述した臨床医学オントロジーを開発している。臨床医学オントロジー
では,疾患を注目病態とそれをとりまく患者状態の連鎖として記述し,多様な患者状態を表現できるようにしている。
本稿ではその考え方の概要を解説し,今後の発展性を論じる。
キーワード
オントロジー,病名,電子カルテ,臨床研究,医学用語集
1.
診療記録の目的と役割
けられている。医療行為の多くは患者の身体になん
らかの影響を与えるものであり,状況によっては患
電子カルテシステムの導入率は,全体ではまだ
者に害を及ぼすものである。例えばX線検査は常に
10%弱であるが,大きな病院では30%以上に導入
少量の被爆を患者に強いるし,医薬品の投与では化
されている。医療では,診察や検査により患者の状
学物質による身体へのなんらかの影響を与えること
態が情報として収集され,それを解釈して診断を下
は必然である。医療は,そのデメリットに比して医
し,治療を行う。そしてこの一連の過程を,診療録,
学的なメリットがあると考えられる場合にのみ許容
いわゆるカルテとして記録することが法的に義務づ
されている行為であるから,実施された医療行為の
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情報管理
JOHO KANRI
2010
vol.52 no.12
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医学的正当性を第三者が検証できるようにしておか
目的での情報のやりとりがなされ,患者にとっても
なくてはならない。法で診療記録が義務づけられて
重要である。
いる最大の理由はそこにある。また,実施された医
しかし,医療の発展という視点では③は大変重要
療に対して保険診療費請求を医療機関が行う場合に
である。従って,電子カルテにおける重要な課題
は,その請求が実施された医療を適正に反映したも
は,第一には,日常診療の記録において,③の目的
のであるかを第三者が検証できるようにするために
での利用をするために必要な情報をいかに容易に記
一定の記載ルールがあり,それに従った記録が求め
録できる機能を実現するか,第二には,日常診療記
られている。
録からいかに③の目的での利用を効率よくできるよ
一方,法的な観点とは別に,診療の場での現実的
うにするか,である。その解決のためには,診療記
な必要性として,これまでの患者の状態はどうで
録で記述される臨床医学用語をできるかぎり標準化
あったか,前回どのような診療をしたか,などの情
し,それを日常診療でできるかぎり自然に使えるよ
報を医療者が把握するために診療記録を残し,参照
うにする技術開発が必須である。また,診療記録を
する。医師が普段,診療のためにカルテを書いてい
解析し,記述されている臨床医学的な出来事の同定
るのはほとんどこの目的のためであり,法的な観点
や,その時間的前後関係や因果関係記述の分析がコ
はあまり日常的に意識しないことが多い。そのため,
ンピューター処理できるようにするには,少なくと
医療者自身が診療に必要だと感じることは記録され
も記述されている臨床医学記述の意味的な処理が必
ているが,第三者が後日医療を検証するために必要
要であり,そのためには臨床医学用語の意味,すな
となることは記録されていないといったことが往々
わち定義を計算機処理可能な形で記述した知識が必
にして発生する。
要である。
さらにこうして記録され保管されている診療記録
を,例えば同じ病気で同じ治療をした患者のものだ
2.
病名の標準化の必要性
けを過去にさかのぼって調べ,治療効果があった患
者の割合を調査したり,治療後の副作用の内容と頻
度を分析したりするといった研究を行うことがあ
成り立ち,重症程度などさまざまな視点から分類し
る。こうした研究はその手法や目的の違いによって,
て記述したものであり,患者状態を端的に把握する
臨床研究,疫学研究などとさまざまに呼ばれている
上で最も重要な情報を提供する。同時に病名は診療
が,いずれにせよこうした研究では,診療記録を分
の根拠を示す情報としても位置づけられ,レセプト
析することから新たな医学的知見を得て医療を発展
と呼ばれる診療費請求書と診療記録との両方に記載
させる原データとして,診療記録は非常に重要であ
が義務づけられている。当然ながら医師同士で情報
る。
が共有できるようにするために,患者状態は一定の
整理すると,診療記録には,①法的根拠を残すた
702
病名は,患者の正常ではない状態を原因,症状,
用語すなわち病名で表現される。
めの後日検証目的の記録,②診療に必要という現実
しかし,どの程度詳細に患者状態を記述するかに
的かつ即時利用目的での記録,③医学研究のための
ついては自由度が高く,必要性によるので,肝炎,
後日利用目的の記録,の3つの異なる目的がある。
ウイルス性肝炎,B型ウイルス性肝炎,急性B型ウイ
日常診療では②の目的を優先して記録されがちであ
ルス性肝炎,などと伝えたい詳細程度(情報粒度)
り,患者を別の医療機関に紹介する場合や複数の医
にあわせてさまざまな用語で記述される。またある
療機関同士で連携して診療にあたる場合にも,この
患者状態の記述したい視点が病気の原因であればB
病名用語の標準化と臨床医学オントロジーの開発
型ウイルス性肝炎,重症程度の視点であれば激症肝
(MEDIS-DC)により厚生労働省のサポートのもとに
炎,両方であればB型激症肝炎,というように記述
2000年より行われ,2002年に標準病名マスターと
が多様化する。またこの例のように多くの病名は複
してリリースされるようになった1)。筆者はこの開
数の性質を表す用語の複合語として構成されている
発編纂作業およびその後の年4回の改訂作業を,担
が,その結合順序は臨床医学で慣用的に使いながら
当する委員会の委員長としてとりまとめている。前
決められてきたものが多く,記述する人によって,
述したように表現したい病名の詳細度は多様性が高
急性B型肝炎,B型急性肝炎のようにブレがあり,ど
く,新しい疾患概念や発見が絶え間なく続く臨床医
ちらも流通している。さらに,風邪はいろいろなウ
学領域では新たな病名の追加が常に必要で,今後も
イルスにより起こる上気道の急性感染症で,原因ウ
継続したメンテナンス作業が必要である。
イルス名を区別して病名を記述すれば,エコーウイ
標準病名マスターは,ある視点,ある詳細度で1
ルス感染症,ライノウイルス感染症,などと記述し
疾患概念に対して1見出し語(リードターム)を標
うるが,どれであっても治療方法も経過もほとんど
準病名表記として割り当て,それに対して病名交換
同じなので臨床医学上は区別する必要があまりない
用コードと呼ばれる4桁の一意の英数字コードを割
ため,急性上気道感染症と包括的に記述することも
り当てており,これは概念コードの性格を持つコー
多い。
ドである。このコードには意味がなくランダム発生
一方で,まったく同じ状態を表現する病名であっ
されたものである。また痴呆症と認知症のように概
ても,社会では痴呆を認知症と置き換えてきたよう
念は同一であるが表記が変更になるものや,完全に
に,病名が一般社会で使用されるため社会的な事情
同義語であるが臨床上長く両方が区別されずに使わ
により表記が変更されることもある。また,表記上
れてきたものなどがあり,これらを異なる表記と
の揺れとして,部分的に漢字をひらがなで表記する
して管理するために,表記ごとに異なる病名管理
かどうか,外国人名を原語読みとするか英語読みと
番号(表記番号)が割り当てられている。その他,
するか,異字体漢字のどちらを使うか,などの表記
統計処理や診療費請求に必要となる国際保健機関
統一ができていない点もある。
(WHO)の国際疾病分類コードであるICD10分類コー
こうしたさまざまな理由で,患者状態を表現する
ドが割り当てられている。これらをひとつの表にし
病名は,同じ患者状態であっても多様な記述が可能
たものが病名基本テーブルであり,約22,000語を収
であるが,病名情報を電子カルテなどに記録し,計
載している。表のサンプルを表1に示す。
算機処理する上では,少なくとも詳細度や視点が同
病名基本テーブルの各エントリーに対して,表記
じである病名概念は同じ文字列で記述されるよう標
の揺れ,歴史的あるいは慣用的に使用されてきた表
準化し,それぞれにコードを割り当てて計算機処理
記などがまとめられた索引テーブルが作成されてお
が効率よく行えるようにすることが必須である。
り,両テーブルの対応レコードが病名交換用コード
をキーとして連結されている。索引テーブルの収載
3.
標準病名マスターの開発
表記数は約88,000である。病名基本テーブルでは,
ある疾患概念に対してどの表記を標準表記として採
標準病名マスターの開発は,レセプトを受領し点
用するかがポイントとなる。まったく同じ疾患概念
検等を一括して実施する機関である社会保険診療報
であっても異なる診療科の学会で別の病名を使って
酬支払基金,種々の医療用標準化マスターを開発・
きたケースなどがあるが,どちらか一方に統一する
提供している(財)医療情報システム開発センター
ことは全国の診療医がそれに従うまで時間がかかる
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表1 標準病名マスターの病名基本テーブル(抜粋)
病名管理
番号
病名表記
病名表記カナ
病名交換
レセプト
ICD10
用コード
電算コード
20051086
アレルギー性肉芽腫性血管炎
アレルギーセイニクゲシュセイケッカンエン
JV1D
M301
4460001
20069105
多発性血管炎
タハツセイケッカンエン
KS0V
M319
4460017
20075797
閉塞性血栓血管炎
ヘイソクセイケッセンケッカンエン
NAC9
I731
4431010
20052559
バージャー病
バージャービョウ
NAC9
I731
4431001
20051072
アレルギー性血管炎
アレルギーセイケッカンエン
PG2J
D690
8830390
上,もともとどちらかに統一することに理論的な根
ており,レセプトはコンピューターにより作成され
拠があるわけではないため,一方には受け入れられ
るものが大部分であるため,多くのレセプト作成コ
ないことが多い。こうした問題を調整するために日
ンピューターシステムに標準病名マスターが搭載さ
本の主要な医学関係学会が加入する日本医学会には
れ,そこから病名を選んで登録するようになってい
用語管理委員会があり,ここで学会間の調整を行
ることが多い。また電子カルテシステムも同様に,
い,可能なかぎり用語の統一を行った辞書として医
標準病名マスターまたはそのサブセットを搭載して
学用語辞典が出版されている2)。ちなみに冊子体購
病名を選択させるようにしているシステムが多いた
入者はオンラインの最新版検索が利用できる3)。標
め,普及が進んでいる。ただ,医師や医療事務者が
準病名マスターでは原則として日本医学会が統一し
システムで入力したいと思った病名をマスターから
た用語を標準的な見出し語として病名基本テーブル
検索するための検索機能が貧弱なシステムも少なか
に採用することとしている。しかし,どうしても臨
らずある。前述した索引語テーブルを同義語や表記
床の場で2つの病名が使われ続けている現状がある
揺れデータとして利用して検索する機能を装備すれ
場合には,臨床の場での使用状況がどちらかにほぼ
ばかなり高確率で登録したい病名を検索することが
統一されるまでの間,当面は両方の使用を可能とす
できるが,このような機能を十分に持たないシステ
ることも必要で,そのようなケースのために病名基
ムもあるようで,使用に関するノウハウの普及が鍵
本テーブルでは標準病名表記に対して互換語という
である。
カテゴリーの語の存在を一部で認めている。表1で
は網掛けの2つの病名「閉塞性血栓血管炎」と「バー
ジャー病」には同一の交換コードが割り当てられて
おり,前者が標準表記,後者が互換語となっている。
図1でもその状況が確認できる。
標準病名マスターが開発されても,臨床の場にお
いて電子カルテを使って病名を記録する場合に使用
されなければ,意味がない。幸い,標準病名マス
ターの見出し語は診療報酬請求書(レセプト)に原
則として記載することが厚労省通知により要求され
704
図1 基本病名(リードターム)と索引用語との関係の例
病名用語の標準化と臨床医学オントロジーの開発
なお標準病名マスターを効率よく検索するソフト
て,個々の基本となる疾患概念の定義を計算機処理
ウェアとして,筆者らは「病名くん」というソフト
可能な形で記述し,ある疾患と他の疾患との意味的
ウェアをフリーで提供しているので関心のある方は
な関係はそれぞれの定義を比較することで必要時に
利用してみてほしい4)。
導出できるようにしたいと考えている。そしてその
ために必要となる「疾患概念定義の計算機処理可能
4.
病名情報の意味処理に向けたオントロ
な形での記述」を,大阪大学産業科学研究所の溝口
ジー開発
研究室が開発したオントロジー構築ツールである法
造(http://www.hozo.jp)を使用してオントロジー開
これまで述べてきたように,標準病名マスターは
発を行うことにより実現することを目指し,溝口ら
臨床の場で日常に使用される病名を,1疾患概念に1
とともに2007年度から研究開発を続けている。以
標準用語として整理した表であるが,各概念間に意
下では,このオントロジー構築の考え方について解
味関係を持たない。しかし,実際に使用する場合に
説する。
は,文字列による検索以外に,疾患体系から樹構造
メニューをたどって病名を見つける必要性は当然存
5.
疾患オントロジーの考え方
在し,これを実現するためには,シソーラスのよう
な上位-下位ツリーを作成できるように,意味の上
病名によって表現されている疾患概念とは何か,
下関係情報を標準病名の各エントリーに付加するこ
を十分に議論することから始める必要がある。身体
とが必要である。実際,標準病名マスターでもその
心身になんらかの原因で通常とは異なる状態が発生
リリースの初期の段階では,ある程度の上位下位情
し,それが次々と別の状態を引き起こし,その一部
報を付与した臨床病名階層メニューテーブルを運用
の結果として身体心身がいつもとは違う何かを自覚
上の補助テーブルとして開発し提供はしているが,
したり,他覚されたり検査により異常な結果が出る
その後メンテナンスは行っていない。上位下位情報
ような状態を引き起こす。疾患とは,身体心身のな
を継続的に付与することの大きな問題は,中間分類
んらかの異常状態として定義でき,その疾患の必要
として何をどの順で配置するかについて臨床医学上
十分条件としての異常状態を記述することによって
のコンセンサスが得られず,利用目的によりどのよ
記述できると当初は考え,その方針で開発を進めて
うな階層整理が適当であるかが多様に変化し,ひと
いた時期があった。
とおりの上位下位分類を定義するだけでは使い物に
例えば糖尿病の概念は「糖尿病は,インスリン作
ならないことである。使える上位下位ツリーを形成
用の不足による慢性高血糖を主徴とし,種々の特徴
するには,利用目的や視点によってツリー構造がダ
的な代謝異常を伴う疾患群である。その発症には遺
イナミックに変容可能な情報構造を持つ必要があ
伝因子と環境因子がともに関与する。代謝異常の長
る。また,ある親分類の下に配置される複数の病名
期間にわたる持続は特有の合併症を来たしやすく,
概念同士が,親分類から見て互いに排他的な意味を
動脈硬化症をも促進する。代謝異常の程度によって,
もつ兄弟概念でもなく,しかし両者に意味の上下関
無症状からケトアシドーシスや昏睡に至る幅広い病
係があるわけでもないというケースは非常に多く,
態を示す」と日本糖尿病学会のホームページ5)に記
こうした病名同士を単にツリー状に構造化しても臨
載されている。当初の方針はこうした記述の前半部
床上有用な使い方はできない。
分を概念化するべく,糖尿病の必要十分条件として,
筆者は,この問題を解決するひとつの手法とし
「持続的高血糖がある異常状態」を記述し,派生す
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される。こうすることにより,「インスリン注射に
より需給バランスがとりあえず保たれ良好に血糖が
コントロールでき,結果として血糖が常時高いわけ
ではないが,注射をやめれば高血糖が持続する」と
いった糖尿病のコントロール状態も自然な形で記述
することができる。またこのように定義された糖尿
病に,特定の原因を追加記述することにより,特定
ではない原因により起こっているとして記述した概
念である糖尿病よりも,意味的に特化している点で
糖尿病のサブクラス化することになる。例えばステ
ロイド糖尿病といった特定の薬剤により引き起こさ
れるインスリン需給バランスが崩れた病的な状態も
糖尿病の下位概念として容易に記述できる。
図2 糖尿病を,持続的高血糖状態を必要十分条件として定義し,
高HbA1cなどの検査結果異常や多尿といった症状は起こりうる
状態として列挙したオントロジー(開発当初の方針)
前述した日本糖尿病学会ホームページにある糖尿
病の概念の後段部分「代謝異常の程度によって,無
症状からケトアシドーシスや昏睡に至る幅広い病態
706
る種々の症状や検査異常を起こりうる状態として記
を示す」は疾患の定義を一般的に考える上で非常に
述していた(図2)。
意味深い。糖尿病では,高血糖が持続する結果とし
この記述方針では,例えば「治療中で良好に血糖
て引き起こされうる種々の身体変化状態を総体とし
がコントロールできている糖尿病」は血糖が持続
てとらえていることになる。一方で,糖尿病特有の
的に高いという上位概念の性質を受け継がない点
合併症という表現で記述されている個々の身体変化
で,単純に糖尿病のサブクラスと言えないこととな
は,すべての糖尿病患者で常にすべてが発生するわ
り,疾患とその治療状態との意味関係を的確に記述
けではなく,その重症程度,経過の長さ,治療の経
できない。こうした問題を取り扱えるようにするた
過などさまざまな要因によって,見られるものもあ
め,議論を重ねた結果,疾患概念は,「その原因と
れば見られないものもある。また上記の記述には動
途中経過を含めた一連の状態変化の連鎖と,それに
脈硬化のように糖尿病以外の原因により引き起こさ
より引き起こされている1以上の結果状態との総体」
れる状態も含まれている。そこで,われわれは,前
としてとらえるのが適当であるという立場を現在は
述の疾患の定義で記述される状態がさらにその後に
とっている。糖尿病を例にすると,糖尿病とは,身
連鎖的に引き起こす状態変化の広範な状態連鎖があ
体の日常活動におけるインスリン機能の需要最大値
ることを想定し,それを対象疾患連鎖と呼ぶ。前出
に対して,インスリン作用の供給可能な最大値が低
ホームページでの定義の後段部分の記述は,この対
いという状態が,なんらかの原因により引き起こさ
象疾患連鎖を表現していると考えられる。そして対
れており,その結果として,インスリン需給バラン
象疾患連鎖は必要に応じて計算機処理により形成で
スが崩れることがあれば血糖が上昇し,崩れていな
きることを前提とした上で,疾患概念において必要
ければ血糖が正常を保っていることもある状態であ
十分な部分連鎖だけを定義として記述したものが
り,それにより高血糖が持続する状態が起こればさ
個々の疾患概念の定義であると考えることとし,こ
まざまな合併症が引き起こされうる状態として定義
れを注目疾患連鎖と呼ぶことにしている。
病名用語の標準化と臨床医学オントロジーの開発
以上の考え方を図3に,糖尿病の例を図4に示す。
織 と な っ て お り, 維 持 業 務 は 当 初 か ら の 開 発 組
また,図5にこうして記述された糖尿病,I 型糖尿病
織である米国病理医学会CAP(College of American
(インスリン依存性糖尿病),失明を伴った糖尿病の
Pathologists)が受託している。SNOMED-CTは,当初
それぞれの記述と相互間の関係を示す。
は病理診断に使用する医学用語の記述法とコードを
意味的に体系化するために開発されてきたが,現在
6.
海外における臨床医学オントロジー
では30万以上の医学概念が80万語近い用語により
記述され相互間に意味的な関係付けがなされてそ
米国で開発されてきたS N O M E D - C Tは,実用レ
の種類は60種類近くに及ぶ,一種のオントロジー
ベルにある医学オントロジーの代表的なものであ
として利用できるデータベースに成長している。
る。デンマークに本部がある9か国からなるIHTSDO
SNOMED-CTはこうした開発の歴史から,個々の医学
(International Health Terminology Standards Development
概念の意味を一定の形式で定義することから始まっ
O r g a n i z a t i o n)という非営利国際機関が維持管理組
たわけではなく,これまでに収載されてきた膨大な
…
…
糖尿病
の定義
…
…
…
…
注目疾患連鎖
中心病態
※動的生成
動的に
生成され
る情報
対象疾患連鎖
※対象疾患連鎖は注目疾患
連鎖の定義に基づき,計
算機で動的に生成する。
中心病態
注
注目する病態
中心病態の原因
=上流連鎖
の起点
点線の囲みが対象疾患連鎖
実線の囲みのひとつひとつが異なる注目疾患連鎖
図3 疾患における病態の連鎖のとらえ方
中心病態の結果
=下流連鎖の起点
上流の連鎖
下流の連鎖
図4 糖尿病の記述例
図5 オントロジー構築ツール「法造」による疾患オントロジー
(糖尿病,インスリン依存性糖尿病(Ⅰ型糖尿病),失明を伴った糖尿病の関係の記述例)
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数の医学用語の間に意味的な関係付けをすることに
定義される症候群と呼ばれる一連の病名,またそれ
よって結果的にオントロジーの性格を持つように
らの疾患定義に現れる解剖学的な構造物のオントロ
なったものと筆者は見なしている。そのため,疾患
ジーについて記述を進めている7),8)。
とは何か,検査所見とは何か,といった視点で意味
当面の目標は,標準病名マスターの基本病名テー
を定義するための記述形式を決定し,それに従って
ブルに収載されている傷病名のうち,精神疾患関連
疾患や検査所見を他の医学概念により記述していく
の傷病名や単に重症度や疾患の特定の病気段階だけ
といった筆者らが構築しつつあるオントロジーとは
を表すために収載されている粒度の細かい傷病名を
異なり,S N O M E D - C Tは知識の記述形式に一定の原
除いた基本的と考えられる疾患についてオントロ
則がないため計算機による推論や新しい意味関係の
ジーを構築することである。そしてこれをもとにし
生成といった高度な処理には使いづらいと考えてい
て,前述したように,標準病名マスターに臨床上の
る。しかし,一方でその収載概念の多さや,国際的
複数の視点で意味の上下関係を自動的に生成する予
な維持管理体制,英語圏での利用できる唯一といっ
定である。こうした臨床医学オントロジーとその派
てよいリソースであることは,英語での臨床情報を
生データベースは,冒頭に記載したような電子カル
コーディングするという利用で大きな力を発揮する
テを用いた日常診療において,診療目的だけでなく
と予想される。従ってS N O M E D - C Tでコーディング
臨床研究にも使える詳細度で診療を記録するために
された英語臨床情報をより高度に意味解析する目的
必要となる高度なユーザーインターフェイスの実現
で,筆者らが構築中のオントロジーを活用できるよ
に貢献すると考えられる。
うにすることを目指す必要があり,そのためには,
また,オントロジーの疾患連鎖や動的に生成され
両者間でのコードマッピングが重要な作業となるだ
た意味の上下関係をナビゲーションして見せるツー
ろう。なお,SNOMED-CTの詳細は本誌51巻4号に解
ルを開発することにより,複雑な臨床医学知識を特
説されているのでそちらを参照いただきたい6)。
定の視点で体系化,構造化して見せることができれ
ば,知識ナビゲーション機能を持った医学教科書と
7.
医療情報システムの知識基盤の構築と
して医学生や研修医などの教育にも役立つ可能性が
その活用に向けて
ある。さらに症状や検査異常との関連の記述を深め
ることにより,診断支援システムなどにも発展させ
臨床医学オントロジー研究開発プロジェクトは,
2007年度から厚生労働省の医療情報システムの知
このように臨床医学オントロジーは,臨床医学知
識基盤開発研究事業の委託を受けて東京大学の筆者
識を扱う医療情報システムの基盤として活用できる
ら,大阪大学産業科学研究所溝口理一郎研究室グ
可能性を秘めており,今後さらにその記述内容とカ
ループが中心となり進行中である。本稿で取り上げ
バーする範囲を拡大するとともに,活用のためのソ
た注目疾患連鎖により定義されることが適切な疾患
フトウェア開発を進める予定である。
以外にも,外傷などの外因性傷病名,症状群により
708
ることができる。
病名用語の標準化と臨床医学オントロジーの開発
参考文献
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http://precedings.nature.com/documents/3498/version/1, (accessed 2010-02-02).
Author Abstract
Electronic medical records have been adopted gradually in many hospitals and they are becoming invaluable
information resources for evidence-based clinical medicine. Standardized disease names should be recorded
in such electronic medical records for advanced analyses for clinical researches and the standard master of
controlled terms was developed and released in 2002. In the master, only one disease name label for a disease
concept is defined as the standard name and there are no semantic relationships among the concepts. Now
the authors are developing an advanced clinical ontology based on the policy that diseases could be defined
by a combination of a focused disordered condition and partial causal chain of related conditions including the
focus. In this paper, the standard master and the advanced clinical ontology will be introduced.
Key words
ontology, disease name, electronic medical record, clinical research, medical terminology
709
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March
農業研究情報の検索を支援する日本農業
シソーラスの開発とその活用
Development and use of Japan Agricultural Thesaurus to assist in searching for
agriculture research information
竹﨑 あかね1 細羽見 喬2 倉嶋 明子2
TAKEZAKI Akane1; HOSOBAMI Takashi2; KURASHIMA Akiko2
1 農業・食品産業技術総合研究機構中央農業総合研究センター(〒305-8666 茨城県つくば市観音台3-1-1)T e l : 029-8388481
2 農林水産省農林水産技術会議事務局筑波事務所(〒305-8601 茨城県つくば市観音台2-1-9)
1 Natl. Agr. Res. Center, Natl. Agr. Food Res. Org. (3-1-1 Kannon-dai Tsukuba-shi, Ibaraki 305-8666)
2 Tsukuba Office, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat (2-1-9 Kannon-dai Tsukuba-shi, Ibaraki 3058601)
原稿受理(2010-01-08)
(情報管理 52(12), 710-717)
著者抄録
日本農業シソーラス(J A T)の概要とその活用場面を紹介する。J A Tは,農業研究関連の学術事典等からの収集用語と
国際連合食糧農業機関(FAO)が管理する多言語シソーラス(AGROVOC)収録用語から成り,AGROVOCに準じて,階層・
等価関係で用語が整理される。JATでは,1)複数の英語名が同一日本語名に翻訳される,2)一つの英語名が複数の日
本語名に翻訳される,3)学名の日本語表記が複数ある,4)膨大な量の表記揺れがある場合に用語整理法に留意する
必要があった。J A Tを基に作成した形態素解析辞書,同義語辞書は,各々解析精度向上,検索漏れ防止に効果が認めら
れたため,既存システムで活用している。JATは2009年11月から一般公開し,無償でデータ提供している。
キーワード
日本農業シソーラス,JAT,AGROVOC,形態素解析,同義語,多言語シソーラス,検索漏れ,表記揺れ
1.
はじめに
の研究も行われるようになっている。例えば,地球
温暖化の農業生産に及ぼす影響評価では,作物の栽
農業研究は,生物(植物や家畜)生産,生物周辺
培・病気・虫害,土壌・気象環境等の学問領域が融
の自然環境,施設などの人工環境,バイオテクノロ
合して研究される。このような融合研究の場合,課
ジー,農業に関連する社会環境など,基礎から応用
題解決のために,複数の学問領域からも関連情報を
までの広範な学問領域で行われる。近年,それらに
収集することが必要となる。
加えて,一つの学問領域で解決できない複雑な課題
710
各学問領域で利用される専門用語は,関連学協会
農業研究情報の検索を支援する日本農業シソーラスの開発とその活用
で整理されており,同じ領域の研究者間では共有さ
2.
シソーラスの開発
れた知識となっている。その反面,領域が異なると,
異なる同義語が使われたり,同じ専門用語でも定義
2.1 AGROVOC
が異なり,専門用語に対する認識が異なることがあ
AGROVOCとは,1980年代初頭にFAOと欧州共同
る。このような認識の差異は,データベースやWeb
体委員会が共同開発し,現在F A Oが管理する多言語
を検索した時に目的の情報にたどり着けない原因の
シソーラスのことである2)。これは,検索の効率化,
一つとなる。例えば,
「蛋白質」は,学問領域によっ
索引付けの標準化を目的に開発されたものであり,
ては同義語(異表記)である「タンパク質」,「たん
FAOが管理運営する農業文献データベース(AGRIS)
白質」が利用されており1),検索者が「蛋白質」をキー
の索引付けに利用されている。
ワードとして検索しても,同じ意味である「タンパ
A G R O V O Cには,農林水産業,食品およびその関
ク質」を含む文書が検索されないことがある。また,
連分野の専門用語が,18言語(日本語・英語・フラ
「Carrier(キャリヤー)」は,
「病原生物伝播者」,
「担体」,
ンス語・スペイン語・中国語・韓国語・アラビア語・
「運搬車」の意味があるため,「キャリヤー」を検索
チェコ語・ポルトガル語・タイ語・スロバキア語・
語にした場合,意味の異なる「キャリヤー」の情報
ドイツ語・イタリア語・ハンガリー語・ポーランド語・
が混在して検索され目的の情報にたどり着けないこ
ラオス語・ペルシャ語・ヒンディー語)で収録され
とがある。
ている(2009年12月4日時点)。英語の収録語数は,
用語を関連性で体系的に整理した辞書(シソーラ
約39,600語である(2008年4月28日時点)。用語は
ス)は,情報検索の際に,検索語への同義語追加や,
I S O2788に基づき,階層関係,等価関係,連想関係
適切な検索語提示に利用され,検索漏れ防止に役立
で整理されている。AGROVOCの検索サイト3)では,
てられている。農業研究分野においても,シソーラ
用語を検索し,他言語での表記や関連のある用語を
スが検索支援ツールとして利用できれば,専門用語
調べることができる(図1)。
の認識の差異による検索漏れが軽減できると考えら
れた。しかし,2000年当時,このような用途に利
2.2 JAT
用できる,大規模に整備された農業研究分野のシ
2.2.1 開発の経緯
ソーラスはなく,その開発が求められていた。
そこで,著者らは,2001年に国際連合食糧農業
著者らは,2001年にAGROVOCの収録用語を日本
語翻訳する事業に参加し,2002年に,農業専門家
機関(Food and Agriculture Organization of the United
Nations: FAO)の多言語シソーラス(AGROVOC)事
業へ参加したのを契機に,広範な農業研究用語を
収録した「日本農業シソーラス」(Japan Agriculture
Thesaurus: JAT,「農林水産技術用語集」から改名)
の開発に着手することとした。本稿では,開発した
シソーラスの概要,開発過程における問題点・留意
点,およびその活用場面を紹介する。
図1 AGROVOCの検索サイト画面
(http://aims.fao.org/en/website/Search-AGROVOC/)
711
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の協力のもとに翻訳した約27,300語をF A Oに提出し
A G R O V O Cに概念が無い用語,中間層へ追加した用
た。A G R O V O Cは,農林水産業,食品およびその関
語はA G R O V O Cに概念はあるものの収録されていな
連分野の広範な専門用語を収録していたが,イネ・
い用語が多かった。
カイコ関連用語等,日本固有の農業研究用語が不足
等価関係は同じ概念を持つ用語間で結ばれ,同義
しており,日本ではそのまま活用できなかった。そ
語と呼ばれる。図2は「ゴボウ」と等価関係にある
こで,2004年に,AGROVOCに日本固有の用語を追
用語が「牛蒡」である例を示している。この例では,
加したJATの開発に着手した。
専門用語としての優先度から判断して,「ゴボウ」
を見出し語(優先語),「牛蒡」を非見出し語(非優
2.2.2 収録用語
先語)としている。JATはAGROVOCに準じたため,
J A Tは,約57,000(2009年12月4日時点)の専門
等価関係の用語群には意味が完全に同じでない用語
用語を日本語・英語・ひらがなで収録している。
も含まれている。例えば,見出し語「農薬」の非見
J A Tは,専門家が農業研究関連の学術事典,国内の
出し語には,意味が異なる「残留農薬」が登録され
関連学会が作成した用語集から用語を選定し,それ
ている。
らの用語をAGROVOCに追加して作成した4)。収録用
語の専門分野は,生物一般,育種,栽培,病害一般,
虫害,食品加工,化学一般,土壌肥料,環境一般,
2.2.4 利用方法
J A Tは2009年11月より筑波事務所のホームペー
畜産,農業土木,農業機械,農業経済,水産,森林
ジで一般公開されている。ダウンロードサイト5)
であった。A G R O V O Cに追加した用語は,日本固有
で,利用規約を承諾すれば,T S V形式のJ A Tデータ
の用語(例:馬鹿苗,桑園,秋落ち水田,梅雨前線)
を無償で入手できる。J A Tデータは,R u N E T社6)の
や地名(例:尾瀬沼,有明海)が多かったが,世界
DicBoxEDを用いて作成しており,その構造はRuNET
で共通に使用する用語(例:チョウザメ,オオタカ)
社の無料のビューアー(ClassViewTree)で見ること
もあった。
ができる(図3)。ClassViewTreeでは,黒四角の付い
た用語が見出し語,赤四角の付いた用語が非見出し
2.2.3 構造
JATでは,AGROVOCに準じて階層関係・等価関係
で用語が整理される。
階層関係とは,ある用語と,より広い意味概念
語である。黒四角の中には階層番号を示す数字が表
示され,階層が右に行くほど下位となる。図3は,
「ゾ
ウ目」,「ゾウ科」,「アジアゾウ属」,「マレーゾウ」
の順に1階層ずつ下位となることを示す。また,「ゾ
を持つ用語(上位語),あるいは,より狭い意味概
念を持つ用語(下位語)との間に結ばれる関係の
ことである。図2は,「キク科」の上位語が上位分
類の「キキョウ目」,下位語が下位分類の「ゴボウ
属」である例を示す4)。J A Tにおける用語の階層関
係は,A G R O V O Cの用語の下層,あるいは中間層に
追加して構築した。図2は,AGROVOCに収録されて
ない「ゴボウ属」と「ゴボウ」を「キク科」の下層
に,「カラス科」を「スズメ目」と「カラス属」の
中間層に追加した例を示す。下層へ追加した用語は
712
図2 JATの階層例4)
農業研究情報の検索を支援する日本農業シソーラスの開発とその活用
図3 ClassViewTreeによるJATの構造図
ウ目」の同義語が,赤四角がついた「長鼻目」であ
ることも確認できる。
3.
シソーラス開発過程での問題点・留意点
3.1 複数の英語名が同一の日本語名に翻訳され
る
図4 見出し語・非見出し語の例4)
語と定めた。また,英語名「Harvesting」は「収穫」,
「伐
A G R O V O Cの 中 に は, 複 数 の 英 語 名 が 一 つ の
採搬出」の日本語名を持つが,前者は作物や園芸な
日 本 語 名 に 翻 訳 さ れ る 場 合 が あ っ た。 例 え ば,
どの広い学問領域で用いられるのに対し,後者は使
AGROVOCの見出し語「Kidney bean」と,その非見
用される学問領域が林業に限定されることから,
「収
出し語「Field bean」,
「Snap bean」,
「Common beans」は,
穫」を見出し語,
「伐採搬出」を非見出し語と定めた。
すべて日本語名が「インゲンマメ」と翻訳された。
用語の優先度は,時代の流れとともに変わることか
JATではこれらの用語をAGROVOCの用語の関連性で
ら,見出し語とする用語は定期的に見直す必要があ
登録したため,同じ日本語名の用語(例では,日本
ると考える。
語名が「インゲンマメ」の4つの用語)を,英語名・
用語の関連性で判別できる。
一方,これらの用語群が等価関係にない場合も認
められた。例えば,英語名「Training」は,意味の異
なる「研修」,
「仕立て(樹木などの枝を整えること)」
3.2 一つの英語名が複数の日本語名に翻訳される
を日本語名に持つ。これらの用語は,J A Tではまっ
J A Tの用語には,一つの英語名が複数の日本語名
たく異なる用語として整理されるべきであるが,実
に翻訳される場合があった。
これらの用語群が等価関係にある場合は,その中
際には等価関係で登録していることが多く,用語の
関連性の修正が今後の課題である。
の一つを見出し語,その他を非見出し語として登録
する必要があった4)。見出し語,非見出し語は,学
3.3 学名の日本語表記が複数ある
会の規定,用語の普及度などから用語の優先度を
学名には,学会で和名が設定されている用語(以
判断して定めた。例えば,英語名(学名)「Av e n a
下設定語とする。例えばナス科:Solanaceae)と非
sativa 」は,「エンバク」,「オート」の日本語名を持
設定の用語(以下非設定語とする。一般にはマイナー
つ(図4)。この場合,複数の学会の規定から判断し
な生物,例えば昆虫のグラブロミクロブリチス属:
て「エンバク」を見出し語,「オート」を非見出し
Glabromicroplitis)がある4)(図5)。非設定語の日本
713
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らは,J A Tをこれらデータベースの検索効率化のた
めに活用した。
4.1 形態素解析辞書としての利用
形態素解析とは,文章を,「意味を持つ最小の文
字列(形態素)」に分割する処理のことである。こ
れは,テキストマイニングにおいて,文章内容を表
現する単語(索引語)の抽出に先だって行われる。
形態素解析は辞書を参照しながら行われることか
ら,解析精度を高めるためには,辞書が文章中の用
語を収録している必要がある。例えば,「マイワシ
図5 学名の表記例4)
丸干し加工工程」という文章を形態素解析する場合,
「マイワシ」が辞書に収録されていないと,「マ」と
語名は,学問領域によってラテン名表記する場合と,
「イワシ」に誤って分割される。索引語は分割され
和名表記(ローマ字読みしたカタカナ表記)する場
た形態素の中から選択されるので,「マイワシ」は
合があった。J A Tでは,設定語,非設定語にかかわ
索引語に抽出されない。このような解析の失敗を防
らず,日本語名は和名表記で統一した(図5:例2)。
止するには,解析辞書に「マイワシ」を収録する必
要がある9)。農業研究関連文書の形態素解析では,
3.4 膨大な量の表記揺れがある
関連用語を収録した専門用語解析辞書が不可欠であ
日本語には,漢字と仮名,漢字表記,外来語表記
るが,これまでほとんど開発されていなかった。そ
等で,表記に揺れが多い7)。J A Tでは,漢字・ひら
こで,著者らはJ A Tに収録された用語を基に,専門
がな表記(例:葉脈え死・葉脈壊死),異なる漢字
用語解析辞書を構築することとした。
(例:成長障害・生長障害,芥子・辛子)等の表記
専門用語解析辞書には,J A Tの収録用語,品種登
揺れ,省略(例:育成的林業・育成林業,捕食線虫・
録ホームページ10) に掲載されている農林水産植物
捕食性線虫),略称(例:米審・米価審議会),同義
(作物・野菜・果樹・草花・観賞樹等)の登録品種名(約
(例:無塩素漂白・非塩素漂白)の関係にある用語
16,000語)を登録した。さらに,日本農学文献記
を収録し,同義語として登録した4)。しかし,表記
事索引データベース(Japanese Agricultural Sciences
揺れは,学問領域が広い農業研究分野では膨大にあ
11)に収録された農業研究関連の論文を
Index: JASI)
ること,すべて予見して収録するのは困難であるこ
テスト文章にして新用語を収集し,辞書に追加し
と8)から,人手での収集には限界があった。今後は,
た。これは,形態素解析システム「茶筌」12)を用い
表記揺れや同義語を文書から自動抽出する技術を開
てJ A S Iを解析し,抽出された未知語(機械が認識で
発し,用語の収集を支援する必要があると考える。
きない用語)を精査後,未知語を単独で,あるいは
ちゃせん
前後の単語と組み合わせて,新用語として辞書に追
4.
JATの活用場面
加するものである。例えば,隣接した用語「耳」,
「介
および」は,茶筌では各々名詞,未知語と判定され
714
筑波事務所では,農林水産関係の研究開発に有益
たが,前後の文章から「耳介」,「および」に分割す
な情報を,各種データベースで提供している。著者
ると判断し,「耳介」を新用語として登録した。以
農業研究情報の検索を支援する日本農業シソーラスの開発とその活用
図6 専門用語解析辞書によって
JASIの形態素解析精度は向上する10)
図7 JATによる検索語への同義語追加は検索漏れを防ぐ
上のような方法で専門用語を収集した辞書を一般用
が完全に同じでないものも含まれたため,J A Tから
語収録辞書と併用すると,一般用語辞書単独と比較
表記揺れ(例:ムギ,麦)や省略(例:黄色化,黄
して,J A S Iの形態素解析で抽出される未知語が少な
化)等,完全に同じ意味の1,475種類の用語(3,075語)
くなることが確認された10)(図6)。
を選抜して同義語辞書に登録した。テスト環境で検
現在,著者らは,さらに用語を追加した専門用語
解析辞書を,J A S Iの言語処理システムに導入し解析
証したところ,同義語辞書を利用することで語彙の
不一致による検索漏れが防げた。
に活用している。また,現在検証中であるが,J A S I
著者らは,この同義語辞書を,研究成果情報デー
言語処理システムにこの辞書を利用することで,文
タベース13) の類語検索システムに導入し検索漏れ
書からの索引語抽出の間違いが減り,情報検索精度
防止に活用している。今後,同義語辞書の収録語数
が向上することが期待される。
を増やし,類語検索精度を向上させることが課題で
ある。
4.2 同義語辞書としての利用
同義語辞書は,ユーザーが使う語彙と,文書中で
4.3 その他用途の可能性
用いられている語彙の不一致から起こる検索漏れを
JATはAGROVOCを基に開発したため,その一部は
防止するのに利用される。これは,ユーザーが入力
多言語辞書(18言語)であり,機械翻訳や多言語検
した検索語にその同義語を追加し,同義語を含む文
索に今後利用できると考えられる。
章を検索可能にするものである。例えば,ユーザー
また,J A Tは適切な検索語選択を支援すると考え
が「蛋白質」を検索語にした場合,「タンパク質」
られる。例えば,「キャリヤー」を検索語にする際
を用いた文章は検索できない。この際,検索語「蛋
に「病原生物伝播者」,「担体」,「運搬車」を検索語
白質」に同義語「タンパク質」を追加すると,
「タン
に提案するシステムがあれば,利用者はその中から
パク質」
を用いた文書を検索できるようになる
(図7)
。
検索語を選択することで目的の情報を絞り込むこと
著者らは,J A Tの用語から同義語辞書を作成し,
ができると考えられる。
検索語への同義語の追加が検索漏れを軽減する効果
を検証した。J A Tでは等価関係にある用語群に意味
715
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5.
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今後の展開
用語を持つことがあった(例:「Training」の日本語
翻訳は,「研修」,「仕立て(樹木などの枝を整える
開発したJ A Tには,さまざまな用途が考えられる
こと)」と意味が異なる)。このような用語の多義性
が,科学技術の急速な進歩に伴い,陳腐化し価値が
は,用語を収集する学問領域が広く,言語が増える
失われる恐れがある。このため,J A Tは,常時,新
ほど,問題となる。F A Oは,近年,用語の多義性に
用語の追加,収録用語の修正・削除を行って,専門
よる混乱を避けるために,A G R O V O C用語の関連性
用語の利用実態に合わせる必要がある。形態素解析
を概念(用語の意味)ベースで整理するシステムを
辞書については,J A S Iの言語処理システムへデータ
構築し,データの改編作業を開始した。今後,J A T
を追加する時に,データを形態素解析し,その結果
についても,F A Oの動向を見ながら,概念ベースで
をもとに農業専門家が新用語を辞書に追加する体制
の用語整理方法を検討する必要があると考える。
を整備している。これによって,新知見から生み出
された専門用語を形態素解析辞書に常時登録するこ
6.
謝辞
とが可能になっている。今後は,登録した新用語を
農業専門家が精査しJ A Tに追加することが必要と考
える。
J A Tでは,英語用語が意味の異なる複数の日本語
言語資源の作成にご協力いただいた社団法人農林
水産技術情報協会の皆様,農林水産研究情報総合セ
ンターの皆様に感謝いたします。
参考文献
1)金子周司. ライフサイエンス辞書とは. 情報管理. 2006, vol. 49, no. 1, p. 24-35.
2)“AGROVOC -Multilingual Agricultural Thesaurus-”. FAO. ftp://ftp.fao.org/gi/gil/gilws/aims/references/flyers/
agrovoc_en.pdf,(accessed 2009-12-04).
3)“Search AGROVOC”.FAO. http://aims.fao.org/en/website/Search-AGROVOC/,(accessed 2009-12-04)
.
4)竹﨑あかね, 斉藤三行, 岡辺明子. 農林水産分野の情報検索に資する言語資源の開発. 農業情報研究.
2008, vol. 17, no. 1, p. 42-49.
5)農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波事務所.“J A T(日本農業シソーラス)”. 農林水産研究情報
総合案内. https://www04.affrc.go.jp/dictionary/index.php,(参照2009-12-04).
6)“RuNETホームページ”.RuNET. http://www.runet.co.jp/,(参照2009-12-04).
7)国分芳宏. 記事洪水の方舟-全文検索システム-. 情報管理. 1999, vol. 42, no. 5, p. 380-389.
8)竹内貴広. 雑誌論文における主題情報の検索:化学・医学分野を中心に. 情報の科学と技術. 2004, vol.
54, no. 7, p. 348-354.
9)竹﨑あかね, 斉藤三行, 岡辺明子, 細羽見喬. 日本農業シソーラスを用いた文献検索精度向上への取り組
み. 農林水産研究ジャーナル. 2009, vol. 32, no. 3, p. 57-59.
10)農林水産省.“品種登録ホームページ”.http://www.hinsyu.maff.go.jp/,(参照2009-12-04).
11)農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波事務所.“JASI”. 農林水産研究情報総合案内. http://www.
affrc.go.jp/db_search/jasi,(参照2009-12-04).
716
農業研究情報の検索を支援する日本農業シソーラスの開発とその活用
12)松本裕治. 使いやすくなった自然言語処理のフリーソフト-知っておきたいツールの中身-:形態素
解析システム「茶筌」. 情報処理. 2000, vol. 41, no. 11, p. 1208-1214.
13)農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波事務所.“研究成果情報”. 農林水産研究情報総合案内.
http://www.affrc.go.jp/ja/db/seika/,(参照2009-12-04).
Author Abstract
This paper describes the Japan Agricultural Thesaurus (JAT) and its use. Terms were collected from academic
dictionaries and others in the Japanese agricultural research fields, and AGROVOC, a multilingual thesaurus
in Food and Agriculture Organization of the United Nations. JAT has both broader / narrower and equivalence
relationships between terms according to AGROVOC. We faced some problems with JAT such as 1) Japanese
terms with multiple translations in English, 2) English terms with multiple translations in Japanese, 3) many
Japanese notations of scientific names, and 4) many orthographic variants. Both morpheme and synonym
dictionaries developed from JAT were utilized in existing systems, because improved accuracy in morpheme
analysis and retrieval of relevant information respectively. JAT is available for free.
Key words
Japan Agricultural Thesaurus, JAT, AGROVOC, morpheme analysis, synonym, multilingual thesaurus, omission
of relevant information, orthographic variants
717
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国立国会図書館の遠隔研修
その現状と課題について
Remote training programs of the National Diet Library
About the present conditions and issues
日置 将之1
HIOKI Masayuki1
1 国立国会図書館関西館 図書館協力課 研修交流係(〒619-0287 京都府相楽郡精華町精華台8-1-3)Tel : 0774-98-1445
1 Training Exchange Section, Library Support Division, Kansai-kan of the National Diet Library
(8-1-3 Seikadai Seika-cho Soraku-gun, Kyoto 619-0287)
原稿受理(2010-01-14)
(情報管理 52(12), 718-729)
著者抄録
国立国会図書館では,平成18年度より図書館員を対象としたe-ラーニング形式の研修である,遠隔研修を実施している。
近年,図書館員が職場を離れて研修に参加することが,さまざまな要因により困難になりつつある。遠隔研修は,こ
のような状況を背景として,時間的・空間的・予算的制約を緩和した形で研修を受講してもらうためにスタートさせ
たものである。本稿では,提供開始から約4年が経過した遠隔研修の概要や現状等について報告する。
キーワード
遠隔研修,e-ラーニング,図書館員,人材育成,国立国会図書館
1.
はじめに
現在での累計受講者数は3,105人に達している。
このように,遠隔研修は徐々に内容が充実し,多
国立国会図書館(以下,N D Lという)では,平成
くの図書館員に利用されている。しかし,これまで
18年度より図書館員を対象として,インターネット
その詳細な実施報告は行われていなかった注1)。そ
を通じた自学自習型の遠隔研修(e -ラーニング)を
こで本稿では,遠隔研修についてより深く知ってい
実施している。
ただくことを目的として,その背景や現状のほか,
遠隔研修の提供開始からはすでに4年近くが経過
しており,開始時には1コースであったコース数は,
受講者の反応等を紹介する。また,可能な範囲で現
在の課題や今後の展望等についても述べる。
現在5コースまで増えている。また,平成21年12月
筆者は大阪府職員。本稿は,国立国会図書館での実務研修中に執筆したものである。
718
国立国会図書館の遠隔研修
2.
国立国会図書館の図書館員向け研修事
・科学技術情報-科研費報告書・博士論文・規格-
業について
2.1.3 レファレンス業務に係る研修への講師派遣
ここでは,遠隔研修について述べる前提として,
平成20年度から試験的にスタートしたもので,各
N D Lが図書館員に対してどのような研修を行ってい
図書館等が主催するレファレンス業務に関する研修
るのかを,研修の種別ごとに説明する。
に,N D L職員を講師として派遣するものである。平
成21年度は,主に以下のようなテーマで実施してい
2.1 研修の種別について
N D Lでは,平成14年4月の関西館開館に伴う組織
再編を契機として,図書館員を対象とする研修事業
る1)。
・インターネットで使えるレファレンス・ツール
(「リサーチ・ナビ」を中心に)
を図書館協力事業の柱の一つと位置づけ,展開して
・図書館によるビジネス支援に関するレファレン
きた。現在N D Lが実施している研修は,その実施形
ス・ツール紹介(経済分野または科学技術分野)
態から「集合研修」,「遠隔研修」,「レファレンス業
・国会関係情報を調べるツールの紹介(「国会会議
務に係る研修への講師派遣」に大別できる。
録検索システム」を中心に)
・アジア関係資料の調べ方(中国または韓国) 等
2.1.1 集合研修
N D Lが所蔵する特色のある資料や,各種図書館業
3.
遠隔研修の背景等について
務において蓄積された知識・技術をもとに,N D Lに
受講生を集めて実施する研修である。主に,以下の
ここでは,遠隔研修実施の背景や目的について述
ような研修を実施している注2)。
べた上で,遠隔研修用教材の製作に関する考え方等
・資料保存研修
について説明する。
・科学技術情報研修
・アジア情報研修
・日本古典籍講習会(大学共同利用機関法人人間文
化研究機構国文学研究資料館との共催)
3.1 背景と目的
平成18年度以前のN D Lにおける図書館員向け研修
の形態は,基本的に集合研修のみであった。このた
・レファレンス研修
め,図書館員がN D Lの研修に参加するには,東京本
・法令・議会・官庁資料研修 等
館か関西館に赴く必要があり,時間や場所について
の制約や,旅費等の負担があった。また,参加人数
2.1.2 遠隔研修
インターネットへのアクセス環境があれば,いつ
についても,研修会場の広さや使用可能な端末の台
数等の制約により,30名前後に限られていた。
でも,どこでも受講可能な研修形態である。平成21
一方,集合研修の参加者によるアンケートや研修
年12月現在での提供コースは,以下の5種類である
に関する各種調査からは,職員を研修に参加させる
(各コースの詳細は4.2で述べる)。
図書館側も,人員削減や繁忙化,経費削減に伴う旅
・資料保存の基本的な考え方
費減少等により,研修への職員派遣が困難になりつ
・資料電子化の基礎
つある実態がうかがえた。その半面,図書館の現場
・和書のさまざま
では利用者ニーズの多様化,複雑化に伴い,常に幅
・科学技術情報-概論-
広い技術・知識を習得していくことが必要とされ,
719
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研修そのものに対する需要は高まっている状況が
あった注3)。
遠隔研修は,このような状況に対応し,時間的・
できるもの。
・集合研修等を複数回行っており,研修用教材等の
蓄積があるもの。
空間的・予算的制約を緩和することで受講機会を大
幅に増やし,より多くの図書館員に研修を受講して
もらうためにスタートしたものである。
3.4 遠隔研修化の流れ
遠隔研修用教材の製作は,関西館図書館協力課が
事務局となり,各コースのテーマに関する集合研修
3.2 図書館員向けe-ラーニング等の事例について
等を担当するN D Lの各部署と協力して行っている。
N D Lの遠隔研修に先行して実施されていたe -ラー
教材の構成や内容は原則としてN D Lで作成し,遠隔
ニング形式の図書館員向け研修としては,国立情
研修システムに搭載できるフォーマットへの変換等
報学研究所の「図書館業務遠隔研修システム」2),3)
は業者に委託する流れとなっている。
が挙げられる。この研修システムは,平成13年から
最初に作成した「資料保存の基本的な考え方」は,
事業化されている。国内における図書館員を対象と
製作に2年以上を要したが,その他のコースは構成
したe -ラーニング形式の研修としては,最も早期に
の検討を始めてから公開するまで,おおむね1年か
スタートしたものであると考えられる。
ら1年半程度で作成された。
また,遠隔研修のスタートと同時期に,東京都立
中央図書館がEメールを用いた「ビジネスレファレ
4.
遠隔研修の概要
ンス通信講座」を行っている。この講座は,大人数
の受講者が研修会場に赴くことなく学習できるとい
ここでは,遠隔研修の基本的な機能や特徴につい
う点では,遠隔研修と同じ趣旨の取り組みであると
て説明した後に,
各コースの概要等について述べる。
言える注4)。
現在では,図書館関係のe -ラーニングが増えてき
ている。特に平成21年には,明治大学の司書講習4)
や,図書館流通センター・丸善・大日本印刷株式会
4.1 基本機能・特徴
4.1.1 研修教材の特徴
研修教材は,e -ラーニングの標準的なフォーマッ
社の共同による総合研修プログラム5)等がスタート
しており,動きが活発化している。
3.3 遠隔研修化の考え方
現在実施している遠隔研修の大部分は,これまで
にN D Lが行ってきた集合研修の中からテーマを選ん
で教材化するという手法をとってきている。テーマ
の選定は,基本的に以下のような方針に基づいて
行っている。
・需要が高く,多くの図書館員が望んでいると考え
られるもの。
・一人で単線的に学習を進められる内容のもの。
・学ぶべきテーマにおいて,基礎的・概論的と認定
720
※平成22年度以降はレイアウトが大幅に変わる予定である
図1 国立国会図書館 遠隔研修ポータル
国立国会図書館の遠隔研修
トであるSCORM(Sharable Content Object Reference
ポートしている点が挙げられる。さらに,チアメー
M o d e l)で製作し,遠隔研修システムのプラット
ルの送信,修了証書の発行等といった,学習意欲を
フォームが変更されてもスムーズに対応できるよう
保つためのフォローも行っている。
になっている注5)。また,集合研修の風景を録画放
映するのではなく,画像や音声,アニメーション等
4.2 コースの概要
を駆使した遠隔研修のための教材として製作してい
4.2.1「資料保存の基本的な考え方」
平成18年度から提供しており,平成21年度まで
る。
にのべ990人が受講している。最初に作成された
4.1.2 サービスの特徴
コースであり,最もボリュームがある。このコース
インターネットを通じて24時間研修教材にアク
では,資料保存の基本的な視点や考え方のほか,資
セスできる点が,大きな特徴である。また,学習効
料を劣化させる要因や保管環境を含めた適切な保
果を高めるための特徴としては,学習の節目に設け
管・利用方法,資料保存のための対策等について学
ている確認テストで自分の理解度を確認できる点
ぶことができる。さらに,それらをどのようにして
や,F A Qやヘルプデスク等,学習をサポートする機
体系的・組織的に実行していくのかといった方法論
能を備えている点のほか,印刷可能な補助教材や学
も含めて学習可能である。(標準学習時間:510分)
習画面のP D F等を用意し,学習終了後の復習等もサ
4.2.2「資料電子化の基礎」
平成19年度から提供しており,平成21年度まで
図2 修了証書のイメージ
図4 「資料電子化の基礎」の研修画面
図3 「資料保存の基本的な考え方」の研修画面
図5 「和書のさまざま」の研修画面
721
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図6 「科学技術情報-概論-」の研修画面
図7 「科学技術情報-科研費報告書・博士論文・規格-」の
研修画面
にのべ611人が受講している。このコースでは,所
情報研修」の事前課題として,このコースの受講を
蔵資料の電子化について,その方法や課題解決への
義務づけている。いわゆるブレンディッドラーニン
考え方等について学ぶことができる。具体的には,
グ注6)として,より深い内容を扱う集合研修の理解
資料電子化の経緯と現状,事業の企画と流れに加え,
を深めるための一助としている。(標準学習時間:
資料電子化の基礎知識について説明している。(標
220分)
準学習時間:230分)
4.2.5「科学技術情報-科研費報告書・博士論文・規
4.2.3「和書のさまざま」
格-」
平成19年度から提供しており,平成21年度まで
平成21年度に提供を開始したコースであり,282
にのべ619人が受講している。このコースでは,書
人が受講している。このコースでは,「科学技術情
誌学の入門として,和書のさまざまな形態を体系的
報-概論-」よりも一歩進んだ内容として,科学技
に説明しながら,日本の古典籍がどのような姿で読
術関係資料のうち,科研費報告書,博士論文,規格
み伝えられてきたかを紹介している。なお,このコー
資料を取り上げ,各資料の概要と調べ方等について
スには,大学共同利用機関法人人間文化研究機構国
解説している。開講案内では,「科学技術情報-概
文学研究資料館のホームページに掲載されている,
論-」を受講済みであるか,同程度の知識を有する
6) の構成・文
ヴァーチャル展示「和書のさまざま」
方の受講を推奨している。(標準学習時間:160分)
章を使用している。(標準学習時間:50分)
4.3 受講について
4.2.4「科学技術情報-概論-」
平成20年度から提供しており,平成21年度まで
1回行っている。募集の時期は年度によって多少異
にのべ603人が受講している。このコースは,集合
なっているが,ここ2年は前期(春〜夏)と後期(秋
研修「科学技術情報研修」のうち,基礎的な部分を
〜冬)に分けて行っている。なお,平成21年度は,
中心に作成したものである。具体的には,科学技術
5つのコースを各期に振り分け,前期に3コース,後
専門資料の概要説明,主要な所蔵機関と調査ツール
期に2コースの募集,開講を行っている。
の紹介,洋雑誌を例とした文献の特定から入手まで
の調べ方等で構成されている。
なお,平成20年度からは,集合研修「科学技術
722
受講者の募集は,それぞれのコースでおおむね年
受講申請は,「国立国会図書館遠隔研修ポータル
サイト」から行うことが可能である注7)。受講資格
は図書館員であることのみであるため,非常勤や委
国立国会図書館の遠隔研修
託等の職員であっても受講可能である。なお,受講
年新たなコースを提供してきたこともあり,受講者
費は無料となっている(ただし,遠隔研修を受講す
数は年々増加している。集合研修の場合,研修ごと
るための通信費等は受講者負担)。
の受講者数はおおむね30名前後であるのに対し,遠
隔研修の受講者数は150名から400名程度となって
5.
受講状況
いる。このことから,当初の目的通り,遠隔研修で
はより多くの図書館員に受講機会を提供できている
ここでは,遠隔研修がスタートした平成18年度か
と言える。
ら平成21年度までの受講統計について,その主要な
データを紹介する。また,受講者アンケートの結果
について,その一部を抜粋して紹介する。
5.1.2 受講者の属性
受講者の属性は表2の通りである。また,その構
成比(受講者全体)は,図8の通りである。構成比
5.1 受講統計
は,大学図書館が64%と圧倒的に多く,公共図書館
5.1.1 受講者数
が18%で次に多くなっている。専門図書館とその他
受講者数の推移と内訳は,表1の通りである。毎
は,それぞれ8%,7%となっている。このような傾
向は,コース別で見てもほぼ同様である。
表1 受講者数
19年度
20年度
21年度
合計(人)
資料保存の基本的な考え方 181+254
201
200
154
990
資料電子化の基礎
−
205
202
204
611
和書のさまざま
−
213
206
200
619
科学技術情報−概論−
−
−
404
199
603
科学技術情報−科研費報告
書・博士論文・規格−
−
−
−
282
282
合計(人)
435
619
1,012
1,039
3,105
コース名
18年度
表2 受講者の属性(平成18 ~ 21年度の合計)
コース名
5.1.3 受講者の経験年数
受講者の,図書館での経験年数は表3の通りであ
る。また,その構成比(受講者全体)は,図9の通
りである。構成比は,
「11年以上」が38%で最も多く,
「6‐10年」が23%で次に多くなっている。次いで「3
表3 受講者の経験年数(平成18 ~ 21年度の合計)
コース名
1年未満
1‐2年
107
147
148
237
351
資料電子化の基礎
49
84
89
133
256
33
和書のさまざま
44
90
104
142
239
1
47
科学技術情報−概論−
51
76
112
147
217
3
0
23
科学技術情報−科研費報告
書・博士論文・規格−
15
49
31
71
116
81
9
224
合計(人)
266
446
484
730
1,179
公共
大学
専門
学校
議会
その他
資料保存の基本的な考え方
205
604
80
23
6
72
資料保存の基本的な考え方
資料電子化の基礎
109
391
47
14
1
49
和書のさまざま
108
421
35
21
1
科学技術情報−概論−
98
381
56
20
科学技術情報−科研費報告
書・博士論文・規格−
41
188
27
561
1,985
245
合計(人)
図8 属性の構成比
3‐5年 6‐10年 11年以上
図9 経験年数の構成比
723
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‐5年」が16%,「1‐2年」が14%,「1年未満」が9%
講者の着手率は90%となっており,最後まで受講し
となっている。このように,経験年数の豊富な図書
た方の割合は71%となっている。一方,未着手の割
館員の占める割合が高くなっている。
合は10%となっている。このように,受講登録をし
ても,まったく学習を行っていない方や,着手はし
ていても,最後まで学習を続けていただけない方が
5.1.4 受講結果
コース別の受講結果は,表4の通りである。全受
5.2 受講者の反応
表4 受講結果
コース名
資料保存の基本的
な考え方
※2
資料電子化の基礎
和書のさまざま
科学技術情報
−概論−
年度
受講
者数
着手
未着手
100%
受講
修了 ※1
74
194
157
5.2.1 受講者へのアンケートについて
受講者には,アンケートへの協力を依頼してい
H18
435
361
H19
201
169
32
90
69
H20
200
166
34
131
131
合計
836
696
140
415
357
H19
205
198
7
166
102
H20
202
188
14
151
134
H21
204
186
18
150
147
度の「資料保存の基本的な考え方」と「科学技術情
合計
611
572
39
467
383
H19
213
194
19
175
報-科研費報告書・博士論文・規格-」については,
H20
206
184
22
167
H21
200
175
25
162
合計
619
553
66
504
H20
404
391
13
344
300
H21
199
180
19
160
139
合計
603
571
32
504
439
合計(人)
全受講者に占める割合(%)
2,669
2,392
(90)
※3
277
1,890
1,179
(10) (71)
表5 満足度(平成18 ~ 21年度の合計)
コース名
満足
やや
満足
普通
やや
不満
る。回答率は年度やコースによって変動するが,お
おむね50%から70%程度である。以下に,アンケー
トで尋ねた項目の一部を紹介する。なお,平成21年
本稿執筆時にはまだ開講中であるため,データには
含めていない。
※1 教材本体を100%受講の上,修了テストで80点以上だった場合を修了としている。
※2 平成21年度の「資料保存の基本的な考え方」,「科学技術情報−科研費報告書・
博士論文・規格−」は,本稿執筆時にはまだ開講中であったため,この表には含
めていない。
※3 「和書のさまざま」には修了テストが無いため,修了認定を行っていない。
5.2.2 研修全体に対する満足度
各コースの満足度は,表5の通りである。また,
満足度の構成比(受講者全体)は,図10の通りであ
る。「満足」と「やや満足」を合計すると84%となっ
表6 難易度(平成18 ~ 21年度の合計)
不満 合計
(人)
難しす
難しい 適切
ぎる
コース名
易しい
易しす
合計(人)
ぎる
資料保存の基本的な考え方
227
173
52
11
0
463
資料保存の基本的な考え方
0
68
364
29
1
462
資料電子化の基礎
224
148
52
9
1
434
資料電子化の基礎
0
66
333
30
0
429
和書のさまざま
146
145
84
18
3
396
和書のさまざま
1
40
262
85
6
394
科学技術情報−概論−
225
148
42
6
0
421
科学技術情報−概論−
0
89
297
34
2
422
822
614
230
44
4
1,714
263 1,256
178
9
1,707
合計(人)
図10 満足度の構成比
724
一定数存在している。
合計(人)
1
図11 難易度の構成比
国立国会図書館の遠隔研修
表7 役立度(平成18 ~ 21年度の合計)
コース名
役に立つ
まあまあ どちらとも あまり役に 役に立た
役に立つ 言えない 立たない
ない
合計(人)
資料保存の基本的な考え方
269
166
25
2
0
462
資料電子化の基礎
228
165
34
5
0
432
和書のさまざま
170
139
77
9
1
396
科学技術情報−概論−
272
132
15
3
1
423
939
602
151
19
2
1,713
合計(人)
ており,満足度は非常に高くなっている。このよう
な傾向は,コース別で見てもほぼ同様である。
5.2.3 難易度
受講者に遠隔研修の難易度を尋ねた結果は,表6
の通りである。また,難易度の構成比(受講者全
体)は,図11の通りである。構成比では,「適切」
図12 役立度の構成比
が74%となっており,大多数を占めている。コース
別に見ると,「和書のさまざま」で「易しい」がや
や多くなっており,
「科学技術情報-概論-」では「難
しい」がやや多くなっているが,両コースとも大半
が「適切」となっている。
・定期的にメールで注意喚起してくれるのが良
かった。
・自分のペースで進められる所がよかった。
遠隔研修全般に関する意見や要望は以下の通りで
5.2.4 役立度
受講者に,「遠隔研修は今後の業務に役立ちそう
ですか」と尋ねた結果は表7の通りである。また,
構成比(受講者全体)は図12の通りである。構成比
では,「役に立つ」と「まあまあ役に立つ」を合計
すると90%となっている。
ある。
・受講終了後も教材を閲覧できるようにして欲し
い。
・申請不要で,常に誰でも利用できるようにして
欲しい。
・教材のデータは毎年新しいものが掲載されてい
ると良い。
5.2.5 遠隔研修に関する感想等
遠隔研修に関する感想や意見・要望については,
自由記述で回答していただいている。これまでに複
・ナレーションの速度を自分で調整できるように
して欲しい。
(上記のほか,操作性や画面構成等についても,
数の受講者から寄せられた,遠隔研修全般に関する
複数の要望が出されている)
感想は以下の通りである。
また,遠隔研修の教材に加えてほしいテーマにつ
・遠隔研修はどこからでも参加できるのでよかっ
た。(地方在住の受講者)
・e -ラーニングは初めてだったが,図や写真があ
り,音声で読み上げてくれるので楽しく受講で
いても質問している。これまでに複数の受講者から
希望が挙がっているテーマとしては,「レファレン
ス」,
「著作権」,
「分類・目録」,
「古典籍・古文書」「ホー
ムページ・情報発信」「図書館経営」等がある。
きた。
725
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課題と展望
これまでは,N D Lの所蔵資料や業務経験の蓄積があ
るテーマを対象としてきたため,「著作権」や「図
ここでは,遠隔研修が抱えている課題や今後の展
望等について述べる。
書館経営」といったテーマは,新規コースの対象と
するのが難しいのが現状であった。しかし,外部機
関との連携ができれば,これらのテーマでも扱える
6.1 受講率について
可能性も生まれてくるだろう。今後は,外部機関と
前章の統計データ(表4)で示した通り,登録を
の連携も視野に入れ,図書館界全体のe -ラーニング
しても学習を開始しない方や,最後まで受講してい
に貢献できるようなコース製作を行っていきたいと
ただけない方が一定数存在する。このドロップアウ
考えている。
トの割合をどれだけ低下させるかは,遠隔研修の大
きな課題である。
開講期間中には,定期的にチアメールを送信し,
これまでは,少なくとも1年に1コースは新たに公
開してきた。しかし平成21年度は,システムリプレ
イス実施の年度にあたっていたため,新規コースの
閉講日等について注意喚起しているほか,平成20年
製作は行わなかった。従って平成22年度には,新規
度からは,一定の要件を満たした受講生に修了証書
コースの公開はない予定である。現在は,平成23年
の発行も行っている。このように,受講を促すよう
度の公開を目指し,新規コース製作の準備を進めて
な工夫はしているが,今後もさらに効果的な方法を
いる最中である。テーマとしては,これまでのコー
模索していく必要があると考えている。
スにはなかった社会科学系の内容を取り上げること
を検討中である。
6.2 開講期間について
通年開講については,複数の受講者から要望をい
ただいている。そこで現在,既存のコースの中でも,
6.5 他の研修形態等との関係について
遠隔研修と他の研修との関係については,N D Lの
公開後時間が経過したもの等については,自由にア
研修全体を体系化する中で,それぞれの研修形態の
クセスして通年で受講できるコースとすることを検
特性を見極め,学習効果が高まるような振り分け,
討中である。
組み合わせを考えていく必要がある。「科学技術情
報-概論-」のように,入門的な部分を遠隔研修で
6.3 内容の更新について
学び,より深い内容を集合研修で学ぶような構成に
これまで,解説の文言やリンク等の軽微な修正は
できれば,研修の効果を高めることができると考え
行ってきたが,大幅な内容の変更は行っていない。
られる。なお,研修の体系化にあたっては,N D L以
しかし,一部のコースでは,時代の変化にあわせた
外の団体等が行う研修との関係についても整理して
内容の更新が必要になってきている。内容が陳腐化
おく必要がある。
したものを提供することは望ましくないため,可能
なかぎり早急に対応できるよう取り組む必要がある
と考えている。
6.6 システムリプレイスについて
現在,遠隔研修システムのリプレイスを行ってい
る最中である。このリプレイスにより,平成22年
6.4 新規コースの製作等について
726
度からは画面レイアウトを大幅に変更し,インター
前章の最後で取り上げた通り,新規コースのテー
フェースもより操作性の優れたものとなる予定であ
マに関しては,さまざまな要望が寄せられている。
る。また,ASP(Application Service Provider)注8)を
国立国会図書館の遠隔研修
導入するため,運営コストも削減できる見込みであ
修に関する報告書を見ると,このような傾向はます
る。なお,各コースで学習する内容はこれまで通り
ます強まっているように思われる7)。このため関西
である。
館図書館協力課では,遠隔研修の充実も含め,今後
も図書館員へのサポートを強化していく必要があ
7.
おわりに
ると考えている。N D Lの取り組みに関する情報は,
8)や「図書館協力ニュー
H P「図書館へのお知らせ」
すでに述べたとおり,N D Lの遠隔研修は,図書館
ス」注9)で随時お知らせしている。図書館員の方には,
員の集合形態の研修への参加が困難になっている一
遠隔研修を含めたN D Lの各種サービスを,大いにご
方で,研修そのものへのニーズが高まっている現状
活用いただきたい。
に対応して始めたものである。近年の図書館員の研
本文の注
注1) 遠隔研修の簡略な紹介記事としては,次のものがある。
村上靖子. 国立国会図書館の図書館協力事業‐研修と協力ネットワーク‐. 図書館雑誌. 2006, v o l .
100, no. 11, p. 747-749.
菊池信彦. クローズアップNDL第9回 遠隔研修へようこそ!. 図書館雑誌. 2009, vol. 103, no. 3, p. 176.
注2) 年度によっては実施しない研修もある。N D Lが実施している主な研修の内容は,以下のサイトで確
認が可能である。
国立国会図書館関西館図書館協力課.“図書館員の研修”.国立国会図書館. http://www.ndl.go.jp/jp/
library/training/index.html, (参照2009-12-19).
注3) 平成18年前後には,図書館員の研修に関する以下のような調査が行われ,報告書が出されている。
デジタル・ライブラリアン研究会編. 情報化に対応した公共図書館職員の研修の在り方に関する調
査:報告書. デジタル・ライブラリアン研究会, 2003, 144p.
国立国会図書館関西館事業部図書館協力課編. 図書館職員を対象とする研修の国内状況調査. 図書館
調査研究リポートNo.5. 国立国会図書館, 2005, 116p.
全国公共図書館協議会. 2006年度(平成18年度)公立図書館における図書館職員の研修に関する実
態調査報告書. 全国公共図書館協議会, 2007, 60p.
図書館職員の資格取得及び研修に関する調査研究報告書:現職者の司書資格取得に関する実態調査:
司書・図書館職員研修の実践事例集. 日本システム開発研究所, 2007, 229p.
注4) 平成18年11月から平成19年2月にかけて実施され,127名が受講している。
余野桃子.“Eメールによる「ビジネスレファレンス通信講座」”.地域を支える公共図書館:図書館
による課題解決支援サービスの動向. 高度映像情報センター , 2007, p. 43-45.
注5) 現在,遠隔研修システムのリプレイスを行っており,研修教材のコンテンツを新システムに移行し
ている最中である。この移行作業については,コンテンツがSCORMに準拠していることから,比較
的スムーズに行うことができている。
注6) ブレンディッドラーニングとは,特定の課題に対するプログラムを最適化するためにトレーニング
メディアを組み合わせることである。通常は,対面授業,集合研修と,e -ラーニングを併用するも
のを指す。
ジョシュ・バーシン. ブレンディッドラーニングの戦略:eラーニングを活用した人材育成. 東京電
727
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JOHO KANRI
2010
vol.52 no.12
Journal of Information Processing and Management
March
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機大学出版局, 2006, p. 8.
注7) 現在のURLは,平成22年4月のリニューアルにより変更になる予定である。このため,平成22年4月
以降は,注2)で示した「図書館員の研修」からアクセスしていただきたい。また,平成22年2月
下旬から4月にかけては,新システムへの移行作業を行うため,遠隔研修ポータルにはアクセスで
きなくなる予定である。
国立国会図書館関西館図書館協力課.“遠隔研修ポータル”.国立国会図書館. https://tlms-p.ndl.go.jp/
library/html/portal.html, (参照2009-12-19).
注8) ASPとは,サーバー上にインストールされたアプリケーションソフトを,インターネット経由でユー
ザーに提供する業者,またはそのサービス形態のことである。ユーザー側でソフトのインストール
やアップデート,サーバーの保守作業が不要なため,初期費用や管理コストを抑えられる。
日経パソコン編. 日経パソコン用語事典2010. 日経BP社, 2009, p.43.
注9) 図書館協力ニュースは,下記のURLから登録が可能である。
国立国会図書館関西館図書館協力課.“メールマガジン『図書館協力ニュース』”.国立国会図書館.
http://www.ndl.go.jp/jp/library/library_news_toroku.html, (参照2009-12-19).
参考文献
1) 国立国会図書館関西館図書館協力課.“「レファレンス業務に係る研修」に当館講師を派遣します。(派
遣先募集のご案内)”.国立国会図書館. http://www.ndl.go.jp/jp/library/training/guide/1188061_1485.html,
(参照2009-12-19).
2) 井上智雄, 上野晴樹. 図書館業務遠隔研修システムの利用者ログ分析. 情報処理学会研究報告. 2002, no.
6, p. 43-48.
3) 井上智雄, 上野晴樹. 図書館業務遠隔教育システムの運用評価. NII journal. 2002, no. 4, p. 49-60.
4) 明治大学リバティアカデミー .“図書館司書講習 eラーニング(メディア授業)”.明治大学. h t t p : / /
academy.meiji.jp/ccs/top/sisyomedia_top.html, (参照2009-12-19).
5) 大日本印刷.“図書館流通センター 丸善 D N P,図書館スタッフ向け総合研修プログラムを開発”.
大日本印刷. http://www.dnp.co.jp/news/1210016_2482.html, (参照2009-12-19).
6) 国文学研究資料館 整理閲覧部参考室.“ヴァーチャル展示 和書のさまざま”.国文学研究資料館.
http://www.nijl.ac.jp/%7Ekoen/wa-0.htm, (参照2009-12-19).
7) これからの図書館の在り方検討協力者会議.“図書館職員の研修の充実方策について(報告)”.文部科
学省. http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/tosho/teigen/08073040.htm, (参照2009-12-19).
8) 国立国会図書館関西館図書館協力課.“図書館員の研修”.国立国会図書館. http://www.ndl.go.jp/jp/
library/training/index.html, (参照2009-12-19).
Author Abstract
The National Diet Library has provided the remote training programs using e-learning since 2006. In recent
years, to leave workplace and participate in training programs is becoming difficult due to various factors. The
remote training program started against this workplace situation for the purpose of overcoming time, space,
budgetary limitation and increasing opportunities of participation. In this paper, we report an outline and the
present conditions of our remote training programs which have passed about four years its since launch.
728
国立国会図書館の遠隔研修
Key words
remote training program, e-learning, librarians, personnel training, National Diet Library
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What I do, study, and think as an information professional
インフォプロってなんだ?
私の仕事, 学び, そして考え
上野 佳恵
第 回
12
有限会社インフォナビ
はじめに
て,
「調査」に関わる仕事がしたいと思うようになっ
私のたどってきた道や現在の仕事は,明らかにこ
たのである。
れまでに登場された方々とは異質だ。いわゆるビジ
ネスリサーチ全般に長年携わってはきたが,専門的
な知識も持たなければ,これといった強みや得意分
せんえつ
徹底的に基本を学ぶ
漠然と「調査の仕事」と考えていただけだった
野もない。よって,僭越だという気持ちが強いのだ
が,縁あって入社したのが日本能率協会総合研究
が,「色々なキャリア・仕事の方のお話があったほ
所のマーケティング・データ・バンク(MDB)だっ
うがよいので」と言ってくださるのを信じ,これま
た。M D Bは会員制のビジネス情報サービス機関で,
での経験や情報の仕事について考えていることなど
会員企業からの各種の問い合わせに対応している。
を書かせていただくことにした。
膨大な資料の中からいかにお客様のニーズにあった
情報を引き出し提供していくか…右も左もわからな
きっかけは…
いまま,とにかく勉強の日々であった。ひとつの問
「調べる」ことに興味を持ったのは,20余年前の
い合わせについて参照した資料をメモし,営業終了
大学時代にさかのぼる。卒業論文の題材に「日米欧
後に先輩の指導のもと再びその資料を見て,その特
三極貿易摩擦」という,当時ニュースを賑わせてい
徴や内容の全体像などを振り返る。社内勉強会など
たテーマを選び,自分なりに各国の貿易統計を集計・
もあったが,この「資料を振り返って学ぶ」という
分析しようと考えた。インターネットなどない時代,
過程で得られた知識量は計り知れない。さまざまな
頼りになるのは図書館である。しかし,大学図書館
業種の企業からの問い合わせ内容は本当に多岐にわ
でも,公共図書館でもなかなか世界各国の統計まで
たっており,必然的に膨大な資料・情報に触れ,そ
は手に入らない…そして行きついたのがJETROの図
れらを学ぶこととなった。短期間にあれほどまで多
書館(現日本貿易振興機構,ジェトロ・ビジネスラ
くの資料・情報に関する知識を身に付けることがで
イブラリー)。探していたのではあるが,本当に世
きたのは,MDBという組織に身を置くことができた
界の貿易統計を手にとって見られる図書館があろう
からこそだったと思う。
とは,ちょっとした衝撃であった。さらに,それら
を読み込んでいくと,国による統計の違いや,ひと
730
ところ変わって…
つの統計でもさまざまな見方があることなどが理解
資料から,先輩から,お客様から,学ぶことは絶
できるというのは,とても面白いことだった。そし
えない日々であったが,3年を過ぎたころ誘ってく
リレーエッセー ●インフォプロってなんだ?
れる方がありマッキンゼー ・アンド・カンパニーの
う。インターネットの普及につれ情報量がどんどん
リサーチ部門に転職をした。社内コンサルタント向
増していく中で,情報のプロを認め,プロの手を借
けの情報提供が主な仕事とのことで,対応するのが
りたい,プロの手に委ねたいと考えてくださる方々
社内の人間に変わるだけでそれまでの経験や知識が
に支えられて今日に至っている。
活かせるだろうと思ったのである。しかしながら,
入ってみるとコンサルティングの世界というのはス
これからの“インフォプロ”像
ピード感もモノの考え方も,それまでにはまったく
情報を探す・集める・整理するということが中心
経験したことがなかったもので,その環境の下でい
となる情報の仕事では,当然ながら情報源や情報そ
わば地道な積み上げ型の情報の仕事をしていくとい
のものに関する知識や検索技術が重要であるのだ
うのは,なかなか大変なところもあった。一方,ビ
が,それは実は一部にすぎないと私は考えている。
ジネス社会の最先端を行くコンサルティング会社で
今やあらゆる情報がネットワーク化され,検索ツー
学ぶことも多く,物事の考え方や問題の捉え方・解
ルも日々進化をしている。誰もが簡単に有り余るほ
決の仕方などは仕事のみならず日常生活にも大いに
どの情報を瞬時に引き出せるようになり,知識量と
活かせるものであった。さらには,日々コンサルタ
検索技術で差別化を図っていくのはどんどん難しく
ントとやりとりをする中で,情報の使い方,活かし
なっている。そのような時代に,“インフォプロ”
方などまでも考えていくことができるようになっ
が活かせる強みとはなんなのだろうか。
た。
組織のニーズや具体的な依頼を受けて情報を検
索,提供,蓄積・整理していくという中では,相手
当たるも八卦?
8年あまりマッキンゼーでお世話になったのち,
が何を求めているのかというニーズをくみ取る力,
何に困っているのかを探り出す洞察力・問題発見力,
独立という賭けに出た。決断の背景のひとつは,海
それに対する解決策を考える思考力,その解決策を
外には独立したリサーチャーがいることがわかって
的確に伝える力,もしくはそれを実行に移していく
いたので,日本でもそういう職業があってもいいの
力などが総合的に発揮されているはずだ。いずれも
では?と思っていたということ。もうひとつは,マッ
個々には基本的なビジネススキルにすぎないが,こ
キンゼーから他社に移られてリサーチに苦慮するコ
れらをトータルに身に付けそれぞれを結び付けるこ
ンサルタントの方々の話が耳に入っており,潜在顧
とができ,さらに情報に関する知識・技術を兼ね備
客はそれなりにいるに違いないと思っていたこと。
えているというのが真の“インフォプロ”の姿では
今から冷静に振り返ると,相当無謀だったと思うの
ないだろうか。
だが,根っからの楽天的な性格であるし,ダメだっ
情報を制するものが世の中を制する,それをリー
たらまだやり直しもきくだろう…ぐらいにしか考え
ドするのは自分たちである,というぐらいの気構え
ていなかった。
を皆さんには持ち続けていただきたい。そして,私
今でも情報の仕事を続けられていることを考えれ
ば,賭けはハズれてはいなかったということだろ
も微力ながらその一端を担い続けていければと思っ
ている。
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Journal of Information Processing and Management
第
24
回
地球丸ごとデータベース
地球が滅びても膨大に蓄積されたデータは滅亡しない
日本データベース学会会長 増永良文氏に教えていただいた
本誌編集アドバイザー 森田歌子
2008年4月号から連載してきた「情報交差点」は今号で最終回となる。連載を結
ぶに当たって,読者の方々も含め情報に関わっている者にとって大きな関心事
であるデータベースについて,その初期から現代まで大きく様変わりした状況
や,今後どういう方向へと進むのかを考えることとしたい。1960年代にアメリ
カで始まったデータベースシステムはインターネットの登場,特にW e bの登場
で,一部の専門的な人々にしか扱うことができなかったものから,あまねくそ
れを利用したいと思う人々が扱うことができるものとなった。そこで,そもそ
も一般的に認識されているデータベースという概念とは何なのか,その変遷に
ついて,さらにこれからどういう技術が研究され,開発されていくのかを,日
本データベース学会会長の増永良文先生に教えていただくこととした。
まず増永先生をご紹介する。増永先生は,図書館
Machinery)SIGMOD Japan Chapter(SIGMOD-J)であり,
情報大学教授,お茶の水大学教授を経て,2007年
連携を図りつつも,それぞれ工夫をこらして独自の
から青山学院大学教授として,データベース,マル
研究会活動を行っていたとのこと。
チメディア情報学,ウェブ情報学,図書館情報学等
の研究,指導に当たられている。
しかし,学界でも産業界でも高まってきたデータ
ベース活動を代表する学会がなく,データベースコ
2002年5月に設立準備会代表世話人として日本
ミュニティは情報科学・工学分野で多大な影響力の
データベース学会(以下DBSJ)を立ち上げられた。
ある活動を行っているのに,そのビジビリティに欠
初代会長は当時京都大学におられた故上林弥彦先生
け,またその活動の実績を我が国の学術の発展に結
で,上林先生が急逝された後を受け,2003年から
び付けてゆく直接の手段を有していないなどの問題
現在まで増永先生が会長を務めておられる。
点があったそうである。
まず,バーチャルな学会とはどういうものか,ど
732
増永 良文 氏
そこでD B S Jを設立することとしたそうであるが,
ういう経緯,
お考えで設立されたのかをお聞きした。
創設するにあたって,既存の組織を潰して新しい学
バーチャルなe-学会,DBSJの設立
会を創るというやり方はとらない方がよいと考え,
当時,日本にはデータベースに関して三つの学会
従来の3本のデータベース活動を集約し,それに独
活動があったそうである。一つは(社)情報処理学
自性を加えることによって,全体として我が国の
会データベースシステム研究会(D B S研),二つ目
データベースコミュニティを代表する明確なアイデ
は(社)電子情報通信学会データ工学研究会(D E
ンティティを持つバーチャルなe -学会として機能さ
研),そして三番目はACM(Association for Computing
せることとしたそうである。
情報交差点 ●地球丸ごとデータベース
2009年度の会員数は,ほぼ正会員1,400人,学生
され,それがユーザの知識の増分を引き起こして初
会員300人,企業会員17社となっている。その活動
めて情報となる。つまりデータあるいはコンテンツ
は論文誌の発行,産学連携推進プログラムの展開,
管理に人が介在して情報マネージメントを行うこと
表彰,メーリングリストdbjapanの運用等の8つの柱
で初めて情報となりうる。想定ユーザやその行動を
で進められている。
推測し,データと想定ユーザの知識を結び付けるの
データベースとは実世界の写し絵
さて,ここで本日の主題,「データベースとは一
体何なのか」と切り出した。その途端に,机から離
れ白板を前での講義となり,メモを取る間さえない,
熱い言葉の連続の白熱した授業になり,予定時間を
大幅に超えてしまった。
まず,データベース(以下D B)には二つの意味
は人が行う情報の編集であり,それが情報マネージ
メントである,とのお話にとても明るい気持ちに
なった。
情報マネージメントからSocial Computingへ
それでは,これまで急激な進展を続けてきたD B
システム,情報マネージメントは,これからどうい
う方向へ進んでいくのであろうかとお尋ねした。
がある。一つはコンテンツ。もう一つは,データを
W e b技術の進展で,D Bシステムはコンピュータ
管理するD B管理システム。従来は,D B管理システ
あるいは一人の賢人が意思決定を行う情報マネージ
ムに関心が集まっていたが,最近は,データウエア
メントからSocial Computingの世界へと進む。つまり
ハウスなどに蓄積したデータからどういった知識,
Web社会の中で,Computer / Web+人の集団が協
ルールが出てくるのか,D Bの中身に関心が移って
調して意思決定を行いながらD Bシステムを作り上
きた,と話された。
げていくという新しい世代となる。
D Bは我々が住んでいる実世界の「写し絵」で,
人の集団とはつまり社会であるとのお話である
D Bの第1世代では,データはストレージ上に格納さ
が,私がどこまで正確に理解し,文面でお伝えでき
れた形そのものであったが,第2世代のリレーショ
たかいささか自信がない。
ナルD Bは表の形でデータを管理し,格納形態には
依存しない形となった。しかしC A Dや,マルチメ
最後に,こういう進展の中でその後,増永先生が
推進してこられた研究をごく簡単にご紹介する。
ディア,ネットワーク管理などではデータが複雑で
実世界をそのままに写す等身大(life-size)のDBが
リレーショナルD Bモデルでは表現が難しい。第3世
実現されると,ユーザにとってDBは単にデータの貯
代のオブジェクト指向D Bはそのために持ち込まれ
蔵庫ではなく,そこに入り込み様々な作業を直接遂
た。いずれのD Bでも,D Bはある記号系の下で実世
行できるD B空間となる。そのために,協調作業を
界を写し込む。だから「地球丸ごとデータベース」
支援できる次世代の「協調能動型D Bシステム技術
なのだとして,この言葉を名刺にも入れ,ご自分の
の研究・開発」をされ,「仮想環境D Bシステム」の
キャッチフレーズとされている。
設計と実装を行われた。
データは情報マネージメントで初めて情報となる
ここで逆に「情報管理」とは何ですか?と聞かれ
てしまい即答に窮したが,お話を教えていただきな
がら,これまで曖昧に思っていた事が確認できたよ
うな気がした。
D Bに搭載されているデータはそのままでは情報
ではない。格納庫から取り出したデータが意味づけ
さらに現在は,社会科学の新しい研究方法論とし
ての統合型ウェブマイニング環境の開発・研究を鋭
意進めておられる。
非常に多くの様々なお話を伺ったが,その5分の1
も再現できていない。最後に大きく心に残ったのは,
この世界もOpen Collaboration, Open Scienceの世界に
なっていくということであった。
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第10回情報活動研究会
「企業活動と著作権−日常業務の視 点から」
日 程
2 0 0 9 年 1 1月2 8日( 土 )1 4 : 0 0 ∼ 1 7 : 0 0
場 所
大 阪 科 学 技 術センター
主 催
情 報 活 動 研 究 会( I N F O M A T E S )
後 援
社 団 法 人 情 報 科 学 技 術 協 会( I N F O S T A )
独 立 行 政 法 人 科 学 技 術 振 興 機 構( J S T )情 報 提 供 部
講師:松下茂氏(株式会社サンメディア)
の円滑な流通を図ることとの兼ね合いが大事とのこ
参加者数:43名
とであった。私たちにとっても身近な問題だけに,
議論の行方が注目される。
「INFOMATES」第10回研究会(2009年11月28日午
後2時〜午後5時,於大阪科学技術センター)は,株
式会社サンメディアの松下茂氏をお招きして,「企
国内の著作権処理機関である学術著作権協会
業活動と著作権-日常業務の視点から」というテー
(J A A C C),日本著作出版権管理システム(J C L S),
マでご講演いただいた。松下氏は長年著作権問題に
日本複写権センター(JRRC)および出版者著作権管
取り組んでこられ,その豊富な経験をもとに大変興
理機構(JCOPY)の概略と動向,さらに日本製薬団
味深いお話をお聞かせくださった。参加者は企業や
体連合会(日薬連)とこれら機関との交渉経緯の解
大学の情報担当者43名。
説があった。今後の日本の著作権処理ではJCOPYの
講演は著作権法違反が問われた最近の4つの事例紹
動きに注意が必要ではないかとのことである。日薬
介に始まり,著作権と著作権法および著作権処理団体
連とJ C L S / J C O P Yの間では10年をかけた交渉が一
の最近の動向,企業活動と著作権の順に進められた。
段落したが,複写問題は解決したものの,まだまだ
以下,講演内容および質疑応答の概略を報告する。
未解決の問題があるとのことであった。
1. 最近の著作権および著作権法改正をめぐる
3. 企業活動と著作権
動き
734
2. 著作権処理機関の動向
企業活動においては,製品情報データベースへの
最近の著作権をめぐる動きが時系列で紹介された
搭載コンテンツ,データベースの出力結果の保存や
後,2009年6月に改正された著作権法で論議が集中
印刷,研究会発表資料の再利用,プロモーション資
したインターネット流通に関する権利制限,違法著
料作成のための他の著作物利用,論文執筆のための
作物の流通対応,障害者福祉への対応等についてそ
他の著作物利用などの際に著作権が問題になる。特
れぞれ事例を挙げながら解説があった。今後の著作
に抜粋利用が引用にあたるのか転載にあたるのかは
権法改正では権利制限の見直しが大きな課題のよう
判断が難しい場合が多いようで,改めて著作権法の
である。権利制限見直しの対象はフェアユース,薬
引用に関する条項(著作権法第三十二条)の紹介と
事関係,図書館・学校教育関係,私的使用目的の複
解説があった。最近は,引用とせず転載として扱う
製などで,著作権者の権利を適正に守ることと情報
傾向が強くなっていて,論文執筆などを除いて,プ
集会報告 ●Meeting
ロモーション資料,企業主催の研究会資料,製品説
一方,企業で働く人が論文投稿をする場合には著
明書,イントラネット上の掲載などは転載許諾が必
作権の帰属,法人著作権と個々の著者との関係を明
要になるようだ。
確にすることが大切になる。一つの解決方法として,
転載許諾に関しては,許諾が必要な場合はどうい
研究開発型の企業などで作成されているガイドライ
う場合か,許諾に要する費用や期間はどのくらいか,
ンがあるが,出版社や学会の投稿規定でも今後はこ
どのような事前準備が必要か,許諾を得やすくする
の点に配慮する必要があるのではないかということ
ためにはどうしたらよいか,最近の出版社の動向は
であった。
どうかなどについて個々に事例供覧と作業手順の解
説があった。
転載の対象となるものは,著作物の中の図表や
なお,著作権の有無について議論が起こっている
J I S規格については,現状では著作権の保護対象に
なっているということである。
データ,写真(画像),イラストなどで,供覧され
た事例から,実にさまざまな形でこれらが利用され
ていることがわかった。また,出所の記載に関して
4. 質疑応答
講演終了後の質疑応答では,許諾相手が見つから
も,出所表記に続いて,
「〜より改変」「〜より作図」
ないときはどうしたらよいか,競合会社とのデータ
などを追記したもの,よりエビデンスの高い表記に
比較をしたいときに他社のデータ利用に許諾は必要
するために個別記号(社内の識別番号)を付与して
か等フロアーからも発言が相次ぎ,予定時間ぎりぎ
いるものなどが例示された。
NEJM誌やAMA
(American
りまで活発な意見交換が行われた。
Medical Association)などの転載規定も紹介されたが,
なお,当日配布された資料,「著作物の種類によ
転載に関しては,このように個々の著作物ごとに規
る利用条件」には各種の著作物別(冊子体雑誌,電
定が違うので注意が必要なようである。
子ジャーナル,オープンアクセス,データベース,
許諾にかかる費用は出版社や学会により異なる
その他のWebリソース)の利用目的別(印刷または
が,それほど安価ではないようだ。転載許諾を得る
紙への複製,電子的複製,イントラネット・Web公開,
ための事前準備に必要なものは,利用対象著作物,
RefWorksなどへのインポート,図表の利用など)の
利用目的,利用形態と部数,掲載予定ページ数,出
利用条件が,「論文や記事を執筆した場合の著作権」
典明示,クレジット表記(改変の有無,表記法など)
には学術論文,社内報,他の著作物を参考に挙げる
に加えて刷り見本は必須とのことである。特に海外
場合,抜粋,他の著作物の図や表を使用した場合の
の出版社や団体の場合には資材を確定してから申請
著作権がそれぞれ一覧表にまとめられていて,日常
作業をすること,日本の状況が理解されにくい点が
遭遇する各種の問題の解決に大変参考になるもので
あるので,アプローチに一工夫が必要なようだ。許
あった。
諾を得やすくするにはある種のコツもあるようで,
例えば監修者名を入れておくとスムーズに許諾が得
5. 結びにかえて
られた例などが紹介された。また,Webに掲載され
媒体の多様化や情報技術の進歩,利害関係の錯綜
ているリソースは基本的にはU R Lを記載する方が無
などによって著作権処理は従来にも増して複雑になっ
難,広告代理店を使った場合には必ずチェックをす
てきた。著作権をめぐる情勢も流動的である。今回
ることが重要とのことである。その他,許諾相手が
の研究会は著作権に関する担当者の悩みに,まさに
国内外の出版社や学会あるいは個人の場合など,多
日常業務の視点から応える有意義な研究会であった。
くの具体例が供覧され,大変参考になった。
(INFOMATES運営委員 首藤佳子)
735
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フランス高等 教 育機 関の図書 館 事情
3)図書館とラーニング・センター
パリ日本文化会館図書館首席司書
杉田千里
フランス図書館界でもこの数年の間で,「e -ラー
ネットワーク回線が整備され,図書館の利用者に迷
ニング」「ラーニング・センター」が話題に上がる
惑のかからないよう仕切られた,グループ学習用の
ようになった。今回はこのことについて述べてみた
個室が設けられているところが見られる。例えば,
いと思う。
ラ・ロシェル大学付属図書館では,事前予約制で,
英語圏はもちろんのこと日本の大学図書館でも注
学生にグループ学習をする場所を提供している。
目されている,「ラーニング・センター」「自主学習
支援」は,フランスにおいてもかなり以前から話題
2. ラーニング・センター/Espace autoformation
になっていたサービスである。それにもかかわらず,
実際に話題にされるようになったのは,2005年に
先に述べた2005年のB P I(ポンピドゥーセンター
B P I(ポンピドゥーセンター公共図書館)で行われ
公共図書館)におけるシンポジウムで発表された,
たシンポジウム「Bibliothèque et autoformation」あた
ADDNB注1)のアンケート報告によると,回答した図
りからではないかと思う。
書館の36%がすでにラーニング・センターを図書館
に設置,11%は計画中という結果であった。ただこ
1. グループ学習室
のアンケートに回答した図書館の8割が公共図書館
であったということを付記しておく。ラーニング・
736
一般に大学施設は歴史的建造物が多く,改築や新
センターで扱われるテーマは語学学習が圧倒的に多
築されたものでなければ,十分なスペースも設備も
く,その他はコンピューター技術の習得,就職準備
ないことが多い。第1回でご紹介した,国立パリ高
に関わるものなどであった。このアンケートの回答
等化学学校の図書館もそうであったが,床面積を広
例から,自己学習支援サービスは,公共図書館のほ
げることはできなかったにせよ,総改装工事を行っ
うが積極的に取り組んでいることが理解できる。高
たことにより,床下に電気回路,ネットワーク回線
等教育機関図書館が消極的である理由として以下の
を引き,図書館に新たに複数のネットアクセス可能
ことが考えられる。①ほとんどの大学機関は歴史の
な端末を設置するとともに,学生や研究者が自分の
ある古くからの建物であるため,新たなサービスを
持参したコンピューターでインターネット接続がで
行うためには整備投資が必要なこと ②分野別に専
きるまで環境が改善された。また,グループワーク
門のライブラリアンが必ずしも配置されていない状
が行えるよう,ソファーを配した一角を設ける工夫
況が多い中,自己学習支援サービスを担当できる専
もなされた。これは古い建物の内装改造の例である
門知識を身につけた職員を配するのが困難なこと が,90年代に新築された大学図書館では,防音や
③利用者の大半が学生や研究者であることから,学
視点 ●フランス高等教育機関の図書館事情
習法をすでに習得した学生や研究者が利用者の大半
て,日本語能力試験の準備をしたいなどという目的
であるため,新たにラーニング・センターを設ける
がはっきりしており,なおかつ利用者自身が自分の
必要性が希薄なこと ④新規事業に予算が認められ
レベルを認識している場合は問題がないのだが,
「日
にくいこと ⑤週あたりの図書館開館時間が他の欧
本語学習を始めるための教材を探している」,「短
米諸国に比べ短く,授業終了後ゆとりを持って学習
期間で日本語会話をマスターする方法を知りたい」,
する時間を十分に提供できないことなど,積極的に
というような問い合わせに対しては,職員は,図書
取り組みにくい状況が想像できる。一方で,公共図
館所蔵資料(図書や視聴覚資料)の紹介をするだけ
書館の中には,近年改築や新築が行われたところも
で,どの資料がその利用者に適しているかという判
多く,また利用者が地域住民であることから,地域
断は利用者本人に任せるという対応にとどまってい
生活により密着したきめ細かいサービスを,利用者
る。
の要望に応じて迅速・的確に展開できる状況にある
ことなどが考えられる。
3. ラーニング・センターのパイオニア
誰でも無料で利用することができる公共図書館と
しての要素と,日本学を専攻する学生や研究者が調
査・研究のために利用する日本研究専門図書館とし
次にフランスで注目されている成功例を2件紹介
する1)。
ての要素とを併せ持つパリ日本文化会館図書館の事
まず初めに,B P I(ポンピドゥーセンター公共図
例を紹介したい。1997年に建設された建物の内,3
書館)を取り上げる。1976年の開館時から図書館
階部分が閲覧室,4階の一部が視聴覚室として図書
内の言語・文学部門の近くに小さな「言語コーナー」
館に割り当てられている。電気回路の容量が建設当
を設け,利用者が図書館で外国語の自主学習を個人
時に設定されたもので,多数のパソコンを使用する
用視聴覚ブースでできるようにした。反響は大きく,
にはその上限が低すぎ,また,閲覧室にネット回線
とりわけ英語学習のために利用されることが多かっ
が引かれていないため,利用者は個人のパソコンで
たという。その後,このコーナーはスペースを広げ,
インターネットにアクセスすることができない。4
英語と英語以外の外国語用ブースに分けることで,
階の視聴覚室には資料調査用のインターネットアク
当時からあまり知られていない言語学習にも注目を
セスの端末を2台設置しているが,決して十分に利
している。80年代後半に入ってからは,語学学習以
用者の要望に応えているとはいえない。またグルー
外にもソフトウェアの学習や運転免許取得試験準備
プ学習のためのスペースはないが,視聴覚室で日本
なども自主学習できるようになった。現在では名前
語学習者向けのカセット,VHS,CD,DVD資料が自
も「Espace autoformation」となり,e-ラーニングの
由に無料で使えるように機器を数台設置している。
プラットフォームも備えた100以上のブースを設置
しかし,防音されたブースではないため,発音練習
し,語学,コンピューター関係,公務員試験準備,
などの学習がしづらい状況となっている。このコー
学生の補習授業,就職準備などさまざまなテーマの
ナーは,日本語能力試験の準備,個人による日本語
個人学習教材をそろえている。またこのセンターに
学習などの目的でよく利用されている。デッキなど
は,専門職員が配置され,利用者へのアドバイスを
周辺機器の扱い方やごく簡単な資料の説明は,受付
行っているだけではなく,語学に関しては,語学専
職員によって行われるが,自主学習支援サービスを
門の教育機関や,出版社などとも協力しており,よ
担当する専門職員がいないため,それ以上の専門的
り専門的な知識や経験を生かした利用者へのサービ
なアドバイスを行うことはできていない。したがっ
スを実現させている。
737
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次に,シテ科学産業博物館付属図書館を紹介す
http://johokanri.jp/
ら,高等教育機関の図書館となると事情は一変す
る。1986年に開館した当初から教育省とパートナー
る。一般に,教職員と図書館の関係は一方通行で,
シップを取り,小中高校生の支援を行う目的で「自
教職員から図書館へ授業に関係する図書購入希望は
習室」が設けられた。そのコーナーで使用するため
行われているが,図書館から教職員に具体的な授業
の資料の多くは,フランス国立教育ドキュメントセ
内容や学生が必要としているものを問うということ
ンターから提供されたものである。それ以外にも,
は,ほとんど行われておらず,ライブラリアンは,
フランス国営企業であるフランス電力会社やエー
図書館の中だけでサービスを行うという従来の枠に
ル・フランスが企業内研修で使用するために独自に
とらわれているように感じる。先にあげたフランス
開発したソフトウェアの提供を受けることで,社会
でのラーニング・センターの成功例は,市民がその
人への生涯学習サービスにまで幅を広げるように
サービスを必要としており,これからも必要とされ
なった。反響は大きく,一般社会人による利用が増
るサービスであることを証明している。しかしなが
大したことから,個人学習用ソフトウェア製作会社
ら,このサービスを各図書館で提供するためには,
などと無料提供の提携を結ぶなど,協賛パートナー
環境の整備が不可欠であり,そのための予算,スペー
を増やしさまざまなテーマの学習が可能となってい
ス,機器はもちろんのこと,そのサービスを提供す
く。そうして,「自習室」は社会人のための生涯学
るための人材の育成は欠かせない。現在のライブラ
習室となり,子供や学生のためのサービスは,メディ
リアン養成課程では,そういう人材を育てるために
アテックに移行させ,利用者層を分けることにより,
十分な教育がカリキュラムに組み込まれていない。
用途に合わせたサービスを提供するようになる。
図書館管理職養成機関であるENSSIB(フランス国立
サービス拡大化のため一時閉館したあと,2005年
情報科学図書館高等学院)でも1998年から通常講
に預金供託金庫とイル・ド・フランス州の協力の
義に加えて,個人学習者へのアドバイザー講座を設
下,現在の「Espace autoformation」が開設された。
けてはいるが,数時間の授業にすぎない。同時に現
このセンターは,B P Iと類似したサービスにとどま
職ライブラリアンの認識不足も重なって,「E s p a c e
るのではなく,社会人がそれぞれプロフェッショナ
autoformation」が積極的に取り入れられないように
ルな分野で役立つような自己研修,生涯学習を行う
思われる。B P Iのシンポジウムの場でも,ライブラ
場を目指している。その例として,外国語学習につ
リアンの本質とは何か,ライブラリアンは何でも屋
いても接客やその他外国人との取引の場で使うビジ
になるのではないか,といった討論があった。イン
ネス・コミュニケーションを中心とした会話学習に
ターネットが飛躍的に普及した影響もあって,多く
重点を置き,また建築整備,電気,機械などの技術
の図書館では利用者数が減少するという問題に直面
知識を学ぶプログラムを提供している。また,個人
している中,これまでの図書館やライブラリアンと
学習以外にもテーマ別ワークショップを開催するな
ど,生涯学習の場としての役割を果たしている。
4. 最後に
上記の2館以外にも,フランスの公共図書館では,
「Espace autoformation」への積極的な取り組みを行っ
ているところはまだ他にも存在する。しかしなが
738
執筆者略歴
杉田 千里(すぎた ちさと)
1993年京都外国語大学卒業。1996年から1998年まで
ENSSIB(フランス国立情報科学図書館高等学院)に在学
し,情報科学・司書職上級課程,文献情報科学におけ
る高等専門研究課程を修了。ENSCP(フランス国立パリ
高等化学学校)図書館長,アジア交流推進研究所ドキュ
メントセンター長を経て,2006年よりパリ日本文化会
館図書館首席司書。
視点 ●フランス高等教育機関の図書館事情
いう枠組みにとらわれすぎず,図書館の外に目を向
なければならない時代になったのではないかと思わ
け,なおかつライブラリアンの立場や知識を生かし
れる。
て,図書館サービスを広げていくということを考え
本文の注
注1) Association pour le développement des documents numériques en bibliothèques
参考文献
1) Bibliothèque publique d’information. Bibliothèque et autoformation: la formation tout au long de la vie: quels rôles
pour les bibliothèques à l’heure du multimédia?. Paris, 2005-12-05, Bibliothèque publique d’information, Centre
Pompidou, 2006, 283p.
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互換機論争
名和小太郎
コンピュータ利用の草創期,すでに企業のコン
に出しても,それに乗り換えることができない。プ
ピュータ利用は膨らむ一方であった。この膨張に対
ログラム変換の手間がかかるからである。これを「プ
応して,ユーザーはシステムを更新せざるをえな
ログラムによるロックイン」という。
い。だが,ユーザーはシステムの変更のつど,古い
1965年,I B Mはシステム360を発表する。このシ
システムで使ったプログラムを棄てて,新しいプロ
ステムは2つの特徴をもっていた。第1に,技術計
グラムを書く必要があった。なぜか。メーカーの出
算も事務処理も同一のシステムでできた。つまり,
荷するO Sとユーザーのもつ応用プログラムとのイ
360度全方位にわたり可トシテナラザルナシという
ンタフェースに一貫性がなかったためであった。
ことで,ここにこのネーミングの意味があった。第
だが,そのプログラムの作成には人手と時間とコ
ストとがかかった。だから,ユーザーにしてみれば,
これでユーザーを囲い込むことを狙った。
プログラムのスクラップ&ビルドは避けたい。旧シ
1970年,I B Mはシステム370を発表した。その基
ステムで使ったプログラムを新システムでも使いた
本設計はシステム360のそれを拡張したものであっ
い。ここに注目したIBMは「ファミリー・シリーズ」
た。これをみて,I B M機と同一の外部仕様をもつシ
という構想を具体化した。
ステムを開発し,これを市場に出荷する互換機メー
ユーザーにとっては,コンピュータの外部仕様,
カーが出現した。それを先導したのはI B Mをスピン
つまりインタフェースが同一であれば,たとえシス
オフしたアムダールであった。その人が勝手知った
テムの内部構造が違っていても,同じプログラムを
るIBMの互換機を作り始めたのである。
利用できる。ファミリー・シリーズは一貫したイン
互換事業者のメリットはどこにあるのか。第1に,
タフェース仕様によって小型機から大型機までを品
既存の技術仕様を利用できる。第2に,市場がすで
揃えするものであった。このために,ユーザーは業
に見えている。つまり,新規開発のためのコストと
務の規模に合せてモデルを選択でき,下位モデルか
リスクを避けることができた。
ら上位モデルへの移行にあたり,いかなる負担も課
せられない,ということになった。
アムダールの発想は,ハードウェアについては最
新技術を駆使して性能対価格比を高め,コストのか
1950年代末,I B Mはこの構想を技術計算用の大型
かるソフトウェアのほうはI B MのO Sをそのまま利用
システム7000シリーズと事務処理用の小型システ
する,というものであった。当時,O Sは公開され
ム1400シリーズとして商品化した。
ており,誰でも利用できた。アムダールの最初の製
いったんI B M製品のユーザーになってしまうと,
仮に競争メーカーが性能対価格比のよい商品を市場
740
2に,同じプログラムでどんなモデルをも動かせた。
品は1975年に出荷された。このハードウェアは突
出して高速であり,I B Mの製品がこれに追いついた
情報論議 根掘り葉掘り ●互換機論争
のはなんと1982年であった。
本の著作権法を参照するものではない。つまり,問
IBMはシステム360の基本設計は守り続けた。ただ
題のI B M情報が著作権をもつか否かについて判断す
し,アムダールを振り切るために,しきりとインタ
るものではない。第2に,I B MのO S互換機は市場に
フェースやO Sを変更した。アムダールはこれを解
公正な競争をもたらすものである。互換機の開発を
読しつつ追いかける。シーソー・ゲームが続いた。
抑えてはならない。
アムダールには10社を超える互換機メーカーが
第3に,IBMはその情報へのアクセスを富士通に認
続いた。日本では通商産業省が370対抗機の開発の
めなければならない。また富士通はI B Mにその補償
ために行政指導に乗り出し,業界の再編成と併せて
額を支払わなくてはならない。第4に,富士通のIBM
開発資金の半分を補助した。このときに富士通と日
情報へのアクセスは,第三者の監視下においてなさ
立製作所はグループを結成し,I B M互換機――Mシ
れなければならない。第5に,ここで割り出したIBM
リーズ――の開発を始めた。その製品は1974年か
情報を富士通が互換O Sの開発に使っても,これに
ら市場に出荷され,海外にもOEMで輸出された。
IBMは異議を申し立てることはできない。
IBM互換機には2つの種類があった。第1は互換ハー
当時,日本において,I B Mの主張をめぐってさま
ドウェアのみ生産し,O SはI B Mのものをそのまま利
ざまな議論が生じていた。まず,I B Mの主張をよし
用するもの。これがアムダールの方法であった。第
とする意見。第1に,インタフェース仕様の決定に
2はハードウェアとO Sとを併せて互換機を製作する
はコストがかかっている。だから著作権がある(こ
もの。これは富士通と日立の方法であった。いずれ
の理論はのちに否定された)。第2に,同じ機能を
もIBMのOSの解読が前提となった。
もつインタフェース仕様であっても,その表現法は
1980年,米国は著作権法を改正し,プログラム
1通りではない。したがって著作権がある。第3に,
を著作物とした。1982年,司法省はI B Mに対する反
インタフェース情報はマニュアルに表現されてい
トラスト法違反の訴訟を取り下げた。時代がプロパ
る。そのマニュアルは著作権をもっている。
テントに移ったのである。
一方,IBMの主張を否とするものもあった。第1に,
I B Mは方針を変える。1983年,I B Mは20年間にわ
I B Mの外部情報は,言語体系,言語のセマンティク
たって実施してきたO S情報の競争企業や顧客への
ス,通信プロトコル,C P Uの操作手順,命令セット
自由な提供を取り止め,同時にその提供を契約ベー
の仕様,コマンドの文法などであり,いずれも「規
スとし,そのなかにO S解読の禁止条項を付け加え
約」である。規約はアイデアであるから著作権の対
た。この後,I B Mは競争者による互換O Sの開発を監
象にはならない。第2に,IBMの言う外部情報には公
視し,このために不可欠なインタフェース仕様の提
共性があり,公共性のあるものに独占権を与えるこ
供を拒み,O Sの解読とインタフェース仕様の無断
とはできない。もし,ここに独占を認めてしまうと,
使用は著作権侵害である,と主張するようになる。
互換製品の開発は難しくなる。第3に,インタフェー
この後,I B Mと富士通はO Sの使用契約をめぐって
ス保護にあたっては産業政策的な視点を配慮すべき
長い折衝を始める。1987年,米国仲裁協会(A A A)
であり,これは著作権法のあずかり知らぬことであ
がその裁定を示した。双方が法廷ではなく仲裁に持
る。
ち込んだのは,既存の知的所有権制度は頼りになら
ない,と考えたためだろう。
A A Aは示した。第1に,この命令は米国および日
1992年,E Uは,プログラム間の相互運用性を保
つためのインタフェースの解読は著作権侵害とはな
らない,という見解を発表した。
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末 廣 恒 夫 (株式会社資生堂 特許部)
読んでおきたい「著作権」関連本
情報を扱う業務を行っている者にとって,著作権
というのは知っておかなければならないものだと思
うが,自分は著作権についてきちんと学ぶ機会はな
かった。必要に迫られていろいろな本を読んだりし
て,泥縄式で勉強していった。
最初の頃思ったのは,著作権をきちんと守ろうと
すると何もできなくなるな,ということだった。よ
くあるQ&A形式の解説書を読むと,あれもできない,
これもできない,許可を取らなきゃやっちゃダメと
いう記述が目についてしまい,息苦しさを感じるこ
とが多かった。もちろん著作権を守ることは大事だ
http://www.yuhikaku.co.jp/
ということはわかっている。それでも何とかならな
いだろうか? 特に当時,企業内での文献のコピー
そ,その及ぶ範囲については慎重に考えなければい
の著作権処理の問題を考えていたが,本当にどうに
けない,というスタンスのようだ。
もならないような気持ちになった。
そのようなときに読んで救われたような気持ちに
なった本がこの本だ。
その中で私が注目したのは,著作権法30条の私的
複製について述べているところで,企業内での複製に
ついて言及した箇所だ。企業内での複製は私的複製
には該当しないとしつつも,
次のように述べている。
『著作権法概説 第2版』田村善之
有斐閣,2001年,5,250円(税込,版元品切)
「しかし,例えば,社長のために秘書が購入して
きた英語の雑誌記事を日本語に翻訳する行為である
とか,あるいは,すでに部署で購入してある数冊の
742
本書は著作権法を体系的に解説したもので,正直
書籍から現在の企画に関連する部分だけをコピーし
読むのは結構大変だった。著作権の支分権を解説す
て1冊のファイルにする行為や,部署で購入済みの
る箇所で,例えば「複製権」を「複製禁止権」とい
書籍につき遠方の会議に出席している部長からの問
うように著作権を「禁止権」であるということを強
い合わせに答えるためにファックスで関連ページを
調して書かれていた。これは,著作権は禁止権だか
送る行為(受け手のところで「複製」がなされる)
らこういうことをやってはいけない,ということを
などに関してまで,著作権者の許諾を得なければな
強調するためではなく,むしろ禁止権であるからこ
らないと解する必要はないであろう」(p.200)
この本!おすすめします ●読んでおきたい「著作権」関連本
企業内での複製はすべて許諾が必要だと思ってい
権が及ぶので著作権者の許諾が必要だとしつつも,
たときにこの記述を見つけて,少し救われた気持ち
「しかし,これではきわめて不公平である。図書館
になった。体系書を読むのは大変だが,このような
に近い人は図書館に赴いてコピーをしてもらえる
記述を見つけたり,条文の理解を深めることができ
が,遠い人,とくに過疎地に住む人はコピーサービ
るので,得るものは多い。もちろん読むのは大変な
スを受けることができないということになるからで
のだが。
ある」と述べている。そして,国会図書館が郵送コ
次はもう少し気軽に読める本を紹介するが,同様
に注目すべき記述があった本だ。
ピーサービスを行っていることに対して,「法に忠
実に従っている点は評価できるが,もう一歩進めて
ファックスによる送信サービスまで行ってもらいた
『著作権の窓から』半田正夫
法学書院,2009年,2,520円(税込)
いと思うが,国の機関である国会図書館にそこまで
要求するのはいささか無理というものであろうか」
とまで述べている。
半田氏がそのようなことを思っていたとは,本当
に驚いた。著作権法の大家がこのように感じている
ということは,著作権法の置かれている状況を示し
ているのかもしれない。他にも興味深いエッセーが
掲載されているので,ぜひ読んでいただきたい。
最後に紹介するのが,著作権に関する本で今一番
お薦めの本だ。
『著作権とは何か-文化と創造のゆくえ』福井
http://www.hougakushoin.co.jp/
健策
集英社(集英社新書),2005年,714円(税込)
こちらは著作権を題材にしたエッセー集で,「お
ふくろさん」や小室哲哉氏の事件などの時事的な話
題なども取り上げていて,とても読みやすい。
半田氏は著作権法の大家で(社)日本複写権セン
ターの理事長でもある。どちらかというと現行の著
作権法の条文に忠実で権利保護重視で権利制限には
厳格な人だと私は思っていたし,そのようなエッ
セーも多かったのだけど,読んでみたら意外とそう
ではないような意見も書かれていて,興味深かっ
た。特に注目したのは「図書館の役割」について述
べているところだ(p.231-235)。
31条の内容について述べた後で,「ファックスに
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0294-a/
よるコピーサービス」を取り上げている(p .235)。
そこではファックスでのコピーサービスは公衆送信
本書は題名の通り,読者に「著作権とは何か」と
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いうことを考えるための手引きをしているもので,
いくつかの事例を取り上げてあなたはこの事例をど
のように考えますか,と問いかけている。その事例
は,『ロミオとジュリエット』や『チーズはどこへ
消えた?』のパロディ本など,なじみやすいものが
多いので,著作権について実際の問題として考える
ことができる。
このように著作権についての考え方を示唆する本
は意外と少ない。
本書は,新書版という制限もあり,条文の解説な
どは最小限に抑えている。著作権「法」の解説書と
してはもの足りないと思うかもしれない。しかし,
本書は,著作権についての考え方を身に付けるには
絶好の本だ。著作権法について学びたいと思う人は,
一般的な入門書・解説書ももちろんだが,本書を合
わせて読むと,理解がさらに深まると思うので,ぜ
ひ読んでいただきたい。
744
執筆者略歴
末廣 恒夫(すえひろ つねお)
(株)資生堂 特許部。
慶應義塾大学文学部卒。
1991年(株)資生堂入社後,14年間図書室の運営を
担当。2年間他の部署を経て,2007年より特許部。主
に特許検索などを担当。
1995年より神奈川県資料室研究会理事(途中2年間
の中断期間あり)。
1996年度データベース検索技術者1級取得。
11年ぶりにJ1に昇格した湘南ベルマーレのサポー
ター。
情報界のトピックス ●Topics of the information community
A m a z o n社がロイヤリティ 70%引き上げのオ
範囲にわたる一連の書籍デジタル権を与えなけれ
プションを発表
ばならず,それには,テキストの音声変換や将来
K i n d l eに付け加えられる機能に対処するためのもの
Amazon社は1月20日,直接Kindleに向けて電子ブッ
が含まれる。当面,米国で販売される電子ブックの
クの出版を行う出版社や著者に支払うロイヤリティ
みが新オプションの対象とされる。A m a z o n社の低
を引き上げることを発表した。K i n d l e D i g i t a l T e x t
価格ポリシーが,より多くの利益をもたらすハード
P l a t f o r mを利用する新しいオプションは6月30日に
カバー市場を侵食するのではないかと恐れる出版社
開始され,これを選ぶ出版社や著者には定価の70%
は,競争相手であるApple社の出方を見守っている。
のロイヤリティが支払われる。流通コストはファイ
(http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=176060&p
ルサイズ1M Bに対して0.15ドルが設定される。電子
=RssLanding&cat=news&id=1376977)(accessed 2010-
ブックの販売一件当たりのコストは,平均的に0.06
02-09).
ドル以下になる見込みである。Russ Grandinetti副社
長によれば,現在著者の受け取るロイヤリティは多
A mazon社―Macmillan社戦争
くの場合,出版社が設定する印刷体などのフィジカ
ルブックの定価の7〜15%か,電子ブックの販売価
1月29日,Amazon社が突然Macmillan社の電子ブッ
格の25%である。Amazonが示す例によれば,8.99ド
クとフィジカルブックの両方をA m a z o n . c o mから引
ルの本が売れた場合,これまでのスタンダード・オ
き上げたことから,Amazon社-Macmillan社戦争の
プションでは著者が受け取るのは3.15ドルだが,新
勃発として,出版業界や書籍販売業界の耳目を集め
しいオプションでは6.25ドルと増大する。ただし,
た。A m a z o n社は,新刊書とベストセラー本の電子
このオプションを採用するには以下の条件を満たさ
ブック価格を9.99ドルと設定しているが,Macmillan
なければならない。
社は昨年,価格を15ドル程度に上げるよう要請し
(1) 価格は2.99ドル〜9.99ドルの範囲内であること
ていた。A m a z o n社が強い反対を表明するために,
(2) しかも,フィジカルブックの最低価格と比べ
Macmillan社の書籍を一時的に取り去ったものと考え
て,少なくとも20%は安いこと
(3) 出版社または著者が知的財産権を有するすべ
ての地域で販売すること
られている。Apple社のiBooks storeに書籍を提供す
る契約書にサインした出版社のひとつがMacmillan社
である。A p p l e社は電子ブックの価格設定に関して
著者が自分の電子ブックをA m a z o n社と競合する
は,出版社により広い自由裁量権を与えている。
SonyやBarnes & Nobleなどのオンライン書店に売る
New York Times紙によれば,MacmillanはAppleのiPad
のは自由だが,A m a z o n社にはそれらに対するのと
に対するのと同じエージェンシーモデルを,K i n d l e
同一,またはそれ以下の小売価格を提供しなければ
向けの電子ブックに対してA m a z o n社に提案してい
ならない。さらに,著者はA m a z o n社に対して,広
た。このモデル下では,出版社が消費者価格を決定
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し,売り上げの70%は出版社が取り,残り30%が小
のインフラも提供する。機関リポジトリの一部であ
売業者の手に残る。A m a z o n社はハードカバーの定
るDigital Resource Commons(DRC)は,職員が再任
価の50%を払って,現行の卸売りモデルの下で電子
命された昨年11月には,遅れや一時的な休止,ある
ブックを購入し,電子ブックの価格は自己決定する
いは停止を経験したため,デジタル資料管理委員会
ことができる。ただし,Macmillan社は電子版の出版
のメンバーがD R Cの状況に深刻な懸念を表明するに
をハードカバー刊行の7か月後とするというもので
至った。メンバー機関に電子ジャーナルを提供する
ある。
Electronic Journal Centerのサービス機能の停止は,フ
書籍が引き上げられた翌日に,Macmillan社のCEO
ルテキスト論文へのアクセスを失ったため,大きな
John Sargent氏は社の著者,イラストレーター,著
問題を引き起こしたが,代替経路を作ることによっ
作権エージェントに宛てた手紙を書き,ほとんどの
て解決したそうである。OhioLINK Library Advisory
電子ブック版の価格を12.99ドル〜14.99ドルに設定
Councilの議長Kobulnicky氏は,現在の状況に関して
する計画であることを明らかにした。A m a z o n社は
は「慎重に楽観的」であると語り,理事会の委員長
その翌日,「Macmillan社が出版するタイトルに独占
Fingerhut氏も楽観的な見通しを持っており,いくつ
権を持っている以上,われわれとしては,電子ブッ
かのサービスの停止は,しばらくは続くが,新しい
クとしては不必要に高い価格であるとは思うが,読
インフラが確立されれば,回復する見通しであると
者に提供するために抵抗をやめてMacmillan社の条件
述べている。なお,Sanville氏は,「OhioLINKと資金提
に従う」との声明を発表し,週末の紛争は一応の解
供エージェンシーであるOhio Board of Regentsの関係
決を見た。しかし,Macmillan社の全出版物が直ちに
変化の中で,私はできることはすべてやったと言え
戻されたわけではなく,A m a z o n社は交渉を有利に
る」とのみ語っている。
導くために書籍の販売を留保しているとみられる。
(http://www.libraryjournal.com/article/CA6717756.ht
(http://bits.blogs.nytimes.com/2010/01/29/amazon-
ml?nid=2673&source=title&rid=17529816)(accessed
pulls-macmillan-books-over-e-book-price-disagreement/)
2010-02-09).
(http://www.publishersmarketplace.com/lunch/
macmillan_30jan10.html)(accessed 2010-02-09).
O hioLINKに暗雲?
英国政府データサイト「data.gov.uk」開始
英国内閣府は1月20日,英国政府関連データサイ
ト「data.gov.uk」のサービスを開始したと発表した。
746
Tom Sanville氏が事務局長として17年間務めた図
2月9日現在で2,905のデータセットに無料でアクセ
書館コンソーシアムの草分けO h i o L I N Kを,3月31日
ス可能。個人や企業が再利用して,例えば住宅価
をもって去ることになった。OhioLINKではこのとこ
格や地域サービス,地域の病院へのアクセスなど
ろ,異常なサービスの停止に見舞われており,辞任
に関するアプリケーションを作成することも可能
との関係が取りざたされている。1月13日に発表さ
だとしている。このサイトの開設には,WWWの発
れたメモ「The Future of OhioLINK」は,サービスの
明者であるティム・バーナーズ=リー卿が加わっ
乱れと事務局長の辞任がOhioLINKの将来に関して多
ている。本格的なサービス開始に先立って行われ
大な懸念を生んでいると指摘している。OhioLINKは
た試行版の提供では,開発者からのフィードバッ
共同分担目録,デジタルジャーナルやデジタル書籍
クに基づいて,「過去10年の高速道路の渋滞状況を
の提供だけではなく,デジタルプロジェクトのため
示す動画」「親のための学校検索サイト」などが追
情報界のトピックス ●Topics of the information community
加された。
つも見つけられると回答したのは39%にとどまっ
(http://www.cabinetoffice.gov.uk/newsroom/news_
た。調査は2009年11月末に1,000名の電子書籍リー
releases/2010/100121-data.aspx)(http://data.gov.uk/)
ダー利用者を対象に行われた。
(accessed 2010-02-09).
すでに発売されている電子書籍リーダーでは,米
Amazonの「Kindle」が好調で,日本でも毎日新聞が
米国で陪審員のTwitter利用を禁止
2009年10月から,朝日新聞が2月8日から英文記事
のKindleでの提供を開始している。また,米Appleが
米国では,裁判に参加する陪審員にT w i t t e rや
S N S(ソーシャルネットワークサービス)で裁判の
1月27日に発表したタブレット型の新型デバイス
「iPad」も電子書籍機能やサービスを備えている。
話をしないよう求めるガイドラインが提案されて
(http://www.npd.com/press/releases/press_100203b.
いる。1月28日米国司法会議(Judicial Conference)
html)(http://www.asahi.com/business/update/0208/
の裁判事務・訴訟事件管理委員会(C o m m i t t e e o n
TKY201002080181.html)(accessed 2010-02-09).
Court Administration and Case Management)のガイ
ドライン案「陪審員による電子コミュニケーショ
J E P A「国会図書館と出版社のすみ分けを」電
ンテクノロジーの使用」では,具体的な例として
子書籍配信構想で
「携帯電話,電子メール,Blackberry,iPhone,携帯
メール,T w i t t e r,ブログ,チャットルームのほか,
日本電子出版協会(J E P A)は2月5日,国会図書
Facebook,Myspace,LinkedIn,YouTube」を使って,
館が検討している電子書籍配信構想に対してJ E P A
裁判について他の人と話すことを禁じている。委員
としての提案を行い,国会図書館による配信と,出
会では,こうしたサービスやテクノロジーを使った
版社自らによる商業的な配信を区別し,図書館と出
違反が増えており,そうした違反行為は審理無効,
版社のすみ分けを求めた。この点を考慮したJEPA案
陪審員の解任,罰金につながるとしている。
では,出版社や著者が無料配信を許諾した書籍は,
(http://www.uscourts.gov/newsroom/2010/DIR10-
国会図書館が配信し,世界中どこからでも無料で自
018.pdf)(accessed 2010-02-09).
由に閲覧可能とするとしている。さらに,国会図書
館と出版社のサイト間を相互リンクし,全体として
電子書籍リーダーの満足度は高い
一つの網羅的な書籍データベースとして機能させる
ことも提案している。JEPAではこうした仕組みの実
米調査会社NPD Groupが2月3日に発表した調査結
現に向けて,出版社・著者が無償配信許諾を簡単に
果によると,電子書籍リーダー利用者の93%が自分
表明できる機能を国会図書館サイト上に構築するこ
のデバイスに「非常に満足」「やや満足」と回答し,
とや,出版社が配信を許諾する権利を確保するため
満足度が極めて高いことがわかった。気に入ってい
に,著作権法に関する関係者間の協議を開始するこ
る機能については,ワイヤレス接続と回答した人が
とも提案している。
60%,タッチ操作が23%だった。一方で,書籍コ
(http://bizpal.jp/jepa.pr/00009)(accessed 2010-02-09).
ンテンツの充実や,バッテリの長寿命化,ディスプ
レイのカラー化を希望する声もあった。コンテンツ
最近1か月の官報を無料検索
については,利用者の46%がデバイスで利用できる
書籍に満足としているものの,探している書籍をい
官報を無料で全文検索できるサービス「官報検
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2010
vol.52 no.12
Journal of Information Processing and Management
http://johokanri.jp/
March
索!」が1月29日公開された。犯行予告の収集・通
イオテクノロジー企業ガラパゴス社(Galapagos NV)
報サイト「予告. i n」などW e b上のサービスの開発を
の在英BioFocus DPIサービス部門が提供していたDB
非営利で行っている矢野さとる氏によるもの。現
を,EMBL-EBIが2008年7月に有償で譲り受け,情報
在,国立印刷局が官報の検索サービスを提供してい
を拡充して公開した。
るが,事前の申し込みが必要で有料になっている。
ガラパゴス社の当時の発表(h t t p : / / w w w . g l p g .
「官報検索!」は1か月以内の官報を全文検索・閲覧
com/press/2008/24.pdf)によると,主な譲渡対象
が可能。当日の官報に指定キーワードが検出された
はDrugStore TM(既知薬剤のDB),StARLITe TM(既知
場合にメールで通知する機能もある。
化合物と作用のDB),StrudleTM(binding siteの薬剤開
(http://kanpoo.jp/)(accessed 2010-02-09).
発可能性),Kinase SARfariTM / GPCR SARfariTM(標的
クラス情報システム)で,譲渡額は140万ポンド(180
EMBL-EBI,民間企業の創薬DBを購入し無料公開
万ユーロ)という。なお,データベースの取得・運
営等のため,英ウェルカム・トラストが470万ポン
欧州分子生物学研究所(European Molecular Biology
Laboratory: EMBL)の欧州生命情報学研究所(European
貴重なD Bの無料公開は,特に予算制限のある中
Bioinformatics Institute: EBI)は1月18日,創薬データ
小の製薬会社や研究機関での新薬開発に資すものと
ベース“ChEMBLdb”を無料公開した。
期待されている。
このD Bは,創薬研究に有用な化合物に関する情
(http://www.ebi.ac.uk/chembldb/)(http://www.ebi.ac.
報を提供するもので,現在,約62万件の化合物情報,
uk/Information/News/pdf/Press18Jan10.pdf)(accessed
240万件の活性情報,約7,000件の標的情報を収載し
2010-02-10).
ており,各種の検索ができる。もとはベルギーのバ
748
ド(約6.6億円)を助成した。
海外文献紹介 ●Literature guide
J S Tが収集している海外の雑 誌から, 情 報 科 学 技 術に関する興 味 深い文 献を掲 載
いたします。ここに紹 介した文 献のコピーをご希 望の場 合は、J S Tの複 写サービス
(http://pr.jst.go.jp/copy_s/copy2.html)をご利用ください。末尾に記載した
整理番号(例;06A0092400)を利用すると簡単にお申し込みいただけます。
また , 国 内 の 雑 誌 を 含 む 網 羅 的 な 文 献 の 検 索 には , J S T の 文 献 検 索 システム
JDreamⅡ
(http://pr.jst.go.jp/jdream2/)をご利用ください。無料トライアルも
お申し込みいただけます。
研究データの国際的共同登録機関のためのアプ
ローチ
Approach for a joint global registration agency for
research data
2009年3月パリにおける会議において,ドイツ,
スイス,フランス,英国,デンマーク,オランダ
の各国の代表的な科学技術図書館・情報機関が,
インターネット上の研究データへのアクセスを改
善するためのパートナーシップ協定に関する覚書
に合意した。この覚書の背景における研究データ
の共有のための国際的な共同データ集合登録機関
の推進について解説した。研究データ共有の必要
性とそのためのインフラストラクチャや方法論を
概説し,研究データが研究論文と同じ出版プロセ
スや保存・検索・引用などの取り扱いを受けるこ
とが研究の促進やデータ集合の評価に貢献するこ
とを述べた。欧州における研究データインフラス
トラクチャの現状を概説し,データ集合の識別,
データ集合識別スキームとしてのDOIとDOI登録機
関,TIB(ドイツ国立科学技術図書館)における研
究データD O I登録機関の構成について解説した。
TIBのDOIモデルをローカル機関モデルに拡張した
国際的な共同D O I登録機関の構成,メタデータと
ワークフロー,コストの負担,D O I登録機関の開
発の工程表,D O I登録機関の設置に関心を持って
いるパートナー機関について述べた。
BRASE Jan; SENS Irina (German National Librar y
o f S c i . a n d Te c h n o l . ( T I B ) , H a n n o v e r, D E U ) ;
FARQUHAR Adam (British Library, London, GBR);
GASTL Angela; PIGUET Arlette (ETH Librar y
Zurich, Zurich, CHE); GRUTTEMEIER Herber t
(Inst. Scientific and Technical Information (INIST)CNRS, Vandoeuvre les Nancy, FRA); HEIJNE Maria;
ROMBOUTS Jeroen (TU Delft Library, Delft, NLD);
HELLER Alfred; SANDFAER Mogens (Technical
Information Center of Denmark, Lyngby, DNK), Inf
Serv Use (NLD) 2009 29 (1) 13-27, 09A1108631
デジタルネイティブ時代における大図書館の課
題
Challenges for great libraries in the age of the
digital native
デジタル世界に急激に移行する研究図書館及び
英国図書館が直面する課題について洞察した。
1982-1994年の間に生まれた新しい世代の研究者(デ
ジタルネイティブ)の情報ニーズに応える図書館
と情報サービスはサーチエンジンを超える付加価
値を提供する必要がある。その際考慮する必要が
ある6つの課題について考察し,課題に対処する英
国図書館における戦略やプロジェクトについて述
べた。1)e科学とe研究のためのデジタル研究デー
タサービスの開発と維持の実現可能性とコストの
評価,2)Web2.0とWeb3.0ベースサービスへのチャ
レンジ,3)特殊コレクションのデジタル化と利用
可能性の拡大の実現,4)21世紀に必要な情報リテ
ラシーの開発,5)デジタル保存と長期間のアクセ
スの確保,6)創造と革新を支援するための研究図
書館の物理的スペースの活性について述べた。
書誌データ凡例:著者名 (著者の所属機関名), 誌名 (発行国) 発行年 巻 (号) 開始ページ-終了ページ, 整理番号
*Copyright 2009 Elsevier B.V., Amsterdam. All rights reserved. Translated from English into Japanese by JST
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2010
vol.52 no.12
Journal of Information Processing and Management
March
B R I N D L E Y D a m e L y n n e J . ( B r i t i s h L i b r a r y,
London, GBR), Inf Serv Use (NLD) 2009 29 (1) 3-12,
09A1108630
ベキ法則モデルにおけるh指数とインパクトファ
クターの関係
A relation between h-index and Impact Factor in
the power-law model
論文の被引用数分布に逆べき型を仮定したとき,
インパクトファクター(平均被引用数)とh指数(被
引用数h以上のh件の論文の存在)の間の関係を明
らかにした。雑誌における実際の例から,少なく
とも定性的にこの関係が成り立つことを確認した。
EGGHE Leo; ROUSSEAU Ronald (Hasselt Univ.,
Diepenbeek, BEL); LIANG Liming (Henan Normal
Univ., Xinxiang, CHN), J Am Soc Inf Sci Technol
(USA) 2009 60 (11) 2362-2365, 09A1149375
Dewey十進分類の自動再編成の拡張研究
An extensive study on automated Dewey
Decimal Classification
D e w e y十進分類(D D C)のような図書館分類シ
ステムの実用の際に問題となる階層の深さの不均
一,疎で歪度の高いデータの分布の問題を理論的
に検討し,この問題を克服するための実験を行っ
た。まず,DDCのカテゴリーごとの文書数の分布,
および階層の深さごとのカテゴリー数と文書数の
分布を統計的に分析し,上述の問題を論じた。次
いで,文書分布と階層の深さを均一化するように
D D C構造を再編成する教師付学習アルゴリズムを
考案した。これを適用して,任意の深さの分類を
実現する会話型分類システムを開発し,議会図書
館(L C)の科学技術領域の書誌コレクションを用
いて実験を行った。3回以内の会話による再構成に
より,90%近くの正解率を得た。
WANG Jun (Peking Univ., Beijing, CHN), J Am
Soc Inf Sci Technol (USA) 2009 60 (11) 2269-2286,
09A1149368
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http://johokanri.jp/
共引用ネットワーク中の著者をランク付けする
ためのPageRank
PageRank for ranking authors in co-citation
networks
著者共引用行列にPageRankアルゴリズムを適用
し,そのパラメータであるdamping factor(共引用
を辿って遷移する確率)の変化が著者のランク付
けに及ぼす影響を分析した。1970-2008年の期間の
情報検索に関する論文の参考文献から,高引用の
108著者を取り出し,それらの間の共引用行列から
PageRankを計算した。damping factorを0.05-0.95ま
で変化させたときのPageRankと重み付けPageRank
(引用によらない遷移項も重み付けする)と,種々
の指標(被引用数順位,h指数,中心性尺度)の
間の相関を調べた。重み付けの有無に関わらず,
P a g e R a n kは被引用数順位との間に高い相関,h指
数との間に有意な相関があるが,中心性とは有意
な相関がない。
DING Ying; YAN Erjia (Indiana Univ., IN, USA);
F R A Z H O A r t h u r ( P u r d u e U n i v. , I N , U S A ) ;
CAVERLEE James (Texas A&M Univ., TX, USA),
J Am Soc Inf Sci Technol (USA) 2009 60 (11) 22292243, 09A1149365
重要論文の発見のための視覚的概観とリサーチ
フロントを越える影響
Visual overviews for discovering key papers and
influences across research fronts
特定分野において出現しつつあるリサーチフロ
ントとその中の重要論文を見出すとともに,リサー
チフロント間の影響を観察する可視化システムを
開発した。このシステムは,ある分野内の複数の
領域における論文発表と,領域内および領域間の
論文間引用関係を時系列的に図示する。引用リン
クのグラフは,二次元画面内で利用者が調整でき
る。機械翻訳の6人の研究者に対する4か月間の利
用実験により,このシステムのプロトタイプを評
価した。リサーチフロント内の重要論文およびリ
サーチフロント間の影響関係が容易に理解できる
ことを確認した。
ARIS Aleks; SHNEIDERMAN Ben (Univ. Maryland,
MD, USA); QAZVINIAN Vahed; RADEV Dragomir
(Univ. Michigan, MI, USA), J Am Soc Inf Sci Technol
(USA) 2009 60 (11) 2219-2228, 09A1149364
海外文献紹介 ●Literature guide
arXiv記事の引用と閲読に及ぼすリスト中の位置
の効果
Positional effects on citation and readership in
arXiv
a r X i vリポジトリでは毎平日16時(米東部時間)
までに到着したプレプリントをまとめて通知する
ので,通知リストのトップになるように,16時直
後に投稿が集中する。この直後の投稿とそれ以外
の投稿の間で引用数と閲読数を比較した。3つの主
題コミュニティの2002-2004年の投稿を分析した結
果,通知リスト上の位置が上位にあるほど,被引
用数(2008年8月まで)の四分位数は有意に高い。
しかし,この効果は主に,注目に値する論文をよ
い位置に発表したいという著者の意図的な「自己
選択」効果によるもので,単にリストの上位に置
かれたという「可視性」効果は,有意ではあるが
より小さい。2007年3月までのダウンロード数でも,
同様の自己選択効果と可視性効果が見られた。
HAQUE Asif-Ul; GINSPARG Paul (Cornell Univ., NY,
USA), J Am Soc Inf Sci Technol (USA) 2009 60 (11)
2203-2218, 09A1149363
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JOHO KANRI
2010
vol.52 no.12
Journal of Information Processing and Management
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March
■お陰さまで,今号をもって『情報管理』誌第52
巻も最後となります。昨年4月の巻頭言では編集委
員長より,変化の激しい時代にあって「『情報管理』
誌は,一歩先を行く先進的な取り組みを取り上げ,
皆さまの課題解決の助けとなる情報をタイムリーに
発信して」いきたいとの言葉がありました。この1
年,オンラインビデオジャーナルの可能性(5月号)
や最新サーチ技術動向(10月号)など,インターネッ
ト時代の情報流通を担う新しいモデルや技術につい
てご紹介しました。米国でのe -サイエンス事例の講
演(11月号)や国際的な学術出版社のトップや国
際出版連合会長へのインタビュー(4月号・10月号)
など,海外の学術情報流通に関する記事も掲載して
おります。
■また,化学系企業における知財・情報調査部門の
再編までの過程のご紹介(6月号)や,無料で公開
されている臨床試験データを高価なシステムを使わ
ずに分析する方法(11月号)など,事例報告や実
務で役立つツールの紹介記事も多くのアクセスを
いただきました。さらに4月号から始まったリレー
エッセー「インフォプロってなんだ?」も含め,組
織再編の中のミッションの再確認から日常業務ま
で,他社他組織の情報担当者のご経験を伺うことで,
読者の皆様の「ワンランク上」につながるヒントが
見つかったならこれに勝る歓びはありません。
■巻頭言ではさらに「皆さまが共に知恵を出し合う
場としての役割も果たしていきたい」と続きますが,
はたしてこの目標は形にできたでしょうか。情報を発
信するだけでなく,読者の皆様が発信したい・共有
したい情報を載せる「場」としての『情報管理』誌
のあり方を,
来年度以降も引き続き模索していきます。
■1年間の執筆者の皆様や読者の皆様のご協力,誠
にありがとうございました。来年度も『情報管理』
誌を引き続きご愛読下さい。
(TM)
『情報管理』誌では,国の内外から広く投稿原稿を受け付けています。日ごろのご研鑽の成果を執筆
されて,本誌に発表されることをお待ちしております。
□次号予定
●ノーベル賞受賞者予想と引用分析のベストプラクティス
●新連載:シリアルズ・クライシスと学術情報流通の現在(1)
●インターネットにおけるがん医療の情報の現状と,改善への取り組み
●国内学術雑誌における著作権の取り扱い調査:著作権規定のひな型と情報管理誌におけるケーススタディ
情報
管理
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科学技術振興機構
vol.52 no.12 March 2010
●編集委員会
<委員長>門田博文(科学技術振興機構)
<副委員長>大倉克美(科学技術振興機構)
<編集委員>
小河邦雄(大正製薬㈱)・小川裕子(㈱日立技術情報サー
ビス)・小林良子(㈱日本能率協会総合研究所)・野坂美
恵子(東京医科大学図書館)・青山幸太・安部耕造・國岡
崇生・黒田明子・黒田雅子・佐藤恵子・土屋江里・野田
口真也・長谷川貴之・余頃祐介(以上科学技術振興機構)
2010年3月1日発行(月刊)
年間購読定価 本体 ¥13,650(税込)
1部定価
本体 ¥1,260(税込)
編集・発行
独立行政法人 科学技術振興機構
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
「情報管理」編集事務局
Tel. 03(5214)8406 Fax. 03(5214)8470
E-mail: [email protected]
http://johokanri.jp/
Published monthly by Japan Science and Technology Agency, Department of Advanced Databases
P.O.Box 2, Kojimachi Tokyo 102-8666 JAPAN
Annual subscription: US$ 176.00
・本誌に落丁・乱丁がありました節は,まことに恐れ入りますが,最寄りの情報提供部または各支所宛に現品をご返送下
さい。送料は当機構の負担で,お取り替えいたします。勝手ながら現品送付のない場合は,お取り替えいたしかねます。
・未着事故などのご連絡は発行後2か月以内にお願いします。以後は原則としてお受けできません。
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