2005年4月7日 成案を得た安定成長協定改定 ユーロという単一通貨の下で金融政策と財政政策の協調性を確保するため、EU で は、1997年に安定成長協定が結ばれています。金融政策は欧州中央銀行(ECB) で一元的に担われますが、財政政策は引き続きそれぞれの国の判断で実施されます。 そのため各国の財政運営になんらかの共通の基準がなければ、ある国の放漫な財政運 営によって引き起こされるインフレや金利の上昇などは、他の加盟国にも波及すると いう問題が生じます。 そこで安定成長協定は、中期的な加盟国の財政の目標として、 「財政均衡の近傍また は財政余剰」を達成することを求めるとともに、財政赤字の規模の許容範囲を最大で も GDP の3%以下、債務残高については GDP 比の60%以下と定め、特に財政赤字 が GDP の3%を超えた場合には厳格な手続き(「過度の財政赤字手続き」)により、 赤字削減を勧告し、最終的には制裁金を課すということとしています。 3%という基準は、協定制定の過程で、健全財政を標榜していたドイツが、イタリ アや中小加盟国の財政放漫化を防止するために強く主張して導入したものですが、皮 肉なことに2002年には経済停滞から、そのドイツ自身とフランスという EU の2 大国でこれを超えることになってしまいます。これを契機に安定成長協定を改定して、 より弾力化しようという議論が起こってきました。去る3月の欧州サミットで漸くこ の議論の決着を見ることとなりました。一部の報道等では、これを契機に欧州の財政 規律は緩んでしまうのではとするものもあるようですが、必ずしもそうでもないとの 見方もあります。 ©公益財団法人国際金融情報センター 1 JCIF Report20050407m 1. 経緯 これまでの安定成長協定の改定論議の経緯は、概ね、以下の通り。 (1) 2003年初め、独仏両国の02年の財政赤字の GDP 比が3%を超え ることが明らかになり、「過度の財政赤字手続き」(以下、「手続き」と言 う。)が開始され、04年までにこれを3%以下に回復するよう財務相理 事会(ECOFIN)が勧告(協定上の猶予期間は、原則2年)。 (2) 03年11月、欧州委員会は、両国がこの勧告の求める措置を採ってい ないにもかかわらず、その後の経済停滞も考慮して、3%回復の期限を1 年猶予して05年にしたが、同時に両国が更なる赤字縮減策を採るように、 「手続き」を次の段階の「警告」に進めるよう ECOFIN に勧告。 しかし、ECOFIN は、両国が赤字縮減について強くコミットしているこ と等を踏まえ、「手続き」を停止するとの判断を示す(この間、独仏によ る他の加盟国への相当な政治的根回しが行われた)。 (3) 04年1月、この ECOFIN の動きに反発した欧州委員会は、ECOFIN の判断の取消を求めて、欧州司法裁判所に提訴。同時に、安定成長協定の 改定の必要性について示唆。 (4) 04年7月、欧州司法裁判所は、ECOFIN の判断を取り消すが、ECOFIN が適法な決定をしない限り、「手続き」は事実上停止するとも判示。この 結果、03年11月以降、05年1月まで「手続き」は事実上停止状態に なる。 (5) 04年9月、欧州委員会は次のような安定成長協定弾力化案を公表。 ① 財政の中期目標を加盟国ごとの個別事情を考慮して決定すること ② 景気の状況が良好な時には、より大きな赤字縮減努力を行うこと ©公益財団法人国際金融情報センター 2 JCIF Report20050407m ③ 「手続き」執行に当っては、加盟国特有の要素を考慮するととも に、3%回復の期限も経済停滞が長期にわたるような場合には、原 則の2年を超えることも許容すること (6) 本年1月、ECOFIN は、独仏両国が05年、06年の財政赤字の GDP を3%以下とすることを強くコミットしていること等を評価し、両国に対 する「手続き」の停止を決定(⇒事実上の停止状態から、法的根拠を伴っ た停止状態へ移行)。 (7) 安定成長協定の改定には、①財政規律維持しているオーストリア、フィ ンランド等の小国、②大国の「横暴」を非難する中東欧の新規加盟国、③ 健全財政を強く主張する ECB やドイツ連銀等の加盟国中央銀行等から、 厳しい反対論が出ていたが、04年後半のオランダの議長国の下、加盟国 政府レベルでは協定改定に向けての政治的地均しが進められた。また、本 年に入ってからは、議長国ルクセンブルクのユンカー首相が、強力な政治 的リーダーシップを発揮し、政治主導の調整が鋭意行われていた。 2. 今般合意された協定改定の概要 (1) 昨年9月に公表された欧州委員会の改定案の内容は、以下のとおりほぼ 取り入れられた。 ① 財政赤字が3%を超えた場合の「手続き」開始の例外措置の緩和 (現行) 実質 GDP 成長率がマイナス2%以下のとなるような厳しい 不況期には、財政赤字の GDP 比が3%を超えても例外的に「手 続き」は開始されない (改定案) ⅰ) ©公益財団法人国際金融情報センター マイナスの経済成長率となった場合 3 JCIF Report20050407m または ⅱ) 長期に亘り潜在成長率より非常に低い経済成長が続くよ うな場合 「手続き」は開始されないこととし、特例措置を緩和した。 ② GDP 比3%超の財政赤字の是正期限の特例措置の緩和 (現行) 原則2年以内とされている。但し、「特別の状況」にある場 合は、2年以上となることも許されている。 (改定案) これまで「特別の状況」は特に定義されていなかったが、次 のような要素に特別な考慮を払い「財政の質を総合的に勘案」 して決める。 ⅰ) 中期的な経済状況(潜在成長率、景気循環、構造 改革並びに研究開発及び技術革新を促進する政策) ⅱ) 中期的な予算状況(景気が良好な時の財政健全化 努力、債務残高の持続可能性、公共投資及び財政の 総合的な質) ⅲ) 国際的連帯を促進するため、また欧州の統合を達 成するための予算的な努力等 ③ 「均衡の近傍もしくは財政余剰」とされている加盟国の財政の中 期的な目標について、個別加盟国の政府債務比率及び潜在成長率を 考慮して、中期目標に差をつける(これにより、債務比率が低く、 潜在成長率の高い加盟国では、財政赤字の GDP 比を1%以内とす ることを中期目標にすることも許容される)。 ④ 経済が低迷している時に緊縮財政を採用せざるを得ないような事 ©公益財団法人国際金融情報センター 4 JCIF Report20050407m 態を避けるため、景気の状況が良好な時には、より大きい赤字縮減 努力を行う。 (2) 独、仏等は、欧州委員会のもともとの案にはなかった財政赤字の算出に 当って特定の歳出項目(例えば、東西ドイツ統一のための予算、EU 予算 への拠出金、R&D 関係費、軍事費等)を控除することを、昨年秋から主 張していた。これについては、多くの中小国、新規加盟国等が反対し、議 長国であったオランダ及びルクセンブルクも厳しく独、仏の姿勢を批判し ていたが、結局過度の財政赤字の存否(「手続き」を開始するか否か)を 判断するに際しても、上記②のⅰ)~ⅲ)の要素を考慮し、「財政の質を 総合的に勘案」するという妥協案が成立した。特定の歳出項目を控除する ということではないが、独、仏等の主張を抽象的に織り込んだ形となった。 3. 合意の背景 (1) 独、仏の財政赤字問題とこれに対する、ECOFIN による政治的な決定か らほぼ2年が経過し、加盟国の間には安定成長協定改定問題について、今 や決着を図るべき時期に来ているとのムードが醸成されていて、これを受 け、議長国は政治的な調整を精力的に行った。 (2) また、独では06年に総選挙を、仏では本年5月29日に欧州憲法条約 の国民投票による批准を控え、これ以上 EU および他の加盟国との対立を 深めたくないとの思惑があった。仏の国民投票の行方には、EU 各国どこ もが無関心ではいられなかった。 4. 合意の評価 (1) 今回の合意に対しては、ECB が財政規律の弛緩を懸念し、厳しく批判 しているほか、特に特定の歳出項目についての配慮を示したことから、独、 仏等で財政政策は拡大的な方向に向かうのではないかとの憶測もなされ ©公益財団法人国際金融情報センター 5 JCIF Report20050407m ている。 (2) しかし、合意の内容を見ると、3%基準の判定に際し「財政の質を総合 的に勘案」するにしても、財政赤字の GDP 比は3%の近傍に止まる必要 があるとしている(従って、常識的には4%、5%は許容されない。)こ とから、大きく拡張的な財政政策が容認されるということではない。 この抽象的な妥協を巡って将来新たな議論を呼ぶ可能性もあることに留 意する必要があるが、独仏も野放図に赤字を続けることは政治的にできな いことはよく承知していると考えられる。 (3) 現行の安定成長協定下においても、GDP 比3%を超える財政赤字を3 年間続けた独、仏に対して、制裁手続きを進めることは事実上できなかっ たわけであり、安定成長協定の改定はこの実態を踏まえた現実的な対応と 見るべきであろう。EU が25カ国に拡大し、円滑な意思決定が難しくな くなることも懸念された中で、今回のような厳しい意見の対立を消化しう る枠組みを保持している点が評価される。 (以上) ©公益財団法人国際金融情報センター 6 JCIF Report20050407m ■お願い■ 本レポートに関するご質問やご意見は下記へお寄せください。ご連絡先のメールアドレス等へお答えします。 [email protected] ©公益財団法人国際金融情報センター このレポートは、公益財団法人国際金融情報センターが信頼できると思われる情報ソースから入手した情報・データをもとに作 成したものですが、公益財団法人国際金融情報センターは、本レポートに記載された情報の正確性・安全性を保証するもので はなく、万が一、本レポートに記載された情報に基づいて会員の皆さまに何らかの不利益をもたらすようなことがあっても一切の 責任を負いません。本レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、投資その他何らかの行動を勧誘するもので はありません。なお、当方の都合にて本レポートの全部または一部を予告なしに変更することがありますので、あらかじめご了承く ださい。また、本レポートは著作物であり、著作権法により保護されております。本レポートの全部または一部を無断で複写・複製 することを禁じます。 ©公益財団法人国際金融情報センター JCIF Report20050407m
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