『週刊金曜日』・「読書」2006 年 4 月 7 日 原剛=編著『中国は持続可能な社会か 農業と環境問題から検証する』同友館 「矛盾抱え悪戦苦闘する 厳 生々しい姿の報告」 善平(ヤン・シャンピン)/桃山学院大学経済学部教授 中国は厄介な隣人であるーーそう思う日本人は少なからずいるようだ。なぜ厄介かとい うと一党独裁の政体が嫌いだとか、中国人が信用できないとかいう否定的感情の一方で、 巨大な市場や安い労働力が魅力的なので付き合っていかざるをえないといジレンマにある。 が、日本にとって中国が本当に厄介なのは、急速な経済発展に伴う環境の悪化、人口増加 などによる食料の需要増の日本に及ぼす深刻な影響にあり、しかもそれらが容易に解決さ れないという事実にある。これが本書に見え隠れするメーセッジである。 中国の総人口は一昨年末に一三億人を突破し、向こう三〇∼四〇年間で一六億人のピー クを迎えると予測される。今後は所得の上昇に伴う消費構造の高度化も影響して、食料の 需要が人口増よりも速いスピードで進行しよう。一方、国内の食料生産は耕地面積の減少 などで増えにくい状態にある。大規模な食料不足が発生するのは時間の問題であり、中国 が国際市場で食料を買い漁る状況がいったん発生すると、食料自給率がわずか四〇%(カ ロリーベース)しかない日本は当然大きな影響を受けてしまう。本書にみられるこのよう な問題意識は、今まで幾度かマスメディアを賑わした中国の食料脅威論と脈が通じる。 本書のもう一つの問題意識は中国の環境悪化が日本にも深刻な影響を与えており、この ままではたいへんな事態になるというものである。ただ、ここで言っている環境問題は、 地球温暖化でも生活ゴミのことでもない。遠い中国の黄土高原から定期的に飛来する大量 の黄砂、日本海側の各地に酸性雨をもたらした中国発の二酸化硫黄、そのような阻止の難 しいものが、日本にとっての中国の環境問題というのだ。これはもっともであるが、やは り中国に対して厳しい批判を繰り返す幾つかの大衆誌でもよく見られるものだ。本書がそ れらと立場を異にするのは、中国に対する嫌悪感を煽ぎ立てるような思い込み、推論また は憶測が見られないことにある。 編著者およびその門下生は五回にわたり総数七〇日間もの中国現地調査を実施し、政府 機関ばかりでなく、中国人研究者もなかなか足を踏み入れない貧困農村で住民の生の声を 聞き、中国のおかれる厳しい自然環境、自然との壮絶な闘い、さまざまな矛盾を抱えなが らも少しでも先進国に近づこうと悪戦苦闘する姿を生々しく報告している。学生たちは、 中国に対する既成観念を現地調査を通して改めざるを得なかったとコメントしているが、 百聞は一見にしかずとはこういうことか、と思わせられる。 中国は途上国である。日本からみればさまざまな問題がある。温暖化の問題もしかり。 だが経済発展がなければ、解決できないものも多い。石炭が一次エネルギーの七割強を占 めることで、中国自体も大量に排出される二酸化硫黄で頭を悩ませ、さまざまな努力を続 けている。あまり知られていないが、生態環境を回復するために、昔開拓された傾斜地を 森林に戻すような想像に絶するプロジェクトが進められ、有機農業による循環型社会の構 築も試みられている。 中国には厄介な隣人という側面もあろう。だが、日本と運命共同体であるという厳然た る事実も忘れてはいけない。中国の持続可能な発展を支援することは日本自身のためにも なるはずだ。本書を読んで、この思いをいっそう強くしたのである。
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