eX.13 フランコ・ドナトーニの 初演作品を集めて 2010 年 3 月 18 日(木)19 時 杉並公会堂・小ホール 助成:芸術文化振興基金 財団法人 ローム ミュージック ファンデーション eX.(エクスドット)では、これまで様々な企画を実行してきたが、13 回目となる今回は、第 4 回にとりあげたファーニホウ以来久 しぶりの、ヨーロッパを代表する作曲家の室内楽作品展となる。 フランコ・ドナトーニ (1927-2000) は、イタリアの現代音楽界随一の巨匠であり、国際的に影響力の強い存在である。 ところが、日本国内ではその重要度に応じた紹介がなされているとは言えない。事実、没後 10 年となる今日もなお、日本初演 が済まされていない作品が多数存在する。今回はその一端を垣間見るべく、オートマティズムによる作風を確立した後の 1980 年代の作品から 2 曲と、最晩年となった 1990 年代の 6 曲、全 8 曲を一挙日本初演する。 演奏には、フルートの多久潤一朗、クラリネットの菊地秀夫、テューバの橋本晋哉といった、eX. ではお馴染みの面々(それ ぞれソロ作品を上演)、昨年のコンポージアムにおけるラッヘンマン作品展での好演が記憶に新しい辺見康孝、亀井庸州、安 田貴裕、多井智紀によるカルテットの面々、そしてそのリーダー辺見とのデュオを通じて現代作品へのアプローチを展開してい る松村多嘉代を迎え、ドナトーニ没後 10 年に捧げる新作を山根明季子により書下ろし、このメンバー8 名によって初演する。 「現代音楽」というと晦渋で不気味な音響イメージを持たれる向きもあろうが、ドナトーニの作品は、ラテン気質全開の、明快 かつアクティヴな現代音楽であり、一般的な現代音楽のイメージとは異なっている。上記のヴィルトゥオーゾ達によるスポーティ ヴな超絶技巧をご堪能下さい。 プログラム 【フランコ・ドナトーニの作品(全8曲日本初演)】 1)Duet no. 2 (1995) ヴァイオリン:辺見康孝 亀井庸州 2)Clair II (1999) クラリネット:菊地秀夫 3)Che (1997) テューバ:橋本晋哉 4)Small (1981) ピッコロ:多久潤一朗 クラリネット:菊地秀夫 ハープ:松村多嘉代 指揮:川島素晴 (休憩) 5)Small II (1993) 6)Luci (1995) 7)Luci III (1997) 8)The Heart's Eye (1980) フルート:多久潤一朗 ヴィオラ:辺見康孝 ハープ:松村多嘉代 アルト・フルート:多久潤一朗 ヴァイオリン:辺見康孝・亀井庸州 ヴィオラ:安田貴裕 チェロ:多井智紀 ヴァイオリン:辺見康孝・亀井庸州 ヴィオラ:安田貴裕 チェロ:多井智紀 【山根明季子の作品(世界初演)】 9)Dots Collection No.05 ―フランコ・ドナトーニへのオマージュ― (2010) ハープ:松村多嘉代 バス・フルート:多久潤一朗 ヴァイオリン:辺見康孝・亀井庸州 ヴィオラ:安田貴裕 クラリネット:菊地秀夫 チェロ:多井智紀 テューバ:橋本晋哉 指揮:川島素晴 *今回の企画実現にあたり様々なご尽力を頂いた、ミラノ在住の作曲家・指揮者である杉山洋一氏から、 今回の演奏会に寄せた一文を頂戴しましたので、ここに掲載させて頂きます。 (杉山氏は生前のドナトーニとは最期まで師弟関係にあり、ドナトーニの最後の 2 つのオーケストラ作品は氏の補 筆によって完成に至りましたし、後述する今回の上演作品「Clair II」のエピソードも氏の述懐に基づきます。) 12 年前のやはり春でした。ドナトーニが東京でセミナーをして、2週間ほど日本に滞在したのではなかった でしょうか。思い返せば夢のようです。いま日本の若い世代として活躍しているみなさんが、多数そのセミナー に参加されていてとても刺激的だったし、イタリア文化会館で催した記念演奏会は大賑わいで、本人もとてもよ ろこんでいました。 彼の作曲のレッスンで決まってでてくるエピソードに、毎朝掃き清められるチリひとつないうつくしい禅寺の 庭は、最後の仕上げに、わざわざ樹をゆすって枯葉を落とす、というものがありました。バランスを、あえて崩 すことによって、しっとりとした美しさが出ると感じていたようにおもいます。 伝統的日本家屋の「梁」は、もとの樹の曲線のうつくしさを生かして、歪だったり反ったりしているが、これ こそシンメトリーのなかのアシンメトリーであり、本質とはこういうものだと話していましたし、自分の意思に 左右されない「ししおどし」のリズムの不安定さ、不規則さが織り成す美しさにも、たびたび触れていました。 こんな具合に、日本に来るのが長い間の彼の願いだったので、亡くなる直前、ようやく本物の金閣寺をながめ ることができて、感慨は言葉にできないものだったとおもいます。広島で、原爆資料館にいったときの顔や、金 閣寺の参道の途中にあったみどりの公衆電話から、ちょうど東京にいたポリーニと電話で話しているドナトーニ のうれしそうな顔などが思い浮かびます。 没後 10 年という機会に、こうして、すばらしい演奏家のみなさんを招いて、特にヨーロッパでさえも余り演 奏される機会のないドナトーニの後期の作品をあつめて紹介してくださる、川島くん、山根さんに、そしてもち ろん演奏者のみなさんに、ただ心から感謝するばかりです。 杉山洋一 解説 文責:川島素晴 フランコ・ドナトーニ(Franco Donatoni)は 1927 年 6 月 9 日、ヴェローナに生まれた。ヴェローナの音楽中等学 校でピエロ・ボッタジシオに最初の音楽教育を受け、その後ミラノのヴェルディ音楽院でエットーレ・デスデリに、 ボローニャのマルティーニ音楽院でリノ・リヴィアベッラに、作曲を師事。1949 年に作曲と吹奏楽編曲の学位を、1950 年に合唱音楽、1951 年に作曲の最終学位を取得した。1953 年に、ローマのサンタ・チェチーリア音楽院におけるイル デブランド・ピツェッティの上級作曲コースを卒業。この頃までの作風は、新古典主義やバルトークの影響を強く受 けたものである。しかしこの時から既に、音程関係への関心をはじめとする後の作風の萌芽は見てとれる。 1954、56、58、61 年に、ダルムシュタット夏期講習に参加。このことで、まず、初期のブーレーズにみられるよう なポスト・ウェーベルン的な書法を獲得し、次いで、ケージの影響として図形楽譜への傾斜を見せる。この、ケージ からの影響は、後年の「恣意性の排除」を一貫させる創作姿勢につながっている。 1961 年 ISCM 入選、1968 年クーセヴィツキー賞をはじめ、多数の賞を受ける。1953 年から 1978 年まで、ボローニャ、 トゥリン、ミラノの音楽院等で教え、1970 年からはシエナのキジアーナ音楽院で作曲を教えた。1971 年から 85 年ま でボローニャ大学でも教鞭を執る。1972 年にはドイツ学術交流会の招聘でベルリンに滞在。1979 年、カリフォルニア 大学バークリー校のセミナーをはじめ、スイス、フランス、スペイン等各地でセミナーを開催。1958 年から 1977 年ま での作品は、ショット、ブージー&ホークス、ツェルボーニ等から出版され、1977 年以後の作品は、リコルディから 出版されている。 図形楽譜の試みから再び五線記譜に戻った 1970 年代は、様々な書法の実験をしているが、一貫する姿勢は「オート マティズム」であり、既成の素材に基づく自動化されたシステムによる作曲が試みられた。例えば、既成の作品の断 片から冒頭部分が得られる。そしてその部分全体に、ある法則を適用することで、次の部分が導かれる。そして今度 は、そうやってできた第二部分に対して、また別の法則を適用し、次の部分を導く……といった方法。外見的には「変 奏曲」に近く見えるかもしれないが、変奏曲が冒頭の素材に常に準拠するのに対し、ここでは、次々と素材が更新さ れ、原型を参照しないことも多い。それに、法則に従った変形とは、当然、従来の変奏手法とは様相を異にした即物 的なものである。この操作に際して、設定した法則の結果、どのような音が導かれようと、その結果を受け容れる姿 勢を一貫することが、前述の「恣意性の排除」であり、そこに個人的な嗜好を介在させない。このような姿勢を確立 した 1970 年代だが、しかし当初は、連符を多用した難解な記譜など、従来の現代音楽的なテクスチャーを脱却できず にいた。 (ただし、高音楽器や減衰楽器の多用といった、楽器編成の特異な選択により、独自の音感を実現してもいて、 この傾向はその後も一貫している。 ) リコルディに版権を移す年、即ち 1977 年は、ドナトーニ自らが「この年をもって、私は《ドナトーニ》になった。」 と言うように、転機になった年である。1977 年以後は、オートマティズムの実践に加え、より一層、即物的な構造を 実現するために、複雑なリズムではなく、レギュラービートにのったリズム感を多用する。更に、オートマティズム の設定の中に、例えば「音の列から三和音が連続する列を抽出し、それによって和声構造を導く」といったように、 三和音の構造を適用することを厭わなくなる。これらのことは、ドナトーニの音楽をして、従来の現代音楽が陥り易 い晦渋な響きではなく、明快かつアクティヴな響きと音感を実現せしめた。抜群の演奏効果とクリアな音像は演奏家 からの人気も高く、とりわけヴィブラフォンの《Omar》やクラリネットの《Clair》等、レパートリーとして定着して いる作品も多い。そして、この時期の作風は、その後の多くの作曲家に影響を与えている。1980 年代以後の折衷的で 比較的明快な作風を示すヨーロッパの現代音楽の主流は、ドナトーニの存在なくしてはあり得ないし、また、いわゆ るアルゴリズムによる自動生成プログラムといった、コンピュータ音楽の基礎的な理念については、先駆的に実践し ていたともとれるから、今日のコンピュータ音楽の大半は、ドナトーニの後塵を拝するものと言えよう。 では、今日のコンピュータ音楽と同義的なものなのか、と言えば、ドナトーニの音楽は、楽器の構造に即した、或 いは楽器編成の特性に根ざした、音型や響きに特徴があるのであり、1950 年代までに培われた書法的な基礎力がその 音楽を古典的な音楽性に引き寄せている。演奏効果を最大限に考慮したヴィヴィッドなヴィルトゥオジティへの偏愛 も、楽器構造・音色への卓抜な知見なくしては実現不可能であり、そのような筆力に根ざす音楽であることで、極め てオートマティックな方法論に従っていても、それと感じさせないヒューマニスティックな音楽性を実現しており、 その両義性が彼の音楽の最大の魅力と言えよう。ドナトーニ本人が、そういった「演奏」のアクチュアリティを強く 意識していたことは事実で、12 年前の来日に際しても、自分の作品展でありながら若干退屈そうに聴いていた本人が、 完璧な暗譜に基づく鮮烈なソロパフォーマンスを目の当たりにしたとたん、自ら固唾をのんでその演奏に魅入り、終 了後に惜しげない拍手を送っていたことが記憶に新しい。 本日上演する作品は、全て、この「オートマティズム」に至った以後(つまり彼自身が《ドナトーニ》になった以 後)の作品である。1980 年頃までの作品は、いわゆる複雑な記譜が採用されているわけではないが、例えば 4 拍子の ような最も卖純なふ割りで一貫した小節の内部で、変幻自在にシンコペーションするリズムで縦を揃えて合奏するこ とが求められ、一見シンプルに見える音像なのだが、その実現には相当な困難を伴う。音像がシンプルであるからゆ えに困難(つまり誤魔化しがきかない)、という意味では、最も演奏至難な楽譜の一例といっていいのではなかろうか。 1990 年代、つまりドナトーニ晩年の作品は、根本的にはそれ以前の音楽と変化はないが、ある意味で肩の力が抜け た音楽となっている。演奏上の不要なストレスが排除された、すっきりと音楽の実際に即した記譜がなされることに より、素直に求める音の姿が立ち現われる。1990 年から 2000 年に亡くなるまでの最晩年は、病のために、書くことそ のものが困難を極めていく。だから当然、その音楽もかつてよりはおとなしい。しかし、そういった状況で捻り出さ れた音だからこその、ある種の強さは、ここにしか聴き出せないものではなかろうか。 【フランコ・ドナトーニの作品(全8曲日本初演)】 1)Duet no. 2 (1995) ヴァイオリン:辺見康孝 亀井庸州 バルトーク没後 50 年のために、ブダペストからの委嘱によって書かれた作品。バルトークには、44 曲からなるヴァイ オリン二重奏曲集があるが、それに触発されたもの。全編にわたってバルトークのエコーがきかれるが、とりわけ冒 頭の楽想は、バルトーク自身が二重奏以外の、カルテット等でも好んだ楽想そのものである。なお、この作品は、ド ナトーニが書いたヴァイオリン・デュエットとしては1曲目である。ではなぜこれが「No.2」なのかといえば、1975 年にやはりデュエットと名付けられたチェンバロ独奏曲が存在するからである。つまり「デュエット」という題名の 「第 2 番」ということに他ならない。独奏でデュエットと名付けたものが先行する経緯からも判るように、この作品 では、デュエットでありながら、あたかも独奏であるかのようなシンクロナイズしたアンサンブルが要求される局面 が多用されている。 2)Clair II (1999) クラリネット:菊地秀夫 ドナトーニの作品表の末尾には、オーケストラ作品 2 曲がある。しかしそれは、弟子の杉山洋一によって補筆されて 完成に至ったのであり、それにとりかかる前の作品、即ち最後から 3 番目に相当するこの《Clair II》は、ほとんど 何も書けない状態だったドナトーニに、弟子たちがどうにかリハビリ的に何か書かせようとして画策したものだった ようだ。様々な方法が試みられる中、巨大な五線紙にどうにか書きつけられたこの音符たち。クレッシェンドしなが ら上行する音型に導かれ、つぶやくようにうごめく音の戯れは、生への憧憬と同時に諦念をも感じさせ、何とも言い 難い音楽のありようを提出している。これが完成された音楽であるかどうかはともかく、耳を傾ける価値はある。 3)Che (1997) テューバ:橋本晋哉 題名の「Che」は、キューバの革命家チェ・ゲバラの「Che」であり、従ってこの作品はイタリア語の発音ではなく「チ ェ」と発音されるべきである。そもそも「Che」は、 「やぁ」という意味の挨拶語で、エルネスト・ゲバラの口癖だっ たことから通称としてチェ・ゲバラと呼ばれるようになったので、本来の意味も含まれているかもしれない。遅い 1 楽章と速い 2 楽章からなり、要所に「C-H-E(ド-シ-ミ)」の音名象徴が織り込まれている。 4)Small (1981) ピッコロ:多久潤一朗 クラリネット:菊地秀夫 ハープ:松村多嘉代 指揮:川島素晴 ピッコロ独奏のための《Nidi》(1979)、クラリネット独奏のための《Clair》(1980)、ハープ独奏のための《Marches》 (1979)という、3 つの独奏曲がある。 (とりわけ、《Nidi》と《Clair》は、ドナトーニ作品の中でも極めて演奏頻度の 高い作品で、現代音楽をよく聴く方にはお馴染のものであろう。)シエナ音楽祭の委嘱で作曲されたこの《Small》(1981) は、それらの作品群の素材を下敷にした作品である。このように複数の楽曲が合体するというアイデアの極端な例は、 チェロとコントラバスのための《Ala》(1983)で、この作品は、チェロ独奏のための《Lame》(1983)、コントラバス独 奏の《Lem》(1983)を、そっくりそのまま合体させたものである。(しかも、後にピアノ独奏の《Rima》(1983)と併せ て《Alamari》(1983)なるトリオが作られる。さすがにこの際には、そっくりそのままではなく、素材を部分的に援用 している。) 「ドナトーニ節」とも言える、ピッコロとクラリネットによるヴィヴィッドな音感と、そのイメージから は若干離れるハープのアンサンブルによって、人口に膾炙したものとは一味違ったドナトーニの嗜好が垣間見られる。 冒頭に聴く繊細極まりない音感から終盤の強烈な音像まで、この編成から引き出し得る千変万化の音色効果が美しい。 5)Small II (1993) フルート:多久潤一朗 ヴィオラ:辺見康孝 ハープ:松村多嘉代 ドナトーニは、題名が短いものが多い。しかも、しばしば同じ題名の作品を書き、その場合は、 「I」 「II」という具合 にナンバリングしていくわけだが、このナンバリングには、とても連続的な意図があるものと、そうでもないものが ある。 (冒頭に聴いた《Duet》も、連続的とは言えないものの例であろう。)前半最後にきいた《Small》と、この《Small II》は、ハープを含むトリオであるという類似性があるが、それ以外には特段の連続性はない。クラリネットの《Clair》 と《Clair II》が、同じ楽器の作品であるという以外の特段の理由がないのと同様であろう。《Small》がピッコロを 含む特異な編成であるのに対し、こちらは、ドビュッシーがこの編成でソナタを書いて以来、既にお馴染となった編 成である。しかし、ドビュッシーや武満の同一編成の楽曲と比しても、この作品は一段とアクティヴな音像を展開し ている。そもそもハーピストにタイトなアンサンブルを要求すること自体が伝統的な発想ではないが、ここで紡がれ るこの編成の新たな音色像は、ハープの新たな表現力と共に注目に価する。 6)Luci (1995) アルト・フルート:多久潤一朗 この作品は、べリオ 70 歳のオマージュとして書かれた。 「Luciano Berio」の綴りから、 「(LU)C(I)A(NO) BE(RIO)」 、 つまり「C-A-B-E」の文字が抽出されて音名象徴として用いられ、それはすぐに逆行される。このようにできた音列か ら音楽は派生していく。そして 2 楽章からなる最後の部分では、 「Franco Donatoni」の綴りから、 「F(R)A(N)C(O) D(ON)A(TONI)」 、つまり「F-A-C-D-A」の文字が抽出されて奏でられることで、曲を閉じている。 7)Luci III (1997) ヴァイオリン:辺見康孝・亀井庸州 ヴィオラ:安田貴裕 チェロ:多井智紀 ボルチァーニ弦楽四重奏団(現在は活動していない)がベートーヴェン全曲演奏チクルスを企画した際、各演奏会に 1 曲、現代作曲家の作品をいれることにしていた。ドナトーニもその委嘱を受けたが、時間がない中、結局、見開き 2 ページの短い作品を用意した。 《Luci》がべリオのファーストネームとのことで、この《Luci III》もそうなのかと思 いきや、こちらは、当時のクァルテットの第 1 ヴァイオリンの名前「ルチアーニ」からとられたそうで、当然、前述 のべリオの音名象徴はここでは活きていない。そのかわり、冒頭の音型はバッハの二台ヴァイオリンの協奏曲終楽章 の音型を思わせる。ルチアーニ氏の好む作品、或いはルチアーニ氏をイメージする楽曲、いずれかだったのだろう。 8)The Heart's Eye (1980) ヴァイオリン:辺見康孝・亀井庸州 ヴィオラ:安田貴裕 チェロ:多井智紀 イタリア弦楽四重奏団の委嘱で作曲されたが、ヴェネツィア・ビエンナーレにおける世界初演者、アマティ弦楽四重 奏団に出版時、献呈された。本日上演曲目の中でも最も長大且つ演奏至難な作品である。ドナトーニの作曲書法を余 すところなく発揮した力作で、冒頭の文章に記したような「オートマティズム」書法によって、次々に更新されてい く新しい部分が、常に弦楽四重奏編成から引き出し得る音像の新しい可能性を提出していく。息つく間のない 17 分間 の旅を、お楽しみください。 【山根明季子の作品(世界初演)】 9)Dots Collection No.05 ―フランコ・ドナトーニへのオマージュ― (2010) ハープ:松村多嘉代 バス・フルート:多久潤一朗 ヴァイオリン:辺見康孝・亀井庸州 ヴィオラ:安田貴裕 クラリネット:菊地秀夫 チェロ:多井智紀 テューバ:橋本晋哉 指揮:川島素晴 フランコ・ドナトーニとの出会いは、学生時代に初めて手にした CD“PORTRAIT(ACCORD)”でした。彼の音楽は音の像 がとてもはっきりと描かれており、それぞれの音像の音模様がとても鮮やかな色合いで緻密です。彼の音楽を分析す る際、多くの場合「オートマティズム」の手法ばかりに目がいきがちですが、ほぼ自動的に全ての音が決定されるそ の前に、 “この楽器”の、 “このような音像”になるような設定を選ぶという、全体を印象付ける操作は、彼の感覚の 嗜好や楽器への理解によるものであり、またその出てくる結果の音が、私個人的には可愛いさや焦燥感を伴った魅力 的なものに映るのでした。 私は音を視覚像として捉え、模様をデザインすることをコンセプトに作品を書いています。《Dots Collection》と題 する DOT(水玉)モチーフの作品はこの作品が5作目で、私は、人工着色料的な、ポップな毒性に興味があり、そうい った面でも、斑点など病的なイメージをも併せ持つ DOT 柄というのは、表現しやすい形の模様だと考えます。今回の 作品は、今回この演奏会に出演されている全ての奏者による演奏で、あまり存在しないこの特殊な編成から、ひとつ、 ひとつ、ヴィヴィッドな原色から成る DOT を描き、そうっと現れては消え、現れては消えて行く、そういった模様、 ひとつひとつ違った色や質感を持つ DOT を、空間の中に感じ取って頂ければ嬉しいです。 山根明季子(やまね あきこ) [web] http://www.komp.jp/akiko_top.html 1982 年大阪生まれ。京都市立芸術大学卒業、同大学院修了、ブレーメン芸術大学派遣留学。日本音楽コンクール第1 位および増沢賞、芥川作曲賞ノミネートなど。これまでに Just Composed in Yokohama 2008、読売日本交響楽団等か らの委嘱、能楽師青木涼子とのコラボレーション等の他、国内外で作品が演奏される。2009 年「ベルク年報」にて自 作論「音を視る」を発表。造形をかたち作るという視点から音楽作品を描いている。本年 6 月 22 日、NHK 交響楽団「Music Tomorrow」演奏会にて、同団委嘱作品がパスカル・ロフェの指揮により初演される予定。 <出演者略歴> ◆多久潤一朗(たく じゅんいちろう)flute [blog] http://ameblo.jp/magnumtrio/ 東京藝術大学器楽科卒業。フルートを佐久間由美子、木ノ脇道元、竹澤栄祐に師事。現代音楽アンサンブル「BOIS」メンバーとして国内外の 同時代作品を演奏する傍ら、自身で作、編曲を行うコミック系特殊パフォーマンス型フルートトリオ「マグナムトリオ」や、演奏者が次々と楽器 を持ち替えセリフや芝居もこなしてしまう音楽劇集団「にじいろクインテット」を率いるなど、新感覚のパフォーマンスを展開している。 楽器分解演奏やビートボックス奏法、ディジュリドゥ奏法など様々な飛び道具を駆使して戦う無差別級フルーティスト。 サンキョウフルートレッスンセンター講師。 ◆菊地秀夫(きくち ひでお)clarinet 桐朋学園大学卒業。クラリネットを二宮和子氏に、室内楽を鈴木良昭、三善晃の各氏に師事。 1993 年現代音楽演奏コンクール「競楽 II」にて、内山厚志氏とのデュオで第 2 位入賞。 96 年ダルムシュタット国際現代音楽夏期講習会で奨学生賞受賞。卒業後アンサンブル・ノマドのメンバーとして活動。 同時代作品の演奏のほか、スタジオレコーディングやジャズミュージシャンとの活動も行う。 札幌大谷大学音楽学部専任講師。 ◆橋本晋哉(はしもと しんや)tuba [web] http://www.shinyahashimoto.net/ 低音金管楽器奏者。フランス国立パリ高等音楽院(CNSM)テューバ科、同音楽院第 3 課程器楽科(テューバ科)、同音楽院第 3 課程室内楽科を修了。 在仏中アンサンブル・イクトゥス、アンサンブル・アンテルコンタンポランなどのほか、ジャック・ルボチエのシアター・ミュージック、フェス ティバル・アゴラ、レゾナンス 2003(IRCAM)への出演など主に現代音楽を中心として活動。2001 年より「秋吉台の夏」現代音楽セミナーに講師 として参加。2005 年帰国後、サントリー音楽財団サマーフェスティバル 2008、コンポージアム 2009(ラッヘンマン「ハルモニカ」日本初演)など の音楽祭、東京オペラシティリサイタルシリーズ「B→C」 、NHK-FM「名曲リサイタル」にソリストとして出演。他方古楽器のセルパンやクラシカル・ バス・トロンボーンを用いて古楽の分野でも活動。2002 年アヴァン・センヌ(フランス)において審査員全員一致で第 1 位受賞。同年第 5 回現代音 楽演奏コンクール(日本現代音楽協会主催)第 2 位。2003 年ガウデアムス国際現代音楽演奏コンクール(オランダ)特別賞(即興)受賞。 ◆松村多嘉代(まつむらたかよ)harp [blog] http://gold.ap.teacup.com/farfalle/ 大阪生まれ。3 歳よりピアノを始める。相愛音楽教室、相愛高等学校音楽科を経て相愛大学音楽学部ピアノ専攻卒業。大学卒業後にハープを始める。 現在フリーランスハーピストとして、ソロ、オーケストラ、室内楽などで演奏活動を行う。妹・松村衣里とのハープデュオ・ファルファーレ(イタ リア語で蝶々)でクラシック~ポピュラーまで幅広いジャンルのレパートリーを持ち、フランス・アルル国際ハープフェスティバル、NHK FM「名曲 リサイタル」をはじめ国内外の数多くのコンサートに出演。音楽ホールでのクラシックコンサートはもとより、音楽鑑賞会、楽器解説やお話つき のステージには定評がある。また、ヴァイオリニスト辺見康孝とのデュオ X[iksa]で国内はもとよりオーストラリア、韓国等において、これまで に 100 回を越える公演を行う。新作の委嘱初演などを積極的に行うほか自ら編曲も手掛け、ハープのための新たなレパートリーの開拓にも努めて いる。2008 年 11 月 CD『 X[iksa] 』、2009 年 10 月 CD『眠れる森のファルファーレ』をリリース。 ◆辺見康孝(へんみ やすたか)violin & viola [blog]http://sun.ap.teacup.com/yashemmi/ 松江市生まれ。現代の作品を得意とし、独自の奏法を開発し従来の奏法では演奏不可能な作品もレパートリーとしている。また自ら作曲も行い、 ダンサー、美術家、サウンド・デザイナー、舞台俳優などとのコラボレーションも行う。これまでにヨーロッパ諸国、オーストラリア、アメリカ 合衆国、单アフリカ共和国、韓国でも演奏活動を行っており、様々な国際芸術祭に招待されている。2001 年より2年間はベルギーのアンサンブル Champ d'Action のヴァイオリニスト、帰国後は next mushroom promotion のヴァイオリニストとして精力的に演奏活動を行う他、ハーピスト松村 多嘉代とのデュオ X[iksa](イクサ)では新たな境地を開拓している。またアメリカ、スタンフォード大学などでの現代奏法についてのレクチャー は好評で、作曲家の創作活動に刺激を与え続けている。2004 年に Megadisc(ベルギー)からリリースされたソロCD、2008 年にリリースした X[iksa] ファーストアルバムの他、多数のCD録音に参加している。2005 年、next mushroom promotion としてサントリー音楽財団より佐治敬三賞を受賞。 ◆亀井庸州(かめい ようしゅう)violin 1982 年生まれ。5歳よりヴァイオリン、18 歳より琴古流尺八を始める。2004 年東京音楽大学卒業。卒業後 05 年より 2 年間ベルギーのリエージュ 王立音楽院に留学。現代室内楽や即興演奏を J.P.プーヴィオン、F.デップ、G.リストに師事。また同音楽院にて古楽アンサンブルを西公子に、ナ ミュール国際古楽講習会にてバロックヴァイオリンなどをブノア・ドゥッシ、ミラ・ゴルドゥヌの各氏に師事している。 これまでにヴァイオリンを久保良治、七澤清貴、荒井英治、大久保泉の各氏、また琴古流尺八を柿堺香、横山勝也の各氏に師事。現在は東京を中 心に即興ライブ、新曲の初演などを基本に活動している。 ◆安田貴裕(やすだ たかひろ)viola 1978 年生まれ。東京音楽大学入学後、奨学金を得て州立フロリダ国際大学に入学。川畠正雄、山口裕之、三戸泰雄、ロバート・ダヴィドヴィチ他 各氏に師事。帰国後、様々な管弦楽団等でヴィオラ、ヴァイオリンを演奏する他、同時代の作曲家と共に歩むことを主眼に活動を行ない、川上統 氏作曲/ヴィオラと管弦楽のための「Cybele」の独奏ヴィオラなどをはじめ、数多くの初演に携わる。 使用楽器は、Takashi Suzuki Atelier Campanella 2000 #3 "Cybele"。 現在、内山和重氏主宰「本歌取りプロジェクト」に参画している。KEI 音楽学院講師。 ◆多井智紀(たい ともき)violoncello [web] http://tai3.exblog.jp/ 1982 年大阪生まれ。9 歳の頃チェロに出会い、杉山實氏に手ほどきを受ける。その後大阪府立夕陽丘高校音楽科にて近藤浩志氏、東京藝術大学に て河野文昭、苅田雅治、鈴木秀美の各氏のもと学んだ。主にチェロ奏者として新作演奏やスタジオワークを開始させ、加えて現在は楽曲と電気楽 器の製作・演奏を行っている。東京藝術大学中退。2001 年、「ekiben」及び「Ensemble Bois」を結成。2006 年、 「next mushroom promotion」のメ ンバーとしてサントリー音楽財団佐治敬三賞を受賞。2007 年、「Celeb String Quartet」のメンバーとして、国内ツアー、ニューヨーク、ロサンジ ェルス公演を行う。2009 年、東京オペラシティー文化財団主催「コンポージアム」ヘルムート・ラッヘンマン室内楽演奏会に出演。 ---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------- <eX. 今後の予定> *下記、会場は全て杉並公会堂・小ホール。併催する experiment の日時は未定。 【eX.14】2010 年 7 月 5 日(月)DUO TRANSPNEUMA plays Kawashima & Yamane(橋本晋哉と藤田朗子による川島/山根作品展) 【eX.15】2010 年 12 月 20 日(月)ディーター・シュネーベル研究 (生誕 80 年を迎えるシュネーベルの作品を特集) 【eX.16】2011 年 3 月(未定)マグナムトリオ、現代音楽を吹き飛ばす。(多久潤一朗他によるフルートトリオのリサイタル)
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