高温高圧水中摩擦摩耗試験機

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トライボロジスト 第 60 巻 第 11 号 (2015)
〝トライボロジスト〟第 60 巻 第 11 号(2015) 738~740
原稿受付 2015 年 5 月 1 日
技術資料
トライボツール開発記―ブレイクスルーへの挑戦―
高温高圧水中摩擦摩耗試験機
内 舘 道 正*
表 1 実験装置の仕様
◆試験装置の特長◆
✓ 12℃から 80℃の水中で試験ができる.
✓最大 20 MPa の水圧下での試験ができる.
✓水中の溶存酸素濃度を 0.01 ppm から 8 ppm
Temperature
12~80℃
Water Pressure
0.1~20 MPa
Dissolved Oxygen
0.1~ 8 ppm
Load
まで制御できる.
11~58 N
(Dead Weight Loading)
Sliding Speed
0.5 ms(500 rpm)
◆測定・評価の範囲◆
Ball Specimen
ϕ 9.5 mm(38 inch)×3
【対象材料】金 属材料から高分子材料まで様々
Disk Specimen
ϕ 50×10 mm
な材料を試験可能.
【計測項目】摩擦トルク,摩耗量,
(電気化学測
₂. 装 置 の 構 成
定)
図 1 に示すように,タンクと摩擦試験部(ボー
【雰囲気】
水潤滑下,高温・高圧水中
ルオンディスク型)の間で,ポンプを用いて水
(約 20 L)を循環させる仕組みである.20 MPa
₁. 開 発 の 背 景
(200 気圧)の水圧を発生させるため,定量ポン
プ(図 1 中の Pre-pump,流量 1 Lmin.)に加え
て高圧ポンプ(プランジャー式,最大吐出圧力
本装置は,平成 14 年度から平成 18 年度にかけ
て行われた NEDO(New Energy and Industrial
Technology Development Organization,新エネ
20 MPa,流 量 20 mLh)も 用 い た.水 中 の DO
ルギー・産業技術総合開発機構)のプロジェクト
(Dissolved Oxygen,溶存酸素)は,DO 計によっ
﹁低摩擦損失・高効率駆動機器のための材料表面
て測定され,測定結果のフィードバック制御によ
制御技術の開発(プロジェクトリーダー:岩手大
ってエアレーション(曝気)のための N2 と N2+O2
学 工学部 岩渕明教授)
﹂ において,金属をベー
ガスの弁を開閉することで DO を制御した.水
スとした水潤滑の研究の一環として開発された.
の温度は,オートクレーブ(SUS316L 製,容量
当時想定していた水を作動流体としたポンプ,バ
1.5 L)のまわりにウォータジャケットを取り付
ルブ,シリンダでは,しゅう動部が高温高圧にさ
け,恒温水槽からの水を循環させることで調節し
らされる可能性があり,その際の摩擦材料【具体
た.オートクレーブからの水は,冷却器で室温に
的には,DLC(Diamond-Like Carbon)と鉄系お
よび銅系材料の組合せ】のしゅう動特性を把握す
降温してからタンクに戻される.オートクレーブ,
ることが目的であった.装置の仕様は,表 1 に示
るため,手動油圧ポンプに接続された油圧シリン
す通りである.
ダで昇降させた.
および,ウォータジャケットはかなりの重量があ
図 21)に示すように,下部のホルダに三つのボ
ールを固定し,上からディスク試験片を錘による
岩手大学 工学部(〒 020-8551 岩手県盛岡市上田 4 丁目 3-5)
Michimasa UCHIDATE Faculty of Engineering, Iwate University(3-5, Ueda 4-chome, Morioka-shi, Iwate 020-8551)
*
Corresponding author : E-mail: [email protected]
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内舘:高温高圧水中摩擦摩耗試験機
①
図 1 試験機のシステム図
Weight
Autoclave
Water
Water for
temp.
control
Weight
Disk Specimen
(Working Electrode)
Disk
specimen
Ball-Specimen Holder
Counter Electrode (Pt)
Reference Electrode
O-Ring
Ball
specimens
to
P.S.
Water
Thermocouple
to the
potentio-stat (P.S.)
図 3 しゅう動部付近の写真
測定に適しているとされる対極接地型を用いた.
Motor
₃. 工 夫 し た 点 と 課 題
図 2 摩擦試験部周辺の図〔出典:文献 1)〕
本装置は装置メーカーへの特注品であり,メー
死荷重とともに押し付けた.下部のホルダはシャ
カーの技術者の工夫による部分がほとんどである
フトに取り付けた DC モータによって回転させ,
が,以下に工夫されている点と使ってみて感じて
トルク計を取り付けることで摩擦トルクを測定し
いる課題を述べる.
た.なお,回転部分のシールの問題をなくすため, まず,昇温に関しては,最高温度を 80 ℃と設
DC モータの回転は外部から磁力によってシャフ
定したため,前述のようにウォータジャケットを
トに伝達する仕組みとなっている.
用いている.電磁ヒータに較べると最高温度が低
本装置には,腐食摩耗挙動を測定・制御するた
いが,結果として,電磁ノイズ低減に有効であっ
めの三電極式電気化学測定の電極が取り付けられ
た(研究室で同様な装置で電気ヒータを使ってい
ている(ディスクが作用電極,白金が対極,圧力
るが,ロードセルの出力に重畳するノイズに悩ま
2)
平衡型電極 が参照電極.図 2 と図 3 参照)
.ポテ
されている).ウォータジャケット部分に水の代
ンショスタットとしては,オートクレーブ内での
わりにシリコーンオイルを流すことでさらに高温
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0.35
せている.
0.30
Coefficient of friction
も可能と考えられるが,安全面から実施は見合わ
試験片の回転のために,マグネットカップリング
(図 1 の①)を用いることで,シールの問題が解決
されている.しかし,試験片間の摩擦力が非常に
大きくなった時はマグネットの保持力不足のため
に空転することがあるので,注意を要する(DLC
と鉄系・銅系の材料では起こらなかったが,アル
Quasi-tap water (80℃)
0.25
0.20
Pure water (80℃)
Pure water (20℃)
0.15
0.10
0.05
Quasi-tap water (20℃)
0.00
ミナボールと鉄系ディスクの組合せでは空転が起
10
100
1000
Sliding distance, m
こった).なお,オートクレーブ全体を揺動させ
ることで往復しゅう動を与える装置が,徐ら3)や
八木ら4)よって開発されており,300℃程度までの
窒化ケイ素や DLC の摩耗挙動が報告されている.
図 5 純水中および模擬水道水(Quasi-tap water)中で
DLC と SUS630 をしゅう動させたときの摩擦係数
の変化(溶存酸素濃度 7 ~ 8 ppm,水圧 0.1 MPa)
〔出典:文献 1)〕
電気化学測定に関しては,主な実験の対象が電
気を通しにくい DLC ディスクであったことと,
文 献
オートクレーブが導体(SUS316L)であったため
1 ) M. UCHIDATE, H. LIU, A. IWABUCHI & K. YAMAMOTO:
Effects of Water Environment on Tribological
Properties of DLC Rubbed against Stainless Steel,
Wear, 263(2007)1335-1340.
2 ) 砂場・藤井・橘:圧力平衡型外部照合電極による高温水
溶液中の電位測定と熱拡散電位の評価,材料と環境,56
(2007)70-75.
3 ) 徐・加藤:高温高圧水中における窒化ケイ素の滑り摩耗
機構,トライボロジスト,39,9(1994)808-813.
4 ) 八木・野老山・M. RODY・梅原・佐々木・稲吉:高温高
圧水中における DLC 膜の摩耗メカニズムの解明,トラ
イボロジー会議 2013 秋 福岡 予稿集(2013)B11.
か,良好なデータはあまり得られなかった.オー
トクレーブ内でのトライボ現象の電気化学測定に
は,まだまだ課題があるものと思われる.
₄. 計 測 ・ 評 価 事 例
SUS630 としゅう動した際の DLC 摩耗痕の例
を図 4 に,摩擦係数の変動を図 5 に示す1).図 5
の模擬水道水(Quasi-tap water)は,東京の水
道水と同程度の溶存成分になるように,試薬等を
用いて調製された水である.DLC の摩擦挙動は
<本試験機を使用した研究成果>
水中の溶存成分,および,水温に影響されること
がわかる.
●M. UCHIDATE, H. LIU, A. IWABUCHI & K. YAMAMOTO:
Effects of Water Environment on Tribological Properties
of DLC Rubbed against Brass, Wear, 267(2009)15891594.
●M. UCHIDATE, H. LIU, K. YAMAMOTO & A. IWABUCHI:
Effects of Hard Water on Tribological Properties of DLC
Rubbed against Stainless Steel and Brass, Wear, 308,
1-2(2013)79-85.
著者プロフィール
内舘 道正 1975 年生まれ.宇都宮大学工学部機械
システム工学科卒業(指導教員:鏡重次郞・川口尊久).
岩手大学にて博士(工学)取得(指導教員:岩渕明・清
水友治).日本学術振興会特別研究員,産学連携研究員
を経て,現在,岩手大学工学部助教.主として表面微細
凹凸の解析手法開発と水道水環境下での腐食摩耗研究に
従事.他に日本機械学会等に所属.
500 μm
図 4 DLC 摩耗痕の SEM 写真の例〔出典:文献 1)〕
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