ルーマニアのユダヤ人 - Shalom Messianic Ekklesia

イスラエルの回復のために祈りましょう
ルーマニアのユダヤ人
人口:14,000 人
「ローマ人の国」という意味のルーマニアは、大陸の横断ルートに位置し、さまざまな民族が住んでい
る国である。ハンガリー系、ドイツ系、ウクライナ系、セルビア系、クロアチア系、そして多くのジプシーが、
この美しい国の色彩豊かな「民族のじゅうたん」を織り成している。
フランス文化とのつながりが強かったため、かつては「東方のパリ」と呼ばれた、首都ブカレスト。ここ
には、ルーマニアで最も大きなユダヤ人共同体があり、約6千人のユダヤ人が住んでいる。若者の多く
はイスラエルやアメリカに移住しており、高齢者は祖国にとどまっている。ブカレストの住宅環境はさまざ
まで、すばらしい豪邸もあれば、色あせた共産時代の団地もある。多くのユダヤ人が、医学、教育、ジャ
ーナリズム、舞台芸術の職業などに携わっている。
ユダヤ人は音楽が大好きで、ブカレストの人々も地元のユダヤ人青年合唱団を誇りに思っている。ア
メリカでも人気のあるイディッシュ語の歌『ルーマニア、ルーマニア、ルーマニア』という曲は、イディッシ
ュ演劇のスター、アーロン・レベデフが作曲したものである。この歌では、ルーマニアのユダヤ人の逆境
の中における辛抱強さを描きながら、美しい故郷の豊かな生活を追想している。
ユダヤ人はローマ帝国の時代からルーマニアに住んでいるが、共同体が組織されたのは 15 世紀以
降のことである。ユダヤ人に対する最初の迫害は、1769 年から 74 年にかけて起こった、ロシア対トルコ
の戦争の時であり、これはルーマニアの支配をめぐる戦いであった。19 世紀になるとさらに迫害が続き、
さまざまな制限が課せられた。ルーマニア政府は、1878 年のベルリン条約で定められた、ユダヤ人のた
めの平等権利を守ることができなかったのである。当局は、第一次世界大戦後、再び平等権利の法案
を可決したが、支配階層と農民との争いの中で、ユダヤ人が板挟みとなり、犠牲となってしまったのであ
る。1898 年から 1904 年まで、約7万人のユダヤ人がアメリカに移住した。
1930 年代のファシズムと、1940 年代の共産主義が、ユダヤ人共同体を根底から揺るがした。1938
年当時、約 80 万人のユダヤ人がルーマニアに住んでいたと推測されているが、その約 43%がルーマ
ニアの軍隊やファシスト党の「鉄衛団」に殺されたという。第二次世界大戦とホロコーストの後、ルーマニ
アに残ったユダヤ人は、40 万人となってしまった。
共産主義独裁者、ニコラエ・チャウシェスクの支配下における「出国者のために現金」という制度は、
政府が、外国に移住しようとするドイツ系やユダヤ系の住民に対し、出国における自由と引き換えに、現
金や車、不動産を取り上げるというものであった。この制度は、1989 年にチャウシェスクが処刑されるま
で続いた。現在ルーマニアでは、反ユダヤ主義が再び台頭しようとしている。政党や一部のリーダー、そ
して新聞業界には、ユダヤ人共同体に警鐘を鳴らす要因となる、反ユダヤ主義の論調をもつ人がいる。
しかし、このようなことにもかかわらず、1990 年、クルージュ・ナポカに「モーセ・カーミリー博士記念ヘブ
ライ・ユダヤ歴史学院」が設立された。ここでは、さまざまな履修コースを提供しながら、ユダヤ文化の研
究を推進している。また、神は、現在もルーマニアのユダヤ人の間で働いておられ、多くのユダヤ人がイ
ェシュア(イエス)を受け入れたという報告があり、洗礼を受けた人もいるという。あるユダヤ人の奉仕に携
わっている宣教師によると、すでに小さなコングリゲーションが一つできており、今や担当牧師もいるとい
う。経済的な困難の中、必要最小限の物資もないままで、神は、ユダヤ人の間で実に驚くべき御業を行
っておられるのである。
祈りの課題
✡ルーマニアのユダヤ人が自分のメシアと出会い、そして、メシアの御手の中で癒やされるように。
✡ルーマニアのユダヤ人が、自分のメシアにある召しと定めを受け入れることができるように。
✡多くの人に対してまだ強い影響力をもっている、恐怖、拒絶、羞恥心、死、まじないの霊から、自由を
得ることができるように。
✡ほとんどが高齢者というこの共同体のユダヤ人たちを、もし反ユダヤ主義が彼らにとって大きな脅威に
なったときにも、主が守り、保護してくださるように。
✡小さなメシアニック・コングリゲーションのメンバーたちのために。彼らが強められ、効果的に主をお証
しする一人一人となれるように。
✡ユダヤ人の評判を損なわせ、ユダヤ人の安全と将来を脅かすような政党の、反ユダヤ主義に立ち向
かって。
✡ルーマニアにいるすべてのクリスチャンが、ユダヤ人と非ユダヤ人との間の和解、和平、信頼の仲介
者となるように。