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GCOE12 月月例研究会報告
2008 年 12 月 17 日 11:00-12:30
ジェンダー研究と多文化共生研究の交錯
――「多文化共生社会のジェンダー平等」研究の方法をめぐって
辻村みよ子
Ⅰ
はじめに
(1)本 GCOE 拠点の趣旨・目的 <申請書・ヒヤリングでの説明>
1)21 世紀 COE「男女共同参画社会の法と政策」の成果を継承・発展させて、
グローバル化時代に起こっている諸問題を「男女共同参画(ジェンダー平
等)と多文化共生」という広範で複眼的な視座から解明。
2)既存の研究体系を超えて、21 世紀 COE の「ジェンダー法学・政治学」よ
りも視野を拡張して、社会科学を総合する視点から、新しい「ジェンダー
社会科学」ともいうべき研究教育領域を創出。
(2)本 GCOE 拠点の研究視座・方法
1)男女共同参画(ジェンダー平等)と多文化共生との「融合」
←何をどのように「融合」するのか?
「融合」は、本来、可能・必然なのか?
2)男女共同参画(ジェンダー平等)研究の視野を拡大して、複眼的に(多焦点
レンズで)多文化共生の問題を扱う。(「ジェンダー平等問題のほうから視野
を拡大して、多文化共生問題との接点を中心に扱う。多文化共生問題を全体
的・本格的に扱うことは困難」。――少なくとも申請書・ヒヤリングではこの
ように説明。審査委員もその回答を期待し、回答に対して「安心」を表明)。
対外的には(少なくとも「建前」上では)この路線にしたがう「責務」あり。
←「男女共同参画問題は、多文化共生の一面にすぎない。ジェンダーのほ
うから多文化共生問題をみることには論理の上で問題がある。多文化共生
のほうから、その一部としてジェンダー問題を扱うべき」という異論。
⇔ 複眼的アプローチの意義、ジェンダー問題の理解(cf.2)
3) 3つのスタディーズに分かれて研究・教育。←3つが縦割りにならな
いか? 複眼的アプローチや「融合」目的との整合性はあるか?
4)3領域にまたがる個別的問題を設定して 15 のプロジェクトに分かれて研
究・教育。⇔個別・既存の研究領域別の(閉鎖的な)研究グループ構成。
しかも成果(著書等)もシリーズでなく個別に公表?
←研究成果が細分化されないか? 研究成果をいかに統合するか?
GCOE 全体としての高い総合的評価を得られるのか。審査委員会の懸念
どおりになる危険性はないか。既存の学問体系を超えて学際的新研究領
域を創出するという目的に応えられるのか。
cf. GCOE 審査委員会の懸念・課題提起
ジェンダー平等と多文化論の間に飛躍や論点のスキップがある。両者を媒
介する論理・方法論が必要。Ⅱ A とⅡB が肉離れを起こさないか etc.
「単に研究活動を拡散させるのではなく、クロスさせる上での枠組みや方法
論、・・(新たに加わった2つのスタディーズの)相補性に配慮しつつ、全体と
しての総合的シナジー効果が発揮できるかに関して、十分検討する必要がある。
」
1
(3)留意点 cf.11 月月例研究会大西報告の問題提起:
「2 本 GCOE が克服しなければならない学問的課題 」
1)2-1normative approach としての課題
「本 GCOE は・・
・普遍主義、gender equality, multiculturalism 等の価値に commit
する normative approach を採っている」(本 GCOE は価値中立ではない)
←gender equality から multicultural conviviality に視野を拡大したが、
Multiculturalism(多文化主義)自体が多様で不明確概念。必ずしもこれにコミッ
トしているわけではない(戸沢)。本 GCOE にとっては Multicultural(多文化)で
あることよりも、むしろ共生(conviviality)・多様性(diversity)のほうが重要。
また、feminism もふくめ、特定の「ism」に GCOE がコミットすることは、厳密
にいえば困難。フェミニズムもジェンダー論も多様に分岐。リベラル・フェミ、ラ
ディカル・フェミ、ポストモダン・フェミなどのうち、どの立場にコミットするか
GCOE として統一することはできず、すべきでもない。普遍主義についても、リ
ベラル・フェミニズム以外はこれを批判してきたため、厳密にいえば、アプリオリ
にこれにコミットしているとはいえない。
2)2-1-1 定義の重要性:同感。ただし、gender equality も multiculturalism も多義
的で、定義自体が論争的。GCOE としては、normative approach よりも、theoretical
approach を重視すべきではないか。
3) 2-1-2 哲学的考察の重要性:なぜ gender equality が望ましいか、
「価値の根拠を 絶
えず問い直す必要がある」「このような考察はバックラッシュ派との論争において
必要」。→ 同感。実際に、男女共同参画とは何か、の理解がポイントとなる。
→一般に、男女共同参画(ジェンダー平等)や男女共同参画社会基本法に対して、
女性のためのものである、ポシティヴ・アクションは女性を優遇するためのもので
ある等の誤解・無理解が存在。しかし、gender equality とは、女性のためだけの
概念ではなく、両性のために、性差に由来する差別や人権侵害をなくすことが目
的。本来、両面性を有するものであり、その意味では価値中立的。
(それゆえ、逆
にフェミニストからはジェンダー論の価値中立性を批判している状況さえある)。
4)2-1-3 考察対象・課題選択の重要性:同感。ただし、
「その社会・集団にとって切実な
問題であるかどうか」が重要であるにしても、それがすべてではないのではない
か。
→例えば、ルワンダの 2003 年憲法制定に女性団体等が係わった経緯からしてもク
ォータ制がルワンダ女性にとって「切実」でないとはいえない。ただ仮に「切実」
でない場合でも、本 GCOE の理論的研究にとって重要な研究対象であることに変
わりはない。世界でもまれな代表システム(半代表制論)
・選挙制度は、それ自体、
理論的研究意義が大きいからである。また、日本のジェンダー平等理論や政策を
検討するために有益な素材であれば、GCOE にとっても研究意義は大きい。さら
に、当該社会・集団にとって「切実さ」の決定が困難な場合もある。例えば、フ
ランスにおけるイスラム女性の「切実さ」の判断基準は、フランス社会なのか、
イスラム社会なのか。また仮に両者にとって「切実」でも、日本社会にとって「切
実」でない場合もある。このような場合にも、GCOE として理論的研究意義があ
れば考察対象にすべきであろう。
2
5)2-2 policy science としての課題
2-2-1 theoretical な裏付けの重要性:政策提言を学問的に行うことには多くの理論
的作業が必要。→当然のことで異論なし。
→例に挙げられたポシティヴ・アクション(クォータ制)については、一般に、
その多様性や学問的意義について誤解や無理解が存在。法律による強制型は憲
法違反の疑いが強く学問的には政策提言を行うことは困難(日本の現状では強
制型クォータ制導入を提言する可能性は高くない)。憲法違反にならないポシテ
ィヴ・アクションの類型も数多く存在するため、それを学問的に分析して提言
することは有益である。
→さらに、GCOE は運動体ではないため、全体としての統一的な政策提言は困
難。個人の研究者や研究グループの責任で提言するにとどめるべき。
(cf.21coe
研究叢書 12 巻の提言など)
Ⅱ
ジェンダー研究と多文化共生研究の交錯
(1) ジェンダー研究からのアプローチ
*ジェンダーはそもそも民族や文化・人種・エス二シティ、階級、年齢、障害
の有無などによって多様な形態をとる。男女共同参画(ジェンダー平等)のた
めには社会的多様性・寛容が前提。多文化共生、文化的多元主義社会への展望
が必要。→このように捉えれば、本来的に「融合」の契機が内包されているこ
とがわかる。
ex.「ジェンダー」とは「社会的文化的性別を意味する学術用語である」。「ジェ
ンダーは、民族や文化・人種・エス二シティ、階級、年齢、障害の有無など
によって多様な形態をとることが知られて」おり、ゆえに、「ジェンダーに敏
感な視点」とは、「単に人間という種における男女という生物学的性別に配慮
するだけではなく、民族や文化・人種・エス二シティ、階級、年齢、障害の
有無などによって多様性を持つ性別=ジェンダーに十分配慮する視点を、い
う」(江原由美子「はしがき」日本学術会議編『性差とは何か――ジェンダー
研究と生物学の対話』日本学術会議叢書 14,日本学術財団(2008 年)7 頁。)
(2) 多文化共生からのアプローチ
*「男女共同参画(ジェンダー平等)と多文化共生は別物。前者は後者の一部
にすぎない。前者は普遍主義であるのに対して後者は差異主義に立脚するた
め<融合>は本来不可能」などの批判論あり←ヒヤリングでは、「多様化を包
みこむ普遍主義」として説明。
「多文化共生=個人の尊厳を普遍的に尊重し、異なる性・人種・年齢・
地域・文化・宗教などが共存する社会を目指す」。
普遍主義
⇔
パローキアリズム(偏狭な排他主義)
画一主義⇔多文化共生
cf. 多文化主義的解決の意味(ジャック・ヤング後掲書 256 頁以下)
多元主義:多様性・差異の称揚/平等性/
無関心化/ 本質化/ 帰属/ 埋められない距離
3
(3)複眼的視座に立った研究の統合・「融合」
1)「融合」の要点・方法
キーワードは「多様性」・diversity
ジェンダー平等 →差別・偏見の排除、多様性の承認 →多文化共生
→例えば、11 月月例研究会で例示された女性国会議員の数・比率の問題につ
いても、数だけが問題なのではなく、差別・偏見の排除(平等)
、女性の権利(個
人の尊重)、選挙権の権利性・民主的システム等の諸要素のほかに、代表の多様
性を確保するという原則が重要。→Beyond numbers!「たかが数、されど数」
2)複眼的視座:融合的事象・課題の探求
a) 人身売買/生殖補助医療/代理母ツーリズム
重層的格差による性的搾取・女性搾取
(性差別+外国人差別+経済的弱者差別)
b)排他的ナショナリズム/集団レイプ
c)移民女性の人権(イスラムのスカーフ問題等)
d)シチズンシップ・政治的代表(ルワンダのクォータ制:女性だけでなく、
青年代表、障害者代表を選出して多文化社会を反映させようとする代表
理論に注目)
e)経済格差・社会的排除
3)融合的手法の確立
→ジェンダーの観念を「社会的・文化的性差(性別)」という意味に捉え、性
別を含む人種・民族・宗教・文化等の多様な諸要素を有する諸個人の共生
を「多文化共生」という観念で包括的に捉えつつ、ジェンダー平等(男女
共同参画)と多文化共生という複眼的視点からグローバリゼーション下の
社会問題を検討する。→三者間の相互関係の理論的解明、および具体的事
象の解明
(4)グローバリゼーション、ジェンダー平等、多文化共生の関係の理論的解明
Ex.①グローバリゼーションとジェンダー平等
グローバルな女性の人権侵害⇔グローバル・フェミニズム
②グローバリゼーションと多文化共生 移民政策など
③ジェンダー平等と多文化共生
→グローバリゼーション・ジェンダー平等・多文化共生の理論的相互関
係(とくに③)
グローバル経済格差
貧困の女性化
トラフィッキング(人身取引)
グローバル・
フェミニズム
ジェンダー平等
グローバリ
ゼーション
?
4
移民政策
言語政策
人口政策etc.
多文化共生
Ⅲ
個別的検討例:「イスラムのスカーフ問題」
一
問題の所在――「イスラムのスカーフ問題」の諸相
1
コーランとスカーフ
コーラン第 24 章 31 節「信者の女たちは・・・貞淑を守れ。…ヴェイルをその胸の
上に垂れなさい。自分の夫または父の外は、彼女の美(や飾り)を表してはな
らない。」(日本ムスリム協会「日亜対訳注解 聖クルアーン」1982 訳)
→「性的部位」の露出の禁止。
「性的部位」の理解、社会によって大きな差異。
*自分の意思でスカーフを着用する人にとっては、それを取ることの強制は、
羞恥心を傷つけ、人権侵害になる。頭髪を性的部位と認識してないムスリム
は、羞恥心も傷つかず人権侵害にもならない。
2
禁止の論理
容認の論理
3
1)スカーフはイスラム主義の政治的シンボル(世俗主義に反する)
2)イスラム主義による女性抑圧のシンボル(女性の解放・平等)
1)イスラム女性の信仰の表明(信教の自由)
2)頭髪への羞恥心からの着用(個人の尊重) *いずれも人権論
人権論のジレンマ
公教育の宗教的中立性・世俗性
性差別禁止・
女性解放
性支配・家父長
支配
許
容
二
禁
止
個人(女性)の宗教活動の自由
着用禁止等の法制の現状
フランス・トルコ
イギリス・オランダ・北欧等
統合型・政教分離
並立型・寛容
A) フランス
*1905 憲法的法律で政教分離を決定 ライシテが共和国の基本原理に
*1989 パリ郊外のクレイユの公立学校での事件(校長が3人のスカーフを取るよ
う命じ、拒否した3人を退学処分)
コンセーユ・デタ 11.27 生徒の宗教的自由から着用可。ただし「これみよ
がし」のもの、プロパガンダは不可。当時の文部省仲裁・通達 学校の判断
に委ねる
*2001.9.11 排外主義 反イスラム感情(イスラム・フォビア)
*2002.4.21 大統領選挙で、ルペンがジョスパンを超えて第2位に。
*2003.5 共和派知識人4人の禁止を訴える声明(禁止法案の方向に右・左派同調)
5
*2003.7.3 ベルナール・スタジを委員長とする「共和国におけるライシテ原則適
用に関する検討委員会」発足
*2004.1 の世論調査 75%が法制化賛成
*2003.12.11 報告書
12.9 投票 20 人中 19 人が賛成 禁止論+26 の提案、
アラン・トゥレーヌ「女性の解放論」背景にムスリム女性への暴力問題
*2003.12.17 シラク大統領の演説、女性解放の視点重視
*2004.2 国民議会 494 対 36 元老院 276 対 20 で可決
*2004.3.15 スカーフ禁止法 ライシテ原則の遵守を強制(シラク大統領)
La loi interdisant le port <ostensible> de signes religieux a l’ecole publique
「これみよがしなシンボル」が禁止の対象 (憲法院への提訴なし)
B)トルコ
*国民の 99%がスンニ派イスラム教。建国の父ケマル・アタチュルクが国家と宗教
を分離する国家体制を確立(1928 年憲法で国教条項を撤廃、37 年に世俗主義、
世俗国家と規定、ライクリック laiklik、新民法では一夫一婦制採用。
)
*1993 女性首相 タンス・チルレル政権、2005 憲法裁判所初の女性長官。
*2005 から EU加盟交渉 議論激化。
*2008.2.9 国会は、従来の禁止措置を改め大学内での着用を認める憲法改定案の
採決。→憲法裁判所に提訴。
*2008.6.5 トルコ憲法裁判所は、政教分離原則に反するため無効であるとし、着用
禁止措置を復活させた(トルコ憲法第 2 条、第 4 条、第 148 条参照)。
(11 人の裁
判官の内、9 人が前掲の国内法は違反と見なす)
。
C)ドイツ
*イスラム教徒が 320 万人(人口の 3.8%)トルコ(またはクルド)の出身。
*1949 年のドイツ基本法は、「国教会は存在しない」と述べるにとどめ「各宗教の
平等な取り扱い」を保障。キリストの十字架像を教室に置くことが認められ、宗
教の授業を選択科目としてカリキュラムに含めることが義務付けられている。
*2003.9.23 連邦憲法裁判所判決:バーデン・ヴュルテンベルク州当局が彼女に教
室でのスカーフ着用を禁じたのは誤りと判決(スカーフ着用女性の教員任用拒否
を違憲)→2006.6 までに多くの州で法規制
D) オランダ
*イスラム教徒 30 万人、人口の 1.9%。
身体を覆い尽くすヴェールについて規制論議あり。宗教に基づくあらゆる差別が法律
で禁止され、スカーフは公立学校でも許容。
E) イギリス
*イスラム教徒 200 万人、インド・パキスタン系が中心、人口の 3.4%
*各公立学校の校長が自由に校則を決定。殆どがスカーフ、キッパ、シーク教徒の
ターバンなどの着用を許可。病院でも特別に願い出ればイスラム教の服装許可。
cf.
日本 2008.5 日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)調印(インドネシア
から看護師・介護士を2年間で計 1000 人受入れ、8 月から開始)近い将来の問題
6
三
スカーフ禁止の論理――3つの対抗図式
問題の背景には、政教分離・ライシテ(国家の宗教的中立性)のほかに、移民の統合問
題、女性の解放・女性の権利保護という論点が複雑に錯綜。フランスの議論を例にとって、
3 つの観点からこの問題を検討する。
(1) ライシテ・共和主義 V. 個人の自由・リベラリズム
*フランスの共和主義の根幹にかかわるライシテ原理 :個人(イスラム教徒)の宗教的自
由を制約してでも守るべき価値。
*2003 年 12 月 17 日シラク大統領演説。
「ライシテは、我々の伝統に刻まれており、我々
の共和主義のアイデンティティ(identité république)の中心にある。
・・・ライシテ
は、思想良心の自由を守るものである。思想をもち、もたない自由を擁護する。
・・・
さまざまな宗教の協調的な共存を可能にするのは、公共の場での中立性である。」「学
校におけるライシテを再確認しなければならない。・・学校は、諸価値の獲得における
平等を守るために保護しなければならない共和主義の聖域である。」
*この演説後の世論調査では 69%が禁止法に賛成。その背景には、移民の増加と文化的
侵食に対して、共和国の基本原理を守るという大義名分が存在。とくに公教育の場で
は、宗教的中立性が要請され、個人の信教の自由を守るためにも政教分離を重視する
必要がある。このことは、カトリックとの長い抗争の上にようやくライシテを確立し
たフランスの共和主義の最後の譲れない一線ともいえるものである。
(2)普遍主義・機会の平等 V. 差異主義・マイノリティーの権利、共同体主義
*フランスの共和主義は、同時に普遍主義。「一にして不可分の共和国」は、多元主義や
差異主義ではなく、統合を求めるもの。
*シラク大統領演説「共同体主義は、フランスの選択肢ではない。それは、我々の歴史
や伝統、文化に反している」とする。そのうえで、機会の平等を強調し、フランス語
を母国語とする移民の子たちに対する就業や統合のための施策をとおして、国民の統
合にヴァイタリティーを与えるべきことを主張。移民たちに対する統合(integration,
cohesion)や寛容、多様性を重視する観点はあっても、彼らの「差異への権利」を積極
的に認めようとする傾向はない。
(3)女性差別撤廃・平等 V. 女性の信教の自由、女性に対する差別・暴力等
*スカーフ禁止論の論拠の一つに女性差別撤廃という普遍主義的原理がある。
スタジ委員会報告書「若い女性たちは、さまざまな圧力や言葉よるものや心理的ないし
物理的な暴力によって現れるセクシズムの復活の犠牲者である」「この状況では、一部の
少女や女性が自発的にヴェールを被っているとしても、他の者は強制や圧力のもとで被
っている。・・・イスラムの若い女性たちはまた、性的 multilation , 一夫多妻制、妻の
離縁 repudiation の犠牲者でもある。
・・トルコ、マグレブ、アフリカのある共同体では、
婚姻が強制されている。…女性の基本的権利は、今日、わが国でも日常的に無視されて
いる。このような状態は受け入れられない」。
12 月 17 日のシラク大統領演説
「結局、我々の共和国の諸価値を守るための闘いは、女性の権利と男性との真の
平等を確保するために断固として行動することを決心させた。この闘いは、明日のフラ
ンスの姿を示すものである。・・・私は厳粛に宣言する。
・・女性の権利について、我々
7
の社会は、大いに進歩している。パリテという新たな開拓、それは女性と男性との職業
上の平等である。各人は、このことを意識し、この方向で行動しなければならない」
→このように、スカーフ禁止法成立の背景には、女性解放に関する論争が存在したがフ
ェミニズムの路線にかかわる対立がある。ジェンダー研究の視点からの検討が必要。
四
ジェンダー研究の視点からみたスカーフ論争の争点
(1) リベラル・フェミニズムの立場からのスカーフ禁止論
1989 年エリザベト・バダンテールらのアピール:「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥ
ール」(2−8 nov.1989)に掲載。スカーフはマイナスシンボルであることから、
スカーフ禁止こそが女性解放のプラスシンボルであることを強調。
ここでは、「男女平等にコミットした西欧文明」対「性差別的なイスラム文明」と
いう単純な対立構図が示された。
(2)フランソワーズ・ガスパール
Francoise Gaspart, <Femmes, foulards et Republique>, Charlotte Nordmann
(dir.), Le foulard islamique en question,2004.
スカーフ強制も禁止も、ともに女性に対する規範の強制、一種の暴力の行使である
とする。公立学校でのスカーフ着用をライシテというプリズムだけを通してみる場
合には、多様な方向を見落とし、我々の社会でジェンダー関係が置かれている状況
を見ないことになる、と指摘。ここで重要なことは、民主国家において、いかに、
着用しないことを望む少女や女性を助けることができるか、である。
スカーフ着用の分類
① 移民第一世代の女性にとってのそれであり、伝統にしたがった普通のもの
② 両親によって着用を強制されている移民の子としての少女たちのもの。
③ 自らの意思で、自己のアイデンティティを示すために、時には家族に背いてで
も着用を求める年長の少女たち(post-adolescents)、高校生や大学生のも
の。・・・スカーフは時として(男性の暴力等から)解放されるために街角か
ら逃れる手段になり、あるいは逆説的ではなるが、家父長制の秩序を覆す手段、
イスラム内部の女性の従属という不平等に対抗する手段になっている。
「男女平等実現の真の障害は、普遍主義の名のもとで、反フェミニズムや狡猾
な男性中心主義の雰囲気にフランス社会にある。男女平等は所与のものでなく
構築するものである。この原理は、国家の世俗主義(ライシテ)を伴ったもの
である。そしてそれは教育と信念によってしか実施され得ないのであり、これ
に反して、スカーフ禁止のような強制的手段では、ライシテの保護も、男女平
等の保護もいずれも保障できない」
。
コスロカヴァール
F.Khosrokhavar,<L'islam des juenes filles en France>, Charlotte Nordmann
(dir.)op.cit.,pp.89-93.:ムスリムの若い女性たちは、家族やコミュ二ティの
なかで伝統的モデルや貞淑性の要請に従うことが求められる一方で、フランス
社会では個人としての自律や性的生活の自由を求められ、この二律背反の中で
葛藤している」。このなかで少女たちは、親兄弟に対して精神的優位を保つため
の「道具」としてスカーフを着用するようになる。
(3)クリスチーヌ・デルフィー
Christine Delfy,<Une affaire francaise>, Charlotte Nordmann ( dir. )
op.cit.,pp64-65.
8
ムスリムのフランス人固有のアイデンティティの証として、公立学校でのスカーフ
着用の要求が出てくる。すなわち、スカーフ着用は女性の劣勢の証であるが、それ
だけではない。フランスでしばしば両親に反抗してまで着用されているスカーフは、
一種の挑発(provocation)であり、フランス社会のイスラムスカーフの挑発は、フ
ランス的な事件である。
「普遍性から排除された」イスラムの移民たちは、かつて強
制された特徴を「権利として要求するようになる」。それは強制でなく、選びとられ
たもの、積極的で、不名誉でないものであり、この世代の一部はイスラムのアイデ
ンティティを見出すために「権利として」選んだのである。
彼女らは差別と闘うことしかできないのであり、過去の差別の犠牲者である女性や
移民の子孫のために実施されるポジティヴ・アクションの方向が目指されるべき。
拙速に法律を通すかわりに、彼女らの真の動機を理解するために反省に身をゆだね
るべきだった。禁止法の賛成者は国際的に類似の状況としてフランスを位置づける
が、フランス社会の人種差別主義のなかに存在する差別的なメカ二ズムを明らかに
し、これを改めるべき。
(3) まとめ
従来のようにライシテのプリズムだけを通した見方も、また、差別からの女性の解放
という点からのみ見るようなリベラル・フェミニズムの視点も、適切とは言えない。
とくに、女性解放の脈絡でのみスカーフ着用禁止の意義をとらえる論理は、ムスリム
の女性のスカーフ問題に含まれる多義的な意味を見誤るだけでなく、平等の観念とも
密接に関連するはずの個人の自律やライシテの原理そのものとも矛盾することにな
る。
イスラムのスカーフ問題に対する従来の研究が、ライシテからの検討に集中していた
こと、スカーフ禁止の法制化に一役買ったリベラル・フェミニズムの議論をさらに超
えた論点があることを、最近のジェンダー研究と多文化主義研究が示している。
(主な参考文献)
N.LEVIT & R.R.M.Verchick、Feminist Legal Theory,2006 (a primer)
Bonnie G.Smith(ed.), Global Feminisms since 1945, 2000
Myra Marx and Aili Mari Tripp(ed.), Global Feminism,2006
Discours prononcé par M.Jacques CHIRAC,Dec.17,2003, http://www.elysee.fr
Charlotte Nordmann(dir.), Le foulard islamique en question,2004.
伊東俊彦「フランスの公立学校における『スカーフ事件』について」
『応用倫理・哲学
論集』第3号
ドミニク・ヴィダル、ル・モンド・ディプロマティーク編集部(安部幸訳)「イスラム
のスカーフに対するヨーロッパ諸国の姿勢」2004−2
内藤正典・阪口正二郎編『神の法 vs.人の法 スカーフ論争からみる西欧とイスラーム
の断層』日本評論社 2007
小泉洋一『政教分離の法』法律文化社 2005
ジャック・ヤング(青木秀男ほか訳)『排除型社会――後期近代における犯罪・雇用・
差異』洛北出版 2007
辻村みよ子『ジェンダーと人権』日本評論社 2008
以上
9
Ⅳ出版企画
辻村みよ子著「憲法とジェンダー―男女共同参画と多文化共生の視点から」
目次
はしがき
序章 ジェンダー法学の意義と憲法学の課題
1
近代法の本質とフェミニズム・ジェンダー論の展開
2
ジェンダーと多文化共生をめぐる視点
3
4
第1章
1
2
3
4
5
6
第2章
1
2
3
4
5
6
第3章
1
2
3
4
第4章
1
2
3
第5章
1
2
3
4
5
6
第6章
1
日本におけるジェンダー法学の展開
ジェンダー法学の課題と展望
憲法学とジェンダー
憲法学におけるジェンダーの視点
人権論とジェンダー
主権論・シティズンシップ論とジェンダー
公私二元論の再編と家族の位置
平和とジェンダー
小括――「ジェンダー憲法学」の可能性
ジェンダーと人権
問題の所在
国際人権法における「女性の人権」論の展開
「女性の人権」論とフェミニズム
「ジェンダー人権論」の展望
性差に基礎をおく権利の再構築――リプロダクティヴ・ライツをめぐって
人権規制と性差――権利保障の 2 つの系譜
多文化共生の視点から見た女性の人権問題――イスラムのスカーフ事件を契機に
問題の所在――イスラムのスカーフ問題の諸相
スカーフ禁止の論理――3つの対抗図式
ジェンダーの視点からみたスカーフ論争の争点
小括――ジェンダーと多文化共生研究の交錯への視座
現代のジェンダー平等政策――世界と日本、国と地方の男女共同参画政策
世界各国の男女平等政策の進展
日本の男女共同参画社会基本法と諸政策
男女共同参画の観念と課題
憲法の平等原理とジェンダー
日本国憲法の人権規定とジェンダー
憲法 14 条解釈と「平等」の意味
平等原則の展開―形式的平等から実質的平等へ
間接差別をめぐる問題
憲法の平等原理と公序良俗
性差別をめぐる現行法制上の問題点
ポジティヴ・アクションの手法と課題
問題の所在
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日本における「積極的改善措置」の観念と内容
諸国のポジティヴ・アクションと政治参画
フランスにおける政治参画とポジティヴ・アクション
――法律によるクォータ制導入の合憲性
5 イギリスにおける政治参画とポジティヴ・アクション
――政党規約・政策上のポジティヴ・アクションの試み
6 小括――ポジティヴ・アクションに関する理論的課題への展望
第7章 政治参画とジェンダー
1 問題の所在
2 選挙制度とポジティヴ・アクション―クォータ制とパリテ
3 憲法上のクォータ制と「半代表制」――ルワンダ憲法の例から
4 日本の選挙制度とクォータ制導入の課題
第 8 章 家族・国家とジェンダー――比較憲法的考察
1 家族についての比較憲法理論的・ジェンダー法学的研究の必要性
2 条約・憲法における家族規定
3 フランス憲法下の家族モデル
4 日本国憲法下の家族モデル
5 家族論の理論的再構築とジェンダー
第9章 平和・人権・ジェンダー――グローバル化時代のシティズンシップ論をめぐっ
て
1 平和・人権・ジェンダーの相関図
2 フェミニズムの「難問」
3 「人権アプローチ」の有効性
4 「人権としての平和」とジェンダー
補章 「ジェンダー憲法学」教育と学術分野の男女共同参画推進のために
1 問題の所在
2 ジェンダー研究教育の意義と課題
3 「ジェンダー法学」
「ジェンダー憲法学」研究教育の意義と課題
4 学術分野の男女共同参画推進のために
参考資料・文献一覧・索引
(本文約 26 万字、全 320 頁程度、ハードカバー)
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