国際シンポジウム 「多文化共生」の新たな展開に向けて ─移動する人々からみた日本社会の課題 飯笹佐代子 青山学院大学国際交流共同研究センターでは昨年12月7日、同大学内にて標記シンポジウム を開催した。 グローバルかつ長期的な人の移動が活発化するなか、日本社会においても「多文化共生」と いう考え方が徐々に根付きつつある。しかし、これまでの日本の多文化共生施策においては、 越境移動によって入国してくる人々を、ホスト社会の側の目線と都合から問題化し、その管理 に腐心してきたといえる。そこでは、移動する側の主体性や、移動を促すグローバルな諸要因 は捨象され、越境移動そのものを異常な事態とみなす、国民国家の排他性が暗黙の前提となっ てきた。それに対して、越境移動そのものが日常化、多様化する現代においては、移動のダイ ナミズムをトランスナショナルな視座から捉え直し、国内政策の枠組みを越えた議論を活発化 させることが多文化共生の構築にとって不可欠ではないだろうか。 こうした問題意識のもと、本シンポジウムでは、国境を超えて移動ないしは移住する多様な 人々に焦点を当て、移動する側の経験や視点から日本社会の現状と課題を明らかにすることを 試みた。まず、基調講演者として、自らの移動の経験から傑出した文学作品を生み出している カリフォルニア大学サンタクルス校のカレン・テイ・ヤマシタ教授より、“Reimagining Traveling Bodies ‒ Bridging the Future/Past” (「移動する主体の再考─未来と過去をつなぐ」)と 題する講演が行われた。ヤマシタ教授は、アメリカ、オークランド生まれの日系三世で、日本 やサンパウロ等での滞在経験から着想を得た作品を多く発表している。主な作品に『熱帯雨林 、『ぶらじる丸』 (1992)、 『オレンジ回帰線』 (1997)、 『サー の彼方へ』 (1990、邦訳は白水社刊) クルKがめぐる』 (2001) 、 『I Hotel』 (2010)などがあり、 『I Hotel』は、全米図書賞の最終選 考作品となったほか、カリフォルニア図書賞、アメリカ図書賞、アジア・太平洋アメリカライ ブラリアン協会賞、アジア系アメリカ研究学会図書賞を受賞した。 シンポジウムでは基調講演に続いてセッション1「さまざまな移動の経験が照射する日本社 会」が開かれ、在日コリアン、中国帰国者、結婚移住女性(いわゆる農村花嫁)の移動経験か ら、日本社会の課題と展望について論じられた。さらにセッション2「越境移動をどう捉える か──ディアスポラ、シティズンシップ、アイデンティティ」では、移動現象を読み解くため 飯笹佐代子、青山学院大学国際交流共同研究センター客員研究員 127 の重要なキー概念に着目しながら多様な角度から理論的な考察が行われた。 本誌には、シンポジウムでの報告の中から、カレン・テイ・ヤマシタ教授の基調講演に加え て、二つの論考、ノースキャロライナ州立大学の戴エイカ教授による「越境移動をどう捉える か──ディアスポラからの視点」と、早稲田大学のファーラー・グラシア准教授による “Acculturation, Belonging, and Citizenship among Newcomer Immigrants in Japan”を掲載 している。 紙幅の都合により、すべての報告を本誌に収録することはできなかったが、3名の各論考か ら、越境移動の現状を理解する上で、また日本社会の今後のあり方を考える上で、有益な示唆 をくみとっていただければ幸いである。 128
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