46 6 統合失調症 A 統合失調症 schizophrenia 6 統 合 失 調 症 診断基準蘆 DSM-IV-TR A 特徴的症状:以下のうち 2 つ(またはそれ以上),それぞ れが 1 か月の期間(治療が成功した場合はより短い)ほと んどいつも存在する: (1) 妄想 (2) 幻覚 (3) 解体した会話(例:頻繁な脱線または滅裂) (4) ひどく解体したまたは緊張病性の行動 (5) 陰性症状,すなわち感情の平板化,思考の貧困,また は意欲の欠如 注:妄想が奇異なものであったり,幻聴がその者の行動や 思考を批判するか,または 2 人以上の声が互いに会話 しているものであるときには,基準 A の症状を 1 つ満 たすだけでよい。 B 社会的または職業的機能の低下:障害の始まり以降の期間 の大部分で,仕事,対人関係,自己管理などの面で 1 つ以 上の機能が病前の水準より著しく低下している(または, 小児期や青年期の発症の場合,期待される対人的,学業的, 職業的水準にまで達しない)。 C 期間:障害の持続的な徴候が少なくとも 6 か月間存在す る。この 6 か月の期間には,基準 A を満たす各症状(すな わち,活動期の症状)は少なくとも 1 か月(または,治療 が成功した場合はより短い)存在しなければならないが, 前駆期または残遺期の症状の存在する期間を含んでもよ い。これらの前駆期または残遺期の期間では,障害の徴候 は陰性症状のみか,もしくは基準 A に挙げられた症状の 2 つまたはそれ以上が弱められた形(例:風変わりな信念, 異常な知覚体験)で表されることがある。 D 統合失調感情障害と気分障害の除外:統合失調感情障害と 47 「気分障害,精神病性の特徴を伴うもの」が以下の理由で 除外されていること。 (1) 活動期の症状と同時に,大うつ病,躁病,または混合 性のエピソードが発症していない。 (2) 活動期の症状中に気分のエピソードが発症していた場 6 合,その持続期間の合計は,活動期および残遺期の持 統 合 失 調 症 続期間の合計に比べて短い。 E 物質や一般身体疾患の除外:障害は,物質(例:乱用薬物, 投薬)または一般身体疾患の直接的生理的作用によるもの ではない。 F 広汎性発達障害との関係:自閉性障害や他の広汎性発達障 害の既往歴があれば統合失調症の追加診断は,顕著な幻覚 や妄想が少なくとも 1 か月(または,治療が成功した場合 は,より短い)存在する場合にのみ与えられる。 病 態 統合失調症は,通常思春期ないし青年期早期に始まり,幻覚, 妄想といった陽性症状や感情鈍麻,自閉傾向などの陰性症状を呈 する。発症率は 0.8 %と高率であり,また両親のどちらかが統合 失調症の場合は 5 %,周産期合併症を有した場合は 2 %であると いわれている。 急性期には,解体した会話,注察・被害妄想,幻聴などの思考 や知覚の異常,興奮,焦燥などの情動の異常,そしてさせられ体 験などの自我異常が主に認められる。慢性期の症状としては,自 閉,感情鈍麻,意欲低下などの陰性症状が主となる。 優勢となる症状により,妄想型,解体型,緊張型,残遺型と鑑 別不能型に分けられる。 鑑別診断 急性期の症状は心因による反応などによっても生じるため,病 期が短い時点では,短期精神病性障害,統合失調症様障害の診断 をつけ,統合失調症の診断は保留しておく。 気分の病像がより優勢であれば,気分障害や統合失調感情障害 48 の診断も考慮する。また,一般身体疾患の直接的な生理学的結果 の症状である場合や,物質が病因的に症状と関連性がある場合は, 一般身体疾患による精神病性障害,せん妄,認知症,物質誘発性 精神病性障害などの診断を考慮する。統合失調症の前駆症状や慢 6 性期の症状は,自閉傾向や他者との感情的疎通性の低下といった, 統 合 失 調 症 アスペルガー障害などの発達障害の症状と類似していることがあ り,診断に際しては発達障害の有無に留意する必要がある。 治 療 急性期の治療 急性期の治療は,興奮,幻聴,妄想などの陽性症状を軽減し, 生活機能の障害を改善することが目的となる。原則は通院治療を 基本とするが,病識を欠くために治療への協力が得られない場合 や自傷他害のおそれがある場合など,入院治療以外においては安 全で効果的な治療ができない場合には入院治療を適用する。任意 入院,医療保護入院,措置入院などの入院形式をとる。 抗精神病薬による治療は不可欠である。速やかな薬物治療の開 始が,病勢の進行を抑え,回復を早める。かつてはセレネース, コントミンなどの定型抗精神病薬が主に用いられたが,現在では 第二世代または非定型抗精神病薬といわれるジプレキサ,リスパ ダール,セロクエルなどが第一選択となる。それらは定型抗精神 病薬に比べ錐体外路症状,高プロラクチン血症などの副作用が出 現しにくい。特に錐体外路症状に関しては,遅発性ジスキネジア が出現すると難治性のことが多いため,その予防には細心の注意 を払う。 蘆下記の用量から開始する。 処方例 ジプレキサ(10mg)1 ∼ 2 錠 分 1 リスパダール(1mg)1 ∼ 4 錠 分 1 ∼ 3 セロクエル(100mg)2 ∼ 6 錠 分 2 ∼ 3 蘆急性期に服薬コンプライアンスが不良である場合には,下記薬 剤を用いると,コンプライアンスが向上することがある。また, これらの薬剤は体内への吸収が速やかであり,効果発現が早い ため,症状が激しい際に用いると効果的でもある。 49 処方例 ジプレキサザイディス(5mg)2 ∼ 4 錠 分 1 リスパダール内用液 1 ∼ 2ml 蘆糖尿病を有する患者に対してジプレキサは投与禁忌であり,リ スパダールを用いる。また,ジプレキサ,セロクエルは,投与 6 中に高血糖を生ずることがあり,定期的な血糖測定や体重測定 統 合 失 調 症 が必要である。 蘆高プロラクチン血症やインポテンツなど患者を悩ませる副作用 には下記処方への切り替えも考慮するとよい。 処方例 エビリファイ(6mg)3 ∼ 5 錠 分 1 ∼ 2 蘆興奮が著しい場合など,安静を保てず,安全で適切な治療が不 可能である場合は,ロドピンなどの鎮静作用の強い薬剤を一時 的に追加する。 処方例 ロドピン(50mg)3 ∼ 4 錠 分 3 ∼ 4 蘆非定型抗精神病薬を用いても治療の経過によっては,抗精神病 薬の副作用としての錐体外路症状をしばしば認める。その際に は精神症状と抗精神病薬の必要量を考えて,可能ならばその用 量を減量し,不可能ならばアキネトン,シンメトレルなどの抗 パーキンソン病薬を追加する。 処方例 アキネトン(1mg)1 ∼ 4 錠 分 1 ∼分 4 シンメトレル(50mg)2 ∼ 4 錠 分 2 ∼分 4 安定期の治療 安定期に留意すべきことの第一は,服薬中断による症状再燃, 社会生活上のストレスによる再燃を防止することである。薬物は, 急性期と同一のものを同用量,数か月は使用することが必要であ る。生涯にわたり服薬を必要とする患者も少なくないが,患者に は服薬期間については,初回エピソードであれば 2 年間,複数回 以上の急性エピソードをもつ患者ならば最低 5 年間は服用が必要 であると指導する。その間,徐々に減量していくが,後者には少 なくとも急性期用量の 1/3 ∼ 1/5 の継続投与が望ましい。 120 代型(ラピッドサイクラー)の治療に有効であることがある。 蘆副作用は多く,めまい,眠気,皮疹などのほか,良性の白血球 減少症から重篤な顆粒球減少症や再生不良性貧血,皮膚粘膜眼 症候群 Stevens-Johnson syndrome などを生じることがある。 16 向 精 神 薬 の 使 用 法 バルプロ酸ナトリウムの使用法 蘆急性の躁病,不機嫌な躁病に有効である。 蘆副作用は比較的少ないが,悪心・嘔吐,下痢などの消化器症状 をはじめ,血小板減少症,肝機能障害,過鎮静などが認められ ることがある。高アンモニア血症を生じることがあり,錯乱, 傾眠を生じるが減量で改善する。 D 抗不安薬 anxiolytics 抗不安薬はマイナートランキライザー minor tranquilizer とも 呼ばれ,抗精神病薬(メジャートランキライザー)とともに精神 科薬物治療において不可欠な薬剤である。 種 類 用量・用法 (mg,成人 特徴 1 日) 短時間作用型(半減期 10 時間以内) うつ病や緊張型頭痛,睡眠障害に デパス 細1% 1.5 ∼ 3 も使用される。睡眠障害には就寝 錠 0.5,1mg 分3 前に 1 ∼ 3mg を 1 回投与する。 顆 10 % 15 ∼ 30 筋弛緩作用が比較的弱く,高 リーゼ 錠 5,10mg 分3 齢者などに使用しやすい。 150 更年期障害に保険適用があり,婦 グランダキシン 細 10 % 錠 50mg 分3 人科領域で好まれて使用される。 中時間作用型(半減期 10 ∼ 20 時間) ソラナックス 錠 0.4,0.8mg 1.2 ∼ 2.4 筋弛緩作用が強くないわりに, 分3∼4 抗不安・抗うつ作用が強い。 パニック発作に使用しやすい。 1∼3 代謝が単純で身体合併症など ワイパックス 錠 0.5,1mg 分 2 ∼ 3 に使用しやすい。 細1% 3 ∼ 15 強力な抗不安・鎮静作用があり, レキソタン 錠 1,2,5mg 分 2 ∼ 3 恐怖や強迫に対しても有効。 商品名 剤型 (次頁へ続く) 121 用量・用法 (mg,成人 1 日) 長時間作用型(半減期 20 時間以上) 散1% セルシン 4 ∼ 15 錠 2,5,10mg 分2∼4 シロップ 0.1 % 注 5mg/1ml/1A 10mg/2ml/1A 散1% 3 ∼ 12 セパゾン 錠 1,2mg 分3 30 ∼ 60 セレナール 錠 5,10mg 分3 リボトリール 細 0.1 %,0.5 % 2 ∼ 6 錠 0.5,1,2mg 分 1 ∼ 3 商品名 剤型 特徴 代表的な抗不安薬。注射剤が あり,身体合併症や救急の場 面など幅広く使用される。 1 日中不安が強いタイプに有 効。 代謝が単純で,眠気などの副 作用が少ない。 抗痙攣作用が強い。てんかん, restless legs syndrome やアカ シジアなどにも使用される。 超長時間作用型(半減期 90 時間以上) 細1% 2 1 日 1 回投与が可能。効果発現 メイラックス 錠 1,2mg 分 1 ∼ 2 は速い。副作用が少ない。 その他(セディールは作用機序の性質上,半減期と効果発現が一致しない) セディール 錠 5,10mg 30 ∼ 60 5-HT 1A 作動薬。依存性はほぼ ない。半減期は短いが効果発 分3 現は遅く,2 週間ほど要する。 アタラックス P 散 10 % 75 ∼ 150 皮膚E痒などの皮膚科領域に カプセル 25,50mg 分 3 ∼ 4 も適応がある。注射剤がある。 シロップ 0.5 % ドライシロップ2.5 % 注 2.5 %/1ml/1A 注 5 %/1ml/1A 使用法 投与量は症状に合せて調整する。高齢者や身体合併症患者には 半量程度から開始する。一般に投与開始より数日程度で臨床効果 が発現するため,開始から 1 ∼ 2 週間で初期効果を判定する(セ ディールはやや遅く 2 週間)。 初期効果の判定と方針 蘆十分に改善している場合:同処方を継続する。 蘆部分的に改善しているが,効果が今ひとつ不十分な場合:同薬 剤を漸増し,十分量使用する。 蘆無効,有害事象の出現,増悪を認めた場合:中止,変更,治療 16 向 精 神 薬 の 使 用 法 122 方針の再考を考慮する。 ※投与よりおよそ 1 ∼ 2 か月後に効果が最高となり,同処方を漫 然と継続してもそれ以上の効果発現は期待できない。 ※常用量でも依存形成の危険性はあり,症状が十分に安定してお 16 り,標的症状を来していた要因が減少あるいは消退していれば 向 精 神 薬 の 使 用 法 薬剤の漸減,中止を試みることが望ましい。長期間をかけて少 量ずつ減量し,反跳現象・退薬症状(不眠,興奮,抑うつ,精 神症状の悪化,食欲低下,嘔気,痙攣発作など)と標的症状の 再燃とを間違わないように十分注意する。1 ∼ 2 週ごとに 1 日 量の 1/4 ∼ 1/2 ずつ減量していく方法がよい。 選択の手引き 抗うつ作用を有する 蘆うつ病などに使用。 ➔セルシン,ワイパックス,デパス,セパゾン,ソラナックス, メイラックス,セディール 筋弛緩作用が弱い 蘆高齢者などに使用しやすい。 ➔リーゼ,ソラナックス,メイラックス,セディール 鎮静催眠作用が強い 蘆不穏興奮や救急の場面で使用しやすい。 ➔セルシン,ワイパックス,レキソタン,デパス,ソラナックス 作用時間が短く,作用が強い 蘆頓服などとして使用しやすい。 ➔ソラナックス,レキソタン,デパス,ワイパックス 代謝が単純 蘆身体合併症患者や高齢者に使用しやすい。 ➔ワイパックス,セレナール 副作用 眠気,ふらつき 鎮静催眠作用,筋弛緩作用の強い薬剤で認められる。特に高齢 者では注意が必要である。高齢者では低用量から開始し,状態を 観察しながら調整する必要がある。眠気,ふらつきがある状態で 123 の運転や危険を伴う作業などはしないように十分指導する必要が ある。 依存形成 高用量ではもちろん,常用量でも長期間使用するうちに依存形 成が認められる。依存性患者では内服を減量,中断により反跳現 16 象・退薬症状が出現することがある。投薬を中止する場合は,緩 向 精 神 薬 の 使 用 法 やかに減量する必要がある。長時間型の方が短時間型より反跳現 象・退薬症状は出現しにくく,長時間型に置換した後に中止する のがよい。 奇異反応(逆説的興奮) 抗不安薬の投与によりかえって不安,焦燥,精神運動興奮,敵 意や攻撃性,抑うつ感を誘発する場合がある。これは,ベンゾジ アゼピン系薬剤が中枢神経系に作用することで生じる脱抑制によ るとされる。頻度は 1 %以下で多くはない。 健 忘 一過性の前向健忘が,用量依存的に,特に半減期が短い薬物に 多く認められることがある。 その他の注意事項 過量服薬 ベンゾジアゼピン系薬剤そのもので致死量に至ることはまずな いが,誤嚥による窒息や,転倒転落など二次的な理由により死に 至る危険性がある。救急医療の現場で過量服薬の頻度が増加して おり,処方する際には過量服薬の危険性について十分に注意する べきである。過量服薬歴のある患者や衝動的で自傷傾向の強い患 者には過量服薬を決してしないように厳密に治療契約を設定した うえでの処方が望ましい。 アルコール アルコールはベンゾジアゼピン系の作用を増強するため,処方 するときは飲酒を控えるように指導する。 妊娠,催奇形性,授乳 催奇形性の有無については一致した見解はでておらず,妊娠初 期での使用はできるだけ避けた方がよい。また,授乳する場合, 母乳から乳児に薬剤が移行するため,服用中は授乳させないこと
© Copyright 2024 Paperzz