反射型カラーLCD 用指向性反射膜の開発

シャープ技報
第74号・1999年8月
反射型カラー LCD 用指向性反射膜の開発
Holographic directive reflectors for reflective color LCDs
東 垣 良 之 *
Yoshiyuki Higashigaki
徳 丸 照 高 *
TerutakaTokumaru
岩 内 謙 一 *
Ken-ichi Iwauchi
要 旨
反射型カラー LCD の表示輝度を向上させる指向性
反射膜を開発した。白色反射ゲインは 3.5 であり,色
再現範囲は透過型液晶用吸収型カラーフィルタより広
かった。また,指向性角以内でカラーシフトは殆ど小
さいことが解った。
RGB directive color reflectors were implemented for
bright reflective color LCDs. The reflection gain at a white
display state was suggested to be 3.5 times as large as the
white standard. The color gamut was found to be as wide as
the NTSC standard. There observed little color shifts
within the directive angle.
まえがき
ユーザの環境意識の高まり,及び,ディジタルネッ
トワーク社会への移行に伴って,CRT と比較して低
消費電力,薄型,チラツキのない画質を特長に透過型
カラー LCD の普及が進展している。更に,モバイル
端末を利用したライフスタイルの定着を目指して,透
過型液晶のバックライトを取り除いた低消費電力,薄
型,軽量を特長とする反射型カラー LCD の研究開発
が活発化している。反射型カラー LCD は一枚偏光板
表示モードを利用した HR-TFT 1) の開発により実用
化されている。明るさ(B)30%,コントラスト(CR)
20という表示性能が得られているが,新聞紙(B50%,
CR5)並み以上のカラー印刷の性能を表示するには,
特に,反射輝度の向上が望まれている。
1 . 従来技術との比較
目標とするデバイス構造(指向性反射カラー構造)
とHR-TFT構造との比較を図1に示す。基本的に一枚
偏光板表示モードを利用するものであるが,目標デバ
* 技術本部 エコロジー技術開発センター
(HR-TFT)
(目標デバイス)
図1 目標デバイスと HR-TFT Tとの構造比較
Fig. 1 Structural comparison - HR-TFT and target device.
イスではカラーフィルタ機能と凹凸反射電極の反射機
能を兼ね備えた指向性カラー反射膜が利用される。
凹凸反射構造は入射光の正反射方向を中心に表面凹
凸構造に起因する拡散光成分を重畳する方式を利用して
いる。この反射特性の基礎はベックマンの回折理論2)
によって与えられている。他方,正反射方向を反射膜
の法線方向に角度変換し,
指向性角以内を均一に拡散
させるアプローチが今回の手法である。ここでは,誘
電体多層膜理論3) 及びコゲルニークの結合波理論4)
がその基礎となる。
反射板の上には液晶層及びガラス基板(屈折率約
1.5)が配置されるので,反射板からの反射角が 42 度
を超えると隣のピクセルへ再入射し,このクロストー
クが表示品位の低下に繋がる。これを避けるため,正
反射方向を膜法線方向とするオフアキシス反射機能が
重要となる。しかし,オフアキシス反射機能のみであ
れば,周囲光分布の映り込みが平面鏡の様に生じ,表
示品位を低下する。これを避けるため,指向性角が42
度以内となる拡散光成分を附与することを行ってい
る。
指向性反射膜は視野角を犠牲にして,
反射型表示輝
度の向上を達成するものである。次に,視野角と反射
ゲインについてまとめる。
白色標準板からの拡散光に
― 16 ―
反射型カラー LCD 用指向性反射膜の開発
指向性を附与できると,
エネルギー保存則を基に以下
の反射ゲインを算出できる。白色標準板からの光度 I
(=dφ/dΩ)は I0Cos[θ]と記述でき,I0 は法線方向での
反射光度,Ωは立体角,更に,θ は極角を表す。従っ
て,反射光が指向性角θd以内に均一に反射されると,
フラックス反射ゲインφg=1/(Sin[θd])2が得られる。
θd=30度とすると,ユーザは視野角上下左右約60度
の範囲で白色標準板より4倍高いフラックスを見るこ
とができる。他方,光度反射ゲインIgは1/(1-Cos[θd])
で与えられ,
同じ指向性角ではフラックスゲインより
小さい値(2+ √ 3)が得られる。
図3 指向性反射膜作製工程
2 . 指向性反射膜作製
Fig. 3
オフアキシス反射機能を実現するため,
二光束干渉
露光法を適用し,
指向性角以内に均一な拡散プロファ
イルを得るため,物体光と参照光の二光束の内,参照
光側にマイクロレンズアレイを挿入している。
二光束
干渉露光実験図を図2に示す。
マイクロレンズの曲面
は球面形状のものを使用している。これによって,湾
曲した干渉縞が薄膜記録媒体中に形成される。尚,指
向性膜材料としては DuPont 社製のホログラム記録媒
体を用いている。図3に作製工程をまとめる。B反
射,G反射,R反射膜の形成にはそれぞれアルゴン
レーザ(波長 488 nm),SHG-YAG レーザ(波長 532
nm)
,アルゴンレーザ(波長 514.5 nm)を用いた。干
渉露光後,紫外線照射(約 1J)と熱処理(120℃,2
時間)を行い,ホログラム構造の安定化を図った。尚,
R反射膜の形成では紫外線照射後に湾曲した干渉構造
の周期を膨潤させる工程を導入し,
その後紫外線照射
と熱処理を同様に施した。
膨潤工程は膨潤温度と時間
の精密制御が必要で,真空チャック式ホットプレート
を用いた。
図2 ニ光束干渉露光実験
Fig. 2
Fabrication process of directive films.
3 . 指向性反射特性
反射光の拡散特性を評価する場合,
スポット照明下
でスポット受光して測定すると膨大な時間を要する。
ここでは,スポット照明下で CCD を用いたエリア受
光方式5) を採用した。尚,入射光源にはキセノンラ
ンプを使用したが,以下の議論ではD 65 光源スペク
トルに変換して,特性評価を行った。
G 指向性反射膜の 30 度入射における反射プロファ
イルを標準白色板のプロファイルで割って得られる反
射ゲインプロファイルを図4に示す。極角 30 度,方
位角 180 度の入射に対して,指向性角 10 度以内に極
角0度の方向に+状の反射ゲインプロファイルが得ら
れている。指向性角の拡大と+状分布の改善は用いる
レンズ形状の最適化により可能と考えられ,現在検討
中である。
試作したRGB指向性反射膜の反射ゲインスペクト
ルは白色標準板を基準として図5に示す。
これらのス
ペクトルを基に3刺激値関数を用いて,
白表示におけ
る反射ゲイン Yw を算出すると,Yw = 350(白色標準
板の Yw = 100)が得られた。このことは白色板に比
べて指向性角内では 3.5 倍明るいことを意味してい
る。また,RGB 反射膜の各色度座標を透過型カラー
フィルタ,NTSC基準と比較した。図6に示すように,
透過型カラーフィルタより広い色再現性が確保されて
おり,反射型表示においてもNTSC並みの色再現性が
期待できることが解った。
ホログラム反射板は視野角が大きくなると反射色が
ブルーシフトすることが知られている。図7は 30 度
入射において,受光角をホログラム記録面内で移動(f
= 0-180)させたり,記録面に直交する方向に移動(f
= 90-270)させた時のカラーシフトを示す。直交方向
Double beam exposure experiment.
― 17 ―
シャープ技報
第74号・1999年8月
図4 反射ゲインプロファイル(左:全体図,右:拡大)
Fig. 4 Reflection gain profile (L : Raw data, R : Enlargement) .
図5 反射ゲインスペクトル
Fig. 5
Reflection gain spectra.
図7 受光角によるカラーシフト
Fig. 7
Color shift as a function of receiving angles.
図6 色再現範囲の比較
図8 入射角によるカラーシフト
Fig. 6
fig. 8 Color shift as a function of incident angles.
Comparison of color gamut.
― 18 ―
反射型カラー LCD 用指向性反射膜の開発
では殆どカラーシフトが無く,
記録面内では僅かなシ
フトが観察された。このことは指向性角以内では
RGB の各反射光量が大きく変化しないことを示して
おり,
指向性角以外ではカラーシフトする前に反射光
量が極端に低下することに相当している。
このことは
当初から意図した効果である。
次に,受光角を 0 度に固定し,入射角を 30 度から
45 度に変化させた時のカラーシフトを図8にまとめ
る。RとB反射膜は色座標が殆ど変化しないが,G反
射膜は黄色側に僅かにシフトしているが,
実質的に緑
の色座標の範囲に入っている。尚,白表示での反射ゲ
インは入射角の変化により 3.5 から 1.3 倍に明るさが
低下している。これは,現在の指向性角が小さいため
である。
れる見通しが得られた。今後,高コントラスト(CR
>15)表示を得るためには,指向性反射膜による反射
光の位相変化量を定量的に把握する必要がある。
透過型液晶と同様に,
高速動画表示には幾分不得意
な点があるが,反射型液晶が地球規模の省エネ・環境
課題の解決と同時に新たな情報社会化に貢献できるこ
とは確実である。
謝辞
本研究の一部は通産省プロジェクトの一環として
NEDO から委託されて実施された。
参考文献
1) 中村浩三他,シャープ技報, 69, pp33
(1997)
.
2) P. Beckmann and A. Spizichino, "The Scattering of Electromag-
むすび
netic Waves from Rough Surfaces", printed by A Bell & Howell
Com.(1996).
今回試作した指向性反射膜は反射ゲインとして3.5
が得られているので,一枚偏光板と組み合わせたデバ
イスでも明るさ 60%(反射ゲイン 0.60 に相当)を確
保できる。また,色再現性は NTSC 並みのものが得ら
3) M. Born and E. Wolf, "Principles of Optics", The fifth edition,
Pergamon Press,
(1975)
.
4) H. Kogelnik, The Bell System Tech. J., 48,(1969)
2909.
5) T. Tokumaru, et al., Proc. SPIE, 3637
(1999)196.
(1
99
9年5月2
1日受理)
― 19 ―