20 型液晶ディスプレイテレビ LC-20V1

シャープ技報
第74号・1999年8月
20 型液晶ディスプレイテレビ LC-20V1
TFT-LCD TV LC-20V1
柴 田 健 *1
Takeshi Shibata
井 上 裕 *1
Yutaka Inoue
田 村 一 郎 *1
Ichiro Tamura
要 旨
西 山 重 則 *2
Shigenori Nishiyama
神志那 典 彦 *2
Norihiko Kohjina
49.5mm を実現した。
液晶ディスプレイテレビ「ウィンドウ」は,1995 年
に 10.4 型,8.4 型の1号機を開発して以来,新しい液
晶テレビ市場を創造しつつあるが,今回,業界最大の
20 型(ブラウン管 21 型相当)液晶テレビを開発した。
本機は,高効率バックライトの開発,広色再現LCDモ
ジュールの開発,高音質薄型スピーカの開発により,
高画質化,高音質化,薄型化,及び低消費電力化を実
現した。
Since the development of its first 10.4" and 8.4"
“Window”model TFT-LCD televisions in 1995, Sharp has
continued to create LCD TVs which have expanded this
new electronics market. Sharp is now proud to announce
the development of a 20" LCD TV (equivalent to a 21"
CRT TV), the world's largest. With sophisticated advances
such as a more efficient backlighting system, an LCD
module with wide color reproduction, and thin, high
quality speakers, this LCD TV offers high quality pictures
and sound, a sleek, thin design, and low power
consumption.
1 . 高画質化
1・1 3次元YC分離回路
NTSC信号において,フレーム間でクロマ信号の位
相が反転していることを利用し,隣り合うフレーム間
の演算により,輝度(Y)信号とクロマ(C)信号を
分離する。静止画においては,フレーム間の画素の相
関の精度が非常に高いため,
フレーム間演算を行うこ
とで,
非常に精度の高いY/C分離を行うことができ
る。また,フレーム間で相関のないノイズ成分に関し
ては,巡回することにより,ノイズを低減することが
できる。
1・2 階調補正回路
液晶モジュールを駆動する場合,
液晶パネルの電圧
−透過率特性により,階調補正を行う必要がある。図
1は 20 型液晶パネルの透過率特性である。階調補正
の方法としては,アナログ方式,ディジタル方式,及
まえがき
液晶テレビの大型化が進むにつれ,
市場での薄型テ
レビに対する要求は高まってきた。
30型以下のテレビでは,薄型,低消費電力,明るさ,
コストにおいて,
液晶モジュールを表示デバイスにし
た液晶テレビは,最もすぐれている。
今回開発した 20 型液晶テレビは,新開発バックラ
イトシステム,高色純度カラーフィルタ採用19.7型液
晶モジュール,新開発小型スピーカ,3次元 YC 分離
回路を採用することにより,高輝度,高画質,広色再
現,高音質,低消費電力化を達成しつつ,セット厚さ
*1 AV システム事業本部 液晶システム事業部 第2技術部
*2 AV システム事業本部 液晶システム事業部 第3技術部
図1 液晶パネル透過率特性
Fig. 1
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Liquid crystal panel transmissivity characteristics.
20 型液晶ディスプレイテレビ LC-20V1
び,階調電圧補正方式がある。アナログ方式は優れた
特性が得られるが,アナログだけで補正を行うと,回
路が非常に複雑になる。ディジタル方式は bit 数が少
ないと量子化ノイズが目立ち,bit 数を多くすると演
算回路が複雑になってしまう。階調電圧補正方式は,
階調を決めるリファレンス電圧を細かく設定し,リ
ファレンス電圧に特性を持たせることにより,
補正を
行うものであるが,
量子化ノイズが目立ちやすくなる
ため,補正カーブを自由に設定することはできない。
本機では,回路コスト,特性を考慮し,アナログ補
正と階調電圧補正を組み合わせ,低コストで優れた階
調再現特性を実現している。
1・3 広色再現
本機では色再現範囲を広げ,
より鮮やかな映像を実
現するため,
液晶パネルのカラーフィルタの色純度を
改善し,また,後述するバックライトの色温度を変更
している。図2に 20 型の色再現範囲を示す。
2・1 薄型低音域用スピーカの開発
製品の厚さ 4.95cm を実現する為には,薄型の低音
域用スピーカの開発が不可欠である。性能,信頼性を
満足しつつ,出来る限り薄くする必要があった。手法
として,第一に液晶は CRT と違い磁気の影響をあま
り受けない事で,キャンセルマグネットを廃止した。
第二に,振動板エッジ部分が振動時に矢紙前面へ飛出
すのを回避する為に,ダウンロールエッジを採用した
(最大振幅時の飛出し0 mm)
。以上により8 cm 低音
域用ユニットでありながら薄さ 24mm を達成した。
2・2 音響的構造設計
画面下部に配置した中高音域用スピーカは,音質を
クリアに保つ為,左右のスピーカをそれぞれ約 140cc
の密閉ボックス構造とした。低音域用スピーカは,内
部全容積の問題と放熱性の問題から,容積を確保した
専用ボックスとする事が出来ない。そこで,内部に独
立した専用ボックスを持たずに,内部全体をスピーカ
ボックスに見立てて容積を確保,放熱孔の工夫で極力
内部の密閉度を高める事で音漏れを防ぎ音の干渉を減
らした。
図2 色再現範囲
Fig. 2
にスピーカユニットを置き,
ユニット背面の容積を確
保して低音域までの再生を得る事は,ユニットが大き
くなる事と,
それに伴いユニット背面の容積が確保出
来なくなる事につながり,
このスペースだけでは難し
いと判断した。そこで,画面下部スペースには中高音
域用スピーカ(3 x 4cm 楕円),背面後ろ向きに低音
域用スピーカ(8 cm 丸型)を置き帯域分割して再生
する事を考えた。低音域用として,左右チャンネルを
独立させる事がスペース的に無理である事から,左右
信号を合成させて低音域用ユニットは1つとする 3D
スピーカシステム(2WAY3スピーカ)を採用した。さ
らにそれぞれのスピーカをそれぞれの帯域専用のアン
プでドライブするマルチアンプ方式(3アンプ)を採
用した。
ここまでを設計基本として以下に課題解決を記す。
Color reproduction range.
2 . 高音質化
20 型液晶テレビ LC-20V1 は製品の厚さが 4.95cm と
薄い事が特徴の一つである。内部は液晶パネル,バッ
クライトや回路シャーシで空間が埋められており,こ
の狭空間でいかにしてスピーカシステムを構成して,
"音"を作るかが高音質化における最大の課題である。
液晶テレビの音質として聴きやすい,
聴き疲れしな
い,を主として考えるならば,ある程度の再生帯域幅
の確保が望まれる。
そこで問題となるのが低音域側の
再生能力である。
スピーカスペースとして与えられる
のは画面下部の高さ 3∼ 4cm 程度の部分である。ここ
2・3 電気的帯域設計
3D システムは本来左右の分離度を上げる為,左右
合成した低音域用スピーカからは低音域以上の高い周
波数を再生する事は出来ない。
しかしながら今回のシ
ステムにおいて,
低音域で完全に電気的帯域分割して
しまうと音響的に不都合な帯域が発生してしまう。そ
こで画面下部のスピーカは帯域制限をせずに全帯域用
として使い,
低音域の不足部分を背面に取り付けたス
ピーカで補う手法をとった。
出来る限り左右の分離度
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シャープ技報
第74号・1999年8月
を落とさないような形で電気的に低音域側の帯域が決
定されている。
液晶テレビの特徴である「薄型」を達成する為の高音
質化設計として以上のような課題解決を行った。
その
結果,中高音域のクリアを保ちつつ,低音域の量感を
確保でき,聴きやすい,聴き疲れがしない音質が達成
されたと考える。
3 . バックライトに関して
液晶テレビにおいては,画質の向上が,例えば液晶
パネルの透過率の低下など,
画面輝度の低下につなが
ることが多い。今回の 20 型では,今までの液晶テレ
ビにない高画質を求められたため,
バックライトとし
ては,従来の約 1.5 倍の輝度が必要となった。
通常大画面で高輝度を得るためには,
直下式のバッ
クライトを採用し,
ランプの本数を増やすという手法
が用いられる。しかしセット全体の厚さを抑える必要
があったため,新しいランプレイアウトの導光板方式
バックライトを開発した。また,その他,バックライ
ト用光学シートの構成,
取り付け構造などを工夫する
ことにより,画面上輝度400cd/m2を達成することがで
きた。
ランプ寿命も,
外部水銀導入方式ランプを用いるこ
となどにより,前機種(15 型)の 28,000 時間を大幅に
越える,40,000 時間を達成することができた。
3・1 バックライト設計時の課題
従来の液晶テレビでは,白の色温度を,太陽の発光
色に近い 7000K 付近で設計してきた。しかし,20 型
液晶テレビでは,より鮮やかな白を表現するため,ラ
ンプの蛍光体の青を増やし,赤,緑を減らして,9000K
付近の白を表現できるよう,設計を開始した。
輝度への寄与率が高い緑の蛍光体を減らしたこと,
人間の目の特性は青の感度が低いことから,色温度を
7000Kから9000Kに上げることにより,バックライト
の効率は 10%程度低下した。
更に,色の再現範囲を広げるため,液晶パネルのカ
ラーフィルタも,色純度の高い,従来より約15%透過
率の低いものを採用した。
また,液晶パネルのバックライトには,正面方向の
輝度を高めるため,プリズムシートと呼ばれる集光
シートを用いることが多い。しかし,集光シートを用
いた場合,正面での輝度は,1.2 倍∼ 1.6 倍に上がるも
のの,上下(又は上下左右)方向の輝度は低くなる。大
型液晶テレビでは PC 用モニターとは異なり,ユーザ
がさまざまな方向から画面を見ることが予想されたた
め,広い視点で良好な視認性が得られるよう集光シー
トは使用しないこととした。
この色温度,色再現範囲,視野角 - 輝度特性の,3
つの画質向上のためバックライトとしては,従来の液
晶テレビの設計より,約1.5倍の輝度が必要となった。
3・2 輝度アップのための手法
3・2・1 バックライトの方式
液晶パネル用のバックライトは,
パネルの下にラン
プを配置する直下式 と 画面のエッジ部にランプを配
置し,
透明なアクリル板で光を画面の下に導く導光板
式とがある。
直下式では,ランプの本数を増やすことにより,必
要な輝度を得ることが可能であるが,画面で,ランプ
が下にある部分とない部分とで輝度の差ができる。こ
の輝度ムラをやわらげるため,
パネルとランプとの距
離がある程度必要となり,バックライトの厚みは
30mm近くなる。今回は20型液晶テレビの目標である
「セット厚50mm以下」を考え,直下式のバックライト
の採用は諦めざるを得なかった。
ノートPCなどに一般的に用いられている導光板式
バックライトは,長辺に1灯,または上下長辺に各1
灯の2灯式が多い。高輝度が求められる PC モニター
では,上下に各2灯,計4灯の例もある。この 20 型
では更に高輝度が必要であったため,上下に各3灯,
計6灯の蛍光管構成の導光板式バックライトとした。
図3,図4に 20 型のバックライト方式及びランプレ
イアウトを示す。
導光板式バックライトにおいては,
ランプの光をい
かに効率よく導光板に入れるかが最も重要なポイント
である。通常,効率の良い方法として,ランプを導光
板に平行して並べる方法が取られる。ランプを3本用
いた場合,通常の横に並べたランプレイアウトでは
導光板の厚みは 10 ∼ 12mm となってしまう。そこで,
図3 バックライト方式
Fig. 3
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Backlight system.
20 型液晶ディスプレイテレビ LC-20V1
図4 ランプレイアウト
Fig. 4
Lamp layouts.
薄型,軽量化を図りつつ,導光板への入光効率を上げ
るため,
ランプを導光板に対して逆三角形なるよう配
置した。これにより,8 mm 厚の導光板で 10mm 厚以
上の導光板と同等の入光効率を達成することができ
た。
3・2・2 反射偏光板 取り付け構造
液晶パネルの偏光板は,
偏光軸以外の光を吸収する
ため,原理的にも,約 50%の光をロスすることにな
る。この光のロスを低減するため,反射型の偏光板を
バックライト側に入れている。反射型の偏光板は,偏
光度が充分でないため,
液晶パネルの偏光板を廃止す
ることはできないが,パネル偏光板で吸収させていた
光をバックライトに戻して再利用することにより,30
%程度 輝度が向上する。しかし,反射型偏光板は,光
の反射軸と透過軸とで,
熱膨張率が5倍以上異なるた
め,周囲温度の上昇によりシートにシワが発生する。
従来のバックライトでは,反射型偏光板の上(パネ
ル側)に,複屈折性の無い (偏光しない)ポリカーボ
ネートの弱拡散シートを配置し,シワの発生を抑えて
いた。ポリカーボネートの弱拡散シートは,通常の
PETの拡散シートに比べ高価な上,画面輝度が10%程
度低下する。
そこで,この 20 型では,設計当初から反射偏光板
の保持構造について検討を繰り返し,量産が容易で
弱拡散シートを使用しなくともシワのでない 安定し
たシート保持構造を開発することに成功した。
3・2・3 その他
導光板の裏面に配置する反射シートに関しても構
造,構成を最適化することにより従来の 7%アップ
のバックライト効率を得ることができた。
また,光学シートの枚数も,前機種(15 型)の5枚
から,3枚に減らし,かつ,組み立て易い構造にする
ことにより生産性が向上させることができた。
図5 ランプ構造
Fig. 5
The lamp structure.
3・3 ランプ寿命
バックライトの特性で,
輝度と並んで重要な要素と
して,ランプ(蛍光管)寿命が上げられる。ランプの構
造を図5に示す。
蛍光管の寿命は,
内部に封入された水銀の量に大き
く左右されるが,従来の蛍光管では,電極が水銀の
ディスペンサーを兼ねていたため,
電極のサイズより
封入水銀の量が制限されていた。今回採用したランプ
では,製造工程が若干複雑になるものの,水銀の量を
自由に設定できる 外部水銀封入方式を用いた。これ
により,20 型の蛍光管は,従来機種(15 型)の2万
8千時間を大きく上回る,
4万時間の寿命を達成する
ことができた。
むすび
今回開発した 20 型液晶テレビは,性能面で CRT テ
レビの置き換え可能なレベルとなった。
その上で低消
費電力化を図り,壁掛け等,様々な設置方法が可能,
また,
ちらつきが少なく目にやさしいなどの特長を備
えたテレビである。今後さらに,液晶テレビを家庭の
メインテレビとして普及させていくためには,
さらな
る大型化,コントラストの向上,応答速度の改善,低
価格化なども CRT に迫るよう,開発を進めなければ
ならない。
謝辞
本機の開発にあたり,ご尽力頂きましたTFT液晶事
業本部並びに電子部品事業本部の関係各位に深く感謝
致します。
(1
99
9年6月1
5日受理)
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