第一回バイオシグナル研究会 「バイオシグナリング解析がもたらす次世代科学への貢献 -感覚器研究における現状と展望- 」 日時:平成28年8月30日(火)午後12:50~17:30 会場:神戸大学百年記念館六甲ホール 12:50~: バイオシグナル総合研究センター長(菅澤 13:00~: 聴覚シグナリング 座長: 辻田 薫) 開会挨拶 和也 1.聴覚有毛細胞および聴毛のインテグリティー獲得・維持機序とその破綻により生ずる難聴 神戸大学 バイオシグナル総合研究センター シグナル機能制御研究部門 上山 健彦 2.内耳体液の特殊電気環境:その成立機構と病態 新潟大学大学院 医歯学総合研究科 分子生理学分野 日比野 浩 14:30~: コーヒーブレイク 14:45~: 嗅覚シグナリング 座長: 吉川 潮 3.感覚器におけるモザイク様の細胞パターンを制御する分子機構 神戸大学大学院 医学研究科 分子細胞生物学分野 富樫 英 4.匂いやフェロモンの脳へのシグナル伝達と情報処理、そして行動と情動 東京大学大学院農学生命科学研究科/ERATO 東原化学感覚シグナルブロジェクト 東原 和成 高橋 政代 16:15~: コーヒーブレイク 16:30~: 視覚シグナリング 座長: 齋藤 尚亮 5.iPS 細胞を用いた網膜再生医療と安全性 理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 17:30: 閉会挨拶 聴覚有毛細胞および聴毛のインテグリティー獲得・維持機序と その破綻により生ずる難聴 上山 健彦、 齋藤 尚亮 神戸大学 バイオシグナル総合研究センター・シグナル機能制御研究部門 分子薬理分野 先天性(遺伝性)難聴は、新生児難聴スクリーニングの導入(2000 年以降)に より、早期発見・発達支援の取り組みが進んでいる。一方で、難聴を治癒に導 く有効な手段がないという厳しい現実に直面している。現在同定されている約 100 の遺伝性難聴原因遺伝子のうち 30 余りは、アクチン制御に関わる遺伝子で ある。そこで我々は、内耳有毛細胞でのアクチン制御シグナルに密接に関わる Rho-family 低分子量 G 蛋白質(Cdc42, Rac, RhoA 等 20 分子で構成)に注目し、 内耳有毛細胞特異的ノックアウト(KO)マウスを作製し、難聴の発症機序解明 により、難聴に対する有効な治療法開発を目指している。 我々は、聴毛の形成・維持において Rho-family 低分子量 G 蛋白質が果たす役割 について種々の知見を得てきたが、この研究過程で、Cdc42-KO 内耳有毛細胞で は、RhoA が過度に活性化されることを発見した。RhoA シグナルの下流には、 最初に同定された遺伝性難聴(autosomal dominant nonsyndromic sensorineural deafness 1: DFNA1)の原因遺伝子であり、直鎖上アクチン伸長促進分子である DIA1 が存在する。DFNA1 の最初の報告は 1997 年まで遡るが、現在に至るまで 単一家系の報告しかなく、発症機序は依然不明のままである。 今回我々は、原因不明の両側性感音難聴を 呈する本邦内患者(1120 例)を対象に、 次世代シークエンサーを用いたエクソー ム解析を行い、新規の DIA1 変異体を発現 する遺伝子異常を持つ DNFA 1 の 4 家系を 発見した。更に、そのモデルマウスの作製 により、現在まで不明であった DFNA1 の 発症機序を明らかにした。 本講演会では、我々が行ってきた Rho-family 低分子量 G 蛋白質の聴覚確立・維 持への関与とその破綻による難聴発症機序について、最新知見を交えて論ずる。 内耳体液の特殊電気環境:その成立機構と病態 日比野 浩 新潟大学大学院 医歯学総合研究科、新潟大学 超域学術院、AMED-CREST, AMED 聴覚は動物に必須である。難聴は人口の 1 割が罹患する重大疾患である。外界から の音は、外耳・中耳を経て、内耳の蝸牛に達する。この臓器は、2 種類の細胞外液、 すなわち内リンパ液と外リンパ液に満たされている。内リンパ液は、150 mM の K+ 濃度と+80〜+100 mV の高電位を示す特殊体液である。感覚細胞である有毛細胞は、 内・外リンパ液の境界に位置する。音の物理的刺激により内リンパ液から K+が流入 することで有毛細胞が電気興奮する。内リンパ液の高電位は、K+流入の駆動力を増 大することで有毛細胞の高感受性に大きく寄与している。この高電位が喪失すると、 難聴となる。 以前より、内リンパ液の高電位は、蝸牛の側壁の血管条を介したイオン輸送により 維持されることが想定されていた。血管条は 2 層の上皮層からなる組織である。 我々は、局所の電位とイオン濃度の動態をリアルタイムに同時測定できる微小電極 を動物の血管条や内リンパ液に挿入し、これらの部位の電気化学的な特性を種々の 条件下において生体内計測した。その結果、血管条の細胞内外の K+濃度の勾配に依 存して K+チャネルにより産生される膜電位が、内リンパ液高電位の主要素であるこ とを示した。また、K+チャネルや K+取り込み輸送体のイオン輸送機能を数理モデル 化したコンピューターシミュレーションにより、正常時には K+で支配されていた血 管条の K+輸送が、虚血時には部分的に他のイオン流に置き換わることで細胞内外の K+濃度バランスが崩壊し、内リンパ液電位の低下が誘引することが判明した。さら に、血管条の細胞に光感受性陽 イオンチャネルを発現した動物 を解析し、光照射により自在に 膜電位と内リンパ液電位を制御 することで、反復する可逆性難 聴を誘引できる系を確立した。 これは、重篤な種々の特発性難 聴の初期段階で観察される症状 に近い表現系であり、トランス レーショナルリサーチへの活用 が期待される。 感覚器 器におけるモ モザイク様 様の細胞パタ ターンを制 制御する分子 子機構 富樫 英 神戸大学大 大学院医学 学研究科 分子細胞生 分 生物学分野 哺乳類の感 感覚器では は、外界から らの刺激を を受容する感 感覚細胞と と支持細胞が が規則正し しく整然と 並んでいる る。このような規則性 性は、進化 化上、下等な な生物種か から例外な く保存され れているた め、感覚器 器が機能す する上で重要 要と考えら られる。しか かし、細胞 胞が秩序正 しく並ぶメ メカニズム や、その生 生理的な意 意味は明らか かにされて ていない。私 私どもは、細胞接着分 分子ネクチ チンに着目 し、2 種類 類の細胞がモ モザイク様 様に並ぶ全く く新しい細 細胞選別現象 象を見出し し、このメカ カニズムが 感覚器で細 細胞が規則 則的に並ぶた ために必須 須であること とを示した た。聴覚に働 働く内耳蝸 蝸牛管の聴 覚上皮では は音の振動 動を伝える有 有毛細胞と 支持細胞の の二種類の の細胞が市松 松模様に互 互い違いに 並ぶ。有毛 毛細胞と支持 持細胞では は免疫グロブ ブリン様の の細胞接着分 分子ネクチ チン-1 と-3 3 がそれぞ れ相補的に に発現していた。また た、ネクチン ン-1 と-3 のそれぞれ れのノックア アウトマウ ウスの聴覚 上皮では、細胞パターンの異常 常が観察さ された。ネク クチンは、ホモフィ リックにも もヘテロフ ィリックに にも相互作 作用するが、ヘテロフ ィリックな な相互作用 用の方が強い い。ネクチ チン-1 ある いはネクチ チン-3 を発 発現する細胞 胞を作製し し混合培養したところ ろ、二種類の の細胞は異 異なるネク チンを発現 現する細胞 胞と接着する ることでモ モザイク様の の細胞選別 別を示した。これらの結果から、 ネクチンの のヘテロフィリックな な相互作用 用によって聴 聴覚上皮に における市松 松様の細胞 胞パターン が形成され れることが が明らかにな なった。そ その後の研究 究から、ネ ネクチンによ よるパター ーン形成が 他の感覚器 器でも働い いていること とや、規則 則的な細胞の のパターン ンが乱れる と、細胞の の形態や機 能の異常ま までも引き起こすこと とが明らか かになってき きた。本シ シンポジウム ムでは、私 私どもの研 究の最新の の知見について紹介し します。 感覚器の多 多様な細胞パ パターン (左) 内耳 耳の聴覚上皮 皮を F-アクチ チンで染色し し、頂端面側 側から見た写 写真。有毛細胞 胞は支持細胞 胞によって 常に隔てら られる。 (右) 鼻腔 腔の嗅上皮を を ZO-1 により り細胞境界を を可視化し、頂端面側から見た写真。 。丸く小さな な嗅細胞が、 多角形様の の支持細胞の の間に散在す する。 匂 匂いやフェ ェロモンの脳 脳へのシグ グナル伝達と情報処理 理、そして行 行動と情動 動 東原 和成 成 東 東京大学大 大学院 農学 学生命科学研 研究科 応用生命化学 学専攻生物化 化学研究室 室 ERATO 東原化学感 感覚シグナ ナルプロジェクト 多様 様かつ複雑な な化学物質 質で充満して ている複雑 雑生態系において、生 生物は、仲 仲間、 敵、異性などの のシグナル ルを、化学感 感覚神経系 系で正確に識別する。 これら化 化学シ グナ ナルは、匂い いやフェロ ロモンといっ った物質で であるが、マウスにお おいては主 主嗅覚 神経 経系と鋤鼻神 神経系で感 感知される。 。本セミナ ナーでは、マウスの行 行動を支配 配する 活性 性物質とそれ れらの受容 容体の同定、 、そして行 行動や生理的変化を引 引き起こす すまで の情 情報伝達経路 路と脳神経 経回路の解明 明への取り組みについ いて紹介す する。 研 研究室:httpp://park.itc.u u-tokyo.ac.jjp/biologicaal-chemistry y/ ER RATO: httpp://www.jst.go.jp/erato//touhara/ind dex.html Tou uhara Chemose ensory Signal 東原 原化学感覚シグナ ナルプロジェクト 分子・レセプター レ 脳・シ シグナル 匂い・フェロモ モン・味 受容メカニ ニズム 受容体の遺伝情 情報解析 脳神経 経回路への入力 複数 数感覚の統合 化学感 感覚の弾力性 おいし しさ、好き嫌い、 、安心感 摂食、誘 誘引、忌避、防御 御、性行動 情 情動・適応行 行動 化学感覚シ シグナルの基 基本原理と意義 義 iPS 細胞を用いた網膜再生医療と安全性 高橋 政代 理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 古くから眼科領域は新しい治療法が最初に成功する領域であったが、ES 細胞、 iPS 細胞の移植も網膜から開始されている。我々は iPS 細胞由来網膜色素上皮 (RPE)細胞シートを滲出型加齢黄斑変性患者に移植した。主要評価項目は安全 性で、移植する細胞シートは繰り返し行った造腫瘍性試験や、細胞の純度、染色 体、遺伝子の解析などを検討して安全を確保したが、それが実際のヒトへの応用 で確認された。 治療の安全性は細胞の種類、治療の方法、症例の状態(環境)によって異なる。 RPE は過去に転移した悪性腫瘍の報告がなく、抗腫瘍作用のある PEDF やレチノ イン酸で満たされている眼内は腫瘍を作りにくい環境である。造腫瘍試験でも腫 瘍形成したことがなく、色素を持っているために純化が可能な RPE の網膜への 移植は安全性について特殊な条件を持っている。そのために iPS 細胞由来細胞と して初めての臨床応用となった。 細胞移植の安全性は体性幹細胞、ES 細胞、iPS 細胞などの細胞材料によるので はなく、1、移植細胞が短期で消失する治療、2、移植細胞が長期に生存するが 増殖しない治療、3、移植細胞が長期に分裂を続ける治療に分類することが妥当 と考えられる。網膜では、網膜色素上皮細胞移植は2に、視細胞移植は3に当て はまる。 視細胞移植についてはヒト ES/iPS 細胞由来立体網膜をシート状に加工し、マ ウスおよびサルの網膜変性モデルに移植した。移植視細胞は長期に生存し、宿主 の網膜下で外節を形成するまで成熟することを観察した。現在は非臨床試験の段 階にあり早期の応用を目指している。 由 マウスES細胞 来網膜シート移植
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