てのひら 通信 2010.8 月号 No.52 発行責任・久次米(くじめ)晃 南三国ヶ丘町 6-6-26 TEL 090-9093-6415 『てのひら通信』9月号をお届けします。 《鍼灸晴耕雨読》http://www.sakai.zaq.ne.jp/kujime というホームページを公開しています。 臨床聞書 肩関節の痛み ~五十肩その他~ 腕が上がらない 「朝起きてみたら、腕が上がらないんスよ。無理して上げようとすると、痛くて痛くて。」と五十代の男性の患者さ ん。先生が腕を持って、ゆっくりと腕を上げさせたり、下げさせたり。次に、自分の力だけで上げたり、下げたり。 「肩関節のトラブルは、動かさない状態で診察してもわからない。動かしてどうなっているかが問題だ」と、後ろで 見ている私に、先生は説明してくれる。 「先生、五十肩スかね」と患者さん。「うーん、それは後で説明しよう」と先生。 肩回旋筋腱板 「肩関節のポイントは回旋筋腱板だと言っていい」と先生。 ○ふつう、関節ははずれないように靱帯という強いスジでつなぎとめている。だが、肩関節には靱帯 がなく、四つの筋肉(=回旋筋)がそのかわりをしている。右の図の棘上筋・棘下筋がそのうちの2 つ。筋肉だから、つなぎとめるだけではなく、腕を動かすはたらきもしている。筋肉が伸び縮みする ので腕は自由に動く。腕の骨の根元に4本の回旋筋がくっついていて、ここを腱板というが、トラブ ルが起こりやすい。 インピンジメント・腱板炎・腱板断裂 「腱板のトラブルは、簡単に言ってしまえば、インピンジメントと断裂だ」。 「先生、それ何スか?」患者さんが聞いている。 「インピンジメントというのは、自分で腕を上げた時、肩甲骨の先と腕の骨の根元にはさまれて(右上の+の所)腱 板が痛むこと。他人にあげてもらっても痛む時は、炎症も起きている。腱板炎。強い治療はしばらくひかえることに なる」と先生。 「先生、腱板断裂というのは何スか?」 「腕の骨の根元をつなぎとめている回旋筋腱板の一部が切れていることだ。特に、棘上筋に多い。」「痛そうスね。」 「いや、断裂と言っても、がまんできないぐらい痛むとは限らない。だから、五十肩と言われている中にも腱板断裂 が隠れている可能性がある。普通は外傷を受けたことがあるはずだが、高齢者ではそうでないから、間違ってしまう こともある。ひっかかる感じがするし、筋力が極端に落ちる。横から腕を上げていき、斜めの位置でそのままにして おくことができなければ、断裂だとわかる。」 五十肩 「ところで、先生、オイラは五十肩スか?」「そうだね。五十肩と言える」 「先生、五十肩なら、ほおっておいても治るといいますゼ。」 「数カ月から数年の間に自然に治ってしまうとも言うが、後遺症を残すことも多い。完全に治るとは限らない。いい 機会だから、ちゃんと治療しておこう」と言って、先生は棘上筋や棘下筋にあるツボに鍼をし始めた。鍼を刺したま ま、ゆっくりと腕を上げさせると、「先生、腕が上がりますゼ。痛くもねえや。」 もう一度、横になってもらって、今度は腰のあたりに鍼をし始めた。 「長野潔氏は、肩のトラブルには必ず腰の治療が必要だ、と言っている」と、私に説明してくれる。 「五十肩には経過というものがある。」治療を終えた先生が、座り直した患者さんに説明を始めた。 「大きく分けると、最初の『痛む』時期とその後に来る『固まる』時期だ。 『痛む』時期は、症状があらわれてだんだん悪くなっていく時期だ。肩関節周りの筋肉や腱などが老化して堅くな り、それがインピンジメントなどで傷ついたために、痛みが出ている。痛いために肩を動かせないが、関節そのもの が固まっているわけではない。じっとしていても痛むし、炎症が起こっていると、夜も痛む。服の脱ぎ着や重いもの を持つのがつらい。まあ、数週間続く。」 「そういや、この前から寝ている時、ずっと痛かったスね。」 「キツイ痛みが少しおさまってくると、『固まる』時期になる。『固まる』といっても、骨と骨とが固まるわけでは ない。周りの柔らかい部分が堅くなったりくっついてしまって、動く範囲がせまくなる。まだ痛みはあるが、じっと して痛いということはなく、固まってしまったものを動かすから痛む。特に腕を上げたり、後ろに回す動きができな くなる。頭の後ろや腰・背中に腕が回らなくなる。これが、数カ月~数年続く。」 「オイラの場合は、『固まる』時期スか。」「そのとおり。」「今、ずいぶんラクになっていますが、治るンスか。」 「もちろん。動かす体操をしながら、鍼をしていく。肩だけでなく周りの筋肉も疲れているから、そこも治療する。」 「そうスか。それじゃ、しばらく通いますわ。」 患者さんは、残暑の日射しの照りつける道を、明るい顔をして帰って行った。 疏簾閑話 ③ 薬を食べるか食べないか 五十肩の患者さんを送り出した後、先生はまだ夏の暑さの残る縁側に立っている。それでもいく ぶんか秋の気配が広がり始めている空を眺めながら、後藤艮山(ごとう こんざん)の『師説筆記』 の一節を語り始めた。 〈太古の人々は、洞窟や草原に住居し、鳥獣を狩猟して、剥いだ皮を身にまとい、その肉を食べて口腹を満たしてい た。……けれども、肉食ばかりだと味が濃すぎて害がある。それで、植物の中から味が甘くて性質のおだやかなもの を選んで、日常の食用とした。これが穀物である……さらに、穀物を補助するものを選んだ。これが菜である。…… そして、さらに、性質が偏っているために食べることができない草を、邪気を除くための薬とした。〉 「人は生きていくために、カラダの中に多くのものを取り入れる。食べることは人に欠かせない。何を食べ、何を食 べないか。どうような時に何を食べ、どうような時に何を食べないか。後藤艮山は江戸時代の漢方医だ。ここで言っ ていることは歴史上の事実としては誤っているかもしれない。けれども、重要なことが述べられている。」 「先生、〈食べることができない草を、邪気を除くための薬とした〉というのは、薬も食べるものの一部と考えよ うということですね。」 「そうだ。薬は、ふだんは〈食べることができない〉ものだった。ただし、そのようなものを食べることが必要に なる時がある。そのあたりのことを、『味』という視点から艮山はこうも説明している。」 〈一般に、薬とされる草はどれも苦味が中心であり、性質もおだやかでない。『神農本経』では「薬はいずれも毒で ある」と言っている。……わが国の食事では、主食の穀物が甘く、副食などでその他の味が添えられる。その中で、 苦味が一番欠けている。邪気が原因で病になった時は、食べ慣れた味の食べ物ではその邪気を除きにくいから、ふだ ん食べ慣れていない食べ物、つまり苦味の薬草で治療する。〉 「そう言えば、『良薬は口に苦し』と言いますね。」 「〈邪気〉という言葉を現代人に説明するのは手間がかかるから、今日はおいておく。要は『毒をもって毒を制する』 という形で、カラダの内にあるよくないものをカラダの外に追い出すのが薬だ。薬は〈ふだんは食べることのできな い〉食べ物であり、それは通常の場合は毒であり、本来カラダにとってやさしいものではない。これが薬の本質だ。」 「先生、それは現代でもそうですか。」 「基本的にはそうだ。普通の状態ならカラダはそのようなものを必要としない。特定の病の状態に、特定の薬だけが 必要とされる。病の状態と薬があっているかどうか、見分けることが重要だ。あっていなければ、それは毒になる。」 「最近出回っているサプリメントや健康食品などは、どう考えればいいのですか。」 「それらが特定の成分を濃縮したものであれば、〈性質が偏っている〉ものであり、カラダにやさしいとは言えない。 そのことについては、今のお医者さんの中にも、注意するべきだと言う人たちがいる。ところで、艮山は、当時の薬 を偏重する医者を次のように批判している。 〈医者たちは、医術を金もうけと考え、ウソだらけの理屈を並べ、薬をやたらと処方し、人々の命を損なっている。 病人もこの風潮になれてしまい、薬をのまないと治らないと思い込み、ウソだらけの医者の言葉を信用している。〉 「話を元にもどせば、基本的には、〈食べられるもの〉を食べるということだ。病という非常事態の時だけに、〈ふ だんは食べることのできない〉ものである薬を食べる。普通に考えれば、現代人の食べているものはとても豊かだ。 過去に比べて何かが不足しているとは考えにくい。艮山はこんなことも言っている。病の原因が〈邪気〉ではなく生 命力の衰えである場合、カラダにやさしくない薬でカラダに力をつけることはできない。薬をのむべきではなく、栄 養になる食べ物をきちんと食べることが大切だ、と。」 先生はそう言い終えると、まだ明るさの残る縁側から、薄暗くなりかかった部屋の中へ戻っていった。
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