信用金庫会員の海外子会社への直接融資解禁の影響を考える

法政大学大学院特定課題研究所
イノベーション・マネジメント総合研究所
ワーキングペーパー・シリーズ
IMRI 2013-002
題名:信用金庫会員の海外子会社への直接融資解禁の影響を考える
執筆者:新井
稲二
承認者:大村
和夫
目次
1 はじめに ............................................................................................................................ 1
2 信用金庫の取引先海外子会社への融資解禁の概要 .......................................................... 1
2-1 政令・府令の改正点について................................................................................... 1
2-2 中小・地域金融機関向けの総合的監督指針の変更点について................................ 2
3 信用金庫に与える影響について ....................................................................................... 4
3-1 金融審議会での議論 ................................................................................................. 5
3-2 神吉による分析 ........................................................................................................ 6
3-3 原村による分析 ........................................................................................................ 7
3-4 海外進出支援を信用金庫行全てが行うべきか ......................................................... 8
4 信用金庫業界の対応状況について .................................................................................... 9
4-1 浜松信用金庫の場合 ................................................................................................. 9
4-2 瀬戸信用金庫の場合 ............................................................................................... 10
4-3 信用金庫の海外進出支援の傾向 ..............................................................................11
5 終わりに .......................................................................................................................... 12
参考文献 ............................................................................................................................... 13
i
1はじめに
平成 25 年 3 月 26 日に「信用金庫法施行令及び中小企業等協同組合法施行令の一部を改
正する政令」が閣議決定され、同年 3 月 29 日に政令・内閣府令として公布・施行された。
また、同時に「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針(本編)
」が変更され、今般の
政令改正に対応させることになった。
本論では今般の改正・変更により、信用金庫が本来果たす役割と信用金庫業界に与える
影響について論じることとする。なお、信用組合業界も同様に取引先の海外子会社へ融資
を行えることになったが、本論では金融業界に与える影響を考慮し信用金庫業界を中心に
論じることとする。
2信用金庫の取引先海外子会社への融資解禁の概要
今回の改正・変更について具体的に、政令では、信用金庫法施行令(昭和 43 年政令第 142
号)と中小企業等協同組合法施行令(昭和 33 年政令第 43 号)の改正であり、内閣府令で
は、信用金庫法施行規則(昭和 57 年大蔵省令第 15 号)と中小企業等協同組合及び信用協
同組合連合会の事業に関する内閣府令(平成 5 年大蔵省令第 9 号)の改正である。また、
これらの改正に付随して、信用金庫が会員以外の者に対して行う資金の貸付等に関する機
関及び金額を指定する件(昭和 43 年大蔵省告示第 71 号)と中小・地域金融機関向けの総
合的な監督指針(以下、監督指針)が改正・変更されている。
2-1政令・府令の改正点について
まず、信用金庫の会員の海外子会社への融資解禁についての政令・内閣府令の改正概要
について、北神(2013)によれば「会員等の外国子会社への直接の資金の貸付について、
員外貸付の 1 つとして政令に規定することにより可能とする、
(中略)外国子会社が負う債
務の保証について、信用金庫等が行うことができる債務の保証の 1 つとして府令に規定す
ることにより可能とすることを内容としている。」
(27 頁)とし、信用金庫の会員の外国子
会社へは資金の貸付と、債務の保証が実行可能となった説明がされている(図表1)
。
次に、外国子会社の定義としては、『①外国の法令に準拠した法人等の団体であって、会
員等が総株主等の議決権(に相当するもの)の 50%超を保有するものが「外国子会社」で
あることを原則とした上で、②外国の法制度等によって 50%超の議決権を保有することが
制限されている場合については、(ⅰ)会員等が総株主等の議決権(に相当するもの)を現
地の法制度や慣習上許される上限まで保有している団体であって、
(ⅱ)会員との間に、
「人
的関係、財産の拠出に係る関係その他の関係」において密接な関係が相当程度あるものが
外国子会社に当たること。
』と規定している(29~30 頁)
。
そして、今回の制度改正による中小企業側の利点として「支店形態で海外に進出してい
る場合に当該支店に直接貸付を行うことは法により可能であったところ、中小企業の海外
事業は会計・税制上の処理等の観点から、あるいは海外の法制上の求めにより現地法人形
1
態をとることが多いことなどにかんがみれば、会員のための資金ニーズに応えることに近
いと考えられる。」(29 頁)とし、中小企業が海外進出の実態に合わせた対応であるとして
いる。
図表 1 制度改正の概念図
金融庁:信用金庫法施行令及び中小企業等協同組合法施行令の一部を改正する政令(案)(2013 年 2 月)より一部抜粋
2-2中小・地域金融機関向けの総合的監督指針の変更点について
また、監督指針については、
「信用金庫又は信用協同組合が会員又は組合員の海外子会社
への資金の貸付等を行う場合のリスク管理等」という項目をⅤ-1-3として新設し、Ⅴ
-1-3-1に意義という項目を加えている(図表2)
。この内、実際に会員である中小企
業等の海外子会社に融資を行った際に注意を払わなければならない項目としては、Ⅴ-1
-3-2の着眼点の項目であろう。着眼点は冒頭に、「必要に応じて中央機関とも連携しつ
つ、以下の点を含む適切なリスク管理態勢及び法令遵守態勢を整備しているかについて検
証することとする。」(一部抜粋)としており、具体的には(1)~(4)まで記載されて
いる。以下で順番に分析を行う。
(1)では、会員の海外子会社の経営状況を把握する態勢整備について規定されている。
親会社(会員企業)から海外子会社の経営状況、資金使途及び回収可能性等を判断するた
めの情報を入手することになっているが、必要に応じ現地において海外子会社の状況を把
2
握する態勢を整備しなければならないこととしている。
(2)では、海外子会社の財務基盤に応じて、親会社(会員企業)と保証契約を締結し
なければならないとしている。
(3)は、外貨建てによる融資において、為替リスクをヘッジするための手段を確保し
てリスク管理を行う必要があるとしている。
(4)は、海外子会社の所在地における法律等を遵守する態勢を整備しなければならな
いとしている。
図表 2 中小・地域金融機関向けの総合的監督指針の主な
中小・地域金融機関向けの総合的監督指針の主な変更点
主な変更点
金融庁:信用金庫法施行令及び中小企業等協同組合法施行令の一部を改正する政令(案)(2013 年 2 月)より一部抜粋
3
つまり、会員の海外子会社に対し融資を行う際には信用金庫側としても、必要な態勢を
整備しなければならないことを意味している。このため、態勢を構築する際に発生が予想
される課題をいくつか述べる。
まず、情報収集における課題であり、会員の海外子会社に対して融資の審査を行う際や、
融資実行後の管理段階には会員企業に関しての情報収集は当然のこと、当該子会社につい
ても情報収集をしなければならない。監督指針では「必要に応じ、現地において確認をす
る。」としているが、審査の際には現地の状況を把握するためにも現地に信用金庫職員が訪
問し確認する必要があろう。
実際、金融庁1の見解として『当該企業の親会社たる会員等から確認することができる態
勢の整備だけでは十分ではなく、金融機関の責任において「必要に応じ、現地において借
り手企業の状況等を確認することができる態勢」が整備されていることが必要であると考
えます。』としている。このため信用金庫が調査を行うために必要な経営資源をどのように
確保するべきかが挙げられる。
次に、融資金の担保をどのように行うかという課題である。日本の金融機関が融資を行
う際には、主に、不動産に抵当権を設定させることや信用保証協会の付保をしてから融資
の実行を行っている。しかし、海外では不動産登記という制度そのものが日本とは異なる
上に、信用保証という制度も存在しない地域も存在している。監督指針では、親会社であ
る会員との間で保証契約を締結することとしているが、保証契約のみで保全を図るので十
分かどうかが挙げられる。
そして、為替リスクのヘッジ態勢をどのように構築するかという課題である。着眼点で
は、必要に応じて中央機関とも連携することとしている。しかし、信用金庫は国内の顧客
に対して金融サービスを提供してきた経緯から外国為替に関しては、大規模な一部の信用
金庫を除いて、信金中央金庫と連携しなければならないだろう。そのような場合、信金中
央金庫が信用金庫向け提供に提供しているサービスの範囲で活動することとなり、各信用
金庫は会員の海外子会社に対する融資に対しては、制限が加えられることとなるのではな
いか。
このように、今般の改正・変更によって信用金庫の会員の海外子会社に対する直接融資
は解禁となったが、実際に融資を行う場合には上記の課題を解決しなければならない。こ
のため、実際に取り組むことのできる信用金庫とそうではない信用金庫が出てくるであろ
うし、融資を行うことができる国や地域が発生してしまうことが予想される。
3信用金庫に与える影響について
前述では政令の変更点について概要と、同時に改正された監督指針の変更点について触
れた。これらの改正・変更によって、信用金庫業界の持っている特徴に影響を与える可能
性がある。このため信用金庫の特徴と変更点を比較し、どのような影響を与えるかを分析
1金融庁:
「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」
(2013 年 3 月)より一部抜粋
4
する。
まず信用金庫の大きな特徴として、①協同組織金融機関、②中小企業専門金融機関、③
地域金融機関とされている。これら 3 つの特徴の内、①協同組織金融機関では、会員性金
融機関であることから海外子会社は会員となる資格があるのだろうかという点である。こ
れについて、金融庁(2013)は「員外貸付の一項目として、会員等の外国子会社への資金
の貸付け等を追加する。
」としている。このため、海外子会社に会員たる資格がなくても員
外貸付という例外規定を準用しているため、貸出に大きな影響はないと考えられる。
②中小企業専門金融機関では、信用金庫が対象とする中小企業の資格は従業員 300 人以
下または資本金 9 億円以下の事業者としている。これについても本社が中小企業であり、
海外子会社が本社以上の従業員数や資本金を超える人数・金額を持つとは考えにくいため、
こちらについても大きな問題はないと考えられる。
一方で③地域金融機関という部分について、今般の変更・改正によって信用金庫側で対
応する必要があると考えられる。信用金庫は銀行と異なり「地区」という制限が設けられ
ている。地区は定款2に記載しなければならず、地区の変更を行う際には監督官庁である内
閣総理大臣の認可を受けなければならない。また地区を定めることで、信用金庫法(昭和
23 年 6 月 15 日法律第 238 号、最終改正は平成 25 年 6 月 19 日法律第 45 号)第 10 条 2 で
会員資格である「その信用金庫の地区内に事業所を有する者」と規定されることから地区
という概念は重要になってくる。今般の変更・改正においては会員等の外国子会社への貸
付については、前述している員外貸付であることら、会員資格を保有しているかどうかは
大きな問題にはならない。しかし、地区という概念を検討し直す必要があるのではないだ
ろうか。これは、信用金庫が行っている員外貸付については従来、公共団体や国公立大学
等のそれに準じた組織に対して融資を行う場合や、金額が 700 万円以下の比較的少額の貸
付に対して適用していたものである。このため、貸付対象が営利を追求した組織であるこ
と、1 社あたりの貸付金額も大きくなる可能性があることの 2 点においてどのように解釈す
べきなのかが重要になってくると考えられる。
このため、信用金庫や協同組織金融機関の地区に関する先行議論・研究について、いく
つか触れることとする。
3-1金融審議会での議論
はじめに、金融審議会金融分科会第二部会協同組織金融機関のあり方に関するワーキン
グ・グループ「中間論点整理報告書」
(2009)での議論から地区についての分析を行う。こ
の報告書は、金融庁で信用金庫を始めたとした協同組織金融機関に関しての議論をまとめ
たものである。現状ではこの議論から協同組織金融機関に関する基本的な指導方針が決め
2定款には事業、名称、地区、事務所の名称及び所在地、会員たる資格に関する規定、会員の加入及び脱退に関する規定、
出資一口の金額及び会員の出資の最低限度額並びに出資の払込みの時期及び方法、余剰金の積立の方法、役員の定員及
びその選任に関する規定、事業年度、公告方法、金庫の存続期間又は解散の事由を決めたときは、この期間又は事由を
記載して提出なければならない。
5
られている。
地区に関しての議論では、
『信用金庫と地域信用組合の地区について、法令上の定義はな
いが、一般的には「人的結合体としての統合の基盤を成す同質的な地域経済の圏内の中に
限定することが合理的」と考えられてきた。』
(12 頁)としている。このことから、地区と
いう定義は定められていないものの、信用金庫に地区内で活動させることが地域経済の発
展に必要であるという認識に立っていると考えられる。
その上で、
「地区を当局の認可対象から外し、その変更は協同組織金融機関の自主的な判
断で行えるようにするべきとの指摘がある。一方で、地区は信用金庫・地域信用組合の会
員・組合員の資格を定めるコモンボンド(共通の絆)であり、協同組織性の発揮にとって
極めて重要であるとの指摘や地区を法令を根拠として明確に定めることは信用金庫と地域
信用組合のその地区に対するコミットメントになり、地域の活性化につながるような行動
の動機付けとなるとの指摘がある。」
(12 頁)このことから、地区に関しては各信用金庫の
経営判断で柔軟に決定、もしくは地区の規定を廃止するべきという意見がある一方で、地
区を定めることで、地域経済の活性化に対する責任を明確させるという効果があるという
議論であったことがわかる。
3-2神吉による分析
次に神吉(2006)は、信用金庫法が施行される以前の、協同組織金融機関が設立された
当初から現在に至る歴史的な経緯から、地区に関しての分析を行っている。現在の信用金
庫の地区に関しての規制については、協同組織金融機関に関する法律の原型である信用組
合法案から「定款の内容を組合の自治に全面的に委ねることなく、内務大臣の許可を必要
とするとしていた。これは、内閣総理大臣に対する信用金庫の事業免許の申請に際して、
定款を添付文章とすることを規定する現行の信用金庫法 29 条、さらには、定款の変更に内
閣総理大臣の認可を必要とすることを規定する同法 31 条と同様の対応である。」
(9 頁~10
頁)として、信用組合法案の段階から地区の規制(当時は、区域としていた)があり、監
督官庁の認可が必要であったとしている。
これらの分析より、協同組織金融機関が定款に地区を定めることが求められる理由とし
ては大きくは 2 つあり、1つ目に、組織に内在する要請に基づく側面であり、2つ目に、
行政監督・金融監督としての側面であるとしている。
さらに組織に内在する要請に基づく側面は、人的結合の確保に関する側面と、融資運営
の厳格化に関する側面に分けられるとしている。人的結合の確保に関する側面については、
「信用組合の制度創設の意義は、中産階級以下の農工業者に低利の金融の道を開くことに
あった。」
(19 頁)としている。融資運営の厳格化に関する側面については、
「協同組織金融
機関が組合員・会員に対して融資を行う際に、融資判断を行うために必要となる情報を確
実に収集することを担保する目的である。(中略)融資の事後管理のために、組合員の日常
の生活態度を組合員が相互に監視することを担保する目的である。」(20 頁)という 2 つの
6
目的があったとしている。
行政監督・金融監督としての側面では、
「組合の事業が適正に行われていることを第三者
の立場から監督する必要のあること、法令の解釈・適用について行政当局の有権解釈の必
要のあること」
(22 頁)が目的であったとしている。
一方で、現在では組織に内在する要請に基づく側面、行政監督・金融監督としての側面
のどちらにおいても問題を抱えていることを述べている。組織に内在する要請に基づく側
面においては、
「地区内の組合員・会員がお互いに知っている状態を確保するということは、
現在では、その実現が非常に困難になっているといえる。」(27 頁)として融資運営の厳格
化の目的は達成できないことしているし、『組合員・会員の人的結合の拠り所を地縁に求め
る考え方自体が機能しえなくなっていると考えられるところからすれば、
「地区」を定める
ことによって、このような効果を期待することもできない。したがって、融資の事後管理
のために協同組織金融機関が「地区」を定める必要性も、現在では消滅している。』
(29 頁)
としている。行政監督・金融監督としての側面においても『第二次世界大戦後は、協同組
織金融機関が「地区」をどのように定款に記載するかということと「地区」を変更するこ
とが金融監督の対象となっていることを通して、むしろ、行政監督・金融監督としての側
面が強調されてきたのではないかと考えられる。』
(23 頁)とし、
『監督当局は、協同組織金
融機関の「地区」の拡張と縮小に関する定款変更の許可申請に際して、競争制限的観点か
ら審査を行うことはできないと考えるべきである。
』(31 頁)としている。
これらの、課題を解決する方法として「協同組織金融機関の自主的な判断を尊重すると
いう解決の方向が考えられる。この場合にも、まず、協同組織金融機関の事業活動の地理
的範囲が地区内に限定されないことを明確にしておくべきである。」(35 頁)として、監督
官庁による規制を緩め、各信用金庫独自で地域を規定するべきとしている。
3-3原村による分析
そして、原村(2010)は信用金庫業界の特徴から、信用金庫の地域に関する分析を行っ
ている。今までの地区に関する分析からは論点がずれてしまうが、信用金庫の活動する地
区と原村の論ずる地域については大きな乖離がないものと判断でき、また地区に関する具
体的な定義が定まっていないため、地域と地区という概念を同一視して分析をする。
信用金庫は「地方銀行・第二地方銀行の多くは県庁所在地等に本店を有し県内等一円を
営業基盤としているのに対して、信用金庫は、むしろ地方の中核都市に本店を有して、よ
り狭い範囲のエリアを営業基盤としているところが多い。なお、地方銀行、第二地方銀行、
信用組合の3業態では、金融機関が存在しない都道府県があるのに対して、信用金庫はす
べての都道府県に存在する地域金融機関唯一の業態なのである。」
(2 頁)として、信用金庫
の地区制限あることによって、狭域での経営を行っている特徴を述べている。一方で、預
金規模、健全性において格差の大きい業界であるとしている。
また信用金庫業態に対し、
「今後とも小規模事業者を対象とする地域密着型金融の重要な
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担い手になることが期待されている業態である。」
(9 頁)として、地域でのコンサルティン
グ機能の発揮を期待している。しかし、現状の信用金庫の取組みに対しては『コスト意識
が欠如したまま、やみくもに取組んだことにより、結果として「総花的」な取組みとなり、
収益に結び付くような結果に至っていないのが現状である。』
(10 頁)として、信用金庫が
果たすべき地域への貢献には選択と集中が必要であるとの認識を示している。
これらの分析と認識から『信用金庫の本来の地域貢献とは、地域の中小企業を生み出し、
育て、守っていくこと、すなわち、地域において、しっかりとした地域密着型金融を推進
していくことであるといえる。
(中略)また、お祭り等の地域の行事に対する寄付やボラン
ティアへ積極的な参加をもって「地域貢献」と胸をはっているところも多く見受けられる。
このような形での地域への利益の還元の意義は理解できるが、やはり、信用金庫は、本業
である貸出を通じて、きちんとリスクをとり、地域の中小零細企業を支えることが本来の
役割である。マンパワーの問題もあるので地域のニーズに即した「選択と集中」を図りな
がら、信用金庫の特徴であり強みでもある、地道なきめの細かい渉外活動を活用していく
ことが大きな鍵となるであろう。』(14 頁)として、各信用金庫の営業している地域内の中
小零細企業に対する創業支援等の地道な支援を行うべきであるとしている。
3-4海外進出支援を信用金庫行全てが行うべきか
地区に関しての先行議論では、まず、金融審議会金融分科会第二部会(2009)で信用金
庫や協同組織金融機関が活動する範囲を決める「地域」については、具体的な定義はなか
った。その上で、各信用金庫の経営判断で活動地域を決定させ経営に柔軟性を持たせる必
要があることから、地区に関する規制は撤廃すべきという意見がある一方で、地域経済活
性化という目的に対して金融機関としてコミットメントさせる必要性があるという指摘が
あった。
神吉(2006)では、地区に関しての規制は信用組合法が検討されている当時から存在し
ていたとし、その理由として組織に内在する要請に基づく側面と、行政監督・金融監督と
しての側面の 2 つがあると分析している。しかし現在、組合員・会員の人的結合の拠り所
を地縁に求める考え方自体が機能しえなくなっていると考えられることから、組織に内在
する要請に基づく側面からの理由を説明することはできないとしている。また、行政監督・
金融監督としての側面についても、競争制限的観点から審査を行うことはできないと考え
るべきとして、地区に関しての規制は撤廃し各信用金庫の判断に委ねるべきとしている。
一方、原村(2010)は、信用金庫はすべての都道府県に存在する地域金融機関唯一の業
態であるが、預金規模、健全性において格差の大きい業界であることを指摘している。そ
して、地域密着型金融を担う重要な業態であるものの、現在の取組み姿勢は総花的であり
選択と集中が必要であると指摘している。
このことから地区の概念は、具体的な定義ははっきりとはしていないものの、信用金庫
は地域の経済を支える役割を担うべきであると考えられる。ただし、地域の経済は信用金
8
庫ごとに判断されるべきであり、行政からの監督は必要ないという意見であった。また、
協同組織金融機関の設立当初からすると人的結合は薄まってきてはいるが、これは部分的
に発生している問題であると考えられる。地方では、伝統行事があるような場所において、
人的結合は残っている場所も多く、これから人的結合が弱まる可能性は否定できないもの
の、商店街支援でも人的結合を重視した支援策が進められているように、人的結合を強め
るような政策も打ち出されている。このため、地区に関しての決定は信用金庫ごとに判断
するべきであろう。その上で原村(2010)の指摘しているように、地道なきめの細かい渉
外活動を通して地域の中小企業を生み出し、育て、守っていくことが必要であろうと考え
られる。
今般の会員の海外子会社への融資については①当該信用金庫会員の多くが、海外進出を
検討している。②会員企業が海外進出することで、その地区の経済が好転する。③当該信
用金庫が海外進出支援を行える十分な経営資源を確保している。ということが前提である。
これら、3 つの条件をすべて満たせる信用金庫は多くない。まず、海外進出をしている企
業が多く集まる地域である。次に、会員内で信用金庫が海外進出支援を行うことについて
の理解が得られている。そして、その信用金庫内に十分な態勢が構築されている。という
ことが必要であろう。
つまり、信用金庫業界内ですべての信用金庫が海外進出支援を行うことはできないとい
う結論になる。そして、海外進出支援を行うことができる信用金庫は僅かであることもわ
かる。
4信用金庫業界の対応状況について
信用金庫の地区に関しての議論を進めてきたが、会員の海外子会社に融資を行っている
信用金庫について、いくつか挙げることとする。これは、現状では海外進出支援に取組む
信用金庫が少ない中で、積極的に支援を行う信用金庫にはどこに特徴があるのか分析する
ためである。
なお実務上は、会員の海外子会社に融資を行う際は、業務方法書3を内閣総理大臣に提出
し認可を受ける必要がある。
4-1浜松信用金庫の場合
浜松信用金庫は、1950 年 4 月に設立された、静岡県浜松市を中心とした地域で活動して
おり、預金量は、1 兆 4,095 億円で、貸出金残高は 8,176 億円と信用金庫業界では大規模な
信用金庫である。
今回の政令・内閣府令として公布・施行によって 2013 年 4 月には既に、インドネシア共
和国に子会社を持つ会員企業に対し融資を実行している(図表 3)。また、2013 年 9 月にも
3信用金庫法第 31 条では、定款を変更するとき、業務の種類又は方法を変更しようとするときに内閣府令で定める場合
を除き、内閣総理大臣の認可を受けなければならないとしている。
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株式会社国際協力銀行と協調融資として、会員である古山精機株式会社の子会社(インド
ネシア共和国)に対して融資を行った。このように、浜松信用金庫は、製造業、特に輸送
機器関連の会員向けに支援をしている。
この実績からわかることは、会員の進出支援でも対象国を限定していること、外部機関
と協力することで、リスクの低減を図ろうとしていることが伺える。
図表 3 浜松信用金庫の例
浜松信用金庫:信用金庫の会員の海外子会社に対する直接貸付の取扱い開始について(2013 年 4 月)より一部抜粋
4-2瀬戸信用金庫の場合
瀬戸信用金庫は、1942 年 11 月に設立され、愛知県瀬戸市を中心とした地域で活動をし
ている。預金量は、1 兆 5,629 億円で、貸出残高は 7,573 億円であり、浜松信用金庫と同様
に、大規模な信用金庫である。
瀬戸信用金庫の場合、2013 年 4 月にタイ王国に進出した会員の海外子会社に対して融資
を実行している。この企業も、製造業で輸送機器関係の企業である。さらに、2013 年 8 月
にはタイ王国内の首都バンコクにおいて、金融・経済情報等の現地情報の収集および提供、
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海外進出支援機関等の紹介、現地施策に係る情報提供、販路拡大・調達先拡大等に係る情
報提供、提携銀行を通じた現地貸出に関する情報提供を目的として駐在員事務所を開設し
ている(図表 4)。
図表 4 瀬戸信用金庫の例
瀬戸信用金庫:全国の信用金庫で初めてバンコク駐在員事務所の新設について(2013 年 8 月)より一部抜粋
4-3信用金庫の海外進出支援の傾向
上記の浜松信用金庫、瀬戸信用金庫以外にも、例えば京都信用金庫(預金量 2 兆 5,574
億円、貸出残高 1 兆 5,184 億円)が会員である長津工業株式会社の海外子会社(ベトナム
社会主義共和国)に対し、株式会社国際協力銀行と協調融資を実行している。
このように、会員の海外子会社への融資を実行している信用金庫は①業界内では、大規
模である。②地域については都市部であり特に、海外展開が活発である地域である。とい
う共通点が挙げられる。一方で、進出支援対象国についてはそれぞれ異なっている上に、
リスクの考え方にも違い(浜松信用金庫の 1 社や京都信用金庫は、株式会社国際協力銀行
と協調融資にて対応しているのに対し、瀬戸信用金庫は現地に駐在員事務所を設立して情
報収集を行う体制を構築)が見られる。
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今後は、都市部に存立している大規模な信用金庫は会員の海外子会社への融資を実行す
ることが予想される。
5終わりに
今回は、信用金庫業界の新たな取組みを調査・分析するために執筆を行った。信用金庫
業界は、総務省の「地域の元気創造プラン」においても指摘があるように、昨今は預貸率
の低下に悩まされている業界である。また、コンサルティング機能の発揮も同時に求めら
れており、その期待が大きいことがわかる。
そのような中で、会員の海外子会社への直接融資の解禁は、昨今の中小企業の海外進出
が注目されている状況で話題性のある規制緩和であろう。一方で、信用金庫が本来果たす
べき地域経済を支える必要もあり、もはや小規模な信用金庫は単独で存続することは難し
いのではないかと考えられる。
今後は、規模の小さな信用金庫や信用組合に焦点を当てて、存続策について調査・分析
を行いたい。
12
参考文献
1)神吉 正三:
「協同組織金融機関の「地区」に関する考察」、独立行政法人経済産業研究
所、06-P-001、2006、9 頁~35 頁
2)北神
裕:「信用金庫・信用組合の会員・組合員の外国子会社への直接貸付等を可能と
する制度改正の概要」、金融法務事情、No.1968、2013、27 頁~31 頁
3)京都信用金庫:
「京信の概要」、京都信用金庫、2013、
http://www.kyoto-shinkin.co.jp/profile/overview.html
4)金融審議会金融分科会第二部会協同組織金融機関のあり方に関するワーキング・グルー
プ:「中間論点整理報告書」、金融庁、2009、12 頁
5)金融庁:
「信用金庫法施行令及び中小企業等協同組合法施行令の一部を改正する政令(案)
等の公表について」
、金融庁、2013
6)金融庁:
「信用金庫法施行令及び中小企業等協同組合法施行令の一部を改正する政令(案)
等に対するパブリックコメントの結果等について」
、金融庁、2013
7)金融庁総務企画局企画課信用制度参事官室:
「規制の事前評価書」、金融庁、2013、1 頁
~4 頁
8)株式会社国際協力銀行:「プレスリリース」
、国際協力銀行、2013、
http://www.jbic.go.jp/ja/about/press/index.html
9)社団法人全国信用金庫協会:
「初級職員講座第一分冊」
、社団法人全国信用金庫協会、2008
10)瀬戸信用金庫:「当金庫の概要」
、瀬戸信用金庫、2013、
http://www.setoshin.co.jp/setoshinkin/annai/gaiyo.html
11)瀬戸信用金庫:
「海外子会社への直接貸付の認可取得について」、瀬戸信用金庫、2013
12)瀬戸信用金庫:
「(タイ王国)海外子会社への直接貸付の実行について」
、瀬戸信用金庫、
2013
13)瀬戸信用金庫:「全国の信用金庫で初めてバンコク駐在員事務所の新設について」、瀬
戸信用金庫、2013
14)浜松信用金庫:「金庫概要」
、浜松信用金庫、2013、
http://www.hamamatsu-shinkin.jp/about/outline/profile.html
15)浜松信用金庫:
「信用金庫の会員の海外子会社に対する直接貸付の取扱い開始について」
、
浜松信用金庫、2013
16)原村 健二:
「地域における信用金庫の役割に関する考察」
、滋賀大学経済学部、2010、
2 頁~14 頁
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